コンッコンッ


「鞠絵ちゃん、入るわよ」

私はとある高原の療養所に勤めている看護婦。
今、私が担当してる女の子に朝一番の健診をするため部屋を訪れたところ。
ノックをしてドアを開けて部屋に入る。

「うふふ・・・v」

そこで早速目に入ったのは、私が担当している女の子、鞠絵ちゃんの姿だった。

「おはよう、鞠絵ちゃん」
「あ、看護婦さん。 おはようございます」

いつも通り挨拶を交わす。

「今日はなんだかすごくご機嫌みたいね・・・」

いつもと比べると物凄くご機嫌な顔。
ちょっと無粋な言い方をすると、顔がにやけている。

「分かります?」
「もう鞠絵ちゃんを担当して長いもの、分かるわよ」

鞠絵ちゃんは、彼女を含めなんと12人姉妹。

「ついでに言うと、何でご機嫌なのかもね。 当ててみようか?」

鞠絵ちゃんの姉妹には、お見舞いの時に来た時とかに私も会ったことがある。
ただ、全員にあった事はあるものの、よく来る子とあまり来ない子が居るので全員を覚えている訳ではない。

「ズバリ、今日は鈴凛ちゃんがお見舞いに来るから、でしょ」
「正解ですvv」

鈴凛と言うのは、その鞠絵ちゃんの11人の姉妹の中の一人で、一番鞠絵ちゃんのお見舞いに来る子。
メカが好きと言うちょっと変わった子で、機械関係を任せたら右に出る者は居ない将来有望の稀代の天才発明家・・・の卵、らしい。

実際、鞠絵ちゃんのお見舞いの時とかに、自分で作ったメカ・・・と言うよりオモチャをもって来る。
私もいくつか見せてもらった事があるけど、その出来は凄いと思った。

「でも良く分かりましたね?」
「そりゃあねぇ・・・」

そう言って部屋の壁に掛かっているカレンダーに目を移す。
そのカレンダーの今日の日付の所には、でかでかとハートで囲んで、真ん中には“鈴凛ちゃんが来る”と書かれていた。

「あ、看護婦さん、カンニングですか?」
「まあね・・・。 でも、それがなくても分かったわ」
「どうしてですか?」
「だって鞠絵ちゃんが朝からそこまで嬉しそうな顔をする理由が他に見当たらないから」

そう、鞠絵ちゃんは自分の姉妹の中で、一番鈴凛ちゃんのことが好き。

「でもね、女の子同士なんだからハートはどうかと思うわよ、私は」

でも、ちょっと度を越しちゃってる・・・。

「いいんですよ」
「どうして?」
「だって鈴凛ちゃんですから」

答えになってない。











 

私の担当の女の子













鞠絵ちゃん他、私が担当してる子の健診を全て終えてから、私はいつも通りの仕事をこなした。

窓から外を見てみると、外は少しだけ薄暗く雨も軽く降っている。
今朝のテレビの天気予報で、確か今日は1日中雨と言ってたのを思い出した。

私は、今日来ると分かっている鈴凛ちゃんの事が少し心配に感じた。
時計を見てみると、時間は9時ちょっと前といった所だった。

「あ、鞠絵ちゃん」

そんな時、鞠絵ちゃんが療養所の玄関に向かって歩いているのが目に入った。

「今日も鈴凛ちゃんのお出迎え?」
「はい、そうです」

鞠絵ちゃんは鈴凛ちゃんの来る日になるといつもお出迎えをする。
本人曰く、「部屋でじっとなんてしていられません」らしい。

そして今日も出迎えに行こうとする鞠絵ちゃんを―――

「そう・・・じゃあ部屋に戻ってようね」

―――引き止めた。

「何でですか!?」
「いや、だってね・・・今何時?」
「9時です。 それが何か?」
「・・・鈴凛ちゃんがここに着くのは?」
「11時の予定です」
「2時間も外で待ってる気?」
「はい、何か問題でも」
「大有りよ!」

鞠絵ちゃんは小さい頃にある病気にかかってしまい、この人里離れた高原の療養所に入院している。
つまり早い話が病気持ちだ。
だから当たり前の話だが無理してはいけない。

「鞠絵ちゃん、最近は良くなってきてるけどあんまり無理させる訳にはいかないのよ」

鞠絵ちゃんは鈴凛ちゃんが来る日になるといつもこうだ。
鞠絵ちゃんは本当に鈴凛ちゃんの事が大好きだから。

「そんな長時間外に居たら、倒れちゃうじゃない。 大体、今雨降ってるでしょ」

今は小雨だけど、それでも病弱な鞠絵ちゃんは、それで体を濡らしてしまうだけで倒れてしまう危険がある。

「大丈夫ですよ」
「どうして?」
「この程度で体調を崩すほどヤワな体じゃありませんから」
「鞠絵ちゃん自分の立場分かってる?」

鞠絵ちゃんは、普段は物凄く聞き分けのいい子なんだけど・・・、どうも鈴凛ちゃんの事となると人が変わったように・・・・・・頭のネジが外れる。

「これでもわたくしは待った方なんですよ! 本当は昨日のマイナス13時に待っていようと・・・」
「それは一昨日の午前11時って言うの!」
「でも、電車が48時間早まってたら出迎えに間に合いませんよ!」
「それは在り得ないから安心しなさい!」
「どうして在り得ないって言い切れるんですか!」
「在り得ないから!」

このように、鈴凛ちゃんの事になるとまるで子供のようにムキになる。
・・・って言うか鞠絵ちゃんぐらいの歳だとまだ子供なのかしら?
普段聞き分けがいい分、ギャップのせいでより子供っぽく感じるのよね・・・。

「それに2日も外に居たら間違いなく病状悪化よ!」
「鈴凛ちゃんのためなら本望です!!」
「鞠絵ちゃんが倒れたら、その鈴凛ちゃんが悲しむわよ!」
「・・・っ!」

今まで強気に反論してた(って言うかよくそんな理屈で強気になれるわね)鞠絵ちゃんが急に言葉に詰まった。

「楽しみなのは分かるけど・・・体を大切にすること、病気を治すことが、一番鈴凛ちゃんの為になることなのよ・・・」
「・・・・・・」
「だからもう少し、あと2時間だけでしょ。 昨日のマイナス13時に比べたら46時間も違うじゃない」
「・・・分かりました」

鞠絵ちゃんはそう言って自分の部屋に戻っていった。
鈴凛ちゃんを出すと途端に聞き分けがよくなる。

「どうして鞠絵ちゃんは・・・いっつも、こんなに早く出迎えに行きたくなるのかしら・・・」

このやり取りももう何度目になるんだろうか・・・と、つけ加えて、ため息をついた。
そして、私は再び仕事に戻った。
























しばらく経って、窓から外を見てみると、さっきまで軽く降っていた雨もやんでいた。
今はまだ曇ってはいるものの、だんだん晴れていくようにも思えた。
このまま天気予報が外れてくれればいいなと思った。

「あ、鞠絵ちゃん」
「こんにちは、看護婦さん」

そんな時、鞠絵ちゃんがまた療養所の玄関に向かって歩いていた。

「今から鈴凛ちゃんのお出迎え?」
「はい」

やっと迎えに行ける、と言わんばかりに嬉しそうな笑顔で返事をする鞠絵ちゃん―――

「でも、まだ1時間もあるから部屋に戻ってようね」

―――を、再び追い返す。
ちなみにまだ10時ちょっと前。

「わたくしは2時間待ちました」
「そんな訳ないでしょ! まだ1時間しか経ってないんだから」
「うそじゃありません! きっとみんなの時間が1時間止まってたからです!」
「そう言う突拍子もない事を言わないの!」

鞠絵ちゃん、普段はこんなこと言うような子じゃないのに・・・。
普段が普段だから、初めて見る人には同一人物って信じてもらえないんじゃないかしら?

「楽しみなのは分かるけど・・・体を大切にすること、病気を治すことが、一番鈴凛ちゃんの為になることなのよ・・・」
「・・・・・・」
「だからもう少しだけ・・・」
「分かりました・・・」

そう言ってとぼとぼ部屋に戻っていった。

何十回も同じこと言ってるのによく効果あるわね・・・。
鈴凛ちゃん効果かしら・・・?
























また、仕事に戻った私は自分の仕事をこなしていた。
ふと窓から外を見てみると、曇っていた空から太陽が顔を出していた。
空一面を覆っていた雲に穴が開き、そこから青空が広がっているようだった。

「あ、鞠絵ちゃん」

そんな時、鞠絵ちゃんがまたまた療養所の玄関に向かって歩いていた。

「こんにちは、看護婦さん」

すかさず時計を見た。

時間は・・・10時45分過ぎってところ・・・。

「・・・まぁ、いいか・・・」
「行って良いんですか!?」

目をキラキラさせて餌に喰らいついたように嬉しそうに聞く。

「でも心配だから私もついていくわ」
「邪魔する気ですか!?」
「そんな事しないわよ。 でも前回ひとりで待たせてたら、足挫いてたでしょ」
「そうですけど、それが何か?」
「なにやったか知らないけど、鞠絵ちゃんは鈴凛ちゃんの事になると周りが見えなくなるんだから。
 患者の安全を考えての私なりの配慮よ、これも仕事・・・」

鞠絵ちゃんはものすごく不満そうな顔をして私を睨んできた。
・・・普段の鞠絵ちゃんからは想像もできない行為だわ・・・。

「大丈夫よ、邪魔なんてしないから」
「本当ですか?」
「約束する」
「・・・・・・」

鞠絵ちゃんは、しばらく黙って考え込んだ後、

「分かりました・・・」

しぶしぶそう呟くのだった。
























「あ、見えました! 鈴凛ちゃんです!!」

療養所の入り口から少し前に出たところで待つことおよそ10分。
鞠絵ちゃんの待ち人である、鈴凛ちゃんの姿が目に入ってきた。

「鈴凛ちゃ〜ん」

そう言って元気良く走る。

「鞠絵ちゃん無理しちゃダメよ〜!」

なんとなく無駄な気はしたけどとりあえず社交辞令と思って言う。

「りんりんちゃ〜ん」

昔見た少女漫画のような再会シーンを演出する様に駆け抜けていく。
本人はあのキラキラ空間に居るつもりなんだろうか?

「まりえちゃ〜ん」

向こうも向こうで同じノリで近づく。
アンタ等いつもそんなことやってたのか?

「り〜んり〜んちゃ〜ん」

無意味にくるりと1回転する鞠絵ちゃん。

「まりえちゃぁ〜ん」

向こうも無意味に1回転。

「り〜んり・・・―――」


    グキッ


    バタンッ



「―――へぶぁっ!!

あ、足挫いてコケた。

「あ! 鞠絵ちゃんっ!!」

なるほど、前回はこういう事だったのか。
などと感心しながら黙って傍観してる看護婦の私。

「大丈夫・・・鞠絵ちゃん?」
「大丈夫です」
「はい」

鈴凛ちゃんはそう言って鞠絵ちゃんに手を差し伸べた。

「すみません、鈴凛ちゃん・・・」

鞠絵ちゃんは手を取ると、鈴凛ちゃんは手を引っ張って鞠絵ちゃんを立たせてあげた。

「あんまり無茶しないでよ」
「すみません・・・でも、本当に大丈夫ですから」

スカートについた草や土をぱたぱた叩き払う鞠絵ちゃん。

「だって鈴凛ちゃんが来てくれたんだから」

ニコッと笑顔でそう言う。

「鞠絵ちゃん・・・」
「鈴凛ちゃん・・・」

見つめ合うふたり。


    だきっ


そして熱い抱擁。

・・・それは、まるで恋人同士の再会のようだった。
























鈴凛ちゃんが来た事で、やっと落ち着きを取り戻した(?)鞠絵ちゃん。
ふたりを部屋まで見送った私は自分の仕事に戻った。

はいそこっ! 「オイオイ、仕事に戻ってばかりだなぁ」なんて言わない!
看護婦には色々やることあるのよ!

などと誰に語りかけてるか良く分からない事を思いつつ、ふと窓から見た空は、朝の天気が嘘のように晴れ渡り、空には雲ひとつなくなっていた。
まるでやっと鈴凛ちゃんに会う事ができた鞠絵ちゃんの今の心境みたい。
鞠絵ちゃん・・・今頃鈴凛ちゃんと楽しく過ごしているんだろうな・・・。

「・・・あ、もうこんな時間」

なんとなく視界に入った時計の針は、お昼ご飯の時間を指していた。












私は鞠絵ちゃんの部屋の前までお昼を運んで来てあげた。
お昼ごはんは鈴凛ちゃんの分も用意してあげた。
鞠絵ちゃんはいつも鈴凛ちゃんが来た日には鈴凛ちゃんと一緒に部屋でお喋りしながら食事をとる。
そしてそれは、もう既に習慣になっていて、いちいち言わなくてもいい暗黙の了解となっていた。


    コンッコンッ


軽くドアを2回ノックをする。

「鞠絵ちゃん、お昼持ってきたわよ。 もちろん鈴凛ちゃんの分もね」

そう言ってからドアを開ける。


    がちゃ


「・・・・んっ・・・・・・ふっ・・・・ぅん・・・」
「・・・・・・」

・・・・・・。

硬直する私。

開けたドアの向こう側で、ふたりは抱き合って熱い口づけを交わしていました。

「・・・お取り込み中だったかしら・・・?」
「・・・ふぁ・・ん・・・? !!?〜〜〜ッッ!!?! かかかか看護婦さんっっ!!?」

ふたりとも私に気づいたらしく急いで離れる。

「・・・あ・・・・・・まだ・・・」

・・・いや、離れたのは鈴凛ちゃんだけで、鞠絵ちゃんは構わず続行しようとしていたみたいだった。












「はい、鈴凛ちゃん」

私は持ってきてあげたお昼を鈴凛ちゃんに手渡した。

「あははは・・・どうも・・・」

キスシーンを私に見られてかなり照れ気味の鈴凛ちゃん。

「鈴凛ちゃん、あーんしてください」

こっちはこっちで全然気にしてない。

「ふたりともね、そう言うのはもうそろそろ卒業した方がいいと思うわよ」
「そう言うの・・・って・・・やっぱり・・・」
「ベタベタするのもだけど、キスのこと・・・」

照れながらも聞き返した鈴凛ちゃんにスパッと言ってあげる。
鈴凛ちゃんは顔を赤くしながら照れ笑いをしてた。

ちなみにふたりのキスシーンの目撃は初めてではない。
もっとも見たことあるのは看護婦の中でも私だけだけど・・・。

前に聞いた話だと、ふたりとも小さい頃からお互いにキスしていたらしい。
多分、テレビか何かの影響から、興味本意で始めて挨拶のつもりでやっていたことがここまで続いてしまった、と言ったところだろう。
まぁ、中にはそう言うスキンシップ過剰な家庭もあるだろうから、私はふたりがキスしてる事は他の人が思うほど気にならない。
・・・最近は挨拶の度合いを超えてる気もするけど・・・。
それに差別することは看護婦としてはよくない事だし。
何より・・・

「何でですか?」
「・・・え?」

不意に私の考えを遮るように、鞠絵ちゃんが横から質問してきた。
別の事を考えてたため、ちょっと反応に手間取った。

「・・・どうかしたんですか、看護婦さん?」
「ごめんなさいね、ちょっと別の事考えてて・・・」
「はぁ・・・それで何でですか?」
「あんまりベタベタしてると、後々大変なことになるわよ」

軽くそう答えた。

ま、ふたりともまだ若いんだし、そのうち好きな男の子でもできれば、自然と離れるでしょうね・・・。
鞠絵ちゃんも療養所から退院できれば、新しい出会いもあるだろうし・・・。

「そう言う看護婦さんはどうなんですか?」

今度は鞠絵ちゃんがそう質問してきた。

「え、私?」
「そうですよ、前に言っていましたよね。 ご姉妹が居るって」
「そうなんですか?」

鞠絵ちゃんの質問に便乗して鈴凛ちゃんも聞いてきた。

「まぁ、姉がひとりね・・・」
「じゃあ、わたくしの気持ちが分かりますよね」
「いや、それはちょっと違うでしょ・・・」

鞠絵ちゃんの言葉に鈴凛ちゃんが苦笑気味に言う。
どうやら鈴凛ちゃんの方は自分達のやってる事がどう言うことか多少理解しているようだ。

「それで、アネキ・・・じゃなくて、お姉さんとはどのくらいのペースで会ってるんですか?」
「どのくらいって言われても・・・。 そうね・・・有休が取れて私が家に帰った時とか、突然向こうから遊びに来たりとか、まちまちね・・・。
 でも、明日久しぶりに会うわ。 有休もらえたから」
「なんだ、看護婦さんだって結構ベタベタしてるんじゃないですか・・・」

鞠絵ちゃんが自分の正当性を主張するように言う。

「いや、でも普通の姉妹はキスはしないでしょ。 女の子同士なんだし」
「知ってますよ。 でも大丈夫ですよ」
「どうして?」

そう私が聞くと、鞠絵ちゃんは胸を張ってこう答えた。

「だって鈴凛ちゃんですから」
「「理由になってない!」」

そんな鞠絵ちゃんに、鈴凛ちゃんと同時に同じ言葉で返してしまうのだった。
























鞠絵ちゃんにお昼を運び終えてから、私もお昼を取った。
それを終えると、また仕事に勤しむこととなった。

午後からはちょっと忙しかったので、結構慌ただしい時間をすごしていた。
そして、やる事を終え、ふと窓から外を見てみると、雲ひとつない空からは赤い太陽が、この高原を赤く染めていた。
時刻は既に夕方となっていた。

「あ、鈴凛ちゃん」

そして、鈴凛ちゃんが療養所の玄関に向かって歩いていた。

「もう帰っちゃうの?」
「はい、面会時間もそろそろなので・・・」
「そう・・・」
「じゃあ看護婦さん、これで・・・」
「さようなら。 また来てあげてね」
「はい、さようなら」

入り口に向かう鈴凛ちゃんの後ろ姿を見送りながら手を振る。

「じゃあ看護婦さん、これで・・・」
「はいはい、鞠絵ちゃんはここに残ってね」

ついでに出ようとする鞠絵ちゃんの服の後ろの襟を掴んで引き止める。

「なんで行っちゃダメなんですか!」
「鞠絵ちゃんはここの患者でしょ!」
「じゃあ外出許可ください!」
「それは私が決めるもんじゃないの」
「ここに何年勤めてるんですか!?」
「何年勤めようと看護婦にその権限は与えられないの!」
「努力が足りません!」
「努力したって・・・・・・・・・・・・」

『努力したって無駄なものは無駄』と言おうとしたけど、それはこんなところで言ってはいけない禁句だと気づいたので引っ込めた。
危ない危ない・・・私は患者に対してなんてことを・・・。

「あのね、勝手にここを抜け出して、それで病状が悪化したらどうするの?」

代わりにこういって反論することにした。

「大丈夫ですよ、死にはしません」
「鞠絵ちゃん自分の立場分かってる?」

などとまた聞き分けのなくなってしまった鞠絵ちゃんを相手にそんな会話を繰り広げる。

「鞠絵ちゃん・・・」

そんな私達のやり取りを見ていた鈴凛ちゃんが横から口を開いた。

「なんですか鈴凛ちゃん」

まるで人懐っこい犬の飼い主に対するそれのようにすぐさま鈴凛ちゃんに反応する。
もし鞠絵ちゃんにしっぽがあったら、絶対ぶんぶん振り回して喜びを表現してるんだろう。

「アタシまた来るからさ・・・。 だから今は我慢して・・・」
「・・・・・・」

しかし、鞠絵ちゃんは鈴凛ちゃんから直接我慢してと言われてしまった。
犬だったら耳が垂れて、しっぽも垂れ下がってると思った。

「それに、今無理したら、また悪化するかもしれないじゃない。 そうなったら、折角早く治るものもなかなか治らなくなっちゃうでしょ?」

“また”と言うことは前にもあった訳なのです、はい。

「だからさ、今は我慢して・・・早く病気治して一緒に暮らそうよ」
「・・・・・・・・・夢の同棲生活・・・・・・はい!」

動機を多少履き違えてる気もしたけど、とにかく納得してくれたみたいで良かった。












そして、部屋に戻った鞠絵ちゃんは・・・、

「・・・・・・(ショボーン)」

うわっ! 物凄く分かりやすく落ち込んでる!
これもいつものこととは言え見ていて痛々しいわ・・・。

「ほ、ほら、鞠絵ちゃん、元気出して・・・」
「・・・・・・」

無言のまま顔だけこっちに向ける。

「・・・・・・(ショボーン)」

でも、また正面を向いてショボーンをする。

「折角鈴凛ちゃんが来てくれたんだから・・・もっと元気に・・・」
「看護婦さん・・・」
「なに?」
「・・・楽しかった時間と言うのは・・・どうしてこんなにも早く過ぎ去ってしまうんでしょうか・・・?」

その言葉で、鞠絵ちゃんは、もう鈴凛ちゃんが居た時の頭のネジの外れた鞠絵ちゃんから、いつもの寂しがり屋の鞠絵ちゃんに戻っていることを私に分からせた。

「その時間が楽しければ楽しいほど・・・またひとりになった時の寂しさが浮き彫りになってしまう・・・」

付け足すようにこうポツリと呟いた。

「わがまま、ですよね・・・」

そう言って近くにあった、まるで卵に手足の生えたような小さなロボットのオモチャを手に取る。

「そんな事ないわ・・・。 突然、何の前触れもなしに家族と・・・みんなと離れて暮らさなくてはならなくなってしまったんですもの。 そう思うのは当たり前よ・・・」
「・・・でも、鈴凛ちゃんは自分の時間を削ってまで来てくれたのに・・・」

そしてそのロボットの頭を押す。
するとロボットは音を立てて両方の足を前後に動かしはじめた。
それを近くのテーブルに立てる。

「これ、ずっと昔に鈴凛ちゃんが作ってもって来てくれたものなんです・・・」

そのロボットは多少ふらふらしつつも、ちゃんとテーブルの上を二足歩行で歩きはじめた。

「・・・でも、こんなに小さいものを・・・ただ歩くだけしか出来ない、こんな簡単そうなものを作るのにも・・・ものすごい時間をかけてたんですよ」

ジージー、とゼンマイ仕掛けのような音を出してテーブルの上を歩き続けるロボットを目で追う私と鞠絵ちゃん。

「設計図を描いて、材料を集めて、組み立てて、実験して、改良して・・・そしてまた新しい物に取り掛かる・・・。
 何回も、何回も、それを繰り返して・・・やっとできたのは・・・」

ロボットがテーブルの端まで着く。
それでも止まることなく歩き続けたロボットは、

「こんな、他の人にはちっぽけにしか見えないもの」

そのままテーブルから床へ落ちていった。
そして、カシャ、っと軽い音を出して床に転がる。

「でも、わたくしは知ってるんです・・・これを作るのにどれだけ苦労したのか・・・」

ロボットは少し転がった後、うつぶせになる形で止まった。
そのまま足を上下にばたばたさせ、足で空を切っていた。

「それに・・・こういう物を、新しい物を作るのにはすごくお金が掛かるんですよ・・・。
 ここに来るのにだってタダじゃないのに・・・バスや電車に乗り換えたりして・・・時間だって何時間も掛かるのに・・・」

人里離れた高原の療養所。
交通のための費用と時間は決して容易いものではない。

「わたくしのところに来ないだけで、鈴凛ちゃんがどれくらい新しいものや、もっと凄い物を作れるか分かりますか?」

彼女はだんだんとかすれるような声で、

「鈴凛ちゃんにはもっともっと凄い物を作って欲しいんです・・・。 それを見るたびわたくしも元気になれるから・・・」

自分の胸の痛みを静かに叫んでいた。

「それでも会いたい・・・ここに来て欲しい・・・。 そう思うのは・・・」

それは・・・病気でない私には分かる事はできない心の痛み。

「わがまま、ですよね・・・」

彼女は、何も出来ない自分が・・・

「わたくしは・・・鈴凛ちゃんの負担にしかなってないんです・・・」

惨めで仕方なく思っていると・・・痛いほど伝わってきた。






























「そんな事ないよ・・・」












「「!!」」

ドアの方向から私のものとも鞠絵ちゃんのものとも違う声が聞こえてきた。
ふたりでドアの方向に目を向けた。

そしてそこに立っていたのは、鞠絵ちゃんが一番会いたがってた人、

「りん・・・りん・・ちゃん?」

さっき療養所を出たばかりの鈴凛ちゃんだった。

「なん・・・で・・・?」
「あははは・・・傘、忘れちゃって・・・」
「傘?」

鈴凛ちゃんが鞠絵ちゃんの部屋の奥を軽く指さす。
その直線状にある壁には傘が立て掛けてあった。

そう言えば今朝は雨が・・・
ああ・・・帰る時も雨が降ってないとよく忘れちゃうのよね・・・。
私にも経験あるわ。

「確かに鞠絵ちゃんに会いに来なきゃ、研究資金も時間も余裕ができるかもしれない・・・。 でもね、大切なものが足りないの・・・」
「大切なもの?」

鈴凛ちゃんは部屋に入ってきて鞠絵ちゃんの方へと歩み始めた。

「作る理由だよ・・・」

そう言いながら、床に落ち、それでも歩くのを止めないロボットを拾い上げ、頭を押す。

「気力とか、根気とか・・・新しいものを作るのにそういうのは凄く必要なの・・・。
 それに相当する理由がなかったら・・・とても作り続けられないの」

ロボットは足を動かすことをやめ、それを再びテーブルに立たせてから鞠絵ちゃんの目の前まで歩いていく。

「それに相当する理由?」
「そ・・・報酬とか、達成感とか。 そしてアタシの場合は・・・」

鞠絵ちゃんの体を抱きしめてこう言葉を紡いだ。

「・・・鞠絵ちゃんの笑顔」

突然の事に、びっくりして目を見開いてしまった鞠絵ちゃん。

「アタシね、鞠絵ちゃんが笑ってくれるから作れるんだよ・・・作り続けれるんだよ・・・」

その鞠絵ちゃんを抱きしめながら優しく語り続ける鈴凛ちゃん。

「鞠絵ちゃんに見せるため、鞠絵ちゃんを笑顔にするために、アタシ頑張ってるの。
 他の誰が喜んでも、鞠絵ちゃんの喜んだ顔じゃなきゃ全然足りない・・・。 鞠絵ちゃんが喜んでくれることが、アタシは何より嬉しいの・・・」

一言一言続く鈴凛ちゃんの言葉をじっくりと噛み締めているのか、鞠絵ちゃんの目には涙が溢れはじめていた。

「鞠絵ちゃんの笑顔っていう最高の報酬がなかったら・・・アタシ絶対どこかで挫けちゃってるから・・・」
「鈴凛・・・ちゃん・・・」

ふたりは女の子同士であるというのに、私にはまるで本物の恋人同士のようなやり取りに見えた。

「だから・・・鞠絵ちゃんはアタシにとって負担なんかじゃないよ・・・。 理由なの・・・」
「・・・っ」


とうとう鞠絵ちゃんから溢れ出た涙。


それは、鞠絵ちゃんの寂しさを結晶化し、体の奥から全て吐き出してしまっているように思えた・・・。






「鈴凛ちゃん効果・・・か」

そのやり取りを横からじっと見ていた私の口から、思わずそんな言葉がこぼれた。
私も、一応プロなのに何にも出来なかったなんて・・・看護婦失格かしらね・・・。

「・・・どうやら、私はお邪魔虫のようだし・・・」

私は、そう一言漏らしてドアの方向へ歩いた。

「ふたりとも、ごゆっくり・・・。 ・・・それと、程々にね・・・」

そう言ってドアを閉めた。
けど、多分私の言葉はふたりには聞こえてないんだろう。
閉める瞬間、隙間からふたりがお互いの顔を近づけようと・・・唇を重ねようとするのが見えたから。



まったく・・・本当に後々大変な事になるわよ・・・。
























    プルルルルル・・・・・・


鞠絵ちゃんの部屋をあとにして、ナースステーションに戻ってきた私は電話を掛けてた。
本当はまだ仕事中だから私用電話はいけないことなんだけどね・・・。

「あ、もしもし、姉さん?」

掛けた先は自宅・・・と言うより私の姉さん。

「うん、そう、明日帰るわ。 でもね、その前に姉さんの声が聞きたくなったのよ。 私の担当の子を見てたらね・・・」

あのふたりを見てたら、私も姉妹が、姉さんが懐かしくなったから。

「・・・そ、前に話した鞠絵ちゃんって子よ。 昔の私達にそっくり、会ったら会ったでいつもベタベタ」

姉さんの優しい声、小さい頃の姉さんの思い出、
あのふたりを見てたらそれがすごく懐かしくなったから。






「・・・えっ!? ちょ・・・何言わせようとするのよ!?」


鞠絵ちゃん、鈴凛ちゃんが好きなのは分かるけど・・・あんまりベタベタしない方がいいわよ。


「・・・ったく・・・一回だけよ・・・」


じゃないと・・・


「・・・・・・愛してるわ、姉さん・・・」


私みたく、姉妹で恋人なんて・・・取り返しのつかない事態になっちゃうからね・・・。


あとがき

なかなか長めで手間取ったのに2日で完成させた作品。
この作品の制作を通して、“人間の自己の欲望と意地のために発する集中力”を垣間見ました(笑)
この話は『少女漫画風再会シーンを演出して無意味にくるりと1回転する鞠絵』からイメージを広げて作りました(笑)
だから、“壊れバカップル系まりりん”を作ろうと思ってたのですが・・・何故こんな話に!?
前半と後半で話を分断して別作品にした方がいいかもしれないと思います(汗)
でも無理矢理引き離すとかえってダメになりそうなのでやりません。
ところで・・・やっぱり、看護婦さんまで百合にしたのは反則だったでしょうか?


更新履歴

H15・10/18:完成
H15・10/20:微修正
H15・10/26:誤字脱字修正
H15・11/14:誤字修正



 

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