「ゴメン、待った?」


時は金曜日の放課後。
その週の授業を全て終え、更に土日と続く2連休を控えたことによるちょっとした開放感から、
浮かれ気分の生徒たちがちらほらと行きかう学校の玄関で、
一足先に待っていた鞠絵ちゃんに向かって、アタシはそう話しかけた。


「いえ、そんな事ないですよ」
「そう? ならいいんだけど……」


アタシは今日、放課後に鞠絵ちゃんと待ち合わせの約束をしていた。
アタシと鞠絵ちゃんは、学年は違うけれど同じ学校に通っている。
だから分かり易くて場所的にも最適な学校の玄関を待ち合わせ場所に指定したのだ。


「じゃあ行こう………あっ! いっけない……!」


歩き出そうとしたところでアタシはある事を思い出し、前に出そうとしていた足の動きを思わず止めてしまった。


「どうかしたんですか?」


突然そんなこと言ったアタシを心配そうに尋ねてくる鞠絵ちゃん。
アタシは、そんな心配顔の鞠絵ちゃんにこう答える。


「アタシ、小森さんにノート貸したままだった……」
「……小森さん? クラスメートの方ですか?」
「うん、そう」


アタシのクラス、今日の最後の授業は自習。
その時、クラスメートの小森さんが勉強のために数学のノートを貸して欲しいってアタシにお願いしてきた。
アタシは趣味でメカとかいじってるから、理数系にはかなり強い。
正直、学校の授業レベルならほとんど完璧にこなせる自信はある。
ちょっと自惚れになっちゃうけど、アタシに理数系を頼る気持ちは良く分かる。
だからアタシは数学のノートを小森さんにこころよく貸してあげたのだ。

まぁ……なんか別の意図も感じたけど……。

で、それをそのまま返してもらい忘れたわけ……。


「ここで待っていましょうか?」


心配そうな顔のまま、気をつかってそう言う鞠絵ちゃん。
確かに今から戻れば間に合うかもしれないけど……


「うーん……別にいいや」
「そうですか?」
「うん、どうせクラスメートだから月曜日に学校で会うし、その時に返してもらえばいいから。 それに……」
「それに?」
「……少しでも長く鞠絵ちゃんとデートしたいから……」


そう、今日待ち合わせしていたのはデートのため……。
だから……ほんのちょっとの時間でも、大切にしたいの……。


「鈴凛ちゃん……」


鞠絵ちゃんは頬を軽く赤く染めながら、アタシの名前を呟いてくる。
そして、突然アタシの腕を取って、それを両腕でぎゅって抱きしめてきた。


「あ、ちょ、ちょっと……」
「行きましょ


そう言って、鞠絵ちゃんはとっても可愛い笑顔をアタシに向けてきてくれた。


「も、もうっ、しょうがないなぁ……」


そんな顔見せられたら……アタシ、断りきれないよ……。

なんて思いながら、アタシは鞠絵ちゃんと放課後のデートを始めるのだった。






ただ……






この時のアタシの選択が、まさか家に嵐を呼ぶ事になるとは……
アタシは考えもしなかった……。











 

嵐がやってきました














「でさー、鞠絵ちゃんったらねー……」
「…………」


翌日の土曜日、アタシは四葉ちゃんと楽しくお喋りに花を咲かせていた。
内容は昨日の鞠絵ちゃんとのデートの話。
アタシはとても楽しく鞠絵ちゃんとのデートの事を四葉ちゃんに話してあげていた。


「はぁ……」


……でも四葉ちゃんは何か楽しくなさそうだ。


「どうしたの? ため息なんかついて」
「別に……ただノロケ話を聞かされる方の身にもなって欲しいって思っただけデス……」
「……ノロケ話……」


……確かにそうかもしれない。



「でもしょうがないじゃない。 アタシ達の事知ってるの、四葉ちゃんか花穂ちゃんだけなんだからさ」
「それはそうデスけど……」


アタシと鞠絵ちゃんが付き合っている事を知っているのは四葉ちゃんと花穂ちゃんのふたりだけ。
それ以外の人には教えてもいないし、知られるわけにはいかない。


「アタシだってね、自分にあんな可愛い彼女が居るなんてみんなに聞かせたいとか、自慢したいとか、鞠絵ちゃんのこと見てたらよく考えちゃうのよ!
 でもそんな事したらどうなるか、分からない訳じゃないんでしょ!?」
「……ミンナが鈴凛ちゃんをヘンタイさんと呼ぶようになりマスね」
「そーなのよ!」


同性愛者兼近親愛者。
普通の人から見たら間違いなくヘンタイさん。


「そりゃノロケ話かもしれないけどさ、アタシだってデートの話とか、
 鞠絵ちゃんの可愛い所とか、鞠絵ちゃんのおちゃめな所とか、鞠絵ちゃんの意外な所とか、鞠絵ちゃんの……」
「あー、ハイハイ。 分かってマス、分かってマスから、そう鞠絵ちゃん鞠絵ちゃん連呼しないでクダサイ」
「……あ、ゴメン……」


でもしょうがないじゃない、だって鞠絵ちゃんの事なんだもん


「理由になりまセンよ」


不機嫌そうな低い声で呆れたように言い放つ四葉ちゃん。

……いけない、思わず口に出して言っちゃってたようだ……。


「ま、まあ、とにかく……だからアタシたちの事を知っている数少ない人間の四葉ちゃんに話してるんじゃないの」
「……ああ、神様……どうして四葉の姉チャマふたりはヘンタイさんなんデスか……」


祈るように両手を組み、空を仰いで、誰に言うでもなくそう口から漏らす。


「いいじゃないの、ノロケ話だって四葉ちゃんの今後の為にきっと役立つんだから」
「姉妹でオツキアイなんていう特殊なケースの何処が役に立つって言うんデスか!?」


そう言われてアタシは内心ちょっと悲しくなりながらも「そうだね」と苦笑するしかなかった。
まあ、四葉ちゃんはアタシと違って普通だからね……。


「でもさ、四葉ちゃんの性格からしてこう言う事聞くの好きだと思うんだけど?」


他でもない女の子同士の恋愛、しかも姉妹間という超特殊環境。
こんな早々巡りあえないようなシチュエーション、知りたがり聞きたがりの四葉ちゃんが飛びつかないとは思えないんだけど……。


「……そりゃあ、どっちかと言えば好きデスけど……」
「けど?」
「チェキ禁止じゃつまんないデス〜!」
「それは当然の配慮だと思う」


実は、四葉ちゃんにはアタシと鞠絵ちゃんのことはチェキ禁止にしてあるのだ。
だってこんな関係、そこからバレたら洒落にならないし……。


「でも何度も何度も何度も何度も似た様な話ばっか聞かされて……アーーーーーッッ!! 四葉の頭はオカシクなりそうデスッッ!!」
「ちょっ、ちょっと失礼じゃないの! 似たような話じゃないよ!!」
「じゃあ聞きマスけど……昨日のデート、最後に鞠絵ちゃんがキッスをせがんできて、
 鈴凛ちゃんが『え!? こ、こんなところで……?』って言って、
 鞠絵ちゃんが『大丈夫ですよ。 誰も居ませんから』って言って、
 鈴凛ちゃんが『でも、その……は、恥ずかしいよ……』って言って、
 鞠絵ちゃんが『もう! わたくし達、一体何回キスしていると思ってるんですか!?』って言って、
 鈴凛ちゃんが『いや、でも……あ、アタシは……その……』って言って、
 鞠絵ちゃんが『じゃあやっぱり……女の子同士なんて気持ち悪いって……』って言って、
 鈴凛ちゃんが『ち、違う! そんな事思ってなんかいない……!』って言って、
 鞠絵ちゃんが『じゃあキスしてください』って言って、
 結局、鈴凛ちゃんが恥ずかしがりながらも鞠絵ちゃんの押しに負けてキッスをした、
 って言うデートの終わり方じゃなかったんデスか?」


四葉ちゃんの、その臨場感あふれる推理に、アタシは一時言葉というものを失い、思わず居心地悪そうに明後日の方向に目をやってしまうのだった。


「図星デスね」
「ち、違うよ! 違う所だって……あった……もん……」


だんだんと声がしりすぼみに小さくなるように、弱々しくもなんとか否定した。
が、四葉ちゃんの次の一言で、かろうじて繋ぎ止めていた強気の糸は、ぷつりと切られてしまうのだった……。


「じゃあ、どのくらいあってたんデスか?」
「…………」
「…………」
「…………は、85%……」
ハっ!


……四葉ちゃんに鼻で笑らわれた……。


「大体、鞠絵ちゃんの事はそう言う意味でスキなのに、キスするのがイヤなんて……一体ドウイウコトなんデスか?」
「別に嫌じゃないよ! ううん、寧ろ嬉しいよ!! 嬉しいけど……」
「けど?」
「……ものすごく……恥ずかしいんだもん……」


鞠絵ちゃんのことは大好き。

……でも、キスするのはまだ恥ずかしくて、そんなに頻繁にしているわけじゃない……と思う。
……せがまれてなら結構したから、結構多いかもしれないけど……。


「告白までしておいて、何を今更……」
「四葉ちゃんにはこの微妙な乙女心が分からないだけ!」
「そんな異質な乙女心、分かりたくもありません」


呆れたように息をひとつ大きく吐きながらそう吐き捨てる。

えー異質よ、そりゃ異質ですとも!
相手女の子だもん!
姉妹だもん!!


「その調子じゃ、最近鞠絵ちゃんばっかに構ってて全然研究進んでないんじゃないデスか?」
「そんな事ないわよ! アタシ夜型だし、鞠絵ちゃんが寝た後で色々やってるんだから!」


鞠絵ちゃんは鞠絵ちゃん、研究は研究と、付き合い始めてからもきちんと両立してこなしている。

ま、まぁ……睡眠時間が減ったり、それを授業中に補ったり、
ただでさえ不足気味の研究資金が本来の目的から外れたところ―――鞠絵ちゃんとのデート代―――で有意義につかわれたりと、
前より多少大変になったところは否定しないけど……。


「ふ〜んチェキ」


なんだその「ふ〜んチェキ」って?


「それにさ、昨日はちゃんとアレ完成させたよ」
「アレ? ……ああ、穴掘りドリル君の事デスか?」
「そうそれ」


ちなみに穴掘りドリル君とは、要するに地面に穴を掘るメカで、
今度宝の地図を見つけた時、お宝の埋められているところにスムーズに穴を掘ってくれる画期的な発明品なのだ。


「……まだ地図も見つかってないくせに……獲らぬタヌキの皮算用君でいいんじゃないデスか……?」
「なんか言った?」
「なんでもアリマセン……」
「そう?」


確かになにか言った気がしたんだけどなぁ……。

なんて考えてるアタシを余所に、四葉ちゃんは依然不満そうな態度でテーブルの上に上半身を倒して、だるそうにテーブルの上に突っ伏していた。
雛子ちゃんならきっと「ぶー」とか言っている状態だろう。

アタシはしょうがないなって感じのため息を吐いて、四葉ちゃんにこう言ってあげた。


「じゃあさ、記録として残らないなら、チェキして良いよ」
「ホントデスか!?」


四葉ちゃんはチェキ解禁になった事がそんなに嬉しかったのか、突っ伏していた上体を起こして、
目を輝かせながら、両手を上にあげて「わーい」とか「やっほー」とか「チェキー」とか……あ、こういう時もチェキなんだ……。


「では早速……」


そう言って、四葉ちゃんはポケットから愛用しているメモ手帳、チェキノートを取り出す。


「……っと、メモに取ったらキロクが残ってしまいマスね……」


しかし、そこでそのことに気がつき、言葉の最後に「失敬、失敬」と付け足して、ノートを再びポケットの中に戻した。


「ええっと、じゃあ……」


そして次のチェキの準備に取り掛かろうと行動を起こそうとする。
しかし、次の行動を起こそうとした途中で、また何かに気づいたように動作を止める。
それを数回繰り返してから、


「あれれ? チェキしようとしたら鈴凛ちゃんがダメって言ったことに引っ掛かっちゃうデス」


そりゃそうよ……チェキ自体「記録に残す行為」だもん……。


「あっちを立てたらこっちが立たない! こっちを立てたらあっちが立たない!
 アーーー!! 四葉はどうすればいいんデスかッ!?!?」


ちょっとからかうつもりで言ったんだけど……こうも見事に混乱するとは、さすが四葉ちゃんというかなんと言うか……。


「……見事に"ワニのパラドックス"に陥ってるわ……」


そんな様子を見てちょっと複雑な気分になったアタシは、思わずそんな言葉を口からこぼしていた。


「チェキ? ワニさん? なんデスかそれ?」


ちなみに「ワニのパラドックス」っていうのは、多少は違うかもしれないけど、簡単に話すとこういう話。

とある人喰いワニが子供を食べようとしている時、子供の母親に子供を助けるチャンスとして、
「自分の考えている事を当てたら、子供を助けてやろう」と言ったところ、母親は「子供を食べようと考えている」と答えた。

ここで、ワニが子供を食べようとすれば、母親の考えが当たったことになって子供は食べられなくなる。
しかし、子供を食べようとしなければ、母親の考えは外れたことになり、子供を食べる権利ができる。
でも、そこで子供を食べようとすれば、今度は母親の言ったことが当たり、子供を食べてはいけなくなる。
そうなると……と、延々と同じ考えの繰り返しで、結局子供は食べられなくて良かった良かったという話。

要するに、「あちらを立てればこちらを立たず、こちらを立てればあちらを立たず」といった、まさに今の四葉ちゃんさながらの話なのだ。


「そのワニさんはクロコダイルさんデスか? アリゲーターさんデスか?」
「いや、知らないわよそんなの」


    ピンポーン


「……ん?」
「お客さんデスか?」


なんて、四葉ちゃんにちょっとした雑学をちょうど話し終えたところで、家中に来客を告げる玄関のベルの音が唐突に鳴り響いた。
アタシはお客さんを迎え入れようと思い、重い腰を上げようとテーブルに手をついた。


「あ、は〜い」


しかし、アタシが席を立ちきる前に、一足早く玄関に向かう階段を降りる足音と、そんな声が耳に届く。
あの声は……花穂ちゃんの声だね。
既に接客係がお客様を出迎えに向かったから、アタシの出番は多分ない。
この場の接客は花穂ちゃんに任せ、アタシは四葉ちゃんとのお喋りを再開しようと一度上げかけた腰を再び下ろした。


「鈴凛ちゃ〜ん、お客さんだよ〜」
「え? アタシに?」


と思ったら、来客はどうもアタシに対してのものだったらしく、
そのことをドア越しに聞こえてきた花穂ちゃんの声から告げられた。

結局、また下ろした腰をまたあげる羽目になり、
こんなことならそのままアタシが接客にいけば良かったなぁ、なんて考えながら、
結局1度上げかけてから下ろしかけた腰をまた上げるという非常に面倒くさい工程を経て、アタシは玄関に向かった。
別に来る必要もないはず四葉ちゃんも、ひとりで待っているのは退屈だと思ったのかアタシと同時に席を立って、
アタシの後をついてくる形で一緒に玄関に向かっていた。
























「お姉さまっ!」


玄関に着いたアタシは、土間との境界になっている段差ギリギリの所に立ったところで、
開いた玄関ドアから覗く来客の姿を確認した瞬間、驚きのあまり一瞬声を失いかけた。


「こ……小森さ―――!?」
「お姉さまぁっ♥♥


そして、言葉を言い切る前に、客人はアタシに駆け寄り、抱きついてくる。

ロングヘアーでメガネをかけた大人しそうな風体の、アタシと同い年くらいの少女。
その姿は紛れもなく、アタシのクラスメート、小森さんの姿だったからだ……。


「「「お姉さま!?」」」


3つの声が重なり、それぞれが彼女の発言に疑問の意思を含める。

そりゃそうだよね……。
彼女のことを知らない人間が、こんな風にアタシに抱きついてくる姿見たら、普通は不思議がる……
……って、3つ?

確かこの場に居るのはアタシ、小森さん、そして四葉ちゃんと花穂ちゃん。
抱きついた当人と、彼女のことを知っているアタシは今更そのことを疑問に思うようなことはない。

じゃあ計算が合わない。
……ああ、ってことはもうひとり偶然居合わせた誰かがこの場に居たわけね……。
こう見えてもうちは大家族の部類だから、まあ確率的には他よりは高いはずだし……。

で、一体誰…が……


「…………」
「…………」


階段の上の人影と目が合った瞬間、アタシは硬直した。


「まままままままままりえちゃんーーーーー?!??!?!!」


偶然にも、階段の上には今まさに降りようとしている鞠絵ちゃんの姿があった。

ややや、ヤバいところを見られてしまった……!
し、しかもよりによって一番このシーンを見られたくなかった相手に……!

ここ、こんなとこ見られたりなんかして……やっぱ誤解されたりしちゃうの?!
い、いや、小森さんは女の子だから別に平気……


「鈴凛……ちゃん……?」


アタシの恋人女の子じゃーんっ!!

なんて、頭の中でちゃぶ台引っ繰り返すイメージと共に自分にツッコム。

女の子と付き合っているアタシが、その付き合っている相手に、別の女の子に抱きつかれている姿を見られている。
これって、ほぼ誤解されるシチュエーション……。

あ〜あ〜あ〜、この場合浮気モノとか思われるの? 思われちゃう訳ぇ?


「鈴凛ちゃん……その方は?」


鞠絵ちゃんは、アタシが鞠絵ちゃんの姿を確認してからずっと、微笑みながらアタシのことをじーっと見てた。
あ〜、その微笑み顔とメガネの奥にギラつく本心が怖い〜。


「え、っと……その……あの……た、ただのクラスメート」


とりあえず、無実を証明するかのように、小森さんとの関係がないことを分かりやすく強調して言った。


「そんな……ただの、だなんて……私とお姉さまはもう既に深い関係に……」
「深い関係……ですか……?」


頼むから余計なこと言わないでください小森さん。


「もうクラスメートというか、友人代表というか、親友というか……
恋人候補……というか」
「今なんて言ったんですか鈴凛ちゃんのただのクラスメートさん?」


すかさず早口で、恐らく「恋人候補」の部分について即座に尋問する。
っていうか小森さんその台詞小声で言ったのに、1番距離とっているはずの鞠絵ちゃんが聞き取っているよ……。

もう余計なこと言いまくる小森さんのことをどう弁解するか、アタシはおろおろしながらも頭をフルに動かして考えるしかなかった……。
……っていうか、アタシなんか悪いことしたかぁ?

アタシが内心泣きたくなりたい気持ちでいると、
小森さんはアタシの胸の中で、潤んだ瞳をしながら、段差による高低差からアタシのことを見上げる形で……


「そうですよね……こんなの、本当は間違ってますもの……。
 でも、お姉さまにその気はなくても、私は想い続けます……。 そのくらいの自由は残しておいてください……」


どう考えてもアレな発言をしてきた


「鈴凛ちゃん……ちょっと」


優しい口調で、眩しいくらいの笑顔で微笑みながら、手招きしてアタシを階段の上に呼び寄せる鞠絵ちゃん。
しかし、アタシにとっては……裁判所に召集を受けた気分に等しかった……。
























玄関に小森さんを待たせて、あの場にいた小森さん以外全員……
つまりアタシと鞠絵ちゃん、四葉ちゃん、花穂ちゃんの4人は、2階のアタシの部屋に移動した。
なるべく外に声が漏れないようにとの配慮から部屋のドアを閉めると、まるでそれが合図であるかように、
アタシと小森さんとの関係についての裁判……もとい説明を要求された。


「誰なんデスか? あの人」
「そうだよ、花穂たちにも分かるように説明して」


アタシの容疑は恐らくどころか間違いなく「浮気」。

そのことについて予想通り早速妹ふたりに質問攻めを受けた。
けど、寧ろ一番質問しそうな鞠絵ちゃんが……
"浮気容疑"に対して一番尋問したいはずの"恋人"と言う立場の人間が黙って見ていることの方が怖かった……。


「ええっとねぇ……なんて言えばいいのか……」
「わたくしにも、是非、分かるように、お願いしますね……鈴凛ちゃん」


そのいつもとは何か違う威圧感を感じる鞠絵ちゃんの笑顔と、メガネの奥に隠された瞳が、
アタシの心を圧延機にかけられているかのような錯覚に陥れる。

ああ、胃痛くなってきた……。


「あ、あの人は小森さんって言って……その……さっきも言ったようにアタシのクラスメート」


とりあえず、泣きたくなりながらも説明を始める。
……というかアタシに他に選択肢はない。


「それはいいデスからもっと詳しく説明してクダサイ、特に恋人候補とか
「そうだよぉ、花穂にも分かるように説明してよぉ。 恋人候補の部分とか


小声で言ったのに全員に聞かれてますよ、小森さん。


「……う〜んとねぇ……」


実はアタシ自身よく分かっていなくて、説明に困ることだったけど……だからといってどこにも逃げ道はない。
既にアタシには、説明するしか道は残されていなかったのだ……。


「なんか知らないけど……小森さん、アタシに憧れているみたいなんだよね……」
「鈴凛ちゃんにはいっぱい憧れる要素がありますから、それは別に……」


鞠絵ちゃんにそう言われて、内心嬉しくてちょっと照れた。
でも四葉ちゃんの「顔赤くしてる場合デスか?」という言葉で、すぐに辛い現実に引き戻された。
そしてアタシは、いかに危険な単語を避けつつ、どう上手く説明すべきかと思案していると、


「じゃあ要するに、小森さんは鈴凛ちゃんのことが好きなんですね?」


鞠絵ちゃんがズバァッと核心を突くようなことを言う。


「あー……うー……えー、っと……そのぉ……」


なかなか煮え切らない態度のアタシに鞠絵ちゃんが笑顔で睨む。
笑顔なのが怖い。


(ううう……威圧感が……威圧感がぁ〜……)


いつもは鞠絵ちゃんの笑っている顔は好きだけど、こんな笑顔は欲しくないです、はい。


「……そ、そうみたい……」


観念してそう答えた瞬間、鞠絵ちゃんからの威圧感が急激に強まった。
顔は依然笑ったまま。


(ううう……怖いよぉ……)


いつもアタシは鞠絵ちゃんを笑顔にしようと頑張るけど、こんな笑顔はいりませんです、マジで。


「鈴凛ちゃん、女の子にもてるんだね……」
「まぁ、ゼンゼン羨ましくもなんともないデスけど」


一方、四葉ちゃん花穂ちゃんは言いたい放題。
こいつら他人事だと思って好き放題言ってくれる……。


「あ、アタシだって女の子にモテたかないわよ!」


四葉ちゃんは「ヘンタイさんの鈴凛ちゃんとは思えぬ普通の発言デス……」などとちょっと失礼なことを言う。
反論したいが反論できない立場にアタシは居るのだ……。

いーわよ、いーわよ、愛に代償は付き物よ……うふふふ……。

などと内心ヤケになりながらも、アタシは是が非でも伝えておきたいことに話題を持っていった。


「あのさ、アタシと鞠絵ちゃんのこと、小森さんには言わないでくれる?」
「チェキ?」「ふぇ?」


四葉ちゃん、花穂ちゃん、共に不思議そうな顔をアタシに向けてきた。


「どうしてデスか? ヘンタイさん同士共感すれば」


そう頻繁にヘンタイさんヘンタイさん言わないでくれます?
アタシだってそのこと気にしてるんだから。


「あ、でも、あの人鈴凛ちゃんのこと好きみたいだから……。
 いくら鈴凛ちゃんが女の子OKのヘンタイさんでも、鈴凛ちゃん、もう鞠絵ちゃんと付き合っているじゃない。
 だから女の子同士はヘンだって思ってる思わせておけば、鈴凛ちゃんは浮気しなくてすむからだね」
「そう、花穂ちゃん大正解!」


花穂ちゃんの微妙にトゲが含まれてる気がする言葉の通りである。

アタシと鞠絵ちゃんの関係は、もともとバレたらヤバイ関係だけど、今回はいつもと違った意味で危ない。
多分、小森さんの中で「同性」ということがストッパーとなっているはず。

それに、小森さんはただ単にアタシに極端に憧れ過ぎてるだけで、まだそういう意味で好きとは限らないし……。
……まあ、見てる限りだとほとんどそっち系の香りはするけど……。

アタシが女の子でも好きになれる、付き合えるという事実は、恐らく……


「……ブレーキの利かなくなった車での高速道路走行に等しいわ……」


大体、鞠絵ちゃんよりも小森さんと付き合う方がまだまともな関係だし……。


「それにアタシ……前に小森さんにこう言っちゃってるし……」
「なんてデスか?」
「『アタシにそういう趣味ないから……』って……」
「「嘘つき〜」」


ドジっ子同盟に声を揃えて否定された。
そりゃそうだ、だってアタシは"そういう趣味"の持ち主なのだから……。


「しょ、しょうがないじゃない!
 だってあの時は、まさかアタシが、鞠絵ちゃんと……その……そういう関係になるなんて……思いもしなかったんだから……」


姉妹で、女の子同士で……なのに、お互い好きになっちゃって……今は、恋人……。
正確にはそういう趣味の持ち主に"なっちゃった"の方が正しいと思う。
だって、鞠絵ちゃんのこと……アタシがこんな風に考えていたなんて……―――


……鈴凛ちゃんはノーマル〜……


―――……あの時は、思ってもみな…………ん?


女の子のわたくしのことなんか、本当は恋人と見てくれない〜……


鞠絵ちゃんからは(半ば脅しの)笑顔が消え、「どよ〜ん」という擬音が似合いそうなくらい暗い表情で……って!?


「わー! 誤解だよ誤解ー!」
うるさい! 少しは静かにしなさいよッッ!!


焦って慌てて訂正しようと思わず大声を上げてしまったため、
その声は壁をつきぬけ外にまで聞こえてしまったらしく、うるさくした事を壁越しに怒られてしまった……。


「今の咲耶ちゃんだね……」
「ううう……咲耶ちゃんは怖いデス……」


咲耶ちゃんは今日、機嫌が悪い。
理由は……体調が優れないからだ。
要するに風邪引いたのだ。

でもその割によく大声を出せるなぁ……


わたくしが鈴凛ちゃんと恋人だなんて、そんなことは幻想〜……


なんてそっちはどうでも良い!
今は鞠絵ちゃんの誤解を解く方が大事だ!!


「ま、鞠絵ちゃん、その、元気出して。 大丈夫だって……ね」
「だって……だって今、そういう趣味はないって……ぐすっ……」


さっきとは別の理由でおろおろして弁解するが、
鞠絵ちゃんの目は潤んでいて、涙がぽつりとこぼれていた。


「わたくしだって……こんな事になるなら、男として生まれたかったです……」


アタシが何を言っても、今の鞠絵ちゃんには大した効果は得られなく、鞠絵ちゃんは依然悲しそうな顔のまま……。
でも鞠絵ちゃんが男の子っていうのはなんかパッとこないなぁ……。

アタシは、もう最終手段として、自分の本心を鞠絵ちゃんに伝える作戦に出ることにした。


「あ、アタシは鞠絵ちゃんのこと……その……好き、だよ……」


内心、そんな事を言うのはすっごく恥ずかしくて、顔なんかもう真っ赤になってるんだって分かるくらい熱くなっていた。

あ〜、恥ずかし〜……ハッキリ「好き」って言うなんて、凄く恥ずかしいよぉ〜……。


「男の子とか、女の子とか、そんなこと関係無しに……大好きだから……」


……でも……鞠絵ちゃんをこれ以上悲しませたくないもん……。
だったら、ちょっとくらい恥ずかしくても……アタシは平気……。


「じゃあ……後で……キス、してくれます……?」
「するする。 だから泣き止ん―――」
「約束ですよ♪」


…………。


……騙された。


今までの泣き真似が嘘のようにケロッとした笑顔と、
いつの間にか鞠絵ちゃんの右手に隠されていた目薬を見て、
アタシは心の中でそう呟くしかなかった……。












「とにかく、そういうわけだから、ふたりともしっかりしてよね!」


途中なにかとあったけど、とりあえず気を取り直して話を本題に戻す。


「了解デス〜」
「分かったよ〜」


意気揚々と、お気楽な返事を返してくれる四葉ちゃんと花穂ちゃん。

……不安だ。

どうしてこのふたりにバレたんだろうと、今更ながらかなり頼りなく感じる。
まあ、このふたりだからこれ以上言いふらされることもなく、アタシたちの関係が広まらずにいると楽観的に考える事にしよう。

というか、そうとでも思っていないとやってられない……。



とにかく、アタシは今この状態で、この嵐を乗り切るしか道はないのだ。




「それで、小森さんの方はどうします?」


鞠絵ちゃんから、我が家に(というかアタシに)直撃した嵐についての質問を問いかけられる。
そういえば、小森さんは折角我が家に訪れてきてくれた来客だというのに、玄関で放っぽりぱなし……。


「……うーん、これ以上小森さんを玄関にそのままにしておく訳にもいかないし……」












「お、おじゃまします……っ!」


結局、家の中に上げる苦渋の選択をとるハメになってしまった……。

玄関で「良かったら上がってって」と言った瞬間、小森さんはしばらく時が止まり、
その後、時が動きはじめたと思ったら今度は顔が真っ赤になり、ロレツが回らなくなって、
明らかに日本語以外の言語を組み立てて話すという、その興奮具合と言ったら凄いとしかいえない程の反応だった。

とりあえず物凄く喜んでいるんだろうことは雰囲気的に読み取れたけど……何でアタシなんかにそんなになれるかなぁこの人は?


「ああ、ここがお姉さまの家……」


まるで、憧れのアイドルスターのステージを最高の観客席から見ているくらいに感激しながら、目をキラキラさせて家の中を見回す。


「ああ、お姉さまのニオイが……」
「他に11人分は混ざってますが」


鞠絵ちゃんの素早い反応での反論。
顔は依然笑っているけど、初っ端から敵意剥き出しだ……。

うう……頭痛くなってきた……。












「ハイ、どーぞデス」


小森さんを、さっきまで四葉ちゃんとお話していたテーブルに座らせるのとほとんど同時に、
四葉ちゃんの手によってテーブルの上にドーナツと紅茶のセットという、いかにも四葉ちゃんらしい選出のお茶菓子が運ばれてきた。

その直前に台所の方でガシャーンとか「チェキー」とか「あ〜ん、花穂またドジしちゃった〜」とか、
ついでに2階から「うるさいって言ってるでしょッッ!!」とか聞こえてきたので、
四葉ちゃんと花穂ちゃんのふたりにおもてなしの用意を頼んだことは多少後悔していた。

アタシのお客さんだから、映画を見に行っている春歌ちゃんが帰ってくる前に片付けておかないと、アタシも介錯仕られるんだろうなぁ……。


「それで……えっと、うちに何の用?」


アタシは単刀直入に小森さんに用件を尋ねた。
というよりさっさと済ませてこの修羅場を乗り越えたかった。


「あ、はい……実は……」


そう言って小森さんは一冊のノートを取り出し、テーブル上のお茶菓子の横に丁寧にそれを置いた。


「え、これって……」
「ノート、デスね」
「はい、お姉さまにお借りした数学のノートです」


この瞬間、アタシは事の発端を悟った。

このノートは、紛れもなく昨日自習の時間にアタシが小森さんに貸したノート。


「本当は月曜日にお返ししようと思ったんですけど……やはり予習や復習には必要なものだと思いまして、なるべくすぐにお返して差し上げるべきと……。
 それに、返しに行けばお姉さまのお住みになっている所がどんな所か、拝見できるとも思いまして……♥♥


……つまりノートの返却のついでに、アタシのお宅拝見に来た訳だ。
たった数分を惜しんだために、我が家は(というかアタシが)台風直撃の大ピンチを迎えることとなってしまったのか……。

……しまった、やっぱり鞠絵ちゃん待たせてでも返してもらうべきだった……。


「それが、ああ……まさか、お家にまで上がらせて貰えるなんて……私、幸せで壊れてしまいそう……
「……既に壊れていません?」


小森さんの発言に鞠絵ちゃんがボソッとこっそりツッコミ。
どうやら小森さんの耳には届かなかったようだけど、耳に届いたアタシにとっては気が気じゃないくらい冷や冷やさせられた。

小森さん、鞠絵ちゃんは普段そんなに悪い子じゃないんだよ〜。
とっても可愛いおちゃめさんなだけなんだよ〜。

なんて必要もない言い訳を頭の中でこっそりと訴える。


(……っていうか、たったそれだけの用件ならさっさと渡してもらえばすぐ帰ったんじゃないの……?)


なんて結果論も考えたけど、そんなの後の祭り。
既にお茶請けとかも出しちゃってるし、今更帰れというのも失礼というもの。
大体、アタシは小森さんの事を別に嫌っているわけじゃないから、そんなことできない。

だからそんなこと考えてる暇があったら今起きてる事態をどうするかに頭を回しなさい、
と逃避気味になっている自分の心に言い聞かせた。






  
「あー」


  どぉーんっ



「あら?」
「何の音でしょう?」


唐突に、庭の方で謎の大きな音が響く。
鞠絵ちゃんと小森さんは共に音のした方向に顔を向けたけど、ここからじゃ壁に遮られて何の音なのかの確認はできなかった。


「ネコでも落ちたんじゃないの?」


と、花穂ちゃん……って、花穂ちゃんあんた怖いよ。


「ムムム……それはありえマスね……。 花穂ちゃんも中々の名推理を……」


マチナサイ四葉ちゃん。


「とりあえず用件はそれだけなんですけど……そういえば、お姉さまは趣味で機械いじりをよくなさりますよね?」
「え? あ、うん……」


小森さんは謎の音についてはどうでも良かったらしく、その話題はそこで切り上げ、今度は別の話題に話を移してきた。
アタシもアタシでわざわざ席を立ってまで調べるほど興味を惹かれた訳でもないので、そのままその話題に乗ることにする。


「まあそうだけど……って、あれ? アタシ小森さんにそのこと話したっけ?」
「ええ、前に少しだけ……それに授業中によく機械の設計図をお描きになられているようで……お借りしたノートにも数ヶ所描かれていましたし」
「あら、ホントデス」


四葉ちゃんが勝手に人のノートをめくって、花穂ちゃんと一緒に覗き見ている。
ふたりとも、無許可でそういうことするとプライバシーの侵害の慰謝料として資金援助要求するよ。


「鈴凛ちゃん……授業はちゃんと受けなきゃダメだよぉ……」


……ちゃんと授業を受けていられているか1番不安なドジっ子に注意された。


「それで……もし宜しければ、お姉さまの研究成果を見せて頂ければと思いまして……」
「へ?」


ドジっ子同盟のせいで意識を逸らされていたため思わず間の抜けた返事を返してしまった。
アタシは一旦離れた意識を再び小森さんに向けて戻す。


「お姉さまは常日頃、将来のため研究を続けているとお聞きしておりました……。
 ですから、一度その成果を見せていただければ、と……」
「……まぁ、最近はデートに勤しんでゼンゼン進んでないデスけどね」
今なんて言ったんですか!?


「デート」という言葉に反応したのか、小声で言ったはずの四葉ちゃんの言葉に瞬速で反応を示す小森さん。
その反応の速さといったら、さっきの鞠絵ちゃんさながらで、なんか態度も露骨に変わっていた。

というか、みんな色恋沙汰に反応し過ぎ。


「あら? どうかなさいましたか?」
「あうぅ……なんでもないデスぅ……」


しかし、小森さんの質問の前に、アタシは一足早く四葉ちゃんに脳天唐竹割りを喰らわせていたのだった。
四葉ちゃんは頭を押さえて涙目で蹲っているため、今の話は見事に逸れてくれたようだった。
ふぅ……危ない危ない……。


「あの、大丈夫ですか? ……えっと、花穂ちゃん?」
「花穂はこっちだよぉ〜」


小森さんは小森さんで、四葉ちゃんに「花穂ちゃん」と呼び掛けてた。
どうやら小森さんは、他の子の名前をまだよく覚えていないようだった。
























「ここが……お姉さまの研究室……」


結局、アタシたちは小森さんを連れてラボまでやって来た。
断る理由も特に見当たらないし、こんなにも見たがっているところを無碍に断れるほど、アタシは図太い神経を持ち合わせてはいない。


「ああ、さっきよりもお姉さまのニオイが……」


早速のそういう発言止めてくれませんか小森さん。
後ろでアタシの恋人が凄い笑顔でプレッシャー送ってくるんで。


「それにしてもさすがはお姉さま。
 研究者といえば、研究以外にはぞんざいなイメージがありますけれど、
 お姉さまはそれとは違いきちんと整理整頓なられていますね


綺麗に整頓、整理されたラボの中を褒め称える小森さん。
……でも、それはちょっと小森さんの見当違いだったりする……。


「あ、いや、それはね―――」
「それは鈴凛ちゃんではなく、わたくしが片付けましたが」


アタシが言う前に、鞠絵ちゃんがズイっと前に出るように説明した。

そうなのである。
アタシは見事小森さんの予想通りぞんざいで、通常ならこのラボも例外なく散らかっているはずだったのだけれども……
そんなラボを、鞠絵ちゃんは綺麗に片付けてくれているのだった。

四葉ちゃんたちにアタシたちのことバレるちょっと前くらいに、1回徹底的にラボの大掃除をして、
その後はそんなに多く散らかる前に周期的に片付けてくれている。
お陰で、肝心な時に無くなった物を探すハメになったりなどの余計な手間がなくなって、研究の効率は結構上がった。

ちなみに片付けてくれる理由は……まあ、なんというか…………将来の練習だって……

うん……鞠絵ちゃんは良いお嫁さんになれるよ……♥♥

いや、今はそんな素敵妄想に浸っている場合じゃない。


「……えっと、鞠絵さん……でしたっけ?」
「はい」


小森さんは、さっき間違えたこともあって多少不安げに名前の確認をしてた。
さっき四葉ちゃんを間違えたことで四葉ちゃんを再確認、その際花穂ちゃんも確認しているから、
恐らく消去法から、今度は見事に間違えずに名前を当てていた。


「鈴凛ちゃん、ちょっとそういうのが苦手みたいで……ですから、鈴凛ちゃんと1番仲の良いわたくしが片付けてあげているんです」


明らかに1番仲が良いということを強調するような言い方をする。
まあ実際鞠絵ちゃんの言っているように仲の良いのは本当だし……って言うか恋仲だし……。


「お姉さまと……一番仲が良い?」
「はい!」


元気良く、そして、自慢げ―――アタシにはそう見えた―――にそう答える鞠絵ちゃん。

そんな鞠絵ちゃんはちょっと子供っぽかった……けど、それもなかなか可愛いなぁ……♥♥
……って、アタシはこの非常時にさっきから何を考えてるんだ?!


「そうなんですか!?」
「え?」


すると小森さんは、悔しがったり動揺したりすると思っていたアタシの予想と反し、
嬉しそうな声を上げながら鞠絵ちゃんの手を両手で握ってきた。
鞠絵ちゃんも、恐らくアタシと同様の予想を立ててたらしく、逆に喜ぶ小森さんに、寧ろ鞠絵ちゃんの方が動揺を見せる結果となっていた。


「私たち、いいお友達になれそうですね!」
「え? え? え?」


寧ろライバルですよ、小森さん。
心の中でそう呟く。

聞こえなきゃ意味ないけど聞かれたら致命傷なので結局口に出さない。


「これからも宜しくお願いしますね、鞠絵さん!」


小森さんは、目をキラキラさせながら鞠絵ちゃんの手をしっかりと握り、
まるで、そうそういないと思っていた、共通の趣味を持った相手と出会えたような喜び様を見せていた。

まあ、同じ人間のことが好きってことは、共通の趣味っちゃー共通の趣味だし、
しかも女の子同士でなんてそうそういないんだろうけど……って、例えどころかまさにその状況だ、これ。


「え、ええ……」


さっきから対抗心と闘争心をこっそり剥き出しにしていた鞠絵ちゃんにとっては、
既にライバルと認識していた小森さんに、逆に仲良くしようと言われてしまい、多少困惑気味に煮え切らない返事を返していた。

その様子を横から見ていた四葉ちゃんは、おもむろにこんな事を言い出し始める。


「確かジャパンのコトワザというものにこういう言葉がありましたよネ。
 ええっと……『ショーをWinとすればまず旨辛』」


なんだそのハイカラなことわざは?
ショーで成功するためには旨辛い料理でも出せってのか?


「それを言うなら『将を射んとすればまず馬から』、じゃないの……?」
「あ、そうそう、それデス」


確か目的のものを手に入れようと思ったら、その近くのものから何とかすれば良いって意味のことわざ。
四葉ちゃんの予想は満更間違っていないかもしれない。
アタシと仲の良い子と仲良くして、そしてアタシとの接点や印象を更に良くするってことを小森さんが考えているってことは……。


(……でもアタシ、既にその馬に射止められてるんだよねぇ……)


寧ろ『知らぬが仏』の方があっているかもしれない……。












それからしばらくの間、小森さんに完成品や作りかけのメカを見せたり、それを多少説明したり、動かしてみせたり、
四葉ちゃんがコゲたり(←「ちょっとマツデスっ!?」By四葉)して、みんなでラボで楽しんでいた。
そのうち、花穂ちゃんがこんな事を言いはじめた。


「あ、花穂もう行かなきゃ。 そろそろ準備しないと遅れちゃう」


その台詞に四葉ちゃんが「花穂ちゃんは今日部活があるんデス」と補足するように一言。
今日は土曜日で休日だというのに、花穂ちゃんは相変わらずの頑張り屋さんだねぇ……。


「あ、じゃあ私も……今日はちょっと用がありますので……残念ですけどこの辺で……」


なんて感心してると、今度は小森さんも、そんな事を言い出す。

やっと帰ってくれるんだ!

なんて、失礼なこと考えてしまいました。
……ごめん小森さん。


「あの、お姉さま……また、遊びに来ても宜しいでしょうか……?」


小森さんは不安そうにアタシに尋ねてくる。


「うん、アタシは構わないよ」


アタシはニコッと笑顔を向けてそう答えてあげる。

小森さんは悪い人じゃない。
ちょっとアタシの事を過度に憧れている節はあるけれども……それだけは言える。
だからアタシは、小森さんとは友達として付き合って行きたいって思っている。
今だって、こんなに楽しい時間を過ごせていたんだから……。

まあ、小森さんの問題発言や鞠絵ちゃんのリアクションがなければもっと楽しめたんだけどね……。


「本当ですか!?」
「ええ」


今回は不意打ちのように来られたから驚いちゃったけど……でも、今度はちゃんと備えておけば、きっと大丈夫……。


「じゃ、じゃあまた来ても……!?」
「うん、いつでも見せてあげるよ!」


だから……



メガネの奥からそういう痛い視線を送ってこないでください、鞠絵さん。
























「ふー……やっと帰ってくれたぁ……」


アタシは、自分の部屋でベッドに倒れこみながら一息ついた。
今頃、小森さんは四葉ちゃんに見送られているはず。

小森さんには悪いけど、アタシはちょっと疲れちゃっていた……。

なんせいきなりのことで心の準備が全然できてなくて、
しかも小森さんや鞠絵ちゃんの一挙一動に冷や冷やしっ放しだったから、
やっと落ち着くことができた今、平穏であることの喜びをじっくりと味わっていた……。


「うふふっ……


で、鞠絵ちゃんもアタシの部屋にいて、ニコニコしながらこっちを見ている。

でもそれは、さっきからの威圧感を発する笑顔じゃなくて、本当に安心したような……いつもアタシが見たがっていた鞠絵ちゃんの笑顔。
多分、小森さんが居なくなったことで気が楽になったからだね……。


……にしては、何か裏がある気がするのは気のせい……?


「鈴凛ちゃん


弾むような口調でアタシの名前を呼びながら、仰向けになっているアタシの横へ、ベッドに飛び乗るように座ってきた。


「なに?」


アタシは、仰向けにしていた体を起こして、丁度アタシの顔と鞠絵ちゃんの顔を向かい合わせになる形で、鞠絵ちゃんに名前を呼ばれた理由を尋ねてみる。


「なにって……もう忘れたんですか?」


……忘れた?


「忘れたって……一体―――」
「……ん


アタシが質問を言い切る前に、鞠絵ちゃんは目を瞑って、アタシの顔に、思いっきり自分の顔を近づけてきた。


「…………あっ!!」


その鞠絵ちゃんの仕草で思い出した。




 『じゃあ……後で……キス、してくれます……?』



「ぁぅ……」


さっき思わずしてしまったキスの約束……。
そのこと思い出したアタシは、今にも唇同士が触れ合ってしまいそうな距離で、ただ口をパクパクさせて真っ赤になるしかなかった。

今までの経験上、こうなった場合……アタシ、結局押し切られてキスしちゃうんだよね……。


……だったら。


「……しょ、しょうがないなぁ……」


だったら、無駄に抵抗なんかする必要もない。
アタシだって……別に……したくない訳じゃ、ないんだから……


そっと、鞠絵ちゃんの肩に手を乗せて……ほんのちょっと、数センチだけ……鞠絵ちゃんの体を、アタシの方に引き寄せる。

たった少し……数センチにも満たない距離だったけど……それでも、お互いの唇同士が触れ合うには十分な動きだった……。






 ああ……アタシ、本当に鞠絵ちゃんのことが好きなんだ……。

 キスするたびに……嬉しい気持ちになるたびに……そう、認識できる……。






「…………鈴凛ちゃん……」


顔が離れると、鞠絵ちゃんがアタシの名前を1回だけ呼んでくれた。
そして、それ以上は何も言わずに、アタシのことをぎゅっと抱きしめてきた。
アタシも、そんな鞠絵ちゃんをぎゅっと抱きしめ返してあげる……。


 ……好きだよ。


恥ずかしいから、言葉に出して言えなかったけど……
でもその気持ちが、今アタシの胸の中に居る鞠絵ちゃんにしっかりと伝わっちゃったって言うのは、


「うふふ……♥♥


この笑顔を見ると、なんとなく分かっちゃった……。
























 ただ……






 この時、アタシたちは気づいていなかった……












    ドタドタドタドタドタドタ……


    バタンッ



突然、アタシの部屋のドアが開く。


「うわぁっ!?」「きゃぁっ!?」


ビックリした拍子に、アタシも鞠絵ちゃんも抱きしめていた腕を解いて、急いでお互いの距離をとる。
一体誰がドアを開けたのだろうと目をやると、そこにはついさっき帰ったはずの小森さんの姿が。


「え? あ、あれ? こ、小森さん!? な、なん―――」
「お、お、お、お姉さまッ!??!!?」


小森さんは非常に興奮したような、青ざめたような、そんな複雑な表情を見せていて、
その後ろで、非常にばつの悪そうな顔をしている四葉ちゃんの姿が目に入った。


「いいいいいいい今の……」


状況がよく飲み込めないアタシでも、
全く予想もしていなかった小森さんの次の言葉に、嫌でも理解するしかなかった……。





「今の鞠絵さんとのキスはなんですかーーー!?!!?!」






 ……嵐が、まだ去っていないことを……。






あとがき

まりりんほのらぶストーリー『"〜ました"シリーズ』の第7弾!
第6弾の話からかなり時間を開けてからの完成なので、色々と微妙に変わってしまいましたが……(苦笑

鈴凛が百合に走るにあたって、まずそれを狙わないわけがない小森さん。
そのことについてちょっと考えたことから、この話ができた"はず"です(ぇ
いえ、内容自体を思いついたのはもうずっと前のことで、
書き上げるまでに非常に時間かけてた(「裏"〜ました"」を追いつかせるまで書かないとか)ので、その辺ちょっと曖昧です(苦笑
内容的には概要は変えず、最初予定していた通りの展開を描けたと思うんですが、
なりゅーの「まりりん像」が微妙に変わってるかもしれないので、ちょっと怪しいです(苦笑

タイトルの「嵐」とは、言うまでもなく小森さんのことを比喩表現した言葉ですが、
タイトルだけ見て誤解した人がいそうなタイトルなので、そういう人たちになんか申し訳ない気がします(苦笑

この話、見ての通り次の話に続きます。
次回、鞠絵vs小森さんの白熱の鈴凛争奪バトルが繰り広げられますので、こうご期待を!

……期待はずれにしたらすみません(苦笑


更新履歴

H16・7/10:完成
H16・7/11:修正
H17・7/31:書式等を微修正


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