「ゆかりー! お久しぶりー」

「おひさー。なぁに幽々子? ハーレム? こんなに女の子に囲まれてハーレムじゃないの! ハァハァ」

「もー、紫ったらっ! 息荒げないで。ぶん殴るわよっ 幽雅にぶん殴るわよっ♥♥

「いやーん むしろぶって〜。幽々子の右ストレートってすっごく非力だから、むしろ気持ちイ……げぶちゃっ?!


 紫さまはスキマからぴょいんと飛び出しては、幽々子さまの胸に飛び込んでは右ストレートで迎撃されて、
 外の世界の"じょしこうせい"とやらのノリ(……と以前伺った)で久方ぶりの再会に浸っていた。

 さっきまで軽く脅えていたルーミアさんは、殴り殴られるおふたりの姿をただただぽかーんと眺めている。
 無理もない……。「え? これが幻想郷の賢者? さっきまでの威圧感はどこへ?」……誰だってそー思う。私だってそー思った。


「さて……久しぶりね、霊夢」


 と、その落胆を招くほどにきゃぴきゃぴしたご様子だった紫さまは、一転、表情を真剣なそれに変え、名を呼んだ相手へと向き合う。
 視線の先の相手に、まるで、母親が愛する娘を慈しむような気持ちを向けるような、優しく気高い面持ち。
 幽々子さまばりの切り替えの早さは相変わらずだと思った。


「あー……久しぶりね。年末の騒動以来かしら……」

「そう、ね……」


 素っ気ない態度と脇で返す霊夢さんとは真反対に、紫さまは溢れんばかりの感情を内に滲ませていた。

 霊夢さんと紫さまは、共にいくつかの異変を解決させた縁がある。
 それは紫さまにとって、霊夢さんが「お気に入り」だということは想像に易い。
 だからこそ、会えたことを喜び、母のように、彼女と接する。


「ねぇ、霊夢……」


 少女か、淑女か、はたまた母性か……一体どれが紫さまの本質なのか。
 その中身を測り知ることは与り知れないこと。
 ただひとつ確かなことは……


「おっぱい、もませて」






    神霊「夢想封印 瞬」






 この人が純然たるヘンタイだということだけである。







 

みょんミア

二、賢者の訪れは砂糖多めに。







「ふぅ、間一髪……境界をいじって助かったわ……。もうっ、霊夢ったら! 照れちゃってっ

「うっさい、このセクハラ妖怪……!」


 霊夢さんがぶっ放した夢想封印もものともせずに、紫さまは部屋の中央にて悠々と佇んでおられた。
 一方、ものともした白玉楼の客間は見事に瓦礫の山に大変身。
 こんなことならさっきの客間で待っておけばよかった。そうすれば被害は一部屋分で済んだのに……。


「さすが紫様です。巫女の全弾命中してもものともしないその耐久力は」

「あ、藍さん、おかえりなさい」


 ルーミアさんや幽々子さまやせき込む中、黒人アフロになった紫さまの側に、気がつけば藍さんが控えていた。
 きっと、紫さまの後に続いてスキマから出てきていたのだろう。紫さまを夢想封印からは一切かばわなかったけど。


「ああ、ただ今戻らせて貰ったよ。……っと、実はもうひとり居るんだが」

「もうひとり?」

「わわ?! 藍さま、待って下さ〜い」


 開きっぱなしのスキマから可愛らしい声と共に、遅れてもうひとりが現れる。
 黒い耳と2本のしっぽを慌てた様子で揺らし、幼い風貌の妖獣がスキマから飛び出してきた。


「橙ちゃん!」

「あ、妖夢さん! こんにちはですっ!」


 藍さんの式神のチェンちゃんだ。
 藍さんと紫さまの関係と同じように、藍さんが黒猫の妖獣に式を憑依させ契約を結んだ、藍さん自身の式神。
 つまり"式神の式神"という立ち位置になる。
 立場からか、私にとってはまるで知り合いの妹のような存在。
 丁度私と藍さんが学び屋の先輩後輩の関係で、橙ちゃんがその妹さんという感じに。

 まだまだ妖獣としても式としても未熟で(まあ未熟な私が言うのもなんだけど)、
 そのため、藍さんとは違い「八雲」の名を冠することはまだ許されていないとのこと。
 つまりルーミアさんと同じ名字なしである。
 普段は己を鍛えるためか、藍さんとは離れ、ひとり妖怪の山で暮らしている。
 そんな無邪気で元気一杯な女の子だ。


「すまないね、橙まで連れて来てしまって……。迷惑だったかな?」

「あ、いえ、そんなことはないです。わざわざ山から連れてきたのですか?」

「ああ。紫様に申し出てね、来る前に橙のところに寄って頂いたんだ。
 そこの新入りの赤リボンの娘……その娘が幽々子殿が妹扱いしている娘だろう?
 部屋の奥で座り込んで居るのを覗いた時、橙と同程度の年端に見えたものでね。
 折角だから橙の友達としても紹介してもらおうと、ね」


 お母さんだ!

 自分の式神むすめのことを考える藍さんほごしゃの姿に、思わず心の中で叫んでしまった。

 まあ、妖怪や妖獣の年齢というは、種族毎にバラバラで、幼く見えても、実は人生の大先輩ということは良くある。
 例えば某吸血鬼。見た目幼女だというのに、その実500の年月を生きてきて、私の数倍も人生の先輩なのである。
 そもそも私自身、ただの人間ならもう大分前に天寿をまっとうしてるくらいだ。

 だけれども、人外の者の精神的な年齢というのもは、往々にして見た目に比例している。
 きっと寿命が長ければ長いほど、中身の成長の割合ものんびりになるのかな……なんて、考えたこともあったな。


「おお! さすが紫さまです! ちょっと見ない間に"あふろへあー"に"いめちぇん"とは」

「ふふふ、ありがとう橙。……藍、後であなたの教育方針について語り合いましょうか……」

「申し訳ありません紫様」


 その例に漏れず、橙ちゃんもまだまだ見た目相応の子供らしさが抜けていない。
 うん、子供って時に残酷だよね。保護者の気持ちも知らないでハッスルするんだから。

 同じくルーミアさんだって、子供っぽい外見と中身の年齢がリンクしている。
 だから見た目同じくらいの年端のルーミアさんを、橙ちゃんをお友達として紹介させようと考える藍さんの考えは、
 とても納得のいく提案なのである。


(……そういえば、ルーミアさんっていくつなんだろう……?)


 年齢について考えていたから、ふと気になった。
 ひょっとしたら私よりも年上……? ……それは、ちょっと複雑な気持ちになるなぁ。
 そう考えるとともに、まだ彼女のことを全然知らない自分に気づいて……
 今度聞いてみたいなと、もっと彼女を知りたいなと、ひっそりそう思うのだった。


「ほら橙、みなさんに挨拶だ」

「あ、はい! みなさんこんにちはです!」


 藍さんはとても保護者らしく橙ちゃんを促すと、幼い妖獣の女の子は元気良く、迎え入れる側の私たちに向け挨拶をした。
 幼いながらもハキハキとしたおじぎは、聞いているこっちが気持ち良くなる挨拶だった。


「こんにちは」

「はいはいこんにちは〜」

「ん」

「こ、こんにちわ……!」


 私たちも各々それに挨拶を返す。
 私と幽々子さまは慣れた感じで、霊夢さんも素っ気なく一文字で返事をしてた。
 完全に初対面のルーミアさんは、少し緊張気味に、深々とお辞儀を返した。


「……あら?」


 一同の交流の様子を眺め、なにかに気づいたように声を上げたのは……紫さまだった。
 見落としていたなにかを改めて発見したかのような、そんな一言。

 この時には紫さまのお姿は、客間に現れた直後の美しく整った姿に戻られていた。
 きっと境界の力をなにかしら作用させて、黒人アフロから元の美しき容姿に戻したのだろう。本当、なんでもありだ。
 その整った表情を、妖しく笑みで歪めて、言った。


「へぇ……あなたが藍の言っていた新入りの女の子、ね……」

「……っ!!」


 や、やばい……!
 純粋無垢なルーミアさんが、とうとうにヘンタイに目をつけられた。


「初めまして。幻想郷のスキマに住まう妖怪、八雲紫と申しますわ。以後お見知りおきを」


 一応第一印象は良くしようとしているのだろう、紫さまはルーミアさんに向け礼儀正しく会釈をした。
 とても優美で、高貴な振る舞い……。幽々子さまに殴られ、霊夢さんにおっぱい要求するところまで満遍なく目撃された今更なのに。

 ……と、この時、先程まで橙ちゃんに向いていた注目が、今は紫さまとルーミアさんに向けられていることに気づく。
 先程まで場の主役だった橙ちゃんは、藍さんが主の意図を読んだのだろうか、さり気なく、その身を抱き留めるように引っこめていた。
 主の邪魔をしてはならない、暗にそう示し、橙ちゃんもまたそれを理解し、発言だけではなく物音さえ控えているようだった。

 この場の主役はいつの間にか橙ちゃんから紫さまへと……いや、紫さまとルーミアさんへと速やかに切り替わっていたのだった。


「あなたのお名前は?」

「……る、ルーミア」


 おずおずと、物怖じされているように答えるルーミアさんは、明らかに威圧されている。

 ま、まずい……今は点数稼ごうと丁寧に対応してる紫さまだけど、
 その内どんな変態的アプローチが飛び出すか分かったもんじゃない……。
 決して、警戒を怠るなんてできない一触即発の状態……!
 最悪、無礼を承知で会話に割り込み、彼女を紫さまから切り離さなければ……!
 そう心を決める。

 ―――直後。
 ふわり……ルーミアさんと紫さまの世界に一歩、柔らかな影がひとつ、踏み出した。


「うっふふ〜 見て見て紫ぃ〜、可愛いでしょ〜?」

「ひゃぅっ?!」

「あら幽々子」


 影の正体は、幽々子さまだった。
 幽々子さまが、ルーミアさんを後ろから抱きかかえるようにギュッと抱きつく。
 突然のことに可愛い悲鳴をあげてしまうルーミアさんに、それを微笑ましく眺める紫さま。
 幽々子さまは、不可侵にも思われた輪の中、とても自然な形で、難なく加わってしまわれたのだった。


 もしかしたら幽々子さま……私と同じで、ルーミアさんを紫さまの魔手から庇おうと、ふたりの中に割りこんだ?
 幽々子さまなら……ルーミアさんを妹のように慕う幽々子さまなら、そう行動してもおかしくない……。
 きっと……ううん、間違いなく、いつでもフォローに回れる立ち位置についたんだ。
 幽々子さまならそうなさると……私は、確信したから。

 紫さまの注目は、幽々子さまの目論見通り、ルーミアさんからご自身へと向く。
 視線が自分へ注がれるのを確認すると、幽々子さまは満面の笑顔で微笑み、


「この娘ね……私の、新しい妹なのよ」

「なん……だと……?」


 紫さまの表情がものすごく驚愕の色に変わった。


「紫……私ね、この間この子のタイを直したわ……!」

「お、お姉様ッッ!!」


 幽々子さまたちがなにを話してるか分かりません。


「へっへーん、良いでしょ良ーでしょ」

「羨ましいー! うーらーやーまーしーい〜〜〜!」


 よく分からないけど、なんか先日のネクタイ直しの伏線が回収されている模様で、紫さまが心底羨ましがってた。

 ああ、ちがったんだなぁ。よしんばフォロー目的だとしても、メインはこっちの自慢話だよ。
 幽々子さまならそうなさると私はすごい勢いで確信したよ。


「たかがネクタイを整えるだけで、なんでそんなに羨ましがるんだか……」

「もうっ、妖夢! だからあれほどマリ○て読めって言ったじゃないのっ!」


 おっと、うっかり愚痴が外に出てしまったらしい。
 別に流してくれ良かったんだけど……幽々子さまはよっぽど私にそのテの書籍を勧めたいらしい。
 特に妖夢はルーミアちゃんと出会ってから学習する必要があr§※●÷Ё£p@氏氛U〒―――と続ける幽々子さまに、
 余計なことを言われては敵わないと、「チョワーッ!?」と奇声を上げて高速で間合いを詰めて喉元に地獄突きをかました。


「ってあら? 妖夢じゃない。久しぶりね、幽々子とはらぶらぶしっぽりやってる?」


 幽々子さまが喉元押さえて畳みでのた打ち回らせる際、紫さまの視界に飛び入った私をようやく認識したらしい。
 その時の第一声がこれだった。外見はむらさきなのに中身はドピンクだなぁこの人。


「あー、紫さま。ですから私は、確かに幽々子さまを尊敬なされてますが、別に幽々子さまにそのような感情は抱いておりませんので」

「――ゲっ……ゲフッ! ゲハッ!! ガッ――! ァ――ッ……!」

「おーい、その尊敬する主様があんた自身の手によって悶え苦しんでるわよー」


 というか、とても困ったことに紫さまは会うたびにそっち方面に話を持っていく。(そして霊夢さんはスルー)

 紫さまの嗜好は独特で、単に女好きという訳ではない。
 なんでも、女の子と女の子が過度に仲良くしてるという、いわゆる「百合」というシチュエーションが大好きだとおっしゃっていた。
 (お陰で私は「百合」という隠語を覚えてしまった。覚えたくなかったけど)

 曰く「私自身が好意の対象でなくとも、第三者としてその姿を拝めるだけで興奮するわ、ハァハァ」らしい。
 自身が報われる方が良いと思うのに、どうして自分じゃない他人同士が仲良くなって満足できるんだろうか?
 その嗜好は、私にはよく理解できなかった。


「あら?」


 と、紫さまはふと、なにかに気づいたようにそう呟いた。
 紫さまも幽々子さまと同等かそれ以上に腹の底が読めないお方……一体なにを考えているのか、恐る恐る聞き返す。


「ど、どうかなされましたか……?」

「いえ、今までと言い回しが変わっていることが少々引っ掛かってね。
 今までだったら、『私にそのような性癖はございません!』って、バッサリ切り捨ててきてたじゃない」

「う゛っ……!」


 ―――ああ……だから"今"、この人には会いたくなかったんですよ……!


 そう、今までの私なら、確かにそんな性癖なかった。……有り得なかった!
 だけど"今"は……―――ちらり、視界の端に佇むの赤いリボンの彼女を見やって、心の中でごちる。

 ああ、もうっ……どうしてこんなっ……!
 私が女の子なんか好きになるなんて……絶対、ないって……思ってた……。
 思ってた、のに……。


「べ、別に……言い回しくらいその場その場で変わっても、なんもみょんなことなんてないですみょん……」


 もしこの百合百合至高主義妖怪に、私とルーミアさんの関係がバレでもしたら。
 まだ曖昧だっていったって……恋人って訳じゃはないっていったって……
 片足を突っ込んだ程度には親しくなっていることは、否定しきれない私たちの間柄を知られてしまったら……
 一体どんな応援(=という名の押しつけ行為)を受けるのか……? ああああ、考えただけでも恐ろしいっ……!

 だから会いたくなかった! ルーミアさんと同席しているこの場で!!

 そりゃあ幽々子さまだって、大親友の紫さまに是非ルーミアさんを紹介したいとは考えておられていたけれど、
 それでも「紹介する時はルーミアちゃんを私に貸して貰うからね〜」と、私とバラバラで会うようにと配慮してくださっていた。

 会う前には、ルーミアさんにもしっかりこの危険妖怪の説明を行って、予め対策や防衛手段を教え込み、
 私たちの余計な情報を漏らさないよう口裏を合わせたりなど、万全の備えをもって臨もうと、そう考えていたのに……!
 こんな、無策で行き当たりばったりなんてのは、想定していなかった!

 用心をいくら重ねたところで、こと紫さまを相手にして過剰防衛という言葉に至ることは決してない。
 腐っても妖怪の大賢者。その二つ名を冠するに相応しい、人知の及ばぬ英知は、それほどまでに危険過ぎるのだから……!


 ……とりあえず、当たり障りのない受け答えをくり返して、なんとか今日を乗り切るしかない……。
 大丈夫、今だって当たり障りなく返せた。
 だけど幽々子さま、なんで「あーあ、動揺がモロバレよ」なんて感じに頭を抱えておられるんですか? みょん?


「あらら?」


 と、またもや紫さまがなにかに気づいたように声を上げる。
 些細な疑いさえもどう転ばされるか分からないだけに、いちいちそのリアクションが怖い……。
 落ち着け……当たり障りなく、当たり障りなく……


「なんですか紫さ……―――わわッ!?」


 そう心がけて、返事を返そうとする私の目の前に、紫さまの顔面が存在していた。
 いつの間にか私の至近距離に近づいていて、私の顔を凝視していたのだった。


「あらあら〜?」

「ちょっ……ちょっと、紫さま……!?」


 突然の行動に理解できず、動揺を見せる私。
 紫さまはそんな私の心境などお構いなしに、吐息が顔に触れるまでに顔を近づけては、まじまじと観察する。
 照れるというか……むしろ怖い。
 間近で見える表情が、だんだんと笑顔になって行くのが、尚更。


「あらあらあら〜

「ひゃぅッ?!」


 そして今度はルーミアさんの方に顔を向け、私の時と同じように顔を間近に近付けては観察し始める。


「あらあらあらあら〜♥♥

「な、なになになに……!?」


 私に向いた圧迫感は消えたが、代わりに犠牲になったルーミアさんも突然のことに動揺を隠せずにいる。
 それはもう異常なほど至近距離というか……横から見ると、まるで唇同士が触れ合いそうなほど近い顔の距離で……。


「あらあらあらあらあら〜♥♥

「う、ぅぅ〜……」


 …………。


 ……私しか触れたことのないルーミアさんの唇に……あんなに、間近にまで……。


「ちょっ、ちょっとなにしてるんですか!?」


 堪らずルーミアさんから紫さまを引き剥がそうと手を割り込ませた。


「ふがふがふがふがふがふが〜……」


 紫さまの鼻の穴に指が入ってしまいました。


「すみません、紫さま」

「いえいえ、良いのよ良いのよ〜


 軽く鼻フックを受けたというのに、紫さまのご様子は凄まじくご機嫌だった。
 なんで……?
 幽々子さまに殴られて喜ぶようなマゾヒスティック全開な人だから?


「も〜、なんだそういうことだったのね〜

「う……」


 ま、まさか……ちょっとルーミアさんを庇い過ぎたのが仇になった……?

 まずいなぁ……この人のことだから、火のない所になんとやら。そこから無理矢理にでも百合色妄想に持ってったのかもしれない。
 重病患者であらせられる紫さまを暴走させるには、「疑い」だけあれば十分。
 このままではルーミアさんに迷惑を掛けてしまう。
 ひとまずこの「疑い」という名のボヤを火急に消火活動しないと……。


「い……一体なんだっていうんですか!? 言っておきますけど、私たちは紫さまが喜ばれるような関係では一切なくて……」

「も〜、キスまで済ませてる相手だってのに、つれないわねぇ






 ………………………………………………………………………………………………………………………………。






「みょぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおんんんンンンッッッッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜??!!??!」


 ばばばばばばばばバレてるぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーッッ!?
 「疑い」どころかジャストで核心部分がバレてるぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーッッ!?
 なななな、なんで?! なんでバレたのっ!?


「ばかね……大方カマ掛けただけでしょ? 自分から暴露してやーんの……」

「はっ!?」


 盛大に慌てる私に、霊夢さんが冷たく冷静に言い放つのを聞き、私はしまったと気づく。
 「疑い」の真偽を確認するための誘導尋問。紫さまの頭脳なら、そのくらいの策を瞬時に計算することだって容易いのだから。
 まんまと策にハマり、狼狽を見せてしまった未熟を悔いる。


「いいえ違うわ」


 ……が、それは筋違いと、紫さまはきっぱりと否定した。


「私はね……女の子の唇を見れば、その唇が他の女の子とキスしたことがあるかどうか見極められる特技があるのよ!」

「なんだそれーーーッ!?」


 真実はもっと理解に苦しむものだった。


「唇を重ねた際に残る名残……厳密にいえば唾液や汗などの分泌物、また霊力妖力魔力など各種の気質。
 ひとりひとり独特の構成要素を持つそれらが、別の女の子と触れ合い混じり合い、その変質を見抜く目利きから始まり、
 唇に残る成分を逆算、混ざり合う前の成分を計算で割り出し、口づけた相手を特定する……!」

「しかもしっかり原理あるんだーーーー!!」

「これぞ、乙女と乙女の恋を応援する八雲紫の本懐にして使命……!
 ふぅ、この見切りを修得するのに、実に800年の月日を要したわ……」

「さすがは紫様です。実に無駄な800年だったと思いますよ」


 八雲妖怪の変態ぱぅあーを前に、私は驚きの声を上げるしかできずにいた。
 この人本当になにやってんだよ。さすが腐ってる妖怪の大賢者ばかだ。


「あ〜らら、バレちゃ仕方ないわね。
 そうなのよ〜。妖夢とルーミアちゃんったら、もう4回もキスし―――ボぅガッきョっっ?!

「言うなばかーーーーっ!!」


 流れに乗って自慢気に私のはずかしいはなしを暴露する主に、つい中段の直突きにてストマックをブロークン。
 胃液をまき散らしながら盛大に襖に突っ込んだ主に、あとで謝―――


「いいえ、7回よ」

「みょぎゃぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁんんんッッッッーーーーーーー!!!!??!!!?」


 ―――るなんてゆとりも与えられず、紫さまから更なる秘密を暴露された。


「ゲ…げハっ……! ゲふッ……げッ―――……な、なんですってっ!? 妖夢、それ一体どういう事なのッ!!」

「ってかあんた数まで分かるの?!」

「えっへへ〜 すごいでしょ霊夢〜、てへ〜っ♥♥

「キモっ」


 ああそうだよ! そうですよっ!
 私、幽々子さまの知らないところでもルーミアさんとキスしてるんですよ!
 ルーミアさんと初めての現世デートの時と、チルノとの勝負に勝ったルーミアさんへのご褒美の時にっ!

 現世デートの時は、2週間ぶりに会えた"埋め合わせ"と、出会い頭に3度目の口づけを交わしたのだけれど、
 実はそのデートの終了時にも"お別れの"ってねだられて……もう一度"埋め合わせ"してたんですよぉぉっっ!!
 お陰でその後しばらく腰が抜けて、10時にお別れの挨拶したはずなのに、
 本当にさよならするまでに回復するまでお昼まで延長してしまいましたよっっ!

 そんでチルノとの勝負に勝ったルーミアさんへのご褒美の時っ!
 あれはお祝いいのししパーティを終わらせた後、別室に移動して行った訳ですけど、
 その時「どっちからするの?」って話になって……まあ、ご褒美だからって、私からしたんだけど……。
 また頭に血が上って動けなくなってた所を、なんと不意打ちでルーミアさんがもう1回。
 「えへへっ……これで解決だね……」と問題を解決したように見せかけてちゃっかり2回堪能しちゃうところか、
 「がんばったんだから、いいよね……?」ってはにかみながらいうルーミアさんは極上に可愛かったですよっっ!!
 (当然、直後の私はぶっ倒れた)

 その2回! 私たちは幽々子さまに隠れてちゅーしてましたよっ!

 ってかキスって誰に見せるものでもなくふたりでやるものじゃない!
 それで正しいじゃない!!
 教える義理なんてないんだから、別に悪くもなんでもないじゃない!!
 白玉楼のお勤めはそこまで報告の義務が派生するんですか、ふざけんなぁっっ!!
 4回も知られてて2回しか隠せてないなんて、プライバシーなにそれおいしいの………………



「……え、7回?」


 頭に血が上っていて、子供でも分かる引き算の答えに気づくのが遅れた……。

 ……え、あれ? ちょっと待って……。

 紫さまが見抜いた数が7回。
 幽々子さまが把握しておられる数が4回。
 隠れてしたのが2回。

 7−4=2……余り1。


 ……余り1?


「や、おかしいですよ。だってそれ、私が把握してるより1回多いです」

「じゃあなに? まさかこの八雲の大妖怪の女の子に掛ける情念を疑うとでもいうの?」


 いや、それは疑われたまんまが良いじゃないですか……なに誇らしげに胸張ってるんですか。


「え、えへー……」

「……? ルーミアさん?」


 その時、ルーミアさんから気まずそうに苦く笑う声がこぼれた。
 目を向けると、彼女は目を泳がせていて、ちょっぴり動揺している様子で。


「ご、ごめんねっ……!」


 突然、私に頭を下げた。
 意味が分からず、目をぱちくりさせていると、ルーミアさんは言った。


「実は……その……いっかい、黙ってしちゃったの……」

「え……?」

「この間お泊まりして一緒に眠ってる時にね……わたし、目が覚めちゃって……。
 目の前で眠ってるよーむちゃんのお顔見てたら……またしたいなぁ、って思っちゃって……。
 黙って……ちゅっ、て……」

「ちゅっ……って……? ―――……ッッッッッ!!!?!?!!」


 理解する……。


 私……知らない間に、彼女とキスしてたんだって。

 もうしないって。この気持ちがはっきりするまで、しないって決めたのに……。
 ……していたんだ、って……。


 思わず、唇を手のひらで押さえた。
 勢いがつき過ぎて、パチンッと軽快な音を鳴らし、口の周りにジンジンとした痛みが走った。
 けれど、そんな程度の痛みじゃ……この恥ずかしさに追いつくことなんてなくて……もう、細かいことなんてなにも考えられない。


「え? っていうかなに? あいつら一緒の布団で寝てるの?」

「そうよ。妖夢とルーミアちゃんね、お泊まりの時は一緒のお布団で寝てるわ。あとときどきお風呂も一緒に入ってるし」

「ファンタスティックッッ!!」

「紫様、余所様の家で鼻血をまき散らすのは控えて下さい」


 顔が、熱い……。
 心臓が、血液が、激しく暴れて……。

 唇に……熱が集まっていくようで……。

 まるで、たった今キスされてしまったような気持ち……。
 暴れる心臓も、熱を帯びていく顔も、唇も……止まらない……。

 だめ、すごく、恥ずかしい……。
 だけど……ほんのちょっと、嬉しくて……―――


「でも……なんだか嬉しくなかったの……」

「……え?」


 そんな羞恥に染まりきる寸前に……ルーミアさんの、ひどく残念そうに紡ぐ姿に、浮つこうとした気持ちがふと冷める。

 ルーミアさんが、嬉しくないだなんて……そんなこと。
 だって、いつもルーミアさんの方から望んで、ねだって……この間だって、また、したいなって。
 キスの意味は、まだよく分かってないのかもしれないけれど、それでも私とのそれを望んでくれて……。
 それが叶ったはずなのに……なのに……


「だってよーむちゃんの気持ち……なにも伝わってこなかったんだもん……」


 なにもなかったと。

 ただそれが、寂しかったと。

 嬉しいはずだったそれに、期待を裏切られた哀愁が、その表情からは滲んでいた。


「えへへ……やっぱりよーむちゃんも起きてないとだめみたい。
 よーむちゃんにも、わたしとしたんだって、分かっててもらわないと……。好きって気持ちが……ぜんぜん……」

「……っ! わ、私も……!」



 私もあなたに捧げたかった……!



 私の、あなたを大好きな気持ちを。



「ひゃっ……!?」


 込み上げる衝動がもう抑えきれなくて。

 はち切れて。

 言葉より先に、体が動いていた。

 彼女の小さな体を、抱きしめていた。


「よーむ、ちゃん……」

「ルーミアさん……」



 大好きです。


 言葉でいくら言ったって。
 何回何十回言ったって、もう追いつかない。


 だからぎゅっと抱きしめて……あなたに伝えた。


 これが恋だって、まだ確信できないから、今はまだ口づけることはできないけれど……。
 それでもこの気持ちは、紛れもない本心だから。
 だから今伝えられる精一杯で示します。


 どうしようもないくらい、私はあなたが大好きです。


 真っ直ぐで、曲げ様もないその想いを……。
 強く、強く抱きしめることで伝わってくれるよう願って。


「えへへ……。なんだろう、ふしぎ……」


 ただただ、両の腕で小さな体を包み込んで。


「やっと……この間のちゅっ、が……嬉しくなってきた……」


 もう、彼女のことしか感じられなくて……。


「よーむちゃんも知ってくれたから……かな?」


 彼女のことしか見えなくて……


「ゆ、ゆゆこ……なにこの娘たち……。ピュア過ぎる……ピュア過ぎるんじゃないっ!! げふっ!」


 見えなくて…………


「そうよ……讃えなさい、恥じらい崇めなさい!! これが妖夢とルーミアちゃんの姿なの! げふっ!」


 見えな……………………


「最高よ……最高の逸材よこの新入りの娘!! そしてまさか妖夢がここまでの逸材だったなんて!!」


 ……………………………………。


「そしてふたりとも私の妹なのっ!」

「ぁにゃーーーーー?! 妬ましーーーーーーーーッッ!!!!」


 ………………………………あっ……れ、ぇ…………?


「えー……みなさんなんでここに居られて……?」

「最初から居たわよ」


 ……あー。

 うん、そうでしたね。
 霊夢さんの言う通り、最初から居ましたよね。
 最初から居たのに、私、余りに嬉し……ゲフンッゲフンッ……突然に告白されたものだから、
 周りにギャラリーが居ることも忘れてキュンキュンしてて。
 私……。

 わ、私……


「いやー、完全にふたりの世界だったわね〜。ゆかりんええもん見させていただきましたわ〜

「もー妖夢ったら、隠すって気合い入れてたのに、そんならぶらぶ全開で見せびらかすなんて。ゆゆちゃんも興奮しちゃったっ」

「ねえねえ藍さま。あのふたり、おんなのこ同士ですが、本当におつきあいしてるんですか?」

「ふむ、あの様子を見るに、どうやら本当みたいだね。まさか妖夢殿がその道に堕ちるとは……」

「……………………きもっ」


 わたし、どんなすがたをたいしゅうのめんぜんにさらしちゃったのかなぁぁぁぁああああああぁぁぁっっっ!?!


「みょぎゃあぁぁぁぁあああああんんんんっっ!??!」


 この瞬間、私の尊厳と世間体は……半分と言わず全部死んだ。
























「うー、しくしく」


 荒廃した部屋の隅、寝っ転がっていじける庭師の姿がひとつ。
 恥符「完全なる羞恥染めの庭師 -忘我-」にて恥ずかしい部分を余すところなく見られて、ものの見事にカードゲットされた私は、
 最早解くことなど不可能なくらい濃密に百合っ娘認定されてしまい、
 もはや羞恥に焼かれる我が身を呪いながら、すすり泣くしか出来なかった……。
 ああ、できることならディゾルブスペルしたい。なかったことにしたい。


「まあまあ、気にする事はないさ。私は別にそんなことで妖夢殿を差別したりはしないよ。
 紫様の下で働いてると、女同士の情事なんて億も兆も見せられるからね。
 今更知り合いひとりその道に堕ちたからといって……」

「そーいうもんだいじゃないです藍ねーちゃん」


 っていうか、なに?
 女の子とキスしちゃうってことは、そんなに罪深いことなのですか、神様?
 こんな間違った私だから、公開処刑なんて天罰でもくださるんですか?

 だからファーストキッスの現場を写真に収められたり。
 脇にも覗かれたり。しかも2回。
 新聞に載せられたり。知り合い数名から祝われたり唾吐きつけられたり。
 あまつさえ最も知られてはならない最強最悪ヘンタイ妖怪やその式とその更に式に知られたり。
 こんなにこんなに暴露されまくるんですか?

 もう結構な数の人にばれちゃってるのよ?
 罰なの? これ天罰なの? ねぇ教えて神様。


「妖怪の山に行きゃあ神様なんて適当に居るわよ? 聞いてきたら」

「これ以上私の恥ずかしい話を広められるかばか」

「っていうか妖夢、いじけてる場合じゃないでしょ?
 よーむちゃんの大切なルーミアちゃんが、あのゆかりんのお相手をしなさるのよ?」


 隅で寝転ぶ私に向けて、幽々子さまが部屋の中央を指さしながら言う。
 その幽々子さまが指さす部屋の中央では、現在ルーミアさんと紫さまが正座で向かい合っていた。


「さぁ、ルーミアちゃ〜ん。お話しましょうね〜

「う、うん……」


 そこでは、今からルーミアさんと紫さまの一対一の対談が行われようとしていた。
 なんでも、さっきの私の迂闊な行動のせいで、ルーミアさんは紫さまに大いに気に入られたらしく、
 「相談に乗る前に、ルーミアちゃんとお話しさせて。じゃないとゆかりん相談になんて乗らないから、ぷんっ」とのこと。
 なのでまず幽々子さまからのルーミアさんの紹介を簡単に行うこととなり、
 その前に霊夢さんの「ぶりっこすんじゃねぇババァ」と上段の足刀で顎を蹴り砕くという話の流れとなっていた。
 幽々子さまが私たちのところに戻ってきたところを見ると、ルーミアさんのご紹介の方は終えたと見受けられる。

 つまり、これから紫さまの対談が始まるということなのだろう。


「こ、こんなにピュアな娘が……百合っ子が目の前でっ……! 生でッ……!! ゴクリっ……はぁはぁ……!」


 あかん。犯罪の匂いがぷんぷんやで。

 これは確かに落ち込んでる場合ではないな。
 なにかあったらすぐに紫さまをお斬りつけになってでもルーミアさんを助けねば……!

 寝転がっていた身体を使命感で叩き起こし、私は万が一に備える。
 万が一というか、十に一くらいに備えて……いや、十に十五ですね。うん、そのくらいの確率で起こる、150%起こる。


「さてさて、まずはルーミアちゃんの方から私に聞きたいことって、なにかあるかしら?」

「えっと……」


 ウキウキしながら紫さま、まずはルーミアさんに問い掛けた。
 とりあえずまだ良い人そうに見える。
 嵐の前の静けさとはよく言ったもの。これからどんな変質者に変貌するか、用心は怠れない。
 ジーッと睨みつけるように紫さまの一挙手一投足に注意を向けた。
 そうしてルーミアさんは、紫さまに少し脅えた様子で言葉を絞り出


「ゆかりさまは"れずびあん"なんですか?」


 るぅぅぅみあさぁぁぁぁぁんんんんっっっ!!!??


「ゆ、紫さま、申し訳ございません! ルーミアさんはレズビアンの意味を間違って覚えていてですね……」


 思わず会話に割り込んで、代わりに頭を下げた。

 そういえばルーミアさん、その差別用語の意味を単純に「女の子が好きな女の子」と間違って覚えてたんだった。
 その内間違い修正しようとしてたのに、今の今まで忘れていた!(ちゅー2連続イベントの刺激が強過ぎて)
 これはまずい、紫さまの機嫌を損ねたらなにをされるか分かったものじゃない……!
 具体的には、「そんな無礼を言う娘はお仕置きに裸にひん剥いてやる!」なんて、意味不明且つ繋がり皆無の私刑を執行したりとか!
 私は慌ててフォローに入り……―――


「Yes, I amッ! チッ、チッ……!」

「フォロー入る必要もなく肯定したー!」


 しかもやたら誇らしげである。
 妙に腰をくねらせた妙なポーズとって、舌打ちに合わせて親指を上下に動かすなぞのリアクション付きである。


「レズビアン? 上等じゃない。というかレズビアンは褒め言葉よ?」

「そんなばかな」

「ばかなっていうか、純然たるばかよ」

「ええ、ばかね。我が親友ながら」

「藍さま、紫さまはばかなんですか?」

「ああ、ばかだね」

「女の子はね、みんな光輝く宝石……ジュエルなの。そんな女の子を愛でるのは、生きとし生きる者に下された当然の使命よ。
 だから女の子が女の子を愛するのも当然の必然……!
 ……けれど悲しいかな、そこに確かに線引きされる倫理観、性別、差別、本能……禁忌といわれる"境界"が存在する。
 だというのによ……!? それを乗り越えられる者もいる! 彼女たちは美しく、尊い……!
 美しさの体現である女の子が、その苦悩、葛藤、試練を受け入れ、背徳の道を乗り越える姿のなんと甘美なことか!
 ゆえに魂魄妖夢! そしてルーミア=なんとかちゃん! あれっ、名字なに?」

「あ、ルーミアさん名字ないです」

「ゆかりんおぼえた!
 ルーミアちゃん! 私はあなた方百合っ娘ジュエルを、誉れに思うわ!!!」


 よく分からんがなんか褒め称えられた。
 嬉しくないし照れもしない。ただひたすら困るだけだった。
 っていうか私もうレズビアン認定ですか、そーですか、そーですよね。うーしくしく。


「あ、あの……ゆかり、さま……」

「はいはい、なにかしら?」


 女性同性愛者について熱〜く語る紫さまの名前を、ルーミアさんが恐る恐る呼んだ。
 ルーミアさんからの質問の続きがあるのだと察し、紫さまは大げさに振る舞った身なりを整え向き直る。

 …………「様付け」、だった。

 礼儀作法に対する意識や心得がまだまだ拙いルーミアさんが、「様付け」で紫さまの名前を呼んでいた。


「ゆかりさまはわたしのこと……気に入ったの……? あっ……で、ですか?」


 続く言葉も、慣れない丁寧語に直していた。
 拙さが目立つものの、機嫌を損ねないよう一生懸命気をつかっている。そんな印象が見て取れる。

 向き合う姿勢だってそう。ルーミアさんは正座で向かい合っていた。
 自由奔放に生きてきた彼女が、堅苦しい礼儀作法を厭うなんてこと想像に易いだろう。
 その彼女が、丁寧に正座して、言葉づかいにさえ気をつかっている……。
 紫さまの御力の絶大さを前に畏怖してるから、なのだろうか……?
 ルーミアさんの精一杯を知ってか知らずか、紫さまは彼女の問いに満面の笑みで、


「Exactly(その通りでございます)」


 と答えた。

 決して悪い返事じゃあない。(ふざけているけど)
 なのにルーミアさんの表情は……息を飲んで、なにかを恐れるように、青くなっていた。
 膝の上にちょこんと乗せていた握りこぶしが、耐えるようにぎゅっと握りしめられて、そのまましばらく黙り込んでしまう。

 突然動かなくなってしまった幼い少女の姿に、場の全員が黙って見守った。
 続く沈黙の中……紫さまは急かすことなく、笑顔のまま、ただただルーミアさんの反応を待ち続けていた。


「わ、わたし……!」


 しばらくして、ルーミアさんの口が開いて、


「わたし、よーむちゃんのこと好きなのっ! 大好きなのっ!」

「がふっ?!」


 吹き出した。私が。


「ひゅーひゅー お熱いわね〜よーむちゃん

「つか今さらでしょ、なに悶えてるのよ?」


 幽々子さまが冷やかしてくださりやがって、霊夢さんはおおキモいキモい、と邪険に扱ってくださる。
 いやまあ、霊夢さんのおっしゃる通りではあるのですけど、何度聞いて慣れなくて……嬉し恥ずかし甘酸っぱいです……はい。


「がふっ!?」


 ちなみに紫さまも吹き出していた。
 きっとツボに入ったからだ。
 あんなのと同じリアクションしただなんて正直なんかやだった。


「ゆ、ゆかりさまは、なんでもできる"ちーときゃら"なんだよね?」


 各々がリアクションする中で、ルーミアさんは紫さまに質問を続ける。
 まるで、周りの様子なんて目に入ってないような、それほど集中して、それほど真剣な様子で。

 幽々子さまは、一度レースのハンカチで口元を拭う紫さまに、付け加えるように境界を操る能力のことを指してると補足する。
 紫さまもルーミアさんの幼さなさを分かってか、その微妙に失礼な物言いに怒ることなく、答えを返した。


「そうね……ひとまずはそう考えてもらって差し支えはないわ」

「だからわたしの心も……簡単に、変えられちゃうんだよね……?」

「……?」

「わたしが……わたしがゆかりさまのこと、好きになっちゃうように……できちゃうん、だよ、ね……?」


 言わんとしていることが掴めず、紫さまは首を傾げながらも、「まあ……できなくはないわ」と、小さく頷く。
 その答えに、ルーミアさんの表情が完全に青ざめて、固まった。


「お……おねがい、です……」


 凍った表情から絞り出されたものは、脅えるような懇願。
 その震えた声のまま、小さな少女は続ける。


「わたし、いいから……。
 ゆかりさまのこと、無理矢理好きになっちゃっていいから……。
 だからっ……!」


 脅える声で。
 涙を滲ませながら……





「だからよーむちゃんが好きな気持ちは消さないでっ……!」





 強く。

 切に。

 叫んで、いた……。


「わ……わたしが、よーむちゃんのこと……おんなのこのこと好きになっちゃう"れずびあん"だから……。
 特別で……ヘンな子で……だから、ゆかりさまも、気に入っちゃったから……。ひっ…ぅ……。
 だから……だからわたしの心、勝手にいじって……ゆかりさまのこと好きにさせちゃうんだよ、ね……?
 よーむちゃんへの気持ち……勝手に……変えちゃって……消しちゃ、って……やだ……やだ、やだあっ……!」


 それが……彼女が脅えていた理由。

 ルーミアさんの、まだ幼さが残る思考が辿り着いた、不安と恐怖の正体。
 一体、どの段階でその考えに行きついたんだろう……?
 必死に脅えて、必死に願って、必死に……


「やだよぅ……ぇっ……よーむちゃんのこと……好きなままで……いたいよぉ……。ふぇ……」


 言葉を、堪えていた涙を、もう耐えることなんてしないで、ぼろぼろにこぼして。
 しゃくり返りそうな言葉を、一生懸命紡いで、必死に訴えて。


「ふぇ……え、っく……ふぇぇぇ……」



 …………。


 ………………………………ごめん、むり。




(ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……)


 真剣に涙するルーミアさん後ろで、声を殺しながら真っ赤にした顔で悶え転がる私が居た。

 ルーミアさんの私を想ってくれる気持ちが垣間見れるのは嬉しいけれど、
 こんなハイマットフルバーストで好き好き光線全力全開は規格外に激甘過ぎで、は・づ・か・し・す・ぎ・るッッッッ……!
 何事も過剰摂取はかえって危険で、この甘さは劇薬レベルの危険な甘さ。いわば「劇甘」ッ!!

 やばい、これやばい! 
 っていうかこそばゆい! ルーミアさんの想いが強過ぎてこそばゆい!!


「ふぇぇんっ! よーむちゃぁぁんっすきーっ! だいすきーーっっ! ふぇええんんっっっ!!」


 しかもルーミアさんすっごくまじめなのがすごくやばい。
 ぼろぼろ泣いてて真剣なところ悪いですけど、ちょ、むりむりむりッ!!
 甘さで死ぬ、恥ずかしさで死ぬ、半分死んでるけど!

 これはなんていうか……そう、初めておつかいする幼児を傍から眺める企画があったとして、
 当の幼児は真剣そのものなのに、傍から見ている大人はその様子を見て笑っている、そんな空気に似ている。
 それは真剣な幼児様ご本人様に失礼でしょうがぁぁぁっっ!!

 そのくらいルーミアさんと周りとの温度差がやばいっ!
 最早こそばゆいとかいうレベルを通り越してかゆい! ただひたすらにかゆい!!


「ご、ごめん……ようむ……これは……私にも……」


 あ……あの幽々子さままでもが、この劇甘さに陥落した。
 私とルーミアさんの仲を取り持つことに誠意的で、
 むしろこの展開こそ思惑通りのはずの幽々子さまでさえ、あまりの絶甘空間に身をよじらせていた……!
 ああ、かゆいとか言わないで、小声でかゆいとかくり返しさないで!


「……………………」


 あああああああっ……霊夢さんが無言のまま凄まじく顔を歪めているっ……!
 まるで汚いものでも見下すような死んだ瞳で、口元を酷くひしゃげさせて!
 無言なのがきついっっ!!


「ほほぅ……これはなかなか……」


 一方、藍さんは藍さんで、こんな中でも至って平然、変わらぬ表情のまま冷静に眺めていた。
 それほどまでにこのテの話題に耐性持っている彼女は、一体、紫さまにどれほどの仕打ちを受けてきたのか……なんか悲壮さを感じる。

 あと橙ちゃんは無言で手を握り締めて、真剣にルーミアさんの様子を眺めては「がんばってください……」な表情で見てる。
 さすが精神年齢同年代、感化されてるのか、涙まで滲ませている。


「ゆっ、ゆゆっ、ゆゆこぉ〜……。なにこのこ……、あますぎ……ぴゅあすぎ……さとうはく」

「紫様、はしたないです。口からお砂糖こぼすなんて」


 そして、正面から向き合っていた紫さまは耐えきれず砂糖を吐いていた。
 比喩でも何でもなく、口から蛇口を捻ったようにショ糖を主成分とする甘味調味料をダバダバダバ。

 なんということ。嵐を巻き起こしたのは他でもない、ルーミアさんの方だなんてッ!!
 嵐なんて陳腐なもんじゃない。
 ルーミアさんのそれはまさに結界!
 結界を操ることに長けた博麗の巫女と境界の大賢者、このふたりをもってして打破することも敵わぬ、絶甘の結界。

 その場に居る者全てを、絶対的な甘くとろける劇甘な"おとめちっくはーと"で包み込み、範囲の全ての者を羞恥で身を焼き尽くす。
 好意を向けられる当人の私でさえ、嬉しいけれど、恥ずかしさの方が遥かに凌駕して、自己発火で燃え尽きてしまいそう。
 闇を操る程度の能力と思われていた彼女の真の能力が、まさか甘さを操る程度の能力だったとは……!


 とりあえず誰かなんとかしてくれと思う中、現在絶賛ルーミアさんのお相手をしている紫さまに自然と白羽の矢が立つ訳で。
 霊夢さんは、物理的に砂糖を口から吐き出している紫さまに、とっとと立ち直ってなんとかしろやこのレズ熟女と、睨みを利かせた。
 うむ、不愉快さ満点である。
 紫さまは、その殺気ラブコールを肌で感じ取ると、
 ルーミアさんの劇甘さに嬉しそうに歪めに歪めまくった表情をなんとか真面目なそれに立て直し、口元の砂糖を拭ってから、言う。


「大丈夫よ。ルーミアちゃんの心はいじったりしない……。もちろん、私のことも無理矢理好きにさせたりしないわ」

「……ほ、ほんとっ……!?」

「ええ」


 泣きじゃくるルーミアさんを安心させようと、まずは結論から口になさる紫さま。
 お陰か、ルーミアさんは「よ、かった、ぁ……」と、まだ声をしゃくれさせながらも、涙を止め、安堵に顔を綻ばせた。
 とりあえず助かった。
 あのまま泣きながら好き好き言われ続けたら、全身の皮膚が好意でかぶれるところだった。


「確かに私の力を使えば、大体の事象を思い通りにすることはできるわ。
 そうね……恋心と好意の境界をいじれば、きっとあなたが考えたように、私を好きになるように仕向けることだって可能よ。
 ……けれど、思い通りになるということは、"思う以上のこと"にはならないことなの」


 寂しそうに微笑み、付け加える紫さまに、ルーミアさんは疑問符を浮かべて首を傾げた。
 思い通りになるのになんでつまらないの? そう言いたそうな表情を読み取り、紫さまは答える。


「強力な力を持つことはね、同時にそれに制約を設けることがとても重要になるのよ。
 できなければ、それは自ら生の意味を奪うこととなる……
 なんでも自分の思い通りに動く世界もそう……。
 想定を外れない予定調和。分かりきった愛の言霊。
 好奇の心を殺された世界は、枯渇した失楽園。
 不自然に造形させられたイミテーションの愛は、悲しさしか生まない。
 全てを思い通りにしたいのなら……個は他との関わりを求めはしない」


 なにかを悟りきったかのように。
 さも見てきたかのように。
 賢者は、「そんなの、つまらないのよ」……寂しげに、締めくくっていた。


「え? え? え……?」

「ふふ、ちょっと難しかったかしら?」


 まだ赤い目を泳がせながら、今にも頭がオーバーヒートしそうな様子ルーミアさんに、紫さまはお茶目に片目を瞑る。


「だから私は、自分を好いてもらう以上に、それぞれの恋をする想いを応援することに決めたの。
 だから、自然なまま、お互いを想い合うまでに至ったあなたたちふたりの、その物語を私に見せて……」


 紫さまの言わんとしてることは……なんとなくだけれど、分かるような気がした。
 全てが思い通りになれば、それは世界が色を失うというその意味が。
 曖昧なイメージで、上手く掴めなくて、説明しろと言われると説明しきる自信はないけれど……それでも、なんとなく。
 今までずっと疑問だった紫さまの嗜好について……今日、ほんの少しだけ、理解できたような、そんな気がした。

 紫さまは、胡散臭さなど微塵も感じさせない、まさに母のように優しく柔らかい頬笑みを浮かべて、ルーミアさんをそっと抱きとめ。


「ああもう、こんなに可愛いルーミアちゃんは、私のことお姉さまって呼びなさい」

「今すぐ離れろスキマ妖怪」


 台無しだった。

 お母さんフェイスと良い声のままで言ったのが余計腹立つ。
 反射的に楼観剣で斬りつけてやろうかと思ったけど、ルーミアさんが居たのでためらった。居なかったら斬ってた。

 代わりに幽々子さまが飛び出しになられた。
 さすがに大切な妹の危機を察してか、ルーミアさんをぶんどって保護してくださる。ナイス幽々子さま!


「ダメよ! ルーミアちゃんのお姉ちゃんは、私なんだからっ!」


 幽々子さま変に張り合わないでください。


「あらそう? 幽々子がそう言うなら、私はルーミアちゃんのお母さんで良いわ。
 ……あら? そうしたら幽々子って私の娘!? カモン、マイドーター!! げぶちゃッ?!

「いー加減話し進めろ、クソスキマ」


 妄言を吐く幻想郷の賢者(笑)は、自分の夢の世界に文字通り夢中になってて、後ろから伸ばされた足に気づくのが遅れたのだろう、
 後頭部から踏み倒されるのを、幽々子さまからルーミアさんを回収しながら眺める。
 足の主は博麗神社の巫女。通称脇。誰もが知る傍若無人の塊、その人である。


「なによー霊夢、嫉妬?」

「有り得ないわね。私はとっとと私の相談に乗って貰いたいだけ……!」

「あ、そう言えはそうでしたね」


 忘れかけていたけど、紫さまは、本来なら霊夢さんのご相談にのる為に来て頂いたのだっけ。
 そりゃ幽々子さまとの久方ぶりの会合やらなにやら各々の思惑はあったけれど、発端としては霊夢さんの相談だった。
 だというのに主役の脇は長らく放っておかれ、これにはさすがにご立腹の様子。……あ、ヒステリカルなのはいつも通りか。


「ったく……一体どなた様が恋をする想いを応援する、ですってぇ?
散ッ々ッ私に色目使って来たヤツが、まあ調子の良いことで」

「あおおーっ!」


 呆れる口調とは反対に、踏みつける足に力と捻りを加えて、紫さまに更なる痛みを与える鬼巫女。
 ここまでのスーパー・スイート・ルーミアさん・フィールド(通称SSRF)の甘ったるささえ霊夢さんには不愉快の極みだったのだろう。
 憂さ晴らすよう、八つ当たりするように紫さまをなじっていた。


「あァーッ! ぐりぐりキモチイイーッ! もっと、もっと踏んでぇーッ♥♥


 もうやだ、幻想郷がこんなのに管理されてるなんて。


「も〜、霊夢ぅ〜。私はね、意中の女の子がいる女の子には手を出さないわよ〜」

「紫……それって、男の子が好きだった場合は……?」

「愚問よ幽々子……もちろん略奪愛うばうッ……!」


 だめだこの百合妖怪、早くなんとかしないと。


「けど霊夢、あなた意中の女の子もいないフリーじゃな〜いっ」

「女なんぞ意中にしてたまるか。あと猫なで声がキモい」

「フリーなら恋愛は個人の自由! 私に惚れさせれば問題ないわ!」

「そもそもあんたに惚れるようなトチ狂ったヤツはまずいないわ」

「だから私は口説くッ! 全世界の女の子に、アイラブユーを囁いてみせるッッ!!
 その寵愛を享受するため、愛の賢者・ゆかりんは口説きたたかい続けるのだ! 愛、在る限りッッ!!」 キュピーンッ!!


 ……この、床に伏せながらキュピーンと自己発光してるのが、さっきまで母の顔をしていた妖怪のと同一人物なのである。
 この短時間の間に、一体幾度性格を豹変させたか……だからこの人は胡散臭くて今ひとつ信用できない。

 霊夢さんが、紫さまの鬱陶しさに呆れ、足の下に敷いたままの紫さまに神技「八方鬼縛陣」とスペルカードをかましては、
 天まで昇る結界が、焦げてはいたけど残っていた天井をぶっ飛ばし、客間を吹き抜けに改装してくださりやがる。
 既に荒廃しきった客間を眺め、私は物悲しい気持ちを覚えるしかなかったけど、
 衝撃に飛ばされないよう私にしがみつくルーミアさんに、下がりきったテンションが盛り返されそうになっていたのはないしょである。


「びえぇぇぇ、幽々子ぉ〜、霊夢が、霊夢が冷たいのぉ〜! 慰めて……カ・ラ・ダ・でブちゃッ

「もー、紫ったら〜、なんだか今日は一段とうっとうしいじゃない〜」


 地をはいずりながら親友であらせられる幽々子さまに卑しを求めた(←誤字にあらず)紫さまに、幽雅な打ち下ろし右ストレートがぶちこまれる。
 散々であるが、同情の余地なんて一切まったく全然湧いてこない。ってかさっきまで嬲られて喜んでたのに都合いいなあこのマゾヒスト。
 むしろ「幽々子のパンチは非力でむしろ気持ちいい」と、はぁはぁ息を荒げて幽々子さまのお御足に頬ずりして、誰かコイツを止めてくれ。


「ってかそうよ。幽々子がいるじゃない。なんで幽々子に手出してないのよ」

「博麗神社の巫女さんは自分が助かるために私を売る気ッスかッ!?」


 幽々子さまが動揺のあまり体育会系のリアクションを返していた。


「親友なんでしょ? 私が生まれるよりずーっと前から仲良くしっぽりやってるんでしょ?
 ほら、私なんか放っておいて、幽雅に咲かせ、レズ染めの桜」

「OK、花の下で眠らせてあげましょか、頭の中まで紅白の蝶」


 ……っと、そう言われれば確かに……霊夢さんのおっしゃる通りでは?
 ここまで重病の女好きでありながら、一番仲の良い幽々子さまに手を出さないなんて、ちょっと筋が通ってない気がする。

 けれど、幽々子さまを口説き落とそうとする様子は見た記憶がない。
 少なくとも、私が幽々子さまに仕えてから今日までの間ずっと。(今日あったようなセクシャルハラスメントは結構あったけど)
 だからこそ、幽々子さまもこんなのと親友として付き合っていられる訳だし……。


「やっぱ私と紫はあくまで親友であって、今更恋慕もなにもない、ってことなんじゃないの?
 私たち、ずーっと恋愛云々抜きに付き合って来た訳だし……。ほら、恋と友情は別物〜、みたいな」

「そんなの幽々子は妖夢が狙っていると思ったからに決まっているじゃない。お御足スリスリ」

「でーすーかーらー! 私は、幽々子さまを尊敬してはおられますが、そういう感情は一切ないと……―――」


 ―――……あ……れ……?

 ちょっと……待って。


「そうよねー。妖夢はルーミアちゃんとの運命の出会いで、新しい愛に目覚めたんだものねー。
 っていうか紫、いい加減足にしがみつくのやめて」


 幽々子さまが私に当て付けるよう、冗談めいて口にする……けれど。
 違うんです幽々子さま、今はそんなことどうでも良くて……!


「んもうっ 幽々子ったら、つれないんだから〜 ……だ か らぁっ


 幽々子さまが気づくよりも先に、私がそれに気がついた。
 多分魂魄妖夢の人生に置いて、ただ唯一の希有な出来事。
 あの聡明で賢い幽々子さまが、どうしてこの時ばかりは私ごときに遅れを取ったのか?
 ルーミアさんが展開した絶甘空間が絶大過ぎて、さすがの幽々子さまも精神的にまだ回復していなかったから?
 だがなぜ、この時にその希有な状況が起きてしまったのだろう……。
 「幽々子さま逃げ……―――!」掛けようとした声は……けれど間に合わなかった。


「だから私が新世界に連れて行ってあげる……!」

「……え―――きゃあっっ!?」


 幽々子さまと紫さまの足元の畳が、突如空間ごと裂け、
 足にしがみついていた紫さまに引き摺り込まれるように、その御身は一瞬にして私の視界から消えてしまった。


「幽々子さまッッ!!」

「ちょっ……!? ゆかっ……な、なになになに!? なんの冗談なの!?」


 畳に開いたスキマから、幽々子さまの焦燥の伴う声がまだ聞こえてくる。
 よく見れば、スキマの口に当たる畳に、白く美しい指先が引っ掛かっていた。
 間一髪、幽々子さまは畳にしがみつき、完全に飲み込まれるのを寸でのところで避けていたよう。
 ……が、それも長くは持つまい。
 幽々子さまは単純な力ではとても非力で、その上、妖怪が足にしがみつき力を加えている。
 引き摺りこまれるのも時間の問題だった。


「幽々子さ……―――……ぐぁっ!?」

「ふぇぇ!? よ、よーむちゃん!? どうしたの!?」


 助けに駆け出さんとした体は……だというのに、見えない何かに抑えつけられたように動かすことができなかった。
 まるで、見えない何者かに、上から押さえつけられているような……。


「すまないね……紫さまからの命令なんだ」

「藍……さんっ……?」


 視界の外から聞こえてきた、彼女の声色は……それまで穏やかだったものとは一転、とても真剣で、冷酷な色を伴い私に囁いた。


「……君が、意中の相手を見つけた時……その時は西行寺の姫を口説く紫様を、君に邪魔をさせるな、と……。
 君が、西行寺の姫に仕え始めた頃からの、命令さ……」

「よーむちゃん!? だ、大丈夫!? よーむちゃんっ!!」


 目だけ動かし、視界の端で捕えた藍さんは、正座のまま印を組んで、目に見えるくらい強力な念波を、その身から発していた。
 ゆえに気づく。藍さんの使役する不可視の式神が、私の体を押さえつけていることを。
 それも生半可じゃない、相当の力が込められている。
 動かそうとする体にどんなに力を入れても、まるで体そのものが鉄にでもなったかのようにびくともしない。


「ゆ、紫……? 今まで仲良く親友してきたじゃない……なんで、今更……」

「ええ、そうね……。
 ずっと、貴女を口説きたかったッ……!」


 私がもがいている間も、幽々子さまの体力は徐々に奪われ続けている。
 一刻も早く、助けに向かわねばならないというのに……!


「ねぇ幽々子……私がいつもどんな思いで外の世界の百合系同人誌貸してたと思う?」

「ゆ、紫が百合大好きだから……お友達の私にも布教したかっただけ、でしょ……?」

「貴女も百合に染まって欲しかったからよッッ!! 」


 それは、数え切れぬ年月積み重ねてきた、怨念にも似た恋慕の念。
 私なんかでは預かり知ることのできないほど永きに渉り焦がれ、封じられ、殺されてきた感情。

 永劫封じなければならなかったそれは、今に至り報われることを知り……
 ドス黒くも純粋な獄熱の業火として、再び燃え上がってしまった……!


「ああ、昔の私はばかだったわ……ほんと、のろまでまぬけで……出し抜かれた哀れな悲劇の美少女だった……!
 親友という誰より近くにいて、その関係が崩れるのを怖がって……触れられなくて……。
 それでまごまご手を出せずにいたら、妖忌の代わりに女の子が仕えることになっただぁ?
 しかも幽々子のことめっさ尊敬してるじゃない……!
 そんな娘が……あなたを想う女の子が近くにいちゃあ……私は、あなたに手を出せないじゃない……!
 私はねッ! あなたに恋する権利を、自らの制約で失ったのよッッ!!」


 そう、私という冥界の盾があったから、紫さまは今まで幽々子さまに手を出してこなかったのだ。
 私の存在が……例え恋慕の情を持ち備えてはいなくとも、敬意の念だけで、紫さまに対する抑止力として働いていたから……!

 ……え? じゃあもしかして師匠、それ考えて私に後継がせて幽々子さまのお側に置いておいたの?

 ごめんなさいおじーちゃん!! 私役目果たせなかったみたい!!


「分かる? ねぇ分かる?
 ずっと、ずっと恋焦がれてきた相手に……恋しちゃいけなかった相手に……
 また、恋しても良いんだよ、って……心の中の私がね、囁いてくれたの……!
 貴女を愛し続けた私がっ! 貴女を愛しても良いって知ったッ!!
 貴女に愛してるって言っても良いって知ったその至福の悦びがッッ……!!
 幸せだわッ! 最高だったわ!! 愛してる! ねぇ愛してるわ幽々子ッッ!!
 1000年にも及ぶ私の恋慕……受け取れぇぇぇええええええええぇぇぇぇぇッッッッッ!!」


    プスッ


「あ」


 ……と。突然、紫さまの額に1本の針が生えた。

 生えたのではない。
 博麗の巫女が扱う、幻想郷きっての速射を誇る退魔の針が、目にも止まらぬ速さで撃ち込まれたのだった。


「奈落の底までひとりで堕ちろ、ヘンタイスキマ妖怪ババァが……!」

「痛った〜〜い


 苦々しく言い放つ霊夢さんに見送られ、紫さまは幽々子さまを解放してひとり亜空の底に落ちて行った。


「らぁ〜ん……どうして霊夢がぁ〜〜〜……?」

「ああ、申し訳ございません。
 当時の紫様の命は『魂魄妖夢を足止めせよ』と言ったものでしたので。霊夢殿の方はうっかり野放してしまいました」

「らぁ〜ん……あなたって本当に融通てものがぁ〜……―――」


 紫さまが落ちながら藍さんへの文句を言うも、スキマに落ちていく声はだんだん遠ざかっていき、最後まで聞き取ることはできなかった。
 申し訳ございませんと、主にはもう届かぬ謝罪をする藍さんは……不意に、私に向けてウィンクをひとつ送った。


「え? 藍さん……? まさか……」

「はて? なんのことだい?」


 藍さんは、とぼける態度で返すばかりだった。
 藍さん自身、紫さまのハチャメチャに付き合うのは本意ではなかったのかもしれない。
 だから……命令に忠実に従いながらも、付け入るスキをわざと?
 真意はハッキリしない……けれど、策士の九尾は、私たちを助けてくれたのだと、尊敬するこの人を信じたかった。


「ったく……。ほら、早く上がりなさいよ」

「おおー、助かりましたわ〜、脇巫女さま〜」

「冗談言ってる余裕くらいはあるようね」


 スキマの入り口で必死にしがみつく幽々子さまへ、霊夢さんは手を差し伸べてくださる。
 と、同時に、私の体を抑えつけていた不可視の力が消えてなくなる。
 藍さんが役目が終わったと判断し、使役する式神たちを引っ込めてくれたようだ。

 幽々子さまも助かったし、私の束縛も解け、ほっと一息。
 動けぬ私を心配してたルーミアさんも、安心したように表情を和らげていた。


「なによ〜、霊夢は私より幽々子にフォーリンラブなの〜?」


 で、背後から空間裂いて何食わぬ顔で戻ってきたスキマ変態が霊夢さん後ろから抱きついて胸をもみもみし始めた。


「んな……訳ぇ、あるかァーーーーーーッッ!!!」



 れいむさんの メガトンパンチ!



 こうかは ばつぐんだ!



    ピチューン



 ゆかりさまの がんめんは つぶれた!



「こちとらさっきから放っておかれて、挙句キモいヘンタイのやり取り見せられ続けてイライラしてるのよッ!
 だから、元凶を調伏したんじゃないっ! なんでもヘンタイ思考に持っていくなっ!!」


 とうとう霊夢さんも堪忍袋の緒が切れて大・爆・発。
 あ、違った。さっきから断続的に切れてましたね。


「あ〜〜〜ん 霊夢ったら酷〜〜〜い♥♥

「殴られて当然なことばっかしてるからでしょ……」


 顔を物理的に凹ませながらも、幻想郷の賢者へんたいは平然と嬉しそうに微笑ませる。
 呆れかえって不機嫌なジト目を利かせる霊夢さんに、紫さまは開きっぱなしのスキマを指さして、


「そうじゃなくて、幽々子が」

「なによ? 幽々子がなんだっ、て……」

「あー……」


 そこには突然手を離されて、ひとりスキマに落ちていく幽々子さまが……。


「わぁーーーーー!??! 幽々子さまがーーー!!???」

「ゆゆちゃんがーーーー!??!?」


 主の危機に慌てて駆け寄る私。
 だが、スキマは幽々子さまを飲み込むとすぐに閉じてしまった。
 伸ばした手が、虚しく畳を突いて、ジンとした痛みを響かせる。


「ゆゆゆゆ紫さまっっ!!? ゆゆゆゆ幽々子さま!? 幽々子さまはぁぁぁ!?」


 慌てて紫さまに詰め寄るが、紫さまは「もー、そんなにせかすことないわよ」とのほほんと返すばかりで……
 っていうか、大切な主がなんだかよく分からない空間に飲み込まれてしまっても落ち着ける従者はもう従者じゃないと思うよ!


「うーん、スキマって意外とデリケートなのよね〜。
 折角百合っ娘調教空間に放り込むつもりが、霊夢のせいで調節できなくて適当な空間に落ちちゃったじゃないの」

「え? ゆりっこ……ちょうきょう……え? え?」


 よくわからないたんごがならんでおりました。


「"調教空間"とは、紫様が自らの御力にて空間のスキマに御作りになられた、
 対象の嗜好に特定の嗜好を植え付ける教育を施す空間のことです」


 それを真顔で丁寧に説明してくださったのは藍さんだった。


「……は!? なにそれっ?!」

「そりゃあ、妖夢殿も見ただろう? スキマから覗く無数の目と手がだよ。
 それらが予め空間に用意してある紫様秘蔵のグッズを使い、紫様の組んだ命令プログラム通りに対象を教育してしまうのさ」

「すみません、言ってる意味が分かりません……」

「おや、分かりにくかったかな?」

「すみません、そういう意味じゃありません……」


 そしてこんなふざけた内容なのに、真面目に真顔で説明する藍さんに、なにか言いようもない悲しみを覚えたのはここだけの話である。


「ま、要は、萌え属性をひとつつけちゃうゾ って空間ってこ・と

「これは、直接心の境界を操るのではなく、自らその嗜好を持つように教え込むので、紫さま自ら掲げた制約には反しておりません」


 この大賢者はなんで自分との約束に裏口作ってるんですか。ばかじゃないの?


「もうっ! なんでもいいですから、今すぐ出してくださいよっ!」

「それは多分無理ね……。だって萌え属性なんてそれこそごまんとあるのよ?
 空間自体は開始から終了までオートで設定してるもの。
 幽々子は既にどこかの調教空間に到着してると思うから、探している間に調教が終わってるわ」

「そ、そんな……」

「ま、大丈夫でしょ。巫女服好きに育成ってるか、メイド萌 に育成ってるか、露出狂に育成ってるか、
 メガネ萌えに育成ってるか、獣耳属性に育成ってるか、ロリコン に育成ってるか、ギャップ萌えに育成ってるか、
 コスプレイヤーに育成ってるか、それともその他の萌えを知ってくるか、なんらかの属性が付加されて出てくるだけだから」

「は……」


 白玉楼、終わた……。
























「さて、いい加減気が済んだんなら相談に乗ってくれる?」


 幽々子さまを失った白玉楼の客間で、改めて向かい合う紫さまと霊夢さん。そして、とりあえず脇の脇に控える私。
 霊夢さんは気持ちを切り替え、紫さまに本来の目的を持ちかけていた。
 ……ってか気持ちバッサリ切り替え過ぎでしょうに……。
 霊夢さん曰く、「なってしまったことを後悔しても仕方がない。なった今をどうするか考えるのよ」とのこと。
 良いこと言ってるように見えて、その実見殺しである。


「こんにちは、橙と申します! 名字はまだないです!」

「こんにちは、わたしはルーミアです。名字は、将来的によーむちゃんがくれるってゆゆちゃんがいってた」


 そしてルーミアさんはルーミアさんで、端っこの方で橙ちゃんと交流を深めていたりする。

 霊夢さんが待ちきれなくなってきたのとは別に、橙ちゃんのお友達紹介という藍さんたっての願いもあった。
 なので、紫さまにはひとまずルーミアさんとの交流を切り上げて頂き、霊夢さんのご相談に乗るよう持ち掛けたのだった。

 紫さまはまだルーミアさんとは話し足りないらしく、名残惜しく「あ〜ん、ゆかりんもっとお話ししたい〜」とぶりっこしては、
 霊夢さんの後ろ回し蹴りで踵を頬に打ち込まれて畳に沈んでいた。
 私としては、一刻も早くこの危険人物をルーミアさんから切り離せるならなんだって良かったので、
 普段は絶対賛同したくない霊夢さんに賛同し、紫さまには了承して頂いたのだった。

 そして名字の件を仕込んだ幽々子さまが無事お帰りになられた暁には、明日のおやつ抜きを告げておこう。


「おおおおっおおおおおふたりはこここここっここっこっ婚約済みですかぁぁぁああああああああああっっッッッッ!!!?!?」


 ……あー、もうやだ。もう完全に紫さまに"そういう関係"だって誤解インプットされた。
 紫さまには、まだ恋人でもなんでもないってあとでしっかり説明しておかないと……。


「おーい、そこの半レズ。なに顔赤くしてるのよ? 婚約って言葉で興奮でもしたか?」

「な、なんでもないですみょんっ……!
 えっと……すみません藍さん、紫さまがこのままじゃ話にならないみたいなんで、おふたりを別の部屋に……」

「了解した。隣の部屋を借りさせて頂くよ。さ、行くよ、ふたりとも」

「はいです、藍さま!」

「よーむちゃん、またあとでねー」

「あーん、ルーミアちゃんもう行っちゃうの〜。ゆかりん寂しぃ〜!
 藍っ! ちゃんとお世話するのよ! ルーミアちゃんは私の娘なんだから!」


 ふたりを先導する藍さんと、それについて行くおふたり。
 ぽえぽえ手を振るルーミアさんに私も手を振り返して、思わず顔がほころんで、
 それを見た紫さまに「生百合カップルたたた堪らんっっっ」と鼻息を荒くされた。
 ほんとマジで一回説明させて、もう正直に全部話すからさ。

 3人が去って、妄言を吐く紫さまと、脇丸出しの巫女、そして私の居残り組が荒廃した部屋に残った。
 ……まあ、私も一応居残ることにした。
 この危険人物2名を放置しておくとなにが起こるか分かったもんじゃないし。
 最悪体を張ってでも止めないと、二部屋どころか白玉楼もろともぶっ飛ぶ。二百由旬が焼け野原になる。


「さってと……もういい? 私ほんと待たされてイライラしてるんだけど」


 3人を見送ると、すぐ霊夢さんが言った。
 もう大分本題から逸れまくってて、焦らされて過ぎたこともあり、霊夢さんの額には青筋が浮いていた。
 待たされたことよりも、
 その間に見せつけられたあ〜んなことやそ〜んなことへのフラストレーションの方が大きいのかも……私だって見せたくなかったわ。
 こりゃあ、これ以上のお預けはさすがに危険だろうな……。


「その前に……」

「なによっ! まだなにかあるっていうの!!」


 だが、この後に及んで、紫さまはまだ霊夢さんを差し止めた。
 思った通りに反感を示す霊夢さんに、紫さまは「ふふっ、ごめんなさい。だけど重要なことなの」と軽く謝りはする。
 しかし、やんわりとした表情でありながら、頑としてそれを譲らなかった。


「改めて確認させて貰うわ、霊夢。……あなたは今、なにをしようとしているの?」

「あーもうっ、回りくどいわね! とっとと答えなさいよ!」

「……博麗霊夢、あなたはこの私、八雲紫に知恵を借りようとしている。違わないわね?」

「まあ……そうなるわね」

「古来より、妖の者に頼み事をする場合、対価が必要となる……。
 しかもあなたが力を求めるは境界を操る八雲が大妖怪……ただの妖怪ではない。……分かる?」


 霊夢さんが息を飲んだ。
 いや、同席していた私も、その威圧に思わず息を飲んでいた。
 今まで散々はっちゃけていた空気が、紫さまの言葉で、表情で、途端張り詰めたそれに変わる。

 境目に潜む大妖怪・八雲紫は、人間・博麗霊夢に、互いの在るべき摂理を説いたのだ。
 そこには好意の猶予など一切も挟まず、厳しく対価を要求する妖怪の賢者の姿があるだけだった。


「対価って、なによ……?」

「ふふ……それはね……」


 霊夢さんが、恐る恐る問う。
 八雲紫は胡散臭い笑みを浮かべ……指を鳴らすと、おもむろに、部屋の中空にスキマを開いた。



















更新履歴

H22・6/8:完成


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