そして翌日、アタシの心の空模様とは裏腹に、現実の空は憎ったらしいほどの晴れ渡っていた。

そんな空の昼下がり、アタシと鞠絵ちゃん、それから四葉ちゃんに、ついでにアシスタント役として四葉ちゃんに連れて来られた花穂ちゃん。
この4人で近所の空き地までやってきていた。

理由は主催者である四葉ちゃんの意向でここに集まるよう指示を受けたからだ。
小森さんはまだ来ていないけど、小森さんもここに呼んだと言っていたから、どうやら鞠絵ちゃんと小森さんの対決はここで行うみたいだ。


『あー、あー、あー、マイクテス、マイクテス』


小森さんを待っている間、四葉ちゃんはアタシが作ったマイクセットのテストをしていた。
ちなみにこのマイクセットは、いつかみんなでゲーム大会でもする時にとアタシが作っておいたもの。
まさかアタシにとってこんな重要な時に使われることになるとは思いもしなかったけど……。

そして、近所の空き地で待つ事数分、


「来ましたね……」


西部劇のカウボーイよろしくな雰囲気をまとい、ついに小森さんがその姿を現した。


「こんにちは、お姉さま……それと、鞠絵さん……」


静かに、アタシたちにそう挨拶をしてくる小森さん。
そのまま黙って鞠絵ちゃんの方を見据えてくる。
鞠絵ちゃんも、目を逸らさずにキリッと見つめ返していた。
アタシには、そんなふたりの視線の中心に激しい火花が飛び散っているような錯覚が見えるようだった。











 

対決しました

その2 −はじまりました−













『レディース・アンド・ジェントルメン!』


元気良く、まるでどっかの船上パーティーのイベントを任された司会者にでもなったかのようなノリで、
マイク越しに高らかにお決まりの台詞を口にする四葉ちゃん。


「ジェントルメンは居ないよぉ〜」


四葉ちゃんに台詞に対して、花穂ちゃん鋭いツッコミが入った。

今この場に居るのは司会者兼主催者である四葉ちゃんと、そのアシスタントを勤める花穂ちゃん。
そして参加者で挑戦者側の小森さんにディフェンディングチャンピオンの鞠絵ちゃん。
で、チャンピオンベルトのアタシ。

全員女性、ご指摘通り「ジェントルメン」は居ない。


「っていうか何で居ないんデスか……?」


口からマイク離して、アタシたち3人に冷たい視線を送ってくる四葉ちゃん。
確かに、今問題になっているのは色恋沙汰なのに、今この場には片方の性別の人物たちしか集まっていない。


「ごもっともで」


四葉ちゃんに対して、アタシは苦笑気味にそう返すしかなかった。


『えー……ゴホンッ……』


四葉ちゃんは、気を取り直すようにひとつ咳払いをすると、再びマイクに向かって試合前の前口上をはじめる。


『ひとりの少女を巡っての火花飛び散る女と女の戦い!』


はじめる……


『オンナノコなのにオンナノコに恋しちゃったヘンタイさんたちによる―――』


はじめ……


『人としての本能から外れた、まさに世紀のヘンタイ対決ッ!!』


…………。


『ヘンタイさんオブヘンタイさんを決める―――』


    ガスッ


『チェキぃっ!?』
「うるさい! 黙れ! 近所迷惑! あんまりヘンタイヘンタイ言うな!
 って言うかそんな聞かれたら困る言葉を大声で何度も何度も連呼しないで!」












『えー、ではルールのご説明デス』


前口上を中断させ、頭にタンコブつけたまま本題に入らせた。
っていうか今更だけど、メンバーたかだか5人なんだからマイクいらないんじゃないの?


『勝負は3回勝負、先に2勝すれば勝ちというものにしマス。
 で、肝心の勝負方法デスが……花穂ちゃん、カモンッ!』


ノリノリの司会者四葉ちゃん。
まるでどっかから受けた影響のようにカッコつけてアシスタントを呼ぶ。

ちなみにこの時、四葉ちゃんが腕を高らかに上げて、指を鳴らそうとして失敗ていたことは見なかった事にしておいてあげよう。

四葉ちゃんの合図で、アシスタント役の花穂ちゃんはある物を手にしてアタシたちの前に出てきた。
その花穂ちゃんが手にしているものとは……


「……ティッシュ箱?」


疑問の意をこめて、思わずそのモノの名前を口に出して言ってしまった。

花穂ちゃんの手にあるのは確かにティッシュの箱。
だけど、箱からティッシュは飛び出してなく、その代わり中には細かい紙切れが入っているのが見えた。


「まさか、くじ引きとか言わないわよねぇ……」


確かにそれなら公平だけど、勝負というにはあまりにもお粗末過ぎる。
しかし、そんな疑問を投げかけたアタシに対し、四葉ちゃんは人差し指を左右に振りながら「チッチッチッ……」なんて舌を鳴らしてきた。
言い掛かりだけどなんかしゃくにさわるなぁ……そのジェスチャー……。


「一応正解デスけど……それじゃあ半分だけデスね」


その言葉はアタシひとりに対してのものからか、一旦マイクから口を離してそんな事を言ってきた。
鈴凛ちゃんの推理もまだまだデス、なんて付け足してから、
四葉ちゃんは再びマイクに顔を寄せ、今度は全員に向けて肝心の内容について話し始めた。


『くじ引きはくじ引きデスけど……決めるのは勝者ではなく勝負方法の方なのデス!』
「えっとね……つまり、たくさん対決方法を書いた紙切れを入れたから、一体なにで戦うか分らないようになっているの」


四葉ちゃんに続けて、花穂ちゃんが補足するように話していた。
花穂が作ったんだよ、なんてことを照れ笑いを浮かべながら言葉の最後に付け足していた。


『これならば、あえて決まった対決をするよりも公平に対決できるはずデス。
 万が一、片方の得意科目に偏ったとしても、それは運のせいデス。
 ま、運も実力のうちデスからネ』


クフフフ、なんて最後に自慢げに笑いながら、一通りの説明を終える。

話を聞く限りだと、思っていたより考えが行き届いているようなので、期待以上に本格的なものを用意してくれたようだった。
まあ、鞠絵ちゃんと小森さんの対決自体は一切全く全然期待してなかったけど……。


『それでは、第1回戦の対決方法は……チェキ、鈴凛ちゃんに引いて貰いましょう』
「え、アタシ?」
『ハイデス。 で、次からは負けた方が引くということで』


花穂ちゃんにティッシュくじを差し出されたので、とりあえずその中に手を入れる。
どれに何が書かれているか分からないし、なによりどんな勝負方法があるのかも分からないので、
特にこれと祈るでもなく、何の気兼ねもなしに適当なくじを手にとり、内容も確認せずに四葉ちゃんに渡した。


『えー、それでは、第1回戦の内容の発表デス! 第1回戦は……』


そこまで言って、四葉ちゃんはそこで一旦言葉を切る。
今までずっと、それなりに演出にこだわってただけあって、
どっかのバラエティ番組よろしく、十分に間を取って場を盛り上げようと演出しているのだろう。

四葉ちゃんの目論み通り、その演出によって辺りには緊張が走る。
これがなんかのバラエティ番組とかだったら、なんとなく演出として小太鼓が鳴り響いてそうな雰囲気。


    ダダダダダ……


そうそうこんな感じに……って、実際に花穂ちゃんが叩いてるよ!?
っていうかどっから用意したのよそれ……?

アタシの疑問を余所に、花穂ちゃんが最後に小太鼓をダダン、と強く鳴らすと、
とうとう四葉ちゃんの口から第1戦の試合内容が漠然と発表されるのだった。


『"機械操作"デス!!』
「「「機械操作?」」」


が、主催者側の人間以外にはその意図を容易に把握することはできなかったため、
アタシたち3人は声を揃えてオウムのように同じ言葉を繰り返してしまった。


「花穂ちゃん!」
「は、はい!」


四葉ちゃんは何かを促すかのように、合図のように花穂ちゃんの名前を呼ぶ。
突然名前を呼ばれたことに驚きながらも大きく返事を返すと、
四葉ちゃんに代わりに、アシスタント花穂ちゃんが紙切れ片手にその説明をはじめてくれた。


「えっと……鈴凛ちゃんといえばメカ。
 その鈴凛ちゃんのパートナーになるんだったら、
 より上手に機械操作を行なえる方が鈴凛ちゃんには相応しいのデス、チェキチェキ……だって」


花穂ちゃんは、恐らくその紙切れに書かれている事をそのまま読み上げる。
というか、文の内容から誰が書いたか一目瞭然だなぁ……。


「まあ、それはそれなりに的は得ていると思うけど……一体何の操作するつもりなのさ?」


単純な疑問を四葉ちゃんにぶつけてみた。
今ここにあるのはちゃちなマイクセットにティッシュくじ、それとどこから用意したか分からない小太鼓だけ。
肝心の機械操作勝負のできそうな機械なんてどこにも見当たらない。


「クフフフ……この名探偵四葉が、それくらいのことにも気がつかないとでも思ってマスか?」


アタシの問いに対し不敵に笑う四葉ちゃん。
っていうか思っているから聞き返したのよ、なんてことは言葉にしないで心の中だけにしまっておこう……。


「もっちろん、既にそこまでの考えは行き届いていマス!!」


自信満々に、胸をドンと叩いてそう言い切った四葉ちゃん。

そして、


「というわけで四葉たちの家に向かいましょう」


こけた。

鞠絵ちゃんと小森さんは持ち前の清楚さから何とかバランスを保っていたけど、アタシはこけた。
ついでに花穂ちゃんもこけてたところを見ると、花穂ちゃんにも知らされていなかったと見える。


「だったら最初から空き地なんかに集まらないで、うちに集まった方が良かったんじゃないの……?」


起き上がりながら、呆れるように四葉ちゃんに言い返す。

ただこの時……


「鈴凛ちゃん分ってないデスねー。 こういうのはムードなんですよ、ムード」


脱力系の回答が返ってくるなんてことは、やっぱりもう分りきっているべきことなんだろうなぁ……。



ちなみに、花穂ちゃんは起き上がる過程でまたこけていた。
言葉に対してじゃなくて持ち前のドジで。












で、家につくと、四葉ちゃんから準備が終るまで庭で待つよう早速指示を受けた。
どうやら第1回戦は我が家の庭で行うらしい。
まあ準備が終るまでここで待つのは良いとして……アタシには今目の前にある謎の人型の窪みのことがものっすごく気になっていた。

我が家の庭には、いつの間にか謎の人型の窪みができていたのだ。
まるで、ここの真上にある咲耶ちゃんの部屋から誰か落とされたような、そんな人型の窪み。
こんなもの、この間まではなかったと思うんだけど……ホント、一体いつの間に……?
……っていうか咲耶ちゃん誰か落としたの?


「おっ待たせしました〜」


などと謎の人型窪みを見て妙な想像を張り巡らせていると、準備を終えたらしい四葉ちゃんが、陽気な声と共に再登場。
ガラガラと音を立てて、シートに被さった"何か"を乗せた台車を押しながら再びアタシたちの元へやってきた。
恐らくそれが今回の機械操作比べに使用するメカなんだろう。


「今回勝負に使用するメカは……じゃじゃん!」


口で効果音を言うと同時に、シートをめくる。


「穴掘りドリル君ー!! どんどんぱふぱふ〜」
「……え?!」


そこに用意されていたのは、アタシの最新作のメカ、穴掘りドリル君の姿が。
一昨日の夜完成させたばかりの、できたてメカがそこに存在していることにちょっとだけ驚いて、思わずそんな声をあげてしまった。


「チェキ? どうしたんデスか、ヘンな声なんかあげて?」
「……いや、なんでそれがここに、って思って。 いや、別に使っちゃダメってわけじゃないけど……」
「何言ってるんデスか?
 昨日四葉、ちゃんと鈴凛ちゃんに色々と鈴凛ちゃんのメカ使って良いかって聞いたじゃないデスか。
 で、その時に、ちゃんとコレのことも聞きましたよ」
「あれ? そうだっけ?」


うーん……アタシ、昨日は結構上の空だったからなぁ……。
マイクセットは覚えていたけど……そういえば他にも使って良いか聞いていたような……。
まあ、内容の大半を忘れているけど、ダメなものはダメって断っていた気はするから大丈夫かな。


「ハイハ〜イ、皆さん注目してクダサ〜イ」


四葉ちゃんは気を取り直して、解説を開始する。


「いいデスか? これは先日、鈴凛ちゃんが完成させたばかりの生まれたてほっかほかのベイビーメカなのデス」
「いや、その表現なんか違う気もするけど」
「デスから、鞠絵ちゃんもこれのことについてはよく分ってないはずなのデス」


ねっ、と短く、確認するように鞠絵ちゃんに話を振る。


「ええ、そのメカのことは話には聞いていましたけど……完成していたんですね……」


実は、穴掘りドリル君のことは鞠絵ちゃんにはまだ話していない。
一昨日のデートの後に完成させてから、特別鞠絵ちゃんに話す機会もなかった。
何より昨日、鞠絵ちゃんは小森さんが帰った後から、アタシとアタシに関係のあるものに関してコンタクトを取らないようにされてたんだから。


「すなわち、これならいっつも鈴凛ちゃんと関わって、メカのお手入れとか手伝ってあげてる鞠絵ちゃんでも、
 このメカのことはよく分かっていないはずデスので、小森さんと公平に勝負できるのデス」


なるほど、と思わず関心。
四葉ちゃんは四葉ちゃんで、それなりに頭を働かせているみたいだ。

一方参加者側のふたりは、四葉ちゃんの多少知恵の絞られたアイディアに対して―――


「い、いつも!? おお、お姉さまと?!」
「ええ、鈴凛ちゃんと、楽しく心通わせながら、お手伝いしてあげてますよ」


―――は全く関心も示さずに、別のところに注目してそんな言い合いを始めていた。

握りこぶしをわなわなと小刻みに震えさせながら、その怒りを押さえ込むように問う小森さん。
それに対し鞠絵ちゃんは、笑顔で、あたかも優越感に浸っているような言い草で、ところどころ強調しながら、
小森さんを明らかに挑発してた……。


戦いは、戦う前から始まっている、ということらしい……。












内容は機械操作なので、穴掘りドリル君の操作の上手さを競ってもらうだけ。
穴掘りドリル君はその名の通り穴を掘る機械なので、単純に制限時間内により深く穴を掘れた方が勝ちというルールで行われることに。
幸い、これには掘った深さを計測する機能もつけておいたので、ある意味うってつけかもしれない。

しかしこの勝負は確かに微妙だ……。

鞠絵ちゃんは、アタシと付き合い始めてから確かにメカについては多少は詳しくなった。
もしかしたらその前からメカの勉強をしていたかもしれないけど……知識と実際操作するのとでは結構違うものである。

一方、小森さんの実力は未知数。
しかし今回は、操作するモノがモノだけに体力だって影響する。
だから、体が弱い鞠絵ちゃんの方が不利かもしれない……。


ううん、アタシが信じなくてどうする!

賞品であるアタシは、公平であるべき立場なんだろうけど、正直鞠絵ちゃんの事を応援している。
だって……アタシの恋人なんだから……。

鞠絵ちゃん……必ず勝ってよね……。







「「じゃんけん……ぽん!」」


鞠絵ちゃんと小森さんは、先攻後攻を決めるじゃんけんを行っていた。

試合内容は機械操作。
なので穴掘りドリル君の操作の上手さを競ってもらうことになったのだけど、
穴掘りドリル君はひとつしかないので、当然かわりばんこに順番で使っていくしかなからだ。


とりあえず色々と軽く説明。

穴掘りドリル君は、まあ、あえて言うならホッピングに似た形状をしている。
直径30cmくらいのボディから上に自転車かホッピングのようなハンドルが飛び出しており、
ボディの下側、つまりホッピングでいうところのスプリング部がドリルの刃になっている。

ハンドルの真ん中にON、OFFなどのスイッチを配置して、その真ん中にあるメーターで掘った深さを知ることができる。
多少誤差はあるかもしれないけど、まあ同じ機械なら同じだけ間違うだろうから問題はないと思う。

他にも、土を周りに撒き散らさないために掘った土はボディを通して外に排出したり、
より深く掘るためにドリル部が伸びたりするなどの色んな機能をつけたけども、まあそれは今はあんまり関係ないので割愛。


「「ぽん!」」
「あ、鞠絵ちゃんの勝ちデスね」


そうこうしているうちにじゃんけんの決着がついたみたいだ。
勝ったのは鞠絵ちゃん、負けた小森さんは本当に悔しそうに自分の握りこぶし……じゃなくてパーに敗北したグーを見つめていた。
例え勝敗に関わらない勝負でも、鞠絵ちゃんに負けるのは物凄く悔しいんだろうな……。


「鞠絵ちゃん、どっちがいいデスか?」
「そうですね……では、わたくしは先攻で……」


と、どうやら鞠絵ちゃんの番が先になったらしい。


「あ、そうだ、操作方法説明しとこうか? そんなに難しくないけど―――」
「いりません」
「はい?」


アタシが言葉を言い切る前に、鞠絵ちゃんは即断ってきた。
アタシは頭の回転がついて来れず、思わずとぼけた返事を返してしまう。


「要りません。 だって、パッと見ただけでもとりあえず動かし方は予想できますし……
 それに、鈴凛ちゃんの事をより分かっているのなら、鈴凛ちゃんがどういうものを作るか、説明されなくても理解できるはずですしね」
「いや、それは普通に考えて―――」
「そういうことなら、私も要りません!!」


普通に考えてないんじゃない?―――と、言おうとしたところで、今度は小森さんからも説明不要との声が。


「で、でも……」
「「いりません!」」


お互い敵対しているとは思えぬほど息の合ったタイミングで、声を揃え、再度断られた。

……というわけで、なんと1回戦は説明なしに機械操作の対決ということになってしまった。
なんだかお互い張った結果とも思えるけど……ふたりとももうノリ気なので、話したところで聞きはしないと、なんとなく感づいていた……。












「それでは……先攻、鞠絵ちゃんの番デス」


電源を入れた状態の穴掘りドリル君のハンドルを、鞠絵ちゃんはぎゅっと握り締めて、スタートの合図がかかるのをジッと待つ。
時折深呼吸をして、気持ちをゆっくり落ち着けるなりしていた。


「よーい……―――」


    ピーーーッ


四葉ちゃんは、いつの間にか首にかけていたホイッスルを思いっきり吹き鳴らした。

それに反応するように鞠絵ちゃんはハンドルの真ん中にあるスイッチを押す。
すると、穴掘りドリル君からはけたたましいモーター音が響き始め、
鞠絵ちゃんは、そのまま動き出した穴掘りドリル君を使い、我が家の庭に穴を掘りはじめるのだった。












    ピーーーッ


「終了デース!」


笛の音と四葉ちゃんの声に反応するように、穴を掘る音は止んだ。
先攻、鞠絵ちゃんの番の終わりを迎えたのだった。

というか、鞠絵ちゃんの穴を掘る時の動作は特に説明するようなこともなく普通に掘るだけでした。


「ええっと……鞠絵ちゃん、129cmデス!」


四葉ちゃんは、鞠絵ちゃんの横から覗き込むように穴掘りドリル君のメーターを確認して、その数値を読み上げる。


「129……って、良い方なんですか? それとも悪い方なんですか? 鈴凛ちゃん」
「え? うーん……どうって言われても……まだあんまり使ってないから、アタシもよく分からないなぁ……。
 普通くらい……じゃないかな?」


長時間に動かす事を前提にしていたから、今回の制限時間じゃ短すぎて予想距離の計算もしていなかった。
だからそれがいい数値なのか、それとも悪い数値なのかは、アタシにもよく分からなかった。


「ならばお姉さま! 私はもっと深く! そう、温泉が湧くくらいに深く掘ってみせます!!」


すると、後ろから力一杯、気合を入れて思いっきりそう言いきってくる小森さん。
どうやら、小森さんの気合は十分みたいだ。
……でも温泉は距離的物理的に無理じゃないかな、制限時間もあるし。






「では、続いて小森さんの番デス」


一通り準備を終えてから、四葉ちゃんは鞠絵ちゃんの時と同じように進める。
小森さんも鞠絵ちゃん同様に、しっかりとハンドルを握り、穴掘りドリル君を地面に向けて構えていた。


「では、よーい……―――」


    ピーーーッ


ホイッスルの音が鳴り響き、そして小森さんの穴掘りがはじまった。
……ってなんか語呂がダサいなぁ……。


しかし、ここで語呂がダサいとか言っている場合でもなかった。
なぜなら、小森さんの番では鞠絵ちゃんの時とは違い特別なことが起こったからだ。


「え? あ、あれ?」


なんと小森さんは、早速起動に失敗してしまったのだ。
気合が入りすぎて空回りしてしまったのかもしれない。


詳しく簡単に説明(?)すれば、穴掘りドリル君には電源スイッチと起動スイッチが別々にあって、
電源を入れた後、起動スイッチを押すことで起動させる仕組みになっている。

ビデオデッキと同じで、電源を入れてから録画したり再生したりするのとおんなじだ。

しかし、小森さんは操作を間違えてその電源を切ってしまったのだ。
最近のビデオは、デッキにビデオを入れたり、再生ボタンを押しただけで電源が入るようになっているけど、
あいにく穴掘りドリル君はそんなに融通の利くようなできに作ってはいない。


小森さんは急いで、電源を入れなおそうと頑張るが、焦っているせいでなかなか上手くいかない。
おたおたとおぼつかない手つきながらもなんとか電源を入れ直す。

しかし時既に遅しと言わんばかりに、これはとても致命的な失敗だった。

なぜなら、鞠絵ちゃんは普通に、特に何のトラブルもなく掘り進んでいたからだ。
仮に同じ速度で掘り進むのであれば、この出だしの失敗はとても大きなロスタイムである。


この勝負、鞠絵ちゃんの勝ちで決まりだろう。
鞠絵ちゃんもアタシと同じように考えたのか、ほっと胸をなでおろして安心していた。
小森さんには悪いけど、アタシもほっと胸をなでおろす……。






その刹那……






小森さんが不敵に笑った……






「まさかっ……!?」


瞬間、アタシは小森さんがなにをするのか、直感的に気がついた。

思ったとおり、小森さんは穴掘りドリル君の左右両方のハンドルを両側に引っ張りだした。
そして両方のハンドルが多少それぞれの側に動くと、更にそれをバイクのアクセルのように捻ったのだ。


途端、それに連動するようにモーター音が更に大きく、加速する。
そして同時に小森さんが地面を掘り進むスピードが上がった。
それは、鞠絵ちゃんの時と比べても明らかなスピードアップ。


「そんな!?」
「ええっ!?」
「チェキっ!?」


鞠絵ちゃんはもちろんのこと、四葉ちゃん、花穂ちゃん、共に驚きを隠せない様子だった。
それは予想通りのことだったものの、アタシも驚きを隠せなかった。


小森さんは知っていたのだ、加速装置の存在を……!






「……小森さん、137cmデス!」


致命的だったはずの出遅れをものともせずに、小森さんの見事な逆転勝利。


「そんな……」


鞠絵ちゃんは、ガックリと肩を落として落胆していた。
勝利を確信した後なだけに、よりショックが大きく感じるのだろう。

そんな鞠絵ちゃんの心情は気になったけれども、アタシはそのことよりも別のことが気になって仕方がなかった。


「……なん、で?」


小森さんが加速装置の存在に気づいていたことにである。

アレはアタシがちょっとした気まぐれでつけたモノで、普通はあるなんて予想もしないだろう。
そんなものを初見のメカで、しかも起動させるためのプロセスまで正確に見つけられるものだろうか?
更に、出だしから失敗してたところを見ると、小森さんはメカがあまり得意ではないようにも思える。

どう考えても不可解だった。



小森さんは、アタシの質問に対してただ一言。
何に対しての「なんで?」なのか、口に出したわけでもないのに、それが示すものを理解していたらしく、こう答えを返してくれた。


「お姉さま、数学のノート、どうもありがとうございました」
「……あっ!!」


その言葉で、アタシはちょっと前の数学の授業で、退屈しのぎにノートに落書きした時、
作りかけの穴掘りドリル君の追加機能について、楽しく書き巡らせた記憶を思い出すのだった……。

まさに運も実力の内という、初っ端から番狂わせな展開を迎えた、波乱の幕開けとなったのだ。

 

 

 つづく……


更新履歴

H16・8/1:完成・掲載
H16・8/2:4つに分割して掲載・修正
H16・8/23:重複文削除修正
H16・11/28:誤字修正
H17・7/31:書式等を微修正
H18・7/23:サブタイトルを「〜ました」の形に改名


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