なぜ私は、こんなことをしているのだろうか?
今日、私は、ショッピングに出かけたはずなのに……。
お昼はオシャレなカフェで過ごそうって決めていたのに……。
今日はとてつもなく大切な日だっていうのに……。
なのに、なんで……?
「咲耶ちゃん咲耶ちゃん、ギュー丼っておいしいデスね!」
そう疑問を過ぎらせている横から、私をこんな事態に巻き込んだ私の妹が、能天気に語りかけてくる……。
「あ、店員さ〜ん、オヒヤのオカワリお願いデス〜」
なんで私は、探偵気取りのこの子と牛丼屋でごはん食べてるんだろうか……?
牛丼からはじまるふたりのバースデーのSpecial
今日は4月4日。
春休みの真っ最中の今日、私の予定は休日ショッピング。
愛読してるファッション雑誌やレディース雑誌、あと○ットペッパーとか。
昨日までに色々と情報を読み漁って、目当てを決めてお店へレッツゴー。
途中、オシャレなカフェで寄り道も良いかも。
うふふっ、年頃の女の子らしい休日の過ごし方じゃない?
春の陽気な日差しが降り注ぐ街中を、鼻歌交じりに歩く……そんな何気ない休日の一コマを過ごしていた。
けど本当は、今日は何気ない日なんかじゃない。
今日は、私の大切な妹の……大切な記念日なんだから。
「ん? あれは……鞠絵ちゃん?」
それは本当に偶然。
彼女は療養所に入院している身で、普段この街には居ない存在。
だってのに、こんな街中で偶然出会うなんてことは、本当に珍しい……。
何気なく街を歩いていた私が、滅多に街中を歩くことのない存在の彼女と出会う。
しかも、それが今日という特別な日だなんて……本当に、運命的な巡り合わせというものを感じずには居られなかった。
……いえ、今日と言う日だから、かしら?
「まったく、楽しそうにバースデーデートしちゃって……」
今日は鞠絵ちゃんの誕生日なのだ。
そして……鞠絵ちゃんの隣には、同じく私の妹である鈴凛ちゃんの姿が……鞠絵ちゃんの"大好きな鈴凛ちゃん"の姿がある。
……要するに、鞠絵ちゃんは鈴凛ちゃんとデートの真っ最中なのだ。
しかも、「バースデーデート」というプレミア付きの。
そう、つまりはそういうこと。
鞠絵ちゃんにとって、鈴凛ちゃんは特別な存在。
だったら、気を利かせてふたりきりの時間を満喫させてあげるってのも、ひとつの優しさじゃない?
ということで、この誕生日という特別なイベントデーを、鈴凛ちゃんと過ごせるようにお膳立てしてあげたの。
もちろん、他の姉妹たちもそれに同意しているわ。
一部のヤマトナデシコさんは最後の最後、本当に最後まで反対していたけど……。
ま、お祝いの言葉はあらかじめ済ませてきたし、
プレゼントだって後日、みんなと合同で改めて何か渡すつもりだから、決して不義理なんかでもないわ。
その見返りとして私も9月23日はふたりきりでお祝いさせてもらう権利を頂くつもりだし……。
ほら、鞠絵ちゃんは今、とっても楽しそうな笑顔を浮かべている。
普段では見られない、満面の微笑み。
鈴凛ちゃんの前じゃなきゃ、あんなにも輝きを放つことのない笑顔……。
それだけで、彼女が"大好きな鈴凛ちゃん"とふたりきりの時間を楽しんで来たんだって分かっちゃう。
「…………」
ああ、なんであの子はあんな金遣いが荒くてズボラな子を選んでしまったんだろうか?
別に「女の子だからいけない」とは言わないけれど。
「姉妹なんだから」なんてのはもっと言わないけれど。……え? 言った方がいい? 私に自己否定しろというの?
鞠絵ちゃんくらい可愛くて、清楚で、性格の良い子だったら、もっと相手の選びようもあっただろうに……なのに、あの鈴凛ちゃん。
これは世界の七不思議にも匹敵するくらい最大の謎である。つまり世界の七不思議は実は八不思議なのよ。
はい、白状します。実は私、ヤマトナデシコさん側の人間です。
この8つ目の八不思議、「鈴凛ちゃんがお相手」ということに、色々と不平不満があります。
まあ、幸福の形は本人が決めるものなんだから、鞠絵ちゃん本人が幸福というなら、第三者がどうこういう権利もないってのは分かる。
とはいえ、「本当は間違っていて、そのことに本人が気づいていない」という可能性も否定できない。
ほら、オレオレ詐欺やマルチ商法の被害者とか。
それを正しい道に導いてあげるのが保護者の役目。
私も、長女という位置にいる以上、妹の保護者も同然な訳だから、間違ってると思ったら引き剥がすのも優しさとも言えよう。
とまあ、色々と思うところはあるものの……それでも今日という特別な日くらい、黙って見届けてやらなきゃ野暮ってもの。
だから今日だけは口にしない。仮にも彼女が選んだ相手なんだから。
口にしないけど思う存分思ってやる。憎憎憎憎憎……。
「ま……今日は、幸せな時間に水をさすようなマネはやめときますか……」
私は、何気なく呟いたというよりは、自分に言い聞かせるように口にする。
そして、この運命的な出会いを見なかったことにして、何事もなかったかのように、本来の予定通りのショッピングに戻ることにし
「……チェキチェキチェキ……」
…………。
「どんな時もハートをっ……♪」
……戻るつもりだった。
「チェキ……♪ チェキ……♪ チェキ……♪」
……この、妙で軽快な歌声が耳に届くまでは。
「追いかけていくーからっ……♪」
「なぁーにを追いかけて行くのかな? このチェキの助?」
「チェキッ!?」
私は、鞠絵ちゃんたちの後ろを尾行していた、探偵気取りの面識のある誰かさんのところまで一瞬で駆け寄り、
その頭を後ろから鷲掴み、尾行する足を強制的に留めた。
チェキの助と呼ばれた少女は、ギギギ……と、まるで油が切れたロボットみたいに振り向いて、引きつらせた顔を向ける。
「あ……アハハー……。ハロー、咲耶ちゃん!」
気まずさを誤魔化すためか、元気の良い声で、ご機嫌取りのスマイルで取り繕った顔を私に向ける。
けれど、引きつったままの彼女の顔は苦笑いになってしまって、爽やかスマイルも効果半減といったところね。
とりえあえず私も社交辞令的に挨拶を返すことに。
「ええ、こんにちは」
「アハハハ……キグーデスね。アハハハ……」
依然気まずい空気のまま、当たり障りのない言葉を選んで口にする彼女。
このまま笑って誤魔化せという算段だったんだろうけど、そうは問屋が卸さない。
「……で、なぁ〜にしてるのかなぁ〜? 四葉ちゃんはぁ〜?」
チェキの助こと四葉ちゃんへ、さっきと同じ質問を、さっきよりもねちっこく睨みを利かせてぶつけた。
四葉ちゃんは威圧されたのか、「アゥアゥアゥ……」なんてヘンな声を上げていた。
しかし、長女とは姉妹の長 たる存在。
時に厳しくあたらねばならんのよ、マイシスター。
「アゥ……」
私は四葉ちゃんの目を見つめて、その目を逸らすことなく無言でジーッと睨み続けた。
これが下手な尋問よりもプレッシャーになったらしく、四葉ちゃんはタジタジに。
そうして、とうとう観念したのか、恐る恐るを白状する。
「お、おふたりを尾行……」
こういう時、その場しのぎのウソが出せないところが、どこか抜けてる四葉ちゃんらしいと思った。
ま、私はバレバレのウソに尋問する手間が省けて助かるけどね。
「……ったく」
聞き届けた私は、呆れ顔でため息をひとつ。
同時に、その正直さに免じて、片手で拘束していた頭を解放してあげるのだった。
四葉ちゃんは、まるで九死に一生でも得たかのように、大げさに「助かった」「助かった」とわめいていた。
そんなに怖かったのかしら……?
とりあえず、私が言いたいことを言い終えていないから、少しだけ気の毒に思いつつお説教再開。
せめてもの優しさに、少しソフトめに。
「あのねぇ……邪魔しないって話だったでしょ……?」
「で、デモデモ! 咲耶ちゃんは、気にならないのデスか……?」
「気にならないか、って……?」
「おふたりのおデート!」
中途半端に情けをかけたせいか、四葉ちゃんをひるませるには効果が足りなかったため、ほんのちょっぴり抵抗。
私の言葉に対して自分の正当性を主張するように意見を返された。
「それは……」
ここで一言、「言い訳しない!」なんて突きつけて、四葉ちゃんをふたりから引き離せば、
「これで解決あっけなかったね、さあショッピングに戻りましょう、ランランラーンラーンラン♪」だった。
けれど、可愛い鞠絵ちゃんが、とてもつり合わないズボラ鈴凛ちゃんにエスコートされるという、このシチュエーション。
いかにもな女の子で、体だって弱いから、デリケートに扱わなくちゃいけないのに……
乙女チックとデリカシー、その両方をま〜ったく兼ね備えていない鈴凛ちゃんがエスコートする……。
そのシチュエーションを、とてつもなく気にしているというのは、先ほど私が思った通り。
ついでに、鞠絵ちゃんに心血注いで「お守りいたしますわ!」と熱意を注ぐヤマトナデシコさんなんか気が気じゃないだろう。
だから、私はすぐに二の句が告げずにいた。
もちろん賛成した訳じゃない。
……けれど、この一瞬の躊躇が、その日の私の命運が大きく変えてしまった……。
「あ! あのお店に入っていきマス! 行きマスよ! 咲耶ちゃん!!」
「……え? あっ!? ちょっと、私は別にっ……?!」
ターゲットを見失いそうになったと慌てた四葉ちゃんは、私の腕を掴んでお店へと走り出したのだった。
あわてんぼうの四葉ちゃんに、沈黙を同意と取られたのだろうか、私の返答も待たず問答無用で。
そのまま私は、四葉ちゃんに導かれるがまま、お店の中へと吸い込まれていった……。
で、
「そして私は牛丼を食べている、と……」
「咲耶ちゃん、ナニか言いましたか?」
「別に……。はぁ……」
つい十数分前の発端を振り返って、なんだかため息がこぼれた……。
本当なら今日は、オシャレなカフェで軽食と紅茶のセットを頼んで、静かな時間を過ごす予定だったのに……
それが牛丼とおしんこセットに変わってしまうなんて……人生本当に何が起こるか分からないわ。
「チェキチェキチェキ……」
で、私の人生を変えた原因は、私の隣で、食事中にお行儀悪くメモを取っているし。
「なにメモってるのよ? 英国育ちがマナー悪いわよ」
「おふたりのメニューをチェキなのデス!」
尾行ターゲットは、ここから4〜5席くらい離れたテーブルで和気藹々と食事を楽しんでいる最中。
私たちの席とは意外と見通しの良い位置だけれど、ふたりは私たちに対して背中を向けているから、バレにくいはず。
時間もちょうどお昼時。それなりに混んでいるから、一般客に紛れて、ちょっとやそっとじゃ気づかれないと思う。
そもそも、鞠絵ちゃんたちはふたりの世界を堪能しているんだから、他の世界のことなんて気にも留めないと思うけど。
「鈴凛ちゃんは……豚キムチ丼……並盛、単品……。
鞠絵ちゃんはぁ……ミニサイズの牛丼……おしんこセットメニューで注文、っと……」
横で聞いてて、なるほど、なんとなく納得の注文。
鈴凛ちゃんは辛い物好きだし、牛じゃないのは……ほら、安いから。
鞠絵ちゃんは食が細いからミニサイズメニューを、と言ったところだろう。
セットといってもおしんこととん汁が付くくらいだから、普通の並盛より軽食で済む量だし。確か。
それでも、まだ食べ終わっていないご様子……。
話しながらというのもあるだろうけど、鞠絵ちゃんってそんなに食べるのが早くないから、多分そのせいだと思う。
鈴凛ちゃんも、まだちょくちょくおはしを動かしているから、きっと鞠絵ちゃんに合わせて遅くしているのね。
「……で、咲耶ちゃんはワサビ山かけ牛丼をセットで……。咲耶ちゃんって意外と"ポテトっぽい"もの好きなんデスね」
「なによその中途半端な英訳。"いもっぽい"とでも言いたいの? そりゃ芋だけどさ、山の。
そりゃ地味で栄えないだろうけど、バカにするもんじゃないわよ。山芋は美容に良いの!」
「え? じゃあヤマイモパックとか?」
「かぶれるわい」
そういう四葉ちゃんはハーブチーズ牛丼をとん汁セットで頼んで、ついでにサラダまで注文している。
うーん、さすが帰国子女。ポテトっぽくはない。
なんかこの子は回るお寿司屋さん行ったら、マヨコーン軍艦とかサラダ軍艦とか、そーいうの頼みそう。
「あーあ、本当なら今日は、オシャレなカフェで優雅にクラッシクでも聞きながら、
紅茶でも飲んで、ひとりでゆったりとした時間を楽しむはずだったのに……こんなせわしない粗野なお店で子守りだなんて」
私の相手をしてくれる四葉ちゃんがチェキるのに夢中で、暇になったので、ついつい愚痴っぽいことをこぼしちゃう。
私の予定は……紅茶は麦茶に変わり、コーヒーの香ばしい匂いは、しょうゆとみりんの匂いに。
優雅なクラシックは、ミョーな有線放送に変わって。
静かな雰囲気は、お昼時で慌しい厨房の音がかき消してくれて、更にはお供つきだ。
「チェキ? 子供なんてドコにもいないデスよ?」
ついでに、この子にはもうちょっと分かり易く皮肉を言わなきゃ通じないようね……。
「なーんで、こんなとこでごはん食べてるのかしら……?」
別に牛丼が嫌いだとか、こんな雰囲気はダメだとか、そう思ってるわけじゃないけど。
ただ、予定と余りにもかけ離れていたから、気分の切り替えがしきれないだけ。
ほら、よく「今日の気分はコレ!」っていうのあるじゃない?
私にとっては、今日は優雅にきらびやかな気分だったの。
今日は、主役を鈴凛ちゃんに譲ると了承したとはいえ、大切な妹の大切な記念日。
祝えないまでも、オシャレに過ごしてあげたいって、ちょっとした代償行為を求めてたんだと思う。
「そりゃ、安いからに決まってマスよ。鈴凛ちゃんだし」
「あー」
別に四葉ちゃんに振った訳でもなかったけど、四葉ちゃんは自分に振られたものと思ったらく、自分なりの推理を私に寄越してくれた。
そして四葉ちゃんの回答は、ものすっごく納得のいくもので、私も大きく頷いてしまう。
本人はヌけていても、集めたデータと流した汗はウソをつかないのか、物凄く納得してしまう……。
「でも……誕生日よね、今日。普通誕生日っていうのは、特別豪勢にするもんじゃない?」
1年に一度、その日限り、と思えばこそ出費を惜しまず豪勢に行くじゃない。
特別な日なんだから、"特別"を贈りたいと思うのは当然だと思うわ。
普段味わえない感動をこの日に与えたい……相手を思う気持ちが大きければ大きいほど、そう思うはずよ。
なら、祝う気持ちは値段ではないとはいえ、この「安い」の選択は、明らかに間違っている……と思う。
「で、デモデモ! ディナーの方はゴーカにいっちゃうカモ―――」
「鞠絵ちゃん、夜には帰っちゃうのよ……」
今日の鞠絵ちゃんの予定は、あらかじめ耳に入ってきていた。
聞くところによると、夕方にはデートを切り上げ、療養所の方へ向かわなくてはならないらしい。
つまり食事処としてはここが最後になるはず。
鞠絵ちゃん自身、食が細い方だし、途中の買い食いとかはしないと思うからね。
「甘い物は別腹」という、女の子が誰もが持っている胃袋の神秘が発動すれば話は別だけど。
「大体豚キムチって……におい残るでしょうが……」
間違いなく、その後のムードに支障をきたす。
そういうところが、ズボラ大帝リンリロスたる所以か……って、しまった、誰かさんの影響が移ってるわ。
雛子ちゃんに影響されたか……あるいは雛子ちゃんに影響されたあのミステリアスガールの影響か……。
それはともかく……鈴凛ちゃんのエスコートは何から何まで減点対象。
さっき偶然見かけてから今までのこの短い時間で、かなりのマイナスが積もり積もっている。
このままじゃ、今日一日を乗り切る前に0点を限界突破する姿が目に見えている……。
「じゃあ、咲耶ちゃんならドウするんデスか?」
「え? 私。何が?」
「咲耶ちゃんなら可憐ちゃん相手にドウするんデスか?」
「豪華なレストラン予約入れて最っ高の夜景をおかずにロマンティックなムードでお祝いするッッ!!」
「……鞠絵ちゃん、夜には帰っちゃいマスよ……?」
しまった……四葉ちゃんの口にしたスペシャル・ラブリィ・プリティ・ネオロマンス・ワードに言語中枢が脊髄反射して、つい願望が……。
なに握り拳掲げて豪語までしてるのよ、私は。
ちなみに、電気信号が脳に到達してる時点で脊髄通り過ぎてるとか、そういう医学的ツッコミは受け付けないわ。
私だって、脳の仕組みなんてせいぜい感動の医療ドキュメント特集で見た程度なんだから。
「そりゃ咲耶ちゃんは可憐ちゃん誘って、ゴーカなレストランに予約入れて、キミに瞳に乾杯トカ、
貴女のためのプレゼントって言って、高価なアクセサリー渡したりトカ、
デートの最後に予約を入れておいたホテルで四葉も知らないムフフな展開に発展するとか、そういうことするかもしれませんケド……」
「出来るかぁぁッ!? そんな羨ましいシチュエーションッッ!? 私だってそういう妄想したことあるわよ! ええありますともっ!!
でも出来きる訳ないじゃん! 恥らっちゃうじゃんっ!! そもそも恐っろしいわよっ!!
断られたらどうしようって、不安で不安で……傷つくくらいならこのままで良いって思っちゃうじゃない!?
思うわよ!! 思っちまうわよッ!! 臆病な気持ちで胸いっぱい、心はいっぱいいっぱい!!
どうせ妄想止まりですよ! どうせ私はチキンですよッ!! どうせとり肉ですよッッ!! ちくしょーっっ!!」
「ワー!? ワー!? 静かに静かにーっ!! 見つかっちゃいマスー!?」
再びしまった……やりたくてもできない愛しさと切なさと心弱さを、大声で訴えかけてしまった……。
ちなみに、勇気を踏み出せたとしても、そこまで豪華な計画は経済力的に無理である。主にそこで豚キムチ丼食ってる娘が原因で。
働ける年齢になったら絶対実行しようと計画中ではあるけれど。
「……なんだかんだで、アソコのふたりよりラブラブなクセにナニを言ってるんだか……」
うっさい、私の恋に対する臆病さを舐めんな。
しかし、長女の威厳を保つため、それを言葉にするのは控えておいた。
まあ、大丈夫でしょ。相手四葉ちゃんだし、バレないバレない。
「……咲耶ちゃんは……レンアイ方面に……カワディス……っと……。チェキ!」
四葉ちゃんは、メモりながらなにか呟いていた。
一部、随分とネイティブな発音で英語らしき発音も耳に届いたけど、四葉ちゃんごときに劣ってる気がしてなんか不服。
意味は……聞き慣れないものだったからよく分からなかったけど。まあ、大したことじゃないでしょ、四葉ちゃんだし。
〔Cowardice(カワディス)・・・意味:臆病〕
「まーまー、落ちついてクダサイ。コトバだって間違ってマスよ」
「そ、そうね……」
チキンってとり肉って意味の方じゃないし……なによそれ、私はタンパク質豊富なの? それともコラーゲンたっぷり?
今朝もコラーゲンたっぷりの美容クリーム塗ってきたけどさ。
「シチュエーションではなく、シュチエーションデス」
「いや、そっちは合ってるわよ、シチュで! しっかりしなさい英国育ち!?」
「え? シチュ? シュチ?」
「シチュよ、シチュ」
「しちゅ? しゅちゅ?」
「シー・チュ」
「しゅーつ? しょーつ?」
「しー・ちゅ」
「すうぃーつ? ふぉーす?」
「し! ちゅ!」
「てとらてぃくす・ぐらまとん?」
「テメーわざとだろ?」
「あ! 鈴凛ちゃんたち出て行っちゃうデス」
「話し逸らすんじゃな―――なんですって!」
などと、あほな英語オーラルレッスンを行っている間に、ターゲットは食事を済ませてしまった模様。
これ以上不毛な会話を続けることは無意味と判断し、オーラルレッスンは中断に……上手く逃げやがったな……。
私たちは、牛丼の伝票とそれぞれの荷物手に、急いで席を立った。
そして、鞠絵ちゃんたちが会計を済まし終え、店外へ出て行くのを確認してからカウンターへ。
まず私が会計を済まし、続いて四葉ちゃんが会計を済ませて―――
「アゥ……咲耶ちゃ〜ん、お金貸してもらえマスか……?」
「アンタ……自分の財布の中身考えずにサイドメニューまで頼んだの……?」
この急いでる時に、なぜ四葉ちゃんはわざわざ時間を掛けるようなことしでかすかな!? しかも安さがウリの牛丼屋で!?
呆れながらも、ああ、本当に四葉ちゃんらしい……と思ってしまうわ。
時間取られるのもイヤだったので、仕方なく私が会計を済ませた。
この子、私が居なかったらどうするつもりだったのかしら……?
「……ったく。アンタ仮にも自称名探偵なんでしょ?
もうちょっと要領良く動けないの? 危うく見失うところだったじゃない!」
お店を出てすぐ、私はこの自称名探偵、実質迷探偵の妹にお説教をくらわせていた。
「チェキぃ〜……」なんて声を上げて、反省してるのかしてないのかいまいち微妙なところだけど……。
尾行ターゲットは、人ごみに紛れるギリギリで私がなんとか姿を確認した。
お店を出てすぐでギリギリだったのだから、携帯で連絡とって、お金持って来て貰って、お会計済ませて……。
そんなことをこなしていたら、間違いなくターゲットを逃している。仮にも探偵を名乗るのなら、完全に任務失敗ね。
「あ、四葉のケータイ、電池切れてマス」
ほんと危ないなこの子はっ!?
「デモデモ、咲耶ちゃんもノリノリになってくれてるようで、四葉も嬉しいデスー」
「あ゛……」
言われてハッとなる……。
私も、すっかりこの尾行調査を成功させようと必死になっていた……。
このままターゲットが見つからなければ、私は何気ない休日に戻れたのに。
見つけた時も、知らん顔して「見つからないわね」と言えば、狂ってしまった私の運命はそこで修復できたのに。
でも私は、この巻き込まれた運命の流れに乗ることを選んでいたわ……。
「し、仕方ないでしょ! 鈴凛ちゃんがまさか、牛丼屋に連れ込んだりするんだからっ!」
デート中、豚キムチ丼なんて頼むヤツに、可愛い妹を任せるなんてことできるはずもなかろう。
そうでなくてもデートで牛丼屋つれ込むって、どうなのよ?
体が弱くて、デリケートに扱わなくてはならない鞠絵ちゃんなら尚更。
「そう……これは義務! 長女として、保護者としての義務なのよ!」
ならば、これは「野暮」だとかそういう次元よりも、もっと優先されるべき事柄!
私は間違っていない!
この尾行は、尾行ではなく、鞠絵ちゃんを健やかに育てる愛がなせる行為なのよ!!
「咲耶ちゃん、なんだか鞠絵ちゃんの過保護なダディみたいデス。なんかのマンガで見ました」
「せめてママと言いなさい、わたしゃは女じゃ」
「あ、ダディ! おふたりがお店に入っていきマス!」
「ぅおいっ!!」
そうこうやっている間に、鞠絵ちゃんと鈴凛ちゃんはまた別のお店へと入っていく。
四葉ちゃんの中で芽生える私の性転換説の修正は後回しにして、私たちも店内へと進入した。
「Where is here?(訳:ここはどこですか?)」
「Here is a げーせん! Check it!!(訳:ここはゲームセンターデス! チェキ!!)」
これが店内最初のやり取りである。
時折英語交じりに話す四葉ちゃんに合わせて、簡単な英語で訪ねてしまっただけで、別に英語が得意って訳ではない。
まあ、このくらいなら私にも分かる程度なので大丈夫だけど……。
いや、大丈夫じゃない! 英語力は大丈夫だけど、そっちじゃない方が大丈夫じゃない!
「なんかもう……ゲームセンターって、なんかもう……」
げんなり。
鈴凛ちゃん、アンタ鞠絵ちゃんをなんて場所につれてきてるのよ……。
こういう場所は、興味のない人間にはとことん何して良いのか分からないもの。
実際、普段足を踏み入れない私も何して良いのか分からない。
なーんでそういう場所に、乙女な鞠絵ちゃん連れ込むかなー? あの子。
「咲耶ちゃーん、このぬいぐるみ、可愛いデスー。取って欲しいデスー」
この子は、本来の任務をすっかり忘れて、ガラス張りの箱の中、クレーンの下のぬいぐるみに夢中だし……。
「はいはーい、目的忘れなーい」
「アーウー、欲しいデスー。ワトソン君! ワトソンくーん!!」
名残惜しそうに、ミーミー、チェキーチェキー喚く仔猫の鳴き声などの耳を貸さず、襟首を掴んで引き摺っては、店内を散策開始。
ターゲットと偶然鉢合わせてしまわないように、気を配りながら歩くコースを選んで進む。
しかし……ゲームセンターとは本当にうるさいものである。
一緒に動いている四葉ちゃんの声さえ、聞き取りづらいったらありゃしない。
ガチャガチャ、シャンシャン、チャリンチャリン。たくさんのゲームの音が入り混じった店内は、デリカシーのカケラも感じない。
喧騒に慣れていない人間が入ると、目眩を起こしそう……。
鞠絵ちゃん、大丈夫かしら……?
「あ、居ました」
「え? どこ!?」
「あそこデス」
四葉ちゃんがある一方に指をさす。その方向の先に視線を送ると……居た!
「フムフム……ガン・シューティングをプレイするみたいデスね……」
日本警察なんたらって書かれているゲーム機の前に、女の子がふたり並んでいる。
「―――そのタイトルから、日本警察になりきってガンをシューティングしていくゲームをプレイしようとしてると推測される……」
「咲耶ちゃん、ナニ見たままをナレーション口調で解説してるんデスか?」
私たちは、彼女たち見つからないように適当な機械の陰を見つけ、そこからその様子を伺うことにした。
私たちの陣取った場所は、多少距離は離れているけどゲーム画面から見て真正面の場所。
ゲームプレイヤーの背中が向けられて死角になって、ゲーム状況は良く見えるし、なんとも好都合な場所。
「さっすが咲耶ちゃん! 即座にベストポジションを取るとは、咲耶ちゃんには尾行の才能がアリマス!」
「……なんかそれ、嬉しくないわね」
四葉ちゃんの褒め言葉に複雑な表情を浮かべながら、再び機械の方へ目を向けた。
ふたりの少女の内、メガネで三つ編みの女の子の方が銃の形をしたコントローラーを手に持っている。
どうやら、プレイヤーは鞠絵ちゃんみたい。
まだゲームは始まっていないみたいで、鞠絵ちゃんは両手でプラスチック製の銃を慣れない手つきで持ってみては、物珍しく眺めている。
鈴凛ちゃんならいざ知らず、鞠絵ちゃんにこの場所は未知の領域。きっと見るもの全てが物珍しいんだろう。
その様子が、たまらなく初々しい。
「ああ……初々しい鞠絵ちゃんって、なんかイイわね……。可愛いわね……。
鞠絵ちゃんに、ちょっとごつごつしたデザインの銃ってギャップも、なんだか愛らしいわ……」
「咲耶ちゃん、それウワキ?」
「違うわよ。可憐ちゃんにはラブデスティニーを感じるけど、鞠絵ちゃんは特に可愛い妹なだけよ。恋愛と姉妹愛は別物よ」
「可憐ちゃんもキョウダイデスよ!?」
私たちがみょーちくりんな会話を繰り広げている間に、画面にはゲーム内容の説明画面が表示しだした。
出てくる犯人を撃て、人質は撃つな、リロード方法は、回復方法は……そんな基本的な説明画面が流れている。
そして、鞠絵ちゃんが画面に向かって構え、「Ready Go!!」の文字が画面に大々的に表示。
どうやら、ゲームスタートしたよう。
私は、勇ましくも愛らしい妹の勇姿を……―――
「わぁ。鞠絵ちゃんスゴイデス! 全弾命中デス!」
「……ええ、そうね。全部人質に当てて減点くらってる……あ、ゲームオーバーになった」
―――……もとい、人質全員撃ち殺すという暴挙を眺めた。……で、眺め終えた。
「えぇー……」
「じぇ、ジェノサイド……」
〔genocide(ジェノサイド)・・・意味:大量虐殺、皆殺し〕
これ外したとか下手だとかそういうレベルじゃないって……!
だってステージ1でしょ? ターゲットと人質だって、誤射しちゃうほど入り込んで出てくる難易度でもないはずなのに。
逆に、普通にターゲット全員を外さず撃つのも相当のレベルが要求されるんだから、狙ったってなかなかできるものでもない。
なのに……銃弾は、全て外れることなく、吸い込まれるように人質の胸や頭へ……偶然? 偶然よね? ねぇ!?
その命果てるまで、画面内に出て来た人質全てを撃ち抜いた当の本人は、自らの功績(?)に不満そうな表情を浮かべている。
……って、あれ? 満足そうだ!?
「……あー。あれは……結果じゃなくて、過程を楽しんだとか、鈴凛ちゃんと一緒だとか、そういうところよね? なのよね?」
「四葉に聞かないでクダサイ……」
だから、決して狙い通りに人質全員撃ち殺した訳じゃない。そうに決まってる。
「トニカク……鞠絵ちゃんのナイススマイルを……チェキ!」
四葉ちゃんはすかさずその笑顔を、デジカメで捕らえていた。
経緯はともかく、素敵な笑顔だというのは、遠目からでも分かったから……。
しかし、撃てるだけの人質全てを撃ち抜いた上で成り立つ笑顔って……あなたは魔王か何かですか?
鞠絵……恐ろしい子!
「ついでに少女マンガチックに白目の咲耶ちゃんもチェキ!」
「格闘ゲームって……格闘ゲームって……」
お次にやってきたのは、格闘ゲームの機械の前である。
その機械の前に、鞠絵ちゃんはちょこんと座ってスタンバっている。
私は、陰からその様子を見て、げんなりレベルを更に上げていた……。
エスコートするにしたって、クレーンゲームとか、最近だったら太鼓叩くヤツとか、もっと選びようがあるでしょうに……。
なのに、格闘ゲームって……明らかに鈴凛ちゃんの趣味じゃない?
鞠絵ちゃんは、そういうゲームとはイメージに合わないし、事実興味も薄いんじゃないかしら……?
特に、ゲームとはいえ殴り合いとか、好きじゃないだろうしさ。そういうゲーム、やったことも無いんじゃないの?
「うわわっ!? 鞠絵ちゃん、ムッキムキのマッチョマンを選んじゃったデス!?」
ほら! おたおたしたままキャラ選択が時間切れして、ヘンなキャラに勝手に決まっちゃったんじゃないの!?
……あ、いや、決して筋肉質なお方がヘンと言うわけではなく、乙女チックな鞠絵ちゃんに比べて、という意味で……。
別に私の美的感覚じゃセンスのカケラも感じないという個人的感情がこもってるとか、そんなことは…………あります。
「さて、鞠絵ちゃんのウデマエは……!?」
私がやきもきしても仕方がなく、そうこうしている内にゲーム画面に「ready fight」の文字が表示され、戦闘が開始した。
鈴凛ちゃんにプラスして私たちも見守る中、鞠絵ちゃん操るマッスルの、最初の挑戦者との戦いが始まったのである。
開始早々、早速動きがあった。
鞠絵ちゃん操る筋肉キャラが大振り強攻撃での先制攻撃仕掛け……なんとこの攻撃が見事に敵キャラにヒットしたのである。
「ワァオッ! 鞠絵ちゃん、ヤリマスね!」
敵キャラは、その攻撃の威力にわずかに後方へと飛ばされ、体力ゲージもそれなりに大きく削られていた。
この威力は、さすがマッチョッチョパワーキャラというところね。
四葉ちゃんも私と同様、鞠絵ちゃんの腕前を見くびっていたのか、その成功に、鞠絵ちゃんを見直していた。
しかし……ここが私と四葉ちゃんの差なのだろうか……。私まだ、鞠絵ちゃんを見直しては居なかった……。
そして思った通り、見直されたのも束の間、鞠絵ちゃんの仮面はすぐに剥がれ落ちた。
「あ、アレ……?」
間合いができた後も、強攻撃を続ける鞠絵ちゃん。
距離ができ、相手に当たらくないというのに、その行動をくり返しくり返し行うのだった……。
……要するに、鞠絵ちゃんはただ強攻撃ボタンをくり返し押しているだけなのだ。
それも連打じゃない、ポチッ…ポチッ…と、ゆったりしたペースで。
それでも、ステージ1の敵は、無防備に当たりに前に出てくる。
当たっては後ろに飛ばされて、間合いができ、もっかい前に出てくるまで空振りを繰り返す……。
要するに物凄く手馴れていない、初心者丸出しの動きであった。
というか、お分かりだろうが、鞠絵ちゃんは一切レバーを動かしていない。
世界の名だたるファイターが、そんなので良いのか……?
その様子を見かねたのか、鈴凛ちゃんはなにかアドバイスをあげて、鞠絵ちゃんのキャラはやっと移動するようになった。
しばらくぎこちないファイトが続き……とうとうラウンド1が終了。
別にK.O.を奪ったわけでなくタイムアップの時間切れ。
一応結果は鞠絵ちゃんの判定勝ち……なんともしまりの無いファイトである。
ゲームの中のギャラリーたちは、口を揃えて「金返せ」と叫びそう……うん? あのギャラリーお金払って見てるのかしら?
「チェキぃ……なんていうか……」
「言ってあげるな四葉ちゃん、それが優しさというものよ」
慣れていないんだから、その辺は目を瞑ってあげましょう……。
そういうのは言わずに、心の中で思うだけに留めておくの。
不安を抱えたまま第2ラウンド開始。
しかし……ここで、ゲームに動きが出る。
「チェキ? アレは一体……?」
突然、鞠絵ちゃんの操作するマッスルは、ぴょんぴょん敵キャラの前で何度も前へジャンプしだしたのだ。
そして着地と同時に大振りの強攻撃。
前にジャンプ、着地して強攻撃。
また前にジャンプ、着地して強攻撃。
またまた前にジャンプ、着地して強攻撃。
たまに敵キャラを飛び越えて、それでもやっぱり強攻撃。
またまたまた前に……そんな、動作の繰り返し……。
その動作を見て、私はあることに気がつく。
「あ、あれは……」
「知っているのかテリーマン」
「誰よ!?」
「え? じゃあライデン」
「だから何の話よ!?」
「ニッポンでは、解説が始まりそうになるとある特定の人名を言うって習慣があるんじゃ? イッツ・ジャパニーズ・ヤリトリ!」
「そんなマナー日本にはない!!」
四葉ちゃん……悪いインターネットに毒されちゃダメよ?
「で、アレはなんなんデスか?」
四葉ちゃんが、知ってるなら教えてくれと言わんばかりに、興味に溢れたキラキラの目を向けてくる。
一度自分で話を逸らしておいて……と思いつつも、仕方ないといった感じに解説を開始した。
「……あれは、レバー1回転を失敗している動きよ」
『レバー1回転』……
格闘ゲームでは一撃必殺の投げ技が繰り出される典型的なコマンドで、
主に機動力が低く、攻撃力の高い筋肉キャラ、マッチョッチョキャラに設定されるコマンドである。
コマンドの難易度は、ゲージを消費して発動される超必殺技(通称「ゲージ技」)を除く通常必殺技の中ではトップクラス。
その上位に当たるゲージ技「レバー2回転+攻撃ボタン」にもなると、その威力は、体力ゲージを半分近く持って行くほど高い。
レバー回転のコマンドは、その性質上、ジャンプ動作に当たる「レバー前上」、「レバー上」のコマンドの入力を必要とし、
これは基本動作の「ジャンプ」(「垂直ジャンプ」、「前ジャンプ」)に該当するコマンドである。
そのため、レバー回転のコマンドが入力されきる前にプログラムが「レバー前上」を認識、キャラクターを前方へジャンプさせてしまう。
レバー回転攻撃は、地上で行われる「地上投げ」が常であるため、
肝心の攻撃ボタンを押すタイミングには、キャラクターは空中におり、技の発動に失敗してしまう。
したがって、レバー回転の技を発動させる際は、あらかじめジャンプの動作を行い、
空中でタイミング良くレバーを回転させ、着地と同時に攻撃ボタンを入力しコマンドを完了させる。
または、先に通常攻撃を発動させ、攻撃モーション中の硬直によるレバー上のジャンプの動作を封じ、
且つ、攻撃モーション中に必殺技に移行する「キャンセル」という技術を要して発動させる。
また、まだコマンド入力のタイミングを知らない初心者にとっては、
コマンド入力中にジャンプの動作が行われた場合、着地の「タイミングと同時に押せば発動する」という思い違いを抱いており、
それは、「レバーを1回転した直後」の条件が満たされないため、レバー回転技は発動されず通常攻撃が行われるだけに留まる。
一度失敗した以上、発動まで挑戦したくなるというのが初心者の心境であり、
その結果、「敵に近づきながらぴょんぴょんジャンプして着地後攻撃」という動作が繰り広げられるのである。
ここで強攻撃が出るのは、格闘ゲームの初心者は硬直時間についての知識が乏しく、威力のみに目が行ってしまうためである。
(これは開始早々の鞠絵ちゃんの強攻撃の連続でも見て取ることができる)
これは、初心者がレバー回転コマンドに挑む者にはまず立ちふさがる壁であり、通過儀礼であるともいえよう。
「地上で攻撃ボタン」、「レバー1回転した直後に攻撃ボタン」のジレンマを解消することが、第一の関門である。
かくいう私は、鈴凛ちゃん主催のゲーム大会に何度か参戦し、負けた悔しさからゲームを練習。
トレーニングモードでのコマンド入力練習の末、このメカニズムを解析。
趣味に合わないという理由でマッチョッチョキャラの使用は控えるが、実践では使用できないまでも練習なら発動することはできる。
なお、ここで書かれている事は、全て私、咲耶の独断と偏見による自己分析結果であり、
世の中の全体的な事実ではないという逃げ道を用意させて貰う。
余談ではあるが、同じく難しいと声が聞こえる「サマーソ○トジャスティス」のコマンドを、花穂ちゃんはいとも簡単に発動してみせた。
発動できるだけで、彼女自身の勝率は高くはない……。『エルダー流格闘ゲーム論・ファイター編 〜48の殺人技を伝授!!〜』より。
「……ということよ」
「マッチョッチョ……くくく……マッチョッチョって……チョッチョ……ぷっ、くく…アハハハッ……!」
「う、うっさい!? 言うでしょ、マッチョッチョって! 良いでしょ別に!」
人が一生懸命したって言うのに、四葉ちゃんはどうでも良いところに食いつきやがった。
あー、もうっ! 笑うなー!!
「あ、鞠絵ちゃん負けちゃったデス……」
結局、鞠絵ちゃんは、お目当てのレーバー1回転技を出せないままサンドバックに。
敵の目の前でぴょんぴょん飛んで、それが無駄な動きなってしまった結果である。
ひとつの技を出そうと躍起になると、それが原因で負けてしまうことは、ビギナーには特によくあることで、私も覚えがあるわ。
ビギナーの鞠絵ちゃんは同じ失敗をくり返してしまい、そのまま最終ラウンドも敗北を喫してしまったのであった……。
まあ、巨体のマッチョッチョが目の前でぴょんぴょんしてきたら、そりゃ相手も叩きのめしたくなるわよね……。
「あーあ、鞠絵ちゃん残念デスね」
「そうね……」
それはステージひとつもクリアできずにゲーム機を後にする彼女へのねぎらいの気持ちか。
自分のことではないにも関わらず、口々に残念だったと言い合った。
鞠絵ちゃんは、終わったゲームから席を立つと、鈴凛ちゃんと共にゲーム機を後にした。
けれど、去り際に少しだけ覗けたその顔は……相変わらず笑っていた。……ように見えた。
「さ、行くわよ」
「チェキ! 了解デス!」
私は、距離を取りつつ鞠絵ちゃんたちの後を追跡。
四葉ちゃんは、さっきまで鞠絵ちゃんが座ってたイスに腰掛け、お財布からなけなしの100円玉を取り出す。
「って、なんでゲーム機に座ってるのよ!?」
「え? 四葉の実力が鞠絵ちゃんより上回っていると証明するタメに……?」
「いらないから! っていうか四葉ちゃんが間違いなく強いから! 四葉ちゃんに圧敗している私が言うんだから間違いないって!」
「イエイエ、コレばっかりは試さないとワカラナイのデス……」
「テメェ自分がやりたいだけだろ?」
さっきから横道に逸れないことを知らないこの子は、将来立派な名探偵になれるのだろうか……?
どーでも良いことに一抹の不安を覚えながら、私はまた仔猫の襟首掴んで尾行を再開した。
その後、鞠絵ちゃんたちは、他にもいくつかのゲームをプレイしてからゲームセンターを後にした。
とりあえず、その全てで鞠絵ちゃんがプレイしていたって所は、
減点だらけの今までの免罪符ってことで……ちょっとだけ、許してやってもいいかな……?
その気持ちが……次の店で、ばっさり断ち切られるとは……この時の私は思いもしませんでした……。
「あぅあぅあぅ……」
これは、さっきから「アゥアゥ」言っていた四葉ちゃんのではなく、
紛れもなく私の口から漏れた、言葉にも悲鳴にもなってくれない虚しい声なのである。
見分け方は、四葉ちゃんはブリテン育ちなのでカタカナで、私は日本育ちなのでひらがなである。
そんなことはどうでも良い。
店内入口で、みょーちくりんな声を出してボーゼンと立ち尽くす。
牛丼屋、ゲームセンターと来て、さすがに、これ以上酷くなることはないだろう……そう楽観していた。
……が、それが本当に「楽観」だったと、思い知らされる。
そこには、夢見る乙女の私には想像もつかないような、とても殺伐とした世界が広がっていたのだから……。
「なに……ここ……?」
「ジャンクショップデス」
"じゃんくしょっぷ"と呼ばれたそこは、お店と呼ぶにはとても取り乱れた場所で、まさに「鈴凛ちゃんの部屋・おっきいver.」だった……。
要するにガラクタが散らばっている。
まあ、鈴凛ちゃんの部屋よりは綺麗だけど……だけど……!
商品はかごにグシャ……キーボードは山積み、ディスプレイはホコリっぽいし……え? 良いの?
見たところ中古品みたいだけど……仮にも売り物でしょ? 綺麗にしないの?
お店って、見栄えが大事なんでしょ? お客さん来ないわよ?
それに精密機械ってホコリに弱いんじゃなかったっけ? ねぇ?
このガラスケースなんて汚れてたり、テープの跡が付いてたり……。
付いてる値札も、黄ばんでたり剥がれかかってたり……って、あれ?
……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうま……なんで6ケタもの値段が付いてるのッ!?
「あ、あは……あはは……あははは……」
ち、違う……ここは私の知ってる世界じゃない……!!
知識として、こういう場所があるのは知っていた。
鈴凛ちゃんがたまにレアもの手に入れたって、感激と自慢で話題に出てくるから。
もっとも、私が興味ないのを知って、早々と話を切り上げてくれるんだけど……。
もっと良く聞いておけば、ここまで凍りつくことはなかったのだろうか?
「あはははー、おしゃれなブティックどこー? 行きつけのアクセサリーショップはー?
あと大バーゲンセール50%OFFで靴下買わなきゃ行けないのに〜。そここそが私の世界、私が住む場所よ〜。
な〜のに〜。……なのに……なのに……なのになんで、私……こんな……あぅあぅあぅ……」
……いや、百聞しいていても、今受けた一見のインパクトに勝てるかどうか怪しい……。
「ここは……ここは、私みたいな夢見る乙女の来る世界じゃな〜い……」
こんなにもアンダーグラウンドな世界を目の当たりにして、動揺を隠せない。
いつも、長女として威厳を保っていようと意気込んで居たけど、そんな仮面もすっかり剥がれ落ちて、今にも泣き出しそう。
こんな弱気な気持ちになるの、何年ぶりかしら……?
世の中は広い……こんな世界があるだなんて、私知らなかった……知らないままで、居たかった……。
「そんなオオゲサな。あと咲耶ちゃんは夢見る乙女なんかじゃないデス」
「OK。その遺言しかと受け取った」
一瞬復活した。
「そんなコトより、早く行かないとはぐれちゃいマスよ」
ついで言うと四葉ちゃんの命の価値は「そんなコト」らしい。
まあ「そんなコト」は置いておいて……。
「い、行くぅ!? ひぃぃ?!」
「エェー……咲耶ちゃんオビえ過ぎー」
あぅあぅうぐぅ……四葉ちゃんに呆れられた、四葉ちゃんごときに見下されたー……。
でも仕方ないでしょ。仕方ないわよ。仕方ないのよ。
私にこの、ガラクタまみれの暗黒空間に中に入れなんて、私にできるはずない……できるわけがないっ!!
「ほらほら、他のお客さんのジャマになりマスから、入って入って。チョージョの威厳がスタりマスよ。ベーオウルフの名が泣きマスよ」
「あぅあぅあぅ……」
しかし、そんな私の気持ちも無視されて、四葉ちゃんは背中を押して、私を店内に無理矢理詰め込む。
私の精神的ストレスはピークに達していて、思わず「ベーオウルフなんて二つ名なて持っとらんわ!」とツッコミ損ねるほどだった。
ここは違う……。ここは私の居るところじゃない……。
私……今日はいっぱいおめかししてきたのよ?
髪の毛も一生懸命セットして、香水だってバッチリとキメて、アクセもネイルも……他にも他にも……。
「咲耶ちゃ〜ん、ドウヨウして心の声デモ実況中継してるんデスか〜?
咲耶ちゃんのキレイになるための努力は分かりましたカラ、少し気を確かに持ってクダサ〜イ」
ねぇ……私の朝の努力って、こんなところに来るために費やしたの……?
おかしい。おかしいわよ。
今まで出会った人は、私を認めてくれた、綺麗になる私を受け入れてくれたのに。
今……綺麗でありすぎて、自分が異物であることを感じざるを得ない……。
「咲耶ちゃんそれ言い過ぎデス」
今までの人生で、努力して来たものが、積み重ねてきたものが……否定される……。
私という存在が……私という個体が、否定される……。
こんなにも悲しいことって、あるのかしら……?
「ほらー、鞠絵ちゃんだってヘーキなんデスから、咲耶ちゃんがしっかりしないでどうするんデスか?」
不意に、四葉ちゃんが紡いだ言葉に紛れていた、とある単語に、私の中の何かが反応した。
「……鞠絵、ちゃん?」
その単語を改めて口に出して呟いて、やっと、私は大切なことを思い出した……。
そうだ……私は何のためにここに居る? それは鞠絵ちゃんを守るためじゃない!!
大切な、大切な妹を! ズボラな妹の魔の手から守るためっ!!
「えいいっ! 負けてられるかぁっ!!」
「チェキ?!」
鞠絵ちゃんを……可愛い妹を、守るため!
折れそうになった心を、再び奮い立たせる!
フラフラだった足で大地を踏みしめ、さっきまでの弱気までも吹き飛ばす勢いでドシドシ大股で店内を進んだ。
「はぁーッ……! ……はぁーッ! ……はぁーッ! ……っっ……ゼーッ……! ……ゼーッ……!」
「咲耶ちゃん……そんな身震いしてまで息荒げて無理しなくても良いデスよ……?
っていうかお店に失礼デスよ……? あと……四葉恥ずかしいデスぅ……」
思い起こすのよっ!
あンの金喰い虫はっ!
よりにもよって鞠絵ちゃんみたいな清楚乙女をっ!
こんなオンボ……決して小奇麗とはいえないところ連れて来やがったっ!!
掘り出し物が見つかりそうな雰囲気が、鈴凛ちゃんの趣味だというのも分かるっ!!
だがしかしっ! ここにはない! 鞠絵ちゃんを喜ばせそうな要素が、どこにもっ!?
あるのは、デートの雰囲気をぶち壊しかねない、乙女チックのカケラも無いこの雰囲気!
それを許して良いの?
誕生日を、ロマンティックに過ごしてあげられなくて良いの!?
良くはない!!
なら……そこから彼女を守るためにっ! 見守るのよ、咲耶ぁっ!!
「……で、……すか……?」
「う…、……だよ……」
「ん!?」
少し中へ進むと、聞き覚えのある声が耳に届く。
私は音を殺し、声の方向へ慎重に足を運んだ。
そして、商品棚の陰からそっと声の方向を伺うと……居た! ターゲットのふたり、発見!
「でね、ここは……で、……だから……」
「へぇ……そうなんですか……」
一見すると、ふたりは楽しそうに会話を繰り広げていた。
鈴凛ちゃんは、パーツを片手になんだか自慢げに話している。
そして鞠絵ちゃんは、それに相槌を打って応える。
応えるだけで……自分から話を持ちかけることなく、受け身になって話を聞くに徹していた。
鈴凛ちゃんは、そんな鞠絵ちゃんへ好き勝手に話題をじゃんじゃん運んできて、そして相槌……。
「……ってぇ、鞠絵ちゃんよく分かってないんじゃないの!?」
やっぱり……無理して付き合わされてるのかしら……?
鈴凛ちゃんの暴走に、不安の種が積もっていく。
「あー! これ探していたレア物のパーツだー!」
「うぉぃぃいいぃぃぃッッ!!」
何テメーが楽しんでんだ!? 今日の主役は鞠絵ちゃんだろーが!!?
目的忘れんなよっ!? 鞠絵ちゃん喜ばせなきゃダメじゃん!?
あーもうダメダメ!! 減点よ減点!! 0点0点0点0点0てーんッッ!!
「ふがっ!? ふがふがっ!?!?」
……といったような台詞を、四葉ちゃんに塞がれた口から発する「ふがふが語」に込められているのである。
「ダメデスー……! おっきな声出しちゃ、見つかっちゃうデスー……!」
四葉ちゃんは、商品棚の陰から少しだけ乗り出していた私の体を、商品棚の陰に隠れるほど引っ張り込んだ。
どうでも良いけど、口を抑えた手でそのまま後ろに引っ張り込まれると、首に掛かる負担が大きいのね。
ちょっと筋違えた……。覚えてろこのチェキの助。
「ご、ごめん……私ったらつい大声で……」
「マッタク……」
どうもこの場所はダメ……。
四葉ちゃんに注意されるなんて、屈辱。恥辱。一生の汚点。
なんか私と四葉ちゃんと立場逆じゃない。これは四葉ちゃんの役目よ……。
なに、このお店って属性反転する魔法でも掛かってるんじゃないの?
「四葉そんなにヒドくなかったデス!?」
とりあえず、今は任務最優先……ということで、今一度商品棚からちょこんと顔を出して覗いてみる。
ふたりはこちらに背を向けたまま、店の奥に向かっていった。
どうやら、あのふたりの遺跡発掘はまだ続きそう……。
けれど、
「ああ、今のでドッと疲れた……もうダメ。もう私……ダメ、みたい……」
「ンなオオゲサな……」
反対に私は、ルーベンスの絵の前で隣にミカエルが寄り添って一緒に眠ってしまいそうな気分。
一度奮い立たせた気力も、ロウソクの最後の燃え上がりだったらしく、今の「ふがふが語」の大爆発(未遂)で、気力はスッカラカン。
肉体的にも精神的にも、とうとう限界に達した模様。
「四葉ちゃん……」
「なんデスか?」
「どうやら……私はこれまでみたい……」
「えっ!? イヤ、気をしっかり持ってクダサイ!?」
私の身はここまでのようだけれど……しかし、ここにきてハッキリしたわ……。
バースデーデートとかこつけながら、その実、鞠絵ちゃんのことを考えていない鈴凛ちゃんの態度……
これ以上、のさばらせておくわけには行かなくなったことがっ!!
「だから……決めたの……」
失望した。
そして呆れた。
鞠絵ちゃんの相手を務める彼女に。
誕生日に唯一、鞠絵ちゃんを任されたという大任を背負っておきながら、この体たらくに……。
今までは、まだ許せる範囲だったから、少しは目を瞑っていた。
……なのに。誕生日というイベントを台無しにする今日の様は、もはや見逃せるものではない!
あれはエスコート役とは名ばかりの、鞠絵ちゃんを蝕む悪魔! デーモン! ダイモン! ディアヴロ!
執行猶予など……与える必要もない……。
「処刑執行撫子・ハルカの出動を要請する」
「チェキーっ?!」
私の一言に、四葉ちゃんが驚きの声を上げる。
それもそうであろう……鞠絵ちゃん大好きナデシコさんが、こんな暴挙を聞いたら、どうなることか……。
大切な人を守りたいと願う春歌ちゃんにとって、病弱で儚い鞠絵ちゃんは恰好の保護対象だった。
礼儀正しく、落ち着きがあって、超生真面目な人間で。
そして、あらゆる稽古事で、肉体的にも精神的にも鍛え上げられ、か弱い鞠絵ちゃんを守る度量もある。
ぶっちゃけ、私も春歌ちゃん方が相応しいと思うし。付き合う、付き合わないって意味じゃなく、鞠絵ちゃんを任せる相手としてって意味で。
だって間違っても牛丼屋やゲームセンターや"じゃんくしょぷ"なんかとは縁の無い人間だし。
あ、牛丼屋は和風なところだから縁があるかしら? まあ、誕生日には間違っても連れて行かないでしょうけど。
「……でも春歌ちゃん、今日はおケイコの日デスよ? しかもケイコちゃんと」
「誰と稽古してるとかどうかはこの際どうでもいいわい。……ま、大丈夫でしょ。終わったら飛んで執行しに来るはず……」
「ケイコちゃんとおケイコ。ぷっ…ククク……」
「アンタのツボはイマイチ分からん」
「ケイコチャンと……くくくく……」
……まあ、ヘンなところがツボに入って、笑い転げる人間は置いておいて……。
そんな春歌ちゃんが、今日の出来事を全て聞いたなら……持てる力全てを解放して、鞠絵ちゃんを救おうとするだろう……。
その結果、障害となるものは全て排除。そして、二度と悲劇が繰り返されぬよう完璧なる調教をも施す。
完璧がゆえに、そこに甘えや妥協、そして容赦さえも……無い。
それほどまでに、彼女の「お守りしますわ願望」は高度のもの。
私は、脳内で、彼女の引き起こすであろう処刑絵図を脳内にて思い浮かべてみた……。
恐らく、並では済まない……。私の想像さえも遥かに凌駕する。
それは礼儀作法の阿鼻叫喚。礼儀作法の無間地獄。
連れて行かれれば最後。鈴凛ちゃんはあらゆる責め苦に耐え、清く正しい礼儀人間として、現世に戻ってくるであろう……。
「ってな訳で、私、携帯メール入れにお店出てすぐにあったカフェでお茶してるから、終わったら呼んで」
「舐めんな」
カフェで優雅に待つこと30分ほど。
四葉ちゃんより、鞠絵ちゃんたちがお店を後にしたとの報告が入り、私の尾行捜査が再開された。
本来居るべき世界でオシャレ分を補給して、オシャレ力を取り戻した私は、さっきまでがウソのように復活を遂げていた。
いいえ、あれは夢……悪い夢だったに違いないわ……。
「咲耶ちゃん、なにキラキラした遠い目で清々しく語っているんデスか?」
「ららら〜♪ 悪い夢〜よ〜〜さ〜ようなら〜♪ お帰り現実〜♪ こ〜こは〜〜私のせ〜か〜い〜〜〜♪」
弾む心と、取り戻した元気で、スキップしながら、鞠絵ちゃんたちを追跡。
お次に辿り着いた場所は……。
「公園、ね……」
「デス。チェキ!」
デートとしてはやっと真っ当な場所へたどり着いたと言える。
……しかし、誕生日というインパクトを考えると……少し弱い。
今までのコースを思えば、挽回するには弱いといえるけれど、今までよりマシともいえるし。
「んー、時間的に見ても、多分ここが最後ね」
「チェキ? そうなのデスか?」
「アンタも自称名探偵名乗るならそのくらいの情報手に入れておきなさいよ」
私は、さっき春歌ちゃんへの連絡と、カフェを出る前に時間を確認してきてる。
今の時間からだと、移動時間を計算しても、次にどこかに行って楽しむほどの余裕はない。
最後が公園とは……まあ、悪くはない選択かしら?
ふたりはある程度園内を歩いて、ベンチに腰を下ろす。
それなりに人の目が届かないところ選んで陣取っていた。
恐らく、尾行している人間以外には、ふたりの世界を覗くことは叶わないだろう。
私たちは茂みの中に身を潜めて、その様子を観察させていただくことにしました。
「チェキチェキ……イカガワシイ行為に及ぶなら、今がチャンスデスね!」
「はい、イカガワシイとか言わない!」
おでこをペチンと軽く叩いて、四葉ちゃんへツッコミ。うん、私すっかりいつものペースに戻ってるわ。
それはそうと、清楚鞠絵ちゃんがいかがわしい行為に及ぶはずもなかろう。
せいぜいキスをおねだりするくらい、と聞いている。
どうにも鈴凛ちゃんの話では、鞠絵ちゃんは相当のキス魔らしいから……って、信じられるか!?
で、肝心のふたりはというと……ベンチで寄り添って休憩中。
今日一日、街中を歩き回ってきたんだから、疲れが溜まってしまうのも無理は無い。
仮に鈴凛ちゃんが平気だとしても、鞠絵ちゃんにとっては結構な量。
さすがに体力も続かず、最後はゆったり一休みといったところかしら。
「寄り添って」というのがポイントで、静かながらも良いムード。
たまに言葉を交わしているようではあるけど、基本的にはゆったりした時間を過ごしている。
それは……何気ないけれど、好き合う者同士には、掛け替えのない時間にも思えた……。
と、そこで鞠絵ちゃんはそっと、鈴凛ちゃんの手の上に、自分の手を重ねた……。
それに気づいて鈴凛ちゃんもハッとして、鞠絵ちゃんの方を向く。
「ワァオ……! 鞠絵ちゃんダイタンデス……!」
でも鞠絵ちゃんは……鈴凛ちゃんの方へ顔を向けない。
それは恥ずかしかったからだからだろうか、顔を合わせられない代わりに、ほんのり頬を赤らめて嬉しそうに顔を俯かせる……。
鈴凛ちゃんも、それに感応するみたいに、自分の顔も紅潮させて、同じように顔を俯かせた……。
そして、そのままふたりの時間が止まる……。
聞こえる音は、風の音と草のこすれる音だけ。本当に静かで……とても良い雰囲気……。
「……あー、最後だからやっぱりやるのかしら? やっちゃうのかしら?」
「お次はキスシーンってコトデスか……? ワクワク……」
鈴凛ちゃんが言うことが本当なら、ここまで良い雰囲気になって行動に出ないはずは無い。
というか、お互いの気持ちがOKって分かり合ってる仲でこの状態なら……私ならする!!
私曰く、「ラブはタイミング」。
私は別にキス魔って訳じゃないけど、恋愛事情のタイミングは熟知しているつもりよ。怖くて踏み出せないだけで。
だから私が狙うタイミングで行わないのなら、それはキス魔を名乗るにはまだ早い。
そんな私が断定するのよ……この雰囲気は行けるってっ!
「でも、今更良いムードにされてもねぇ……」
今まで見せられた失望が、今更キスのひとつやふたつで何とかなるとも考えがたい。
いや、ひとつやふたつでも恐ろしく強力だけどさ。
今までの失態を全てひっくり返すくらいのことが、このあと起こるとも考えがたい。
むしろ鞠絵ちゃんに早く目を覚まして欲しい。
真面目な鞠絵ちゃんには、鈴凛ちゃんみたいなアウトローは刺激的な魅力があるかもしれないけど、
それは徐々に鞠絵ちゃんの体を蝕んでいくに違いないわ。
今に騙されちゃダメ、長い目で幸せを掴んで。
それこそが、私の願い……。ああ、早くヤマトナデシコ処刑人が来ないものだろうか。
「あ……アー、アー……咲耶ちゃん、咲耶ちゃん……」
「なによ、うるさいわね。考え事の邪魔。あ! もしかしてもうやっちゃった?」
「じゃ、じゃなくて……アゥゥ……」
四葉ちゃんが、どこか弱った感じに、鞠絵ちゃんたちがラブラブしている方向を指差す。
何か動きがあったのかしら? ってことは今ラブシーンの真っ最ちゅ……
「…………咲耶ちゃん、なにしてるの?」
「………………」
それは、今隣に居る子のものではない、聞き覚えのある声だった。
もうなんちゅーか……今、目の前で良いムードくり広げていて、他のことに意識がいっていない子はずの声とそっくり。
そっくり過ぎて、想像したくない最悪の事態が起こってると思っちゃうくらい……。まっさかー。
……そんな拭いきれない不安を確かめるべく、恐る恐る名前を呼ばれた方向へ目を向ける……。
あははっ……ほら、思った通り………………不安的中。
「あー、いや……あははー……。ハロー、鈴凛ちゃん!」
見つかってしまいました。
目の前には……さっきまで手を握られて、真っ赤になっていたアウトローっ娘の姿が。
後ろには、連れ添うように鞠絵ちゃんもついてきている。
尾行のターゲットに、私たちの姿はバッチリ確認された訳です。
ああ、気まずい……その気まずさを誤魔化すために、元気の良い声で、ご機嫌取りのスマイルで取り繕った顔を向ける。
けれど、引きつったままの私の顔は苦笑いになってて、爽やかスマイルも効果半減といったところだと思う。
なんだか数時間前に見た覚えのある挨拶ね……。
「で、何しているんでございますでしょうか?」
「え、えと……街中で、偶然ふたりの姿見かけてね……
四葉ちゃんがふたりのデート尾行してたから、だから邪魔しないようにって注意しにいって……
悪いことしないように見張りも兼ねて、デバガメ?」
「覗き認めちゃったよ!?」
うん、誤魔化しきれてない。
なるほど……こういう時、本当にその場しのぎのウソって出なくなるものなのね。
数時間前の四葉ちゃんはこんな気分だったんだ。知りたくもなかったけど。
「いやー……こういう時って大抵、注意している割に私たちの存在に気づかないで、
キスシーンのひとつでも見せてくれるのが定石だと思ってたんだけど……見つかるパターンもあるのね」
「うん、アタシも、大抵こういう時都合良く人が居なくて、なんの問題もなくちゅーすると思ってたけど、見つけるパターンもあるのね」
鈴凛ちゃんは、私から目を逸らすことなく無言でジーッと睨み続けながら冷淡に口にする。
これが下手な尋問よりもプレッシャーを受ける……負い目とは、人を過剰に追い詰めるものなのね。
さながら、さっきの四葉ちゃんもこのくらいの威圧感を受けていたんだろうな……。
「アイアムストーン……四葉は石……」
ちなみに、今日限りの相棒は、無意味な変装術でこの場を逃れようと、体を丸めて屈んでいる。
既に見つかった今何の意味もなさない。っていうか、見つかる前でも意味が無い。
声に出している分、小石としては失格だし。
こんなのに素直に引っかかってくれるのはカッコ良くて優しくて世界でただひとりの全国の兄チャマくらいだ。
なによ、「世界でただひとり」と「全国の」って矛盾の共存?
むんずっ……
と、私が訳の分からない文章を解析していると、自らを小石と名乗る少女の頭に手が添えられる。
白くて、華奢で、綺麗な手が……メキメキと軋む音を小さく響かせて、頭にメリ込む……。
「うふふっ……鈴凛ちゃん、」
澄んだ柔らかい声が、物静かに、発せられる。
紡いだ少女は、メガネを妖しく光らせて、自ら小石と名乗る少女の体を持ち上、げ……て? へ……?
「ちぇすとーーーっ♥♥」
「ちぇーーーーきーーーー……」
とっても可愛らしい掛け声と共に、四葉ちゃんを片手で投げ……
「片手でブン投げたぁーーーっっっ!?」
四葉ちゃんの姿も見る見る小さくなる。
チェキー、という悲鳴らしくない悲鳴も、ドップラー効果を効かせながら、段々と小さくなって……
遠くでドスンと何かが落ちた音が耳に届いた……。
「清楚な乙女がー! 可憐な少女がーー!? 一体いつの間に飛騨山に棲息する夜叉猿に摩り替わったー!?」
「ふぅ……。小石って……ついつい投げたくなりますよね……♥」
いやマテ!? アレは小石ではない。
私はあいにく兄チャマではなく、100歩譲っても姉チャマなので、
あれが小石ではなく40〜50kgはある物体であることを誰よりも理解している!
そんな重量のものを、いとも簡単に、しかも片腕で放り投げてしまった。
え、だって、鞠絵ちゃんは病弱で……え? なに? 私まだ悪い夢の中に居る?
ぶん投げた少女は、いつも通りの柔らかい笑顔を浮かべていた。
ただひとつ違うのは……背中に背負ったドス黒いオーラくらい。黒っ……! なんか雰囲気ドス黒っ!?
今も崩れない笑顔が素敵なだけに、後ろのオーラのドス黒さの及ぼすギャップが、恐怖を掻き立てる。
なんかもう、バーサーカーに対峙したってくらい、圧倒的な威圧感が押し寄せてくる……。
「あああああ、あの光溢れる子から……光溢れる優しい子がなぜ、こんな……こんな真っ黒な……?」
「光……? うふふっ……♥ 光なんて……集まるのは結局害虫じゃないですか……♥」
「ぎゃー!? 笑顔と同時にドス黒いオーラ背負っておっそろしいコト口にしてるーーーー!?!?」
有り得ないはずの光景に、取り戻したはずの心の平静は再び喪失する。
ダメ……! 後ろにつけてるハートマークが、社交辞令的に「これが精一杯の優しい言い方です」と言っているようで、本当に恐ろしい。
「あー、今の鞠絵ちゃん、キスできるところを邪魔されて、ものっっっ凄く機嫌悪いから……」
横から、鈴凛ちゃんが小声で口添えした。
鈴凛ちゃんから、鞠絵ちゃんの性癖は伺っていたけど……なに? じゃあ鞠絵ちゃん、実は想像以上に不機嫌なの?
顔はいつも通りに笑ってるけど、中身はドス黒い感情がドロドロに渦巻いているの?
でもだからって、病弱な子がこんなにも豪腕になるものなの?
私が未知の恐怖に恐れおののいていると、鞠絵ちゃんは一歩、また一歩と、私の方へにじり寄って来た……。
私は、思わず「こっちに来るな」と叫びそうになる。
けれど相手が鞠絵ちゃんであることを思い出して、私はその欲求を押し留めた。
そもそも体が言うことを聞いてくれないので、うまく呂律が回りそうもない。
「姉上様……今日は邪魔しないって、約束でしたよ、ね……?」
笑顔だった。
とても良い笑顔で、柔らかい物腰で、そっと口にした。
声のトーンはいつも通りで……むしろいつも以上に柔らかい言い方だったかもしれない。
それが……背負ったドス黒いオーラのせいで、恐ろしいものに変貌している。
仮面の下に隠されている黒い「何か」が、どうしようもなく恐ろしい。
今の台詞は、質問であって、要望ではない。
けれど翻訳したら、それはきっと「退け!」だ。「去ね!」でもいい。「失せろ!」かもしれない。
いずれにせよ、ここから消えないと私はミンチにされて、ミカエル一家の今夜の晩御飯にされる……!
そう女の勘が告げている。
可愛く首を傾げて「ね……?」って言ってる子に、おいしいハンバーグを作ることを強制的に手伝わされる、材料として。
女の勘じゃなくて人としての生存本能が訴えかけてくる。
「ね……? あ、ね、う、え、さ、ま……♥」
「ごっ……ごっ……! ごめんなさぁーーーいっ!!」
悲鳴のようにそう言い残すと、私は四葉ちゃんの投げられた方角に脱兎の如く走って、その場を撤退した。
教訓、聖女ほど、怒らせるとこあい。
「ちぇき〜……ヒドい目にあったデス〜……」
四葉ちゃんを回収したあと、私たちは公園に戻る訳にも行かず、そのまま別の場所へと移動することを余儀なくされた……。
「案外……ぶん投げられた方がまだ幸せだったかもよ……?」
「へ? どういう?」
今、ふたり並んで駅前のコンビニで立ち読みしている。
「で、ナンデ駅に?」
「そりゃあ……鈴凛ちゃんを鞠絵ちゃん見送った後に捕獲するからよ。今の怒ってる鞠絵ちゃん相手にしたくない」
「咲耶ちゃんは……やっぱりカワディス、っと……」
さっきも聞いた単語を呟きながら、チェキノートに何かを記していく。
よく分からないけど、きっと「頭が冴えている」とか、「聡明」とか、そういう意味の言葉ね。きっと。
私たちがコンビニで待つこと数十分。
ターゲットのふたりが、駅に入るところを確認。
その際、鞠絵ちゃんからはドス黒いオーラはかき消えて、物凄く満足げな表情を浮かべていたから……多分、「した」のであろう。
現在、恐らくふたりは電車が出発までの時間を名残惜しみながら、最後の会話を楽しんでいるはず。
私たちは、鈴凛ちゃんの見送りが終わるまで、ここで立ち読みしながら待っているという訳。
「チェキ〜」
「なによ、どうしたの?」
「このコミック、四葉の好きなマンガなんデスケド……なんか今まで居た脇役さんたちが、
いつの間にかカップル成立しちゃって、いつの間にか破局ってるんデス〜」
「どれどれ……ああ、この漫画ね。この作者、主役とかメインしか立てないこと多いからねー。
メインキャラ、人気キャラだけ熱心に立てるけど、人気ない脇キャラは1コマ解説入れてはい終わりって多いのよ」
「四葉、この脇役さん好きなのに、もっとしっかり書いて欲しかったデス〜」
「そうよね。事後報告だけ伝えられて、肝心のシーン見せてくれなきゃ、なんら面白味も伝わってこないわよね。
シーンを飛ばされると、見てる側に登場人物の心理とか行動の重みが伝わってこないし、面白くないわよね。
既成事実だけあれば良いってものじゃないのよ。
例えば、キス魔っていっても、聞かされるだけじゃなくてキスシーンとかちゃんと見せてないと、納得できないじゃないの。ねぇ?」
「……それはアンに、鈴凛ちゃんたちのチュッチュが見れなかったコトへの愚痴デスか?」
「そうともいう。……ああっ! でも見たくない……!
あの可愛い鞠絵ちゃんが、鈴凛ちゃんなんかに汚される姿なんか見たくない!
人のラブシーンは見てみたいけど、見たくない……!」
「咲耶ちゃんスッゴク自分勝手〜」
暇なので立ち読みしながら漫画トークを繰り広げている私たちは、きっと迷惑な客なのだろう。
それもこれも、鈴凛ちゃんが早く出てこないから悪いのである。
「つまり、今コンビニの店員さんが困っているのは鈴凛ちゃんのせいである」
「咲耶ちゃんスッゴクスッゴク自分勝手〜」
鈴凛ちゃんが駅に入ってから10分くらい……。
その間に私たちの漫画トークは、ただ物語の主軸を辿るだけじゃなくて「+α」が大事、という論議にまで発展していた。
「あ、鈴凛ちゃん出てきたデ――」
「このズボラりんりーーーーーんッッ!!」
「――ス……って、WOW!? 光の速さでタキオン!? 咲耶ちゃんはタキオンでできている!?」
〔Tachyon(タキオン)・・・光速を超える速さで運動する仮想的な粒子のこと。〕
「ハイ、反・省・会・始め〜♪」
鈴凛ちゃんを拉致すると、落ち着いて話し合える場所へと連行。
選んだ場所は、さっき四葉ちゃんが投げ飛ばされ、可愛い妹のドス黒い「何か」を垣間見せ、私が泣きながら逃げ出した公園である。
「えー、っと……これはどういうことでございますでしょうか?」
「ざっと振り返ってみましょ、今日のデーぇトを〜♪」
鈴凛ちゃんは、なんでこうなったのか分からないといった表情を浮かべている。
私は、そんなのはお構いなしにと、それだけを告げた。
なぜか歌うような口調だけど、顔は全然笑ってないし、目はジト目で睨みつけてるし、全然楽しそうじゃないです。
ちなみに、四葉ちゃんは後ろで「パッパパラパラパラパラパラ♪ パッパパラパッパ〜♪」とか口ずさんででモンキーダンス踊ってる。
空気読め! ってか私の気持ち読め!
「我々、ぶっちゃけ牛丼屋からつけていました」
「うわっ!? 白状しちゃったよこの人!?」
とりあえず、鈴凛ちゃんを尋問するには私の不機嫌の理由を説明する必要があるだろうと、尾行をカミングアウト。
……しかし、今日一日の様子を見て、私の罪より鈴凛ちゃんの罪の方が大きいことが、私に負い目の意識をなくした。
ほら、鞠絵ちゃんの不機嫌の理由って、「キスシーン邪魔された」に集約してるし、他のところは不問だったじゃない? なのでOK。
「えっ……ウソ!? そんな前から……?」
「そーです。正直呆れました。失望しました。
誕生日だってのにプレゼントのひとつも買ってあげないで、ゲームやらせるだけやらせてハッピーバースデー?
心がこもってないにも程があるわよ!!」
「それは誤解! アタシのプレゼントは牛丼屋行く前にあげてます! 小型のデジタルオルゴール」
「……え? あ、そうなの……」
確かに、私は牛丼屋よりを知らないのだから、そういう展開だって十分に考えられた。
これは……ちょっと頭に血が上っていて早とちりしてしちゃったわね……。
今日のデートの一連の流れに、精神的に疲弊してたから、ついつい私が見ていた部分からが全てと勘違いしてしまったみたい……。
そ、そうよ! そのくらいひどい内容だったんだもの! その程度で今日の失態が許されるとでも―――
「発案、選曲、及び演奏、可憐ちゃんによるリラクゼーション効果の高い音楽のプレゼントです」
「それは誰にも否定できない素敵なプレゼントね。許すしかないわ」
「エェー」
これ以上ないほど最高のプレゼント(私にとって)を選別したセンスは、認めざるを得ないわ。
四葉ちゃんがなんか私の判決に文句あるみたいだけど、そんなのはどうでもいい。
なぜなら、それで全てが許されるほど私の見てきた「今日」は、罪の軽いものではないからよ。
私は、気を取り直すために咳払いをひとつ。一番の問題点を鈴凛ちゃんへと突きつけた。
「それはそれとして、私が特に失望したのは最後のホコリっぽいお店!」
「ホコリっぽい……あー、ジャンクショップのこと?」
「あぅあぅあぅあぅ……」
「って咲耶ちゃんどうしたの!?」
ガクガクブルブル。
今、思い出しただけでも身震いが止まらない。
一気に言い切ってしまうつもりだったけど、「思い出し怯え」によって口を止めてしまった。
アレは私の世界居るべきじゃない……あんなお店、存在してる訳がない……夢、全ては悪い夢なのよ……ガクガクブルブル。
「実は……ゴニョゴニョゴニョ……というワケなのデス」
「あー……合わないとは思ってたけど、まさかそこまでとは……」
私が行動不能に陥ったので、四葉ちゃんは、四葉ちゃんには珍しく気を回し、鈴凛ちゃんに耳打ちして状況をご説明。
鈴凛ちゃんも納得したご様子で頷いていた。
ついでに、「というか拒否反応の方向性が違わない?」、とか呟いている……うーん、私も違う気がしてきた。
しかしトラウマってしまったものは仕方がない。
仕方ないけど、ここは一言強く言ってやる場面なので、トラウマを振り払ってズバッと言葉を叩きつけてやる。
「あのねぇ、ただでさえ健康に気を使わなきゃいけない鞠絵ちゃんなのよ。
あんなホコリっぽい場所につれてくなんて、なに考えてるの?」
私でさえ耐え切れなかったのだ。
体の弱い鞠絵ちゃんが、あんな亜空の瘴気の中に居たら、体調に何かしらの悪影響を及ぼす危険性が高い。
治るものも治らなくなってしまったらどうしてくれるのかしら。
「しょうがないじゃない、鞠絵ちゃんの要望だったんだから」
「へ?」
鞠絵ちゃんが……って、また謎なことを口にしてくる。
鈴凛ちゃんは、言い訳にしては随分と興味深いことを言う……。
「わたくしをホコリっぽいところにつれてって、病状悪化させてくださいって言ったの?」
「言うわけないじゃん!」
「そして早く治るおまじないのキスしてくださいって言ったの?」
「言ってないよ!? ……言いそうだけど」
言いそうなんだ……よし、テメェあとで覚悟しとけ。
「……まあ、ジャンクショップは、アタシも連れて行くか迷ったけど……」
「でもアンタ、自分で楽しんでたでしょ?」
「う……それは……」
私があの中で見たのは一部分だったけど、それだけでもあまり良い想像をかき立てられなかったのは確か。
自分ばっかり盛り上がって、鞠絵ちゃんを置いていってしまったんじゃないか、って様子は想像に易い。
どうやら、そこは鈴凛ちゃんも否定できないらしく、私はその点を見逃さずに追い討ちをかけることにした。
「ほら、やっぱり自分のためじゃ……」
「そうじゃなくて! 普段アタシが行くお店を行ってみたいって、そういうお願いだったの!」
「は……?」
しかし、私の追い討ちは、鈴凛ちゃんの台詞を前に、全てを言い終える前に止まってしまう。
そりゃ……確かに、思い返せば今日辿ったお店は、普段鈴凛ちゃんが行きそうな店だった。
だから「鈴凛ちゃんが自分勝手に振り回してる」って思ってたけど……。
そう思ったのは、鈴凛ちゃんが好んで行きそうな場所だったから。だから、自分勝手に鞠絵ちゃんを振り回したんだって……。
でも……それこそが鞠絵ちゃんの望みだというのなら……?
……合点が行く。
鞠絵ちゃんと鈴凛ちゃんは、一見噛み合わない印象のある、正反対なイメージ同士の妹だ。
鈴凛ちゃんの勝手に合わせると、鞠絵ちゃんを満たしていないように思ってしまうのは、当然といえば当然のこと。
でもなんで? 好きな人のことを、より知りたかったから?
そんな回答を思い浮かべる私の発想が、少しずれているっていることを……鈴凛ちゃんは次の台詞で教えてくれた……。
「"普通の日常"をね、楽しんでみたいって」
「え……」
その言葉はあっさり飛び出したのに……とても重い衝撃が、私の体を貫いた。
傍目から見れば、今日のデートは、どう映ったんだろう?
普段通りで、まるで特別でもなんでもない、その辺に転がっている日常。
私の目にはそう映って……相応しくないって思ってた。決め付けていた。
「咲耶ちゃんはさ……アタシもだけどさ……鞠絵ちゃんがこっち来ると、どうしてた?
なんだかんで、特別に過ごしちゃうじゃないじゃない?」
私は思った……普段、"鞠絵ちゃんが街に来る時以上に"、普段通りでダメだと。
「だからアタシにお願いしたの……。療養所暮らしでない普段を楽しんでみたい、ってね……」
街に来ることだって珍しい彼女。
だから私たちは、彼女がこっちへ来る時は決まって、
「よ〜し、せっかく鞠絵ちゃんが来たんだから」と、鞠絵ちゃんを楽しませることに一生懸命だった。
反対に、街のお祭や、私たちが企画するパーティーとか、
そういうイベントに合わせて鞠絵ちゃん自身も外出・外泊許可を貰うことも多かった。
今日来たのだって、「誕生日だから」だ。
私たちは、鞠絵ちゃんが来る特別な機会を、いつも「特別」に過ごしてきた。
ただ……その基準となる「普段」は、鞠絵ちゃんにとってと私たちにとってとでは、まったくの別物。
私たちにとっては当たり前過ぎて……彼女が私たちのいう「普段」を知らないだなんてこと、誰も気づきもしなかった……。
「ま、誕生日プレゼントと普段通りは別物ってところだけ、目瞑っててもらったけどね。
アタシたちだって、祝いたいって気持ちあるんだから、そのくらいは許してもらわなくちゃ」
私……さっき自分でも思っていたじゃない……。誕生日に「普段味わえない感動をこの日に」って……。
療養所にひとり離れて過ごす彼女にとって……私たちの「普段通り」も、「普段味わえない感動」のひとつだった……。
だって、今日まで、誰一人それを与えようだなんて考えなかったんだから。
今日という日を他の人が見れば、誕生日なのにつまらない日、と思うかもしれない……事実、私がそうだったんだから。
でも鞠絵ちゃんにとっては、今日一日……特別だったんだわ。
特別に……特別じゃない日を過ごしたんだから。
きっと見るもの全てが物珍しかったんだと思う……。
「なーんだ……」
私、ばかみたい……。
鞠絵ちゃんのためって思いながら……鞠絵ちゃんのこと、まるで見てなかった……。
あんなに笑っていたのに、つまらないと決め付けてた。
つまらないなんてことなかったのに……。
だって、今日見た鞠絵ちゃんはどれもこれも、嬉しそうに笑っていたじゃない。
「……どうだったの? できた? いつも通り」
「んー……まあ、大体は……成功してたと思うよ。だって鞠絵ちゃん……すっごく可愛い顔で笑ってたんだから。……えへへっ!」
「……ってこたぁ、ちゅーすんのもアンタらの普段か?」
……と、あと少しでこの子を認められそうだったところで、最後の最後に、大ドンデン返しな閃きが私の頭の中を駆け巡った。
今日鞠絵ちゃんは、「普段通り」を過ごしていた、といっていた。
でも、この公園で……ふたりがなにしようとしていたっけ?
それが原因で、私の中に消せそうもないトラウマが刻み込まれたんだから。
「うぇぇっ!? いや、……それは……まあ……。…………ぁぅ」
「なに真っ赤になって黙り込んでんの……!? 否定しなさいよ!!?」
「ぁぅぅ…………」
「否定しろ!! 貴様ァー! 鞠絵ちゃんを汚しやがってー!!」
「きゃー!? 咲耶ちゃんが暴れだしたー!?」
もう我慢できん、とばかりに、収まったはずの憤りが再復活。
ああ、どうしてこうなっちゃうのかしら? 折角綺麗にまとまりかけてたのに……。
その様子を見かねて「まあまあ」なんて、後ろから止めに入る。
ついでに「へぶっ!?」とか「アウチッ!?」とかも聞こえてきた。
そういえば暴れるついでに肘とか踵になんかぶつかってたわね。
「イタタ……もー、コンナにラブラブなんデスから、認めてあげたらどうデスか? オトーサン」
「誰がお父さんよ!? 大体ねぇ、アンタの影響で、鞠絵ちゃんがどんどん良い子じゃなくなってるじゃないの!」
頭に血が上ってたせいで、関係のないことにまで難癖つけてしまう。
まったく関係ないとはいえないわね……さっきの「小石投げ」は、恐ろしくて戦慄を覚えたわ……。
そのあとの、「ブラッティ・まりぃ」は……私、もう二度と見たくない。
他にも、キス魔になってしまったこととか……大人しくて素直だった鞠絵ちゃんが、どんどん変わっていく……。
……まあ、今日という日のエスコートは……認めてやるわよ!
悔しいから、口に出して言ってやらないけど……けれど、それとこれとは話が別!
私たちの可愛い鞠絵ちゃんを、鈴凛ちゃんの手によってどんどんワルい子に変わって行っているのは、事実なんだから。
鈴凛ちゃんの良心の呵責を狙って、ちょっとした憎まれ口を叩いた。
「そっか……」
なのに鈴凛ちゃんは、私の責め苦を、まるで聞いていないという風に、軽く受け流して、呟く。
「それは良かった」
「はぁ? なにが……」
良かったって言うのよ?
そう続くはずだった口は、すごく満足げな鈴凛ちゃん表情に、動きを止めてしまう。
何が良かったのか……正直、私には、説明されなきゃ分からないんだろう……。
けれど、鈴凛ちゃんが、鞠絵ちゃんのための「何か」を成し遂げた。
私の女の勘が、そう告げている……。
よく分からなかったけど、きっとそれは、私たちには見えていない「何か」だったんだと思う。
ああ、そっか。
だから鞠絵ちゃんは、鈴凛ちゃんを選んだんだ……。
お陰さまで、鈴凛ちゃんへの憎まれ口は、結果として、私の悔しさを更に上塗りする結果となって返ってしまった。
その上塗り分には、もちろん……鈴凛ちゃんを認めなくちゃならない、ってことも含まれている。
「お義父さん、娘さんをボクにください。なぁーんてね」
おどけて口にする妹の大切なパートナー候補、見込みが無いことは無い、か……。
そう実感した今だからこそ、少しは……いえいえ、まだまだ任せられない……不安が多すぎ。
私は、握った拳で軽く頭を小突いて、「お父さん」として「娘の相手」に言ってやる。
「10年早い」
「おほ……おほほっ……おほほほほほっ! おっほほほほほほほほほほほほっ!!」
「ん?」
突如、凛とした声が、夕暮れ時の空を切り裂いた。
その場に居た全員が、声の方向に目を向ける。
そこには夕日の逆光を浴び、公園の入口のポールの上に牛若丸よろしくに立つ黒い影が!
「天知る、地知る、淑女知る! 遥か遠く、西の医療大国よりやってきた正義の大和撫子!」」
……全員が全員、目が点+ぽかーんと口をおっぴろげ状態に陥った。
無意味におかめのお面を被った、とてもスタイルの良い、ポニーテール和服少女が、
なんかお雛様の五人囃子が持ってるような和風の太鼓を持って、ひとりでヒーローショーをやっているんだから……。
「"はるかとおく"と言っても、決して季節の"春"に演歌の"歌"じゃない!」
いや、この声は明らかに季節の"春"に演歌の"歌"のあの子だ。
医療大国 産とか大和撫子とか言ってる部分が特に。
「世の礼節を守るため! 健全な恋慕を育むため! 鞠絵ちゃんを守れと、誰が呼んだか!?」
「咲耶ちゃんーーー!?」
「仮面の下に隠すは、怒りか哀しみか!?」
「マテ、私はあんなヤツを呼んだ覚えは無い。もっと真面目な子を呼んだはずよ」
「幾百重ねた稽古や鍛錬、何のため? そう今この刹那のため!!」
「呼んでんじゃん!?」
「幾多の"と○のあな"を潜り抜けた和の戦士、隼の如く今推参!」
「ひらがな!? 今ひらがなで言った!? そっち潜り抜けちゃったんデスか!?」
「仮面撫子・阿多福 小町! 参!! 上!!」
ポポンッ
ミョーな登場文句と太鼓の音がおマヌケに空に響いたあと、よくわかんない影響を受けた処刑執行人の暴走とか、
それを止めるためにミステリアスガールに出動を要請したりとか、まあ色々あったけど、良い雰囲気をぶち壊しになったので割愛……。
とりあえず…………ごめん。
あとがき
誕生日に牛丼屋なんて似つかわしくないなぁ……そう思ったからこそ書きたくなった! そんな鞠絵BDSSです(ぇー
とはいえ、実際完成したのは4日後で、大遅刻のBDSSとなってしまいましたが……(大汗
しかし、下手に当日仕様に中途半端に仕上げるよりは、妥協なく仕上げられたと思っています。
マイシスだからこそ、時間を掛けてでもしっかりしたものが作れたことを誇りたいと思います。
じゃなかったら、ゲームセンターの格闘ゲームの部分はカットする予定でしたし、
最後の方だって、もうちょっとガタガタだったと思いますし……(苦笑
ジャンクショップの描写は困った。実は行ったことなかったんで……。(仮に行ったことあっても分かってないレベルだろうし)
なので、友人に助言いただいてなんとかしました、友人ありがとー!
しかし、書いている内に過剰に怯える咲耶はどうなんだろうと思いました(苦笑
やりすぎたと思いましたが……別に非難とかじゃなくネタとして受け取ってもらえると助かります。
ところで、鞠絵BDSSなのに、主役の出番がブラックしかないのはどうかと思う人が居るかもしれない。
誰がマイシスは優遇させなきゃいけないと決めた!!(ぇ―
誕生日に本人を優遇させないというのは、既にになりゅー作品の定石ですが、
今回はその相手役もそんなに出番がないないという状況になって、もうなんか色んな意味で間違った方向に加速してる思います(爆
でも止めない。自分が困るまで。
ちなみに、咲耶の鞠絵解釈において、なりゅーの鞠絵解釈と異なるところとかありますが、
本文中にも「咲耶としての見解」のため、あえて書いた箇所があります。
これは、咲耶の鞠絵への想いの形を具現したかったからに他ならないわけで、
「思い違えるのも想いの形」ということを表現したかったと思ってください。
今回、相手役(カップリング)ではなく、それ以外の要因として存在する「咲耶お義父さん」が描けていれば、
この作品は成功を収めたと思います……。
勢いで春歌をどんどんヘンな方向には知らせてしまった……(汗
最後のやり取り、こんなのはただのおまけでしかなかったのに……。
鈴凛を一発ドツいて、それで終われるはずだったのに……なんだよ阿多福小町って……。
でも、「まあいいか」と思っています(ぇー
千影を壊し尽くしたであろう今、次のターゲットは大和撫子さんになったと思いました、兄君さまゴメンナサイ。
更新履歴
H19・4/8:完成
H19・9/20:誤字修正
H20・7/13:誤字修正
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