「すみません、春歌さま」

高級そうな車を運転しながら後部座席に座るワタクシにじいやさんが―――と言っても実際はメイドさんなのですが―――申し訳なさそうにそう言いました。

「いえ、ワタクシもそんな大した事をした訳では・・・」

そこまで言ってワタクシは一旦言葉を止め、今の自分の格好をもう一度確認すると、

「・・・ありますかもしれませんね」

今言おうとした言葉とは反対の言葉を続けたのでした。

「春歌ちゃん」

隣に座って居る亞里亞ちゃんが私の名前を呼んだ。
そして一言、

「ありがとう☆」

ニコッ、とお人形の様に可愛らしいお顔でワタクシに微笑みかけながら先程のお礼を言ってきたのでした。
それを見たワタクシは、更にもう一度ドロドロに汚れた自分の着物を見下ろすのでした。











春歌ちゃんは王子様














数十分前の事
ワタクシは習い事の一つであるナギナタの稽古の帰り、公園で亞里亞ちゃんとじいやさんのお二人を見かけたのでした。

「あら、亞里亞ちゃん、それにじいやさん」

ワタクシは何気無くお二人の側に近づき語りかけました。

「あ、春歌さま、こんにちは」
「春歌ちゃん、こんにちは〜」

お二人はワタクシに気がつくとほとんど同時にワタクシの方に振り向き挨拶をしてきてくれました。

「はい、こんにちは」

ワタクシも笑顔でお二人に挨拶を返しました。
そして続けてこう聞きました。

「それでこんな所でなにを・・・?」
「はい、亞里亞さまが花を見たいと言ったので・・・」
「花を?」
「ええ、昨日鞠絵さまと雛子さまが亞里亞さまの為に家へ遊びに来てくれたんです」
「鞠絵ちゃんと雛子ちゃんが?」

じいやさんはとても丁寧な方で幼い雛子ちゃんにもキチンと“さま”を付けて呼ぶ。
その事がとても滑稽に・・・あッ、いえ、そ、そうではなくて・・・!!
ああ、ワタクシとした事がなんと失礼な事を・・・・・・ポッ。

「春歌さま?」
「・・・ハッ!」
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」

いけませんわ・・・ワタクシったらまた・・・。

「それでその時、鞠絵さまが読んで下さった本に花畑の事が書かれていたらしく・・・」
「ああ、それで亞里亞ちゃんは花を見たいと・・・」
「そう言う事です」

ここの公園には綺麗な花園がある。

「昨日は午後から雨が降りましたから。
  ですから明日、習い事が終わったらここに連れて来ると約束したんです」

ああ、そう言えば昨日は午後から雨が・・・
鞠絵ちゃんは大丈夫だったんでしょうか?
鞠絵ちゃん、体が弱いですから雨に濡れてしまったら大変な事に・・・。

「それで春歌さまは?」
「え? あ、ワタクシは・・・これです」

そう言ってワタクシは手に持っていたナギナタをじいやさんに見せたのでした。

「ああ、そう言えば春歌さまも習い事をしておられましたね」

じいやさんは納得した感じの表情でそう言ったのでした。






その後、ワタクシは公園のベンチにじいやさんと並んで座り、二人で花を観賞して喜ぶ亞里亞ちゃんを見守っていたのでした。

「お花さん、きれい〜」

亞里亞ちゃんは花を見ながらそんな事を言っていた。

「ふふ、亞里亞ちゃんったら本当に楽しそうですね」
「ええ、亞里亞さま、今日ここに連れて来ると言ったら今日の分の習い事、いつも以上に頑張って・・・」
「そうなんですか?」
「ええ」
「まあ亞里亞ちゃんらしいと言えば亞里亞ちゃんらしいですね」

花を純粋に楽しむ亞里亞ちゃんから少し離れた所で、ワタクシはじいやさんとそんな会話をしていたのでした。






「・・・ところで、お稽古は辛くはないのですか?」
「え?」

しばらくして、じいやさんがそんな質問をしてきたのでした。

「春歌さまは他にも習い事をたくさんなされていますから・・・」
「・・・そうですね・・・」

ワタクシは一拍ほど置いてこう続けました。

「確かに辛いかもしれません。
  ・・・でも、これは守る力を手に入れるためのものですから」
「守る力?」
「ええ、私の力で大切な何かを守りたい・・・。
ワタクシはそう思ってやっています」

そしてワタクシは少しだけ笑いながら更にこう続けたのです。

「とは言えその大切な何かはまだ見つかっては居ないんですけどね」

するとじいやさんはワタクシにこんな事を言ってきたのでした。

「そうでしょうか? 春歌さまには、既に守るべき大切な何かがあるではないですか」
「え?」
「春歌さまの御姉妹・・・」
「あ・・・!」

じいやさんの言う通りだ・・・、ワタクシには既に守るべきものが、守るべき姉妹がいる・・・。

「その通りですわね・・・。 ワタクシは既に・・・守るものを見つけていたのですね」

ワタクシはじいやさんに大切な事を気づかせて貰ったのでした。

「じいやさん、ありがとうございます。
ワタクシは大切な事に気がついていませんでした」

とても大切な事を教えてもらった、その事にワタクシはお礼を言いました。

するとじいやさんは、態度を一旦改める様にワタクシの方を真剣な顔でジッと見据えてこう言ってきたのでした。

「春歌さま、でしたら・・・その力で亞里亞さまを守ってくれませんか?」
「え?」
「亞里亞さまは確かにワガママですけど・・・でも人一倍寂しがり屋で・・・、
 それに亞里亞さまにはまだ春歌さま達の様な御姉妹しかお知り合いがいません。 ですから・・・」
「じいやさん・・・」

じいやさんは本当に亞里亞ちゃんの事を考えていると言う事が伝わってきます。
亞里亞ちゃんはじいやさんの事をよく叱るからと、少し怖がっているかもしれないけど、それは本当に亞里亞ちゃんの事考えているからこそできる事。
ワタクシにはじいやさんは亞里亞ちゃんの事を本当に考えている人だと言う事が改めて理解できたのでした。

「春歌さま・・・、お願いします・・・」

真剣な顔でワタクシにお願いするじいやさん。
そのじいやさんのお願いに対するワタクシの答えは決まっています。

「・・・じいやさん、なにを言っているんですか。
  じいやさんは先程ワタクシに、守るべき姉妹がいると言ってくれたではないですか?
 でしたら、もちろん亞里亞ちゃんもその中に入っていますよ」
「春歌さま・・・」
「任せてください、亞里亞ちゃんはワタクシが守ってあげます、必ず!」

じいやさんはワタクシに大切な事を教えてくれた。
だからワタクシはそれに答えようと・・・
いえ、ワタクシ自身この力を姉妹を守る為に使いたいと思っている。
だからワタクシはじいやさんにそう答えたのでした。






一通り会話を終えたワタクシ達は離れた所に居る亞里亞ちゃんに目を向けたのでした。
亞里亞ちゃんは楽しそうに花を見て、その側では綺麗な蝶が舞い、牙を向いた野犬がグルルと唸り声を上げ、更にその近くにはきらきら光る水溜りが・・・

・・・・・・

牙を向いた野犬ッ!?

「・・・って、どわぁああああああッ!!?」

いやですわ・・・、ワタクシったら“どわあああ”だなんて・・・・・・ポポッ。

「亞里亞さまッ!?」

・・・などとやっている場合ではありません!!

「亞里亞ちゃんッ!!」

ワタクシは急いでベンチの横に立て掛けて置いたナギナタを手に取り亞里亞ちゃんの側まで駆け寄りました。

「ミカエルのお友達〜」

亞里亞ちゃんは相変わらずののんびりとした口調でそう言う。

「亞里亞ちゃん、それはミカエルのお友達ではありませんよ!!」
「違うの?」
「グルルルルルルゥゥゥ・・・」

明らかに違います・・・!

「亞里亞ちゃん危険ですから離れてください!!」
「・・・どうして?」
「危険ですからですッ!!」
「? ・・・分かったの」

疑問に思いながらも亞里亞ちゃんはそう言ってこの場から離れ始めました。

「グルルルルルルゥゥゥ・・・」

しかし、野犬の目は依然亞里亞ちゃんに向いている。
その為、ワタクシは野犬の動きに全神経を集中させたのでした。



数瞬の後・・・



「バウバウバウッ!!」

鳴き声と共に野犬が動いた!
野犬はワタクシには目もくれずに、ワタクシの横を通り過ぎようと走り始めたのでした!
恐らく目標としている亞里亞ちゃん目掛けて・・・!

「そうはさせません!」

野犬はワタクシの横を通り過ぎる事はなかった。

「ハァッ!!」

    バキィッッ

なぜなら、野犬がワタクシの横を通り過ぎようとした瞬間、ワタクシの一閃が見事野犬を捕らえたからです。

「キャィイイイィンッッ!!」

野犬は鳴き声を上げてそのまま数メートル程吹っ飛びました。
ワタクシは見事野犬から亞里亞ちゃんを守る事ができたのでした。

・・・・・・

・・・しかし、野犬とは言え生きている。
だからワタクシはとりあえず手加減はした。
したけど・・・、

「多少強く打ちすぎた気がする・・・」

つい思ってた事を口走る。
ワタクシは動かなくなってしまった野犬を見て、殺してしまったのでは、ととても不安になりました。

『動物虐待』

その言葉がワタクシの頭の中を駆け巡りました・・・。



    ピク

「あ」

野犬がわずかに動いた。
ワタクシは野犬が生きていた事に安心したのでした。
ああ、殺してしまってはどうしようかと思いましたわ・・・。

「キャィンッ! キャンッ、キャンキャンッ・・・!」

野犬は立ち上がると、ワタクシを見るなりそのままどこかへ逃げて行ってしまったのでした。
・・・ごめんなさい野犬さん・・・。
少しやり過ぎました・・・。



まあ、それはそうと・・・、

「亞里亞ちゃん、もう大丈・・・ぶ・・・ぅわぁぁあああああッ!!」

いやですわ・・・ワタクシったら、“ぶわあああ”だなんて・・・
・・・ってそんな場合ではありません!!
亞里亞ちゃんは見事道路まで逃げていたのでした!
それだけならワタクシも驚きません!
車が亞里亞ちゃんの居る方向に猛スピードで走ってきてたのでした!

「くるま〜」

亞里亞ちゃんは相変わらずののんびりとした口調でそう言う。

「亞里亞ちゃんッ!!」

もうワタクシは反射的に亞里亞ちゃんの方向へ走り出しました!

「春歌さまッ!!」

遠くでじいやさんが私の名前を呼んだ。
ワタクシは亞里亞ちゃんの近くまで何とか駆け寄る事はできた。
しかし、もう間に合わない・・・、
このままでは・・・

「亞里亞ちゃん!」

ワタクシは反射的に亞里亞ちゃんをかばう様な形で抱き留めたのでした。

「ワタクシが・・・、ワタクシが守ってあげます!」

ついさっき誓った、亞里亞ちゃんを守ってあげると・・・!
だからワタクシは・・・!

「・・・春歌ちゃん?」

亞里亞ちゃんが心配そうにワタクシの名前を呼ぶ。
後ろからは猛スピードで迫ってくる車の音が聞こえてきました。
ワタクシは覚悟を決めました・・・。



    バシャアァァァッ

「・・・・・・」

    ブルルルルルゥゥゥゥゥゥ・・・・・・

車の音が横に遠ざかって行く。

「へ?」

ワタクシは横路に遠ざかる車を見ながらそんな呆けた声を上げたのでした。
そして状況を理解したワタクシはだんだんと怒りが込み上がり・・・

「曲がるならウインカーくらい出しなさいッ!!」

車の後姿についた若葉マークを見ながらそう叫んだのでした。



「春歌さま!」
「あ、じいやさん」

じいやさんがワタクシ達の所まで近づいてきました。

「すみません、亞里亞さまの為に・・・」
「いえ、これくらいなんとも・・・」
「でも着物が・・・」

“なんともありません”そう言おうとしたワタクシにじいやさんがそう言いました。

「着物?」

じいやさんの言葉でワタクシは自分の着ている物の状態を確認すると、そこには先程車に跳ねられた水溜りの泥をモロに浴び、ドロドロに汚れた着物が存在しました。

「・・・・・・なんとも・・・・・・ありますわね・・・」

そしてワタクシは言葉をそう変更するのでした・・・。
























しばらくしてじいやさんの運転する車は亞里亞ちゃんのお家に到着したのでした。
ワタクシは車を降りる時、今まで自分の座っていた所が泥で汚れているのに気がつきました。
まあ、当然といえば当然でしょう、ワタクシはあの車に後ろから泥をかけられたのですから・・・。

「申し訳ありません・・・車の中を汚してしまって」
「いえ、亞里亞さまの所為でそうなったのですから。
  どうか春歌さまはお気になさらないで・・・」
「春歌ちゃん、どろどろ〜」

ワタクシとじいやさんが話していると、横から亞里亞ちゃんが無邪気にそう言ってきたのでした。

「亞里亞さま! それは亞里亞さまの責任でしょう!!」
「・・・っ!」

じいやさんが亞里亞ちゃんに怒鳴る。
亞里亞ちゃんは声も出せずに怯えてしまったのでした。

「あ、じいやさん、そんなに怒らないで下さい」

その様子にワタクシはつい口を挟んでしまった。

「いいえ、私にはこうする義務があるんです!」

まあ確かに、じいやさんは立場上亞里亞ちゃんが悪い事をした時にそれを叱る義務がある。

「じいや・・・、怖い・・・・・・くすん・・・」

叱るじいやさんに怯えた亞里亞ちゃんはワタクシの着物の裾にすがりつき、ワタクシの陰に隠れてしまいました。

「亞里亞さま!」

再び叱り始めるじいやさん。
亞里亞ちゃんはタクシの陰でますます怯えてしまうのでした。
そんな亞里亞ちゃんを見てワタクシはつい、

「・・・だったら、ワタクシには亞里亞ちゃんを守る義務があります!」
「え!?」

そう言ってしまった。

「先程、じいやさんはワタクシに亞里亞ちゃんを守って欲しいと言ったではないですか」
「確かにそう言いましたが・・・」
「それにアレは私が勝手にやった事です。
  ですからこれ以上怒らないであげて下さい」
「しかし・・・」
「当人のワタクシが良いと言っているんです!」

ワタクシがそう言うとじいやさんは少しの間黙り、ため息混じりに「分かりました」と言って、ワタクシの意見を通してくれたのでした。
そしてワタクシもそんなじいやさんに「ありがとう」と返すのでした。



「じいや? もう怒らないの?」

亞里亞ちゃんはじいやさんの様子が変わった事に気がつき、恐る恐る聞いてきました。

「いいですか亞里亞さま、今回だけですからね」
「は〜い」

返事をする亞里亞ちゃんの顔は、先程と同じく可愛らしい笑顔に戻っていました。

「春歌ちゃん、ありがとう」
「いいえ、そんな・・・」
「春歌ちゃんは王子様なの・・・」
「「え!?」」

亞里亞ちゃんの言葉にじいやさんと揃って驚いた。

「亞里亞の事、守ってくれた。
だから春歌ちゃんは亞里亞の王子様・・・」

ワタクシが・・・王子様?

「たぶん、昨日のおとぎ話の影響です・・・」

耳打ちでこっそりとじいやさんが教えてくれた。
ああ、なるほど・・・、そう言う事ですか・・・。

「それはつまり・・・褒め言葉・・・と、受け取って宜しいのですよね?」

亞里亞ちゃんはワタクシの方を向いてニコニコと笑っている。
亞里亞ちゃんのそんな顔を見たらやっぱり褒め言葉なのだと言う事が分かった。

しかしワタクシも女性である以上、お姫様の方が良いのですが・・・。

「でも春歌さまが王子様ですか・・・、ふふふ・・・」
「じ、じいやさん! わ、笑わないで下さい!!」
「すみません・・・。 でも、ふふふ・・・、似合っていますよ、王子様☆」
「じいやさん!」

じいやさんはそうやって笑いながらワタクシをからかい始めたのでした。












でもワタクシが亞里亞ちゃんの王子様ですか・・・






少し・・・良いかもしれませんわね・・・。
























「前言撤回ですッ!!」

思わずそう言ってしまった。

「どうなさいましたか、春歌さま?」
「どうもこうも・・・、この格好はなんなんですか!?」
「春歌ちゃん、素敵なの」
「そうですよ、お似合いですよ、お・う・じ・さ・ま☆」
「じいやさんまで!!」

・・・ワタクシは今、いわゆる“王子様”な格好をしている。
どうしてこうなったかと言うと、ワタクシはさっきの事で頭から泥をかぶってしまった訳で、それでじいやさんに言われてワタクシはシャワーを借りる事になりました。
その時、代えの服をどうするかと言う話になった時・・・






「春歌ちゃんは、ひらひら着ないの?」
「え?」
「ああ、きっとドレスの事・・・と言うか洋服の事です。
  そうですね・・・、春歌さま、やはり着物をご用意した方が宜しいのでしょうか?」
「え、いえ、別にそんな事はありません。
  それにワタクシは借りる側ですから別になんでも構いませんよ」
「そうですか?」
「だったら亞里亞が選ぶ〜」
「亞里亞さまが?」
「そうですわね、だったら亞里亞ちゃんにお任せしますわ」






そうして用意されたのがこの『王子様ファッション』



「・・・迂闊にあんな事言うんじゃありませんでした・・・!」

そもそもどうしてこんな服が在るんでしょうか・・・。

「まあまあ春歌さま・・・・・・お帰りになる時にはキチンとした服をお渡ししますから・・・」

じいやさんが亞里亞ちゃんに聞こえないように耳打ちする。

・・・是が非でもそうさせますッ!!






ワタクシは折角なので少しの間亞里亞ちゃんのお家に御厄介になる事になりました。 ・・・と言うか厄介にならざるを得なかったのでした・・・。
こんな格好で外を歩くなど恥ずかしくてとても・・・。

「春歌ちゃん素敵〜」

まあ、亞里亞ちゃんはこの演劇コンクールの様な格好を喜んでくれてはいる。
ちなみに亞里亞ちゃんも服を着替えている。
亞里亞ちゃんにも先程、お洋服にだけなのですが泥が少しかかってしまいましたから。



「うふふふ・・・春歌ちゃんは王子様なの」

先程から亞里亞ちゃんはワタクシの事を王子様と呼ぶ。
しかもこんな格好しているから尚更・・・

「春歌ちゃんは亞里亞の事、守ってくれた。
  さっきもお車と、どろどろさんと、じいやから亞里亞の事守ってくれた」

・・・ 亞里亞ちゃん、やはり野犬の事は気づいていないのですね・・・。

「だから春歌ちゃんは亞里亞の王子様なの」

亞里亞ちゃんがワタクシの側でニコニコしながらそう言う。
しかし、先程から亞里亞ちゃんが言う“王子様”と言う言葉は先程のじいやさんの様にからかうでもなく、
純粋にワタクシの事を“王子様”と呼んでいる事が伝わってくる。
だからワタクシは亞里亞ちゃんにそう呼ばれることには特に嫌な気持ちにはならなかった。
いえ、寧ろ嬉しいとさえ思っているかもしれません。

「だからありがとう♪」

そしてそんな純粋な亞里亞ちゃんがとても可愛らしく思えた・・・。

だからワタクシは・・・

「亞里亞ちゃん、お礼なんていりませんわ。
  だってワタクシは当然の事をしただけなんですから」
「え?」
「ワタクシは王子様なのでしょう?
  でしたら貴女をお守りするのは当然の事ですよ、お姫様」

少しだけ・・・亞里亞ちゃんの物語にお付き合いする事にしたのでした・・・。



「お姫様?」

亞里亞ちゃんはワタクシの言った“お姫様”と言う言葉の意味をすぐには理解できなかったようだ。

「亞里亞ちゃん貴女の事ですよ」
「亞里亞が・・・お姫様・・・!」
「はい、その通りです」
「亞里亞はお姫様〜♪」

ワタクシが“お姫様”の意味する事を教えてあげると、何度もお姫様、お姫様、と繰り返し言っては笑顔で喜ぶのでした。
その顔は先程と同じような・・・いえ、それ以上の笑顔で、まるで本当のお姫様の様に可愛らしいものでした。
その姿を見て、ワタクシはより“王子様”という役を演じようと、亞里亞ちゃんを両手で抱きかかえ、いわゆるお姫様抱っこをしてあげたのでした。

「うわぁ〜」

亞里亞ちゃんワタクシの演出をとても気に入ってくれたらしく、先程よりももっと素敵な・・・、これはもう天使の様な笑顔と言ってもいいかもしれなくらい・・・それくらい素敵な笑顔をワタクシに向けてくれたのでした。




「春歌ちゃん」

亞里亞ちゃんはワタクシの顔をジッ、と見てきました。

「亞里亞の事、これからも守ってくれる?」
「え?」
「春歌ちゃんは亞里亞の王子様なの。
  だからこれからもずっと、ずっとず〜っと亞里亞の事守ってくれる?」

今のワタクシは貴女の物語の王子、だからワタクシには断る理由は無い。

「もちろんですわ。 だってワタクシは王子様・・・そして亞里亞ちゃん、貴女はお姫様なんですから」
「じゃあ春歌ちゃんは亞里亞だけの王子様でいてくれる?」
「はい、ずっとワタクシが守ってあげます」
「じゃあ亞里亞は春歌ちゃんだけのお姫様なの☆」
「ええ、その通りです。 亞里亞ちゃんはワタクシだけのお姫様ですよ」

ふふふ・・・こんなに可愛らしいお姫様をワタクシだけのものとは・・・
ワタクシも少し大胆ですね・・・・・・ポッ。

「じゃあ春歌ちゃんには・・・」

亞里亞ちゃんはそこまで言って・・・












!!!!!!!












「うふふふ・・・」
「な、な、な・・・」

わ、ワタクシは今・・・

「じゃあ春歌ちゃんには証をあげるの♪」

亞里亞ちゃんと・・・

「な・・・な・・・あ、あり・・・・・・」

・・・く、口付け交わしてしまった・・・!!



「あ、亞里亞ちゃん貴女は一体何を・・・ッ!!?」

つい大声をあげてしまった。
いえ、この状況で冷静でいる方が無理でしょう!

「?」

ワタクシの反応を疑問に思う亞里亞ちゃん。
そして亞里亞ちゃんは相変わらずのゆっくりとした口調で話し始めた。

「亞里亞はお姫様、春歌ちゃんは王子様・・・だから証をあげたの」
「あ、“証”・・・?」
「王子様はお姫様を守るの、お姫様は代わりに王子様を愛するの」
「ええッ!!?」

ワタクシは亞里亞ちゃんの物語がどのようなものなのかここにきて始めて分かった。

「春歌ちゃんは亞里亞だけの王子様でいてくれるって言ってくれた。
  だからその証をあげたの」

つ、つまりそれは・・・


ワタクシは亞里亞ちゃんにプロポーズしてしまっていたと言う事なのでしょうか!?






「あ、亞里亞ちゃん! いけません、ワタクシ達は・・・!」
「春歌ちゃん?」
「その・・・し、姉妹なのですよ! だから・・・」

た、確かにワタクシは亞里亞ちゃんの物語での王子様をやっています!
やってはいますが・・・、わ、ワタクシが女性であると言う事には変わりないんですよ!

「・・・ウソ吐いたの?」
「えッ!?」
「亞里亞の王子様になってくれるって・・・ウソだったの?」
「あ・・・いえ、それは・・・!」
「亞里亞の事、もう守ってくれないの・・・?」

あ、亞里亞ちゃん、そんな悲しそうな顔をしないで下さい・・・。

「そ、そんな事はありません!
亞里亞ちゃんの事はこれからも守ってあげます!」
「ほんと?」
「ほ、本当ですとも・・・!」

い、いけない・・・これは完全に亞里亞ちゃんのペースですわ・・・

「でもワタクシ達は・・・」
「だったら春歌ちゃんからも証をちょうだい」
「え?」

“証”って・・・つまり・・・その・・・

「ん・・・」
「ええええッッ!?!??」

あ、亞里亞ちゃん、そんな・・・
その・・・お願いですから目を瞑らないで下さい・・・!
・・・ああ、でもなんて可愛らしい・・・
・・・って違います!
わ、ワタクシは何を考えているんですか!?
ワタクシには決してそう言う趣味は・・・・・・ポポッ。

「・・・ん〜・・・」

・・・ああ、でも本当に可愛らしい・・・

た、大変ですわ・・・このままではワタクシはめくるめく百合の園へ・・・・・・



「ハッ・・・!」

その時、ワタクシは天井から何物かの気配を感じたのでした。

「曲者ぉっ!!」

抱えていた亞里亞ちゃんを降ろし、この部屋まで持ち込んでいた自分のナギナタを手に取り、それですかさず天井を突いてしました。

    バンッ

「チェキィッ!!」

    ドテンッ

「うぅ・・・、痛いデス・・・」
「よ、四葉ちゃん・・・」
「四葉ちゃんなの」

すると天井から四葉ちゃんが落ちてきたのでした。

「あ、アハハハ・・・」
「どうしてここに?」
「よ、四葉は・・・その・・・遊びに来ただけデシテ・・・」
「ではどうして天井に?」
「それは・・・こっそりと見ている方がチェキし易いからデス・・・」

四葉ちゃん、それは犯罪の一歩手前なのでは・・・?
ワタクシはついそう思ってしまった。

でも、四葉ちゃんのお陰で“証”の話は横道に逸れてくれましたし、ワタクシも亞里亞ちゃんにあのような事をせずに済みましたわ・・・。
なんとかワタクシは百合の園まで行かずに・・・

「そしたらお二人が・・・その・・・アンナコトをして・・・」

・・・・・・


見られてたァァァッ!!!


「あの、四葉ちゃん、違うんです!」
「春歌ちゃんは亞里亞だけの王子様なの」
「ああ、亞里亞ちゃん“だけ”のデスか・・・」
「四葉ちゃん、貴女何か誤解してます!」
「春歌ちゃんはずっとず〜っと亞里亞の事守ってくれるの」
「そうデスか・・・ずっとデスか。 お二人ともオシアワセに・・・、愛の形は色々デスし、四葉はお二人を応援しますカラ・・・」
「四葉ちゃん、貴女絶対何か誤解してますッ!!」
「春歌ちゃんも亞里亞の事、春歌ちゃんだけのお姫様だって・・・」
「亞里亞ちゃんお願いですからもう止めて下さい・・・!」
























帰り道
何とかさっきのドタバタをなんとか終え家路についたワタクシ。
もちろん普通の格好に着替えて。
四葉ちゃんには、先程の事を誰にも言わないよう口止め(=脅迫)もしました。

「はぁ・・・」

歩きながらため息を吐く。
ワタクシは先程の事を・・・

「亞里亞ちゃんに・・・ワタクシの唇を奪われてしまいました」

亞里亞ちゃんに口付けされてしまった事を考えていたのでした。



「初めて・・・でしたのに・・・」

初めての口付け・・・やはり、好きになった殿方に捧げたかった・・・。
それを亞里亞ちゃんに奪われるとは・・・

「でも、亞里亞ちゃんは自分のした事をよく分かっていないはずですし・・・」

・・・と言うか分かっていてやっていたらそれはそれで大問題です。
ただ亞里亞ちゃんは亞里亞ちゃん自身のお話の中で、王子様に証をあげただけで・・・。
・・・それに亞里亞ちゃんはとても可愛いらしいですし・・・。
亞里亞ちゃんがワタクシの初めての相手、と言うのも別に悪い気は・・・

「・・・ハッ!」

わ、ワタクシったら何を危ない事を!?

「い、いけませんわ! ワタクシ達は姉妹なのにッ!! ・・・ポポポッ」

ワタクシの頭の中をワタクシと亞里亞ちゃんの百合色の妄想が駆け巡り始めました。

「ああ、いけません! そんな・・・、それは禁じられた果実・・・」

その時・・・






    『春歌ちゃんは王子様なの・・・』






「あ・・・」

ふと、亞里亞ちゃんの言葉とあの天使のような笑顔が頭に浮かんだのでした。
そしてその事でワタクシの妄想はそこで興ざめしてしまったのです。

「・・・・・・」

だって、亞里亞ちゃんの笑顔を・・・
そしてその純粋な亞里亞ちゃんの心の事を考えていると・・・
ワタクシが考えていた事がなんだかとても馬鹿らしく、滑稽なものに思えてきたのですから・・・。

そして純粋に・・・・・・ただ純粋に・・・、
亞里亞ちゃん事をワタクシの力で守っていきたい・・・、
そう思っている自分がそこにいたのでした・・・。






「まあ・・・、そのような関係になるつもりはありませんけど・・・」

「貴女が大きくなるまでなら・・・、それまでなら・・・」

「貴女だけの王子様でいてあげてもいいかもしれませんね・・・」

「貴女が大人になって・・・貴女の中の物語が終わるその時まで・・・」

「ずっと・・・守ってあげますよ・・・・・・お姫様」



ワタクシは一人、夕暮れの中の家路を歩きながらそう呟くのでした・・・。
























    プルルルルル・・・・・・

    ガチャ

「はい、もしもし」
『あ、春歌さま・・・』
「じいやさんですか?」
『春歌さま、あの・・・』
「あ、お洋服、キチンとクリーニングに出してからお返しいたしますわね」
『いえ・・・服の事よりも・・・』
「? なんですか?」
『あの・・・私は確かに春歌さまに亞里亞さまを守って欲しいと頼みましたけど・・・』
「はあ・・・?」
『その・・・・・・亞里亞さまを“その様な道”に走らせて欲しいとは一言も・・・』
「・・・・・・」
『・・・・・・』
「・・・はいッ!?」






    プルルルルル・・・・・・

    ピッ

『ハロー、こちらみんなの名探偵、四葉デース』
四葉チャン・・・
『チェキッ!?』
貴女、ジイヤサンニ言ッタノデスカ?
『は、春歌ちゃんデスか!?』
答エナサイ・・・!
『・・・い、言ってマセンよ・・・!』
・・・・・・
『・・・・・・しゃ、写真を見せただけデス・・・』
・・・・・・
『・・・・・・』
・・・・・・コロ―――

    プッ・・・・・・プー、プー、プー・・・・・・



この後、ワタクシが四葉ちゃんのお家に乗り込んだ事は・・・言うまでもありませんわね・・・。



あとがき

この話はなんとなくシスプリのイラストを色んなサイトで見て回っていた時に、
あるサイトで見掛けた春歌が王子様の格好をして亞里亞と一緒に描かれているイラストを見た時ビビッ、と思いついたモノです。
心当たりのある人、勝手にこんな話にしてしまってごめんなさい。
もし物凄く不快に思われたのなら、ご報告くださればこの話は引っ込めます。
ただ、なりゅー的には春歌王子(笑)は良いと思っています。
それにしても亞里亞の喋り方は難しい・・・。
アレで良いのでしょうか?



更新履歴

03年7月29日:完成
03年8月6日:微修正
03年8月8日:更に微修正
03年8月14日:今度は修正

 

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