「くすん、くすん……」


 その日、亞里亞は咲耶ちゃんに叱られました……。


「この度は、亞里亞様がご迷惑をお掛けしました」

「いえ、私も大人気なかったんです……。そんなに強く言うつもりじゃなかったんですけれど……」

「でも必要なことです。咲耶様はそれをしてくださった。寧ろお礼を申し上げなくてはいけません」


 じいやは、亞里亞をかばってくれません……。
 それどころか、すみません、なんて、何度も何度も、亞里亞の代わりにあやまってくれます……。

 でも、なんで……?
 亞里亞、なんにも悪くないのに……。
 亞里亞の代わりにあやまられたら……まるで亞里亞がワルイみたい……。
 だからあやまってなんかほしくないのに……


「ほら、亞里亞様。ごめんなさい、ですよ」

「くすん……くすん……。……ひっく………くすん……」


 なんで亞里亞はあやまらなきゃいけないの?

 今日は鞠絵ちゃんが、お久しぶりに街にやってくることになって、
 それで、咲耶ちゃんと、可憐ちゃんと、雛子ちゃんと、みんなで遊ぼうってことになって……。
 楽しく過ごしていた。楽しかったのに……。
 咲耶ちゃんは突然、亞里亞のことを怒り出したの……。
 いつも通りに過ごしていたのに、どうして亞里亞は怒られたの……?
 なんで?
 亞里亞、なにも悪いことしてないのに……。


 結局……亞里亞は、咲耶ちゃんに「ごめんなさい」を言いませんでした。











 

未来への道案内













 お空はぴかぴかさんさん。
 今日はお日さまご機嫌、ぽかぽかあったかな春の日です。
 そんなお天気の日、今日も亞里亞はおけいこにいきました。
 亞里亞は将来立派なレディにならなくてはならないそうなので、たくさんのおけいこをしています。
 でも今日のおけいこは、いつものおけいことは違って、一日だけの“たいけん学習”っておけいこです。

 いつもはしないおけいこなんだけど、じいやが「亞里亞様の将来を考えて身につけておくべき事柄です」っていって、
 たまにこういう“たいけん学習”をご用意してくれます。
 今日は、“きゅうじょたいいん”の人から“きゅうじょかつどう”についておけいこしていただきもらいました。
 今はそのおけいこも終わって、その帰り道です。
 亞里亞は、じいやとふたり、ぽかぽかの空の下を歩いていきます。
 いつも、お外でおけいこする時は、お車でいききします。
 でも今日はこんな天気です。
 おけいこの間は、お外に出ないでずっと中でのお勉強だったので、お日さまがもったいないって思ったの。
 今日はこれ以上おけいこもないし、お家からも近いから、亞里亞、のんびり歩いて帰りたいっておねがいしたの。

 お日さまはぴかぴかさんさん、ずっとご機嫌な笑顔をふりまいてくれました。
 まるで「亞里亞ちゃん、今日一日がんばったね」ってお日さまがほめてくれているみたい。
 とっても気持ちいい……


「むー……」


 でも亞里亞はずっとご機嫌ナナメでした。
 それは、この間咲耶ちゃんに叱られたこと、今もずっとひきずっているからです。
 亞里亞には、たくさんの姉やと雛子ちゃんって妹がいます。
 その中で咲耶ちゃんは、一番の姉やです。
 一番の姉やなだけあって、よくみんなのリーダーさんになってくれます。
 それに、とっても綺麗で、なんでもできちゃう素敵な人。だけど……コワイ人なの……。
 だって、亞里亞のこと……叱ったから。

 雛子ちゃんと、可憐ちゃんと、鞠絵ちゃんと、それから咲耶ちゃんと……、……えっと……1…2…3…4……。
 4人で……あ、亞里亞も入れたら5人です……。5人でピクニックにいった時のことです。
 亞里亞はみんなと楽しく過ごしていました。久しぶりにやってきた鞠絵ちゃんも、とっても喜んでくれたの。
 なのに……咲耶ちゃんは突然、亞里亞のこと……叱った……。

 ショックだったの……。
 亞里亞、なんで叱られたのかわかりません……だって亞里亞、いつも通りにしていたのに、なのに急に……。
 最初は怒られたショックですっごく悲しかったけど、時間がたつと、だんだん亞里亞の方がぷんぷんな気持ちになってきたの。
 亞里亞……ワルくないもん……。
 そうなの、ワルいのは咲耶ちゃんなの。
 なんでか知らないけど、亞里亞のこと叱った咲耶ちゃんの方が、悪い子なの……!
 綺麗だけどコワイのは、じいやと一緒です。ぷんぷん。

 そんな気持ちのままだったから、おけいこにもぜんぜん集中できなくて、今日はぜんぜんわからなかったの。
 もともと亞里亞にはぜんぜん分からなかったおけいこだったもん。
 それに今日だけのおけいこだから、次の時に先生に怒られることもないからいいの。


「じいやー……今日はぽかぽかお天気だから、少し公園でのんびりしたいのー」


 亞里亞、このままじゃムカムカぷんぷんな気持ち、ますますおっきくなっちゃう。
 そんな気持ちのままじゃイヤ。
 だから、少しお日さまのご機嫌を分けてもらおうって思って、たまたま通りがかった公園を指差していったの。
 ……でも、じいやはなかなかお返事をくれません。
 いつもはすぐにお返事くれるのに、「構いませんよ」とも「ダメです」とも、どっちのお返事もくれません。


「じいや……?」

「あ……すみません。少々、ぼーっとしてしまいまして……」


 じいや、なんだかいつもと違います。
 いつもはキリリとしたお顔で、亞里亞のことぷんぷんしてくるのに……今日はぽやーんとしています。
 お目めも、なんだかとろんとしています。


「それで、なんと申しましたのですか……?」


 亞里亞、ほんの少しの間、頭の上にハテナマーク浮かべていました。
 なにかあったのかな、って思ったけど、でもじいやはオトナの人。
 だから、きっと平気なの。


「少し公園でのんびりしたいの」


 亞里亞がもう1回いうと、じいやはいつも通り、「かしこまりました」なんてお返事を返してくれました。












「んー……気持ちいいの……


 亞里亞はベンチに座って、のんびりお日さまのご機嫌な日差しを浴びて、いい気持ちにひたりました。
 じいやは、亞里亞の側でいつも通り、見守るように立っています。

 そよ風が吹いて、ベンチの上の亞里亞のほっぺたをそっとなでていきます。
 公園の風はそよそよ気持ちいいです。
 太陽さんもぽかぽかあったかいです。



    『亞里亞ちゃん! ダメでしょ!』



「…………」


 でも、咲耶ちゃんのことを思い出したら、なんだか気持ちよかった気分も、またムカムカぷんぷんになっちゃいます。


「鞠絵ちゃんだって……いいって……いってくれたの……。嬉しいって……いってくれたのに……」


 だから亞里亞はわるくない。
 わるくないんだよね……。


    バタッ……


「……?」


 なにか、近くで音が鳴りました……。


「じいや……なんの音?」


 亞里亞、それが一体なんなのかじいやに聞いてみたの。
 でもじいやの方を向いたら、じいやはいませんでした。


「じいや……?」


 じいやが消えています。


「じいや? じいやぁ?」


 きょろきょろ。あたりを見回します。
 でもじいやの姿は見当たりません。

 じいや……実は魔法使いさんだったの?

 亞里亞がそう思ってたら、地面から「う……」なんて小さな声が聞こえたの。
 小さくても、それがじいやの声って、すぐに分かりました。
 だって亞里亞、“ぜったいおんかん”を持っていますから。……それは関係ないのかな?
 聞こえた場所は、さっきまでじいやがいた場所の、地面の方からです。

 じいや……実はモグラさんだったのかな?

 もう一回じいやのいた場所に顔を向けて、今度はベンチの陰に隠れちゃってたその地面を見てみました。
 亞里亞、じいやがモグラさんになって掘った穴があると思っていたんだけど……でも、違ったの……。
 そこにはじいやの姿があって……じいやは……じいや……、倒れて、いて……。


「じいやっ……!」


 じいやが倒れているの……!?
 びっくりした亞里亞。いそいでベンチから飛びおりて、じいやに近づいたの。


「じいや、じいやぁ……! どうしたの……!?」


 声をかけても、じいやをゆすっても、じいやは反応してくれません。
 顔色も……ちょっぴり白いです。
 それはいつものじいやじゃなくて……だから亞里亞、「助けなきゃ……」って、思ったの。
 亞里亞が、じいやを助け……


「……どうやって……?」


 亞里亞は……どうしたらいいか分かりません。

 だって亞里亞、こんなときは……ううん、いつも、じいやにおねがいしてた……。
 でも今、そのじいやがたおれているの。じいやにおねがいしたって……どうにもできないの。
 突然のできごとに、亞里亞、まごまごするしかできません。
 どうしよう……どうしよう……。こんなとき……じいやにおねがいできない時は……


「あ……、そうです……他のじいやに、おねがいしたの……」


 じいや以外のじいや。
 亞里亞のお家にいる、亞里亞のお世話をしてくれる他のじいや。
 男の人でも女の人でも、だれでもいいからお家の人を呼ぶの。
 じいやだって、できないことがあります。
 おかしはパティシエさんみたいにつくれないし、演奏だってバイオリニストさんみたいに弾けません。
 でもそんなときじいやは、できる他のじいやにおねがいして、きちんとやってくれました。
 そうなの、亞里亞もできる人におねがいしよう。大人の人におねがいしよう。
 そうしたら、じいやを助けられます。
 そう思って亞里亞、あたりを見回しました。
 きょろきょろ。でも……公園には誰もいません。
 お車で帰っていたら、お車と一緒に運転手さんがいました。
 けれど、今日は歩くっていったから、運転手さんは先にお家に帰っちゃいました……。
 公園には、亞里亞とじいやのふたりだけ……。
 これじゃあ、じいや以外のじいやにおねがいできません。
 どうしよう……こういう時、じいやはどうしていたんだろう……?


「……お電話、なの……」


 ちっちゃなお電話。じいやの持ってる携帯お電話。
 ポチポチって、じいやが小さな携帯お電話をかければ、お家の人がまるで魔法みたいに飛んできてくれます。
 亞里亞、それを思い出したの。
 じいやがポケットからお電話出すところ、いつも見てるから、じいやのどこにあるのかも知ってるの。
 ごそごそ。いつもじいやが取り出すポケットをさがすと……あ、ありました。
 よぉし、これでおうちの誰かを呼ぶの……。


「えっと……、……? ……?」


 これって……どうすればいいの……?
 パカッて開くところまでは、いつもじいやのやっていることをマネしてできたけど、そこから先は……わかりません。
 ひらいたお電話の中は、半分はだれかのお写真が写っています。
 反対側のもう半分には、数字のボタンがたくさん並んでいます。他にもよくわからないボタンもあります。
 じゃあ……それをどうしたら、おうちの人が来てくれるの……?

 初めて手に取る小さな機械は、それ自体が小さな街みたい。
 知らない風景に、知らないお店。知らないオトナ。
 案内してくれるじいやがいたら、やってくる新しい「初めて」にわくわくするけど、
 ひとりで迷い込んだら、そこは知っている人が誰もいない、寂しくて不安な世界……。
 亞里亞は今、そんな知らない街にいます。
 それでも、なんとかしなきゃって、亞里亞、じいやのお電話いじってみたの。


「え……? え……?」


 すると、最初の……だれかのお写真が写っていた画面が、
 上のほうにちっちゃな絵と、その下に「*」ってヘンなマークがぽっと出る画面にかわりました。
 亞里亞、それがなんなのかわからなくて……コワしちゃったのかなって、コワくなったの……。
 もどさなくちゃって思って、他のボタンを押してみたけど、
 「*」のあとに数字が増えて、ますますわからなくなっちゃう……。
 なにがどうなっちゃったのか、どのボタンを押していいのかわからなくて……。
 どれも押せなくなって……これ以上さわることもコワくて……もう、なにもできなくなっちゃったの。
 知らない街にひとり置いていかれた亞里亞は、これ以上迷うことコワがって、ただ立ちつくしちゃうだけ……。
 だれかを呼べなくなっちゃったら、今度はどうしたらいいの……?


「そうなの……“おーきゅーてあて”なの……」


 亞里亞、思い出したの。こういう時、“おーきゅーてあて”っていうのをやればいいってことを。
 急に具合の悪くなった人を治してあげるのが“おーきゅーてあて”だって、さっきたいけん学習お勉強してきました。
 そうなの、こんなときこそ、“おーきゅーてあて”なの。
 亞里亞が“おーきゅーてあて”したら、お家の人をよべなくても大丈夫です。
 よぉし……。


「えっと……えっと……」


 でも……亞里亞には、どうしていいのかわからなかったの……。


「亞里亞……咲耶ちゃんのことにぷんぷんしてて、まじめにお勉強……してこなかったの……」


 咲耶ちゃんのことばかり考えてて、先生の話なんて、ぜんぜん聞いていなかったから……。
 こんなことになるなんて、亞里亞、思いもしなったから……。
 次のお勉強の時、おこられないからって……。どうしてまじめにお勉強しなかったんだろう……。
 まじめにお勉強していたら、亞里亞、じいやをお助けできたのに。
 どうしよう……どうしたらいいのか、ぜんぜんわかんないの……。


「そうだ……。亞里亞、ご本を貰ったの」


 プリントされた白い紙をかさねて、ホチキスさんがかみかみした、薄くておそまつなお手製のご本。
 お勉強用にって、教科書のかわりに先生さんがくれたご本。
 “おーきゅーてあて”のご説明も、しっかり書いてありました。
 それを見ながらやれば、じいやを“おーきゅーてあて”できます。


「あれ……? そのご本、どこにあるの……?」


 ご本をしまったのはじいやで……亞里亞は、どこにあるのか知らないの……。
 どうしよう、ご本がないと、どうしたらいいのかわからないの。
 だれかに教えてもらわなきゃ、“おーきゅーてあて”できないよ……。


「じゃあ……、じゃあ……、お、お飲み物……」


 ぐしゃぐしゃの頭の中で、一生懸命かんがえて、それで思ったの。
 きっとあまくておいしいものを飲めば、“おーきゅーてあて”をしなくても元気になってくれるって。亞里亞そう思ったの。
 おいしい味がお口いっぱいに広がったら、おいしい思いが胸いっぱいに広がって、
 じいやも絶対元気になってくれます、って。
 亞里亞だったら、ふわっとあまさひろがるいちごミルクがいいです。
 じいやはオトナの人だから、苦いコーヒーの方がいいのかな?
 そのくらいなら、亞里亞、ひとりでできます。
 おいしいお飲み物を持ってきて、じいやに元気を……


「……お飲み物って……どうやって、持ってくるの?」


 分からない……。
 いつもはじいやが、持ってきてくれました。
 じいやじゃなくても、おうちの誰かが持ってきてくれました。
 じゃあお飲み物はどうやって持ってきてくれたの……?
 “そのくらい”のことなのに……亞里亞はなんにもできない……。


「こんな時……こんな時は…………」


 もう、どうにもできないよ。
 なにすればいいのかわからないよ……。
 亞里亞の頭、もうぐしゃぐしゃです。
 お目めいっぱいに、涙があふれてきます。


「じいやぁ……おねがい……。じいやを助ける人を呼んで……。
 じいやにお飲み物持ってきて……。さっきのご本出して……。じいやに“おーきゅーてあて”してあげて……」


 じいやはどうしてできるの?
 なんで亞里亞はできないの?
 じいやに頼んだって、じいやができるはずないのに。
 ねむねむしているじいやにおねがいするより、他になにかした方がいいってわかっていたのに。
 なにをしていいのか分からないから、結局じいやにおねがいするしかなかったの……。


「じいやを……じいやを助けてぇっ……!」


 だって、亞里亞ができることって……じいやに頼むだけ。
 これが、亞里亞が今までやってきたこと……。
 なんとかしたいのに、いつも誰かにおねがいしてきた亞里亞には、他にどうすればいいのか分からない。


「助けて……じいや……、じいやぁ……。じい……、…だれ、か……。誰かぁ……」


 助けを求める相手が、「じいや」から「誰か」に代わる。
 それでも「誰か」になれない亞里亞。

 悔しい……。




    『でも……このままじゃ亞里亞ちゃんのためにならないし……。特に鞠絵ちゃんは……』




「あ……」


 急に思い出す。咲耶ちゃんの言葉……。
 そして、それがきっかけだったみたいに、亞里亞の頭はこの間のことを思い出したの。





  ・

  ・

  ・

  ・

  ・






    『鞠絵ちゃん……亞里亞はいちごミルクが飲みたいの』

    『ええ、買って来てあげますよ』

    『うわー。ありがとう、鞠絵ちゃん』


 亞里亞の頭の中で、急に思い出しはじめるのは、まだ新しい思い出。
 雛子ちゃんと、可憐ちゃんと、鞠絵ちゃんと、咲耶ちゃんと、みんなでピクニックにいったときの思い出。
 咲耶ちゃんに叱られた……イヤな思い出……。


    『ねえ、ミカエルのオモチャ……持ってきてください……』

    『あ、はい。ちょっと待っててくださいね』


 あの時、亞里亞は、いつも通りにすごしていたの……。


    『鞠絵ちゃん、鞠絵ちゃん……。次はミカエルにごほうびあげたいの……。準備、してください……』

    『あー、ヒナもあげたーいっ。鞠絵ちゃん、おねがーい』

    『あ……さっきの場所に置いてきちゃいました……。ふたりとも、ちょっと待っててくださいね』



 鞠絵ちゃんを、じいやの代わりにして……。
 亞里亞のいつも通りに……。
 そのとき、咲耶ちゃんがいったの……。


    『亞里亞ちゃん……あんまりワガママばかり言っちゃダメよ』

    『いえ、わたくしは良いんです……』

    『でも……このままじゃ亞里亞ちゃんのためにならないし……。特に鞠絵ちゃんは……』


 咲耶ちゃんのいっている意味が、亞里亞には分かりませんでした。
 だって、すごく亞里亞のためになってくれてるのに……。
 雛子ちゃんだって、おねがいしてるんだから……って。


    『いいんです。わたくし、誰かのために何かするのって、なかなかできないから、こういうの嬉しくて……こほっ……』

    『鞠絵ちゃん!?』



 鞠絵ちゃんが、小さなせきをしたの。
 咲耶ちゃんがそれにとってもおどろいていました。
 鞠絵ちゃんはお体が弱いから、ちょっとしたことでもねむねむしなくちゃいけなくなるって、亞里亞も聞いていました。
 だからなのかな、って思った……。ほんのちょっぴりだけ……。


    『ねぇねぇ鞠絵ちゃん……次は―――』


 でもそんなちょっとしたことも……鞠絵ちゃんが良いっていったからって、亞里亞、知らないふりしたの……。
 だってその方が、“亞里亞のため”だったから……。


    『亞里亞ちゃん! ダメでしょ! 人に頼ってばかりいちゃ!!』








  ・

  ・

  ・

  ・

  ・






「ごめん……なさい……。ごめんなさい……」


 亞里亞……やっとわかりました。
 咲耶ちゃんがいっていたことが。
 じいやのいっていたことが。


「亞里亞……亞里亞が……ワルい子だったの……」


 咲耶ちゃんが叱ったのは……鞠絵ちゃんのことを心配したから。
 そして、亞里亞のことも、心配してくれたから……。
 きっと、その時は鞠絵ちゃんのご心配の方が大きかったんだと思うの……。
 でも亞里亞には……今の亞里亞には……亞里亞にしてくれた心配の方が、すっごく、お胸に響きます。
 いつも誰かにおねがいしている亞里亞は、じいやが倒れたとき、なんにもできません……。

 そうだよね……咲耶ちゃん。
 そうならないように……亞里亞のこと、叱ってくれたんだよね……。
 亞里亞のためって、こういう意味だったんだよね……。
 ごめんなさい……亞里亞がワルい子だから、ぜんぜんわからなくて。
 亞里亞がワルい子だったから、だから今、じいやを助けられなくて……。


「……や……なの」


 じいやは確かにコワいの……。コワいけど……


「いなくなっちゃ、や……」


 亞里亞がなんにもできなくなるからじゃないです……。
 じいやはずっと……亞里亞を見守ってくれたから……。
 いつも、亞里亞を守ってくれたから……


「じいやいなくなっちゃ、やだーっ!!」


 亞里亞は……なんにもできません……。
 たいせつなじいやに……なんにも。
 誰でもいいです。
 教えてくれるだけでいいです。
 そうしたらやるから……
 今日からちゃんとやるから……

 誰か……。



 だれか……。












「ちょっと、なによこれ?! じいやさんどうしたの!? どういう状況?!」

「……!?」


 突然、そこに現れてくれた「誰か」に、話しかけられたの。
 まるで絵本の王子様みたいにあらわれてくれた、聞き覚えのあるお声。
 それは……


「……ひっく……、さくや…ちゃん……」

「ねぇ、亞里亞ちゃん、どうなってるの?」


 偶然通りかかった、咲耶ちゃんでした。
 公園の中までおしてきた自転車さんを止めて、亞里亞に話しかけくれます。


「わかんない……。ひっく……、…じいや……倒れて……、っく……。亞里亞……、なんにも……できなくて……ひっく……」

「亞里亞ちゃん……」

「亞里亞……助けてあげたいのに……あげたいのに……。なんにも……なんにもできないのっ……!


 亞里亞、さっきまで咲耶ちゃんに感じていたイヤな気持ちなんか、もうどうでもよくって、泣きついて「助けて」っていったの。
 咲耶ちゃんは、そんな亞里亞に、まるでママみたいに優しく頭なでてくれました。


「よしよし、怖かったのね……」

「おねがい……助けてぇ……。次……やるから……。自分で……できるよう…なる、から……。だからぁ……」


 亞里亞、おねがいしました。あんなにぷんぷんしてた咲耶ちゃんに。だって咲耶ちゃんはワルくないの。
 亞里亞が、こうならないように……じいやを助けられるようにって、叱ってくれたんだから……。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ……。亞里亞……なんにもできないの……!
 亞里亞のせいなのに……亞里亞がワルいのに……
 亞里亞が、お返ししてあげなくちゃいけないのにっ……ぇ……ふぇ〜〜〜〜んっ! うえぇぇぇ〜〜〜〜んっ!!」


 ずっと、ためこんでいた涙さんが、もう抑えきれないくらい溢れて……がまんできなくて、
 ぼろぼろ、亞里亞のお目めから、流れ出しました。


「そっか……」


 咲耶ちゃんは言いました。
 わんわん泣いちゃう亞里亞に。


「それだけ分かったなら、今は任せなさい……」


 すごく……頼もしかったの。
























「すみません、咲耶様……本当にご心配をお掛けしました……」


 亞里亞のおうちにはこばれたじいやは、ベッドの中でおやすみさせて、しばらくしてから目を覚ましました。
 亞里亞、じいやが起きてくれて、すごく嬉しくて、「よかった、じいや、よかった」って、何回も何回もいったの。
 咲耶ちゃんは……


「呆れた……」


 言葉どおりに呆れた顔をしています……。


「分かります、咲耶様の気持ちは痛いほどに。ええ、ホント咲耶様の視線が痛いのですが。
 でもっ、でもどうしてもっ! どーーーーしてもっ! 諦めきれなくて……」

「だからって……」


 咲耶ちゃんは、組んでいた足を組みなおして、いいました。


「韓流ドラマの撮り溜めのために夜更かしして、それで寝不足倒れたなんて……」


 じいやは今、“カンリューすたぁ”のなんとか様にお熱だそうです。
 そういえば、さっき携帯お電話に写っていたお写真も、なんとか様のお写真でした。


「その……最近は毎日放送で、深夜に2本、それぞれ別のテープに標準撮りで保存しておきたい放送がありまして……。
 それでわざわざ深夜遅くまで起きて……うちにはテレビもビデオデッキもひとつしかないので……」

「そんなに人気ならまた再放送するかもしれないじゃないですか」

「人気ないんですっ!!」

「……あ、そうですか」


 じいやは言い訳をします。でも咲耶ちゃんは呆れています。
 いっつも叱ってばっかりのじいやが叱られて、なんだか亞里亞と一緒に見えて、とてもかわいいです。
 でも亞里亞はじいやを、亞里亞の時と同じように怒ったりしません。
 だって、亞里亞、じいやが目を覚まして本当にうれしかったの。
 だからほんのちょっとくらいの「おいた」なら、許しちゃいます。


「それに、今までの疲れも重なったのかも……あっ……!」


 じいやは、あわてて口を手で押さえました。
 だってその言葉は、「亞里亞のせい」っていうことになっちゃう言葉だから。
 でも、じいやの言葉は、もうお口から出たあと。亞里亞しっかり聞いちゃいました。
 じいや、ごめんなさいって顔をしています。


「ううん、いいのじいや……。亞里亞、ワガママだったから……」


 亞里亞、わかったの。
 亞里亞ががんばらなかった分、他の人が苦労しちゃうってことに。
 鞠絵ちゃんはせきをしちゃうし、じいやだってねむねむしちゃいます。
 そして……頼ってばかりじゃ、何にもできなくなっちゃいます……。
 それを教えてくれたのは……じいやと、そして咲耶ちゃんです……。


「咲耶ちゃん……。ごめんなさい……ありがとう……」


 それは、この間いえなかった、ごめんなさい。
 何日もおあずけしちゃった、ごめんなさい。
 そして……心の底から、ありがとう。


「え? ああ。いいよ、迷惑だって思ってないから」


 咲耶ちゃんは、じいやをお助けしたことだと思ったみたいです。
 でもいいの……これは亞里亞が、言いたかったことだから……。


「それにしても……本当に情けないです。まさか咲耶様にご看病までしていただくなんて……」

「うふふっ……じいやさん、違いますよ」

「……え?」

「じいやさんの看病してたの、亞里亞ちゃんなんですよ」

「えっ!? 亞里亞様が!?」

「ええ。亞里亞ちゃん、ずっとじいやさんの額のタオル、取り替えてたんですよ」

「くすくす……はいなの……


 そうなの。亞里亞、じいやのためになにもできなかったから、だからなにかしてあげたいっておねがいしたの。
 そうしたら、咲耶ちゃんがじいやのご看病、亞里亞におまかせしてくれたの。
 他のじいやは、「看病なら私どもがやりますから」なんていいましたけど、でも亞里亞、どうしてもっておねがいしました。
 咲耶ちゃんも、いっしょにおねがいしてくれました。
 亞里亞が一生懸命おねがいしたから、みんな「いいよ」ってお返事をくれたの。
 それから、亞里亞、咲耶ちゃんに教えてもらいながら、じいやのご看病したの。


「まあ……ちょっと洗面器の周りがびしゃびしゃなのは、目を瞑っててあげてくださいね……」

「え? ……あー、分かっています……」


 咲耶ちゃんはじいやの耳にそっとささやいて、ないしょのお話をします。
 いったいなんの話をしてるのかな?


「ううん……ぜんぶ咲耶ちゃんのお陰なの……。亞里亞……やっぱりなんにもできなかった……」


 せんめんきにお水を入れて、タオルをぬらして、おでこにあてる。
 咲耶ちゃんから教えてもらったのはこれだけです。
 たったこれだけ、こんな簡単なことなのに、咲耶ちゃんや他のじいやに教えてもらわなくちゃ、できなかった。
 だってせんめんきとタオルがどこにあるのか、そこから、亞里亞にはわからなかったから……。


「亞里亞、ひとりじゃなんにもできないの……。咲耶ちゃんみたいになんでもひとりでできない……なんにもしっかりできないの」


 じいやを助けてくれたときの咲耶ちゃんは……本当にすごかったの……。
 ご本もなにも見ないで、あっというまにじいやを“おーきゅーてあて”しちゃったの。
 ベンチにじいやをねかせてくれたり、じいやのお手帳みつけて、亞里亞のお家にお電話をかけたり。
 そしたら、あっという間に他のじいやがきてくれました。
 あっという間に、じいやをベッドにはこんでくれました。

 亞里亞、亞里亞にできないことを簡単にやっちゃう咲耶ちゃんのこと、じっとみて、感激していました……。
 でも同時に……悲しかったの……。
 咲耶ちゃんとちがって、亞里亞はひとりじゃなんにもできないんだ、って……。


「いいじゃない。出来ないって分かっただけでも、成長よ」


 亞里亞が悲しい気持ちで下を向いていると、咲耶ちゃんが横からそういってきたの。
 そして亞里亞にご質問をしてきました。


「ねえ? 出来ないって分かったら、どうしたかった?」

「できるようになりたい、って……思いました……」


 咲耶ちゃんのご質問に、亞里亞はすぐにお答えました。
 咲耶ちゃんは、亞里亞のお返事に、片方のお目めをつぶっていいます。


「その気持ちさえ持ち続けいれば、大丈夫よ」


 なにが大丈夫なの?
 亞里亞がそう聞く前に、咲耶ちゃんはビックリするようなことをいったの。


「今日の亞里亞ちゃん、昔の私を見ているようでね。なんか懐かしかったわ」


 って……。
 咲耶ちゃんがそんなことを言っちゃうから、亞里亞、ビックリして「えーっ!!」って大きなお声、出しちゃった。


「ほら、私って一番お姉ちゃんじゃない? だから人一倍しっかりしなくちゃって、頑張ってたものよ。
 ……でもね、最初は全然、思い通りになんてできなかった。
 大人の人は簡単にやってるのに、自分はできないこと尽くしで……凄く、悔しかった。
 それこそ、さっき亞里亞ちゃんが泣きながら思っていた通りにね……」


 なつかしそうにお話しする咲耶ちゃん。
 そんな……咲耶ちゃんが、亞里亞とおんなじだったなんて……亞里亞、ぜんぜん信じられません……。


「いい? 亞里亞ちゃん。できないって分かったら、次はそれをできるようにすることが大事なの。
 そうやって私は成長してきたわ。だから、亞里亞ちゃんも、その気持ち持ち続けてね。
 そしたらきっと私みたいに、ひとりでできるようになれるはずよ」

「ほんと?」

「ええ。保証するわ。だって私の可愛い妹なんだから


 亞里亞、咲耶ちゃんの言葉にうれしい気持ちになって、思わずフルフルしちゃいました。
 「でも頑張れたら、の話よ」って、しっかり念をおされちゃったけど、でも大丈夫。
 咲耶ちゃんが“ほしょー”してくれるなら、きっと亞里亞もできるようになれるはずなの。“ほしょー”ってなんだかわからないけど。
 だから亞里亞、がんばります……!


「亞里亞様、頑張ってください。私も応援させていただきます」


 じいやも、亞里亞のこと、おうえんしてくれました。
 亞里亞、元気に「うん」ってお返事しました。
 雛子ちゃんみたく、ゲンゲンおゲンキに。


「じいやさんは、その前に体調を戻すことを頑張ってくださいね。いっそ有給でも取ったらどうですか?」

「ゆーきゅー?」

「え? あー、えっとね……要するにお休みよ、お休み。
 私が知る限りじゃ、じいやさん、いっつも亞里亞ちゃんのお世話でついてるじゃないですか。
 こういう時、少しくらい休んだってんバチは当たらないんじゃないですか?」


 咲耶ちゃんのご意見に、じいやははっきりしない感じに答えるの。


「はあ……でも亞里亞様が心配で、他のものに亞里亞様を任せるのも心許なく、とてもとてもそんな余裕は……」

「ううん、じいやはお休みしていいの」

「亞里亞様?」

「亞里亞、もっといっぱいがんばるから……。もっといっぱい、しっかりするから……ね」


 亞里亞、いいました。
 だって亞里亞、これから成長します。
 ひとりで携帯お電話つかえるようにうなります。
 ひとりで“おーきゅーてあて”もできるようになります。
 ひとりでお飲み物もご用意できるようにもなります。
 ひとりでなんでもできるようになります。


「だから、じいやはおやすみして……ね」


 亞里亞がおねがいするようにいったら、咲耶ちゃんもなんだかにこにこ笑顔でじいやにいいました。


「うふふっ……じいやさん。ここは亞里亞ちゃんの顔を立てて、お言葉に甘えるのも、教育係としての仕事なんじゃない?」

「はぁ……まったく、おふたりには敵いませんね……。分かりました、じいやはお言葉に甘えさせていただきます」


 仕方ないような、嬉しそうな、不思議な表情をして、じいやはうなずいてくれました。


「でもじいや……」


 亞里亞、うなすくじいやに向かって言葉をつけたしたの。
 だってだって……お仕事お休みする前に、これだけはおねがいしておかなくちゃ……。


「元気になったらもういっかい……“おーきゅーてあて”のおけいこ……用意、してくれますか……?」


 亞里亞のおねがい……じいやは、すっごく嬉しそうな顔で答えてくれました。


「かしこまりました」












 数日後。亞里亞は、咲耶ちゃんとじいやと、3人で小さなお茶会を開きました。
 じいやがお礼をしたいっていって、亞里亞もお礼したくて、それで、ふたりで咲耶ちゃんをご招待したの。
 亞里亞にはお砂糖たっぷりのミルクティー、咲耶ちゃんにはおいしいお紅茶、じいやにはにが〜いコーヒーです。
 だってじいやは大人の人だから、にがにがの方がきっと喜んでくれます。

 ご用意したお飲み物は……なんと亞里亞が自分で用意したものなの。
 亞里亞、この日のために一生懸命練習しました。
 じいやに教えてもらって、亞里亞がついで、亞里亞がキッチンから運んで……うふふっ 亞里亞、頑張りました。
 紅茶を入れるって、ただそれだけのことにも、いっぱいの「がんばる」があって、
 それは、自分でやらなきゃわからなかったことばかりでした。
 じいやは、「慣れれば苦労の内には入りませんよ」なんていうけれど……ほんとかな?


「よく頑張ったわね。まずは第一歩」

「はい……


 お飲み物を運んだとき、咲耶ちゃんは亞里亞の頭をなでなで……ほめてくれました。
 大変だったけど、でも大変だったから、その分、咲耶ちゃんのなでなでがとっても嬉しいに変わります……


「いーい? 携帯電話ってのはね、あらかじめ電話帳に登録しておけば……はい、ピッ、ピッ、ピッ、ってね」

「わぁー……じいやの番号が出たのー……」


 お茶のご用意が終わったら、今度はじいやに用意してもらった携帯お電話の使い方を、咲耶ちゃんに教えてもらいました。
 携帯お電話は、じいやはまだ早いってご用意してくれなかったし、亞里亞もじいやがやってくれるからって、
 ほしいって思わなかったけど、でも、亞里亞できるようになりたいからって、おねだりしちゃった。


「で、これが私の番号よ。さっそく登録してみましょうか」

「はいっ……」


 咲耶ちゃんは、用意してきたちいさな紙を出して、亞里亞に見せてくれたの。
 亞里亞、教えてもらったとおり一生懸命登録しました。
 1文字1文字、ゆっくりだけど、間違えないようにしっかり。

 携帯お電話って新しい街を、咲耶ちゃんに案内してもらって、ボウケン気分。
 教えてもらった新しいが、わくわくドキドキ、すっごくおもしろい……


「ねえ、咲耶ちゃん……」

「なに?」


 亞里亞、咲耶ちゃんの番号を登録しながら、咲耶ちゃんに話しかけました。
 今日がんばったのは、咲耶ちゃんにおねがい事があったからです。
 亞里亞、思い切って咲耶ちゃんにそのおねがいをいいました。


「咲耶ちゃん……亞里亞の、パパになってください」

「ぶっ!?」


 咲耶ちゃんが、飲みかけのお紅茶を吹き出しました。
 赤いしぶきがキラキラ舞い降りて、とても綺麗でした。
 真白なテーブルクロスに舞い降りたしぶきは、白いキャンバスを赤い粒々で彩って、
 じいやは「ああ、昨日クリーニングに出したばかりなのに」なんてつぶやいていました。


「あのね……あのね……咲耶ちゃんはカッコいいの。
 コワいところもあるけど……それも全部亞里亞のためだって、わかったの。ワルいところ、いけないところ、しっかり叱ってくれた。
 それから、なんでもできて、亞里亞を助けてくれた……。じいやを……亞里亞の大切な人、助けてくれた……。
 すっごく頼もしかった……。咲耶ちゃん……まるで亞里亞のパパみたい、って思ったの……」


 きっとパパは、そういう人間なの……。亞里亞、ご本で見ました。


「だから……亞里亞のパパに、なって……くれますか……?」

「……いや、普通この場合は王子様みたいとかお婿さんになってとか言って困らせるのが定石なんじゃないかしら……?」


 亞里亞、真剣なお顔でおねがいしました。でも咲耶ちゃんは困った顔をしています。
 じいやも“ふくざつな表情”をしています。
 なにかおかしなこといったかな? 亞里亞、とってもまじめです。


「……じゃあ、おムコさんになってくれるの?」

「いやそれも……」


 咲耶ちゃんは、ますます困った顔をしてしまいました。
 その顔のまま亞里亞になにかいおうとしたけれど……途中までいったところで、いうのをやめちゃいました。
 お顔も、なにかを考えるお顔にかわっています。
 亞里亞もじいやも、どうしたのかなって、咲耶ちゃんを眺めました。
 ほんのちょっぴり、そんな時間がつづいて、それから……


「そうね……亞里亞ちゃんが立派なレディとして育ったんなら、考えてもあげても良いわよ」

「ほんとっ……?」


 にっこり笑顔で、亞里亞の言葉、受け入れてくれたの


「それはつまり、亞里亞様は立派なレディになれないから別に大丈夫だろう、と?」

「いえ、そういう意味じゃないです。単なる言葉のあやで……」

「つまり将来は亞里亞様を娶るつもりですと?」

「いえ、そういう意味でもなくて……。じいやさん、何気に亞里亞ちゃんに過保護ですね?」


 またまたお困り顔にもどっちゃう咲耶ちゃん。
 そんな咲耶ちゃんのにがにがなお顔に、「そりゃ教育係ですから」、じいやがやわらかく笑っていいます。
 すると、にがいお顔をしていた咲耶ちゃんもつられて笑ってしまいました。
 そんな咲耶ちゃんとじいやとにつられて、亞里亞もお胸がぽかぽか。一緒に、くすくす笑いました。


 パパみたいに大きな咲耶ちゃん。
 怖いけど、やさしい咲耶ちゃん。
 約束します。亞里亞、絶対立派なレディになります。
 咲耶ちゃんにも負けないくらい、綺麗で、素敵で、やさしくて、強いレディに……


「わぁ〜……登録、できたのー」


 いつか、きっと……―――






  ・

  ・

  ・

  ・

  ・





「ってワケで……今のあたしは、咲耶ちゃんを理想として生まれたって話よ」


 時は流れ、大きく成長し、今や高校生になったあたし。
 行き付けのオープンカフェ店で、妹の雛子ちゃんと学校帰りのちょっとした寄り道の最中。
 ふとしたきっかけから、そんな思い出話に話を咲かせていた。


「あー、もしもし咲耶ちゃん。亞里亞ちゃんをこんなにした責任、とってください」

「……なーにヒトの話の途中に携帯使って告げ口してるのかなー? ヒ〜ナちゃぁん?」

「いえ、パパに娘の成長を報告……」


 携帯電話から顔を離して、気まずそうに受け答えするマイシスター。
 会話の内容から、その相手が、今まさに話題のその人であるということは容易に察せられるけど。
 そもそも、ヒトが話してる最中だって言うのに、携帯電話で他の誰かと話すなんて礼儀がなっていないというかなんというか。


「あと“こんな”ってどういう意味よ? いーじゃないの!
 なーんにもできなかったあのか弱い亞里亞ちゃんが、今や我が校を誇る立派なレディに成長したんだから!」


 あの日から、あたしは咲耶ちゃんと約束した通り、一生懸命頑張った。
 勉強もお稽古事も、前以上に進んで取り組んだ。 
 あんまり家の者に任せるようなことはしないで、自分でやるようにもなった。
 嫌いな食べ物ものも残さず食べられるようになった。今も嫌いだけど。
 月日と共に努力を重ね、その甲斐あって、今やどこに出しても恥ずかしくない一人前レディに成長。
 一流家庭の英才教育の結果、学校でもすこぶる評判の最上級優等生なのだ。

 引っ込み思案だったあたしが、強気で前に出られるようになったのも、いつもあの人の背中を追ってきたから。
 綺麗で、何でもできて、強くて、カッコイイ。あたしの憧れた、あの背中を……。
 だから今のあたしがあるのは、あの人のお陰……。


「そうだね。あの頃の純粋な心と引き換えにね。あと何気にナルシズム全開だし」

「なんか言った?」

「いいえ、ヒナなんにもいっていません」


 でもなぜか身内の受けはよくない……。
 外では世間体を気にして、礼儀正しい超一流お嬢様の仮面を被ってるので、他の評判は当てにならないの。
 まあ、受け狙いで頑張ったわけじゃないから別にいいけど……。


「……って、あーっ?! それあたしの携帯じゃない!!」


 はたと気がつく。雛子ちゃんの手に持っている携帯が、自分のものであることに。 
 パッと見、雛子ちゃんがいつもんのとは違っていたから、ちょっとヘンかな程度には感じてたけど……。


「……え? あ。いや、ヒナの携帯、今ちょっと電池切れだったから……」

「なにヒトの携帯勝手に使ってるのよ!? マナー違反! プライバシーの侵害! ストーカー!
 親しき仲にも礼儀あり!! 一体全体どういう教育受けてんのよ!! こンの覗き魔! 痴漢、チカン、ちかーんっ!!
 いいから返しなさいっ!! っていうか傷ついた! 精神的苦痛、慰謝料払いなさーいっ!!」


 早口で、怒涛のごとく批難。言い訳する妹の言葉など聞く耳持たない。
 頭が痛そうに耳を押さえる雛子ちゃんの手を突き抜ける勢いで、超物量の言葉で浴びせ倒し。


「ああ、亞里亞ちゃんは強く成長しました……。
 のんびり屋さんだった面影も、カケラも残さずマシンガントーカーに変貌して。
 引っ込み思案だったあの頃が懐かしかったくらい……」

「褒めてもごまかされないわよ」


 防ぎきれなかった非難の嵐に、寂しそうに遠い過去を懐かしみながらの小言。
 「褒めてない……」なんてつぶやきは聞こえなかった。聞こえなかったことにする。


「でも……一見成長したように見せて、意外なところで名残が残ってるのが、今の亞里亞ちゃんの可愛いところだよねー」

「はい?」


 唐突に、思わせぶりににやけ顔になる雛子ちゃん。
 圧倒的劣勢だった彼女は、首を傾げるあたしに、不意打ちの逆襲を仕掛けてきた。


「なるほどねぇ。だからこれの登録、いまだに『さくやパパ』になってるんだ」

「んなっ?!」


 咲耶ちゃんと通話中の携帯電話を、ストラップをつまんで吊り下げて宙ぶらりん。
 その通話画面に表示される相手の名前は、「さくやパパ」。
 突きつけられた雛子ちゃんの奇襲攻撃に、迂闊にも動揺を見せてしまう。


「う、うるさいっ! 昔の名残くらいいでしょっ!!」

「いまだにいちごミルク飲んでるし。ストラップもかわいいウサちゃん。相変わらず可愛い趣味して……」


    ぺちっ


「ぎゃっ!?」


 おでこを直撃した手のひらの衝撃に、カエルみたいな声の悲鳴がこぼれる。
 妹の、人の趣味嗜好に口出しする態度に、ついカッとなって暴力に訴えてしまった。
 これでは裁判で不利になってしまう。……だって好きなんだもん、いちごミルク!


「いたい……」

「知らない」


 軽く叩かれたおでこをさすりながら、恨めしそうにあたしを睨む我が妹。
 そんな不服そうな視線も、プイッと顔を背けて無視してやる。
 不服そうな顔のままの妹は、これ以上目で訴える無意味さを自覚したのか、
 無断拝借した携帯電話を持ち主に対して差し出した。
 一見それは、返してくれたのかなと思わせる行為だったけれど……けどそうじゃないということは、次の台詞で判明した。


「咲耶ちゃんがね、かわれって」

「へ……? あたしに?」


 疑問に思いながらも、電話を受け取る。
 といっても、もともとあたしのだから、話題がなくても奪い返すつもりだったけど。


「もしもし。なによー、咲耶ちゃんまで今のアタシの文句つける気ぃ?」

『んー、まあ言いたいことがない訳じゃないけど、それは会う度に何度も言ってるからね。今更言うまでもないでしょ?』

「あら? さすがパパ。賢明な判断ね」

『ごめん、今更言う。やっぱ亞里亞ちゃん変わり過ぎ』


 結局言われてしまった決まり文句。
 もう聞き飽きたその台詞に、なによー、なんて不満そうな顔して言い返した。
 声しか伝えてくれない携帯じゃ、そんな視覚情報伝わらないけど、それでも湧き上がる不満を顔で表してやった。


『懐かしい話してるじゃないの。とりあえず……よく頑張ったわね。お姫様』

「ありがと」


 「お姫様」だなんて、咲耶ちゃんらしい言い回し。
 その言葉に、軽い感じで返事を返す。

 でもね……込めた気持ちは、すっごく大きいんだよ?
 ほんとは、その言葉ですごく報われた気がした。
 ただね……照れくさいから……そっけなく言っちゃっただけ……。
 ほんとは……今でもパパって呼びたいんだから……。
 でもそれやると目の前のヒナちゃんに弱み握られた気持ちになるから、今みたいな冗談交じりにしか言わないけど。

 咲耶ちゃん……いえ、さくやパパ。
 亞里亞は立派なレディになりました。
 あなたが誇れるくらい、立派な娘に。
 あの日から、いっぱい頑張ることがあったけど、
 挫けそうな時はいつも、理想のあなたを思い浮かべて、ひたすら走り続けてきたの。


「それでも、まだまだよ……。あたし、全然追いついてないから……」


 でも、今でも理想のあなたに追いつけません……。


「これが年の差かぁ……」

『亞里亞ちゃん、独り言にしてはずいぶん嫌味ね。この17歳め』


 だから今でも、走り続けています。
 今でも……あなたの背中を追い求めています。


『気づいてる? 今の亞里亞ちゃん、当時の私よりも何倍もすごい人間に成長してるって』

「そんなことないって。まあまあ、謙遜しなさんな」

『ウソじゃないわよ。私、5ヶ国語も話せないし、バイオリンとかピアノとか全然弾けないんだから』

「はいはい、そういうことにしておきますよ」

『もうっ! またそうやってはぐらかす!』


 実際のところ、よく分からない。咲耶ちゃんの方が正しいのか、それともあたしの言ってることの方が正しいのか。
 まあ、小さいころの記憶だから、結構尾ひれつけたイメージなのは認めるけど……。
 それでもやっぱり、あたしにとって咲耶ちゃんはヒーローで……頼れるパパなのだ。
 だからさ……


「そんなにいうならさ、約束通り、迎えに来てもらっちゃおうかな?」


 受話器を通して、伝えられる、数年越しの約束。


『冗談も言うようになったわね』


 そんな言葉も、あなたは軽くあしらっちゃう。
 軽い口調とは裏腹の、意外と本気なアプローチも敢え無く玉砕。……もっとも、期待はしていなかったけどね。
 分かるわよ、もう大人なんだから。


「あら? なにかしらヒナちゃん、その趣味の悪いジト目は? 嫉妬?」


 それに、素敵なパパに、綺麗で頼れるお姉ちゃんを取られそうでスネちゃう妹も、目の前にいるしね。


「べーつーにー」

「素直じゃないわねぇ」


 あたしにこれ以上弱みを握られるのが不服らしく、ひねくれた態度で答える雛子ちゃん。

 言っておきながら、素直じゃないのはあたしも一緒……。
 あたしやっぱり妹の言う通り、意外なところが成長していないみたいです。
 だからあなたに追いつけません。

 だから……今だけ、心の中だけ、あの頃の自分に戻ってみます……。

 そう、誰にもないしょで、胸の中でこっそりささやいた。



 亞里亞……いつまでも、パパのお迎え、待っています……。









あとがき

 まりりんカップリング好きの同士であり、なりゅーが大ファンのお方の誕生日ということで、
 それにあわせ、もうひとつの推奨カップリングだというさくありをプレゼント代わりに描いてみました。
 お陰でまたひとつ自分中のシス百合カプの種類に幅を広げることができました(笑
 もっとも、書いているうちに、いつも通り予定以上に容量が広がり、当日になっても完成しなかったため、
 雑記内短期連載という形で、体よく間に合わせた代物でもあります(苦笑

 何もしなかったら、本当に簡単なことでも「できない」、「分からない」、「怖い」ものです。
 亞里亞はきっと、稽古事はできても、そういう想定外のところじゃ何もできなくなるんじゃないかということと、
 咲耶は、そうならないように貧乏くじを引いてくれる、厳しい優しさを与えてくれる。
 咲耶と亞里亞をメインに添えてイメージを広げたら、こんな作品になったわけです。
 気づいたら咲耶がパパになってしまいました、びっくりです(爆 

 ただ、メインのふたりがあんまり絡んでないのがかなり不安なところ。
 前に、他の人が似たような状況だったのを「十分カップリングされてるから大丈夫」とか、
 「出番の量じゃなくて内容」とか言った記憶がありますが、いざ自分が作り上げてみると、
 果たしてこれは大丈夫なのかとかなり不安になります……というか、大丈夫なのかな?(苦笑
 まあ、それでも、自分が納得のいくクオリティまで引き上げたものなので、喜んでいただければなによりです。

 余談ですが、作中の「韓流」のことを素で「かんりゅう」と読んでいたところを、
 「はんりゅう」ですよと連載中にツッコミくらってたりします(苦笑
 が、まあ、よく分かってない亞里亞でだから、間違ってる方がらしいかな、とそのままの形で掲載することとしました。
 また、亞里亞の口調はなるべくキャラクターを意識して所々ひらがなにしたり、
 難しい言い回しを避けたりなどしたので、なかなか頭使いました。
 とりあえず成長後の反転は、なりゅースタンダートですので、あしからず(笑


更新履歴

H18・5/7〜11:一言雑記にて短期連載
H18・5/15:SSページに掲載


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