夕方の丘の上










「四葉ちゃん、ここにいたんだあ……」

 花穂が、街外れの小さな丘の公園のベンチに、ようやくの事で四葉を見つけた時には、日は夕方のものになっていた。
「花穂ちゃん……?」
 現われた花穂にちょっとだけ顔をむけて微かに緩ませるも、すぐに四葉はぷいと夕日に向いた。
「四葉ちゃん……夕日を見ていたんだ……」
 オレンジ色の光が美しかった。花穂は少しだけ、探していた四葉から心が離れた。
「綺麗……」
 四葉のつっけんどんな態度にもお構いなしに、花穂はのんびりとした調子で四葉のすぐ隣に座った。「天然」か、計算してのものではなかろう、このどこか他の者と違う独特のペースは、相手に構えさせる事なしに心の間合いに踏み込めるという花穂の「武器」だった。
 少しの間、二人で無言で夕日を眺める。

 それは、ちょっとした言葉の行き違いだった。
 姉妹たちの昼食の席で、ふとしたことから四葉は姉妹の一人と口論になってしまい、相手には怒鳴られ、その場に居合わせた姉妹たちとも気まずくなってしまって、四葉は泣いて飛び出してしまったのだ。
 それを見て慌てて姉妹が追いかけ、仕舞いには総出で街中を駆け回って四葉を探す事になって、夕方になってやっと花穂が見つけたというわけだ。

「四葉……、みんなと知り合うのが遅かったデスか……?」
 夕日を見つめたまま、やっと四葉が口を開いた。
「四葉ちゃん?」
 喋ってくれた事にまずは一安心、花穂は微笑む。
「四葉は……イギリスにいまシタ……、みんなと過ごした時間が……四葉は短いデス……」
 まだ、視線は夕日へ向けたまま。花穂とは対照的な苦しそうな顔で四葉は独り言の様に呟く。
「四葉は……みんなの心がわかりまセン……、みんなも四葉の事をわかってくれまセン……」
 静かに聞いていた花穂は四葉の苦しみを理解した。確かに、四葉はそのキャラクターから姉妹の中でも浮き気味なところがある。それが周囲とトラブルを起こす事もしばしばである。
 頭の良さにさほど自信のない花穂も花穂なりに、一生懸命に頭を回転させて喋る。
「で、でも、春歌ちゃんや亞里亞ちゃんだって外国から帰って来たけど、うまく……」
 気ばかり先に走って、どうも上手い話ができない。ここまで言って花穂は自分の発言のまずさに気がついてあたふたとする。
「あ……、か、花穂、そんなつもりじゃなくて……」
「四葉はみんなと仲良く出来ない、姉妹一のおバカさんデス……」
 四葉はベンチの上で膝を抱え、顔を埋める。
「四葉、みんなと仲良くしたくて、みんなの事を知ろうと努力していマス……。四葉の事を知ってもらおうと頑張っていマス……」
 寂しそうな目だけ、膝から夕日に上げた。
「それでも……四葉はみんなとわかりあえまセン……」
「で、でも花穂だって、可憐ちゃんたちとわかりあえない事だってあるし! 四葉ちゃんだけじゃないよ!」
 花穂が胸の前でぎゅっと「ぐー」をふたつ作って四葉の顔を覗き込む。
「そうだとシテも……今の四葉にみんなとわかりあえない辛さがある事は……変わりまセン……」
 子供のように拗ねた事を言いながら四葉はまた顔を伏せた。
「やっぱり……人間ってわかりあえないものデスか……?」
 小さく、呟いた。
「四葉、苦しいデス……」
 呻くように、言った。
 隣で、花穂は自分のことのように辛くなる。
「で、でも……こう考えたらどうかなあ……?」
 こんな状況でも、まだどこかのんびりとした――四葉の心を和らげてしまう――口調で花穂は言った。
「花穂……やっぱり違う人間同士だから……100%わかりあえない気がするなあ……」
「そうデスか……そうデスよね……」
 ガードを下げたところに強力な一撃を貰った気がして、四葉は肩を落とした。
「あ、ち、違うよ! 四葉ちゃん!」
 わたわたと手を振って、花穂が続けた。
「た、例えば、花穂と四葉ちゃん、違う人間だから、90%が99%、99%が99.9%になる事はあっても、本当に100%わかりあえる事は出来ないんだと思う、でもだから楽しいんじゃないかなあって思って」
 意外な言葉だった、思わず目を丸くして夕日に照らされた花穂の横顔を見つめてしまう。
「どうしてデスか……? 完全にわかりあえた方がいいに決まっていマス」
「うん……」
 人懐こい笑みを四葉に向けた。
「でも……お互いにわかりあえない部分があるから……人間関係に悩んだり……知らない相手の一面に驚いたり……ずっと退屈しないで楽しく付き合う事が出来るんじゃないかなあって……」
 ここで花穂がくす、と笑った。
「四葉ちゃんだって、わからない事が多い分、心の中を『チェキ』する楽しみが増えるんじゃないかなあ……? わからない事がいつまでも残っていれば、誰かを『チェキ』する楽しみがいつまでもなくならないんじゃないかなあ……? ずっと誰かにワクワク出来るんじゃないかなあ……? 花穂、そういう風に思うんだ
「あ……」
 四葉は声をあげた。
 ものは考えよう。なんというポジティブな思考、大胆な発想の転換だろう?
 単純なようで、なんと心に沁みる言葉だろう?
 先ほどまでの「わかりあえない」事に悩む自分が小さく思えてきた。
「花穂ちゃん……」
 いつもドジをしていてどこか抜けている花穂、それがなんと大人びて見える事か。
 今、輝いて見えるのは風に靡いて夕日に光る髪のせいだけではなかろう。
 四葉の中で花穂に対する何かが変わった。
「そうデスね」
 四葉は八重歯を覗かせて笑った。
「ゲームは難しいからこそ楽しいデス! 四葉、他のみんなをもっとわかるように……、みんなに四葉をわかってもらうために前向きにがんばりマス!」
 花穂の目が細くなった。
「花穂、四葉ちゃんを応援しているから!」
 花穂が立ち上がった。
「フレーフレー! 四葉ちゃん!」
 チアの動作なのか、両腕を上げたり下げたり振り回しながらの花穂のエールが飛んだ。
「花穂ちゃん! 応援どうもデス!」
 やっと四葉に元気が戻った。

 風も優しく見守っているかのよう、ふたりの髪がふわり、と静かに舞った。

「さあ、四葉ちゃん、帰ろう! みんなと仲直りしよう
 日は沈み始めた、花穂がやって来た並木道を示す。
「ハイデス!」
 四葉はベンチから立ち上がった。
 ふたりで楽しくお喋りしながら、少しずつ、宵の色が染み出してくる空の下を土を踏みしめて歩き出す。
「暗くなって来たデス……」
「うん……早く帰らないと……」
 丘から見下ろす街に明りが灯り始めた。四葉と花穂は小走りになる。と。
「きゃっ!?」
 ステン、と花穂が転んでしまった。
「花穂ちゃん!?」
「あーん! 花穂、ドジだからまた転んじゃったよー!」
 四葉が慌てて手を差し出す。そして先ほどの花穂のギャップにおかしくなる。ああ、いつもの花穂だと。
「花穂ちゃん……大丈夫デスか?」
 花穂の手を取って立たせる四葉の顔は緩んでいたに違いない、薄暗くさえなっていなければ、花穂に見えてしまっていただろう。

――花穂ちゃんは……本当に不思議な女の子デス……。
 いろいろな顔を見せる不思議な花穂、今、繋いでいる手が、四葉にはとても暖かかった。
「うん……大丈夫……四葉ちゃん……」
 立ち上がった花穂は、四葉がしっかりと手を握って離さないことに首を傾げた。
「四葉ちゃん……?」
 花穂は怪訝に、握られた手をそっと持ち上げる。四葉がもじもじとしている。
「花穂ちゃん……四葉と……手を繋いで帰りまセンか……?」
 四葉が躊躇うように小さな、そして上ずった声で言った。暗さの中でも四葉が上目遣いに様子を窺っているのが花穂にはわかる。
「でも……これじゃ……」
 花穂がすまなさそうな声で応える。四葉の手から力が抜けた。
「ゴ、ゴメンナサイデス……、四葉、変な事を言ってしまいまシタ……」
 声が沈んだ。手を離そうとする。
「四葉ちゃん! 違うよ!」
 花穂が空いた方の手を振って、繋いでいる方の手で離すまいと四葉の手を握った。
「だって、この繋ぎ方じゃ歩けないもん」
「あ……」
 繋いでいるのは右手と右手、「握手」の形になっている。確かにこれでは歩けない。
「だから、こっちで……」
 花穂は四葉の緩んだ手から、するりと右手を抜いて、今度は左手で四葉の手を握る。
「ね?」
「花穂ちゃん……」
 四葉の声と手が震えた。
「四葉ちゃん……?」
 花穂が穏やかに応える。
 薄暗さの中でふたりで向かいあう。

 ポウッと電灯が灯った。
 白い光がふたりを照らす。

 それが意味するのは何か、四葉はうっすらと涙を浮かべていた。
「よ、四葉はおバカさんデス! 間違えていまシタ! 勘違いしていまシタ!」
 四葉は大きな声で何かを誤魔化すように大袈裟に笑う。花穂と握った手をぶんぶんと上げ下げする。

――四葉ちゃん……寂しがり屋さんなんだね……。
 花穂は、目の前の四葉に愛しさを覚えた。
 やっと振るのをやめた四葉の手をきゅっと握る。

「さあ! 花穂ちゃん! 帰りまショウ!」
 四葉は花穂の手を引いて一歩。
「うん!」
 花穂も歩き出した。

 ふたりは並木道の中を手を繋いだまま歩く。また、お喋りをしながら。
 四葉は言った。
「花穂ちゃん、さっき言いまシタよね? お互いにわからない部分があるから良いって……」
 いつの間に出したのか、四葉が空いた手でルーペを構えていた。
「え? あ、うん……」
 心に浮んだ事を思いつくままに並べただけの話を思い出して、花穂は頷いた。
「クフフ…… 素敵な話に感激デス! 今日は意外な花穂ちゃんの顔を知る事が出来まシタ! 花穂ちゃんのことをもっと知りたいデス! 花穂ちゃんをチェキさせてクダサイ!」
 その言葉に、花穂は少しだけパチクリさせ、そして顔を輝かせた。
「うん! 花穂でよければ! 花穂、四葉ちゃんのことならどんな事でも応援するから!」

 ふたりで、大笑いした。

「あ……」
 やっと笑いがやんで花穂が四葉の後ろに何かを見つけたらしい。
「どうしたデスか?」
 四葉も振り返る。
 並木道の向こうに、ショートボブをゴーグルで飾った少女と、髪を内巻きロールにした大きなリボンの少女、見覚えのあるふたりの姿。
 四葉を探しに走り回っていた他の姉妹だ。
「「鈴凛ちゃん……白雪ちゃん……」」
 見事に花穂と四葉の声が揃う。
 鈴凛と白雪の方も四葉と花穂に気がついたらしい、向かって駆けて来る。

「行こう! 四葉ちゃん。みんなと仲直りしよう!」
 花穂が四葉の手を引く。
「ハイデス!」
 四葉が元気に返事する。

 花穂と四葉は走り出した。

「鈴凛ちゃん! 白雪ちゃん! 四葉ちゃんがいたよー!」
「四葉、ご心配をおかけしまシタ!」

 空の宵の明星は静かに瞬いていた。







 

 


あとがき

 どうも、四葉と花穂という私には珍しい組み合わせで書かせていただきました。
 私は今まで白雪と鈴凛という組み合わせでやって来たので、新しい事に挑戦してみたくなりました。
 この作品、皆様にお喜びいただければ、作者として嬉しい限りです。
 この四葉と花穂の話は書いていて楽しかったので、また何かネタを考えてみようと思います。


なりゅーの感想

新しいことに挑戦する気持ちは、それ自体が尊いです!
そんな訳で、白雪×鈴凛推奨派の高原さんの送るニューカップリング四葉×花穂でした!
ちくしょう取られた(マテ

色んなところで花穂大活躍なお話でしたね。
最初の方の花穂の「武器」という表現は、さすがと思わさせられました。
意図を上手く伝えきれずガッカリさせるところや、その後にきちんと励ますところは、
とても花穂らしい励ましシーンだと思ますね。
そして、最後のこけちゃって「いつもの花穂」にも戻るところも(笑
「ぐー」をふたつ作る花穂は、なんだか可愛かったです。

四葉も四葉で同じようにトラブルを起こしたり悩んだり、
そして、その悩みに花穂の励ましや応援を受けるなど、
かほよつとしては十分にかほよつらしいかほよつ作品であると思います!

余談ですが、最後のオチに鈴凛が白雪と来たことに軽い嫉妬を覚えてしまいました(爆


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