『雛子ちゃん、すごいの……』
その日、雛子ちゃんに誘われ、共に亞里亞ちゃんの家にやって来たワタクシが見たもの。
今にも飛び跳ねんばかりに喜びながら、動物の背に乗りこなす、まだ年端もいかない少女の姿……。
それは、絵本や童話の中なら、どんなに微笑ましい光景だったのでしょうか……。
『クシシシッ、あのね。あのね。ヒナがね、仲良くしようよって思うと、動物さんたちがみんな、
み〜んな、ヒナとなかよしさんになってくれるんだよ☆』
『そうなの……?』
『そういうちからなんだって』
でも、現実ではそうは行かない。
幼いふたりはまだ知らなくとも、ワタクシはそのことを知っている。
そもそも……彼女が乗りこなすそれは、人見知りの激しく、彼女にさえも敵意を向けていた、なのに……。
『ねぇ! すごいでしょ、春歌ちゃん☆』
動物が、昨日今日という短い時間でそう易々と心を許すだなんて、あり得ない。
そこには、確かに"何か"の力が働いていた……。
『え、ええ……』
その日、なにも知らなかったワタクシが見た光景は、
自身の巻き込まれている事態の大きさを知るには十分なほどの脅威でした……。
満面の笑顔を振りまきながら、猛獣に乗りこなす無邪気な彼女に、ただ恐怖した。
Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜12月18日 火曜日
第12話 奪われた親友
「ワンッ! ワンッ! ワンッ! ワンッ!」
「みか…える…?」
鞠絵ちゃんにとって、愛犬で、家族で、掛け替えのない……大切な親友が 激しく吠えつける。
何が起きたかわからないと言ったように、目を見開き固まってしまう鞠絵ちゃん。
「クシシシっ☆ 春歌ちゃん、春歌ちゃんの言ったとおり、ミカエルをヒナのお馬さんにしたよ〜」
「上出来ですわ、雛子ちゃん」
騎兵 の能力……"騎馬の服従"。
ミカエルは、雛子ちゃんの騎馬 として、その能力 の支配下に置かれてしまった。
ミカエルは、もう今までのミカエルじゃない。
新しい主人の意のままに、元主人に対してなんのためらいもなく、激しい敵意を向けていた。
―――そもそもライダーって、分かったからってなにに気をつければ良いのよ?
「くっ……!」
気がつけない範疇じゃなかった。
ミカエルをきちんと乗りこなす姿を見て、冗談交じりに「彼女はライダーだ」なんて考えておいて、そこまで頭が回らなかった。
雛子ちゃんの幼さに油断して、無関係のミカエルを連れてここまでやって来てしまった。
ここにもうひとり、「思慮深い大人」が居たというのに……。その時点でもう少し警戒するべきだったんだ。
彼女が入れ知恵をするなんてことは容易に考えが届いたのに、安易にそれ以上考えることを切り捨てた自分が、とても悔しかった。
その油断が……この事態を招いたんだ……。
もう手遅れ……ミカエルは、本人の意思とは無関係に雛子ちゃんたちの軍門に下ってしまっている。
「下手な楽観は抱かない方が宜しいですよ。
昨日、亞里亞ちゃんの家で、警備犬のドーベルマンで試していますから、その効果は保証つき。
どの子も……みんな、雛子ちゃんには懐いていましたからね……」
春歌ちゃんは能力 の効能について、実例を挙げてまで丁寧に教えてくれた。
亞里亞ちゃんの家は豪邸で、当然のようにそういう警備犬も配備されている。
その中の何匹かは、馴染み深い警備員など、特定の人にしか懐かなかった人見知りの激しいのが居たのを覚えている。
アタシも良く吠えられてるし、白雪ちゃんや可憐ちゃんにいたっては、ちょっと怖いと言って避けている子もいたほど。
そう考えると、それはまさに人知を超えた「能力」の一旦であることを実感せざるをえない「強制支配」……。
「どうしますか? 素直に戦いを降りるというのなら、このままミカエルをお返ししましょう……。ですが断わるのなら……」
その先は言うまでもないということなのだろう。
だから春歌ちゃんは、そこまで口にすると、答えを言わずに「分かりますね?」と訪ねるだけで言葉を止めた。
こんな人の多い場所で戦えるはずはない。そのことは参加者当人であるふたりも重々理解していた。
だけど、雛子ちゃんのこの能力は、一見して戦いには見えない能力。せいぜい、犬との楽しい交流をする女の子の図。
戦いには発展できず、「力」を無くした言葉の上でのやりとりしかできない状況での取り引き。
選択の余地なんてあるはずがない。
いつ入れ知恵したのか―――恐らく、アタシたちが入り口に回っているわずかの間に口添えしたのだと思われるけど、
そんな短時間の間に、雛子ちゃんの能力、場所と条件、そして、アタシたちの中にミカエル が居ること把握し、
その現状を余すことなく上手く使いこなされた、見事なほどの策略。
考えている……!
その戦略の矛先が、アタシたちに向けられたものと分かっていても、そう感心せずにはいられなかった。
「卑怯者!」
気がつけなかった自分への憤りをぶつけるように、春歌ちゃん行為を批難する言葉が、アタシの口を突いて出た。
「うぐっ……」
あ、春歌ちゃんが罪の意識にさいなまれるように崩れ落ちた……。
普通人質を取るような役柄って、「それがどうした」って開き直るようなもんなのに……。
大和撫子を目指す春歌ちゃんにとって、やっぱり胸の刺さるものがあるらしく、相当応えるみたいだ。
「そう思うならやらなきゃ良いのに……」
「わ、ワタクシだって……ワタクシだって人質だなんて卑劣な真似したくはないです! ですが……」
自己嫌悪に苛まれる涙目を、毅然 とした凛々しい表情に変え、言葉の続きを紡ぐ。
「スレイヴァーの力はそれほど危険なんです……。それは、もうお分かりでしょう……!?
避けられないとしても、避けられる限りは避けたい……。ワタクシと同じように考えるなら、その気持ちだって……!
だからワタクシは、みんなのために……―――いいえ、そんな大それた大義名分なんていらない……
誰も傷つかずに済むというのなら、ワタクシはあえて卑怯者の汚名をも被りましょう!」
「……春歌ちゃん」
そこには、潔さがあった。
方法は確かに卑怯だったけど、でも、春歌ちゃんの「みんなを守りたい」という意志、信念はヒシヒシと伝わってくる。
春歌ちゃんほど、真っすぐで清らかで、「正しいこと」に殉じる人を、アタシは知らない。
だから、そんな春歌ちゃんにとっての卑怯者のレッテルが、どんなに屈辱的なことか……今まで彼女を見てきたから知っている。
アタシには、そんな春歌ちゃんを、これ以上責めることなんてできなかった……。
「鞠絵ちゃん、お願いです……。戦いを、降りてください……」
春歌ちゃんは、勝ち誇るとは真逆の辛辣とした表情で、悲しくも凛々しく訴えかけてくる。
その様子が、この取り引きの成立が決して彼女にとっての得ではないということを表していた。
相手は、どこの誰とも知らない誘拐犯と違い、良く見知った姉。
春歌ちゃんなら、約束を守って返してくれる。
そんな保証まで、アタシたち自身の中にあるウソのない取り引き。
もちろん、勝手な思い込みの範疇は出ない予測だけど、それでも何よりも信じられる言葉だった。
「鞠絵ちゃん、どうか賢明な判断を―――」
「―――して……」
「え?」
小さくこぼれた言葉が、春歌ちゃんの言葉を遮った。
一瞬で、空気の流れが、ガラリと変わったのが分かった……。
声の主は、普段の穏やかさからは信じられない険しい表情を、目の前の姉に向ける。
彼女が、次の台詞を口にするまでは、ほんの一瞬のはずだった。
なのに、その間は、まるでスローモーションで……どくん、どくんと鳴り響く心音が、とてものろまなものに感じた。
「ミカエルを返して下さいっっ!!」
ゴァッッ……
激情の一言の後、何かが彼女を中心に弾けた。
「「な?!?!?」」」
それは、初めてスレイヴァーを知ったあの時と同じ衝撃だった。
衝撃を受けて初めて、その激情の言葉を、鞠絵という少女が口にしたことに気がついた。
目の当たりにした、彼女の普段とは明らかに別の側面に、全員が声を揃えて驚く。
雛子ちゃんは良く分からないといったように、「へ?」なんて抜けたような反応を示すばかりだった。
「…鞠絵くん………なにをっ……!?」
力の解放による衝撃波が、辺りに渦巻く。
ごうごうと巻き起こる暴風のような圧迫感。
それはこの場の誰もが予想だにしなかった展開。
普段、物事に動じない千影ちゃんさえ、驚きを隠せずにいた。
「で、ですから……戦いを降りるのなら……―――」
「いいから……返してっ……!!」
春歌ちゃんの言葉に、まるで聞く耳持たないといった感じに、強く言い返す。
予想外の反応だったのだろう、さっきまでの毅然とした態度から一転し、狼狽を見せる春歌ちゃん。
状況は春歌ちゃんの方が圧倒的に有利なはずなのに、
なのに「追い詰める側」と「追い詰められる側」、そのお互いの立場がまるで逆だった。
「抑えるんだ鞠絵くんっ…………!! こんな所で力を使うつもりかっ………?!」
「ま、鞠絵ちゃん……こ、こわいよぅ……」
抑止する千影ちゃんに、怯え始める雛子ちゃん。
その言葉すら彼女の耳に届いてはいなかった。
ざわざわと、辺りが徐々に騒がしくなっていることに気がつく。
まだ少数ではあるものの、一般客がこちらに注目を浴びせ始めていた。
「や、やば……」
当たり前だ。鞠絵ちゃんを中心に発せられる謎の衝撃に、まるでケンカでもしてるかような大声の浴びせ合い。
こんな状況で、人目を引かないワケがない。
だけれども、それでもこれは、まだ戦いの「序章」なんだ。本幕が上がれば、その異質さはこの比じゃない。
超人同士の戦いを、なにも知らない一般市民の前で解放するなんて、なんて暴挙。
なのに浴びる圧迫感が強まってゆくのが分かる。
鞠絵ちゃんにはそんなことはお構いなしと、徐々にその力を解放させていた。
こんなところでは容易に力を使えない。彼女自身、確かにそう認めていたのに。
冷静に判断できる人間だからこそ、戦いには発展しないはずだったのに……。
"おとなしい鞠絵ちゃんなら"
春歌ちゃんの取り引きは、その前提の上での完全なものだった。
アタシだってそう考えた。
でも……そんなのは勝手なイメージだった。
ミカエルを、大切な親友を奪われて、怒りを感じない人間がいるだろうか……?
それはある意味当然で、ある意味異質な光景……。
鞠絵ちゃんは―――"鞠絵ちゃんなのに"―――逆上していた。
「な、なんとかしなきゃ! このままじゃ大騒ぎに……」
「分かってるっ……!」
おろおろしながら、唯一残る味方に呼びかける。
けど千影ちゃんは、ただ悔しそうに鞠絵ちゃんを睨み続け、唇を噛み締めるばかり。
表情の変化は乏しかったけれど、千影ちゃんにしては感情をあらわにしている。
それは、「お手上げ」ということを、暗にアタシに伝えるには十分過ぎるほどの、無言のメッセージだった。
「そん、な……」
千影ちゃん にどうすることもできなければ、もう手の打ちようもない。
力を持たないアタシにはどうすることができないのは、昨日の夜に実証済みだ。
自分の無力さが、これほど歯痒く思ったことはなかった。
この時だけ……この瞬間だけは、アタシは、あれほど忌み嫌っていたスレイヴァーでありたいと、願ってしまう程に……。
「鞠絵ちゃん、ダメ! 止まってぇっ!!」
―――無力だと、分かっていたのに……。
「………なっ!?」
千影ちゃんの、短い驚きの声が耳に届く。
気がつくと、アタシは後ろから、怒りに震える彼女の腕にしがみついていた。
人間の力では止まるはずも無い、奴隷兵士の名を冠する重戦車に。
激情に駆られる彼女が、力加減もできずにアタシを軽く払おうとするのなら、それだけで、アタシの体は脆く砕けてしまうかもしれない。
それでも、止めずにはいられなかった……
「……! 鈴凛、ちゃん……」
幸運にも、アタシの静止の言葉は耳に届き、一瞬だけ、彼女の気が逸れてくれた。
アルミ缶のように脆いアタシの身を案じてか、先程まで垂れ流すように放出されていた圧迫感もほんの少し弱まり始める。
非力であること、脆弱であることが、武器に転化した。
そこまで計算していたわけじゃない……ただ、止めずにはいられなかっただけ……。
「…まったく……無茶をやってくれる………」
そこを、千影ちゃんは逃がさなかった。
「………だが…………上出来だっ……!」
声につられ、横目で千影ちゃんの姿を捉えると、千影ちゃんの手には徐々に光の粒が集まりはじめていた。
丁度、昨日鞠絵ちゃんに見せてもらった、武器を生成する時の光景にそっくり。
「!!」
前回と違うことといえば……それは、光の粒が2秒も掛からない内に"短剣"へと姿を変えたことだった。
それが、千影ちゃんの武器が生成された瞬間だった。
「ふっ……!!」
「―――!!?」
生成されたナイフを、千影ちゃんは春歌ちゃんに向けて投げつける。
春歌ちゃんは、アタシの命知らずな行動に目がいっていたらしく、それは虚をつかれた投擲となっていた。
「はぁッ!」
しかし、春歌ちゃんは飛んできたナイフの軌道を見切り、掛け声をあげながら身を翻した。
ナイフは春歌ちゃんの体からは、大きく逸れた――もともと身体に当てるつもりはなかったかもしれない――軌跡を描く。
トスッ、と軽い音を立てて地面に突き刺さる。
刺さったナイフはそのまま……再び光の粒となって、消えた。
「え? え? 消え――」
「鈴凛くん……!」
「―――へ!?」
それを目の端に捉え、ちょっと気の抜けた疑問の声をあげた瞬間、アタシは名前を呼ばれ腕を掴まれた。
短い時間の出来事。
春歌ちゃんは、自分に投げられたものを確認するため、ナイフの刺さった位置に目を向けていて、こちらの状況には気がついていない。
雛子ちゃんも春歌ちゃんと同じく、なにが起きたかと、同じところに目をやっていた。
その、世界が……歪んで―――
・
・
・
・
・
「………………、……はへ?」
気がついたら別の景色が目の前に広がっていた。
「えっと……ここって……」
ぐしゃぐしゃになりかけた頭を一旦整理し、改めて冷静に辺りを見回してみる。
突然景色が変わったので、一瞬ここがどこだか分からなかったけれど、数秒を掛けてすぐに見覚えがある場所をいうことに気がついた。
更に数秒を要して、ここが山神公園の敷居をまたいだ外――丁度、雛子ちゃん宅とは反対側の端ということも認識できた。
「……なんとか…………切り抜けられたな……」
ため息混じりにやや息を切らして、すぐ横で呟く声が耳に入った。
現状を確認すると、まず、千影ちゃんがアタシの手首を握っていた。
で、アタシは残った方の手で鞠絵ちゃんの腕を抱くような形。
アタシを中心に3人は繋がっていて、なぜか突然3人とも公園の外に移動している。
「…………………………えー、っと……」
あまりのスピード展開に、頭がついて行けないわたくし。
「……お姉さま、色々と説明を要求したいのですが?」
「よろしくてよ」
どこかの乙女の園のお嬢様よろしく、丁寧に答える千影お姉さま。
「まあ…、聞きたいことは大体分かる………。…要は空間転移してきたんだ…………」
「…………は?」
ナンデスカ、そんな突拍子もない、運送業者にとって奇跡にも等しい最上級移動手段は?
「だから、空間転移さ………。……瞬間移動、テレポーテーション、ワープ、などなど…………他にも色々な言い方があるね……」
呆気に取られるアタシを余所に、説明を続ける千影氏。
手段よりも、できることを伺いたいというこちらの心情を、まるで分かってくれていない。
「……春歌くんの注意を…ナイフに向けさせて………私たちから意識が離れた時を狙い……………3人揃ってぽんぽこぽ〜ん☆って……」
「ええい、ふざけた擬音を使うでない」
「奇術 と同じさ……。別のところに注意を向けさせて…………その隙に本命の行動を取る……。
…いつもはひとりでやっていたことだったから…………
負傷しているこの身体で……慣れない3人分を行なうには………少々しんどかったがね……………」
ふー、と大きく息を吐き、近くの塀に寄りかかる。
なるほど、つまりは「一瞬目を離した時、気がついたら居なくなっている千影ちゃん」を体験させてもらったわけね……。
まさかこんなカラクリがあったとは。タネが分かっても再現できないのがこの姉の滅茶苦茶のところだと思った。
まあ、もともと千影ちゃんという人物にはそれをかもし出してはいたけれど、
ここまでハッキリと関わってしまうと、もうそんなことをいちいち気にすることもバカらしくなってくる……。
「だがまあ……、スレイヴァーとなり……魔力が上がっていたから…………思ってた以上に楽にこなせたがね………」
フフフと含み笑いを浮かべながら、何か楽しそうに付け足す。
なるほど、こういうところで、千影ちゃん曰く「偉大な力を実感する」のがこの戦いを引き起こした張本人の目的なんだろう。
「でもだからって……」
さっきまでの千影ちゃんのやりとりは、お世辞にも褒めたくない。
あっさりと手の内をさらしたり、春歌ちゃんを挑発したりと、思い出すだけでも胃が締め付けられる。
こっちがどんな気持ちでそれを眺めていたかなんて分ってないだろう。
「まったく……。こっちは千影ちゃんのせいでヒヤヒヤしっぱなしよ……」
「…………? …何がだい……?」
思わずこぼれた愚痴に、その原因が首を傾げて問い返す。
「だからっ! 春歌ちゃんから見たら、アタシたちがスレイヴァーなんて気がついてなかったでしょ……?
なのにこっちからべらべらと白状するなんてさ……。
アタシ聞いててずっとヒヤヒヤして……―――チョットマチナサイ、ナンデスカそのコミカルな表情は!?」
千影姉さん……まさかあんた、策があって動いてたじゃなくて、普通に気がついてなかったんですか!?
こんな人に任せたんですか、アタシは?
「ふぅ……私としたことが…………うっかりうっかりぃ☆」
目の前のばか姉を見てると、ただでさえ痛い頭が尚更痛くなった……。
なに考えているか分からないはずだ……だってなんも考えてないんだもん。
今にもドツきたい衝動に駆られたけれど……それよりも先にちょっと気に掛かるコトがあった。
ここは痛みに苛まれる頭を抑えながら、そのことについて質問してみる。
「……あのさ、昨日言ってた『即席で作る』って……。ほら、武器の」
「ん? ……ああ…そういえば…………まだ説明していなかったかな………」
「もしかして、さっきすぐ消えたのって……それ?」
ここまで瞬間移動してくる前、目の端で捕らえた、千影ちゃんの生成したナイフが、光の粒になって消えるという現象。
そこから、アタシの中にちょっとした確信めいた仮説が立っていた。
アタシがその確認を取るように聞くと、千影ちゃんは「キミの考えている通りだろうね……」と言って、説明を始めてくれた。
「つまり……即席で作れば……すぐに使うことはできる…………。
…が…生成したものの魔力同士の結合が甘くなって………すぐに霧散してしまう…………」
「本当にインスタントってこと?」
「…ああ………せいぜい1回か2回振るって終わりだろう…………」
まるで100円ショップの商品みたい。安くて手頃、けどその分脆かったり長く保たない。でも手頃で安い。
同じように、早く作ればすぐ使えるけど、すぐに使えなくなってしまうし、
しっかり作れば長く使えるけれど、逆に作るのに時間が掛かってしまう。
戦いというゼロコンマ単位の世界では、その1、2回がどれほど重要になるか……まさに生死を分かつほどの選択となるんだろう。
つまり、「即席で作る」とは、速さという利を取るか、持続するという利を取るか、相応に利点と欠点を持った二者択一らしい。
「…ただ、すぐに消えるというのは悪いことだけじゃない…………。
お陰さまで……あの場に証拠の凶器は残さずに…立ち去ることができたんだから、ね……………」
「あ、うん。すぐ光の粒になって消えちゃってたね。っていうかその言い回し微妙」
まあ、四葉ちゃんが居たら喜びそうな言い回しではあるけど。
「…どちらも使い方次第さ……。…まあ………折角隠していた私の武器が…………バレてしまったわけだが……………」
残念そうに言いまわすクセに、表情は全然そんな感じじゃなく 楽しそうに笑いすら浮かべていた。
この戦いに関することなら、何でもこの姉の「楽しみ」に変えてしまうと思うと、巻き込まれた身としてはかなりしゃくだ。
そういう意味で、アタシは激しく春歌ちゃんを味方に引き入れたかった。引き入れて、一緒にばか姉の更生を図りたかった。
とにかく、ここに来て、千影ちゃんのスレイヴァーとして与えられた武器は、明確に「短剣」ということが判明した。
「…………、スレイヴァー……か」
何気なく頭に過ぎらせた単語を、まるで今思い出したもののように口にする。
そして、ついさっき知った衝撃的な事実を思い起こし、言い様のない感じを覚えた……。
「まさか、春歌ちゃんまでスレイヴァーだったなんて……」
「ああ………。…雛子くんだけではなく……彼女までとはな……………」
「誰よ、その州零井場 さんって?」
千影ちゃんと、そして咲耶ちゃんと言葉を交えながら、今、自分たちが置かれている状況に…………
…………。
「だわぁぁぁああっっ!?!?」
今、自分たちが置かれている状況に、突然メンバーにひとり追加してることに驚いて、なんともはしたない声をあげてしまった。
春歌ちゃんを味方に引き入れていたら、間違いなくお説教をくらうだろう。
「な、なな、なんで咲耶ちゃんがここに!?」
「それはこっちの台詞よ……。いきなり3人して目の前に現れて……」
セロハンテープで封をされた、見覚えのある本屋の紙袋片手に、文句を言うようにぶつくさ口にする。
恐らく、じいやさんに送って貰った後、近くの本屋で雑誌かなにかを買いに行った帰りかなんかと思われる。
その途中、瞬間移動してきたアタシたちとたまたま遭遇してしまったと、そういう展開だろう。
アタシとしては、本日2回目の咲耶ちゃんである。
「最初は何事かと思ったけど、アンタが居たから納得いったわ」
と言って千影ちゃんの方を一瞥して、「はぁ……」と見せ付けるように大きなため息を吐く。
アタシたちの周りで起きる超常現象は、全てこのクール&ミステリアスシスターが居れば納得してしまう。
「っていうか、また鈴凛ちゃんと会うだなんて、明日の金運は最悪ね」
「なにその失礼極まりない妹占いは!?」
人をイメージで「金運×」のクジにしないで欲しい。似合ってるから反論できなくて悔しいじゃないの!
こんな人に憧れるなんて、鞠絵ちゃんや可憐ちゃんには悪いけど感性疑っちゃうぞ!
「で、その州零井場 さんって? 雛子ちゃんと春歌ちゃんにどう関係があるっていうの?」
ああ、咲耶ちゃんの住所録にまで「州零井場 さん」が登録されてしまった……。
「フフ……可憐くんと同じ反応とは…………。さすが、愛し合う者同士は通じ合って―――」
めきょっ
有無を言わさず、咲耶ちゃんの重鈍な一撃が千影ちゃんの顔面にめり込んだ。いや、比喩表現でなくて。
「うあ……」
「黙りなさい……!」
千影ちゃんの顔面から拳を抜くと、「ふんっ」なんて拗ねるように、顔をぷいっと背ける咲耶ちゃん。
普通に女の子らしい仕草だったけど、右手首から先は血塗れスプラッターだったので、アタシは見ないように視線を外した。
「…………痛いじゃないか……」
めり込むほどの一撃を、その一言で済ます千影ちゃんのタフさもすごいと言えばすごいと思うけど……。
「あのねぇ……そりゃ可憐ちゃんは可愛いわよ! そりゃ、私だってちょ〜っと過剰に可愛がってる節があるのは認めるけど、」
「あ、認めてはいたんだ」
ぺしっ
「暴力反対〜」
「でも、だからそういう風に言われるのは余計にイヤなの! 言われるって分かるから!!」
途中、アタシをテンポ良く小突きながらも、ビシッと主張するように言い放つ。
車の中でも思ったけど、やっぱりみんなからもそう言われて余計に気にしているんだろう。
アタシだってみんなから金欠、金喰い虫、貧乏神の代名詞扱いされて、余計に心に引っかかってる。
「分かっているなら……少しは控えれば良いだろう…………?」
「特にあんたに言われるというのが一番ムカつく」
ズバッと、理不尽な言葉の刃で一閃。
「あ、咲耶ちゃん、アタシその気持ち分かる」
それに絶妙のタイミングでアタシも加わるコンビネーションアタック。
この瞬間、姉妹の絆がひとつになった。
「ウウウ……ヒドイやヒドイや…………みんなして私を苛めるなんて……」
千影ちゃんは味方を無くし、最早泣き寝入るのみ。
さっきまで「だが……上出来だっ」とかなんとかクールに決めて見直していたのに、
またあほキャラに戻ってしまった千影お姉さまのお株は現在一気に暴落中だ。
「鞠絵ちゃんも、そう思うでしょ? っていうか鞠絵ちゃんお久しぶり」
と、ひとり会話から外れていた鞠絵ちゃんに話を振る。
つーか久々の再開がそんなスピード感溢れるあっさり風味なんてどうかと思いますよ憧れの咲耶お姉ちゃんや。
「鈴凛ちゃんのお家に泊まってるんですってね。大丈夫? 淀んだ空気と瓦礫の山に埋もれて体調悪化しない?」
「どういう意味よ!」
「もー、言葉通りじゃないの♥」
相変わらずの悪態、どーしてこの人はアタシに対して執拗にいぢめてくるですか?
しかもハートマークまでつけて楽しそうに。
姉妹らしいやりとりって言えば、確かにそうなんだろうけど……アタシだって女の子なんだから、多少は傷つくわよ……。
……いや、掃除や整理は苦手だから否定はしないけど。
はぁ……アタシも、一度でいいから頼れる咲耶お姉ちゃんの恩恵にあずかりたいものだわ……。
「…………」
「……? 鞠絵ちゃん?」
そんなコントみたいなやりとりの横で、話題を振られた当の鞠絵ちゃん本人は、無反応のままだった。
「鞠絵ちゃん……大丈夫? また熱とか出てきた……?」
「え? あ、はい。なんですか?」
「何って……」
「あ、咲耶ちゃん……。お久しぶりです……」
やっと反応を示したと思ったら、まるで咲耶ちゃんの存在を今気がついたかのような呟きをもらす。
「…………」
鞠絵ちゃんは、今ここで繰り広げられていた会話に、まるで気が向いていなかった。
憧れの姉に出会えたことに気がつかないくらい上の空で……。
それくらい、さっきのことは鞠絵ちゃんの心に深く深く突き刺さっていた……。
だってのに、アタシったら……咲耶ちゃんの登場や、その後のやりとりですっかり鞠絵ちゃんの心情を失念してて……情けない。
「私、もう行くわね」
唐突に、咲耶ちゃんが口にした。
「え? もう?」
「ええ。どうせ買い物の途中でたまたま見かけた(というか出現した)だけだし、また今度ゆっくり話しましょう」
「え……だって―――」
咲耶ちゃんが今回鞠絵ちゃんに会ったのは、今が初めて。
咲耶ちゃんだって、反応はあっさりしていたけれど、内心は会えてとっても感激しているはず……。
積もる話もあって、本当はもっと一緒にいたいって考えていると思う。
認めるのはしゃくだけど……本当は誰よりも姉らしい、みんなのことを気づかってくれる、優しいアネキだって知っているから……。
だから、「折角だから、うちに寄って行かないか」って提案しようと思った。
さっきはばか姉と同居がバレるのがイヤで拒んだけれど、
この状況なら、たまたま出会った千影ちゃんと一緒に我が家にご招待という形で誤魔化せると踏んだからだ。
それに……今の鞠絵ちゃんの気を紛らわせたり、励ましたりする良い方法とも思ったから。
こう見えても咲耶ちゃんの頼れるところはしっかりと認めているつもりなので。
でも、アタシがそれを口にする前に、
「何があったか知らないけれど……無理しちゃダメよ」
ポンと、鞠絵ちゃんの肩を軽く叩いて、一言。
「じゃあね♥」なんて軽くウインクすると、そのままなんだかカッコ良く去って行った。
そこに居たのは、紛れもなく「頼れる咲耶お姉ちゃん」の姿だった。
焦って、何か行動を起こすことでどうにかしようと考えるアタシとは対称に、「何もしないこと」でどうにかする姉の優しさ。
今、鞠絵ちゃんに必要なのは励ましの言葉や気を紛らわせることじゃなく、気持ちを整理するための時間だ。
原因を目の当たりにしたアタシなんかより、知らないはずの咲耶ちゃんの方が、ずっとするべきことを見通している。
咲耶ちゃんの小さな気遣いに、自分の浅はかさが恥ずかしくなる……。
こういうところは、ホント頼りになるアネキだな……。
咲耶ちゃんが行って、取り残されたアタシたち……。
「鞠絵ちゃん……」
アタシには、なんて言葉を掛けてあげれば良いのか分からなかった……。
ミカエルは、アタシにとってはただのぼけ犬で、千影ちゃんにとっては処刑人な犬だったけど、
鞠絵ちゃんにとっては"親友"という掛け替えのない切な存在……。
そんな、大切な存在が居なくなって、彼女がどんな気持ちでいるのか。
『リンは……ワシの夢じゃからな……』
「……っ」
途端、ジジのことを思い出し、胸がずきりと痛んだ。
大切な人が……大切な存在が居なくなる悲しみを、アタシは分かる……知っているから。
だから……―――
「……あ」
その時、まるでタイミングを見計らったように、ぽつりぽつりと空から雫が……。
「…………雨…か……」
それは彼女の心模様を表すかのような通り雨。
「あー、もうっ! さっき千影ちゃんが雛子ちゃん家の前で真面目にツッコミ入れるから!」
「なんだその言いがかりは!? 私か? 私が悪いのか!?」
「千影ちゃん、濡れるからもっかい送って」
「君は私を送迎バスかなんかと勘違いしてないかい?」
ぶつくさ言いながらもアタシの手をそっと握ってくる……ということは、
なんだかんだ言ってまたテレポーテーションしてくれると解釈して良いんだろう。
千影ちゃんったら、人を寄せ付けない雰囲気の割に意外と世話好きなんだから……。
「ほら、帰ろ……」
鞠絵ちゃんに手を差し伸べた。
特に説明されたわけじゃないけど、多分、お互いの体が触れ合っていないと一緒にワープできないだろうって、直感的に理解していたから。
スレイヴァーとなった今の彼女なら平気かもしれないけど、
元々の体の弱いイメージが刷り込まれているからか、あんまり鞠絵ちゃんを雨に当たらせたくなかった。
「大丈夫ですよ」
「え?」
突然言われ、一体何に対しての「大丈夫」なのか分からなかった。
そんなアタシの思考を察したのか、鞠絵ちゃんは「大丈夫」の主語に当たる事柄を、次の言葉で補足してくれた。
「さっきは……ちょっとだけ、カッとなっちゃっただけです……。
春歌ちゃんたちなら、ミカエルを悪いようにはしないはずですから……」
そう言って、またいつもの穏やかな口調で向けた顔は……
「心配、いりませんよ……」
ただ、笑っていた。
更新履歴
H17・7/23:完成・掲載
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