それは、誰の夢だったのデスか……?



    『もう…………私の―――――――の――――を…………――ることは―いから…………』



  ワカラナイ……。



    『今度は…………――――ら――――を…………愛して欲しい…………』



  途切れ途切れになって、
  よく聞き取れなかった言葉は……



    『こんな思いを―――は…………―――――十分だから…………』



  悲しそうな声だったことしか……



    『さようなら…………』



  分かりませんでした……。













 

「あなた」を知りたい……
















「キャッホー、ちっかげちゃ〜ん」


 その日、四葉は、少し遠くに見える人影に向かって元気に手を振りながら駆け寄って行きました。


「また来たのかい…………?」


 人影は、振り返ると少し呆れたような声で四葉にそう言います。
 その声と同時に、千影ちゃんの綺麗に整った顔が、四葉の視界に飛び込んできました。

 千影ちゃんは四葉の姉チャマ。
 四葉が日本に来て初めて出会った、たくさんのキョウダイの内のひとりデス。
 とっても綺麗で、ビジンさんで、カッコよくて…………ちょっと怖いけど…………でも、四葉の自慢の姉チャマデス!


「まったく…………君もよっぽど暇なんだね…………」

「これも全て千影ちゃんをチェキするためデス!」

「一体…………いつまで続ける気だい…………?」

「それはモチロン……全部チェキするまでデス!」


 四葉は、胸を張って、元気よくそう答えたのデス。

 だって……


 たくさんできたキョウダイの中で、なぜか千影ちゃんだけが特別だったカラ……。



「…………はぁ」

「なんデスか、そのため息は?」

「いや、別に…………」


 ムムム……ちょっと気になりマス……。
 これは今度、是非チェキしておきましょう。


「で、今日はなにか用なのかい…………?」

「ハイデス!」

「今日“は”用があるのか…………」


 分かりやすいくらい“は”を強調して、呆れ気味の口調でそう言い放つ。


「なんデスかその言い方は……?」

「いつもは用がなくても来ているだろう…………?」

「何言ってるんデスか〜? 四葉には千影ちゃんをチェキするという大事な使命が…………」

「…………はぁ」


 四葉が話し終わる前に、千影ちゃんはまたひとつため息を吐きました。

 千影ちゃんのそんな態度は、ひじょ〜に気になりましたが、
 その話はひとまず置いておいて、四葉は本題に入ることにしました。


「実は、四葉の御用は…………コレデスっ!!」


 ポケットから元気良く二枚のチケットを取り出して、千影ちゃんの目の前に突き出しました。


「…………近過ぎて見えない」

「……ソーリーデス」


 ……突き出し過ぎました。


「……これは…………映画のチケットかい?」


 四葉の手を少しだけ遠ざけ、四葉の突き出したものを確認する千影ちゃん。


「四葉と一緒に映画を見に行きましょうっ!」


 今回の四葉の目的は千影ちゃんを映画に誘うこと!
 つまるところ…………で、デートのお誘い……デス……


「まぁ、私は別に構わないさ…………」

「ほ、ホントデスか!?」


 千影ちゃんからOKの返事を貰った瞬間、四葉の胸はわくわくでいっぱいになりました!
 嬉しさのあまり、ついつい「キャッホー!」とか「ばんざ〜い!」とか、はしゃいでしまいました。


「それで…………いつ行くんだい?」

「午後からデス」

「…………」

「…………」


 沈黙。
 サイレンス。
 四葉たちの周りから一切の音が消えてしまいました。

 ……何故デスか?

 などと四葉が疑問に思うこと数秒、千影ちゃんから先に口を開きました。


「…………つまり今日かい?」

「YESデス!」


 千影ちゃんは、なにやら呆れたような顔をし、額に手を当てて、またまたため息をひとつ吐きました。


「私にも…………予定というものがあるのだが…………」

「チェキッ!?」


 予定がある、というコトは……


  = 千影ちゃんと一緒に映画を見に行けない


 喜んだのも束の間、四葉の心は天国から地獄に転落しました……。


「チェキぃ…………じゃあ勿体ないデスから、四葉、ひとりで映画に行ってきマスね……」


 肩をガックリ落として、回れ右して、とぼとぼ歩き始めました。
 うぅ……千影ちゃんの予定をチェキしなかったばかりに、折角のデートが台無しデス……。


「待つんだ…………」

「チェキ?」


 声に反応して、首だけ回れ左して、再び千影ちゃんの視界の中に戻しました。


「行かないとは言っていないだろう…………?」

「チェキ!? そ、それじゃあ!」


 千影ちゃんの言葉に反応して、首だけじゃなく全身で千影ちゃんの方に振り向く。

 その時、四葉の目に飛び込んできた千影ちゃんの顔はほんの少しだけ笑顔になっていました。
 ほんの少しだったけど、普段お顔を緩めることのない千影ちゃんには、
 その普段のギャップとか、元の顔が綺麗なこととか、色んなファクターがあって、


「ああ…………一緒に行ってあげるよ…………」


 それはただ一言、「素敵な笑顔」と言ってしまえるものでした……。

 ううう、迂闊でした……。
 四葉は、最高のシャッターチャンスを逃してしまいました……。




















「クフフ……

「熱いから…………あんまりくっつかないでくれないかい…………」

「い〜やデ〜ス♥♥


 四葉は千影ちゃんの片方の腕を取って、ギュッてしがみついた体勢で歩いていました。
 千影ちゃんはあんなこと言っていましたが、特に引き剥がそうとはしないので、
 結局そのままの体勢で映画館に向かっているのデス。


「あ、でも、ご予定は大丈夫なんデスか?」


 千影ちゃんはさっき、ご予定があると言っていました。
 これはいきなり誘っちゃった四葉が悪いんデスけどね……。


「ああ…………夕方からでも、十分間に合うからね…………」

「そうデスか? なら四葉も安心して見れマス!」

「フフフ…………・そんなに映画が楽しみなのかい?」

「ハイデス!」


 今日見るのは四葉のダイスキな名探偵の活躍するミステリー映画。
 しかも、なかなか有名で今話題沸騰中のミステリー映画デス!
 名探偵として、これを見逃す手はアリマセン!!

 でも…………四葉のこの嬉しい顔は、それだけじゃないんデスけど……

 楽しみな理由はもうひとつ……―――


「あ、あれ……?」


 突然、周りの景色がグラッと揺れはじめました。


「…………四葉くん?」


 地震……?

 バランスが、とれない……。

 どっちが上で、どっちが下なのか……分からな・・い……


「四葉くんっ?!」


 そのまま、四葉の意識は途絶えました……。




















「……う、ん……」

「目が…………覚めたかい?」


 目を開けると、まるで覗き込むような千影ちゃんの顔が、四葉の視界を遮っていました。


「千影……ちゃん?」

「大丈夫かい…………?」


 心配そうな顔と声で、四葉に語りかけてきました。

 四葉は一体…………ああ、なんとなく思い出しました……。
 急に世界が大きく揺れたと思ったら、四葉はそのまま倒れそうになってしまったんデス。
 そんな四葉の体を、すんでのところで千影ちゃんの腕が支えてくれたのをかすかに覚えていました。


「ここは……?」

「近くにあった公園だよ…………。急に倒れるから…………ここに運んで、君を横にさせてたんだ…………」


 横になったまま目だけを動かして周りを見回してみると、
 四葉の目に入ってくる景色はいかにも「公園」というような景色でした。
 その景色の中、四葉はベンチの上で…………―――


「ちぇ、チェキっ!?!」


 ちち、千影ちゃんの膝枕の上で横になってマスっ!?


「ちぇきーーー!?!?!」


 四葉は思わずムクッと起き上がって立ち上がって千影ちゃんから離れました。


「顔が赤いようだが…………やはり熱でも……?」

「あああ、あの! これは! その……えっと……」


 突然のことに驚いて、一生懸命なにかを言おうとしても、
 シドロモドロになって、ただ言葉にならない声をあげるだけで終わってしまいました。


「だだだ大丈夫デス! 四葉は最近調子が悪かったカラ、このくらい平気デス」

「……いや、それは平気じゃないだろう…………?」


 千影ちゃんは、そっと四葉のひたいに手を当ててきました。


「――――――っっ!?!?!」


 またまた突然のことに、またしても驚かされた四葉は、もうオーバーヒート寸前で、
 ただ固まることしかできなくなってしまいました……。


「…………確かに…………少し熱っぽいな。
 まったく…………具合が悪いなら…………無理なんかするもんじゃないだろう…………」

「で、でも……!」

「でも、なんだい…………?」

「休んでいる間に、千影ちゃんのベストショットが来ると思うと……そうウカウカ休んでられないのデス……」

「君は名探偵であってカメラマンじゃないだろう?」

「そ、それはそうデスけど……」


 でもでも、四葉は千影ちゃんのことをスミからスミまで、全部知りたいんデス……!
 千影ちゃんの嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、怒っちゃうこと、全部、全部知りたいカラ……。


「君は…………私の悲しい顔の写真をコレクションしたいのかい…………?」

「…………チェキ?」


 小さな声だったけど……なにを言ったかはしっかりと四葉の耳に入っていました。
 でも、それが一体どういう意味なのかは、四葉には分かりませんでした。


「あの、千影ちゃん……それは一体どういう―――」

「みゃー」


 千影ちゃんに質問しようとした四葉の言葉を、横から遮って可愛らしい鳴き声が聞こえてきました。


「あ、猫さんデス」


 鳴き声の聞こえた方を見てみると、そこにいたのは何処からか迷い込んできた猫さん。
 首輪はつけていないカラ、きっとノラ猫さんでしょう。


「…………おいで」


 千影ちゃんはそっと手を出して猫さんにそう呼びかけると、猫さんは千影ちゃんに誘われるままに近づいてきました。


「よしよし…………」


 千影ちゃんは、ベンチに座ったままの体勢で猫さんの喉元に手を伸ばすと、軽くそこをなでなでしはじめました。
 千影ちゃんのなでなでに、目を細めてゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らす猫さん。
 その様子は本当に気持ち良さそうで…………なんだか羨ましいデス……。


「……あ!」


 ふと千影ちゃんの顔に目をやると、四葉はそこで千影ちゃんがほんの少しだけ笑っているのに気がつきました。
 他の人と比べると笑ってるなんていえないような、ほんの少しお口が緩んでいる程度の笑顔。
 でもでも、これはポーカーフェイスな千影ちゃんから見るとスッゴク稀少価値の高い絵デス!
 さっき撮り逃した時、もう機会は無いと半分諦めていたケド、こんなに早くチャンスがやってくるなんて……!
 四葉は、急いで千影ちゃんに向けてデジカメを構えました。


「千影ちゃんと猫さんとのお戯れをチェキ……!」


 千影ちゃんと猫さんが戯れている絵を横からこっそりとカメラに捕らえ、小さな声でそう呟いてから、すかさずシャッターを切りました。
 カシャッ、とシャッターの切れる音が聞こえると、四葉は早速、今撮った絵がしっかり撮れているかを確認しました。
 確認するなり、四葉は感激のあまりつい大声を出しそうになりました。
 だって、そこには千影ちゃんが猫さんと戯れている絵が、
 さっき撮り損ねたほんの少しだけ笑顔の千影ちゃんが写っていたんだから。


「クフフッ、これは帰ったら早速プリント開始デス……!」


 これはもう、四葉にとって宝物になること間違いないくらい、最高にベリーグッドなベストショットデス……!


「なにか…………いいことでもあったのかい?」


 お宝写真を手に入れて喜んでいると、横から千影ちゃんのそんな質問が耳に入ってきました。
 千影ちゃんは、四葉が写真に夢中になっている間に既に猫さんにサヨナラしてたらしく、
 猫さんの姿はどこかに居なくなっていました。


「一体、なにがあったんだい…………?」

「クフフッ、そ・れ・は……―――」


 千影ちゃんの質問に、四葉はウィンクしてこう答えたのデス。


「内緒デス




















「映画……はじまってマスね……」

「ああ…………」


 予定よりも遅れて映画館に着くと、既に映画は始まっちゃっていました……。


「ソーリーデス……四葉が急に倒れちゃうカラ……」

「いや…………仕方ないさ」


 千影ちゃんは、「体は大事に」と一言付け足して、四葉の頭に軽く手を乗っけてきました。


「次の上映は…………随分とあとの方だね」

「デスね……」

「この時間帯だと…………ちょっと無理だな…………」

「さっき言っていた予定のことデスか……?」

「ああ…………」


 本日、千影ちゃんには御用がアリマス。
 何かはまだ聞いていないけど…………というかこっそりチェキする予定デスけど……。


「まったく…………前もって言ってくれれば、私もきちんと予定を空けていたのに…………」


 うぅ……この名探偵としたことが、こんなケアレスミスをするなんて……。
 スッカリ予定が狂ってしまいました。
 こんな事ならしっかり調べておけば良かったデス……。


「……じゃあ仕方アリマセンね……違う映画にしましょう」


 四葉はしばらくうーんと考えた後、千影ちゃんにそう提案しました。


「え…………良いのかい?」

「チェキ?」

「私は構わないが…………君は、あんなに楽しみにしてたのに…………」

「大丈夫デスよ。
 ずーっとあとにはビデオで見れるようになっていマスから、その時レンタルすれば良いだけデス!」


 千影ちゃんの言葉の通り、確かに四葉はあの映画を楽しみにしていました。
 でも、今それを見ちゃうと、もうひとつの楽しみが…………とっても重要な方の楽しみがなくなっちゃうカラ……。


「それに……―――」


  ―――楽しみにしていたもうひとつの理由……「千影ちゃんと一緒」っていう理由が残っているカラ……。


 続きは声に出さないで、心の中でそう呟きました。










「看板を見る限りデスと、どうやら恋愛モノみたいデスね」


 千影ちゃんがおごってくれたポップコーンとジュースをそれぞれ片方の手で持って、
 館内に座れる席がないかを探す。


「みたいだね…………」


 千影ちゃんも、缶コーヒーを片手に、同じように探しマス。
 幸い館内はそれほど込んでいなかったので、すぐに並んで空いている2つの席を発見できました。
 四葉は、千影ちゃんをそこまで誘導すると、見つけた席の片方に座りました。
 千影ちゃんもその隣の席に腰を落ち着かせました。

 予定は変わっちゃって、楽しみにしていた映画じゃなくなっちゃったけど、「どんな映画なのかな?」っていう、
 最初とは別の楽しみを胸に、名探偵の活躍しないスクリーン目を向けました。
 しばらくしてブザーが鳴ると、とうとう映画が始まりました。


「……ねぇねぇ、千影ちゃん」


 一旦視線をスクリーンから千影ちゃんに移し、映画を真剣に見る人の邪魔にならないように小さな声で話しかける。


「なんだい…………?」

「普通、こういう映画はコイビトドウシが見るものデスよね?」

「まぁ…………そうなんじゃないかな? 私はよく分からないが…………」

「そう……デスか

「それがなにか…………?」

「エヘヘっ 別に、デス


 千影ちゃんの返答に、ほんのちょっとだけ、胸がキュンとなるのを感じました……。
 まるでそれを誤魔化すかのように話を切り上げて、再びスクリーンに目を向けました。


「…………うあ……」


 何があったか知りませんが、映画の中では、主人公の男の人がヒロインの女の人に、
 おクスリをクチウツシで飲ませるというラブラブっぷりを披露していました……。




















「あぅ……眩しいデス〜」


 約2時間後、映画を見終えた四葉たちは、再び太陽の元に帰ってきました。
 千影ちゃんも四葉同様眩しいみたいで、片方の手をオデコのあたりまで上げて、日の光を遮っていました。


「じゃあ、帰ろうか…………途中まで送るよ」

「えっ? い、いいんデスか!?」

「ああ…………」


 四葉の答えはもちろんOKに…………あ!
 でも途中まで送られちゃったら、千影ちゃんのご予定をチェキできなくなっちゃいマス!
 送ってもらって、そこからUターンなんて、折角送ってくれた千影ちゃんに失礼デス〜!

 う〜、四葉はどうすればいいんデスか……!?


「ひょっとして…………迷惑かい…………?」

「そそそ、そんなことないデス!! 是非お願いしマス!!」


 ……反射的に答えてしまいました。

 だって千影ちゃん、ちょっとだけ悲しそうな顔するんデスもの、断れるわけないじゃないデスか〜!
 ああ、これで千影ちゃんのご予定チェキはお預けデス……。


「じゃあ…………行こうか」


 でも、千影ちゃんと一緒に歩けるカラ……それだけで四葉、満足デスね……




















「映画、楽しかったかい…………?」


 帰り道を並んでしばらく歩いていると、
 四葉たち以外人が誰もいない狭い路地の途中、横を歩いている千影ちゃんからそんな質問をされました。


「えっとぉ…………た、楽しかったデス! ハイ!」


 内容は……なんだかパウダーシュガーのたっぷりかかったチョコドーナッツにハチミツぶっかけたくらい甘々に、主人公とヒロインがラブラブでした。
 まぁ、なにか問題起きて、それを解決するという、ちゃんとしたお話にはなっていましたケド……正直四葉好みではなかったデス……。

 でもでも、千影ちゃんをガッカリさせたくないから、四葉はあえてウソを―――


「そうかい…………? 私は、どうもあの手の話は苦手でね………………って四葉くん?!」


 突然、ガックリ肩を落とした四葉に驚く千影ちゃん。
 今まで明るい顔から暗い顔に一瞬にしてヒョウヘンしてしまったことで、千影ちゃんは何があったか分からずただ困惑するのみでした。


「どうかしたのかい…………?」

「いえ、なんでもないデス……」


 四葉のすることはなにもかもが裏目裏目裏目……。
 ううう……四葉の何がいけないんデスか?

 あぁ……気持ちが沈んだせいか、ナンダカ四葉の体まで重く感じマス……。


「まぁ、違うことで楽しめたからね…………。私は満足といえば、満足さ…………」

「チェキ? 違うコトって?」

「君と一緒にいられたことかな…………」

「……へ?」


 一瞬、言われた意味を理解できず、思わず間の抜けた返事を返してしまう。


「いつも遠くから見ている君と…………今日は珍しく一緒に過ごせたからね…………。楽しかったよ…………」


 一旦停止しかけた思考回路がだんだんとその機能を回復してくると、
 千影ちゃんの言っている意味もだんだん分かるようになってきました。
 千影ちゃんの予想もしてなかった答えに、四葉はドキドキタジタジになってしまい、
 四葉のできた行動は「真っ赤になって固まる」だけしかありませんでした。

 千影ちゃんにそんなこと言われるなんて…………四葉は世界一のシアワセモノデス……。


「私はいつも…………隠れてなんかいないで…………近くに来れば良いのにと、思っているんだが…………」

「ちぇ、チェキぃ……千影ちゃん……」


 …………。

 ……おかしいデス……。

 心はまるで浮き上がっちゃうくらい嬉しいのに、体はまだ重いままデス……。
 沈んだ気持ちはスベテ浮き上がってるのに……


「ちか、げ……ちゃ、ん……」


 体……・とっても……重……―――



「四葉く…………四葉くん!?」





 ……


 …………


 ………………



「これは…………そういうことなのか?」


  ――誰かかの声が聞こえる……。


「神の…………私に対する罰だというのか!?」


  ――この声は……千影ちゃん?


「憎いなら…………私に対して仕掛けるべきだろう!?」


  ――千影ちゃんが、何かを叫んでいる声が聞こえる中……重いまぶた、必死でこじ開けようと頑張る。


「何故彼女を巻き込む!?」


  ――薄れそうになる意識の中、

  ――ほんの少しだけ空いた瞳には、




「答えろッッ!!」


  ――千影ちゃんが何もない空間に向かって叫び続けているのが、

  ――映っていた…………気がしました……。



 ………………


 …………


 ……


















「………………チェキ?」


 目を開けると、そこにあったのは見覚えのない天井でした。


「ここは……?」

「私の家だよ…………」


 誰かに聞いたわけでもない質問の答えは、横から千影ちゃんの声で帰ってきました。


「千影ちゃんの家……? なんでそんなトコに……?」

「また君が倒れたからね…………。
 放っておくわけにも行かないし…………私の家も近かったから、ここまで運んで来たんだ…………」


 どうやら四葉は、また倒れちゃったみたいデス……。
 だんだん思い出してきました。

 にしても、これは一体どうしたことでしょう?
 確かに最近調子悪かったけど……1日に2回も倒れちゃうなんて、鞠絵ちゃん顔負けの病人っぷりデス。
 四葉は「フジのヤマイ」というモノに侵されてしまったんでしょうか……?


「ここが、千影ちゃんのお家デスか……」


 そういえば、今までは遠くから見ていることはあっても、中に入ったのはこれが初めてデス。
 ウウウ……千影ちゃんの家の記念すべき初チェキがこんな形なのはちょっと残念デス……。

 この機会に部屋の中をじっくりとチェキしようと、部屋の中を見回しました。
 部屋の中は見事なほど黒一色な世界で、目に入った本棚には難しそうな本がいっぱい詰め込まれていて、
 少しも散らかってなんかいない綺麗に整理整頓された、千影ちゃんらしいと思える部屋でした。


「体調が優れない所悪いんだが…………今日は帰ってくれないか?」

「え? あ、は、ハイデス……!」


 ふと窓に目が向くと、そこから夕焼けに赤く染まった外の景色が四葉の目に飛び込んできました。
 時刻はすっかり夕方。
 千影ちゃんにはこれから予定がアリマス。
 なにをするかは知りませんが、四葉がいるときっと邪魔になってしまいマス。
 本当はチェキしようかと思ってたけど、今日はいっぱい千影ちゃんに迷惑を掛けちゃったから、
 これ以上千影ちゃんに迷惑を掛ける訳にも行きません……。

 四葉はワガママな自分の気持ちを、そう言い聞かせ、素直に家に帰ることにしました。

 体はちょっとだるいけど、これはきっと寝起きだからデスね。
 今寝てたから、体調は絶対治ってるはずデス。
 ……きっと治ってるはずデス。
 …………多分治ってマス……。
 なんとなく……治ってマス……。
 ……な、治ってると思い込みマス……。


「どうもご迷惑をかけてスミマセンでした……。じゃあ四葉、お家に帰りマスね……」


 ベッドから抜け出て、部屋のドアの方まで多少フラフラしながら歩み寄る。
 う〜……やっぱりまだ治ってないんでしょうか……?


「…………それと、」

「チェキ?」


 ドアを開けたところで、後ろから千影ちゃんが付け足すように話し始める声が聞こえたので、
 四葉は首だけ振り向かせて千影ちゃんの居る方を見ました。

 そんな四葉に、千影ちゃんはたった一言、




「もう、私にまとわりつかないでくれ…………」




 冷たい声で、そう言い放ちました……。






 その日を境に、千影ちゃんは変わってしまいました……。
























「また来たのかい…………?」


 明後日の方向を向いて、呆れた口調でため息混じりにそう言う千影ちゃん。
 でも、千影ちゃんのその言葉は、千影ちゃんの後方で隠れてチェキしている四葉に向けて言われたものだと分かっていました。


「ちぇ、チェキ〜……」


 四葉は観念して、そんな情けない声をあげながら、ゆっくりと電柱の影から出ました。
 それとほとんど同時に、千影ちゃんも振り返って四葉の方を向きました。


「さっすが千影ちゃん……よく四葉のコト分かりましたネ……」


 少し居心地悪そうな空間で、ご機嫌を取るみたいな言い方で語りかける。


「いつも、君につきまとわれているからね…………」


 しかしその努力も空しく、皮肉を込めた冷たい口調で返されました。


「で、でも! この前は『近づいてくれれば良い』って……言って、くれましたよね……?」

「その時の気分というものがあるだろう…………? いつもそうだとは限らないし…………私は『もうまとわりつくな』と言ったはずだ」


 まるで、近づこうとする四葉から遠ざかろうとする態度。
 この間のデートの時とはまるで別人……。


「君は…………この間倒れただろう? 病人は素直に休むものだ…………」

「だ、大丈夫デスよ! だってしっかりグッスリ眠りましたから! それに、それに……」

「いいから休むんだ!」

「…………分かりました」


 四葉の話を最後まで聞こうともせず、まるで邪魔者でも追い払うかのように言う。
 千影ちゃんは、既に聞く耳持たずといった様子でした……。


「千影ちゃんと一緒にいれないのは残念だけど……でも、それは四葉のことを心配しているからデスよね……」


 そうデス……きっと風邪で倒れちゃった四葉を心配してくれてるから、四葉のためを思っているカラに違いありません。
 だったら、千影ちゃんをこれ以上心配させる訳にもいきませんカラ……。


「違う!!」


 普段物静かな千影ちゃんとは思えない剣幕で強く言い放つ。
 千影ちゃんのその態度に、四葉は一瞬、ビックリし過ぎて固まってしまいました。


「ち、千影……ちゃ…………」

「うっとおしいんだっ……! 私の周りをウロチョロされるのがっ…………!」


 拒絶の言葉。
 決定的な、四葉を拒絶する言葉……。


「ウソ……」

「嘘なんかじゃない…………本気で迷惑なんだ…………!」


 まるで心が壊れちゃったようなショックを受ける。
 四葉はなにも言えず、ただその場で固まることしかできませんでした……。
 そんな四葉をよそに、千影ちゃんは、もう話すことはないとばかりに振り返ってどこかへ歩き始めました。


「…………違いマス」


 千影ちゃんの背中に向けてぽつりと一言。
 そして、続けて、


「千影ちゃんはそんなコト、ホンキで言ったりなんかしません! 絶対、なにか訳があるはずデス!!」


 こんなの千影ちゃんじゃない!
 千影ちゃんがするはずない!

 四葉は確信していました。


「君に…………私の何が分かる…………!?」

「分かりマス!!」


 四葉も千影ちゃんに強く言い返す。
 今度は千影ちゃんの方が固まる。


「いつも……いつもいつも見てきたんデス……!」


 だから分かる。
 千影ちゃんはそんなコトを考えるような人じゃないってコト……。


「他の誰よりも、四葉は……千影ちゃんのことを……―――ごほっ、ごほっ!」


 唐突に咳き込んでしまい、そこで言葉を止めてしまう。
 折角、千影ちゃんに言い返せていたのに……。


「病人は…………早く帰って寝るんだ…………」

「……それは、四葉のコト心配してくれて言っているんデスよね……?」

「………………好きに受け取ればいいさ…………」


 千影ちゃんは、さっさと話を切り上げたいと考えているようで、投げやりな態度で返事を返しました。


「心配してくれて……アリガトウございました……」


 だから、四葉は最後に「千影ちゃんが心配している」と受け取ったと主張するように言い残すと、
 そのまま四葉のお家の方向に足を向けました。



 振り返って、家に向かって歩き始めようとする四葉の後ろで、


「…………すまない…………」


 最後に、千影ちゃんが何かを呟いていました……。
























「チェキ〜……」


 情けないような、気が抜けたような、そんな声をあげてベッドの上に倒れこむ。

 胸にもやもやした何かがつまってるような感じ。
 原因はもちろん、千影ちゃんのコト。
 まるでケンカ別れでもしたような心境。
 ケンカなんてしたわけでもないのに……なんにしろスッキリしなくてヤな感じデス……。

 千影ちゃんは変わってしまいました……。
 あの日から……四葉とのデートの日から……。

 冷たくなってしまって……元々クールなイメージはありましたけど、それとは違う……
 まるで四葉を遠ざけるような、拒絶するような、そんな態度。


「あ〜ん、1週間も千影ちゃんをチェキしないでいると、オカシクなっちゃいそうデス〜」


 最後に千影ちゃんと会ってから、もう既に1週間が経過していました。
 1週間もの間、一度も千影ちゃんに会わなかったなんて、千影ちゃんと出会ってから初めてデス。
 記録更新、今までの最高記録デス。


「でもゼンゼン嬉しくないデス〜」


 ベッドの上で足をバタバタ、泳ぐ時みたいに無意味に動かす。
 その拍子でベッドからはちょっとだけギシギシという音が聞こえてきました。

 まぁ、実際は「会わなかった」というより「会えなかった」の方が正解デスけど……ずっと寝込んでて。
 あの後、四葉の状態は見事に悪化。
 無理すれば動けないコトもなかったんデスけど、
 千影ちゃんとあんな別れ方しているから、ちょっと会いにいけませんでした……。


「もう四葉は元気になったのに〜」


 会えない間、風邪のリョウヨウにつとめたお陰で、確かに体は元気になりましたケド……。


「でも逆に心が病んじゃいそうデス〜」


 そのひとり言に「うまい事を言ったなぁ……」なんてちょっと自分に酔いましたけど、
 すぐに千影ちゃんの件を思い出して、そんなコトどうでもよくなりました……。

 ベッドで寝そべりながら1枚の写真を手にとって、そっと覗き込む。


「こんなに素敵に笑えるのに……」


 それはこの間撮った写真。
 猫と戯れる千影ちゃんの写真。
 千影ちゃんの笑顔の写真。

 四葉の大切な、大切な宝物……。


 なんで千影ちゃんは変わっちゃったんデスか……?
 会えなかった1週間、ずっと千影ちゃんのこと考えてたんデスよ。

 千影ちゃんが変わっちゃった理由はなんだろう?
 四葉にはサッパリ分かりません。

 なにかあったのカナ?
 四葉が何回も倒れちゃったから?
 それとも別の理由?

 だったら四葉に相談してくれれば良いのに……。
 四葉は、相談して欲しいのに……。

 言ってくれなきゃ分からないのに……

 四葉にも言えないコト?
 四葉だから言えないコト?


 いろんなコトが頭の中で飛び交っても、どれもこれも推測の域、正解を導き出してはくれません……。


「ううう……この名探偵に推理できない謎なんて、ある訳…………あ!」


 四葉は、大切なことに気がつきました。


「……そうデス、四葉は名探偵じゃないデスか!」


 そう、四葉は名探偵!
 ……今は「未来の」がつくケド……。


「だったら、千影ちゃんの不機嫌な理由を突き止めて、四葉がニッコリ笑顔に変えちゃばいいんデ……ごほっ、ごほっ……」


 う〜ん……この間の風邪がぶり返したんでしょうか?
 折角元気になったと思ったのに……。


「えぇい! 名探偵が、風邪なんかに負けてられないのデス!!」


 ベッドから立ち上がって、ぎゅっと握り拳を作り、
 今心に決めた決意を、自分にも言い聞かせて気合を入れるように、大声で言いました!


「待っていてクダサイ、千影ちゃん! 四葉が必ず、千影ちゃんを元に戻してあげマスから!!」
























 次の日、千影ちゃんが変わってしまった理由を突き止めるため、
 四葉は早速千影ちゃんがいると思われる場所に向かい歩いていました。

 1週間会ってなくても、今までチェキした千影ちゃんデータを元に今日は何処にいるかは検討がついてるのデス!


「そう、このチェキノートにしっかりと…………あれ?」


 開いたページは白紙。
 めくってもめくっても、どのページも白紙。


「あちゃ〜……間違って、新しいチェキノートをもってきちゃったんデスね……」


 まだ調子が悪いから、四葉、またケアレスミスしちゃいました……。
 でも、ノートはなくても頭にしっかり入っているからゼンゼン問題ないのデス!


「ごほっ、ごほっ……」


 う〜……また再発デスか? なんてタイミングの悪い……。

 えぇい!
 こんなの、千影ちゃんの一大事に比べたら、全然大したことないデス!


「あれ? 四葉ちゃんじゃないの」


 不意に後ろから四葉に語りかける声。
 この声はまさか千影ちゃん…………なわけないデスね……。

 振り返って確認すると、そこにあったのはキョウダイの中で1番の仲良しの、鈴凛ちゃんの姿でした。


「……なんだ、鈴凛ちゃんデスか……」

「なんだとは何よ……?」


 お互い別々の理由で不服そうな顔を向け合う。


「四葉は今、千影ちゃんが変わってしまった原因を調べるという使命を帯びているのデス。
 貸したお金も返せないほど忙しい鈴凛ちゃんみたい暇じゃあないんデス!」


 皮肉を込めて、鈴凛ちゃんを邪険に扱う。


「それ忙しいのか暇なのか、矛盾してるよ……」

「と、とにかく、四葉は忙しいんデス!」


 き、きっと体調が万全じゃないから、間違えちゃったんデスね!
 そうデス、そうに決まってマス……。


「あのさぁ…………その千影ちゃんって……」

「ごほっ、ごほっ、ごほっ!」

「四葉ちゃん!?」


 鈴凛ちゃんは心配しながら咳き込む四葉の背中をそっとさすってくれました。


「大丈夫……?」

「だ、大丈夫デス……ちょっと風邪が……」


 確認するようにもう一度大丈夫と聞いてきましたので、それに対して四葉は首を縦に振ると、
 冗談めかして伝染さないでねと言ってきました。

 四葉の悪態になんの不平も言わず、しかも冗談で返してくれるなんて、鈴凛ちゃんはなんてイイヒトなんでしょう……。
 でも、そんな鈴凛ちゃんには悪いですけど、今回ばかりは四葉真剣なんデス……。
 このウメアワセはいつかきっとします、だから今回ばかりは四葉を許してクダサイ……。


「それじゃあ鈴凛ちゃん、シーユーデス!」

「あ……う、うん……」


 鈴凛ちゃんに手早くお別れの言葉を告げると、千影ちゃんがいると思われる場所へ駆け足で向かいました。


「あ! ちょっと四葉ちゃん、写真落としたよ! しゃしんー!」


 あんまりにも夢中で千影ちゃんのところへ向かっていたので、その時の鈴凛ちゃんの声は四葉には届いてませんでした。


「まったく、しょうがないなぁ……。今度会った時にでも返しておこう……この猫の写真」
























「いました!」


 思ったとおり、千影ちゃんの姿。
 クフフ、これも四葉の今まで集めたチェキのタマモノデス……。


「…………あ」


 調べようと思った矢先、隠れる前に早速千影ちゃんと思いっきり目が合ってしまいました……。


「アハハ……千影ちゃんに見つかっちゃいました……」


 しかし千影ちゃんは四葉を知らんぷり。
 既に四葉のコトは確認しているはず、なのにいくら避けているからってそんな態度はヒドイデス。


「ちょっ、ちょっ、待ってクダサイよ〜! 千影ちゃ〜ん!」


 見つかってしまっては意味がないと思ったので、千影ちゃんの側に駆け寄ることにしました。
 こうなったら予定変更、直接尋問をしかけましょう!


「…………!!」


 四葉が近づくと、何故か千影ちゃんが物凄い驚いた顔でこちらを見ているコトに気がつきました。


「なん……で…………?」

「チェキ? なにがデスか?」

「そんなはず…………だって……―――」


 え? 千影ちゃん、今なんて?


「――――――」


 よく聞こえないデス……。


 それに……千影ちゃんがふたりに?

 違いマス……千影ちゃんがぶれて見え……マス……・


「四葉くんッ!!?」


 悲鳴のような千影ちゃんの声を最後に、

 四葉の意識は、また途切れてしまいました。
























「何故だッ!!」


 千影ちゃんの大声と共に、色んなものが落ちる音がしました。
 ガシャンっていうガラスとかが割れる音や、ゴトンっていう重いものが落ちたような音。

 その音で、四葉は目を覚ましました。


「憎いのは私だろう!? 何故私でなく私の愛する者を手にかける!?」


 目を開けると、最初に映ったのは見覚えのある天井。

 それは、千影ちゃんとのデートの時、倒れた四葉が運ばれて、目を覚ました時に見たものと同じもの。
 千影ちゃんの家の天井……。
 それで四葉は、また千影ちゃんの家に運ばれたんだということを知りました。


「それともそんなに重いのか? 私の犯した罪が!?」


 そして、物音や声の聞こえる方向に視線を移すと、
 千影ちゃんが物にあたりながら叫んでいる姿が目に映りました。

 それは千影ちゃんが思いっきり机を叩いたり、その拍子で色んなものが落ちる音で、
 つまり四葉は、その音で目を覚ましたのでした……。


「神の意に沿わなかった、ただそれだけのことが!!」


 千影ちゃんの言葉の意味は分かりませんでした。

 でも、あの冷静な千影ちゃんが、こんなに取り乱すなんて……。
 四葉は、そのことにただ驚いていました。


 今まで見たことない千影ちゃんの姿、
 四葉の知らない千影ちゃんの一面


 でも、こんな千影ちゃんは、知りたくなかったデス……。



「千影……ちゃん……」


 ボソボソと、絞り出すように名前を呼ぶ。
 千影ちゃんは、ハッとしたように四葉のいる方向に振り向きました。


「……すまない…………起こしてしまったみたいだね」

「いえ……」


 少し息を乱して、謝罪の言葉を言う千影ちゃん。
 その周りを見回してみると、そこは一度だけ見た覚えがあって、その時にしっかりと心に刻んだはずの風景。

 でも、その風景の中には割れた花瓶や水晶の破片、何の変哲もないペンやこぼれたインク、
 開いたページから文字だけが書かれている本、色んなものが床に散らばっていて、
 四葉が心に刻んだものと、すっかりその姿を変えていました……。


「四葉は…………また、倒れちゃったんデスね……」

「…………ああ」

「アハハ……四葉、もう鞠絵ちゃんのことどうこう言えませんネ……」


 千影ちゃんに迷惑かけること3回目。
 四葉、もう完全に千影ちゃんに嫌われちゃったカナ……?


「だ、大丈夫デス……。ちょっと調子悪いデスけど、四葉は全然へい―――ごほっ、ごほっ……」


 強がって、元気に見せようとしても、すぐに咳に邪魔されて全然効果がアリマセン……。

 体中がだるい……。
 ……ただの風邪じゃない?
 インフルエンザ……の時期でもない……。


「四葉くん…………」


 心配そうに四葉の名前を呼ぶ千影ちゃん。


「これは四葉のジコカンリの問題デスから……千影ちゃんが気にするコトは……・・ごほっ、ごほっ……」

「違う…………違うんだ…………!」


 苦しそうな、辛そうな、そんな感情のこもった声。


「私のせい…………なんだ…………」


 そして、今にも泣き崩れてしまいそうな、そんな悲痛な表情が四葉の目に飛び込んできていました。
 今まで見たことない、いつもの千影ちゃんからは想像もできないような姿……。


「クフフ……


 それを見て、四葉はフキンシンにも思わず笑ってしまいました。


「…………四葉くん?」

「四葉、嬉しいんデス。確かに体は苦しいケド……でも、いつもの千影ちゃんに戻ってくれたんデスから……」


 千影ちゃんはそこでハッとして何かに気づいた様子でしたけど、
 四葉は「もう遅いデスよ〜」と少しおどけて千影ちゃんに言いました。


「いつもの千影ちゃんデス……。いつもの優しい千影ちゃんに戻ってくれました……。
 四葉の目的、簡単に果たせました……」


 それどころか、千影ちゃんの新しい一面が垣間見れて、寧ろ大収穫デス……。


「だったら…………今は無理せず、ゆっくり休んでいてくれるかい…………?」


 これはいつもの千影ちゃんデス……。
 四葉の知っている、いつもの優しい千影ちゃん……。


「これは、私からのお願いだ…………聞いてくれるかい?」


 すっかり……元に戻ってくれました……。


「ハイデス……
























「四葉くん…………。調子は…………どうだい?」


 数分なのか、数時間なのか、もしかしたら数日経ったかもしれません。
 時間の感覚が完全になくなってよく分らないけど、
 しばらくしてから、千影ちゃんが四葉のところにやってきました。


「この通り…………ゲンゲン……元気、デス……」


 ベッドの中で、今にも力尽きてしまいそうな声で、見え見えのカラ元気を張る。
 調子は、本当はさっきよりも辛い……。
 でも、できるだけ心配かけたくない。
 だから、四葉は少しでも元気だってコトを千影ちゃんに見せたかったんデス……。


「この薬を飲むと良い…………」


 そう言って、ラベルも何も貼っていない茶色のビンをポッケから取り出すと、近くにあったテーブルの上に置きました。
 置いた拍子で中の液体がユラユラと揺れているのが見えました。


「千影ちゃんの…………手作りデスか……?」

「ああ…………よく分かったね…………」

「クフフ……四葉の名推理にかかれば……この程度のコト……」


 ラベルを貼っていないこと、千影ちゃんの趣味、それから前に千影ちゃんが同じ空ビンを購入していたこと、他にも色々と。
 四葉は推理した根拠を、千影ちゃんに自慢げに話し始めました。


「これ飲んだら、絶対元気になりマスか……?」

「ああ…………」

「そう、デスか……」

「心配かい…………?」

「そ、そんなことないデス! 四葉は、千影ちゃんを信じていマスから……」


 だから、千影ちゃんがそうだって言ってくれると、それだけでもう、治るって信じられるから……。
 だから四葉、千影ちゃんから聞きたかったんデス……絶対元気になれるってコトを。
 「ああ…………」って、いつもの短い返事だったけど……
 四葉にとっては、それだけでもう、治るって、思えるカラ……信じられるカラ……。


「あの……ひとつワガママ言ってもいいデスか?」

「ああ…………構わないよ…………」


 目を瞑って、千影ちゃんとのデートのことをそっと思い出す。
 その時のあるワンシーンに、自分と千影ちゃんの姿を重ねました。
 そして、目を開けて、口をゆっくり開く。


「おクスリ…………あの映画みたいに……クチウツシで……飲ませて欲しいデス……」

「…………!?」


 横目で、千影ちゃんの顔を見てみると、四葉の推理通り、すっごく驚いた顔をしていました。


「……なんて、アハハハ、四葉ナニ言ってるんでしょうね……」


 ううん、こんなのは推理なんかじゃないデス……。
 普通に考えて、驚かないはずなんてないお願い事。
 そんなこと口走るなんて……四葉、どうやら頭までオカシクなってしまったようデス……。


 でも……


「……でも、冗談なんかじゃ……ないデス……」


 オカシクてもナンデモ、四葉は本気でそう考えていました……。


「…………分かって、いるのかい? …………君と私は―――」

「分かってマス! でもスキだからっ!」


 風邪のせいで四葉はこんなことを、傍から見ればオカシナことを言っているんだろうな、ってコト、
 頭の隅っこの方でほんの少し感じていました……。


「キョウダイとか、女の子同士とか、そんなの……」


 でも、思ったことをそのまま言っているだけ。
 いつも考えていたことをそのまま言葉にしているだけ……。
 いつもはモラルやジョウシキで隠れちゃうはずの本音……。


「スキって気持ちには、関係ないデスっ……!!」


 これは四葉の……ホントのキモチ……。


「四葉くん…………」


 千影ちゃんはそこから何も言わず、ただ黙って、自分で用意した薬のビンを開けました。
 そして、そのまま自分の薬を口に含みました。


「……ん」


 柔らかい感触。
 柔らかくて、暖かくて、普段の千影ちゃんからは想像できないような、フシギな感触……。

 流し込まれたおクスリは、ゼンゼン苦くなんてなくて……
 逆にちょっと甘く感じたのは、千影ちゃんの味がするからかな……?

 だったら意外デス……千影ちゃんは、甘いなんて印象ゼンゼン受けないのに……。


 口の中の薬は、既に飲んでしまっていたけど、
 でも、四葉たちはしばらくの間、その重なった唇を離そうとはしませんでした……。


 四葉は、ただずっと……千影ちゃんの甘さを感じていました……。












「エヘへッ……千影ちゃんの唇、四葉がチェキしちゃいました……


 お互いの顔が離れると、四葉が先に口を動かしました。


「大好きデス……」


 そして、続けて口をついて出た言葉。
 キスをして、心の距離が縮まったからかな……?
 今までハッキリ言えなかった言葉が、こんなにスラスラ言えるのは。


「千影ちゃんのコト、ホントに……ホントのホントに、大好きデス……」

「私も…………君のことが好きだ。誰よりも…………愛している…………」


 千影ちゃんも、四葉と同じようなことを……って、え!?


「そ、それってつまり…………告白……デスよね……?」

「ああ…………」

「じゃあ四葉たち…………両想い……ってことデスよね……?」

「ああ…………」

「ウソじゃ……ない、デスよね……?」

「…………ああ……」


 千影ちゃんは、好きでもない相手とあんな事―――さっきみたいなキスできないと続けました。


「…………び、ビックリしました……」


 嬉しいより先にそう思いました。
 姉チャマに恋してしまって、しかもそれが叶っちゃうなんて……
 こんなの、どう考えても普通ありえないシチュエーションデス……。


「……でも四葉……幸せデス……」


 だって、例えどんな相手でも、自分の恋が叶っちゃったんだから。
 恋が叶って喜ばない女の子はいないから……。


「ありがとう…………」

「お、お礼を言うのは……四葉の方デスよ……」






「最後に…………君と愛しあえたから…………」






 ―――……え?


「例え…………一瞬でも…………」


 ―――“最後”って……どういう意味?


「目が覚めたら…………君は、きっと元気になっているから…………」


 ―――“一瞬”って……どういう意味……?


「……ぁ……・ぅ……」


 ―――声が出ない?

 ―――出せない?


 口が動かない。
 違う、体全体が動かない。

 意識が……遠のいていく……。


 ―――四葉のこと、スキだったのにどうして避けたの?


 ―――千影ちゃんのせいって何?



 聞きたいコト、話したいコト、イッパイイッパイあるのに……!

 なんだか分らないけど、今聞かなきゃダメな気がするのに……!


 だんだん……意識がハッキリしなくなっていく……


「――――――」


 千影ちゃんが、なにか話している……

 でも、上手く聞き取れない……。



 ―――ちか・・げ……ちゃん…………




  四葉の思いとは反対に、



「さようなら…………」



  凛と澄んだ声だけが頭の中に響いてくる中で……



「――…………―――――…………」



  四葉の意識は、そのままどんどん沈んでいきました……。
























    ジリリリリ…………


「チェキーっ!?」


 目覚まし時計の音に睡眠を妨害されて、そのまま飛び出してしまいそうなくらいの勢いで起き上がりました。


「うー、こんなんじゃうるさくて眠れないデス〜」


 文句を言いながら、目覚まし時計のスイッチを押して、睡眠妨害の騒音を消す。
 とはいっても「目覚まし時計」なんデスから、目が覚まさせなきゃ意味はないデスけど……。


「っていうか、今日は日曜日のはずじゃ……」


 と口にしたところで、今日は鈴凛ちゃんと待ち合わせていたことを思い出しました。


「って、いけないデス! 早く準備しないと、鈴凛ちゃんとの待ち合わせに遅れてしまいマス!」












「す、スミマセン、遅れました!」

「…………遅い……!」


 待ち合わせ場所に着くなり、鈴凛ちゃんの、シャッキントリさん顔負けのニラミをきかせていました。
 四葉は見事に待ち合わせ時間に遅れちゃったのデス。


「で、なんで遅れたの?」

「……えっ、とぉ……そのぉ…………」


 目覚ましの時間は、四葉の計算では約束の時間に丁度間に合うようにセットしたはずデスが、
 思ってたより準備に手間取ってしまったため、結局遅刻してしまったのデス……。


「寝坊でしょ……。どうせずっと夢の中で……」

「ち、違いマス! 四葉はちゃんと目覚まし通りに起きました! 準備に手間取ったんデス!!」

「アタシにしたら、遅刻されたからどっちでも関係ないの!!」


 四葉の反論を更にズバッと言い返してくる鈴凛ちゃん
 ううう、言い返せません……。


「夢の中といえば……そういえば四葉、今日フシギな夢を見ました」

「不思議な夢? どんな?」

「それは…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……四葉ちゃん?」

「…………忘れました……」

「おい!」


 鈴凛ちゃんからの鋭いツッコミが入りました。


「ん〜……なんだか幸せだったような……悲しかったような……そんな夢だった気がしマス」

「どっちよ?!」

「だって思い出せないんだから仕方ないじゃないデスかー!」

「はぁ…………まぁ、夢なんて大体そんなもんだよね……」


 鈴凛ちゃんは、呆れたようなため息混じりにそう言うと、
 それで話を切り上げ、じゃあ行こうかと四葉を誘いました。


「あ、そうだ、その前に……四葉ちゃん、この間写真落としてたよ」

「チェキ?」


 歩き始めようとした四葉は、再び足を止めて鈴凛ちゃんの方に目を向けました。
 鈴凛ちゃんは、自分のポケットに手を入れて、しばらくその中を漁ってました。
 しばらくして目的の物が見つかったらしく、ポケットから写真を取り出し、そのまま四葉に差し出しました。


「はい」

「チェキ、ありがとうデス」


 鈴凛ちゃんから差し出された写真を受け取り、そのまま写真を見てみると、
 それは、猫さんがどこかの公園のベンチの前で気持ち良さそうに目を細めている写真でした。


「ねぇ、なんなのこの写真? 猫しか写ってないけど」


 ……ただ、それだけが写った写真。


「アタシさ、ずっと気になって…………って、え!? よ、四葉ちゃん!?!」

「……え?」


 鈴凛ちゃんの驚いた声。
 そこで、なぜだか分らないけど自分が泣いていることに気がつきました……。


「え……あ、あれ…………なん、で……?」


 自分が何で泣くのか分からない。
 分らないけど……。

 涙が、止まらない……。


「…………宝物……デス」

「え?」

「この写真は…………四葉の……大切な……宝物……」



「だけど…………っ!!」



  大切な何かが欠けている……。



  とても大切な何かが……



  消えてしまっている……!



    『君と会えなかった1週間の間に…………私は、ある儀式を行なったんだ…………』



  その「何か」は何……?



    『既に他のみんなからは…………私の記憶……存在は、消えてしまっている……』



  ……分からない。



    『でも、君だけは…………私のことを覚えていた…………』



  ……思い出せない。



    『君の…………私への想いが強かったからだろう…………』



  でも、胸が痛い……



    『ありがとう…………そこまで私を愛してくれて…………』



  締め付けられるように、痛い……。



    『だからこそ、君は傷ついてしまった…………傷つけてしまった』



  失った何かを求めて痛む胸……。



    『だから…………この薬で、君から私の存在を消すよ…………』



  蛇口の壊れた水道のように止まらない涙……。



    『これでもう、二度と私を思い出したりしないから…………』



  訳も分からず、ただ泣き崩れる自分……。



    『もう…………私の受けた「呪い」の巻き添えを…………受けることはないから…………』



  頭の中に響き続ける、凛と澄んだ悲しい声。



    『今度は…………血の繋がらない異性を…………愛して欲しい…………』



「ぁ………ぅ……」



    『過去の私のように…………禁忌を犯さないで欲しい…………』



  あなたの名前を呼びたくても、



    『こんな思いをするのは…………私ひとりで十分だから…………』



  それがなんだったのかも分からず、ただ言葉にならない声が出るだけ……。



    『だから…………君から「想い」を奪うことを許して欲しい…………』



  忘れるはずのない、忘れてしまった大切なこと。



    『さようなら…………』












    『私の…………愛した人よ…………』


















 涙が止まらなかった……。

 大切なものが欠けた写真をギュッと握りしめながら、

 その場に崩れ落ちて、

 人目なんて気にならないくらい、

 声をあげて泣いていた……。






  お願い……「あなた」を教えてください……。

  今ほど「あなた」を知りたいと……これほど求めたことはないから……。









 


あとがき

朝林夜さんの404番(鞠絵の誕生日)のキリ番リクエスト、千影×四葉のシリアスでした。

委託から完成まで約8ヶ月・・・(大汗
いや、本当に難産でした。
個人的に「ちかよつ」で「シリアス」はどうも相性が悪いらしく、
一生懸命考えた結果、出たのがこんな悲恋モノという有様(苦笑

内容がまとまったと思ったらまとまったで、今度は伏線を書いていくと長くなるな、と予想できました。
が、完成してみれば予想を上回る量になってしまいました。
個人的に、短くたくさんのSSを作りたいと思っているのに・・・(苦笑

書いている途中、文章がくどい感じがしましたし、
四葉は何処までカタカナに喋らせれば良いのか分からなくなりましたし、
四葉の千影を好きになった理由もやや弱い気がします(苦笑

どうも細かい所が上手く行っていない印象を受けますが、それでも満足していただければ幸いです・・・。
・・・・・・どう考えても8ヶ月は割に合わないと思いますけど(滝汗


更新履歴

H16・5/13:完成
H16・5/14:誤字脱字修正
H16・12/30:大幅修正


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