……頭の中が真っ白になっていました。

てっきり帰ったかと思っていた小森さんが、アタシの部屋にやってくるなり突然の発言。




  『今の鞠絵さんとのキスはなんですかーーー!?!!?!』




……そう、見られたのだ。
アタシと鞠絵ちゃんが、そっと唇を重ね合わせるその決定的瞬間を……。

小森さんに、アタシたちの関係を知られてしまった……。


この時点でアタシが犯してしまったミス。

アタシたちがキスした場所、つまりアタシのベッドは部屋の窓際に配置されていたこと。
カーテンなどで遮るなどしていないから、外から部屋の様子が見えるということを失念していたということ。

危機が去ったことによる安心感から、完全に油断していたということ。

そして小森さんがまだ家の近くにいたということ。


花穂ちゃんの「いってきま〜す」の声が響く……いや、これはどうでもいい。


これは後から四葉ちゃんに確認した話だけど……、
小森さんは外からアタシの部屋がどこなのか四葉ちゃんに訪ねていたらしい。

そしてよりにもよって、たまたまアタシの部屋を外から見上げている時に、
アタシたちは行動を起こしてしまった……。


全部が全部、偶然にツイてなかっただけ。
普段なら特に注意しなくても大丈夫だったような些細なこと。
たまたま偶然が重なっただけかもしれない……。

でも……それでも、現に起こってしまったという事は、覆らない……。


「わ、私だって……」
「え?」


小森さんが、まるでなにかをこらえるようにわなわなと体を小刻みに震えさせる。


「私だってメガネ属性なのにーーーっ!!」


そう言い残し、小森さんはそのまま走り去ってしまった……って?!


「ちょっと待って!? それなんか勘違いしてるってーっ!!?」



 ……ジジ……アタシ、泣いていい?











 

対決しました

その1 −挑まれました−













小森さんが走り去り、その場に取り残される形で、部屋のベッドの上で硬直するアタシと鞠絵ちゃん。
廊下には四葉ちゃんが、なんとも気まずそうな顔をしながら小森さんが走り去った方向を眺め、その場に佇んでいた。

正直、まだ状況を飲み込みきってはない……飲み込みきってはいないけど……
アタシと鞠絵ちゃんの関係を示す決定的瞬間を、小森さん見られた……ということらしい……。
らしい、っていうか……いや、もう決定的に見られてるよね、これ……。


「み、見られた…の……?」


思わずその場にいた四葉ちゃんにそう聞く。

1番聞きたくない答えが返ってくることはなんとなく予想できていたけど、
もう決定的だっていうのに未だ受け入れられないアタシ自身に喝を入れる意味で聞き返した。


「あー、もう窓の外からバッチリ……。 おふたりがぶちゅーって……四葉にもしっかり見えてましたカラ……」
「あー……」


おでこに手を当てて、そんな泣き声ともうめき声ともつかない声をあげた。
そんなに汚らしくした覚えはないのだけど、それをいちいちツッコンでいる余裕はアタシにはなかった。
認めたくないからって目を背けたところで、状況が変わるわけでもない。

受け止めなきゃいけない……。
じゃないと……最悪の展開まで転げ落ちることだってあるんだから……。


でも、覚悟していたとはいえ、感づいていたとはいえ……改めて聞かされるとやっぱりショックだなぁ……。


「あの……鈴凛ちゃん……」


肩をガックリと落としていたアタシに、四葉ちゃんがどこか言いにくそうに話しかける。
それは、小森さんに目撃させてしまったことに対して、罪悪感を感じているからなのか……。

そうだ、アタシはさっき四葉ちゃん、花穂ちゃんにあれだけ注意するように言っておきながら、結局小森さんに決定的瞬間を見られてしまったんだ。
でもそれは、他でもないアタシたちのミス……。
だから……四葉ちゃんたちは責めれない。

だからその罪悪感は筋違いもいいところ……


「……さっきお茶菓子で出したドーナッツ残っていましたよね? あれ、食べてもいいデスか?」


って、そっちの心配かよっ!!

こん畜生……完全に他人事だと思ってぇ……。


「あの、鈴凛ちゃん……とにかく小森さんのこと追った方が……」
「あ、うん……!」


とにかく、今アタシがとるべき行動は、これ以上事態が悪化しないようにすること……。
かなり出遅れたが、鞠絵ちゃんに促されてアタシは急いで小森さんの後を追うことにした。
























「あ、小森さん!」


絶望的にも思えた時間差の出遅れだったけど、階段を降りようとしたところで玄関で佇む小森さんの背中がアタシの視界に入ってきた。
どうしてそんなところで立ち止まっているかは気になったけど、
でもそんなとこまで気を回すほどの余裕はアタシにはなかったから、ただ「ラッキー」だったと感じただけだった。

アタシは走っていた足を止めて、一旦深呼吸して極力気を落ち着けてから、小森さんをなるべく刺激しないようゆっくりと話しかける。


「あ、あの……小森さ―――」
「靴が……」


しかし、アタシが言い切る前に小森さんがボソリと一言……って、靴?


    ガチャ


「あ〜ん、花穂ドジだから、間違って違う人の靴履いてっちゃった〜」


突然玄関ドアが開き、部活に行ったはずの花穂ちゃんが家に戻ってきた。
というか、なんか花穂ちゃんの台詞で小森さんが佇んでいた理由を理解した。


「あれ? 小森さん、鈴凛ちゃん、こんなところでなにしてるの?」


花穂ちゃんの足元を見てみると、花穂ちゃんは自分の足よりも少し大きめの白い靴を履いていた。
ついでに玄関の土間の隅っこも見てみると、
じっくりと見比べると違うんだけど、パッと見それにそっくりな花穂ちゃんの白い靴がちょこんと揃えて置かれていた。


多分、思いっきり走り去ろうとしていた小森さんだけど、花穂ちゃんがうっかりドジして小森さんの靴を履いて出てっちゃったもんだから、
ついさっきまで履いていた自分の靴がなくて、ボーゼンと立ち尽くしていた……って事みたい。


「あ、ゴメンなさい! 花穂ドジだから、間違って小森さんの靴履いちゃって……」


花穂ちゃんは思い出したように小森さんに頭をぺこぺこ下げていた。
でも、このことは偶然にも小森さんの足止めになってくれていたから、アタシにとっては今の花穂ちゃんはまさに救いの女神のように写った。

花穂ちゃん、今回ばかりはアンタのドジに敬意を表するよ……。

この時、アタシが花穂ちゃんにこっそり親指を立てるジェスチャーを送ったのは内緒のしみつである。












小森さんを連れて、ラボに場所を移した。
説得するなり口止めするなり、とにかくアタシたちのことについてしっかり話すべきだと考えたからだ。

ここなら声も漏れないし、さっきみたく多少興奮して大声出されてもそれなりに安全。

というかさっきはさっきで思いっきり大声でヤバい事叫ばれたけど、
今日は春歌ちゃん他、大半の子が外に出かけてくれているから、とりあえず今我が家に居る人たちに聞かれていないのを祈るのみ。

仮に聞かれてたり、そのことを問われた時の言い訳とかは後で考えるとして、今は小森さんを何とかしなきゃ……。


「あー、四葉も最初知った時はビックリしましたカラ」


っていうか、ひとりのほほんとドーナツ食ってる場違いな人がいる……。


「ちょっと! アタシたちにとっては死活問題なんだから! もうちょっと真面目に取り組んでよ!!」
「えー、でも小森さんでしょう? 大丈夫デスよ、小森さんだって似たようなモンなんデスから」


お気楽に、食べかけのドーナツの最後のひとかけらを口に入れて、それを飲み込んでから、


「デスよね?」


と、同意を求めるように小森さんに話を振り、空っぽになった口の中にまたひとつドーナツを補給する。
しかし、四葉ちゃんに話を振られた小森さんは無言のまま俯くだけだった。


「あのね……その……小森さん……」


このままでは話が進まないと思い、まずアタシから話を進めることにした。
しかし、一体なにをどう話し始めればいいのか、そこで詰まってしまい結局また沈黙に逆戻り。
アタシがそうこう考えあぐねいていると、


「つまりこういうことです♪」


鞠絵ちゃんは見せ付けるようにアタシの腕に抱きついてくる。

それ対しても小森さんは俯いたまま……ってなんか体中から黒い負のオーラをかもし出してるように見える……。
千影ちゃんじゃないけどそういう表現が最も適してると感じるくらい威圧感が……あーあーあー、小森さんなんか怒ってるよー、刺激しないでよー。


「鞠絵ちゃん……話しややこしくなるからちょっと刺激しないでくれる?」


鞠絵ちゃんの腕を解いて、アタシから放す。
鞠絵ちゃんは、名残惜しそうにちょっと拗ねたような顔をしながらも、渋々アタシから離れてくれた。


「本当……なんですね?」


威圧感が消えた小森さんは、静かに、重く、その口を開く。
紡がれた言葉は、短くとも核心を突いた質問であったため、またしばらくの間、沈黙が場を支配する。
そして、


「……うん」


アタシは、静かに肯定の意を唱えた。

科学者として色んな経験が必要だからとか、適当な理由をつけてこの場を誤魔化すことはできる。
でもそうすると、あとあとボロが出てもっと大変なことになりかねない。
それになによりも……アタシは、アタシのこの気持ちに、


 鞠絵ちゃんのことが好きな気持ちに、嘘はつきたくなかったから……。


これはそんな適当な想いじゃない……。
嘘でも、そんな適当な感情に片付けたくないから……。

だから包み隠したりせず本当の事を話すことにした。


それから補足するように、このことは誰にも内緒だってこと、
知っているのは四葉ちゃんと花穂ちゃんってこと、
誰にも話して欲しくないってことも話しておいた。

しかし、そんな話もまるで上の空のように、小森さんは俯いたまま……


「…ぅふふふ……」


妖しく笑い始め……はい?!


「え? あの……こも―――」
「さっすがはお姉さまっ!!」


小森さんは突然顔をあげると、宝塚よろしくなポーズで、目をキラキラと輝かせて感激しながらひとり語りはじめる。


「歴代の天才科学者といわれる方々も、それぞれ他とは異なった価値観を持っていたそうですが、お姉さまもその例に漏れず見事な変質者っぷり!!
 柔軟かつ開放的で、頭から無闇に否定することもなく、それどころか逆に受け入れてしまうなんて……
 普通では考えられない異端っぷり、まさに科学者の鏡のようですっ!!
 性別という概念に囚われることなく、同性に対しても分け隔てなくその愛情を注げるだなんて……
 ああ、素晴らしき心がけですわ……お姉さま……」


恍惚とした表情で誰も何も言っていないのにひとり芝居のように語る小森さん。
当然というかなんというか……この場にいる全員が呆気に取られていた。


「鞠絵ちゃん……あれって、アタシ褒められてるの?」
「ええっと……紙一重で褒めているんだと思いますけど……」


アタシはついそんな事を鞠絵ちゃんに聞いてしまった。
鞠絵ちゃんも返答に困りながらも、なんとかそう返してくれた。


「ああ……願わくば、私がお姉さまの人生の伴侶としてお側にお仕えさせて欲しかった……なんて、きゃっ 言ってしまいました♥♥


あ、小森さん勢いに任せてカミングアウトした。


「でも、小森さんの言い分だと小森さんも科学者になっちゃうよ〜」


なんて気楽に言い返している場合じゃないけど、依然ひとり演劇を続ける小森さんの始末に困りロクに頭が回ってくれない。
というか、ついていけない。
どうしたもんかと硬直状態に陥ってしまうアタシ。


「鈴凛ちゃん、鈴凛ちゃん」
「ん?」


そこに、横からアタシの名前を呼びながら腕を突いてくる四葉ちゃん。


「ここは四葉に任せてクダサイ」


そう言ってアタシに親指を立てたジェスチャーを向けてから、小森さんの前につかつかと歩み寄り始めた。

確かに、アタシにはどうしていいのか見当もつかないし、鞠絵ちゃんだって同様に困って固まっちゃってる。
この場は何か考えのある四葉ちゃんに任せた方が得策と判断し、この場は四葉ちゃんに預け、黙って成り行きを見届けることにした。


「いいデスか、小森さん」


きっと小森さんを説得してくれるんだろうと、ほんのり期待の目で四葉ちゃんを見ていると……


「鈴凛ちゃん、ああ見えてもニオイフェチなんデスよ」


    ガンッ


ただでさえ妙な空気が取り囲んでいるラボに、軽快な打撃音が響き渡った。
それは、期待を面白いくらい大きく遥か彼方の反対方向に裏切ってくれた四葉ちゃんの行動に対して、
バランスを崩してその辺にあった机に、アタシが右側頭部をぶつけた音に他ならなかった。


「ちょ、ちょっとまってよっ!?」
「チェキ? 何がデスか?」
「ななななんでアタシが、そんな……!?」


ニオイフェチなんていわれもない誤解を受けねばならないのか?


「え? だって鈴凛ちゃん、鞠絵ちゃんのニオイにハァハァして―――」


    ガスッ


「チェキぃ!?」
「だ、黙れっ!!」


四葉ちゃんに脳天唐竹割り叩き込み、余計な事を口走りそうな四葉ちゃんの口を力尽くに止めた。

そ、そりゃ確かに、鞠絵ちゃんの匂いにドキドキしたことはあったけど……
でで、でもあれは、ただ単純に良い匂いだなぁって思っただけで……その……
別にフェチとか、ハァハァしてたとか……そういうんじゃなくて……


「あーーっ! と、とにかく! アタシはニオイフェチなんかじゃないのっ!!」
「ということは、やはり私にもチャンスはあるということですね♪」


アタシが否定すると、それにほとんど間髪入れずに小森さんの弾むような声が耳に入った。

そこで気がついた。
もしかしたらこれは四葉ちゃんの作戦だったかもしれないってことを……。
確かにそういうことにすれば、小森さんじゃあダメってことでこの話を終えることはできた。

……でもそんな誤解受けるくらいならあえて困難を背負ってでも小森さんを説得した方が良いです、はい。


「あれ〜? 鈴凛ちゃん、ニオイフェチじゃなかったんデスか〜?」


うん、こいつ作戦じゃなくて素でそう思ってやがった。












「お姉さま……私は、私のこの想いが、お姉さまに受け入れられないものだとばかり思っていました。
 でも本当は違ったのですね……」


一通りステージを終えて、比較的落ち着いてきた小森さんは、アタシに対してそんな風に語り始める。
どうも心配していた通りの展開に話が進みはじめていた。

ちなみにその横では、四葉ちゃんが2回も叩かれた頭をなでながら、チェキ〜と泣き声ともうめき声ともつかない声をあげていた。


「うーん……まあ……その、ね」


なんて話せばいいか困惑し、煮え切らない返事で時間を稼ぎつつ、頭の中で言う事をまとめていると……


「クフフッ……ここは四葉に―――」
「断る」


さっきまで泣いていたはずの四葉ちゃんが、いつの間にか回復して再びアタシの前に躍り出て来た。
でも言い切る前に断った。
そのことに対して、四葉ちゃんは「なんでデスかー!」なんて、不満そうに言い返してくる。


「またフェチとか言われたらたまったもんじゃないからよ……ったく……!」
「あーん、そんなこともう言いまセンから〜。 もう1回、もう1回だけ四葉にチャンスを! ワンスアゲインデス!」


名誉挽回とばかりに、張り切って再び説得役を買って出たがる四葉ちゃん。
そんな四葉ちゃんに押し切られるように、アタシは1回大きくため息を吐いてから一言。


「分かった。 でも今度ヘンなこと言ったら、その時は覚悟しておいてよ」
「まっかせてクダサイっ!!」


四葉ちゃんにもう1度その役目を任せることにしたのだった。
胸を張って、張り切った返事を返してくる四葉ちゃん。


(いつも返事だけは良いんだよねぇ……)


なんて多少不安気味な感情は、既に経験的なものとなっていた。
いやいや、頭っから可能性を否定するなんて科学者そしてあるまじき行為よ、アタシ。

そう自分に言い聞かせている間に、四葉ちゃんは再びとことこと小森さんのすぐ側まで歩み寄っていた。


「いいデスか、小森さん……」


さて、今度は一体なんて言って小森さんを説得するつもり……


「鈴凛ちゃんは血縁ハァハァなんデス」


    ガンッッ


またもやラボ内に軽快な打撃音が響き渡る。
それは、またまた期待を裏切られたことによりまたまたバランスを崩したアタシが、今度は左側頭部をさっきの机にまたぶつけた音である。


「り、鈴凛ちゃん……!? あの、大丈夫ですか……?」


2回も同じ事をしてるだけあって、鞠絵ちゃんに心配そうにそう尋ねられたので、一応大丈夫と返す。

しかし、これは何か?
「フェチ」じゃなくて「ハァハァ」の方を取り締まれと、そう言いたいのか?
まあ、鞠絵ちゃんと血が繋がってるかどうかっていうのは結構微妙なんだけど……なんてそんなことはどうでも良い。


「鈴凛ちゃんは普通の恋愛では性的興奮を得ることができず、
 その甘美な背徳感を味わうことでしかその欲求を満すことができないという、
 それはそれは異常な性癖の持ち主さんで……」


っていうか、普段日本語上手く使えていないくせにこういう時だけそういう小難しい言葉を使って人の印象をより悪くさせるのやめてくれませんか?


「だからオンナノコ同士では飽き足らず、キョウダイの鞠絵ちゃんにその魔手を伸ばしてしまったという……」


    バチッ…バチバチッ……


「ちぇ、チェキ!?」


いいからもう止まれ、というアタシの言葉を代弁するかのように、火花の飛び散るような音がその場に静かに鳴り響き渡る。

過去の経験から、四葉ちゃんにはそれがどのようなものかという記憶が頭の中を過ぎっているのであろう。
四葉ちゃんは、油のきれた機械のようにギ、ギギッという擬音が出てきそうな感じに、ゆっくりとこっちにその恐怖に固まった顔を振り向かせてくる。


「り、鈴凛ちゃん、ち、違うんデス! これは……これはその……」
「問答無用っ……!」


そしてアタシは、とうとうラボに置いてあったあるものを手に取った。


「電撃ビリビリ君3号カスタムっ!!」
「って、どう見てもただのスタンガンデスーッ!! っていうかカスタムッッ!!?














「ということは、やっぱり私にもチャンスはあるということですね♪」


香ばしい焼肉の香り漂うラボの中、満面の笑みでそういう小森さん。
なんかもうヘンに誤解されるよりその状態で良いや。


「……でもね……あの、小森さん……」


確かに、小森さんの言い分は間違ってはいない……でも当たってもいない。
だからその事について話そうとするアタシだけど、


「と、言うわけで、勝負です!! 鞠絵さん!!」


それを言い切る前に、小森さんに先に話を進められた。


「「はい?」」


いくらなんでもいきなり過ぎの小森さんの台詞に、鞠絵ちゃんと一緒に、思わずそんな間の抜けた声を上げてしまった。
呆気に取られた、そうとしか言いようがないくらい突拍子がない展開だった。


「どちらがお姉さまに相応しいか、お姉さまを賭けての対決を申し込むと言っているのです!」


鞠絵ちゃんに人差し指をビシィッと突きつけ、鞠絵ちゃんに対して挑戦状を叩き付ける。


「と、言われましても……」


鞠絵ちゃんは、そこまで言ってから一旦言葉を切ると、
チラッと1回だけアタシの顔を確認するように見た後で、再び小森さんに目を向けて言葉の続きを言う。


「わたしくしたちは、既にお付き合いしている関係なので、勝負も何も……」


お、さすが鞠絵ちゃん。
勝負に持っていく前に、既に決着がついているという事を主張しようとしている。


「負けるのが怖いんですか?」
「いえ、そうではなくて……そもそも、人の気持ちというのは……」
「お姉さまへの想いは、所詮その程度ってことだからですかぁ?」
そんなわけないじゃないですか!!


あ、鞠絵ちゃんがムキになった……。


「だったら、私に勝って、それで証明すれば良いだけの話じゃないですか?」
「そ、そこまで言うんでしたら良いでしょう! わたくしの方が鈴凛ちゃんに相応しい事を見せ付けてあげます!!」


あー、折れるなー、惑わされるなー。


「では、どちらがよりお姉さまに相応しいか決着をつけましょう!!」
「望むところです!!」


ああー、お願いだから挑発に乗らないでー。


「では、お姉さまを賭けて、私と勝負です!!」
「良いでしょう! 今この場で、わたくしの鈴凛ちゃんへの想いの力を見せ付けて―――」
「あ、私、今日はちょっと用がありますので、それはまた後日に……」


折角盛り上がっていた空気は、肩透かしをくらわされたように一気にガクッっと失速。
いや、ヘンに盛り上がられて困っていたのは事実だけど……。

あー、そういえば小森さん、さっきそう言って家に帰ろうとしていたっけ……。


「あのね、小森さん……その、勝負とかどうこうじゃなくてね……」


このままでは雲行きが悪いと悟ったアタシは、降って沸いたこの機会を逃さず、ここぞとばかりに口を挟むことにした。


「ワっカリマシタ! この勝負、この四葉が預かりましたッ!!」


と思ったら、更に横からいつの間にか回復していた焼肉ちゃん……じゃなくて四葉ちゃんの、妙に嬉しそうなそんな声が響く。
焼肉にされて弱っていたはずなのに、いつの間にか元気になって、更にはズイっと前に出るように話題を鷲掴みにしてしまった。

……さっきの今で、この子はなんてしぶといのだろうか……。


それにしても四葉ちゃんったら、人が折角話を収めようとしている時になに余計にかき混ぜようとしてるんだか。
多少呆れと苛立ちを覚えたけどここはその気持ちを抑え、今はこれ以上悪化しないようにすることが先決。
なので、とりあえず四葉ちゃんのことは放っておくことに決めた。


しかし……


「いや、だからね……そうじゃな―――」
「ジャパンでは善は急げといいマス!」
「その、勝負とか……勝ったら愛するとか―――」
「幸いにも、明日もスクールはお休みデス!」
「だからぁ……人間の気持ちってそういうじゃな―――」
「そこでこの名探偵四葉、明日のお昼までに鈴凛ちゃんにフサワシイお相手をセンベツするベリーナイスな勝負方法をご用意してあげマス!」


四葉ちゃんは人が話そうとする横から、大声で人の発言を根こそぎかっさらっていってしまうのだった。

しかもふたりともすっかり四葉ちゃんに注目しちゃって、
「本当ですか!?」とか「お任せしても宜しいでしょうか?」とか四葉ちゃんに聞き返すばかり。
アタシの言葉には全然耳を傾けちゃくれない。

で、結局、


「では、明日のお昼、小森さんと鞠絵ちゃんの鈴凛ちゃん争奪バトルの開始デス!!」
「分かりました!」
「望むところです!」


アタシ争奪、鞠絵ちゃんvs小森さんの女の戦いの実現が、今ここに決定してしまったのだった……。


「誰かアタシの話を聞いてー」


ラボにはアタシの叫びが空しく響き渡るのだった……。


 ジジ……アタシ、もう泣いていいよね……?













しかし、勝負とか決闘とか、そういう派手なことを大っぴらにカッコ良く言っていたりはするものの……


「あ、明日何かご予定が入ったりした時のため、連絡は取れるようにした方がいいデスよね」
「そうですね。 では、私の携帯の番号をお教えしておきますね」
「チェキデス。 では四葉の方も……あ、対決の場所は後ほどお伝えしマスね」


やっぱりこういう事務的なものがついてくるのが避けられないことは否めないわけである……。

四葉ちゃんと小森さんのお互いの電話番号の交換をする様子は、まるで気の合う友達が新しくできたかのようなノリそのままで……
なんかこういう和気藹々としているシーン見てると興がそがれるなぁ……。

いや、興も何も、アタシはそれを楽しみにしている訳じゃないんだけど、
なんかアタシもアタシで抵抗は無意味とどこかで悟っているので、もう流されるまま逝くことにした。


「鈴凛ちゃん……」
「ん?」
「わたくし、負けませんから!!」


でもって、さっきまで戦う気は更々なかった鞠絵ちゃんも、既に戦闘意欲満々に気持ちが昂ぶってこの有様だし……。


「わたくし、勝って必ず、鈴凛ちゃんのお婿さんに相応しい相手だって、認めさせますから!!」
「いや、この場合はお嫁さんじゃないの?」


鞠絵ちゃんも小森さんも、アタシと比べるのなら明らかに「いかにも女の子」なタイプなんだから。

……などと冷静にツッコミを入れてるのも、半ば自棄になってたりするからだと思う。
























夕食を終えた後、アタシはひとり、自分の部屋のベッドの上でぼーっと仰向けに寝ていた。
とりあえず今まで誰にも何も聞かれてないから、多分小森さんのヤバい発言は幸いにも誰にも聞かれていないと考えて良いと思う。

四葉ちゃんは、部活から帰ってきた花穂ちゃんを捕まえて(「助手だから」とか理由つけて)、
明日の決闘の準備を夕食前からはじめ、多分今もそれに取り掛かっているところだと思う。

鞠絵ちゃんは、なるべく小森さんと対等の立場に置くためということで、
食事の時とかの一緒に住んでるが故の不可抗力以外は意識的に極力アタシに会わないようにした上で、
明日の決闘の時刻までは言葉も交わさないようにと指示を受けていた。

そんなわけで、賞品であるアタシは、特に何もできることはない。
というかしたくてもできない立場である。

当然、こんな心境で機械いじりに集中できるわけもなく、仕方なしに部屋でぼーっと考え事をするしかなかった。


「何でこんな事になっちゃったんだろう……?」


落胆だか、呆れだか……多分両方の感情が入り混じったため息を吐きながら、独り言のように口にする。


「もし鞠絵ちゃんが負けちゃったら……どうすれば良いのさ……」


こういう時、考えたくないことばかり考えちゃうのは、やっぱり人の性(さが)なんだろうか……?


    コンッコンッ


「鈴凛ちゃ〜ん、お邪魔してもい〜デスか〜?」


唐突に、人の気も知らずにお気楽な声がドアの向こうからノックと共に聞こえてきた。
その四葉ちゃんの声は、アタシの考えを遮るようにアタシの耳に響く。

普段なら考えに集中できないからってちょっと怒ってたところだけど、あんまり考えたくないことだったから、今回はちょっと助かったかな。


「鈴凛ちゃ〜ん?」
「……ん、あ、ごめん。 うん、良いよ、入って」


アタシが促すと、おもむろに部屋のドアが開いて、そこから四葉ちゃんひとりが部屋の中に入って来る。


「あれ? 花穂ちゃんは?」
「他の備品作りをお任せしていマス。 四葉は明日の決闘のためのインタビューデス」
「インタビュー?」
「まあ、ちょっとした確認事項とかデス」


ま、要するに明日の勝負には必要なわけね……。


「いいよ、どうせアタシも暇だったし……」


どうせやることもなくぼーっとしているだけだったから、断る理由もない。
それに、ひとりで居ると悪い方悪い方に考えが向かっちゃうから、少しでも気を紛れさせてくれることは大歓迎だった。


「サンキューデス、鈴凛ちゃん。 あ、それから鈴凛ちゃんの発明品もいくつか使わせて貰いたいのデスが……」


四葉ちゃんのインタビューと、その他色々な質疑応答に答えるアタシ。
でもアタシは半ば上の空で、結局頭の中を巡るのは今日あったことと明日のことばかり。
結局、四葉ちゃんとお話してもアタシの気はあんまり紛れなかった……。

ほんと、明日は一体どうなっちゃうのかな……?

 

 

 つづく……


更新履歴

H16・8/1:完成・掲載
H16・8/2:4つに分割して掲載
H17・7/31:書式等を微修正
H18・7/23:サブタイトルを「〜ました」の形に改名


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