「いぇーい! やったぁーっ! メディカルヤッホー!」


 どんだけはしゃいでんだよ、と思わずツッコミたくなるくらいフラスコ掲げで舞い踊る永琳さん。
 その普段の大人びた様子からかけ離れ、子供みたいに喜ぶ姿はとても微笑ましく。
 それとは比べ物にならないくらい、事態は最悪の方向へと転がり始めようとしていた……!

 ……まずい。非常に、まずい……!

 いくらなんでも、この後の展開が読め過ぎる……。


「ふふふ、まさかとは思っていたけれど……冥界の野草。予想通りその成分こそが、このUHO-110105の最後のピースになってくれたわ……!」

「なにそのご都合主義!?」


 さっきからフラスコに草とか入れて火で炙ったりしてたから、何やってんだろうなーとはって思ったけど、
 いくら天才だからってそれで作っちゃう!? 即行作っちゃうかー!?


「さぁて、よ う む ちゃん

「びくぅっ!?」


 ぎろり、ゾンビのように立ち上がって、首をギギギ……とこちらに向けてくる。
 その笑みは、口は耳まで裂けたかのように吊り上がり、凝視する眼光は心なしか発光しているような錯覚を覚える。
 あまりの凶々しさに思わず口で「びくっ」とか言っちゃったよ……。

 このままでは……このままでは私は……男にされる――――ッッッ!!!!!








 

みょんミア10

二、声変りは突然に。








 とりあえず、永琳さんの放つ異様な凶々しさに、一秒でも早くこの場から離れるべきと、私の中のなにかが訴えてきていた。
 ここは、ルーミアさんを連れてこの場を離脱しよう。


「ルーミアさん、今すぐここから逃げ―――……えっ!?」


 そう思い、すぐ後ろに控えた彼女に声をかけようとして……突然、何者かに羽交い締めにされ、身動きを封じられてしまう。
 何事かと戸惑う私のまさに耳元で、深い罪悪感の秘められた声が囁いた。


「……妖夢さん、すみません」

「その声……鈴仙、さん……?」

「わ、おうどんさん突然出てきた!?」


 庭に出ていたはずの彼女は、いつの間にか背後に回って私を捕らえていた。
 一体いつの間に……? そう思ったところで、彼女の狂気を操る能力を失念していた自分に気づく。

 狂気を操ることは気を狂わせること。物事に宿る波長を操ることに通ずる。
 鈴仙さんのその能力は非常に多様な使い道があって、
 そのひとつとして、存在の波長を操ることで自分を認識させないことが可能なのだという。
 正直、話を聞いても上手く理解できていないのだけど……要はその能力で、鈴仙さんは自身を認識させぬよう動く事ができるということ。
 今ルーミアさんが、突然姿を現した鈴仙さんに驚いたのも、文字通り「突然鈴仙さんが出てきた」からであろう。

 何度か手合わせした時、その姿をくらます術を目の当たりにしたことがある。
 つまり、今もそれを使い私の背後に回ったのだろう。
 ……それでも、迅速に……すぐ判断しなければ、こんなに早いタイミングで捕らえられたりはしないだろうけれど……。


「え? ちょっと、なにしてくれてるんですか鈴仙さん……どう考えてもこれ危険ですよね?
 明らかに私、新薬のターゲットになってますよね……? 冗談はやめて……」


 この間にも、ゾンビ月の頭脳はウふフフと笑いながら、いくつもの注射器でフラスコの超危険物指定毒物を吸い上げ準備に勤しんでいる。
 逃げるなら、今のうち……だというのに、鈴仙さんは私を逃がすまいと必死に捕らえる腕に力を込めた。


「本当にすみません……。だけど……ここは大人しく男になってくださいッ!!」

「……ッ!?」


 謝罪を口にしながらも、鈴仙さんはハッキリと、強い意志のこもった口調で、言い切った。
 私に、犠牲になれ、と……。


「鈴仙さ……なに言って……!? は、離してください! や……いやですよ!! なんでそんな……!」


 鈴仙さんの明確な敵対宣言に、動揺が隠せない。
 確かに、私が男になれば……ルーミアさんとの仲に思い悩むこともないかもしれない……。
 だけど……いやだとしても、慣れた女としての自分を捨てようなどとは思わない。

 というかなんかやだ、おとこのこになるのなんかやだ!


「だって考えてもみてください!!
 師匠は無類の少年好き! もしここで妖夢さんが男にならなかったら、あの薬の矛先はどこに行くと思ってるんですか!?
 私でしょう!! 一緒に住んでて、なおかつ弟子って立場の私に来るに決まってるんです!!」

「そ、それは……」

「新薬の効果が試せなかったからウドンゲ実験体になってね〜とか、妖夢さんを逃した罰よ〜とか、
 なんだかんだ理由つけて私で実験するに決まっているんですっ!
 そしてあの師匠の管理下ですよ!? 一度男にされたら……二度と女に戻れなくなるに決まっているッ……!
 妖夢さんはお願いすれば女に治して貰えるかもしれないけれど、
 私は下手に身内な分、なあなあで話を誤魔化され、ずっと男のまま戻れなくなるに決まってます……!!
 まだ目的果たしたらそれで十分な妖夢さんの方が、女の子に戻れる可能性が高いんですッッ!!」


 足早に語る鈴仙さんの言葉……その余裕のなさに、確かにそうかもしれない。思わされる説得力が込められていた。
 さすが、一緒に住んでいるだけあって、永琳さんの性格を把握しているということなのだろう……。
 まあそうかもしれないけれど従う気は全く起きなかった。だって私もやだみょん。


「私一生男なんていやですよ!! 股間に違和感覚えながら生きていくなんていやなんです!! だから……!!!」


 すぐ後ろから聞こえてくる切なる声は、願いを訴えるように……悲鳴のように、叫んだ。


「だからここはとっととルーミアちゃんに子種植えつけて、女の子に戻るのが一番良いんですぅぅぅ!!!!」

「良かぁねええよぉぉおおおおお!!!!??」


 人間危険が迫ったら他人なんて簡単に切り捨てられるんだなぁと思い知った瞬間だった。


「ウふフフ……よくやったわウドンゲ……」

「はっ……!」


 しまった、そうこうしているうちに永琳さんの準備が整ったらしい。
 両手の指の間全てに注射器を挟んで両腕を交差させた構えで、こちらを見据えていた。
 その明らかに本来の注射器の使い方とは違う戦闘的な構えに、恐怖と危機感が全力で私の中に警笛を鳴らす。
 CAUTION!! CAUTION!! って鳴らしてる。
 そして、否が応にも悟る……。完全に、逃げるタイミングを逃したと……!


「あ、ありがとうございますぅぅししょぉぉお……。だ、だから……だからわたしは助けてくださいぃぃい……!」

「安心して良いわウドンゲ。上手くいけば、この新薬を妖夢ちゃん共々あなたにも打ち込んで、ふたり仲良く男の子に戻してア・ゲ・ル

「え? なんか今聞き捨てならない台詞が聞こえたような」


 永琳さんは本気だ。
 本気で、あのUH……えっと、なんたらという薬を私に打ち込もうとしている。
 まずいまずい、このままでは鈴仙さん共々男にされてしまうっ!

 できたてほやほやの新薬だから効果が上手く出ないという可能性も確かにあるけど、相手はあの天才・八意永琳さん。
 万が一などないと考えるべきだろう……。
 むしろ万が一があって強烈な副作用が起きる方が命が危ないし。
 は、早く……なんとしてでも鈴仙さんの羽交い締めを解かないと……!
 
 だが、焦ってもがいてみるも、ほどける兆しは一向に見えない。
 というか、込めた力が完全に空回りしているような感覚。

 この的確に相手の身動きを封じる捕らえ方は……軍人格闘技というやつか……?
 鈴仙さんは月に居た頃は軍に所属していたと伺ったことがあるけれど……なるほど、うそではないらしい……。
 いつぞや聞いた話を実感するのが、こんな形でだなんて……。
 このままでは、本当に男にされてしまう!
 正真正銘の絶体絶命だった……!

 その時……


「だめ!」

「!?」


 私と永琳さんの間に、小さな影がひとつ立ちはだかった。
 黒の服に身を纏い、幽々子さまから貰った頭巾を被った少女の背中……。
 さっきまで私の後ろで座っていたはずの彼女の背が、私の目に映った。


「ルーミアちゃん……あなた……」

「…………」


 ルーミアさんはただ黙って、私を庇うよう両腕を広げ永琳さんと向き合う。
 太陽の下、出歩くことを叶えてくれた恩人に、その太陽の下で抗うように……。


「やめっ……! 逃げてください! ヘタをすればルーミアさんが……!!」


 必死にもがきながら訴えた。
 だってルーミアさんだって十分危険なんだ。
 永琳さんの目的は、私とルーミアさんとの間に子供を作らせるというとんでもないもの。
 今はたまたま私の方が狙われているだけであって、別にルーミアさんが犠牲になったとしても永琳さんの目的は果たせてしまう。
 妖怪の群れに、人間が裸で飛び込むようなもの。妖怪である彼女には、なんて皮肉な例えだろうか。

 だから、早く逃げて……!
 動けぬこの身は言葉を口にするしかできないのに……なのに、ルーミアさんは私の訴えなど聞き入れてくれない。
 私を捕える鈴仙さんも、ルーミアさんが犠牲になることにはさすがに罪悪感を覚えるのか、慌てた様子を見せていた。


「そうですよルーミアちゃん! その薬を打ち込まれたら、どうなるか分かってるんですか!?」

「…………………………」

「…………ルーミアちゃん?」

「わかんにゃい」


 ガクッ、とみんなでこけた。


「話あんまり聞いてなかった」


 素直で宜しい。そしてその素直さにみんなはまたズッコケる。
 コケた拍子に鈴仙さんの羽交い絞めが緩むかとも期待したけれど、鈴仙さんのホールドはコケながらも微塵も緩んでいない。さすが元軍人。


「わかんないけど……よーむちゃんがいやがってる。だから、今度はわたしが守ってあげるの」


 ルーミアさんは、顔だけ私に振り向いて、えへっ、と得意気に顔を赤らめて…………笑った。

 その笑顔は、残酷すぎる。

 私がどうしても守りたかったものが、私を守るために犠牲になる……。
 そう象徴する笑顔は……残酷すぎた。


「決意は変わらないようね……」


 永琳さんが、冷静さを取り戻した口調で、まるで最後の通告のように、ルーミアさんに問いかける……。
 再び永琳さんと向き合って、ルーミアさんはなにも答えなかった。
 無言であることの肯定。
 きっと、私から見えない表情は、強い決意を秘めた目で、永琳さんを見ているのだろう……。


「まあ……私としては、妖夢ちゃんに孕んで貰っても問題はないのだけどねぇぇぇええええぇぇぇぇええっっっ!!」


 八意永琳は、再び狂気に身を委ねる。
 発狂するように腕を振り上げると、持っていた注射器を無造作に放り投げた……!
 軌跡を目で追うと、それらは一瞬宙で動きを止めて……そして4本それぞれが私たちに照準をつけ、矢のように真っ直ぐ向かってきた……!

 注射器のようなそれは、ただの注射器ではない。弾幕だったんだ。
 恐らく永琳さんが作ったのだろう、薬の成分を弾幕として打ち込めるよう作った弾。
 性能は自機狙い。一度手元を離れてからターゲットを認識し、その後標的目掛けて真っ直ぐ飛んでくるタイプのよう。

 自機狙いの弾幕は、一度方向性が定まった後は軌道や到達点が確定していることにある。
 敵そのものをその場その時に合わせ追ってくる誘導弾ホーミングとは違い、発射後は標的の"居た"場所に真っ直ぐ向かってくるのが特徴。
 それゆえ、到達前に射線上から動くだけで簡単に避けられる。
 反面、動く事を強要させられるだけに、他の弾幕と合わさると強力な効果を発揮する弾でもある。

 この注射器弾も例に漏れず、目標を定めた後はそれ以上の小細工もなく、ただ愚直に真っ直ぐ向かってくるだけだった。
 速度だって大したことなく、他の弾幕もない。本来なら避けるのは容易いはず。
 ……けれど、身動きを封じられている今、その簡単な軌道さえ避けることは叶わない。

 だから、その弾を身を呈して止めようと立ちはだかる小さな背中が、私の目に焼き付いて、心を苛める……。
 自分がどうなるか分からないのに、それでも、どうなってでも受け止める覚悟を決めた、小さくて大きな背中が……。


「やめっ……! 逃げてルーミアさんっ……! 私が……私が男になれば済むだけだから! だから、―――!!」


 泣き叫ぶような訴えは、彼女にも聞こえてるはずなのに……聞こえているから……きっと届かない。


「逃げてぇぇぇえええぇーーーーーーーッッ!!!!!」












「まーったく。しようのない妹たちですこと」












 グサグサと体を針で貫かれる音が―――あるいは無音のだったのか、耳に響いた。
 場にそぐわぬおっとりした口調と共に奏でられる。

 ふわり、優雅な振る舞いで、洋装を纏った一羽の蝶は、ルーミアさんの更に前に舞い降りて。
 4本全ての注射器弾を、自らの体で受け止めた。


 幽々子さま―――だった……。


「幽々子さま!?!」

「ゆゆちゃん?」

「痛ったー。いくらもう死んでるからって、注射ってのは痛いのが定石ねー」


 お仕事ということで席を外していた幽々子さまが、まるで計ったかのように颯爽と現れ、ルーミアさんを身を呈してかばったのだった。


「残念でしたわね、蓬莱薬師さま 私は亡霊、肉体を持たない以上、あなたの薬も効きはしないわ」


 4本の太い注射に体を貫かれながらも、あっけらかんとした態度は崩さない。
 むしろ、思惑を外した永琳さんに、さもしてやったりという感じに、楽しむようにお言葉を紡がれる。


「幽々子さま……どうして……?」


 深々と突き刺さった注射を順に抜きながら、勝ち誇るように言う主に、私は問わずにはいられなかった。
 だって、そんなもの勝利でもなんでもない。紛れもない敗北……。
 だって、幽々子さまも私が守るべき御方で……。
 傷をみすみす許してしまうだなどと……あまつさえ、守られてしまうだなんて……従者として、なんと恥ずべきこと。
 護衛役を私に託した先代に、顔向けができないじゃないですか……。


「まあ妖夢だけだったら放っておこうと思ったんだけど、ルーミアちゃんが危険になるなら、さすがにねー」

「おい」


 前言撤回。酷いやこの主。


「それに、私は既に死んで霊体なのよ? 傷も負わなければ、薬の効果だって現れないわ。痛いけど。
 ……だから分かるでしょ? こうするのが一番良いの」

「そういう問題じゃないんです……!」


 そう、そういう問題ではない。
 これは、従者としての矜持の問題なのだ。
 私は……守れなかったのだ……。


「いい、妖夢……」


 うつむく私に、たおやかに語りかける声は、そっと優しく……


「この私があえて身を呈して守るだなんて、カッコいいじゃない!
 守られるポジションの私がっ! あえて盾となるこの展開がっ!!」


 あかんー、病気が出てたー!

 えぇー、つまり「かっこいい > 従者の矜持」ってことですか?
 わかりたくありませんそんな方程式。もっとひどいやこの主。


「んもー、そんなに気にしなくて良いのにー。主の私自ら良いって言ってるんだから、気にしないこと! ね?」(CV:子○武人)

「………………」


 幽々子さまのお声が、途中から野太くなった。


「……ねえ妖夢。私、耳がおかしくなったのかしら? 自分の声が妙に低く聞こえたんだけど」(CV:子安○人)

「いえ、多分おかしくなったのは耳じゃなくて喉かなー、と……。……むしろ体全体?」

「な、ない……。い、いえ、むしろある!? なんか生えてる!? なにこれ!? ナニこれっ!?!」(CV:○安武人)


 目の前のワンピース姿の男性は、慌てて自分の胸を触り、体中を触り、あんなところも触ったりと、自身に起きた異変を調べ始める。
 低い声での女言葉は、とっても違和感を覚えさせた……。


「甘かったのはあなたの考えのようね」


 慌てふためく魅惑のハスキーボイスに、相反する高く美しく凛と澄んだ声が言う。
 冷たく、静かに……勝ち誇ったように……。


「この雌性先熟誘発薬『UHO‐110105』はね、本来妖夢ちゃんに服用させようとしたものよ?
 彼女のもう半分……幽霊の側にも効果があるように作ってしておくのは当然のこと……。
 妖夢ちゃんの場合、どっちを男の子にすればいいか分からなかったからね……だから、ちょっと工夫をさせて貰ったの」

「工夫……ですって?」(CV:子○武人)

「この薬は蓬莱の薬のノウハウを元に製作されているの!
 蓬莱の薬は、魂を本体とすることで魂から肉体を生み出すようになる霊薬。
 つまり"魂そのものを男性に変化させれば"、肉体はそれに追従して男になる……!」

「魂の方を……ですって!? つ、つまり……」(CV:子○武人)

「そう……。魂だけの存在……亡霊にも効果があるというわけ……。理解、して頂けたかしら?」

「そん、な……」(CV:子○武人)

「ふふっ……魂に干渉する懸け橋に、純粋な魂体であるの冥界の物質が決め手になるのは、見込み通りだったわ……」


 冥界の草が最後の材料って意外と意味あったんだー!?


「なんてこと……こんなことって……」(CV:子○武人)


 当てが外れ、変容してしまった我が身を目の当たりに、わなわなと身を震わせる幽々子さま。
 それもそうであろう……だって、男にされちゃったんだもん。
 今までずっと女として生きて(?)きて、それが、望んだ訳でもなく性転換させられたのだから、無理もない訳で……。


「……私が男になるんて……ああ、このギャップが堪らない……」(CV:子○武人)


 だめだ! 病気が出てる!!

 八雲紫は大変な病気を患わせていきました。幽々子さまの心です。
 ああもう、あの人絶対斬ってやる。今は無理でもいつか絶対斬ってやる。100年、200年掛かろうとも絶対絶対斬ってやるーっっ……!


「まあ新たな美少年が生まれたのは良いとして、このままじゃ肝心の妖夢ちゃんとルーミアちゃんのお子さんが作れないからもう一回ね」

「ぎゃー!」


 そして危機は去ってなかった!

 そういえばそうでしたねー。
 目的は私とルーミアさんの子供なんだから、幽々子さまが男になったところで永琳さんの別の欲求が満たされて終わるだけですもんねー。


「ああ……うっとり……」(CV:子○武人)


 しかも幽々子さまは、男になったことに軽く満更でもなく陶酔している。
 ピンチ! もう誰も私を守ってくれない!


「ウドンゲ、今度こそよーく捕獲しておきなさい。妖夢ちゃんが動けなければ、ルーミアちゃんも動かないわ」

「ねえ師匠。さっきの薬効弾幕、微妙に私にも向かってきてませんでした?
 幽々子さんが全部防がなかったら、私にも刺さってませんでした? 私なんか騙されてません? ねえ?」

「さあ……妖夢ちゃん! ルーミアちゃん! ウドンゲ! 一体誰が男の子になるのかし……らっ!」

「しぃしょぉぉおおおおおーーーー!?!?!?」


 再び、悪夢の弾が放たれた……!
 もう片方の手に残る4本も、先程と同様宙を一度舞う。
 そして一旦動きを止め、私たちの誰かか、もしくは全員に狙いをつけるだろう……!
 鈴仙さんは今も私を捕える腕の力を緩めていないので、避けるに避けられない……!

 今度こそ、もうダメ……。
 思ったその時……―――


「……? 発射されない……? え!?」


 いつまで経っても私たちに向かって発射されない注射器弾を疑問に感じ、
 放り投げた方向に目を向けた永琳さんは思わず不思議そうに声を漏らした。
 なぜなら……注射器弾は、突然その姿を消していたから。
 まるで、神隠しにでもあった様に……。


「消えた……? どういうこと……?」

「今のは……!?」 


 違う……消えたんじゃない。
 ずっとその軌跡を追っていた私の目はそれをしっかり捕らえていた。
 "飲み込まれた"のだ。
 突然裂けた空間の切れ目……"スキマ"に!

 スキマを作るなんて芸当ができる妖怪を、私はひとりしか知らない。
 なら……つまり……まさ、か……?


「ふふ、間に合ったようね……」


 何もない空間から声が響き渡る。
 そして宙が横一文字に切り裂かれると、開いたスキマよりひとつの人影が降り立った。
 他の誰でもない。他にこんな芸当できるものなど居ない!
 そう、境界の大妖怪。幽々子さまの親友であり、幻想郷を管理する賢者のひとり!

 八雲紫……!

 その彼女が、自ら開いたスキマを通じて、私たちの前に姿を現した!


「ふふっ、皆様ご機嫌よう……」


 賢者は、昨日と打って変わった法衣のような中華風の衣服に身を包んで、妖しく静かな笑みを浮かべながらここに介入する。
 私たちを守る正義の味方か、それとも昨日のような悪魔の化身と変わり果てるのか……。
 どちらとも読めぬ胡散臭いその登場に乗じて、
 妖しくも激しい「ででで でーでで↑♪ でーでででー↓ ででで↓♪」という専用テーマ曲の前奏が聞こえるよう。


ででで でーでで↑♪ でーでで↓で てれてんでんでんっ♪


 と思ったら実際に口ずさんでる九尾の式神が居たよ!?


「大丈夫だった? ルーミアちゃん」

「ふぇ……あ、うん……」

ででで でーで↑で↑↑♪ でーででで でん♪ でん♪

「ふふ、全幻想郷の女の子の味方、ゆかりんりんが来たからには、もう安心よ

ででで でーでで↓でーーーー♪


 紫さまはルーミアさんの側に近づくと、頭巾の上からそっとルーミアさんのことをなでてあげる。
 遅れて、藍さんもスキマからこの場に降り立って、これにて幻想郷の賢者と最強の妖獣の揃い踏みとなった。

 どうやら、一応は私たちの側についてくれるらしい……。
 正直この人は超苦手で、幽々子さまのご親友でなければ関わり合いたくもない程度には苦手だけど……。
 助けて貰えるというなら、この期に及んでは大歓迎だ。


ででで♪ ででで でーでで↑♪ でーでででー↓ ででで↓♪


 あと藍さんアカペラ邪魔。


「でも紫さま、なぜこちらに……?」

「ふふっ、実はね……」


 昨日会ったばかりだと言うのに、またも来られるとは。
 なにか理由があるのだろう。この人はいつも私に理解できない理由で行動するような人だし。
 私が問うと、大妖怪・八雲紫は静かに微笑みながら、


「昨日、妖夢とルーミアちゃん、ふたり揃ってレオタード系コス着てくれたじゃない?」

「………………………………」

「なのに愛し合うふたりを抱き合わせるという素敵な構図を拝むのを忘れてた自分を恥じてね……!
 それで、もう一回セッティングして拝ませて貰おうと―――」

「ロクでもない理由で助けられたー!?」


 前言撤回パート2。この期に及んでも来て貰うべきじゃなかった……。


「けれどどうやら……百合百合レオタード抱き合わせ堪能タイムは、女の子ジュエルの素晴らしさを理解していない、あそこの月人、
 見た目は麗しレディ、頭脳は許されざる罪人、その名は八意永琳! ……に、お灸をすえてからのようね……」


 いやいやそんな抱き合わせタイムなんて未来永劫用意しませんよ、ええ。


「藍さんこんにちはー」

ででで でー……おっと、こんにちはルーミア殿」


 一方、ルーミアさんは、ぺこりと藍さんにご挨拶をしていた。
 藍さんはアカペラを止めて、礼儀正しく挨拶を返していた。ほのぼの。
 それにしても藍さんも大変だなぁ……(多分紫さまの命令とはいえ)BGMまで担当させられるなんて……。


「あれ? 今日は橙ちゃんは?」

「ああ、今日は橙を連れて来ていなんだ。用がない時は妖怪の山で過ごしているからね、今日も山で飛び跳ねているだろうね」

「そーなのかー……ちょっと残念ー」


 ルーミアさんは、昨日お友達になった橙ちゃんが居ないことに、ほんの少し落胆を見せた。
 どうやら、橙ちゃんとは昨日一日で大分仲良しになったのかもしれない……。

 ………………。

 ……べ、べつに、羨ましくなんかないみょん……。


「あら、ところで我が愛しきレディ幽々子の姿はいずこに?」

「よーっす」(CV:子○武人)

「ぎゃああああああああああああああ!?! 幽々子が男になってるううううううう!?」


 紫さまから断末魔の悲鳴が飛び出した。


「いやー、ちょっと当てが外れちゃって、男の子になっちゃった てへっ」(CV:子○武人)

「いやあああああ!? 幽々子のしゃべり方なのに低いー!! 声が低いいいいいいいいいいいっっ!!!!」


 発狂せんばかりに表情を白黒させて取り乱す紫さま。
 その表情は、もう形容する単語が見つからないくらいものすごいことになっていた。
 というか、男の姿になった幽々子さまを初見で見極めてしまうとは……ある意味で幽々子さまへの愛は本物かもしれない。
 まあ例え本物であっても認めやしないけどね。


「紫様……だから進言させて頂いたじゃないですか。仕込みなどせずに、早々に向かいましょう行くべきでは、と」

「ええ、藍……あなたの言うとおりだったわ……。これは……この私の計算をもってしても想定外の事態だったわ……。
 ある程度のイレギュラーなら対応できると油断した結果が……こんな、もっと愛した人のもっとも見たくもなかった姿に変わり果てるだなんて……」


 仕込みって何!? またなんか余計なこと準備してきたのこの人!?
 あーもー、このぐっしょんぐっしょんに乱れた状態だってのにー。
 いい加減その崇高な頭脳をもっと正しい形で使ってくださいよ。


「まあまあ、紫。あえてこの私が男になるって言うのも……ギャップがあって良いと思わない?」(CV:子○武人)

「思わないいいいいいいいいい!!!」


 ちなみに変えられた本人は別に嫌がるでもなく、むしろ満足そうにしてる。
 それだけに性質が悪い。


「ゆ、幽々子が、男であることを受け入れてるだなんて……。幽々子が……幽々子がおかしくなってしまったっ……!」

「おかしくしたのは紛れもなく紫さまですけどねー」

「八意永琳ッッッ!!! ……貴様だけは……貴様だけは許さんッッッ!!!!」


 紫さまは血の涙を垂れ流し、ありったけの憤怒を吐きつけ、生の感情を永琳さんに叩きつける。
 責任転嫁も甚だしいけれど……あの泥沼のように手応えのなく、腹の内を微塵も見せぬ紫さまが、剥き出しの感情を見せている。
 ここまで感情的な紫さまは、初めて見た……。そのらしからぬ様子より、怒りの大きさを思い知らされる……。


「許さない? それは心外ね……」


 対して、向き合う永琳さんは至って冷静なまま。
 開き直りさえ見せて、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「確かに、西行寺の彦……じゃなかった、西行寺の姫については不慮の事故だったわ」


 うん、今地味に彦(男子の美称。「姫」の対義語)扱いがこぼれましたね。
 ありゃ普段から幽々子さまのこと頭の中で「西行寺の彦」って呼んでたな。そういう癖みたいなこぼし方だったな。


「けれどよく考えてみなさい八雲紫?
 女の性を持つ者同士の妖夢ちゃんとルーミアちゃん……愛し合うこのふたりが禁忌の壁を打ち砕き、愛の結晶を実らせる。
 その幸福な結末は、あなたも望むところなんじゃないのかしら?」

「………………」

「あら? あなたもこのふたりが結ばれる事を望んでるのだと察したのだけれど……私の思い過ごしだったかしら?」


 紫さまは、ただ黙って永琳さんの言葉を受けていた。
 まるで、更なる怒りを内に溜めこむような……嵐の前の静けさを、肌で感じる……。


「いわば私たちは、妖夢ちゃんとルーミアちゃんの愛を成就させるという、共通の目的を持った同志。……違う?」

「ざけんなよ……」


 黙していた紫さまが、溜めこんだ怒りを滲ませるように、普段の淑やかな態度とは掛け離れた荒々しい言葉を吐き出す。
 わずかに驚きを見せた永琳さんに、ゆっくりとたたみ掛けるよう、滲ませた怒りを向けて……


「そんなカッコにならなくてもな……ひとつにはなれんだよ!」


 私の目の前に小さくスキマが開いて「女同士のS●Xマニュアル」とかいう一冊の本が出てきた。
 いや要らないよ!? 読まないからねこんなマニュアル!? ってか世の中にはこんな本があるの!?
 外の世界の装丁っぽいけど、外にはこんな本あるの!? やだ、外の世界怖い!


「なあ……―――」






 ―――そうだろ、みょんッ!!






「なにがですか!? みょんってなんですか!?
 ってか今脳に直接声が響きましたよ!? テレパシー!? テレパス!?
 なんでわざわざテレパシーで聞かせるんですか!?」

「ノリで」


 溜めこんだ怒りは紫さまの誇大妄想MEGALOMANIAに還元されていた。もうやだこの人、誰か助けて。


「呆れた……。幻想郷の賢者を謳う者とは思えぬ愚かさね……」


 ほんとだよ。


「今妖夢ちゃんに必要なのはそれじゃないわ! こっちでしょ!!」


 そういって手提げ鞄から「男同士のS●Xマニュアル」という書籍を取り出す八意女医。


「そっちでもねぇぇえよおぉぉおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!」


 ってかなんで持ってるんですか!? なに常備ってるんですか!?
 というか男同士だったらむしろ子供できないよね!? 両方男のなったらダメでしょ!? なんか目的すげ変わってません!? ねえ!!
 あーあーあー、鈴仙さんがものっそい小声で「ししょうのばかししょうのばか……」ってくり返し呟いてるよ……。
 っていうかそんな本まであるんですか外の世界って!? やだ、外の世界もっと怖い!


「どうやら、貴女とは話し合いの余地さえないようね……」

「の、ようね……」


 賢者と天才。
 どっちも変態だった。
 なら私はばかで良い。
 心底思った。


「ウドンゲ、妖夢ちゃんは後回しでいいわ。今はこのスキマ妖怪を片付けるわよ!」

「え? あ! は、はい……!」


 交渉の決裂を理解し、先に動いたのは永琳さん。
 迅速に鈴仙さんに指示を出して、ふたりで紫さまを迎え撃つ体勢を整えようとする。
 突然言われて慌て気味だった鈴仙さんだったが、すぐに私を解放して庭に向かう。

 ようやく窮屈な羽交い絞めから解放されてほっと一息吐いた私に……小さく「すみませんでした」と、謝罪の声が。
 まったく、律儀な方です……。

 鈴仙さんが庭に躍り出ると、元々の立ち位置が立ち位置だった分、丁度永琳さんとで紫さまを囲む配置となる。
 挟み撃ちともなれば、本来ならば絶対的優位を得るだろう。……しかし、向き合う鈴仙さんの表情は芳しくなかった……。
 あんなんでも紫さまは強大な大妖怪。鈴仙さんも、容易には敵わぬことを理解しているからこその表情だろう……。

 その気持ちを読み取ってか、紫さまは不利な状況に置かれながらも、不敵に笑みを浮かべたまま、鈴仙さんを見やる。


「へえ……月の兎風情が、この私に立ち向かおうっていうの?」

「!? ば、ばかにする気!?」


 強気に言い返す鈴仙さん。けれどそれも強がりだろう。
 それさえ、紫さまは察しているのかもしれない。


「そう見えたのなら失礼……。そんなつもりはないわ」


 だが決して侮るようなそれではなく、むしろ称えるように語る。


「うさ耳にブレザー着用、そしてミニスカート……市場ニーズをしっかり把握したあなたのファッションセンスは目を見張るものがある。
 だけれどね……この私の相手取るには不足!!!
 私の相手をしたくば、まずはその下半身! ハイレグに変えて出直してこいッッ!!!」


 紫さまに妄言を浴びせられ、鈴仙さんが困った様に「この人なに言ってんの……?」って表情で、赤い瞳を私に向けてくる。
 やめて見ないで説明求めないで。
 私だってこの変態けんじゃのこと良く分かってないんだから、そんな目されても困る。困りますって!


「と、とにかく、師匠の命令です! 2対1なら、さすがのあなただって……!」

「ふむ……。確かに、あなたの相手をしながら、あの分からず薬師に女の子の素晴らしさを説き伏せるのは容易ではないわね……。
 だ・か・ら……藍、兎のお相手はあなたに任せるわ」

「ははっ!」

「……?!」

「従者は従者同士仲良くね。私がこの分からず薬師の相手をする邪魔立てをさせないよう、しっかりお相手してあげて」

「御意に」


 側に控えていた藍さんが、凛々しく返事を返して鈴仙さんの前に出る。
 尻尾をもふもふして遊んでいたルーミアさんに離れるように告げてから……ルーミアさんちゃっかりなにしてんですか!?

 とりあえず、戦線のど真ん中に居るのは危ないので、ルーミアさんにこちらに来るよう招き寄せた。


「へえ、そうくる訳……。
 良いわ。ウドンゲ、あなたもその九尾を引き付ける程度で十分よ。
 このエセ賢者には、以前一杯喰わされた礼を直々にしてやりたいからね……」


 一方、永琳さんはそれさえ想定の範疇だったと言わんばかりに、冷静な態度を崩さない。
 期せずして成立した従者対決に、むしろ乗ってくるのだった。


「なにを師匠、水くさいです! そういうことなら、尚更ふたりでぎゃふんと言わせちゃいましょう!
 私だってやる時はやります! こんな狐、すぐに倒して師匠の手伝いしてあげますって!」

「ふふ、頼もしい言葉ね。いいわ、あとでがんばったご褒美に男の子にしてあげるわ」

「師匠、それ聞き間違いですよね。ご褒美どころか絶望という名のゴールしか見えない発言は聞き間違いですよね!?」


 ほんと噛み合ってないなぁ、この師弟……。
 この期に及んでも人を信じる鈴仙さんには、悲しさよりも安らぎを覚えるほどです。


「主は主と、従者は従者と……。話はまとまったみたいね……行くわよ八意ォーッッ!!」

「望むところよ! 八雲ォーッッ!!!」

「ねえ、嘘だと言ってよ、しーしょォーッッ!?」


 鈴仙さんの叫びも空しく、賢者対天才の最強ヘンタイ決定戦の幕が切って落とされる!

 そんなふざけた前フリではあったものの―――次に目の当たりにした光景は、笑えるようなものではなかった。

 紫さまは掲げた指を軽快に鳴らすと、周囲の空間が一斉に細かく大量に切り刻まれた。
 それだけでもこの世のものとは思えぬ凄まじい光景だというのに、生み出したスキマ中から複数の"なにか"が飛び出してくる。
 虫、鳥、獣、魚、眼球だけのなにか、腕の形をしたなにか、単なる光の玉のようなものに、影だけの不定形なもの。
 言葉で形容できるものから、どう形容していいのか分からない異形のそれまで……恐らくは、目に見えない不可視のものもいるのだろう……。
 紫さまを知らなければ、それらが、藍さん以外に紫さまが使役する式神だったなどと理解できなかったかもしれない。
 その数十にも数えられる様々な種類の"なにか"の式神。
 普段の弾幕ごっこでは使わないような高位の式神、そしてその数に、紫さまがいかに本気なのか思い知らされる……!
 召喚された大量の式神の群れにて、美しく整った白玉楼の庭は一気におどろおどろしい異空間へと姿を変えてしまう……。

 だが永琳さんも負けてはいなかった……!
 永琳さんを中心に、頭ひとつ分ぐらいの大きさの光の玉が大量にばら撒かれていた。
 それこそ、紫さまの式神軍団に負けないほどの量を。

 あれは永琳さんの扱う使い魔。
 永琳さんはスペルカード戦の際、使い魔たちを特定の位置に配置させた後、
 統率の整った連携で弾を放つことで、より強力な弾幕を形成する戦い方を取る。
 知的な永琳さんらしい、計算と統率に基づいた弾幕スタイル。

 紫さまの多様な式神とは違い、一様な姿をしているとはいえ、ひとつひとつが紫さまの式神にも負けないほどの強力な能力を秘めている。
 私とのスペルカード戦の折でも強力な攻撃力、耐久力を見せつけてくれたのだ。
 ごっこ遊びではない本気の勝負ならば、それはきっと強力な戦力になるのだろう。

 式神と使い魔の違いはあれど、共に高い知能を持つ者同士、奇しくも似た戦闘方法を取るとは。


「行くわよッッ!! あなたにはッ! 着飾る喜びを以って、女の素晴らしさを存分に教え尽くしてあげるわッッ!!!」

「面白い……やってみなさい! できるものならねぇッッ!!!」


 そして……式神と使い魔らが一斉に弾幕を発射した。
 まさに弾の幕。
 これまで私たちがしてきた弾幕ごっこが、文字通りのごっこ遊びに思えるほど大量の、まるで戦場のような凄惨な光景だ。
 白玉楼の庭は、一気に戦火に巻き込まれた……!


「庭がーっ!?」


 毎日愛情注いで手入れしてる庭が戦禍に巻き込まれる様を前に、つい叫んでしまった魂魄よーむちゃんでした。


「はあ……こうなったらもう手に負えないんだから。……ゆかりー! 後でちゃんと直しておきなさいよー!」(CV:子○武人)

「わかったー」


 もはや国と国の戦争のような地獄絵図。
 目の当たりにして、コメントのひとつでもつけられるのは幽々子♂さまくらいなもので。
 ルーミアさんはというと、ぽかんと口を開け、ぽへーと眺めるしかできずにいた。
 当然、私も唖然と見守るしかなかった。いや無理でしょう。こんなんどう止めろっての……? ああ、私が手入れした木がなぎ倒されてく……。
 そんで鈴仙さんも……うわあこの中に参加したくねえ、という心境を、なんとなく背中の雰囲気から感じ取れた。
 さっき強気で言った素敵な師弟愛も、今では撤回してるところだろう。まあどうせご褒美で男にされちゃうけど。


「さて、じゃあこちらも始めようか、月の兎殿。……ええっと確か……レイセンさん、といったかな?」

「……はっ!」


 固まっていた鈴仙さんに、藍さんは普段通りの口調で語りかけた。
 藍さんの言葉で飛びかけていた意識を取り戻して、鈴仙さんは慌てて向き合う。

 藍さんにとって、今の鈴仙さんの硬直は絶好の好機だっただろう……。
 それでも、藍さんは不意打ちなどせず正々堂々と戦うことを選んだ。
 こんな時だっていうのに、生真面目な藍さんらしい姿だと思って……少し、安心を覚えしまった。
 一方背景ではひどい戦争の光景が広がっているけど。庭ェ……。

 藍さんと鈴仙さん、早速勝負が始まると思いきや……お互い動かず、睨み合い始めてしまう。
 互いの隙を探り合っているのだろうか?
 まるで達人同士のやりとりのよう……。
 鈴仙さんも、ただ佇んでいるだけの藍さんに、不思議な威圧感を覚え、攻め手を欠いているのだろう。
 ただ黙って向き合っているだけだというのに、ふたりの間に緊張が走る……。
 いつまでそうしていただろうか……?


「妖夢殿」

「あ、はい! なんですか?」


 その内、藍さんの方から私に語りかける声が口をついて出る。
 蚊帳の外に居た私に唐突に話が振られたので、思わず驚いてしまった。
 なにごとかと思い、耳を傾けると、


「彼女のうさ耳、外してくれないか。傷つけたくはない」

「藍さんの属性が発動してたーーーーーっ!?」


 ええー……攻撃しなかった、じゃなくてできなかったなのー……?
 さっき話しかけたのとかそうなのー? 正々堂々じゃなくてー?
 素敵な藍さん像が崩れるじゃないですか、私の憧れの先輩ー……。

 そして鈴仙さんがまた「どういうことなの?」と私に説明を求める赤い瞳を向けてくる。
 止めてその純粋無垢な瞳。本当に私の心ぎしぎし締め付けてくるから、ねえ。


「もうっ! 何をまごついてるの藍!?」

「いえ紫様。あの娘、うさ耳です」


 手を出さない藍さんを激戦の中で確認したのか、紫さまが藍さんに声をかけた。
 庭をめちゃくちゃにしてくれてる妖怪大戦争を指揮しながら、藍さんに話しかける余裕まであるとは……本当に、あの方は色々反則過ぎる……。


「なんだか知らないけれど、攻撃してこないの……? ならチャンス!!」


 鈴仙さんは、ついに藍さんが自分を攻撃できないと気づいたらしい。
 その隙を逃さず、迷わず弾幕を展開……! 両手を銃に見立てるように人差し指を伸ばし、指先より銃弾を模した弾が乱射される……!

 普段の温厚な性格からは掛け離れた容赦の無さ。
 こと戦闘となれば、隙を狙うこともいとわないところは、さすがは元軍人というところか。

 そして、鈴仙さんの放った弾幕が一斉に、藍さんの身に襲い掛かる……!!


「藍、これは命令よ。その兎は、徹底的に、た〜っぷり料理してやりなさい」


















    幻神「飯綱権現降臨」






     「アッーーー!!!」


















    超人「飛翔役小角」






    「ぎえー!?」















    行符「八千万枚護摩」




    「ぎゃぼー?」








    式神「前鬼後鬼の守護」






    「ひでぶっ!?」






    密符「御大師様の秘鍵」




    「うどーん!?」




    式弾「アルティメットブディスト」



    「プギャー!?」



    式神「十二神将の宴」


    「ぬわーーっっ!!」


    式弾「ユーニラタルコンタクト」

    「むきゅー!」

    式神「仙狐思念」   「ウボァー!」   式神「憑依荼吉尼天」    「うにゅー!?」


        式輝「狐狸妖怪レーザー」   「闇に堕ちるか……」   式輝「プリンセス天狐 -Illusion-」   ぬふぅっ!

   「狐狗狸さんの契約」   ありえん……!」   式輝「四面楚歌チャーミング」   「マモレナカッタ……」






「さて、お次は……」

「もう止めて藍さん!? 鈴仙さんの残機はゼロですよ!?」


 藍さんの圧倒的スペルカードの乱発に見かねて、思わず止めに割って入ってしまった。
 通常弾からクナイ弾から光線、大玉弾、式神、護符、果ては格闘まで、凄まじいスペルカードのオンパレード。
 鈴仙さんは折角の先制攻撃も、狂気を操る能力も有効に使えぬままのびてしまった、うどんがのびてる。


「おうどんさんがのびてるー……」

「むしろ焼きうどんね」(CV:子○武人)


 ルーミアさんと幽々子♂さまがそれぞれ鈴仙さんの勇敢むざんな様子を眺めて、その亡骸にコメントをつけていた。
 哀れ鈴仙さん……。あなたの勇姿は、あんまりは忘れない……。


「では、トドメと行こうか」

「まだやるのー!?」


 もう勝負はついてると言うのに、この容赦の無さ。
 いくら何でもやり過ぎ……。
 いつもの藍さんは……いやいやそれ以前に獣耳が大好きな藍さんはどこへ行ったのやら?


「いやいや、妖夢殿。やはり公私混同は宜しくはないだろう?
 徹底的に、と命が下った以上は、やはり私情は捨てて主のために尽力のが式の役目さ」


 なんてことだ……獣耳は藍さんのストッパーになる思われていたけれど、紫さまの命令でこうも容易くキャンセルされてしまうのか……!
 さすが藍さん、融通の利かなさなら幻想郷一……。
 このままじゃあ鈴仙さんは確実に殺されてしまう!
 冥界の一員になってご近所さんになって、多く作り過ぎたうどんをおすそ分けとかしてしまう!

 なんとかせねばと考えて……やはり紫さまにすがるしかないという結論に行きつく。
 幸い、妖怪大戦争の方は、今のおうどんフルボッコタイムの間に大分収まってきていた。
 式神や使い魔の気配も、指で数えられる程度しか感じられないし、話しかけるなら今のうち。


「ゆ、紫さま! こちらはもう決着はついてます、早く藍さんを止めてくださ―――ぎゃぼぉおおおおぁぁぁああああああ!?」


 目を向けたら、思わず叫んでしまった。
 ……いや、紫さま自身はなんともなかったのだけど……同時に視界に入ったそれに、思わず叫ばずにはいられなかった。
 紫さまと手合わせしていた永琳さんが……その……。


「なあに妖夢? 今こっちは更なるコーディネイトに頭をフル回転させているところなのよ!」

「こーでぃねいとってなんですか、これ以上なにするつもりなんですか!?
 もう既にうさぎさんになっとるじゃないですかっっ!?」


 どどんっと目に飛び込んだ永琳さんのお姿は、昨日の私と同じ格好になっていた。……いや、"されていた"、だろう……。
 所々細かいところは違うけれど、あれはバニーガールという、私の昨日の悪夢コスプレが再来してた。
 しかもしっかり永琳さんのパーソナルカラー、赤青半々のデザインだった。


「ふふっ、可愛いでしょう? 今日はちょっと捻ってグローブ着用にしてみたのよ


 あ、ほんとだ。腕の部分は昨日私がつけてた「かふす」とかいうのじゃなく、肘まで覆う白の長い手袋になってる。
 ハイヒールが黒、ストッキングが中間の色の灰色となっていて、
 丁度上下左右それぞれが反対の色を示していて、面白いコンセプトだなと思った。んなこたぁどーでもいいんだよ!!


「紫さまは真剣勝負中になにしてんですか!?」

「なに言ってんの!!! コスプレは常に真剣勝負よッッ!!!!」

「そういうこと言ってんじゃないですってばーーーっっ!!!」


 どうすればあの妖怪大戦争が、コスプレ大会に変わっているのだろうか。
 この賢者の考えることは毎度ながら高度過ぎて分からない。


「え……妖夢ちゃん、私のこの格好って似合わない……? いけると思ったのだけど……」

「えーりんさんもなに満更じゃなさそうにしてるんですかああああ!?!?」

「そうね、少し失敗したわ……。あんなボンッ・キュッ・ボンッなナイスバデーにバニースーツ姿なんって在り来たりじゃない……!
 やっぱりレオタードは、妖夢みたいに魅惑のスレンダーボデーに纏わせるのがマイジャスティスね……」

「紫さまは相変わらずヘンなこと考えるなよおおおおお!!!」

「だめよ。妖夢ちゃんには長袴履いて男らしく片肌を脱いで、桜吹雪の入れ墨と鍛え上げた大胸筋を強調して貰いたいわ」

「こっちもヘンなこと考えないでよおおおおお!!!」


 ツッコミが追いつかない。
 これが高い知性を持つ者同士のハイレベルバトルか!
 うん、絶対ついていきたくないね。


「っていうか紫さま、コスプレは同意がどうとか昨日言ってませんでした!?
 これって自分ルールに背いてるじゃないんですか!?」

「え? だってさっき、」












『行くわよッッ!! あなたにはッ! 着飾る喜びを以って、女の素晴らしさを存分に教え尽くしてあげるわッッ!!!』

『面白い……やってみなさい! できるものならねぇッッ!!!』













「↑って許可取ったから」


 うわー、ほんとだ。ちゃっかり同意得てるー。
 大妖怪ともなると契約にはうるさいらしけれど、その分あらゆる手段を用いて契約取るんだなぁ。悪徳商法みたい。


「だからサクッと変☆身☆スキマ空間に入れちゃいました☆」    ゆかりんっ☆

「なんですかそのひどいネーミングセンスは……」


 プラスひどいぶりっこまで見せられた。なんですか今の効果音……?


「飲み込んだ相手の衣服を、予め決めておいた衣装に着せかえてから元居た空間に吐き出すよう式演算プログラムを組み込んでおいたスキマよ」

「えっと……?」

「つまり飲み込んだら1秒経たずにコスチェンジさせちゃうスキマ


 スキマ空間便利過ぎだろうて!?


「気にすることないわ妖夢ちゃん……これは迂闊にスキマに飲み込まれた私の不手際だもの……。
 まさか衣装を変える戦術とは……お陰で服に仕込んでいた道具も全て剥ぎ取られてしまったわ……。
 隠してある戦力を見抜き服装そのものを変えてくるとは、やはりさすがね! 八雲紫!!」

「え!? ゆかりんさすがだった? やったあ、さすが私!!」


 うそだ、絶対ただ着せ替えしたかっただけだ。


「しかしよ、妖夢ちゃん……! ……だとしても、こんなのたかが衣服が変わった程度……」


 永琳さんは、白く長いグローブで纏った手で、後ろ髪をふさあと棚引かせる。
 凛々しく在り続ける佇まいは、長寿ゆえの悟ったなにかの云々なのだろうか。
 地味にかっこいいと思ったけど、服装はバニーちゃんである。決まりきらない。


「……まだ勝負はついていないのだからねぇっっ!!」


 永琳さんは胸の前で手袋を履いた両手を、距離を開けて構えた。
 その中心から覗く、たわわに実った大きな胸は大きく揺れ動き……
 ……いや見るべき点はそっちじゃなかった。格好が格好だからついそっちに目が行ってしまった。

 永琳さんの構えた両手の間から、光の玉―――使い魔が生み出される。
 そして先程と同じように大量に分裂させ、自身と紫さまを包囲するように陣を配置させた。


「なに? またさっきのくり返し?
 なにを考えているのか知らないけれど……今度はあなたに、燕尾服をプレゼントしてくれるわーー!!!!」

「この期に及んでもコスプレかァーーー!?」


 私のツッコミもスルーして、紫さまは腕を前に出しながら指を鳴らした。
 恐らく変☆身☆スキマ空間とやらに再び永琳さんを飲み込もうと言うのだろう。
 効果はともあれ、スキマである以上は紫さまはどこにもでも、好きなタイミングで、好きな数だけ生み出せる。
 事実上、回避不能の最強攻撃であろう。
 これは、永琳さんに燕尾服確定か……。
 ……そう案じた時、永琳さんが不自然に横にスッ……と移動した。
 明らかに、意図的にその場から離れるように。
 その、一瞬後……


    ――ッガ……ォンッ!!!


「……っえ……!?」


 さっきまで永琳さんが佇んでいた場所に、人ひとり飲み込む程の大きさの変☆身☆スキマ空間が開いた……!
 もし永琳さんが場所を動いていなければ、今の変☆身☆スキマ空間に飲み込まれ、燕尾服を着せられていただろう。
 そしていくら正式ネーミングとはいえ「変☆身☆スキマ空間」とか自分で言ってて恥ずかしくて仕方がなかったので、以降はスキマで統一させて頂きます。

 一方、紫さまも軽く目を見開き、わずかに驚きを見せていた。
 前兆なし回避不能のスキマを、偶然とはいえ避けられたのだから、無理もないのかもしれない……。
 ……偶然、なのかな……?

 それでも紫さまは、ほんのわずかこぼれた驚きもすぐに隠して、気を取り直すよう再び指を鳴らした。今度は2度続けて。
 永琳さんはまたも不自然に、意図的に場所を移動した。


    ――ガ……ォン!!


    ――――ガッ……ォンッッ!!


「無駄―――」


    ――――――ッガ……ォンッッ!!!


「―――よ。……っと」


 3度開かれたスキマ。
 鳴らした指の数よりもひとつ多いというブラフさえ完全に読み切って……永琳さんはその全てを、明らかに意図的に避けきった。

 偶然じゃ―――ない……!?


「な、なんで……!?」

「……へぇ」


 紫さまが感心したように口ずさむ。
 そして顎に手を当て、辺りを見回す。
 意味ありげにふむ、と頷くと。


「感知能力特化の使い魔による空間情報察知及び同期信号の感覚共有によるリアルタイム知覚ね?
 なるほど、囲むように配置した目的は、弾幕よりむしろ位置情報の多角化による3次元的な空間認識をより精密に得るため。
 感覚を共有する使い魔だからこそ、むしろ有効にできる訳、と……」

「……は?」


 紫さまが、なにをおっしゃってるのかさっぱり分からなかった。
 しかし永琳さんは、今の言葉に称賛を送るよう、手袋越しの鈍った音で紫さまへ拍手を送りはじめる。


「さすが、腐っても賢者と謳われているだけはあるわ。
 ええ、連続空間における空気や霊力子、空間自体の微細な振動や歪みなどの兆候から、
 事前解析した統計データを照らし合わせ、発現位置の推察・特定。
 あなたのスキマは強力だからね、事前に色々調査させて貰ったわ。
 もっとも、それだけじゃあと一歩足りなくてね……。
 だからあえてこの身で体感させてもらったわ! お陰で、欠けていたファクターが揃った!」

「簡単に言ってくれるじゃないの……。
 いくら情報が揃ってても、使い魔からの複数情報を即時的統合処理でき得る演算能力がないと使えないじゃない。
 真似してできるのは藍か私くらいなものよ。大したものだわ」


 難しい単語が連続して飛び出して、完全にちんぷんかんぷん。
 おふたりの会話に、まるでついていけない。
 それは、敵対するはずのおふたりが、ふたりだけの世界を共有しているような不思議な情景。


「参考までに……察知のために最低限必要な使い魔の数は、現状8から12ってところかしら?」

「6つあれば行ける自信はあるわ。
 それで、要となる私の使い魔を、さっきみたいに式神たちに相手させるのかしら? それとも、スキマで一気に飲み込んじゃう……?」

「あら、誘ったって受けてあげるのはダンスとデートとキスまでよ。
 いくら式神たちに相手させたところで、必要数が無くなる前に補充するでしょう?
 だからと言ってスキマで一気に飲み込めば……更に詳細なスキマの情報があなたに蓄積される」

「ご明察……」

「なによ、これじゃあもうスキマ封じられちゃったようなものじゃないっ。
 あなたの知性とおっぱいを侮っていたつもりではなかったのだけど……一本取られたという訳ね」

「ええ……。あえて言わせて頂戴! 私をバニーちゃんにしてくれてありがとうっ!!
 お陰で、あなたのスキマのメカニズムは解析した!! 私はもう、スキマには飲み込まれない!!」

「……上等!」


 所々ふざけた単語が飛び出してはいる……けれど張りつめた空気で感じ取る。事態はそこで笑えるようなお気楽なものではないことを。
 なにより……永琳さんが回避不能とさえ思われたスキマを攻略した。
 その驚異的な事実だけとは理解することができた。


「式神じゃああなたを抑えるのには不足だというはさっきので分かってた!
 元よりここからは我が身ひとつで臨むつもりだったもの、変わりはないわっ!!」


 一見マヌケな展開がくり広げられつつも、これはしっかり最上位クラスの戦いだったのだ。
 そう、実感する……。


「大変なことになったわ、妖夢……」(CV:子○武人)


 紫さまに負けずとも劣らぬ永琳さんの実力を目の当たりに、さすがの幽々子♂さまも驚きを隠せないようだった。


「お腹が空いたわ」(CV:子○武人)

「幽々子さまは少しは空気ってものを読んでくださいぃぃぃいいいいぃぃぃッッッ!!!」


 こンの佳境に入ったところでその台詞言う〜? 普通言う〜?
 普段はかなり絶妙に空気を読んでくれるクセに、こと食べ物になったら途端にあらゆるものにも優先するなあ。もうやだこの食いしん亡霊。


「んー、今日はおうどんが食べたいわねぇ」(CV:子○武人)

「はい! おうどんさん!」

「うどんはうどんでもそれ優曇華院さんーーーーーっ!?」


 ルーミアさんが傷つき動けなくなった鈴仙さんを幽々子♂さまに差し出したので、慌てて止めに入った。
 知り合い食べちゃダメ。ゼッタイ。


「兎肉……おいしそうね。ジュルリ……」(CV:子○武人)

「だから食べちゃダメー!?」

「その通りですよ、幽々子殿」

「あ、藍さん」


 そこに、鈴仙さんを焼きうどんにした張本人も輪に加わる。
 良かった、張本人とはいえ藍さんは常識人。この鈴仙さんを食そうとする流れを変えてくれる……!


「いくら亡霊とはいえ生肉は危険です。料理だったら、私に任せてください」

「藍さんまでなに食べる前提で話してるのーーーっっ!?」

「いや妖夢殿、これも主の命です。私は紫様に、彼女を料理するよう命を下されたからね……」

「料理は料理でも本当に料理してどぉぉぉすんですかぁぁぁー!?」


 思い返せば確かに「料理しろ」とは言ってたけれど、それって結局比喩な訳だし、本当に料理しちゃだめでしょ!
 ああもう、藍さんの融通の利かなさは、常識を遥かに超えていた……。


「ようむーようむー、おなかすいたー! ごはんよごはんー」(CV:子○武人)

「よーむちゃーん、わたしもー! ごはんー、ごーはんー♪」

「ルーミアさんまで……」


 最強クラス同士の苛烈な戦いなど完全に興味の外で、チームおおぐいの意識と食欲は、既にお昼ごはんに向けられていた。
 ってかルーミアさん、さっき遅い朝ごはん食べたばっかりなのに……予想通りというか、やっぱり普通に食べちゃうんだな……。


「さあ魅惑の兎さん、ワルツを踊りましょう! 武闘たたかいと言うの名の舞踏ダンスをねッッ!!!!」

「そうね……ダンスの誘いは受けてくれるのだったわね……。
 こんな妖艶みりょくてき殿方ひとにお相手いただけるだなんて、なんて光栄なのかしらッッ!!!!!」


 ……向こうは向こうで、賢者と月の頭脳が苛烈な死闘を繰り広げているってのに。

 こうなった幽々子さまは、ある程度状況がもっとひどくならない限り譲らないからなぁ……。
 逆に言えば……あの対決でさえ、幽々子さまには許容範囲内ということにもなるのだけど……。

 まあ、幽々子さまが大事に見てないなら、私が慌てても仕方ないってことなんだろう……急激に悟り始める自分が居た。
 向こうだって時間が経てば決着もついてるだろうし、頭も冷えてほとぼりも冷めてるだろうな……。
 なによりルーミアさんがお腹を空かせている。(ここ重要)


「はあ、分かりました……お昼にしましょう」

「やったー!」(CV:子○武人)

「やったやったー!」


 結局、私は主の命に従い、昼食に向かうことにした。
 いささか楽観し過ぎかもしれないけど……あっちはもう私の手に負える次元じゃないもの。

 ……と、その前に一応。


「永琳さーん! 紫さまー! 私たち席外しますけど、あんまりはしゃぎ過ぎないでくださいよー!
 屋敷にまで被害が及んだら、堪ったものじゃないですからねー!」

「「はーい、分かったー」」


 あんたら仲良いな。
























「ふー、食べた食べた」(CV:子○武人)

「おなかいっぱーい」


 満腹のお腹を満足そうに抱えて、廊下を歩くルーミアさんと幽々子♂さま。
 みんなでお昼を食べ、食休みも挟んでから、みんなであのふたりの様子を見に行くこととなった。

 幽々子さまも、服をワンピースから男物の着物に着替えてバッチリ決めていた。
 ギャップ萌え真っ盛りな幽々子さまだけど、さすがに純和風屋敷に男物の洋服はなくて、
 けれど「男として男物の着物を着る」はギャップとして適応されるらしく、これも良しと納得しておられてた。
 幽々子さまの男物を着こなすお姿は、これはこれでかなり決まっていた。
 女だった時からお美しかった顔立ちは、男になってもその耽美な雰囲気を残しており、
 身内びいき抜きにしても……かっこいいと言えるものではないかと思う。


「やっぱ男の体だとエネルギーって多く必要になるのかしら? ちょ〜っと物足りなかったかも」(CV:子○武人)


 ……こういう気の抜けるようなことさえ言わなければ、だけど……。

 幽々子さまは別に男にならなくてもいっぱいお食べになりますよ。
 麺を何玉もおかわりしていた主に言おうと思ったけど、仮にも仕える身なので、そっと心の奥にしまっておくことにした。


「ゆゆちゃんは別に男の子にならなくてもいっぱい食べてたよ?」

「あーん、ルーミアちゃんったら手痛〜い」(CV:子○武人)


 代わりにルーミアさんが代弁してくれてた。
 うん、ルーミアさんなら別に主従関係無いから大丈夫だね!
 あと幽々子さまもルーミアさんには甘いから言っても許してくれる! 良いぞもっとやってください!


 ちなみに、お昼ごはんは幽々子♂さまご所望通りおうどんである。
 もちろんうどんといっても鈴仙さんではない。小麦粉に少量の塩を加え、水でこね、薄く延ばして細く切ったものを茹でた食品の方のうどんである。
 しかも本日は油揚げを乗せて、きつねうどんに仕立てた。


「いやあ、すみません。治療して頂いただけでもありがたいのに、私までごちそうになってしまって……」


 鈴仙さんが、共に廊下を歩みながら、申し訳なさそうに言う。
 本当ならその前に帰るはずだったのに、お昼をごちそうになってしまったことを気にしているのだろう。
 本当、律儀な方だなと思った。


「いえ、良いんですよ。みんなで食べた方がおいしいですから。ね? 藍さん」

「ああ、そうだね。妖夢殿の言う通りさ。食卓というのは、みんなで楽しんで囲うのが良いものさ」


 ちなみに食事は、私と藍さんとで共同して作った。
 きつねうどんになったのも、もちろん藍さんのアイディア。藍さん自身の好物でもあるということも加味している。

 珍しい面々で囲んだ食卓はそれなりに会話も弾み、新鮮な交流もあり、なかなかに楽しいものだった。
 例えば……ほら、


「それにしても、藍さんお料理上手なんですね」

「いや、食材自体が良かっただけさ。私の腕前だけじゃないさ」

「いえそんなことないですよ〜」


 先程まで死闘(一方的だったけど)をくり広げていたふたりだったけれど、昼食会を経た今、すっかり意気投合している。
 もともと人当たりのいい藍さんの性格と、獣耳スキーの性癖もあって、この短い間にもなかなか良好な関係を築けたようである。


「なら……きっと、君のうさ耳の魅力が、うどんを美味しくしたんだよ」

「やだ藍さん、上手いこと言ったつもりですか? 全然上手くなんかないですよ〜」

「ははっ、失礼した」

「……いやまあマジで意味不明なんですけど……」


 ……ちなみに、鈴仙さんは真面目なので、「萌え」とかそういうのを全然分からないみたい。
 だいじょうぶ、わたしもわからないから。
 仲間がふえたよ。やったねよーむちゃん!


「けど、良かったんですか?」

「なにがだい?」

「私たちって……一応敵同士ってことですし……」


 心配性の鈴仙さんは、この期に及んでも立ち場を気にしていた。
 藍さんはその不安を、優しく受け止めるような、そんな柔らかい面持ちで応えてあげる。


「なあに、既に紫様の命は果たしているからね。次の命が出るまでは基本的に私の判断で動いて良いんだ。
 今も主同士の戦いが続いていれば戻ればまた刃を交えることになるだろうが……そうでなければ仲良くしても問題はないだろう?」

「ははは……もう終わってることを祈ります」


 死にかけたことを思い返し、渇いた笑いを浮かべる鈴仙さん。
 まあ、藍さんも普段通りならとてもいい人だから、大丈夫ですよ。

 ……一方、普段通りですら危ういおふたりの主たちは、今頃一体どんなことになっているのか……?
 大分時間も経ってるし……もしスペルカード戦を行っていたら、そろそろ100枚目の勝負になっていてもおかしくないくらい時間は経っている。
 さすがに、いくらなんでも疲れてるか飽きてるかして終わってるでしょう……。


 と、あれこれ考えている内に、先程まで居た客間に到着する。
 私は、先んじてふたりの様子を確認しようと、部屋を通り抜け、庭に向かう。
 後ろからルーミアさんもトコトコついて来て、一緒に庭に出ていた。よっぽど太陽を大分克服できたのが嬉しいのかな?
 ……はてさておふたりは一体どうなったことやら。


「ただいまもどりましたー。おふたりとも、どうなりまし―――」

「「できたー! 女の子同士で妊娠する薬ー!」」


 事態はさらに悪化していた……。



















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