その子をイメージするなら白だった。

 透き通るような肌の色と、清楚な雰囲気、心の中まで真っ白。
 誰に対しても優しいところ? ……それもあるんだけど、そうじゃなくて……なによりも、純粋過ぎてた。
 アタシが見せる発明や話す世間話、すごく単純なことにも子供みたいに喜んで。
 まるで、新品真っ白な設計図に、アタシ好みのメカの想像で塗り潰していくみたいで、嬉しくて楽しかった。

 晩秋の白花。誰かが小意気に例えてた、秋の終わりに咲く白い花みたい、って。
 意味を聞いて、アタシもそうだと思って……その受け売りを、今日まで胸に秘めてきた……。




■■■■■■■■―――ッ!!




 聞こえ来るそれは、思い描いていた理想とは無縁の……野獣の咆哮だった。
 「ウォォォ」とも「グォォォ」とも、叫び声にすらなってない、音。
 目の前に居るソレは……荒々しい、"柄のついたぶ厚い鉄板"を手に、濁流のような黒い威圧感と爆音を放っていた。
 獣なんて、現存するなにかで例えられるレベルじゃない……それはまさに"鬼"……。

 違う違う違う違う違う違うっっ……!

 アレが鞠絵のはずない!

 アレが……あの鬼が白い花マリエのハズがない!!


「ぁ……ぁ……、ぅ……」


 声が、出ない……。
 身動きは取れないのに、体の震えは止まらない。
 目を逸らしたい現実に、視線はその異形を凝視したまま。

 彼女の形をした"鬼"が、片腕で、ぶ厚い鉄板をゆっくりと持ち上げる。
 肩の高さで水平に担ぐような形で振り被る姿が、アタシの瞳に映る、次の瞬間、



 アタシの胴体に、―――鈍い衝撃が走った。






 あ。




 アタシ……、




 死ん じゃ  っ     た   …      …        …      ……         …  。







 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月19日 水曜日

第21話 崩れゆく理想







    ―――ガツンっ



「ぅがぁぇっ!?」


 ガツン、と体全体に衝撃が走る。
 痛覚という名の電気信号が体中を駆け巡り、アタシの一瞬フリーズしてた思考が再起動される。
 だけど、寝ているところを無理矢理起こされた感じ。
 思考がかなり曖昧で、何がどうなっているのかサッパリ分からない。


「イテテ……」


 とりあえず、体が痛い……。
 体の前面全体的……大体左肩から胴体を通って右の腿の付け根までと、それからおしりが。
 叩かれたような広く浅い痛みが、50ccのスクーターみたいなゆるさで、痛覚を脳まで宅配中。
 痛み自体は大したことないけど、範囲が広いのが辛い。
 とりあえず痛がりながらも現状把握に努める。
 なんせ(多分)全身打撲だ。これでは明日学校を休まざるを得ない……うそです、サボりたいだけです。
 冗談はさて置き……広範囲に広がるジンジンくる刺激と、冬の寒さが気付けの代わりになって、比較的早く頭が起きて来た。
 そう、確か最後に見た光景は……


「ぁ…あれ……? アタシ……まだ……」


 ……生き、てる?

 慌てて、手で何度も体に触れて確認した。
 衝撃を受けた体は、真っ二つに切断されることなく、まだくっついている。

 死んだと思った。

 アタシが最後に見た光景は……柄のついたぶ厚い鉄板を振り被り、なぎ払う直前の映像。
 あんなぶ厚い鉄板を体に叩きつけられれば、間違いなくアタシはふたつになる。
 けど、アタシの体は繋がったまま……体中痛いけど、感じる痛みは分断された時感じるであろう痛みとは全く別のもの。

 しかしアタシは、こんな命に関わる場面で、なに学校休むだのなんだのスッとぼけたことを考えてるのか?
 結局そういうとぼけた姿勢がアタシの本質なのだろうと、少し情けなくなる。


「ご、ごめんなさいですの!」


 まだハッキリ目覚めてない脳に、アタシの思考回路と同じくらい場に似つかわしくない声が届いた。
 聞き慣れた声、それにプラスして「ですの」という口癖。
 こんな思考回路がぐしゃぐしゃな状況にあっても、それが誰のものかはすぐに分かった。


「勢い余っちゃって木に……本当に、ほんっとーに、ごめんなさいですのっ!」

「……え? ……え?」


 声の方向に向くと、そこには思った通りの相手の姿が、白雪ちゃんの姿があった。
 まるでクッキーこがしちゃったくらいな調子でぺこぺこと頭を下げる小さな少女の姿は、
 本当にこの非常事態に似つかわしくないおっとりした情景だった。
 木? ……ああ、確かに。白雪ちゃんに振り返る前、アタシの目の前には、一本の丈夫そうな木が堂々と佇んでいた。

 そこでようやっと、普段の聡明な働きを取り戻した頭がアタシの身に降りかかった事態を認識させる。
 アタシの体を襲った衝撃は、あのぶ厚い鉄板ではなく、それから身を守ろうとしてアタシを突き飛ばした白雪ちゃんの腕。
 白雪ちゃんに突き飛ばされ、でもそんなことに意識の向いていないアタシはバランスが取れず、そのまま木に激突。
 体前面全体に広がる痛みは、この時の激突によるものだった訳。
 あとおしりはその時地面にしりもちついたから。
 それから……


「…………」


 ……ああ、分かってる。分かってるわよ。
 今、白雪ちゃんに目を向けた時、いやがおうにも目に入って来たわよ。
 白雪ちゃんがアタシを突き飛ばした理由が……。

 さっきまでアタシが居た辺りには……さっきまでの景色は残っていなかった。
 そこは雑草が茂っていたごく自然な姿が在ったはずなのに、在った緑は抉られ、茶色い土が剥き出しになっていた。
 まるで大地にできた傷口のよう。
 生々しい。
 それゆえの現実感……ツクリモノよりも静かでしたたかな質感が、だからこそオソロシイ。
 そして……その景色の奥に存在する異様な光景。
 ぶ厚い鉄板を、振り上げたままの体勢で、右腕一本で支えたまま停止している、少女の姿をした"なにか"……。

 違う、「停止」ではない。
 極限の状況下でコンセントレイトした脳が、目でスクリーンショットした画像データを脳内のクリップボードに保存してしまっただけ。
 むしろ止まっているのは、アタシ自身の時間……。
 その証拠に、ほら……静止画だったそれは、狂った体内時計と共に、本来の動画としての「動き」を取り戻してくる。


■■■■■■■■■■―――ッッ!!


 再生された映像は、アタシが固まる直前に見た映像のリプレイそのもの。
 アタシの時間は、途切れる前の時間と、完全に繋がった。
 そう……認めたくなかった現実と、今が、確実に1本に繋がっていた、ということ……。


■■■■■■■■■■■■―――ッッ!!


    バキッ――ミシッ…―メキっグシャァッ―――


 "音"と共に、ぶ厚い鉄板が振り回される。
 拍子で、木や地面がまるで豆腐かプリンのように崩れては撒き散らされた。
 地面は簡単に剥がされ、木は簡単に崩され、そこら中に飛んでいく。
 いとも簡単に。だってのに、それは別の木や地面に当たると……大きな音や、激しい傷跡をつけていった……。




■■■■■■■■■■■■■■――――っ!! !!




 豆腐かプリンと思われる物体は、確かに質量を持った物質という事実。
 当たり前よ、木片に土の塊なんだから。
 そんな当たり前のことさえも忘れてしまいそうなくらい、いとも簡単に辺りの景色が削れていく。
 凶悪なまでの破壊の権化……。


「…………」


 晩秋の白花。
 誰かが小意気に例えてた、秋の終わりに咲く白い花みたい、って。
 ああ、そうだ……いつだったか、春歌ちゃんがそう例えていたんだっけ……。

 病弱な彼女を、もうすぐ訪れる冬の冷たい風にさらされた、か弱くて儚い一輪の花に例えた言葉。
 意味を聞いて、アタシもそうだと思った。
 花のように儚くて……それでも、満面の笑みが……何よりも可愛かった。
 だから、守ってあげたいと望んだ……。
 だからその受け売りを、今日まで胸に秘めてきた……。
 なのに……


■■■■■■■■■■■■■■■■――――っ! !!!!


    ガァン、グワシャン、――ゴァンッッ……



 そこに"る"のは、か弱い白い花とは掛け離れた存在。
 あの白い花は、今、その面影もなく、醜い音を発して発狂していた。
 ドス黒い、漆黒の殺意が充満する。
 この場に居るだけ、ただそれだけで、このドス黒さに塗りつぶされそう。

 ―――アレはもう、アタシの知るマリエじゃない……。


■■■■■■■■―――――ッッッ!!!!


    ……バキィィッッ


「あ……」


 瞬間、自分の迂闊さに呆れた。
 その圧倒的な「破壊」に圧倒されて、全方位に飛び散る―――つまり、アタシの方にも向かって飛んでくる破片に、意識が回ってなかった。
 木や地面ですら大きな傷を受けているんだから、当たれば間違いなくアタシの体は大怪我確定。
 なのに、気づくのが遅れた。
 余計なこと考えている場合じゃなかった。
 気づいた時にはもう、土の塊がアタシへ向けて真っ直ぐと飛んできていた。
 このままじゃ、直撃して―――「なんとかしなくちゃ」と思ったところで、突然のことに、頭は働かない……。
 どう動けば良いのか、その「なんとか」が、切羽詰まった頭の中からは出て来ない。

 このままじゃ、アタシ、何もできないまま、終わっちゃう……。
 なんもできないクセにしゃしゃり出てきて、その通り、なんにも出来ないまま……。
 挙句、こんな弾みで起こった事故巻き込まれる形で、ついでのような扱いで、退場?
 大怪我か、はたまた即死か……苦しんで死ぬのはイヤだなぁ……。
 例え生き残っても、右手に当たるのは勘弁……
 もう大好きなメカいじりができなくなちゃう……。

 アハハ……「なんとかしなくちゃ」は出てこないクセに、そんな後ろ向きな考えばかりが頭を駆け巡るや。
 凄く長く感じる、一秒にも満たない、瞬間の出来事……。

 いずれにせよ、もうすぐ終わる。
 ものすごく長い一瞬が明けて、その時はアタシもゲームオーバー。
 いや、もともとアタシには参加資格からなかったんだ。
 今度こそ、確実に終わり……。


「ですのっっっ!」


 ……そう思っていたアタシの予測は、再び覆される。


「え」


 突如飛び出して来た人影が、迫り来る土の塊の姿を遮る。
 途端、土の塊は真っ二つに裂けて、躍り出た人影とアタシの両脇を通過。
 時間差で、真後ろから木が揺れる大きな音が鳴る。
 太い幹を揺らすほど大きな質量のものが、決して柔らかくなどないという現実を再び実感させる。
 その恐怖と同時に、人影の姿がはっきりと見える。
 小さな背丈に、小さな背中。そして、彼女の特徴のリボンと内巻きロールの髪が、風と一緒に揺れていた。


■■■■■■■■■■■■―――ッッ!!


    ……バァゴァァッッ、ボガガッ、ガッッ


「ふんっ! はっ! やぁっ! で、す、……のっ!!」


 彼女は、轟音と瓦礫の飛び交う中で、両手で銀の軌跡を描いていた。
 爆心地より飛び散るガレキに対して、避けることなく、まるで踊るように両手を振り回しては、それだけでガレキをいなしていた。
 輝く銀色……20〜30cmくらいの二本の刃が、それぞれの握った手から伸びていた。
 アタシの身に降りかかるはずだったものは全て、その二つの刃に弾かれ、打ち返され、切り伏せられて、アタシに届くことはなかった。


「鈴凛ちゃん!!」

「は、はヒ!?」


 ガレキが飛び交う中、突然名前を呼ばれる。
 状況を眺めることに専念していたため、急な呼びかけに意表を突かれ、声が裏返ってしまった。
 しかし、そんなアタシの心などいざ知らず、白雪ちゃんはアタシの相槌に続けて言葉をかけてくる。


「鞠絵ちゃんの能力、なんなんですの?」


 まりえちゃんののうりょく……?

 頭の中がぐちゃぐちゃで、一瞬なんのことを聞かれたのか思考が追いつかなかった。
 けれどもすぐに頭の中の歯車が噛み合う。


「鞠絵ちゃんはライダーさんなんじゃないんですの!?」

「ち、違うの……それはアタシが勝手に予想したことで、違うの……違ってたの!」

「じゃあ本当のこと早く教えてくださいの! このままじゃふたりとも……」

「アタシ……アタシ知らない」


 そうだ、アタシはなにも分かっていなかった……。
 一緒に住んで、一緒に動いて、それだけで分かった気になっていた……ただそれだけの存在。
 何にも知らないし、関われもしない、単なる部外者。


「知らなかったの! 鞠絵ちゃんの能力がなんなのか、何のスレイヴァーなのかも!!」


 ……けどもう気づいている、アレは、バーサーカーだって。
 そしてアタシがひとつ、勘違いをしていたことも。

 この非日常の異世界に初めて入り込んだ時、鞠絵ちゃんが放ったあの恐怖。
 あの威圧感は、スレイヴァーのものじゃない。
 狂戦士のみが持つ、凶々まがまがしいまでの殺気。
 闘争本能の塊。
 彼女バーサーカーのみが持つ、殺人的な威圧感だったんだ……。


「そう、ですの……」


 アタシの言葉に、当てが外れたというように、白雪ちゃんはほんの少し曇った表情を覗かせた。


「聞いて……どうするの?」


 今度は逆に、アタシが質問をしていた。
 返事は…………なかった。


「まさか、戦うの……?」

「…………」


 ―――なにを今更……?

 だって、これは、"そういうルールなんだから"。


「待ってよ! あんなのに立ち向かうなんて無謀過ぎるわよ!」


 今、目の前に広がる惨状。そして、それを作り出す凶悪過ぎるほどの怪物。
 本当は、白雪ちゃんだって怖いはずなんだ。
 だって白雪ちゃん……今、震えている……。
 力を与えられたって、そのベースとなる彼女自身は普通の家庭的な女の子でしかない。
 怖くないはずないのに……なのに戦いを強いられるなんて、残酷過ぎる。

 さっき白雪ちゃんに名前を呼びかけられた時、アタシは「アタシの心などいざ知らず」なんて思ってしまった。
 そんなとても些細なことに、今アタシは、なんて傲慢なヤツなんだろうと自己嫌悪に陥りそうになる。
 さっきからずっと、絶え間なく飛んでくるガレキをいなし続け、
 その上、あの怪物とこれから戦わなくちゃいけない白雪ちゃんの方が、アタシなんかよりも何十倍も、何百倍も大変だってのに……。

 なのに、アタシは彼女に与えられるまま、何も返せない。
 助言のひとつも送れない。
 守られて、挙句の果てに万策尽きたこの状況で、更に足を引っ張っている。
 なのに……―――!


「大丈夫……」


 その恐怖の中、小さな背中が語りかけてきた……。
 ―――なのに白雪ちゃん……笑って……アタシのこと安心させるために、怖いって気持ちを押し殺してまで、微笑んでいる……。
 凶悪な場の雰囲気には似つかわしくない優しい声で、おちゃめにウィンクまで送って、言った。


「あなたがみんなの"楽しい"を守ってくれたように……今度は姫が、あなたを守るから……」


 彼女の頭につけたリボンが、そよそよと、風でたなびいているのが印象的だった。
 殺人的な威圧感を、そのまま押し返さんばかりに頼もしい覇気……ううん、そうじゃない。
 力で力を抑え付ける争い的なものじゃなく、力を受け止め掻き消してしまう、母性的な慈しみの安堵感。


「え……それ、どういう意―――」


 優しくて、暖かくて……なにものよりも強い、そんな安心感さえ覚えてしまう。
 彼女の言う言葉の意味することさえ、聞き返すタイミングを逃してしまうほどに……。
 アタシの言葉が届く前に、


「たあぁーーーーっ!!」


 彼女は狂戦士へと走り出した……!












更新履歴

H19・12/3:完成・掲載


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