どうしてこうなった?


(はぁっ……はぁっ……! ハッ―――ぁ……っ……! ぁ…はぁ……!)


 目の前のソイツは、一見人の姿をしていた。
 人間の少女の姿を象ったそれを中央に、俺たちは大勢で囲うように取り囲んでは、ソレの様子を伺っていた。
 辺りはシンと静まり返っている。風の音さえ聞こえない。
 多くの仲間たちがそれを取り囲み傍観しているというのに、誰ひとり物音も立てずその光景を眺めて……圧倒されていた。

 人間の姿を象ったソレが……同胞の頭に深々と貫いた無慈悲な刃で……その命を刈り終えた姿に……。


(……ぁ……は、ぁ―――あ……ハぁッ……―――! ハぁっ……!)


 俺たちは、ただ平和に暮しているだけだった。
 そりゃあこの幻想郷せかいじゃあ、最低限の食うか食われるかの生存競争はある……。
 それでも、俺たちは平和に暮していた。
 アイツは、そんな俺たちの中に突然割り込んできた。



 ―――始まりはなんでもない、ごく在り来たりなもの。
 俺たちの仲間が、何者かにふたりやられた。それが俺たちとヤツとの因縁の始まり……。
 やられた片方は、俺の親友だった。
 悲しかったが……弱肉強食は自然界の掟。
 生存競争に敗れただけと、その時は割り切った。

 けれど……その日を境に、ヤツの屠殺が始まった。
 ヤツは俺たちの前に現れ……俺たちばかりを狩り始めた。
 その虐殺はまさに「狩り」そのもの。
 時折仲間たちの前に現れては、圧倒的な力を振るい……!
 抗うことさえ許さず、一方的に仲間たちを仕留めていく……!
 仕留めて、まだその場に生き残りが居るようならば……ソイツは夥しい殺気を放ち、止まぬ殺意を示してくる……。
 ヤツは俺たち一族を殲滅させるつもりなんだ……。
 命辛々逃げ出した仲間たちが、口々にそう語っていたのを聞いたことがあるが……
 それは本当のことだったんだなと……今にも逃げ出したい恐怖と吐き気を催しながら、
 眼前の凶々しい殺意に、真の恐怖をようやっと知る……。


 ―――ああ、オレたちは、コイツに亡ぼされル……。


 なんで……なんで俺たちなんだよっ!?
 幻想郷ここには、他にもオマエの獲物になるやつが居るだろうに……なんで、俺たちばかりがこんな目に……!


 だから俺たちは結託したんだっ!
 一族の男共を集め、次にヤツが現れた時、全員でヤツを打ち倒すんだとっ!
 高らかに口にして皆を率いた時の俊彦の姿は、ははっ……頼もしかったな。
 そいつも今は……脳天に一閃、鋭い刃で貫かれ、ただの肉の塊になっちまった……。
 皆に手本を示すと先陣を切って……ヤツの刃に貫かれて暇も与えられず、絶命した。

 俺たちが立ち向かうアレは、見た目こそ人間だが、人間じゃあない……化物だ。
 2本の刃を携えたそれは、人間の形を成していながら、中身は全くの違う怪物……!
 ヤツに従い側で漂う霊魂は、まるで不吉と死の象徴。


(はぁっ……はッ……! ぜッ―――は……っ……! はぁ……!)


 怖い。
 無慈悲にその刃を貫いては、容易くその命を刈り取ってしまうヤツが……。

 今にも逃げ出したい殺意の渦の中、決して敵う事のない格の違い目の当たりにし、体中が強張る。
 さっきまで息巻いていた仲間たち全てが、俺と同じ感情に支配されているのだろう。
 それほどまでに、圧倒的……。

 俊彦だった肉塊を軽々持ち上げて、アイツはまたいつものように、その亡骸を運び、何処とも知れぬところへ去るのだろう。


「ぁ……ぉ……―――」


 ―――このまま逃がしてなるものかッ……!

 今まで言葉にならなかった音が、急速にその形なき形を成していく。


「―――おお、おおォォ……おおおおおオオッッ!!」


 今日まで犠牲になった仲間たちへのその弔いの念が、俺の怒りが、恐怖を凌駕する。

 怖い……ああ、俺だって死ぬのは怖いさ……!
 だがその恐怖を振り払うように……!
 否ッ! 恐怖を怒りに変えるように。怒りを力に変えるために! 俺は、吼える!!

 辺りに響き渡るは、醜く、まるで豚のように潰れた、歪な鳴き声。
 カッコ悪くて。みっともなくて。それでも生きたいという願いが凝縮された、生への渇望。その具象。

 けたたましい咆哮に、憎きアイツの殺意も揺らぐ。
 ……いいや……俺だけではなかった。
 気がつけば、醜い鳴き声は、俺をなぞるように、二つ、三つ……十……二十と……そのまま数を増していた。
 仲間たちも叫んでいた。
 俺の意志が仲間たちにも伝わってくれたのか、仲間たちも俺と同じ想いを抱いていたからか。
 失われた戦意は……生への執着と、平和への渇望と、それら集う結束の意志の前に、今ここに蘇る。


「―――おおおォォおおおおおオオッッ!」


 諦める訳にはいかない。俺達の平和な暮らしを取り戻すために。


 俺は、醜く吼えながら、ソイツへと立ち向かっていった。







 

みょんミア

一、人の名前は明確に!







 どうしてこうなった?


「ぶもおおおォォおおおおおオオッッ!」

「うわっとっ?!」


 群れの中から猛烈な勢いで飛び出した一頭の突進を、間一髪かわして、空いている右手で冷や汗を拭う。
 反対の肩に背負った、たった今狩ったばかりの一頭にバランスを奪われそうになりながらも、なんとかこらえて転倒を免れる。
 これも日々の修練の賜物。……などと内心自画自賛しつつも、状況は解決どころか悪化し始めたことに焦りを覚える。


「やっばー……」


 私、魂魄妖夢は、本日お泊まりに来るルーミアさんのお夕食確保のため、現世の森までいのししを狩りにやってきました。
 そこまではいつも通りでした。
 違ったのは、いつもはせいぜい数頭固まっている程度のいのししが、今日に限っては大量に、
 それこそ数十に留まらず3桁に達するのではないかと思える大群で押し寄せているという点。
 そしてその全てが、結束し、私に確かな敵意を向けている点。

 ……まあ、先程はそこから一頭だけ飛び出してくれたから、サクッと仕留めて今日の分のおかずとして確保成功したんだけど。
 ミッションコンプリート、と明るく締めと行きたかったが……家に帰るまでが遠足とはよく言ったものだ……。


「ぶもっ!(今だ、続け!)」

「ぶもー!(共に力を出し切ろう)」

「ぶもーっッッ!!(俺は最初っからクライマックスだぜー!)」


 いのししたちは私を見逃す気はないらしい。
 かわしたそのすぐそばから、次々といのししが、 まるで一頭一頭が大玉の弾幕のように迫りくる。
 その一撃から伝わるのは、私を仕留めんとする確固たる意志。

 ……うーん……さすがに獲り過ぎたかな……?

 いのししたちの体当たりをかわしながら、そう思い浮かべる。
 考えてみれば、ルーミアさんのごはんに狩ってたのって、毎回いのししだったしな……。
 や、別に他意はないんだけどね。
 ルーミアさんも美味しそうに食べるもんだから、私もついついいのししばかり獲って来てしまっただけで。
 ……今度から熊とか鹿とかも獲るようにしよう。


「ぶもー!(厄介な奴だよ、君は! ……あってはならない存在だというのにっ!)」

「わわっ!?」


 と反省はしつつも、とりあえず現状をなんとかせねば。

 息も吐かせず一斉に攻めてくるいのししたち。
 その猛攻を、身を翻してかわす。かわす。かわす。
 肩に背負った今日の晩ご飯が重心を崩して、さすがにひらりとは行かない。
 このままでは不利。

 正直、私は目的も果たしたので、とっとと退散して新鮮なお肉を持ち帰りたいのだが……そうは問屋が卸してくれない。あ、むしろ豚屋トンやってか?


「ぶもっ!?(むっ! あいつ、今俺たち誇り高きいのしし種を、醜いブタの奴らと同列に扱ったような目で見てきたぞ!)」

「ぶももっ!(なんだと! 許せんっ!!)」

「あれ!? なんかいのししたちの怒りのボルテージが上がった!?」


 空を飛んで逃げられれば即解決なのだけど、あいにくとここは木々が生い茂って空を隠してしまっている。
 無闇に飛んだとして、枝に頭を打ち付けたら地面に落ちてしまいかねないし、
 なにより折角獲ったいのししの肉を枝で傷めてしまうのが一番の問題なのだ。
 先日、品質管理に失敗したいのしし肉で幽々子さまをぷりぷり怒らせたり、ルーミアさんをガッカリさせたりと、
 とても残念な結果になったばかりなのだから、今回はその名誉を挽回せねばなるまい。

 せめてもっと空の見通せる場所ならば……。
 まるで私がそう考えるのを読んでいたかように、いのししたちはこの木々の生い茂った場所に、まるで待ち伏せるようにたむろっていた。
 ……偶然だよね?


「ぶもー!(何人たりとも、俺の前は走らせねぇッ!)」

「ぶももー!(貴様を屠る、この俺の一撃!)」

「ぶもーっッッ!!(オン・シュラ・ソワカ!)」


 息巻くいのししたちは止まらない。
 一際強力な突進がくり出される……いや、これは連携攻撃!?
 しかもなんかすごい気迫だ!
 やられてなるものかと、えいや、とかわす。


「ぶもー……ッ!(茶番は終わりだ……)」

「……?! しまっ―――!!」


 一瞬の油断だった。
 私が避けた更にその先を目掛けて、意中の外にあったいのししが、体をかまそうと迫っていた。
 なんて見事な連携……いのししたちの狙いは、これだったのだ。

 瞬間的に、鞘に収まっている楼観剣の柄に手が伸びる。そして、刀を握り、居合い切りにて切り伏せようとしたところで、


「ぐっ……!」


 柄から手を離し、体を捻り、身のこなしだけで、なんとか攻撃を避ける。
 間一髪、いのししの攻撃は私の体をかすめるだけに留まった。
 無茶な動きをしたせいで、体が軽く悲鳴をあげた。
 危なっ……! 折角筋肉痛が治って来たばっかりなんだから、あんまり無理はしたくないってのに……。
 無茶すれば、また永琳さんに怒られてしまう。


「ぶもー!(今のは惜しかったな!)」

「ぶももっ!(フンっ……運の良い奴め……)」


 今……斬ろうと思えば、十分間に合った……。
 しかしそれを行うことは、自身の信念を曲げることとなる。


 正直、この場を切り抜けるだけなら難はない。
 全てのいのししを斬れば済むだけ話なのだから。
 ただそれをやってしまうと……これだけの数のいのししだ。さすがに幻想郷のいのししの生態系に影響を与えてしまうかもしれない。
 それは、幻想郷の生態系バランスを崩してしまう、究極の禁じ手。
 もし彼らが絶滅すれば、最終的には"食する側"も食べるものに困り、結果、互いが絶滅するのが自然の掟。

 それ以前に……私は冥界の住人なんだ……。
 顕界の生態系の外にいる私が、理由なくその輪に加わることを良しと思っていない……。
 私が狩るいのししは、あくまでルーミアさんの代理で弱肉強食に参加したという認識。
 だから今日食べる分以上を狩ることは、自ら禁じているのだ。

 威嚇して追っ払おうとしたけど、無駄だった。
 いつもなら無駄な殺生を避けるために脅して追っ払うのだけど、今日はそれが通じない。
 どうやら今日の彼らは、本気で殺るか殺られるかの覚悟で挑んできているらしい。
 ピリピリと伝わる3桁にも及ぶ殺気で十二分に理解している。

 この状態だ……剣を取れば加減できる自信もない。
 現在片手は塞がり、いつもの二刀流は封じられている上に、今日の収穫分がバランスを奪って体勢だって整えられず。
 とても、手元を狂わせずに終わらせるほどの余裕はないだろう。


 さて、どうする……?
 いのししを抱えたままジリ貧で逃げ延びしかないか……?
 それとも、ここを切り抜けるために、信念を曲げるか……。


「ぶもー!!(くらえ! 真紅の衝撃!)」


 いのししが、更に強力な突進がくり出してくる。
 一頭に引き続き、更に数頭も後に続く。息の合った波状攻撃。
 そのキレ、精度は今までのよりも数段優れている。

 くっ……斬るしか、ないのか……?
 まだ定まらない覚悟のまま、再び刀に手を伸ばした……。






    ―――シャンッ……


 その時……ふと、鈴の音が聞こえた気がした。






「ぁぁアチョーーーーーーッッ!!!」

「ぶもーーー!?(ぶもーーー!?)」

「……っ!?」


 よく通った力強い声と共に、人影がひとつ、私といのししたちの間に乱入する。
 そのしなやかな肢体から繰り出された一撃にて、今まさに迫らんとしたいのししの体躯を大きく吹っ飛ばした。
 先陣を切ったいのししを迎撃され、あとに続いていたいのししたちは動揺からかその動きを止めるのだった。

 そして視界には……たなびく紅い長髪、どこか東洋の異国を思わせる緑の衣服をまとった背中が映る。
 その人は雄々しく、たくましく、そして凛とした美しさで佇んで、私の前に現れた……。


「大丈夫ですか、そこの人!」


 髪を翻し、その人は私の方へ顔だけ向けて聞いてくる。
 いのししたちはまだ動揺から回復できずにいるようで、まごまごと様子を伺っていて。
 その隙を私は逃さず……また、その人も同じ考えに至ったのだろう。


「そこの人! 走ってっ!」


 紅い髪の彼女が振り向きながら私に告げる。
 彼女が走り出すのを確認してから、私もいのししたちに背を向け、駆け出した。
 いまだまごついているいのししたちは出遅れたよう。その間に、できるだけ距離を稼がんと、私と彼女は足を動かした。


「どなたか存じませんが、助かりました」


 ほどなくして、紅い髪の彼女が、走る私の横に並んだ。
 私はお礼の言葉を彼女に告げた。


「いえいえ。たまたま通りがかったら、誰かが大量のいのししに襲われてるじゃないですか。
 これは大変だなぁと思いまして、助太刀させて頂きました!」


 大したことじゃないと、彼女は微笑みで応える。
 綺麗に整った顔立ちからの笑みが、優しく、穏やかな印象を私に与える。


「それにしても大変でしたね。そんな重そうな荷物まで抱えてるのに、あんなに大量のいのししに襲われるなんて。
 1頭や2頭と遭遇するだけなら、まあよくあるかもしれませんが、あんな大量になんて。
 あれじゃあ、まるでいのししたちに恨まれてるみたいで……」

「……いやー、大分恨まれてるかもです……」

「へ?」


 その人は、私の姿をようやくしっかり確認して……私の方を見たまま目を丸くさせた。
 ……多分、肩に背負ってる、恨まれる原因を軽々抱えて走る姿を、ようやっと理解したからだろう。
 しばらく、目が点になったまま、彼女がフリーズする。
 まあ、普通の人間ならいのししをひょいと抱えている時点で驚きだから、当然といえば当然の反応か……。
 しかも、私の見た目はまだ少女だし。


「ち、力持ちなんですね……」


 とりあえず情報修正後第一声はそれだった。
 あまりにも動揺すると、人間根本的なでっかい部分より、細かい点にコメントしてしまうものなのだろうなぁ。


「すみません。どうも毎回いのししを狩りに来てたら、覚えられてしまったみたいで……」

「あー……それで……」


 あはは、と苦笑いで応える紅い髪の彼女。
 きっとそうとしか反応できなかったのだろうなぁ……。

 ちなみに、のんびりと会話をくり広げているように見えるかもしれませんが、 しかし決してのんびりと話しているしてる訳ではないです。
 背景は、今も高速で切り替わり続けています。


「ひょっとして妖怪さんかなにかですか?」

「ええっと……まあ似たようなものです」


 彼女的に破綻した論理を修正したいのだろう、つじつまの合う理由を、確認するように尋ねてきた。
 数瞬思考して、とりあえず頷くことにする。
 半人半霊を妖怪と分類するのかは微妙なところなんだけど、
 今はそんな細かいことを論じている場合でもないし、ひとまず妖怪でまとめることで話を進めることにする。


「あちゃぁ……じゃあ私、ひょっとして余計なことしちゃいましたか……?」


 当然、妖怪なら人間とは比べ物にならない身体的な差が生まれる。
 いのししに囲まれたところでそれほど難はない。自らを戒めてなければ、私だって普通に乗り切れた。
 普段有り得ない数の大量のいのししに囲まれると言う特殊な状況も、
 あえて自らお膳立てしたのではと彼女が推測するのも無理はないだろう……。


「いえ! すごく助かりました! 今の私じゃ手加減できそうもないので……」

「手加減?」

「私は今日の食べる分だけ取れれば十分なんです……彼ら、どうも見逃してくれそうになくて……。
 今日の分はもう獲ったので……必要以上には、いのししたちを傷つけたくないんです……」

「……!」


 紅い長髪の方は、ほんの少し驚いたように目を見開いて……それから、綺麗なその顔で柔らかく微笑みを私に向けてくれた。


「優しいんですね」

「え?」

「普通、ここまで追い込まれたらなりふりなんか構ってられませんよ? だけど、それでもあなたは手を出さなかった……」


 そんなこと……別にいのししたちに気をつかったというよりは、自身の信念を貫くだけの動機だったし、
 それだって、私にとっては当然だと思っているから筋を通そうとした。ただそれだけの話。
 当然のことで褒められても逆に申し訳ない気持ちになる。
 私は、「そんなことないです」と、返しながらも……褒められたことについ、表情はほんの少しだけ照れたそれを浮かべていた。


「あ、ところであなたは……?」


 ここまで話しておいてひどく今更な話だけど、私は彼女のことをまだなにも知らないことを思い出す。
 助けてもらって、なんとものんびりしたこと。
 今更ながら、私は恩人である彼女のことを尋ねた。


「私ですか? 私は―――」

「「「ぶもーっ!」」」


 その時。背後より、いのししたちがいきり立つ声が届いた。
 どうやら体勢を整え終えて追いかけてきたらしい、後ろから迫ってくる大量の足音が地響きのように響いてくる。
 うわぁ……ものの見事に全員追って来てるじゃないか……
 どうやらこれ以上話をしている猶予はなさそう……。

 その時、不意に、隣を走っていた紅い髪が、その場で立ち止まる。
 何事かと思い、彼女にほんのちょっと遅れて私も足を止めた。
 そして、彼女は背を向けたまま私に言う。


「あなたは逃げて下さい。ここは、私が食い止めますから」

「そんなっ!? 悪いですよ、見ず知らずの方に」

「なーに、これもなにかの縁です。気にしないでください。私が好きでやっているだけです」

「けどっ……!」

「大丈夫ですって。私、職業柄殺さずに追い返すのって、得意なんで」


 彼女は、にっこりと穏やかな笑顔を向けながら応える。
 不意に一枚のカードのようなものを彼女が投げてきたので、私は慌てて、空いている右手で受け止めた。
 そのカードのようなそれには文字が刻まれていて……特に、中心を飾る一際大きな3文字が、鮮烈に瞳に飛び込んでくる。


「私の名刺です。なーんかみんな私の名前なかなか覚えてくれないんで、いっそ作っちゃいました」


 間違っちゃイヤですよ? なんて、優しい姉が妹を優しくたしなめるように、彼女が言う。
 なはは、とおどけて笑ってみせてから……私に向けていた顔を、いのししの大群に向けた。


「でもまあ……一言で言っちゃうなら……」


 雪崩のように、怒濤に迫りくるいのししたちの猛威。
 その激しさに怯むことなく、彼女は佇み、そして、


「通りすがりの、門番さんです!」


 彼女はいのししの群れに飛び込んで行った。
























「それみりんさんだー!」


 その日の夜。私は幽々子さまと、お泊まりに来たルーミアさんを食卓に迎え入れて、3人で夕食を囲む。
 食卓のメインを彩っているのはもちろん、先程仕留めてきたいのししである。
 それを3人でつつく団欒の中、昼にあったことを話していると、ルーミアさんが嬉しそうに反応した。


「赤くてながーい髪で、ちょっと変わった緑の服とお帽子かぶってて、素手でたたかうとすっごくつよいんだよね?」

「ええ」

「だったらそれみりんさんだよー」

「あの方が、ですか……?」


 先日、ルーミアさん話に出てきた"みりんさん"。
 まさか今日の出来事がその話題に繋がるとは……巡り合わせとはなんとも希有なものだ。


「ちょっとちょっと、ふたり共〜。ゆゆちゃんを置いて行かないでくれるかしら? 誰、誰? みりんさんって? 調味料のつくも神?」


 "みりんさん"について、おそらく初めて耳にするであろう幽々子さまは、当然なんのことやら理解できず、
 嬉しそうに話すルーミアさんの食べかすを満遍なく受け止めた幽雅な化粧を携えながら、私たちに説明を要求なされるのだった。


「ええっと、みりんさんっていうのはですね、なんでも先日ルーミアさんを助けてくれたお方のことでして……」


 それは数日前、レティさんの主催で開かれた「博麗神社覗き見大会 〜ドキッ! 巫女と氷精は恋に落ちるか!?〜(仮名)」の時のこと。
 その日の待ち合わせの場所に、ルーミアさんは頭にでっかいたんこぶくんを抱えてやって来た。


    (゜∀゜) < やあ。ぼく、たんこぶくん! いっしょに略 )


 当然、なにがあったか聞いたのだけど、その内容はファンタズム過ぎて全然さっぱり一切まったく理解できなかった。
 ただ、口にした言葉の中に、「みりんさんが助けてくれたから」という一文が含まれていたのを覚えている。


「じゃあ、今日妖夢を助けてくれた方が、その"みりんさん"だったってこと?」

「まだ確実なことは言えませんが……」

「うんっ! 間違いないよっ!」


 幽々子さまが確認すると、ルーミアさんはぐっと両手を握って自信満々に、
 口から食べかすを幽々子さまにまたぶちまけた。お行儀悪いですよ。

 なるほど、先日の、どこぞの碑文もびっくりな難題は、調味料が助けに入った訳でなく、
 "みりんさん"というあだ名の方に助けて貰った、という意味だったのか。
 そして、その"みりんさん"というのが、今日私を助けてくれた紅髪の彼女、という解釈になる訳か……。
 うん、調味料が助けに入るトンでもストーリー大賞よりは断然説得力のある話。
 ルーミアさんが特徴が同じと言い張ることもあるし、名前をしっかり覚えてもらえていないなど、合致する情報もなにかと多い。

 紅髪の彼女……ルーミアさんが言うところの"みりんさん"。
 もちろんまだ同一人物だとは確定できないけれども、もし同一人物だと仮定するなら、私たちは揃ってその方にお世話になった事になる。
 とても、お礼を言い尽せないな……。



 結局あの後……私はあの紅い髪の彼女の好意に甘え、情けなくもひとり逃げ帰って来た。
 いや、最初こそ、加勢しようと足を止めていたのだけれど……彼女の身のこなしを見せつけられ、それが余計なお世話だと悟ったのだ。
 彼女は素手でいのししをたちに立ち向かい……そのほとんどを、ただの一撃で気絶させていった。
 時折大きくぶっ飛ばしたりもしていたけれど、なにかカラクリがあるのか、大きな外傷を与えないまま事を済ませたりもする。
 単純な戦闘能力の強さ、的確な一撃を与える技量、その上で殺さずに済ませるほどの実力。
 さすが、自ら引き受けるだけのことはあった。
 ゆえに、満足に動けない私が割り込む方が邪魔になるだろう。すぐに理解する。

 その内、さすがの彼女も3桁に及ぶ数は手を持て余し、防衛ラインを潜り抜けた数頭が私に向かってきたため、
 彼女の好意を無駄にしないために、私は一足先にその場を後にさせて頂いた……。
 別れ際に、せめて大きな声でお礼を告げて。

 まったく……私を優しいと言った彼女の方こそ、溢れんばかりの優しさにあふれているではないか……。





「へー……大切な私の妹ふたり共お世話になっちゃったとは。そのみりんさんって、何者なのかしらね?」


 幽々子さまは、感心したように一言言って、おかずのいのしし肉を頬張った。
 ルーミアさんも同じお肉を狙っていたのだろう、「あ……」と小さく漏らして、
 寂しそうな瞳で幽々子さまの口まで運ばれるまでの様子を見送っていた。


「それが……私もよく分からなくて」

「あら? 妖夢、あなた、さっき名刺貰ったって話してなかった? それ見れば良いじゃない」


 見せて、とねだる幽々子さまに……しかし私は苦く曖昧な笑いで応えるしかなかった……。
 貰った名刺を取り出す……ただそれだけの行為を、なかなか行わない私に、幽々子さまは不思議そうに首を傾げた。
 なかなか行動を起こさない私に、幽々子さまはお箸を置いて私が名刺を取り出すのを待つの体勢となった。
 あの食欲魔神・幽々子さまが、お箸を置いて。(大切なことなので2回言いました)
 私は……引き延ばしても仕方ないと観念し、紅髪の彼女から貰った名刺を幽々子さまに提出。
 そして、幽々子さまは一言。


「……レッドカードで退場しろってことなのかしら?」

「いえ、違います」


 血に染まった、真っ赤な紙切れとなったそれを眺めて幽々子さまがきょとんとなさった……。

 名刺を貰ったまでは良かった。けれど、懐にしまったのが失敗だった。
 まさか、今日獲ったいのししの血が、
 散々動き回ってる間に私の服に流れて来ていて、懐に入れた名刺まで真っ赤に染めてしまっていたとは……。


『ぶもっ、ぶももももっ……。(フッ……一矢報いてやったゼ……。あばよ……お前らとの日々、楽しかったぜ……!)』


 目の前でこんがり焼けた今晩のお夕食のいのししさんの顔が、気のせいか勝ち誇ってるように見えた。


    がぷっ  『アーッ!』  むぐむぐ……


 ……あ、ルーミアさんが頭を食べ始めた。さようならいのししくん。


「私も、お礼に行きたいのは山々なんですが……この有様で、困ってしまって……」


 本来なら、名刺に記載されているだろう住所に、それこそ明日にでもお礼に行こうと思っていた……。
 けれど、これではその情報を辿ることができず、紅髪の彼女のところへ訪ねるなんてできなくなってしまった。
 私の伝えきれない感謝の気持ちは、積り積もっていき、次第に申し訳なさに変わり始めていた……。


「ルーミアちゃん。ルーミアちゃんは、そのみりんさんの居る所って分からないかしら?」

「うー……わたしもよくわかんない……」


 同一人物と当たりをつけて、幽々子さまが尋ねるが、
 ルーミアさんもみりんさんにことはよく分かっていないらしく、申し訳なさそうにしゅん、と小さくなってしまった。


「あの……すみません、話の腰を折るようで申し訳ありませんが……」

「ん? どうしたの妖夢?」

「おそらく同一人物だとおっしゃるのでしたら、その"みりんさん"って言うの、ちょっと止めて頂けないでしょうか……?」


 ここで私は、ふたりの会話の流れを乱さぬよう言うのを控えていたことを、とうとう我慢できずに切り出した。

 紅髪の彼女は、名刺を渡す際、よく名前を覚えてもらえないと私に言ったのだ。
 名刺という形にする程気にしているという事は、相当コンプレックスになっているはず。
 ならば、こうすることが、今日のお礼も言えない私がせめて彼女にできる恩返し、そのカケラなのだろう。
 少しでも、返したい感謝の想いから、私はふたりにそう申し出たのだった。


「けど、肝心の名前は分からずじまいだし……」

「名前なら分かります」


 真っ赤に染まった名刺だったものを指さして言う幽々子さまに、私はハッキリとそう言った。


「名刺、しまう前にチラッと覗けまして……それをたまたま覚えていますから」


 名刺には、私にはちょっぴり印象的な文字が並んでいた。
 脇にあった役職などについては、そこまで細かく読んでる余裕はなく、全然記憶に残ってはいないのだけれど、
 名前についてだけはハッキリ覚えている。
 だって、あの人を表すのにこれ以上ないくらい相応しい文字が並んでいた。
 その印象の強さが、ほんのちょっと見ただけでも私の心に鮮烈に焼きついたのだから。

 携えた髪の色と同じ名字。
 次いで彼女の佇まい表した一字。
 そして最後に耳に届いた音色を表す一字。


「紅いに、美しい鈴と書いて……―――」


 ―――紅美鈴。

 それが、美しき格闘家の名前だった。


「……なんでそれがみりんさんになっちゃったのよ?」

「えー、だってわたしにそう言ってくれたんだよー」


 彼女の名を初めて知った幽々子さまが、ルーミアさんに対して鋭いツッコミをお入れになさる。
 しかしルーミアさんもルーミアさんで正しいと信じている以上は、間違っていないと主張。
 ちょっぴり拗ねたように頬を膨らませながら、ちょっぴりムキになって反論し始める。
 しかし、調味料の名前を与えられるなんてまずないと考える以上、幽々子さまは、ルーミアさんの間違いを正そうと働きかける。


「いやいや、ルーミアちゃん。全然違うでしょ。大体みりんなんて……」

「でもでも……!」

「でも、じゃなくてね」


 まあ、間違いは誰にでもあるとはいえ、これは聞き間違いにしたってちょっと失礼過ぎるかもしれない。
 そうである以上、幽々子さまがそうたしなめようとするのも当然のことだと思う……。
 「美鈴」と「みりん」、2文字分ほど間違って解釈してしまっただけでとんだ調味料擬人化の完成だ。


「で、でも……ぅ〜……」

「あ゛」


 もちろん、幽々子さまは強く責めた訳ではなかった。
 しかし、まだ精神的に幼いルーミアさんは、全てを否定されたような気持ちに陥ったのだろう。
 ちょっとしょんぼりした様子になって、「だってそう名乗ってくれたんだもん……」と、うっすら目を潤ませるのだった。


「ごめんなさいね。別に責めるつもりはないのよ。うん、そうね、きっと妖夢が間違ってるのよ」

「そりゃルーミアさんをかばってあげたい気持ちは山々ですけど、そうやって罪なすりつけるのは教育的にどうかと思いますー」


 いつもながらの傍若無人な幽々子さまに、危うく悪人にされそうになった。
 とりあえず、同一人物とは限りませんし、と結論を保留にすることで、一度話をまとめることにする。
 これにより、同一人物と判明するまでの間、私たちの中では「美鈴さん」と「みりんさん」のふたりの人物が存在することとなった。
 こういうのなんて言うんだったかな? シュレディンガーの味醂箱?


「いずれにしろ、直接会わなきゃハッキリした事は言えないってことね……」

「はい……」


 そうして、幽々子さまがそう取りまとめ、私がそれに頷く。


「よし! 会いに行きましょう」

「はい?」


 そうして、幽々子さまがまたパラドックスなことを提案して、私がそれに首を傾げる。


「いやいや、なにをおっしゃって? たった今それ無理だって話したばっかりじゃ……」

「なによ? 妹ふたりがお世話になったのだから、お姉ちゃんの私が挨拶に行かなくてどうするって言うの」

「なんですか、"さいぎょうじけ"設定ってまだ続いてたんですか?」

「なに言ってるの、定着させるまで主張し続けるわよ!」

「はぁ……。っていうか聞きたいのはそっちじゃなくてですね」


 たった今無理だと言ったばかりのことをどうやって実現させるのか、聞きたいのはその「どうやって?」なのです。
 放っておくとまたテーマソングを歌いかねないので、歌い出す前に私は幽々子さまへとハウダニットを問い掛ける。


「一体どうやって会いに行くおつもりですか?」

S・A・I・G―――♪ ……なによ? じゃあ、お礼は諦める?」


 思った通りちょっと歌い始めてた幽々子さまが、歌うのを途中で止めて、私に質問を返してきた。

 諦めるのか? そんなの……当然「否」だ。
 お礼のひとつでもさせていただかなくては、私の気が済まないというもの。
 わずかでもその機会を得るチャンスがあるなら……それに賭けたい。

 幽々子さまには、当然私の気持ちなんて初めから分かりきっているのだろう……。
 だからこそ、あえてハッパをかけるような言い方で聞き返したんだ。


「ま、探すだけ探してみましょ……。大丈夫っ! 本人の居所はさすがに分からないけど、知ってそうな当てはあるから」


 幽々子さまはウインクひとつ私に向けて、得意気に微笑むばかりだった。
























「なによ? また来たの、半レズ」

「幽々子さま……私帰ってもいいですか?」


 おなじみの差別用語を口にする彼女を前に、私は心底逃げ出したい衝動に駆られるのだった。
 私のことを唯一「半レズ」などと呼ぶ彼女は、いつも通り心底だるそうな半目を向けて、脇を丸出しにしていた。


「良いじゃないの、妖夢。彼女が一番面識広いんだから」

「私、あんまりここに来たくないんですけど……」


 翌日。私たちは、紅美鈴さんの所在を突き止めるべく、はるばる博麗神社までやってきた。
 もちろん幽々子さまの先導で。
 私としては、ここ最近色々と因縁がありまくり過ぎてここにはしばらく近寄りたくなかったのだけど、主の意向に逆らうなどできるはずもなく、
 結局また来てしまったという展開。……人生っていぢわるなのね、しくしく。


「いいじゃあないですか。ここにはネタの香りが強ーく渦巻いているのですから」

「なんで文さんまでここに……?」


 そして、なぜか鴉天狗のジャーナリストの姿まであって、しゃくに障るくらい爽やかに語りかけてくるし。


「ああ、私はですね、先日のネタの追加調査、ってことでやって来たんですよ」

「追加調査? なんのですか?」

「博麗の巫女のフンド」






    五絡「妖怪バスター」






    アヤァー!?






 霊夢さんは文さんが言葉を言いきる前にカードアタックをぶちかまして、その口を封じたのだった。
 この天狗も懲りないなぁ……昨日だって霊夢さんに断末魔の悲鳴を捻り出させて、冥界を騒がしくしたばっかだってのに……。

 まあそれはそれとして、妖怪バスターってお札じゃなかったっけ?
 なんで、相手の体を肩で逆さまに抱えて、両手で文さん両足をホールドした状態から地面に尻もちをつくように着地して、
 衝撃で首折り、背骨折り、股裂きのダメージを同時に与える組み技にマイナーチェンジしてるんですか?






「人探しぃ〜? ま〜ためんどうくさそうなことしてるわねぇ……」


 霊夢さんに事情を説明すると、いつもどおりめんどうくさそうな表情を返された。


「良いじゃないですか。出会った相手のことはあとで緩く調べてる二次設定がまた生かせるんですよ?」


 私が言うと、霊夢さんは「嬉しくない」。短くきっぱり不機嫌そうに返すのだった。


「そんなことしにわざわざ足を運ぶなんて……白玉楼の主さまは暇なもんね……」

「姉ばかですから


 目を細めて皮肉っぽくいう霊夢さんに、幽々子さまはおっとり微笑みながら、むしろ嬉しそうに言う。
 霊夢さんは「自慢にならない」などと静かにツッコミを返すのだった。


「大丈夫よ。前に1ヶ月空けていたこともあったけれど、なんとかなったし」

「ま、私はなんでもいいけどね……」

「知ってたらで良いの。ね……? おねがい」


 終始だるそうに応対する霊夢さんに、幽々子さまが可愛らしくおねだりするように首を傾けて、目をパチクリさせた。
 しかし残念ながら相手は同じ女性で、そんな色目使ったところで効きはしないだろう。……私が言えた義理じゃないだろうけど……。
 そうでなくても日々怠惰に心血を注ぐのがこの博麗の巫女。そんな人情に訴えた心理攻撃なんて効くはずもなく……


「……はぁ。仕方ないわね……」

「あれっ!? 優しいっ!!」


 意外にも、すんなりと了承を得られたことに驚いて、私はきょとんと目を見開いてしまった。
 その様子を見た巫女に、「なによ? 別にいらないならやらないわよ」なんて、珍しく優しい機嫌を損ねそうになったので、私は慌てて謝罪。
 なんとか機嫌を直してもらって、協力を求めるのだった。


「けど、私が会ったことない妖怪だって幻想郷には山ほどいるんだからね。聞くだけ聞いてやるけど、知らなくても文句言わないでよね」

「それで十分よ。ありがとう、博麗の巫女さん


 幽々子さまが嬉しそうにお礼を言う。
 霊夢さんは素っ気なく、面倒くさそうに頭をポリポリ掻いていた。


「これで私がルーミアちゃんであなたが妖夢だったらほっぺにちゅーくらいしてあげ」

「「うっさいだまれ色ボケ亡霊」」


 普段気の合わない私と霊夢さんが、この時ばかりはナイスコンビプレイで同じセリフを幽々子さまに浴びせるのだった。
 ちなみに私は今の暴言について、後でしっかり謝っておきました。


「で、探してるそいつの特徴は?」

「特徴ですか?」


 霊夢さんに問われ、とりあえず昨日直に会った私が答えるべきだろうと、あの人の特長を思い起こし始める。


「ええっとですね、紅い長い髪で、緑の異国風の衣服を纏った、」

「みりんさんっていうの!」


 途中、ルーミアさんが率先して間違った名前を伝えてしまった。
 っていうかルーミアさん、まだ同一人物を決まった訳じゃないんですが……。


「みりん……ああ、それなら」


 え、通じてる!?
 霊夢さんは半開きの目のまま頷いては、「ちょっと待ってなさい」と一言残し、神社の中に姿を消していってしまった。

 う、うーん……ひょっとして、本当に「みりん」って愛称で通ってる人が居るのかな?
 もし同一人物だとしたら、それで周りに通じるほど間違った名前で知れ渡ってるなんて……
 そりゃ名前を間違えないでと強く懇願したくもなるよなぁ……。
 気の毒に思いながらなにかに納得していると、程なくして霊夢さんが戻ってくる。
 そして、中から持ってきたと思われるそれをルーミアさんに差し出して。


「はい、味醂」


 そういって、霊夢さんはお台所から持ってきた、ラベルには「本味醂」とでかでかと書いてある、緑の1升瓶をルーミアさんに手渡した。


「はいこれで解決。さようなら〜」

「ち・が・い・ま・すっ!」


 さっさと話を切り上げて神社の中に帰ろうとする霊夢さんの肩に手を伸ばしガシッと掴んで引き留めた。
 そりゃみりんっつったけどさぁ、人探しっつったでしょ、人物だって!(※この場合の「人物」には妖怪も含みます)


「なによ、ちゃんとあんたが言った通り緑色の服来て紅い髪じゃないのさ」


 霊夢さんは、引き留めた私にいつも通りすっげぇめんどうくさそうな表情を浮かべてはそう主張する。
 確かに渡された瓶は緑色で、ふたは赤かった。いやそんななぞなぞ的な服とか髪とかいうニュアンスじゃなくてね。


「うー……よーむちゃん、これあんまりおいしくない」


 ルーミアさん、調味料はそのまま飲むものじゃないです……。


「違うんです、みりんさんっていうのはあだ名みたいなものらしくて、本名は紅美鈴さんっていうんですよ」

「なによ、名前知ってるんならそっちで言いなさいよ」


 霊夢さんに文句を言われて思い直す。
 そういえば……名前が分かってるんだから、まずはそっちを先に伝えるべきだったな……。
 先に特徴で聞かれたから、思わずそっちで答えちゃったよ。うっかりうっかり。
 とりあえず、より正確に個人を特定する情報を与えたところで、改めて霊夢さんに美鈴さんのことについて尋ねてみる。
 そして幽々子さま、調味料はそのまま飲むものじゃないです。


「で、紅美鈴、ねぇ……」


 霊夢さんは目をしかめて、ほんのちょっと考えた後……。


「知らない名前ね」


 端的に、そうとだけ伝えた。


「あらら、博麗の巫女さんも面識なしとは……」


 幽々子さまが一升瓶を豪快に飲み切っては、残念そうに言った。
 霊夢さんが分からないとなると、他に手掛かりがない私たちは完全に手詰まり、か……。
 これでもほんの少し期待していただけに、落胆は隠せなかった。


「ん? ひょっとして……その方、門番とか名乗ってませんでしたか?」


 その時、首、背骨、腰骨、左右の大腿に甚大なダメージを受けて地面に伏していた鴉天狗が、ムクリと体を起こし会話に参加してくる。
 まるでなにごともなかったかのように平然とした態度で……本当に頑丈だなぁ、天狗って……。


「門番? ああ、そういえばそんなこと言ってました」

「ああ! アイツか!」


 私が頷くと、霊夢さんは突然大声を出して、手のひらををこぶしでぽんと叩いた。
 まるで、雷に打たれたかのようになにかを閃いたみたいで、半開きだった目が4分の3まで見開らいていた。


「そいつなら、ひょっとして紅魔館で門番やってるヤツじゃないの?」

「紅魔館ですか?」


 なんと、一度は知らないと言った霊夢さんだったが、文さんのヒントにより心当たりを思い出してくれたらしい。
 しかも紅魔館とは……!
 紅魔館なら知っている。知り合いの吸血鬼が住んでいる湖のほとりのお屋敷のことだ。
 まさかそんな身近な相手(……あの吸血鬼が身近な相手かどうかは疑問が残るところではあるものの)に縁のある方だったとは、
 人の巡り合わせって、本当に面白い形で繋がっているんだなあと、ちょっとした感慨に浸るのだった。


「……って妖夢、あなた、紅魔館なら何度も訪ねているんじゃないの? その門番ならなんで知らなかったのよ……」


 美鈴さんの身元らしきものが判明するなり、幽々子さまが真っ先に、もっともらしい理屈をツッコミなさる。
 そうなのだ、一応知り合いの家の門番なのだから、幽々子さまの疑問はもっともなものだ。


「いや、だって……」


 紅魔館には、確かに行ったことはある。
 けれど、それは忍び込んだのと、無理やり連れて来られたのと、宴会で呼ばれた時ぐらいで……。
 基本的に門を通ってないか、通る時は素通りのレベル。
 言われてみれば、門番らしき人物は確かにいたとも思う。
 けれど、そんな意識していなかったので、顔まで覚えていない……。


「だから妖夢はまだまだなのよねぇ……」

「ぐぅ……」


 面識を得る機会は何度も会ったのに、それに気づかなかった己の不甲斐なさから、私はなにも言えなくなってしまう。
 呆れかえるさっき味醂飲み干した人ゆゆこさまにほんのちょっぴり気まずい歪めた顔を向けて、口をつぐむしかなくなってしまった。


「ま、ともあれやったわね。これでお礼に行けるわね、妖夢」

「ええ!」

「やったねー」


 なにはともあれ、美鈴さんの所在を掴むことができた。
 第一段階が思いのほかスムーズに行った喜びを、私たちは3人で分かち合う。


「けどそいつ、なーんでそんな風に呼ばれているのよ?」

「そりゃあ彼女、名前が……ねぇ」


 輪から外れて、霊夢さんが不思議そうにぼやいていてた。
 文さんはそれにヒソヒソと答えては、なにか含んだようにぷっくく、と笑っている。
 まー、確かにあんまりでしょう。みりんなんて。
 私に「ようかんちゃん」とあだ名をつけるようなものだ。……ちょっと違うかな?


「んじゃあ私はお役目終了ってことで良いわよね?
 紅魔館ならあんただって場所知ってるだろうし……それにこのパパラッ天狗さんだって面識あるんだから、
 他に聞きたいことがあるならこいつに聞きなさいよ」

「私がですか?」


 役目を果たした霊夢さんは、顎をクイッと動かして文さんを指名しては、これ以上のことを全てに人任せし始めた。
 あ、この人、道案内役を口実に厄介払いする気だ!
 冗談じゃない、この人が来るとなにかとめんどうくさいってのに。
 私は断


「いいですとも」


 モノローグの途中で了承すんなーッッ!?


「という訳で、よろしくお願いしますよ〜」

「いやですとも」


 折角の喜びムードだったのだが、余計な荷物を背負わされ、綺麗に不機嫌モードに落ち込んだ。
 なんとか断わろうとするのだけど、つれないこと言わないでくださいよ〜、なんてイラッとするくらい満面のニコニコ笑顔でお願いしてくる。


「じゃ、とっとといってらっしゃい。私は忙しいんだから」


 そして、厄介払いを終えた霊夢さんは悠々と、私たちを追い出すことでまたいつもの平穏を満喫しようとしていた。
 そりゃ必要な情報も頂けたし、霊夢さんがなにをしようとも別に良いんだけどさぁ……最後の最後にこんな荷物押しつけられては、
 そんなすんなり見逃してくないというのが人情ってもので……


「どうせ休むだけのつもりのクセに……」

「あん……?」


 私は皮肉をたっぷり込めて、聞こえるようにボソッと呟いてみせた。
 しっかりと聞き届けてくれた霊夢さんは、しゃくに障った3割、めんどうくさそう7割の表情で私に振り返り、そこそこに苛立った様子言い回しで、


「あのねぇ……! こっちは、この間からバカ妖精の相手してて疲れてるのよ……ちったぁ休ませ―――」

「おいっ! 博麗の巫女! 今日こそあたいのお礼を受け取りやがれ!!」


 まるで話題に出るとすさまじくタイミングを合わせたかのように、彼女がやってきた。
 青い服に青い髪、煌めく6枚の氷の羽を背に、神社の空に浮かぶ小さな影!
 自称最強の氷の妖精、チルノ!


「……また来やがったかあのHバカ……」


 霊夢さんは、「また」と心底憎々しく顔を歪めては、額に青筋ひとつ浮かべていた。
 あの日以来なにがあったかは知らないけれど、彼女がやって来たこと、よっぽど迷惑に感じているみたい。
 どうやらふたりの中の芽生えた愛情は、順当に………………間引きされているようだった……。


「あ、チルノちゃんだ。やっほー」

「……ぬおっ!? 誰だお前!!」


 一方、霊夢さんと比べて、ルーミアさんはなに気なくチルノ向けて手を振っていた。
 ただ、今現在のルーミアさんは、幽々子さまの頭巾とサングラス着用の昼間装備仕様なので、
 チルノは最初それが誰なのか理解できなかったらしく、ルーミアさんに失礼な言葉を吐きかけて、斬ろうかと思った。
 まあ、この重装備、分からなくてもそれも仕方のないことだろうと、斬るのをがんばってがまんする。


「わたしだよわたしー」

「……お。なんだ、赤リボンじゃねーか!」


 ルーミアさんは一旦頭巾とサングラスを外して、チルノに隠れていた自分の顔を見せてあげる。
 すると、チルノはすぐにルーミアさんだと認識してくれたよう。
 ただ、やはり日中では眩しかったらしく、ルーミアさんは「ひゃーまぶしー」と慌てて帽子をかぶり直していた。

 そんなふたりの様子を眺めて……私はこっそり、心が温かくなるのを感じていた。
 だってふたりの姿は、まるで友達同士の姿そのもので……かつてのいじめっ子といじめられっ子の関係は見られなかった。
 ルーミアさんが頑張った結果、掴み取った明るい結末……それを目の当たりにできて、私は嬉しい気持ちをそっと胸に浮かべているのだった。


「げげっ!? 刀女までっ!?」


 一方氷精は、私の姿を確認するなり、まずいものでも見つけたようにリアクション苦々しい顔を浮かべた。
 ……先日痛めつけたことを気にしているのかな……?


「あー、大丈夫です。私たちの用は終わりましたので、霊夢さんとごゆっくりしっぽりやっててください」

「そ、そうなのか……」






    人符「現世斬」






    ウボァー!






「貴様如きが、ルーミアさんの神聖なる口癖を口にするんじゃあない……!」


 思わず手が出てしまいました。あとで冷やかされました。
























「はい、おだんごですよ」

「ありがとうございます」


 一通り冷やかされた後、私たちは揃って紅魔館へと足を向けた。
 ただ、真っ直ぐ館へと向かった訳ではなく、今は山の麓の甘味処で、お礼用の菓子折りを購入していた。

 今日は会えるだなんて期待していなかったから、お土産を用意したところで幽々子さまの胃袋に溶けるのが関の山だったけれど、
 彼女の居場所も判明したことだし、なんの気兼ねもなくお土産を用意することとした。


「ん〜、このお団子美味しい〜


 ついでに休憩して買い食いしてる冥界のえらい人。


「んー、やきとりおいしー」


 &肉食系女子ルーミアさん。


「いいですねぇ! 冥界の姫の、貴重な休日のワンシーン! これは売れますよー!」  カシャッ! カシャッ!


 +なんか撮影してるマスゴミ鴉。


「ってか、結局ついてくるし……」


 お礼の菓子折りを購入して、店の表の長椅子に戻ってくるなり、撮影会まっ最中のマスゴミさまに一言入れる
 ちゃっかり私たちに同行して来る鴉天狗を半ば呆れた眼差しで見やると、
 見やられた彼女は、私のそれとはかけ離れたテンションで嬉々として応える。


「えぇえぇ。こっちの方からネタの香りがしましたもので……ネタのあるところ、射命丸文在り!」


 キラーンッ☆ と歯を覗かせ、なにか誇らしげに親指を立てながら笑みを私に向けてくる。正直ちょっとうぜぇ丸。


「大体、この隠れた名店を教えたのは誰だとお思いで? この、人間相手だけでなく妖怪をも客層に取り入れたこの画期的な甘味処を!!」

「そーですね。鴉天狗さまの偉大な情報網のたまものですものね」

「その通ぉーーーり!」


 腰に両手を当て、フフーンと胸を張る情報屋。

 そうなのだ、この山の麓の甘味処を紹介してくれたのは、文さんだったのだ。
 甘味処でありながら、ルーミアさんが今おいしそうに口にしている焼き鳥を扱っているのも、妖怪も視野に入れているからこそである。


「人里から離れたこの場に孤立し、それでも妖怪達に襲われないのは、妖怪たちへの信頼と需要があるから!
 だけど……ああ、だけど! 店の主人は数年前、山に入ったっきり行方不明に!
 親切な死神から主人の訃報を知らされ、悲しみに暮れるおチヨさんでしたが、主人の死を知ったからこそ、
 すっぱり前を向く決意を固め、健気に意志を継いて、今日まで必死にこの『いのしし茶屋』を切り盛りしてこれたのです!」


 自身の情報量を自慢するべく、語りモードに入ってしまった文さん。 
 文さんは自分の情報自慢するのに忙しくて、私が右から左に聞き流し中なのに気づいていないらしい。


「そうだねぇ……あん時はアタイも辛かったよ……」


 離れた長椅子に座って話を聞いていた休憩中の死神が、しみじみと当時のことを思い出している。
 小町さん小町さん、休憩も良いけどちゃんとお仕事しましょうね。

 ちなみに、「いのしし茶屋」というのがこのお店の名前である。
 なんでそんな名前にしちゃったんですかおチヨさんの旦那さんっ!?
 それは昨日いのししにひどい目にあった私への当てつけですか!?
 このシリーズどんだけいのししプッシュしてるんですか!?


「―――なので、せめて山に残されてるだろう主人の形見のひとつは欲しいと思えど、老体の自分では山に登ることも叶わぬ願い……。
 ならば、自分の代わりに見つけてくれた旅人が居ないか、そんな淡い期待も胸に秘め、ここでの商売を続けている、と」

「そう……おばあさまったら、苦労なされたのね……」

「ちなみに、近々ちょっとした新作も発売するとの情報が」

「妖夢、絶対に買ってきなさい!」


 あ、私が意識逸らした隙に文さんの長語りに幽々子さまが食いついて、完全にファンになってしまった。


「折角黒幕対決の途中経過が見れそうだったんだから、残ればよかったじゃないですか?」


 とりあえず、長々と聞いてもいないことを話し始めた文さんのマシンガントークに、私は興味がなかったので、
 サクッとぶった切って(まあお店のおばあさん苦労なされたんだねってことは感動しましたが。)は気になっていたことを伺ってみた。
 先程は霊夢さんが居た手前、例の対決の件について口にするのは控えていたが、
 今はもう当人らもいないので、気兼ねしないで聞いてみることに。
 私も椅子に腰を掛けると、ルーミアさんが私の分とお団子を1本手渡してくれたので、ありがとうとお礼を言って頭を撫でてあげた。
 ルーミアさんは「えへー」っと嬉しそうに笑って、小町さんに「らぶらぶだねぇ」とコメントされて……え? なんですって文さん?
 まだこの間の文々。新聞渡してないから、小町さんの誤解解けてない? ……ちょッ!? 早く渡してくださいよっっ!!


「といっても、巫女と氷精のやることなんて、恐らく昨日一昨日と変わらないんじゃないですか?」


 小町さんに最新とそのひとつ前の文々。新聞を渡してきてから、文さんは私の問いに答えてくれた。
 話を聞いてみると、どうも、黒幕対決の翌日からずっと張り付いて、その動向を毎日チェックしていたらしい。
 ああ、なるほど、巫女のフンドシ愛用説は彼女らの様子を伺う口実だったってことなのか。


「いえ、それはそれでちゃんと別個で調査してます」

「あ、そうですか……」


 文さんは、今度は巫女と氷精のここ数日の様子について、またも饒舌に語り始めた。
 まあそれは、さっきの長話とは違い私も気になっているところだったし、
 ルーミアさんと幽々子さまが食べ終わるのを待つには丁度良い時間潰しになる。


 文さんの話によると、どうやらチルノのヤツはあの日以来、博麗神社を訪ねていたらしい。
 この間のお礼をさせろと、日々通っては、また見当違いなお礼をプレゼントしていたとのこと。
 なるほど、さっき現れたのもたまたまって訳でもないのか……。
 きっとレティさんが裏で糸を引いているんだろう。……大丈夫なんですかレティさん?


「そんな訳で、黒幕氏が動きを見せるまでは特に面白いネタは起きないと踏みました」


 文さんの黒幕という言葉に、想像の中のレティさんがぞくぞくしてた。
 私の中のレティさんってなんなんだ……? だけどあんまり間違ってないとも思うけど。


「今は準備段階ってところなんでしょ? お互いの認識や交流を深める段階ということで。
 ま、日常描写ってヤツです。ネタに及ばない何気ないシーンですよ」


 文さんはそう評して、面白いネタはないと判断したらしい。
 けれど私は知っている……そういう地道な、何気ない時間を積み重ねて、人は絆を深めていくことを……。
 確かに、衝撃的だとか、運命的だとか、そういうことばかりに目が行きがちだけど……
 一番大切なのは、続いて行くその何気ない日常の方だと、私は思う。

 私とルーミアさんも……そんな何気ない3ヵ月を重ねたから、今があると思う。
 そしてそれ以上の日常だって重ねたいと願うから……未来を作り上げていくのだと思う。
 それは、一見面白味がないことかもしれない。だけど、大切なことだから、


「それよりかは、宵闇少女と半人半霊の禁断の恋の方が、現在盛り上がってる最中で面白いってなものです」


 だから矛先がこっち向いたのかよちくしょう。


「あ、ご心配なく。新聞には載せたりしません。
 新聞には一切載せず、私個人が、私個人の好奇心を満たすために、プライベートとして行動してるだけですから」


 文さんは、先日私に告げたのと同じ言葉を今一度、強調するように口にした。
 それと同じ言葉を、私は既に聞いている。
 ……ならば、この言葉は私に向けてではなく、美味しそうにお団子を食べていた幽々子さまに向けてのものだろう……。
 鴉天狗の視線はちらりと我が主の方を眺め……また、幽々子さまもお団子を加えながら、目だけはこちらに向けていた。


「幽々子さま〜、良いんですかこれ〜?」

「ん〜……今から条件追加なんては、このテのタイプには得策じゃないし……あんまり制限強くしても逆にやっかいなことになるからね〜……」


 幽々子さまも、特に手を出さないらしい。
 出せないなのか、出さないなのか……。


「それに、こんなにおいしいお店も紹介して貰った訳だし」


 しまった、いつの間にか幽々子さま的最大級の借りを作られていた。
 このためか……! なんか親切に教えてくれると思ったら、このためだったのか射命丸文ぁッッ!!


「まあ、なにかあったらポックリ殺るから、大丈夫じゃない?」

天狗ひとの命を軽々しく扱わんで下さいよ?!」


 さすが幽々子さまは幽雅に物騒なことを口にしてくださる。
 離れた長椅子に座っている死神さまは、新聞を読みながら「あんまりアタイの仕事増やさないでおくれよ?」なんてカラカラ笑っていた。
 軽いなぁ、命の価値。


「ま、ともあれ今日はよろしくお願いしますよ」

「うぅ……」


 改めて、挨拶という名のつきまとい宣言を告げられ、私は心底弱った声を上げるしかできなかった。
 お店を紹介して貰った手前、今日はこの恩に報いると名目で堂々とスト―キングされるのは回避できないだろう……。
 私は観念して溜め息ひとつ吐いた。


「今日はお礼に行くだけですから、別に面白いことなんて期待しないでくださいよ?」

「なに言ってるんですか? あなたとルーミア氏が並んでいるのを観察できるだけで、私としては好奇心がくすぐられるんですけどねぇ」

「なんでそんなに期待してるんですか?」


 妙に期待を抱かれていることに、やるせない感じに聞き返す。大体嬉しくないし……。
 鴉天狗さんは「ビコーズ!(なぜなら)」とか横文字交じりにカッコつけて、妙なポーズで指を突きつけ、その理由を口にする。


「あなたは彼女にとても大きなことをなさったからです!」

「大きなこと?」

「えぇえぇ。あんなにやる気のなかったルーミア氏に、人間を狩るための努力をさせてしまうだなんて」


 …………………………へ?


「かつて取材で、私は彼女に言ったんですよ。人間を捕まえるために何らかの努力をすべきだと。
 そしたらこともあろうに『えー、めんどくさーい』なんて返されてしまいまして……けれど今、その努力を一生懸命行っているじゃないですか!
 それは、あなたという存在が、努力を厭った彼女に、させるだけの影響を与えたってことに他なりません。
 性格なんてそうそう変わるものじゃない。だというのに、です!
 それはあなたが彼女の中でどれほど大きな存在だったのかを―――」

「え? す、すみません……。人間を狩る……って? え?」


 文さんが饒舌に話を続けていたところを、またも断ち切るように言葉を割り込ませた。
 文さんが嬉々として話す、細かい解説についてより……私の意識はそれよりもずっと前に吐きだされた単語に向いていて、
 とても文さんの話す内容に目を向けられなかった。
 え? え? 人間を狩る努力って……え? そんなのさせた覚えは……。
 頭の整理がついてない私に、文さんはサラリと、


「そりゃあ、あなたが教えている剣術のことに決まってるじゃないですか」


 ………………………………………………。


「しまったーーーー!?」「そーなのかーーーー!?」


 私とルーミアさん、同時に声をあげて驚いた。
 文さんが、何事かと目をパチクリさせているが、そんなことに気が回らない。


「そうだ……そうですよ……。
 考えてみたら剣術教えたら、ルーミアさん人間狩るの得意になっちゃうじゃないですか……全然気づかんかった……!」

「そうだよ……そうだよね……。
 考えてみたら剣術使ったら、いっぱい人間捕まえられちゃうよね……。ぜんぜん気づかなかった……」

「えー」


 これは困った……。
 私としては、単純に心身を鍛えてあげる意味で剣を教えてあげているつもりだった。
 本音は、ルーミアさんに、私の得意としている剣を教えられるのが嬉しくてたまらなかった、というのもあるんだけど……。
 けれど、体や技を鍛えたら、直接的には関係なくても結果的には文さんの言う通りになるんじゃないか……。


「ルーミアちゃんの場合、単純に、憧れのよーむちゃんとおんなじことしたかったってだけでしょうしねぇ……」

「うん……そーなのー……」


 私が自分で言うのもはばかられるルーミアさん側の動機は(ってか、自分で「私に憧れて」なんて言えるわけないでしょうにっ!)、
 幽々子さまが代わりに尋ねてくださり、そしてルーミアさんも頷くのだった。


「えっと……よーむちゃん、おこまり?」

「ええ……少し……」

「そー、なのかー……」


 上目遣いでおずおずと聞いてくる彼女に、乾いた笑いを浮かべながら、正直な心境を答えた。
 それから、私は、冥界人の私が顕界の生態系に関わるようなことは極力避けるべきと考えていた胸の内を、彼女に話した。
 小さな優しさのつもりが、知らずとはいえ、まさかこんな形で関わっていたとは……。


「妖怪たったひとりの捕獲率が上がるだけでしょ? 大したことないと思うんだけどなぁ」

「そうは参りません!」


 軽く考える幽々子さまに、差し出がましくも強く言い返した。
 結果的な話や数字の話ではない。
 ただ単純に、私が筋を通せたかどうかの話なのだから。

 幽々子さまが「まったく、お堅いことね」なんてこぼしては、ふぅ、とひとつ息をついていた。
 けれど、こればっかりは性分だから、しょうがない。

 私が困ってしまったことに、ルーミアさんも困ったように顔色を変えていた。
 意外な形で浮上した、この問題は、


「うーん、仕方ないです。人間を狩るのに極力剣術を使わないことを約束してください。基本は自衛とスペルカード戦でお願いできますか?」

「うん、わかったー」


 解決した。


「えぇー!? ちょっと待って下さいよ!?」

「なんですか文さん、たった今満場一致で解決したばっかりなのに……」

「うん、わたしよーむちゃん困らせたくないもんっ」


 円満で解決したこの場に、異論を唱える声が上がる。
 私はうっとおしそうに、声の主を睨みつけた。


「そんなことで解決されたら、おおよそ『みょんミア!29』ぐらいで、人里で人々が大量に食べ続けられるという事件が起こって、
 現場や食べ残された骨には刀傷が残されており、間一髪逃げ延びた生存者の目撃証言からは黒い影をまとった何者かに襲われとの言葉が。
 その"宵闇の食斬鬼"の噂を、私の耳から聞いた妖夢さんが、『まさか愛するルーミアさんがそんな事件を?』と、
 疑う気持ちとそれでも信じたい気持に挟まれ葛藤し、自ら真偽を確かめるべく調査に出たところであなたまで行方不明になってしまって、
 西行寺の姫の視点から再び謎の追及を始めるというような、そんなおいしいネタが拝めなくなるじゃないですかー!」

「なに勝手に先の展開考えてるんですか!? ってか私に死亡フラグ立てておいしいとか言わないでください」


 むしろ作者は29まで気力が続くか非常に曖昧だって見積もってますよ。
 それこそ作者的な死亡フラグじゃないですか。ネタだってまだ2部終了とちょっと後くらいまでしか考えてないよ。(執筆当時)
 ってか、無事に2部終わらせられるまで書けるか、作者自体が不安に思ってるのに!?


「あらあら、良いじゃないですか天狗さま。これこそ、あなたが見たかった"面白そうなもの"、でしょう?」

「しかしですねえ、亡霊の姫!」


 鴉天狗の異議に、我らが交渉人マスター幽々子さまが立ちはだかった。
 のほほんと、落ち着き払った優雅さが、頼れる風格を醸し出している。
 だが文さんも文さんで、簡単には納得できる道理はない。
 なんとしてもおいしいネタを確保するため、幽々子さまに食ってかかった。


「良いですか?! 彼女らは今、このシリーズのネタを一本不意にしたんですよ?
 それはつまり、私のスクープをひとつ不意にされられたと同意義で、こんなことが許されて―――」

「だってルーミアちゃんは、人間を食べることほんのうよりも大好きな人の言うこと優先させた、ってことでしょ?
 ほら、素敵な愛の物語 ……ま、愛も本能、ってことかもしれないけどね

「ひゅーひゅー、お熱いですよー! おふたりさ〜ん」


 幽々子さまが恋愛疑惑をひけらかしたとたん、手のひら返して冷やかしてくる鴉天狗なのであった。手前ぇ。


「あ。愛って言っても一概に恋愛感情とは―――」


 もういいですよそのフォローは。しくしく。


「おあつい?」

「ルーミアちゃんも妖夢も、お互いがお互い本当に大好きなのね、って褒めてくれてるのよ」

「そーなのかー♥♥


 そして文さんの一言に反応したルーミアさんが、まんまと増強剤として働いてしまう。
 ぎゃぁーーー!? このままでは幽々子さまが本格的に冷やかしにくるじゃないですかーーー!?
 幽々子さままで冷やかしに加わったのなら、そこはもうデッドライン。
 口論でこの人に敵うはずもなく、これ以上冷やかされてはたまらない、と即刻会話を強制中断させるべく努めた。


「ああもう! そんなことしてないで……食べ終わったんなら早く美鈴さんに会いに行きますよ!
 幽々子さまだってお仕事後回しにして来てるんですから!」

「逃げる気ね……」


 ええのその通りです。文句あるか!


「さ、行きますよ! ルーミアさん!」

「えへー よーむちゃんも私のこと大好きー♥♥


 私は、嬉しそうに顔を緩めるルーミアさんの手を握って、引っ張る形で、早足で足を進めた。
 幽々子さまも、からかい過ぎたと軽く謝りながらついて来る。
 けれど私はその謝罪に顔を向けることはしなかった。
 手がつけられない程真っ赤になった顔は、熱が冷めるまで後ろに振り向くなんてできやしないと思ったから。
















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H22・2/11:完成


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