漆黒の空に大輪の花が咲き誇り、
数秒の後には虚空に消えていく。

近くに在っては全身に響く咲く花の叫びも、
遠くに在っては散る花の名残と耳朶に鳴る。


「綺麗だね。」


彼女は何の捻りもない言葉を、
隣にいる妹にして最愛の人である少女へと呟く。


「そうですね、鈴凛ちゃん。」


その何気ない肯定が、
同じ感覚を共有していると示しているかのような喜びを運ぶ。

この空に咲き誇る花の美しさを―――








 

散る花を望み―――










その甘い予想は一言のもとに消え失せる。


「花は散るからこそ美しい、とも言いますしね。」


彼女が見ていたのは咲く花、
少女が見ていたのは散る花。

同じ花でも全くの別物。

現に少女は散る花を憂うかのような顔をしている。


「春に咲く花も、夏に咲く花も、秋に色付く紅葉も、
 美しいものは全て散っていってしまいます。」


現に少女は散る花を儚むかのような顔をしている。


「それはきっと―――


現に少女は


       ―――散るものこそが美しいものだから。」


     散る何かを恐れるかのような顔をしている。


そんな顔を見たくなくて、少女を抱き寄せる。
そんな顔をさせたくなくて、少女の耳に囁きかける。


「大丈夫。」


彼女たちの間柄は禁忌。
同姓でありながら、近親でありながら愛し合っている。
それが禁忌だとわからないほど、彼女たちは幼くはない。


「大丈夫だから。」


それが周りに受け入れられないことはわかっている。
それに怯えぬほど、彼女たちは強くはない。


「でも――「アタシの気持ちは変わらないから!」」


言葉を遮る。
その先を聞いて、言葉を続けられるほど彼女は強くないから。


「美しいものが散らなくちゃいけないって言うなら、美しさなんていらない。
 どんなに汚いって、醜いって、穢れてるって言われてもいい。
 アタシは、アタシは鞠絵ちゃんのことが好きだから。
 この気持ちは散らないから。だから、だいじょうぶだよ。」


説得力なんてないかもしれない。根拠はただ彼女の心だけ。
美しいが故に散らなければならないのだとしたら、美しさなど求めない。
それで散らずに済むというならば。


「それでも、その気持ちは綺麗過ぎます。その気持ちは美し過ぎます。
 世界がどんなに汚いと、醜いと、穢れていると言っても、
 わたくしにとって鈴凛ちゃんの気持ちは美し過ぎるんです。
 だから、だからその気持ちがいつか散ってしまいそうで…」
 

やはり説得力などなかった。理由はただ少女の心。
美しくなければ散らずに済むと思えても、
それでも心はそれを美しいと思ってしまう。


「それでも、アタシの思いは散らないよ。」


基準が違う。世界ではなく自分。
たとえそれが世界から見てどれだけ醜くても、
少女から見れば限りなく美しい。
故に、それが儚く映るのだろう。


「鞠絵ちゃんが隣にいてくれるなら、笑いかけてくれるなら、
 アタシの思いは散らないよ、絶対。」


何も知らない、道理を弁えない子供のような科白。


「それは詭弁です。そんなものは、夢でしかありません。」


物事を知り、道理を見据えた大人のような科白。


「知ってるよ。でも、忘れたのかな、鞠絵ちゃん?」


少女を抱いていた腕を放し、瞳を見つめる。
その瞳には今にも零れそうなほどに濡れていた。

笑いかける。不敵に、道化たように、虚勢であっても力強く。
たとえ目の前にあるものが不可能と呼ばれるものでも。
たとえ目の前にあるものがかなわぬ夢だと言われても。

一拍置き、宣言するかのように、誇り高く言い放つ。


「アタシは科学者なんだ、それも結構マッドな。」


負けられない。どんな不安にも、どんな恐怖にも、今此の時は。
ここで退けば、彼女は大切なものを失うから。


「不可能?そんなものは打ち破るためにあるんだよ?
 夢?そんなものは叶えるためにあるんだよ?」


まるでそれが容易いことのように、当然であるように言う。
それが彼女のスタイルだと知らしめるように。


「でも、挑戦するには先立つものが必要だからね〜。
 資金援助よろしくね。」


彼女はいつもどおりの、口癖となった言葉とともに笑いかける。

少女は涙をこぼしながらも、優しく微笑んでいる。


「笑いかけてあげるだけで良いんですか?」


微笑みにからかうような色が混ざる。
不安は消えていないが、それでも愉し気に振舞う。


「あ〜、小銭ばっかりじゃなくてたまには奮発して欲しいかな。」


微かに頬を赤く染めながら、それでも期待をこめた言葉。

それに答えるように、少女は彼女に抱きつき見つめる。
そして不安を振り払うかのように、溢れんばかりの思いを籠めて囁く。


「愛しています、鈴凛ちゃん…」


虚勢を、道化た色を消し、彼女は答える。


「アタシもだよ。」


そう言い、顔を近づける彼女に少女は意地悪く言葉をかける。


「ちゃんと言ってください。」


その言葉は、彼女の微かに赤かった頬にさらに朱を差した。
それでもはっきりと、彼女は言い直す。


「愛してるよ、鞠絵ちゃん…」


咲きては散る大輪の花を背景に、
咲く花の歓喜、散る花の悲哀の響きの中、
唇を重ね二人は誓う。

夢見ることを、夢を叶えることを。

それが如何に厳しくとも、それが如何に辛くとも、
常に不安とともにある道であっても、
それ以外に道がない、それ以外の道を望まぬが故に。


今宵二人で散る花を望み、

            今宵二人で散らぬ花を誓う。








 


作者のあとがき

どうも、放浪者です。
9ヶ月かかってやっと、ダークでない、千影が出ないSSが書けました。
だから個人的には満足です、作品の出来が微妙でも。
………本文で力尽きました。もうあとがきは書けません。


なりゅーの感想

なんですかこのまりりん傑作は!?
見て驚きました! 深いし! 濃いし!
テーマも重く、一種の哲学のようなものも感じさせられます。
その中でしっかりと、まりりんの魅力を十分過ぎるほど濃縮されて、普通に感激しました!!

マッドサイエンティストと開き直る鈴凛はもう最高に粋!!
「ちゃんと言ってください」は、私的に鞠絵らしいおちゃめだったと思います!
物事を重く悪い方に捕らえがちな鞠絵と、その重さを笑い飛ばす鈴凛のバランスも良い。
細かいところも……というか、台詞全てが名台詞にしか見えないくらい良い作品です!

他の誰がなんと言おうとも、作者自身が否定しようとも、これはまりりんの傑作です!
放浪者さん、こんな素敵なまりりんを、本当にどうもありがとうございました!!


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