「チェキチェキチェキ〜vv」
浮かれるような声でそんな珍妙な言葉が響く中、私はその声の主と道を歩いていた。
「ちょっと、ちゃんと周り見て歩きなさいよ、四葉ちゃん」
今日はこのチェキチェキ言ってる私の妹、四葉ちゃんの誕生日なのだ。
そのため、私は四葉ちゃんへのプレゼントを買ってあげるため、一緒にショッピングに来ていた。
四葉ちゃん自身に好きなプレゼントを選ばせて、それを買ってあげるという、ビックリ要素はないけれど確実な方法だ。
「咲耶ちゃんが四葉のために買ってくれる〜♪」
自分の誕生日プレゼントを選びに行くことがよっぽど嬉しいのか、
四葉ちゃんは腕を大きく振りながら、鼻歌混じりに歩いていた。
「明日は空からブタが降る〜♪」
「どういう意味だコラ!」
頭を拳で挟んでグリグリグリグリと動かすと、
それに連動するように「痛いチェキ〜」とか「離すチェキ〜」といった情けない声を上げる。
「うぅ〜・・・だ、だって、すっごく珍しいことが起きると、ジャパンではブタさんが空から降ってくるって、鈴凛ちゃんが・・・」
「どこの国でもブタなんか降らないし、そもそも私が優しいことがそんなに珍しいのか、あぁん?」
思わず多少乱暴な言葉遣いをしてしまい、更には四葉ちゃんを睨みつけ、たじろかせた。
せっかくの誕生日なんだから多少はサービスしてあげようかと思ってたけど・・・甘やかすのは良くないわね、うん。
「あ〜う〜咲耶ちゃんは怖いデス〜」
「別に私だって叱りたくて叱ってるんじゃないの!
アンタが叱らせるようなことばかりするから叱ってるだけなのよ!」
「む〜、四葉のどこが咲耶ちゃんを叱らせるんデスかー!!」
なんて抗議する四葉ちゃんの内ポケットからチェキノートなるメモ帳を抜き取り、
それを本人の目の前に突きつけてやる。
「これはなにかしら?」
「チェキノートデス。 それがナニか?」
「これ作るのにどのくらい私たちのプライバシーを無視したのかしら?」
「ぷ、プライバシーの侵害なんかじゃ・・・!」
「あん?」
「・・・な、なんでもないデス」
私はもうひと睨み利かせ、有無を言わさず四葉ちゃんを黙り込ませた。
「みゃ〜・・・」
「ん?」
場が静まったかと思うと、同時にそれに似つかわない可愛らしい鳴き声が響く。
鳴き声がした方に目を向けると、そこにはゴミ捨て場が存在しており、
更にそこには黒と白の二色の毛の色をしている猫が入っているダンボールが・・・。
そして箱には、『可愛がって下さい』の張り紙・・・。
・・・・・・。
ええっと・・・これはつまり・・・
「捨て猫さん・・・デスか?」
四葉のねこねこなバースデー
「・・・・・・」
嫌な予感・・・寧ろ悪寒、ところにより女の直感・・・。
「かわいそーデスね・・・」
捨て猫を見下ろしながら呟く四葉ちゃんの姿を見て、さっさとこの場から退避した方が良いと、私の中の何かが告げていた・・・!
なので四葉ちゃんの言葉を一切無視し、本来進もうとしていた方向へ右向け右。
ぜんたーい、進め!
グキッ♪
「はぅアっ!?」
とはいかなかった・・・。
「くぉぉぁぉぁあぁああぁぁ・・・」
前に進もうとする私の体と、髪をつかまれたことによりその場に留まろうとする頭、
正反対の方向に働いたその二つの力が一気に首に集中。
私は、軒並みならぬ苦痛を与えられ、言葉にならない声を上げながら悶絶した。
「咲耶ちゃん・・・この猫さ・・・」
「手前ぇなにしやがるこのチェキ野郎ッ!?」
「あーうーっ!? 痛いチェキ〜!! 離すチェキ〜!!」
四葉ちゃんの頭の上にあるリボンで結われた2つの髪の束をガシッと鷲掴み。
両方をそれぞれ外側に引っ張って、今のリベンジを果たす。
手を離すと、結んだ髪の付け根を両手でさすりながら、涙目で「ヒドいデス・・・」と訴える。
「咲耶ちゃん・・・この子―――」
「ダメよ!!」
再び話題を戻そうとする四葉ちゃんに、話を始めさせる前に言い伏せた。
「まだナニも言ってないじゃないデスか〜」
「この猫拾ってあげましょう、この猫が欲しい、この猫飼っていいですか、以上の事柄に該当しないことなら続けていいわよ」
「チェキっ!? さ、咲耶ちゃんはエスパーなんデスか?!」
・・・やっぱりか。
「だめだめ、アンタなんかに生き物を飼うなんて無理よ」
「ううう・・・ヒドいデスよ・・・」
「ほら、この子は他の人が拾って育ててくれるから、さっさとプレゼント選びに行くわよ」
そう言って歩き出そうとした時、
「誕生日・・・」
「う・・・」
後ろから起死回生の突破口が開かれようとしていた。
そう、今日は年に1度の、四葉ちゃんのための特別な日。
そのため、四葉ちゃんのためにサービス精神旺盛になる日でもある。
「プレゼント、この猫さんがいいデス・・・」
そして後ろの方から予想通りの攻撃に出られた。
だ、ダメダメ!
いくら特別だからって、限度はわきまえさせなきゃ!
「あ、あのねぇ! それとこれとは・・・」
「四葉のバースデープレゼント・・・」
振り向いて後悔した。
髪を引っ張ったせいで潤んだ瞳は、より同情を誘う効果を秘めており、
身長差のせいで期せずして形作られる見上げるような体勢も、おねだりの強力な武器として発揮されていた。
「猫さんが可愛そうデスぅ・・・」
「う・・・うう・・・」
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「みゃー」
「よかったデスねー、猫さんv」
その結果の敗北は、ほぼ予想通りの展開といえよう・・・。
「ああ、どうして私って、こう甘いのかしら・・・」
結局、涙混じりに訴える四葉ちゃんに負け、私は首を縦に振ってしまったのだった。
っていうか潤んだ瞳は反則よ!
・・・潤ませた原因は私だけど・・・。
そんな私の気落ちなど露知らず、勝者はその腕に猫を抱きかかえ、満面の笑顔で鼻歌混じりに前を歩いている。
「ねぇ・・・まさか本当に飼う気?」
「もっちろんデス!」
そう答えるのが当たり前のように、胸を張って答える。
猫を抱きかかえていなかったら、きっと手で胸を叩いていたと思う。
「あのねぇ、喜んでるとこ水さすようで悪いけど、生き物を飼うっていうのはそんなに簡単なことじゃないのよ」
「ダイジョーブデス! この名探偵に不可能はアリマセン!!」
「私は特に四葉ちゃんみたいに楽観的に考えているような子が不安なの!」
ペットを飼うということは、表面的には動物と仲良く楽しいひと時があるイメージばかり。
だけど、仲良くなるためにはこちらから動物たちに尽くす必要がある。
こちらからの愛情があって初めて、向こうからの信頼という報酬が得られる。
それに、ペットが礼儀正しくなるにしても、そうなるだけのしつけがキチンとなされなければならない。
ペットを飼うというのは、そういう地道な労力と勤勉な努力が必要不可欠なのだ。
当たり前の話だが、大抵ペットを飼うと言う人間には、その「当たり前」が見えていない。
飼ったペットの世話係がお母さんになってしまうのは、主にこれが原因であると思われる。
で、結果お母さんの方が懐かれるという・・・。
ペットは物じゃない、生きているひとつの命なんだから
だからペットを飼うという行為には、「命を預かっている」という「責任」が必要なはずだ。
「飼うっていうなら、ちゃんと責任持ちなさいよ!」
「もーちろーんデースv」
「最後まで責任持つって誓える?」
「もっち、ろんろ〜ん♪」
・・・・・・。
ダメだ・・・こういうタイプが1番ヤバイ・・・!
ペットの世話がどんなものか目の当たりにしていないから、「なんとかなるさ」と楽観的にみている・・・。
まぁ、かく言う私もどんなものか目の当たりにしていないけど・・・。
「・・・分かったわ。 じゃあ私、しばらく四葉ちゃんの家に泊まらせてもらうわ」
「チェキ!? どど、どーしてデスか!!?」
突然の私の提案に驚く四葉ちゃん。
まぁ、いきなりなんの脈絡もなく「泊めろ」だなんて、驚いても仕方ないだろうけど・・・。
余談だけど、不思議なことに私たちは姉妹のクセに別々に暮らしいる。
そうなるにあたって、何か色々と事情があったのだろうけど・・・私は知らないし、なんだか知りたくもない。
「テストよ」
「ちぇ、チェキ? テストデスか?」
「そう、テスト。 四葉ちゃんがちゃんとその子を世話できるか、しばらく泊り込んで見届けさせてもらうわ」
私たちの間では、特に何か事情がないのなら、別にいつ泊まりに行こうとも問題はない。
なんせ姉妹なんだから、それぞれの家庭では既にこれは暗黙の了解となっていることなのだ。
でも、逆に特に何か特別なことでもないと泊りにも行かないけど・・・。
しかし、今回は十分特別なことにあたる、そう考え私は四葉ちゃんの家に泊まらせてもらうことにしたのだ。
「あの・・・それって・・・合格、不合格があるってことデスよね・・・? もし不合格の場合は・・・」
「当然、その猫は誰か別の人に引き取ってもらう方向で話を進めるわ。 もちろん、テストを拒否した場合もね」
「ええ〜〜〜!?」
思った通り不満の声を上げる。
「なによ、文句ある?」
「オオアリデス!! 四葉はちゃんとお世話できマス!! ワトソン君を他所にあげちゃうなんて、そんなこと・・・」
“ワトソン君”って・・・四葉ちゃんもう名前付けてるし・・・。
「だったら態度で示せばいいじゃない。 合格すれば私だって文句言わないっていってるんだから」
「うぅ・・・」
「それとも、自信ないの?」
「そ、そんなことないデス!!」
「じゃ、その条件でいいわね」
「うぅ・・・」
結局、四葉ちゃんは私に言い伏せられ、渋々ではあったものの首を縦に振ったのだった。
「で、でもでも、もし万が一不合格になっちゃったら・・・今年の四葉のプレゼント、何にもナシになっちゃうデス・・・」
「じゃあ『猫を飼うテストの権利』がプレゼントね」
「はぅッ!?」
私の見事な切り返しに、四葉ちゃんはバッサリ一刀両断されてしまったのだった、と・・・。
とは言ったものの、それはさすがに可哀想か・・・。
まぁ、その時は別のものをプレゼントしてあげるとしましょう。
・・・・・・。
今のうちに選んでおいた方が賢明かしら・・・?
「ねぇねぇ、咲耶ちゃん咲耶ちゃん」
「ん?」
「見てクダサイ、この子オトコノコデスよー」
「猫の股を開いて私に見せるなぁーッ!!」
「さぁワトソン君、ここが四葉のおうちデスよ〜」
四葉ちゃんのプレゼントのために用意したお金で、猫を飼うのに必要な物を買い込むと、
どこにも寄り道せず、真っ直ぐ四葉ちゃんの家に向かった。
とりあえずテストの段階なので、必要なものもそんなに多く買ってはいない。
なにより、本当のバースデープレゼントを買うためのお金がなくなってしまっては可哀想・・・ということは四葉ちゃんには内緒で考えていた。
「それにしても・・・随分とひとなつっこいわね、その猫」
「ワトソン君デス!」
「あー、はいはい、ワトソン君ね」
「オトコノコデス!」
「だから見せるなってッ!!」
四葉家へ連れて来られた猫・・・っていうかワトソン君は、初めての場所だというのにまったく怯える様子がない。
それどころか、私や四葉ちゃんに早くも心を開いてくれているようだった。
「ワトソン君は誰かに飼われていたんでしょうかね?」
「まぁ捨てられてたんだし、そうなんじゃないの?」
もともと優しい飼い主の元で暮らしていたからなのかしらね・・・。
でも、そんなに優しい飼い主なら、この子をあんな風に捨てたりするのかしら・・・?
それとも、ただ単に人が怖くないだけ?
「でも珍しいわね、子猫って訳じゃないのに捨てられてるなんて」
それにこの猫・・・っていうかワトソン君は、それなりに成長している猫。
このくらいになるまで育てておいて、今更捨てるものなのかしら?
でも、確かにダンボールに入って捨てられてたし・・・。
(家庭の事情・・・引越し先のアパートがペット禁止だとか・・・)
だけど、ここまで育てれば多少は愛着ってものができるはずだから、大抵は知り合いにでもあげるものだと思う・・・。
あ、でも、そういう知り合いすら見つからなかったかなら筋は通るか・・・。
「どうしたんデスか? 難しい顔して?」
「ん? いえ、別に・・・」
なんにしろ、今の私にそれを知るすべはないか・・・。
「ヒドい飼い主さんもいたモンデスねー。 ねー、ワトソン君v」
ワトソン君の境遇を真面目に推測している私を他所に、
床に寝転んでいるワトソン君を、四葉ちゃんは人差し指でつんつんと軽く、楽しそうにつついてた。
「みゃー」
それに反応してワトソン君が可愛く鳴く。
四葉ちゃんの指を払うように前足を動かす。
なんとも微笑ましいペットとのふれあいの絵だった。
「クフフッ・・・ニャーv」
四葉ちゃんの方も、ワトソン君の真似をして鳴いてみせる。
そしてもう一度、今度はおでこをつついてみせる。
「みゃー・・・」
ワトソン君も、同じように四葉ちゃんの指を払うように前足を動かす。
「ニャーv」
四葉ちゃんも、もう一度ワトソン君の鳴きまねをしながらワトソン君の体をつつく。
「みゃー、みゃー」
ワトソン君も、さっきと同じように前足を動かす。
「ニャー、ニャー」
そして四葉ちゃんはもう一度同じように・・・
「みゃー、みゃー」
ワトソン君も同じように・・・
「ニャーニャーニャー」
「みゃーみゃーみゃー」
・・・・・・。
「ニャーニャーニャーニャーニャーニャー・・・」
「みゃーみゃーみゃーみゃーみゃーみゃー・・・」
いつの間にかじゃれあいに発展していた・・・。
「ニャーニャー「みゃーみゃー「ニャー「みゃー「ニャーニャ「みゃーみ「ニャ「みゃーみ「ニャ「みゃー・・・「・・・・・・」
でも、なんか二人とも楽しそうだから、まぁいいか・・・。
「じゃあ私、1回家帰って着替えとか持ってくるから、ちゃんとワトソン君の面倒見て置くのよ」
「はーいデスぅv ニャーニャーvv」
なんだか、『気づいたら家に親がいなくて、帰ってきた時にどこ行ってたか聞いたら、
「ちゃんと買い物行くって言ったじゃないの」』って感じのと同じ現象に陥りそうな予感がした。
でも、戻らないわけにも行かないので、とりあえずその場を四葉ちゃんに任せることにした。
(ま、少しの間だけだしね・・・)
・・・という私の考えは甘かったかもしれない。
なんせ相手はトラブルメーカーの四葉ちゃんだったのだから・・・。
一旦家に帰ると、私は宿泊に必要な荷物を準備するなり、再び四葉ちゃんの家に向かった。
泊まる、といっても学校の準備をするために家にはちょくちょく帰るつもりからそんなに荷物は持ってきていない。
ハブラシや明日の着替えといった、最低限必要なものばかり。
それに明日学校は特別に休みらしいから、制服とカバンを持ってくる必要もないため荷物は非常に少なくて済んでいたのだ。
「出ないわね・・・留守なのかしら?」
歩きながら、私は可憐ちゃんに電話をかけていた。
可憐ちゃんには、バニラという飼い猫がいる。
猫を飼う経験があり、しかもちゃんとお世話できているのだから、
猫を飼うにあたって私たちの何倍も熟知している、言わば先輩なのだ。
だから先輩ならではの経験や、飼い方指南をしてもらおうと電話をかけたのだけど・・・
私の携帯電話からは「プルルルル」という電話お馴染みの音が空しく響くだけだった。
携帯電話にかけているというのに一向に繋がらないってことは、今可憐ちゃんの手元にはないのかしら?
「ま、とりあえずメールでも送っておきましょ・・・」
簡単に事の顛末を書いたメールを打ち、送信する。
「送信しました」というメッセージを確認したところで、丁度四葉ちゃんの家に着いた。
「四葉ちゃーん、戻ってきたわよー」
「ささ、咲耶ちゃん!? あ、う・・・」
家に上がり、居間に通じるドアを開け、そこで四葉ちゃんの姿を確認してから声をかけると、
なんとも分かりやすく、ばつの悪そうな顔を向けて出迎えてくれた。
「・・・どうかしたの?」
「ちぇ、チェキ!? なななななんでもないデス!!」
そして面白いくらいの動揺を見せて、自分の背後をまるで私に隠すように手を大きく振っていた。
ここまでくると呆れるの通り越して逆に楽しめちゃうわ。
と、半ば自棄にそんなことを考えた。
既に私が居ない間に何かあったんだなあと、もう嫌々理解してた。
「・・・っていうかなんかクサいわね・・・」
特に何かを比喩した言い方ではなく、本当に何かのにおいがするのだ。
・・・・・・。
嫌な予感・・・寧ろ悪寒、ところにより女の直感・・・・・・そして若干緊張感・・・。
体を横に傾けて、一生懸命隠そうとしている四葉ちゃんの後ろを見てみると、
そこには数枚の新聞紙が床に重ねてひかれていた。
・・・なんとなく予想ついた・・・。
「あー! あー! だ、ダメデス! そっち行っちゃダメデスぅー!!」
私は四葉ちゃんの制止の声を無視し、四葉ちゃんを押し退けるように新聞紙のひかれている場所に向かう。
グキッ♪
「はグぁッ!?」
すると、四葉ちゃんは私を強制制止させるために、再び私のツインテールをつかんでいたのだった。
お陰でさっきと同じ反対方向に進もうとする衝撃を首に直に受け、私は再び悶絶してしまうのだった。
「2回も同じことすんな!! 手前ぇ女の髪をなんだと思ってやがる!!?」
「あーうーっ!? 痛いチェキ〜!! 離すチェキ〜!!」
思わず乱暴な言葉遣いになりながら、こっちもさっきと同じように四葉ちゃんの頭の上の髪の束を外側に引っ張って報復する。
「離すチェキ〜! 離すチェキーっ!!」
「あ痛たたたたたたッッ!!」
その更に仕返しと言わんばかりに、懲りずに私のツインテールの両方を掴み、今度は下方向に引っ張り返す。
「はーなーすーチェーキー!!」
「そっちこそ離しなさいー!!」
髪の引っ張り合いという、不毛な女の戦いは、適当にしばらく続いた・・・。
くだらない女の戦いを終えると、私は問題の新聞紙をいっぺんに全部取った。
ちなみに勝負結果はドロー、お互いほぼ同時に手を離して自分の髪の結び目をさする結果となった・・・。
「・・・・・・うあ」
新聞紙の下にあったものを見て、思わずそう漏らしてしまった。
そこにあったのは・・・その、なんというか・・・
「ワトソン君、お漏らししちゃったんデス・・・」
・・・というわけ・・・。
ちなみに、“小”の方ではなく“大”の方だと言っておく。
お願い・・・乙女にこれ以上言わせないで・・・。
「何で隠すのよ!?」
「ひっ!?」
私が少しばかり怒鳴ると、四葉ちゃんはまるで母親に叱られる子供のようにびくびくしながら、
弱々しく言葉を紡ぎはじめた。
「うぅ・・・それは・・・それはぁ・・・咲耶ちゃんに見つかったら・・・ワトソン君が飼えなくなっちゃうカラ・・・。
ワトソン君、なんだかソワソワしはじめて、なにするのかなって思ったら・・・その、しちゃって・・・
四葉、ダメだって言ったのに・・・ここでしちゃダメって言ったのにぃ・・・」
「それで、どうしたの?」
「だから、四葉慌てちゃって・・・・・・でもでも、バレちゃう前に新聞紙でくるんで捨てちゃえばいいって気づいて・・・
でもなかなか触れなくて・・・そうこうしてたら、咲耶ちゃんが帰ってきちゃって・・・」
「で、今に至るのね・・・。 で、ワトソン君は?」
「え、えと・・・知りません・・・四葉、片付けるのに夢中だったカラ・・・」
四葉ちゃんの言い分を一通り聞いた後、ため息をひとつ吐いてから、今度は私が口を動かしはじめた。
「確かに、これは減点対象ね・・・」
「うぅ〜・・・」
「でもね、勘違いしないで。 隠そうとしたことが減点対象なのよ」
「・・・チェキ?」
「誤魔化してどうするつもりだったの?」
「え、と・・・それは・・・こっそり片付けて、咲耶ちゃんに気づかれないようにして・・・」
「私のことなんてどうでもいいじゃない! あの子に何をするかが重要なの!」
「あうぅ・・・」
相手は動物、だからこういうことは仕方がない。
悪いことを悪いと教えられなければ、動物も人も同じで、何の躊躇もなくそれをやるだろう。
それがいけないことだと知らない、今のワトソン君のように。
悪いと思ったことをそのままにするんじゃなくて、そうしないためにどうするかが大事なんだ。
「でも、四葉ちゃんはそんなこと考えずに、このことを隠して誤魔化そうとした。
この子のためじゃなく、自分のために」
「ぅぅ・・・」
「だから・・・―――」
「・・・・・・」
そこまで言ったところでふと四葉ちゃんに目をやると、ちょっと厳しく言い過ぎてしまってたのか、
四葉ちゃんは既に今にも泣き出しそうなくらいの涙目で黙り込んでしまっていた。
さすがにちょっと愛のムチが過ぎたかもしれない・・・。
なので今言おうとした言葉は引っ込め、「ムチ」の代わりにほんの少しだけの「アメ」をあげることにした。
「ま、分かったんならそれでいいのよ・・・。 じゃあ、早く片付けなさいよ。
最初だからこれでチャラにしてあげるから・・・」
「え・・・あ、は、ハイデス!」
私に促されて四葉ちゃんが片付けを始めるのを確認すると、私は持ってきた荷物を適当にそこら辺に置き、
さっき本屋で買ってきた『やさしい猫の飼い方』という本を探した。
テーブルの上にその本があることを発見すると、それを手にとって、一通り目を通すことにした。
どうやらこの先、問題は山積みにありそうだから・・・。
そして、あれよあれよと時間は過ぎ、時刻はもう夜を示していた。
「うぅ〜・・・疲れたデスぅ〜・・・」
うめき声にも似た声を上げながら、ベッドに力なく倒れこむ四葉ちゃん。
それも分からないでもない、だって四葉ちゃんは今日、ほんとに頑張っていたのだから・・・。
そんなへたり込む四葉ちゃんを他所に、ワトソン君は部屋の窓から外を眺めて、時々窓をカリカリひっかく仕草をしていた。
「まったく、アンタのために苦労してたってのに、気楽な猫よね・・・」
ペットの世話はやはり予想通り物凄く大変なことだった。
そして、初めてということもあり、やることなすこと大半が失敗ばかり。
ついさっき、滅茶苦茶になった居間(半分は四葉ちゃんのせい)の掃除をふたりで終えたところだった。
本当は、四葉ちゃんがどこまでできるかを見極めるために手伝う気はなかったのだけど、
やっぱり最初だし、それにあそこまで酷いと・・・さすがに・・・。
だから私がしたことといえば、居間の片付けの手伝いだけで、あとは手を貸さずにアドバイスをしただけくらい。
そのため、私に比べ四葉ちゃんの方が数倍疲れているのだった。
ちなみに、居間の惨状はどのくらい酷かったかというと・・・・・・あえてコメントは避けさせて欲しい・・・。
「・・・それで、どうでしたか?」
へとへとの四葉ちゃんがうつ伏せのまま、気だるそうにか細い声で唐突に聞いてきた。
「なにが?」
「テストデス・・・四葉の、ワトソン君を飼うための・・・」
「う〜ん・・・そうね・・・」
顎に手を当てて、今日の様子を振り返ってみた。
「ま、責任感は・・・評価できるわね・・・」
確かに失敗ばかりだったけど、それでも四葉ちゃんの頑張りは相当のもので、
最初受けた適当で軽い印象とは裏腹に、しっかりとワトソン君の世話をやろうとしてた。
上手くいかなくても、それでもしっかりこなそうと頑張っていた。
うん、だから上手くいったかどうかは別なんだけど・・・。
技術や知識は後からでも身につけられる、
けど、責任感や粘り強さといった内面的なものはそう簡単にはいかない。
さすがに、普段から探偵の真似事をしてるだけあって根性だけはあるようだった。
どうしてそれをもっと有効に使わないのかしら・・・?
「んー・・・でも35点ってとこかしらねぇ」
もっとも、後から身につけられるからといって、
身につける前に事が起き、それで「知らない」で済まされるものではないのも事実・・・。
「ま、初日だし、これでもサービスした方よ」
「ううう・・・咲耶ちゃんは厳しいデス・・・」
四葉ちゃんはベッドに埋まりながら、うめき声のような声でそう呟いた。
「あのねぇ、生き物を飼うっていうのは、それくらいの責任ってものが要求される・・・」
「違いマス・・・」
「え?」
「ワトソン君のことだけじゃなくて・・・いつもいつも、四葉に厳し過ぎマス・・・」
1度横にした体をもう一度起こしながら、静かに私にそう訴えた。
そういわれれば・・・確かにちょっとグチグチ言い過ぎてたかもしれない。
「・・・咲耶ちゃんは四葉のコト、嫌いなんデスか・・・?」
「そんなわけないじゃない! あなただって、私の妹なんだから!」
「でも・・・」
「逆よ。 大切に思うから、悪いことは悪いって、しっかり教えてあげるのよ・・・」
四葉ちゃんは無茶ばかりして、時々すごく危ないこともやってしまっている。
木から落ちそうになったり、車に轢かれそうになったりと・・・。
四葉ちゃんのために注意すべきだと判断したからこそ、多少厳しく言っているのだ。
四葉ちゃんも大切な妹なんだもの、大切に思わないわけはない。
でも、そんな価値観も、所詮は私の自分勝手かもしれないけど・・・
だけど、絶対的な尺度が存在しないのだから、せめて正しいと思える方向に進ませたい。
結局、悪いのは何度言ってもやめない四葉ちゃんなのか、それを許せない私なのか・・・。
「・・・じゃあ、四葉のコト、嫌いじゃないんデスね・・・?」
「もちろんよ・・・」
厳しく叱りつけていた時とは打って変わって、やさしい口調で語りかけてあげた。
そんな私に、四葉ちゃんは・・・
「・・・・・・ホントデスか〜?」
・・・滅茶苦茶疑うような目つきで聞き返してくる。
まぁ、これで私のことを見直してくれるなんて期待はしてなかったけど、
いざこんな態度とられるとなんかムカつく・・・。
「じゃあ証拠、見せてクダサイ・・・」
「ん?」
「四葉に・・・キッス、してクダサイ」
「んなぁっ!?」
下から覗き込むような上目遣いでそうねだる四葉ちゃんに、私は驚きを隠せず、思わず変な声を上げてしまうのだった。
「なな、何考えてるのよ!?」
き、キスだなんて・・・キスだなんて・・・そんな・・・っ!?!
「じゃあ四葉のコト、嫌いなんデスね・・・」
「ち、違うわよ! そんなことは・・・」
「じゃあ、して・・・クダサイ・・・」
「うう・・・」
四葉ちゃんの、疲れ果てて弱りきっている姿が、まるで弱った小動物のように同情を誘うような雰囲気をかもし出し、
同時にその疲労具合を知っているから、私も私で強く返せず、結局ロクな抵抗もできないまま、
「わ、分かったわよ! すればいいんでしょ! すれば!!」
四葉ちゃんの押しに負け、そう言ってしまった・・・。
ゴクリと生唾を飲み込んでから、四葉ちゃんの肩に手を添える。
半ば反射的に言ってしまった言葉の意味を、時間が経つと共に頭で理解していき、
私の心臓は激しく動悸を打ち、顔はだんだん熱くなってきて、体は理由も分からずに小刻みに震えてた。
しかし、1度言ったことを引っ込めることもできず、私にできることは覚悟を決めることしか残ってなかった。
あとは体ごと引き寄せれば、私の唇は・・・この、四葉ちゃんの唇と・・・
(〜〜〜〜〜〜っっ!!?!!?)
これから自分がしようとしていることを頭の中でシチュエーションしてしまい、
そのイメージを打ち消すように頭の中で声にならない叫びをあげた。
そして一方、四葉ちゃんは顔を横に背けていた。
・・・・・・。
「ちょっと・・・顔横に向けられたらキスできないんだけど・・・」
「チェキ?」
私の方にとぼけた顔を向けて、すでに使用目的をたがえているいつもの口癖を口にする。
「でも、顔横に向けないと、ほっぺたにチュッてできまセンよ?」
「ほっ・・・ぺ・・・? って、キスってほっぺにしろって意味だったの!?」
そこで、私は四葉ちゃんがイギリス育ちだという事実を思い出した。
つまりキスなんて挨拶程度のものを基準に考えている・・・
ってことはつまり・・・私、勘違いで危うく・・・
ああぁぁぁあああぁああぁあああぁぁぁ・・・!!(←物凄く恥ずかしがっています)
「チェキ・・・? 咲耶ちゃん、お顔が真っ赤・・・あー! まさか咲耶ちゃん、お口にしようって考えてマシタ!?」
「ぎくぅっ!?」
「図星デスね! クフフゥ、ダメデスよ〜、お口の方は大切なモノですから、そう簡単には渡せません!」
「う、うるさい!!」
「それとも、咲耶ちゃんはソッチのケが・・・キャー、四葉襲われちゃいマスーー!」
「ぐ・・・」
「いやーん、このカレンな美少女は、哀れ欲に飢えた狼の餌食に! たーすけてーーー!!」
私が勘違いして慌てる姿がそんなに嬉しいのか、すっかり奪われた体力を一時的に取り戻したかのようにはしゃぐ四葉ちゃん。
一方、私は迂闊にもあんな勘違いをしてしまった自分を許せずに悔しい思いに浸るしかなかった・・・。
「それで、ほっぺにグーってするんだっけ?」
「チェキーーっ!?」
「冗談よ。 ま、テストは始まったばかり。
これから毎日これが続くんだから、果たしてどこまで耐えられるかしらね〜」
さしずめ今の仕返しとして、ちょっとした冗談を含め、カマをかけるようにそう言ってみた。
「頑張りマスよ・・・! やりきってみせマス・・・!!
だって・・・四葉の、新しい家族が増えてくれるんだカラ・・・」
でも、四葉ちゃんにはそうは聞こえなかったらしく、いたって真面目に、真剣なその意志を私に返してきた。
「家族なら私たちが居るじゃないの。 姉妹だけで合計12人、多くてお釣りがくるくらいの」
「それはそーなんデスけど・・・・・・でも違うんデス・・・」
「ん?」
「そうじゃなくて・・・いつも一緒に居てくれるような・・・そういう家族が・・・」
そう言いながらゆっくりとベッドに仰向けに倒れ、そして続けて口を動かす。
「四葉・・・そういう家族が・・・ずっと・・・欲しかっ・・・・・・・・・」
そして、そこで四葉ちゃんの言葉は途中で途切れてしまった。
「・・・四葉ちゃん?」
「・・・すー・・・・すー・・・」
一時的に取り戻した体力もとうとう底をついたらしく、
話の途中だったというのに寝息を立てるほど深い眠りについてしまっていた。
「よっぽど疲れていたのね・・・」
今日の四葉ちゃんの様子を思い起こしてみると、確かにワトソン君の世話はとても大変そうだった。
それはアドバイスだけして見ているだけだった私にも分かるほど。
でも、とても大変そうだったけど、同時にすごく楽しそうでもあった。
「ま、頑張りなさいよ・・・。 これでも応援してあげてるんだからね・・・」
そう囁いて、眠りこけている四葉ちゃんの頬に、約束通り軽くキスをしてあげた・・・。
「ふー・・・さっぱりした」
シャワーを浴びてから四葉ちゃんの部屋に戻ってくると、四葉ちゃんのすーすーという寝息が聞こえてきた。
ワトソン君も遊び飽きたのか、いつの間にか四葉ちゃんと一緒にすやすや眠っていた。
でもちゃっかり四葉ちゃんの上に乗っかって寝てるけど・・・。
「黙ってると・・・可愛いのにね・・・」
ワトソン君もそうだけど、今のこの台詞は四葉ちゃんに対して発したものである。
いつもの活発な印象とは真逆の、しおらしい印象を受ける寝顔。
普段のギャップも相まって本当に可愛らしく・・・ちょっと危ない趣味に走りそうになる・・・。
「私って・・・ほんとにそのケあるのかしら・・・?」
ちょっと自分が不安になった・・・。
「しゃ、シャワー浴びてる間に誰か電話かけてきてないかしら!」
別に誰か見ているわけでもないのに、話を逸らすように別のことに話題を摩り替えてしまった。
「あ、電話きてた・・・」
携帯電話を手にとってみると、偶然にも本当に電話は来ていた。
「・・・えっと、可憐ちゃんから? ああ、きっとさっきのメールの返事ね」
さっき、猫の飼い方について教えて欲しいってメールを送ったから、
きっとそのことで電話をかけ直してくれたんだわ。
「ったく、しょうがないわねぇ・・・」
不意に横目で、ぐっすり眠りこけている四葉ちゃんを見てからそう呟くと、
別に頼まれたわけでもないのに、私は可憐ちゃんに電話をかけ直した。
「もしもし、可憐ちゃん?」
このぐっすり眠っている、この小さな自称名探偵さんのために、
猫を飼う上で気をつけることや必要なことを、一足先にチェキしてあげましょう・・・。
「グッモーニンッ、咲耶ちゃん!」
朝の日差しと共に、元気いっぱいに朝の挨拶をする四葉ちゃん。
ぐっすり眠ったお陰か、それともただ単にタフなだけなのか、
とにかく昨日の疲れはすっかり取れてるらしく、すっかりいつもの元気印にもどっていた。
「あ、うん・・・おはよう・・・」
そんな元気いっぱいの四葉ちゃんに、私は気の抜けた挨拶を返すだけだった。
「チェキ? なんか元気アリマセンね・・・テーケツアツデスか?」
「ん・・・いえ、違うわ・・・」
そう答えると、「そうデスか?」と一言言って、今度はワトソン君のもとへ駆け寄り、
そしてワトソン君を自分の顔の高さまで持ち上げて、顔を見合わせる形にする。
「さー、ワトソン君、今日はいっぱい遊びましょーねー♪」
四葉ちゃんの呼び掛けに返事をするように、ワトソン君はみゃーと1回鳴いていた。
そんな四葉ちゃんの姿を見て、私は思わず深いため息を吐くしかなかった・・・。
「四葉ちゃん・・・」
「チェキ?」
こんなに幸せそうな四葉ちゃんに、こんなことを話さなければならないのは・・・とても酷だった・・・。
「大切な話があるの・・・」
「テストは・・・もう終了よ・・・」
「バニラ!!」
「みゃー」
待ち合わせの場所につくと、すでに待ち合わせの相手の可憐ちゃんの姿があった。
そして、その可憐ちゃんの姿を確認するなり、元気よく可憐ちゃんに向かって走っていくワトソン君・・・いえ、「バニラ」。
「・・・やっぱり」
可憐ちゃんのもとに駆け寄ると、その胸に元気よく飛び込こむバニラ。
その様子をはたから見て、私はそう声を漏らし、
「バニラ! 良かった・・・見つかって」
「みゃー、みゃー」
「もう! 可憐、ほんとに心配したんだからね!」
「みゃー・・・」
四葉ちゃんは、ただ黙ってその様子を見ているだけだった・・・。
私たちが捨て猫と思い拾ってきたワトソン君は、実は可憐ちゃんの飼い猫、バニラだったのだ。
そのことが判明した理由は、私がメールでワトソン君を拾った顛末について多少細かく書いたことにあった。
私たちがバニラを拾ったゴミ捨て場、そこにあった『可愛がって下さい』と張り紙されたダンボールは、
本来その中に入れられていた子猫(子犬かもしれないけど)は、すでに誰かに拾われていたらしく、もともとは空箱だったらしい。
可憐ちゃんによると、バニラはなぜかそのダンボールをえらくお気に入りだという話で、
そのダンボールに入ってくつろぐ所を、可憐ちゃん自身も自分の目で確認済みだと言っている。
昨日、たまたま私たちが通りかかったあの時も、バニラは例のダンボールでくつろいでいたのだった。
そして、それを知らない私たちが、捨て猫と勘違いして拾ってしまった、ということだ・・・。
「そのうち間違えて誰かに拾われるんじゃないよ」と、冗談で言っていたらしいけど、
昨日、とうとうその冗談が現実のものとなってしまったのだった・・・。
私が最初に可憐ちゃんに電話をかけたとき、可憐ちゃんはなかなか帰ってこないバニラを心配し、
部屋に携帯電話を置いたままバニラを探しにいっていたそうだ。
私たちの元に居るなんて知らず、夜遅くまでバニラのことを探していたらしい・・・。
そして結局見つからず、失意のまま家に帰ってから私の送ったメールを読むと、「もしかしたら」と思ったそうだ。
そして案の定、その「もしかしたら」の展開だった。
私は、昨日のことがあるまでバニラがどんな猫なのかを見たことがなかった。
だから最初は分からなかったけど、でも昨日の夜、電話越しに可憐ちゃんから聞いたその特徴は、
まさにワトソン君そのもので・・・そして、結局は同一の存在だったわけ。
お陰で捨て猫にしては成長していることや、妙にひとなつっこいこと、しつけがなされていることなど、
私が疑問に思っていたことは、それなりに納得のいく結論に至った。
「事実は小説よりも奇なり・・・か」
昨日までのことを振り返っていたら、思わずそう口にしている私がそこにいた。
「咲耶ちゃん、四葉ちゃん、ありがとう」
「いえ、私たちのせいで、昨日は帰れなくなってたんだから・・・寧ろ謝らなくちゃ・・・」
昨夜、バニラが窓をカリカリしていたのは、あれは遊んでたんじゃなくて、外に出ようとしている姿だったんだ。
「ソーリーデス・・・この名探偵としたことがまったく気がつきませんでした・・・」
「ううん、いいの、こうしてバニラが見つかってくれたんだから。 それよりも・・・ごめんね、四葉ちゃん・・・」
「チェキ?」
悪いはずの私たちに、逆に謝ってきた可憐ちゃん。
その謝罪がどう言う意味か分からず、四葉ちゃんは「へ?」という意味の「チェキ」を口にしていた。
「猫飼うの、すごく楽しみにしてたって、咲耶ちゃんから聞いたから・・・」
「いえいえ、寧ろ四葉たちの方が悪いんデスから、可憐ちゃんにお礼を言われるイワレはないデスよ。
ね、咲耶ちゃん」
「ん・・・あ、ええ・・・」
突然話を振られて、私は思わずそんな生半可な返事を返してしまう。
「四葉ちゃん、可憐なら別に構わないから、いつでもバニラと遊びに来てね」
そういって、私たちに向けてニコッと笑う可憐ちゃん。
その腕に抱えられているバニラに目を移すと、昨日見たどのバニラの姿と比べ、何よりも幸せそうに安らいでいるようだった。
それは、いくらひとなつっこくても、やはり飼い主の腕の中が1番なんだろうということを痛感させられる姿に見えた・・・。
「ワトソ・・・ううん、バニラ・・・」
飼い主の腕の中のバニラに、四葉ちゃんはそっと語りかけ始めた。
「たった1日だったけど、大変だったけど、とってもとっても楽しかったデスよ!
バニラと過ごせた1日が、四葉にとってベリーグッドなバースデープレゼントでした!」
そう言って、手を前に出し親指を立てて、バニラにウィンクを送る。
その後しばらく、四葉ちゃんはバニラへお別れの言葉を送っていた。
「それじゃあ可憐ちゃん! これからもバニラのこと、大切にしてあげてクダサイね!」
「もちろんですよ! それじゃあ、ふたりとも、本当にありがとう」
四葉ちゃんが一通りお別れの言葉を送り終えると、
可憐ちゃんはバニラを抱きかかえたまま帰路に着いた。
「元気で暮らすんデスよ〜♪」
だんだんと小さくなる可憐ちゃんの後ろ姿に、
四葉ちゃんは大きく手を振りながら元気良く笑顔で“ワトソン君”を見送っていた。
途中、可憐ちゃんが1回だけ振り向いて、私たちに軽く会釈すると、それからは振り向かず、そのまま歩いていってしまった。
そして、途中脇道へ曲がると、そのまま私たちの視界から姿を消した。
「・・・もう、いいわよ・・・」
それを確認してから、四葉ちゃんに向けて小さく呟いた。
「・・・・・・っ」
四葉ちゃんは無言で私の胸に飛び込んで、そして体全体を、細かく震えさせていた。
私の胸に顔を埋めていたから、顔は見えなかったけど・・・
「よく我慢したわね・・・」
「う・・・・ひっ、く・・・」
でも、四葉ちゃんが涙を流していることは、分かっていた。
「笑って送ってあげたかったカラ・・・あれがワトソン君にとって・・・1番良い選択だって、分かってるカラ・・・」
髪を掻き分けるように、頭をそっと撫でてあげる。
「泣いちゃダメだって・・・! ああした方がワトソン君がシアワセだから・・・!
だから泣いちゃダメだって・・・分かってる・・・! 分かってるのに・・・!」
たった1日だけの、新しい家族。
一緒に暮らせる家族が欲しいと願っていた彼女にとって、
おそらく最高のバースデープレゼントだったんだろう・・・。
そんな彼女にとって、この別れはどのくらい大きなことだったんだろうか・・・?
「こういう時の“姉”なんだから、存分に甘えなさいよ・・・」
「う・・・う、ぅ・・・うわぁぁぁぁ〜〜〜〜〜んっ!!!」
私の一言で、箍の外れたように声を上げて私の胸で泣きじゃくる四葉ちゃん。
私は、もう四葉ちゃんの家に泊まる必要がなくなったことに、
せいせいするのと共に、そのことをちょっとだけ残念にも感じていた。
「・・・ったく・・・なんで私まで・・・」
下を向いている四葉ちゃんに見られないよう、上を向いて、うっすらと涙を零しながら・・・。
「すす、スミマセ〜ン、咲耶ちゃーん」
「遅い!」
待ち合わせの場所に遅れてやってきた待ち合わせ相手を鋭く睨みつけ、短く一喝する。
「あぅ・・・ゴメンナサイデス・・・」
待ち合わせの時刻をとっくに過ぎて現れた四葉ちゃんは、申し訳なさそうに俯いてしまった。
「ったく・・・誰のために行くのか分かってんのかしら・・・?」
「うぅ・・・」
今日は四葉ちゃんに誕生日プレゼントを買って上げるため、
四葉ちゃんと一緒にショッピングに行く約束をしていたのだ。
「ほら、行くわよ」
「あ、ハイデス!」
3年前の、四葉ちゃんの誕生日と同じように。
「いよいよ、今日なんデスね・・・」
あの日から、既に3年の月日が流れていた。
たった1日だけ、四葉ちゃんに家族が増えた、あの日から・・・。
「四葉、この日のためにいっぱいいっぱいお勉強しましたカラ! もう準備はバッチリデスよ!」
「まったく、学校の勉強もそのくらい努力しなさいよ」
そして約束通り、四葉ちゃんにプレゼントを買いにいくため、私たちはお店に向かって足を進める。
行き先は・・・街のペットショップ。
「クフフッ、去年も一昨年も、プレゼント我慢したかいがありましたv」
3年分の誕生日プレゼント代を使って、今日、四葉ちゃんに子猫を飼ってあげる。
今日この日に・・・あの日と同じ、四葉ちゃんの誕生日に・・・。
今日は四葉ちゃんの家に家族がひとり増える日。
でも、今度はあの時みたいに1日だけじゃない・・・
ずっと・・・ずっと一緒に暮らせる、新しい家族・・・。
「ところで名前は・・・っていっても、もう決まっているわよね」
「ハイデス!」
そして、その子の名前はもちろん・・・
「ワトソン君デス!!」
あとがき
H嬢(♂)さんからの22222番のキリ番リクエスト、
22222(にゃんにゃんにゃんにゃんにゃん)の猫キリ番にちなんで「猫リクエスト」となりました(笑
委託内容は「四葉のBDSS」、「猫」、「ハッピーエンド」・・・を従順にこなしたらこんな話に・・・(汗
カップリングは特に指定されていませんでしたので、
内容を考えてから、それに合う相手を選別してみた結果、保護者的な立場の似合う咲耶となりました(笑
しかし、咲耶と四葉でやり取りさせると、どうしてもいたずらっことその保護者の関係になってしまいます(苦笑
お陰で話が百合になりきれませんでした・・・。
ダメですね・・・もっとそこら辺上手く作れるようにならなきゃ・・・。
それと、妹たちの親のことは考えないでください(汗
寧ろこっちが気になりました、特に日本での四葉の家庭環境が(苦笑
親も含め、極力オリキャラは控えたいので、
ところどころで疑問に思われる点ところがあると思いますが、
寧ろ書いてる本人が気になっています(爆
ダメですね・・・もっとそこら辺上手く作れるようにならなきゃ・・・。
更に、実際に猫を飼っている人から見ると、結構不自然な話かもしれません。
その辺すごく不安です(苦笑
あと、この手の話は賛否両論様々な解釈をされそうですが(というか自分がしてる)、
一応四葉にとってはハッピーエンドの結末のつもりです。
ダメですね・・・もっとそこら辺上手(略)
ちなみに、作中の「髪の引っ張り合い」は、ツインテールなふたりに是非やらせてみたかった事だったりします。
最初は可憐とツインテールと三つ編みの引っ張り合いをやらせようとしたんですが、
やるなら四葉との方が似合っていますので(笑
最後に、作中下品な展開があったことお詫びいたします(苦笑
更新履歴
H16・6/21:完成
H16・6/23:誤字他多少修正
H16・8/26:誤字修正
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