今日はとても良い天気だった。
 そんなだからか、珍しく咲耶ちゃんがアタシをお茶に誘ってくれたのだった。

 お茶くらい家ン中で飲んだって同じ、と言うアタシの意見も素敵にスルーして、ほぼ強制的に外へ引っ張り出された休日の午後。
 強引だとは思うけど……けどメカいじりにばっか夢中になって、
 特定の時くらいしか外に出ることのないアタシを心配しての行動だってのは分かってたから……。
 だからまあ、なんと言いますか……外に引きずり出されてからは素直に従うことにしたわ。
 なんだかんだ心配して、お姉ちゃんやっているところは……素直に、うん、尊敬できると思う。

 そんな訳で、今は喫茶店で姉妹仲良く一服中。
 何気ない世間話からくだらない話題まで、のんびりと姉妹の絆を深めてたの。


「ねぇ、鈴凛ちゃん……」


 すると唐突に……咲耶ちゃんは真面目な顔を向けてきたの。
 何事だろう? 思うアタシに、そのままの表情で真剣に、アタシに問い掛けたの。


「鞠絵ちゃんに対して鼻血出さないの?」












 

「咲耶ちゃんがばかになった」














「まったく! 失礼しちゃうわっ! いきなり人を馬鹿扱いするなんてっ!」


 とても乙女らしい仕草でぷりぷり怒ってらっしゃるマイエルダーシスター。
 アネキの突発的かつ病的としか思えない発言に、アタシが至極当然な返答を口にしたからである。
 これでアタシの顔にめり込ませた剛拳がなければごく普通の心温まる風景に見えたのでしょう。


「いふぁいでふ、ふぉねーふぁま(痛いです、おねーさま)」


 ひとまずこのエゲツナイ仕打ちをなんとかしたい被害者R。
 その苦情は通じてくれたようで、加害者のSさんは顔面に埋め込んだ拳を素直に抜き取ってくださいました。


「あー、痛い……」


 ダイレクトにかまされた拳から解放されて、まず最初にしたことは姉の理不尽な仕打ちへのぼやき。
 まさにその手を下した張本人はというと……アタクシめの痛みなどどーでも良いとばかりに、不愉快そうにアタシに追い討ちの文句をつけてきた。


「鈴凛ちゃんは鞠絵ちゃんのこと好きなんでしょ!?」

うぇえ゛ぇ゛?!


 どこぞの弁護しよろしく、アタシをビシッと指を差し、今度は言葉でのダイレクトアタック。
 それはそれは決定的にアタシの心を打ち貫いてみせた一言に、思わず濁った声がアタシの喉から飛び出してくる。
 ちなみに、突き出したその人差し指には、先ほどの物理的なダイレクトアタックの際ついたアタシの血がしたたってる。
 怖ぇよ。


「ひ、人に指差すなんて失礼じゃない……」

「知ってる」

「知っててかよ」

「そっちの非難は後で受けるから、とりあえず誤魔化さない! ……それで、どうなのよ?」

「う……」


 話題を逸らそうと弄した小細工など、アタシよりも数年早く生まれた人生経験はアサッリ看破。
 こうなっては口でこの人に勝つことなどできないのは十分知ってた。
 だから観念して正直に……それでもささやかな抵抗として、顔を逸らして素っ気無く答える。


「……ん……まあ、ね……」

「なによその冷めた態度は?」


 責めるようなジト目で睨みを利かせて来る咲耶さん。
 うっさい! 本音言うのなんてものすごく照れくさいんだから、このくらいの抵抗見逃しなさいよ!
 ったく……恥ずかしいのガマンして素直に白状したってのに……。


「療養所に行ったらキスは何回?」

毎回2回まで」


    メキョッ


「いたいー」


 研ぎ澄まされた正拳が、再びアタシの顔面を突き穿った。
 ほぼ鞠絵ちゃん専用だったアタシの唇が(少なくとも今日までは他の誰にも許してない)、咲耶ちゃんの拳に唇を許してしまう。
 まあ別に良いんだけどね、口と口じゃないから……って良い訳あるかっ!?


毎回!? 毎回かっ!? 毎回なのかアンタたちはぁぁぁああァァァッッ!?


 虐げられてるアタシでなく、なぜか咲耶さんの方が大爆発を見せる。
 非はどっちかって言うと向こうにあるハズなのに、その勢いに押し負けて抵抗する意志は出る前にそぎ落とされてしまった。
 どーでもいいけどここ喫茶店。大はしゃぎ厳禁。お店の人に大迷惑。


「ほらほらほぅ〜ら、正直に答えなさい、ベイビ〜」


 テーブルまたいで腕伸ばし、頭を真上からワシ掴み。
 威圧感を放ちながら、良く分からないノリで、咲耶ちゃんがアタシを尋問している。
 顔は笑ってない。ジト目の奥には殺意さえ垣間見えた。
 おかしい……今怒るべきはアタシのハズなのに、なぜアタシが責められる?

 ……と思うのと同時に、ここに来て自分が"ものすごく恥ずかしいこと"をものすごくアッサリ答えてたことに気がつく!
 あ、アタっ……アタシったら……鞠絵ちゃんとのこと、なんてサラッと言っちゃってるのよっ!!?
 瞬間、顔中に急に熱が集まってきて、胸の奥ではなにか掻き毟り出したいもどかしい衝動が湧きあがる。
 多分……アタシの顔は真っ赤になっているわ……。
 後悔してももう遅い、言ってしまった言葉は引っ込まないのだ。


「う……いや……その……、し、仕方ないじゃないっ……! 制限つけておかないと、さ……。
 それこそ何回も何回もしちゃう……から……。ほ、ほらっ! ああいうことは……特別、だから……」


 ……キスっていうのは、そんな軽々しいものじゃない。もっと重くて大切な


「アンタの恥じらいは要らん」


 ヒデェよ姉さん。


「私が言いたいのはね、鈴凛ちゃん。アンタが鞠絵ちゃんとそういうイカガワシイコトしてるってのも認めたくないのに、」

「そうだね、何回も聞かされました。はい」

「さも普通のことのように話してるのがムカつく」

「うぐっ……」


 言われて、若干耳が痛い。
 そんなだから、なにかを誤魔化すように、よく分からない呻き声をあげてしまう……。
 確かに、気がつけば恒例といえば恒例になってたし……ここ最近、ふたりきりで会った時にしなかった記憶がまるでない。
 さっきもさっきで日常会話のノリでアッサリ答えてしまった実例もある。
 そう考えると……何回やっても慣れないと思ってたそれも、案外慣れてきてるのかもしれない……。


「なんでアンタなのよ、なんで鞠絵ちゃんなのよ、汚しやがって、可愛い鞠絵ちゃんを純粋無垢な鞠絵ちゃんを、
 可憐ちゃんの次に可憐で純粋で無垢で素直で可愛くて優しくて綺麗な心の持ち主で汚れを知らなかったあの子を、
 お前が汚したんだお前がお前が許さない許さない許してやるもんかブツブツ……」


 アタシがそんなことを考えている正面では、ブツクサと負の感情を滲み出させている……。
 あと頭に伸ばされた手はそのままで、それなりに強い握力締め付けられてて、それなりに痛い。


(……出た、"咲耶お義父さん"だ……)


 咲耶ちゃんの持つ、アタシが最も苦手とする側面。
 鞠絵ちゃんを寵愛し、超が5つはつきそうな超・過保護っぷり。(注:ただし妹としてである。恋愛対象は今密かに自慢した)
 過保護過ぎて、逆に誰にも嫁に出したくないというその姿、まさに「厳格なお義父さま」!
 ゆえに、誰が言ったか「咲耶パパ」!
 誰が言ったか「咲耶お義父さん」!
 今日の咲耶ちゃんは、阿修羅さえも凌駕する存在だ!
 つまるところ、アタシが鞠絵ちゃんをモノにするためには、この人に認められなくてはならないという訳で。
 ……ああ、なんというラスボス……。ハードル高ぇー……。

 ちなみに……どっちかと言えばアタシが汚された方だったりする。や、汚されたとは思ってないけど。
 キス魔なのは向こうの方で、初めてのキスはほぼ問答無用で略奪された。イヤじゃ……なかったけど、さ……

 その辺何回も説明しているんだけど、この人と他大和撫子1名は全然信じてくれない。
 あとの数名はどっちからだろうがどーでもよくて、自称名探偵は自称一方的被害者。
 クルクルヘアーのお嬢様はぽんぽこぽ〜んと来たもんだ。意味分かんねぇよ!


「……っと、ごめんね。話逸れちゃった」


 やっと怨念のガス抜きが終わったらしく、テンションを180°反転していつもの様子に戻った咲耶ちゃん。
 頭を掴んでいた手を離し、そのままその手で自分の頭を軽くゲンコツ。
 そして可愛くテヘっと舌を出し、ウィンク交えて軽く謝ってみせる。……今までの悪意のオーラはどこへ?
 この切り替えの早さ、普段から余程ネコを被り慣れてると見た。
 これが、積み重ねてきた人生経験の差か……。


「……まあそれはそれで鈴凛ちゃんのこと許しゃあしないけど」


 もっと人生経験積んでッ!?


「それで鈴凛ちゃん、話を戻すけど……」

「は、はい……」


 咲耶ちゃんは居直り、今までの無礼は無かったことにしてしんぜよう、な態度で再びアタシに向き合う。
 ……アタシなんか無礼しましたか? 一方的に殴られて、汚しただのなんだのと冤罪受けただけなのに……。

 けどそんな不満も、咲耶ちゃんの真面目な態度を前にして、今は頭の片隅に追いやらないといけないと思った。
 真摯なその瞳に応えるため、アタシも同じような表情で向き合った。
 咲耶ちゃんは真剣な眼差しのまま、そっとアタシに問い掛けた……。


「なんで鼻血出さないのよ?」

「なんで鼻血出すよ?」


 そうでした、最初の話はこれでした。
 マジになったアタシがバカでしたよ。チクショー!!


「え? 出さないの?」

「……っていうか出ないでしょ普通」


 怒りも通り越して呆れ気味に、もうなんか答えるのも億劫なくらい脱力して、それでも答えてやった。
 真面目に向き合った分反動も大きく、今のアタシはゆるゆるだ。今日のアタシは、たれぱ○だすら凌駕する存在だ。


「ちょっと待ってなさい……」


 すると、咲耶ちゃんはそれだけ告げて、顎に手を当て目を瞑る。
 まるで考え事に集中するような仕草。
 アタシに伝わる説明でも考えているのかしら?
 ともかくアタシは言われた通り素直に黙って待つ。
 すると……


    ブハッ


 ッッ!!!??!


「ぎゃあぁぁぁああぁぁあああああぁぁぁあああッッ!?」


 アタシの口から、今まで出したこともないくらい高音の声で悲鳴がこぼれる。
 お店の人に迷惑が掛かるとか、他のお客さんの憩いの時間を邪魔しちゃうとか……もうそんなこと気にしてる場合じゃなかった。

 ……突然だった。
 それはまるで水道かなにかだ。
 咲耶ちゃんの顔の丁度中心辺り……そこに開いたふたつの穴から同時に、流れ出てきた。
 赤くて、ドロドロした液体が……!
 いや、赤か黒か、どっちの色だか分からないようなそんな色の、おぞましいナニかを連想させる液体が……!
 大量に、それこそ蛇口を捻って水を出したような勢いで……!
 ただ捻っただけじゃない! 全開だ!
 まるで蛇口を捻って、けどその量に満足できなくて更に取っ手をグルグル回して、
 それで回る限度を迎えてやっと取っ手が止まって、その時に蛇口を震わせながら出てくる大量の水のような量。
 そんな勢いで、あの赤か黒かどっちの色だか分からないような色でドロドロしてておぞましいナニかを連想させる液体が流れ出て……
 ナニかって……?

 そんなの分かりきっている答えじゃない!!
 特徴から、状況から、あらゆる面から考察して……考察するまでもなくそれ以外には考え難い単純明快すぎる答え!
 けど脳がそれを認めたくなくて、それで必死で形容をぼかして、別のものに挿げ替えようとした。
 けどダメだった!
 だってそれは……"ソレ"以外には考えられないものなのだから!!
 あああああああああ、もう誤魔化せない!

 血だ!

 これは血だ!!

 連想するなんてものじゃなく、それは血そのものじゃないか!!

 咲耶ちゃんの鼻から大量の、あの赤か黒かどっちの色だか分からないような色でドロドロした血が!!

 大量に流れ出て来ている!!?!?!


「ね?」


 ―――などと、アタシが地の文で一生懸命恐怖描写真っ最中のところを、えらく軽い声がモロ割り込んで来る。


「"ね?"じゃないわよッッ!? なにこれ!? どうなってるの!?」

「可憐ちゃんのこと考えたの

「考えたの ……じゃねぇーーーっっ!?!」


 まるで一発芸でも見せた感覚でサラリと、続けて顔を赤らめて恥らいながらの血塗れハートマーク。
 咲耶ちゃんが可憐ちゃんにめっちゃラブなのは知ってますが、いくら好きだからってこれは病的でしょッ!?

 それよりなにより、思わず悲鳴を上げたアタシに対して、なんて軽さでものを言うのよ……。
 ちょっとぉ〜、アタシメチャクチャ怯えたんですけど〜。
 思わず某「ほにゃほにゃのなく頃に」シリーズをリスペクトしちゃう演出っぷりでモノローグっちゃったんですけど〜。

 ああ、ほら、喫茶店の店員が心配そうに駆け寄ってきた。
 奥の店員さんに至っては電話をいじっている模様。恐らく救急車でも呼んでいるのね。
 咲耶ちゃんは大慌てする店員に「大丈夫です」なんてにこやかな微笑と丁寧な態度で……大丈夫な訳あるかボケぇーーー!?
 こんな惨劇放っておいたらお店の沽券に関わる。っていうか発生した時点でお店の人は死活問題。ごめんなさい。

 とりあえず、お店の人とアタシに謝れ。恐怖煽り描写は意外と大変だったのよ。
 ……まあ、「鼻から血」って言った時点でもうシリアスぶち壊しだったけど。
 …………いや、実際シャレにならないんだけどね、こんな量の出血なんて……。


「だからほら、出るでしょ? 鼻血?」

「出ねぇよ」

「……大好きな人を思うと、この気持血きもち……止められないっ……」

「誰が上手いことを言えと」


 妄想の余韻か、暴走する咲耶さんはアタシには荷が重過ぎた。
 キリがないので、諦めて咲耶ちゃんの暴走を放置することにする。
 あ、店員さん、血拭き終わったんですね。ご苦労様です。お店汚してごめんなさい。


「まあ、それでね……。ずっと不思議だったのよ。なーんで鼻血出さないのかなって」

「なにがそれで、なのかと? アタシにはそれが当然という思考の方が断然ふしぎよ……」


 しばらくすると咲耶ちゃんの暴走も収まって、それなりに会話をこなせるレベルにまでは落ち着いてくれた。
 判断力も戻っているらしく、店員さんが去ったのを見計らってから、先ほどの会話の続きを始めた。もう止めたい。


「まったく……一体なに想像したら、こんな残酷無残時代劇な血の池地獄ができあがるのよ……?」

「うフフフ…… 可憐ちゃんがエプロン姿で……私に肉じゃがを…… きゃー


 えー、そんなごく一般的な家庭的風景でコレー?
 それで鼻血出すってどんだけ沸点低いのよー?
 咲耶ちゃんはまた同じ想像してしまったのだろう、鼻に詰められたティッシュに血が滲む速度が少し早まった。


「なによ? 鈴凛ちゃんぐらいになったら相当カゲキじゃなきゃダメなわけ〜? バニーとか」

「バニーってアンタ……」


 再び鼻にティッシュを詰めながら、話題の中心を……もとい、ターゲットをアタシに向けて来る鮮血の長女。
 まあ、さすがにこれ以上責めると咲耶ちゃんが干からびてしまうし……なによりかわいそうだ、お店の人が。
 ……にしたって、よりにもよってバニーですか?
 いや、言いたいことは分かるんだけどさぁ……。


「咲耶さん、アタシ女ですよ?」

「うっさい、鞠絵ちゃん(♀)狙いのクセになにを今更」

「あい……すみませんでした……」


 そうですよね、アタシはヘンタイさん(四葉ちゃん談)ですもんね。言い訳できない立場だもんね。
 だからってアタシが女の裸とかに興奮するってコトでもないんだけど……。
 あくまで「鞠絵ちゃんが好き」ってだけで、「女の子のことが好き」ってのとはちょっと違うから。

 そもそも、そのアタシの特殊な趣向を差し引いたとしても、鞠絵ちゃんとそういった格好なんて無縁じゃないの?
 だって片や清楚でストイックな女の子、片や"せくしぃ衣装"の代表格。
 そんな交わることさえ「有り得ないコラボレーション」なんて……。


「…………」


 ………………少しだけなら……見て、みたい……かも……?


「……って!? あ゛ーーーーーーッッ?!?! アタシはなんてことを考えてるのよっっ!!?」

「うふふっ 想像したわね

「ごめんなさいごめんなさい……鞠絵ちゃんってスレンダーだし、腰がキュッてなるのがまた素敵になる予感だし……」


 ごめんなさい鞠絵ちゃん。アタシ、鞠絵ちゃんのそういう格好、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ、想像してしまいました……。
 鞠絵ちゃんのイメージとそんな格好があまりにも程遠いイメージもんだから、ほとんど好奇心で……だ、だけど想像だけよ!?
 意外に……どころか間違いなく似合うとは思ったけど、別に本当に着て欲しいなんて……そんなことは……。
 まあ、ちょっとだけ……ある、けど…………わああああっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさーーーいっ!!


「ごめんなさいごめんなさい……色はやっぱり白が似合うんだろうなとか……やっぱり足とか綺麗なんだろうなって思っちゃいました……」

「ほうほう……」

「けど鞠絵ちゃん体弱いから生足出すタイプは厳禁で、タイツなりストッキングなりしっかりはいて貰わなきゃね……
 ……などなど思ってしまいました……。ううう……」


 まるで、教会で罪を告白する罪人のように、アタシは懺悔をした。
 例え妄想とはいえ、鞠絵ちゃんにあんな「はれんち」な格好をさせてしまった罪に許しを請うように……。
 目の前の咲耶ちゃんに懺悔を……

 …………うん? "咲耶ちゃんに懺悔"……?


「……あ゛」


 罪の意識で曇っていた脳みそは、ようやっと晴れた時には既に手遅れパート2。
 アタシの頭の中を駆け巡った妄言は、バッチリしっかり喉を通し、口を通して、音声となって外に出ておりました。
 そしてそれをウッカリしっかり漏らしたアタシのバカっ!


 あまりの絶望に、頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまう。
 ……いぢられる……。間違いなく……いぢられるッ……!
 きっと今頃咲耶ちゃんは鬼の首でも取ったように喜んで、アタシをいぢくる算段でも張り巡らせているハズ……。
 想像の中、今まさに浮かべている最中だろう姉のいやらしい笑顔に怯えながら、現実のそれを恐る恐る覗いてみると……


「……3……5……7……」

「…………」

「……11……13……17……19……23……」


 咲耶ちゃんは、上を向いて鼻の鼻骨の辺りをつまんで、一生懸命素数を数えておられました。


「あの……咲耶ちゃん……?」

「今話し掛けないで!? 雑念入れて誤魔化さないと失血死するっ!?
 グ、ガ……可憐ちゃんの……バニ……アががががあぁぁぁああぁぁ考えるな私ぃぃぃぃぃッッッ!!?!?!」


 理性と本能のがせめぎ合い、悶絶する咲耶ちゃん。
 まさに一時の幸福な幻影を取るか、自分の命ともいえる血液を取るかの天秤掛け。
 しかし、そんな咲耶ちゃんのウブさのお陰で、アタシはこれ以上いぢられることなく助かったのである。
 代わりに咲耶ちゃんの命のともし火が更に暴風雨に苛まれることになったけど、まあアタシじゃないんで良いです。
 ……あ、ティッシュが飽和限界突破して血がしたたってる。


「はぁ……はぁ……はぁ、……分かったわ。今度鞠絵ちゃんに鈴凛ちゃんがそういう格好好きだって伝えておくわ……」

「余計なことすんなばかアネキ。しかも心底嬉しそうな顔で」


 全然助かってねぇや。信じていないけど神様のバカヤロウ。


「で、」

「うん?」

「…………これでも鼻血出さないの?」

「出さねぇよ!」


 ……そういや話の主題はそれだった。
 っていうか今のは誘導尋問か何かだったの? だったら残念ながら失敗ですって。
 そもそも前提から間違ってるから、同類に引き込みたいなら根っ子から組み立てなおさないと無理よ?
 アタシはそんな、ヘンタイに型成できていないから。ひとりでやっていて下さい。we belong togetherしないで下さい。

 さすがの咲耶ちゃんも、ここまで来ればアタシの鉄壁(?)の防御を理解してくれたのだろう。
 むー、っとふくれっ面を浮かべてアタシを睨んできた。
 一般の男性ならこれでノックアウトな可愛さであろう。……確かに、この顔は可愛いと思う。
 普段が「綺麗」に属するだけに、この「可愛い」へのギャップは、一般男性の方のツボになかなかハマりそうだわ。
 それは認めよう。だがこの外身にしてあの中身、残念ながら天は二物を与えなかった!


「よろしい……なら、次の手段よ」

「……なによ、まだなんかやるの?」

「まあまあ、これで最後にするから。見てなさいって」


 最後、という言葉に軽い安心を覚えながらも、それだけになにが来るのか不安いっぱい。
 もっとも、いくら攻め手を変えたって無駄なのはさっき言った通りなんだけどね……。
 思うアタシを余所に、咲耶ちゃんはポケットから携帯電話を取り出した。
 そして、携帯をパカッと開いてからものの数秒で、どこぞに電話を掛けてみせる。


「あ、もしもし、春歌ちゃん? 今大丈夫?」


 咲耶ちゃんが小さな機械越しに受話器の向こうの人物にそう話しかけた。
 どうやら電話の相手は、咲耶お義父さんと志を同じくする鞠絵ちゃんの超過保護者「他大和撫子1名」さんの模様。
 確かに、彼女なら咲耶お義父さんからしてみれば強力な味方になり得る。
 一体なにを企んでるかは知らないけれど……通話中の口出しはマナー違反なので、まあ経過を見守ることにする。


「あ、大丈夫よ。それ通話中に番号ボタン押しちゃっただけだから。そんなに発狂するほど慌てないで」


 ……受話器の向こうの春歌ちゃんは相変わらずの機械オンチらしい。わーきゃー叫ぶ声がこっちにまで聞こえて来たわ……。


「……ごめん、鈴凛ちゃん。電話切れちゃったからもう1回掛けるわ」

「……うん」


 どうやら、受話器の向こう側では、あまりのパニックぶりに「切ボタン」を押してしまったらしい……。
 時代錯誤なところは知っているけど、一メカ好きとしてはそろそろ一般的な機器類くらいは扱えるようになって欲しいです……。

 そういや、うっかり「うん」なんて言っちゃったけど、アタシとしてはこの話題が長引くのはよろしくなかったから、ここで止めとけば良かった。
 しかし気づくのが一足遅れた。なぜなら咲耶ちゃんが、再び携帯電話に向けて挨拶を始めたから。
 現在、受話器の向こう春歌ちゃんと、「電話切ってごめんなさい」→「別にいいのよ」な、なんとなくお決まりのやり取りをやっている最中です。


「それでね、―――」


 幾たびの困難を乗り越えて、やっと本題に入ったらしい咲耶ちゃんは、今までの経緯を要点良くまとめ春歌ちゃんに伝え始めた。
 その眼差しは真剣そのもので……


「……鼻血出すでしょ?」


 ……今までの経緯の一体どこに、そんな眼差しができる部分があったのでしょうか?


「そう……うん。誰でもいいから、ちょっとやってみて……うん、鞠絵ちゃんでも………………あ゛


 なにそのお料理焦がしちゃった的な「あ゛」は?
 そこはかとなくイヤ〜な予感を感じるアタシ。
 咲耶ちゃんはそんなアタシに申し訳なさそうな顔を向けて来て、イヤな予感を更に増大させやがってくる……。


「鈴凛ちゃん……」

「なに……?」

「改めて聞くまでもなく、あなたメカに強いわよね?」

「ん? まあ……」

「春歌ちゃんの携帯から、春歌ちゃんの場所特定できる? ほら、逆探知ってヤツ」

「はい?」


 まったくもって質問の意図が読み取れない……。
 けどまあ、咲耶ちゃんの相当申し訳なさそうな雰囲気に、とりあえずツッコミは後回しに質問に答えてあげることにする。


「春歌ちゃんの携帯にGPS付いてるならできないことはないと思うけど……」

「急いで見つけて! じゃないと春歌ちゃんが干からびて死ぬわ!?」


 ………………………………………………………………………………、


「だぁーッッ!? もうみんなばかばっかーーッッ!!」


 ねえ、ジジ。アタシ、こういう時どういう顔をすれば良いのかな?
 とりあえずジジに届くくらい叫ばせて貰ったよ。そのくらいの権利は良いよね? 全然鬱憤晴らしきってないけど。
 けど今は姉をひとり失わないために必死になることが先決と、頭の冷静な部分が訴えかけていたから、また後でもっかい爆発するね。
 そしてアタシは、走れメロスのごとくダッシュで喫茶店を後にしようとする。
 そんなアタシに、咲耶ちゃんはなにか重要なことを伝えるように、こう叫んだ。


「鈴凛ちゃん! やっぱり鼻血は出るのよ!!」


 …………咲耶ちゃんは、間違いなくばかだった……。
 この日、それを心底思い知った……。










「ってことがあってさ……大変だったわよ」

「そうだったんですか……」


 後日。アタシの外出する"ある特定の時"である、鞠絵ちゃんのお見舞いに来て、その時のことを世間話として話していた。
 あんなばかな話も、今となっては良い思い出……な訳あるかっ!!


「も〜、ほんっと大変だったわよ……間に合ったから良かったけど」


 救出直後の春歌ちゃんは、かぐや姫の鞠絵ちゃんがどうとか、お歯黒つけてお美しゅうございますとか、うわ言のように口にしていた。
 アタシはなんかイヤだ、歯まっ黒な鞠絵ちゃんなんて。


「うふふっ…… 姉上様たちに囲まれた毎日……楽しそうです……」

「あははー」


 常時囲まれてるとその苦労に嫌気が差しますとも。
 けどそんなこと、療養所でひとりきりの鞠絵ちゃんに言うのは贅沢なんだって分かっていたので、ひとまず笑って誤魔化したけど。


「そういえば……今日はなにかお楽しみ企画があるって言ってったっけ。なに? 普段見せる側のアタシとしては、相当楽しみなんだよね〜」

「うふふっ…… いつも色々なメカを見せてくれる鈴凛ちゃんに……わたくしも……お礼に精一杯……頑張ってみるます……

「そっか……」


 別に、鞠絵ちゃんのお見舞いにアタシがお手製のメカを持ってくるのは、見返りを求めてのことじゃない。
 単純に、鞠絵ちゃんの笑っている顔をアタシが見たいだけの自己満足。
 まあ、鞠絵ちゃんが喜ぶことが見返り、って言えばそうなんだけどね
 だけどそんなつもりじゃなくても、鞠絵ちゃんが一生懸命アタシのために頑張ってみせたいって、
 そんな気持ちを見せてくれること、なんだかすっごく感激しちゃって……今まで頑張ってきた甲斐があったなんて思っちゃう……。


「……ところで、鞠絵さん。咲耶ちゃんからナニ吹き込まれました? 言ってみなさい。アタシが誤解だって証明してみせるから」

「え…… なんのコトですか……♥♥

「その咲耶ちゃんが持ってた見覚えのある手提げカバンと、そこからはみ出しているうさ耳はなに?」

「うふふっ…… 鈴凛ちゃんが好きなもの……です……♥♥

「いやいらないから。そういうのは別に興味ないからね」

「そうですか……鈴凛ちゃん……うさ耳はない方が好みでしたか……」

「いや、そういう意味じゃないからっ!? 聞いて!? ねぇ、聞いて!?」

「だ、大丈夫です……! 胸とかは自信ないですけど……鈴凛ちゃん、足派だって咲耶ちゃんが……!」

「話聞いてーっ!?」


 ……その日の鞠絵ちゃんは、想像していたのよりずっと魅力的でした。














あとがき

思うがままを書き綴ったら、なりゅー設定の大半を説明してしまった。こんなばかSSで(笑

この話、突発的に思いついてから、本当は勢いで短く、即席で挙げるつもりでしたが、
結局執筆開始から間を空けて、いつも通りのボリュームになりました。
やっぱりなりゅーはこのくらいの量は欲しいみたいです……。

さて、このSS、こんな内容のクセに、なりゅーの考える基本設定の大半が練り込んであります。
つまるところなりゅーの書く妹たちは基本的にあほになってしまうようです!(ぇ
閃いた瞬間こそ、迷いもためらいもなくこんなばかなことを描きたい衝動に駆られましたが、
時間が経って冷静に眺めてみると……ああ、咲耶を相当ばかにしてしまったなぁ……。
しかしそれでも書ききってしまったところが、尚更「やっちゃった」というヤツなのです!(苦笑
とはいえ、言いたかった設定、書きたかった設定を、わずかずつとはいえ作中で描けたことは満足なのです。
一番の収穫は、鞠絵にバニーを着せる口実着る理由を創ったことですね! これで堂々と鞠絵に着せるのを主張できる!(ぇー
鈴凛のキャラクター(なりゅー設定の)とも統合性も取れたので、なんかもうそれ主張できただけでも良いや。

ちなみに、恐怖煽り描写は本当に某「ほにゃほにゃのなく頃に」を参考しにしました。

短編SSとしては久方ぶりの掲載になるので、ブランクやらなにやら若干不安が残りますが(それ以前の問題の気がしますが……)、
こんなんでも楽しんでもらえたら幸いです。


更新履歴

H20・10/7:完成


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