おかしい……。
「うふふっ♥ 姫の朝ごはん、今朝のはちょっと自信作ですの♥」
「…………」
「昨日は遊園地、楽しかったですね」
それは、ごく普通の日曜の朝。
昨日、みんなで遊園地に行き、姉妹12人水入らずで楽しんできた土曜日。
まだ疲れの残っている子もいれば、昨日の疲れも知らずに元気に休日の朝を迎える子もいる。
そんなひとつの朝食風景だった。
「ええ、楽しかったわね、遊園地」
「…………」
「うん! ボク、今日も行きたいくらいだよっ! 花穂ちゃんもそう思うよねっ」
「……え? あ……うん。そうだね、衛ちゃん……」
食卓に響くおはしの音、団欒の声。
12人ということと、そこに親がいないということを除けば、朝のごく普通の風景。
そんな中……本来、疲れ知らずなグループに入るはずの四葉ちゃんは、
「…………」
らしくなく、朝のご飯をただ黙々と口に運んでいた。
「…………」
カチャカチャカチャ。
気の向くまま思いのままに飛び出すはずの台詞に代わり、鳴り響く食器の音。
チェキチェキと、うるさいくらいに元気ないつもに比べ、心ここに在らずといった感じに上の空。
しかも遊園地の次の日というテンションの上がる状況を考えればこそ、その静けさはいつもに比べ、どう考えても「おかしい」だった……。
おわんを口に運び、ずずず、とお味噌汁をすする音が響く。
その様子を、アタシも黙りこんでただ眺めていた。
「ごちそうさまデス……」
一番に食べ終わった四葉ちゃん。
空になったおわんをテーブルに置き、食卓を一足早く退場する。
「ごめんなさいごめんない、ワタクシが油断したばかりに……」
「亞里亞は……甘いの……好き♥」
白雪ちゃんのオリジナル凶悪創作料理・チョコ味噌汁をすすっても一切リアクションが起こらないは、やっぱりおかしかった。
ふえました
その1 −びっくりしました−
「あー、甘ったるぅ〜……」
食後、口の中に残る口当たりに、舌鼓を…………超高圧力による応力破壊で木っ端微塵に粉砕される。
チョコの甘さと、味噌汁のコクと旨味の醸し出すハーモニーは不協和音。
旋律はまさに戦慄。例えるならガラスに爪立てキーーッッ!!
アタシは味に対し、うるさいわけでもこだわりがあるわけでもないが、アレはさすがに……。
お陰で、まだ寝起きぼんやりしていたこの身が一気に覚醒した。
そういう意味では、朝食にはもってこいなんだろうけど……ごめんなさい、もう勘弁してください……。
そんなにデッドなメニューをわざわざ律儀に飲み干したのは、白雪ちゃんの真心を無為にしたくなかったからだろう。
だって白雪ちゃんに悪意はないんだから。
…………だからかえって厄介というのも真理のである……。
人の善意というものは、たまに無邪気な凶器に変貌するものだ……。
ちなみに千影ちゃんも黙々と飲み干してたけど、あの姉はいつも浮世離れしてるので異常とは感じなかった。
「白雪ちゃん、腕はもう超一流なんだけどなぁ……」
オリジナル創作料理の名の下、約20%弱の確率でこういう「兵器」が誕生してしまうのが本当に玉にキズだ。
新しいことに挑戦する気持ちは、同じ「作る者」として大いに認めるところだけど、もう少し安全について考えて動いて欲しい。
ちなみに20%という確率の算出は、我が家の名探偵(自称)の調査のたまものである。
で、その調査を行った名探偵ことマイフレンドシスター四葉ちゃんは……
「…………」
やっぱりどっかおかしかった。
居間でボーっと、つけっぱなしのテレビの画面を眺めている四葉ちゃんは、どうみても黄昏ている。
画面を眺めては、ため息をこぼし、もう一度眺めて、またため息。じっと見学しているとずっとそんな繰り返し。
テレビの内容なんて頭に入っていないだろう。
『後手、4四飛車』
だってこの子が将棋なんて見たためしなんてないし。
あまりにもボーっとしているので、四葉ちゃんの後頭部を軽く叩いて呼びかけてみることにした。
「よーつーばーちゃんっ」
「チェキ!? ヘブッ―――!?」
全く警戒していなかった四葉ちゃんは目の前のテーブルにダイブ。
居間に鈍い音と悲鳴が鳴り響く。
とりあえずテーブルの上になにも置かれていなかったので二次災害を引きこさずに済んだのは幸いだった。
「あ……ごめん」
「イタタデス……。……なんだ、鈴凛ちゃんデシたか」
「なんだじゃないわよ。さっきからボーっとして」
「別に、デス……」
「なによー、そっけないわねー」
どうも反応が淡白。
顔面潰されたってのにこの程度。
アタシの顔も見ずに、どーせ見てもいない将棋に視線を戻してしまう。
いつもリアクションには味付けたっぷりの四葉ちゃんとは思えない。
「大丈夫?」
「大丈夫デスよ……」
「のど渇いてない?」
「大丈夫デス……」
いや、そんなハズないでしょ!? アレ飲み干しておいて!?
「やっぱりおかしいわねぇ」
「だから、大丈夫デスって!」
と御本人は主張いたしますが、アタシにゃそうは見えないのです。チョコ味噌汁なんて平気で飲み干すヤツは。
お祭り、イベント大好きっ娘のチェキっ娘四葉ちゃん。昨日もあんまにいっぱいはしゃいでいたってのに、余韻も残らずこの落差。
終わったあとの喪失感にしては、これはさすがに元気なさ過ぎるんじゃないかな?
昨日まではあんなに元気いっぱいで……
「って、あ! そういえば四葉ちゃん、観覧車に閉じ込められたんだっけ」
と、そこで、彼女が巻き込まれた些細(?)な事故が記憶から引っ張り出された。
そうなのである。昨日の遊園地の帰り間際、四葉ちゃんは観覧車の中に閉じ込められてしまうアクシデントに見舞われたのだ。
楽しく過ごしたその日の最後の最後で、そんなアクシデントに見舞われて、そりゃ一気に落ち込むというものだ。
まさにそれを証明するかのように、アタシの言葉にピクリと肩を震わせ反応する。
今までの淡白な様子から比べれば、十分過ぎるほどのリアクションだ。
……ということは、四葉ちゃんの中の「なにか」にヒットしたのは間違いないみたい。
「怖かったの? それで今も元気ないとか?」
と、問いかけてみるけど、無言でプイっ。
ありゃりゃ……こりゃそーとー重症だわ……。
いつもなら「そ、そそそ、そぉーんなワケないデスーっ!!」なんてリアクション芸人顔負け、
路上パフォーマーもびっくりの反応が飛び出すというのに。
「別にひとりきりじゃなくて花穂ちゃんも一緒だったんでしょ? いーわねぇ、ふたりきりで閉じ込められて」
「……!?」
「だって鞠絵ちゃん、観覧車乗ってる時、そうなって欲しいってアタシに言ってたのよ……」
苦笑いしながらも、嬉しそうに耳打ち。
なんせ、こんなこと他の誰かに聞かれでもしたら、それこそ一大事なナイショの話なんだから……。
それは昨日、実際に観覧車の中で聞かされた、彼女のちょっと歪んじゃってる願望……。
アタシとのふたりきりの時間を、より多く感じていたくて、だからって観覧車の整備不良まで期待しちゃうとんでもガール。
そんな彼女、鞠絵ちゃんは……姉妹ですけど、アタシの…………彼女、です……♥
「えへへ〜……♥ ねえねえ? 可愛いと思わない♥ 思わない、ねぇ♥♥」
そんな秘密の情事も、四葉ちゃんにだけは報告。……というよりはノロケです。
四葉ちゃんは、アタシたちのことを知っていて、尚且つアタシの大親友。
だから、アクシデントに巻き込まれた人間に対して言うには失礼な発言とは知りつつも、
言いたくて言いたくてしかたのない気持ちは抑えられるものじゃない。だって、他にノロケられる相手なんかいないんだから。
口にしてて思わず顔がにやけてしまう。
「でもさーアタシたちの乗ってる時には止まらないで、四葉ちゃんたちの時に止まるだなんて、
それってちょっとバットタイミングってヤツじゃない? どーせならさー、アタシたちの時に止まれば良かったのにねー」
余談だけれども、四葉ちゃんが乗っていた観覧車が、アタシたちが乗っていたのと同じ7号車だったことに、なにか無性に悔しさを覚えた。
全部止まってたから何号車乗ろうと同じなんだけどさ、その辺は理屈じゃなくてさ。……ねぇ。
「…………」
……しかし、四葉ちゃんの反応はノーリアクション。
シラける妹に対して、アタシはひとり場違いに浮いてしまっていた。
「…………」
今の「…………」はアタシのものである。
アタシがあと5、6歳若かったら、ほっぺを膨らませて、不機嫌をアピールしているところだろう。
あんまりにも薄い反応がちょっぴり悔しかった。
だから、その仕返しに、ちょっとからかうコトをアタシ脳内会議で過半数以上の鈴凛が挙手し、可決された。
「なになに〜? ひょっとして四葉ちゃんは、元気の出るおまじないとか言って花穂ちゃんにキスしちゃったとか?」
「ちぇ、チェキ!?」
わざと冷やかすような嫌味ったらしい口調で言う。
一応"フツー"の四葉ちゃんに有り得ない状況だろうけど、満更突拍子のない話でもないのである。
というのも、うちの彼女だと間違いなくそういう「おまじない」に出るだろう……というか、アタシにさせるだろうから。
なんせ昨日付けで、自らキス魔(対アタシ専用)の称号を名乗ってきたんだから。
うあ……考えたらなんだか恥ずかしくなってきた……。
「ほぉらぁ〜、四葉ちゃんって最近、なにかにつけて花穂ちゃん連れまわしてるじゃない〜。
一緒に過ごしてくうちに、助手と探偵の間で更に特別な関係でも芽生えたんじゃないの〜?」
もっとも、「そんなヘンタイさんなコトするわけないじゃないデスか!」なんていつもの調子で、
現在進行形ヘンタイさんなアタシにあてつけがましく言い返してくるんだろうな……。
よし、手刀準備OK。
「ドドド、どーしてそれをッ!?!?」
「はいはい、うるさ……――」
――――へ?
「……ドウシテ……その……花穂ちゃんに……、しちゃったって……」
「え? え? え?」
飛び出しそうになる手刀に、緊急ブレーキをかけ、引っ込める。
そして予想していた未来図とは違う現在に、頭が付いて来れない。
あっれー? アタシ、疲れてるのかしら? なんだか予想外の反応と、有り得ないお言葉が耳に届くのですが……?
「あの、四葉さん……もう一回お願いします。りぴーとあふたみー」
「チェキ? だから……」
あはは……そうよ、やっぱアタシも疲れてるのよ。
昨日あのあと湧き上がる新作メカのアイディアに、疲労も顧みずラボにこもって作業に取り掛かっちゃったし。
「四葉が……花穂ちゃんに……」
「うんうん、花穂ちゃんに」
「き……キスを……」
……………………………………………………、………………………………ぇ?
「……いや、え……? なに、え………、えっ?」
四葉ちゃんと……花穂ちゃんが……?
「……? ……鈴凛ちゃん?」
アタシのことヘンタイさん扱いしてる四葉ちゃんが……え、えぇっ!?
「いやいや! え? え? ええっ!? えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!?!??」
聞き届けた言葉が信じられず、言葉にならない文字が口から羅列。
受けた衝撃を抑えきれず、言葉と態度で大きく表に出してしまった。
「ハッ!? そ、そのハンノウ……まさかっ……!? し、知らなかったんデスか!? 四葉ハメられました!!」
「した……え? ウソ、マジで?」
「そんなコトよりハメたんデスか!? カマかけたんデスか!?」
「いやそっちこそいいから……え? ほんとにして……え? じょ、冗談じゃなくて……?」
「ひ、ヒキョーデス!! ゴクドーデス!! ヒレツカンなのデスッ!! プライバシーのシンガイなのデスぅッ!!」
「いや、卑劣漢ってアタシ男じゃない……ってそっちはどうでもいいから、え? え?」
お互いがお互いの言い分を問いかけることしか頭になくなって、全然会話にならない。
「うるさいっ! なにはしゃいでるのよっ!!」
お陰で我が家の長女に怒られてしまった……。
とりあえず落ち着くため深呼吸。
大きく吸って……吐いて……。もう一度吸って……吐いて……。
うん、全然落ち着けねぇや。
「えーっと……、……その……したの?」
家の誰かに聞かれたらまずいと思い、主語を端折って改めて問いかける。
四葉ちゃんは……こくりとひとつ、首を縦に振る。
縦に、振った。
「…………えっと」
ぽかーん、と頭の中がフリーズしてしまう。
「あ……ああ! そ、そうだよね!
四葉ちゃん英国帰りの帰国子女だし! キスくらい挨拶だよね! ほっぺとか、おでことか……」
アタシをヘンタイ扱いする四葉ちゃんがその領域に踏み込んでくる、なんて矛盾を解消できる奇跡の回答に、
再起動した頭が必死に働いてくれたお陰でなんとか到達。
うん、そうよ、きっとそう。そういうことなら筋が通るわ。あははー、アタシ早とちりしちゃったー。
「リップ……。くちびるに、デス……」
……と思ったけれど、最初の解釈で間違いなかったらしい。
「マジで……?」
「ウソだったら良かったデス……」
相変わらずうつむく四葉ちゃん……。
アタシが認められない以上に、四葉ちゃん自身も認めたくない状況らしい。
うつむくその表情は……前髪に隠れて、よく見えない。
けれど、そこにいつもの元気印な面影はなかった……。
「何があったの……?」
どうも……冗談で済むような話じゃないらしい。
いったい何が四葉ちゃんを苛めているのか、正直全く予測できなかった。
アタシにできることなら、何かして、そしてその苦しみから救ってあげたかった。
四葉ちゃんの、「親友」として……。
「ハイデス……。まずは昨日、朝起きて……それでみんなで遊園地に……」
「あー、ごめん。最初から話されると長くて仕方ないから、問題のところからおねがい」
この四葉という子はどうしてなかなかシリアスを保てない体質なのだろうか……。
本人は真面目なんだろうけど、イマイチ気持ちに行動が追いついていない。
「昨日……鈴凛ちゃんと別れてカラのコトデス……」
四葉ちゃんたちと同じグループで回った昨日の遊園地。
途中、ダウンしちゃった鞠絵ちゃんと、その看病役として残ったアタシとで別行動をとった訳だけど、
四葉ちゃんが言うには、アタシと鞠絵ちゃんと別れた後から始まるらしい。
「四葉たち、その場所に一回戻ってきたんデス……。でもベンチに戻ってきたら誰もいなくて……」
「あ。いや、それは……ごめん」
ナイショの恋人同士であるアタシたちは、そのままみんなに内緒で、ふたりきりのデートに飛び出してしまったのである。
お陰で合流したあと、春歌ちゃんにはこっぴどくお叱をくらった。
その際、鞠絵ちゃんが「わたくしが無理に誘ったんです」ってフォローを入れてくれたので、
春歌ちゃんも今回はと、しぶしぶながら許しをくれたのだった。
アタシみたいなだらしない人間とは違い、普段から良い子ちゃんな鞠絵ちゃんの人徳が免罪符となったのだろう。
「それで、二手に分かれておふたりをお探しするコトになったんデス……。
四葉は花穂ちゃんと一緒に、衛ちゃんと春歌ちゃんが一緒になって……
その時、衛ちゃんがモノっっっスゴク名残惜しそうにブツクサ何か言ってました……」
「あ、衛ちゃんはこの際どうでもいいや」
「了解チェキ……。それで……色々探したあと、四葉、高いところから探せば良いって、花穂ちゃん連れて観覧車乗ったんデス……」
「そして停止事故……と」
「オフコース、デス……」
で、そこで、四葉ちゃんを苦悩させる問題が起きたワケだ……。
「…………」
「四葉ちゃん?」
「……っ」
不意に、会話の流れが途切れた。
四葉ちゃんの言葉が、止まったのだ。
言葉にするのを戸惑っているのだろう……。
何かをこらえるように、グッと手を握り締めながら、身を細かに震わせている。
それでもなんとか、四葉ちゃんは次の言葉を口にしてくれた。
「か……観覧車、ストップしちゃって……花穂ちゃん……スゴク、震えてたんデス。
スッゴク、スッゴク……不安そうに……泣いて……。だから四葉、なんとかして…あげ、たくて……でも四葉、頼りなくて……。
それっ…それでも……なんとかしなくちゃ、思って……。そしたら……」
「…………」
途切れ途切れに……一生懸命、絞り出される言葉。
アタシは、急かすことなく、ただ黙って聞き届けていた。
「そしたらフイに……鈴凛ちゃんたちが……いつもやってるヘンタイ行為、思い出しちゃって……」
…………。
ホントはすっごく言い返したかったけど、また言い争いになっちゃ元も子もないので、ここはアタシがオトナになることした。
「元気の出るオマジナイって……花穂ちゃんに……」
「あ……」
……そういえば、心当たりがあった。あった気がする……。
いつだったか、それともしょっちゅうやられているのか、なんにせよ身に覚えのある鞠絵ちゃんの元気の出るおまじない。
恋人同士だからできる……特別な「おまじない」。
「ホントは、ホントはぁ……四葉も……四葉もコワかったデス……。焦ってたデス……。
だから、だから……頭の中もぐっちゃぐちゃで……他のアイディアなんて、出てこなくて……。
でも早く、早くなんとかしたくて……後のことなんか考えないで……考えられなくてっ……それで……」
四葉ちゃんは……花穂ちゃんへ「おまじない」を、してしまった……。
それで、の後の言葉は口にしなかった。
直接言うのが、怖かったんだろう。
ただ身を震わせていて、いつものギャップからなのか、とても小さく見えた……。
……すると突然、
「だ、大体! 鈴凛ちゃんが、鈴凛ちゃんが鞠絵ちゃんとヘンタイさんやっているカラ、だから!
だから……だから四葉も、それがフツーって思っちゃって! 四葉も、オカシクなっちゃったんデスッ!!」
「んなっ?!」
急に元気になったと思ったら、なんかこの子は言いがかりもはなはだしいことをぶつけてきやがった。
っていうか、ヒトの恋愛事情勝手に覗き見すんな。
「い、いーじゃん! アタシたちだって好きでやってるんだから!」
「それにそれに! 鈴凛ちゃんがどっかいっちゃったのがイケナイんデス!
鞠絵ちゃんとふたりで、どっかいっちゃうから、だからっ!!」
う……それは頭が痛い……。
確かにあの後しっかり春歌ちゃんに怒られたし、鞠絵ちゃんとの関係バレないようにうまい言い訳考えるのに苦労したけど……。
「こんなことなら昨日、グーチーの反対派になるんじゃなかったデス!
鞠絵ちゃんとベンチでふたりきりにさせてあげようなんて気を回すんじゃなかったデス!
こんな鈴凛ちゃんのために気をつかってたなんて、四葉ムクワレないデス!」
「な、なによ……こっちだって……」
「鈴凛ちゃんが! 鈴凛ちゃんがっ!!
鞠絵ちゃんに構いっぱなしじゃなければ、そしたら四葉、花穂ちゃん助手になんか選ばなかったんデス!!
いつも一緒に動くこともなかったんデス!! 昨日もその前も、連れまわしたりなんかしなかったんデス!!」
「それは四葉ちゃんが勝手に……」
「鈴凛ちゃんが! 鈴凛ちゃんがぁっ……!!」
もう支離滅裂。
四葉ちゃんの些細いな心遣いを知ることは出来たけど、
一方的にアタシに言い掛かりをつけるその言葉が何を言わんとしているのか、全くまとまってない。
自分でも、もうどうにもできなくなったのか、ポカポカとアタシを猫パンチで叩いていた。
「ヘンタイ! ヘンタイ! ヘンタイヘンタイ! ヘンターーイっ!!」
「…………」
四葉ちゃんの様子に、アタシは反撃することも忘れ、ただただその八つ当たりを胸で受け止めていた。
大声にはしゃぐ四葉ちゃんの声に、咲耶ちゃんがもう一度怒鳴ってた。
けど、四葉ちゃんにとって、その怒りなんて、どうでもいいみたいに完全にスルー。
アタシ自身もその叱咤をどうでもいいと感じていた。
「へん、た……っ……」
感情の波が、唐突に収まった。
アタシに向けていた猫パンチも止め、まるで嵐が過ぎ去ったかのように、その激情に勢いはなくなって……。
「ヘン……ヘン、なのに……なのに四葉……四葉はぁ……」
泣いて。
子供みたいにボロボロ涙をこぼして。
「ひっ……ヒック……。ホントは……分かってるんデス……。全部……ゼンブ四葉が悪いんだ、って……。
こんなの、ヤツアタリだって……。っ……」
「分かってるわよ……」
「でも……でも、ナニかにブツけてないと……、四葉、悔しくて……自分が、悔しくて……。……っく……」
「分かってる。だから受け止めてやってんのよ……」
ただただ、アタシの胸で泣いていた……。
「花穂ちゃんに……元気になって欲しかったカラって……しちゃった……しちゃった、デス……。
四葉……トンデモナイコト……、取り返しつかないこと……しちゃ、っ……しちゃった、デスぅ……」
言葉を途切れさせながら、「もう返せないデス……」なんて、涙声で言う四葉ちゃん。
四葉ちゃんは今、どんな気持ちなんだろうか?
アタシには、胸にうずくまる四葉ちゃんの頭を、よしよしとあやすようになでることが精一杯だった。
「あの……あんまり、ヘンタイさん、とか……そういうこと、大声で言わないでくれませんか……?」
と、そこへ介入する誰かの声。
物静かで落ち着きのある、澄んだアタシの大好きな人の声。
アタシも四葉ちゃんも声の方へ目を向けると、そこには鞠絵ちゃんが、かけたメガネの奥に困り顔を浮かべて立っていた。
アタシたちの関係を気づかったのか、四葉ちゃんはアタシの胸から離れると、涙目をこすって、
「ヘンタイさんの片割れがやってきましたデス……」
ぽかっ
「ぎゃうっ!?」
「あははっ……ごめんね鞠絵ちゃん。今四葉ちゃん、ちょっと落ち込んでて……」
ついつい引っ込めた手刀が、姿を現してしまう。
落ち込んでいる親友といえど、鞠絵ちゃんをバカにすることは許せなかった。
あー、やっぱ女って友情より恋愛なのかしら?
「今はヘンタイさんに構ってるヨユーなんてないんデス……」
「あー、すみません。バッチリ構われてるアタシも四葉ちゃんの言うところのヘンタイさんなんだけど」
シッシッ、と虫を払うようなジェスチャーで、鞠絵ちゃんをどこかへ追い払おうとする。
まあ、確かに今の四葉ちゃんの心境じゃ、他の誰かを輪に入れたくないんだろう。
気持ちは分かるけど一応彼女のアタシとしては不快ね、それ。
どっかいけオーラ全快の四葉ちゃんを前に、鞠絵ちゃんは更に困った表情を浮かべてしまう。
アタシが、そんな四葉ちゃんをどうにかしてやろうと色々考えていると、
鞠絵ちゃんは、自分の口元に人差し指を軽く添えて……小さな声で、驚くようなことを言ったの。
「じゃあ、花穂ちゃんにキスするのは……ヘンじゃないんですか?」
「「!?!??!!!?」」
その言葉には、四葉ちゃんもビクリと、本日最大級の反応と「チェキ!?」なんて驚いた声を上げてしまう。
その驚きはアタシも同様、アタシの場合は声も出せず動きが固まっちゃうほどだったんだから。
「ななななななどどどどどななナドドどなドなどどナナな……」
「なんで、か、どうして、か、どっちを言うかはっきりしてください」
「ナナナナンデそれをーーーっ!?」
四葉ちゃんの選択は「なんで」だった。いや、そっちはどうでもいい。
なんで鞠絵ちゃんが、そのことを知っているのか。予想で言ったにしては、えらくピンポイントに言い当てている。
まあ、偶然にしろアタシも当てているので、偶然の確率でも思うほど低くもないということなのだろう。
なにせ当てるきっかけとなったキス魔のご本人なのだから。
……けど、アタシの時とは違い、キーワードが飛び出すような会話を繰り広げていた訳でもないのに、
ノーヒントで言い当てられたとなると、さすがに単なる偶然とは思えない……。
一体どうして、とアタシが首を捻っていると、
当てたのは予想で言ったわけでも、冗談が偶然ヒットした訳でもない事を、鞠絵ちゃんは告げてくれた。
「本人から聞きましたから……」
「え? よ、四葉、ソンナコト言ってなんか……鈴凛ちゃんにしか言って……あーっ!!
ってコトは、鈴凛ちゃんが喋ったんデスねっ!? ヒドイデスー! ヒードーイーデースーっ!!」
「いくら絶不調だからって、そこまでトンチンカンな推理するとは思わなかったわよ」
四葉さん、アタシ、あなたから事実を聞かされてから、一回でも鞠絵ちゃんに話しに行きましたか?
それ以前にあなたの視界から一度も消えていないんですよ? そもそも、アタシは「本人」じゃないし。
そうなったら……「本人」に当てはまる人物が意味することが推理できるはず。
先に答えに辿り着いたアタシが答えを明かす前に、鞠絵ちゃんの口から回答が告げられる。
「四葉ちゃん……キスって、相手が居てはじめてできるものなんですよ?」
「……っ!?」
キスする場合、「本人」はふたり居る……。
つまり……、
「そう……花穂ちゃんからです」
「そ…ん……、なんで……花穂ちゃ……が……?」
怯えるように身を震わせ、うろたえる四葉ちゃん。
鞠絵ちゃんはその気持ちを包み込むように、優しく言葉を返した。
「花穂ちゃんも、わたくしと鈴凛ちゃんのこと知ってましたから……。だからです、きっと……。
鈴凛ちゃんは四葉ちゃんの相談相手に取られちゃいますから……そしたらもう、わたくしに相談するしかなかったんです。
他に、居ないですから……。そういうことを相談できる相手……。わたくしたちの中で、そんなことしている相手なんて……」
関係ないけど、今咲耶ちゃんが大きなくしゃみをするのが聞こえた。
「……花穂ちゃん、お話したいそうです」
「……っ!!」
それはきっかけだった。
暗闇に放り込まれ、前にも後ろにも進めずにいた四葉ちゃんに差し伸べられた、一筋の光。
「わたくしに相談に来たとき……すごく不安そうでした……。
今のままが辛いって……。せっかく仲良しになれた四葉ちゃんと、こんな風に終わっちゃうなんてイヤだ、って……。
まだ一日だけど……たった一日ですけど……すごく、すごく辛いって、言っていました……」
四葉ちゃんが花穂ちゃんを選んだ理由は……始まりは、些細なものだったかもしれない。
けれど、できあがった絆が、積み重なった想いが、そこには確かにあるから。
だから……それが壊れてしまうのは、すごく悲しいこと。
「このままで居るの……辛い……こんな気持ちずっと続いて欲しくない……」
花穂ちゃんの気持ちを、心まで再現するように、紡がれる言葉。
「……だから、四葉ちゃんとお話したいそうです……」
この状況を変えるためには、一度向き合うしかない。
あれこれ他人に押し付けても、結局解決なんてしやしない。
でもそれは……とても、勇気のいることだ。
「最初は、話しかける勇気もないって……わたくしに相談して来たんですけど……
でもわたくし、ただ話を聞いていただけで、ほとんど花穂ちゃんが自分で決めてしまったことなんですけどね……」
心配そうな物言いでも、その中で見つけられた小さな勇気に、
鞠絵ちゃんに嬉しさを隠しきれない笑みが、ほんのわずかにこぼれていた。
「わたくしは、お手伝いです。そのことを四葉ちゃんに伝えるだけの……」
暗に、「あとは四葉ちゃん次第です」なんて訴えるような、鞠絵ちゃんのまなざしが、言葉に重ねて四葉ちゃんへと送られてくる。
花穂ちゃんは、覚悟を決めたんだ。自分で。
だからあとは、四葉ちゃんがそれに応えるだけ……答えは決まっている。
あとは本人たちが動き出すしかない。そうしなきゃ、変わらない。
周りに手伝えることは、ここまでだから。残酷だろうけど、そういうものだから。
でも、四葉ちゃんは……
「…………」
それでもまだ、暗闇の中で前にも後ろにも、どちらにも動けなくなっていた。
それが正しいと分かっていても、頭で理解していても……踏み出せない、臆病な気持ち。
鞠絵ちゃんのやわらかいまなざしでさえ、四葉ちゃんを押しつぶすような重圧に変わってしまう。
……アタシには、その気持ちが分かった。
だって、アタシは一度、そこに立っていたことがある。
そして……
「あのさ、鞠絵ちゃん……―――」
アタシが、四葉ちゃんの親友だから……。
つづく……
更新履歴
H18・7/2:1話目掲載
H18・7/5:完成
H18・7/23:脱字修正
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