「わー、人がいっぱいだぁ」


 休日の家族サービスという名目でこの場に集まってできた大勢の人波。
 その目の前に広がる情景に、素直に驚きと感嘆の声をあげる雛子ちゃん。


「うん……はぐれないようにしなくちゃね」

「…なあに…………もしはぐれたら……私がこの水晶玉で、ね…………」

「あははっ、それってすっごく頼りがいあるよ」


 続くように、心配そうな花穂ちゃんの声、それをなだめる千影ちゃんの声、笑う衛ちゃんの声など、様々な感情が飛び出てきた。

 土曜の休日、アタシたちは「親睦会」の名目の元、みんな揃って外へ遊びに行くことになりました。
 まあ、今でも親睦いっぱいな姉妹ではあるけど、これ以上深めてもまずいものでもないだろうし。

 土日の連休1日目にめいっぱい遊んで、明日の日曜日でその疲れを癒す。
 加減知らずばかりが揃った我が姉妹らのことをよく考えてある上手い計画だ。

 さて、そんなアタシたちのために開かれる親睦会会場として足を運んだ場所は……











 

遊園地にやってきました













「姫はコーヒーカップさんに乗りたいんですの」

「花穂はねー、えへへっ 乗り物じゃないんだけど、花壇のいーっぱいあるところで、お花さんたちを見たいんだぁ」

「ヒナはね、ヒナはね、ジェットコースターさんにのりた〜い」

「あ、アタシもそれに賛成かな? あと、フリーフォールとかも良いかも」

「四葉はベイカーストリートに行きたいデス〜」

「亞里亞は……ぐるぐるさんです」


 みんなで自分のまわりたい場所について口々に意見する。
 咲耶ちゃんや春歌ちゃんみたいな保護者的な位置にいる年長の顔ぶれは、その様子を温かい目で見守っていた。
 約1名無茶苦茶なことを言って、約1名意味不明なことを言っているけど。


「わたくしは……観覧車とか……」

「鞠絵ちゃん、そういうのは大抵、恋人や好きな人とって言うのが定番でしょ。
 だったら、まずは素敵な彼氏から作らなくちゃ、なんてね


 いや、実は居るんですよ、あなたの後ろに。鞠絵ちゃんの恋人。
 「彼氏」なんかじゃなく、女の子で、しかも姉妹なんていう、恋人にしたらとんでもないポジションの。
 なんてことを、ウインク咲耶ちゃんの後ろでこっそり考えながら、自分の思考に顔を赤くしてた。


「あ、でも、可憐も乗ってみたいかな……」

「だ、だったらボクも……その……花穂ちゃんと


 咲耶ちゃんのからかう言葉にも怯まず、可憐ちゃん、衛ちゃんが、鞠絵ちゃんに賛同する。
 もちろん咲耶ちゃんが言うような裏はなく、単純に乗りたいって気持ちでだろうけど。
 もっとも、衛ちゃんの最後の方の呟きは例の如く良く聞こえなかった。


「あ〜ん、これじゃあみんなの行きたいところがあり過ぎて、全部回れるか不安ですの〜」

「ふむ…………確かに…この数で動くには……不都合があるな………」

「ですわね……。どうしましょうか? この人数でいっぺんに動くともなると、それだけで時間を取られてしまいます。
 それに、みんなそれぞれ行きたいところも違いますし……って咲耶ちゃん大丈夫ですか!?


 白雪ちゃんと千影ちゃん、それから春歌ちゃんが頭を抱えて話し合っている横で、何故か咲耶ちゃんは鼻血を噴出させていた……。


「だ、大丈夫……ちょっと、のぼせただけ……あははは……」


 うーん、遊園地が楽しみで興奮して眠れないという話は聞いたことあるけど、っていうか四葉ちゃん花穂ちゃんがその良い例だったし。
 でも遊園地が待ち遠しくて鼻血出すほど興奮するなんて話初耳ね……。
 なんてことを考えながら、咲耶ちゃんの鉄拳に宙を舞う千影ちゃんの姿を目の端で捕らえていた。


「ま、しょうがないわね。ある程度のグループに分けましょう」


 鼻に詰め物をしながらも、さすがお姉さんと言わんばかりにこの場をビシッと取りまとめる咲耶ちゃん。
 宙に舞っていた千影ちゃんはきりもみ状に回転しながら、ぐしゃっという音と共に地面へ熱いキッスをしていた。


「で、分け方なんだけど……私はかれ―――」

「グーチー…だな……」


 ゾンビのようにすばやい回復を見せ、這い上がってきた千影ちゃんは、鼻血を抑えながら提案する。

 千影ちゃんの言う「グーチー」とは、簡単に説明すれば、
 ジャンケンの「グー」と「チョキ」を出し合い、グーのグループとチョキのグループの2つのグループに分る方法である。
 きちんと平等に分けられる数になるまで「あいこ」とし、
 今回の場合はグーを出した人とチョキを出した人が6対6になるまで何度でも出し合う。
 グループ分けが目的のため、もちろん勝ち負けはない。
 全国的ではないかもしれないので、ルールに多少違いはあるかもしれないけれど、
 似たようなことなら全国的にあると思うので、それのグーとチョキ版と考えてくれれば良いと思う。


「え? で、でもそれじゃあ……一緒に回りたい相手と回れないんじゃ……」

「…別に……特に誰かと一緒に回りたいという気持ちはあっても…………好意にそんなに差があるわけじゃないだろう……?
 私たちの仲なんだからさ…………」


 アタシが聞くと、千影ちゃんは「なにか問題でも?」と言わんばかりにさらっと返してきた。
 まあ、確かに……ウチは近所でも有名ななかよし姉妹。
 特別に好きはあっても、そんな一緒に回りたくないほど嫌いな相手とかいないし、基本的にはみんなみんなのコトが好きだし……。


「ですわね。6人ずつなら丁度良い数でもありますし、下手に分散して迷子になる子やグループが出ても困りますから。
 それに、普段交流の少ない子と合わさってくだされば、それこそ、『親睦会』としての意義があるというものです」


 春歌ちゃんが、納得行く様子で頷いている脇でなぜだか咲耶ちゃんが千影ちゃんに華麗な足技を浴びせていた……。


「わー、咲耶ちゃんカッコイイ〜☆」

「くすん……咲耶ちゃん、怖いです……くすんくすん……」

「さ、左右の蹴りが……ほとんど同時に……!?」


 我が家の幼いふたりは、それぞれ別々の評価を下して、楽しんでたり悲しんでいたり、
 冷静な大和撫子お姉さんは咲耶ちゃんの絶技(仮に「双龍脚」と名づけよう)に驚きと解説を付け加えていた。


「まあ、それがイチバン良い方法には変わりないですの。みんなもそれで良いですのね?」

「「「「さんせ〜い」」」んせ〜い」


 年長組ふたりに続き、白雪ちゃんが話を取りまとめると、
 花穂ちゃん、衛ちゃん、雛子ちゃん、遅れて亞里亞ちゃんが元気良く返事を返していた。

 しかし、その返事の中にアタシのものは入ってない……それどころか、実はあんまりその案には賛成じゃなかったから。
 鞠絵ちゃんと一緒のグループになりたいアタシにとって、例え2分の1とはいえ不確定なこの決め方には賛成したしがたかった。
 でも、下手に反対して、アタシと鞠絵ちゃんがお付き合いしてるなんて事実がバレでもしたら、それこそ大変。
 反論したい気持ちはやまやまだったけど、ここはグッとこらえることに。


「じゃ、じゃあ、準備を!」

「なんの!?」


 たかがグーチーなのに何の準備が必要か!?
 咲耶ちゃんのワケの分からない要求が飛び出してくるもんだから思わずツッコミを入れてしまった。
 ……いやしかし、アタシとしても心の準備をする時間が欲しかった訳で、
 ツッコミは入れてしまったけれど、咲耶ちゃんの意見には賛成だったりする。


「まあ、仕方ないですの。少しだけ、時間をとりますの」


 で、ノリのいい我が姉妹たちのこと。なぜだかグーチーに準備時間を設けることになるし。


(……さて、準備時間はもらえたものの、一体何をすれば良いのやら……)


 完全に運が作用されるこの取り交わし、ぶっちゃけ準備もなにもあったもんじゃない。
 あるとすれば、一緒になりたい相手が何を出すかっていう心の読み取りなんだろうけど……
 あいにくと、アタシは鞠絵ちゃんのコトをまだ良く分かっている自信がない……。
 この間の小森さんとの一件で、アタシのまだ知らなかった鞠絵ちゃんの一部を垣間見てきたからだ。

 ちらり、鞠絵ちゃんの方に目を配った。
 折角の遊園地だっていうのに、下手したら今日一日会えないという不安が、頭の中を過ぎっていく。
 アタシたち、付き合ってるっていうのに……。


(鞠絵ちゃんと一緒のグループ鞠絵ちゃんと一緒のグループ鞠絵ちゃんと一緒のグループ……)


 切羽詰ってお祈りまで始める始末。
 普段神様なんて信用してないけど、こういう時だけ神頼みなんて、我ながらムシが良すぎると思った。
 でも、どんなに醜くても良いから、鞠絵ちゃんと一緒に回りたかった……。
 自分勝手だよね……素敵な姉妹たちに囲まれてるってのに、たったひとりと一緒になれないと思うだけで、こんなにも切なく感じるなんて。


「鈴凛ちゃん……」


 神頼みするアタシに、心配そうに話しかけてくる鞠絵ちゃん。
 自惚れてるかもしれないけど……鞠絵ちゃんだって、きっとアタシと同じ気持ちのはだから、
 なにがなんでも一緒にならなきゃ……アタシも鞠絵ちゃんも、楽しめないよ……。


「いくわよー!!」


 数分後、覚悟完了したのか、気合十分に運命のグループ分けの開始を告げる、咲耶ちゃんの声が響いた。



  ・

  ・

  ・

  ・

  ・












「じゃあ、これでいいわね」

「「「「「異存なーし」」」」デス〜」


 そして、3回のあいこを経て、見事にグー6人、チー6人の2チームに分けることに成功。
 ちなみに、グーチーの途中経過や掛け声などは全国的に違いが多いと思うので、そこはあえて割愛させていただきました。

 数名が、その結果にノリ良く元気に返事を返していた。
 可憐ちゃんとか春歌ちゃんみたいなおしとやかな子はそのノリについて来なかったけど、
 それでも異論はないということは態度で示す。
 グループ分けの結果、アタシと同じグループになったのは四葉ちゃん、花穂ちゃん、春歌ちゃん、衛ちゃん、そして……鞠絵ちゃん。


「っしゃあっ……!」


 念願叶って、鞠絵ちゃんと同じチームになれたアタシは、ひっそり小さくガッツポーズを決めた。

 鞠絵ちゃんがいれば、正直あとはどんな風な組み合わせになっても良い。
 別に嫌いな子がいるわけじゃないし、そもそも鞠絵ちゃんが特にずば抜けて好きってだけなんだから。
 えへへ……やっぱアタシって自分勝手だよね……
 まあ、特に仲の良い四葉ちゃんとまで一緒っていうのは、上手く行き過ぎて申し訳ないかな?


「じゃあ、今日は一日、みんな楽しみましょう」


 みんなが元気良く「おー」とか「は〜い」とか、口々に返事をすると、咲耶ちゃんの先導で全員が入り口へと向かい始めた。


「……で、なにかやったんデスか?」

「な、なにがよ……?」


 ずらずらと、遊園地に入場していく女だらけの一団の最後尾。
 同じグループになった四葉ちゃんが、誰にも聞かれないよう小声で問いかけてきた。
 こういう聞き込みっぽいところは、彼女の大好きな探偵業さながらだと思った。


「鈴凛ちゃんが、鞠絵ちゃんと一緒になりたくないワケないデスからネー……。
 だから、何かやったんじゃないカナー……って、四葉のコゲ茶色の脳細胞が」


 コゲ茶ですか四葉さん!?


「あ、あははは……」


 気まずそうにカラ笑いを返す。案外、そのコゲ茶色の脳細胞とやらは侮れない。

 実は、アタシと鞠絵ちゃんは、一緒のグループになりたいがためにちょっとだけズルをしちゃってたりする。
 といっても、壮大なトリックや大掛かりな舞台装置を用いたわけではない。当たり前だ。
 ただ単純に「お互いグーを出し合おう」と、口裏を合わせただけ。
 さっき心配そうに話しかけてきた一瞬に、誰にも聞かれないように簡単に提案してきてくれた。

 インスタントだけど、確実に一緒になれる方法。
 しかも人数が人数で、更にたった数回で決まっちゃったんなら、
 ふたりくらいずっと同じ手を出していても全部確認できた人なんて居なかったと思う。
 みんなとのやりとりにフェアじゃないのはちょっとだけ罪悪感だけど……
 でも、「恋」と天秤ばかりに掛けちゃったら……やっぱりそっちが勝っちゃった。ごめんね、みんな


「さっすがヘンタイさんデス。愛のためなら家族のキズナも裏切る」


    ガスッ


「……痛いデス」

「……ったく、そういう言い方やめてよ」


 四葉ちゃんに脳天唐竹割りを炸裂させて、みんなとの距離が広まる前に、アタシたちも駆け足で遊園地に入場していった。
























 そうして、先程のグループ分けに従い、咲耶ちゃん率いるグループと別れ、アタシたちはアタシたちで遊園地を回ることとなった。

 まずは手始めにコーヒーカップ、予想通り四葉ちゃんが思いっきり回し過ぎてふらふらになっていた。
 ミラーハウスでは予想通りに花穂ちゃんが額をぶつけ、更に四葉ちゃんまでもがミラーに激突という期待以上の成果を上げる。
 メリーゴーランドに乗り来た時、一度咲耶ちゃんグループと再会したり、
 メリーゴーランドの馬に何故か引き摺り回しの刑に遭っている千影ちゃんを見たり、
 それに乗ってくすくす笑うなかなか残酷な亞里亞ちゃんを見たりと、下手なアトラクションよりアトラクションしてた。
 咲耶ちゃんたちともう1回別れてからは、乗り物ばかりじゃなくゲームセンターもどきのゾーンでも少し遊んでみた。
 そこでやった射的では、花穂ちゃんのドジによって四葉ちゃんと衛ちゃんを賞品として手に入れることとなった。


「ご、ごめんなさい……! 花穂、ドジだから……」

「痛いデス〜! 花穂ちゃんのライフルに撃たれたデス〜! っていうか真後ろにいたのに〜!?

「花穂ちゃんに取られちゃった……花穂ちゃんのモノになっちゃった……えへへへっ……


 まあ、例の如く衛ちゃんの呟きは良く聞こえないんだけど。


 そんなこんなで、アタシは遊園地での時間をみんなで楽しく過ごしていた。
 結局、他のみんながいることで思ってたより鞠絵ちゃんとは"らしいこと"はできなかったけど……。
 それどころか、アタシは四葉ちゃんや衛ちゃんたちと、鞠絵ちゃんは春歌ちゃんと、それぞれ別の子の相手をしていたせいで、
 折角一緒に居るっていうのに、言葉自体あんまり交わすこともなかった。

 けど、時折、お互い言葉の代わりに視線を交わして、「意識してるんだよ」って合図を送り合って……


「……あ」


 ほら、今もちらって、アタシの方に目を配って……ふふって微笑んでくれた。
 アタシも、照れ隠しのようにそっと微笑み返す。

 鞠絵ちゃんとは、あんまりらしいことはできなかったけど、そういうところでしっかりと繋がり合っている気がして……
 えへへっ……一緒に居られるだけで良いって、こういうことをいうのかな……


「あれ? 鈴凛ちゃん、また赤くなって笑ってるよ」

「どーせまたヘンタイさん同士のアイ・コンタクトデスよ。イチャイチャできないんデスから、思う存分のぼせさせておいてあげましょう」


 うん、四葉ちゃん、後でまた焼肉に調理してやるから覚悟しな……












「クッフフゥ……お・つ・ぎ・はぁ、アレに乗りましょー!」


 ミラーハウスで額に受けた名誉の負傷も徐々に癒えてきた頃、四葉ちゃんが元気に次に向かう場所を指差す。
 その人差し指の先にあるものは……そう、遊園地と言えばコレしかない!
 遊園地の代表的なアトラクション! ジェットコースター!!


「「おおー!」」

「ひっ……」


 感嘆の声をあげるアタシと衛ちゃん。
 ……の脇で、鞠絵ちゃんが顔を青白く引きつらせて、短い悲鳴を漏らしていた。


「あ、鞠絵ちゃん……」

「確かに……鞠絵ちゃんにはあまりよろしくはないですわね」


 よくよく考えてみたらこのチーム分け、アクティブなメンバーの中、鞠絵ちゃんただひとりがパッシブな娘だ。
 花穂ちゃんはギリギリアクティブ側、もしくはそれに巻き込まれるタイプなんだろうけど、それでも結構参加する方だと思う。
 春歌ちゃんも、どっちかっていうとおしとやか寄りだけど、普段の鍛錬の賜物で、恐らく誰よりもアクティブに対応できる人材だ。
 そういう意味で、このメンバー中鞠絵ちゃんただひとりが違う属性のメンバーだった。
 しかも体だって弱くて、性格的にも肉体的にも、決して無茶のできるような子じゃない。
 そんな鞠絵ちゃんに気を使って、やめようかと提案しようとすると、


「の…乗りましょう……!」


 当人の口から、か細い声で気合十分に挑もうとする勇ましい言葉が飛び出してきた。


「え……しかし……」

「大丈夫です……」


 春歌ちゃんが心配そうに聞き返すのを、鞠絵ちゃんは差し止めて、率先してジェットコースターの列に並びに行ってしまった。


「ほら、折角空いているんですから、早く並ばないと勿体無いですよー」


 微笑みながら、のほほんとそうみんなに呼びかける鞠絵ちゃん。
 ……ちょっぴり怖いのを我慢して、みんなのために無理してるっていうのは、一見して分かってた。
 鞠絵ちゃんの手は……声だって、少し震えていたから。


「本当に大丈夫……?」


 誰よりも先に駆け寄って、心配して鞠絵ちゃんに問いかけると、
 鞠絵ちゃんはアタシひとりに語りかけるように小声で、こんなことを言ってきた。


「だって鈴凛ちゃん……こういうの、大好きでしょ……? さっきだって、乗りたいって……」

「う、うん……」

「だから乗りたいんです……わたくしのせいで、鈴凛ちゃんの楽しみ……奪いたくないから……」

「……え?!」


 小さく、驚きの声がこぼれた。
 みんなのためじゃなくて……アタシのため……?


「……っ」


 その気持ちが嬉しくて、健気で……胸が、ぎゅっと締め付けられるような感覚に見舞われる……。


「それに……体が体じゃなかったら、本当はもっとこういうもの、楽しんでみたいって思っていましたから……」


 強がりなのか、本音なのか……多分両方。
 無理なんてすることないのに、鞠絵ちゃんはもうしっかり覚悟を決めて、ここに並んでいたんだ。


「分かった……」


 アタシが……他の誰でもない、鞠絵ちゃんにとっての特別な存在のアタシが、鞠絵ちゃんの意志を優先させることに決めた。
 自分勝手って取られても良い……鞠絵ちゃんの気持ちを、無為にしたくなかったから……。

 春歌ちゃんは相変わらず心配そうにしていたけど、鞠絵ちゃんの意志の強さを理解してか、渋々承認していた。
 例え春歌が大人の正論を持ち上げてきても、アタシは、できるトコまで徹底的に反論するつもりだったけど。
 理に反するなんて、科学者としては失格だよね……。
 でも……今は、科学よりも鞠絵ちゃんの方が大切だって、この気持ちに胸を張って誇れるから……。


 そうこうしてる内に、すぐにアタシたちの順番が回ってきた。
 ジェットコースターの横一列にふたつ並んだイスに、上手い具合にアタシと鞠絵ちゃんが並んで座る。
 アタシたちの事情を知っている四葉ちゃんと花穂ちゃんが、さりげなく気を使って操作してくれたからだと思う。
 ありがとう、ふたりとも……。


「あああ、花穂ちゃんの隣……花穂ちゃんの隣……」


 後ろで衛ちゃんがなんか嬉しそうに呟いてるけど、こっちはそれどころじゃないんで割愛。


「大丈夫だよ……」

「……!」


 そっと、隣に座った鞠絵ちゃんの手を取って、強く握ってあげた。
 せめてアタシが側にいて、その恐怖を和らげていられたらって思って、
 ジェットコースターに乗っている間、ずっと手を握ってあげようって……そう決めた。
 前の列に座っている四葉ちゃんと春歌ちゃん、後ろの列に座っている花穂ちゃんと衛ちゃんには、隠れて見えなかったと思う……。


「……


 無言で頬を染める鞠絵ちゃん……。
 鞠絵ちゃんの手は小さくて、柔らかくて……ちょっと冷たくて、少しだけ震えているのが伝わってきた。
 でも……それでも、ただ握っているだけで、勇気を分けてもらっているような、そんな暖かさが胸からこみ上げてくる……。
 でもアタシが貰ったって意味ないよ……アタシはもう、鞠絵ちゃんからたっぷり貰っているんだから……。
 だからね、同じように、鞠絵ちゃんにアタシの勇気が行き届いててくれるなら、って、そう思った。

 アタシのために、勇気の一歩を踏み出してくれた……彼女に。
























「うう……」

「やはり……無理は避けるべきでしたわね……」


 濡れた手ぬぐい額にベンチに横たわりながら、呻くような声を出す鞠絵ちゃんを、ため息混じりに眺める春歌ちゃん。
 結局、ジェットコースターの刺激に耐え切れず、鞠絵ちゃんはダウンしてしまった。
 まあ、予想通りの展開といえばそうなんだけど、それでも起こってしまったらやっぱり嬉しいものでもない。


「いいえ……確かに怖かったですけど……それでも、こういう無茶を体験できて……みんなで、一緒に体験できて……嬉しかったです」


 心配そうに見つめる一同、そんな5人に心配させまいと、鞠絵ちゃんはそんなことを口にする。
 「でも……やっぱり無理があったみたいですけど……」、なんて冗談交じりに苦笑いしていた。
 その顔は、ほんのちょっと辛そうだったけど、だけど同時に充実したような表情をしていた。


「あのさ、アタシが鞠絵ちゃん見てるから、みんなは先に楽しんできて」

「そんな……おふたりを置いて、ワタクシたちだけで楽しむだなんて」

「楽しんできてください……」


 絞り出すようなか細い声で告げる。


「わたくしのせいで、折角の楽しめる時間を、無駄に過ごして欲しくないんです……」


 みんなの枷になりたくないから。
 暗にそう伝えてきているような、ほんの少しだけ悲痛にも似た彼女の訴えだった。

 今でこそ一緒に過ごせているけれど、彼女はそうなる前……療養所にいた。
 そんな身の上だから、治療費、入院費、お見舞いの交通費……
 他にも目に見えない部分、形のないもので、色々とみんなに負担ばかり掛けてきた……。
 きっとそう考えている。
 その負担に、負い目を感じていて……だから、余計に自分が楽しみを奪うことが耐えられないんだろう。
 さっきの アタシの楽しみを奪いたくないっていうのも、きっとその事があるから……。


「ハイハイ、ここは若いおふたりまかせて、四葉たちは四葉たちでにしましょーねー」

「四葉ちゃん……ふたり年上だよぉ……。で、でも、そうだよね……うん。ね、行こっ! 衛ちゃん」

「か、花穂ちゃんがそういうなら……」


 その訴えが通じたかどうかは定かではないけれど、四葉ちゃんと花穂ちゃんは、アタシたちの提案をふたつ返事で承諾してくれた。
 衛ちゃんも(意図が上手く読み取れないけど)ふたりに続いて同意する。
 4人中3人に促されたら、さすがの春歌ちゃんも反対することもできず、あとは丸めこまれるばかり。


「ほらほらぁ、こーいう場合はお言葉に甘えるのがブシノナサケなんでしょう?」

「それが武士の情けかどうかは分かりませんが……
 ま、鈴凛ちゃんも、お金だけでなく人のことを大切にする気持ちを知ったということで、お言葉に甘えさせて頂きましょうか」

「失礼ねー」


 四葉ちゃんの最後の一押しで、春歌ちゃんも賛成派に傾く。
 これで満場一致、あとくされなく全員がアタシたちの意見を採用する運びとなってくれた。


「少ししたら戻ってきますから、それまで鞠絵ちゃんの事、よろしくお願いしますね」

「オッケー、任せて!」


 ぺこりと一礼して、アタシの鞠絵ちゃんの看病を任せる。
 相も変わらず礼儀正しい大和撫子なアネキ。
 同じ家に住んでる姉妹なんだし、もうちょっと気楽で良いのにな……。


「じゃ、四葉たちは四葉たちで楽しんできマスので、おふたりはおふたりで楽しんでクダサイ」

「四葉ちゃん、これは病人の看病ですよ、楽しむもなにもあったもんじゃないですよ」

「……クフフッ、ホントにそーデスかねー?」


 真実を知る四葉ちゃんは、なにか含んだ言い回しで、春歌ちゃんをからかうようにニヤニヤ笑いを浮かべていた。
 なにも知らない春歌ちゃんは、ただ首を傾げてそれを眺めるばかり。
 まあ、考えたところで、誰よりも常識人(時代錯誤以外)の春歌ちゃんが、
 まさかアタシと鞠絵ちゃんが恋仲だなんてとこまでたどり着けるとは思えないけど……。


「じゃ、行こうよ、衛ちゃん」

「?!?!???!?? ♥♥♥♥ ?!?!? ♥♥♥♥


 花穂ちゃんが衛ちゃんの手をぎゅっと握って、遊園地巡りの再開に誘うと、衛ちゃんがなんか嬉しそうに顔を紅潮させていた。
 鞠絵ちゃんに積極的に攻められた時アタシと同じようなリアクションをしていたけど、
 アタシの心は鞠絵ちゃんで手一杯だったのでさらりと流した。


「今日は最高の日だぁ……あははは〜♪」


 衛ちゃんがなんか呟いてるけど、やっぱり良く聞こえなかったというお約束。なんかもうどうでもいいけど。


「ふー」


 だんだん小さくなる4人の影を見送ってから、鞠絵ちゃんの隣のベンチに座って、大きく息を吐いた。


「ごめんなさい……」

「謝ることじゃないよ。アタシのためだったんだし」

「…………」

「なら、謝るのはアタシ……でしょ?」


 言っても、多分彼女には気にしないなんてこと、できないって分かってた。
 確かに、春歌ちゃんたちを束縛することはなかったけれど、それでもアタシが束縛されてしまっている。
 それに春歌ちゃんたちにも「心配」という負担は掛かっている。
 結局、自分が誰かの負担にならないってことはない……彼女はそう考えて、自分の心を追いやってるに違いない。
 そんなこと、気にしなくて良いのに……。


「そ、それにさ……折角の遊園地なんだから……やっぱり、鞠絵ちゃんと、ふたりきりになりたかったし……


 顔を赤らめながら、さっき四葉ちゃんが去り際に浮かべた含み笑いを思い出す。
 このシチュエーション想定していたコゲ茶色の焼肉の脳細胞がまずます侮れないものだと思わされた。

 らしいことができなくてもそれなりに楽しんでいたとはいえ、
 折角の遊園地っていうシチュエーションなんだから、やっぱりらしいこともしてみたかったのが本音。
 でも、単純に遊園地を楽しむだけじゃなくて、こういう休憩時間を静かにふたりきりで過ごしたりするのも、十分"らしい"じゃない……。
 だから、今この「負担」が、アタシにはどうしようもなく嬉しいことなんだよ……。


「じゃあ……こっそり、ふたりだけで回っちゃいましょうか


 …………………………………………。


「へ?」


 いきなり過ぎてどういうことなのか意図が掴めず、数秒の間の後、気の抜けた短い声がアタシの口からもれた。
 鞠絵ちゃんは、薄っすら青ざめていた顔を、にぱっと明るい表情に切り替えて、楽しそうににこにこしながら体を起こす。


「ま、まさか……仮病だったの!?」

「そうでもないですよ……。ふらふらなのは本当ですし……」

「だったら―――」

「でも、やっと鈴凛ちゃんにふたりきりになれたんです……。こんな時に、黙って眠ってなんかいられないです……

「………………。いや、でも……」


 また無茶をしようとする鞠絵ちゃんを慌てて制止した。
 あんまり体が丈夫じゃないのに、これ以上無茶させたら、大変なことになるかもしれない。
 それに、みんなを置いてふたりきりで黙ってどっかいっちゃうことに罪悪感だってあった。
 ちなみに、制止の前に間があったのは、鞠絵ちゃんとふたりきりで回りたい誘惑との葛藤があったからである。
 だけど、


「本当に無理だったら……その時は言いますから……ね

「……う…うん……」


 ただでさえ危ういバランスで勝っていた心配と罪悪感は、鞠絵ちゃんの可愛い笑顔で完全にノックダウン。
 がくんと、天秤は誘惑側に傾ききってしまった。

 みんな、ゴメンね。

 申し訳ない気持ちはたくさんあったけど、それ以上に、鞠絵ちゃんとのふたりきりのデートに心躍らせて、
 アタシは鞠絵ちゃんの手を取って華奢な体を引き上げた。


「……わわっ」

「倒れたら大変ですから


 立ち上がるなり、ふらふらなのを口実に、ぎゅってアタシの腕を抱いてくる。
 まあ、確かに倒れたら大変だし、誰かに見られた時の言い訳には丁度良かったので、


「だね……


 短く返事をして、そのままアタシたちは親睦会からふたりきりのデートに予定変更して、お互い胸躍らせながら足を踏み出した。












「とりあえず……どうしよっか?」


 目的もなしにふらふら進むというのは、ある意味デート時の常套手段ではある。
 けれど、元々鞠絵ちゃんの体はそんなに万全じゃないし、今もちょっとだけふらふらな状態。
 だから無駄に歩き回るのは避けたかった。
 うーん、とアタシが思案していると、横にいる鞠絵ちゃんが手を前に出して、


「あれに乗りましょう」


 と言って、指差した先にあったものは……


「観覧車?」


 そういえば、入り口でのやりとりで鞠絵ちゃん、観覧車に乗りたいって言ってたっけ。
 それに、観覧車なら体を休めながら楽しむことができるし、これはなんともおあつらえ向きな。


「咲耶ちゃん、言っていましたよね? だったら……やっぱりわたくしは、鈴凛ちゃんと乗らなくちゃ、ね……

「う……うん……」


 ……本当に、おあつらえ向きだ……



 顔を赤くして観覧車の列に並ぶ。
 さすがに人目が気になったので組んでいた腕は離した……。

 そんなに人は並んでなくて、多分数分も掛からないうちに乗り込めるだろう。
 前のお客さんが観覧車から降りて、次のお客さんが乗り込んで行く。
 そんな短絡的なサイクルを眺めながら、だんだんと列が進んでいって、そしてアタシたちのひとつ前のお客さんが乗り込む番になった。
 同じように観覧車からお客さんが降り、その入れ替わりに出てきた前の客さんが…………


「…………、……なんで咲耶ちゃんと可憐ちゃんが?」


 ……妙に見覚えのある顔だったので呆気に取られた。


「り、鈴凛ちゃんに……鞠絵ちゃん……!?」

「「ど、どうして……?」」


 可憐ちゃんの驚きの後、アタシと咲耶ちゃんの問い掛けが重なった。

 確か、咲耶ちゃんたちは千影ちゃんたちと一緒に回っていたはず……。
 さっきだって千影ちゃんのメリーゴーランド内引き摺り回しの刑を一緒に見学していた。
 で、その後もう一回別れて、それぞれのグループで楽しみにいった……はずなのに、今は咲耶ちゃんと可憐ちゃんのふたりきり……。


「そ、それはこっちの台詞よ! そっちこそ、なんでふたりきりなのよ!?」


 ギクッ!?

 思わず擬音を口ずさみそうになるくらい動揺する。
 まさか、みんなを置いてふたりきりのデートに駆け出したなんて言える訳ないし、
 さっき咲耶ちゃんが「鞠絵ちゃんの好きな人と乗れ」っていうから乗りに来た、なんて尚更言える訳ないし……。


「いや、あの……い、色々と……ね!」

「は、はい……! 色々と……そういう咲耶ちゃんこそ、千影ちゃんたちは……?」

「ええ?! わ、私は…………べ、別になんだっていいでしょ!!」

「っていうか、さっき彼氏と乗れとか言っておいて、何で自分は可憐ちゃんとふたりきりで乗ってるのよー?」

「ギクギクッ!?」


 なんか、アタシ言葉にアタシ以上の動揺を見せる咲耶ちゃん。
 っていうか擬音口にしてるし、しかも当社比2倍だし。
 こらこら、きちんとした申し開きしないと、可憐ちゃんまで巻き込んでヘンタイさん指定されるんだよ。


「も、もうっ! なんだって良いでしょっ!! ほら、行くわよ! 可憐」


 拗ねるように、無理矢理話を打ち切ってその場を去ろうとする咲耶ちゃん。
 アタシとしても、とりあえず鞠絵ちゃんのとひと時をゆっくり満喫したかったので、
 引っかかるところは合ったけどそのまま見逃すことに……って―――


「「…………"可憐"?」」


 いつもと違う点がちょっと引っかかって、鞠絵ちゃんと口を揃えて口にする。
 えっ、と……呼び捨て?


「わわわわ!?!? ささささ咲耶ちゃん!?!?」

「ん? ………………あ゛ッ!? わーーーーっ!?!?!?!?」


 途端、慌てる可憐ちゃん、咲耶ちゃんの両名。
 特に咲耶ちゃんの動揺具合はすごく、頭を抱えながらぶんぶんとツインテールという凶器を鞭のように振るっていた。
 お陰で近くに居たおじさんがその鞭の餌食に……。
 というか、ひとりで観覧車に乗ろうとするこのおじさんって一体……。


「な、なんでもないのよ! い、いくわよ、可憐ちゃん!

「は、はい……。それじゃあ、鞠絵ちゃん、鈴凛ちゃん……」

「「…………」」


 なんだか色々と怪しかったけど、そうこうしているアタシたちの順番になってしまったので、
 鞠絵ちゃんとふたりで首を傾げつつ、挙動不審なふたりを傍目に、アタシたちは係員に案内されるまま観覧車に乗り込んでいった。












「鈴凛ちゃんとふたりきりで……しかも観覧車に乗れるだなんて……。うふふっ…… まさか、ここまで都合良く進んでくれるだなんて……」

「鞠絵ちゃんの普段の行いが良いからだよ」


 だんだんと高さを増していく7号車の観覧車から、景色を見下ろす鞠絵ちゃんと、それを向かいに座って見つめるアタシ。
 特に派手なやりとりもない、ただゆったり話し合うだけの、そんな静かな時の過ごし方。
 いっつもメカやお金のことで、イベントを起こしたり参加したりするアタシが、こんな風に静かに過ごすことを満喫するなんて……。
 ガラじゃないって言われそうだけど……でも誰よりもそう感じてるのは、実はアタシ自身だったりする。
 いっつも、静かに座っているより動いてる方が楽しいって思ってたのにな……。


「あーあ、後で春歌ちゃんたちに謝らなきゃねー」

「うふふっ……ですね


 なんて、後の謝罪のコトを感がえながら、言い回しは一切悪びれた感じはない。
 ……やっぱり、恋と友情だったら恋を取っちゃうのは女の子の宿命なのかな?
 それとも、アタシが自分勝手なだけ?


「今度は、どんなメカを作るか、決めたんですか?」

「ん? あ、うん。一応ね」

「メカも良いですけど、少しはお片づけしてくださいね」

「あはは……ごめんごめん」


 それからも、なんてことのない他愛ない会話を交わすだけだった。
 折角のふたりきりなのにいつもと変わらない時間。
 だけど、場所が特別なだけで……デートって考えるだけで、妙に、嬉しい気持ちがこみ上げてくる……。
 こんな何気ないひと時が、どうしようもなく嬉しい……。
 変わらないはずの時間が、どうしょうもなく楽しい……。
 普段、みんなに気づかれたらどうしようってゆっくりできなくて、お預けにされているからかな?

 アタシは……このまま時間が止まって欲しいなんて、またガラにもない乙女ちっくなコトまで考えちゃっていた……。


「このまま、止まってしまえばいいのに……」


 鞠絵ちゃんも、アタシと同じことを考えたのか、そっと、そんなことを口にした。
 やっぱり鞠絵ちゃんはロマンチックに憧れる女の子なんだね……。
 しかも、アタシなんかよりもずっと、その台詞が似合って―――


「停電で」

「そっちかよ!」


 がくっと、折角のロマンチックムードが一気に漫才ムードに早変わりしてしまった。
 普通、「時間」なんていうファンタジーで夢見がちな考えは鞠絵ちゃんで、
 「故障」っていう電気的機械的現実的原因はアタシが思考するモンじゃないの?


「だって、そうなれば怯えるわたくしを鈴凛ちゃんが慰めて、一気に急接近、ってね

「あははは……」


 物騒なことを楽しそうに口にしながら、おもむろにアタシの隣に移動してくる。
 アタシはそんな鞠絵ちゃんを、カラ笑いを向けながら目で追った。


「それから……観覧車の中で、そんな状況といえば……やっぱり……


 ちょんと自分の唇に、そっと人差し指を添える。
 それは、良くありそうなクセにも見えそうだったけど……でも、鞠絵ちゃんの意図が読めたアタシは、


「ぁぅ……」


 なんて、言葉にならない声を上げて、真っ赤になってしまいました……。
 赤くなるアタシを見て、うふふと更に楽しそうに笑う。
 話を持ちかけた鞠絵ちゃん自身、ちょっぴり顔を赤く染めていた。


「…………。鞠絵ちゃんってさ……キス魔だよね」

「……え!? ええっ!?」


 翻弄されっぱなしっていうのもしゃくなので、たまにはアタシから鞠絵ちゃんをどきまぎさせてみようと、思ったことを口にしてみた。
 いっつも鞠絵ちゃんにしてやられているアタシだけど、やっぱりこういうカウンターパンチもなくっちゃね。


「だってさ、しょっちゅうアタシに……その……キス……要求してくるじゃない……」


 よくよく考えたら、アタシから鞠絵ちゃんに要求したのは、たった1回だけだったと思う。
 ……まあ、四葉ちゃんにバレた時の決定的なヤツなんだけど……。
 ファーストキスだって、アタシからじゃなくて鞠絵ちゃんからだ。
 普通に考えたら、鞠絵ちゃんよりもアタシの方からしてるってイメージだと思うんだけどな……。
 ……いや、ほんとに「普通」ならしないんだろうけど。

 さっきまでほくそ笑んでいた顔を、真っ赤に変えて俯いてしまう鞠絵ちゃん。
 アタシも、自分で言ってて、なぜか真っ赤になってしまった。
 結果、お互い真っ赤な顔で俯き合ってしまった。


「かも、しれません……」


 数秒の沈黙の後、先に行動を起こしたのは鞠絵ちゃんの方からだった。
 真っ赤な顔のまま、アタシの言葉を渋々頷いていた。
 ちょっと意外だった。てっきり「そんなことないですよ」って、可愛く頬を膨らませてムキになって否定するかと思っていたから。


「どうしてか……触れ合っていたいんです……」

「……え?」

「ずっと、ひとりだったから……だからかも、しれませんね……」

「あ……」


 アタシたちと一緒に暮らす前の鞠絵ちゃんは、療養所でずっとひとりきりだった。
 だから、より人のぬくもりを求めてしまうんだと思う……。
 鞠絵ちゃんはそう付け足したけど、言う前にアタシはその言葉を先回りして察していた。


「それに……折角、特別な人ができたんですから……ね


 それは、ちょっとだけ寂しい理由からはじまっていた欲求……。
 少しだけ落ち込んだ空気を隠すように、ちょっとおどけて口にしていたけど……またひとつ鞠絵ちゃんを知ることができた。
 鞠絵ちゃんにとって……キスっていう「特別」は、自分にとっての特別なつながりを実感するための行為なんだ、って……。


「で、観覧車の整備不良を祈るなんて、結構とんでもなくはた迷惑なお願いだよね」


 こっちも鞠絵ちゃんに合わせて、からかうようにおどけて口にした。
 それは上手い具合に追い討ちになったみたいで、鞠絵ちゃんの顔は、更に顔を赤くさせる。
 最初の状態から2段階くらいランクアップさせているんだから、これ以上はもう赤くならないだろう。
 いつもとは反対に、アタシが鞠絵ちゃんを真っ赤にさせていた。

 …………なるほど……これは可愛い……。鞠絵ちゃんがいつもアタシをからかうわけだ……。


「そんなことにならなくてもさ……キスくらい、してあげるよ……」

「……!」

「その……こういう特別なシチュエーションの時くらい……ね。……あ、アタシだって、イヤってワケじゃ……ないんだし…さ……」


 恥ずかしさのあまり、途中途切れそうになりながら口にした。
 「恋人同士なんだから……」って台詞は、さすがに恥ずかしくて言えなかったけど、
 それでも確かに、拒むんじゃなく、受け入れる返事を返した。

 そうなっちゃった以上、鞠絵ちゃんはこの後間違いなく……


「うふふっ……


 その好機を逃がすことなく獲物――アタシの唇――を捕らえるだろう……。
 可愛いけれど、明らかに企みを含ませている笑顔が、近い未来にアタシの唇が再び彼女に贈呈されることを確定させていた。

 ……まあ、そうなるって分かってて口にしたんだけどね……


「そういえば……とある遊園地の観覧車に乗って、1番上に来た時にキスをしたカップルは必ず結ばれるって迷信、よくありますよね?」

「ん? あ、うん、良く聞くよね……って、え? もしかして、ここの観覧車にも?」

「いいえ、そんな話聞いたこともありません」

「あら?」


 きっぱり言って、自分で振っておいたロマンチックムードをあっさり否定。
 なんなのよぉ〜……折角、アタシも乗り気になって、またまたガラにもなく乙女チックに喜んじゃうところだったのに……。


「でも……そういうのって、在り来たりですけど……すごく、憧れるんです……」


 多分、鞠絵ちゃんは特別なことなんてそんなに望んでいないと思う。
 そういう在り来たりでも、「楽しい」の中に、「嬉しい」の中に、居られる自分をなによりも求めているだけ……。
 今まで、持っていなかったから……。


「ふたりきりで……観覧車に乗って……てっぺんでキス……。在り来たりだけど……"特別なシチュエーション"だよね?」

「え? ええ……」

「だったらさ……」


 にっこり笑いかけると、鞠絵ちゃんはアタシの言った「特別なシチュエーション」って言葉に気づいたらしく、
 ハッとしたように照れて俯いてしまった。
 アタシも、言ってから物凄く恥ずかしさが膨らんでいって……耐え切れなくて、俯いちゃった。
 そのままお互い、なにも言葉を交わさず……ただ、頂上に近づくのを黙って待っていた。


「そろそろ……てっぺんですね……」

「う、うん……。……っ!?」


 鞠絵ちゃんの言葉に反応して目を向けてみると……鞠絵ちゃんは目を瞑って、唇を突き出して……準備万端に待っていた。

 言葉も合図もなく、こんな不意打ちを仕掛けるなんて……またアタシは鞠絵ちゃんに翻弄させられてしまった。
 本当は思わず変な声が出そうなくらい驚いたんだけど、もうドキドキのしっぱなしで、声すら出せなくなっていた。
 でも、出なくて良かったと思う……折角のムード、壊さなくて済んだし……。

 だんだんと、てっぺんに近づいていくにつれて、アタシの心臓の鼓動もだんだんと激しくなっていく……。
 いくら好きだからって……やっぱり、ものすごく恥ずかしい……。
 女の子とか、いけないからとかじゃなくて……多分、オトコノコとでも同じ心境になってると思う。

 顔が真っ赤になって……心臓はどんどん速くなっていって……そりゃあ何回もしてるけど……いつまで経っても、慣れない……。
 こんな風に気持ちが昂ぶってこなきゃ、とてもじゃないけど、アタシからのキスするなんて言えないよ……。

 そして、もう頂上が間近に迫っていた。
 高鳴る鼓動に躊躇する心……でも、覚悟を決めて……。

 アタシは、観覧車がてっぺんに達したのを見計らって……そっと、鞠絵ちゃんの唇に、キスをしてあげた……。




 観覧車がてっぺんに来た時、その中で恋人と唇を重ねる……。
 ドラマとかで見る在り来たりなシチュエーション。
 だけどアタシは、鞠絵ちゃんに、そんな在り来たりをプレゼントしてあげたいって、思った。
 今まで病気で奪われてきた当たり前を、少しでも取り戻そうって……普通以上の幸せをあげようって、そう思った。
 ううん、そう誓った。

 ま、女の子同士ってだけで特別なっちゃうんだけどね
 それでも、彼女に楽しいとか、嬉しいとか、特別じゃなくて良いから……そういう何気ない時間を築いていきたい……。

 在り来たりも、それ以上も、アタシが与えられるものならあげられるだけ、大好きな彼女にあげる……。

 これは……そんな誓いのキスかも、ね……



 短い数秒の間、触れ合わせた唇を離して、お互い向かい合って見つめ合う。


「ぷっ……あははっ……

「うふふっ……


 そしたら、なんだおかしかくてふたり揃って笑い合っちゃった。
 ひょっとしたら、それは照れ隠しだったのかもしれない。


「あーあ、また鞠絵ちゃんにまんまと唇奪われちゃった」

「はい、まんまと奪っちゃいました


 恥ずかしい気持ちから視点をずらすように、まるで友達感覚に話し始める。
 笑っていたけど、内心はホント、ドキドキが止まらなくなっていた……アタシってホントこういう情事に弱いのね……。


「ねぇ、鈴凛ちゃん……。これからも、いっぱい要求してもいいですか?」

「え? なにを?」

「……だから…………キス、です……

「はぇぇっ!?」

「だってわたくし、キス魔ですから……♥♥


 図星を突かれたことをちょっぴり根に持ってるのか、そうやってまたアタシを翻弄してくる。
 でも言われたことを打ち消さないで、逆に受け入れて利用してくる……。
 鞠絵ちゃんのこと、パッシブな娘だと思ってたけど……そんなことない、アタシの彼女は十分アクティブな娘だ……。
 だって、アタシの前なら、こんなに積極的にアタシを求めてくれるんだから……。


「……心臓破裂で、死なない程度になら……」

「はい……


 結局、また鞠絵ちゃんにしてやられちゃうアタシ。
 多分、これがアタシと鞠絵ちゃんの丁度いい位置なのかもしれない……。


「あ、でも特別なシチュエーションの時だけだよ! その……さすがにいつもは……恥ずかしい、から……」

「はい♥♥


 観覧車から降りた後も、しばらくふたりきりで楽しいデートを満喫しよう。
 デートのクライマックスは先に迎えちゃったけど、それでも、鞠絵ちゃんにあげる在り来たりは、まだまだいっぱい残っているから。
 それ以上の幸せを分けてあげるのは……それからで、良いよね?
























おまけ




「あ、春歌ちゃんに……咲耶ちゃんまで。どうしたの? 観覧車の周りに集まっちゃって」

「鈴凛ちゃんに鞠絵ちゃん! もうっ、一体どこにいっていたんですか!」

「あー、ごめん……ちょっと、ね……。っていうか、なんか騒がしいね」

「そうです! それどころではないんです!」

「え? なに? どうしたの?」

「はい、なんでも……観覧車、故障で止まってしまったそうで……」

「ええ!?」

「鈴凛ちゃん……本当に……止まってしまったんですね……」(ひそひそ)

「まあ……鞠絵ちゃんのせいじゃないから……」(ひそひそ)


「あの……実はそれだけでなくて……」

「ん?」

「あの中に、花穂ちゃんと、四葉ちゃんが……」


「「なんで私(アタシ)たちの時は止まらなかったのよ!!」」


「……は? 咲耶ちゃん、鈴凛ちゃん、一体何を興奮しておられるのですか……?」













あとがき

まりりんほのらぶストーリー "〜ました"シリーズの第9弾!
今回は前回と違い、普通の量にまとめることができました。
ええ、これで大体普通の量なんです、長いのが苦手な人はごめんなさい(苦笑

基本ほのらぶのくせにラブラブだったり微シリアスだったりしますが、まあ、そんなのはいつものことです(ぇ
それよりも、同じく鈴凛主役のシスアラ連載中だったので、書き始めた時やや人間関係に混乱が生じました。
こっちの鈴凛は千影とはそんな交流してないので、
"〜ました"シリーズ(本編)側そんなに「ばか姉」っぷりを描けないのがちょっと苦戦しましたね……。
でも、一応何とか修正できたつもりです。
寧ろリアルタイムで読んでいる側に問題が生じないかの方が不安(苦笑

観覧車エピソードは、はっきりいって「停電で」が書きたかったがためにできた話だったりしますが、
丁度良かったので体良く「鞠絵キス魔説(対鈴凛専)」を更に主張してみました(笑
上手い感じに、その裏にあるものも描けて、その点はもう満足です!

前回の"〜ました"シリーズ(本編)から丸々1年……連載の割になんて遅筆なんでしょう(汗
書くまでの合間が長いから、色々と書き方がまた激しく変わってしまいました(苦笑
まあ、構想自体はもう「サイト作った当初くらい」からあったので、その分練りこんでいて書き易くはありましたが。
そのお陰か、今回は衛にもちょっとサービスしてみました(笑
また、多少なりとも技術の身についた描写と、更に色々と積み重なった「まりりん像」により、
作品がより良いものになっていてくれれば、時間が掛かった甲斐はあったかなーとポジティブシンキングしてみます(爆

さてさてさて、次は怒涛の展開が待ち構えています!(予定)
どこまで怒涛の展開になるか分かりませんが、今度はそんなに間を置かずに掲載したいと思います!
(あえてあとがきで書いてるのは自分を追い詰めるため)

では皆さん、よろしければ次回を期待して待っていてください!


更新履歴

H17・7/31:完成
H17・8/4:脱字修正


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