その日の朝。
 永琳さんが唐突にうちに訪ねて来て、


「子・づ・く・り・しましょ♪」


    ガラガラガラ……ピシャッ!!


 玄関先でそんなことを言われたものだから、つい反射的に戸を閉めてしまった。







 

みょんミア10

一、子づくりは計画的に。








 朝というには既に時間も過ぎ去った10時頃。
 私は午前中の仕事をこなすべく、屋敷の中を奔走していた。
 昨日は仕事中に予想外の邪魔が入ったから、中断してしまった分の仕事も片付けんと、忙しく動いていた。
 ……それだけじゃない、か。昨日の予想外は、ほんのちょっと……いやかなり、良いことも運んで来てくれて、
 その恩恵をもっと満喫したくて、なるべく早く仕事を片付けたいって気持ちでいっぱいだった。


「ふあ〜……」

「あ、おはようございます、ルーミアさん」


 すると、予想外にもお泊りすることとなった"良いこと"ご本人と、偶然廊下でご対面する。


「ん……よーむちゃ……おはよお……」


 寝ぼけた顔でまだ開ききらない目をこすり、おぼつかない呂律で挨拶を返すルーミアさん。
 すぐに朝ごはんを食べますかと聞くと、彼女は大きく頷く。
 大き過ぎて、そのまま前に転がってしまいそうなほど。
 現在のルーミアさんを横から見たらなら、まるで6時25分を指す時計の針のような体勢であった。


「だ、大丈夫ですか?」

「だいじょ、ぶ……むにゃ……」


 大丈夫どころかすごく眠そうである。
 寝起きの体は上体を支えるのが億劫なのか、ルーミアさんは6時25分のまま、大丈夫じゃない大丈夫を答えていた。

 朝が苦手とはいえ、今日はよっぽど眠いのだろうか……?
 …………まあ、無理もないか。
 昨日はあの紫さまと初めてのご対面……あの狂気を目の当たりにして、疲れない方がおかしい……。


「もうひと眠りしてきますか?」


 聞いてみたけれど、ルーミアさんは眠そうな頭をぷるぷる横に振り私の提案を拒否する。
 本人がそういうのなら、無理に寝かせようとするのもありがた迷惑というものだろう。
 私は一度仕事の手を止め、彼女と一緒に居間まで向かうことにする。


「うー……またおきれなかった……」


 ルーミアさんをちゃぶ台にスタンバイさせ、お盆に載せた朝食を台所に取りに行くと。
 寝ぼけてまだ回ってない頭と呂律で、悔しそうに呟く声が耳に入る。


「無理して私に合わせなくても良いんですよ」

「うー……でもでも……。………………くー……」


 私の言葉に、彼女は意地を張るように頷こうとはしない。
 だけど体それを拒否しきれないようで、話しながらちゃぶ台に突っ伏して、ついにはかわいいいびきもかいてしまう。
 くすっ……なんかかわいい。あ、よだれがこぼれて。


 今は朝の10時頃。この時間帯に起きるのは、一般的に見ればかなり遅い起床である。
 けれど妖怪、それも夜の種族である彼女は私たちとは生活基準が違うのだから、それでも寝足りないはず。
 夜行性の彼女は、本来なら今も寝ている時間のはずで、実際、出会ってすぐの彼女は夕方まで寝ている生活を送っていた。
 この時間に起きているのも、私たちの感覚で言えば夜の7時頃に寝て夜中の2時に起きるようなものなんだと思う。まあ適当な当てはめたけど。

 それは本能的な部分に関わることだから、無理に私たちの生活基準を押し付けるつもりもない。
 もっとゆっくり、それこそ夕方まで寝ていても良いと言ってるのだけど……ルーミアさんは私と一緒に起きたいと言ってきかないのだ。

 特に昨日は、紫さまに会いすごく神経を使ったり、着せ替え人形にまでさせられたんだから、
 いつも以上に疲れてても無理もないというのに……。


「ふふ、ルーミアちゃんはね。だーい好きなよーむちゃんと、いっぱい一緒に居たいのよ」


 朝ごはんを運んで来ると、ごはんの匂いにつられたのか、幽々子さまもいつの間にか居間にいらしていた。
 ふわり、幽雅に語りかける声色は、そんなことも分からないの、なんて私をからかうように奏でられて。
 そんな主を前にして、私は……顔を無表情に凍りつかせて、冷やかす言葉にさえ反応し損ねてしまう……。


「なに妖夢? 私の顔、なにかついてる?」

「まー顔じゃなくて服ですね」


 共にちゃぶ台を囲む幽々子さまの御身は、いつも通り厳かな着物を翻し……てはいなく、
 代わりにシンプルでかわいい桜色のワンピースを纏って着座していた。


「……こんな風に洋服を着こなす幽々子さまなんて、私、生まれて初めて見ました」


 そんな変わり果てた姿になっても、三角頭巾だけはしっかりつけている亡霊クオリティ。
 それはこだわりかなんかなのだろうか?


「え? 普段和服を着こなす私が、洋服とか着ちゃダメかしら? 普段とのギャップがあっていいと思うのだけど……

「はあ……?」

「むしろ妖夢も、カジュアルなお洋服着てみる? あ、妖夢だったら着物でも良いかもね!」

「そんなことないですよ……。あ、はい、ルーミアさん、ごはんです」

「ありがとお…………くー……」

「ねえ、逆にルーミアちゃん着物着てみない? 私のお古になるけど、きっと可愛いのが埋まってるんじゃないかしら

「いただきま、す……くー……」

「はあ、ギャップっていいわよね……」

「………………………………………………………………………………」


 ああ、また……幽々子さまの御病気が発病してる……。
 思わず頭を抱え、ため息を吐くしかなかった。


 昨日、紫さまの暗黒スキマ空間に飲み込まれた幽々子さまは、命からがらの奇跡の生還(死んでるけど)をお果たしになられた。
 ……のだけれど、幽々子さまを飲み込んだ「調教空間」というスキマは、
 まあ良く分かんないけど、趣味嗜好をひとつだけ教育(?)してしまうおぞましい空間だ。うん、自分で言っててまるで意味が分からない。
 そして、そこから帰ってきた幽々子さまも、例に漏れることなく、少しおかしくなってしまっていた……。
 基本人格などはそのままなのだけど……ただ一点、あることに対してのみ、妙に執着するようになってしまった。

 幽々子さまに植え付けられた趣味嗜好は「ギャップ萌え」。

 普段のイメージとはかけ離れた要素を持たせることに興奮を覚えるなんちゃらかんちゃら……。
 まあつまり、


「ねえ妖夢、もしルーミアちゃんのリボンの封印が解けたら、大人の姿になってすっごく色っぽくなって、
 性格も真逆の沈着冷静、大人の魅力全開になって、
 真の闇の力を携えEXボスもビックリな超パワーアップとかしたら……良いと思わない?」


 この有様である。
 あー、なんか紫さまも昨日その辺ギャップについて熱く語っていた気はしないでもないけど。(聞き流してたから覚えてない)
 幽々子さまも、ほんの一部とはいえ、あの心の中がバリバリ裂けるドス黒いクレバスの紫さまとおんなじになっちゃったよー。


「……って、うん? 封印……? リボン? え? なんのことで?」

「あら? 妖夢気づいてなかったの? ルーミアちゃんのリボンって封印の術式よ。ヘタに触ったら熱いわよ。焼け爛れるわよ」

「え……知らなかったです……」


 気になること言ってるなと思ったら、今明かされる衝撃の真実を告げられてた。
 それ結構物語の根底に関わる重要なことじゃないですか!? なにサラッと小ネタのように口にしてるんですか!?
 そりゃ寝る時もお風呂の時も外さないなー、へんだなー、とは思ってたけれど、そんな事情があったのっ!?


「あらら。私はてっきり、妖夢はもう知ってるものかと……。だ〜い好きなルーミアちゃんのことだから、ね


 また遠回しに冷やかしてくる幽々子さまだけど、しかし知らなかったものは知らなかったので、
 冷やかしよりも驚きの方が前に出て来てしまう。

 ルーミアさんが、封印……?
 封印という以上、封ずるべきなにかを抑え込んでいる、ということだろう。
 誰かしらの、なにかしらの事情で……。
 この、小さくて無邪気な彼女を……。
 ふと、ルーミアさんを見やる。


 くんかくんか。くーくー。


 ………………………………。

 ……この、半分眠りながらごはんの匂いを嗅いでる女の子が、なにかしら封印を施されているだなんて……
 ほのぼのする外観からはにわかに想像の及ばない事実だった……。


「あ、えーりんさんだ」

「え?」


 突然、ルーミアさんは目をぱっと開いて、そんな声をあげる。


「ゆゆちゃんゆゆちゃん。えーりんさん! えーりんが来たよ!」

「げげっ! あの蓬莱薬師が来たの……? うー、私苦手なのに〜」


 なにやら、おふたりの中では既に話が通じ合ってる模様で。
 しかし私にはなんのことやらさっぱり、蚊帳の外。
 そもそも永琳さんの名前がなんで今?
 どういうことか、聞こうと思ったそのタイミングに合わせるように、


「ごめんくださーい」


 玄関から、来客を告げる声が聞こえる。
 その声は……確かに、今話題になってる永琳さんその人のものに聞こえた。


「え……? どうして……?」

「えへー


 声だけだから、ひょっとして別の人のものと間違っているの可能性もある。
 けれど……にこにことルーミアさんは楽しむように笑顔を向けてくる。
 彼女の自信、このタイミング、この可愛らしさ……あ、最後のは関係無いや。
 ただのハッタリとは思えなくて……私の中では、来客は紛れもなく永琳さんであるという確信に変わっていた。

 じゃあ、なんで彼女は言い当てることができた……?


「ふふ、種は後で教えてあげるわ。ま、あんなんでもお客だからねー。妖夢、出迎えて対応してあげて」

「あ、はい」

「えへへー。当たってたら褒めてっ! 褒めてっ!」


 まるでクイズ大会でもやっているようなテンションではしゃぐルーミアさんは、すっかり眠気も飛んでしまったよう。
 そんな彼女を見て、つい、頭を軽く撫でてあげる。
 まるで犬か猫みたいに気持ち良さそうに顔をほころばせる。

 私はもう確信しているけれど、お客様が永琳さんだと当たっていた時は……
 そうだな、戸棚にある幽々子さまのおやつを、正解のご褒美として出してあげよう。

 そんな、さわやかな朝のひと時を堪能しながら、私は玄関に向かった……。






















「子・づ・く・り・しましょ♪」


    ガラガラガラ……ピシャッ!!


 ……そして今に至る。


「……………………………………………………………………………………」


 額を押さえ、しばし今の現象を熟考。
 ……え、なに? なに、今の?
 子づくり?
 子づくりって言ったの? 荷造りじゃなくて?

 ここは、ほら……わあ、お客様は本当に永琳さんだったね。ルーミアさんすごいやどうやったの。ご褒美におやつをあげますよ。
 そういう黄金のほのぼの展開に入る流れじゃなかったの?
 なに子作りしましょ、って? 満面の笑顔で言われたよ。歌いながら言われたよ。
 その最強○×な計画は歌いながら言うような言葉なの? 違うよね? 違うでしょ?


「ちょっとちょっと〜、いきなり締め出すなんてひどいじゃないのー」

「いやー、あれは締め出されても文句ない一言だったと認識してください」


 自分で戸を開けながら抗議を向ける永琳さんに、至極真っ当な正論を突き返す。
 しかし永琳さんは怒るでもなく、いまだ満面の笑みのまま、反省の2文字を完全にどこかに忘れて来ていた。


 八意永琳。
 現世にある迷いの竹林の、その奥深くにあるお屋敷・永遠亭に住まう天才薬師。
 綺麗に編んだ銀色の長い髪に青い看護帽子を被り、そして赤と青が真ん中から半々に分かれた独特の衣服がトレードマークの大人の女性。
 非常に聡明な方で、かつて居た故郷の月では「月の頭脳」の二つ名を名乗るほどの天才。
 薬学だけではなく、医学全体的に精通しているため、里の人を相手に医者としても活動している。
 とある事情から、故郷の月を離れ、主の蓬莱山輝夜さんと共に地上に隠れ住むようになったと伺っている。

 そして、とある異変をきっかけに私たちと知り合うこととなった。
 以降困ったことがあったのなら遠慮なく頼ってくれて構わないと自ら買って出てくださったのだ。
 今では白玉楼の訪問医のような存在でもある。
 かくいう私やルーミアさんも、何度も彼女の医術にお世話になっている。
 ルーミアさんの日焼け止めクリームを製作してくれたのも、なにを隠そう彼女の知識の賜物である。

 月人である以上、その秘めたる実力は地上の人妖を凌ぐ圧倒的なものに違いないだろう……。
 まだその全てを見たことはないけれど、かつてスペルカード戦で手合わせした時、その片鱗を痛いほど身に味わわされた。
 更には不老不死の秘薬・蓬莱の薬を服用しているらしく、その身は既に不老不死……。
 この幻想郷においても、五本の指に入るほどの実力を持ち備えているだろう……。
 けれどみだりにその力を誇示することはなく、とても落ち着いた気立ての大人の女性である。
 ………………普段なら。
 ゆえに、とても玄関開けて2秒で「子づくりしましょ♪」なんて歌ってくるような人間ではないはずなのだ。


「まあ冗談はさておき」


 ほっ……。よかった、冗談だった。


「子供はいつ作る予定かしら?」

「冗談じゃなかったーーーーーーーーッッ!!??」


 え? え? え? これはなんですか? 私口説かれてるんですか!?
 子作りってあれでしょ?
 "アレ"でしょ?
 男と女が……ねえ?
 いくら"そういうこと"に疎い私だって、さすがに"そういうことする"ってことくらいは分かってて……。


「あら? 妖夢ちゃん、顔赤くなってる?」

「だ、誰のせいですか!!」


 ヘンなことを考えてしまったので、つい顔が熱くなってしまった……。
 これは……えと……私と、永琳さんが? な、なんで?
 そもそも女同士でそんなこと、できるわけ……! 普通に男女のそれでも詳しいことは知らないのに……。
 女同士でやろうって考える発想自体、普通はしない……いやまあ私が言えた義理じゃないかもしれないけどさ。


「えっと……く、口説かれてます、私?」


 どう切り出していいか分からず、必死に選んだ言葉で私が恐る恐る聞いてみる。
 すると、永琳さんは満面だった笑顔を一度リセットしてしまい、目をパチクリさせる。


「あ、違うのよ。別に私が妖夢ちゃんの子供孕みたいとか、そういう意味じゃないの」

「じゃあ、一体どういう意味で……?」


 あと孕むとか生々しく言わんで欲しかったな。


「も・ち・ろ・ん……妖夢ちゃんとルーミアちゃんとの子供のことに決まってるじゃない

「!?!!?」


 挙げられた彼女の名前に反応して、声にならない悲鳴がみょーんと出そうに驚く。
 なんで、よりによって、ジャストミートに彼女の名前を……?
 驚きのあまり、心臓が握り潰されるような衝撃が、胸を強く打ちつける。


「そ、それは……」

「つまりこういうことでしょ


 なにか言い訳をしようとするも、永琳さんは間髪なく、私に言い訳を許さない決定打を突きつけた。
 持ってきた手提げの鞄から新聞紙を取り出して、バッと私の目の前に広げた。

 目の当たりにして、あ……と、思考が止まった。
 顔が、だんだん熱を帯びていくのが分かる……。

 勘の良い方ならそれがなにか、もう分かったと思われる……。
 文さんの「文々。新聞」である……。
 私とルーミアさんが……その……キス、してる……例の……。


「もー、やけに熱心にお世話していると思ったら、ふたりはそういう関係だったなんてねー

「い、いえ……それは……その……」


 言葉を返そうにも、次の句が出て来ない。
 これが、永琳さんではない他の方だとしたら、幽々子さまが手を回してくださった次の号を見せればなんとかなっただろう。
 けれど永琳さん相手には、多分通じない。
 彼女は「月の頭脳」を名乗るほどの知性を持つ天才だから……というのも確かにある。

 けれどそれ以上に……見られてしまっているのだ……。
 私が、ルーミアさんに尽くしているところを。
 言い訳も、できないくらい……。

 日の光が苦手なルーミアさんのため、日焼け止めのクリームの製作を依頼するところから始まり。
 私が何度も何度も共に永琳さんの元に付き添い、献身的に尽くす姿を、見られてしまっている。

 私とルーミアさんの関係は、言ってしまえば赤の他人で。
 にもかかわらず献身的に尽くす私の姿は、傍からはどう見えたのだろうか?

 尽くした理由なんて……もちろん、彼女を好いてしまったからだ……。
 それを誰よりも目の当たりにしてるのが永琳さんだ。
 違うと言っても、通じるはずなんてない……。


「という訳でおふたりは、赤ちゃんいつ頃作る予定なのかしら?」


 だからってこの台詞はおかしい。


「いやいやいや、なんでそういう話になるんですか……?」

「なんでって……ふたりの仲睦まじさを考えれば、ゆくゆくはルーミアちゃんを魂魄家に迎え入れるんでしょう? 入籍的な意味で」

「話が飛躍し過ぎですってっ!? ……そ、そりゃあ、彼女のこと、好きなのは認めます……けど……」

「あ、心の準備に時間が要るってなら大丈夫よ。
 私たち蓬莱人は永遠を生きる存在。1年も10年も100年だって大差ないわ。
 1000年スパンで考えて貰って大丈夫だから」

「そのスパンだと私の寿命の方が持ちませんし、大体そういう問題じゃあないですし」

「あらあら? 妖夢ちゃんったら、まさか私が今日まで協力してきたって言うのに、こんな些細なお願いすら聞けないというのかしら?」

「う……」


 それを言われると痛い……。
 でも全然些細じゃないですってばっ!


「今日だって……ほらっ! ルーミアちゃんのための八意特製新薬の目薬をお届けに来たっていうのに……」

「あ、完成したんですか」


 永琳さんはポケットから、独特の形状をした親指サイズの小瓶をひょいと取り出し、私に見せつける。
 それは、永琳さんが考案したルーミアさんのための目薬で、差すだけで日光の眩しさからルーミアさんの目を守ってくれる優れもの。
 この間まで開発中と伺っていたけれど、どうやらとうとう完成したらしい。


「ええ、お陰さまでね。これを使えばルーミアちゃんも、日の下でもまぶしい思いをせずに済むわね〜。
 今までの日焼け止めクリームと併用すれば、お昼にもお出かけし放題、ふたりで制限なくどこまでも行き放題……。
 一体誰のお陰なのかしら〜」

「う、ぐ……」


 テンション高めに、演劇でもするように大きな身ぶり手ぶりで、遠回しに私の負い目をつついてくる。
 おかしい、永琳さんってこんな人じゃなかったはず……。
 確かに、困ったなら無償でなんとかしてくれると言っていたとはいえ、なにも返さないというのは無礼に当たるとは常々。

 それに……私自身、できることなら今までのお礼を返したい気持ちで満ちている。


「だから、こ・ど・も・を……ね


 だからその交換条件が人生左右するくらいドでかいもん要求されちゃあ、頷くもんも頷けないでしょうが!


「私、すっごく興味あるのよね〜。半人半霊と妖怪の子供って。
 さながら、四半人四半霊半妖って種族? そんなハイブリットな子、研究者としても是非調べてみたいところよね〜。
 あ、もちろん無茶な研究なんてしないわ。無理しない程度に、程々に調べさせて貰うくらいで十分だから、ね


 なにやら今日の永琳さんはテンションが高い……。
 断わっておくけれど、永琳さんはこんなにテンションが高い人じゃない。もっと落ち着きのある、大人な方なのだ。今回のが例外なのだ。
 なにかご機嫌なことでもあったのだろうか……?
 それとも、日々の研究に行き詰まり、ストレスから頭がおかしくなってしまったのだろうか……?


「……ふふ、ちょっと図々しくお願いし過ぎたかしらね?」


 と、そこで永琳さんのテンションが落ち着きを取り戻していく。
 ようやっと、いつもの大人な態度に戻っていってくれて、そこにほっと大きな安心を覚える。
 ……話題自体は全然予断を許さないものなのだけど。


「今日までいっぱい診察してあげて、私、ルーミアちゃんのちょっとした母親の気分なのよ?
 この気持ち、孫の顔が見たいって気持ちと同義って言っちゃ、だめかしら?」

「で、でも!」


 永琳さんの言わんとすることは、分からなくない。
 ルーミアさんに毎度付き添ったのが私なら、そのためにがんばってくれたのは紛れもなく永琳さんだ。

 それに、永琳さんが私たちにしてくれたことは、感謝してもし足りないほど、素晴らしい成果を上げてくださった。
 お世話になったお礼が欲しいというなら、私の子の顔を見たいというなら、それを叶える程度のこと、むしろ私の本懐である。
 だけど、無理なのだ。


「……女同士で……子供なんて作れるわけないじゃないですか……!」

「……え?」


 子とは、男と女が居て、初めて授かれるもの。
 同じ性別で生を受けた私とルーミアさんの間に、できるはず、ないのだから。


 どこか、切なさを伴って絞り出した言葉……それに永琳さんは一瞬だけ目をぱちくりさせて。
 ええそうね、と首を傾げてから、


「なら問題ないじゃない」

「……………………はい?」


 まるで今までの会話と断絶した返答を返すのだった。


「そんな当たり前のこと、なんで今言うのかしら……?」

「いやいやいや!? で、ですから、種もないのにどうやって育むのかと……!」

「え? 妖夢ちゃん、まさか勃起不全インポテンツ?」


 朝から家の前でセクハラを受けた。
 しかも私の人生で絶対に受けるはずのなかったセクハラだ。
 これは貴重な体験。こんな体験絶対したくなかった!


「それならそれで私に任せてくれればいいのよ! 強力精力剤なんて簡単に作ってあげる 伊達に薬師を名乗っていないわ!」

「だーかーらー! なんでさも私が男って前提で話進んでるんですか!?」


 あまりにも話が噛み合わず、つい語彙を荒げて返してしまう。

 言って、胸にチクリ、痛みのようなものが走った……。
 だって……もし私が男だったなら、なんて……。考えたこと、ない訳じゃ……ないから。

 彼女を好きになって……。
 女の子のこと、こんなにも想うようになって……。
 今更男になりたいだなんて望む訳でもないけれど……。
 もし男だったなら……。
 恋しても、おかしくない立場だったら……。
 私は今……彼女を、受け入れてたのかな……なんて……。


「…………………………………………………………………………え?」


 永琳さんの口から飛び出したのは、先程の「え?」よりも間が長く、より意表を突かれたような、
 そんなニュアンスがひしひし伝わってくるような「え?」だった。
 表情は、まるで奇異な存在を目の当たりにしたかのように、鳩が豆鉄砲を食らったかのようなそれになっていた。


「いやいや妖夢ちゃん。前提もなにも、あなた男の子でしょ?」


 ……………………………………………………………………。


「は?」


 そしてお返しとばかりに今度は私が永琳さんと同じ表情になった。


「いえ……女です」


 言うのもばからしいけれど、とりあえず真面目に答えた……。
 魂魄妖夢、どんな時でも真面目に向き合うのが取り柄です。キリッ。


「なにをおっしゃるうさぎさん」

「それこっちの台詞ですよ!?」


 なんかばからしいはずの返答に、そんなばかなって顔で返された……。
 そしてうさぎさんとか言わんで欲しいの。昨日の悪夢コスプレ思い出すから。

 えっ、と……どうもさっきから会話が噛み合わない……。
 本来スムーズに噛み合ってしかるべき会話のはずなのに、なぜこんなにも噛み合わないのか。
 天才の考えることは凡人にはよく分からないということなのかな?


「いやいやだって、妖夢ちゃんが女の子だとしたら……それって、女の子同士で、ってことよね……?」

「う゛……」


 再度新聞の"あの写真"が載せられているページを広げ、痛いところを突いてくる。

 それを言われると……おかしいことだと自覚してるだけに、赤い顔で口を苦々しくつぐむしかなくなる。
 無言だったとは言え、私の態度で言わんとすることを察したらしい。
 「まさか……本当に?」と、信じられないと言わんばかりに呟いて。


「ちょっと失礼するわ……」


 言って、ものすごい手早さで私の股間を触っ―――


「きゃああああああああっっっ!?!?!?」


 ―――雷光にも勝る凄まじい速度だった。

 私も、未熟ながら武の道に生きる身だというのに、その手技の速さに、まるで反応できなかった。
 虚を突かれたのを差し引いても、驚異的疾風迅雷。
 私の体が反応を始めたのは、恥部をまんまと触られたその後でだった。

 ちなみに反応した私の体は、二百由旬をも駆ける踏み込みで加速させた全力突きが永琳さんのみぞおちを綺麗に捕え、
 永琳さんの体をそのまま後ろにぶっ飛ばし、更に白玉楼の階段をゴロンゴロンと転がり落として……。


「わあああああっっ!? ごめんなさぁぁぁああぁぁあいいぃぃぃっっ!?」


 さすがに階段から突き落としてしまったのはやり過ぎた。
 せめて木に叩きつける程度が丁度良かったけれど、咄嗟のセクハラだったのでそこまで選んでられる余裕なんてなかった。


「す、すみません! 大丈夫でしたか!?」


 慌てて階段を駆け下りて永琳さんの元へ寄る。
 永琳さんは死にはしないけれど、不老不死とはいえ痛みはあるのだからさすがに……わ、首とか腕とかヘンな方向にひしゃげてる……。
 それに色々はみ出して……うあ、これはさすがにやり過ぎだ……。

 と思っていたら、永琳さんの体がみるみるめきょめきょ蠢いて、
 崩れた肢体は徐々に原型を取り戻していき、はみ出た臓物も元ある場所に自ら収まって、
 やがて彼女自身の作り出した血の池の中、元の五体満足な姿に元通り。
 うーん、リザレクションがあって助かりました。今の絵、なかなか精神的にキたけど。


「すみませんでした……いきなりあんな」

「……ない」


 もう一度、しっかり永琳さんに謝ろうとするも、けれど永琳さんに私の言葉は届いていないようで。
 一言……能面のように表情を失くし、病状のように蒼白した顔で、呟いた。


「うそ、よ……」

「あの……永琳さん?」

「うそ……うそよ……」


 さっきまでの満面の笑みが信じられないくらい、その顔は絶望の色に染まっていて。
 死ぬはずの大ケガを負ったというのに、そんなことなど完全に意中にないまま、永琳さんは身を震わせて。


「こんなのって……うそよぉぉぉおおおおおぉぉぉおおおおッッッッ!!!!!!」


 冥界の静けさを切り裂いて……悲痛な嘆き声だけが、空に響いていた。
























「すみませーん」


 しばらくして、また玄関からお客様の訪問を告げる声が聞こえた。
 私は、訪問者を出迎えるため、再び玄関に向かう。


「あ、鈴仙さん。いらっしゃい」

「こんにちは」


 戸を開けると、そこには顔なじみの兎の姿がひとつ。
 兎といっても、あの白い小動物の兎のこととはちょっと違う。この場では、人の姿を成した妖獣・月の兎のことを指す。

 ブレザーという、外の世界では流通している風変わりな洋装を着こなした彼女は、両手で薬箱の取っ手を掴みながら、ぺこり頭を下げる。
 はずみで、膝にまで達しそうな長髪とよれた頭のウサギ耳を揺らしていた。

 彼女は鈴仙・優曇華院・イナバさん。なんとも独特で特徴的な名前のおかたである。
 月から地上に逃げてきたところを、先に地上に移住していた永琳さんたちに匿って貰ったという経歴があるらしい。
 今は永琳さんと同じ永遠亭に住んでいる。
 また永琳さんのお弟子さんであり、その奇抜な名前も、師である永琳さんが名づけたものという。
 弟子ということで、永琳さんの作った薬を里まで出張販売などよくしている。
 礼儀正しく姿勢も正しい、控えめな性格の女性だ。


「本当だ……ルーミアさんの言った通りだ……」

「え? なにがですか?」 

「いえ、こちらのことです。それでご用件は?」

「あ、はい。こちらに師匠が訪ねてきたと思うんですけれど……知りませんか?」

「ああ……。上がってください。永琳さんなら……こちらへ」

「?」


 私は、頭に疑問符を浮かべたままの鈴仙さんを、一旦屋敷に上げる。 
 そして、廊下を黙々と案内し、庭まで連れてくると、


「いーじいじいじ……」

「なにやってんですかししょぉーーーーーー!?」


 うちの庭の隅で寝そべって、草いじりしていじける彼女の師匠との対面を果たさせてあげた。
























「はあ、そんなことがあったのですか……」


 鈴仙さんをししょうの見える客間に案内して、お茶受けを用意してから、私は事の顛末を彼女に話した。
 話したと言っても、ハッキリ言ってなにがどうしてああなったのか分からないので、
 ありのまま起こったことそのまま説明するしかなかったのだけど……。
 しかし鈴仙さんは心当たりでもあるのだろうか、「師匠ったら……また」と頭を抱えていた……。


「心当たりがあるのですか?」

「ええ、まあ……」

「私は立ち会ってなかったのだけど、一体全体なんだっていうのかしら?」

「そういう幽々子さんこそ何があったんですか……?」


 ワンピース姿の幽々子さまを前に、複雑な苦笑いを浮かべる鈴仙さん。
 まあこの間までガッチガチの和風淑女が、ここまでガラッと様変わりしてるんだから無理もないか。私もまだ慣れない。
 そりゃそうだ、幽々子さまがこうなってまだ19時間しか経ってないもん。


「えへー また当てちゃった よーむちゃん、褒めて褒めてっ♥♥

「あら? どうしたのルーミアちゃん」


 頭を抱える重苦しい空気の中、ルーミアさんはそんな空気構いもせず、ひとりにこにこご機嫌な笑顔で私にすがってくる。
 その無邪気な姿に、鈴仙さんも興味を惹かれたよう。


「あのねあのね! わたし、おうどんさんが来るって当てたの! 当てちゃった!」

「そうなの? あとその呼び方だと食用の方にしか聞こえないからできれば止めて貰えるかなー?」

「それだけじゃないわ、ルーミアちゃんね、あなたのお師匠さんが来るのも当てちゃったんだから!」


 ルーミアさんが嬉しそうに答えると、続くように幽々子さまが誇らしく説明を加える。


「そうなんですか? ……あ、そういえばさっき妖夢さんも……」


 鈴仙さんは、先程私が、鈴仙さんが来るとさも分かっていたかのように対応したことを思い出したのだろう。
 そう、あれも事前にルーミアさん聞いていたのだ。鈴仙さんが来ることを。
 私も鈴仙さんを目の当たりにして、内心驚いた……。まさか本当に、あの距離で嗅ぎ当ててしまうなんて……。

 永琳さん、鈴仙さんの訪問を当ててみせたルーミアさんの謎の特技。
 その種自体は実に単純明快だった。
 嗅覚―――「におい」である。

 肉食系野生女子のルーミアさんは、どうやら肉食獣に負けず劣らずの嗅覚を持っているらしい。
 昨日、私の帰宅とほぼ同時に飛びついて来られたのも、私が帰ってくるのを事前に察知したからだという……。

 で、その時にルーミアさんの特技を知った幽々子さまが、私を驚かせるためにとルーミアさんに吹き込んだのが今朝らしい。
 ルーミアさんも、私に褒められたい一心で、幽々子さまの提案に乗ったらしく、そして永琳さんの訪問に繋がる、と……。


「えへへ。おうどんさんはね、ちゃんと独特のケモノくささがするんだよっ」

「ケモノくさっ―――!? なにそれひどい言われよう!?」


 ……ちなみに、薬の匂い混ざった、という意味での「独特の」であるとルーミアさん談。


「いやそれでもケモノくさいはひどいじゃないですか!? 私だって女の子なんだからそんな言い草傷つきますよ!?」


 ですよねー。


「それで……鈴仙さんは永琳さんがああなった原因に心当たりがあるようですけれど……」


 話が大きく逸れてしまったので、私の方から本筋に戻すことにした。
 鈴仙さんはおおっと、と慌てて頭を切り替えて、こちらに向き合ってくださった。

 もう一度断わっておくけれど、永琳さんはあんなハイテンションな人じゃあない。
 普段は大人びた落ち着きのある、大人の女性という言葉がよく似合うお方なのだ。
 それが、あんな有様に……本当に、なにか異変が起きたとしか思えない。ハイテンション異変だ!


「ああなった……っていうより、たまにあること、なんですけど……」

「たまに……? はは、そんなばかな」


 永琳さんのような立派な人が、たまにだってあんな風になるだなんて、とてもじゃないけど信じられないと思った。
 鈴仙さんはなんて話せばいいのやらと一度言い淀む。
 少し間を置いて……気持ちと言葉に整理を付けたのだろう、「率直に言います」と告げてから、


「師匠は、無類の男の子好きなんです」


 …………………………………………………………………………………………………………。


「は?」


 それだけ言うのが精一杯だった。
 なんか今日はさっきから「は?」とか「え?」とかそういう単語しか出て来ない反応ばっかしてるなあ。
 そういう展開ばかりが続いてるんだから、これは仕方ないものと納得して欲しいところであるのだけど……。
 鈴仙さんも私の反応を見ては、「ですよねー」なんて、呆れたような気まずいような表情を浮かべていた。


「ごほんっ……ですから、師匠はですね……男の子のことが大好きなんです。
 それも男性というよりはショタ……ええと、年端も行かない成長過程の男の子が特に、ですね」

「は、はあ……」


 もうこの時点でなにを言ってるのか分からない。


「趣味嗜好は個人の自由とは思うんですけれど……師匠の場合、それが余りにも行き過ぎてしまっていて……。
 皆さんもご存知の通り、師匠は月の頭脳と言われるほどの天才です。
 その卓越した知性と、行き過ぎた嗜好が……あってはいけない融合を果たしてしまって……」

「果たして、しまって……?」

「師匠は、ありとあらゆる相手を、その崇高且つ聡明な頭脳を駆使しちゃって、
 男の子であると理屈付け、思い込んでしまう悪癖があるんです!!」


 えー。


「いやそれにしたって、限度ってものが……」


 驚きと呆れがほぼMAX出力で同時に来たので、なんかもうやるせなさまでMAXIMUM。
 聞いちゃいけない身内の趣味の話を聞かされた気分だった……や、まさに身内の趣味の話だったけど。

 まあ、確かに筋は通るかもしれない。
 さっきのセクハラに関してなら……まあ、筋は通る……のかな? ……かなあ?
 だけどそんなこと、さすがに……ねえ……。


「じゃあ、」


 言うと鈴仙さんは庭の永琳さんに向けて一言。


「ししょー! 幽々子さんって、男の方ですか? 女の方ですか?」

「そんなの男の子に決まってるじゃない」

「「ぶふーーーッッ!?」」


 天才の即答に、私と幽々子さまが同時に吹いた。
 ルーミアさんはなんで吹いたのかよく分かってないようでのほほん首を傾げて、お茶受けをもしゃもしゃ口に含んでいたけど。


「では続けて質問です。えっと、博麗神社の霊夢さんは?」

「男の子」

「この間診察したレティさんは?」

「おっとりした癒し系男子」

「ブン屋の射命丸さんは?」

「活発系ショタっ子ね」

「学び舎の慧音先生は?」

「生真面目男性教諭キャラ、長髪男子のおいしいです」

「あとは……紅魔館のメイド長」

「横暴な主の女装命令にも忠実に従う完璧で瀟洒な執事」

「……とまあこんな感じです」


 笑うしかなかった。
 笑うしかないのに、顔が引きつって、とてもいびつな表情に、きっとなっている。
 ちなみに永琳さんが答える都度、私と幽々子さまは逐一ズッコケてた。ド○フのコント並みに連続的にズッコケてた。


「かくいう私も、出会って最初の30年くらいは男の子と思い込まれていたらしくて……。
 ああ、あの頃の師匠、優しかったな……」


 なんだかとても悲しい目を浮かべて、昔を懐かしむ様に涙を浮かべる鈴仙さん。
 男と思われていた時と今とで、どれだけ待遇の違いが出たんだろう……?


「そーなのかー! ゆゆちゃんは男の子!」

「ちょーーーっ!?」


 そしてその超理論は思わぬ方向に飛び火してた。


「違うわよルーミアちゃん! 騙されないで! こんなにワンピースが似合う私が、男のはず無いないでしょ!? ね!?」

「そーなのかー?」

「昨日までは和服美人でしたけどね」

「ちょっと蓬莱薬師っ!? ルーミアちゃんにヘンな知識植え付けないでよっ!?」

「なに言ってるの……あなたのその胸だって、亡霊であることをフルに活用して、
 肉体構成霊力子を操作して外観形状を変化させて見せかけているだけでしょ?
 私の頭脳に掛かれば、あなたが女装してるだなんてこと、簡単に看破できるわよ……いじいじいじ……」


 横になっていじけたままだが、まるで常識を語るようにトンでも超理論を口にする。
 ダメだこの医者……早くなんとかしないと……。


「あ、ちなみにですね……。師匠、ルーミアちゃんは男の子ですか? 女の子ですか?」

「ルーミアちゃんは……はあ、残念ながら女の子よ。調べたもの……」

「このように、師匠に女の子認定して貰うには、師匠自身にちゃんと体を調べてもらうしかないんですよ」


 なるほど……そういえば永琳さんには、ルーミアさんが初めて白玉楼にやってきた時に負ったケガ(私が殴って負わせた傷だ)を診ている。
 全身の擦り傷を診るため、服を脱がせて体全体を診ていたから、その時からルーミアさんは女の子と認識して貰えてた訳か……。

 考えてみたら、私が診てもらったのも目を患ってた時や、他にもあっても手や足の外傷などだ。
 同じく、先日レティさんも診て貰った時も、診たのは頭の外傷についてだった。
 衣服を脱がずに診察を受けたため、永琳さんも性別を把握せずに終わってしまった、と……。

 ……あれ? レティさんと一緒に筋肉痛診て貰った時、私服脱いで診てもらわなかったっけ?
 なに、私に胸が無いって言いたいの? サラシつけてたけどさ、そうなの? そう言いたいの? 別に胸なんか欲しくないけどさ。嫌味? 嫌味か?


「はあ……ルーミアちゃん、こんなに可愛いのにどうして女の子なの……?
 神様はきっと性別を間違えて授けてしまったのね……」


 そしてヘンなこと言うなよこの医者。

 ………………。
 ……って、私がルーミアさんは女の子でいてって思ったら、私、徹底的にヘンタイさんになるのかな? どうなの、これ?


「分かって頂けたでしょうか……。つまりこれが師匠の悪癖なんです……。
 師匠もこの件についてはほっとんど自己完結してしまいますから、話題に上がらないことがほとんどなんです」

「は、はあ……」

「で昨日のことです。師匠が新聞を見てはしゃいでしまったのは……。
 その……妖夢さんが、ルーミアちゃんと……その…………し、ちゃってる……記事を……ですね……」


 鈴仙さんが恥ずかしそうに目を背けて、明言するのを避ける。
 ただその姿を見て、なにを言わんとしてるかは察することができて……ああ、鈴仙さんも見ちゃってるんですね、アレ。私の評判更にダウ〜ン↓。
 あはは、私のそこそこ大切なファーストキスだったのに、もうみんなに見られちゃってるよ。もう誰を恨めばいいのか分からないや。あはは。


「それを見て師匠ったら大はりきり。ふたりの子供を自分もお世話するんだー、って……。
 まあ、師匠の中では妖夢さんは男の子、ルーミアちゃんが女の子って思いこんだままですからね」

「なるほど……それで……」


 ……いや、だからなんで子作りまでいっちゃうの?
 つくづく天才の考えることはよく分からないです……。


「私はふたりはそんな関係なんかじゃないだろうって言ったんですけどね……。
 師匠の悪いクセで、男の子だって思い込んだら自分で調べない限り全っ然信じようとしなくて……。
 女の子同士なんだから、本気でそんなことする訳ないじゃない。ねえ」


 ごめんなさい、私たち女の子同士だけど結構本気でしてました……。
 その疑いを知らない眼差しが、私に罪悪感のような苦しみをチクチク刺激してくる。


「ほんっと、とんだご迷惑をお掛けしました! 師匠に代わり、私の方から謝りますから!」


 そう言って、鈴仙さんは深々と頭を下げた。
 私は慌てて頭を上げるように言うけど、師の不手際は弟子の不手際、と一向に頭を上げようとしない。
 そんなことされても正直困るのだけど……だけど、永琳さんはとても師匠想いの弟子に恵まれたのだな、と。
 そのことだけは、痛いほど理解できた……。


「はいは〜い、そこでいじける蓬莱薬師様、私は女ですよ?」

「ははは、なにをおっしゃるうさぎさ」


    もにゅん


「いやぁぁぁぁぁぁあああぁぁああああああっっっっっ!?!?!?」


 一方、幽々子さまはわざわざ永琳さんにトドメを指しにいっていた。胸までもませて。


「い、いえまだよ! たかが胸ひとつ、亡霊なら霊力子操作による形状変化の応用で」

「じゃあこっちも?」


    むにょん♥♥


「ぎぇゃああああぁぁぁぁぁあああああァァあああアアァああああああッッッッッッッ!!!!??!??」


 幽々子さまの決定的な一撃を決めて、永琳さんはこれ以上ない絶望の悲鳴をあげていた。
 いやまあ何をどうしたかなんてのは……ノーコメントで……。
 ……もう、幽々子さま……はしたないです……。


「ああ、はしたない私……珍しい私……」


 あかん、病気が出とる。


「げ、幻想郷からまたひとり美青年が減った……! ええい、この世には絶望しかないのか!?」


 そして医者も病気だった。

 どうして幻想郷最強クラスの面々はこう性質の悪い性癖を持っているのだろうか。
 女好きだったり男好きだったり……ああ、19時間半前にギャップ萌えも加わったか……。

 はあ……私たちの共通の知り合いのほとんどが女性だって知ったら、永琳さんはどうなってしまうんだろうな……。
























「おおー! すごいすごい! まぶしくない!」


 鈴仙さんに差して貰った目薬の効果が表れてきて、嬉しそうにはしゃぎ出すルーミアさん。
 あちこちきょろきょろ見回しては、その効能に大喜びしていた。


「どんな感じですか?」

「んっとね、なんかいつもより世界が暗くなってるかな……。わたしにすごく丁度良いくらい!」

「さすが師匠。効果、しっかり出てるみたいですね」


 ……もっとも、その永琳さんご本人は、今も庭で横になっていじけて、なんか草をちぎってはフラスコに入れているという謎の行動をくり返しているけど。


 折角だからということで、私たちは永琳さん特製の目薬をルーミアさんに試してみることにした。

 永琳さんは幽々子さまからトドメを刺され、ますますいじけて人ン家の庭で完全に塞ぎこんでしまったため、
 鈴仙さんが薬だけをポケットから回収し、こちらで試してみた次第である。本当になんてことしてくれたんだ我が主。
 ちなみになんてことをした幽々子さまは、軽くお仕事をするとかで、もう席を外している。
 幽々子さまにとって死なない蓬莱人はとても苦手な存在だからか、なるべく早く永琳さんから離れたかったというのもあると思う。
 ……いやまあだからトドメ刺したんだろうけどさ。


「うっわー! お外まぶしくなーい!」


 ルーミアさんは、普段なら近づこうとしない窓際に近寄り、外を眺めてはしゃいでいた。 
 最初、目になにか入れるということに抵抗があったというのに、今ではそれも忘れて嬉しそうだった。

 鈴仙さんの腕もあるのかもしれない。
 さすが、永琳さんの弟子というだけあって点眼の仕方がとても手慣れていた。
 ルーミアさんも鈴仙さんの膝枕の上で待機中の時は、点眼たれる前に撃つ、とでも言いそうなくらい一触即発の勢いだったに、
 気づいたら点眼が終わっているほどスムーズにこなしてしまった。その腕前に、素直に感心してしまう。


「ねえねえ! これだったらあとでサングラスなしでお出かけしても大丈夫かも!
 しよしよ! あとでお出かけしよ! 一緒にお出かけ! よーむちゃんとお日さまの下でデートっ!!」


 ルーミアさんは、長年苦しめられた太陽の光を克服したことに興奮して、喜びを抑えようともせず無邪気にはしゃいでいた。
 もう、気持ちが抑えられないのが見て分かる。


「んー……私は仕事が溜まってますので……」

「え……」

「幽々子さまにルーミアさんとのデートを優先していいか伺いますから、許可が出ましたら、是非、一緒行きましょう」

「ほんと! やったぁ!」


 まだ仕事は残ってるけど……ま、その辺は幽々子さまと交渉して、調整することにしよう。
 それに、こんなに喜んでいるルーミアさんを見てしまったら、その笑顔を曇らせたくないって願ってしまう。
 折角特製の目薬が手に入って喜んでるんだから、今日くらいは特別に……。


「まぶしくなーい!」


 嬉しさのあまり、気持ちがハイになったのか、ルーミアさんは両手を広げたまま庭に向かい、嬉しそうに外へ飛び出した。


「まぶしくないのにあついー!!??」


 ぐるりと部屋にUターンした。


「ふぇぇんっ!? お日さまあつい痛い焼けちゃう! まぶしくないのに焼けちゃうやけちゃうー!?」

「あー、ルーミアさん大丈夫ですか?」

「だいじょぶじゃないぃぃ…………ひっく……」


 ぽすんと私の胸に飛び込んで、すがるように私の体をぎゅっと抱きしめる。
 さっきまで嬉しそうにはしゃいでいた顔が、涙で少し曇ってしまい……私も、ほんの少し悲しい気持ちに包まれてしまう。


「そりゃあいくら師匠の薬とはいえ目薬ですからね……目にしか効かないですよ……」

「えぅぅ……あつかった……」

「おーよしよし……」


 ルーミアさんを慰めるように頭をなでた。
 なでていると、そのうち涙ぐんでいた表情は次第に緩んで、すぐにいつもの微笑みを口からこぼしてくれるようになる。


「もう、大丈夫ですか?」

「えへー…… うん、だいじょうぶ。ありがと……


 元気を取り戻したルーミアさんは、よいっしょ、と私の胸から離れると、鈴仙さんと向き合った。
 そしてぺこりと頭を下げて。


「おうどんさんも、お薬ありがとー!」

「いえいえ、お礼なら師匠に言ってください。あとその呼び方だと食用の方にしか聞こえないからできれば止めてって言ったよねー?」


 お礼を言ってから、お昼に備えて帽子と日焼け止めクリームの準備すると告げ、一度部屋を後にした。
 その後ろ姿に、鈴仙さんは「お返事は!? ねえお返事は!?」と、焦りながらほのぼのと見送ってくれた。
 それはそれはとてもほがらかな一時で―――


「妖夢さん、ルーミアちゃんが絡むと贔屓全開になりますね……」

「そんなことないですみょん」

「……くすっ」

「笑うほど!?」


 鈴仙さんに笑われて、自分がそんなに非人道的なまでに贔屓していただなんて、と軽くショックを受けた。
 そりゃあ、ちょっと甘やかしが過ぎるかもしれないですけど……それにしたって笑うほどですか!?
 そう思っていると、しかし鈴仙さんはそっと首を横に振って言う。


「いえ、違うんです。ルーミアちゃん、変わったな……って」

「変わった?」


 ええ、変わりました。自信満々に付け足す鈴仙さん。
 そう言うけれど、私にはそれがよく分からなくて……つい、「……どこがですか?」聞き返してしまった。心なしか、声のトーンが低い。
 ……情けないことに、軽く嫉妬してしまったんだと思う……。私よりも彼女を知っているという風の鈴仙さんに……。


「んー、前より礼儀正しくなったかなー? ……ほら、最初うちに診察に来た時と比べたら……」

「……ああ……」


 言われて思い出した。
 あれは確かに、申し訳なかったかもしれない……。

 それは永琳さんに初めて日焼け止めクリームのことを相談しに行った日のこと。
 着いた時、永琳さんは別の患者さんの対応をしていたため、私はルーミアさんと診察待ちの時間を過ごすこととなったのだけど、
 その内ルーミアさんは診察の待ち時間に飽き、耐え切れずあれやこれやと物をいじくり始めてしまったのだ。
 そしてついには飾っていた花瓶や絵、あと鈴仙さんを破壊しそうになってしまい……ああ、本当に大変だった。
 文字通り自由奔放。
 まあそれまでが肉食獣と変わらぬ生活を送っていたのだから、仕方ないと言えばそうなのかもしれない……。

 実際、最初の方は白玉楼でも同じような被害は報告されている。
 ただ、当時のルーミアさんはケガを負っていたこともあり、活動も控えめで、白玉楼での被害は薄い方だった。
 その兆しを知ってか知らずか、幽々子さまは私に、ルーミアさんが白玉楼に相応しい振る舞いをできるようにと、
 ケガのお世話ついでに教育係のような役割を命じていた。

 もっとも、私がケガをさせた手前、その「教育」では、私はあまり強く言えなかったのだけど……。
 それが災いしたのだろう……全快して最初に一緒に行った永遠亭にて、
 野性児の真価を発揮してしまい……あの惨状が引き起こされてしまった……。


「それから比べたら、今は大人しい方です。お礼も言うようになったし……今も、わざわざ私にありがとう、って」

「です、ね……」


 考えてみれば、今ではルーミアさんは大人しくなったと言われれば、本当にそうだと思った。
 私の未熟な指導と、幽々子さまの圧力の賜物か、ルーミアさんは着実に変わっている。

 それは常識や礼儀といった当たり前を覚えただけのことだけれど。
 「当たり前のこと」だからこそ、成長した彼女を見落としてしまっていた。
 できるようになったなら、それは立派に「成長した」証しだっていうのに……。
 一緒に居たからこそ、近くに居たからこそ、逆に見落としてしまったんだな。


「ありがとうございます……」


 自然と口からこぼれ落ちた。
 なんで妖夢さんがお礼を言うんですか、なんて鈴仙さんに言われたけれど、私が言いたいから言ったとしか返せない。
 正直、この小さな嫉妬は消えないままだけど……それでも、些細で大きなそのことを気づかせてくれた鈴仙さんに、感謝したから……。


「ルーミアちゃん……本当に、妖夢さんのこと大好きなんですね」


 ふと鈴仙さんが口ずさむ。
 え……と、呆気にとられた短い言葉をこぼしてしまう。
 私がなにかを言う前に、鈴仙さんが続きを紡いだ。


「そりゃあ、いっつもうちに通うふたりの様子を見てるんですよ? いやでも分かっちゃいますよ。
 一緒に居る時の……なんていうのかな? えーと……笑顔が違う!」


 少し得意気に、真剣な顔で指を立てズバリという。
 その様子が、自分で言ってておかしかったのか、くすりと笑っていた。


「妖夢さんの言うことならなんでも聞いてる感じだし……今だって、真っ先に妖夢さんに飛びついたじゃないですか。
 きっと、礼儀正しくなったのも、妖夢さんが言ったからなんじゃないかな、ってね。
 ほんっと……ふたりが女の子同士じゃなかったら、私もあの記事のこと信じちゃってるくらいに仲良いなー、って……」

「あははは……」


 ごめんなさい、女の子同士で満更でなくてマジごめんなさい。
 あああ微塵も疑ってないその目線に、またも罪悪感のようななにかがチクチク突き刺さる。
 気まずく渇く喉を潤そうと、誤魔化すようにお茶に口を付けた。そこそこ良い煎茶。この渋みが堪らない。

 と、急に鈴仙さんは顔を赤らめる。
 少し真剣そうに「こんなこと聞いちゃっていいのか分からないけれど……」と呟くと。


「……あの……き、キスって! どんな感じなんですか!?」

「ぶふぉぅッッッ!?」


 口に含んだ煎茶が霧状に噴出され、空に綺麗なレインボウを映し出した。まあ綺麗。


「げほっ! げほっ! い……一体ナニヲ……っ!?」

「あ、いや! ご、ごめんなさい! ヘンなこと言っちゃって……」


 不意打ちの一言に、煎茶という刺客は私の気管に侵入し、激しく不届きを働き始めてしまった。
 激しく咽る私に、鈴仙さんは頭を下げて謝っていた。


「いやあ……その……。あはは……やっぱり私も女の子ですから……その、キスって、どんなものかなあって……興味あって……。
 だ、だから、新聞に載ってたようなことして……どんな感じだったのかなって……。あ、あはは……」


 確かに、普通の女の子だったら興味津々の話題なのかもしれない。
 幽々子さまも霊夢さんも前にルーミアさんに聞いてたしな……。


「ご、ごめんなさい……思い出したくないですよね、女の子同士であんな……。いやだったに決まって……あは、あはは……!」

「………………いや……じゃ、なかったし……」

「え? 今なんて?」


 つい本音を小さく口ずさんでしまって。
 しまったと気づいたのは、言葉が出たあとだった。
 否定されたくなかったのかもしれない……彼女との、大切な思い出、だから……。
 けれどそんな綺麗事にかこつけたところで、事態は墓穴を掘ってしまった訳で。ぎゃあなにやってんの!?
 そのせいでよく聞き取れなかったらしい鈴仙さんに聞き返されてしまった。よーむちゃんぴんち!


「いえ、その……あ、あの時のことはほんと全然覚えてなくて!」


 ……うそではない。セカンドから6回目まではしっかり心に刻みつけようと努めたけれど、新聞に載っている写真ファーストキスの時は本当に覚えてないのだし……。
 まあ記憶に刻みつけようとしたって言っても、心臓ばっくんばっくんさせてて記憶が曖昧な部分も多いんだけどさ。
 7回目は寝ている間にされたって聞かされただけだったから完全に記憶にないし……。


「そ、そうなんですか?」

「そーですー!」

「そーでしたか!」

「そーなのですー!」

「そーなのかー」

「そーなのかー」

「…………」

「…………」

「「あははは……」」


 不毛なキャッチボールの末の乾いた笑い。
 なんとなく、お互い気まずくなって……お互い同時にお茶を口に運んだ。
 場の空気を変えたいという意見が、暗黙のうちに一致したらしい。
 上品な味わいの煎茶が喉に染みわたる。うーん、渋い。


「……よーむちゃんわすれちゃったの?」


 と、そこで、幽々子さまから貰った頭巾を手に、戻ってきたルーミアさんが現われる。


「じゃあじゃあっ! またちゅーしよっ!」

「「ぶふぉうぅぅぅぅーーーーーーーーーーッッッッ!!?」」


 るううううううううううううううみあさああああああああああんんんん!?!?!?!?!


「ね! ね! もっかいすれば忘れちゃってもだいじょ―――ふがっ!?」

「はいはいルーミアちゃんー。妖夢のこといぢるのはその辺にしましょうねー」


 ルーミアさんの無邪気さNGワードを連発し始めんとしたその時、白く美しい手のひらが救世主のごとくルーミアさんの口に伸び、
 こぼれ出る失言の数々を物理的に塞いで見せた。
 伸びた手から辿ってその姿を目で追う。辿った先に映ったのは、お仕事をするからと席を立ったはずの幽々子さまだった。


「あ、幽々子さま」

「ただいま。いえね、さっきのおまんじゅう残ってるかなーって思ってね? 頭使うからちょっと甘いもの確保しておきたくて


 おやつ欲しさに部屋に戻ってきたというけれど……
 まあお仕事っていうのも、永琳さんニガテから遠ざかる口実だったかもしれないし。
 おやつを取りに来たのも、私たちをフォローするための口実だったかもしれない。
 ぶっちゃけ、私も幽々子さまの真意がどこまでなのか掴みきれてないのだけど……。


「なあに、月の兎さまは今のルーミアちゃんの言葉、ヘンに解釈しちゃったの?
 もー、子供の言うことよ?
 ルーミアちゃんってね、ときどき妖夢のことこうやって慌てさせるのよ〜。本気にしないあげてね」

「あ、あはは、ですよね……」


 ……相変わらず口が上手い。
 「慌てさせる」のは事実だけど、それが冗談なのか本気なのか明言してない。
 そして(本当のことだけど)本気にしないでとまでおっしゃるところ、この期に及んで一切嘘をついてないとかね……。

 幽々子さまの言葉巧みな誘導を受けて、鈴仙さんはまんまとルーミアさんの冗談と受け取ったのだろう。
 まだ笑いは乾いていたけれど、多少安心したニュアンスをそこから感じ取ることができた。
 真実はその解釈とは真逆だというのに……本当に策士だなあ。
 私たちの関係について、幽々子さまが味方に回ってくれることは、本当、これ以上なく心強いことだと実感する。

 ただ、口を押さえられてるルーミアさんも鈴仙さんと同じに受け取ったらしい、「冗談なんかじゃないよ! ゆゆちゃんひどいよ……。
 わたしよーむちゃんのこと、ほんとに好きなのに……大好きなのに……。
 うそってことにしちゃうなんて……ふぇ……」と不満そうな瞳から、悲しみを帯びた涙目にまでチェンジして訴えていたけど。
 幽々子さまも、鈴仙さんに愛想笑いを浮かべながらちらちらルーミアさんの表情を伺っているから、
 多分ルーミアさんの言いたいことは全部把握しているんだろうなと思う。

 そんで、永琳さんたちが帰った後、この件について土下座してた。
























「さっ、てと……私、師匠とこの後も診察がありますんで、そろそろお暇しますね」


 時間を確認すると、そろそろお昼時。
 何気ない世間話も挟んで、気がつけば、それなりの時間を過ごしてたらしい。
 幽々子さまはあの後すぐにお仕事(?)に戻られたけれど、そろそろご飯が食べたいとお腹を鳴らす頃合いだろう。
 ルーミアさんもさっき朝ごはんを食べたばっかりだけど、まあ普通に食べちゃうだろう。


「ほらししょー、そろそろ帰りますよー」


 鈴仙さんは庭に向かい、今では体育座りで火で炙ってるフラスコを眺めいじけるの永琳さんに声を掛けた。
 あんなに落ち込む永琳さんを見せられては、こっちも悪いことをしてしまったような気持ちになるけど……
 ぶっちゃけ私ら悪くもないから、どうしようもないんですよねー、これが……。


「さ、てと……」


 私は、ふたりを見送ったら早速お昼ごはんの準備をしよう。
 そしてお昼を食べたら、ルーミアさんと一緒にお出かけ。
 さっき幽々子さまが戻って来た時に外出の許可ももらえたし……早めにお昼を準備して、早く出かけるのも良いかもしれない。

 結局、仕事は更に溜まることになっちゃうけれど……今しかできないことだってある。
 明日は、昨日今日と溜めこんだ仕事で忙しくなるのは目に見えてるけど……それでもいい。
 彼女との時間を過ごせるなら、安いものだ。

 明日は明日……今日はお昼ごはんを一緒に食べたら、ルーミアさんと太陽の下、一緒の時間を楽しもう。


「ししょー! もー、今日も魔理沙さんの足の具合を見に行くって言ってたじゃ―――」

「できたー 女の子を男の子にする薬ー♥♥♥

「「えええええぇぇええええええぇぇぇーーーーっっ!?」」


 そんな平和な私の頭を否定するように、
 天才は、天災にも匹敵する狂気の発明を完成させていた……。



















更新履歴

H23・2/9:完成


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