ゆらゆらと、電車に揺られる。
最寄の駅を出発してから既に1時間以上、私はこの席に座っている。
1時間。言葉ではたった3文字でしかないけど、その時間だけで随分と遠くへ来た。
それを一番実感させるものは車内アナウンスではなく、窓の外に広がる景色。
ビルや道路の硬い人工物から、木々や青空といった柔らかい自然へと変わっている。

「………んっ。いい風」

窓を開けると、春の心地よい風が頬を優しく撫でる。
それがとても心地よくて、何だかその優しさがとても懐かしい気がした。
ビルに囲まれた街中では、中々味わう事のない心地よさ。
本当に、豊かな自然に囲まれたこの土地は、様々なものを包み込み癒してくれる。
疲れも、苦しみも、悲しみも。何もかも、拒む事なく全てを。
まるで母親のように、泣いて縋り付く子供達を優しく、優しく包み込んでくれる。そして――――










――――あの娘の事も。



















 

いとおしい人のために




















愛おしい人の為に、自分は何ができるのだろうか?

そんな疑問を持った事はないだろうか。
人には、誰にだって愛おしい存在がいる。
それは家族であったり恋人であったり、その人によって異なる。
だけど、そんな人の為に何かしてあげたい。そう思う事はきっとあるはずだ。
困っているところを助けたい。泣いているところを励ましてあげたい。何か力になりたい。
大切な人だから。何よりも掛け替えのない存在だから。誰よりも愛おしい存在だから。

でも、人は――――無力だ。
自分が思っている程、人は自分ひとりでは何もできない。
人ひとりができる事というのは、以外と少ないもの。できない事の方が遥かに多い。
だから人は助け合って生きている。自分ひとりではどうしようもない事を、誰かに支えて貰っている。
字の通り『人』は人と支え合っている。この世に全てをひとりで賄える人なんて存在しないのだ。

私だってそう。
私は12人姉妹の長女として生まれた。
長女として、妹達の事を大切に大切に想い護ってきた…………つもりだった。
だけど私は無力だ。勉強もスポーツもできる。料理などの家事はちょっと苦手だけど、できない訳ではない。
大抵の事はこなす事ができる。だけど肝心な時、そんな私の力では何もできなかった。
私は無力で弱い人間だ。あの子が…………鞠絵が苦しんでいる時、私は何もできなかった。



鞠絵は現在入院している。
幼い頃に発病した病気が原因で、もう何年もこの地で療養生活を送っている。
ここは市内とは違い自然に満ち溢れた場所。ゆっくりと療養するには打ってつけの場所と言える。
ただ、交通の便が悪い。私達家族が暮らしている妹姫から、電車など使って2時間はかかるのだ。
当然、交通費だって馬鹿にはならない。時間的にも金銭的にも、気軽にお見舞いに来れない。
家族皆でお見舞いに来れるのは、精々月に一度が限界。それ以外は電話やメールで遣り取りをしている。
でも、メールや電話では気休め程度にしかならない。寂しさは、直接触れ合って事消えるもの。
言葉だけの励ましなんて意味がないのだ。寧ろ逆に、寂しさ辛さ、悲しみを増加させる。
だから私は、毎週必ずお見舞いに行っている。皆が来れない分、長女である私が鞠絵を支える。
私には鞠絵の病気を治す事はできないから。せめて、自分ができる範囲で鞠絵の支えになりたいのだ。





でも、私は無力だ。
私だけでは、鞠絵を支えてあげる事は――――できない。





入院してからの鞠絵は、徐々に笑顔がなくなっていった。
イヤ。前以上に笑顔を見せるようにはなったけど、それは本当の笑顔ではない『仮面』だった。
鞠絵は明らかに作り笑いをしていた。辛さや寂しさを感じさせないように、私達に笑顔を見せていた。
それは鞠絵らしい行動。鞠絵の性格上、そんな負の感情を表に出す事はあまりない。
余計な心配をさせないように、鞠絵は私達に笑顔で接していたのだ。
でも、そんな鞠絵の心遣いは逆に痛々しく感じられた。

私は、鞠絵に笑顔を取り戻して欲しかった。
それは仮面を被る事で生まれた作り笑いなんかじゃない、本当の笑顔を。
とても穏やかで優しい――――そう、春の陽気のように温かく包んでくれる笑顔だ。
私にとって鞠絵はとても大切な妹。勿論、他の妹達だって大切な存在だ。
でも、どうしても私は鞠絵の事を特別視してしまう。その理由は、正直よくわからない。
ただ、私は鞠絵に惹かれている。鞠絵が見せてくれるその笑顔が大好きだ。
好きだから。それが、私が鞠絵を特別視してしまう理由なのかもしれない。

だから私は、他の姉妹よりも多く鞠絵のお見舞いに行った。
お見舞いに行って、鞠絵の中にある寂しさや辛さを取り除いてあげた。
時間やお金の事はどうでもよかった。そんなものよりも、私は鞠絵の事が大切なのだ。
ただ、流石に毎日は無理だから、お見舞いに行くのは毎週日曜日と決めている。
そしてそれ以外の日は、アルバイトをして交通費を稼ぐようになった。
当然、バイト代は全て鞠絵の為に使った。自分の為の物なんて何も買わない。
流行の服や化粧品なんていらなかった。それよりも、少しでも多くの時間を鞠絵と過ごしたかったのだ。

「あれから、もう1年か……。
 意外と早いものね。時が過ぎていくのなんて………」

――1年。
それは、私が鞠絵のお見舞いに毎週行くようになってから今日までの年数。
正確に測った訳じゃないから前後するけど、大体それ位の月日が流れたのだ。
正直、意外と早く感じる。今まで1年の月日は、長く感じられていたのに。
やっぱり今までみたいに、のんびりとした日々を過ごしていないから、そう感じるのかもしれない。
今の私は時間が幾らあっても足りない。特に、お見舞いの日はもっと一日が長くあって欲しいと思う程だ。
本当に月日が流れるのは早いと思う。だけどその早く感じた月日の間に、鞠絵は随分回復した。
まだ入院生活は続いているけど、昔みたいに発作で苦しむ事は少なくなった。
この調子なら年内に退院も可能だと、主治医である霧島葵先生が言ってくれた。
それは鞠絵にとって生きる希望になったのは言うまでもない。
そして、最近の鞠絵はよく笑顔を見せるようになった。
仮面を被る事で生まれた作り笑いなんかじゃない、私が愛したあの優しい笑顔だ。

私は嬉しかった。
鞠絵は絶望を乗り越え、未来をしっかりと掴んだのだ。
もう寂しさや悲しさ、辛さに涙していた頃とは違う、鞠絵は心の底から笑えるようになった。
嬉しかった。本当に嬉しかった。嬉しさのあまり、私は涙を流した程だった。










――――だけど。










私は嬉しい反面、悲しかった。
確かに鞠絵は笑顔を取り戻した。でも、それを可能にしたのは私じゃない。
鞠絵本人は今の自分があるのは私のおかげだと言ってくれたけど、私は知っている。
私の他に、私以上に鞠絵に生きる希望を与え、笑顔を取り戻してくれた人がいる。それは――――

「……あら? 鈴凛、ちゃん?」

目的の駅に到着し、私は電車を下りた。
鞠絵の入院している病院は、この駅から更にバスで30分程かかる場所にある。
勿論、1年も通った道なので、そのバスの発車時刻などはキチンと把握している。
次の発車時刻は約10分後。ちょっと時間はあるけど、それはまぁ仕方ない。
私は荷物を片手にバス停へ向かおうとしたその時だった。鈴凛ちゃんの姿を見つけたのは。

「鈴凛ちゃん?」

「……え? あ、咲耶ちゃん?」

私が声をかけると、鈴凛ちゃんは少し驚いた様子だった。
でも、正直驚いたのは私の方だった。だから訊かねばならない。

「どうしたの………って、訊くまでもないけど鞠絵のお見舞いよね?」

「う、うん。咲耶ちゃんはって………訊くまでもないね」

そりゃ、私が鞠絵のお見舞いに行くのは日課ですから。
私は笑ってそう答える。私が鞠絵のお見舞いに行くのは既に日課になっている。
その事は家族は皆知っている事。勿論、今私の目の前にいる人物も知っている。
だから、鈴凛ちゃんの質問は無駄な質問だ。でも、私の質問は無駄ではない。何故なら。

「ふ〜〜ん。鈴凛ちゃんもお見舞いねぇ」

「な、何?」

「別に。私としては、鞠絵のお見舞いに来てくれる事は大歓迎よ」

鞠絵は遠く離れたこの地で療養生活を送っている。
それは仕方ない事だけど、鞠絵に寂しい思いをさせている事には変わりない。
そこで、お見舞い来る事で、そんな家族と会えない寂しさを少しでも和らいであげたいのだ、私は。
だから鈴凛ちゃんがお見舞いに来てくれる事は大歓迎だ。しかしだ――――

「ただ、皆から資金援助の名目で借金地獄に陥っている鈴凛ちゃんが、
 交通費だけでも英世さんが5人は必要なのによく来れたなぁ……って思っただけよ」

「うっ……」

「おまけに来月のお小遣いの前借どころか、私に諭吉さんも借りたのに。
 確かこれで諭吉さんの人数って、私達姉妹と同じになったんじゃないかしら?」

「うぅっ……」

「それなのに英世さんを5人も使って鞠絵のお見舞いに行ってくれるなんて。
 お姉さん、本当に感動したわ。姉の鏡ねッ。………………今月は、もうお金の貸し借り禁止」

「…………ゴメンナサイ。いつか頑張ってお返し致します」

「そう? それじゃ、あまり期待しないで待ってるわ」

私のトドメの一言に、鈴凛ちゃんは撃沈。

鈴凛ちゃんは私達姉妹の中で一二を争う浪費家。
趣味である発明――私から言わせれば玩具作り――の為に、結構な額のお金を使い込んでいる。
あまりな額に自分のお小遣いだけでは足りず、私や千影にたんまりとお金を借りている。
その額は、今私が言ったように諭吉さん12人分。まだ学生の身分の癖に、何借金生活を送っているんだか。
おまけにバイトもしていないから、返済の宛なんてある訳もない。私や千影は既に諦めている。

「はぁ。何だか近い将来、ヤミ金に追われてそうで怖いわ」

「や。幾ら何でもそれはしないって……………………たぶん」

「何? 今小さく何か聞き捨てならない一言が聞こえたけど?」

「な、何でもないですッ」

ブンブンと、首を勢いよく振って鈴凛ちゃんは否定する。
だけど確かに聞こえたわよマイシスター。『たぶん』って言葉が。
うん。この娘にカード類は絶対持たせたらダメだ。絶対にカード破産するのが目に見えてる。

「全く。返す宛もないのなら借りない。
 よく聞くでしょ? ご利用は計画的にって」

「宛が全くない訳じゃないよ。
 月に一度、フリマで発明品売ってるんだから。いつか倍にして返すよ」

「発明って………あの玩具が? 売れるの?」

鈴凛ちゃんがフリマに参加しているのは知っている。
フリマとかいった中古品を扱う場所なら、定価よりも遥かに安く物が手に入るからだ。
お金をあまり使えない、更に中古品が気にならない鈴凛ちゃんにとっては、その方が都合がいいのだろう。
ただ、そのフリマであの玩具たちを売っていたのは知らなかった。でも、本当に売れるのか疑問。
我が家にある鈴凛ちゃんの発明品の数々は、大半が数回使用しただけで壊れてしまうからだ。
勿論、全部が全部そうではないけど…………うん。ゴメン。私はあまり欲しいとは思えない。
まぁ。ゼンマイ仕掛けで動くロボットとかは、子供が喜びそうだから売れるかもしれないけど。

「でも、元は取れるの? 材料費とかの方が高いんじゃ………って、何、どうしたの?」

見ると、鈴凛ちゃんは体育座りをして『の』の字を書いていた。
おまけに耳を澄ませば「玩具じゃないよ。ちゃんと売れてるもん」って呟きが聞こえてくる。
うわぁ。何だかブロックワードを口にしてしまったみたい。鈴凛ちゃんの周辺だけ、黒いオーラが漂ってる。
どうやら『玩具』発言が悪かったみたい。ゴメン。でも、こんなところで落ち込まないで欲しい。

「ちょっと、発言的には私が悪かったけど、こんなところで落ち込まないでよね。
 人の邪魔になるし、何よりもバスの発車時刻までもうないんだから。ホラ、行くわよ」

バスの発車時刻までそんなに時間はない。
おまけにその次のバスは30分後。はっきり言って時間的に余裕はないのだ。
でも、鈴凛ちゃんは落ち込んだまま。仕方ない。私は動こうとしない鈴凛ちゃんの首根っこ掴んでバス停へ向かう。










「全く。時間は限られているのよ?
 『Time Is Money。時は金なり』って言うでしょ?
 私には無駄に過ごす時間はないの。そんなものがあったら、全て鞠絵の為に使うんだから」

「………ゴメンナサイ」

病院へと向かうバスの中、私はお説教モードになっている。
私に時間はない。一分一秒が惜しい。限られた時間の中で、私は鞠絵との一時を楽しんでいる。
だから予定外の事で無駄な時間を浪費したくない。さっきだって、最悪バスに乗れなかったかもしれないのだ。
本当ならあのまま置いて行ってよかったのだけど、鈴凛ちゃんがああなった原因は私もある訳だし。
それに、まぁ………理由は他にもあるけど。

「それで、誰に交通費借りて来たの?」

「借りるの前提なの、アタシって」

「違うの?」

「アタシだってお金ばかり借りてる訳じゃないよ。ちゃんと自費なんだから」

エッヘンと胸を張る鈴凛ちゃん。
だけどそれは普通の人には当たり前の事な訳で、全く自慢になっていない。

「ふ〜〜ん。そう。
 じゃあ、家に帰ったら皆に『今後は鈴凛ちゃんに資金援助しなくていい』って言うわね」

「ゴメンナサイ。嘘付きました。
 全くもって咲耶ちゃんの通りであります。春歌ちゃんにお借り致しました」

あっさりと、鈴凛ちゃんは白状した。
まぁ。金銭面ではかなり弱い立場にある訳だから、仕方ないだろう。
しかし予想通りお金を借りていたとは。今度、じっくりと“お説教”してやろうかしら?
そうでもしないと、借金、返済、浪費の三拍子がいつまでも続いてしまう気がするわ、この娘は。

「それにしても春歌ちゃんにねぇ。
 よく貸してくれたわよね。あの娘、そういうの大嫌いだし」

「うん。貸してくれたけど………1時間、こってりと絞られました」

「まぁ。そうでしょうね」

やれやれと溜息を零す。
春歌ちゃんは、私達姉妹の中でも最も真面目で固い性格の持ち主。
その性格の所為か、借金スパイラルに陥っている鈴凛ちゃんの事が気になって仕方ないらしい。
あ、当然悪い方の『気になっている』で、別に百合の花が咲き乱れたりはしていないので、悪しからず。
話を戻すが、そんな鈴凛ちゃんの堕落し他力本願な姿に一度リミットブレイクして、大説教が行われた。
うん。あれは凄かった。いや。凄い何て言葉で片付けられるようなものじゃない。今でも鮮明に思い出せる。
あの破壊神阿修羅と成り果てた撫子さんと、泣きながら正座するプチマッドサイエンティストの姿が。

「後、鈴凛ちゃんも。
 よくあんな目に遭っておいて、春歌ちゃんに借りる気になったわね」

「だって仕方ないよ。
 咲耶ちゃんや千影ちゃんにはこの前借りた手前、また貸してなんて言い難かったし。
 他の皆は年下だからやっぱり借り難いし。フリマの売り上げも…………悪かったし」

「成る程。それで仕方なく、春歌ちゃんにねぇ」

「……うん」

納得はした。
鈴凛ちゃんがお金を借りるのは、大抵私か千影。
それは私と千影がバイトをしていて、他の皆よりも経済力が上だから。
後、一応四女の立場にある鈴凛ちゃんは、お姉さんのプライドから他の妹には借り難かったらしい。
だけどつい最近、私と千影にお金を借りた鈴凛ちゃんはまたお金を貸してと言い出し難く、
更には頼りにしていたフリマの売り上げが悪く、仕方なく玉砕&説教覚悟で春歌ちゃんに相談。交通費を借りた訳か。

しかし、貸す春歌ちゃんも凄いけど、そんな春歌ちゃんに借りた鈴凛ちゃんはもっと凄いと思う。
普通なら、前に一度あそこまで悲惨な目に遭っていたら、もう借りようなんて思わない。
だけど鈴凛ちゃんは敢えてそれをした。それも自分の為、発明の為ではなく鞠絵の為にだ。
その事だけは凄いと思う。トラウマに打ち勝った事だけは。…………まぁ。やってる事は借金だけど。

「ふ〜〜ん。愛の為なら多少の犠牲は厭わないって訳ね」

「えッ いや、その、あ、ああああ愛なんてそんな、アタシはッ」

「でも事実でしょ?
 それとも何? 鞠絵との事は遊びだったって言うの?
 もしそうなら、私の鞠絵から純潔を奪った報いを受けて貰うけど?」

ワザとらしく指をパキポキと鳴らす。
勿論、本当に暴力を振るう訳ではない、ただのパフォーマンス。
第一そん事をしなくても、鈴凛ちゃんの抱いている鞠絵への想いは知っている。
ただ、鈴凛ちゃんの事をちょっとイジメたくなっただけだ。

「それでどうなの? 鞠絵の事をどう想ってるのよ? 言わないと………」

「そ、それは当然好きだよ。アタシ達、恋人同士なんだし」

真っ赤になりつつも、鈴凛ちゃんは答えた。

――――そう。
鈴凛ちゃんと鞠絵。ふたりは恋人同士だ。
当然、それは決して許される事のない、近親愛であり同性愛だ。
今の日本の法律や道徳的な問題だと、ふたりの愛は誰にも祝福されない、悲しい愛だ。
でも、私はそんな決まりはおかしいと思っている。人が人を好きになる。それのどこがいけないと言うのだろうか?
勿論、ストーカーのような一方的なものはどうかと思うけど、両想いなら問題ないはず。
恋愛なんてものは、正直な話当人同士の問題。第三者が口を挟むものではない。
それに、そんなピンポイントな規制をどうこうする前に、もっとやるべき事があるのではないのだろうか?
唯でさえこの国は、この世界は様々な問題を抱えているのだから。


…………話が逸れたわね。
兎も角ふたりは恋人同士なのだ。
だから鈴凛ちゃんは、交通費を借りてまでお見舞いに来るのだ。愛しい鞠絵の為に。しかし、だ――――


「こ、この前だって、アタシがお見舞いに来たら鞠絵ちゃん、大喜びで抱き付いてきたし。
 近くの森へお散歩しに行った時は、ずっと手を繋いだままだったし。
 アタシが帰る時は、いつも必ずまたねのキ――――」

「コラそこッ のろけ話禁止!」

「えぇ〜〜〜ッ」

のろけ話をはじめる鈴凛ちゃんを止める。
全く。人ののろけ話程、聞いていて小恥ずかしいものはないっていうのに。
だけど言っている本人は、途中で止められた事に不満そうな声を上げているが、当然却下。
まだ目的地の病院まで時間はかかる。その時間の全てが、鈴凛ちゃんののろけ話だなんて勘弁して欲しい。
ただ、そんなのろけ話をしたがる鈴凛ちゃんの気持ちもわからなくはない。


鞠絵は、とても寂しい生活を強いられていた。
私達家族や親しい友達とは離れ離れで、ひとりだけこんな遠い場所で暮らす。
まだ幼い鞠絵は、例えそれが治療の為とはいえ、苦痛でしかなかったのは事実だ。
でも、鞠絵は優しい娘だから、私達心配かけないように明るく振舞っていた。
『笑顔』という仮面を被って、胸の内に秘めた辛さや悲しさを見せないようにしていた。
私は、そんな鞠絵の姿が痛々しく感じた。

だから私は、そんな鞠絵の為に毎週欠かさずお見舞いに行っている。
お見舞いに行って、お話をしたり遊んだりして、たくさんの幸せな一時を一緒に作った。
そうやって幸せな思い出をたくさん作れば、きっと辛さや悲しさ何て忘れられると信じていたから。
私は、鞠絵の為に何もしてあげる事もできない。唯一できるといったら、そんな事しか浮かばなかったのだ。
そして私の予想通り。鞠絵は笑顔を取り戻してくれた。もう辛さや悲しさを見せる事はなくなった。





ただ、それは私の力ではない。
私では、完全に鞠絵の笑顔を取り戻せなかった。幸せにできなかった。
鞠絵の笑顔を取り戻してくれたのは、鞠絵に幸せを齎してくれたのは…………………………鈴凛ちゃんだ。





ふたりが、いつから恋人同士になったのかは知らない。
それ以前に、何がきっかけでお互いに惹かれ合うようになったのかも、私達は知らない。
のろけ話はよく聞くけど、ふたりの馴れ初め話は聞いた事がない。というより、話そうとしないのだ。
話そうとしないのには、何か特別な理由があるのだろうから、私達は敢えて追求しない。
姉妹だからとか同性だからとかいう下らない理由で、ふたりの仲を裂こうだなんて思わない。
ただ、鞠絵が元気になったのは、間違いなく鈴凛ちゃんと恋人同士になったのが原因。
私にはそれがわかる。わかるからこそ、鈴凛ちゃんに嫉妬している。

私にとって、鞠絵は本当に宝物のような存在。
この世界の中で一番大切で、この世の誰よりも愛おしい妹。
鞠絵の為なら、私はどんなものだって犠牲にしてもいいと思っていた。鞠絵は、私の全てとも言えるのだ。
だから、鞠絵が一番大変だった時、私は心身ともに弱っていた彼女を助けたかった。支えたかった。
だけど私ではダメだった。鞠絵を助ける事ができなかった。支える事ができなかった。
そして、私にはできなかった事を鈴凛ちゃんはやってみせた。私は、そんな鈴凛ちゃんに嫉妬している。
でも、その反面、私は鈴凛ちゃんに感謝をしている。鞠絵の本当の笑顔を取り戻してくれたのだから。


鈴凛ちゃんと恋人同士になってからの鞠絵は、本当に毎日を楽しそうに過ごしている。
前みたいに辛そうな表情や、悲しさのあまり涙を流す姿を見なくなってきた。
とても幸せそうなのだ、鞠絵は。入院以来、あんな幸せそうな鞠絵を見た事はなかった。
人は大切な存在と過ごす一時が、最も幸せな一時なのだと、その時感じた。
小恥ずかしいけど、『愛』という力は本当に凄いと思う。…………………………だけど、だけどッ

「これはナンセンスだ」

「や。何いきなり赤い大佐になってんのさ」

私の魂の嘆きに、鈴凛ちゃんはツッコミを入れる。
しかし流石鈴凛ちゃん。元ネタがしっかりわかっている。……………って、何で私が知ってるんだろ?

「別に。ただの独り言だから気にしない事」

本当は『ただの』ではないんだけど、口にはしない。
正直に言う。私はふたりの交際を半分認めていない。
だって、鞠絵は本当に優しくて、とっても女の子らしくて清楚で綺麗。
それに引き換え、鈴凛ちゃんはガサツでいい加減。しかも趣味が機械弄りで女の子っぽくない。
うん。やっぱり釣り合っていない。何より、鞠絵を鈴凛ちゃんの借金地獄に巻き込みたくない。
折角元気になれたのに、待ちに待った新生活は借金取りに追われる日々。…………想像しただけで涙出そう。
だから、ふたりの交際に私は断固反対。えぇ。鞠絵が借金地獄に堕ちるぐらいなら、私は頑固親父になってみませましょう。

でも、私の気持ち半分はふたりの交際を認めている。
鈴凛ちゃんの普段の様子や性格は兎も角、鞠絵の事を助けてくれたのは事実。
あの悲しみや絶望しかなかった入院生活を、喜びや希望に満ち溢れた入院生活にしてくれたのだ。
その事には、私は本当に感謝している。感謝の気持ちで胸はいっぱいだ。
だから、ふたりの交際を認めている自分もいる。

今の私は複雑な気持ちだ。
ふたりの交際を認めていない自分と、認めている自分がいる。
否定しようとしている自分を否定している。思考や感情が無限にループしている。
だから、ちょっとしたきっかけがあれば、バランスの取れた天秤はどちらかに傾いてしまう。
認めるか否か。それはまだハッキリとしないのが本音なのだ。

「ふ〜〜ん。ま、咲耶ちゃんのヘンな独り言はいつもの事だしね」

「何? それは自殺願望があるって取ってもいい訳?」

「ゴメンナサイ。冗談です。
 アタシは鞠絵ちゃんを幸せにするまで、そんな気はサラサラ御座いません。
 ですからその握り拳をどうかお鎮め下さい、アネキさま」

「却下。迷う事なく逝きなさいッ」

頭を下げる鈴凛ちゃんに、怒りの鉄槌を落す。
その怒りは、私を小馬鹿にされた事に対する怒りよりも、
サラッと、聞き捨てならない言葉を言い放った事に対する怒りの方が割合的に多かったりする。
うん。やっぱりふたりの交際は、お姉さん的に認められない。










「ふぅ。やっと着いたわね」

バスに揺られる事30分。
私は漸く目的地である、鞠絵の入院している病院へと着いた。

「うぅ……頭、イタイ」

…………予定外のおまけ付きで。

「自業自得よ」

そう自業自得だ。
私を小馬鹿にした事よりも、私にとっての最大のNGワードを言ったのだから。
うん。然るべき処置なのだ、アレは。だから鈴凛ちゃんの苦情は一切受け付けない、聞こえない。

「そんな事よりも、早く鞠絵に会いに行くわよ」

第一、時間が勿体無い。
時間というのは限られているのだ。特に鞠絵と会える時間は。
私達が暮らしている街から遠い上に、面会時間というタイムリミットまで付いているのだ。
その僅かな時間の中で、少しでも多く思い出を作っていかなければならない。
移動中なら兎も角、病院に着いてしまったら鈴凛ちゃんの相手をしている暇はないのだ。
その事を鈴凛ちゃんも理解しているのか、不満そうながらも黙って私の後をついてくる。


コツコツ、コツコツ


長い病院の廊下を歩いていく。
院内は静寂に包まれていた。普段なら意識しない足音が気になる程だ。
時折聞こえてくるアナウンス以外の音は殆どない。街では有り得ないその静けさは少し苦手だ。
加えて、病院内を漂う独特の消毒液の匂い。これだけは何度通っても慣れそうにはない。
鞠絵に会いに来る、という目的がなければ、今すぐ立ち去りたい衝動に駆られそうだ。
だけど、我慢我慢。鞠絵は日々をこの環境下で生活しているのだから。

「そういえばさ、アタシ達ふたりでお見舞いに来るのって、はじめてなんじゃない?」

「そう? 私は先週、可憐ちゃんやチビッ子ふたりと来てるけど………」

普段の私はひとりで鞠絵のお見舞いに行っている。
私は基本的に鞠絵中心のライフスタイルを送っているから、必ず日曜日はお見舞い以外の予定を入れない。
だけど他の皆はそうではない。習い事や部活があって、中々時間が取れないし、金銭的にも難しい。
だからたまに予定が合えば、誰かと一緒に行く事がある。先週は可憐ちゃん、雛子ちゃん、亞里亞ちゃんと来た。
皆だって、鞠絵の事は心配なのだ。予定が空けば一緒に来てくれる。

「まぁ。アレでしょう。
 鈴凛ちゃんはお金がなくて来れないとか、発明作って時間がないとか。そんな理由なんじゃないの?」

「うっ。それはそうかもしれないけど………アタシだって、お見舞いに来てるよ」

「そりゃあ、一応は鞠絵の恋人なんだから、お見舞いに来なかったら怒るわよ」

恋人である事自体が半分不本意なのに、その上お見舞いに来ない。
そんな事になったら許さないどころではない。問答無用で処刑を決行してやるんだから。
でも、経済的にピンチな割にはよくお見舞いに来ているみたいなので、今のところは許せるけど。
などと鈴凛ちゃんと話をしている内に、鞠絵の病室に到着。私はノックをすると、病室へと入った。

「こんにちわ、姉上様、鈴凛ちゃん」

病室に入った私と鈴凛ちゃんを、鞠絵が笑顔で迎える。
成る程、鈴凛ちゃんの姿を見ても驚かないところを見ると、今日彼女が来る事を知っていたみたいね。
まぁ。仮にも恋人同士なのだから、次に何時来るかの約束位は当たり前か。

「こんにちわ、鞠絵。
 ゴメンナサイね。折角の恋人同士の甘い一時を邪魔しちゃって」

この言葉に他意はない。
私は鞠絵と鈴凛ちゃんとの交際を半分認めていない。
だけど、基本的に私の行動思考パターンは鞠絵中心。だから鞠絵さえ幸せならそれだけで満足。
今の鞠絵にとって、一番の幸せは…………認めたくないけど鈴凛ちゃんと過ごす一時。
結果的に、今の私は鞠絵のそんな幸せな一時を邪魔しているのだ。罪悪だって生まれる。
私はその事を謝ったのだけど――――

「そ、そそそんな、姉上様。こ、恋人同士の甘い一時だなんて」

「そ、そうだよ。アタシ達、別にそんなつもりじゃ………」

ふたりは顔を真っ赤にして動揺している。
後、本人達は否定しているけど、このふたりは正真正銘のバカップル。
普段は寂しげな病室なのに、このふたりの周辺だけ空気が違う。うん。どう見ても恋人同士の甘い空間だ。


昔の鞠絵は、本当に清楚でお淑やかで可愛い女の子だった。
お姉さんっ子で、可憐ちゃんと一緒に私にいつもベッタリだった。
入院してからもそれはあまり変わらず、私がお見舞いに来る度に喜んでくれた。
何もしてあげれずその事を泣いて謝った私に、『姉上様がいてくれるだけで幸せです』と言ってくれた。
そんな私の宝物な鞠絵が……………………………………………こんなバカップルに成り果ててしまうなんて。


「はぁ………」

「何? その『私は思いっきり呆れています』って溜息は?」

「言葉通りよ」

うん。だって私は呆れているから。
ふたりのバカップル振りに思いっきり呆れているから、溜息のひとつやふたつ吐きたくもなる。

鞠絵がこうなってしまったのは、クドイようだけど鈴凛ちゃんが原因。
ふたりが恋人同士になってからの鞠絵は、もう寂しさや悲しさを見せないようになった。
いつも笑顔で――――あの仮面の笑顔ではない、本当の笑顔を見せるようになった。
昔の鞠絵が戻った。そう思えた。だけど、今の鞠絵は昔からは想像もできない程のバカップル。
恋人同士になって元気になったの確かだけど…………私的には、昔の清楚でお淑やだった頃の方がいい。
全く。鈴凛ちゃんは本当に鞠絵に、いい意味でも悪い意味でも影響を与えている。

「あ、姉上様。流石にそれだと意味がよくわかりませんけど………」

「鞠絵ちゃん。咲耶ちゃんが意味わからないのはいつもの事だよ」

…………そんな私の気も知らないでこの金喰い虫はッ

「何? 鈴凛ちゃんは滅びへの美意識を抱いてるって取るわよ、その言葉」

「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。冗談はもう言いませんから、何卒お慈悲を」

「無慈悲で結構。逝くわよ、これが私の全力全開ッ」

瞬間、病室内に鈍い音と鈴凛ちゃんの叫び声が木霊した。
病院内は静かにとか暴れないとか、そんなマナーは隅っこに置いておく。

全く。どうして鞠絵は鈴凛ちゃんの事が好きなってしまったのだろうか?
姉馬鹿と言われるかもしれないけど、鞠絵は本当によくできた妹。
病気というハンディキャップがあると言っても、逆にそれが儚さを感じさせ『護りたい』と思える。
何よりもその性格、優しさ。鞠絵は心優しい少女だ。人を差別する事なく、誰にも優しく接する。
その反面、自分には厳しい。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、それを見せようとしない。
優しいからこそ、人には迷惑をかけたくないと思っている。鞠絵の優しさは、何と言うか不器用なのだ。

「だ、大丈夫ですか、鈴凛ちゃん」

「う、うん。大丈夫だよ」

本当に鞠絵は優しい。自業自得だというのに、鈴凛ちゃんを心配している。
でも、やっぱり疑問。どうして鞠絵が生涯のパートナーとして選んだのが鈴凛ちゃんなのだろうか?
鞠絵が幸せならそれでいいとは思っているけど、どうしても納得いかないというか疑問だ。
性格は全くの対極で、不釣合いとしか思えない鈴凛ちゃんにどうしてあんな笑顔を…………。

「…………あ」

私は今気づいた事がある。
普段の鞠絵では――――私といる時の鞠絵では気づく事のないもの。
何故、気づく事がないのか。何故、今気づいたのか。その答えは鈴凛ちゃんにある。
それはそのはず。普段のお見舞いは私ひとりで来る事が多い。たまに皆と一緒に来るけど、それは月に一度。
まして、鈴凛ちゃんとふたりで鞠絵のお見舞いに来た事なんて、たぶん今日がはじめて。
だから気づかなかったのだ。だから気づいたのだ。鞠絵の――――笑顔に。

鞠絵は笑顔だ。
とても心穏やかに、幸せそうに微笑んでいるのがわかる。
だけど、その笑顔は私と一緒にいる時には見せた事がない。
勿論、私と一緒にいる時も幸せそうに微笑んでくれる。ただ、それは『家族』へと向けるもの。
そして、今鞠絵が見せている笑顔。私に見せる笑顔とは似ているが、決定的に違う『恋人』へと向ける笑顔だった。
私と鈴凛ちゃんに見せる笑顔に違いがある。私は、それに気づいた。

「もう。ダメですよ。
 あまり姉上様にヘンな事言わないで下さいね、鈴凛ちゃん」

「あはは。ゴメンね」

普通に考えれば、確かにそうだろう。
家族と恋人。同じ愛おしい人でも、やっぱり恋人の方が大切なはず。
自分にとって大切な人だからこそ、他の人とは違った特別な接し方をする。
それは人として当然だろう。私が鞠絵に対してそう接してきたように、鞠絵は鈴凛ちゃんに。
だから、鞠絵が見せている笑顔にだって違いが出てくる。
『姉』として愛しい私よりも、『恋人』として愛おしい鈴凛ちゃんへの方が、心の底から笑えるだろう。

「あ、そうだ、鞠絵ちゃん。
 コレ、この前話していたメカ。昨日の夜やっと完成したんだ」

「まぁ。お疲れ様です、鈴凛ちゃん」

鞠絵は笑顔だ。とても穏やかで優しい私の大好きな笑顔。
だけど、そんな笑顔とは違った『愛しさ』の溢れる笑顔を、今の鞠絵は見せている。
私は、鞠絵にそんな笑顔をさせる事ができる鈴凛ちゃんに嫉妬よりも、敗北感を感じてしまった。










空は茜色に染まり、沈む夕日が今日の終わりを告げている。
私と鈴凛ちゃんは電車に乗り、高原の病院から私達の暮らす妹姫へと向かっている。
時間が経つのは本当に早い。それが楽しい一時なら尚更そう感じてしまう。
いつも思うけど、鞠絵と過ごしている一時は本当にあっという間に過ぎ去ってしまう。
唯でさえ頻繁に会えないのだから、もっとゆっくりと時が流れればいいものを。

「…………」

ふと鈴凛ちゃんを見ると、窓の外をぼーっと眺めている。
その表情はとても寂しげだった。まぁ。仕方ない。愛しい恋人と離れ離れになるのだから。
私だってお見舞いが終わって帰る時間になると、いつも寂しく、そして悲しくなる。
もっと鞠絵といたい。どうして家族なのに、離れ離れにならなければいけないのか。そう思ってしまう。
それは鈴凛ちゃんも…………そして鞠絵も同じ。

帰る時、鞠絵はとても寂しそうだった。
まるで今生の別れのように、今にも泣き出しそうな表情だった。
私がお見舞いに来た時よりも、ずっとずっと寂しげな表情に、
私は鞠絵にとって鈴凛ちゃんがどれ程大きな存在なのか、充分過ぎる程理解できた。
もっとも、帰り際に『またねのキス』をするふたりの行動というか思考は理解できなかった。

「ねぇ。鈴凛ちゃん」

「………んっ。何?」

私は鈴凛ちゃんに話しかけた。
鞠絵との余韻に浸っていたのだろう。それを邪魔するのは少し可愛そうな気がした。
でも、私はどうしても鈴凛ちゃんに訊きたい事があった。

「今日、鞠絵のお見舞いに発明品を持ってきたわよね?
 どうして発明品なの? 花束とか鞠絵の好きな本じゃなくて………あんな、歩く事しかできないものを」

鈴凛ちゃんは、鞠絵のお見舞いの品として発明品を持ってきた。
それは発明品と言っても、背中のゼンマイを巻いて歩くだけの玩具。
ハッキリ言って鞠絵の柄ではない、お見舞いの品とは言い難いものだった。
私はそれを疑問に感じ、鈴凛ちゃんに尋ねた。

「うん。確かにあのメカは歩く事しかできないよ。
 あまりベッドから下りられない鞠絵ちゃんの代わりに、物を取ってくる事はできない。
 ましてや鞠絵ちゃんの病気を治してくれる医療メカでもない。ただ、歩くだけの玩具。
 アタシ自身、お見舞いの品に持ってくるのはどうかと思ってる」

「だったら………」

「だけどッ」

私の言葉を遮るように、鈴凛ちゃんは強く大きな声で叫ぶ。
その声に、私は言葉を繋げる事ができなかった。

「だけど、あんな玩具でも鞠絵ちゃんは喜んでくれる。
 前みたいに悲しそうに笑うんじゃなくて、心の底から笑ってくれる。
 アタシには、鞠絵ちゃんの病気を治す事も、この元気な身体を貸して上げる事もできない。
 病気で苦しんでいる鞠絵ちゃんにできる事なんて、何も…………ない」

鈴凛ちゃんの言葉。
それは、私が普段から感じている無力さと全く同じものだった。

私は鞠絵にしてあげれる事が少ない。
病気で苦しんでいるのに、その病気を治す事も苦しみを和らげてあげる事もできない。
この世の誰よりも大切な存在である鞠絵が苦しんでいるのに、私は何もできない。
無力な私ができる事とすれば、それは長い入院生活で寂しい思いをしている鞠絵に会いに行く事。
お見舞いに行って、色々な楽しい話を聞かせてあげて、少しでも寂しさを和らいであげる事しかできない。
そんな無力さを、鈴凛ちゃんも感じていたのだ。

「アタシにできる事なんて、メカの発明だけ。
 だけど、それで鞠絵ちゃんを笑顔にする事ができる。
 こんなアタシでも、愛しい人の為にできる事があるのなら、アタシはそれをしたい」

「それがあの発明?」

「うん。そう。だから、アタシは鞠絵ちゃんにメカをプレゼントしてるんだ。
 アタシにはそれしかできないから。自分ができる精一杯の事で鞠絵ちゃんを勇気付けたいの」

それは、私と全く同じ答えだった。
私はお見舞いに行く事で、鞠絵の寂しさを和らげたい。
鈴凛ちゃんは発明品を作ってプレゼントする事で、鞠絵を勇気付けたい。
方法は違うけど、結果的には私と鈴凛ちゃんは同じなのだ。
病気で苦しんでいる鞠絵に――――愛しい人の為に、自分ができる精一杯の事をしてあげるという点が。

「って、カッコつけてるけどね。
 その発明品の制作費とか時間であまり会いに行けないから、恋人失格だよね、アタシ。
 はぁ。咲耶ちゃんは凄いよ。他の事を犠牲にして鞠絵ちゃんの為に時間を作るんだから。アタシも見習いたい」

自嘲気味に、鈴凛ちゃんは笑う。
確かに、幾ら鞠絵の為の発明とはいえ、その所為で鞠絵本人に会いに行けないのだ。
それは明らかに恋人としては、ダメのダメダメ、失格だろう。でも…………

「全く。何弱気になっているのよ」

「っいた」

ピンっと、アタシは鈴凛ちゃんにデコピンをした。
突然の事に、鈴凛ちゃんは鳩が豆鉄砲を受けたみたいに目を丸くしている。
私は、そんな鈴凛ちゃんに構う事無く言葉を続けた。

「いい、鈴凛ちゃん?
 確かに貴女はガサツでいい加減。趣味が機械弄りで女の子っぽくない。
 その上金銭感覚がズレているのか、考えが甘いのか、借金がとてつもなく多い。
 全くもって鞠絵とは正反対の対極。正直、不釣合いだと私は思ってる」

「や。何もそこまで言わなくても………」

「でもッ」

今度は私が、鈴凛ちゃんの言葉を遮るように大きな声で叫ぶ。
さっきから口論をはじめている私達に、他の乗客からの視線が集まっているけど気にしない。
所詮は他人。私達家族の事とは無関係だから気にしないし、何よりも私は言いたかった。この娘に。

「鈴凛ちゃんと恋人になってからの鞠絵は、本当に幸せそうに笑っている。
 今まで入院生活で辛そうで寂しげだった鞠絵が、今は笑っているのよ?
 それは誰のおかげだと思う? 貴女のおかげなのよ、鈴凛ちゃん」

――――そう。
今、鞠絵はとても幸せそうに日々を送っている。
入院しはじめた頃は、本当に辛そうで寂しげだったのに、それが嘘のようだ。
鞠絵をそうさせたのは鈴凛ちゃん。私にはできなかった事を、彼女はやった。
そしてもし、鈴凛ちゃんと恋人になれなかったら、鞠絵はどうなっていたのだろうか?
最悪の事態にはなっていないと信じたいけど、おそらく鞠絵の本当の笑顔は戻っていなかったはずだ。
何故ならそれは、私にはできなかった事なのだから。

「貴女がいてくれたから、今の鞠絵はあるの。
 病気で苦しんでいる鞠絵に、何もできない?
 嘘よ、それは。もう充分過ぎる程、鞠絵の為にしてあげてるでしょうが」

何もできなかったのは私の方だ。
私では、鞠絵の本当の笑顔を取り戻す事はできなかった。
今、鞠絵が笑っていられるのは、鈴凛ちゃんが“自分にしかできない事”を鞠絵にしてあげたからだ。

「だからもっと自信を持ちなさいよ、自分は鞠絵の恋人だって。
 この私に嫉妬させて、ここまで言わせたんだから、もう二度と弱気にならない事、いい?」

認めよう、鈴凛ちゃんを。
今までの鈴凛ちゃんの言動からだと、鞠絵との交際は認め難かった。
だけど今この瞬間、その考えは変わった。鈴凛ちゃんなら、鞠絵を任せられる。
私と同じように――――いえ、私以上に鞠絵を大切に想っている鈴凛ちゃんになら、任せてもいい。
だから、しっかりしなさいよ。貴女には、私の分まで鞠絵の事を想って貰わないといけないのだから。

「大丈夫。アタシはもう弱気にならないよ。
 今、咲耶ちゃんにそう言って貰えて、鞠絵ちゃんの恋人として自信が持てたからさ♪」

私の言葉に鈴凛ちゃんは、強い思いの込められた笑顔で返してくれた。



















END




 


作者のあとがき

こんにちわ。水影そらです。
この度は、私の『いとしい人のために』を読んで頂きありがとうございました。
人様のサイト様に投稿するのは久しぶりな上、『水影そら』としては初の投稿SSです。
そんな久しぶり&初の投稿SS如何だったでしょうか?

さてこのSS、さくまり派な私には珍しく“まりりん”です。
しかも基本的にシリアス系ばかりな私ですが、これまた珍しくお笑い要素も含んでいます。
そもそもどうしてこのSSを書いたかと言いますと、一言で言えば『対抗』です(ぇ
いえ、別に変な意味ではないのですが、今年の鞠絵BDで『お父さん咲耶』をなりゅー様が書かれたので、
それなら“さくまり”派の私も対抗して『姉馬鹿咲耶』なSSを書こうと思っただけです(苦笑
ただ、普通に書いても面白みがないので、今回は普段とは違った文にしてみました。

普段の私は、基本的にシリアス一本です。
最初から終わりまで、重たい内容にした方がシリアス度が上がると思っていたからです。
ですが最近その考え方が変わりまして、テーマが重たいからこそ逆に笑いが必要なのではと思うようになりました。
何と言うのでしょうか、シリアスな展開と笑いの展開とのギャップ。それが重要だと考えるのです。
甘いお菓子を作る時に入れる塩と同じ考え方だと言っていいでしょう。
ずっとシリアスな内容よりも、途中で笑うポイントを入れる事でシリアス度を引き立てる。
そんな考え方に変わりました。なので、今回はそういった文の書き方をされるなりゅー様のSSを参考に執筆しました(笑


SSのテーマはタイトル通りです。
過去、転生前に使った事がありますが『愛しい人の為に何ができるのか?』をテーマにしています。
人は自分が思っている以上に何もできません。人一人ができる事は限られています。
そんな限られた中で、咲耶と鈴凛は鞠絵の為に一体何ができるのか。それを文章にしてみました。
まぁ。このテーマは、某アニメのオープニングを聞いている時に浮かんだものですけど(笑



それでは。また来世です。


なりゅーの感想

転生前よりお世話になっている水影そらさんより頂いたまりりんSS。
とりあえず、タイトル見た瞬間に「某アニメのオープニング」は即思い出しました。ファン魂を嘗めるなッ!!(ぇー
まさかなりゅーの今年度鞠絵BDSS(?)に対抗馬が現れるだなんて、思ってもみませんでした。サンクスです(笑

それから、こんなところで「シリアスと笑いのギャップ」が上手いだなんて、褒めていただけて非常に恐縮です……。
まあ、うちの作品はむしろ「甘いクッキーに青汁ぶち込むような暴挙」ばかりですが(ぇー
光栄にも参考にしてくださっただけあって、うちと人間関係やら世界観やらが似ていますね。
それでも微妙に違うのは、そこは作者ごとの「オリジナル」が出ていて、すっごく良いことと思います。
分かりやすく例を挙げると、なりゅーの世界観では妹にまで借金してる点や、自分たちから恋人同士とは言わないところとか。
うちがかもし出す程度(?)なら、こっちは全面にラブラブオーラを出しまくったまりりん。
そういった人それぞれのイメージするまりりんを堪能できるのは、二次創作の良いところだとしみじみ感じますねぇ……。
余談ですが「何で私が知ってんだろ?」はちょっとツボった。

いつもなりゅーが妄想するまりりんとは違った方向からのツボ指圧で、とても良い刺激になりました。
水影さん、良きSSを堪能させていただき、どうもありがとうございましたっ!


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