亞里亞「お腹いっぱい・・・」


    ぐきゅるるる・・・


亞里亞「・・・じゃないです」
鈴凛「あんなに食ったのに!?」

 昼休み、
 アタシと亞里亞ちゃん、そして千影ちゃんは、
 食堂で既に学食を食べ終え、廊下に出てきていた。

千影「おっと・・・・・・私は・・・・・・少し部室に用があるんだ・・・」
亞里亞「亞里亞まってる〜」
千影「別に・・・・・・その必要はないさ・・・」
鈴凛「じゃあアタシは先に帰ってるから」
千影「なら・・・・・・亞里亞くんも先に戻ってるんだ」
亞里亞「・・・分かったの」
千影「それじゃあ・・・・・・また・・・・・・来世・・・」
鈴凛「いや、別に現世でいいでしょ?」
亞里亞「それにツッコンじゃダメなの〜・・・」
鈴凛「・・・へ?」

 よく分からないが亞里亞ちゃんに怒られてしまった。(一応怒っていたらしい)
 とにかく千影ちゃんと別れて、結局亞里亞ちゃんと二人で教室に戻る。

亞里亞「足りない・・・くすん・・・」

 学食から連なる廊下を並んで歩きながら、亞里亞ちゃんが同意を求めるように尋ねる。

鈴凛「そ、そう・・・」

 アタシは亞里亞ちゃんの半分も食ってないけどお腹いっぱいだ・・・。

亞里亞「・・・・・・」
鈴凛「・・・亞里亞ちゃん?」
亞里亞「・・・・・・」

 亞里亞ちゃんは廊下で立ち止まり、そして窓の外をじっと見つめている。

鈴凛「寝てるの?」
亞里亞「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
亞里亞「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
亞里亞「・・・・・・」
鈴凛「寝てるのッ!?」
亞里亞「・・・おきてる〜」

 いや、明らかに寝ていた・・・。
 だって、よだれが口から漏れてるもん・・・。

亞里亞「・・・外は寒いの・・・」
鈴凛「そうだね、だからよだれ拭きなって・・・」
亞里亞「・・・あの人、何してるの?」
鈴凛「ほら、よだ・・・・・・あの人?」

 亞里亞ちゃんの見つめる先。
 結露の浮かんだ窓ガラスの向こう側に、うっすらと人影を見て取る事ができた。

亞里亞「・・・寒くないの?」

 不安げに首を傾げる亞里亞ちゃんを制して、アタシは窓の前に立ち、制服の裾で窓を拭った。

亞里亞「鈴凛ちゃんの野蛮〜、下劣〜、恥を知りなさい〜」

 いつも通りゆっくりとした口調だったが言ってる事はかなりキツイ・・・。
 そんな亞里亞ちゃんの批判を無視して、さっきまで亞里亞ちゃんが見ていた視線の先を確認する。
 中庭、というより校舎の裏側。
 この季節はほとんど誰も足を踏み入れないであろう場所。
 そんな一面の銀世界の中に、少女がぽつんと立っていた。

亞里亞「あんなところで・・・ただ死ぬのを待ってるおばかさんはだぁれ?」

 ・・・アタシは今、『裏亞里亞』を垣間見た・・・。

鈴凛「・・・多分、風邪で学校を休んでいるにも関わらず、こっそりと家を抜け出してきたこの学校の1年生じゃない」
亞里亞「鈴凛ちゃんの知ってる人?」

 亞里亞ちゃんが不思議そうに首を傾げる。

亞里亞「どおりで」
鈴凛「どういう意味!?」

 亞里亞ちゃんって一体アタシをどう見てるのよ・・・。

鈴凛「・・・とにかく、アタシ、ちょっと行ってくる」
亞里亞「・・・?」
鈴凛「亞里亞ちゃんは先に戻ってていいから」
亞里亞「どこいくの?」
鈴凛「外」
亞里亞「気をつけて・・・」

 亞里亞ちゃんは、のどかに手を振っていた。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「・・・あ、鈴凛ちゃん、こんにちは」
鈴凛「また来たの・・・?」
鞠絵「はい。 また来ました」
鈴凛「病気の方はどうなの?」
鞠絵「えっと・・・」

 少しだけ言いづらそうに視線を逸らす。

鞠絵「昨日、とうとう体中の穴という穴から出血しました・・・」
鈴凛「今すぐ家に帰って休め!」
鞠絵「というのは冗談です」
鈴凛「じゃなかったら困るって・・・」
鞠絵「とにかく、きっと・・・もうすぐよくなりますよ・・・」
鈴凛「ちゃんと薬飲んでるの?」
鞠絵「いっぱい飲んでます。 1日にお茶碗一杯分」
鈴凛「飲みすぎ!」

 かえって体に悪い・・・。

鈴凛「栄養のあるものは食べてるの?」
鞠絵「ちゃんと“あっちの世界”のニンジンも食べて―――」
鈴凛「どこの世界だって!?」

 この世界のニンジンで十分だ・・・。

鈴凛「医者の言うこと素直に聞いてる?」
鞠絵「ええっと・・・」

 困ったように空を見上げる。

鞠絵「・・・そんなもの聞くだけ無駄だと、姉上様が・・・」
鈴凛「どんな姉よ!? って言うかアネキがいたの!?」
鞠絵「・・・・・・」

 鞠絵ちゃんの表情が曇ったのが分かった。
 聞いちゃいけない事だったのかな?
 もっとも、持ちかけたのは鞠絵ちゃんの方からだったけど・・・。

鈴凛「とにかく、風邪なんだから、医者の言う事はきちんと聞く事」
鞠絵「イエッサー」

 ・・・だから「イエッサー」は男の上官に使う言葉なんだって・・・(泣)

鈴凛「で、今日は何しに来たの?」
鞠絵「鈴凛ちゃんに会いに来ました」

 冗談めかして・・・と言う風でもなく、穏やかに微笑みながらアタシの方を真っ直ぐに見る。

鞠絵「・・・ご迷惑でしょうか?」

 アタシが黙ってた為か、不安そうに言葉を続ける。

鈴凛「いや、別に構わないけど・・・」
鞠絵「嬉しいです」
鈴凛「でも、なんでわざわざアタシに?」
鞠絵「からかい甲斐のある人ですから」

 いやな理由な気がするのはアタシの気のせいか?

鈴凛「・・・・・・」

 ホント、よく分からない女の子だ。
 想像していたよりも元気なしぐさ、そして明るい表情。
 言葉を交わせば交わすほど、どんどん最初の先入観が薄れていく。
 これが本当の少女の姿なのだろうか?

鞠絵「どうしたんですか? 複雑な顔をしてますけど?」
鈴凛「ううん、なんでもないの」
鞠絵「もしかして、エボラ出血熱ですか?」
鈴凛「それはないから安心して」
鞠絵「でも私のが伝染ったという事も・・・」
鈴凛「冗談だよね!? アレは冗談だよね!?」
鞠絵「はい冗談です」

 鞠絵ちゃんが言うと、妙に説得力があるんだかないんだか、微妙な所だったから滅茶苦茶怖くなった・・・。

鞠絵「あの?」
鈴凛「いや、大丈夫だから」
鞠絵「そうですか。 一安心です」
鈴凛「とりあえず、人の心配よりも自分の体の心配をすること」
鞠絵「そうですね・・・」

 ばつが悪そうに首をすくめる。

鞠絵「あの、鈴凛ちゃん?」
鈴凛「なに?」
鞠絵「海、好きですか?」

 唐突な質問だった。

鈴凛「潮の所為で折角作ったメカが錆びるから嫌い」
鞠絵「メカ、作ってるんですか?」
鈴凛「まぁ、趣味でね」
鞠絵「わたくしは好きですよ。 海」

 しゃがみ込んで、手のひらで撫でるように足元の降り積もった雪を集める。

鞠絵「だって、綺麗ですから」

 そしてそのまま集めた雪の下に、雪に負けないくらい白い手を差し込み、そして・・・


    ばっさーーーん


鈴凛「・・・・・・」

 アタシにぶっ掛けた・・・。

鞠絵「バーチャル海!」

 笑顔でそう言う。
 つまり今のは海で恋人同士とかがよくやるアレか?

鈴凛「・・・冷たい」
鞠絵「そりゃあ、雪ですから。 大丈夫ですよ、鈴凛ちゃんは健康なんですから」
鈴凛「じゃあこれが原因で不健康になるね、きっと」
鞠絵「わたくし、もし好きな人ができたらこうやって海で遊びたかったんです。 友達と、でもいいですけど」
鈴凛「そう言うのはちゃんと夏に海でやってね」
鞠絵「幼稚園の頃の夢ですけど」
鈴凛「人の話は聞け!」

 どうしてアタシの意見はすぐに流されるんだ?

鞠絵「あんまり人に言わないでくださいね。 恥ずかしいですから」
鈴凛「なら鞠絵ちゃんの病気が治って夏になったらアタシが海に連れてってあげようか?」
鞠絵「ほんとですか?」
鈴凛「お手軽な夢だし。 さすがに、恋人と、って訳にはいかないけどね」
鞠絵「分かりました、鈴凛ちゃんごときで我慢します」
鈴凛「ごときって・・・とにかく、そう言うことだから今日はもう大人しく帰る」
鞠絵「昼休みが終わったら帰りますよ」
鈴凛「約束よ」
鞠絵「イエッサー」

 ・・・言うと思った・・・。

 時計がないので具体的には分からないけど、あと数分で予鈴が鳴るはずだ。

鞠絵「じゃあ昼休みが終わるまでバーチャル海ごっこを」
鈴凛「それはもう勘弁・・・」


    ばっさーーーん


鈴凛「・・・・・・」

 “勘弁して”と言い終わる前にまた雪をぶっ掛けられた・・・。

鞠絵「戦場では一瞬の油断が命取りになりますよ」

 そう言って楽しそうにアタシにぶっかける。

 もしかしたら遊びたいだけかもしれないな。
 家の中じゃなく、外で、思いっきり・・・。

鞠絵「鈴凛ちゃん」
鈴凛「なに?」
鞠絵「雪がなくなりそうですから、代わりにそこの砂利をかけても構いませんか?」
鈴凛「死ぬほど構います!」

 さらりと怖い事を言う。

鞠絵「ちょっと残念です・・・」

 本当に残念そうに俯く。

 結局、病人に雪をかけるわけにも行かず、ただアタシが一方的にかけられ続け、


    キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・


鞠絵「・・・あ」

 やっと休み時間が終わってくれた。

鞠絵「終わっちゃいましたね・・・」
鈴凛「そそそそうだね・・・(がくがくぶるぶる)」
鞠絵「・・・大丈夫ですか?」
鈴凛「ダメです」

 この季節に大量の雪をぶっ掛けられ続けたせいで、体中の熱を奪われた。
 このままでは風邪をひいてしまいそうだ・・・。

鞠絵「一生懸命かけたんですけど、無理でした。 ごめんなさいです」

 微笑む表情が、どこか悔しそうだった。
 ・・・その“ごめんなさい”はアタシの体を気遣ってだよね?

鈴凛「じゃあこれで解散ね・・・」
鞠絵「はい。帰ります」
鈴凛「アタシも急がないと、5時間目が遅刻になる・・・」

 多分、先に戻ったはずのアタシ達よりも千影ちゃんの方が・・・

鈴凛「・・・あ」

 思い出した・・・。
 ずっと引っ掛かっていたこと・・・。

鈴凛「美坂千影」
鞠絵「え?」

 鞠絵ちゃんの表情が目に見えて変わった。

鈴凛「千影ちゃんと名字が同じだったんだ・・・」

 ちなみに千影ちゃんの名字についてはここで初登場、もちろん飛ばしたからだ。
 鈴木とか佐藤とか海神とかならまだしも、美坂なんてそうそうある名前じゃない。
 しかも“あっちの世界”やらオカルトグッズやらを考えるとほぼ間違いない。

鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「もしかして千影ちゃんの妹? さっきアネキがどうとか言ってたし」
鞠絵「・・・えっと」
鈴凛「それか、弟」
鞠絵「心の臓をぶち抜きますよ」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・姉上様を知っているんですか?」

 ・・・今の台詞は聞かなかったことにしよう。
 とにかく・・・そう言うって事は、本当に千影ちゃんの妹に間違いないようだ。

鈴凛「ええ。 偶然だけど同じクラス」
鞠絵「そうですか・・・」

 複雑な表情で言葉を濁しながら、ゆっくりと空を見上げる。
 連なる校舎。
 雨よけには雪が積もり、窓は白く凍りついていた。

鈴凛「もしかして、千影ちゃんに用があって来たの?」
鞠絵「・・・いえ、そういうわけではないです」

 視線を校舎に送ったままそう呟く。
 表情は分からなかった。

鈴凛「・・・さて、いい加減そろそろ戻らないとね」
鞠絵「そうですね・・・残念ですけど」
鈴凛「ひとりで帰れる?」
鞠絵「帰れますっ。 目の前の相手の戦力を瞬時に見抜く事は、時として喧嘩の強さ以上に重要なんですよ!」
鈴凛「いや、そんな事言われても・・・」
鞠絵「・・・そんなこと言う人、臓物をぶちまけますよ」

 ・・・たまに怖い事言うなぁ・・・。

鞠絵「鈴凛ちゃん・・・」
鈴凛「なに?」
鞠絵「約束・・・ですよ。
   病気が治ったら、海へ連れてってくれるって」
鈴凛「ええ・・・約束ね」
鞠絵「はいっ」

 自分の精一杯で、元気よく頷く。

鞠絵「今日は楽しかったです」
鈴凛「そう・・・?」
鞠絵「はい。 とっても楽しかったです。 ありがとうございました」

 ぺこっとお辞儀を、してそのまま雪の地面を歩いていく。
 やがて、鞠絵ちゃんの姿は雪の中に溶けていった。

鈴凛「・・・アタシもそろそろ戻らないとね」


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鈴凛「ただいま」
亞里亞「すぴ〜・・・」

 廊下に戻ると、同じ場所で亞里亞ちゃんが寝ていた。
 とりあえず話が進まないから亞里亞ちゃんを起こした。

亞里亞「鈴凛ちゃん、あの人と知り合いなの?」
鈴凛「亞里亞ちゃんは知ってるの?」
亞里亞「知らな〜い」
鈴凛「そう・・・」
亞里亞「だれなの?」
鈴凛「秘密」
亞里亞「喰べれる?」

 人肉は嫌いじゃなかったのか?

鈴凛(鞠絵ちゃんの事は千影ちゃんに直接聞いてみるか・・・)
亞里亞「無言で歩かないで〜」


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


千影「どうして・・・・・・先に戻った君たちが・・・・・・一番遅いんだい・・・」
鈴凛「亞里亞ちゃんが道でお昼寝してた」
亞里亞「亞里亞、寝てません・・・」
鈴凛「思いっきり寝てたでしょ!」
亞里亞「悪いのは鈴凛ちゃんなの〜」
千影「大丈夫さ・・・・・・。 どっちが嘘をついてるかなんて・・・・・・明らかだからね。」

 どっちかと言うと嘘をついているのは亞里亞ちゃんだ。
 なのに何故アタシを見る!?

衛「あ、先生入ってきたよ」
千影「どうやら・・・・・・そのようだね。 じゃあ・・・・・・私はこれで・・・・・・」

 先生の姿を確認して、すぐ近くの自分の席に帰っていく。
 千影ちゃんには聞きたい事があったんだけど・・・。

鈴凛(まぁいいか・・・)


更新履歴
03年9月21日:完成
03年10月16日:修正


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