「結局ね。興味の問題じゃないかしら?」

「あやや? と言いますと?」

「食べることには興味あっても、獲ることには興味を持てないってだけなのよ。
 じっと黙ってるのって退屈でつまらないでしょう? それよりは剣でも振るってる方が楽しいじゃない。
 剣をがんばってるのも、大好きなよーむちゃんとおんなじことしたい、なんて子供っぽい理由だろうし。
 娯楽がそのまま努力になってるだけだから、ルーミアちゃん自身は努力してるって意識、ないのかもねー」

「ほほー。なるほどそういう解釈で」


 などと、後ろで会話を繰り広げている主人とマスゴミの会話を、いっしょうけんめいスルーして、私たちは紅魔館までの道のりを足を進めた。
 道すがら、ずーっとこの調子で私とルーミアさんの関係について各々評論し続ける後ろのおふたり。
 時折、美鈴さんがどういう人なのか、という、本来の目的に適った話題も聞こえてきたけれど、
 安心した途端私たちの話に戻るという、見事な「持ち上げてから落とす」いじめの上級技術を3度はくり返されたので、
 今の私の猜疑心は爆発寸前、もうなにも信じられなくなりそう……!


「えへー


 反対にルーミアさんは、ピュアなルーミアさんはおふたりの他意など全然意に介したりしないので、
 私と仲が良いと言ってもらえる度、この調子で嬉しそうに笑顔を浮かべ続けていた。
 ああ、私も無邪気に生まれたかった……!!


「いやしかし、本当〜に肩を持ちますねぇ、冥界の姫君」

「そりゃそうでしょ。ふたり共大切な妹なんですから……!」

「天狗一族全員敵に回してでも守りたい程の?」

「ええ、そーなの


 幽々子さまの笑顔と、それとは裏腹な物騒発言に、文さんは「ひゃー、おそろしやー」なんておどけた様子で口にする。
 間違いなく一番真っ先に命を狙われるのは自分だと言うのに、その危機感がまるで感じない言い草だった。
 と、ようやく湖と、そのほとりに立つ真っ赤な屋敷が見えてくる。

 やった……ようやくこの拷問が終わる……。
 やっと見えた希望の光に、私はすぐさまこの拷問を断ち切るべく、その事を伝えた。


「……おふたりとも、着いたみたいですよ」

「あやや? もうですか?」

「ゆゆゆ。もうちょっと話し込みたかったわねぇ」


 私が告げると、残念そうに話を切り上げる後ろのおふたり。
 っていうかあんたら目的変わってるじゃねぇか、本題忘れるなよ……!






 

みょんミア

二、紅き門は美しき鈴の音に








「まったく……」


 とにもかくにも、解放された安堵感と共に、改めてその紅き館に目をやった。

 その建物は、全身が真っ赤な外装で、窓は少なく、日の光も人さえも遠ざけるような、不気味な威圧感を放っている。
 とてもまともな人間の住んでいるとは思えない……まさに怪物・吸血鬼の住まう館に相応しい出で立ち。
 中には、如何な怪物がその身を潜めているのか……?
 ひとたび中に入れば生きて帰れはしないのでは……そんな不安を思い起こさせる、まさに悪魔の館だった……。

 ま、私たちが用があるのは館の中ではなく、その外との境界線、門なのだから、そんな心配無用なんだけどね。
 仮に中に入ったとしても、顔見知りの人間が平然と中で働いているし、そんな危険もないだろうし。
 まあ、その人間が化物以上に化物染みてたりするんだけど。


 屋敷の姿を捕えてからもしばらく進んでいくと、正門がその姿を現わしてきた。
 すると、門の前でひとりの女性の姿が見える。
 ルーミアさんが、その指をさしながら声を上げた。


「あ! みりんさん居たー!」


 ルーミアさんの指さす先を、私もよく見た。
 そこにいる女性の姿は……間違いない、あの時森で助けてくれた美鈴さん、その人だ。


「妖夢? どうなの?」

「ええ、昨日の方です」

「ってことは……」


 良かった。一度は会えないと覚悟した恩人と、私は再び会うことが叶ったんだ。

 それに、どうやらルーミアさんの言う「みりんさん」と、私があった「美鈴さん」は、同一人物で間違いなかったよう。
 これにて、シュレディンガーの味醂箱の中にあった、
 美鈴さんとは同一人物ではない"みりんさん"の存在は否定された、私たちの中から消え失せた。
 さようなら妄想のみりんさん。
 そして見事ルーミアさんのいうみりんさんの称号を勝ち取った美鈴さんは……


「むにゃむにゃ……もう食べられませ〜ん……」


 壁に寄り掛かかって気持ち良さそうにベタな寝言を口にしていた。


「あらあら優秀な門番だこと」


 門のすぐ脇の柱に寄っかかって眠る美鈴さんを、4人で囲んで、幽々子さまが開口一番にそんなことを口にする。
 明らか〜に皮肉だった。
 私も、まさか門番が眠ってるだなんて思いもしない事態に立ち会って、ちょっと戸惑っている。
 恩人のためとフォローのひとつもしたかったけど、この有様ではハッキリ言って無理です。ごめんなさい美鈴さん……。


「どうしましょうか……? 起こすのも悪いですし」


 とりあえず、肝心の人物がお休み中ということで、どうすべきか意見を求めてみる。


「そうね。折角の菓子折りが無駄になるのはお菓子の神様に悪いから私が食べるわ」

「黙っとれ過食の亡霊」


 幽々子さまが落ち込んでしまった。後でと言わず今謝っておきました。


「また今度、出直して来ますか?」


 だってあそこのお団子があんまりにもおいしいから〜、と訴える幽々子さまをスルーして、私が提案する。
 彼女の居る場所は分かったのだし、もう焦る必要もない。
 また改めてお礼の場を設けることだって可能だし、その言伝を、中にいる知り合いのメイド長に頼んでも良い。


「いやー、ここは起しちゃって良いんじゃあないでしょうか? 職務中に寝ている彼女の方に問題があるでしょうし」


 文さんが、そう答える。


「ですが休憩時間ってことも……」

「あなたは人を良く見過ぎじゃあないでしょうか? 世の中性悪説で見なきゃばかを見ますよ?」

「まあ、その辺は個人個人の思想の問題なので……」

「せいあくせつ?」

性的えっちなネタにすぐ頼るのは悪いって説のことよ、ルーミアちゃん。ちなみに逆は性善説と言って……」

「あと幽々子さまはピュアなおんなのこに適当なことを教えないでください」


 などなど、口々に意見を述べ合う。(一部例外あり)
 後で気づいたことなんだけど、人が寝ているところでこんなに雑談するのはとても迷惑なことじゃないかと思った。
 けれど、美鈴さんは一向に起きる気配はなく、幸せそ〜に夢の世界でごはんの続きを召し上がり続けていたりするけど。


「く、くるしい……です……。……もう、食べられないって……言ったじゃ……ゲハっ!? Zzz……」


 ……お腹いっぱいの状態から無理矢理腹に詰め込まれることが、果たして本当に幸せなのかは私には分からなかったけど。


「妖夢っ、妖夢っ」


 その時、幽々子さまが唐突に、弾むような口調で私に話しかけてきた。
 私はてっきり、食べ物の夢を見ている美鈴さんに対し、食べるの大好き幽々子さまがなにかしら好感を抱いたのだと予想しながら振り向いて、


「…………」


 その表情が、にやりと幽雅に笑っているのを確認して……とてもいやな予感が背筋に悪寒を走らせた……。
 この口調で、この満面の笑み……。これは何か企んでいる時の幽々子さまだ。
 今までの経験から、それを瞬時に察する……。
 もっとも、私にその表情を見せているということは、ターゲットは私じゃないってことなんだろうけど……。
 ターゲットに対しては本気でシリアスな顔で取り繕ってくるからな……お陰で私、まんまとルーミアさんとキスしちゃったもん……。


「なんですか、幽々子さま……?」


 とりあえず、恐る恐る聞きながらも、主の願いを叶えるのが従者の定め。
 ならばいやな予感をとっとと終わらようと、幽々子さまを促した。
 幽々子さまは、にこにこしてる表情を、(どうせロクでもないこと言うに決まってるのに)冥界の名主としての凛々しき顔立ちに変えて、命じた。


「命令よ。その門を潜り、屋敷の敷地に入りなさい」

「はい?」


 やっぱりろくでもなかった。
 さっぱり意味が分からないけど、とりあえず要約すると「不法侵入しろ」。
 しかも、そんなことで冥界のえらい人の「命令」なんて大層なもの、行使しないでくださいよ。ほんと。

 ……などと、文句のひとつも言いたいところではあるけど、「命令」ならば従わなければならないのもまた魂魄家の矜持だったりする。


「まったく……相変わらずなにを考えておられるのやら……」


 なにを考えてるかは分からないけれど、とりあえず私は、溜め息混じりに「分かりました」なんて返事を返して、命令通り不法侵入を試みる。
 愚痴りながらも門の入口を正面からとらえて、敷居の中へ向けて歩み出した。
 踏み出した足の、つま先が屋敷と外を仕切る境界をまたごうとして……。




    ―――シャンッ……!




「―――!?」


 鈴の音と共に、風が舞った。


 重く、叩きつける暴風のような。
 鋭く、切り刻む旋風のような。
 そんな風が、私の体に叩き付けられた。
 気づけば視界はなにかで塞がれ、ぶおんと鈍い音が、遅れて私の耳がキャッチ。
 私の前髪が、はらりはらりと散って、舞い落ちる……。

 それは、脚だった。
 砲弾のように重厚で、名刀のように研ぎ澄まされた、鍛え上げられた足刀。
 つい先程まで、完全にくつろいで柱に寄り掛かって眠っていただろう美鈴さんが、わずか一瞬で体勢を整え、侵入者を迎撃する一撃を放った。
 間一髪、上体を逸らしていなければ、その足刀は私の頭を打ち砕いていただろう……。

 一方、私の足は……敷地と外との境界を越えていない。
 門番は見事任を果たし―――私はきっと、最大で最後のチャンスを、逃した……。


「ふぁぇ……?! あ、お、お客様じゃないですよね……!? お客様だったらごめんなさい!!」


 まだ眠そうな寝ぼけ眼で、なんとも場にそぐわぬほのぼのと慌てた口調が飛び出す。
 自分が誰に、なにをしたのかまるで自覚していないよう。
 そのとろんとした視線で私を見まわすと、美鈴さんは驚いた表情を浮かべた。


「あ……! あなたは、昨日森でいのししを捕まえていた女の子さん!」

「どーも……覚えて頂けたとは光栄です……。とりあえず、この足下げてくれると助かるんですが……」

「わわっ?! すみません!? 侵入者だと思ってので、反射的に足が出てしまいました〜!?」


 オタオタと謝りながら、伸ばした足を引っこめる美鈴さん。
 むしろ侵入者というのは間違っていないし、その侵入を阻止したのだから、褒められるべきことをしたのだと思うのだけれど、
 それを知らない美鈴さんは、粗相があったのではないかと、うろたえていた。
 情けないとか、頼りないというよりは、ほのぼの心温まる日常のワンシーンのよう。
 それにしても……


(……反射的、だって……!?)


 その言葉に、驚きを隠せない。
 眠りに落ちていたにもかかわらず、門から侵入しようとする誰かの気配だけで、無意識に迎撃の体勢を取ったとでも言うのだろうか……?
 頼りないだなんて言葉、今の業を見せつけられ、どの口が言えようか……!?
 彼女の門番としての才覚を目の当たりにし、体中に、戦慄が走る……。

 ……まー、走ることは走ったけど、なにはともあれ起きて下さったのなら問題はない訳で。
 あとはお礼を告げれば、全てが円満に終わってくれる。

 幽々子さまの考えとはきっとこれなのだ。
 美鈴さんの優秀さを信じ、私が侵入を試みることで目を覚まさせ、同時に私を驚かせるつもりだった……。
 ちょっと釈然としない部分はあるけど、きっとそんな解釈で間違ってない。さっき文さんにも美鈴さんのこと聞いていたしね。
 とりあえず、これで解決万々歳ならなんでも良いか……。


「フフ……侵入者の気を察し、目を覚まして瞬時に反応するとは……紅魔の門番も、存外優秀であると見受けられる……」

「……! あなた……誰です?」


 と思ったのも束の間の平和でした……。
 突然物々しい物言いで言葉を紡いだのは我らが姫君幽々子さま。
 一体なにを考えておられるのやら、分からないのはいつものこととして、
 その雰囲気に感化されて、美鈴さんは真剣で鋭い目つきで幽々子さまと向き合う。


「失礼……わたくし、冥界の名家・西行寺が主、西行寺幽々子と申します……」


 門番として、使命を果たさんとする強い眼光に、
 幽々子さまは丁寧に……けれども、緊張感を持ったまま、えらい人モードでご立派に一礼を返した。
 さっきまでのおちゃめガールな姿はどこにもない、相変わらず天衣無縫の取り繕いっぷりだった。


「そして、あなたが今蹴りをくれてやった彼女は、我が西行寺家に仕える最強の剣、魂魄妖夢」

「あ、どうも、魂魄妖夢と申します」


 最強の剣とか、まだ身に合わぬ過大評価を受けつつも、紹介されたので私も名乗る。
 絶対なにか企んでるって不安の方が上回っているため、手放しでは喜べないけど……


「みりんさんみりんさんー、わたしわたしー、わたしはルーミアですっ!」

「私の紹介は、特に要らないと思いますが……毎度お馴染み射命丸文です」


 ルーミアさんは、ここは自己紹介する場面なのだと思ったのか、私たちに倣って自己紹介を始める。
 さっきチルノにやったのと同じように、かぶっていた帽子とサングラスを外して、美鈴さんにルーミアだとアピール。
 鴉天狗もまた流れに従い、自己紹介をした。


「え? ルーミアちゃんまで? 一体どういうこと……? この紅魔館に、何の用です!?」


 状況の飲みこめない美鈴さんが困惑して問い掛ける。表情は、わずかに焦りの色を浮かべていた。
 その不安を解消させてあげたい気持ちは山々だったけれど、残念ながら私もこれからなにが起こるか分かってないので、なんともできません。
 とりあえず、事の成り行きを眺めることに努め……


「まあ、とりあえず不法侵入を試みてましたね」


 ちょっ!? なにデタラメなことを口にしてるんですかそこの鴉天狗は……!?
 ……と思ったけど、満更デタラメでもないから強く否定できない……。
 と、幽々子さまはおもむろに、重々しさを維持したまま、語り出す。


「うちのふたりがあなたに世話になったと伺いましてね……あなたを試させて貰ったわ……」

「試した?」

「ええ、妖夢には私が命令して、館への侵入を試みて貰いました……。
 もしあなたがあのまま目覚めず、賊の侵入を許すようなことがあるならば、
 あなたに与えられるはずだった名誉おかしは、私が代わりに貰い受けるつもりだったわ……」


 それが目的だったのかー!?

 あー、そうですか。そうですよね。食べ物大好き幽々子おねえちゃんですものねー。
 ヘタな理由より、説得力があり過ぎて、とりあえず納得が行……くわけねぇだろばかやろう。


「ですが、優秀にも起きてしまわれたのなら……少々趣向を変えさせて頂いて、このまま、あなたの器を計らせて頂きますわ……!」


 幽々子さまが言う。カッコよく。
 そして、すっげぇヤな予感。

 ……最悪の事態というものは得てして、こうやって積み重なって、最終的に爆発するのだろうなぁ……。


「魂魄妖夢! 引き続き我が命を実行し、その門を潜り抜けなさい!」

「えぇー!?」


 ヤな予感的中〜……。


「そして、潜り抜けられた暁には、門番さま、あなたに与えられるはずだった名誉おかしは、私が貰い受けます!」


 そうきたか! どんだけあのお菓子屋のお菓子気に入ったんですか!?


「おおおおおっ! 盛り上がってきました!! これでこそ、あの店の紹介料に相応しいというものです!!」


 この展開に、うぜぇ丸は当然大喜び。
 ああもうやだこの人ら。
 安全という名の愉悦の上で、どれだけ下の人間を弄べば気が済むんですか!?


「……なんだかよく分かりませんが……侵入者だというのなら、追い払うまでですっ……!」


 美鈴さんが構えを取る。
 その叩きつけられる威圧感に、私は思わず後退、数メートルの間合いを取る。
 もう目と鼻の先に目的の敷居があったのだから、会話している隙を見て、とっとと足だけでも敷居を踏み越えれば早かったな……。
 ……などと、愚かしい考えは思うまい。

 まるで隙などなかった。

 後ろに下がったからこそ"見逃して"貰えただけであって、わずかにでも体重を前に傾けていたら、
 その瞬間に太刀のように研ぎ澄まされたあの蹴りが、私の顔面を潰していたかもしれない……。
 放つ威圧感から、そう理解する。


「あー、すみません……私はただお礼を言いたかっただけなのですが……」

「…………」


 美鈴さんは応えない。
 完全に、敵を迎え撃つ門番としてのスイッチが入った臨戦態勢。
 私は、まったくなんでこんなことに、なんてやるせない溜め息をひとつ。


「誠にすみませんが……。主の命とあらば、それに従うのが使命なもの……でッッ!」


 その一息で、げんなりしかけていた気持ちを全て体の外に出し、一瞬の踏み込みで、私は門に向かって跳んだ。






 爆音の様な大きな音が、空に響き渉った。
























    ドォォォンッッッッ!!!



 妖夢が言い終えると、妖夢は姿を消し、門番は足からは妖夢の形をした弾を飛ばした。


「―――……え?」


 ……あ、いや……私、今、一体なにを言っているの……?

 門番が飛ばした弾が、館を囲うように生えていた木々のひとつに衝突して爆音を響かせる中で、
 私―――西行寺幽々子は、自嘲染みた言葉を思い浮かべると共に、わずかな困惑を覚えた。
 実際に口に出して言葉にした訳ではないけれど、自身が脳裏に浮かべた単語の羅列を思い返して、その滑稽さに戸惑うしかない。
 だって、自分でもなにを言っているか分からないのに、今見た光景は、本当にその通りだったのだから。

 今見た光景を、もう一度ありのままに文章にする。
 妖夢の姿が消えると同時に、門番が蹴りの体勢を取って妖夢の形をした弾幕を飛ばした。
 なんともふざけた単語が並んでるとは思うけれど、断じてふざけている訳ではない。


「がっ……、はッ……ぁ……!」


 妖夢の形をした弾が飛んでいった場所から、悶え苦しむ嗚咽が聞こえてくる。
 目を向けると……妖夢は木に体をめり込ませて、軽く悶絶していた。
 背中を強く打ったのか、呼吸もままならなくなって、とても苦しそう……。
 それが、門番の蹴り飛ばしたのは、妖夢の形をした弾幕ではなく、紛れもない妖夢本人だったということを明確に理解させた。


「す、すみません、方向を誤りましたっ……!」


 門番は申し訳なさそうに、悶絶する妖夢に向けて謝罪の言葉を掛ける。
 さっきまでのピリピリした表情が嘘のように、またもおたおたした情けない態度を取っている。
 一体、今の姿と門番としての姿、どちらが本当の彼女なのだろうか……?


「なにが起こったの……今……?」


 一方、彼女らのやり取りを傍から見ていた私は……思わず、口からこぼした。
 隣のルーミアちゃんも、同じくなにが起こったか分からず、「え? え?」なんて同じ言葉をくり返してオロオロとしていた。


「空間跳躍? 物質転送? それとも……メイド長と同じ時間停止?」


 今の現象を単純に考えるなら、妖夢が門番に迎撃され、蹴り飛ばされた、と考えるのが妥当だろう……。
 だが、 妖夢と門番との間には数メートルのも間合いが開いていた。
 そして、その近づく為の過程がない。
 にもかかわらず、"妖夢は門番の脚から発射された"。

 私から見れば、妖夢が近づくという過程のページを破り捨てられた本を読んだかのよう。
 なにか特殊な能力を使って、妖夢の体を自分の至近距離まで移動させなくては、今の現象は起こり得ない……!


「あの門番に、そんな大それた能力ちからありませんよ」


 その時、不敵に笑う者の存在があった。
 永きを生きる鴉天狗……幻想郷でも有数の強さを持つ種からの一言だった。


「今なにが起こったか分かるのですか、鴉天狗さま……!?」

「ええ」


 彼女は軽く答える。
 そして、「姫君は理解できなかったのでしょうか?」と、質問を私に返してきた。
 別段小馬鹿にするでもなく、単純に親切心からだろう。
 私は、その好意に素直に甘え、鴉天狗殿に今起こった事を伺ってみた。


「妖夢は門からはずっと離れていたわ。
 少なくとも近づいて、その後、迎撃で蹴られでもしなければこうはならないでしょう……。
 だと言うのに、私にはその過程をすっ飛ばされた様にしか見えなかった……!」

「なんだ。ちゃんと分かってるじゃないですか」

「え?」


 分かっている?
 おかしなことを言う。私はなにも分かってはいない。
 私には分からないと言うのに、なぜ彼女はそう判断してしまったのか?
 鴉天狗さまの言葉の意味するところが掴めず、「どういうことなの?」と聞き返した。
 普段は垣間見せない動揺する様子を、ほんの少し漏らしてしまったかもしれない。


「だから、あなたの言った通りですよ」

「空間操作の能力、ってこと……?」

「だーかーらー、そんな大層な能力はないんですって〜」


 鴉天狗さまはへらへらとしながら、手を横に振りながら言う。
 そして居直ってから、彼女が見たという情景を説明し始めた。


「ですから、妖夢さんは門番に向かって行きました。それを、門番は蹴りで迎撃した。ただ単純な、それだけのやり取りですって」

「で、でも! わたしも、よーむちゃんがみりんさんに飛んでいくところなんて見えなかったよ……!?」


 ルーミアちゃんが、私の言葉を気持ちごと代弁するように、オロオロと慌てて鴉天狗さまに尋ねる。


「ええ、ですから。ただそれを、見えない程速く行っただけです」

「え?」

「妖夢さんは、目で捉えられない程の速さで門に向って跳んだってだけの話ですよ」


 この鴉天狗さまは、そんな大事をサラリと言ってくれる。
 それが、如何ほどの驚異かも理解させない程、本当に何気ない面持ちで。


「つまり……妖夢が消えたのは、門番の能力じゃあないってことなの?」

「ええ、それは妖夢さんの能力です。特殊でも何でもない、ただの身体能力ですが」

「そーなのっ!?」


 なるほどね……。
 ルーミアちゃんが驚く横で、私は静かに納得していた。
 全てを門番の能力と過程したから、解釈に無理が生じたのね……。


「そーなのかーっ! わー、やっぱりよーむちゃんってすっごーいっ!」


 ルーミアちゃんは、妖夢の目に捉えられぬ神速の動きを、改めて妖夢の凄さに感動している。
 そう、妖夢はすごい。
 それほどの身体能力を発揮する瞬発力は、驚嘆に値する。

 だけど待ってルーミアちゃん……それって、つまり……。


「ええ。西行寺の姫、あなたの考えている通りです」


 表情を変えたつもりはなかった。
 これでも表情の作り方は上手い方だと自負している。
 現象の理由がまるで分からなかった時に浮かべていたわずかな動揺も、今では完全に消せている自信もある。
 だと言うのにこの鴉天狗は、その私の心境を、的確に読んで、ご丁寧にそれに相応しい答えを返してくださった。


「紅魔の館の門番は……その見えない速度を捉え、的確に迎撃したのですよ」

「……え」


 ルーミアちゃんの笑顔が、固まったのが分かった。
 なんて驚異。
 妖夢の速さは、驚嘆に値する能力。
 ならば、それに追いつき打ち勝った門番の能力は……単純に考えれば、それを上回っていると評せる。

 そして、彼女の驚異はそれだけに留まらなかった……。
 鴉天狗さまは、しかもごらんなさい、と更に続けた。


「妖夢さんのダメージ、おそらく蹴りによるものはほとんどありませんよ。
 彼女……蹴りをくり出す瞬間、自らの脚と妖夢さんの体に気を放っています。それが衝撃を分散するクッションになるように蹴りを放っている。
 しかも、蹴りを放つ場所も、一番ダメージが少なくなる所を的確に選んで、ね。 
 だから、妖夢さんには蹴り自体によるダメージはほとんどゼロです。
 彼女が今悶絶してるのは、木に衝突した際、受け身を取り損ねたからです」

「……っ!」


 さすがの私も、それには驚きを隠せなかった。
 ほんの少し、表情が青く変わる。

 なんてこと、あの門番は……私とルーミアちゃんが、時間がすっ飛ばされたと錯覚するほどの刹那に、
 雲耀の瞬きに匹敵する間に、相手を気づかう余裕すらやってのけていただなんて……。


「じゃあみりんさんって……すっごく強いの?」

「ってことになりますねぇ……。ここまでとは思いもしませんでしたが……」

「そして……それをしっかり見切っている鴉天狗さま……あなたも、ね」


 へらへらと笑いを浮かべる鴉天狗さまに、私が小さく呟いた。


「いやいや、実行したふたりに比べれば大したことないですって。
 ただ"見るだけ"と、"見た上で反応する"とじゃあ、必要な地力も全然違いますから」


 謙遜して彼女はいうが……天狗という絶対強種。おそらく、見た上で反応することもでき得るでしょうね……。
 「たぬき……」ぼそり呟いて、彼女は「鴉です」と、にこやかに答えるのだった。

 一通りの解説を受けたところで、私は再び当事者たちへと視線を移した。


「だ、大丈夫ですか……?」


 門番は、不慮の事態で妖夢を必要以上に傷つけたことを申し訳なさそうに思い、心配そうに声を掛けていた。
 しかし油断はしていないらしく、門から離れて妖夢に近づくなどはしない。
 しっかりと、己の守るべき場所をキープしたままだった……。


「がっ……ぁ……! はぁ……はっ……、……。…………心配は……無用、です……!」


 多少は回復したのか、妖夢がようやく返事を返す。
 短く、それでいて、真剣な声色……。相手の心配が、むしろ余計なことだと言わんばかりの迫力を伴って……。


「今の、私は……ただの……侵入者……! あなたに、敵対する……立場……だから……。あなたは、心配なんてしないでッ……!」

「!」


 妖夢の言葉に、門番の顔色が変わる。
 一瞬、とても悲しそうに歪めて……そして、覚悟を決めたような真摯な面持ちに作り替え、妖夢を見据えた。

 妖夢は、もう一度大きく咳き込んでから、ふー、と大きく息を吐いた。
 やっと呼吸を整え終えたのでしょう、顔色は大分楽になったように見えた。
 そして、その顔つきは……今までにないくらい、真剣そのもの……。
 紅魔の門番の、なにかを認めた、そんな気持ちが伝わってくる。


「ルーミアさん……ちょっと来て、頂けますか……?」

「ふぇ?」


 そして、妖夢はルーミアちゃんに突然のお呼びを掛けた。
 急な事態に一瞬きょとんとしちゃったルーミアちゃん。
 だけれど、なんのことだか分からなくても、大好きなよーむちゃん直々のお願いなのだ。
 戸惑いながらもとてとてと歩み寄る。
 そして……妖夢は、身につけていた2本の刀、楼観剣と白楼剣を鞘ごと身から外して、ルーミアちゃんに手渡したのだった。


「え? え? え?」

「大切な刀です……お願いします」

「な、なんで……?」


 ルーミアちゃんの困惑の声が当たりに響く。
 両手で抱きかかえるように持ち直すルーミアちゃんに、妖夢は「少しでも身軽にしたいので……」、それだけ告げると、
 再び紅魔の門と、そこに立ち塞がる紅髪の番人を見据えた。

 辺りに緊張が走り、空気がピリピリとしてきた。
 傍からそれを見ているこちらまで、手に汗を握り始めてしまう。
 あまりの緊張感から……景色がモノクロになり、時間の経過がいやにゆっくりと感じる錯覚に捕らわれる。
 本気の妖夢と向き合うと、いつも起こる感覚。
 妖夢の真剣さに引き摺られ、互いの集中力が極限まで高まることで起こるのだろう。

 つまりは……妖夢は、本気になったのだ。


「行きますっっ!」


 一言と共に世界に色が戻り、妖夢の体がまた"消えた"。
 瞬間、門番からは激しく何かを引きずる音と共に、一直線に砂埃が走った。
 まるでレーザー状の弾幕を、地面をなぞるかのように放ったかのような土煙が舞う。
 そして土煙の中から……"瞬間移動"した妖夢が姿を現し、苦々しく顔を歪ませた。


「ぐ、ぅ……!」

「よーむちゃん!?」

「大丈夫、です……―――はぁッッ!」


 蹴りを放った後の体勢を取る門番の足元から、妖夢の両足に向かって地面を抉って引かれた2本の線。
 それが結果論的に、妖夢が再び迎撃され、蹴り飛ばされた体を、地面に足をつけることでこらえただろう事を、事後報告のように理解するのみ。
 私が、景色からそれを読み取った時には、地面の線は更に6本は増えていた。

 速過ぎて、まるで見えやしない攻防は、まるで手品。
 タネが明かされているはずなのに、それでも驚きを隠せない、極上の手品だった……。


「まだやりますか?」

「もちろんで―――すッッ!!」


 なんて、一進一退の真剣勝負……。
 その伝わる空気の重さに、ごくりと唾を飲み込み……思わず、口がこう紡ぐ……。


「……どうしよう。ここまで大事になるとは思わなかった……!」

「えー」


 私はただ、妖夢に簡単に門を潜り抜けて貰って、そんで「あなたは門番失格! よってお団子は私のもの」と、
 お団子をおいしくいただければそれでよかったのに。
 こうも優秀だなんて鴉天狗さまからは聞いていなかったわよ。


「こともあろうに人のせいにするのですか、あなたはッ!?」


 お隣の鴉天狗さまは訴えるが、私はそれを全力で見逃すことにしましょう。
 そしたら天狗さまが「ぅおーーいッ?!」とツッコミを入れた。


「なによっ、たかだか3面ボスって道すがら説明してくれたじゃないの! 5面ボスが負ける道理はないでしょうって言ったのあなたでしょっ!」

「それはあなたの従者が期待外れだからですよっ!! 私が想定しているのより全然が鈍いんですもの!!」


 などと冥界の姫と鴉天狗との間に不毛な言い争いが勃発する。
 その間も妖夢たちの真剣勝負はさらに加熱していった。
 まずったなぁ……こんなにシリアスムードに陥るだなんて。
 今の鴉天狗さまとの会話がとても空気の読めてない感じに見えるのは本当に由々しい。ゆゆちゃんだけに幽々しいわ。


 妖夢は……あの子は生真面目だから、真剣に立ち向かっているし、門番さんも門番さんで真面目に向き合っているし……。
 お陰で、場の雰囲気はシリアス一直線。発端は大したことないのに、ムードとはほんに恐ろしや。

 これもあそこのお団子が美味し過ぎるのが行けないのよっ!
 もう今度から妖夢にあそこのお団子屋で買ってくるようにお願いするしかないわ!


「まあなっちゃったものは仕方ないわね。このまま続行して頂きましょう」

「ええー」









「くっ……今一度!」


 それから幾度か、妖夢と門番とのやり取りくり返された。
 地面に引かれた線は既に20を越えただろう。
 門番は本当に傷つけずに戦っているらしく、もう何度も蹴りを入れられているはずの妖夢からは、苦痛の表情はない。
 もちろん衝撃を和らげているだけなので、ダメージ確実に蓄積されているのだけど、
 それでも本来受けるはずだったものに比べればスズメの涙ほどでしょう……。

 本当に、あの門番の戦闘能力は優れている。
 さすが、紅魔の館の吸血鬼が門番として雇うだけはあるってことなのかしら……?
 それでも……ほんの少し解せないことはあるのだけど、ね……。


「聞かせて下さい……!」

「……!」


 今度こそ。そう奮い立つ妖夢に、門番が声をかける。
 ここまで何度もすぐに"消えて"きた妖夢だったけれど、今度はその姿を残したまま、その場に留まっている。
 それが、門番との話し合いに応じると言う返事になったのだろう、門番は妖夢に語り始めた。


「なぜ……正面から向かってくるのですか?」

「…………」

「なぜ……なぜあえて門を潜ろうとするのですか!?」

「……っ」


 妖夢はすぐには答えなかった。
 返答に迷ってるかのようで……その間に、門番からの言葉の続きが紡がれる。


「白状します。私ではあなたの速度には追いつけない……! 反応できるは、あなたが真っ直ぐに門に飛び込んでくるから……。
 あなたが、わざわざ私の間合いに入って来てくれるからに他ならないんですっ……!
 侵入するだけなら、塀を回り込んで壁を乗り越えるなり、その刀で壁を壊したりすれば……そうすれば私は追いつけない!
 あなただって気づいているはずです!」


 そうよ、妖夢は過去にこの館に数度忍び込んでいる。
 つまり、"門さえ潜らなければ"、中に入るだけなら十分可能ということ。

 門番として、侵入者に侵入する方法をアドバイスするだなんて職務放棄も良いところだろう。
 それでも聞かずに居られなかった……門番の表情からはそんな感情が読み取れた。

 妖夢は、静かに答える……。


「それが……主からの命だからです」


 妖夢の目的は「門を潜ること」。
 中に入ってなにをする訳でもない。
 ただ私が「門を潜れ」とだけ命じたから、ただその命に準じているだけ。


「ならば……攻撃しない理由は?」

「…………」


 その問い掛けにも、妖夢はまた黙っているだけだった。
 今度は言葉が上手く見つからないと言った感じで、複雑な感情を表情に浮かべて……


「私はあなたの敵です……。けど、」


 やがて、ゆっくりと口を開き、上手くまとめきれない心境を、素直に告白するように。
 告げた。
 本当に、妖夢らしい理由を。


「あなたは私の敵じゃないから……。私を助けてくれた恩人です……」

「……っ!」

「今日だって……本当はそのお礼に来たつもりだったんですけどね……」


 自嘲気味に笑いながら付け足す妖夢の、その悲しそうな顔が、ゆゆちゃんの罪悪感に突き刺さった。やり過ぎましたごめんなさい。


「こんなタイミングで言うのも変な話ですけど……昨日は、ありがとうございました。
 ルーミアさんを助けてくれて、ありがとうございました……。
 そして……敵として立ちはだかる無礼を、許して下さい……」


 場違いとは知りつつも、それでも伝えずに居られなかった。
 そのためにここまで来たのだから。


「主の命には従います。けれど、あなたを傷つける必要はない……それが、答えです……」

「そう、ですか……」


 妖夢の答えを聞いて、門番は……チラリ私の方を見た。
 彼女が仕える主というものの姿を確認したかったのだろう……。
 すぐに視線正面に戻し……ほんの少し、考えるように目を瞑って。


「分かりましたッ!!!」


 悲しそうだった顔を、決意を決めたそれに変えた!
 瞬間、門番を中心に凄まじい量の気が渦巻き、中心へと集まり始める!
 妖気や霊気などではなく、もっと純粋な、単純なオーラの力。
 傍から見ている私たちまで、その渦に巻き込まれてしまうのではないかと思わされるほど、強く、大量の気の渦。
 それが全て、門番の両の手に集まっていく……!

 門番もまた、妖夢と本気で向き合う覚悟を決めたのだ……!


「相入れないなら、いっそ本気で叩き潰す……ということでしょうか?」

「ただ叩き潰すんじゃあない……。早く終わらせてしまった方が、これ以上傷つけ合うこともない……そういう、考えでしょうね……」


 鴉天狗が門番の態度から心の内をそう、私が補足するように付け足した。
 ああ、傷つけ合う、と言ったのは語弊があったわ。
 なぜなら、妖夢はただの一度も攻撃をくり出していないのだから。
 そして……門番も、妖夢を傷つけていないのだから!

 お互い凄まじい気迫で向き合う。
 不意に……妖夢の口元が、わずかに笑みを浮かべたように見えた。
 不謹慎とは知りつつも……きっと、良き好手敵に出会えたことを、心のどこかで楽しんでいるのかもしれない……。


「紅美鈴ッッ!!!」


 突然妖夢が大声で門番の名を呼び捨てる。
 虚を突かれたからだろうか、門番は目をきょとんと丸くさせる。
 敬称を排除したその呼び方は、見下す意図ではなく、戦士として最大限の敬意を払ったような誇らしさがあった!


「改めて、名乗らせてくださいっ! 私の名前は……我が名は、魂魄妖夢ッ!
 冥界が名家・白玉楼を統べる西行寺幽々子さまをお守りする護衛役なりっ!
 いざ尋常に……―――」


 妖夢が、高らかに名乗りを上げる。
 まるで決戦の前の武人らのそれのよう。
 雄々しく、逞しく、どこからともなくメキメキという音が聞こえる。……めきめき?


「―――勝負ッッ!!!!」

「―――ルーミアちゃん危ない!?」


 妖夢の体が、再び消えた。
 事は、それとほぼ同時に起こった。

 門番の瞳が、なにかに気づいたよう見開いて……その視線は、妖夢から外れていた。
 その門番の態度は、真剣に向き合った妖夢に失礼じゃないのか? そう思うより先に、私は、"ルーミアちゃん"という言葉に反応して、
 すぐさま立ち合いの場から目を背けルーミアちゃんが居たところに目を向けたから……なにが起こったのか、すぐに理解した。


「ふぇ……?」


 ルーミアちゃんの背後に生えていた木が、ルーミアちゃん目掛けて倒れてきていた。
 その木は、この戦いの初めに、妖夢が激突した木。
 その時の衝撃が強かったのか、元々弱っていたところに衝撃が加わったのか。
 幹に衝撃が加った時、既に木は衝撃にやられていたのでしょう。
 ここまでなんとか自身の体重を支えてきたけれど、とうとう堪え切れなくなり、今まさに倒壊を始めていた。

 門に目が向いているルーミアちゃんは、自分の迫ってくるまだその事態に気づいていない。
 振り向くことさえ、まだ始めていない。
 時間操作の能力を受けた訳でもないのに、妖夢と立ち合った時みたいに、時間がとんでもなくものんびりと感じる。

 いまだに状況を掴めず、刀を両手で抱えて、ぽやんとした表情で振り向いている最中のルーミアちゃんに、
 私は「危ない」と叫び声をあげようとした。
 同時に、弾幕を放って、倒れてくる木を破壊しようと考えた。
 飾った弾幕なんていらない、みすぼらしくとも、今すぐに彼女の身を襲うそれを破壊する力を放てと。

 思うことに対して、体のなんと怠呑なことか。
 叫び声をあげることも、弾幕を放つことも、遅過ぎて、まるで動きやしない。

 今なら、門の前に目を向ければ、妖夢と門番のやりとりをその全貌まで見ることができるだろう。
 そう思えるほど、私の中の時間はひどくゆっくりとした世界を捕えていて。
 高まった集中力が与えたものは、皮肉なことに、凍った世界で、大切な妹が木に潰されていく姿を、なにもできずゆっくりと眺めていく拷問。
 ゆっくりと眺め、ルーミアちゃんが振り向いて、ようやく事態を把握して、恐怖に顔を歪め始めた時……


「――ああぁぁぁああああぁぁあああァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!」


 なにかの影が、私の視界に飛び込んで、ルーミアちゃんの姿と重なった。
 瞬間、世界の氷は溶けだして。
 倒れ来る大木は、いつの間にか細切れに刻まれ、宙に浮いている……!
 細切れになった姿を私が確認した直後、宙に浮かぶ木片を光の弾が飲み込み……ルーミアちゃんを押しつぶそうとした大木は、蒸発した。

 視界に残ったのは、きょとんとした顔のルーミアちゃん。
 そして、そんな彼女を左腕でしっかりと抱き寄せ、右手は高く、大木を刻み尽した楼観剣を掲げた、妖夢の姿だった……。


「だ、大丈夫ですか?! ルーミアさん?!」

「ふぇ?! はぇ!?」


 刀を下ろしてすぐ、慌てた表情で妖夢はルーミアちゃんに話しかけた。
 ルーミアちゃんは、なにが起こったか分からず……おそらく、今まさに木に潰されそうになってた事さえ理解できないまま、
 刀の抜かれた鞘を大切そうに抱いたまま困惑していた。


「よかった……ルーミアちゃん」


 門番が、安堵の溜め息をこぼして、その場にへたり込んでいる。

 それは、一瞬の出来事過ぎて、感情の整理さえままならない出来事で。
 私は……今更ながら弾幕を放とうとした手を、前に出し終えていたのだった。
 愚鈍過ぎる己の身を心底情けなく思う反面……それ以上に、ルーミアちゃんが助かったことを喜ぶ想いの方が、完全に上回っていた。
 よかった……。私も、門番と同じ言葉を呟こうとする。


「見え、なかった……」


 その前に、鴉天狗が、ぽつり呟いた。
 私は、本来口にしようとした言葉の代わりに、「え?」と短く聞き返す音を口から漏らした。
 鴉天狗は、珍しく慌てふためいてる様子を浮かべている。


「見えなかった、と言ったんですよ! 今の妖夢さんの動きがっ!」


 妖夢の動きが、鴉天狗の驚異の動体視力を凌駕した。
 そんなのは……大したことじゃない。
 鴉天狗とは真反対の、穏やかな心持ちのまま、私は微笑みを浮かべる。


「見えてなくたって分かるわ……。
 妖夢は、ルーミアちゃんの危機を察知して、勝負を捨ててまでルーミアちゃんの元に飛び込んだ……そうでしょ?」


 真剣勝負の、その時に置いても、彼女がルーミアちゃんを想っていた。
 だから、直前でルーミアちゃんの危機に気づき、
 一瞬の判断力が、向かうべきところへと妖夢の体を導かせた。
 妖夢の、ルーミアちゃんを想う気持ちが起こした、ただの心温まる話。


「違います」


 ……違う?


「違うって、どういうことかしら?」

「彼女……妖夢さんは、一度間違いなく門番に向けて全力でスタートを切っているんですよ!」


 そう言って、鴉天狗は屋敷の門を指さした。
 厳密には、門の前に居る門番の立っているところ、そこよりもほんの少し横の……爆発したように抉れた地面を。


「正真正銘の天狗ばけものの私が言うのもなんですが……化物染みてますよ、今の動きは……」


 聞けば、妖夢は門番に向かって全力で跳んだのだと言う。
 それも、今までで一番の速さで。
 そこまでは天狗も見えていた。

 そして門番の目の前に差し掛かった時、今指さした地面が爆発して、妖夢は"消えた"という。
 おそらくは、急激な真逆方向への切り返しの際、踏み込みでできただろう痕。


「見た訳ではないので確かなことは言えません……が、間違いなく、
 妖夢さんは門の前から引き返して、ルーミア氏の持つ刀から鞘を抜き取り、倒れる大木を粉々に切り刻んだのでしょう……」


 限界に匹敵する動きを出しておきながら、それを上回る力を引き出し、妖夢はルーミアちゃんを守りに向かった。
 そして、迫る大木を切り刻むところまで、一瞬で済ませてしまった……。


「その速さは……おそらく、鴉天狗わたしの力を持ってして、初めて成し得るだろう"異業"ですよ」


 "偉業"ではなく"異業"なのだと、その天狗は言う。
 天狗という、最強種に並ぶ力を発揮した妖夢を。
 それは……確かに、"異業"だわ……。

 それでも「超えた」と言わない辺りが、最強種天狗としての自負の表れなのかもしれない。


「その後、遅れること数瞬、紅魔の門番の放った気の力が、粉々になった木片を消し飛ばした、という訳です」

「あ。あの光の弾って、門番さんのだったのね」


 妖夢が切り刻んだ後で続けて起こったので、てっきり妖夢の技の一環かと思ったけれど、そうでもないらしい。
 確かに、門番の姿を改めて見てみると、両手に溜っていたはずのオーラは消えていた。
 門番も、ルーミアちゃんを助けようと手を打ってくれてたのね……。
 相手も、妖夢に負けず劣らず優しい性根の持ち主だわ。


「ありがとうございます、美鈴さ―――」

「どうして初めから今の動きをしなかったんですかッ!?」

「え?」


 門番がルーミアちゃん助けたことをしっかり理解していた妖夢が、門番に対して礼を告げようとすると。
 その言葉を遮って、門番は尋ねた。
 その声色は、ほんのちょっと不機嫌そう……。


「あなたが本気で挑めば、多分、私なんか追いつけず、あっという間に門を越えられていた……!
 けどあなたはそれをしなかった……どうしてですかッ!?」

「いやー……私、アレで結構本気で臨んでいたつもりなんですけど……」

「うそです! 今やったじゃないですか!!」


 妖夢が困ったように、それだけ答えるが門番は納得いかないよう。
 そりゃあそうだろう。
 たった今見せたものを、持ってなかったと言って、誰がそれを信じるかと。

 外の世界じゃあ、悪魔が居ないことは証明できないという「悪魔の証明」という論法があるそうだけれど、
 それで例えるなら、妖夢は今、悪魔を目の前に連れて来て、「悪魔はいませんでした」なんて言ってるようなもの。
 門番は手を抜かれていたのではないかと、怒り気味の言葉を投げ掛け続けた。


「……そういうこと」


 その時、気づく。


「おかしいとは思ったのよね……。いくらなんでも、3ボス程度が、一応5ボスを、あそこまで圧倒するだなんて」


 困惑する妖夢の姿を見て、私は思わず小さく呟いていた。
 鴉天狗殿に、今の呟きを聞かれたらしい。「あやや? と言いますと?」と聞き返されてしまった
 ま、別に隠すことでもないし……むしろ自慢したいくらいのことだしね。


「あの子、多分本気を出してなかったのよ。と言っても、手加減できるほど、器用な性格でもないんだけどね」

「……たった一行の内に矛盾を内包した発言をしないでくださいよ」


 鴉天狗が困った顔で文句を言ってきた。
 あなたの言うことはいつも難解だ、なんて、眉をひそめて付け足してくる。


「つまり……。あの子の場合、自分が手加減していたことさえ気づいてないだけ。
 本人にとっては、同じだけ真剣に向き合ったつもりなんでしょうけどね……。」


 妖夢は、いつも真剣に物事に向き合っている。
 いつも本気で臨むから、手加減することはとても苦手なのだ。
 けれど、同じだけ優しさもある。
 恩を感じる相手に、本気の殺意を向けられない……妖夢は、優しい子だから。

 無意識なのだ。
 門番とのやり取りは、妖夢からしてみれば恩人に対して迷惑をかけてしまう負い目があり、
 目的が不法侵入という"悪いこと"という罪悪感もあっただろう。
 それも、私のちょっとした気まぐれというひどく軽く弱い動機から始まっている。
 だから、心のどこかで力を抑えてしまっていた。
 この鴉天狗が、期待外れと思ったのも、きっとそのためだ。……その上で、あそこまで力を出せる妖夢はやっぱり凄いんだろうけど。
 だから……ルーミアちゃんのために出した力が、妖夢の本当の力。


「だから妖夢は、守るもののために、どこまでも力を発揮できるのよ。
 ふふっ、カッコイイじゃない。こういうの主人公補正って言うんでしょ?」


 誰かのために、限界を超えられる。
 綺麗事だけど、その綺麗事をやってのけるのが、魂魄妖夢なのだ。
 私は、なんて素敵な従者に恵まれたのだろう……。
 ま……まだまだ、未熟なんだけど、ね……。


「ああ……なるほど」

「あら、納得してくださるのかしら? てっきり、そんなの綺麗事と切り捨てて鼻で笑われると思ったのだけど」


 そんなの信じられないと鼻で笑って一蹴すると思っていた鴉天狗は、意外にも納得したように頷いてくれた。
 しかし、理由を聞けば一言で納得した。


「なに。先日、私自ら、同じ目にあわされたものですから」


 ……ああ、そういえば、この間妖夢と天狗さまは全力全開限界ぶっちぎり超高速鬼ごっこしたんだったっけ……。
 聞いた話じゃ、幻想郷最速を名乗るこの鴉天狗に追いついたとか。
 ジャーナリストである以上、自分の目で見たことは信じますよ、と天狗さまは言った。


「ふふっ、理解して頂けて嬉しゅうございますわ。私の従者の素敵な力を」

「素敵……? 冗談じゃない」


 その単語に、鴉天狗は嘲笑うようなニュアンスを込めて、両手を広げ、肩を竦め、吐き捨てる。


「守るためでなきゃ本気も出せないだなんて、一対一の生存競争にゃ不便極まりない性質の悪いハンデ。
 それのどこが素敵とおっしゃるのやら……」


 あらら。さすが天狗さま。永い刻を生き過ぎて、考えが厳しいですこと……。
 信じてはくれたが、認めてはくれないようで、結局、綺麗事と鼻で笑われてしまった。
 そして、今度は向こうが私を試すような口ぶりで、先日からの仕返しとばかりに、当てつけるように聞いてくる。


「あなただって、永い間きてるなら、それを理解していないとは思えないのですが……買い被り過ぎだったのでしょうか?」


 ……それでも。
 私はその綺麗事をカッコイイと思うし。
 妖夢のそんな青臭いところに、憧れてる……。


「さて、ね」


 だから返事は、それだけで十分だった


「それに……リスクだってあるでしょう?」

「…………ええ」












「さあ、美鈴さん……続きを……!」


 妖夢が、ルーミアちゃんを抱いていた腕を離して、再び門番と向き合った。
 邪魔が入り、中断した勝負に、今度こそ決着をつけようと求めた。
 だが、門番が言った。


「いえ……終わりです」


 そう……終わりなのだ。


「っ……!」

「よーむちゃん!?」


 妖夢が、声にならない一声を漏らし、その場に膝をついた。

 大切なものを守るために限界を超えた妖夢の体は……ならばその代償は確実にその体に刻み込まれる。
 妖夢の体は、またも傷ついてしまった……。
 先日、ルーミアちゃんを守りたい一心で、限界を越えて鴉天狗を追いかけた時と同じ苦痛が、また妖夢の体中を苛めているのだろう……。

 妖夢の身を案じて眺めていると、不意に私の肩に手が掛けられた。
 振り返ると、それは隣にいた天狗さまのもの。
 そして、私の心配を察したからなのだろう、こんなことを言い始める。


「大丈夫ですよ。彼女、持久力よりも瞬発力に重きを置いて鍛えているみたいですからね。体の負担は先日ほどではないと思います」

「そこまで分かるの?」

「ハハンッ! この射命丸文の眼力に掛かれば、この程度の推測が可能なのです! いかがですか、冥界の姫君」


 口にする隣の鴉天狗は、得意気な表情を浮かべる。
 今のは、純粋な善意からではなく、彼女にとってはただの知識自慢だったのだろう。
 それでも、その情報が私の心をいくらか和らいでくれたのは紛れもなく本当のこと……。

 だから、しゃくになんか感じたりなんかせず、素直に感謝の気持ちを抱く。
 私にとっては本当に感謝に足る行為で、背後からなにやらメキメキという音が聞こえる。……めきめき?


「一体なんの音かし、ら……?」


 鴉天狗さまと揃って後ろを振り向いてみた。
 すると、後ろに生えていた木の幹が、まるで弾幕が貫いたかのように大きく抉れていた。
 抉れて、抉れた部分から心許なくメキメキと悲鳴を軋ませて……丁度、その自重に耐えきれなくなったのだろう、
 メキメキという音はバキバキッと激しい音に変わり、木は抉れた部分から折れて、私たちの方に倒れて来……――――あ、



「「ぎゃーーーーーー?!」」



    ドッシーンッッ……!



 私の体は、鴉天狗諸共倒れてきた木に潰された。


「わぁーー?! 幽々子さまーーーっ!?」

「ゆゆちゃーーーーんっっ?!」

「さぁ妖夢さん! 紅魔館侵略を企むあなたの主は滅びました! これであなたは自由の身です!!」


 悲鳴のような妹ふたりの声と、ガッツポーズで高らかに言う門番の声が耳に届く。

 終わり、って……こういう事ですか?

 ああ……見落としてた……。
 あそこの門番さんは"両手に"気を溜めていた。それが今、"両方ともない"。

 確かに、ルーミアちゃんを助けるために気弾を放ったのでしょうけど、じゃあ余ったもう片方の手のは?
 ……そう、おそらく私たちの後ろの木に向けて放った。その結果がこれ、ってことですね……。
 あの瞬間は、私はルーミアちゃんにしか意識がいってなかったから、その他のことに意識が回らなくて、音さえ耳に届いていない。
 だから、気弾を放たれても、横切った風を切る音とかぶつかった時の衝撃音とか鳴っても、そりゃあぜんぜん気づきませんですよねー。
 なんてこと、この私が……西行寺幽々子が一本取られるとは……。


「あ、やや……なにが、守るために……力を発揮する……素敵な力……なんですか……?」


 共々木に潰された鴉天狗が、ルーミアちゃんの時と同じ方法で私を助けに来なかった妖夢に向けての不平を、私に訴えてくる。


「やー、だから言ったでしょ……? 無意識だって……」


 だから、おやつ食べたい程度の理由で不法侵入を命ずる主に対して、守りたいなんて忠誠心は、一時的にゼロになってたと……。
 で、ゼロを掛け算すれば、どんな数だってゼロになる訳で……。
 つまり妖夢はゼロの力だから、助けに来れなかったのでしょうねー。


「っていうか……あなたが直前で私の脚を掴まなければ……私は潰されずにですねぇ……!」

「私の体を引っ張って、一緒に逃げてくれると思ったのに……とんだ期待外れね……」

「あなたって……人は……」


 ぐふっ……。
 お互いに文句を言いあってから、私と鴉天狗は共々意識が途絶えるのだった……。
























「あー……」


 敬愛する我が主さまが木の下に潰されてしまいました。
 気づくのが遅れた。
 体中にガタがきてすぐには動けなかった。
 言い訳はいくらでも並べられるけど、結果私は主を守り切れなかった訳で……。
 ごめんなさい幽々子さま、いつもならこの身が朽ちても馳せ参じたんですが、今日はなんか動けませんでした。


「これで……私たちの戦う理由はなくなりましたよね?」

「え……?」


 潰された幽々子さまにばかり意識を向けていた私の意識の外から、語りかける声が届く。
 振り向いてみれば、すぐそばに美鈴さんの姿があった。
 その表情は穏やかで、全てが終わった爽やかささえあった。


「よいしょっ、と……!」

「……あっ!? ちょっ?! 美鈴さん!?」


 と、突然美鈴さんは私の体をひょいと持ち上げる。
 ガタがきて満足に動けない体では、その突然の行動に抵抗することはできず、なすがままにされ、
 そのまま……俗に言う「お姫様だっこ」の体勢に……?!?!


「〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!??!?!!」


 ぎゃーす!?

 いきなりの羞恥プレイに、顔を真っ赤にしてはしたな〜い悲鳴をあげてしまう私。
 普段、こんな乙女乙女しい扱いなんか受けることない私だけど、お姫様だっこなんて慣れてる慣れてない以前の問題で……
 は、恥ずかし過ぎるっっ……!!?!
 私は、ろくに動かせそうもない体で抵抗を試みようとするが……しかし美鈴さんは、


「あんな無茶な動きしたんです……体中に負担が掛かっているはずでしょう? だから、治療くらいさせてください」


 もう争う理由なんてないんだから。
 優しい顔でそう言って、私の抵抗を封じ込めてしまった。
 確かに、体中にガタがきて満足に動けないのは図星……私は押し黙るしかなくなる。


「みりんさんに任せれば大丈夫だよっ! わたしも気の力で治してもらったから」

「そ、そういえば、そうでしたね……」


 なすがままに運ばれる私と美鈴さん後ろを、ルーミアさんもとてとてとついて来くる。
 あまりに恥ずかしくて、軽く生返事になってしまう。
 一体どこに運ばれるんだろう……なんでもいいから早く下ろして欲しい……。
 そう思っていると、驚くべきことが、すぐに起こった。


「あ……越えちゃっ、た……」

「え?」


 ルーミアさんがポツリ呟いた言葉に、私は辺りを見回してみると……なんと美鈴さんは、私を抱えたまま屋敷の門を潜り抜けていた!


「み、美鈴さん……!? 良いんですか?」

「なにがです?」


 なにがもなにもない! 折角追い返した侵入者を、彼女は自ら迎え入れてしまったのだ!
 私は使命を果たせたけれど、それは同時に、美鈴さんは使命を果たせなかったことを意味してしまう。
 これでは、彼女が一生懸命守ったものが無意味になってしまう。


「大丈夫ですよ。私の使命は、侵入者を追い払うこと……」

「なら……!」

「けれど、侵入を命じたあなたの主とその参謀の鴉天狗は滅びました。
 なら、あなたに対する命令はなくなった……命令さえなくなれば、あなたは侵入者じゃない」


 美鈴さんは、綺麗で整ったその表情を、穏やかに微笑ませる。


「ふたりは私のお客さんです。お客さんを追い払う門番は居ません……」


 優しく微笑む、紅い髪の門番は……なんてたくましく、清らかで、美しい人なのだろう。


「ま、私の『気』で軽い治療を行って差し上げます。その後、ちょっとお茶でも一緒に付き合ってください。私の休憩に付き合うと思って、ね


 美鈴さんは、微笑んだままの表情で「太陽の傾きを見たら、丁度今休憩時間に入ったところなんで、大丈夫です!」と……
 あれ? じゃあさっき眠ってたのは休憩時間じゃないってことなんじゃないですか?


「ありがとうございます……。美鈴さん」


 ありがとう。

 心の中、強く思い浮かべた感謝の言葉は。
 この日、素敵な友人に出会えた巡り合わせに向けて……強く、心の中で言った……。
























「……あのー」


 と、美鈴さんは急に気まずそうに表情変えた。
 なにがあったのか、私は不思議に思い首を傾げた。


「どうかしましたか? 美鈴さん」

「さっきからずーっと気になってたんですけど……」

「はい……」


 美鈴さんは、歪めていた口元を、意を決したように開いて、


「私の名前……! "みすず"じゃなくて、"メイリン"なんですっ!」

「え?! だって名刺には紅美鈴くれないみすずって……」


 そんなこと言ったら、昨日からずーっと"みすずさん"と呼んでいた私は、とっても失礼ってことになるんじゃあないですか。
 そりゃあ確かに"みすず"より"メイリン"の方が、「みりん」って聞き間違いし易いですよ。ルーミアさんはそう呼ぶのも頷けちゃうよ。
 だけどそれじゃあさっき、とっても真剣な場面で、カッコよく「紅美鈴くれないみすずッッ!!!」って宣戦布告した名シーンが台無しになっちゃうじゃないですか。

 はっはっはっ、そんなご冗談を。


「あーん、今度から名刺に読みがなも振っておきますーーー!」



















あとがき

「みょんミア!」シリーズ第8弾!
妖夢に"みすずさん"と呼ばせる顛末を考えたらこうなった!
ラストの直前、たった一文字で感動をぶち壊せたら勝ちだと思ってます!(ぇー

今回、百合描写が凄まじく少なくなってしまいましたね……。
本編が百合な作品の別に百合キャラじゃないキャラにスポットを当てたスピンオフ作品みたいなノリですね。
おそらく百合百合な展開を期待されているだろうこのシリーズで、こんな展開が続いて良いのだろうか、不安が拭えませぬ(苦笑
それでコケたらどうしましょう、第2部ほとんどそんなノリですよ?(登場キャラ追加がメインなので)

さて、今回は妖夢と美鈴さんのファーストコンタクトを捏造してみた訳です。
東方はグレーゾーンが多い分、自由に動かせる(百合にできるとかね!)反面、曖昧な部分も多いです。
キャラ同士の面識についてはまさにそうだと思います。
自分の場合、読者を置いて行かないためには、作中での触れ合いがないキャラ同士は出会いから描くべき、と思って筆を取ってます。
ということで、今回のような話を構想してみた次第です。

……が、この作品を書き始めた時に、小説版儚月抄の挿絵だけザッと見てみたところ、紅魔館メンバーと触れ合う妖夢の挿絵があり、
「あれ? ひょっとして妖夢と美鈴さんって、もう面識あるんじゃないの?!」という、
プロットを一から練り直しかねない事態に陥った時は軽く焦りました……(苦笑
極力原作には順守したい派なので、儚月抄を読み終えるまで執筆を止めておいたエピソードなぞありますが……
まあ、読後は、なんとか初期プロットのまま通せる展開だったので、軽くフォローしつつ、ほぼ最初プロットのまま仕上げました。
萃夢想(紅魔館内部に侵入)の時は、門から入ってないことにしたので、美鈴に会ってません! そういうことに決めました!(爆

あ、原作順守といえば……今回、紅魔郷で美鈴さんが登場する度鳴っている鈴の音を内容に絡めてみたんですが、
それって、ちゃんと伝わる程度に知名度あるんでしょうか?
それとも、原作未プレイ者にちょっと不親切な作品になってしまったのでしょうか?(苦笑

初期プロットの中で特に目立った追加・改変があるとすれば射命丸の存在です。またですか文さん?!
実は、文花帖(書籍)の中でのルーミアの「えーめんどくさーい」発言と、妖夢に剣術を習ってる2次設定が、
軽くロジックエラーを出していと思い、そこについてどこかでフォローを入れようと考えていたんです。
それを、射命丸初登場の前回触れようと思ってたんですが、
前回のボリュームが膨れ上がり過ぎたため、今回に移したって裏話があります。
……そしたらなんと、名コメンテータになってくれやがったじゃないですか!

正直、みょんミア!7の初期プロットではまるで出す気のなかった彼女が、ここまで出張るとは思いもしなんだ……。
やはりというか、行動力・情報力のあるキャラは使い勝手が良いですね! 恐るべき、鴉天狗……! 
さすが花映塚からチャンスを掴み、着々と出番をもぎ取った、超鴉天狗シンデレラ・アヤちゃん。抱きしめて、スクープのはちぇまれ!
まあ小町も出す気なかったけど、まだそんなに大したことじゃないんで特には。

余談ですが、今まで妖夢にいのししばかり集中的に狩らせてきた伏線を、今回でやっと回収できたのでスッキリしました。
なぜなら、なりゅーはいのしし年だからです。


更新履歴

H22・2/11:完成


前の話へSSメニュートップページ次の話へ

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