夢を見た・・・。


   夢の中で・・・彼女は笑っていた。


   とても・・・幸せそうな笑顔だった・・・。


   その身に纏った純白のウェディングドレスのような白い肌の顔で・・・


   この世の誰よりも・・・幸せそうに微笑んでいた・・・。











 

Twin rings













『鈴凛ちゃん、鞠絵ちゃんが大変なの! 早く来て!!』

咲耶ちゃんから電話が来た。
用件はそれだけだった。

咲耶ちゃんは、アタシに場所だけ伝えて電話を切った。

「鞠絵ちゃん・・・」

アタシはここしばらく鞠絵ちゃんに会ってない。

別に嫌いになったからじゃない。
寧ろ理由は反対。
好きになってしまったから・・・。


違う・・・


“好き”じゃない、


“愛している”だ。


鞠絵ちゃんはアタシの姉妹。
にもかかわらず、アタシは彼女を愛してしまった。

この心は、もう変えられない・・・。

彼女を愛するという事は・・・同性愛者、そして近親愛者、そのふたつのタブーを犯す事になる。


アタシには・・・そんな勇気はなかった。


だから彼女に会うことをやめた。
そしてその想いが、いつか風化してくれれば、と・・・。

でも、その想いは・・・どんどん募っていくばかりで・・・風化なんてしなかった。

いっそ告白して、そしてふられでもしてしまえば楽になっただろう。
・・・でも、


    『好きです・・・鈴凛ちゃん・・・』


彼女もまたアタシを愛していた。

姉妹でありながら・・・同性で、血の繋がったもの同士でありながら・・・アタシ達は両想いだった・・・。


アタシは神様って言うのは信じていないけど・・・でも、居たら絶対恨んでいる・・・。
どうしてアタシを彼女と姉妹にしたのか、って・・・。

愛し合っているのに結ばれない・・・
愛し合ってしまったのに結ばれる事ができない・・・。

どうしてこんな関係にしたのか、って・・・恨んでる・・・。






アタシは臆病者だった。

批難の目で見られる事が怖かった。
周りから、異質なものとして認識されるのが恐ろしかった。

だからアタシは彼女に会うことをやめた。






なのに・・・


    『鈴凛ちゃん、鞠絵ちゃんが大変なの! 早く来て!!』


咲耶ちゃんの言葉が頭の中で反復される。

「・・・・・・鞠絵ちゃん・・・」

鞠絵ちゃんは元々病弱だった。
もしかしたら・・・

「そんなこと・・・」

そんな事考えたくなかった。
でも、考えないなんてできなかった。



もう会わないって決めたはずなのに・・・
もう2度と会えなくなるかもしれない・・・

状況は変わらないのに・・・まったく違う事だった・・・。

「・・・っ」



気がついたらアタシは、咲耶ちゃんに言われた場所に向かって走っていた。
























「ここら辺なんだけど・・・」

咲耶ちゃんに言われた場所まで辿り着いた。
だけど・・・どこに鞠絵ちゃんが居るのか分からない。

「鈴凛ちゃん!」
「!?」

丁度その時、アタシの名前を呼ぶ声が聞こえた。
声のする方を向いてみると、建物の中から咲耶ちゃんが出てきてた。

「咲耶ちゃん! 鞠絵ちゃん、鞠絵ちゃんは・・・!?」
「こっちよ。 早く!」

アタシは咲耶ちゃんに案内されるように建物の中に入って行った。












「みんな・・・」

咲耶ちゃんに連れられるように建物の中に入ったアタシ。
そこには、既にみんなが集まっていた。
そして、みんなよりも奥の方に鞠絵ちゃんの姿を発見した。

アタシが来たことでここにアタシ達姉妹、12人全員が揃ったことになった。

「鞠絵ちゃん・・・」

アタシは、鞠絵ちゃんの姿を見て思わず彼女の名前を口から漏らした。

だって、鞠絵ちゃんは・・・






「これはどう言うこと?」

純白のウェディングドレスを纏っていました。



「綺麗でしょ?」

咲耶ちゃんがアタシに向かって得意気に聞く。

「『綺麗でしょ?』じゃないっ!!」

確かに綺麗だけど・・・

「ドレスなんて一体どうやって・・・?」
「可憐達が作ったんです」

壇上の横にあるピアノにスタンバっている可憐ちゃんが胸を張って言う。

ああ、そう言われてみたら確かに手作りといわれればそんな感じだ。
でも手作りにしては十分すぎるほど綺麗・・・やっぱり着ている人間が良いから・・・
・・・って、何考えてるのよアタシはっ!?

「だ、大体こんなことして何する気よ!」

頭に浮かんだ言葉を打ち消すように、アタシをこの場に連れてきた咲耶ちゃんにそう聞く。

「なに、って・・・決まってるじゃないの」

指を一本立ててウインクしながら、

「鈴凛ちゃんと鞠絵ちゃんの結婚式」

・・・・・・。

「騙された・・・」

思わず口からこぼれる。

アタシが呼び出されたこの場所は小さな教会。
つまりはじめからこのつもりで・・・アタシに鞠絵ちゃんとの結婚式させるつもりだったわけだ・・・。



「あの、咲耶ちゃんを責めないでください」

奥にある壇上の前で、いつも以上に綺麗な姿をした鞠絵ちゃんがかばうようにそう言った。

「これはわたくしがお願いしたことなんです」
「鞠絵ちゃんから?」
「鈴凛ちゃん・・・最近、わたくしのことを避けるから・・・」

俯きがちにそう言葉を紡ぎ、

「だからここらで大接近v・・・って思いまして・・・」

顔を上げてニッコリと嬉しそうに笑って続きを言う。
・・・アタシのした事は鞠絵ちゃんに拍車をかけたのか・・・?

「なによ、ふたりとも愛し合っているんだから問題ないわよ」

横から咲耶ちゃんがそう主張する。

「お、大有りだよっ! ・・・だって・・・アタシも鞠絵ちゃんも・・・女の子同士で・・・」
「で?」
「しかも血だって繋がってて・・・」
「大した事じゃないわよ」
「大問題でしょっ!!」

じゃなきゃ禁忌になんてなっていないってのっ!

「なによ、ここまで準備させておいて私達の苦労を無駄にする気?」
「勝手にやっておいてなに言って・・・」
「鈴凛ちゃん・・・」

咲耶ちゃんと言い争っていると横から今度は鞠絵ちゃんがアタシに話しかけてきた。

「わたくし達のために、みんなが用意してくれたんですよ」

その純白のウェディングドレスに包まれた鞠絵ちゃんの姿は・・・
とても綺麗で・・・アタシの心を捉えるのには十分過ぎるほどだった。

「それにわたくしは・・・鈴凛ちゃんと・・・」

ダメだって・・・必死で抑えようとしても、
好きって気持ちは・・・もう、抑えられない・・・。



―――異常者



「っ!!」

不意に頭に過ぎった言葉・・・。
一瞬で、鞠絵ちゃんに感じていた気持ちが、とても異質なものに感じた。


鞠絵ちゃんと結婚式なんてアタシには・・・

「鈴凛ちゃん・・・」

アタシには・・・

「わたくしのこと、嫌いなんですか・・・?」

あ、アタシには・・・

「この姿・・・もしかして似合っていないのでしょうか・・・?」

あ、アタシにはぁ〜・・・

「・・・そんなことっ! とっても綺麗だよっ!」

折れた・・・。

「そうでしょ、そうでしょ! じゃ、早く着替えてきなさい」

絶好のチャンスと言わんばかりに咲耶ちゃんがそこを突いてくる。

「うぅ・・・」

何も言えなくなり、悪足掻きのように言葉にならない声を上げた。
























「似合ってるわよ、鈴凛ちゃん」

結局、アタシはタキシードに着替え、鞠絵ちゃんの横に並んで立っているのだった。
アタシも一応女の子だけど、ドレスは既に鞠絵ちゃんが着ているのでアタシはタキシードを着るハメになった。

「・・・これはごっこ遊び、これはごっこ遊び・・・」

お経のようにそう唱える。

「・・・ただの結婚式ごっこ、ただの結婚式ごっこ・・・」

そうでもしないと、アタシの心は折れてしまう。
・・・いや、既に1回折れたけど・・・まだ手遅れじゃないし・・・。

「往生際が悪いわね・・・」

神父役を買って出た咲耶ちゃんが、アタシのお経を聞いてムスっとした顔でそう言った。

「う、うるさい!」
「ほら、いいからとっととさっき渡した指輪、交換しなさいよ」

・・・なんだか適当な神父だなぁ。

「咲耶ちゃん、それ適当過ぎ・・・」
「指輪交換は・・・・・・重要な儀式だろう・・・・・・?」

ピアノと客席からツッコミが入るそんな中でアタシ達の指輪交換が行われた。

「だ、大体ねぇ、みんなはこの事態に何の疑問もわかないの?」

壇上の前でみんなにそう訴えた。
だってこの結婚式は女同士で執り行われているんだから。

「別に」
「どこが?」
「なにに?」

・・・・・・。

アタシの姉妹達はアバウトすぎる・・・。

「くしししし・・・鞠絵ちゃん綺麗だよっv」
「亞里亞・・・お腹すいた・・・」

一部、意味すらよく分かってないし。

「鈴凛ちゃん、こういう時はチェキデスよ」

約1名会話になっていないし・・・。

「別にワタクシには関係のないことですし」

・・・最低だ。

「・・・確かにおかしいですわよね」

そこに白雪ちゃんの救いの一言。

「そ、そうでしょ!」

ああ、良かった・・・この中にもまともな考えの人が・・・

「両想いなのに、どうしてそれを拒否するのかなんて・・・」
「そっちかよっ!!」

・・・ここにはまともな考えのヤツは居ないのか?

「いい加減素直になりなさい!」

咲耶ちゃんから一喝が聞こえてきた。

「アンタ、鞠絵ちゃんの事好きなんでしょ?」
「・・・・・・」
「答えなさい!」
「・・・・・・きだよ・・・」
「何だって?」
「好きだよ! どうしょうもなく好き!」
「なら・・・」
「でもね、怖いの・・・周りが・・・世間が・・・アタシに対してどんな目を向けるのかと思うと・・・」

この気持ちは異常だ・・・。


 変質者

 異常者

 変態

 イカレている

 狂っている


それらの言葉を浴びせられるのが怖かった・・・。

「アタシ・・・それが怖くて・・・」
「鈴凛ちゃん・・・」

今まで多少おどけている感じだった会場は、アタシの言葉でいつの間にか深刻な雰囲気へと姿を変えていた。
目に見えない恐怖によって怯えていたアタシの言葉で・・・たった12人しか居ないこの小さな教会を静寂が包んだ。






「大丈夫・・・少なくとも、私達はあなたの味方よ・・・」


そんな静寂を最初に破ったのは、アタシの目の前にいた神父役の咲耶ちゃんだった。

「そうデス! 四葉も鈴凛ちゃんの味方デス!」

次に祝い客の四葉ちゃんが。

「もちろん可憐もです!」

ピアノの前に座っている可憐ちゃんも。
そして、

「ボクもだよ!」
「姫も、ですのv」

それに続くようにみんながアタシ達の味方だ、アタシ達を応援する、守ってあげる、そう口々に言いはじめた。

「それよりも・・・愛し合っているのに、愛し合えないこの世の中が哀れだと思わない?」

そしてまた咲耶ちゃんが、今度は得意気にそう言う。

「鈴凛ちゃん・・・世間や、一般常識や・・・そんなものをなくしたらどうなの?」
「・・・え?」
「考えるのは鞠絵ちゃんの事だけ、そう考えて今の気持ちを言ってみなさい」


 鞠絵ちゃんだけを・・・考える・・・?

 鞠絵ちゃんだけ・・・

 もしも認められてたら・・・?


 もしも誰にも何も言われないで

 それが自然な事で

 許されることなら・・・

 そんなの・・・



 そんなの決まってるじゃない・・・!



「好きなんでしょ?」
「・・・好きだよ・・・」
「愛してるんでしょ?」
「・・・愛してる・・・」
「できるなら・・・結婚したい?」
「・・・・・・」

そこで一瞬言葉に詰まった。
やっぱり、それを認めるのは怖かった。
でも、本心は決まっている。
この気持ちは変わりようがなかったから。
だから、

「・・・したい」

静かに、でもハッキリとそう答えた。

「じゃあ、いいじゃないの。
 どうせ法律や戸籍上では結婚ができないんだから、結婚式を挙げたその日、つまり今日からあなた達は夫婦よ」

付け足すように“夫”って使うのはちょっとおかしいけど、と言う。

「鈴凛ちゃん・・・」

今度は、アタシの隣で素敵な手作りのドレスを着た少女が話し始めた。

「わたくしは、鈴凛ちゃんのことが好きです。 ・・・誰よりも、何よりも・・・」

アタシは鞠絵ちゃんには何度もその言葉を言われた。
そしてその度にアタシの心は苦しんでいった・・・。


―――アタシも好きだよ。


何度この言葉で返してあげたいと思ったんだろう。
今まで、ハッキリと言葉にして鞠絵ちゃんに言ったことはなかった。
このことは鞠絵ちゃんも知っているけど・・・口に出して言うのが怖かった・・・。

でも・・・、

「鈴凛ちゃんのお嫁さんになれるのなら・・・わたくしは何も怖くありません」

でも、今は・・・

「どんな目で見られても、どんな事を言われても・・・その辛いことよりも、幸せの方が何倍も、何十倍も溢れてるんですから」
「・・・幸せ・・・?」

・・・そう言えば考えた事はなかった気がする。
目の前の恐怖に怯えて、その代償に得られるだろう幸せを・・・。


 もし鞠絵ちゃんと愛し合えたら・・・

 もし鞠絵ちゃんになんの気兼ねもなく好きって言えたら・・・

 どんなに幸せなんだろう・・・。


「お願いです・・・わたくしを・・・貴女のお嫁さんにしてください・・・」
「鞠絵ちゃん・・・」












アタシは・・・






 『わたくしは何も怖くありません』






―――女同士、しかも姉妹でだよ?






アタシは・・・






 『どんな目で見られても、どんな事を言われても・・・』






―――どんな目で見られると思ってるの?






アタシは・・・






 『幸せの方が何倍も、何十倍も溢れてるんですから・・・』






―――本当にそうなの?






アタシは・・・












「鈴凛ちゃん・・・」












「・・・好き、です」






たった一言だけだった・・・。

何回も聞いたはずの台詞。

なのに・・・



「鞠絵ちゃん・・・」


それに込められたたくさんの意味が・・・


「アタシは・・・」


そして、たった10人分しかないアタシ達への応援が・・・


「アタシは鞠絵ちゃんの事が・・・」












「・・・大好きだよ!」


アタシの中の枷を解いてくれた・・・。

「鈴凛ちゃん・・・っ!」

アタシは鞠絵ちゃんの体を引き寄せて抱き締めた。

もう何もかもどうでもよくなった。

白い目で見たければ見ればいい。
気持ち悪がるなら気持ち悪がればいい。

どんな事が在っても・・・
何をされても・・・
もう・・・もう鞠絵ちゃんを好きでいられないなんて・・・できない・・・!


「やっと・・・素直になったわね・・・」


抱きしめた彼女の体温を自分の体全体で感じているアタシの横から、咲耶ちゃんのそんな一言が聞こえた。
それは、まるで肩の荷が降りたと言わんばかりに一息つくような感じのものだった。

「じゃあ、誓いのキスを」
「ええっっ!!?」

きききききききキスぅ〜〜〜・・・っっっ!!?!?!!?!

「なに驚いてるのよ? 結婚式なんだから当然でしょ?」
「いや、でも・・・」

でも・・・・・・何?

「・・・鈴凛ちゃん?」

アタシは・・・もう、世間だとか、一般常識なんて・・・何も怖くない・・・。
どうしてあんなに怯えていたんだろう?
そう思うくらいどうでもよくなっていた。

大好きな人と・・・愛する人と一緒になれるんだから・・・

「でも、何?」
「・・・・・・ううん、なんでもない・・・。 なんでもなかった・・・」

そう言って、抱きしめていた鞠絵ちゃんを一旦体から離した。
鞠絵ちゃんは、その潤んだ目でアタシの顔をじっと見ていた。

「鞠絵ちゃん・・・」
「鈴凛ちゃん・・・」






 ・・・愛している






単純な、その言葉では何百回、何千回でも足りないほどの想いを込めて



今まで溢れそうになっていた想いの枷を解き放って



アタシは・・・鞠絵ちゃんと・・・






誓いのキスを交わした・・・。












「おめでとう、ふたりとも」

「おめでとうですのv」

「やったね、鞠絵ちゃん」

「ウウウ・・・鈴凛ちゃん・・・鈴凛ちゃんはとうとうやりマシタ・・・」

「フ・・・・・・鈴凛くんは・・・・・・とうとう試練を乗り越えたみたいだね・・・・・・」

「素敵ですわ、ふたりとも・・・」

「くしししし・・・おめでと、鞠絵ちゃんvv 鈴凛ちゃんvv」

「がんばってね、花穂ふたりのことずっと応援するから」

「もちろんボクも応援するよ!」

「おめでとうございます・・・なの」


10人分の拍手の中、みんながアタシ達のことをそう祝ってくれた。



ありがとうみんな。

ありがとう・・・


みんなのお陰で・・・アタシ素直になれた・・・



幸せになれた・・・。
























式を一通り終えたアタシ達は、今、ふたりっきりで更衣室に居た。
もちろん着替えのため。
やっぱあの格好のまま帰るのはまずいでしょ?
そりゃ、前より怖くなくなったけど・・・でもやっぱり言われるのはヤダよ・・・。

「鞠絵ちゃん、着替えないの?」
「もう少し・・・この格好のままでいたいんです・・・」

アタシは、既にタキシードからここに来た時に着ていた普段着に着替え終わっていた。
でも、鞠絵ちゃんはウェディングドレスのまま椅子に座っていた。

「だってとうとう鈴凛ちゃんと結ばれたんですから・・・。 やっと、鈴凛ちゃんと愛し合えるようになったんですから・・・」

本当に、嬉しそうにそう言う。

「・・・ごめんね・・・アタシ・・・臆病で・・・」
「そんなこと・・・。 それは・・・・・・当然のことですから・・・」
「でもね、アタシやっと覚悟ついた。 もうどんな事があっても、アタシは鞠絵ちゃんを好きでいることやめない。
 ・・・ううん、結局、離れれても・・・好きでいることをやめることなんてできなかったし」
「鈴凛ちゃん・・・」

不思議な感じがしてた。

今まで必死になって否定していたのに・・・
受け入れてみるとこんなにもすんなりと受け入れられるものなのか、って・・・。

アタシ・・・そのくらい鞠絵ちゃんのことが好きだったからなのかな?

アタシはもう怖くない。

「これからは、いっぱい・・・今までできなかった分、今まで抑えていた分、全部まとめて取り戻しちゃうくらいに・・・鞠絵ちゃんにアタシの愛情を注ぐからね」

だって・・・鞠絵ちゃんと一緒になれた幸せが・・・こんなに溢れているんだから・・・。
























「ずっと・・・好きでした・・・」


















「・・・え?」

鞠絵ちゃんが何の脈絡もなくアタシにそう話しかけてきた。

「いつも前向きの・・・貴女が好きでした・・・」
「そ、そんな事ないよ・・・」

アタシは前向きなんかじゃないよ・・・。
もしそうだったら鞠絵ちゃんのこともっと早く・・・

「いつも笑っている・・・貴女が大好きでした・・・」
「・・・? ・・・鞠絵・・・ちゃん?」

鞠絵ちゃんの様子が、いつもと違う気がした。

「いつも頑張っている貴女が・・・誰よりも好きでした・・・」
「ねぇ・・・何言って・・・」

しばらく会っていなかったから・・・かな?

「鈴凛ちゃん・・・これからも頑張って・・・これからも・・・後ろを振り向かないで・・・」
「どう・・・したの?」

そんなんじゃない・・・。
しばらく会ってなかったからって・・・そう言うものとは違う。

「ずっとずっと・・・わたくしの好きな鈴凛ちゃんで・・・いて・・・ください・・・」

「なんか・・・変だよ・・・」



「鈴凛ちゃん・・・わたくし・・・幸せでした・・・」

「さっきから何で・・・?」



「鈴凛ちゃんのお嫁さんになれて・・・・・・」

「・・・でした、って・・・何で過去形で・・・? これからも、でしょ・・・?」



「鈴凛ちゃん・・・・・・誰よりも・・・」



















「・・・・・・好き・・・・・・でした・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
























 彼女の左手が、力なく垂れ下がった。



 薬指から外れた指輪が、チャリンと軽い音を鳴らして床に転がった・・・。



 そのまま床を転がりアタシの所まで転がってきた指輪は・・・アタシの足に当たった。



 彼女は・・・笑っていた。



「ま、りえ・・・・」



 とても・・・幸せそうな笑顔だった・・・。


 その身に纏った純白のウェディングドレスのような白い肌の顔で・・・






 この世の誰よりも・・・幸せそうに微笑んでいた・・・。




































「・・・・・・・にん・・・」
「・・・・・・ん」
「・・・・・ゅにん・・・・・・しゅにん・・・」
「ふぁ・・・」
「・・・・しゅにん・・・・・主任! 主任っ!!」
「ん、ぇ・・・」
「起きてくださいよ! 主任!」

もやのかかった頭に聞こえて来た声がアタシを夢の世界から現実へと引き戻した。

「・・・・・・」

目を覚まし、体を起こすと、そこは研究室の机の前だった。

「・・・・・・」

声のした方向を見ると、アタシの助手を勤めいている・・・え〜っと・・・名前忘れた。
とにかくその助手がアタシのことをじっと睨んでいた。

「おはよ」

助手に軽く返事をする。

「・・・じゃありません!」

・・・怒られた。

「まったく、期限が近づいてるって言うのに仕事中に昼寝なんて・・・」
「あっれぇ・・・? アタシ・・・いつの間にか眠っちゃってたんだ・・・」

アタシは確か・・・アタシに任されたプロジェクトの作業中に・・・
ああ、そうそう・・・連日の徹夜や作業の疲れがたたって・・・それで・・・

「お電話です。 主任のお姉さんから」

アタシが自分の状況を整理していると、助手の子が微妙に怒りを感じさせながらアタシの思考を遮った。

「電話? アネキから、って・・・・・・あ、咲耶ちゃんからね・・・」

大きなあくびをひとつして、椅子から立ち上がる。

「・・・どうかしたんですか?」
「なにが?」
「その・・・目、赤くなってますから・・・」

助手の子が心配そうにそう言う。

「・・・なんでもない」

軽く答えてその場を離れる。

「悲しい夢を・・・見ていただけだから・・・」






「十何年も前の・・・悲しい記憶・・・」
























「もしもし、お電話代わりました」
『はいはい、堅苦しい挨拶はいいわ』

電話の向こう側から聞こえてきた声、それは紛れもなく咲耶ちゃんのものだった。

「今度、みんなで集まることについてでしょ?」
『そ、久しぶりに11人全員が集まるからね。 全員きちんと集まるようにしときたいのよ』

受話器の向こう側から、昔通りの軽快な話し方で話す声が咲耶ちゃんらしいと思った。

「・・・11人・・・か・・・」
『あ・・・ごめんなさい・・・』

アタシの言葉に咲耶ちゃんが謝った。

「ううん、いいの・・・ほんとの事だから・・・」

十数年前からアタシ達は11人姉妹になってしまった・・・。
12人姉妹から・・・ひとり居なくなってしまったから。

アタシが最も愛した彼女が・・・。

「さっき、夢見てた・・・」
『・・・え?』

唐突に切り出した。

「結婚式・・・・・・アタシと鞠絵ちゃんの・・・」
『そう・・・』
「ありがと・・・」
『え?』
「あの時、みんなが色々頑張ってくれなかったら・・・アタシ、絶対後悔してた・・・」
『鈴凛ちゃん・・・』
「みんながアタシから枷を解いてくれたの・・・」

咲耶ちゃんだけは知っていた。
あの時の鞠絵ちゃんの体が既に限界に近づいていたことを・・・。
アタシとの結婚式は、鞠絵ちゃんの最期のわがままだったらしい。

だからあの時、無理矢理にでもアタシと鞠絵ちゃんの結婚式を行わせた。
他のみんなは面白半分だとか、仕方なしにとか、そう言うつもりで手伝ったみたいらしい。

もっとも千影ちゃんは、薄々感づいていたらしいけど・・・。

「咲耶ちゃんのお陰で、アタシ達、結婚する事ができた・・・。 ホント・・・ギリギリだったけど・・・」

アタシ達の新婚生活は、たった数十分にも満たない間だった。
“生活”なんてお世辞にも言えない、ほんのわずかな時間だったけど・・・。

でも、アタシ達は確かに結ばれたんだ・・・。

アタシには・・・その数十分間が、アタシの人生で最も幸せな瞬間だと思った。

その直後に・・・最も悲しい瞬間がやってくるなんて予想もしてなかったけど・・・。

『・・・強いのね』
「・・・え?」
『私、てっきりずっと泣きじゃくるかと思ってたわ。 鞠絵ちゃんが居なくなって・・・』
「そうだったかもしれない・・・。 でも、鞠絵ちゃんとの約束だから・・・」
『約束?』
「鞠絵ちゃん、最期に言ったの・・・。
 いつも前向きのアタシが好きだって。 いつも笑ってるアタシが大好きだって。 いつも頑張ってるアタシが誰よりも好きだって。
 これからも頑張って、これからも後ろを振り向かないで・・・ずっとずっと・・・自分の好きだったアタシでいて、って・・・」

彼女の、最期の力を振り絞った言葉だった。
その言葉はアタシを救ってくれていた。

「それがなかったら・・・アタシ、絶対挫けてた・・・部屋の中で、ずっと泣いていた・・・」

今のアタシは、彼女との約束を果たしている結果にすぎない。

彼女には分かっていたのかもしれない。
だから、最後の最後にアタシ伝えたんだと思う。

彼女が誰よりもアタシを愛してくれていたから・・・。

「だから、あの時アタシ達を結び付けてくれて・・・ありがとう・・・」
『・・・やっぱり・・・強いわね・・・』

電話の向こうから、ポツリと囁くようにそう言うのが聞こえた。












「今度は咲耶ちゃんの番だね」
『え!?』
「そのうちアタシの時のお礼しなくちゃね〜」
『ちょ、ちょっと、何を・・・!?』
「咲耶ちゃん、相手はアタシの姉妹なんだからね。 幸せにしないと、許さないから!」
『わ、私だってアンタの姉妹じゃない! 姉よ姉!』
「じゃあ咲耶ちゃんも幸せになって、相手の方も幸せにしなくちゃねv」
『・・・うぐぅ・・・』

言葉に詰まって変な言語を出す。

『も、もう・・・それで、来週は来れるんでしょうね!?』
「うん、大丈夫。 仕事の予定合わせたから」
『そう。 それが聞きたかっただけだから。 じゃ切るわよ』
「今度はアタシが幸せにしてあげる―――」


    プッ・・・・・・プー、プー、プー・・・


最後まで言う前に電話を切られた。

「まったく、気が強いくせに肝心なところで照れ屋なんだから・・・」

アタシと同じね・・・。

「主任、お電話が終わったらすぐに仕事に戻ってください」

受話器を電話に戻すと同時にいつの間にか横に居た助手がそう話しかけてきた。

「大丈夫だって、十分期限に間に合うから。 それより休める時に休まないと体持たないよ」
「仕事中は休める時じゃありませんよ!」

助手のその言葉にそれはもっともな理屈ね、と苦笑して答える。

「はぁ・・・主任もいい加減結婚するなりした方がいいんじゃないですか? そうすればもっとマシに・・・」
「そんなことしたら、重婚になっちゃうじゃないの・・・」

囁くように言った。

「独身三十路前が何を言ってるんですか!?」
「アンタ、自分の立場分かってて発言してるの?」

アタシが主任でアンタが助手ってことはアタシの方が偉いって一目瞭然でしょ?

「大体、左手の薬指に指輪なんかはめてるから誰も寄ってこないんでしょ」
「・・・アタシは別に寄って来なくても―――」
「しかもふたつも!」

アタシの言葉を割り込ませないように素早く続きを言う助手。
アタシは、恐らく不機嫌であろうその顔を見ずに、独り言のようにこう呟いた。

「・・・これは大切なものなの・・・」

そう言って自分の左手を胸の高さまで上げ、その薬指を見下ろしてみた。
アタシの薬指にはアタシの分の指輪、そして・・・アタシが唯一愛した彼女の分の・・・鞠絵ちゃんの分の指輪がはめられていた。


そう・・・アタシ達が結婚した証が・・・。












 ねぇ・・・鞠絵ちゃん・・・。


「ところで主任」
「ん、何?」


 アタシ、今、前向きに生きている?


「鞠絵、って誰ですか?」
「・・・え!?」


 今、笑っていられている?


「主任、寝ながらその名前呼んでましたよ」
「え!? そ、そうなの・・・?」


 ・・・ちょっとだけ、自信は無いんだけど・・・


「主任のご姉妹ですか? 主任はご姉妹多いから覚えきれないんですよね・・・」


 でもね・・・


「違うよ。 ・・・姉妹じゃないのよ」


 約束だから・・・


「え? じゃあ・・・」


 アタシの・・・最初で最後の結婚相手との・・・


「・・・アタシのお嫁さん」


 鞠絵ちゃんのとの約束だから・・・


「・・・・・・そう言うタチの悪い冗談は止めてください」
「冗談なんかじゃないよ。 本当にそうなんだから」


 だから・・・


「はいはい、いいから仕事に戻ってください!」
「も〜っ、ホントなんだってばぁ〜っ!」






  だからアタシ・・・頑張るよ・・・。


あとがき

泣きました、書いてる途中感情移入し過ぎて(苦笑)
書いているとダイレクトに話の影響を受け易くなるからでしょうか?
この話は「シリアス、と見せかけてほのぼの、と見せかけて・・・」と逆転逆転の話を考えてみたらこうなりました。
上手く行ったかは定かではありませんけど・・・(汗)
しかし、久しぶりにいいものができた気がします。
・・・でも、もしかして展開ちょっと無理があったりします?(不安)
作中、鞠絵に悲しい結末を迎えさせてしまって、兄上様の方々どうもすみませんでした・・・。
・・・なりゅーも兄上様ですけど(苦笑)
咲耶の相手は可憐でも衛でも千影でも好きなように想像してください。
なんなら成熟するのを待っていたと言う事で雛子でも。(←なんか嫌な言い方だなぁ・・・)
これ書いている時に思ったこと、もう『死別系まりりん話』は書きたくないっ!!


更新履歴

H15・10/24:完成
H15・10/26:誤字脱字修正
H15・11/6:ちょっと修正


 

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