「どうですか? 鈴凛ちゃん……」
「うん、美味しいよ」
家に帰ると、鞠絵ちゃんは雛子ちゃんの家の前で約束したとおり、手作りの晩御飯を振る舞ってくれた。
「味も美味しいし、歯応えも最高! 鞠絵ちゃんの愛情、しっかりこもっているよ!」
ずるずるずる
「……お湯に」
我が家のポットを伝って、鞠絵ちゃんの愛情を一身に受けたお湯に包まれて3分、
じっくり愛情の染み込んだ麺の……そう、鞠絵ちゃん手作りの"カップラーメン"であった。
「…ああ……誰でもこの味が出せるだなんて………実に便利な世の中になったものだ…………」
ぽかっ
「…………痛いじゃないか」
「黙っててね千影ちゃん」
でも、アタシは鞠絵ちゃんのインスタント手料理に文句をつけはしなかった。
千影ちゃんも、ちょっとした冗談交じりを口にはしてたけど……それを責めるなんてことはしなかった……。
「あ、あの……す、すみません……本当は、もっとちゃんとしたものを、って考えていたんですけど……。
ちょっと……体調が優れなくて……」
「あははは……。ま、いいよ。鞠絵ちゃんの手料理はまた今度堪能させてもらうから」
鞠絵ちゃんが優れないのは……体じゃなくて、心の方……。原因だって分かっている。
ふたりともそのことに触れることができなかった。
だけど彼女は、それを隠すように、いつも通りに振る舞っていた。
「……お湯くらいしか作業がないからだろう…………。…なんなら……私の愛憎がこもったお湯を流した麺を味わっ―――ふがっ!?」
「いいから黙って今朝の残り片付けててね、千影お姉さま。お昼に食べ切れなかったんなら」
いつもの余計な一言を防ぐため、今朝の残り物の、うねうね動いてた緑色の触手っぽい何かを、腕を振るった当人の口の中に突っ込む。
ぴゅっ、とか、にちゃっ、とかの効果音を発しながら、紫色の液体が千影ちゃんの口から一筋流れ出ていた。
「あー、おいしーなー。かっぷらーめんよりもおいしーなー」
「うん、素敵なほど棒読みね」
「うふふっ♥ ふたりとも、おかしい♥」
精一杯、「いつも」を保とうとする彼女に合わせて、アタシも千影ちゃんもいつもの漫才で返していた。
それ自体が、既に不自然だなんて、とっくに気がついていたけれど……。
「じゃあさ、次こそ、鞠絵ちゃん自慢の腕を振るってもらうからね」
「はい♥」
まるで取り繕ったツギハギだらけのいつもの中、ただ笑顔を振りまく彼女が……どうしようもなく、痛々しかった。
Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜12月18日 火曜日
第13話 Mask of Smile
「はぁ……なんか、すっごく長かった……」
朝からの出来事を思い起こして、安堵と苦悩の入り混じったため息をつく。
今日一日、すっごく濃度があった……まるで5ヶ月くらい過ごしたくらい。
アタシの知らない間に始まっていた姉妹同士での戦争。
その中で始まった鞠絵ちゃんとのお泊り会に、予定外に千影ちゃんまでもが参加。
日が明けて、朝は早くも死線をさまよい、学校では同じ姉妹を疑う自分に自己嫌悪。
帰りはじいやさんにドライブ感覚で送ってもらったら、何故か咲耶ちゃんまでいる始末。
やっと帰ってくつろげると思ったら、今度は可憐ちゃんの登場で安らぎがお預けになるし。
それから雛子ちゃんからの電話、春歌ちゃんとの対談、そして……
「はぁ……」
辺りを見回して、またため息かこぼれた。
いつも、彼女と一緒に居たはずの、あのぼけ犬の姿はどこにもなく、
とぼけた感じの鳴き声も……どんなに耳を済ませても聞こえるはずもなかった。
その犬のパートナーは……今は、無駄に広い我が家の空き部屋の内のひとつに居る。
お泊り会の間、彼女に寝室として使って貰うための部屋で、今頃、どんな気持ちで部屋の中に居るのだろうか……?
「まさか…………こんなことになるなんて…………」
「千影ちゃん……」
自分のことじゃないにしろ、ガックリ肩を落していたアタシの様子を察してか、千影ちゃんが、そっと語りかけてきた。
「……仕方ないことさ…………」
それは、千影ちゃんなりの励ましの言葉だったのか、一言、そう口にする。
確かに、ミカエルを人質に取られたことは仕方ないかもしれない……。
ライダーの能力が、騎馬となるものの操作ということは十分予想できることだけど……でも、それも答えを見た後の話なのかもしれない。
0から予想しろといわれて、ミカエルを人質に取られることに気がつけたかといえば……正直、分からない。
犬だから「犬質」とかいう面倒くさいやりとりはしませんよ、アタシは「人質」で統一して話しますよ。
「ミカエルを人質に…………いや、犬質に………取られるなんて…」
「ええい、人がやらんと言ったボケを直後にこなすでない」
「え…いや……何故怒られたんだ…………私は………?」
……結局、このばか姉が関わると、どんなしんみりした話題もコントと化してしまうらしい。
この場合、果たしてどちらが、ボケだったのだろうか?
素で戸惑う千影ちゃんはちょいとばかし可愛かった。
「はぁ……」
もう一度、リテイクする合図のように3度目のため息をついて、雰囲気を戻す。
「でもさ、仕方ないからって、そんなんで納得できるものでも―――」
「これは戦争さ…………」
アタシの言い分を、冷静と冷血の中間くらいの、丁度そんなニュアンスの似合うような言い方で差し止める。
どちらにしろ、温かみのない冷たい言葉だった。その冷たさに気圧され、アタシはそこで口を止めてしまう。
「これから……どうするか、だな…………」
独り言なのか、アタシに問いかけたのか。
天井を仰ぐ千影ちゃんの口から、ため息と共にそんな言葉が出た。
春歌ちゃんとの問題は、まだ終わったわけじゃない……。
今は問題から逃げただけで、結論を先延ばしにしているだけ……。
その内、春歌ちゃんの方から話を振ってくるだろう。
その時までに、どうするか考えておかないと……。
鞠絵ちゃんに戦いを降りてもらうのか……それとも、ミカエルを見捨てるのか……。
「あ、そういえば……咲耶ちゃんに、春歌ちゃんたちがスレイヴァーって、言っちゃったね……」
ふと、さっき出会った咲耶ちゃんにことを思い出す。
会話の中で、咲耶ちゃんに春歌ちゃんと雛子ちゃんがスレイヴァーということを聞かれてしまった。
あの時は、春歌ちゃんたちから逃げ切るのや鞠絵ちゃんのことで精一杯だった……。
そんな状態での遭遇だったから、そこまで考える余裕がなかったけど、
今はやっとくつろぐことができて、ごはんも食べて、落ち着いたから、それがどういうことなのか多少理解できる。
本当はスレイヴァーで、それを隠す演技をしていたなら、アタシたちは敵に重大な情報を与えてしまったことになる。
本当に知らないで州零井場 さんが住所録に登録されただけなら、まあ問題はないのだけど……。
「別に……私たちには関係ないさ……」
「……え?」
さらり、冷たく、まるで当然のことのように、千影ちゃんは口にした。
「……向こうで勝手に潰し当ってくれれば………それに越したことはないだろう…………?」
続けて出た言葉は、冷静と冷血の間よりも温度が下がった、「冷酷」なもの。
あまりの冷たさに、ぞくりと背筋が凍りつく。
「…あわよくば、彼女が雛子くんを片付けてくれれば…………ミカエルの件だって解決してくれる……………違うかい?」
それは確かに正論だった。……けど、相手は憎い敵じゃない、姉妹なのに。
そんな冷たい言葉を、なんでこんなにも普通のことのように割り切って口に出来るのだろうか?
千影ちゃんの存在が、これほど冷たく感じたことはない……。
ううん、違う……。
ここ2日の出来事で、いつの間にか千影ちゃんのイメージが「へっぽこヘタレ変態ばか姉キャラ」の印象が刷り込まれていただけで、
これが元々の……本来のイメージ通りの千影ちゃんじゃない……。
「……ねえ、千影ちゃん」
「なんだい?」
「四葉ちゃんにやられたのって、左の脇腹だったっけ?」
「……? ああ……」
確認するなり、
……タンッ
軽く、その部分を手の甲で叩いた。
「ッッッッ!!?!?! あおオバが☆こに◆ばンπマ∇∞ん歩ぁ#ぼへ!!??!?!」
千影ちゃんの口から、人語を成さない「音」が漏れた。
「ぐ、ぐげげげげっっ……!?」
不気味な笑い方のように聞こえるけど、本人は顔を物凄くコミカルに歪めて苦しんでいる。
常時ポーカーフェイスの千影ちゃんにしては、これくらい表情に変化があることは尋常ではない。
咲耶ちゃんの顔面への一撃は、一言でさらりと流していたはずなのに……さすが能力でつけられた傷、思ってたより重症だったみたい。
「ご、ゴメン……そこまで重症とは思ってなくて」
「…………ひ…酷いじゃ……ないか……」
「酷いのはどっちよ……。ま、これでチャラにしてあげるわ」
腕を組んで、のた打ち回る千影ちゃんをムスッと横目で見下ろした。
「…………怒ってるのかい……?」
「今まで見て分からなかった?」
アタシが疑心暗鬼で苛まれているのも、みんなが戦いを強いられているのも、全部このミステリアスガールお姉さまのせいだ。
今、鞠絵ちゃんが悲しんでいるのだって……。
「……いや……確かに怒っていたな…………」
やっとアタシの気持ち伝わったのか、千影ちゃんは多少……ほんっと〜〜〜〜に欠片ほどの微量だけど、
全然変化しない表情に、反省の色を浮かべあげていた。
「やっと分かったか、このニブチン」
言い捨てて、ぷいっと顔を背けた。
でも、これは何に対しての怒りなんだろう?
みんなに戦いを強いたことに対して?
アタシをそんな厄介ごとに巻き込んだことに対して?
そして、そのことを悪びれもしない千影ちゃんの態度に対して?
それとも、鞠絵ちゃんを……姉妹を悲しませたことに対してだろうか?
「…………」
全部ね。
しばらくして、アタシは鞠絵ちゃんの部屋を訪ねに行った。
時間は必要だと思ったけど、やっぱり心配で……何かしてあげたかった。
というよりも、なにもしないでいることに、アタシが耐えられなかっただけの、ただのワガママ。
「なんか……お見舞いに来たときみたいな感じ……」
ドアの前に佇み、ひとりそうこぼす。
今回は療養所から解放されて、普通の生活に戻れているはずなのに……妙な気持ちになった。
「鞠絵ちゃん……起きてる……?」
「え? あ、はい」
「入るよ」
部屋をノックするとドア越しに返事が聞こえた。
耳にするなり、返事も聞かずにドアノブを回して中に入った。
「……あっ」
ドクンっ……
ドアを開けて飛び込んできた映像に、声が漏れ、心臓が跳ねた。
彼女は、笑顔でアタシを部屋に迎え入れてくれた。
それはまるでお見舞いに行った時の、病室のドアを開けた時の様子さながらだった。
それは本当にいつも通りだった。ただひとつのズレを除いて。
「どうかしたんですか?」
何か励ます言葉を掛けに来たはずなのに、言葉が出なかった。
ドクン、ドクン……脈打つ鼓動が、胸を内側から叩いてくる。
動悸が止まらなかった。
気がつけば、ギリッという音が聞こえるほど歯を噛み締めて、手が痛くなるほど拳を握り締めていた。
「すみません……」
「え?」
訪ねてきておいて黙ったままのアタシに気を使ったのか、鞠絵ちゃんの方から先に話を切り出してしまう。
アタシはというと……自分の心音に気を取られていたせいで、気の抜けた短い言葉を返すしかできなかった。
「分かってるんです……。他に、思い当たることもないですから……」
ミカエルのことでしょう?
その眼差しは、言葉を使わずにアタシにそう訴えかけるには十分だった。
アタシがその訴えを悟った直後、間髪入れずに、こう口にする。
「仕方ないですよ。そういうルールですし」
「え?」
「それにほら、春歌ちゃんたちなら、ミカエルを悪い様にはしませんから、ね」
仕方ない。
そう口にした言葉は、とても軽快なものだった。
悟りきったような口調。まるで母親が、しつけ一環だと幼い我が子のいたずらを許すような。
その表情は……あの通り雨の中と同じ……ただ、笑っている。
ただひとつ違う事といえば……その笑顔と不釣合いに、彼女の目が、わずかに赤く潤んでいたことだけ……。
どうして彼女は―――
―――こんな時まで―――
―――わらっていられるのだろうか?
「……鞠絵ちゃんってさ、上手いよね」
「え?」
笑顔を振りまく彼女に歩み寄りながら口にした。
とても爽やかに、明るい笑顔を向けてくる、そんな彼女に―――
「アタシ、嫌いだな。鞠絵ちゃんの笑顔」
千影ちゃん以上に……苛立ちを感じていた。
「……!?」
アタシの言葉に、彼女は驚きで目を見開いて固まってしまう。
さっきまでの笑顔も思わず剥がれ落ち、何を言われたのか分からないといったような感じに、戸惑う表情で呆然としていた。
「あ、あの……すみません……で、でも……」
笑顔が嫌いだなんて、なんて捻くれた性根の持ち主なんだろう。言ってて思った。
でも違う……そうじゃない。アタシが、アタシが嫌いなのは……
「だってそれ、心の底から笑ってないじゃん」
「!!」
鞠絵ちゃんの目の前に立ち塞がって、言った。
「そんな機械的で仮面みたいな作り笑顔、アタシは嫌い」
それは、昔の鞠絵ちゃんの姿だったから……。
ひとり、家族から離されて、療養所で過ごしている彼女。
丁寧で、おしとやかで、よく気が利いて、お見舞いに言った時はいつも笑顔でアタシたちを迎え入れてくれた。
そんな彼女に、同じ女の子として憧れた。
アタシの場合、自分がガサツだっていうのがあるから、余計に。
それは、ある日のことだった……。
それは、ただの気まぐれ。
ただお見舞いに行くだけじゃあ物足りないかなって思って、些細な……本当に、些細なプレゼントを持って行ったことがあった。
手のひらサイズの、アタシの手作りの2足歩行ロボット。部屋の中、作ったきり転がっていた、ただ歩くだけのガラクタおもちゃ。
本当に、ついでのようにお見舞いの品として持っていったそれを、彼女はとても喜んでくれて、楽しそうに見ていていた。
その笑顔がものすごく輝いていて、ものすごく可愛くて、見ているこっちまで楽しくなって、
いつまでも見ていたいって、心の底からそう思った……。
だから……
『いらっしゃい、鈴凛ちゃん』
次にお見舞いに行った時、迎え入れてくれたその笑顔が、とてもぎこちなくて……胸に穴が開いたように、空しくなった……。
「どうして……? 泣きたいくらい悲しいのに……無理して笑うのさ?」
病気の自分を負い目に感じで、迷惑を掛けて、更に距離が開くことを、誰よりも恐れている……。
負担をかけることしかできなくて、なにも返すこともできない自分に、価値を見出せないでいる……。
誰にも迷惑を掛けたくない……だから、誰からも認められる"良い子"で居ようと……仮面を被っていた。
それが、その事実に気がつく前の鞠絵ちゃんだった……。
我慢することに慣れているんじゃなくて……慣れるほど、我慢を強いられた。そうして手に入れた、笑顔の仮面。
本当に偶然だった……ホントの自分を隠している、窮屈な彼女に気がついたのは……。
「無理してるだなんて……そんな、こと……」
「アタシを誰だと思ってるの? いっぱいお見舞いに来てくれたで賞受賞者よ」
「……っ」
きっと、それがはじまりだったんだ。
自分では意識してなかったけど、可憐ちゃんに言われるまで気づかないくらい、頻繁にお見舞いに行くようになった。
いつの頃か、迎え入れてくれる笑顔からぎこちなさが消えて、とても輝いたもので迎え入れてくれるようになっていた。
アタシが彼女を笑顔にしたんだって、そう思うだけで嬉しくなった。
メカを作る動機と同じだったんだと思う。やりとげた達成感とか、自分が作ったんだぞっていう満足感。
そんな、自分のための動機だったけど……それでも彼女が笑ってくれるために、頑張るようになったんだと思う。
だから、いつもの輝きがあるのか、それが作り物なのか……彼女がどんな言葉で取り繕おうとも、アタシには分かってしまう。
少なくとも、アタシがメカを持っていった時、その時に見せてくれた笑顔は……本物だった。
ただ純粋に、楽しい時は素直に笑って、悲しいときは素直に悲しんで、時々ちゃっかりしてて、怒ったりもする。
鞠絵ちゃんだって……そんな等身大の女の子だ。
それを……病弱という枷が、孤独という恐怖が、覆い隠してしまった……。
だからアタシは、鞠絵ちゃんから笑顔を奪う「笑顔 」が嫌いだ。
「どうしてさ、そんな平気で自分にウソついて、他人のご機嫌取ってるの?」
「…………」
こんな鞠絵ちゃんを見たのは、いつくらいぶりだろう?
自分を押し殺して……他人の顔色伺って、上っ面だけで笑っている。
少なくともここしばらくは見ていない。本当に、久しぶりだった。
アタシが笑顔に戻した……アタシだけじゃなくて、アタシたち姉妹のみんなで戻してあげたあの笑顔が……今は仮面に戻ってしまっている。
「また自分が我慢すれば、みんなが普通に笑っていられるから? 傲慢よ、そんなの!」
強く、責めるように言い放った。
彼女はずっと孤独で……だから見捨てられるのが、嫌われるのが怖いんだって分かってた。
分かってて、責め立てていた。
今アタシは、必死で耐える彼女に、追い討ちを掛けている。
傷口には触れないで、癒えるのを待つことを選んだ咲耶ちゃんとは全く逆に、傷口を抉っている。
「アタシ……ジジがいなくなったとき……すっごく泣いたよ。
泣いて、泣いて、それでも泣き足りなくて……。でも、泣いていれば少しは気が楽になった……」
「………りん……ちゃ……」
でも、ここでこの「笑顔 」を許してしまったら……
もう、本物を見ることができないんじゃないかって……漠然とした、イヤな予感が過ぎっていた。
「だから……鞠絵ちゃんも、泣かなきゃだめ……。許さないから」
「わた…し……わたくし………っ……」
アタシが……アタシしか、今ここで彼女をの手を引き上げてあげられないから……。
「アタシが……仮面の裏側まで受け止めてあげるから……」
「う……ぅぁっ……うわぁぁぁぁあああああっっ……!!」
堰を切ったように、大声を上げてアタシの胸に飛び込んで来た。
飛び込んで、アタシの胸に顔を埋めて、わんわん泣いた。泣き続けた。
きっと、埋めたその陰で、滝のように涙を流しているだろう……。
そんな鞠絵ちゃんを、腕で包んで、そっと抱いてあげた。
「悔しいんです……!」
「え?」
「ミカエルとはずっと……ミカエルが小さい頃からずっと、一緒に居たのに……!
だから、心のどこかで裏切らないって……ずっと信じていた……。例え、スレイヴァーとしての能力が作用していたからって……!
なのに……ミカエルとの絆、裏切られたことが……悔しい…です……!」
胸の中で、涙ながらに訴える。
悲しくて、悔しくて、切なくて……そんな胸の内を、抑えずに吐き出していた。
「スレイヴァーの力は、本当に奇跡みたいで……それに、これはそういうルールのはずなのに……。
わたくし……なんて身勝手な女の子なんでしょうね……」
自嘲するように鞠絵ちゃんは言った。表情は、アタシの胸に隠れてよく見えなかったけど。
こんな風に感じるだなんて、なんて嫉妬深くて醜い心の持ち主なんだろう。
鞠絵は、みんなの期待を裏切る悪い子です。
アタシは、彼女がそんな風に言っているように感じた。
「みんなからお金を借りまくってる」
突然、脈絡もなく、アタシの口からそんな言葉がこぼれた。
「白雪ちゃんのやさしさに甘えている」
「……? あの……鈴凛ちゃん……?」
「鞠絵ちゃんと千影ちゃんにひん剥かれたこと、いまだに根に持っている。
自分の身可愛さに春歌ちゃんに非能力者ってバラして、千影ちゃんの作戦潰しちゃった」
疑問に思う鞠絵ちゃんを余所に、アタシは構うことなく続けた。
そして、胸の中の鞠絵ちゃんと顔を向け合わせると、
「ほらね……アタシの方がワガママで、自分勝手じゃないの。それくらい全然普通よ」
「……あ」
「鞠絵ちゃんは、良い子過ぎるのよ……」
ぽんっと、頭の上に手を乗せて、あやすようになでてあげた。
「ミカエル……大切だったんでしょ?」
こくんと、無言でひとつ頷く。
ミカエルとの絆を、無理矢理引き剥がされるなんて、鞠絵ちゃんにとって全然些細なことなんかじゃない。
「だから、今は泣いて良いんだよ……。鞠絵ちゃんくらい良い子なら、そのくらいの"良い子貯金"は溜まってるからさ」
アタシが代表して受け止めてあげるから。
そう言うと、鞠絵ちゃんはもう1回、アタシの胸に顔を埋めた。
「もう少しだけ……貸してください」
今度はさっきみたいな涙声でも、無理して取り繕った作った口調でもない、自然な、いつもの鞠絵ちゃんの口調だった。
「いいよ。アタシだっていつまでも借りる側じゃいられないからね」
アタシも、ふふっと笑いながら、もう1回彼女をアタシの腕で受け入れてあげた。
鞠絵ちゃんは、みんなから離れて、ひとりで暮らしていて、だからしっかり者で精神的に大人なイメージを感じていた。
春歌ちゃんも、アタシも……みんな、鞠絵ちゃんをそう考えていたんだと思う……。
公園で、感情に振り回されるだなんて、まるで彼女らしくないなんて考え……そんなの違うって、分かってたじゃない。
少なくともアタシは、そんなことないって気がついていたのに……見失っていたな……。
「これで鈴凛ちゃんが男の子だったら、素敵な恋愛小説だったのに……」
「アハハッ、ごめんね。これでも女の子なんだ」
「知ってます……。わたくしよりもおっきな胸、していましたものね……」
「こらっ」
笑いながら、鞠絵ちゃんの頭を軽く小突いた。
鞠絵ちゃんは顔を上げて、「痛いです」なんて、言葉とは裏腹に、てへへと笑った顔を向けてくれた。
真っ赤に腫らしたまぶた。まだ腫れぼったい顔。
……だけどその顔で、しっかりと、自然に笑いかけてくれてた。
そう……こんな風に、ちょっとした冗談も言ったり、甘えたり、ワガママも言う。
そんな等身大の女の子が……"鞠絵ちゃん"なんだから……。
あとがき
やっと終わりました2日目。
途中私生活の方が忙しくて、長期連載としてはかなり致命的な更新低迷状態に陥りましたが、
なんとか2日目の終わりを迎えることができました。
この調子で無事に終わりを迎えることができるのか、かなり不安ですが……まあ、精一杯頑張ります(苦笑
それで2日目のですが……全然一応バトルもの連載なのに、まだ戦闘が一切ないという有様です(汗
いや、でも下手に焦って事を動かして、中途半端にしてしまうのもよろしくないでしょうし……。
そんなわけで、2日目は伏線デーということで大目に見てくだされ(苦笑
コレは長期連載ものに携る宿命なのです。
でも、6話目でガラッと雰囲気変えてしまった時は大丈夫かと不安になりました……(苦笑
しかし、ノリで書いている以上、そこら辺を改める気はなかったです(ぇー
こういう長続きするものには、そういう「遊び」もあるからこその、味だと
実はこの2日目、予定外に内容を詰め込みすぎました。
というのも、考えていた内容に比べ、倍近く展開を書き足しましたから(笑
どうも後の展開を考えると(もう構想はできてるし)、書いておくべき内容が多々ありまして、
詰め込んだ挙句がこんな「バトルもののクセにバトルの無い日常描写」になってしまうという……(苦笑
でも、その分、後の展開に繋げるつもりです!
折角の長期連載、張れるとこまで伏線を張りますとも!!
あー、いくつ消化できるかなー?(遠い目
余談ですが、公園名とかは、実は2日目執筆中に思いつきました。
折角つけるならと、知ってる人はニヤリできる名前をつけてみることにしました。
最初は名前なんて考えてなかったんで、1日目は「名も無き公園」扱いにしてたのですが、閃いちゃったので急遽予定変更。
こういう予定変更も、長期ものの醍醐味でしょう(笑
今後も、なるべく自然に予定変更も加えられたら、加えたいと思います。
そして、いよいよ3日目から、本格的に「ゲーム」が激化して行きます!
期待してくださっている方は、こうご期待を!
……添えると良いなぁ……(遠い目
更新履歴
H17・8/21:完成・掲載
前の話へ・このシリーズのメニュー・次の話へ
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