「お初にお目に掛かります、冥界の姫」


 その白い人は、白玉楼の客間にて、主たる幽々子さまに向かい合い、深々と頭を下げた。
 幽々子さまは、気づかいは結構と、彼女に頭をあげるよう柔らかな声色で返す。
 言葉に従い上げられた顔は穏やかで優しい面影を持ち、礼儀正しく応対する様子から、大人びて見えた。
 人に例えて年端を判別するならば、幽々子さまと同い年ぐらい。幽々子さまが気づかいを厭ったのは、だからだろうか。

 自身を、この名家・白玉楼に相応しくない立場と評していた白きまろうど
 けれど礼節を知るその立ち振る舞いは、十二分に、この白玉楼を訪れるに相応しい品格を思わされる。

 白い帽子に青と白のシンプルな衣服をまといその女性はやって来た。
 ようやっと春の暖かさが感じられるようになってきた昨今においてもまだ薄着と思わされる姿でありながら、
 彼女の肌の白さと寒色系の色彩は、冬の寒さを連想させた……。

 レティ・ホワイトロック。
 それが彼女の名。
 ただならぬ決意と意志を抱き、幽々子さまとの対面を望み、この冥界までやってきた、季節外れの冬の妖怪……。

 私は部屋の壁際より、主とその客人とのやり取りを見守る。
 隣にはルーミアさんも座っていて、共にその場に立ち会っていた。
 対面の壁際にももうひとり、鴉天狗が、同じくその様子を伺っていた。


 まさかこれが全ての始まりだったなんて……その時の私は……
 ……いいや。
 一体誰が、予想し得たのだろうか……?







 

みょんミア

一、それは冬の嵐の幕開けに








 なにかがおかしかった。


「「おめでとーございます!」」

「……はぁ?」


 その日は、プリズムリバー三姉妹が突然白玉楼に訪れて、自慢の演奏を聞かせてくれた。
 突如始まった演奏に私は庭掃除の手を止め、なすがままにその演奏を聞き入ることとなる。

 プリズムリバー三姉妹とは、ポルターガイストの楽団のこと。
 なにか宴がある度呼び出されは演奏で場を盛り上げてくださる、いわゆる「幽霊ちんどん屋」である。
 3人それぞれが得意の楽器を扱い、ある時は楽しい気持ちに浸る音を、ある時はしんみりとした気持ちに浸る音を、
 またある時は不思議で幻想的な音を奏で、それら3つの音が混ぜ合わせた素晴らしハーモニーを響かせてくれる。
 ここ白玉楼にも、お花見などのイベント時には来て頂き、その場を盛り上げる役目を買って頂いている、知る人ぞ知る名楽団である。

 三姉妹はそれぞれが個性的で、そしてとても仲が良いということは、彼女らの息の合った演奏を聴けば十分に理解できる。

 金髪で黒い服を着てバイオリンを扱っているのが、長女のルナサ・プリズムリバーさんだ。
 物静かだが真面目な性格の、優等生を思わせるタイプで、鬱の曲を扱う。
 「鬱」と聞けばあまりいい印象は持たないかもしれないが、そんなことはない。
 音の特性を上手く扱い、奏でる音で聞く人の気持ちを落ち着かせてくれる。
 長女ということで楽団のリーダーも務めているが、演奏では自分の音をあまり前に出さず、妹たちのサポートに回ることが多い。
 それは自分の音の性質を知るがゆえのことで、今の演奏の立ち位置も目立つ中央ではない。
 けれども、その演奏は十分に妹たちの音を引き立たせる。まさに縁の下の力持ち、頼れるお姉さんと言ったところだろう。

 トランペットを携えている、やや桃色がかった髪の白い服の方は次女のメルランさん。
 明るく賑やかな性格の持ち主で、その気性は落ち込むことを知らない。
 性格に似つかわしく、操る音は躁の音。聞く人の気持ちを盛り上げてくれる。
 その音質のため、ライブではメインを飾ることが多い。……のだが、今回はどうもサポートに回ってる模様。
 ……どうにも、今日は虫の居所が悪いのか、いつもの明るさはなく、少し不貞腐れているような印象を受けた……。

 そして今回、3人の中央でメインに演奏を行っているのは三女のリリカさん。
 茶色の頭髪と赤い衣服をまとい、キーボードでダイナミックに演奏を行っている。
 この世から無くなった幻想の音を扱うとのことで、不思議ながらも心に響く演奏だ。
 性格は3人の中で最も人間らしく、なかなか調子の良い性格の持ち主。
 その実、頭は相当キレて、普段も責任重大なメインな役所を上手く避けて、サポートに徹することが多いらしい。
 が、今回は珍しく彼女がメインらしく、その不思議な音色を、存分に堪能させていただくのだった。

 そして今日も、いつもと同じように彼女たちの素敵な演奏を聞かせて頂いた。
 ……その日が、祝い事もなにもない、ただの平凡な一日であることを除けば。


「じゃあ、お幸せに……」

「お幸せにー」

「…………ペッ……!」


 そうして一通り演奏を終えると、彼女たちはそれぞれ一言ずつ残し、そのまま帰っていってしまった。
 一生懸命紹介したけど、今回彼女たちの出番はここで終わりである。

 賑やかな騒霊たちが去り、白玉楼はいつもの静けさを取り戻した。


「なにか……おかしい……」


 静けさの戻った白玉楼の庭で、思ったままのセリフを口にした。

 これがおかしいと思わずに居られようものか?
 確かに、祝い事の際は彼女たちを呼んで、その楽曲を堪能させて貰ってはいる。
 が、前述したように、今日は祝い事も何もないただの平日なのだ。
 だというのに、彼女たちはわざわざ"なにか"を祝いにここまで来て、更には報酬も求めずに演奏を行っていった。
 当然だが、いつもこちらから依頼する時は、報酬を準備している。だが、今回は対価もなしに、サービスで演奏を行ってくれたのだ。

 疑問はそれだけに留まらない、彼女たちが「おめでとう」と祝辞を述べて演奏を向けた相手は、
 お得意様の白玉楼、その主たる幽々子さまにではなく……一使用人風情の私に向けてなのだ。
 私が庭で掃除をしていたら突然白玉楼を訪れてきて、屋敷の中に通そうとした時、その旨を告げられそのまま庭で演奏を始めてくれた。
 そりゃ依頼に行くのは主に私で、だから幽々子さまよりも彼女たちと面識が深くなるのは理解できる。
 だからって、理由もなしにサービスをされるっていう道理もないだろう。

 当然、なにに対しての「おめでとう」なのか問うてもみたが、
 「今更言わずとも分かってるクセに〜」などと三女にニヤつかれながら有無を言わさず演奏させられ、演奏が終わったらすぐに帰って行った。
 なので、結局私はなにに対して祝われたのか分からずじまいのまま、彼女たちの祝辞を受け取ったのである。

 ただ、いつも明るい次女が、今日だけは珍しく物静かで、なんか私のことを腐った生ゴミでも眺めるような見下した目でずっと睨んでいたし、
 冒頭の「おめでとう」の際は黙っていたし、最後の三姉妹からのそれぞれ一言では、ご丁寧に唾まで吐きつけてくれた。
 今日は彼女の担当するトランペットの音も、心なしか普段より鈍ってる気もしたし……機嫌でも悪いのかな?


「……ま、とりあえずお掃除しなきゃ……」


 なにがなんだかさっぱり分からないけど……まあ、相変わらずの素晴らしい演奏に気持ちも高揚したし、
 その余韻に浸ったまま庭掃除を再開させることにした。

 ……とはいえ、庭掃除の手を動かしながら、頭は別のことを考え続けるのだった。

 最近、周りの知り合いの様子がおかしいのだ。
 それこそ、今のプリズムリバー3姉妹のように。
 例えば先日、現世への買い物に出かけた際、たまたま出会った知り合いの紅魔館のメイド長には優しく笑いかけられ、
 今の騒霊楽団たちと同じく「おめでとう」と言われた。
 逆に、いつもお世話になっている人間の里のおまんじゅう屋さんにはぎこちない表情で笑いかけられた。
 一方、里でたまたまあった七色の人形遣いさんには苦い顔で愛想笑いを向けられたあと、距離を取られた。
 また、たまたま現世に仕事(休憩?)にやってきた死神の小町さんとはち合わせた時は、
 「あんたもやるねぇ」なんて、また"なに"に対してなのかよく分からないまま褒められたし。

 ……このように、ここ最近みんなのリアクションがなんかヘンなのだ。
 しかも、ヘンの方向性も人それぞれ違うとくる。
 ますますもって謎は深まるばかりだった。


「私……なにかヘンなことでもやったかな?」


 心当たりを探ってみる。


「……………………う」


 一発で見つけてしまって、ほうきを動かしていた手が止まった。

 私がやった特別なことと言ったら……やはり、ルーミアさんとのことだろう。
 ……というか、それしか思い当たらない。
 気がつけば、複雑な表情に顔を歪め、真っ赤に熱くさせている自分がそこに居た……。


「い、いやいやいや……! だけどそれはないでしょ、幽々子さまだっておっしゃっていたし……」


 それに丁度ひと月前の"ご褒美"を最後に、以後はしないようしている。
 ……そりゃちょっとは求められてきたけど、今のところはなんとか切り抜けて来てるんだよ!
 だから最初こそ過剰にスキンシップしちゃってただけで、今ではすっかり健全な関係になっている……はず。


「……そっか。あれから、もう一ヵ月経ったのか」


 時の経過を実感して、不意に、なにか感慨深いものを胸に思い浮かべた。
 ルーミアさんに特訓をつけてあげて、宿敵チルノより見事勝利を掴み取ったあの日から……もうひと月も経過していた。

 その間、幻想郷には異変がひとつ起こっていたらしく、某巫女が大変だったと愚痴っていたっけ。
 なんか空を飛ぶ宝船が出たとかでなんやかんややって、その宝船はなんやかんやあって、なんやかんやになったらしい。
 (※ 作者が星蓮船クリア後のネタバレをいつ解禁してもいいか考慮した結果のぼかしです)

 その一方で、私たちには特別なことはなく、いたって平穏無事に過ぎていく日常を満喫していた。
 ……ただ、特別だったことが増えて……けれどもうそれは私たちにとって特別じゃない、当たり前の日常に加わったというだけ。
 彼女が……宵闇の妖怪・ルーミアが、この白玉楼に賑やかで楽しい時間をくれるようになったことは……。


 初めて出会った日から三ヵ月。
 まだ三ヵ月。もう三ヵ月。
 考え方は人それぞれだろう。
 特に、長く生きる私たちから見れば、人間のそれとは比べ物にならないくらい刹那に体感するわずかな時間。
 けれどそれは、ルーミアさんが私たちの日常に溶け込んだ存在になるには、十分な時間だった。
 今では週に1、2回くらいのペースで白玉楼に遊びにやって来る。
 来てくれた日には剣術を教えたり、一緒にごはんを食べたり、時々お泊まりだってさせたり。
 逆に私から会いに行く日もあって、その時は一緒に里に遊びに行ったり、夜空を散歩したりしている。

 それは、別に特別でもなんでもない日常のカケラのひとつになったからこそ……彼女は特別な存在になっていた。
 そう、特別な……私の、大切な人……。

 どのくらい特別かというと……――


    ……ボッ!!


「――っ……!!」


 そこまで思い起こして、一度は冷めたはずの顔がまた熱くなる。
 意図せずして、片方の手が口を覆い隠していた……。
 恥ずかしいような、罪悪感のような、嬉しいような、そんな複雑な心境に陥る。

 なんせ彼女とは……キスまで、済ませちゃってる仲……だから……。


「はぁ……」


 女の子同士で、なにやってるんだろうな……。
 真っ赤な顔のまま肩を落とし、色々ブレンドされた感情を外に出すかのように、溜め息を吐く。

 心当たりというのは、それなのだ。
 それしかないが、それがどうしようもなく決定的。
 私がルーミアさんと……同じ女の子と……キス、してしまったということ。
 それも一度だけじゃあなく、何回も……。

 け、けど! 別に私たちはその……同性愛者だとか、そんなんじゃなくて……!?
 してるっていっても、ただの愛情表現!
 だってルーミアさん……キスの本当の意味とか……まだよく分かってないから……。
 べべ、別にあいらぶゆーって意味じゃなくて……! 単純に「好き」の気持ちを伝えるだけの行為であって……。
 ほ、ほらっ……! 親子でもやっちゃうところはやっちゃうような、そんな感じで!
 ちょ……ちょっと行き過ぎちゃってるけど……べ、別にそんなヨコシマな気持ちはなくて……
 別に恋人になりたいだとかそこまでは求めてなくて……だから、だから……あぅ……。


「あぁーっ! もうっ!」


 頭の中がぐしゃぐしゃになって、思わず手に持っていたほうきを投げ捨て、両手で頭を掻き毟っていた。


「そんなの言い訳じゃない……。キスまで、しておいて……」


 投げ捨てたほうきを拾い上げながら、溜め息混じりにぼそり呟く。
 確かにルーミアさんは意味をよく理解していないかもしれない……。
 だから問題があるとすれば……意味を理解しながら、何度も受け入れた私の方……。

 結局のところ私は……大好きなのだ……。
 彼女のことを……唇を許してしまうほどに。
 私たちの場合、ちょっとしたあれこれのせいでその辺のボーダーラインが思いっきり引き下がってしまったのだけど……
 それを加味したって、キスはキス。その意味は大きい。


「……それで十分おかしいじゃないの……」


 力無く結論を口にして、また大きく溜め息を吐いた。

 ただ一緒に居られるだけで十分だった。
 言葉にしてしまえばそれだけの些細なことが望みで、それ以上なんて求めてなかった。
 それが……気づいたらあんなことする関係にまで発展していただけで……。


「…………」


 彼女のことは好きだ。
 好きなのは好き。……大好き。
 だけど…………正直、私は自分の気持ちがよく分かってない。
 どういう意味なのか……有り体にいえば、「恋」なのか「友情」なのか、ハッキリ理解できていない。
 ……それだと少し語弊があるか。
 分からないのではなく……ただ、怖いだけ……。
 自分が同性に……同じ女の子に、「恋」をしていると受け入れることが……。

 唇を許した時点で、その気持ちは恋なのかもしれない。
 少なくとも、自分が女の子とそんな関係になるまでは、私だってそう直結して考えていた。

 けれど……それが受け入れられなくて……だから曖昧な「好き」のままで誤魔化して……それ以上考えないようにしている。
 逃げだって、分かっている……。
 いつかは答えを出す日が来るのも、分かっている……。
 それでも……それでも今はまだ、答えを出すことは難しいから……。
 だから、今はこのままの曖昧な関係で良い……。
 じっくり、ゆっくり、この気持ちと向き合うって決めたから……。
 彼女のことが本当に大切だから……だからこそ、よく考えたい。
 ひと月前のご褒美を最後にやめたのも、自分なりに向き合うための心構えのつもり。


「だから今は……―――」


 それが私の……今出せる、精一杯の結論。


 ……とはいえ。
 いくら私の中でそう完結してようが、傍から見たら、おんなのこ同士でらぶらぶちゅっちゅしてたなんてどう考えてもヘンな目で見られる訳で。
 事実、バレた脇巫女約1名から現在進行形でそう見られ、ヒドい差別扱いを受けた。

 脳内トリップして話が逸れてしまったが、みんなの様子がおかしい心当たりとしては、私のこの秘密は最有力候補になり得るだろう。


「……まあ、それはさすがにないでしょ」


 確かに決定的な心当たりではある。けれど、バレたとは考え難い。
 理由? そんなの簡単。
 普通は有り得ないからだ。
 つまり、言ったところで誰も信じやしない。
 特に、私のようなド生真面目なタイプが、同じ女の子に手出すなんて、聞いたところで証拠がなけりゃあ与太話としか受け取られないだろう。
 ……と、先日幽々子さまがおっしゃっておられた。おせんべい食べながら。

 実際私も、幽々子さまに言われるまでは不安を拭えなかったのだけど、あの幽々子さまがおっしゃるのだから、間違いない。
 証拠だってどこにも残って……あ゛、1個だけあった……。
 ……まあ……アレは幽々子さまが大切に保持されてる訳だし、
 幽々子さま自身、見せずにいることを所望なされていたから、実質大丈夫なようなもんだろう。

 だからない。
 絶対ない。
 そう思いたい。
 さっき聞かされた演奏が「結婚行進曲」なんて、暗に恋愛を暗示するような曲目でも、バレてるなんてそんなこと、ないない絶対ない。
 ……というか、あって貰っちゃ困る。


「あーもうっ、あれこれ考えてないで、とっととお掃除済ませなきゃ!」


 プリズムリバー三姉妹の登場でヘンに煽られた気持ちを切り替え、止まっていたほうきを再び動かそうとする。
 それと、ほとんど同時に、空から声が聞こえた。


「あ、居ました居ました」

「……ん?」


 どうやらまた来客。本日、お掃除の神様はどうしても私の庭掃除を中断させたいらしい。
 まあそんなあほな妄想は置いておいて……。


「どーもー。毎度お馴染み、清く正しい射命丸です」


 空を見上げてみると、そこには漆黒の翼を携えた鴉天狗の姿がひとつあった。
 ぺこり、礼儀正しくお辞儀をする射命丸と名乗った少女。
 彼女は鴉天狗の射命丸文さん。新聞記者だ。
 自身の発刊する新聞「文々。新聞」に命を懸ける、根っからのジャーナリストさん。
 私も過去に数度取材を受けたことがあって、そのお陰か面識くらいはある相手だ。
 私が挨拶を返すと、彼女は背中の黒い羽をたたみ、地面へと降り立つ。


「珍しいですね。今日はどういったご用件で?」

「はいはい、今日はちょっと、取材に足を運ばせて頂きまして」

「取材、ですか……?」

「はいっ!」


 元気いっぱい笑顔満点な文さんとは対称的に、顔には出さない程度に、ほんの少しげんなりする。
 前述したとおり、彼女は新聞記者さんで、自分の発刊する新聞に命を懸けていると言っても過言ではないほど、情熱を注いでいる。
 ……だが、その情熱の方向がやや間違った方向に向いており、新聞を面白くするため、あることないこと面白おかしく書いてしまうのだ。
 一応、裏の取れないネタは記事にしないというのがポリシーらしいが……真実よりも面白さ重視。
 そのため、時には裏を勝手に推測した捏造・誤解の蔓延した恐怖新聞が仕上がることも多々あるらしい。
 記事にされる側には傍迷惑なこと請け合いで、その記事に一体どの程度信憑性があるか……分かったものではない。
 それに私自身、ウソや誤解で笑いを取るなんてこと好きじゃないから、あんまり彼女の新聞を読まないし……。

 したがって……特に今の私のように、他人にあまり知られたくないプライベートを抱える人間にとっては天敵同然。
 前に取材を受けた時は、まだルーミアさんと知り合う前だったし問題はなかったけど……今はマズい。
 煙が出てるので、ヘタしたら大火事にまで発展させられる……。

 ……が、だからこそ、ここは適当に取材につき合ってあげるのが一番の解決策なのだ。

 情報とはかくも恐ろしいもの。
 その情報を自在に操作する程度の新聞を扱うのだから、彼女の機嫌を損ねると凄まじく厄介なことになる。
 それこそあることないこと……どころではなく、ないことないこと書かれ、あらぬ噂が広まること請け合い。
 下手に裏があるところから憶測で書き出すから、余計厄介だ。

 まあ、ルーミアさんのことさえ聞かれなければ、私にやましいことなんて何もないし……。
 聞かれたところで、ただ「仲良くなりましたよ」で終われば良い。
 わざわざあの世まで来ての取材なんだし……きっと別件だろう。
 一抹の不安を拭って、私は何食わぬ顔で文さんに話しかける。


「それで、こんななんにもない冥界に、一体どのような取材を?」

「えぇえぇ。実はあなたと宵闇の妖怪・ルーミア氏について伺いたいことがありまして」

「ぶーーーっ?!」


 吹いた。

 な……なぜジャストミートでその話題にっ?!
 いや待て! 落ち着こう! クールになれ、クールになるんだ魂魄妖夢! ってか体温は低いけどね、半人半霊だから!(←落ち着けててない)

 バレてるはずなんてないんだ。
 仮にその事実が耳に入ったとして……例えば、ルーミアさん自身がうっかりこぼしたとか、某脇の巫女が話のタネに漏らしたとかしても、
 私が女の子同士であんなことしてるなんて、誰も信じやしない。
 それは幽々子さまも太鼓判を押してくださったほどだ!
 だから落ち着け、落ち着け。
 心の中で繰り返し、不安な思いをなんとか押し殺す。
 そして、落ち着いた態度を保ったまま、文さんに一体どうして? と聞き返した。
 動揺する気持ちを表に出さないようにするので精一杯だったが、
 文さんに私の動揺は見抜かれなかったらしく、ご機嫌な様子のままその理由を説明してくれた。


「いえいえ、なんてことはないのです。彼女、よく冥界に遊びに行ってるって話じゃないですか? そういう目撃情報も多々あります。
 しかし、彼女が冥界との繋がりを持っているだなんて考えにくいことじゃあないですか?」

「ええ、まあ」

「夜な夜な木刀をひとりで振り回しては、剣術の練習をしているという情報も耳にしました。 
 最近では、メキメキ力をつけて、ライバルだった氷の妖精を蹴散らしたとか……。
 ところがです、その最近耳にする情報は、以前ルーミア氏にインタビューした際の私の印象とは大きく異なるのですよ」

「そうなのですか?」

「そうなのです! そして、冥界で剣術と言えば、思いつくのはただひとり……あなたしか居ません!
 な・の・で……一体彼女に、冥界でなにがあったのか!? その裏を取りたいな〜、と思いまして」

「はあ……」


 話を聞く限りだと……どうやら、おんなのこどうしのイケナイ云々関係の話ではなさそう……。
 そのことにほっとする。
 けれど、その心境を顔には出さないように注意して……私は何食わぬ顔で話し始めた。


「そうですね……まあ、ちょっとした偶然から知り合ったってところですみょん」

「"みょん"?!」


 噛んだ。


「ええっと、たまたま冥界に迷い込んだ彼女をですね……―――」


 私は、文さんの希望に応えるべく、事の顛末を軽く説明した。……もちろん、性的な部分は省いて。
 文さんは、私の話に熱心に耳を傾け、一語一句漏らさぬよう丹念にネタ帳にメモを取った。


「なるほどなるほど。偶然から全てが始まった、ってところなんですね〜」

「ええ」


 一通り説明を終えると、文さんはとても満足したように頷きながら、ご機嫌な声色で言う。
 私も、それに相槌を返す。ふむ、これだけ良い気持ちになって貰えば、迂闊なことは書かれたりしないだろう。
 安心していた私に、文さんからひとつの質問が返ってくる。


「では、そこからおふたりの間に愛が生まれたのですね?」

「……は?」


 どう考えても、話の流れから出て来得ないはずの単語に、私の口からとぼけた声が漏れた。
 一瞬、訳が分からず硬直する私。


「あややや? ひょっとして、一方的に愛情を押しつけてるのですか?」

「あの……文さん? 一体なにをおっしゃって?」

「ん〜……はぐらかしますねぇ。」


 少し、会話が成り立たない。
 文さんは、ペンの裏で頭を掻きながら目を細め、訝しげに私を見まわす。
 答えるもなにも……私は頭の中が整理しきれずにいて、彼女がなにを訪ねたいのか、ちょっと理解できてないのだ。

 この時……いくらなし崩しに話していたとはいえ、いやな予感ひとつ頭に浮かべなかったのは……
 多分、無意識に「最悪の事態」を考えることを、避けていたからだと思う。


「では率直に聞きましょう。この前後に一体なにがあったか、具体的に聞かせて下さい」


 そう言って、文さんは一枚の写真を取り出


「…………………………………………………………………………………………」


 世界が凍った。



 その写真は、ひどく見覚えがあった。
 その写真の中で、ルーミアさんは布団で眠っていた。
 その写真の中で、私はルーミアさんに覆いかぶさるような体勢で写っていた。
 その写真の中では、私と……ルーミアさんの……く、くちびるは……くっついてて……


「うぎゃぁぁぁあああああああぁぁぁああああぁぁぁぁッッッ!???!」


 ……それは、私とルーミアさんの、記念すべきファーストキスの瞬間を捉えた……あのポラロイドカメラの写真だった。

 叫んだ。
 決定的な証拠を突きつけられた絶望と不可解な出来事に対する混乱から、あらん限りの悲鳴が上がる。


「なっ、なななななな、なンであなたがこれを持ってるんですかー!?」

「おおっと……」


 叫びながらも、反射的に写真を奪い取ろうと手を伸ばす。
 が、文さんは写真をサッと引っこめて、私の手は空を掴むだけに終わってしまった。


 な……なんでっ!? なんでこれがここにっ?!
 だってこの写真は、幽々子さまが持っておられて……じゃ、じゃあ幽々子さまがこの鴉天狗に提供したっていうの?!

 ……い、いや、それはないはず!
 だって幽々子さま、「ギリギリで見せないから面白い」という嗜み方をご所望なされていた。それはそれで相当はた迷惑だけど。
 あの方は嘘はつかないから、わざわざ見せるなんてマネすることは……――


 ――……あれ?


 ふと、記憶の中に違和感を覚える。
 漠然とした……それでいて、見落としていた……。そのことに、途方もない絶望を感じるような……そんな違和感。
 そう、「ギリギリで見せないから面白い」。確かに以前、幽々子さまはそうおっしゃっていた。
 けど……その時、なにかあったような……?


 ちょっと、例の写真について整理してみよう……。
 まず、幽々子さまにまんまと騙され、ルーミアさんの寝込みを襲ってしまった私。
 それが私とルーミアさん、ふたりの記念すべきファーストキス。
 で、その姿をポラロイドカメラで激写され……件の写真はその瞬間生まれ、撮ったその日の内に私に見せつけられた。

 次に写真を確認したのは、博麗の巫女に連れて来られたルーミアさんと再会した日。
 曰く、「こんなこともあろうかと」撮ったその日からいつも大切に持ち歩いていたとおっしゃるそれは、
 バレるかバレないかのギリギリの境界で楽しむため、幽々子さまは霊夢さんの前でチラつかせ始めた。
 私は気が気じゃなくなり、まんまと幽々子さまのおもちゃにされる。
 「ギリギリで見せないから面白い」の台詞はこの時のもの。

 問題はこの後から。
 幽々子さまは確かに見せないと約束してくださったし、幽々子さま自身そのつもりだったのだろう。
 だけど、博麗の巫女の強引な手段により写真は奪われ、幽々子さまの意志に反して、写真は見事に博麗の巫女に見られる。
 これにより、私とルーミアさんがそういうことをしちゃった関係だと、ここで初めて当事者以外にバレた。
 その後、4人揃っての夕食時に博麗の巫女より差し出され、キスの時は目を瞑れと余計な助言を言い渡され……―――……あれ? あれ?


 れいむさん、あなた、なんでそのしゃしんもってるの?


 ……いや……そうだよ、そこは別におかしくない。
 取られたんだから、霊夢さんが、この瞬間に持っているのは、おかしくない。

 じゃあ……そのあと、写真って、どうなったっけ?


「妖夢〜、もうそろそろお昼ご飯の時間だけど、そんなこと関係なくおやつが食べたいの。この間買ったおせんべいどこにしまった〜?」

「ゆゆこさまぁぁぁああああっっ?!」

「って、きゃーーーっっ!? なになに!?」


 私が過去の記憶の旅に旅立っていると、素晴らしいくらいジャストなタイミングでのんびりと庭にやって来た幽々子さまの声が耳に届いたので、
 私は食い入るように詰め寄った。
 猛スピードで跳びついたせいで、幽々子さまにはその衝撃を堪えることができず、諸共地面に倒れる形になる。
 それでもなお勢いが余っていたので、私は幽々子さまのお背中を地面に引き摺る形になってしまい、ズザザーッと激しい土埃を舞い起こした。
 その内、幽々子さまをブレーキに使う形で私たちは止まり、前代未聞、「主をブレーキ代わりに使う庭師」ここに再誕。月まで届け、主引き摺った時の土煙。


「ご、ごめんね妖夢……そりゃ夕飯前はおやつ食べちゃダメってあなたに言われてるけど……けどほら、賞味期限がね……」


 まあそんな無礼な振る舞いがあったにもかかわらず、
 ブレーキに使われたご本人は至って構わず平然とおせんべいのことばかり意識が行っていた。
 さすが、「物理攻撃無効」のアビリティを持っているだけあります。
 ちなみに、このあと庭師がおいしく謝りました。


「そんなことはどうでも良いのです……! そ、それよりも伺いたいことが……」


 無礼な振る舞いも、ご飯前におやつ食べちゃだめなのも、本当はどうでもよくないのだけど、この緊急時、気にしている場合ではない。
 私は幽々子さまの上に乗っかっていた身をどけて、謝るより先に訪ねた。


「しゃ、写真って……持ってますか?」

「写真? なんの……?」

「"こんなこともあろうかといつも持ち歩いている"って言ってたアレです……!」

「えーっと……ごめん妖夢、ちょっと分かんない」


 起き上がりながら着物に付いた土を払う幽々子さまだったが、一体何のことかイマイチ把握できずに、首を傾げておられた。

 ……そりゃそうか。ぼかしたりなんかせず、ハッキリと言ってしまえば事は早い。
 早いだろうが、ハッキリ言いたくないのだから仕方がない。
 幽々子さまの察しの早さを期待して、ぼかしたままで済めばと思ったけれど……そうは問屋がおろしてくれなかったようで……。
 ……だったらもうハッキリ言うしかない……!
 今は羞恥心よりも、事実を明確にすることこそが至上目的なのだから。


「だ、だから……! わ……私がルーミアさんのファーストキス奪っちゃった時のあの写真です!!」


 意を決し、羞恥心を押しのけ言い切る。
 幽々子さまにはなんのことかようやっと理解して頂けたらしく、「ああ」と短く相槌を打った。


「ふふっ、あの写真ならね……」


 そして、いつもながらの微笑みを携えた優雅なお姿で、ゆっくりとその身を翻す。
 ふわり宙に浮くように、肩の高さを変えぬまま膝を折り、空中で正座するような体勢をお取りになった。
 そのままの姿格好で浮いていたのでは、と錯覚するくらい、蝶のように優雅で美しい舞のよう。
 実際には1秒にも満たない時間のできごとで、
 その御身はすぐに重力に捕らえられ、自由落下に身を任せ、徐々に冥界の土へと向けて落ちてゆく。
 落ちる姿さえ優美に見えるほど威厳をまといながら、その御身はしなやかに上半身を前に倒しながら、身体ごと地面に落ちて……


「ごめんなさいっ!!」


 幽雅に土下座なさった。


「……ど、どういう意味ですか? ごめんなさいってどういう意味で……!?」


 折角払った衣服の土を、今度はその耽美なお顔にまで付着させてまでの謝罪行為。
 謝るのはむしろブレーキに使った私の方なのに、なぜ幽々子さまの方が……?
 疑問よりも、悪寒の方が強くて……恐怖で頭が回らない。
 そして、竦む私の耳に届いた御言葉は。


「……とられたまんまなの」


 ……とられたまんまなの……?


 あの……幽々子さまは、一体なにをおっしゃられているみょですか?


「前に博麗の巫女に強引に奪われて……そのまま……取り返せてませんっ!!」

「みょんだってー!?」

「ああ、そうだったわ……私、温泉旅行の時博麗の巫女さんに写真返してって言うつもりだったのに……。
 ……ルーミアちゃんに会えた嬉しさですっかり忘れてた……」

「温泉の時の用ってそれだったんですかッ?!」


 ちょっ……!? 待っ……!! じゃあなんですか!?
 じゃあ私のレイプの瞬間を収めた写真は、今も博麗の巫女が持っているってことになってて……―――


「なるほどなるほど……ルーミア氏が眠っているのを良いことに強引にファーストキスを奪った、と。
 やはり霊夢さんの情報は真実だったのですねぇ……これは特ダネ特ダネ〜

「はっ!?」


 その時、私のものでも、幽々子さまのものでもない声が耳に届き、我に帰る。
 そう、この声は、この問題を持ってきた張本人のもの。
 一体いつから側に控えて話を聞いていたのか、幽々子さまのお話にばかり頭が行っていて、この人がいるなんてすっかり忘れてた。

 いや、それよりもみょんだって? 「霊夢さんの情報」……? ってことは、あの写真はやっぱり……。


「いやー、『私だけが知っているから私があのヘンタイ共に巻き込まれるのよ。だから広く広めてね』なんて言われた時は正直疑いましたが。
 こんな決定的な証拠写真も渡されたとあっちゃ、疑いようもないですしねー。
 是非是非調査せねばとあの世まで馳せ参じた訳ですが……真相もなかなか、まさかまさかの驚きの真実。
 生真面目なあなたが、本当に寝込みを襲っちゃったんですねぇ。いやはや、仕事のストレスからカッとなってやってしまったのでしょうか……?
 これはわざわざ足を運んだ甲斐があったというものです!」


 ……なんか今の説明口調で事の真相が全て理解できた。


「ありがとうございます。お陰さまで裏が取れました。これで記事の続きが書けます」


 …………。

 "続き"……?


「……あー、妖夢? ひょっとして、今、事態って相当最悪な方向に進んでたり……?」


 はっきりと分かってません。
 はっきりと分かってませんが……いやな予感以外の他の感情がまるで湧きません!
 真相はなんとなく見えてるけれど、その「結果」がどうなってるのか……見たくもないほどいやな予感しか湧かない。
 だというのに、運命というのはかくも残酷なもので、いまだ心の準備のできてない私に、その「結果」をまざまざと見せつけてくる。


「では、裏も取れましたし私はこれで。……あ、これ最新の文々。新聞です、よろしければどうぞ」


 と言って、満足したように笑みを浮かべながら、文さん自ら手掛けた新聞を一部手渡された。
 しかもわざわざ3ページ目ぐらいをめくって手渡され……そのまま彼女は空に飛び立った。


「それではっ! お幸せに」


 そこには、『スクープ! 冥界の庭師、禁断の愛に目覚める!?』という見出しと共に、
 私とルーミアさんの、記念の初キッスの写真が掲載されちゃってました。












「待ちやがれこのマスゴミ鴉天狗がぁぁぁああああっっっっ!!!!!」


 冥界の空に消えゆくマスゴミ鴉天狗の背中を追って、私は人生最高速度で飛翔した!


「うぇっ?!」

「斬るッ! 斬るッ!! 斬ってやるッッ!!!!」


 猛スピードで迫る私に驚きの表情を浮かべるマスゴミ鴉天狗。その憎ったらしい面目掛け、獲物を片手に携え更に更に迫る!

 ちくしょう! ちくしょう!!
 よくも記事にしやがって!!
 周りのみんなの様子がおかしかった理由ってこれか! これなんだな!?
 証拠が無けりゃ誰も信じない、か……。そうだよねー、こんなにはっきり証拠があるんだもの。みんな信じちゃうよねー。
 あはは、もー、しょうがないなぁ。


「クタバレマスゴミ、ブッた斬ってやらぁぁぁああああっっっ!!!!」

「ご遠慮しまーす! 私には、新たに手に入れた情報を、記事とする使命がありますから」

「その使命が限りない過ちだって言ってんだよぉぉぉおおおおっっっ!!!」


 ちくしょう、あのクソみこ霊夢め!
 私のことヘンタイ扱いするだけに飽き足らず、とうとうみんなに言いふらし始めやがったってのか!
 しかも写真持ってるのをいいことに、よりにもよってこのマスゴミ鴉天狗に情報提供だぁ?!
 このマスゴミ鴉なら存分に噂を広めてくれるだろうさ。そいつぁすげぇや! 最高だぜ最高だぜ!! 
 そのクソみこテクニック最高だ、今すぐ殺してやらぁ! 手前ぇなんざ1500秒で抹殺できる!! だが手前ぇは後回しだ!!
 その前に更なる被害拡大を差し止めねばならないからなっ! 早々に打ち砕かねば、私の沽券にかかわる!!

 幸い記事は小さいかったし、まだ疑問形での掲載だ。
 この新聞の発行部数だって大したことないし、見てる人間だって限られてるし。
 様子がおかしくなった面々も、たまたま購読しているようなメンバーだけ!
 だから、がんばって説明すれば分かってくれるはず!
 この記事の真実を何らかの事故や誤報ということで納めれば、まだ希望はある! 私、みんなを信じてるよっ!
 ……というか写真のちゅーは本当に事故みたいなもんだしね。

 が……ここで取っ捕まえておかねば、間違いなく面白おかしく捏造される!!! 取り返しがつかなくなるほど捏造される!!
 さっき、「眠っているのを良いことに強引にファーストキスを奪った」とか、「仕事のストレスでカッとなってやった」とか、
 どんな裏を取ったか知らないけど絶対なにかを誤解してるこのマスゴミ鴉が、一体どう面白おかしく楽しい捏造講座を行うのか!?
 想像に易いが想像がつかん!

 だから追う!
 捕える!
 仕留める!
 叩っ斬り潰す!!


「斬る! 斬る! KILL!! 今すぐこの楼観剣の錆に……―――……ってあれーっ!? コレほうきだーっ!!」


 しまった、お掃除の最中だったから刀置いてきちゃった! そんでさっきまで持っていたほうきをそのまま持ってきちゃったよ!
 えへ よーむちゃんったらドジっ娘♥♥


「関係ねぇッ! これでブチ堕とすまでだー!」


 と言って、持ってるほうきを力の限り振るう。
 頭に血が上った状態でもうどうとでもなれと、普段刀を介して放つ霊撃波「六道怪奇」(プレイヤー時の私の通常ショット。永夜抄参照)を放つ。


「ひー?!」


 あ、出た。

 文さんは私から通常ショットを放たれて悲鳴を挙げていた。
 うん、なんとかなるもんだ。もう「六道怪奇」ならぬ「六道ほうき」だけど、まあいいや。
 ……竹屋の山井さんがこしらえたこのほうきに、掃けないものなどあんまりない!


「くっ……! この速度に追いつくとは……なかなかやりますね」


 うるさい、こちとら賭かってるものが違うんだ。
 というかやらなきゃ死ぬ! 社会的に死ぬ!
 そりゃ半分死んでるようなもんだけど、社会的に半分死んでる訳じゃないし!
 必死になりゃなんだってできる。ほうきでショットが出せるなら、獄界箒「二百由旬の一掃」とか出せそうだし!
 ただ……やっぱり使い慣れてる楼観剣と勝手が違い威力が出ないか……。
 これは、直に叩きこむか組み伏せるなりしないと……。
 文さんの背中まであと数メートル。
 羽根でも腕でも足でも、なんだっていい、掴むか撃ち落とすかして動きを止めて、それだけで十分だ!!


「……ですが、」


 その時……文さんは不敵に言葉を紡ぎ始める……。
 構うな、耳を傾ける暇があるなら一刻も早く捕えろ!


「幻想郷最速種、鴉天狗を……」


 あとちょっと……あとちょっとで、届く……―――


「舐めてもらっちゃあ困りますよッ!!」


 ―――思った次の瞬間。
 激しい爆音のような風切音とともに、私と文さんとの距離が一気に広まった……。


「っっ!!? そん、な……」


 あと少しで届く……そこまで追いついておきながら、猛烈な勢いで上がった彼女の速度は、私との距離をアッと言う間に広げてしまった。

 愕然とする。
 私は、既に全速力で飛んでいる。
 だというのに、文さんは一瞬で、その速度をも遥かに凌駕する速さを容易く出してしまった……。
 文さんのさっきまでのそれは……それでも十分最速を名乗れるようものだというのに、力の半分も出してなかったというのか……?
 くっ……さすがは、幻想郷最速種・鴉天狗……。
 だんだんと小さくなる背中を見送りながら、その根本的な力の差を素直に讃えると共に、己の無力さに絶望した。

 このままでは、私のあらぬ噂が流れてしまう……。
 …………いや、襲ったってのも満更うそじゃないけどさ。けど、プライベートってのがあるじゃない?
 一応お互い納得してるとはいえ、女の子同士であんなことしちゃってるなんて聞かれて対外的に良い訳じゃないし……。
 このままじゃ私だけでなくルーミアさんの評判まで……


「……ルーミア、さん……」


 その名を思い浮かべ、ハッとする。
 そうだ……私だけの問題じゃ、ない……。
 ここで取り逃がしでもしたら……周りの好奇の視線はルーミアさんにまで及んでしまうじゃあないか……!

 私ひとりだけがばかにされたり、他人から拒絶されるだけなら、まだ良い……。
 けど、ルーミアさんに……
 私の大切な……


 私の……大好きな人を……!


「そんな目に遭わせてたまるかぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」


















「ふんふふ〜ん♪ いやー、今日は面白いネタが手に入りましたね〜」


 のんびりと鼻歌を歌う鴉天狗。
 しかしその身は、のどやかな鼻歌とはかけ離れた尋常ならざる速さで冥界の空を飛空していた。
 幻想郷最速種である鴉天狗の中でも、特に優れた素早さを誇る射命丸文。
 その速さに追いつける者など、この幻想郷にいるかどうか……。


「―――……あああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!!!」

「ん? なんですこの音…………うえ゛っ?!」


 だというのに、背後より迫る声が文の耳に届く。
 獣の咆哮のような絶叫に、振り向き……文は驚きを隠すことはできなかった。
 先程、最速種の圧倒的な力の差で引き離したはずの半人半霊の少女が、その広げた距離を縮めてきたのだから……!
 その姿は徐々に徐々に大きく文の目に映り……すなわちそれは、鴉天狗さえも凌駕する速さを見せつけていた。

 その時、魂魄妖夢は、限界を超えていた!
 大切な人を、愛する人(←この場合は性的な意味かは不問とする)を守りたい一心で!

 ―――身が軋む音が聞こえる。

 ―――筋が少しずつ切れて行くのが分かる。

 ―――身体が潰れそうになる。

 だが構わない。
 限界を超えて、己の全身全霊を、身を削りながら無理矢理引き出し、普段の何倍もの速度で空を切る半人半霊の少女。
 手に持っていたほうきなど、既に速さに耐えきれずその原型は砕けて散っている。
 それほどの速度。
 壊れていく自身の身体など省みず、ただ大切な人を脅かす悪しき鴉天狗だけを刮目し、不吉を象徴する黒鴉の羽根を追った!


「待ぁぁああぁぁぁちぃぃぃぃぃやぁぁぁああぁぁがぁぁああぁぁれぇぇぇええええっっっ!!」


 叫びながら、ふたりの距離は狭まっていく。
 少しずつ……。
 だが、確実に……!


「ふっ……やりますね。まさか、あなたがここまで私に追いつくとは……」


 さすがの鴉天狗も、その速度を目の当たりに冷や汗を流し始める。
 だが、彼女―――射命丸文は、そんな状況におきながら……またも不敵に笑った。
 自身の速度に追いつく者へ軽い戦慄を覚えながら、それでも尚、彼女はまだ追いつめられてなどいなかった。


「確かに……今のあなたは速いです……。鴉天狗に匹敵する速度、最速の二つ名を得る権利くらいは得られるでしょう……」


 権利。
 鴉天狗の口は確かにそう言った。
 わずかでも、明らかに自分よりも速く迫りくる相手に対して。

 その時、ふたりの遥か前方に大きな門の陰がそびえ立つ。
 幽明結界、あの世とこの世の境界。その境目に聳え立つ巨大な門。
 距離はまだまだ離れているが……恐らく、あとものの数秒あれば、ふたりは容易くそこに到達するだろう。


「ですが……あなたはその速度であの門を避けられますかねぇ……?」


 そう、確かに魂魄妖夢は今や限界を超え、鴉天狗に匹敵する速度で、それ以上の速度で、直進を続けている……!
 今この時、この瞬間における互いの速度は、わずかに妖夢に軍配が上がる。
 が、それでも"同等"なのだ!
 己の全てを直進のみに注ぎ込んだ妖夢と、射命丸文が"曲がるために"余力を残した速度と……!!

 ゆえに、それは最速の称号の"権利"でしかない。
 自分が全力での直進を行えば……今の妖夢が相手とて、尚その距離を引き離せる……。
 射命丸文は、つまりそう言っているのだ!
 その自信! それは慢心ではなく、紛れもない事実!
 だが彼女はそれを証明しない!

 今はどちらが速いかが重要ではない。
 逃げ切り、手に入れた珠玉の記事を皆に伝える事、己の使命を全うする事こそ至上!


「見せてあげましょう! この最速の世界においても、華麗に自在に空を舞う! 最速、鴉天狗の姿というも―――」

「とか解説している間にどーーーんっ!!」

「あや゛ゃ゛ーーーーッッ!?」


 で、御託並べている間に妖夢に追いつかれ蹴りをくらった文の体は、巨大な門に向けてぶっ飛ばされるのだった。


















「あや゛ゃ゛ーーーーッッ!?」


 と、濁った声を挙げてぶっ飛ぶ文さんの体は、その内べちゃっ、と門に激突した。
 よし! なんとか追いついて蹴りをぶちかますことに成功!(緋想天:空中→+打撃ボタン) これで足を止めることはできた!

 しかし安堵するのはまだ早い……私はすぐさま、今も猛烈な勢いで直進を続ける体にブレーキを掛け始めた。
 さすがにスピードを出し過ぎた……。とうに自分で制御できる限界を超えていて、すぐには止まれない……。

 このままでは私も門にぶつかってしまうことは、彼女に言われるまでもなく分かっていた。
 まあ、必死だったし、ぶつかる事も厭わずに速度を上げてたんだから、当然と言えば当然……。
 しかしもう目的は達成したし、できれば当たりたくない。

 なので、私は文さんに蹴りをぶちかました際、同時に自身の身体を上方向に向けて蹴り上げていた。
 そして今は、スピードを緩めながらも同時に進路を上方向に曲げた。ブレーキを掛けることよりも優先して。
 この速度を、門に到達する前にゼロにするのはもう無理。
 だから、自然に止まるのを待っても差し支えのない方向に一度進路変更して、そのまま徐々にスピードを緩めていこうという算段だ。
 文さんに蹴り入れた時に、いくらか勢いを殺せたのが効いたのだろう。
 門にぶつかりそうになり肝を冷やすも……お陰で衝突するギリギリで推進力は完全に上向きになってくれた。


「ふー……これで一安心……」


 私は、その段階でやっと一息つく。
 速度はまだまだ緩まないけど、上にはなんにもないし、重力というブレーキ補助だって作用してくれる。
 あとは止まるのを待つだけ。
 このあと、文さんをふんじばって誤解を解くという一仕事は残ってるものの、ひとまず最悪の事態を未然に防げたことに安堵。
 ここまでくれば自分でブレーキをかけなくても放っておいても止まるだろうと、
 私は空を飛んでいた力を完全に抜き、門に沿って上昇を続ける体を気持ちごと脱力させるのだった。


「……痛っ!」


 安堵すると共に、体中に激しい痛みが走り始める。
 さすが、リミッターを外して無理に速度を出しただけあってツケが回ってきた。
 麻痺させていた痛覚も、安心すると正常に働き始めたらしく、体中が痛みを訴え始める……。これは明日は筋肉痛だろうな……。
 それでも……最悪の事態を避けられたのなら……ルーミアさんを守れたのなら、安いも―――


「わわわわわっ!? よーむちゃん危ない! 危なーーーいっ!?」


 ――のか……え?


 いまだ結構なスピードで上昇を続ける私より更に上空から……つまり門の上から声が聞こえた。

 私を「よーむちゃん」と呼んでくれるのはあの可愛らしい声の主の心当たりなんて……ひとりしかいない。
 私が今守りたいと願った相手、ルーミアさんだ。
 だから声に反応して、目を向けた。


「のわっ!?」


 私の進行方向には黒い玉があった。
 それは、闇を纏ったルーミアさんの姿だということを、反射的なレベルで認識する。
 距離は……まだ数十メートル離れているが、この速度では到達まで1〜2秒も掛からない……!

 なんで!? ―――いや、それよりもっ……危ない!? ぶつかるッ……!
 私は慌てて脱力した体にもう一度力を込め、彼女を避けるように進行方向を変える……!


「ぅぅおりゃあああああぁぁぁぁああーーーっっ!!」


 完全に気が抜けていて反応が遅れた……!
 そもそもこの速度と距離じゃあ真横に急転換なんて間に合わない。

 だから、ほんのわずかで良い……!
 体内の残されたかすかな最後の体力……。全てを一気に放出する、かすかで良い!
 ほんのわずか、彼女に当たらない程度に、方向が変わればッ……!!



「―――あああああああああぁぁぁぁあああぁぁっっっっ!!」


    プッン……


「あ」


 き……切れた……。
 私の体の中で何かが切れた……決定的な何かが……。

 これが私の全力……全身全霊の方向転換……。
 よ…弱くって、横に完全に曲がることはできなかったけど……これで十分だ……。

 私の身体は、これまでの進路からほんのわずかにだけ逸れ……闇をギリギリ掠める程度の進路を取るだろう……。
 少なくとも……闇の中心の居る彼女には……当たらない……。
 良かっ……た……。


「あらあら。どうしたの、ルーミアちゃん? 突然大きな声なんか出しちゃって」


 代わりに、闇の後ろに隠れていた、白い帽子と青い服を纏った大人びた女性が、私の進路方向にぴょこっと出てきた。


「……あ゛」

「わーっ!? レティさんそっち出ちゃダ――」


 あー、彼女はきっとその可愛らしい声で「ダメ〜?!」って言おうとしたんだろうなー。
 ……もうだめ、タイムオーバーです。
 私は、見知らぬお方に心の中で反射的に謝って。


    ブギャアッッ!!!


「げぶちゃっ!?」


 そのまま、そのお隣の方の胸目掛け、突き上げる形で超強烈なショルダータックルをぶちかましてしまった。


「わー!? ごめんなさーいっ?!」

「レティさーーーん?!」


















「あー……」


 殺ってもうた……。

 十数秒後、門から結構離れた上空に差し掛かったところで、私の身体は止まった。
 そして、ドップラー効果を利かせながら哀しい悲鳴を上げる名前も知らない白いお方は、
 その更に上空で、豆粒の様な大きさになって空をライジングしていた。


「ああああああ……」


 その様子を見上げ、青ざめる私。
 なんてことだ、1分にも満たない間にふたりも轢いてしまった……。
 まあ片方マスゴミは致し方ないとして。


「あー……レティさん、だいじょうぶかなー……?」


 と、呟く声が近くから聞こえてくる。
 目線をそちらに移すと、私と同じ高さに、黒い闇の集まった球体が並んでいた。
 闇の中は一切の光が遮られ、まるでなにも見えなかったが、それがルーミアさんだという事は既に理解していた。


「って、え? え? なんでルーミアさんここに?」

「えへー よーむちゃん、来ちゃった


 不思議に思い問い掛けると、ルーミアさんは闇を薄めて、その可愛らしい微笑みを私に向けてくれた。
 とはいえ、今日は彼女が来ると約束した日じゃないし、そもそもまだ昼間。彼女にとっては移動も辛い時間帯のはずだ。
 本来ならないはずの来訪に、驚きが隠せない。

 ああもう、この短い間で色んな情報が入って来て、処理が間に合わない……。
 私には、一体どんな事態が起こっているのか、もー分かりません……。
 だって……想像を超えていて、泣けばいいのか、叫べばいいのか、それとも現実逃避すればいいのか分からないんですもの……。
 でも言えることはただひとつ。
 魂魄妖夢は……


「はい、いらっしゃいませ


 ルーミアさんに会えただけで満足です。みょっきゅんっ


「あ、日光は大丈夫ですか?」


 色々思うとことはあるのだが、とりあえず今はルーミアさんのお身体の方が最優先事項に指定された。
 私にその姿を見せるためにか、ルーミアさんはまとっている闇を薄めたので、完全に遮断できなくなった日光が彼女の身に降り注いでるはず。
 日光の苦手な彼女としては、それだけでも辛いはず……。


「ん。大丈夫……。今えーりんさんのクリーム塗ってるから」

「そうでしたか。……え」


 とりあえず、それを聞いて安堵する私。
 その体を、薄っすらと残る闇が飲み込んで……柔らな感触が、私の体を包んだ。


「会えて嬉しい……


 私をギュッと抱きしめてくるルーミアさん。
 その温もりに包まれて……私も、そっと抱きしめ返して……。


「私も、嬉しいです……」

「よーむちゃん……」


 再会を堪能する私たち……。


「ルーミアさん……」 カシャリッ


 そして、シャッター音がカシャリ。……カシャリ?


「いやー、まさか新たな証拠写真が撮れるとは……今日は大収穫ですねぇ」


 とりあえず、音のした方向にルーミアさんと揃って顔を向けた。


「では、今度こそ私はこれで!」


 とりあえず、……いつの間にか復活した文さんに、今の写真を撮られたことにようやっと気づく。


「ああっ!? しまった!!」


 門にべちゃっと潰れていたマスゴミ鴉天狗が、目を離した隙に回復していたらしく
 ルーミアさんに会えた嬉しさで完全に気持ちが緩んでいた私は、
 ついらぶらぶいちゃいちゃと抱き締め合ってしまった姿を激写されてしまった!?
 くっ……蹴りが浅かったか、それとも天狗という種族の根強さを侮っていたのか……いずれにしろ更なる誤解の材料を提供してしまった。

 そして、油断した私の隙を逃さず、文さんは今度こそ冥界から脱出しようと、その最速の翼を広げる。
 ルーミアさんの温もりを堪能することに夢中で出遅れた私は、その姿を見送ることしかできず……


    ドゴチンッ!?


「あや゛ッッ!?」


 文さんの上に、さっきルーミアさんの隣に居たふとましいお方が降ってくるのを眺めるのだった。


















「この方……大丈夫でしょうか?」


 巨大な門のたもとにて、先ほどはね飛ばしてしまったその方を安静に寝かせて、ルーミアさんと一緒にその方を見守る私。
 頭を強く打った相手を迂闊に動かしてはいけない。
 以前、永琳さんにルーミアさんを診て貰った時に怒られたので、今回はそれを教訓とし、その場に安静にさせた次第である。
 はね飛ばした拍子で脱げてしまった彼女の帽子は、拾ってきて彼女の脇に置いてある。
 ルーミアさんは、眠っているその方の手を胸元で組ませてあげていた……ってルーミアさん、それ縁起でもないですよ。

 名前も知らないそのお方は、今の春という季節においても薄着と思わされる、青と白の簡素な服装で草の上に横たえていた。
 それでも、肌の白さと寒色の服装からか、不思議と、ひとつ前の季節を連想させられた……。


「あー、返して下さい。私のネタ帳とカメラ返して下さーい」


 一方、私に大切なネタ帳とカメラを没収された鴉天狗が、私の後ろから絡んできては喧しく喚いていた。
 あーもう、なんでこっちはもう回復してるのかな? こっちの鴉天狗の方こそもっと眠ってればいいものを……。


「いやですよ。さっきの私たちの写真と、インタビューのこと書いるんでしょ。その分だけ処分したら返します」

「あああ処分だけはご勘弁をーー!!??!」

「うっさい、こちとらプライバシーがかかっとんじゃ」


 ルーミアさんが連れてきた方のナイスアシストのお陰で文さんが撃沈していたので、その隙に、今度こそ油断せず手を打っておいた。
 動けない間にカメラとネタ帳、そして……私たちのファーストキッス記念の写真を預からせて貰ったのだ。
 本当は縄とかで縛って身動きを完全に封じられるのがベストだったんだけど、あいにく手元に縛れそうなものがなく、
 なので物証の方を預からせて頂くことで手を打っておいたのだ。


「…………」


 写真を手にし、複雑な気持ちが心の内に湧きあがる……。
 ようやく、この超一級危険物を、最も安心できる自分の手元に置くことが叶った……。
 けどファーストキス記念の写真は……もう新聞に掲載されるという最悪の事態に発展してて……
 今更取り返したところで手遅れなんだけど……ううう、ちくしょう……。


「とりあえずっ! 文さんには後でじっくり誤解を解かせて頂きますから……返すのはその後にさせて頂きます!」

「誤解ってなんのことですかー?」


 そりゃまあ、私とルーミアさんがキスしてるだなんてことは……あ、あるのか。
 んじゃあ、別に仲睦まじくなんか…………ありまくるな……。

 ……あれ? ひょっとして誤解解いた方が私やばくね?


「あー、まあ、その辺の話はあとでしますので……」

「うー、ちゃんと大切に扱って下さいよ……」


 ……まあ、上手い言い訳は後で考えておくとして、今はルーミアさんが連れてきた被害者さんの方が重要。
 今も気を失っているこの方の身元を確認すべく、ルーミアさんに尋ねてみることにする。


「えっと……ルーミアさん、このお方は? ルーミアさんのお知り合いですよね?」

「あ、うん。……けどわたしとはそんなになかよしって訳じゃないんだけど……」

「……妖怪ですか?」


 とりあえず、名も経歴も知らないこのお方の、一番気になったところである。

 正直、あんな猛スピードのショルダータックルのち頭部への強烈なダメージなんて、人間だったら死んでる……。
 まあ普通の人間は空を飛ばないけど、例外的に空を飛ぶ方も居る訳で……某脇巫女とか、某白黒マジシャンとか。
 なので、後遺症も残らず無事に現世へと送り返せるかどうか……その不安を早く解消したく、そこんとこを確認したかった次第である。


「えっとね……レティさんは冬の妖怪さんでね……それで、」

「冬の妖怪?」


 なるほど、この冬を連想させる出で立ちはだからか。
 それに、ルーミアさんが「さん付け」で呼んでいる相手なら、そこそこに敬意を払う相手なのかもしれない。
 とりあえずお身体の頑丈な妖怪で良かったと安心して、ルーミアさんの言葉の続きに耳を傾けた。


「それで、チルノちゃんのおかあさんなの」

「違いますっ!」


 と、横たわっていた"レティさん"と呼ばれたがその方は、ムクリと起き上がり、ルーミアさんの言葉に即座に切り返した。


「あ、気づかれましたか! ……あの、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫……ちょっと頭が痛いだけ」


 さすが妖怪、頑丈にできてる。これで私の罪も軽減されるというものだ。
 ってそういう問題じゃない。
 とにかく悪いものは悪いので、私はすぐに頭を下げ、謝った。


「も、申し訳ありませんっ! 私の不注意のせいでっ……!」

「いえ、良いのよ……突然飛び出した私も注意が足りなかったのだし……」


 穏やかな態度で、私の仕出かした罪を寛大にお許しになるその女性。
 大人びた容姿とおっとりとした面影、柔らかな物腰が……なんとなく幽々子さまに似ていると思った。
 そしてその方は……


「それに……偶然胸に入れていたこの仮面が、私を守ってくれたみたい……」

「なんで仮面が?!」


 初対面でなかなか高度なボケを返してくれた。


「とりあえずこんな形でなんだけど……自己紹介させて貰って良いかしら?」


 頭を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる冬の妖怪さん。
 脇にあった帽子を手に取って被り直すが、まだまだ足元がふらついていた。


「あの……無理せず安静にしていた方が……。頭打ってますし、知り合いのお医者さまも紹介致しますから……」

「このまま子持ちに勘違いされる方がいやなのよ……」


 心底不満そうな顔でそう付け足す姿を見て、こっそり「ああ、お母さんなのか」と納得していたことを申し訳ない気持ちに浸る。
 ルーミアさんも、その姿を見てほんのちょっと困った感じになっていたが、
 そんなルーミアさんもまた可愛いと思ってしまったのは、ここに居る全員には内緒である。カシャリ。


「あのー、妖夢さん……私のカメラ、勝手にシャッター押さないでくれますか……?」


 ちっ……バレたか……。あとで写真没収にかこつけて幽々子さまにも見せようと思ったのに……。


「私の名前はレティ。レティ・ホワイトロックと申します。
 さっきルーミアちゃんが言っていた通り、冬の妖怪よ。以後お見知りおきを」


 レティ・ホワイトロックと名乗った彼女は、立ち上がり姿勢を正すと、礼儀正しく自らの名を名乗って下さった。
 私も同じように姿勢を正し、自身の名を名乗ろうとする。


「ええっと、私は……」

「あ。あなたが魂魄妖夢さんね? でしょ?」

「……! あ、はい。その通りですが……一体なぜ私のことを?」


 と、私が名乗りを終えると、私を知っているような素振りで返されてしまう。
 そして、穏やかな微笑みを私に向けて。


「ふふっ、知ってるわ。そっちのルーミアちゃんの恋人さん、でしょ?」

「ぶはっ!?」


 私たちが女の子同士だっていう事を完全に無視して、突然な恋人扱いをしてくるのだった。
 これが吹き出さずにいられるかと、盛大に吹き出してしまう私。
 一方、ルーミアさんは恋人扱いされるということがどういうことかよく分かってないみたいで、私の様子を見て不思議そうに首を傾げていた。


「こここここ恋人だなんて……そそそんな……」

「隠さなくて良いのよ。ほらっ


 そう言って、レティさんは新聞を一部取り出す。
 さっき文さんが渡した新品ではない、自分で持参したのであろうもの。
 ちょっとだけしわくちゃになっているのが、そこそこ日にちの経った新聞だという印象を受けた。

 そして、3ページ目くらいをめくり……皆まで言うな、そこに載せられてるのは私とルーミアさんの嬉し恥ずかのあの写真である……。
 内容を分かっていたので、さっきほどの衝撃はなかったけれど……それでもクラリと来た。もちろん頭が痛い的な意味で。
 ううう、情報に踊らされた人がここにもまた一名……。


「あ、あのですね! これは、その……」


 違う、と言いたいのだけど、この辺の言い回しが難しい。
 以前、件の写真を見た霊夢さんに全否定したところ、同席していたルーミアさんを傷つけてしまったことがあった。
 正直……アレは、霊夢さんにバレた瞬間と同等のトラウマになっていて、あの時のくり返しになるのはごめんなのだ。
 だから、今この場にルーミアさんがいる以上、あんまり迂闊に否定する事ができない……。


「ふふふっ…… ふたりとも、女の子同士なのに本当に仲よしなのね」

「うぅ……」


 レティさんの言う「仲よし」の意味合いは……当然「恋愛感情」という概念で使われているのだろう。
 わざわざ「女の子同士"なのに"」と前振っているのがその証拠……。
 まあ当然か……私たちが行っていたのは、そういう意味が含まれているものなんだから……。
 覚悟はしていたが……いざ目の当たりにすると、覚悟が足りなかったんだなぁ、とつくづく思い知らされた……。


「……さすがは、西行寺幽々子……と言ったところかしら……」

「へ?」


 私が対応に困っていると、不意にレティさんの口からよく分からない一言がこぼれ落ちる。
 それからすぐに態度を切り換え、レティさんはこの場に居るもうひとり、文さんに目を向けて言葉を放つ。


「で、そこのブン屋さんには……改めて自己紹介の必要はないわよね?」

「ええ、まあ。ここに居る御三方全員、一度はインタビューしたことありますので。情報はバッチリですよ!」


 さすが、自分のジャーナリズムに命を懸けているだけあって情報はバッチリということか。
 この場の全員の情報を、既に網羅しているとは……こういうところは素直に尊敬に値する。
 その情熱をなんでもっと上手に使えないんだ。持てる力を調和と協調に使えば幻想郷だって救えるだろうに。


「それよりも……私には、あなたがこの時期に起きているということの方が気になりますけどねぇ」

「……?」


 文さんは、レティさんへ一言付け足すように言った。
 どういう意味か分からなかったので、私は文さんに尋ねてみる。


「文さん。と言いますと?」

「確かネタ帳に書いてありましたよ。ちょっとネタ帳貸して下さい」

「返す訳ねえだろばかやろう」


 私は差し出す文さんの手をパチンッと払って、代わりに憎まれ口のひとつを送りつけた。そんな手に乗るか阿呆。
 文さんはチィッと舌打ちをひとつ。
 それから、やれやれと口ずさんでから、素直に解説を始めた。まったく始めっからそうすれば良いんですよ……。


「レティ・ホワイトロック。彼女は冬の妖怪……ですから、普段冬以外の季節は眠って過ごしているんですよ」

「ええ。だから今すっごく眠い! ……ぐー」

「あれー!? 寝ちゃったー!?」

「はっ……! いけないいけない……」


 突然の睡魔に屈したレティさんは、それでも眠気を振り払おうと、頭を振る仕草をする。
 ああ、ダメですって!? レティさんさっき頭部強打したんですから、そんなことしちゃダメですって……!


「んー、そうなのよねー。私も冬だと思って目を覚ましたつもりだったのよ……。
 そりゃ空気も暖かいし、周りの風景も春っぽかったし……だからおかしいなー、眠いなーって思いながらさ迷ってたのよね。
 それで昨日、チルノちゃんとルーミアちゃん会って……聞けばもう春だっていうじゃない」

「へぇ。不思議ですね」

「なんでかしらねー。まるで、私が眠っていた場所だけ春が奪われたみたいに……」

「異変でしょうか? 以前春が遅れた時みたいな」

「…………」


 不思議そうな顔で話を続けるレティさんに、そこに事件のニオイでも嗅ぎつけたのか興味津々に聞き込む文さん。
 話し込むふたりの脇で……ふとルーミアさんの顔色を伺ってみる。
 ちょっとだけ困ったような顔を浮かべていたのは、多分私だけが気づいたんだろう……。


「あの……ところでレティさんは、ルーミアさんとはどのような繋がりで?」


 私は、話題を切り換えるようにレティさんたちの話に割り込んだ。
 おふたりの注目は私に向き、レティさんは不思議そうな気持ちを浮かべていた表情を、おっとりほがらかに微笑ませて。


「私とルーミアちゃんの関係? ふふっ、大丈夫よ。私、別にルーミアちゃんのこと、恋愛対象として見てないから」

「そそそ、そういう心配をしてるんじゃなくてですねっ!!」


 などと、冗談交じり(?)に返され、ほんのちょっと翻弄されてしまう。
 まったく、穏やかな表情で人をからかうところまで幽々子さまにそっくりなのかなこの人……?
 願わくば、幽々子さまほど狡猾で、他人をからかうことに情熱を注ぐような人でないことを祈るばかりだ……。

 と、ここで、横目でチラッとルーミアさんの顔を伺ってみる……その顔は、ほっとしたように和らいでいる。
 それを見て、私もつい直前まで困っていた表情を、軽く緩めてしまうのだった。


「そうねぇ……。ルーミアちゃんと、というよりはチルノちゃんの方と繋がりがあるのよ」

「チルノとですか?」

「ええ、同じ冷さを扱う者同士、仲良くやってる訳。
 ただあの子……チルノちゃんね、よくルーミアちゃんをいじめたから……そこをよく叱ってあげてたわ。
 まあ、ルーミアちゃんとはそれでちょっとした知り合いになったって感じかしら?」

「なるほど」


 さながら、あのおてんば氷精の保護者的立場というところに落ち着いているってことかな。
 レティさん自身、「よく母親代わりだなんて言われるわ」なんて、自嘲気味に付け足しては、
 真っ先に「おかあさん発言」したルーミアさんの方を軽く見やった。
 まあ、ルーミアさんからすれば、レティさんの存在は大事ないじめ抑止力のひとつ。さん付けして敬いたくもなるというものだろう。
 なるほど、だからひと月前のいじめ騒動は、レティさんが眠ってしまったから起きたってことなんだろうな。

 レティさんは、「まったく……」なんて漏らして、その扱いをあまり好ましく思ってないようだったけど、
 ここまでの短い時間の間でも、なんとなくおかあさんっぽい雰囲気を持ってるんだなっていうのは、私自身十分納得できてしまった。


「……私だってまだ夢見る乙女なのに……」


 ……すみませんでした。


「それで……今日ルーミアちゃんをここにやって来たのは、なんでもルーミアちゃんが西行寺の姫とお知り合いだっていうじゃない。 
 だからちょっと、紹介して貰おうと思ってね……」

「そーなのー」


 と言ってルーミアさんはえっへん、誇らしげに胸を張っていた。カシャリ。


「だから勝手にシャッター押さないでくださーい」


 えー、今の決定的シャッターチャンスだったじゃないですか。


「……って、幽々子さまに?」


 ルーミアさんの可愛さで一度は後回しにしてしまったが、唐突に出された主の名に気づき、少し驚いた。
 ……いや、この方は先程も、確かに幽々子さまの名を口にした……。
 不思議に思う私に、ルーミアさんが「なんかね、ゆゆちゃんにご用があるんだって……」と言葉を付け足す。
 そしてレティさんもそれに頷くのだった。……とても、真剣な表情を浮かべて……。


「ええ……私には、やらねばならないことがあるのです……。
 本当は、春と気づいた時に眠り直そうともしたのですが……それを許ない事実を知ってしまったから……。
 そのためにも、今は眠ってなんかいられな……………………ぐー」

「寝たー!?」


 大丈夫か、この人……?


「幽々子さまに用、ですか……」


 冬の妖怪である彼女が、冥界の姫君であらせられる幽々子さまに一体どんな用があるというのか。
 まるで話が見えてこないけど……まあ、いずれにしろお客様なのだろう。

 それに……彼女は不慮の事態で目覚めてしまったとはいえ、本能に逆らってまで行動を起こしている。
 妖怪には妖怪の種族的な本能というものがあり、それに逆らうというのは相当な無理がたたるはずなんだ。
 さながら、人間が夜に眠らない生活を送るようなもの。
 だというのに、彼女がその本能よりも優先して、わざわざ冥界にまで足を運んだ。
 それは、そこにただならぬ決意が秘められているからだろう。
 先程の表情からも、その意志を十二分に感じ取った……。

 西行寺家の御庭を守る者として、本来なら通していいか迷う所でもあるが……まあ、ルーミアさんが連れてきたお客人な訳だし、
 それに先程の粗相のお詫びの意味も込めて、私の方から口添えしても良いかもしれない……。


「良いですよ、宜しければ案内しますよ。ついでに、知り合いの医者の方も呼ばせて頂きますから」

「本当! ありがとう」


 そうして、私は彼女―――レティ・ホワイトロックを、幽々子さまの元へと案内することにするのだった。
















更新履歴

H21・10/18:完成


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