「んー、今日も晴天だねぇー」


 のびをして、晴れ晴れとした日差しを気持ちよく浴びる。


「…………」


 しかし、隣を歩く誰かからの反応はない。
 同意を求めた発言だったのに、それは空しくも独り言で終わってしまった。


    『あのさ、鞠絵ちゃん……ちょっとだけ、四葉ちゃん貸して……』


 アタシは、とりあえず四葉ちゃんの気分転換にと、外への散歩へと誘った。
 よくメカに煮詰まった時とか、こうやって外を歩くだけでも気分転換になるのだ。
 それに、案外何気ない散歩の中にもインスピレーションの種が落ちてるものだ。
 もっとも、アタシ自身が自発的に目的もない「ただの散歩」をするってことはほとんどない。 だってそんな時間あったらメカのことで時間費やしたいし……。
 大体は鞠絵ちゃんに誘われて、ミカエルの散歩ついでに一緒にお散歩っていうのがほとんど。……要するにデート目的ですね……。
 今回はそれを友情版にカスタムして拝借させていただいたわけなのです。












 

ふえました

その2 −相談にのりました−













 最初は……ただ黙々と、ふたりで見慣れた道を歩くだけだった。
 一応目的地は決めて歩いていたけど……できることならそこへ辿り着く前にケリをつけたいのが本音。


「四葉ちゃんが話したくなったらで良いから、ね」


 それでも、無理強いはしたくなかった。
 四葉ちゃんの話したいタイミングで、話しかけてもらえれば良いって。
 そう思って、ただ黙って、並んで歩くだけ。
 四葉ちゃんの気持ちが動くまでは、それで十分だと思って、ただ黙々と足を進めていく。


「ドウシテ……?」


 しばらくして、四葉ちゃんの口からぽつりと言葉が漏れる。


「ドウシテ……オンナノコ同士で……オンナノコ同士、なのに……」

「……それはアタシの実体験談を答えていいの?」


 こくり、頷く親友の頭。
 てっぺんでふたつに分けてしばった髪が、ふわりはずみで揺れていた。


「んー……おかしいかどうかって聞かれたら……そりゃ、言葉に詰まっちゃうけどさ」


 というより、十分実感している。自分が生物学上イレギュラーな思考回路を保持しているってことに。
 なんせ子孫繁栄の責務を放棄しているんだから。


「アタシ、やっぱり鞠絵ちゃんこと好きだし……。好きで好きでしょうがないって言うのかな? えへへ……

「今更ノロケなんか聞かされても仕方ないデス」

「あははー……ごめんごめん」


 照れ笑いと苦笑いを、絶妙に配合させた表情で、少し話が逸れてしまったことを謝罪。
 相変わらず鞠絵ちゃんのことをノロケるとなると顔が緩んでしまうなぁ……。
 そのにやけた顔もピシッと正して、静かに口にする。


「でもさ……それしかないんだよね」


 ここから先のことは、アタシの中の、本当に真剣な想いだから……。


「おかしいとか、周りの目とか、普通とか異常とか、そういうのは確かに気になるの。
 でも、そういうのってアタシ、『鞠絵ちゃんが好き』って気持ちの後に考えているの。アタシにとっては、鞠絵ちゃんが好きなことが一番……。
 おかしいならおかしいで、それで良いかなって思っている……胸を張ってね。だって、『鞠絵ちゃんが好き』の後についてくる現実だからね」

「そ、そんなカンタンなっ……!?」


 黙って聞いていた四葉ちゃんは、その場に足を止めて言い放った。アタシの楽観さを責めるように。
 気持ちは分からないでもない……それでもアタシは軽く、「難しく考えたって仕方ないでしょ?」なんて返した。


「理解はしなくていいよ。これはあくまでアタシの話、だからね」


 それに、言葉にするとすごく簡単だけど、これでも結構思い悩んだ末での到達なんだから。
 もっとも、鞠絵ちゃんのこと抜きにしたって、アタシは変わってる部類に入るメカマニアだ。
 だから、ヘンな目でみられることに多少の免疫があるわけで、他人よりはゆるゆるに受け止めてる節があるのは認めるけどね。


「四葉ちゃんはどう? 花穂ちゃんのこと……好き?」

「…………」


 返答は……沈黙。
 そりゃそうか……上手く言葉にはできないけど、そう聞かれたってすぐに答えられる問いかけじゃないのは分かっている。


「だからここから先はアタシの独り言」

「……チェキ?」

「アタシにはさ……四葉ちゃんの気持ちも、花穂ちゃんの気持ちも、どうすることが正しいのか分からないけど……。
 でも、四葉ちゃんが花穂ちゃんと付き合うことになったら、それはそれで嬉しいな」

「え……?」

「だってさ、そしたら大好きな四葉ちゃんと、恋の話が出来るようになるんだから」


 気がついたらにっこり、嬉しそうに笑った顔を四葉ちゃんに向けている自分がいた。
 アタシだって年頃の女の子。そういう話題に興味がないわけじゃない。
 ……というより、実際に自分が恋するようになって、すっごく興味心身になっただけ。
 それまでは、年頃の女の子のクセに全然興味なんて湧かなかった。


「いつもはさ、アタシが一方的にノロケているだけ。しかも女の子同士で姉妹の、フツーは理解できないような内容のね。
 話してて、理解できないんだろうなーって思うのって、時折寂しくなるのよねー。
 だから親友として……共有できる話題が持てるようになってくれたら、それはすっごく嬉しい……」


 言葉の最後に「ま、アネキとしては、そう考えるのは良くないんだろうケドね」なんて、楽しそうに付け足した。


「はい、独り言終わり。じゃ、もっかい質問ね」


 そして、もう一度同じ質問投げかけてみせる。


「恋とか家族とか、そういうのじゃなくてさ。ラブもライクもごちゃ混ぜにして、単純に、0か1で答えて。それ以外の言葉は却下」


 前フリのあと一拍置いて、そして問いかけた。


「花穂ちゃんのこと、好き?」


 その答えはすぐには返ってこなかった。
 でも今度は独り言なんか挟まないで、四葉ちゃんの答えが出るまで、ただ黙って待った。
 アタシと四葉ちゃん、ふたり道端に立ちすくんだまま、まるで時が止まったかのよう。
 それが錯覚であるという象徴のように、ふわり、風で葉っぱが静かに舞ったのが分かった。
 まるでそれが合図だったかのように……


「…………。好き、デス……」


 ……告げられる、彼女の気持ち。


「ウウウゥ……ズルイデス……。そんな聞かれ方されたら、そう答えるしかないデスぅ……」

「ふふっ……じゃあ行ってきなよ」


 弱々しくも、恨めしく非難する四葉ちゃんの肩を、ぽん、と軽く、激励のように叩いてあげた。
 四葉ちゃんの気持ちが少しでも前に踏み出せた今、送り出してあげたかったから。
 でも、まだ心の準備は終わっていないようで。
 四葉ちゃんの足が前に出ることなく、またうつむいて。


「やあ……」


 千影お姉さまが登場して。って、えー。


「ふたりで……ふれんどりぃなお散歩タイムかい…………?
 ……君たちは………相変わらず…仲が良いね……」


 なんちゅータイミングで現れるんだ、と心の中で文句ぶーぶー。
 せっかく四葉ちゃんの説得が良いセンまで来たと思えたのに。
 とりあえず内容が内容だけに、会話は一旦中断させるということを、四葉ちゃんとアイコンタクトで意思を通じ合わせた。
 さすが友情ぱわー。


「あー……唐突なんだが…………」

「な、なんですか、千影ちゃん……?」


 そんなアタシたちの心情も知らず、ちょっと困ったような表情を浮かべて話しかけてくる。
 ポーカーフェイスなアネキとしては珍しく感情が表に出ていた。


「女同士…………ましてや姉妹で恋をするというのは……やっぱりおかしいと思わないか?」


    ガンッ

    ゴンッ



「な、なななななっ……!?!?!?」

「チェ、チェチェチェチェキっ……?!!?」


 おねーさまの発言に、そろってズッコケる。
 お互いがお互いの方向にバランスを崩したため、アタシは四葉ちゃんが意外と石頭だということを実感した。痛い。
 それはともかく四葉ちゃん、アタシその動揺の台詞はどうかと思うわよ。


「いいいいイキナリナニヲ……!?」


 なんでこの姉は唐突に今問題となっていることをピンポイントで、しかも一番言って欲しくない形で話題にするのですか!?


「そ、それはほら……それぞれに事情があるとか……好きなものは好きだからしょうがないというか……
 一概におかしいとは言えないというか……あ、あはは……」

「いや異常だよ異常。普段異端の扱いを受ける私が言うんだ、よっぽどの異常だと思うSA!」

「ぎゃー!?」


    ガス


「…………痛いじゃないか……」


 これ以上余計なこと言われちゃ叶わんと、口より先に手が飛び出る。
 せっかく四葉ちゃんの説得に成功しようという時に、どーしてこうもジャストミートに禁句禁句禁句を!?
 どうでもいいけど、千影ちゃんってこんなテンションのお方でしたっけ?


「…何も……君たちのことを言っている訳じゃ…ないだろう…………? 確かに……仲良しだとは思うが………」


 まあ、アタシと四葉ちゃんふたりことではないのだけれど、
 そこに鞠絵ちゃんと花穂ちゃんのふたりが加わると、途端に2組分のコトを「言っている訳」になるワケでして……。


「つまり君たちのことではなく…………さく―――

「二刀流ねじ回しっぽい回転かけた飛び込み咲耶パーーーンチッッ!!」


    ズ  ガ  ァ  ァ  ァ  ン  ッ  ッ


「ぐがはぁっっ……!?」



 1200万パワーの光の矢……ように見えた咲耶ちゃんの回転ジャンピング両手パンチが炸裂。
 突如乱入した長女の強襲に、千影ちゃんはきりもみ状に回転してぶっ飛んだ。
 というか咲耶ちゃん、あなた人間ですかっ!?
 体の半分がロボだとかそんなんじゃないよね!?


「まったく……」


 まるで今の超人技が、何事もなかったかのように、やれやれといった表情で、額に手を当てて大きくため息。
 いやもうなんと言いますか、突然のことにアタシたちゃ呆気にとられるしかないというか、
 せっかくシリアスに決まっていたムードが、ガラガラと音を立てて崩されたのですが。
 この四葉という子はどうしてなかなかシリアスを保てない体質なのだろうか……。(←四葉関係ないデス!)
 愚痴をこぼす咲耶ちゃんの後ろでは、まるで昨日の再現のように、千影ちゃんはぐしゃっ、という音と共に顔面から地面に墜落していた。


「あー……千影のヤツ、何か余計なこと言ってなかった?」


 十二分に余計なこと言ってくれやがりましたが。


「んー、別に……」


 でも話がややこしくなるのも嫌なので、心の声は内に秘め、オトナな対応でこの場をしのぐことにする。
 よーするにウソついてこの場を逃れたわけだ。オトナってみんなウソつきだ。


「そう……? なら良いんだけど……」


 そこはかとなく安心したように返してくる咲耶ちゃん。
 一体、うちの長女と次女の間でなにがあったんだろうか……?


「じゃ、悪かったわね。ふたりの時間を邪魔しちゃって」


 そのまま何もなかったかのように、千影ちゃんを米俵のように担いで帰っていく我が長姉の背中は、ものすごく頼もしかった。
 なにがあったかは知らないけれど、咲耶ちゃんも咲耶ちゃんでなにかと大変らしい。
 さて、気にはなるけど、こっちもこっちで抱えている問題を解決しなくちゃ……と思い、四葉ちゃんの方へ目を向けると……。


「ヘンタイさーん……ヘンタイさーん……♪ よーつーばーはヘンタイさーん……♪
 花穂ちゃんオカしたヘンタイさーん……♪ チェキぃ……」


 ヘンな歌うたいながらいじけてしまっていた。
 あー、せっかくの励ましで積み上げた自信を、丸ごと倒壊させられてしまってるー……恨むわよ、ばかアネキー。


「まあ……余計な邪魔が入っちゃったけどさ、元気出して、ねっ。気にしない気にしない」

「るーるるー」


 ふらふらよろけながら、どこに向かうでもない足取りでアタシの前を歩く四葉ちゃん。
 慌てて駆け寄ってフォローの言葉をかけるも時既に遅し、エージェント・千影の破壊工作は見事にヨツバビルの倒壊に成功していた。
 どんよりした空気を背にまとい、水面に浮かぶ枯れ葉のように儚く歩く四葉ちゃん。
 「枯れ葉」の「四葉」なので「枯れ四葉」と言ったところか。いや、我ながら上手いことを言ったと関心している場合ではないけど。
 結局、アタシは枯れ四葉ちゃんの後ろについて歩くだけの、最初の硬直状態に逆戻り。
 その状態のまま、更に足を進めること数分……なんだかんだで、目的地にしていた公園まで到着してしまった。


「あーあ……着いちゃった、か……」


 本当はここに到着する前にケリをつけたかったのだけど、
 どこぞのばかアネキが四葉ちゃんの自信を蹴り落としてくれやがっちゃったから、延長戦に突入せざるを得なくなってしまった。
 今日2度目の深呼吸をして、四葉ちゃんより先にアタシが覚悟を決める。
 そして、最初の説得が失敗した時を想定し用意していたリーサルウェポンを、弾薬庫の中から引き出した。


「あのさ、四葉ちゃん……。ここって、どこだか分かる?」

「鞠絵ちゃんが自転車練習した公園デス」

「そ」


 例え不調だろうとも、四葉のチェキを侮るなデス、と言わんばかりに軽く答えてみせる四葉ちゃん。
 さすが、いつもの情報収集のたまものというのか、みごとに正解……半分は、だけど。
 だってそれだけじゃない。
 この公園に四葉ちゃんを誘導していたのは、もうひとつ大切な意味があったから。


「それとね、アタシと鞠絵ちゃんの……ファーストキスの場所……」

「チェキ!?」














「確か話したわよね? 問答無用で奪われた、って」

「そういえば……自転車の練習の時も、このベンチでキスしたとかなんとかノロケてましたネ」


 立ち話もなんだからと、ふたり公園の中に入って、並んでベンチに座った。
 アタシと、鞠絵ちゃんとの思い出が残ったベンチに……。


「あの時はびっくりしたわよ。いきなり……しかも大人しそうな鞠絵ちゃんが、ってさ……。
 女の子同士で、姉妹で……しかも鞠絵ちゃんから、って……。でも……」


 今でも、思い出しただけで顔が熱くなる。
 さっきまで平気だったってのに……口にした途端、スイッチが入ったみたいに心臓がドキドキ激しく動き出す。
 話してる声が、緊張にも似た興奮でしゃくれそうになる。
 うまく頭が回らず、「しかも」を2回言っちゃってることに言ってから気づく。
 あ〜〜っ、絶対恥ずかしい思いするって分かってたから、だからここ来る前にケリつけときたかったのに〜〜〜っ。
 ……それでも、落ち着くための自己暗示のようにつばを飲み込んで、なんとか自分を制御し、次の言葉を紡いだ。


「でも……イヤって気持ちはなかったの……」

「…………」


 もともと、魅かれるものはあったかもしれないけど、でも間違いなくそれからだった。
 アタシと鞠絵ちゃんの間で、何かが動き始めたのは……。
 アタシと鞠絵ちゃんの距離が、どんどん近づき始めたのは……。
 そして、それからすぐに……恋に変わったのは……。


「なんていうか、同時にハートも奪われたってコトかな? えへへ……

「…………」


 ……ああ、またノロケてしまった。
 せっかくまともに聞いてくれていた四葉ちゃんの、前半と後半の「…………」は明らかに違う表情を浮かべてるし。
 シラけた顔でアタシを眺める四葉ちゃん。けれど冷却効果としては不十分なほど、アタシの心はオーバーヒート中。
 どうも鞠絵ちゃんのことになると、アタシってヤツはぁ……。
 今日はノロケじゃなくて四葉ちゃんを励まし目的なんだから……さて、気を引き締めなおして……。


「それから……まあ、色々あって、四葉ちゃんも知るヘンタイさんの関係になったのよ」


 なんかあんまりにもヘンタイさんヘンタイさん言われ続けたせいか、もう自分で言っても抵抗が薄くなってしまった。
 ないわけじゃないのよ。ただ……少なくとも今は、四葉ちゃんに「ヘンタイさん」で負い目を見せたくなかったから……。


「きっかけは……うん、四葉ちゃんだったっけ」

「チェキ?」

「ほら……前に四葉ちゃんに、アタシと鞠絵ちゃんがキスまでしてるなんてバレた時よ」

「あー、そういえば……鈴凛ちゃんが四葉の前で思いっきり泣いちゃった時デスね……。そんな情けないコトもありましたネ……」

「情けない言うな!」


 ……ま、まあ……確かに泣いちゃったけどさ……。


「あのお陰でアタシ、自分の気持ちに気がついたんだ。
 それまで、そんな真剣に考えてこなかったけど、鞠絵ちゃんのこと、本当に好きなんだって……。
 いつの間にか、こんなに好きになっていたんだって、気がつけた。
 だから今、鞠絵ちゃんの特別な人で居られる。特別な人で居てあげられる」

「じゃあ四葉のせいでおふたりが道を踏み外したんデスね……?」

「そう言わないで。これでもお互い納得してだって、何回も言ってるでしょっ」


 いちいち皮肉の交じった言葉で返してくる枯れ四葉ちゃん。
 その度に多少の不満が溜まってくるけど……でも今日は、軽く言い返す程度で見逃してやる。
 だって、それが罪悪感から、「そういう方面」に対して卑屈に見てしまうだろうなって思ったから。……ということにしておく。
 落ち込んでるからって、そういう八つ当たりが許されるのは今のうちだけなんだぞ、焼肉ちゃん。


「それで四葉ちゃんは……花穂ちゃんと、どうなりたい?」

「それは……」


 といって、言葉が続かず、返事までまた間が空く。
 しばらく待って、返事が返ってくる。「分かんないデス……」と……。


「分かんないケド……このままお別れ、したくないデス……」

「そっか……」


 聞き届けて、対称的にすぐに返事を返した。


「じゃあさ、それで良いんじゃない?」

「ふぇ?」

「別れたくない、離れたくないって、素直な結論。関係は保留でもいいからさ、『いつも通りを続けたい』って、話しておいでよ。
 何もアタシの真似して付き合う必要もないわよ? そりゃその方が嬉しいのはホントだけど。
 でもアタシたちは、今の状況になりたいって思うから、納得してこの関係になってるワケだし」

「でも……アンナコトしておいて……そんなムセキニンに……」

「キスしたからって、別に付き合わなきゃいけない訳じゃないんだし。
 アタシたちみたいになる気ないなら、お互いスキンシップってことで終わらせちゃえば良いのよ。
 しちゃった理由も、事故みたいなもんでしょ?」


 まあ、春歌ちゃんなら嫁がなきゃいけないくらいに重く感じるんだろうけど、なんて冗談も笑って付け足す。
 アタシなりに、精一杯に場を和ませてみようとしてみた。


「アタシたちって前例があるから、しちゃったんでしょ?
 アタシたちのせいで、今まで考えてたイメージよりずっと軽く感じちゃってしちゃったんでしょ?
 だったらさ……」

「ゼンレイがあるから! だからそんな軽い気持ちで奪っちゃったコトが許せないんデス!」


 ずっと肩を落として聞くだけだった四葉ちゃんが、ここにきて元気を取り戻したように反論し出した。
 アタシの言葉を押しのけて、強く、心の叫びのように。
 でも、その勢いも一瞬のこと、すぐにしぼんだように消えてしまっていた。


「四葉は良いんデス……。そりゃ……タイセツにとっときたかったデスケド……四葉カラしたコトだモン……」

「なるほどね……。それが四葉ちゃんのガンってわけか……」


 見えてきたかな、と思った。四葉ちゃんのなにが、彼女自身を苦しめているのかが。
 大切なものを、一時の感情、その場しのぎのために、で奪ってしまったこと。
 ある意味で、一生消えない傷をつけてしまった、その責任と罪悪感。
 そしてそれが……多分だけど、「大好きな花穂ちゃんだった」からこそ、尚更、自分が許せない……。
 探偵と助手の関係で築いてきた、友情みたいで友情じゃない。
 もしかしたらそれ以上の特別な絆。
 元々はアタシが四葉ちゃんとの間で築き上げてきた関係だから、なんとなく分かるつもり。


「じゃあ、軽い気持ちだったの?」

「ちぇ、チェキ……?」

「怖がっている花穂ちゃんを救いたいって、助けてあげたいって……
 自分の分の大切な"初"を犠牲にしてまで、真剣に想った気持ちは……軽かったの?」


 アタシの言葉に、ハッとしたように言葉に詰まる。
 相手のを大切に思えるのなら、それは自分自身がそれだけ大切に感じていたから……。
 四葉ちゃんが苦しめば苦しむほど、罪の意識に苛まれれば苛まれるほど、それは四葉ちゃん自身、大切に思っていた証拠。
 だって人って、相手の気持ちを思う時は、自分の価値観を投影させて考えるしかないものだから。


「アタシの経験上、少なくとも"好き"じゃなきゃ、間違っても自分からキスなんてできないよ」


 って言っても、アタシ、鞠絵ちゃんとしかキスしたことないんだけどね……。
 ああ、また顔が緩んでしまいそうになる……。
 この真剣なヤマ場で、さすがにその顔はマズいからと、顔が緩みきってしまう前に次の言葉を押し出した。


「好きだから、悔しいんだよね……? ほら……離れたくない証拠」

「……チェキぃ」


 ぐうの音も出なくなる四葉ちゃん。
 揚げ足を取るような理屈攻めをしてしまったけれど……だってアタシは科学者(のたまご)だから、仕方がない。
 四葉ちゃんが言い返せないこの機に乗じてと、口を休めることなく説得の言葉を続けた。


「前にさ、四葉ちゃん、言ってくれたよね? 『四葉が保証しマス!』って。
 だからさ、アタシも保証してあげる。アタシが保証する。絶対にうまく行くって!」

「楽観的デス……」

「あら? アタシ、自分のそういうところは長所だと思ってるわよ? それに、そういうのはいつもは四葉ちゃんの役目だったでしょ?」

「ウゥ……」

「それにさ、クールに推理してみなさいな、名探偵。
 花穂ちゃんなんて言っていた? 『四葉ちゃんと離れたくない』って……そう言っているんだよ?
 根拠なしの楽観じゃないわ」


 花穂ちゃんは、このままでいるのは辛いって言ってた。
 四葉ちゃんもこのままでいるのは辛いって言ってる。
 じゃあ、あとは変わらず仲良くいようって言うだけ……。


「どんな形だったにしろ、好き、って気持ちが理由でふたりが離れ離れになるのって、アタシ納得行かないんだ……」


 理屈じゃ簡単だけど、本人にとっては割り切れるものじゃあない。
 いざ自分の身に降りかかると、その不安に押しつぶされそうになる。
 本当に、泣きたくなるほど……。だから、自分の外側から、背中を押してくれる手が必要なんだ。


「さて、名探偵殿。ここに動かぬ証拠があります。
 そして、成功する算段も整っております。あとは名探偵殿が動くだけです。どうしますか?」


 元・助手として、探偵の隣に立っての、久しぶりに復活を迎えたアタシたちの探偵団。
 その事件内容は……名探偵殿ご本人と、現・助手との絆を守る一大事件。
 元・助手としてのリバイバル活動としては、これ以上ない名誉な大仕事だ。


「行ってきなよ……。行かなくてもアタシは無理強いはしない。でも行かなきゃ、行くまでずっとこの繰り返しだよ? 一緒に住んでるんだし」

「ウグッ……」


 無理強いはしてないけど、選択権を与えているようで与えてないなぁ……、と言ってて自分でも思った。
 けれど、事実なんだから仕方がない。
 ウソで取り繕うよりも、ちょっと痛みが伴っても正しいと思う方向に導くこと。
 アタシが考える友情ってそういうものだから。


「これだけじゃ足りないなら、もうひとつついでにあげよっか? マユツバものだけど」

「ムー……今後は一体なんなんデスかぁ……」

「四葉ちゃんが乗った観覧車、アタシと鞠絵ちゃんが乗った7号車なのよ」

「……え、それが……?」

「だから絶対保証する。7号車でキスしたカップルは絶対上手くいくってコト。このヘンタイさんご本人が保証してあげますから!」


 胸をドンと叩いて、自信満々で得意げに言ってやった。
 今までの理屈攻めから見てみたら、自信の割になんて信憑性のない理由なんだか。


「キョウダイだから、上手くいったら困るデス……」


 言い返せなくて、ちょっとスネ気味になっていた四葉ちゃんは、そんな皮肉っぽい言葉を吐きながらベンチを立ち上がった。
 ちょっとやり過ぎちゃったかなと、四葉ちゃんの背中に向けて苦笑いを浮かべたところで、小さく聞こえた。


「でも、仲良くやっていけるってメイシンなら……信じてみようと思いマス……」


 四葉ちゃんの、勇気の一歩の足音が……。



 

 

 つづく……


更新履歴

H18・7/3:2話目掲載
H18・7/5:完成


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