「あ」


 ドアの向こうからノックと共に聞こえた「鈴凜ちゃんちょっとよろしいですか?」という物静かな声に対し、
 アタシの「んー、どーぞー」の間の抜けた声を返したのがわずか3秒ほど前のことだろうか。

 近くのスーパーで買ったポッキーを更にもう一本くわえながら、
 何気なく……本当に何気なく、今の時間を確認しようと、デジタル卓上時計に目を向けて。
 そして今日の日付を改めて確認して、短い声を漏らしてしまった。

 気づくのが遅れた……と。
 気づいた時には、もうドアは開いていて、鞠絵ちゃんがその姿を現した後のことだった。


 アタシは。
 これでも、そこそこ女子にモテる。
 バレンタインも、何度も本命チョコを貰ってきた。

 そういう女子ものにだけ働く勘がある。
 その勘が言ってる。

 アタシはここで……キスされる……。














 

30−second Pocky game














 

 はっきり言おう。鞠絵ちゃんはキス魔である。
 記念日に、デートの終わりに、お見舞いの度に、風邪の治療に、なにかのおまじないに、お祝いに、ホワイトデーに……
 とにもかくにも、ことあるごとに理由をこじつけては、アタシにキスをねだってくる。
 ……いやまあ、別にいやじゃない……っていうか、むしろ、嬉しい…ん、だけど……。は、恥ずかしくて……。

 備考として、キスをねだるのはアタシにだけ、ということは明言させていただこう。
 鞠絵ちゃんは決して淫乱ではない、ピュアな子なのである。貞淑な子なのである。
 むしろアタシ以外にくちびるを許すことなんて、そんなのアタシが許さない。ごめんなさい、ちょっと独占欲発揮しちゃいました。


 閑話休題、話を戻しましょうか。
 いやむしろ状況を説明しよう。

 まず、卓上時計は、本日の日付を11月11日と表示してある。
 次に、アタシは今、次の新メカの案をノートにまとめながら、糖分補給おやつにと買ってきたポッキーをつまんでいた。
 そして、追加でもう1本と手に取ったところで声がかかり、口にくわえると同時に鞠絵ちゃんが部屋に入ってきてしまった。
 つまり今、鞠絵ちゃんの目には、ポッキーをくわえたアタシの姿が映っているのだ。
 これのなにがまずいのか?

 もう一度言います。鞠絵ちゃんはキス魔です。(対アタシ専用の)
 ここにはポッキーがあります。
 そして今日は11月11日……ポッキーの日です。

 そんな彼女が、この状況でポッキーゲームに誘ってこない訳がない!!

 あーもうっ……! ポッキーゲームにはおあつらえ向きな本日、そしてこのシチュエーション!
 どうしてこの日このタイミングでポッキー食ってたアタシ!!


 答え:スーパーがポッキーの日にあやかって特売セールしてたからです。はい。



「…………」

「…………」


 顔を合わせて、お互い動きが止まる。
 永遠にも思える数秒の沈黙が、場を支配する。

 アタシは自分の行動の迂闊さ動揺し、一瞬の思考停止に陥って。
 鞠絵ちゃんは静かに、それでいて全力で現状を把握に費やして。

 メガネの奥の瞳が、アタシのくわえているおやつを確認する。
 次いで机の上の卓上カレンダーで日付を確認する。
 そして、アタシの食べてるポッキーが、小袋の中に数本残っていることを確認する。
 その他、部屋の内装を、順々に視線動かして確認、確認、確認。
 利用できそうなもの全てを把握しようとしているようで……目悪いのによく確認できるなあ。

 一方でアタシは視線を持て余して、たまたま近くにあった卓上時計に目を移した。
 この時点でアタシの「あ」からまだ10秒経過といったところであることを、デジタルな数字表記は教えてくれていた。


 さてどうする!? どうくる!?
 この後訪れるであろう事態に向け、アタシの稀代の天才頭脳はフルに演算を開始して、いくつかのシチュエーションを算出し始める。 
 鞠絵ちゃんの行動パターンは多く思ったよりすぐに、しかも複数思い浮かんでくれた。


 ふむ……ここは、パターンAの正攻法が妥当なところかしら……?


『鈴凛ちゃん……今日って……ポッキーの日、なんですって』


 と、何気ない雑学を、得意げに披露するかのように前振る鞠絵ちゃん。
 アタシも何食わぬ顔で、鞠絵ちゃんが何を企んでるかなんてそ知らぬ振りして答えてみせる。
 次の手を見てから……と用心するアタシに、しかし……


『だから……うふふっ ……ポッキーゲーム……しません?


 小細工抜きに、一気に切り込んでくる……!
 アタシは「うぇぇっ!?」っと、きっと分かっていても驚いてしまうだろう。
 鞠絵ちゃんの反則なところは、アタシがここでうろたえるのが分かってるクセに、次にこう言うだろうってことだ。


『やっぱり、わたくしとそういうことするの……いや、ですね……。
 女の子同士なんて……気持ち……悪いですもんね……。……ううっ……!』


 そしてアタシは慌てて「ああああそんなことないって〜〜!?」と取り繕って。


『じゃ、しましょ……


 そこを、的確に獲りに来るだろう……はいアタシゲームオーバー。

 ああああ、鞠絵ちゃんなら有り得る、やりかねる……!
 いやいや、それとも問答無用のパターンDか!?

 今、アタシがうっかりくわえてしまった新しいポッキー。
 鞠絵ちゃんがこれを見落とすはずがなく……


『はむっ……


 反対側を、問答無用でくわえてくる。
 アタシに四の五の言わせず、強制的にポッキーゲームに移行。まさに究極最強の強行手!!
 無言でぽりぽり食べ進めて……途中で折る気なんか見せずそのまま……くちびると……くちびるが……。

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!

 だめ……想像しただけでも、顔が真っ赤に焼きつきそう……。
 そして、顔が離れると、鞠絵ちゃんは嬉しそうに赤らめた顔で、きっとこう言うのだろう。


『鈴凛ちゃん、今日は……ポッキーの日、なんですよ…… だから……ポッキーゲーム……しちゃいました……


 そんな、おちゃめな事後報告に、アタシはただただ、押し黙るしかなくなってしまう……。


 他にも思いつくのはパターンFとか……?
 ノートに書き込んでるアタシの手を止めないよう気をつかうていを装っての、食べさせてあげます作戦のパターンF……!
 もしくはパターンGの……いやいや、これはちょっと鞠絵ちゃんがいやなキャラになり過ぎるからさすがにないかな?
 パターンCの搦め手作戦もあるかもしれない……?

 どれで来る!? どれが来る!?
 もっとも、どのケースが来ても、アタシに回避する手立てはないのだけどねっ!
 稀代の天才頭脳は残念ながら理系脳だったので、色恋にはまるで役に立たなかった! ちっくしょー!


 い、いや……アタシも……ね。鞠絵ちゃんと、するの……別に……いや、じゃ……ないけど、さ……。
 そりゃあ……療養所暮らしが長くて、人肌恋しい反動がモロに出ちゃったってことは、わかる、けど……。
 そう、ぽんぽんするものでもない、って……思うし……。簡単なものじゃないから……意味が、軽くなっちゃう、から……。
 そ、そうっ! これはキスの意味を、価値を守るためのね! 聖戦なのよ! ジハードなのよ!
 ごめんなさい、アタシがめっさ恥ずかしいだけです!!


「鈴凛、ちゃん……

「は、はイ!」


 そうこう思考をくり返している内に、鞠絵ちゃんは作戦が決まったのだろう、ついぞアタシへ言葉を投げかけてきた。
 つ、ついにきた!
 声を裏返しながらも、返事を返す。
 その際、反射的にくわえていたポッキーを口から出してしまって、期せずしてパターンDは回避してしまった。
 だからといって、油断はできないというか、もうそれ以前の問題なんだけど。

 ゆっくりと、歩みを進め、部屋の中央にいるアタシのところに歩み寄って……。
 不可避の結末は読めている……あとはどの過程を辿るか……。
 という訳で不肖鈴凛、鞠絵ちゃんが行動するまでの間、覚悟タイムに入らせていただきます。
 大丈夫、覚悟さえできれば翻弄されずに受け止められるから! 準備の時間があれば大丈夫だから!

 うろたえるアタシの内情を読んでか、それとも知らずか、くすりと微笑みながら、少しずつ距離をつめて。
 見つめられる羞恥に耐え切れず、ふいと視線を横に逸らした。
 またも卓上時計が目に入って……秒の表記を見るに、現時点でまだノックから30秒足らずしか経っていない。
 もっと時間が経ってるものと思ったけれど……思考というのは瞬間的なものだからねえ。
 長考していたように思っても、実際は数秒の短い間の出来事だったなんてザラだとでも言うのでしょう。

 ふと、視界の外の鞠絵ちゃんの気配が、近くまで来ているのを感じた。
 変に目を逸らしたままなのも印象悪いだろうと、アタシは鞠絵ちゃんの方へ再び目を向ける。





    ―――ちゅっ






 ………………。

 なんだか、鞠絵ちゃんの顔が、想定よりもものすごい間近にあった……。
 柔らかい感触と、鞠絵ちゃんの匂いとが鼻腔をついて……。

 これは……何度も経験したことある、くちびるのこの感じ、は…………



「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!!?!!」


 キス、されてた。

 分かりきっていた結末だったけれど。
 そりゃこうなるって、決まってたようなもんだったけど。
 過程が、全然予想に反していた……。
 いや、反するどころじゃない。
 過程なんて、なかった。

 アタシの名前を呼んで、そのまま近づいて……キス……されちゃっ、た……。


「ななななななな!?!?!? なんっ……! キっ……! してっ! ……〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」


 お互いのくちびるが離れて、鞠絵ちゃんの可愛い顔が一番見やすい位置に現れる。
 鞠絵ちゃんの、赤に染めた頬で嬉しそうな笑顔。……可愛い。
 それ前に、しどろもどろ単語にもならない言葉の羅列しか搾り出せない。
 それでも鞠絵ちゃんは、アタシが言わんとすることを察したのだろう。
 「え、だって……」と、くすくすと、なんだか楽しそうに微笑んでみせて、


「鈴凛ちゃんも……ポッキーゲームから、キスするところまで……考えたんだろうな、って思ったから……
 全部省いちゃっても問題ないかな、って……


 ……やられた。

 全てにおいて上を行かれた。
 鞠絵ちゃんの行動を読んだアタシが思考を……。
 いや、鞠絵ちゃんの行動を、アタシが読んだからこその行動……だなんて……。


「ふふっ……今日のキスちょっと、ざらざら……してます……

「そ……そりゃあ……ポッキー食べてる途中、でしたから……。……あぅぅ……


 結局……今日もアタシは、まんまと一本取られてしまって。
 稀代の天才頭脳も、アタシのハートを奪ったこの笑顔の前では……ホント、形無しだわ……。














あとがき

シスプリ版ポッキーの日SSでしたー!
ネタ自体は実は数年前に閃いていたのですけど、いかんせん時期ネタということで置いておいたのと、
肝心の時期が来たら結局モチベーションやらなにやらが噛み合わなくて、結局お蔵入りが続いてたネタだったりしますが(苦笑
しかしこの度、東方版との2本同時敢行という無茶を通してみようというチャレンジ精神を発揮し、
ついに日の目を見ることができましたー!(笑

正直、同時に書いたみょんミア版と似通ったネタに思えて来年に回そうとも考えたんですが、
「できるならやるべし」という声を聞いて、吶喊する覚悟を決めた次第でございます!

久しぶりにシス百合SSを書いた感じですけれど、結構ブランクなしで描けた印象。
鞠絵も鈴凛もいつも通りでした(笑
むしろ好きなカプのイメージが決まってるという暗喩かもしれないけれど!(苦笑

鞠絵=ルーミア、鈴凛=妖夢。うん、さして変わらない立ち位置なのかもしれない!!(爆


更新履歴

H23・11/11:完成


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