人を好きになるって、どういうことなんだろう。なんでそんな気持ちになるんだろう。全然分からなかったんだよ――ここで、貴女に出会うまでは。








 

feel our spring










 「わぁー、すごいよ! 満開だね!」
 「ほら、まも! あんまり遠くに行かないで! 探すの、面倒なんだから……」

 衛ちゃんの声につられてそっと顔を上げると、少し早い春の風に乗って、桜色の花弁がたくさん空を舞っていた。
 普段暮らしている町からは少しだけ離れた、静かな高台の公園。大きな桜の木が並んでいて、暖かい風が心地良かった。

 「ほら、花穂ちゃん見てよ! この桜の並木、あっちまでずーっと続いているみたい!」
 「あ〜ん、衛ちゃん、待ってよ〜!」
 「ヒナも行く〜!」

 本当に綺麗な、丘一面の桜色――これで交通の便が良かったら、きっと桜の名所になっていたのにね。

 実際、アタシだって一人じゃ絶対来ないもの。亞里亞ちゃんのおうちが車を出してくれるって言うから来たけど、それでも三時間はかかったもんね……
 正直、この遠さにはウンザリしたけど、今はこの風景をアタシ達だけで独占できた嬉しさで、プラスマイナス・ゼロって気がしてる。

 でもお花見で、他の人たちが大騒ぎして酔っ払っているニュースとか見ると、ちょっと引いちゃうから……今は、ここが敬遠されているスポットだったことに、ちょっと感謝してる、かな。

 「シート、どこに敷こうか?」
 「……衛くんが走っていった方とは逆になるが……あそこに、少し開けた場所が見えるね……」
 「……ふぅ。分かったわ……ま〜も〜!! こっちでシート敷くから、さっさと戻って来なさ〜いっ!!」

 咲耶ちゃんの大声が並んだ太い幹の間を何十にも反響して、不思議なくらい長く響いていた。
 あまりにも大きな声だったから、側にくっ付いていた亞里亞ちゃんが本気でビックリしてたみたいだけど、怒っているわけじゃないって分かって、すぐに笑顔に戻れたみたい。

 それにしても、このカバン重過ぎ……もう、白雪ちゃんったら一体、どれだけお弁当作ったんだろ?
 いつも作り過ぎているのに、今回は特に気合入っていたから……ちょっと心配になってきちゃった。

 可憐ちゃんも、ケーキを焼いてくるって言ってたっけ。
 お花見でケーキって言うのもちょっと聞いたことないけど、咲耶ちゃんは喜んでたから、まぁ、いいのかな。

 「ちぇ〜きぃぃ〜……早く荷物を置かせてくだサイ……」

 ……あ、ジュースのダンボールを持たされた四葉ちゃん、もう限界っぽい。
 代わってあげたいけど、アタシもちょっと重いカバン持ってるのよね……

 「う〜! 四葉、もう歩けないデス〜!」
 「ほら、もう少しだから頑張りなさいよ♪」
 「咲耶チャマ、ヒドいデス……なんで四葉だけ、こんな重いもの持たなきゃいけないんデスか!?」
 「あら、何人聞きの悪いこと言ってるのよ? 私も千影もリンも、みんな荷物持ってるじゃない? 春歌ちゃんなんか、毛布まで運んでくれているのよ?」

 朝、亞里亞ちゃんの家に集合した時、春歌ちゃんはすでに一抱えくらいの毛布を持っていて……なにそれ? って聞いたら、“今日は夕方から、少し寒くなるかも知れませんので”とか、笑って答えてたっけ。

 「でも、白雪チャマは何も持ってないデス!」
 「アンタねぇ、お弁当みんな作らせておいて、荷物持ちまでやらせる気? アンタだけ、ご飯抜きにするわよ?」
 「じゃ、じゃあ亞里亞チャマはどうなんデスか!?」
 「あらあら、四葉ちゃんは亞里亞ちゃんより、ずーっと“お姉ちゃん”でしょう?」

 わざとからかって、咲耶ちゃんがお母さんみたいな口調で喋ったから、四葉ちゃんったらますます怒っちゃって……あ、ほっぺ膨らませて、低く唸ってるみたい。

 「そ、それじゃ、衛チャマは!? 手ぶらで、走り回ってマス!」
 「……ああ、あの子は……」
 「ズルいデス! 不公平デスッ!」
 「……本当にそう思うかい、四葉くん?」

 あ、千影ちゃん、笑ってる……あの顔は多分、ちょっと怖いことを言う時の顔。

 「……衛くんには……雛子くんと、花穂くんの安全を任せてあるんだ……もし雛子くんが迷子になったり、花穂くんが転んで怪我をした時は……フフフ……衛くんには、相応の罰が用意されていてね……贖罪のために、今夜……私の部屋に……来て貰うことになるんだが……」
 「……よ、よ、四葉、やっぱりジュース運びでいいデスッ!!」

 あはは♪ 四葉ちゃんったら、本気で怖かったみたい。
 いきなり元気になって、ダンボール持ったまま走り出しちゃった。

 横にいる咲耶ちゃんが笑っているところを見ると……多分、千影ちゃんのハッタリだったんだね。
 この二人、やっぱり付き合いが長いだけあって、こういう時のコンビネーションは抜群なのよねぇ……




 お花見が始まって、しばらくは和やかな雰囲気だった。
 みんなで白雪ちゃんのお弁当を褒めてあげたり、またいつもみたいに、衛ちゃんが咲耶ちゃんにからかわれてたり……でも。

 「さて、それではそろそろ、今日のとっておきを……」
 「? ハルねぇや、それなぁに?」
 「……あら、気が利くじゃない♪」

 春歌ちゃんが持参した毛布を広げて、中から「ビン」を取り出した辺りから……だんだん、場のムードが変わってきたのよね。

 「咲耶ちゃんも、結構好きでしたよね?」
 「まぁ、ほどほどにね♪」
 「咲耶くん……あの飲みっぷりは……ほどほどとは言わないよ……」

 とか何とか言いながら、千影ちゃんも嬉しそうな辺り、絶対に中身を確信してると思う……

 「ねぇ衛ちゃん、あのビン、何が入っているのかな?」
 「! な、何でもないよ! か、花穂ちゃんはボクと、こ、こっちでジュースでも飲んでようねっ!」

 衛ちゃん。気持ちは分かるけど、動揺し過ぎ。

 「お……は、にじゅう……に、なって……から」
 「あら? 雛子ちゃん、もう平仮名読めるのね。エライエライ♪」
 「わーい! 咲耶ちゃんに褒められちゃった〜」

 いや、咲耶ちゃん。褒めてる場合じゃないでしょ。

 「か、可憐……ど、どうしよう……咲耶ちゃんに、無理矢理飲まされちゃったりしたら……か、可憐、でも、まだ……」

 ……ん〜、この子はある意味、飲まなくても酔っちゃってる……かも。

 そして――

 「ほら、リン! 何そんなトコで知らん顔してるのよ! さっさとこっち来なさいって!」

 ――来た。悪魔の招きが。

 「……アタシはそっちのグループには入らないわよ? ホント弱いんだから」
 「いいから、最初の一杯だけ付き合いなさいって♪」
 「咲耶ちゃん、アルハラって言葉、知ってる?」
 「今日お持ちしたのは春に相応しい、甘くフルーティな味わいの、ちょっとオシャレな一本なんです。鈴凛ちゃんにもきっと、気に入って頂けると思いますわ♪」

 そりゃ、春歌ちゃんくらい強ければ、気に入るかも知れないけれどさ。

 「アタシ、ホント苦手なんだけど……って、もう注いでるし!」
 「ふふ……準備は出来たよ……」
 「それじゃあ行きましょうか♪ ほら、リンもグラス持って♪」
 「わ、分かったわよ……もう、一杯だけだからね」
 「じゃ、みんなの健康を願って……カンパーイ♪」

 こうやって、結局勢いに流されちゃう辺り、アタシも意志が弱いのかなって毎回思う……クラスの友達の誘いなら、結構キッパリと断れるんだけど、どうして身内にはダメなんだろ?

 そう言えば、亞里亞ちゃん、さっきからずっと咲耶ちゃんにぴったり張り付いているのよね……ヘンなこと覚えなきゃいいけど。

 四葉ちゃんはお弁当を食べて元気になったのか、雛子ちゃんたちと一緒に、大声を上げてはしゃぎ回ってた。
 四葉ちゃんとか、もしかしたら、初めてなのかも知れないね……こうやって桜の下で遊ぶのなんて。




 ――う〜。ダメ……やっぱりダメ。

 アタシって、ホント弱いみたい……結局、二杯しか飲んでないんだけど、もう頭がくらくらするもの。

 「あら? リン、どうしたのよ?」

 もう、見りゃ分かるでしょ?

 「ちょっと、風に当たってくるわ……」
 「あら、そう。気をつけてね」
 「あはははは! 鈴凛ちゃん、いつでもワタクシの胸に、帰ってきて下さいねぇ〜!」

 ……春歌ちゃん、明らかに飲み過ぎ。
 千影ちゃんは笑ってるけど、亞里亞ちゃん、引いてるよ? もう……




 アタシはみんながワイワイやってる場所から少し離れて、ちょっと丘を登ったところにある、小さなベンチで休んでた。
 風に乗って、みんなの声が遠く、微かに聞こえてくる。
 みんながウルサイって言うよりは、それくらいここが静かだってことなんだけど。

 誰もいない桜並木。アタシ達だけの、楽園。
 ピンク色の風で火照ったほっぺを冷やしながら、アタシは思いっきり背伸びをして、目の前に舞う桜の花弁をぼんやり見つめてた。

 「――割と贅沢な時間だと思わない?」

 歩いて来た道の方へ振り返ると、咲耶ちゃんがこっちに登って来てた。

 「街中じゃ、いくらお金を出しても買えない時間よね。桜はあるかも知れないけれど、こんなに人がいない場所なんて、まずないもの」
 「――アタシ、本当にもう飲まないわよ?」

 どういうつもりで追いかけて来たのか知らないけど、一応、釘を刺しておいた。

 「別に、飲ませようと思ってここに来たわけじゃないって♪」
 「……ならいいけど」

 確かに、咲耶ちゃんは手ぶらだった。
 長い髪が風に流されて、羽根みたいに優しく揺れている。女のアタシが言うのもヘンだけど、綺麗だなぁって思っちゃった。
 アタシは多分……頑張って伸ばしても、あんなに綺麗にはならない気がする……なんとなく、だけど。

 「気分はどう?」
 「……うん、もう大丈夫」
 「そう。良かった♪ これでも、結構心配してたんだから♪」

 ……絶対ウソだ。
 あんなに、楽しそうに注いできたくせに。

 というか、あれだけ飲んでたのに……咲耶ちゃんの顔はもうすっかり素面に戻っていて、口調も普段と一緒だった。

 「下のみんなは? 大丈夫なの?」
 「……ああ、平気よ♪ 楽しくやってるわ……多分」
 「多分?」
 「……春歌ちゃんがちょっとオーバーヒートしてるけど……まぁ、被害に会ったのは四葉ちゃんだけだし……千影が何とかしてくれるんじゃない?」

 ……無責任。
 というか、“被害”って何よ? 何があったの?

 「リン、少し歩けるかしら?」
 「うん、いいけど……戻るの?」

 咲耶ちゃんが手を伸ばしてきた。
 そっと握ると、ぐっ、って引き上げてくれた。

 「ちょっと、連れて行きたいところがあるの。行きましょ♪」
 「う、うん……」

 歩き出した咲耶ちゃんを追って、アタシはスカートの埃を払いながら歩き始めた。
 頭が少しだけズキッてしたけど、痛みが収まっていく感覚があったから、もう大分醒めたんだと思う。




 「リン、覚えているかしら……先週の月曜日の電話」
 「えっと……鞠絵ちゃんっていう、妹の話?」

 なんか不自然な言い方だなって、自分でも思ったよ。
 例えば、咲耶ちゃんを呼ぶ時は「咲耶ちゃんっていうお姉さん」なんて、絶対言わないもの。

 でも「鞠絵ちゃん」は……アタシの中では正直言って、それくらい距離のある子だった。

 幼い頃からずっと療養所に住んでいて、みんなが集まるパーティとかも休みがちな、“特別な”子だった。
 遊びに行くにも、療養所は町外れのうんと遠い所だったから、誰かに連れて行ってもらわないと、とても行ける距離じゃなかったんだよね。

 それに、行った所で面会時間も限られていて……間違いなく姉妹なんだけど、今まではほとんど話したことがなかったのよね。

 「そう……病状が良くなったから、別な療養所に移ることになった、って話」
 「あ、うん……覚えてるよ」
 「……実はね、この先にあるのよ。新しい療養所が」
 「……あ、そうなんだ」

 普通はもっと、驚いたり、喜んだりしなきゃいけないのかも知れないけど、アタシにはあまりにも遠い子だったから――関心がないわけじゃないけど、そんな特別な気持ちは湧いてこなかった。

 「それで、今から行くの……?」
 「ふふふ♪ 嫌なの?」
 「! い、嫌じゃないけど……でも、なんでアタシと二人きりなのさ? みんなも、連れて行ってあげた方が、鞠絵ちゃんだって……」
 「あんな状態の春歌ちゃん、とてもじゃないけど、病室には入れないわよ……多分、療養所の入口で断られるわね」

 ……そんなに凄いコトになってるの、春歌ちゃん?

 「だったら、飲む前に止めればよかったでしょ!?」
 「まぁ、そうなんだけどね♪ でもそれは別にしても、とりあえずリンを連れて行きたかったのよ。みんなより先に、最初にね♪」
 「なんでさ?」

 意味が分からなかった。
 別に、鞠絵ちゃんに特別な用事はないし、話したこともほとんどないんだから、向こうが会いたがっているとも思えない。

 「ねぇ、リン……怒ったりしないから、正直に答えて。リン、鞠絵ちゃんのこと……どちらかって言うと、“嫌い”でしょ?」
 「! そ、そんなこと……」

 ……あった、かも知れない。
 それは憎いっていう意味の「嫌い」ではなかったけど。

 ホントのことを言うと、アタシ、鞠絵ちゃんっていう妹のこと、避けてた。
 少しだけ、苦手だった。

 姉妹なのに、こんな風に思うのって絶対良くない事だし、自分が間違っているって分かっていたけど……でも、ちょっとだけ、嫌だな、っていう気持ちはあったの。




 アタシは小さい頃からずっと、自分の欲しいものは自分で努力して、自分の手で掴み取ってきた方だった。
 何かを作る時はいつも、必死になって本を調べたり、電気屋を一日中歩き回って、少しでもいい道具を買い集めた。

 何年も先の学年で使うような、難しい物理や数学の理論だって、徹夜で勉強したこともあった。
 ネットでずっと探していた情報を見つけた時には、絶対に解読してやろうって、英語の辞書片手に何時間も頑張ったっけ。

 みんな、出来上がったアタシの作品しか知らないけど、その影で――誰も見ていないところで、結構努力はしてきたつもり。




 でも鞠絵ちゃんは……こんな言い方すると悪いから、絶対に口にはしなかったけど、生まれた時から体が弱いっていうだけで、みんなから可愛がられてきたイメージがあって……

 もちろん、そんなのただの、アタシの偏見。
 とんでもない誤解なんだろうな、って頭では分かっているの。

 でも、感情的な部分でちょっと……たいした努力もしないのに、可哀想がられて、周りのみんなにずっと愛されてきた子、っていう先入観が出来上がっててさ……嫌な子だよね、アタシ。
 こういう自分の一面に気がつくたび、凄い自己嫌悪に陥ってた……




 だから、こんな、心のどこかで鞠絵ちゃんを見下しているような気持ちが表に出てこないように、できるだけ会わないようにしてた。
 何人かでお見舞いに行くって話になっても、忙しいからって、いつも断ってきた。
 お見舞いの寄せ書きカードも、いつも適当に、先に書いてある誰かの真似して、何も考えずに書いてたっけ。

 「あ、あの……別に、嫌い、じゃないよ……」
 「正直に聞かせて。誰にも言わないし、絶対に怒ったりしないから」
 「……少し、苦手なだけ。理由は良く、分からないけど」

 分かってた。本当は十分過ぎるくらい、分かってた。
 でも理由を話し始めると何だか、アタシが自分の努力にすごく自惚れているように聞こえちゃいそうで……そこだけはまだ、隠しておきたかった。

 「……そう。ありがと、素直に話してくれて」
 「ナイショだよ?」
 「ええ、もちろんよ。約束するわ♪ でね、今日はそんなリンのために……鞠絵ちゃんのこと、もっとよく知って欲しくて、こうして連れ出したってワケ」

 多分、咲耶ちゃんは何もかも、知ってたんだと思う。
 アタシと話している間、終始笑顔だったし、優しかったから。

 普通、ちょっとショックだよね。
 姉妹なのに、「あの妹は苦手」なんて聞いたら、さ。
 しかもそれが一番体が弱くて、可哀想な子なんだから。

 でも咲耶ちゃんは本当に、一言も怒らなかった。
 まるですべては最初から、予定通りだったみたいに。

 「……ねぇ、なんで分かったのさ?」
 「ん? なにが?」
 「だから……アタシが、鞠絵ちゃんのこと苦手だってコト」
 「ん〜……“咲耶お姉様の情報網”、ってコトでいいかしら?」
 「こっちは正直に答えたんだから、もう少し誠意のある答えでもいいと思うけど?」
 「ふふ、そうだったわね。ゴメンゴメン♪」

 軽く、肩をぶつけてきた。
 そうやってウインクされても、こっちはちょっと、リアクションに困るんだけどさ。

 「実はタレコミがあったのよ。“マイ・ハニー”からね♪」
 「ハニーって……衛ちゃんでしょ?」
 「“鈴凛ちゃん、なんだか鞠絵ちゃんのこと、あんまりよく思ってないみたいなんだ……あ、ボ、ボクの勘違いかも知れないよ! で、でももしそうなら……ちょっと、悲しいよね。ねぇ、さくねぇ、なんとか、二人が仲良くなれる方法、ないかな……?”」
 「アハハ、似てる、似てる♪ そっくりだよ」

 咲耶ちゃんのモノマネがあまりにも上手くて、アタシも大笑いしちゃった。

 これはまだ、姉妹の中でも気がついていない子が多いんだけど……咲耶ちゃんと衛ちゃんはちょっとだけ、特別な関係なんだよね。
 どこまで本気なのかは知らないけれど……お互い、恋人同士って思ってるみたい。

 もちろん姉妹だし、それ以前に女の子同士なんだから、結婚とかは考えていないだろうけど……でも時々、どこまで本気なのか分からなくなるのよね、この人たちは。

 近親恋愛で、同性愛――咲耶ちゃんには悪いけど、そんな異常な世界、アタシにはあまりに遠過ぎて、ちょっとよく分からない。
 まぁ別に、分かりたいとも思わないし、ね。

 「あ、もちろん、こっちも秘密でお願いね♪ あの子も結構意地っ張りで、ちょっと機嫌損ねると、意外と大変なのよね、後が」
 「それは咲耶ちゃんも一緒でしょ……同じボヤキ、衛ちゃんからも聞いたわよ。ホント、似たもの夫婦よねぇ?」
 「まぁね♪」

 ……いや、そこは否定して欲しかったんだけど。あえて“夫婦”って、トゲのある冷やかし文句使ったんだから、さ。
 でも咲耶ちゃんはむしろ嬉しそうな顔してた。
 ホント、この話題に限っては全然理解できないんだよね、この二人のリアクションって……




 やがて、木々の向こうに大きな建物が見えてきた。
 曲線が多くて、柔らかいデザイン。日の光に照らされた新築の壁はまるで、病院の白衣みたいに真っ白だった。

 咲耶ちゃんが入口で名前を告げると、アタシ達は簡単に中に入ることが出来た。
 そして、もっと病院っぽい場所をイメージしてたけど、全然違った。
 建物の中はちょっとオシャレなペンションみたいに、木目を基調にしたデザインになっていて、消毒液の匂いの代わりに、優しい木の香りがいっぱいだった。

 なんだか、少し大きいだけで、普通の家みたいな雰囲気。小さな子どもも走り回っているし。
 部屋の入口にも「○○様」みたいな、いかにもしっかり管理してますって感じの病室札はなくて、下の名前だけを平仮名で彫った、可愛い手作りの木の札がぶら下がっていた。




 鞠絵ちゃんの部屋は中庭に面した個室だった。
 咲耶ちゃんがドアをノックすると、中から小さな声と、犬の鳴き声が聞こえてきた。

 「まぁ、咲耶ちゃん。それに、鈴凛ちゃんも。遠いのに、わざわざありがとうございます」
 「どう、新しい暮らしは? 少しずつ慣れて来た頃かしら?」
 「はい。他の子達ともすぐにお友達になれました。みんな、一つの大きな家族みたいに仲良しなんですよ」

 割と大きな部屋。アタシの部屋もかなり広いんだけど、それより、少し大きいかな。
 そして、もの凄く綺麗に片付いていた。こっちは、アタシの部屋とは大違い。

 鞠絵ちゃんはベッドから出て、スリッパに足を入れると、ゆっくりと立ち上がって、アタシ達を窓際の椅子に招いた。
 備え付けられたテーブルは三人で囲むにはちょっと小さかったけど、別に何かを食べるわけじゃないし、お互いの顔が近くなって、かえっていい感じになった。

 「今日はずっと部屋にいたの?」
 「はい。午前中は検査があって、少し疲れてしまったので、さっきまでベッドでうとうとしてたんです」
 「検査だったの? 知ってたら、タイミングずらしたのに。ゴメンね、休んでたのに」
 「いいえ。わたくし、咲耶ちゃんたちが来てくれた方が、ベッドで休んでいるよりも、ずっと元気な気持ちになれますから♪」

 なんだか、アタシはうまく口を挟めなかった。
 検査とか、何を調べているのかよく知らないし、普段、鞠絵ちゃんがどういう暮らしをしているのかも、ほとんど分からなかったから。

 それに、なんだか――触れちゃいけないような、聞いちゃいけないことがたくさんある気がして、会話をするのが怖かった。

 「ところで今、先生はいる? 会えないかしら?」
 「多分、二階の事務室にいると思いますよ」
 「そう。ちょっと話があるから、私、行って来るね」
 「! え、ちょっと、咲耶ちゃん……」
 「来たばかりで悪いけど、用事は先に済ませておきたいから。多分、すぐに戻ってくると思うけどね」

 咲耶ちゃんったら、席を立って、そのまま笑顔で出て行っちゃったけど……ちょっと待ってよ、って感じだった。

 もちろん、ここに来る前の話があったから、なんとなくこういう雰囲気に持っていくつもりなんだろうな、とは予想してたけど……でも実際に直面すると、やっぱりちょっと困っちゃう。

 何も話すことないんだよね……鞠絵ちゃんのことなんて、ホント何も知らないし。

 「鈴凛ちゃん」
 「! な、なに?」

 なるべく普通に、って思ってたんだけど、やっぱりムリだった。
 思いっきりぎこちない感じで、とりあえず鞠絵の方に目を合わせた。

 「今日は会いに来てくれて、本当に嬉しいです」
 「あ、う、うん……アタシも、会えて嬉しい、よ……」
 「わたくし、今まであまり、鈴凛ちゃんとはお話したことがなかったですよね。なんだか、いつも忙しいみたいで」

 違うよ……確かに、他の子達と比べたら、やりたいことがたくさんあって、忙しい方に入るのかも知れないけれど、でも……来なかった理由はそれだけじゃない。

 「みんなから、色々聞いていました。鈴凛ちゃんって、機械を作るのが得意なんですよね?」
 「ま、まぁね……」
 「羨ましいです。わたくし、この前買ってもらったCDプレーヤーも、説明書をしっかり読み込んで、やっと使えたくらいですから」

 鞠絵ちゃんとしては多分、面白いことを言ったつもりなんだろうけど……ヘンな緊張が解けなくて、アタシは引きつったような作り笑いを浮かべるのが精一杯だった。

 「最近はどんな機械を作っているんですか?」
 「えっと……今は水の上を走る、小さなプロペラ機を作っているの。そんなに難しくないんだけど、操作しやすいのを作ろうと思ったら、結構奥が深くてさ……」

 アタシはとりあえず、頭に浮かんだ中で、一番説明に苦労しなさそうなやつを選んで話題にした。

 「最初は失敗ばっかりで、しょっちゅう池に沈めちゃってたんだけど、最近は割とスムーズに動くようになってくれて」
 「凄いですね。わたくしも一度、鈴凛ちゃんのプロペラ機、見てみたいです」

 幸せそうに笑って、アタシのたどたどしい自慢話に、本当に嬉しそうに聞き入ってくれる鞠絵ちゃん。
 眼鏡の奥に見える、笑った瞳は可愛いなって思ったけど、でも何かが心の中で、ずっと引っかかっていた。

 「鈴凛ちゃんは大人になったら、何かなりたいものとか、ありますか?」
 「ん〜、そうねぇ……とりあえず、一度は留学してみたいって思ってるけど、その後は……よく分からないわね。作りたいものなら、たくさんあるけど」
 「作りたいもの?」
 「例えば――」

 なんだか、鞠絵ちゃんがレポーターで、アタシがインタビューを受けているみたいに、割と一方的な会話になってしまっていた。
 アタシ、自分からは何も話さなかったから……というか、本当に分からなかった。

 何が聞いちゃいけないことで、どこが触れちゃいけない話題なのか。
 病気のこととか、あんまり深く聞いちゃいけないんだろうな、っていうくらいは分かったんだけど、それ以外にもたくさん“地雷”があるような気がして……でも鞠絵ちゃんがいっぱいアタシに質問してくれたから、一応、会話が途切れることはなかった。

 「鈴凛ちゃん、今日は咲耶ちゃんと二人で、どこで待ち合わせしたんですか?」
 「待ち合わせ?」
 「ここに来る時に、ですよ。町の中央にある駅ですか? それとも、どちらかの家とか……」
 「ああ、そういうことね。アタシたち、今日はお花見に来てたの。この丘の下にある、桜がいっぱい咲いている所で――!」

 言ってから、慌てて口を押さえたけど、もちろんもう、とっくに手遅れだった。
 何考えてたんだろ、アタシ……最悪。
 最高の嫌味だよね、これって。

 体が弱くて、一人ぼっちの女の子に。
 外で集まって、みんなで楽しんでましたって報告しちゃったんだから。

 何でわざわざ、「ここにいる」ことを思い出させるようなこと言っちゃったんだろ?
 自分のミスだけど、本当、ここに連れて来た咲耶ちゃんが恨めしかった。
 アタシがここに来なければ、こんなことにならなかったのに。

 除け者にされた、って思ったかな。嫌味な人、って思ったかな……

 「うふふ。やっぱりそうだったんですね」
 「――え?」
 「わたくし、多分そうだろうなぁって思っていたんですよ。だって、ほら――」

 椅子から腰を浮かせて、鞠絵ちゃんがぐっと顔を近づけてくる。前髪が揺れて、柑橘系の甘い香りがした。
 そして、アタシがその笑顔が信じられなくて、すっかり固まっている間に――鞠絵ちゃんはすっと手を伸ばして、アタシの頭から何かを摘み上げた。

 「ほら、この桜の花弁。もちろん、お花見の最中じゃなくて、ここに歩いて来るまでに乗ったものなのかも知れませんけれど、鈴凛ちゃんが部屋に入って来て、髪の所に花弁がついているのを最初に見つけた時から、何となくそんな予感がしていたんです」
 「……部屋に入った時から気がついていたの?」
 「あ、すぐに言って、取ってあげた方が良かったですか? ……でもこんな風に、ちょっとタイミングを見計らって、うまく話題に乗せた方が面白いかなって思って、今までこっそり、気付かないフリをしていたんです……ゴメンなさい♪」

 ……意外とお茶目なんだろうか?
 呆気に取られているアタシの目の前で、目元を緩ませて笑うその顔を見て、少しずつ自分の中で、鞠絵ちゃんに対する先入観が崩れていく気がした。

 「お花見、楽しかったですか?」
 「え? あ、ああ……うん、まぁ、ね……」

 まさか、開始早々酔っちゃって、それ以降のことはあんまりよく分からない、なんて口が裂けても言えない。

 「良かったですね」
 「あ、ゴメンね……鞠絵ちゃんは行けなかったのに、こんな話しちゃって」
 「いいえ。わたくし、こういうお話を聞くの、好きなんです」
 「でも、ちょっと嫌でしょ? 自分は行けないわけだしさ。もう、違う話題に――」
 「そんなことないですよ」

 それは決して大声ではないけれど、強い意志のこもった言葉だった。
 思わず、アタシも自分の言葉を止めちゃうくらいに。

 それとなく逸らしていた目を、引き寄せられるように鞠絵ちゃんの顔に戻した。
 穏やかな笑顔だった。でも――目は笑っていなかった。

 「わたくしはここから、滅多に出られませんけれど、みんながそうやって、楽しく遊んでいるお話を聞くのは、本当に好きなんです。お話を聞いていると、まるでわたくしもそこにいたように感じられて――うふふ、可笑しいですよね、こんなの」

 首を少しだけ傾けて、口元だけで笑った鞠絵ちゃん。
 アタシは……もう、愛想笑いもできなかった。

 「楽しいお話を聞いて、面白かった出来事をたくさん教えてもらって。それだけで、本当に幸せな気持ちになれるんですよ。だから、もっと」
 「ウソだ」
 「――え?」

 自分でもビックリするくらい、冷たい声だったと思う。
 でも、遮らずにはいられなかった。もう、それ以上聞きたくない。
 見ていられないくらい、辛くて、何より――酷く、自虐的な独白のように、アタシには見えた。

 「そんなの、絶対ウソだよ。楽しいはずない……楽しいわけ、ないよ。アタシだったら、絶対……何で自分だけ、って思う。アタシがもし、今の鞠絵の立場だったら、楽しい話をする人なんか、さっさと帰って欲しいもん……そんなのきっと、嫌味にしか聞こえないから」
 「……」
 「ねぇ、もう止めなよ。そうやって、自分で自分のこと騙すの。見ていて、すごく痛いよ。なんだか、自分で自分の心、刻み付けているみたいで――」
 「――鈴凛ちゃんに、わたくしの気持ちが分かるって言うんですか?」

 鞠絵ちゃんの顔から、笑顔が消えた。
 ううん、本当の顔に戻った、って言った方がいいのかな。
 さっきから、口元は必死に微笑を作っていたけど、瞳はとっくに冷めていたから。

 問われても返す言葉がなくて、アタシは口を閉ざした。
 鞠絵ちゃんも、凍りついたみたいに動かない。
 大きな瞳に映った光が時々、震えるように揺れて、アタシは瞬きもせずに、じっとその揺らぎに見入っていた。




 気持ちが分かるから、あんなことを言ったんじゃない。
 むしろ、逆。全然分からない。

 ホント、わけ分かんない。何考えてるの、この子? って感じで。
 どうしてそうやって、辛いくせに笑うの?
 自分が一番可哀想なのに、何で人に気を使うのさ?

 会話だって、無理して作ってくれたんでしょ?
 話ベタで、何も話題を振ってこないアタシ相手に何とか場を盛り上げようとして、一生懸命、質問を考えてくれたんでしょ?

 なんでさ? なんで、そこまでするの?
 いいじゃん、下向いて泣いていれば。
 それだけでみんな、“可哀想な子”って、同情して、可愛がってくれるんだからさ。

 「気持ちなんて、分かんないよ。鞠絵ちゃんがなに考えてるのかなんて、全然分かんない。でも、これだけは言えるよ。鞠絵ちゃん、今、絶対自分にウソついてる。顔は笑っていたけど、目は笑ってなかったもん」
 「……」
 「今、アタシのこと、嫌な女だって思ったでしょ? 何も知らないくせに、なに偉そうなこと言ってるんだって思ったでしょ? でもね、アタシは鞠絵ちゃんと違って――何もしないで同情されたことなんかないし、可哀想だねって言われたこともないよ。優しくして欲しかったから、もっとたくさん褒めて欲しかったから、勉強だって発明だっていっぱい努力してきたし、分からないことも自分で調べて、ずっと自分の力で頑張ってきた人間なの」
 「……そうですか」
 「そうよ。だから、ちょっとくらい偉そうな態度になったのも、分かるでしょ? ゴメンね、嫌味な姉で。でも、これだけ姉妹が多けりゃ、一人くらい、こんな冷たい人間も混じって来るわよ」

 後できっと、咲耶ちゃんに激怒されるな……多分、この子、泣いちゃうよ。
 泣いて、アタシが今言った言葉、みんな咲耶ちゃんに言いつけると思う。

 でも、怒られてもいいや。アタシ、もう耐えられないもん。
 こんな風に、自分を作って――お互い、楽しいフリをして会話を続けるのなんて。

 「鈴凛ちゃん……」
 「何よ? 出て行けっていうなら、帰るわ。災難な日だったわね」
 「違います!」

 初めてだった。
 初めて、鞠絵ちゃんが大声を張り上げるのを聞いた。
 そしてその叫び声を聞いた時、アタシの中にあった、何かが揺らいだ。

 鞠絵ちゃんはすっと顎を引くと、両手を顔に持っていって――眼鏡を外した。

 「え……鞠絵ちゃん?」
 「……鈴凛ちゃん……鈴凛ちゃんが初めてです」
 「初めて?」
 「わたくしに、本音で話してくれたのは……鈴凛ちゃんが初めてです」

 眼鏡を外した鞠絵ちゃんの顔は驚くくらい頼りなくて、少しだけ小さくなった瞳が急に幼く見えた。
 そして、今度は逆だった。瞳は優しい光を湛えているのに、口元はまるで、泣いている時みたいに震えていた。

 「だから、わたくしも……少しだけ、本当の自分に戻れそうです……」
 「鞠絵ちゃん……」
 「わたくし……ウソ、ついてました。ずっとずっと、ウソ、ついてました……必死になって、楽しいフリをしてきたんです。自分の気持ちと向き合うのが、ずっと怖くて……もし向き合ってしまったら、素直になってしまったら、途端に……それから先、ずっと泣き続けなければいけなくなるような気がして……怖かったんです」

 声が曇っていた。
 何かを必死に押し殺すような、止まる枝を見失って空中を彷徨いうろたえているような、弱々しい声。
 アタシは頷くことすらできずに、ただ鞠絵ちゃんの顔だけを見ていた。

 「こんなに弱い自分が嫌いで、怖くて……ずっと、頑張って来たんです。すぐに泣きたくなる自分を、殺すために」
 「……鞠絵ちゃん、アタシ……」
 「……泣いてもいい場所をずっと、ずっと探していたんです。わたくしが張り巡らせた、分厚いウソを破ってくれる人を、ずっと探していたんです……わたくしは鈴凛ちゃんのこと、嫌いになんてなりません。むしろ――」

 あ、ダメ――その瞳が濡れる瞬間だけは、絶対に一人にしちゃいけない気がして――気がついたら、アタシ、鞠絵ちゃんに抱きついて、頭を胸元にきつく抱え込んでいた。

 「……ゴメンね、鞠絵ちゃん……アタシ、何も分かってなかったっ……何も、何ひとつ……!」
 「……鈴凛ちゃん、お願いです。もし、まだわたくしのこと、嫌いじゃなかったなら……またいつの日か、ここに来て、少しの間だけでも……“本当のわたくし”に、会ってくれませんか?」

 体が震えた。
 小刻みに、心の痛みに連動するみたいに。
 駆け巡る血が熱くて、頬が紅潮していくのが分かった。

 アタシは鞠絵ちゃんの頬をなぞって、何時の間にか溢れていた涙を優しく拭うと、そのままそっと顎を持ち上げて、色の薄い唇に自分の返事を重ねた。




 短い、初めてのキス。
 どうやったらいいのか分からなくて、不器用で、臆病なキスだった。
 なんだかたどたどしくて、決してカッコ良くはなかったけど……でも、相手の唇が欲しかった気持ちの量なら、世界一だと思った。




 息が苦しくなる前に顔を離した。
 気持ちが昂ぶってて、味とか、感触とか、そんなこと考える暇もなかった。
 ただ、鞠絵ちゃんと特別なつながりが欲しかったっていう、心が引き裂かれるような強い衝動を満たすことだけで精一杯だった。

 そして、終わってみてはじめて、自分が何をしたのか、少しずつ分かってきた――

 女の子同士。
 姉と、妹。
 療養所。
 さっき、あれほど酷い言葉を吐いて、さんざん傷つけた直後の、この行動。

 「……あ……えっと、こ、これは、その……」

 言葉なんか、出てくるわけなかった。
 ふと気がつくと、鞠絵ちゃんも何だか、唇を半開きにしたまま、呆然とした表情でアタシを見上げている。

 「あ、あの……」
 「……鈴凛ちゃん」
 「……な、なに……?」

 鞠絵ちゃんの頬がほのかに赤くなって、アタシの腰に細い腕が巻きついてきた。

 「……信じても、いいですか?」
 「……」
 「……鈴凛ちゃんのこと。今くれた……ス……が、その……答えだって、信じても……いいですか?」

 頬の色は見る見る広がっていって、小さな耳まで朱に染まっていた。
 でも多分、アタシも……同じような顔、してたんだと思う。
 こんなにドキドキしたの、生まれて初めてかもね。

 「うん、いいよ……これが、アタシの答え。鞠絵ちゃんの本当の顔はアタシが、ずっとずっと守ってあげる。だから、鞠絵ちゃんもアタシのために、心の中にアタシのための居場所を用意しておいてね」
 「……居場所?」

 不思議そうな顔をしている鞠絵ちゃん。
 思わず、もう一度キスしちゃいそうになったけど、ここはちゃんと、言葉で伝えないと。

 「そう。アタシの居場所。アタシが……素直になれる場所。鞠絵ちゃんの心の中に、ちゃんと用意しておいて欲しいの」
 「……はい、分かりました♪」
 「……ねぇ、アタシ、実はさっきのが……初めて、だったんだけど……も、もし、良かったら、もう一回……しない?」
 「……え?」
 「ほ、ほら、その……さっきはすっごく気が急いじゃって、その……ゆっくり、できなかったから、さ……も、もちろん、嫌ならいいんだけど……」

 さすがに、ちょっと言えなかったな……ファースト・キスの思い出に、鞠絵ちゃんの唇の味も覚えておきたかった、なんて。

 でも鞠絵ちゃん、すぐに察してくれたみたいで……にっこり笑ってから、すぐに目を瞑ってくれた。

 ――うっわぁー、これって……自分で言っておいてなんだけど、いざ“する”となると、すっごい緊張するんだね……ど、どうしよう、さっきに負けないくらいドキドキしてるかも……もう、一回やったのに、なんでこんな風になっちゃうの、アタシ?

 というか、さっきはよく、あんな勢いで出来たわよね……絶対照れちゃうよ、こんなの……あ、鞠絵ちゃん、目、開けちゃった……

 「……酷いです、鈴凛ちゃん」
 「! ち、違うの! からかったわけじゃなくて、ただ、その……なんかこう、改めてやると、緊張しちゃうなー、って……」
 「……してくれるまで、もう絶対、目を開けませんから」

 ……え? な、何、このプレッシャー……?

 というか、そんなに覚悟できてるなら、アタシが目を瞑って、鞠絵ちゃんがしてくれたらいいのに……なんて、言ってる場合じゃない!
 鞠絵ちゃん、すっごく不安そうな顔してるじゃないの……

 だ、大事なのは気持ち、だよね……上手く出来ないけど、いいよね、もう……えっと、息を吐いて、止めて……せーのっ……!!




 本当の気持ち――顔を合わせて「好き」って言えるまで、どれくらいかかるか分からないけれど、ともかくこの日、アタシの中で何かが、ゆっくりと動き出した気がした。
 ゆっくりと、本当にゆっくりと、だけど。

 アハハ、なかなか素直になれないのって、もしかしたらアタシの方がずっと重症なのかもね♪




 ――咲耶ちゃん。今日は本当にありがとう。

 それと、さっき思ったこと、撤回♪
 今なら、少しだけ……ほんの少しだけ、咲耶ちゃんと衛ちゃんの気持ちも、分かる気がするの。




 今朝は早起きだったから、帰りの車は寝ちゃおうと思ってたんだけど、予定変更!
 ちゃんと、ここに来るための道程、覚えておかなくっちゃね。

 もちろん、また亞里亞ちゃんの家の車に乗ってくればいいんだけど……今度はちょっと、一人だけで会いに行ってみたいから。

 この桜色の季節が終わる前に、必ず、また来るから、待っててね――鞠絵ちゃん♪








 


作者のあとがき

 なりゅーさんが当サイトの12,345ヒットを踏んで下さったことへのお礼、そしてなりゅーさんのお誕生日を記念して、差し上げた作品です。

 なりゅーさんに作品をあげるに当たって、何が一番喜んでもらえるのかな、って割と真剣に悩みました(笑)。
 そして結局、なりゅーさんが一番読みたいって思う作品、そして、「なりゅーさんが一番書きたいと思う作品」を目指すことにしました。

 もしGlaveが貰う立場だったなら。
 きっと、自分が目指す理想、「書きたい作品」への刺激になるようなものこそ、一番読みたいし、もらった時に本当に嬉しい……ような気がしたんです。

 カップリングを書き上げる中で、二人が恋し合う「理由」を誰よりも大切にしてきた、なりゅーさんへの敬愛を込めて。
 読んで頂けた、一人でも多くの方にとって、心に何かを残す作品になることを願っています♪

 最後までお読み頂き、本当にありがとうございました♪
 そして、なりゅーさん!
 お誕生日、おめでとうございます♪


なりゅーの感想

Glaveさんのサイトの方で、12345HIT目を踏んだとご報告をしたら、ありがたいことにキリ番として扱い、
それをなりゅーの誕生日という日に合わせて完成させていただいたのが、このSSらしいです。

率直に言います、最高でした。
頭の方のほのぼのなやりとりが、全て吹っ飛んでしまうくらいに、感激しました。

「距離のある子」、作中で鈴凛が鞠絵に感じている印象は、
きちんとそれぞれのキャラを見た上で出てきた言葉だと思います。
なりゅー自身、鞠絵と鈴凛にはそういう距離があると思っていますから。
そのくらい「有り得ない組み合わせ」と印象があるはずだと訴えたいくらいですし。

そして、安易な恋愛ではなく、そのマイナスの面から逃げずに正面から向き合っている。
なりゅーではついつい甘味を加えてしまうからこそ、そういうまりりんが見れて言い様も無いくらい嬉しいです。
だからこそ、それを前面に持ってきてくれたGlaveさん、乗り越えさせてくれたGlaveさんに、
ひとりのまりりん好きとして勝手に感謝させていただきたいです……。

キスシーンは……………………最高に来ました。
静かに、感激に震える、最高のまりりんキスシーンです!

ただ甘さやムードを求めるだけのきちんとしたキスではなく、
ぎこちないとか、わからないとか、そういう自然さが前面に出ている。
そのことから、甘くないからこその最高の甘さ、カッコ良くないからこそのカッコ良さを心から感じました……。

こういう「関係の変わるキス」、「特別になるキス」は、
なりゅーが特に見たいと感じる理想的なキスシーンのひとつです。
だから、それを見事理想以上の形で、まりりんで実現してくれたことが、なによりも嬉しいです。
その後のもう1回はなかなか可愛くて、「待ってました」と思わずここでは興奮しましたが(笑

Glaveさん自身がご推奨するさくまもを匂わすところもちゃっかり入っていますが、
ただあるだけでなく、鈴凛の心の動きの比較として用いられているあたり、
"Glave"というSS書きの丁寧で繊細な巧みさが見受けられます。

もっと他にも語りたいのですけれど、本当にキリがなくなるので割愛させていただきますが、
そのくらいツボにはまったSSです!
まさに、「なりゅーのために作ってくれたSS」と、贅沢ながらそう感じてしまいます!

無理矢理でなく、きちんと想いを組み立ててくれた、繊細で、大きなまりりんSS。
甘くないことで美味しく洗練されたビター味に仕上げられている、静かで、そして大きな作品でした。
だからバカみたいにはしゃいで感激とかはしていないんですけど、
実際は今までの中で最高クラスの感動に打ちひしがれています(笑

こんな素晴らしい絶品を、キリ番と誕生日としてでも、全然追いつかない最高の作品です。
そしてそれをなりゅーなんかのためにくださったGlaveさんという存在に、心の底から感謝します。
本当に、どうもありがとうございました!!


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