妖怪の山―――ここはその名の通り人ならざる存在ものの跋扈する人間禁制の野山。
 "私"は、その山頂にできたという神社を訪ね、参拝を終えた帰り道を歩いていた。
 足取りを弾ませて、自慢の長い髪を風に揺らしながら、この物騒な道なりを鼻歌交じりで下っていく。

 かつて幻想郷では、博麗神社こそが唯一の神社だったらしいけれど、ここ最近商売敵が現れたとのことで。まあそこに軽く訪ねて行ってきた訳です。
 よくもまあ、こんな辺鄙へんぴなところに建てたものね……などと、訪れた神社へ呆れながらも関心を抱きつつ帰路を悠々歩んで行く。

 妖怪の山とは、文字通り妖怪の山。読んで字の如くそのままだ。
 だからただの人間が迂闊に歩もうものなら、辿り着く前に食べられてあっという間に妖怪の餌になるのが関の山。山だけに、なんちゃって。
 信仰を求めて外の世界からやってきたっていう割に、そんな人間が到達できるかも怪しいところに神社を建てるだなんて、
 よっぽどの考えなしか酔狂な神サマよね……。
 そんなの人間からの信仰なんて期待できやしない。
 ま、妖怪を相手に信仰を集めているという話らしいので、満更考えなしという訳でもないのでしょうけれど。

 え? そんな危険な山道をひとりで歩いて、"私"は大丈夫だったか、ですって?
 ご心配どうも。けれど大丈夫、私、これでも腕に覚えはありますので。
 特に素手の殴り会いならお手のもの。先日も、招かれざる客人相手にガチの殴り合いで楽しい死闘じゃれあいをくり広げてきた所ですから、ふふふっ。
 素手での闘い方以外にも、武芸はわんさか身につけているし。並大抵の妖怪じゃあ、私を殺せっこない。
 なので、危険溢るる妖怪参道も、私にとっては心地の良い散歩道も同然なのである。
 いっそ襲ってくれる方が、この鈍った体をほぐすには丁度良い。元々体を動かすのは好きだからね。

 立場上、ひとつの場所から動けぬ日々を送ることを余儀なくされていた私だ。
 こうのんびりと道を散歩するなんて機会だけでも、その日々を思えばとっても有意義。
 大体普段だって、退屈で眠ってしまいそうになる毎日なんだから。
 そんな日々に比べれば、暇つぶしに山の神社に参拝なんてことの、なんて贅沢。
 (もっとも、某紅白の巫女に知られれば「うちに来い、そして貢げ」と怒られるかもしれないけれど、そんなの知ったこっちゃありません)


 天気は晴れやか、絶好の散歩日和。そのお日様の下、のんびりぶらぶらお散歩で、気分も上々。
 治安の悪い山道も、日常の雑務から解放された自由なキモチの前では、心地のいい森林浴
 今日はこのまま人里に繰り出して、思う存分遊び倒すのも良いかもしれない。
 だってそう思える程、今日の私は本当に絶好調なんだから!

 にやけながら、さっき神社で引いたおみくじをまた開いて見てしまう。
 あな嬉しや、燦然と輝く「大吉」の二文字。もう出だしから私の心をときめかせてくれる。
 すでに上機嫌の私の、その運気の子細について語るならば。
 まずは健康運……「いい運動に巡り合える」。うん、なかなか良好、この森林浴が既に的中ね。
 次に仕事運……「真面目に取り組むが吉。居眠りなど言語道断」。あちゃあ、大吉と言えど手厳しい。
 お次は金運……「二択に勝つ。貢がずに済む」。……あ、これは神社運のことだわ、博麗の神社行ってたらきっとお賽銭をぼったくられてた。
 続いて恋愛運は……なんと、「本日出会いし者に運命の人あり?」と。あらなんてロマンチック!
 そして妖怪運……「難敵現るる。ただし宿敵と書いて"とも"と読む」……。なにこのルビ振り。そそる。
 極めつけは全体運に染みついた返り血……あ、これさっき妖怪を返り討ちにした時についたやつだ。染みて読めなくなっちゃってる……。

 とまあこのように、山の神社の御籤のお告げによるならば、私は絶好調というわけだ。 
 なんともエキセントリックなおみくじの結果に、更に上機嫌に。
 ……しかし妖怪運とは初耳ね。さすが外来の山の神社、やることが新しい。そういうの、私は好きよ。

 ちょっとした運試し、気まぐれで引いただけだけど、こうも気持ちがよくなるなんて、参拝した甲斐は十分にあった。
 今日という日はまだまだ半分近くあるし、これからのおみくじの結果がどう出るか、本当楽しみ!
 ま、この中のどこまでが実現するのかわからないけれど―――


「あらあら、楽しそうな顔して、何か良いことでもあったのかしら?」


 ―――おおっと。思わず口が緩んでしまっていたようで、指摘されてしまったわ。
 いけないいけないはしたない………………って、


「……え? 誰……?」


 不意の事態に、上機嫌からゆるゆるに緩んでいた気が引き締まる。
 気持ちの切り替えは、臨戦態勢近かったかもしれない。最悪の事態に警戒そなえて、気持ちの上では最大限に身構える。

 この道には、さっきまで誰もいなかった。
 確かに、野良妖怪くらいならそこら辺にいるかもしれない。事実登りの時に2匹ほど、下りでは1匹仕留めた。
 が、直前、周囲にはその気配すらなかった。
 それこそ数秒……いえ数瞬前にだって。
 
 だってのに、まるで突然そこに現れたかのように、その声の主は現われた。
 そう気配から突然、いきなりこの場に現れたかのように……。
 一体誰が? ……どこから? いずれにしろ、ただ者じゃあない……!
 もしかして……早速「妖怪運」とやらのご利益かしら?

 ……なんというか、私ときたら、未知の驚異に戦慄を覚えるよりも、その異常事態に楽しみすら感じていて、恐れるよりも頬が緩んでいた。
 たはは、我ながら図太いといいますかなんというか。
 などと体を疼かせながら、声のした方へと振り向いてみると……


「こんにちは」


 居た。
 先程まで、気配すらなかったはずの彼女の姿が、そこに佇んでいる。
 突然の気配の主の正体は、顔見知りの人物だったことを理解し、私はビンビンに張っていた警戒心を、ホッと緩めた。
 ……いやまあ彼女を"人"と表現するのも語弊があるのだけども、ここは言葉のあやなのでツッコミは控えて頂きたい所存であります。

 彼女は、まるで敵意も感じさせず、仕事中に差し入れを持ってきてくれた近所のおばちゃんみたいに、
 とてもにこやかで愛想のいい微笑みで挨拶をしてくれた。
 おばちゃんだなんてこと言ったら多分怒られそうなので絶対黙っておくけど。
 しかし……本来、こんな所には来る理由さえないであろう彼女がなぜ……というか、出で立ちがそもそも登山しに来たそれじゃないし。
 まるでどっかのパーティ会場からいきなりこの山道に出てきたかのような、完全に浮いた存在の彼女がそこに居た。

 なんで、と思う前に彼女の背後の空間が切り裂かれているのを見つける。
 まるで空間そのものに開かれた出入り口のように……。なるほど詳しくは分からないけど、アレから出てきたのね。
 あんなの初めて見た……頭が良いと、ああいう風に空間とかいじくることとかできるようになるものなのかしら……?


「あなたに、頼みがあるの」


 色々と状況を整理、把握しようと努めていると、私が問うるよりも先に彼女の方からの唐突な懇願をされてしまった。
 彼女が? なんで私に?
 この幻想郷でも、屈指の実力者と言われるほどの賢人が……私なんかの力を借りる事情なんて……とてもじゃないけど、思い浮かばない。
 普段掛けてはいないはずのメガネを中指でクイッと位置調整する賢人を眺めながら、私の戸惑いは更に深みを増すばかり。


「……頼、み?」


 戸惑うばかりで、オウム返しに言葉を反芻するしかできなくて。
 辛うじて返せた言葉も、その実意図までは正直掴みかねていた。
 その、彼女の普段とは違う出で立ちも含め、色々思うところツッコミ所はあったのだけど……
 けれど雰囲気で、どうにも切迫していると言うことは伝わっていた。


「悪い話ではないと思うの……もし協力いただけるなら……あなたに、最高の弾幕勝負ショーをプレゼント差し上げられるわ」

「……へぇ、その話、もっと詳しく聞かせて頂けますか?」


 最高の弾幕勝負ショー……彼女の艶やかの唇からこぼれ出た甘い言葉は、私の興味を引くには十分な甘い蜜の香りを醸し出していて。
 その甘言に釣られるまま、私の興味は、一切の疑念も警戒も捨て、彼女の言葉へと耳を傾けていた。












 話を伺うに、どうやら現在進行形であの世で一悶着あったらしく、助けの手が欲しいとかなんとか……。
 そんな縁起の悪いトコとまったく無縁の私になんで話を……?
 いや知人は居るからまったく無縁って訳でもないけど……。


「まあそういう訳で、あなたに是非に協力を願いたいの」

「はぁ、まあ話は分かりましたけどなんで私……」

「あ、忘れない内にこれ。はい、菓子折りのいのしし饅頭。美味しいわよ

「なぜにこのタイミングでっ!?」


 今切迫してるんですよね!? 余裕ないんですよね!?
 面倒事に巻き込むお詫びの品かもしれないけれど、こんなところで今菓子折り渡されても……。


「これは小道具として使って貰って構わないと思って用意したものなのよ。相手の警戒を解くには最適、ってね
 私は使えそうもないからあなたに、と……もちろん使わずに余ったのならお宅の屋敷の皆様と食べて頂いても良いから」

「……さいですか」


 確かに食べ物関係の小道具は冥界んトコの主さんには効果的だし、合点がいくと言えばいく……のかなあ?
 とは言え、屋敷の使用人全員で分けるには、お土産ひと箱分なぞ圧倒的数量不足。
 誰にあげただ自分は貰えなかっただ、人間関係に摩擦が起きかねない。
 ここは屋敷のみんなとの円満な関係を続けていく上でも、
 黙ってひとりで食べちゃうか出先で分けるか、彼女の言うように小道具として消費しきるのが賢明な所ね……。


「あの女は信用できないからね……。保険はかけておきたいの」

「え?」


 美味しいとイチ押しのいのしし饅頭を受け取りながら、不意に口にされた保険という言葉に戸惑う。
 どうやら話を引き戻したらしく、「なぜあなたなのか、という理由がよ」と、彼女は付け加えて補足してくれた。
 私でなくてはいけない理由。
 人選の理由は、少し気にかかった。少しどころじゃないですね……大分気になっていましたね。
 それに私も立場上、好んで首を突っ込むことははばかられる立場ではある訳だけど……。


「分かりました、引き受けましょう」


 まあ、そういう面倒事に巻き込まれるのは、正直凄い好きなんですよね!

 二つ返事で首を縦に振った私に、今度は彼女の方が「え?」と短く言葉を漏らさせてしまってた。
 自らの求めた答えだというのに、信じられないとでもいう態度。
 そりゃあ子細も聞かず了承したからだろう。これが詐欺ならまんまと騙されているほどの迂闊さ。
 それでも……表面上は丁寧に振る舞っては居たけれど……正直、体は内側から熱く、血が滾るのを抑えきれなかったのだ。

 折角の祭の誘いに、血が騒ぐとでもいうのか。
 性分なんだろう。
 昨日の乱闘だってそう。迷惑を感じるよりもむしろ、楽しんでいた。
 そうだ……これから向かう先が冥界ということで不意に思い出した。
 確か剣を使う半人半霊のあの子、先日のあの子とのやり取りだって、本当に血が騒いで、楽しかった。

 だけど足りない。まだまだ足りない。
 長年刺激に飢えたこの身に蓄積した鬱憤を晴らすには、鈍った体の錆を落とすには未だ刺激不足。
 だから更なる刺激を期待して、私はその厄介事に自ら首を突っ込んだ。


「さすが山の神の加護……当たるじゃない」


 藪をつついてヘビよ出てこい。
 出てきて、共に踊り明かそう。
 滾る血潮を静めておくれ。

 保険の私は、最悪参加せずに終わる可能性もあったけれど……構わない。
 弾幕勝負おまつりさわぎは、参加しても見ているだけでも十分楽しい。
 おみくじの結果も相まって……また頬が緩んでしまうのが分かる。いけないいけないはしたない……。

 でも……! 止められない!


「ともあれ助かるわ……」

「いえいえ、お気になさらずに。持ちつ持たれつってヤツですよ」

「それでも、感謝するわ」


 まるでパーティー会場からそのまま山道に飛び出したかのような、場違いな出で立ちの来訪者。
 差し伸べる白き手袋を纏ったその誘いの手を、私はまるでダンスの誘いに乗るように、心をときめかせながら……手に取った。


「だって万が一の時、彼女を止められるのは……あなたしかいないでしょうからね……」


 楽しい休日に、なりそうね。








 

みょんミア10

七、気づかいはトラブルの元に





















 ―――どがんっ!

 鈍い音が、夜に包まれた白玉楼の玄関前の空間に響き渡る。
 まるで分厚い鉄板を鈍器で思いっきり叩きつけたような、重く鈍い音……とても生身の肉体同士が衝突して出る音とは思えぬ程の衝撃音。


「み……美鈴さんっ!?」


 それは一瞬の出来事。
 紫さまが妖力と威圧感を放ちながら、スペルカード名を唱えるその瞬間―――いや唱え終わった、まさにその刹那。
 紅く長い髪を棚引かせた紅魔の門の護り手が、大妖怪八雲紫が腹を蹴り抜き、銅鑼を打ち鳴らすが如く響き渡らせていた……!


「あなたは……私も参加してもいい……と言いましたよね?
 私は否とは言っていない……なら参加条件はまだ残っているもの、と捕らえて宜しいですね……?」


 それは紫さまがスペルカード名を読み上げている最中から始まって……そう、まさにその時、私の横を疾風が横切って。
 紫さまの発した声は風の音にかき消され、私の耳にその宣言を届かせず。
 代わりに届いたのは怨敵の腹をそれと見立てて打ち鳴らす、宣戦布告の銅鑼の音……!
 紅き髪の門番は、異国の武芸にて鍛え上げた脚力にて一気に間合いを詰め、勢いをそのままを破壊力とし、大妖怪の腹にブチ当てたのだ。


 普段の柔らかな物腰とは違う、真剣で、覇気のこもった面持ちで、美鈴さんは己が参戦の意を告げる。
 八雲紫は答えない。
 否、答えられない。
 ぶちかまされた衝撃に身を委ねるしかなく、その身は弾けるように遠く遠く蹴り飛ばされて、激しく転がっていく。
 宿敵が遠くに転がっていく中で、蹴り飛ばした武人は、慣れた仕草で地面に着地して、そして私の方へと振り向いて、


「だから私の名前はメイリンですって! 妖夢さん今"みすず"って言ったでしょう!」

「ごめんなさい」


 まだ美鈴メイリンと言うのに慣れてなくて、突発的だと美鈴みすずと言ってしまった。


「み、みりんさん!? なんで……?」

「ルーミアちゃん今の会話聞いてなかったのーーー!!? みりんじゃなくてめいりんダヨーーー!!」

「んー……おなまえよりももっと優先することがいっぱいあるから、そっちはあとで考える!」


 堂々と胸を張って失礼なことを言うルーミアさんだった。
 美鈴さんはげんなり切なくなりながらも……まあ一応正論ということで。
 納得いかないままとはいえ、ルーミアさんの意見にとりあえずは従ってくれるのだった。


「それでみす……美鈴メイリンさん、どうしてこんなこと」

「わあい、言い直してくれた! 妖夢さんありがとお!!」


 みすずさん、呼び方の件は後回しってことになったじゃないですか。(←独白なので言い直してない。妖夢がなかなか美鈴の本名覚えない原因)


「どうしても何もないですよ、水くさい! 友達のピンチですよ! そんなの、私が見過ごせる訳ないじゃないですか!」


 美鈴さんは笑顔で親指を立て、ご機嫌なていで言った。
 この人は、ただ純粋に、誰かのために動くのが当然だと、本心からそう言える人だと、その笑顔が、なによりも証明してくれた……。

 ―――知らぬが仏と言う言葉が頭をよぎる……。

 美鈴さんの思いやりの気持ちは嬉しかった……でも、自分がどれだけの絶望に足を踏み入れたのかも存じぬまま、足を踏み入れてしまった。
 まだ知らぬ絶望に巻き込まれることを自ら望んだ、誇り高き護り手の優しき微笑みが目に映る。
 その誇らしげで楽観的な表情は……途端に曇りを帯びると、美鈴さんは苦々しくも言った。


「それにルールには反してないはずです……ギリギリ、ですけどね」


 思い返せば、美鈴さんの奇襲は、盲点ではあったが紫さまの提示した条件には抵触してはいない。
 美鈴さんを含め、3人で臨んでも良いと、紫さま自らが提案した特殊ルール、それに則っただけなのだ。
 私が勝手にルーミアさんとふたりだけで迎え撃つと話を進めただけで、美鈴さん自身は受けないとはまだ言っていない。
 ゆえに、この変則ルールでのスペルカード戦、美鈴さんに参加する権利はまだ残っていた。

 紫さまは、どんなにハチャメチャでも約束だけは守るお方だ……己が明言した事柄を、己の意図したこととは違えど、受け入れるだろう。
 例え、自ら搦め手に掛けられとしても。

 そしてルールも守る。
 そもスペルカードの宣言も―――私は宣言を聞き損ねたものの―――言い終えた直後の一撃だった。
 つまりは……開戦の火蓋は既に切って落とされた後なのだ。
 ゆえにこのダメージさえもルールの中、紫さまは受け入れるだろう。
 まさに達人の成せる、刹那を捕えた一撃。お陰で私たちには大分有利な状態で事が運ぶことになったのだ。

 ……それでも、不意打ち気味の蹴りは……まだ短い付き合いとはいえ、優しく正しく真っ直ぐであった美鈴さんの、そのらしからぬ一撃と分かった……。
 美鈴さんも、ギリギリで筋を通したのだろう。
 むしろここまで反則寸前の搦め手でなければ、勝てない相手だと、心のどこかで察していたのかもしれない……。
 事実、相手はそれ程のお方なのだから……!


 でも………………なんで手を出してしまったんですか……!


 頭の中で吐き捨てずにはいられなかった……。
 怒りではなく、悲哀の想いで。

 私は、美鈴さんだけは助けたかった。
 その助かるチャンスをふいにしたことに、なにかしら言葉を投げかけたかった。
 だがそんな時間さえ、私たちには与えられなかった……。


「ふふ……うふふ……」


 ぞくり、不気味な笑い声が、静かに場に響く。
 声の出処は……蹴り飛ばされ、無残に地面に横たわる紫さまの口から。
 美鈴さんの奇襲にしてやられたというのに、その唇は妖しく歪ませて笑みを浮かべている。
 それが、背筋に冷たいものを走らせる。
 ルーミアさんも思わず「ひゃぅっ!?」と可愛い悲鳴をこぼして、少し怯えてしまっていた。


「紅き髪の客人よ、見事です……して、やられましたわ……。
 ええ……その、通り……あなたの……おっしゃるとおり、ですわ……」


 やはりというか、思った通り、美鈴さんの搦め手を受け入れる腹積もりで居る。
 美鈴さんの今の先制攻撃で、大きく「体力」を減らしただろう、優位に事が運んでいるというのに……なんなんだこの不安……!?



 ……スペルカード戦は、基本的に弾幕を披露する側は「制限時間」と、そしていわゆる「体力」を設定しているものである。
 制限時間は特に説明する必要もないと思われる。要は設定した時間内に倒すか逃げ切れば終わる、ということ。
 一方の「撃破」ために重要になるのが、もう一方の「体力」の方である。

 この場合の「体力」とは、本来の身体的な意味合いとは違い、改めて設定しておく、いわゆる「耐久値」とでもいうようなものであろう。
 早い話「どのくらいのダメージを与えれば、披露側が負けを認めてくれるのか」というもの。
 これはスペルカードルールが、ただの粗暴な争いとは違うルールある競技だからこその取り決めである。
 (まあスペルカードルール自体にも色々細かい違いがあって、そのもっとも普及している形として、での話ではあるけれど)

 そうでなければ、無尽蔵の耐久力を持つ大妖怪が制限時間なしで勝負を吹っかけることとなり、
 体力に限りのある人間に勝ち目なんて絶対なくなってしまうからだ。
 仮に同じ妖怪同士でも、まだまだ未熟なルーミアさんが、成熟した大妖怪の紫さまにそんな手を取られようものなら、
 おそらく体力の底どころか中腹に届くかさえ怪しい。

 それはスペルカード戦に主として謳っている「対等」という理念を完全に冒涜することになる。
 誰よりも何よりもルールを重んじる紫さまが、その冒涜を行う訳がない。
 ルール無用な反則キャラでも、ルールを重んじる理念への信頼は、長い付き合いからこそ理解できていた。

 だからこそ、美鈴さんの先手の一撃で、ルールの中で一気に「体力」を削った現状は、かなり優勢となったことになる……!


 だというのに、腹の内で何を考えているか分からぬ紫さまの、余裕とも取れる嘲笑のせいか、好転した今この状況にまったく優位を感じない!
 咽ぶく様子も見せず―――あんな強力な蹴りを受けたというのに……!―――静かに、横たわったまま答うる紫さまは、ただただ不気味さを醸し出してた。


「だが惜しい」


 瞬間、息も絶え絶えに見えた語りが、突然滑らかに言い切るそれに変わる。
 言い知れぬ威圧感。
 不吉なそれに、背筋に悪寒が走る。


「ああ、惜しい……実に惜しいわ……!」


 横たわったままで勿体つけながら、静かに、それでも愉快そうに、不気味に笑う紫さま。
 まるで自分の思惑が的中して、私を見事に引っ掛けては心底楽しそうに眺める時の幽々子さまのよう。
 愉快な気持ちが抑えられないような、静かで邪悪な笑み……その聡明な頭脳にて企てられる策略に、見えざる恐怖を感じる。
 そうして明かされる真意は、残酷だった。


「これが"耐久弾幕"でなければ、今の一撃で随分優勢に持っていけたのにねぇっっ!」


 誰の口からか、え……、と焦燥の声が漏れる。
 ぞくりと背中に走った悪寒が、正しかったことを理解させられた。



 耐久弾幕とは―――文字通り、制限時間までただただ弾を避けきる形式の弾幕のこと。
 先に述べた体力と制限時間、そのふたつの内、「制限時間のみが決着の決め手となる弾幕」のことを指す。
 時間と共に難易度の上がっていく弾幕を、時間が来るまで最後まで避けきれば勝ちとなり、
 文字通りの耐久であるがゆえ……与えるダメージは全て無効扱い。
 当然、体力を大幅に削れたであろう、先の強靭な足刀のダメージさえも無効!
 つまり美鈴さんの奇襲は、紫さまの策略により既に潰されていたことにっ……!!

 なんてこと……悪態を吐こうと口を動かす前に。
 だが絶望はここからが本領だったと思い知る!


「イマイチ決まらなかったからね……今一度スペルカードを宣言させて頂くわ―――」


















    転換「名が体を表す転生の抱擁」


















 紫さまがスペルカードを宣言すると同時に、紫さまのお体を中心にスキマが開いた!!!
 そしてスキマはすぐに閉じて、紫さまのお体を丸ごと飲み込み、その姿をここから消してしまう!


「ゆ、ゆかりんさま、消えちゃっ、た……?」


 耐久弾幕、ということで自らの当たり判定を完全に消したというところか。
 だが私が感じた絶望はそんなところじゃない!
 先ほど紫さまが述べたスぺルカードの、その名前……転換「名が体を表す転生の抱擁」。

 「名」が「体」を表す。
 「転生」の抱擁……「生まれ変わる」。
 高速で頭を過ぎるキーワード。
 同時に木肌に彫り込まれたラクガキに描かれていた単語を思い出し。
 そして連鎖的に想起する、まだ記憶に新しいそこからの顛末。

 犠牲となり変わり果てた戦友のなれの果て……―――湯気の立つうどんの姿を!


「ルーミアさん美鈴メイリンさん絶対に避けてッッ!! もし捕まったら取り返しのつかないことになるッッ!!!!」


 ふたりに告げると共に、私は鞘から二刀を抜き、完全な臨戦態勢を取っていた。
 恐怖で血の気は完全に引いている。
 あのスキマに剣が通じるなんて分からない、けれど自分にできる全てで迎え撃たないとやばいと思った。


「妖夢さん……? 捕まる……って、弾幕なのに? それに取り返しのつかないことって……」

「よーむちゃん? わたしもみりんさんも、どうにかなっちゃうの……?」

「少なくとも美鈴さんは味醂に生まれ変わりますね。今のルーミアさん発言が理由で」

「わたしのせいで!?」

「なんですかそれ意味わかんない!?」


 さり気ないルーミアさんの一言が美鈴さんの運命を決定づけてくれてた。
 そりゃ意味わかんないでしょう。
 私だって分かんないよ! でも……!


「もー、妖夢さんったら……大声出すから何かと思えば。
 そりゃあ、この名前のせいで確かに味醂と呼ばれて来ましたけど、そんな冗談みたいなこと起こる訳……」

「冗談じゃ済まないんですよッッ!!!」


 ああ、確かに冗談だ。味醂に生まれ変わるだなんて、性質の悪い冗談以外の何物でもない。
 だから美鈴さんがそれを軽く笑い流してしまっても仕方のないこと。
 ……だけど、紫さまは、その冗談を確実に実現する……。
 いや……"してしまった"のだから……。文字通り「冗談じゃあない事態こと」になってる。

 私の鬼気迫る表情から事態の重さを察してくれたのだろう、美鈴さんはまだどこか疑う気持ちを拭えぬままでも、表情を引き締めてくれた。
 けれどまだまだ心が未熟なルーミアさんは、状況が飲み込み切れてないのもあるんだろう、おろおろと戸惑うばかり。
 死闘は、既に始まってしまったというのに、これでは心の隙間を突かれてしまう!

 ……いいや、私だってルーミアさんのことを言えた立場じゃない!
 ふたりに強気に訴えておいて、その内心は恐怖で狼狽えて、頭ん中はぐっしょぐしょだった!
 こんなに心を乱した状態じゃ、避けられるものも避けられなくなってしまう!

 どうする!? どうなる!? どうするのがいい!?
 ああああ、だめだだめだだめだ! なまじ状況を理解してしまったせいで心が焦ってしまっている!
 こんなんじゃ、ふたりよりも先に私の方が餌食になってしまう! ただでさえ右足にハイヒールハンデを抱えてるっていうのに!
 一度気持ちを落ち着かせろ! 私自身のためだけじゃない! ルーミアさんを守るためにも!!


「……! ……ルーミアさんを……守るため……?」


 小さく復唱すると、途端に気持ちが静まってきた。
 我ながら、彼女のためならゲンキンなものだなあと思いながらも、事実落ち着きは取り戻せて、集中力も湧いてきてるのが分かった。
 ……なら、ゲンキンでもなんでも構いはしなかった。
 そう、今彼女を守れるなら、後に冷やかされたって構いはしない。

 そうだ落ち着け魂魄妖夢……。
 今までの醜態が嘘のように、不思議なくらい冷静に構えられて、思い出す。
 これが弾幕ごっこである以上は、必ず避けられる弾幕になっているはず、ということを。

 絶対に避けきれない弾幕は反則。ルールを重んじる紫さまならば、それは絶対に忌避すべき状況。
 だからまずは冷静に初手を見極め、そこから突破法を見抜くだけのこと!

 鈴仙さんをあられもない姿に転生えたスキマは、弾幕とどう織り交ぜてくるかは予想がつかないけれど、
 先程と同様、音も匂いも気配さえもなく現われるはず。
 だから現われた瞬間の、その刹那を察して避けるしかない!

 神経を研ぎ澄ませ! 落ち着け! 集中しろ!
 わずかな気配も見逃すな、感じ取れ!
 自分の為だけじゃない、彼女のためにも……!
 極限まで!
 限界を超えて!
 集中しろ魂魄妖夢!!



 ―――世界の景色いろが灰色に反転する……。

 風や葉の音さえ無言になる。

 研ぎ澄まされた神経が、限界を超えて集ちゅ、う……―――


「―――あ」


 ………………それは、偶然だった。
 本当に、ただの偶然。

 景色いろが灰色に変わりきるその最中、たまたま目の端に入ってきただけであって。
 そこに目を向ける明確な理由があった訳でもなく……たまたま私が目を向けていた方向に、
 少し離れた美鈴さんも視界に入っていたって……たった、それだけのことだった。
 美鈴さんの背後、数メートルも離れてない距離に、
 半透明の紫さまがまるで背後霊のようにそのお姿を浮かび上がらせているのを、私の目が偶然にも捕えていた。


「美鈴さん後ろからッ!!! 避けてええぇぇッッ!!!」

「っ!!」


 反射的に叫ぶ。
 集中した精神、気迫をそのまま全て吐き出すように。
 ……その時、私は同時に"あること"に気づいて、ひとり戦慄していた。
 けれど、美鈴さんの身を、怪しい手つきといやらしい顔つきで今にもいかがわしい行為に及ぼうと狙っている紫さまを見て、
 美鈴さんの身の危険がすぐそこに迫っていることを理解して、今はただ叫んだ。


『ゆっ―――』


 美鈴さんが、私の声に反応して後ろを振り向く。
 ほぼ同時に、半透明の紫さまのお体の中心から、先程のようにスキマが開くのが見えて、今度はそのスキマを"身に纏った"。
 「開いた」スキマを「纏う」……自分でもなにを言っているか分かり難くて仕方がないとは分かっていたけれど、
 言葉としてはそう表現するしか思いつかなかったし、そんなところに気をつかってる余裕なんて今はない。
 きっとあれは、形は違えど鈴仙さんを飲み込んだスキマと同じものだろう……もし飲み込まれたら、取り返しのつかないことに―――
 そう思いを馳せている瞬間、


『―――かりーーーん!」


 スキマを纏うと同時に紫さまの半透明が解け、そしてそのまま美鈴さんへと体ごと飛びつく! いやらしい手つきで!
 その様子はまるで川の魚が水面を突き破り、空中の羽虫を捕食する姿のよう!
 八雲紫が次元の水面を突き抜けて、己が身に纏いしスキマというあぎとで、美鈴さんえものを捕食せんと再びこの次元へと舞い戻ってくる!


「こッ……のおおぉぉっっっ!!!」


 気合いの雄たけびと共に鍛え上げた脚力を存分に発揮し、飛びかかる紫さまの突進的抱擁セクハラダイブの回避を試みる美鈴さん!
 私が確認できたのはここまで、美鈴さんの心配ばかりもしてはいられなかった!
 紫さまが次元の水面を突き抜けた際、水しぶきが舞うがごとく、同時に紫さまを中心に弾幕が弾け飛んできていたのだ。

 弾幕をこう織り交ぜてきたか……!
 これは弾幕勝負、鈴仙さんを餌食にしたスキマ以外にも弾幕が撒かれることは、考えてみれば当然のことだった

 ばら撒き弾幕となった弾の濃度は、それほどでもない。
 全方向にランダムに、適当にばら撒かれては、直線的に飛んでくるだけ。
 が、不運なことに、その内のいくつかはおろおろと戸惑うルーミアさんに向かって飛んできて。
 更に運の悪いことに、彼女は弾に対して背を向けていて、自分に向かってくる危機に気づいてさえいなかった。


「ルーミアさん!!! 危ないっっ!!!!」

「ふぇ……?」


 私は彼女と弾幕との間に割り込み、かつ位置的に振り抜きやすかった左手の白楼剣にて一閃!
 ルーミアさんを襲う弾幕を一薙ぎにし、急場を凌ぐ。

 一方、美鈴さんの方も、


「あ……っぶなーーー! 危なかった危なかったぁ! 間一髪でしたーー!」


 どうやら無事らしいだったらしい……。
 ごろんごろんと地面を転がりながら、ちょうど私とルーミアさん立つ場所のすぐ近くまでやってきていた。もちろん人型のままで。
 状況は予断を許さないものの、まず初手を乗り越えたことにほんの少し安堵を覚える。
 ここで、3人と1匹が再び一ヵ所に集結した形となった。


「あーん、惜しい〜。あとちょっとでその豊満な乳房をねぶれると思ったのに〜」

「あっぶなーーー!? なんかいかがわしいことされるところだったぁーーー!!? 間一髪だったーーー!!」


 いつも通りのテンションでゆるゆる〜っとセクハラトークをぶっぱなす紫さま。
 相変わらずの変態的な本性全開で、美鈴さんにまでそのセクハラの間の手を伸ばそうとしてたことを白状してる。
 いつもなら呆れて眺めているこの状況だったけれど……正直、なにひとつ笑える状況じゃない。


「うわわ!? ゆかりんさま出てきてた!」

「ハァ〜イ


 明後日の方向を向いていたルーミアさんも、美鈴さんたちのやり取りに遅れて事態を把握。紫さまもお気楽にウィンク&手を振って応えていた。
 ルーミアさんの、このほんのちょっと遅れて気づくちょっぴり鈍いところもかわいいなあ……なんて、そんな和やかになれる場面では、一切なかった。

 ハッキリ言おう、ルーミアさんの勘は決して鈍いものじゃない。
 どころか、むしろ人間のそれとは遥かに差をつけてレベルで高い。
 現世では肉食獣のような日常生活を送っている野良妖怪っ娘なだけあって、その直感力、野生の勘は肉食獣と同等かそれ以上。
 更にはそのレベルの嗅覚まで備えている。
 好きだから依怙贔屓えこひいきしてるとかじゃなく、普通に評価しても、私以上に優れた感知能力を持っているとさえ言える。

 その彼女が……今に至るまで紫さまの出現に気づけなかった。


 それもそのはず。だって紫さまには、"気配がなかった"んだから……!


 さっき半透明の状態で現われた紫さまを見た瞬間覚えた最大の恐怖がそれ。
 だってこの目に見える紫さまには―――これ以上ないほど高めた集中力で炯眼しても……一切の気配を感じ取れなかった……!

 半透明の紫さまは、なんとなく、この次元とは薄皮一枚隔てた裏側に隠れているかのように、存在感というものがまったく感じられなかった。
 もちろん、こちらに顕現した今なら気配を感じることができる……。
 だからこそ、半透明の―――次元の薄皮一枚裏側にいる時の紫さまを感知できない事実を如実に突き付けられる。

 そして……もうひとつ恐怖すべき状況に直面してた。


「わんわんお……」

「……ところでなんでこんなところに白い犬が?」

「あれ、ほんとだ」


 正直私は、鈴仙さんを飲み込んだスキマにさえ気をつければとタカをくくっていた……甘く見ていた……!


「わんわんお……」

「おいしくなさそう」

「ルーミアちゃん、初見の動物さんをおいしそうかおいしくなさそうかで判断するのは門番さんどうかと思うなー」

「ねーよーむちゃん、このあんまりおいしくなさそうなワンちゃんどうしよう? あぶないよ」

「そうですね、危ないですよね。どこから紛れ込んできたんでしょうね?」

「ずっと……居ましたよ……」

「え?」

「……さっきまで、鞘に収めて身に着けていました。この"白楼剣"は……」


 先ほど、ルーミアさんを守るため紫さまの弾幕を切り払った時のことだった。
 剣が弾に触れた瞬間、食虫植物が獲物に反応するように、
 弾がはじけスキマが広がり、そのまま白楼剣を飲み込んでしまって……そして、生まれ変わったのだった。
 魂魄家に伝わる由緒正しい短刀が、その姿をよぼよぼの老いた白い犬の姿へと。
 白楼剣はくろうけん白老犬はくろうけんへ生まれ変わってしまった……。


「はくろうけん? 白、老犬? え、ダジャレ……?」


 混乱がピークに達した、思考が追いついていない美鈴さんの精一杯の解釈だった。
 間違っていないけど、本当に全然笑えない冗談だ。
 まあこんなの理解しろというのが無理だし、私だって説明しきれるとは思わない。

 とにもかくにも、詳しい仕組みは分からないものの、ばら撒き弾幕に被弾あたったとしても、
 紫さまの纏っている変身スキマと同様のスキマが開かれ、そして被弾者を飲み込み、結果"生まれ変わってしまう"ことだ。


「あ……。おうどんさんと……おんなじ……?」


 ルーミアさんは言葉遊びに気づいて状況を把握したらしい。
 さっきの"アレ"を見ていたから、すぐに飲み込めたのだろう、満身創痍のその顔を更に青ざめさせ、震える声を口にする……。


「だから言ったでしょう? 即席とはいえ、特殊な弾幕を用意した、って……ふふふ―――』


 意味深に台詞だけを言い残して、紫さまは纏っているスキマを閉じて、そのお姿をお消しになられた。
 笑いながら次元の裏側へと消えた紫さまの笑い声。
 最初は耳で聞きとっていたそれは、途中から頭に直接語り掛けられてるかのように切り替わる。
 それは丁度さっき、頭の中にダイレクトにテレパシーしてきた時と同じように。

 場には、私とルーミアさん、そして未だ事態を掴みかねている美鈴さんと、あと白い老犬だけが取り残される形となった。


「特別な弾幕……って、一体……?」

「み、みりんさん! あ、あのね! つかまっちゃったらだめってことなの! おうどんさんみたいにおうどんになっちゃう!
 あれ、みりんさんはみりんになっちゃうのかな? と、とにかくたいへんでだめなの!?」

「ルーミアちゃん大丈夫? 日本語が大丈夫じゃないよ?」


 ルーミアさんは美鈴さんの服をすがるように引っ張りながら精一杯の説明してあげようと試みる。
 気持ちが落ち着かないルーミアさんではがぐしゃぐしゃで、
 なにを言わんとするのか、全然伝えられそうもなかったので、私から簡単な説明を補足することにした。


「細かく話してる余裕はないので、ざっくりと言いますと……紫さまが纏っているスキマに触れてしまうと、とにかく生まれ変わってしまうんですよ……別の存在に」

「別の、存在……? えっと、どういう……」

「……それとルーミアさん、ひとつだけ訂正させて頂きます。
 紫さまの纏うスキマだけじゃなく、同時に放たれる弾に当たっても、同じ結果になります。この子のように」

「わんわんお……」

「そ、そーなの……?」


 老いた犬が、私の脚にすり寄って懐いている。
 いつも愛着を持って触れ合っていたお陰なんだろう、なに気に愛されてたんだなあと実感。
 こんな時じゃなきゃその感慨に浸れたんだろうなとおぼろげに考えながら、その頭をなでてあげた。
 白老犬はわふわふと気持ち良さそうに目を細めてくれた。

 白楼剣が白老犬になった瞬間を思い起こす。
 普段の弾幕勝負でも、私はこの剣で弾を斬り裂き、乗り越えてきたことがあった。だから今回も、そのつもり白楼剣を振るったのだけど……
 今回の弾は、刃が触れた瞬間にスキマが発動、白楼剣を飲み込んでしまった……。剣を掴んだ手まで飲み込んで来なかったのは、紫さまなりの矜持か……。
 その際のスキマの開閉は本当に一瞬の出来事で、集中力を発揮させていたからこそ一連の出来事を肉眼で捕えられたけれど、
 その開閉は、体ではとても反応が追いつかないくらい早かった。
 紫さまが矜持を抱いていなければ、私の左手は反応が追いつかず諸共飲み込まれていた……。
 というか、当たって開いて閉じるまでの3行程の速度は……私の全速力どころか、私以上の速度を余裕で出す某烏天狗でさえ、逃げ延びれないだろう……。
 被弾し発動されては、その邪なあぎとからは、幻想郷最速でさえ逃れられない……!


「ええっと、とにかく当たったら大変になるということだけ念頭に入れてくださ―――」

「ッ!! 妖夢さん危ない!!! 後ろ!!!」


 その美鈴さんが、ハッとしたように叫び出す。
 私は思わず後ろを振り向いてしまった。
 それは「後ろを見ろ」ではなく「後ろから来る」という意図であり、彼女の警告に従うなら振り向きもせずに横に避けるべきだったというのに。


『ゆっか……―――』

「しまッッ……!!」


 た。
 半透明の紫さまが。
 私を背後から抱きつかんと、両の指先をいやらしい手つきで、多足虫の脚の様にわきゃわきゃと動かして。
 顔を高潮させて、目と唇は下心丸出しに嬉しそうに歪ませていた。
 ひどく見苦しい。
 いやそんな総評してる場合じゃなくて―――反射的に足に力を込めた!



「ぅおぉぁぁぁああああああッッッ!!!」

『―――りーーん!」

「やあやあ皆さんお揃いで、この射命丸文が最新の情報をお伝\ ガォン!! /


 間一髪、無事な左足で力いっぱい地面を蹴りつけて、私は思いっきり体を跳ね飛ばした。
 ……なんか乱入してきた某烏天狗が紫さまの抱擁を受けてたけど……。


「あーん、避けられちゃった〜! ま、素敵な交渉相手が増えたし、いっか……


 な、なんとか、逃れることに成功した……。
 左足で飛び退いたということは、自然ハイヒールにされた方の右足で止まろうとしてしまった訳で、
 結果、思いっきり跳んだ勢いが止めきれず着地に失敗、盛大にすっ転んでごろんごろんと地面を転がってしまったけれど……。
 それでも、下心満載邪念一杯の弛み切っていた顔を、心底残念に、それでもおどけるていで言う紫さまの姿を、離れた位置から眺めることが叶った。

 あ、危なかった……!?
 割り込み天狗の余計な乱入がなければ……あれで紫さまの手が一瞬遅れたのだろう、でなければ完全に不意を突かれて戦闘不能リタイアしていた……!
 余計な乱入がなければ、私は今頃あのヘンタイに抱きつかれて体の至る所を撫で回され弄ばれて……
 じゃなくて、鈴仙さんみたいになにか別の存在に変えられていただろう……「ようむがようむに」なっていただろう。わかんないけど。

 そういえば……紫さまの帰還と共に同時にばら撒かれる弾幕が消えていることに気づく。
 避けるところまで気を回す余裕もないまますっ転んでしまったので、事故的な被弾がなく助かったと思ったけれど……
 どうやら紫さま自ら弾幕を消されてたらしい、体勢を立て直してから辺りを眺めてみると、弾幕はどこにも見られなかった。
 これも弾幕勝負の決め事というか、暗黙のルール。被弾の際は、場にばら撒いている弾は一度すべて消してリセットする。
 もちろん必須ではないけれど、相手は紫さま、当然その決め事を守ることにも矜持を持っていたみたい。

 また、遅れてルーミアさんたちことも確認する。
 ふたりも避けるつもりで離脱していたのか、少し離れた位置に移動していた。
 というか、ルーミアさんは美鈴さんにすがっていたままだったので、どうやら美鈴さんはそのまま抱きかかえて同時に退避してくれてたらしい。
 手慣れた感じでルーミアさんの腰に手を回して、俵のように担いでいた。ルーミアさんは本当に脇に抱えやすいんだなあ。


「だ、大丈夫でしたか妖夢さん!? なんか派手にすっ転んでいましたけど……!?」

「ええ……なんとか……。さっきから何回もやってるんでもう慣れっこです」


 ……もう本日何度目だろう? 朝から転ぶ予行演習はくり返し行ってきたお陰で、受け身が物凄く手慣れた感じになってるのが少し悲しかった。
 それでもまだいい、被弾するよりは断然マシか。
 足首も軽く挫いてたけど、大丈夫、動かすのには影響はない程度と痛覚が教えてくれる。

 見た目派手に転んでいた分心配を掛けてしまったらしく、私の口から無事を知らされると、美鈴さんは安堵の息を漏らしていた。
 ルーミアさんも抱えられたまま、「でしょ! よーむちゃんは頑丈ですごいんだよ!」なんて、自分の事じゃないのに自慢気だった。かわいい。
 と、ほのぼのかわいい彼女を眺めて(効果:気力回復)いると、手の擦り傷に生暖かい感触が訪れる。


「わんわんお……」

「白楼剣……! お前も心配してくれるんだね……」


 どうやら彼(?)にも心配を掛けてしまったらしい。擦り傷舐めて癒してくれていた。
 慣れた愛刀に懐かれるとは、剣士として、冥利に尽きる。


「ありがとう。……さ、危ないから、向こうに行ってて」

「わふ〜……」


 白楼剣を見送って、私は再び残酷な現実に目を向ける覚悟を決める。
 乗り越えるべき弾幕しれんへと、再び立ち向かうために……。


「それよりも妖怪砂糖製造器さん! 天狗の方はどうしたんです!?」



 私が自らの愛刀と戯れを終えると同時くらいに、美鈴さんは強い剣幕で、まだ次元の裏側に退避していない紫さまへ向けて問い詰めていた。


「え? あの黒髪が魅力的でいつも活発に動き回るだけあって引き締まったスレンダーな肉体を持つ魅力的なレディのこと?」


 確かに、抱擁セクハラを受けた割り込み天狗は、いつの間にかその姿を消している。
 またろくでもない情報でも持ってきたんじゃなかろうかというメディアの犬……いやカラスの心配までするなんて、美鈴さんの優しさには本当心温まるなあ。
 しかし当の黒髪が魅力的でいつも活発に動き回るだけあって引き締まったスレンダーな肉体を持ってるらしい一応魅力的と評される烏天狗の姿は、どこにも見当たらない。
 人間大の大きさのものが、まるで神隠しにでも遭ったかのように、この場から消えてしまっていた。

 けど……美鈴さんは、しかと目撃してしまったのだろう。
 信じられないから、現実を受け入れられないから、今一度質問しているだけであって……
 ……確認する美鈴さんの、空いている方の手が、わずかに震えているのが目の端に入っていた。


「あら? 彼女なら居るじゃない。……あなたも、見ていたのでしょう?」


 居ると言って、紫さまは"彼女"を差し出した。

 文さんは別に消えたわけじゃなかった。
 ただ隠れて見えなくなっていただけ。
 ただちょっと―――


「ただちょっと……"生まれ変わった"だけよ」


 紫さまは、手に持っていた一枚の手紙―――ふみをそっと取り出し、指から離れた"彼女"ははらりひらりと地面は舞い落ちた……。


「……だから……なにを、言って、るんで……?」


 訳が分からない、というように、美鈴さんは聞き返す。
 紫さまは……答えない。曖昧なまま、それでも冷たい眼差しで微笑むばかり……。


「つまりそういうことなんですよ……。変わってしまったんですよ!!」


 だから私が言った。
 それが、美鈴さんのすがりたい希望にトドメを刺すことになると知っていて。
 自らが立ち向かわんとする大妖怪ぜつぼうを、理解して欲しい、その一心で、心を鬼にして。


「じゃ、じゃあ本当に……!?」

「ええ……この手紙は、紛れもなく文さんご本人です……」


 風に舞い、私の足元に落ちた彼女を拾い上げながら、苦々しく告げる……。
 ……美鈴さんの顔が、目に見えて青ざめるのが分かった。
 そして目線は、私の手にある手紙あやさんへ……

 風を操る程度の力を持つ彼女が、今や風に操られる程ほど弱い存在に転生えられてしまっていた事実。
 現実に突きつけられた"生まれ変わり"の恐怖。
 場にいる全員が、理解はしても、納得まではできていない模様で、私だってそうだった。
 仕組みなんて皆目見当もつかない……。
 ただ事実として、飲み込まれたら生まれ変わる、それだけを把握して……そして逃げ延びなければと恐怖している。

 どうでもいいことだけど、手紙の内容は「速報!! いのしし亭、新商品近日発売!」とか書かれてるのが見えた。
 他にもいくつか速報が書かれてるけど、似たようなくだらない内容ばかりっぽそう。
 こんなこと知らせるために、文さんは己の身を薄っぺらな存在に変えられてしまっただなんて、なんて哀れな……。
 ジャーナリストというのはそういう、割に合わない不毛な生き方なのかもしれな……あ、この新商品おもしろそ。今度ルーミアさんと食べよう。

 美鈴さんも、この顛末を目の当たりにして信じるしかないと理解してくれたらしい。
 ルーミアさんが「大丈夫?」と心配していた。
 きっと、直に伝わる震えから、美鈴さんの心の内を知ってしまったからだろう……。

 今や、全員がこの恐怖の弾幕ごっこを理解した。
 戦いは、恐怖の始まりは、むしろ美鈴さんが理解したこれからが本番だから……!

 ……今からが、本番……か。
 ……なら、


「紫さま! み……美鈴メイリンさんはこうなることを知らなかったんです!
 事情を知った今なら考えも変わってるはずです! 今からでも降りることを認めてもらえないでしょうか!?」

「妖夢……さん……?」


 紫さまに今一度訴えようと、紫さまの方に顔を向けた。
 が、既にそのお姿はとうに消えていた。恐らく次元の裏側に移動したのだろう。今は気配すら感じられない。

 それでも、私は誰も居ない虚空へ向けて訴え続けた。
 さっき直接脳内に語りかけてきた紫さまのことだ、きっとこの場に、この次元に居なかろうとも、きっと聞いていてくれると思ったから。


「お願いします! こっちの人数が少ない方が紫さまにとっても有利なんでしょう!? なら悪い話じゃあ―――!」

『だめよ』


 思惑通り、頭の中に直接紫さまの声が響いて、そして答えてくださった。
 希望を裏切る、拒絶の裁定を。
 あっさりと、残酷に、厳格に。


『彼女は自ら参加の意志を示した。その詳細も確かめず強引に事を運んだのは事実!
 確かに……私にとっては相手にする人数が少ない方が有利ではあるわ。
 けれど、私はそれを許さない! 認めない!!
 ルールを破るくらいなら、私は不利で十分!!』

「そ、そんな……」


 紫さまは、やはり妖怪の賢者ゆかりさまだった。
 いつも女の子相手には甘くとも、それ以上にルールには厳しく、そのためなら、自らが不利益を被ろうとも、決まりを優先する。
 その自尊心、これまでの付き合いで理解していたはずだったのに……それでも縋りたかった、一縷の望みに。
 だって、美鈴さんは……あの一撃は……私たちを助けるためのものだったんだから……!
 なのに……なんてこと……。
 美鈴さんの奇襲やさしさは無意味に終わっただけじゃない、美鈴さんをこの過酷な闘いに巻き込む決定打となってしまうなんて……!
 なんて……皮肉な……!


    パァンッ!!


 絶望に、目の前が真っ暗になりかけたその時、何かの弾ける音が突然私の耳を劈いた。
 それもかなりの大音量。
 音の出処に目を向けると……美鈴さんが、自らの頬に両手を添えていて。
 痛ったぁ、なんて零す姿や、赤く腫れ上がる頬を見れば、それは美鈴さんが気つけのように自ら両頬を強く叩いたものだと気づく。


「構いませんよ」


 揺るがぬ意志で、彼女は言い切る声。
 そこには、事態の深刻さを知り、手を震わせていた姿は感じられなかった。
 気を持ち直し、まるで鈴の様に凛と澄んだ、美しくも勇ましい声。


「そりゃあ……本当の味醂になっちゃうなんて、嫌ですよ。
 味醂と呼ばれることは何回もあったけど、自分が味醂になることなんて考えたこともなかったです」


 でしょうねー。


「そんなの、笑い話にもならない……。たははっ……やっぱ怖いなぁ……いやだなぁ……」


 乾いた笑いを浮かべながら、強がりもせず、ただ本音を素直に口にしていた。
 そりゃそうだ、怖くない訳がない。
 私だって怖い。
 自分が、別のなにかに変わってしまうなんてこと、恐怖以外の何物でもない。
 だけど―――


「だけどね、友達を見捨てる自分の方が……もっといやなんですよ!」


 その面持ちはキリッと凛々しく、彼女は本業の門番としての、守護者まもるものとしての力強いそれに変えて、紅の門番は高らかに言い切る!
 決意をそのまま戦意に変えて、彼女は奮い立って!
 確固たる意志を、立ち向かうべき強敵に向けるように宣言した!


「私も改めて名乗らせて頂きます! 紅魔館が門番・紅美鈴!! 守る門は違えど、いざ、加勢させて頂きますっっ!!」

『GOOD!! その意気や、良し!」


 紫さまの声が、脳に直接響くテレパスから実際の音声に切り替わると共に、紫さまのお姿が美鈴さんの上空に現れた!
 これまでの2度、背後から現れた紫さまだったが、今回はこれまでと違って―――いや違わない、あれも背後からだ……!!
 地面に寝そべるルーミアさん(頬を叩くために一旦置いたっぽい)から見れば、それはちゃんと背後から出現していた!

 ここでようやく、私はカラクリのひとつに気づく……!
 紫さまは、恐らく「私たちの背後から帰還あらわれる」ということ!


 ―――だが、だからこそえげつない。


 相手は音すら匂いすら、気配すらもなく、突然現れ……唯一の突破口は目で見ることのみ。
 視認するしか術はないのに、狙われた相手には見ることのできない背後に現れるというこの仕組み。

 こんなの―――分かってないと避けられない、完全な初見殺しじゃないか……!!


 透明化は既に解けていて、声を掛けている余裕はない!
 ルーミアさんを助けるためには、私が身代わりに突っ込んで、そしてルーミアさんをその場から突き飛ばすしか……!
 私は被弾しても良い、ルーミアさんを突き飛ばせれば―――と、覚悟を決めきる前に、私は命拾いしたことを実感する。

 じっと眺めるルーミアさんの腰に、再び美鈴さんの手が伸びて、ルーミアさんを抱え直し、回避運動を取る姿を目に捕えたからだ。
 集中力が高まっていたのと、ルーミアさんに関係することだったから落ち着いて判断できたこともあり、
 意識をばら撒き弾幕を避けることに切り替える。無駄に死地に赴く必要はないと適切な判断を下せた。


 直後、紫さまが先ほどのようないやらしい手つきと顔つきでスキマを纏い、妖怪・釣る瓶落としのようにふたりの居た空間へと落ちてくる。
 だが一手遅い、美鈴さんはルーミアさんを抱えたまま、既にその場からの退避を終えていた。
 先読みして避けられたため、勢いを止められなかった紫さまは地面にキスをしてブギャッと醜い声を上げていた。

 やはり同時にばら撒き弾幕も飛んでくるも、そっちの方は大したことなく、私は難なく避けてみせて、美鈴さんたちも同じく避けきっていた。
 しかし美鈴さん……さすが紅魔館の門番だけあるお人だ……。
 名乗りを上げた直後という、気が緩みかねない一瞬でも、美鈴さんはしかと対応し、冷静にルーミアさんを助けるまでこなして―――


「あれ……?」


 ……今の、おかしくない?

 いや、正直良いことだけど。
 良いことなんだけど……腑に落ちない。
 だって美鈴さんは今……。


「美鈴さん! あの、―――」

「ひゃああん! く、くすぐったいぃぃ!? おむね……! みりんさん、おむね触らないで……く、くすぐった……ひゃぅ」

「あ!? ごめんねルーミアちゃん!? 私慌ててたからつい」

「斬り殺しても良いですか!!!」

「ぎゃあ!? すさまじい殺気が味方から放たれてる!!?」


 目を離した一瞬の間に一体どういう力が働いたのか、ルーミアさんにいかがわしい行為を働く不届き門番が居たので、楼観剣を構えた。殺す。


「アナタ……ルーミアさんの神聖な柔肌を……お日様にも負けちゃうくらいデリケートな柔肌を……触ったんですか!? 触ったんですか!?」

「すみません事故です! 弾みです! 女の子同士だからここは勘弁して!」

「女の子同士だってなぁぁああぁっっ! 好いた惚れたがある世の中なんだよぉぉおおぉぉッッ!!!
 それでさんざ思い悩んでたまに庭の手入れとか上の空になって木一本丸坊主にしちゃった庭師だって居るんだよぉぉぉぉおおぉッッッ!!!
 つーかぶっちゃけ胸揉むとか許せんッ!!! 殺すッッ!!!」

「助けたつもりが殺されるほどの罪を背負ってしまった私ッ!?」

「いいえ! ルーミアさんを助けて頂きありがとうございました!!(怒)」

「お礼と同時に怒られる新感覚ーーーー!!?」


 い、いけないいけない……落ち着くんだみょん魂魄妖夢……。
 まったく、一体どういう避け方をしたらそんなTo LOVEらぶるが発生するんですか……。
 私としたことが、9割本気で美鈴さんを斬り殺そうと思うところだった。


「み、味方味方! 私味方アル!」

「……にへら(怒)」

「目が笑ってない〜〜……」


 がんばって笑顔を取り繕ってみるも、やはりルーミアさんに働いた不届き、すぐには気持ちを切り替えられそうない。
 引きつる笑顔で睨みを利かせていると、美鈴さんはルーミアさんを抱えたまま、必死の形相でそこから飛びのくのだった。
 いけないいけない、飛び退くほどの殺気を放ってしまったらしい……。
 だけど、別に半分しか本気じゃないのでそんなに必死にならなくても大丈……


「あーん! また避けられちゃったか〜』


 その、美鈴さんのさっきまでいた空間を……再び紫さまが、通過する。
 早い話が……今美鈴さんは、私の殺気に怯えたからではなく、紫さまの出現を察知して、その抱擁を避けただけだったのだ。

 見もせずに。


「えっ!?」


 ルーミアさんを弄ばれた怒りの熱が冷めていく。
 無事を喜ぶ気持ちよりも、疑問で。

 音すら匂いすら、気配すらもなく、見ることでしか認識できないというのに、背後から迫りくるというえげつない仕組みのあの抱擁を……。
 たった今、美鈴さんは見もせずの避けてみせたのだ。

 そう、さっきもだ。
 美鈴さんは空より襲来する変態釣る瓶落とし奇襲の際も……一切上を見ていなかったんだ。
 つまり美鈴さんは、見もせずに避けたことになる。
 見ることでしか避けられないあの襲撃を、2度も連続で……!


「まさか美鈴さんは……!」


 紫さまの出現を、感知することができる……!?

 真偽を確かめないと、思い私は美鈴さんの避けた方向へ顔を向ける。
 そこにはルーミアさんのスカートの中に頭を突っ込む門番の―――


「きゃああああんん! みりんさんスカートの中に頭入れないでえええ!!!」

「もごもご……ルーミアちゃん重ねてごめんね……もごもご」

「獄界剣、二百由旬の〜……」

「きゃーー!? よーむちゃんだめー!? 美鈴さん斬っちゃダメーー!!」


 ―――首と胴体を我が剣技に置いて迅速に両断せんと力を込めたけどルーミアさん直々に止められたので、私は刀を納めたみょん。

 まったく、なんでまたそんなTo LOVEらぶるが発生してるんですか。
 偶然にしたってひどい。なんですか? 大いなる神の意志ですか? もしそうなら、神様だって殺してみせ―――


「もごごっ!! 妖夢さん後ろです!! もごっ!」

「え!?」


 美鈴さんのこもった声に、血の上った頭をすぐさま切り変えられたのは、賭かっているものの大きさ必死さゆえだろうか。
 先ほど横槍天狗に助けられた顛末もあってか、美鈴さんの言葉に、私は後ろを振り向かずに即回避行動に移る。

 気配すら感じられないそれは、ぴったり背後から真っ直ぐ来ることは既に割れている。
 起動さえ分かっているなら……と、後のばら撒き弾に備えるべく体を反転させながら、左足で大地を蹴る。

 私の体がその場を離れるとすぐ、背後からスキマを纏った紫さまが、気づかれたことを残念そうに思う気持ちを表情に浮かべながら、通り過ぎていった。


「……やっぱり!」


 美鈴さんは、今も私の方を見ていなかった。
 真っ黒なルーミアさんのスカートの中にいまだ頭を突っ込んだままで、唯一の確認方法である「見ること」ができない。
 にもかかわらず、美鈴さんは私の後ろから来る紫さまの存在を確かに感知していた……!
 布一枚なんてそりゃあ透けて見えると言えばそれまでだけども……少なくとも前2回は確実に見えてはいなかった!!


「み、美鈴さん!? やっぱり分かるんですか!? 紫さまの出てくる気配が!? ってか早くルーミアさんのスカートから出てください斬りたくなる」

「え、やめて、今出るから!? もごもご!?」


 美鈴さんはルーミアさんのスカートから顔を出すと、ぷはーっと一息、肺に十分な酸素を取り入れる。
 そして私が疑問をぶつけようとする前に、ルーミアさんを脇に抱え直して「ちょっと待ってください」と言い、その場を離れた。


『ゆっかりーーん! ってもういなーーい!?」


 突然の謎の行動の理由は、直後に紫さまがふたりの背後から出て来たことで判明する。
 今まで美鈴さんが立っていた空間を通り過ぎる紫さま……そう、もはや疑いようもなかった!


「やっぱり! 美鈴さんには分かるんですね!? 紫さまの出てくる気配が!」


 紫さまの襲ってくるタイミングがだんだん短くなってきてる気がした。
 あまり話し込んて抱きつかれてしまってはお互いたまったもんじゃないと、単刀直入に疑問をぶつけた。


「え? ええ、まあ。ほら、私って気を扱うのが得意じゃないですか! その都合で、ちょっと気配を辿るのは得意なんですよ」

「やっぱり! で、でも、紫さまには気配はないんじゃ……」


 美鈴さんほどではないにしろ、私も実戦に生きる身。
 目に頼らず気配から敵の様々なものを察知するというのは、そこそこできる自負はある。
 その私が微塵も感じられない気配を、美鈴さんは感知できるとハッキリ答えた。


「あー、そうですねー。確かに、妖怪砂糖製造器さんの気は、出てきてくれるまで私にも感じられません。
 あ、妖夢さん後ろから来ます!」

「え……あっ!? はい!」


 私の問いに答えながらも、的確に紫さまの出現を預言。
 そして私が避けることでその予言は見事成就する。
 あと美鈴さんの中の紫さまの名前は、すっかり「妖怪砂糖製造器」で定着していた。


「だから本体の方ではなく、切り裂かれる空間の方ですね。
 干渉する大気の方に表れる……んー、"気の流れ"とでもいうんですかね? を読んで避けているんです」

「空間の方……?」

「例えるなら閉じた門を向こう側から開けようとしてる人が居たとして、
 私はずっと門に触っているから、向こう側から門を開けようとする震動や予兆など、微かな動きを感じている……みたいな感じでしょうか?
 その場合の門にあたるのが大気の気の流れ。流れの乱れ、に該当すると言いますか……」


 そういうことか……!

 言われて、様々なものが繋がってくる。
 紫さまが半透明の時は……つまり次元の裏側に居る時は、
 そのお姿を見ることはできても(スペルカード戦ということであえて見せている?)、紫さまの気配そのものは、まだ向こう次元にある。
 これは言わば透明な門の向こう側に紫さまが居る状態。

 それに対し、私は遠くから透明な門の様子を伺ってるに過ぎない。
 だから、見ることでしか紫さまの存在を判断することができない。
 けれど美鈴さんは、その門にずっと手で触れているようなもの、見なくても感触で「門自体の様子の変化」を感じることができる。
 ゆえに紫さま本体ばかりを追っている私と違い、門の方……つまり「スキマが開くこと」を察知している、という感じだろう。

 ふと、午前中の紫さまと永琳さんの激闘が思い返された。
 あれも、スキマの出処を見抜くという意味では同じ要素が鍵となっていた。
 永琳さんのちんぷんかんぷんだった攻略方法も、確か使い魔を広げて空間をなんたらって言っていた。
 きっとそれと同じか似た様な原理なんだ、そうなんとなく理解した。


 ……とはいえ、空気、空間の気配、歪みなんて、仕組みを理解した今でも正直分からない。
 言うなら、現状の私では美鈴さんのいう透明な門に触れる術がない、という状態……。
 結局、方法が分かっただけで、今は実行に移すことは叶わないのは紛れもない事実……。
 これも修業を積めば感じられるようになるかもしれないけど……現状において、そこまで察知する術に長けているのは、美鈴さんだけ。
 殺気や生き物の気配しか読めない自分はまだまだだと、自らの未熟を身に染みて思い知る。
 それと同時に、


「美鈴さんが、味方で良かった……」

「妖夢さん?」

「でなければ、私もルーミアさんも、最初の2回で、すでに決着がついていたから」


 彼女が今、共に戦う仲間であることに感謝した。
 巻き込みたくないという前言を撤回するようで情けなくもあるけれど、紫さまを探知できるその能力ちからは、この期に及んではとても心強かった。


「ふふ、どういたしまして。……とうっ!」


 紫さまの出現をまたも察知し、難なく避ける美鈴さん。
 巻き込みたくなかった無関係の美鈴さんこそが、紫さまに対する最大の対抗手段となっている。なんて皮肉なんだろう。
 けれど同時に、頼もしいと思った。
 有り難いと……心強いと、心底感じていた。


「へぇ……これはとんだ伏兵が参戦してくれたものね……」

「ええ、心強い味方です!」


 彼女が味方であることを、今は誇ってさえいた。
 美鈴さんが居なければ、私たちは開始早々の初見殺しで、揃って倒れていただろう。
 美鈴さんこそ、今紫さまを止められる唯一の存在なのかもしれな


「どさぐさにまぎれてルーミアちゃんとあんなことやこんなことをするなんて! 妖夢への恋のライバル出現!!?」

「そっちじゃなーーい!?」


 そりゃさっきまTo LOVEらぶって居たけど ! あ、あれは事故で……! 不可抗力で……


「えへへ、ありがと、みりんさん

「いえいえ、こんなの。友達なら当然です!」


 さっきからルーミアさんを抱えて一緒に避けて……ルーミアさんのために尽くせて……


「もう離してくれても大丈夫だよ。わたしもひとりでがんばれる!」

「そう? 油断しないでね!」

「うん!」


 ルーミアさんと仲良さそうで……


「………………」


 私だってろくに触れたこともない、触るのも憚られる神聖なルーミアさんの小ぶりの胸を触って……
 挙句股座に頭を突っ込むという破廉恥な行為まで行って……


「妖夢さんも、大丈夫でしたか」


    ガスッ!


「いたっ!? ……え、なんで今私、足の甲踏まれたんですか……? しかもハイヒールの踵で……痛いです……」

「いえ、なんでもないです」


 だたの嫉妬です。


 2秒後、紫さまの抱きつき攻撃をふたり揃って仲良く避けて、気持ちを切り替えました。みょん。
















 スペルカード・転換「名が体を表す転生の抱擁」攻略戦は続いた……。
 と言っても、スペルカード戦は普通1枚分およそ1分か長くても2分くらいで終わる。
 まるで花火さながらに、一瞬で、それでいて美しく煌めく遊戯、それがスペルカード戦なのだ……。
 だから、私たちが体感しているよりもずっと、経過した時間の方はとてもとても短いだろう……。


「妖夢さん! 次来ます!! 左のばら撒き弾にもご注意を!」

「ありがとうございます! はあッ!」


 私たちはチームワークを駆使し、声を掛け合いながら弾幕を避け続けていた。
 最初の方は一ヵ所に集まって避けていたけれど、今は3人散開して避けている。
 というのも、この転換「名が体を表す転生の抱擁」は、3人がまとまっていると非常に避けにくい代物だったから。

 弾幕をかわし続けている内に、大分その性質は読めてきた。
 さっき気づいた、背後から現れるという仕組みについてはズバリ正解だったらしい。
 付け加えると、どうやら美鈴さん、私、ルーミアさん、美鈴さん……の順番にターゲットを定め、
 その相手の背後に一定のペースで本体が現れては、真後ろから真っ直ぐ抱きつきに向かってくるという形式の弾幕らしい。


「ルーミアさん! 次はルーミアさんのところです!」

「わかった! え〜いっ!」


 出てくるペースや、紫さまが飛びついてくる速度、ついでにばら撒かれる弾幕は、
 時間と共に速さも濃度も上がってきているものの、パターンさえ分かればそう難しいものでもなかった。

 順番に気が付けば、あとはタイミングに合わせて振り向けば紫さまの見苦しい欲情した姿を視認することはできる。
 それが本来の攻略法なのだろう。
 けれどそんなことできるのは、この弾幕の法則を知っている場合だ。

 初めてこの弾幕に触れる場合は、その仕組みに気づく前に抱擁ひだんされて終わってしまうだろう。
 予備知識がなければ余程の偶然か奇跡でも起こらない限り、ほぼ確実に当たる。
 ただの一度でも当たれば、こちらの気力などお構いなしに戦闘不能うまれかわりに陥り勝負が決する、
 私とルーミアさんの人生が賭かった一発勝負のこの状況でだ……!!

 やはり紫さま、か……。
 ルールそのものは遵守しながら、それでも確実に仕留めにきてる。抜け目がない……。
 早々突けない部分を穴だ攻略法だと主張されても、納得のできるものではないだろうて。

 もっとも、余程の偶然か奇跡が起こってくれたお陰で、今私たちは誰一人欠くことなくここまで太刀打ちできていた。


「はああ……! アチョーッ!!」

『ゆっかりーーん!」

「みりんさん! 次はみりんさんのところにゆかりんさまが行くよ!」

「うんもう避けた!」


 それでも避けられる程度に抑えている辺り、これが「スペルカード戦ルールある試合」ということを理解もする。
 初見殺しがメインとはいえ、だからこそしっかりとルールには則っている。
 弾幕自体も普段よりも薄く、こうしてみると、完全に初見殺しがメインに思える。その辺りバランスにこだわるところも、非常に紫さまらしくもあった。

 そして同時に、なるほど、視認しなければ感知できないというのも、今なら上手くできていると思えた。
 紫さまは確実に背後から出てくる。つまり仲間同士で危機を確認し合って、そうして見抜いていく仕組みだったらしい。
 その仕組みから、多人数が参加するという特別ルールも、なかなかうまく織り交ぜているものだと実感する。

 つまり、仕組みが分からない内にひとりしか残らなかった場合は、確実に初見殺しの餌食になっていた、ということだろう……。
 仕組みさえ分かればクリアはできる分、なるほど本当よくできている……いやらしいまでに。

 しかし、仕組みが分かった今、もうあとは抱擁と同時に出てくるばら撒き弾幕に注意しつつ、タイミングを見て良ければいい。
 とは言え、それも言うは易し行うは難し、容易なことではない。
 ほとんどのスペルカードに言えることだけど、後半は、抱擁と同時に来るばら撒く弾幕の濃度が濃くなってきていた。
 特に残留弾幕が厄介……前の段階で放たれた弾幕の中で、遅いスピードで飛んでいる弾が、まだ空間に残ったままなのだ。
 触れるだけでスキマを開いて飲み込んでしまうため、気づかず自ら当たりに行っても「生まれ変わり」は発動する。

 後半戦になると、紫さま本体のセクハラダイブに気を張りつつ、この残留する弾幕にぶつからないようにする必要が出てきた。
 実はさっきも紫さま本体にばかり意識を向けたせいで、この残留弾幕の方に追い詰められてしまったのだ。
 衝突は免れられそうもなく、止む無く楼観剣を振り抜き、弾幕を切ることで難を逃れはしたのだけど……。


「がんばるんじゃよ〜、お嬢ちゃん方〜……」

「わんわんお……」


 お陰で楼観剣の方は老漢ろうかんのケンさんになってしまうというイベントが発生してる。
 ケンさんは端っこで白老犬と仲良く静かに弾幕勝負を眺めている。
 今日まで共に戦ってきたよしみで、お茶とお菓子を用意して見学させてあげたかった。
 今はそこまで手を回す余裕がなくて非常に残念だ……。


「妖夢さん右方から弾幕が迫ってます!」

「おおっとっ!? ……とっ!」


 というか正直、出現速度と弾幕濃度が上がっているため、もう話してる余裕さえもない状況。
 できて一言二言、さっきから反応が遅れそうな人に助言する程度。


「……ふぅ、危なかった……。ありがとうございます、美鈴さん!」

「いえいえ! どういたしまし……てッ! トリャァーッ!!」


 弾幕勝負自体は本来は短い時間の勝負……。
 耐久弾幕は確かにその性質上長く設定されてはいるものの、それでも2分もないくらいなのに……永遠のように長く感じる。
 紫さまがそこを誤魔化すとは思えない、だから、私がただ長く永く感じているに過ぎない、はず……。
 こう考えている間にも、紫さまは何度も何度も私たちを順番に背後から襲いかかって来ていた。
 いつ終わるのか……?
 もうすぐなんだろうか……?
 まだまだなのか……?
 不安と焦りで気持ちが押しつぶされそうだった……。
 だから、だったんだろう。


「ルーミアさん! 美鈴さん!」

「ふぇ? な、なに?」

「どうしました!?」


 後々、話していく余裕はなくなって行くのは分かっていた。
 だから、まだ余裕のある今の内に……今だからこそ、言った。


「必ずみんなで、無事に切り抜けましょう!!」

「「!」」


 決意のように。
 約束するように。
 檄を飛ばすように。

 本音は、私自身の不安を拭いたいがための一声だった。
 それでも。


「うん!」

「はい!」


 ふたりの元気のいい声が、私への励みと変わる。
 同じように、ふたりの励みに変わってくれば、と……そんな期待さえ抱いて……。


『ここまで粘られるとは思いもしなかったわ! あと20秒よ、せいぜい逃げ延びなさいな!』


 その時、次元の裏側から、直接脳内に響いてきた紫さまの声。
 あと20秒……終わりが明確に近づいてきたと分かり、安堵……思わず気が緩みそうになる。
 だが緩ませてなど貰えない!


「妖夢さん右っ! 油断しないで!」

「……え? でも次は美鈴さんのところじゃ……」

「本体とは別の小さなスキマの気配です! とにかく気を付けて!!」


 小さなスキマが、美鈴さんの警告した箇所開き、そこから更に弾幕放たれ始める。

 発狂モード、とでもいうのか、これが耐久弾幕の恐ろしいところ。
 時間が経つほどに濃度と難易度は上がっていき、終了間際はもう阿鼻叫喚。
 実は残り50秒って言われた時点で、紫さまが出現すると共に8方向レーザーが発射されるようになって、迂闊の横に逃げられなくなったくらいだ。
 もちろんレーザーに当たっても「生まれ変わる」だろう。試してないけど試したくない。
 そして例に漏れず、このラストスパートに至って更に弾の出処が増えた。

 それでもここまで頑張ったんだ、何としても……全員で切り抜けるッ!


「ルーミアちゃんも、右に逃げてっ!」

「え? え? で、でもそっちには弾が残ってて……左の方がまだ広いから―――」

「ダメなの! なんとか右に避けて通り抜けて!! でないと囲まれちゃう!」

「う、うん!」


 美鈴さんの指示を受け、ルーミアさんは気合いで残り弾の漂う右の空間に突っ込んでいく。
 そこは、先程美鈴さんが私に忠告してくれた小さなスキマから出た弾幕が残っていた。
 それでも、美鈴さんの事を信じで、ルーミアさんは「えーい!」とかわいい気合いで避けていく。

 大分危うさを残しながらも、なんとか通り抜けることに成功したルーミアさん。はずみでスカートが腕に引っかかってぱんつはまるみえだった。
 ……直後、ルーミアさんの今までいた場所と、空間の空いていた左方向が、完全に弾幕に囲まれた。
 ルーミアさんはぞっと顔を青ざめてさせていた。まるみえだったぱんつはやっぱりまっしろだった。
 美鈴さんが居なければ、今頃ルーミアさんも被弾していた……。
 美鈴さんが、居てくれて良かった……


「あ、ありがとう、みりんさん! みりんさんの言った通りだった……」

「どういたしまして。あとルーミアちゃん、ぱんつまる見えだから早くしまってね」


 美鈴さんも、ぱんつみたんだ……。


「ぱんつならさっきスカートに頭突っ込まれた時にいっぱい見られちゃったよ……」

「たはは……あれはごめんね……」


 美鈴さんは、ぱんつみたどころの騒ぎじゃなかったっけ……。


「獄界剣、二百由旬の〜〜……」

「わーー!? 妖夢さんがまた私に殺気をーーーっっ!!?」

「よーむちゃんだめだよぉっ!? あと剣持ってないよ!? 剣はあそこで見学してるよぉ!?」

「獄界素手、二百由旬の〜〜……」

「素手でも私にぶち込む気配がビンビンだァーーーッッ!?」

「だめだってばぁーーー!? っていうかよーむちゃんのうしろ! うしろにゆかりんさまがー!?」


 ルーミアさんの言葉で正気に戻った私は、
 紫さま本体とばら撒きレーザーと囲う弾幕と色々飛んできたのをなんとか無事にみょんみょん避けきることがなんとかできました。
























 ―――はっ……っ……はぁっ!


 長い、20秒だ……。
 今日はずっと動きっぱなしだし、息がもう、乱れて仕方がない……。
 一刻も早く終わって欲しいと願えば願うほど、時間が遅く感じて。
 あとちょっとなのに、終盤になると、1秒ですらとても長く感じる……!


 ただ、追加された弾幕傾向は掴めてきた。
 残り20秒からに置いては、あえて弾幕濃度の濃い方向に逃げなければ、
 その後の逃げ場のない弾幕の包囲網に囲まれて撃墜されてしまう。そんな性質の弾幕だ。
 具体的に言うと、さっき美鈴さんの知らせてくれた「本体とは別の小さなスキマ」がばら撒き弾を放ち、
 時間差で、その方向にだけ逃げ道ができるように囲ってくる弾幕が出てくる、と言ったもの。

 これも初見殺し。本当にどこまで初見殺しを準備してきているのか。
 即席で作った、と言った割には、かなり策略的に準備されている性質の悪い弾幕だ。

 けれど、美鈴さんのお陰で、その全ての難を逃れることができた。
 ここまで全て、美鈴さんが共に戦ってくれたからこそ、私もルーミアさんもここまで無事に戦えている。
 そう、いわば美鈴さんこそ、紫さまに対する唯一の天敵、紫さまへの対抗手段となっている……!
 偶然とはいえ、この奇跡に、私は心底感謝を抱いている。
 むしろハマり過ぎて裏があるんじゃないかと思えるくらいだ。……なんて、美鈴さんに限ってそんなことはないよね。


「ふわわわわ!?」


    べちーん!


「ふぇぇ……痛ったーい……」

「ルーミアさん大丈夫ですか!?」

「こけた……」


 さすがに、弾幕も終盤戦。
 傾向を掴んだとしても、わざわざ弾幕の中に飛び込んでいかざるを得ない以上、いつ事故が起こるか分からないほど紙一重。
 正直、私たちの神経は、もう残ってないほどすり減っていて。
 やはり未熟なルーミアさんが、その影響を一番に受けていた。


「気をつけて! 次はルーミアちゃんのところに本体がッ!」

「え!? まって!? まって!?」

「大丈夫です!」

「ふぇ……? あっ!」


 すぐさまルーミアさんの元へ駆け寄り、こけて地面に寝そべったままのルーミアさんを拾い上げ脇に抱えた。
 背後に飛び出してきた紫さまが再び地面と熱いベーゼを交わしている気配を感じながら、振り向きもせずそのまま弾幕の多い「正規ルート」へ突入。
 被弾しないよう、体を捻ったり空いている手を地面に突いたり、軽業的な身のこなしでルーミアさんを抱えながら潜り抜けた。
 甲斐あって、被弾しないまま安全圏へと退避することに成功。


「すみません、ちょっと乱暴でしたね……」

「よーむちゃん…… ううん! かっこいいっ!


 救出に成功しルーミアさんの安否を確認すると、ルーミアさんは頬を赤らめたまま、満面の笑顔を向けてくれた。やば、これめちゃくちゃ可愛い……。
 事後だから言えるけど、自分でもよくこのハイヒールあしで潜り抜けられたなと、内心冷や冷やドキドキしてた。
 というか今、やたら集中力が発揮されてた。
 実はルーミアさんのところに辿り着くまでだってかなりのばら撒き弾幕が残留していたっていうのに、全ての弾が止まりすべての動きが手に取るように分かるという現象まで発生。


「これも、ルーミアさんが勝負の前に充電してくれたお陰ですね」

「……ふぁっ!?」


 思わず言ったら、ルーミアさんが真っ赤にボフッと爆発させて、すさまじくかわいく照れてしまった。
 ああ、なんかもうルーミアさんのためだと思ったらどこまでも頑張れる気がしてたな!


「きゃー! さっすが妖夢王子様、かっこいーー!♥♥ ゆかりんも惚・れ・ちゃ・う


 黙れ妖怪砂糖製造器。黙って地面と愛を育んでいろ。


「妖夢さん、ルーミアさん、仲良しするのもいいですけど、ひとまずこっちです! 私のところに来て!」


 惚気てるところ美鈴さんに見られてた。
 恥ずかしい、地面に埋まりたい。紫さまの新しい愛人に匿って貰いたい。

 私は、羞恥心に負けてルーミアさんを降ろすと(名残惜しかった)、ふたり一緒に、弾幕に気をつけながら美鈴さんの方へ。
 幸いにも、今着地した地点と美鈴さんとの立ち位置が近かったこともあり、特に危険な弾避けを要されることなく無事に到着。
 その間に美鈴さんも紫さま本体の突撃を避け、ここに来て3人が再び一ヵ所にまとまったことになった。


「美鈴さん、大丈夫ですか? 纏まるのは危険なんじゃあ……」


 この弾幕、一ヵ所に纏まるのは危険だったのは既に承知している。
 それでも、唯一弾幕を感知できる美鈴さんの指示なのだ、きっと意味があるのだろう。
 思って、素直に従ったのだ。

 そして美鈴さんは、私とルーミアさんをガシリ、その両腕で力強く抱きかかえるのだった。


「え、美鈴さん……?」

「みりん、さん……?」

「…………」


 突然の行動に、思わず驚く私。ルーミアさんも同様に戸惑っていた。
 それでも美鈴さんは、なにも言わない。
 こんなに強く抱き締められては、私もルーミアさんも身動きが取れなくて……そうこうしてる内に、「予兆」が来る。
 小さなスキマがばら撒き弾幕を放ち始めて、その方向に潜り抜けなければ、やがて包囲する弾幕に捕えられてしまうだろう。

 だってのに、美鈴さんは私たちを捕まえたまま、動こうとはしなかった。


「え? ちょっ、ちょっと、早く動かないと……」

「…………」

「早く……! それとも何か考えが……あるん、ですよね……?」


 そうこうしてる内に、小さなスキマがばら撒き弾幕を放ち終えた。
 早くばら撒き弾幕を潜り抜けないと、この場に留まれば、確実に囲まれ、被弾してしまう!

 なのに! なぜ美鈴さんは一切動こうとせず、私たちの回避行動まで完全に封じているのだろうか……!?


「美鈴さん!? ねえ、美鈴さんっ!!?」

「み、みりんさん!? 」

「美鈴さん早く! 早く離してッッ!! でないとみんな……!!!」


 その時―――


「ふたりとも……」

「離、せ……」

「――――……」


















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「離せホンメイリーーーーーーーーーンッッ!!!!!!」


 永琳さんの声でスペルカードが宣言されるのを聞き届けながら。
 目の端に映った美鈴さんの顔は。
 ただ、笑っていた。



















更新履歴

H25・6/2:完成


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