貴女が変えた私の心
















その日、私はいつものようにマスターのラボでマスターの手伝いをしていた。

「そういえば、もうすぐ白雪ちゃんの誕生日ねぇ」
不意に、マスターがそんなことを口にした。
別段私に語りかけたわけではなく、単なる独り言だったのだろうが、私はマスターのその言葉に作業の手を止めていた。


白雪様――――十人以上もいるマスターの姉妹の一人で、去年の末に私の恋人になった方だ。

白雪様から告白されて、私はそれを受け入れたのだが、特に何が変わったわけでもない。
せいぜい、白雪様の買い物に私が付き添うようになった程度だ。
はっきりいって、恋人らしいことはなにもしていない。
それでもやはり、マスターの言葉に反応してしまうくらいには意識しているらしい。

「…いつですか?」
「うん?」

私は咄嗟に聞き返していた。
マスターは一瞬、何のことだか分からなかったようだ。

「白雪様の誕生日です」
改めて私は趣旨が伝わりやすいように、質問する。
しかし…

「ああ、それね…っていうか、あんた恋人の誕生日も知らないの?」

呆れ気味そう言われた。

「まずいでしょうか」
「まずいっていうかね、普通自分の恋人の誕生日にはプレゼントをあげるもんでしょ?」

それが、誕生日を知らないなんて…―――と、マスターは私に信じられないものを見るような目を向けてくる。

それは別にどうでもよかった。問題はそこではない。
「プレゼント…ですか」
確かに、誕生日にプレゼントを贈るのは当然といえるだろう。相手が恋人なら尚更だ。

「メカ鈴凛…ひょっとして、何をあげたらいいか分かってないでしょ」

直接的なマスターの問いかけに、私はうなずくしかない。

そもそも私は誰かに何かを贈ったことがない。
強いて言うなら、マスターに労力を提供しているくらいだ。
今までの私なら、誰かに物を送ることなど考えなかったし、考える必要もなかった。

それは、私が人間でないから――――――マスターによって造られた機械の一つでしかない。
もっとも私はさまざまな点で他のメカと異なっているが。

そういうわけで、今まで誰かの誕生日がきても、私はパーティの準備を手伝う程度だったのだが、今回はそうはいかないだろう。

「どんなものを贈ったらいいでしょうか?」

私は素直にマスターのアドバイスを受けることにした。
マスターは鞠絵様と付き合いだしてから長いので、私より豊富な恋愛経験をもっているはずだ。

「うーん、白雪ちゃんだから…やっぱり料理関係のものがいいんじゃない?」
…まあ、安易だが妥当な線だ。
寧ろ突飛な物を提案されるよりはいいだろう。

「当然手作りでね」
付け加えるようにマスターが言った。

「手作り…ですか?」
「モチロン。特別な人の誕生日なら、それくらいのことはしてもいいでしょ?
その方が心もこもるしね」
「科学者がそんな非科学的なことを言ってもいいんですか?」
「それとこれとは話が別よ。もらう方にすれば、手作りの方が嬉しいって思うモンなの。
それに、手作りのものをプレゼントすれば、相手との距離も一気に縮まるしね」

まあ、確かにそういうものかもしれない。

しかし、手作りのもので、それも今から準備するとなると、できるものが限られてしまう。
そもそも料理に関係するものと言っておきながら、手作りのものにしろ、と言うマスターも相当矛盾しているのではないだろうか。
まさか包丁を作って送るわけにもいかない。

「そんなに難しいものじゃなくてもいいんじゃない?ようは気持ちがこもっていればいいんだから。
お金とか手間とかは…あんまり少ないのも問題だけど、そんなに気を使わなくてもいいと思うよ」
「年中金欠のマスターらしい意見ですね」
「あんたアタシをなんだと思ってるの?」

……と、そんな話し合いの末、エプロンを贈るのがいいのではないか、ということで落ち着いた。

白雪様は料理を造るのを生きがいにしている。
いつもは既存の料理に多少のアレンジを加えたものを作るが、稀に自分で考えた料理を作ることがある。
そのような場合、当然手本にすべきマニュアルがないわけだから、失敗してしまうことがある。
いや、寧ろ失敗することの方が多いように思う。
マスターの方が派手な失敗をしている所為で目立たないだけだろう。
そういった失敗の所為で、白雪様のエプロンには、ところどころにしみや焦げあとがついている。
だから、新しいエプロンを作ってプレゼントする、というのはなかなかいい案に思えた。

「しかし、私は裁縫の類は一切経験がないのですが」
いつもマスターの手伝いをしているが、それは機械関連のことばかりで、裁縫などといったことはまったくやったことがなかった。
私に記憶されているデータも、それなりのものを作ろうとするには心もとない。

「大丈夫よ。メカ鈴凛は手先が器用だから、こつを掴めばすぐできるようになると思うよ。
なんなら、鞠絵ちゃんにも手伝ってくれるように頼んでおこうか?」
「…お願いします」
確かに鞠絵様なら大丈夫だろう。
時々誰かの破れた洋服を繕っていたりしているから、春歌様と並んでそういったことが得意なのだろう。


そして、私は鞠絵様の指導のもとで白雪様への誕生日プレゼントを作り始めた。



























そして、2月11日。白雪様の誕生日。
プレゼントは滞りなく完成した。
鞠絵様はしっかり要点を押さえて指導してくれて、尚且つ“私”からのプレゼントになるように、肝心なところには手を出さないでおいてくれた。


パーティが始まってしまうと渡す暇がなくなるだろう、というマスターの意見で、私はパーティがはじまる前に白雪様を呼び出すことにした。



「どうしたんですの?メカ鈴凛ちゃん」

白雪様が尋ねてくる。
私はマスターのラボに続く通路に白雪様を呼び出していた。ここなら誰かに邪魔されることもない。
そして私はゆっくり口を開き―――――――

「………」

―――――――なんと切り出せばいいのか分からず、なにも言わずに口を閉じた。

…どうやら、最後に重大なミスを犯していたようだ。
なんと言って渡すのかをまったく考えていなかった。

「メカ鈴凛ちゃん?」

なにも言わない私を不信に思ったのか、白雪様が私の顔を覗き込んでくる。
こんなときはどうすればいいのだろう。
自分に表情を変える機能がなくてよかったと思う。もしあったらそれこそ火が出る勢いで赤くなっていただろう。

「そ、その、今日は白雪様の誕生日ですので…ぷ、プレゼントを……」

どうにかそれだけ言って、丁寧にラッピングされた包みを差し出す。
白雪様は一瞬きょとんとしたようだったが、すぐに笑顔になると私が差し出した包みを受け取った。

「ありがとう、メカ鈴凛ちゃん

……何故だろう。白雪様の笑顔からは、他の誰にも感じることのない眩しさのようなものを感じる。

開けてもいいかと尋ねる白雪様に首肯で答えると、彼女は早速包みを開けて、中に収まったエプロンを広げた。

「うわぁ〜……♥♥

…気に入ってもらえたのだろうか。
自分ではよく出来たと思うのだが、肝心の白雪様に気に入ってもらえなければ意味がない。

白雪様は暫くそれを眺めていたが、やがて沈黙を破って訊いてきた。

「これ、メカ鈴凛ちゃんが作ってくれたんですの?」
「はい。鞠絵様に教えていただきながら、ですが」

私の答えに白雪様は嬉しそうに目を細める。

「気に入っていただけましたか?」
ついに耐え切れなくなって、私は尋ねた。

「もちろんですの!メカ鈴凛ちゃんからプレゼントをもらえるなんて……このお返しは必ずしますから、メカ鈴凛ちゃんの誕生日を教えて欲しいんですの」

よかった………と思う間もなかった。

私の誕生日。
まさかそんなことを尋ねる人がいるとは思わなかった。
「…お気持ちは嬉しいのですが、私には明確な誕生日がありません。構想、設計、組み立て、起動、改良…どの時点で私が“生まれた”のか、一概には言えないのです」

それを聞くと白雪様は、少し―――見逃してしまいそうなくらい、ほんの僅かに―――悲しそうな顔をした。
そして暫く何事かを考えたあと、何かを閃いたらしく私の手をとってきた。

「誕生日が決まってないんだったら、今日をメカ鈴凛ちゃんの誕生日にすればいいんですの!!」

私の中で、去年、白雪様から告白されたときの映像がフラッシュバックした。
そうだ、いつでもこの人は私が予想もしないことを言い出すのだ。
マスターが同じようなことを言ったのなら、適当すぎると突っ込んでいるだろう。
鞠絵様に言われれば、不相応だと言って辞退する。

なのに、白雪様に言われると、私はまったく否定できなくなる。

何故だろう。

この人のことをもっとよく知れば答えが見つかるかも知れない。

白雪様の告白を受け入れたときも、そんな思いがあった。
だが、私はまだ答えを見つけていない。
今も、白雪様の言葉と何かわからない、あるわけのない、聞いたことがあるだけな筈の“感情”のようなものに翻弄されている。
分かることは、それが決して不快なことじゃない、ということだ。

白雪様の言葉はいつも私を惹きつける。
私のAIに組み込まれた学習システムの一部である知的好奇心が白雪様のことをもっと知りたいと言っている。

明らかに、数ヶ月前の私とは違う。以前の私なら、こんなことは考えなかった。


「ありがとうございます。…お誕生日、おめでとうございます。白雪様」


白雪様と一緒にいれば、いつかこの気持ちの正体が分かるのだろうか?……確かめてみたい。


「ありがとう…プレゼントは用意できなかったけど、お誕生日おめでとう、メカ鈴凛ちゃん♥♥♥


満面に笑顔を浮かべる白雪様を見ながら、私は自分の中で何かが変わっていくのを感じた。













                                            fin



 


作者のあとがき

多くの方ははじめまして。そうでない方コンニチハ。瑯です。ろうと読みます。
突発的に白雪の誕生日ネタが思い浮かんだので書いてみました。
如何でしたか?
書き始めたのが誕生日当日の朝という、なんだかとんでもない話です。
しかし、思った以上に重要な話になりましたね。
このシリーズのなかで書きたいしらメカの基点になりそうな感じです。
…書くことないのでこの辺で(適当すぎ
最後に、このSSを読んでくださった皆さん、ありがとうございました!!
そして誕生日おめでとう白雪!!


なりゅーの感想

なんですかこの傑作は!?
うまいです、上手いです、巧いです!!
メカ鈴凛の心情が、機械的で、しかも成長を見せていることを上手に描写できています!

機械的だからこそ、理に適わないことを考えつきはしないし、
そんなことお構いなしに押してくる白雪など、もう全体的にうまいですっ!
お堅い文章も、メカ鈴凛ならではの一人称SSでしょう。

ところどころの細かい部分も巧みです!
前回の告白から、関係は変わっても特になにも変わっていないところは、
なんだかメカ鈴凛らしいと心底思えました(笑
表情を変えられないことも上手く利用されています!
他にも鈴凛、メカ鈴凛による漫才や「包丁を作って送るわけにもいかない」など、
ところどころが気に入りました!
なんて言って渡せば良いか分からなかったメカ鈴凛はとても可愛かったです(笑

本気で、メカ鈴凛の描き方に感心してしまうほど良い作品を、どうもありがとうございましたっ!!
 


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