薄暗い蝋燭の明かりの中

その紫苑の髪は闇に染まり

その深紅の瞳に炎は揺れ

その銀の短剣は血に染まる



美は美であるが故に狂いを孕み

狂いは狂いであるが故に怖れを呼ぶ



愛は美しいが故に狂い舞う







 

果たす誓い、狂う愛、失う世界、










裂けた頬から血が滴り、首を伝って服を濡らす。
頬の痛み、血の伝う不快な感触、それらを必死に意識する。
何かを意識しなければ飲み込まれてしまう。


  ………目の前にある存在に


其れは私に困ったような表情を向ける。
あまりにもありふれた表情を、異質な其れは浮かべる。


「……何で避けるんだい……咲耶くん………」


表情を変えず、其れは私に歩み寄ってくる。
あまりにも普段通りの歩調で、私に歩み寄ってくる。


「君のその顔に……傷がついてしまったじゃないか………」


その顔に憂いの色を浮かべ、其れは私の頬に手を伸ばしてきた。
白磁のようなその手が、頬の傷を撫で回す。


「…私は……君のその顔が好きだ………
 …君の声も…君の指も…君の髪も…君の全てが……
 ……知っていたかい?…私は君を愛しているんだよ……」


手はいまだ傷を撫でている、私はそれを止めることが出来ない。
目の前の存在に飲まれ、痛みを感じることも出来ない。


  ………結局、私はそれに抗えない


なんでこんなことになったの?
私はただ、明日の英語の予習を千影に教えてもらおうと思っただけなのに。
なんで?なんで?なんで?

ふと、傷を撫で回していた手が止まり、軽く笑いを漏らす。


「フフッ……問いかける必要もなかったね………
 君は知っているはずだ……前世も、その前世も……
 …愛を誓い…永遠を誓い続けてきたのだから……」


彼女の顔が近づいてくる。
蛇に睨まれた蛙のように、私の体は凍りついたままだ。

彼女の動きが止まったとき私の体はようやく動きを取り戻した。


「…何故…逃げるんだい……咲耶くん……?」


本気で理由がわからないという表情で彼女は問いかけてくる。


「いま、貴女何をしたの!?」


いまされたことを私にしていいのは一人だけだ。
その一人は彼女ではない。なのに……


「……キスだけど?………」


事も無げに彼女は答えた。
私の問いが不可解なものであるかのような顔で。


「何で……なんで貴女が私のキスをするのよ!!」


それは私が愛するあの人だけに許された行為なのに。
なのに!なのにッ!


「…私だからに決まっているだろう……」


簡潔な答え。まるで答えになっていない答え。
それをさも当然のごとく答えてくる。


「…君は私のものだ……他の誰のものでもなく…私だけのものだ………

 その髪は私だけがふれることができ……
 その瞳に映ることは私だけが許され……
 その心は私を思うためだけにある……

 …その唇に口付けるのも…当然私だけ……」


微笑みながら、子供に諭すような声で語りかけてくる。
優しく響きながらも、相手に有無を言わせぬ響き…

彼女は何を言っているの?私が彼女のもの?
違う!違うッ!違うッッ!
私はあの人のものだ!彼女のものじゃない!




  ………怖い、私を否定する彼女が怖い


逃げたい…本能が足を動かし、一歩、二歩と後ずさる。
彼女は焦る様子もなく、微笑を浮かべたままゆっくりと近づいてくる。

不意に背中が何かにぶつかる。…追い詰められた……
背には柔らかな壁が…柔らかい?

この感触を私は知っているような気がする。

慌てて振り返り――――

          ――――私は否定した









違う、彼女はいま自分の部屋で寝ているはずよ。
ああ、それともまた私のベッドにもぐりこんでいるのかしら。
もしかしたら部屋で私が来るのを待っているかもしれないわね。
そうだ、これは彼女のはずがない。これは……


「これは、何なのかしら…千影?」


本当にこれは何なのだろう?
もとは亜麻色だったのであろうものが、赤黒く変色している。
その下の部分は白かったり青かったり赤かったりする。
これは……



「…それは……可憐くんに決まっているだろう………
 妹の顔も忘れたのかい……?」



ああ、そうか、これは可憐か。



   ………世界が色を失う



「あなたが……これをしたの?」


「…そうだよ………」



   ………世界から熱が奪われる



「なんで…こんなことをしたの?」


「…罪人には罰が必要だよ……
 私から……君を奪おうとした罪人なら……なおさら………
 それに…昔から……一般的に行われてきたことだろう………」



         ――罪人の磔は――



   ………世界から意味が奪われる




そうか、これは、可憐の磔か。
赤黒く染まった髪も、空洞しかない目も、赤や青に変色した肌も。
目の前にある全てが可憐のものなのね。

そして可憐を、私の愛する人をこうしたのが千影。
罪人には罰が必要……確かにその通りね。




   ………そして世界は激情に染まる




振り向く。千影はいつの間にか細身の剣を持っていた。
そんなことはどうでもいい。



「―――ッアァぁあアぁ阿ァアあアぁァぁ―――」



殺す!私の全てを奪った罪人が貴女なら、死という名の罰を与えてやるッ!

 ――私をその目で見るなッ!


「…では……咲耶くん………


 ―――私をそんな目で見ていいのはッ!


            ……また…来世………」


                   か……れ…………だ……………











 


作者のあとがき

どうも、放浪者です。
ダーク以外が書きたかったのに、ダークしか書けませんでした。
しかもまだまだ未熟な文章です。まだまだ勉強が必要ですね。
次は千影以外を書こうと思います。
やっぱりあとがきは苦手です。書くこと思いつきません。


なりゅーの感想

「千影は兄とは前世から繋がっていて、その絶対の自信があると信じているからこそ、
 兄が他の妹に走った時の反応はどうなんでしょうかね?」
という感じの、なりゅーのちょっとした疑問を元に、この話は構成されたらしいです(笑
まさか、何気なく言った一言を、SSを通して解答してくださるとは、
放浪者さん、どうもありがとうございました!

さて、肝心の内容の
方ですが、
「嫌われる理由がまるで分からない」、「自分は受け入れられて当然だ」という、
千影の狂気めいた確信がしっかりと浮き出ている、
簡潔でありながらもしっかりと内容の出来ている作品になっていると思います!

細かい演出や使用する単語など、
しっかりと雰囲気の出るものを選んでいるような印象を受けますので、
寧ろなりゅーが見習いたいところ満載でした(笑


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