幻想郷……そこは遥か昔、外の世界より隔絶された、妖怪とわずかばかりの人間たちが住まう閉じた世界。
 その遥か上空に存在する、幻想郷の中でもひときわ静かな場所がある。
 幻想郷の生けとし生ける者が、生を終えたときにやってくる場所。
 死者たちの住まう冥界。
 その静かなはずの冥界で、気合の込められた掛け声がひとつ、響いていた。


「はっ! やっ! はぁっ!!」


 私、魂魄妖夢は、冥界の中で一番華やかで広い屋敷「白玉楼」に住み込みで働く庭師だ。
 兼、この白玉楼の主であらせられる西行寺幽々子さまに仕える護衛役でもある。
 祖父・魂魄妖忌より伝えられし魂魄流の剣技はまだまだ未熟で、日々の修行は欠かせない。
 今朝も朝日が昇るよりほんの少しだけ早くから、己を磨くため、剣の鍛錬に精を出していた。


「ふー、今朝の鍛錬は、このくらいにしておきますか」


 張り詰めていた気を緩め、近くの人魂に語りかけ、朝の鍛錬を切り上げる。
 この人魂は私の半身。霊体側の「私」である。
 半人半霊。生きてるんだか死んでるんだか分からない、幽霊と人間のハーフ。それがこの私、魂魄妖夢だ。
 死んでから冥界に来るような一般の方たちとはちょっと違う、なんとも中途半端な私だけど、それはそれで程々に充実した生活をこの冥界送っていた。

 冥界は、本当にいつも通り静かだった。
 これから起こる、ほんの少しにぎやかなることなど、まるで予期していないかのように。


 昇り始めた爽やかな陽光を浴びながら、額の汗を拭きながら一息。
 冥界にも日の光の影響がある。
 月の影響だって受ける。
 なんでなのかは知らないけれど、まあそうなんだから仕方がない。

 ここから私の日常が始まる。
 稽古が終わったらまず朝ごはん。その次は庭のお手入れ。
 白玉楼はものすごく広いから、庭師の私も一苦労だ。
 ……庭師、か……。


「私は、幽々子さまの剣の指南役としてここに来たはずなのに……」


 ……ふと、いつもは思わない文句が零れ落ちた。

 幽々子さまの剣術指南役、というのが本来の私の役目。
 なのだが、お嬢様は剣の修行を嫌がって一向に取り次いでくれないのだ。
 お陰で折角の愛刀、楼観剣と白楼剣が、二本とも庭の手入れ道具に……。


「別に庭の手入れは嫌いじゃないけど……お嬢様はいつになったら剣術の稽古を受けて下さ……、……っ!?」


 などと愚痴っていると……不意に、気配を感じ取った。
 気配の方角は上……空からだ。
 しかも徐々にこちらに近づいている。

 幽々子さまに仇なす存在……?
 それとも……この魂魄妖夢に挑もうとする亡霊か……?
 案外、先日のように殴り込みを掛けに来た「人間」かもしれない。
 まあ、あの時は確かにこちらに非があったろうけど、今回は特に何もしてないはず……。
 妖怪、という線もあるもしれない。幽明結界が張り直されていない今なら、それは十分にありえる話だった。

 亡霊か、それとも妖怪か、はたまた人間なのか……?
 思いつく限り敵の姿と事情を想像してみるが……そんなことは無意味だったと気づき、やめた。
 いずれにしろ、私にとっては敵に違いないのだから。

 気配は、ものすごい速度でこちらに迫ってくる。
 ……だが、まるで策もなにもなく無謀に特攻を仕掛けているかのよう……。

 良い度胸だ……いくら私が半人前の修行中だからと言っても、そこまで無謀なのは考え物……まるで隙だらけ。

 私は、手に持っていた木刀を構え、気配へ向けて神経を集中し、何者かの迎撃に備える。
 隙だらけの襲撃者よ。何者かは知らないが、襲撃するのが朝で命拾いしたな。
 朝の鍛錬は基礎とウォーミングアップが目的なので、今手にあるのは木刀だけ。
 夕方なら、我が愛刀・楼観剣と白楼剣の二刀をもって相対したろう。
 昼間ならば庭掃除中でほうきだから、もっとラッキーだったろうけど。


「まあ、昼間攻め込むような輩なんて普通居ないだろう……しッ!!」


 木刀を強く握り締めたまま地面を踏み込み、垂直に飛翔。
 ただ黙って待つ気はない。こちらから迎え撃つ算段で、無謀な襲撃者の出鼻を挫くっ……!!


「はあぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 上昇する私の体と、迫る謎の敵の体とが交差するその刹那に合わせ、地面に叩きつける振り下ろしの一閃を放つ!
 打ち込みが入る寸前、その正体をしかと刮目した私は、


「……あ゛」


 それが、目を回した赤いリボンの女の子が"落下"していることに気づいて、青ざめた。
 真っ逆さまに落ちる少女に放たれた木刀は、もうブレーキなんて利かないトップスピードに達していて……。
 自分の血の気を引く音を聞きながら、私は先に心の中でごめんなさいと言って、


    どがちんっ!?


 少女の体は、とてもイヤ〜な鈍い音を発して、地面までぶっ飛んだ。






 

みょんミア

一、はじまりは脳天に








 ドタドタドタと、日の出間もない屋敷の廊下を爆走する。
 冥界は、幻想郷でもひときわ静かな場所。
 ……その静けさを、私の足音がやかましく風情をぶっ壊す。
 礼儀もなにもお構いなし。
 白玉楼を震撼させる私の足音は、祝い事の際音楽隊として招待する騒霊×3にだって負けてはいない。
 まだ日も昇って間もないこの時刻にこんなにうるさくしてしまっては、きっとどころか絶対迷惑をかけるに決まっている。
 しかし、分かったところで、私にそんな余裕はなかったのだ。


「なによ〜、うるさいわね妖夢〜」


 思った通り……仕える主人である幽々子さまを起こしてしまった。
 主人の眠りを妨げるとは私もつくづく不義理なのだろう。
 幽々子さまは寝ぼけ眼で気だるそうに文句をつけてくる。


「起こしてしまってすみません幽々子さま!? お咎めはあとでいくらでもしますから! ですから今は……!?」

「……妖夢? その背中のは……?」


 幽々子さまは、私の背に乗っている彼女の存在に気づいたらしく、その詳細を私に訪ねた。


「幽々子さま、女の子が! 女の子が空から?!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。え、ラピュタ? ラピュタごっこ?」

「と、とりあえず布団っ! お布団!! あ、医者も! 医者もーっ!!」


 錯乱中の私には現状をすんなり説明することはできず、ただひたすら取り乱す情けない姿を晒してしまうばかり。
 激しく慌てふためく私。
 その背中の女の子は全身あざと擦り傷だらけで、赤いリボンの横にそりゃあもう大きなたんこぶを抱えて、ぐったりぐるぐる目を回していた。












「これは見事な『聖者は十字架に磔にされました』ねー……」


 布団の中で、両手を広げて盛大に伸びている少女に、幽々子さまはそんな感想を述べる。
 奇しくも、地面に叩きつけてしまった後、土の上で仰向けに倒れる彼女を見て私が思ったことと同じだったりする。
 同じだったからなんなのか。


「まあ、大体の事情は飲み込めたわ。つまり妖夢は、勘違いで、空から落ちてきたこの可憐な少女の頭に一撃ぶちかましたのね」

「うぅっ……!?」


 敵襲と勘違いして殴った私も悪いのだが……けどせめてもうちょっと言い方というものを気にして欲しい。
 まあ……それは無理な話なのだろうけど。


「この子、大丈夫でしょうか……?」


 目の前で横たわる少女に目を向ける。
 女の子は、布団の中で両手を広げ、大の字になって気を失っていた。
 ……あ、いや、布団の中では足を閉じているので、正しくは「十の字」といったところだろうか?

 セミロングの金髪に赤いリボンを付け、黒一色の簡素な服とスカート姿。
 リボンの横には大きなたんこぶがある。
 私が作ったやつだ。
 ごめんなさい。
 服はところどころ破れていて、体には擦り傷がいくつも存在していた。
 地面に激突してからしばらく転がった時にできた傷だ。
 ほんとごめんなさい。

 背格好は、やや幼い少女という印象受けた。
 見た目だけなら、私より少し下くらいだろうか?
 もっとも、私は人よりゆっくり年を取るからあてにならないけど。
 参考程度に、人間で言うなら10代前半の女の子といった所だろう。
 そんな幼さの面影が残る少女だから、尚のことこの子の無事が気になった……。


「まあ、大丈夫よ。この子はきちんと"生きている"。死からは遠いわ」

「そ、そうですか!」


 不安げな私に、幽々子さまは、その不安を解消してくれるお言葉を掛けてくださる。
 ここ白玉楼の主人であらせられる西行寺幽々子さま。
 見た目こそ私と同い年程度の少女のそれであるが、随分と昔に亡霊となり、ここ冥界に君臨なされているお方。
 "死を操る程度の能力"を持ち、その能力は計り知れず、死霊なども操ることができるため、
 そのお力にて霊たちを統制する能力を買われて、閻魔さまからも幽霊管理を一任されるほどのすごいお方だ。
 その"死を操る程度の能力"を有する幽々子さまが、死から遠いと仰るのだ。
 恐らく、この子は間違いなく生きていて、そしてまだ全然死にはしないと言うことだろう。
 そう思えたら安心して……。


「……生きてる?」


 幽々子さまの、言葉のおかしな点に、気がついた。


「そう、生きてる。つまり彼女は生者」


 私が聞き返すと、幽々子さまは確かに断ずる。彼女は"生きている"と。

 それは、ここ冥界に置いては非常におかしいことだった。
 だってそうだろう。
 なぜならここは……死者の住まうところ。
 ゆえに、生きている方が異。

 確かに、とある事情で冥界と現世との行き来が頻繁に起こりやすくなったが……
 冥界から出て行くものはいても、逆に冥界に入ろうとするものなどそうそういない。わざわざ「死」に近づくことになるのだから。
 一体彼女は何者で、どんな目的があってこの「死者の住まう場所」に来たというのだろうか……?


「彼女……妖怪、でしょうか?」

「恐らくわね」


 私が聞くと、幽々子さまも同じ考えに行き着いたらしい。
 彼女は空を飛んでいた。
 はじめは幽々子さまに仇なす亡霊かなにかだと思っていたから疑問に思わなかったが、
 生きているというなら特別な力を持たなくては空は飛べない。
 少なくとも、普通の人間には空を飛ぶなんて芸当できはしないのだから。
 まあ、人間だけど空を飛ぶ程度の能力を持つ巫女とか知り合いに居るけど、アレもアレでまた特別な存在だ。
 それに……幻想郷では人間よりも圧倒的に妖怪の方が多い。やはり、妖怪と考えるのが打倒だろう。


「木刀で頭ぶん殴られて地面に叩きつけられてしばらく転がっても生きてるんだし」

「はぅッ!?」


 ……幽々子さまの付け足した言葉が、私の罪悪感に抉りこんだ。


「ううう……」

「あ、ごめんなさい。妖夢のこと傷つけちゃった?」


 罪悪感に苛まれる私を見て、口では謝罪しながらも幽々子さまはニコニコ笑っておられた。
 この方は……飄々として掴みどころがなく、いつも私をからかうことを日課としている。
 今も隣で「今日のノルマ達成☆」みたいな感じでちょっと満足げにニヤけてる。
 やめてください、人をからかうのにノルマ設けるのなんて。












「どう? 目覚ました?」

「いえ、まだ……」


 一度退室なされた幽々子さまが、再び部屋に入りながら私に聞いてくる。
 私は、彼女が今こうなってしまった原因が私にあるという責任を感じ、朝からずっと看病を続けていた。
 幽々子さまは一度、朝食を取られに席を外したのだが、気に掛かり戻ってきたというところだろう。


「まあ、あなたは護衛役としての任を果たしただけなんだから、そんなに思いつめるんじゃないわよ」

「しかし……」


 私の顔があまりに深刻に思いつめていたからなのだろうか、幽々子さまはそのようなお言葉を掛けて励ましてくださった。
 けれど、私がもっとしっかりしていれば……。
 彼女が敵意のない、ただの少女だと気づいていれば……。
 そんな後悔の念は、簡単には振り払えない……。


「永遠亭からも医者呼んでおいたし。そんな気をするんじゃないわよ。そろそろ来るんじゃないかしら?」

「永琳さんをですか? ああ、それは頼もしいです」


 ひょんなことから知り合った永遠亭の永淋さん。
 かく言う私も、以前目を患いお世話になった口だ。腕は相当保証できる。
 ……まあお世話になった原因は向こうにあったりするのだけど……。
 とりあえずそれ以来の仲で、色々あったけど今は快く白玉楼の訪問医としてお世話になっている。


「この子、少し私が診ててあげるから、あなたはご飯済ませると良いわ。まだ食べてないんでしょ?」

「いいえ! 白玉楼の主たるお方にそんな役目、任せる訳にも参りません! それに……彼女がこうなったのは私のせいだし……」


    ぐきゅるるる……


 と、強がってみせたのと同時に、タイミング良く私の腹が鳴ってしまった。


「ほら、お腹鳴ってる」

「うぅ……」


 幽々子さまが、手に持った愛用の扇子で私のお腹を指して言う。
 カッコつけておいてこの有様なんて、格好つかない……思わずカァッ、と赤くなってしまう。
 正直……毎朝修行をしてお腹を空かせてから美味しく朝ごはんを食べるのが日課の私なので、実は朝ごはん抜きは意外と辛かったりする。
 だけど私は……それでも幽々子さまの言う通りにする気にはなれなかった。


「お気持ちはありがたいです……ですがやはり、彼女が目覚めるまではここを離れるわけには参りません……」

「相変わらず生真面目なんだから……。ま、そう言うと思ってたわよ」


 言って、幽々子さまはなにかの合図のよう手を2回叩き音を鳴らす。
 すると、ふすまの向こうからお盆を乗せた霊魂たちが現れた。
 お盆の上には、ひとり分の食事が盛り付けられていた。


「持ってくるように頼んでおいたから、ここで食べなさい」

「ありがとうございます!」


 私の言うことなど既に見抜いていたらしい、既にこんな粋な計らいを用意しておられるとは。
 これには私も素直に感服してしまう。
 さすがは白玉楼の主。本当に、頼りになるお方だ……。


「そう……ご飯は大事なのよ……」


 ……まあ、食事に掛けるウェイトがやたらでかいんだけど。

 ともあれ、折角の幽々子さまのご好意だ。
 私はそのご好意をありがたく頂くことにし、その場で食事を始めた。


「いただきます!」


 一口目……余程栄養を欲していたのだろう、空腹のピークに達したお腹には、いつも以上の至福を覚えてしまう。
 次に味噌汁に口をつける。素直に美味しかった。
 そしておかずに箸を伸ばし、二口目……うまい。
 目の前の少女への罪悪感が胸に残るクセに、思わず顔が綻んでしまいそうだ……。い、いけないいけない……。
 三口目……


「う、う〜ん……」


 それが私の口に入る直前、女の子からかすかに声が漏れた。


「え!?」


 目を覚ました!?
 慌てて私は動かしていたお箸を置いて、彼女に駆け寄る。
 幽々子さまも同じく駆け寄って、私と幽々子さまは並んで女の子の様子を眺める形になった。
 女の子は、目を開けると……むくりと、おもむろに上半身を起こした。
 どうやら、見た目にケガは多いが、動けないほどではないらしい。少し安心する。
 私はひとまず彼女に話かけてみることにした。


「大丈夫ですか?」

「……あたまいたい」


 ごめんなさい。


「ここ、どこ……?」


 見知らぬ部屋に居ることに気づいた女の子は、当然のことながら現状を把握できずに居た。
 意識がハッキリしてないような様子で辺りをきょろきょろ見回す。
 ケガで、というよりはまるで寝ぼけているような印象だった。


「ええっとですね、ここは……」


 ここは西行寺の屋敷・白玉楼。
 ……と答えようとしたが、彼女が"生きている"ことを考えると、それは少々一足飛びな回答になるのだと気づき、別の答で返す。


「ここは冥界。死者たちの集う所です」

「え……? じゃあわたし……死んじゃったの?」


 当然のごとく、ショックを受けたような表情を浮かべる。
 まあ、自分が死んだのだと思えば、自殺願望者でもない限りきっと誰でもそう思うだろう。
 まだ意識がハッキリしないのか、それでも少しリアクションは薄い感じではあったが。
 私は、不安に駆られる彼女を安心させるため、次の言葉を口にしようとする。


「いえ、それは大丈……」

「わたしの頭に木刀がズガーンッ?! って来たアレで」


 私のハートにズガーンッ。


「ごめんなさいごめんなさい、ほんっとマジごめんなさい」

「え? え?」


 次の言葉は予定を変更して謝罪になりました。
 思わず反射的に必至に謝る私。
 屋敷の畳に頭を擦り付けて、このまま摩擦熱で燃やしてしまうんじゃないかってくらいに擦り付けた。
 額が擦れて若干痛いが、こんなの彼女にぶちかました木刀に比べれば、幽霊に物理攻撃がごとし、だ。
 私が犯人などと知らぬ少女は、突然の私の土下座に戸惑っているよう。
 後ろからは幽々子さまが「妖夢ー、いつもの丁寧口調が砕けてるわよー」なんてクスクス笑ってる。
 謝る前に私が加害者と説明すべきだったのだろうか……?
 けど……正直に言おう、説明するの怖いっ! 誰だってそうじゃない!?
 謝罪に精一杯の不甲斐ない私を見かねてか、幽々子さまが代わりにまず少女に伝えるべき言葉を答えてくださった。


「大丈夫よ、あなたはまだ生きてる」

「生きてる……? そっか、良かった……」


 心底安心したような表情を浮かべる見知らぬ黒い少女。
 その時、拍子で傷に障ったのか、「痛っ……!?」と小さく漏らしていた。
 私の心も「痛っ!?」ってなった。


「まー、お互い状況が分からなさ過ぎると思うけど……色々とややこしい状況みたいだから、順序良く話を聞いていきましょう。
 まずは自己紹介からかしら? 私は西行寺幽々子。一応この冥界の屋敷、白玉楼の主です」


 頼りない私に代わり、幽々子さまが彼女との話の進行を取り仕切って下さった。
 さすが白玉楼の主たるお方。他人との会話進行が慣れてらっしゃる。


「ゆゆこ……?」

「ええ、よろしく」

「あ、うん……」

「私、地獄より幽霊管理を一任されています」

「…………」

「偉い人です」

「ゆ、ゆゆこ……さま……」


 幽々子さま、なに初対面のケガ人を権力で圧迫してるんですか!?


「それでこっちが……ほら、自己紹介ぐらいしゃんとしなさい」

「あ、はい……!」


 いまだうなだれてた私に、幽々子さまの喝が入る。
 胸にはまだ罪悪感が突き刺さるが、自己紹介ぐらいきちんとせねば、となんとか気持ちを立ち直らせる。
 姿勢を正し、正座で少女に向き合い、名乗る。


「私は魂魄妖夢。こちらの西行寺幽々子さまに仕える、白玉楼の庭師兼護衛役です」

「こんぱく、よーむ……さん?」


 まだ頭が動き始めていないのか、それとも見知らぬ人の前で緊張しているのか。……私も偉い人だと計りかねているのか。
 彼女の対応は、幼い少女の外観からは少ししおらしい印象を受けるくらい、謙虚な態度だった。
 幽々子さまが脅すからだ。


「大丈夫です。私は下働きの半人前なんで偉くないです。気軽に『妖夢ちゃん』とでも呼んでください」


 見知らぬ土地でプレッシャーを掛けられた彼女の心を解きほぐそうと、努めて"ふれんどりぃ"に接してみる。


「ぷっ……!」


 笑うなお嬢様。誰のせいでこんなこと言ってると思ってるんだ。


「よーむちゃん……。あはっ……」


 どうやら上手くいったよう……彼女の表情が、少し安心したように柔らかに綻んでくれた。
 あー、良かった。
 安心したところで、今度は私から、彼女のことを訪ねさせて頂いた。


「それであなたは?」

「わたしは……ルーミア。ルーミアって言うの」


 それが、彼女との出会いだった。












 私たちは、目覚めて間もない彼女に事情を伺うことにした。
 あまり無理はかけさせたくないのだが……こちらとしても、事情が分からねばなんともしようがない訳で。
 休ませるにしろ、その前に最低限の情報提供だけはしてもらおうと、少々お時間を頂くことにした。
 それに彼女も、わざわざ「死の国」にまで乗り込むほどだ……一体、どんな深い事情が……?


「わたし、普段から目的もなく夜空をふわふわ〜って飛んでるんだけど、今日は気が向いたから思いっきり高くまで飛んでみたの。
 そしたらおっきい門があって、この先になにがあるんだろ〜、って思って乗り越えてみたら、景色が変わって……」


 浅かった。


「そーいや西行妖のなんやかんやで幽明結界意味なくなってるからねー、よーむ」

「そうですねー、ゆゆこさまー」


 幽明結界というのは、現世のはるか空高くに存在する、現世と冥界との境界。要するにあの世とこの世の境目の出入り口こと。
 先日、幽々子さまが現世にご迷惑かけて一悶着があり、わざわざ冥界の白玉楼まで殴り込みをくらわされたことも今は懐かしい。
 殴りこみの際、その幽明結界を破られてしまったのだが……
 修理を依頼したら別に張り直す必要がないと言われ、そのままにされていたという経緯がある。
 そのため、冥界の幽霊が現世に現れるようになったりとかが結構頻繁に起こるようになったり、
 仕方ないんで私が現世に赴き、人魂灯で幽霊を集めて連れ戻すなんて仕事が増えたのもイイオモイデだ、ちくしょう。
 まあ、私個人の仕事が増えたことはどうでも良い、とりあえず今はルーミアさんのことだ。


「それで、どうなさったのですか?」

「ええっと……初めての場所でふよふよ飛び回っていたら、その内おなかが空いてきちゃって……」

「なるほど、それは一大事だわ!」


 幽々子さま、食事関係に反応早過ぎ。


「そうこうしてる内に日が昇っちゃって、日の光にへろへろになって……私、落ちちゃったの」

「日の光に?」

「なるほど、そういう種類の妖怪なのね」


 聞けば彼女は「宵闇の妖怪」とのこと。
 そのため、日の光が大の苦手。
 "闇を操る程度の能力"を有しているとのことで、普段日の光が出ている間は自分自身の周囲に「闇」を展開し、日光を遮って過ごすそうだ。
 だが今回、空腹で闇を纏うタイミングを逃がしてしまい、朝日にやられてしまったという。


「それでそのまま目を回して、落ちたところが、たまたま白玉楼の庭の上空だった……ということですね?」

「そこを妖夢の木刀がズガーンっ、ね」

「いやもうマジでごめんなさい、早とちりしてごめんなさい、勘違いしてごめんなさい」

「え? え? え?」


 再び畳に頭を擦り付ける私を、よく分からないといった感じで困惑するルーミアさん。
 そういえば肝心の罪状について自白してなかった。
 真相を言うのは怖いことは怖かったが……このまま逃げ続けるのはいつまで経っても半人前な証のように思えて、観念して、やっと白状する。


「実は……私があなたを木刀でぶん殴った犯人なのです……」


 するとルーミアさんは、


「そーなのかー!?」


 と大変驚いておられた。


「もうほっとマジすんません……」

「う、ううん、わたしも勝手におうちに入っちゃったし……」


 襲撃者と勘違いした、と簡単に事情を説明したら、ルーミアさんも分かってくれたらしく、むしろ逆に謝らせてしまった。
 ああ、ルーミアさんが素直で優しい人で良かった!
 幽々子さまみたいな掴みどころのない含んだ性格だったら、もうなにされるんだか分かったもんじゃないし。


「あの、わたし、すぐ出て行くか……」


 迷惑を掛けてはいけないと思ったのか、布団から起き上がろうとするルーミアさん。


「ふぇ〜〜……」


 そしてまたすぐに布団にリターンするルーミアさん。


「どうされました!?」

「……おなかすいた」


 ケガに障ったのではないか、心配になり訪ねてみると。
 まるで幽々子さまみたいな理由が返って来たので、少し安心した。


「あとあたまいたい」

「ごめんなさい」

「いずれにしろ、そんな大ケガしてる相手を追い出すわけにも行かないしね」


 幽々子さまは、手に持っていた扇子で彼女のリボンの横のたんこぶを指して言った。
 頭にたんこぶの他にも、彼女の体にはぶっ飛ばした時に地面を転がってできた擦り傷とかが結構あった。
 見過ごしてハイ、サヨナラ、というには、少し心苦しくなるような容態だった。
 あと幽々子さまの「大ケガ」という言葉が私の罪悪感を地味に抉ってくれた。


「それに、こうやって妖夢をからかう材料としてはうってつけだし……くすくす」


 分かっててですか、そうですか。うう、罪悪感チクチク……。


「ま、しばらくうちに居ると良いわ」


 幽々子さまは、畳んだ扇子を反対の方の手のひらで受け、軽くパシッと音を出す。まるで「はい、決定」とまとめるみたいに。
 からかう材料、というのは聞き逃せないところではあるが……幽々子さま直々にご許可が出たのは私としても安心できる展開だった。


「それまで妖夢、コレの世話はあなたがすること」

「コレ……って物扱いですか、お嬢様……? それはちょっと失礼な気が……」

「良いでしょ? 色違うけど、似たようなシンプルな服装にリボンしてる者同士」

「まあ、確かにシンプルな衣服でリボンしてる同士ですけど」

「あなたが拾ってきた犬でしょ?」

「今度は犬扱いですか、幽々子さま……」

「わん?」


 よく分からないといった感じで犬の鳴きまねをするルーミアさんは結構空気の読める子。
 まあ実際、頭のたんこぶと全身の擦り傷は私の責任なのだし、私に世話させていただけるのなら、それが償いになる。
 私としてはむしろ大歓迎だった。


「お嬢様さえ良ければ……私としては是非、ルーミアさんに償いをさせていただきたいところです」


 私は、その任を快く受け入れた。
 なんとかこの機会に彼女に埋め合わせをするぞ! そう心に決めて気合十分に意気込む。

 丁度その時だった。
 玄関の引き戸が開く音が鳴り響く。
 どうやら、頼んでいた医者がやってきたようだ。


「ちわー、永遠亭でーす!」


 まるで国民的アニメの酒屋さんみたいなノリで。


「永琳さん、来てくれたみたいですね」


 これでルーミアさんに適切な治療を行えるというもの。
 そう思えばこそ、やっと安心で胸を撫で下ろせる。
 良かったですね、と言おうとしてルーミアさんの方を見てみると……まるで他のことなど興味に介さずに、まじまじとなにかを眺めていた。
 視線の先には、私に運ばれた朝食。
 眺める、というよりは相当熱烈に凝視してる……。
 そういえばルーミアさん、おなかが空いていたと言っていたっけ。
 目を覚ましたのも、ご飯来てすぐのタイミングだったし……アレはひょっとして……


「朝のご飯のにおい……それはかくも芳しく……その香りに包まれて目を覚ますことのなんと幸福なことか……」


 ルーミアさんの様子になにか感じるものがあったのか、感慨深く語っている幽々子さまだった。


「あの……よろしかったら、診察の間にうちの者にお食事を用意させますけど」

「良いの!?」


 幽々子さまのプレッシャーによりガチガチに固まっていたルーミアさんだったが、よっぽどお腹が空いていたのだろう。
 目を輝かせて、抑え込んでいた全て発散するような、そんな爆発的な勢いで、私のお食事発言に食いついた。

 本当は私のご飯を差し上げても良かったのだが、ほんの少しだけ口をつけてしまっている。
 お客様にそれを差し上げるなどとは失礼にあたってしまうので控えた。
 だがあまりにも物欲しそうに眺めるものだから、つい幽々子さまの許可も得ない内にそんなことを言ってしまったのだ。


「宜しいですよね、幽々子さま」

「まあ、仕方ないわね」


 事後承諾で恐縮だったが、主である幽々子さまも、別にいやな顔するでもなく、快く了承をくださった。


「ご飯だものね」


 はいはい、幽々子さまの食事に対する思い入れの強さは分かりましたから。


「あ、そうだ。なにか食べたいものとかありますか? 食事係のものにお願いしますし、なければ私が一っ走り取ってきますよ!」


 ただご飯を用意するだけじゃ、私がやったことはまだまだ償えない。
 そう思い、ここを汚名返上のチャンスと言わんばかりに、私はわずかながらのサービス精神を発揮してみる。


「人肉ー


 ……ああ、彼女は間違いなく妖怪だった。












 結局、屋敷にあった食材で料理したものをルーミアさんにご馳走して差し上げることで話がまとまった。
 一時はどうなるかと思ったが、別に人肉でなくてもお腹は満たせるとのことで安心した。
 まあ、確かに幻想郷では人間を食べてはいけないという法律なんて存在しないのだけど、人肉なんてすぐには用意できないし……。
 それに、私としては半分同族が犠牲になるのは半分いやなので半分良かった。
 それでもせめて彼女のお腹を満たせるよう肉料理を中心にと、調理人の亡霊に頼んだ。

 食事を作ってもらっている間、永琳さんにルーミアさんの容態を診てもらう。
 簡単な治療と診察。包帯を巻いたり、点滴なども打っていた。……点滴必要なのか?
 私は医学のことは詳しくないので完全にお任せするしかなかったが、いち早くご飯を食べたいルーミアさんがうずうずしてたのは印象的だった。

 一通りの診察と治療を終えると、タイミング良く食卓の方から芳しいにおいが客間まで届いた。
 頼んでおいた朝食ができあがったのだろう。
 うずうずしていたルーミアさんがちょっとかわいそうだったので、治療が終わったらすぐに食卓の方へ向かわせた。
 歩くぐらいなら平気、と医師からの太鼓判を貰ったので、運ばれるのも待てずに食卓まで飛んで行ってしまった。
 食卓までは幽々子さまが案内してくださった。便乗するつもりらしい、食卓まで飛んで行ってしまった。
 さっき朝食食べてたはずなのに……。

 結果、客間で私と永琳さんがふたりきりになる。厳密には半身の「私」も居るので、ふたりと人魂ひとつだ。
 私は永琳さんから、ルーミアさんのケガのご様子を伺う。
 永琳さんは医療用具と思われるものを片付けながら、私にルーミアさんの容体を説明してくれた。


「まず頭のケガの方だけど、結構大きな内出血が見られたわね。けど頭蓋骨外で良かったわ。
 中での出血は見られなかったから脳には影響がないわ、安心して。
 それと首にちょっと負担が掛かってたみたい。神経系に損傷は見られないけど、軽く鞭打ちにもなってるわね。
 左手首も軽く捻っちゃってるみたい。落下の時挫いちゃったのね。全身にも打撲と擦り傷が見られるわ。
 幸い、顔に派手な傷はないけど……左腕と左ひざ、両スネには大きな擦過傷ができてる。
 多分左半身を地面に向けて落ちて、その後地面を転がったのね。打撲や擦り傷の大半はその時にできたのよ。それから……」


 具体性というものはかくも聞くものに説得力を与えるもので、本当に私トンデモナイコトしたんだなぁ。ううう、ごめんなさい。


「そんな罪悪感丸出しな顔しなくても大丈夫よ。むしろ、ある意味であなたは彼女の恩人なんだから」

「なにをおっしゃるうさぎさん」


 木刀で思いっきりぶん殴って置いて、恩人もクソもないだろうに……。
 思う私に、永琳さんは別にからかったりつもりはないと、真面目に、それでも軽く微笑む感じで説明してくれた。


「嘘じゃないわ。あの子、空から"真っ逆さま"に落下してたんでしょ?
 そのまま落下してたら脳挫傷、頚椎損傷なんて重大な大ケガに繋がっていたところよ?
 あなたが木刀で力を加えてくれたから、地面に衝突する時の姿勢が変わった。お陰で、衝撃が全身に分散されてるのよ」

「そう、なんですか……?」

「勢いがついて転がってたのも良かったわ。
 擦り傷とかは見た目に酷いけど、体に掛かった衝撃の大半は、転がってる時に逃げてくれたみたい。
 そのまま頭から落ちる方が死ぬ可能性は断然高かったし、生きていたとしても、かなりの確率で後遺症は免れなかったわ」


 永琳さんは天才なので、言ってることが難しく、たまになにを言っているか分からない時がある。
 けど……私のお陰で、彼女が幾分かマシな症状になったと言いたいということは伝わってきた。
 私が犯した罪が消える訳ではないが……そう言ってもらえると、ほんの少し、救われた気がする……。


「まあ、普通の人間なら頭部に木刀で逝っちゃうけど」


 うん、私の罪が逃れられないことを存分に噛み締めました。


「大丈夫。お陰で彼女、神経や臓器に損傷はないし、後遺症は残らないから」

「本当ですか!?」

「ええ、偶然だけどね!」


 私はやっと、生きた心地を取り戻した。半人だから半分分の生きた心地だ。
 なにをどうやったかは知らないけど、手持ちの器具だけでそこまで調べてくれるなんて、さすが天才だ。
 けど、本当に運任せで今に至ってるわけだから、今思うとほんと恐ろしい……。


「頭のケガって聞いてたから深刻に考えていたけど……思ったより全然軽症だったから安心したわ。
 妖怪だからかしら? 人間より耐久力あるのね」

「ありがとうございました」

「ふふっ、月の科学力を信じてくださいな」


 なんて、微笑みながらその場から立ち上がる。どうやら器具を片付け終わったらしい。
 私は彼女を見送るべく、部屋の戸を率先して開けて、廊下へ案内した。
 些細な気づかいに「ありがとう」なんて言ってくださったけど、この程度に比べたら、むしろこっちの方が全然「ありがとう」だった。
 永琳さんは、本当に頼りになる。
 けどそこは月の「医学力」にして欲しいです。悪の組織よろしく人体改造でもするみたいじゃないですか。


「全治は……大体1週間から1ヵ月ってところかしらね?
 妖怪の種族ごとの回復力は、さすがに調べないと分からないから、あんまり具体的には答えられないんだけど……
 目安はそのくらい。まあ、もっと早いかもしれないわ。回復を促進するお薬も打っておいたし……ほら、あの点滴」


 などと、廊下を歩きながら人差し指を立てて解説する永琳さん。
 なるほど、一見無意味と思えた点滴にそんな意味を含んでいたとは。なら納得。さすが天才、抜け目も抜かりもない。


「永淋特製妖怪点滴。栄養満点! 今夜の三日月が十三夜月になるまでなにも食べなくても大丈夫!」

「いやいや、ちゃんと食事くらい食べさせますから!? っていうか、今食べさせてますから」

「え? そうなの? まあ大丈夫よ。そんなこともあろうかと満腹中枢は刺激しない作りになってるから」

「どんな点滴ですかそれ!?」


 そしてどんなことがあろうと考えてたんだ!?
 永琳さんは天才なのでたまになにを考えてるかよく分かりません!


「だからまあ、しばらく安静にしてれば、もう私が来なくても大丈夫よ。包帯の交換ぐらいは……あなたに任せてもかまわないわよね?」

「ええ、むしろお任せください!」


 幽々子さまからルーミアさんの世話を申しつかれたのだ。
 それに、もし言われなくとも私自ら志願した。
 私は力こぶを作るような仕草で永琳さんに自らの気合の程を見せる。
 永琳さんは、私の意気込む姿を微笑んで眺めてくれた。


「ふふっ、頼もしいわね。じゃあお任せするわ。
 あ、注意事項として……彼女、能力使う時に傷に差し障るみたいだから、極力使わせないように」

「はい、了解です」

「それじゃあ彼女のこと、お願いね」

「はい! どうもありがとうございました」


 永琳さんはウィンクを送りながら、私にルーミアさんを任せてくれた。
 私にとってそれは償いにもなり、頼られることにもなり、より一層の気合が入る。
 もう一度お世話になったお礼にと、半身の「私」と共にお辞儀をしながら永琳さんを見送る。
 永琳さんも、どういたしましてと、にこりと微笑んで返してくれた。
 うーん、月の異変の時は大変だったけど、知り合いになれて本当に良かったなぁ。


「それにしても、あの子……ルーミアちゃんだっけ?」


 玄関で靴を履き、立ち上がる永琳さんは……ほんの少し空を仰いで、まるで物思いにふけるように独り言を呟いた。


「あんな可愛い子、女の子のはずないと思ったんだけどなぁ……」


 えーりんさんは天才なのでたまになにをいっているのかわからなくなります。












 永琳さんを見送った後、私も食卓に加わって、私はやっと本格的な食事にありつけた。
 ルーミアさんは食べてる最中だったので、一緒に食べることとなる。
 幽々子さまは食事がお済みのはずだったのに、一緒に食べていた。

 ルーミアさんは食べることに夢中で、特に話すことはなかったが、それが元気の証明と思えば、別にいやなものではなかった。加害者として。
 幽々子さまは食べることに夢中で、特にコメントすることはなかったが、あんたさっきメシ食ってただろ。

 ルーミアさんは見た目は幼い少女の外観をしているのだが、かなりの量を瞬く間にたいらげてしまった。
 単に空腹というだけでは説明のつかない量を食していて、それで彼女は確かに妖怪だったということをまた実感する。
 幽々子さまと良い勝負だった。幽々子さま元人間のはずなのに……。

 食事の後、彼女は客間の方でゆっくり休むことになる。
 能力は使用しないように、との医師からの忠告もあり、日の光に弱い彼女は昼を眠って過ごすことになった。
 そんな訳で、ルーミアさんは今部屋で休んでいる。
 苦手な日光が納まる夜になるまで、恐らくは部屋で眠りっぱなしだろう。
 私は、いつもの生活に戻った。












「はっ! やっ! はぁっ!!」


 庭で、愛刀・楼観剣と白楼剣の二刀を振るい、祖父より教えを受けた魂魄流の型をくり返していた。
 時刻は夕刻。広い庭の手入れを終え、その後わずかばかりの休憩を取った後、屋敷に面した庭で日課である夕刻の鍛錬を行っていた。
 朝がウォーミングアップや基礎訓練が目的なら、夕方は実戦的な型稽古。
 こちらは真剣を使い、より実践的な動きを鍛えるのだ。

 ルーミアさんが降って来たのが朝で本当に良かった……。
 もし夕方に振って来られていたら、私は真剣で彼女を迎え撃っていた……ヘタすりゃ今頃真っ二つ……。
 ああ、二刀で十字に裂いて4分割にしてたかもしれない……。

 恐ろしい想像に、身震いが沸き立つ。
 ありえた未来だからこそ、より恐怖を覚えた。

 いけないいけない、修行中は余計なことを考えず精神を集中せねば。
 剣の道は心の道。心を乱しては剣も乱れ、鍛錬にも十分な成果も得られなくなってしまう。
 私は改めて精神を研ぎ澄ませて、剣を振り続けた。


「はあぁッ!!」


 一通りの型をこなし、最後に気合を入れて剣を振りぬく。
 これにて今日の分の鍛錬は終了となる。
 両手に持った剣を鞘に収めて、締めくくりに誰もいない空間に向けて一礼をした。
 剣の道は礼節にあるためか、なんとなくクセのような感じでいつもやっていた。

 と、その時。
 ぱちぱちぱち。
 私の一礼に向け、いつもはない手を叩く音が耳に届いた。
 顔を上げてみると、いつの間に居たのか、屋敷の縁にルーミアさんが立っていた。
 傾いた日差しは赤い景色を生み出し、黒い彼女の服と、頭や腕に巻かれた包帯を赤色に染めていた。


「よーむちゃん、カッコイイー!」

「えっ!? あ、ありがとうございます……!」


 私がルーミアさんに気づくなり、無邪気な声で褒め称える言葉が届く。
 普段褒められ慣れてないせいか、突然のその言葉が、妙にくすぐったい気持ちになる……。


「ルーミアさん、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうですか……それは良かった」


 包帯姿の彼女が出歩いてることを心配に思った、回復促進剤というのが効いているだろう。
 動くことはケガに差し支えはないように見えた。


「まだ頭痛いけど」


 ほんっとごめんなさい。


「冥界にもお日様あるんだね」


 少し、残念そうな声が届いた。
 大分陰っている太陽の光に、彼女は眩しそうに、苦々しい表情を浮かべている。

 私もよく分かってないが、冥界にも日月の影響が出る。
 彼女にとっては、冥界はその影響を受けない方が好ましかっただろう。
 そのため、日が傾く今なるまで暗い部屋に閉じこもり、日が沈むのを待っていたのだから。


「このくらい日が沈めば大丈夫なのですか?」

「うーん……本当は、もっと閉じこもっていたいんだけど……」


    きゅるるる……


「……おなか、空いちゃって……」


 朝ほど盛大でなく、小さく可愛らしくお腹を鳴らして、彼女は答えた。
 なるほど、確かに満腹中枢は刺激されていないようだ。さすが永琳さん。
 お腹を押さえながら恥ずかしそうに言葉を口にしたルーミアさん。
 顔が赤いのは、きっと夕日の光が反射しているせいだけではないだろう。
 彼女には悪いが……なんだか少し、和やかな気持ちになれた。

 ふと、彼女の視線が、沈みかけた太陽から、いつの間にか私の周りをふよふよ浮いている霊魂に向いていることに気づく。
 ……ああ、そういえば私の自己紹介はしたが、細かいことはまだ全然伝えてなかったな。
 思い出し、私は「私」を彼女に紹介する。


「この子ですか? この子は私の半身です」


 私の言っている意味がよく分からない、といった感じに首を傾げるルーミアさん。
 しかし、そのままの意味なのだから、そう理解してもらうしかない訳で。
 まあ、私もそれなりに特殊な存在だから、すぐには理解できないのも無理はないか……。


「そういえばまだ話してませんでしたよね。私は亡霊ではなく半人半霊。半分幽霊なんです。その私の幽霊の部分がこの子です」

「そーなのかー」


 両手を広げて、驚きと感心を同時に浮かべたような、キラキラした眼差しを浮かべる。
 ……なんだろう、こんな風に感心されたことなんてないから……ちょっと嬉しい、かも。


「へー、よーむちゃんはすっごいねー。半分幽霊だったり、すっごく剣が上手かったり」


 体力が回復したからか、それとも幽々子さまという「お偉い様」のプレッシャーがなくなったからか。
 無邪気に感心する姿は、最初見た時感じたしおらしい印象よりもハツラツとしてて、見た目相応にらしいと感じた。
 きっと、これが本来のルーミアさんの姿なんだろう。堅苦しさもなくのびのびとした姿が、私の胸を軽くした。
 私のことも、言った通りに「ちゃん付け」で呼んでいる。
 私も勢いに任せて言ったとは言え、これで彼女が私にとっつき易くなってくれるなら、それに越したことはない。


「いえ、このくらい。お嬢様の剣の指南役として、腕を鈍らせるわけには行きませんからね」

「しなんやく? ……あれ? 庭師さんじゃないの?」


 つい、先程の紹介と違うことを言ってしてしまい、ルーミアさんの首をまた傾げさせてしまった。
 まあ、言ってしまった手前だし……と、簡単に事情を説明する。


「ええ、私、本来は幽々子さまの指南役だったんですが……幽々子さまに全然やる気がなくて……。
 やれ剣術なんて必要ないやら、やれ頼りにならないやら……結局、この刀で庭の手入れをする始末です」

「そーなのかー」


 頭を抱えながら、うちのお嬢様の怠惰ぶりをつい彼女に愚痴ってしまった。
 無邪気な姿に、全てを聞き入れてくれる印象でも受けていたのか、本当に軽い気持ちで。
 余所者に身内の恥を晒すのも、使用人としてはまあ宜しくないんだろうけど……
 私だって思うところはある訳で、こう……つい言っちゃうことだってあると思う!
 人間だもの。半分人間だもの。
 ああ、なんか目の奥熱くなってきた。
 泣いちゃダメよ、魂魄妖夢。


「そんなことないよ! よーむちゃんはすっごい頼りになる!」

「え!?」


 すると、彼女は真剣に、私のことを励ましてくれた。
 無垢だからこそ、より本心なんだと実感でき、ただ純粋なエールが、より強い励ましに変わる……。


「い、いえ……私なんてまだまだ半人前で……」

「ううん、全然すごいよっ! 今の剣術だってすっごくかっこ良かったし!」


 口では謙遜しながらも、内心はすごく嬉しかった。
 私にだって今まで積み上げてきた鍛錬の日々があり、そこに対する自尊心もある。
 幽々子さまなんて、剣技自体を褒めてくれたことないし……だから余計に、誇らしかっ


「なによりあの私の頭を打ち抜いた一撃は生半可じゃくり出せないって分かるよっ」


 はい自尊心ズガーンっ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「わわっ!? ごめんなさい、謝らないでーっ!?」


 落ち込む私に慌てて、広げた両手をバタバタさせながら必至で言葉を取り繕う。
 まあ……励ましたかったってことは分かっていたし、ここはその気持ちだけ汲み取って、元気を貰うのが得策だろう。
 得策……分かってたからって罪悪感なんてそう簡単になくならないです! うーしくしく。


「でも残念だなぁ……。途中からだったから、カッコいいよーむちゃんは最後のちょっとしか見れなくて……」

「まあ、今は体を治すことに専念してください」


 本当に残念そうに、呟くルーミアさん。
 ここまでの何気ないやりとりで、彼女が素直な性分だということを理解したから、その言葉の真剣みが十二分に伝わった。
 半人前の私の剣技なんかを讃えてくれるだけじゃなく、見たかったとそこまで残念そうにされるのも、
 嬉しいような申し訳ないような複雑な心境ではあった。
 そして、少し残念そうだった顔を、なにか期待を含んだそれに変え、彼女は言った。


「ねぇ、また見に来ても良いかな?」


 心が、弾んだ。















更新履歴

H21・4/4:完成
H21・4/28:修正


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