ルーミアさんの特訓を始めて、1週間程度の時が過ぎ去った。

 特訓を始めてから、ルーミアさんにはほとんど毎日白玉楼に訪ねてきて貰い、修練を重ねてきた。
 ついでに霊夢さんも、面倒だと言いながら毎日付き合ってくださった。
 エサで釣ったからか、それとも一度乗りかかった義理でも果たそうとしてくれてるのか……。
 まあ前者だろ……あの面倒くさがりな脇のことだし。
 とはいえ、毎日日が沈むより先に特訓を始めるため、
 霊夢さんが闇を纏ったルーミアさんをここまで引っ張ってくる役目(通称:黒ダルマ役)を請け負ってくれるのは非常に助かった。
 ……待ち合わせして一緒に来るなんて……ちょっとうらやましいというか、妬ましいというか……。
 そんな訳で、ここ1週間は霊夢さんが面倒くさそうな半開きの目と共に、ルーミアさんを丸出しの脇に抱えて登場する姿が日課となっていた。
 ……ルーミアさんって、よっぽど脇に抱えやすいのかな……?

 また、特訓を続けている内に幽々子さまの1週間のご休養期間が終わってしまったため、
 幽々子さまは途中からお仕事と両立してお付き合いくださった。
 折角の休日や仕事の合間の休養を、私たちの特訓に費やさせてしまい申し訳なくも思ったが、
 幽々子さま本人は、逆にルーミアさんとの時間を共有できて良かったとおっしゃっていた。
 「どうせ暇して食っちゃ寝食っちゃ寝食っちゃ食っちゃ寝して過ごすだけなら、ルーミアちゃんと一緒に過ごせた方が断然いいじゃない」と、
 ……またえらく食事にウェイト置いたグータラ生活を予定していたんですね……。

 この1週間で行ったことと言えば、申し訳程度の基礎訓練と弾幕避けの練習、そして秘策用の練習が主である。
 ルーミアさんのモチベーションを上げるため、新しい剣技の練習も少しは行った。話にちょっと出した夜剣「夜鳥剣 -ナイトバードソード-」とか。
 その成果のほどは……まあ、ここで触れるのはよそう。


 また、特訓ばかりでは身に付くものも身に付かないと、幽々子さまが休養しなさいとご提案された日もあった。
 幽々子さまのお言葉ももっともだと思い、その日の午後は気分転換として、私とルーミアさんのふたりで人間の里に遊びに行くこととなった。
 出かける際、幽々子さまは「デートね」だなんて……で、でぇとっ?!
 も、もうっ……! 幽々子さまはなにをおっしゃってるんですかっ!?
 べ、別に私はみょんなヨコシマなつもりなんてなくて……、……そっか……デートかぁ…… えへへ……。
 ……んっ……ごほんっ……! ……な、なんでもありません……。

 人間の里は、ルーミアさんにとっては食糧がいっぱい誘惑いっぱいな危険なトコロだったりするけれども、
 妖怪の間でのルールに里の人間を襲ってはいけないという決まりがあるため、ルーミアさんによる大量の捕食の危険は回避された。
 ごはんいっぱいの血生臭い誘惑がいっぱいの中、健気に我慢していたその姿は……申し訳なく思いながらもちょっときゅんとさせられた……。

 里では、特に目的もなく、ふたりで露店の商品を見回ったりなどした。
 流行りの飾り物なんて私にはよく分からなかったけど、ルーミアさんもあまりそういうのは詳しくなかったみたいで、
 だから安物でも純粋にふたりが気に入った物を探してははしゃいでいた。

 茶屋で一緒に食べた白玉善哉はおいしかった。
 ただ途中、幽々子さまに吹き込まれたのだろう「あーん」なんて私に食べさせようとして来た時のことは……正直テンパって覚えてない……。

 帰り道、夜空に輝く月の下、また明日からがんばりましょうと言って別れる時に……
 ……その……お、お別れのキスなんかおねだりされちゃってっ……!? わ、わたし……すっごく困った……。
 やっぱり……私たちの曖昧な関係のことを考えると、控えるべきじゃあないかなと思って……
 それに、まだ話していないとはいえ、先日の「しない宣言」のこともあったし……。
 うろたえながら断ろうとする私に、ルーミアさんは「だってゆゆちゃんが……!」なんてこぼしたので、
 絶対幽々子さまがなんか仕込んだんだろうは分かった。
 分かったからって、その状況が解決される訳でもなく、依然あたふた慌てふためく私。
 しかし、いまだ性的な意味で理解してないだろう彼女は私の唇を求め続けてきて。
 それを断るってことは、純粋なルーミアさんから見れば「私がもう好きじゃなくなった」と誤解させてしまうんじゃないかって思って、
 そう考えたら迂闊に断ることもできやしない。
 私だって……ほんと言うと……べ、別に、いやな訳じゃないし……。ただ、けじめっていうのがあると思って……。
 いやしかし、その辺をしっかり区別させる良い機会とは思えど、かといって私の中ではまだ彼女に説明するだけに文章がまとまってなくて……


「ええい、あんたらバカップルのノロケ話は良いのよ」


 ……失礼。
 そんな日もありながら、ルーミアさんの特訓は続いた。
 ちなみにお別れの云々の件は、"勝ったご褒美"という形で約束してるのだから、今してしまってはご褒美の意味がなくなる、と丸く収めました。

 そして本日はちょっとガッツリ特訓をしようと、白玉楼にお泊まりして頂く予定である。
 そのため昨日は休養を取り、本日の特訓に備えて体を休めてもらった。
 私は昼の内に現世からいのししを獲ってきて、彼女が今夜の泊まっても大丈夫なよう夕食の用意を済まして……


「……って、来てたんですか。霊夢さん」


 と、いつの間にかやってきて、私のモノローグにいつもながらのキツいツッコミをひとつくださる霊夢さんにようやっと気づく。
 そんな私に、霊夢さんは呆れた顔で額に手を当て、大きく息を吐いていた。
 どうせ今も私の性癖をねちねちつつくようなことを抱えた頭で思い浮かべてるのだろう……。

 その出で立ちに、いつも丸出しの脇に抱えていたルーミアさんの姿はない。
 来る時は、いつも脇に抱えてやって来てたので、ひとりで来たこの状況はちょっと珍しいと思った。


「今日はひとりですか?」

「んー……ま、途中までは一緒だったんだけどね……」

「……?」


 軽く不思議に思い聞いてみると……なにか渋る言い方で霊夢さんは返してくる。
 その態度に引っかかるものを覚えるも……それよりも、一緒だったのなら、なぜ別れる必要があったのだろうか、ということが気にかかった。
 疑問符を頭に浮かべる私に、霊夢さんはゆっくりと……こう告げる。


「今夜の予定、変更になったわ」

「え?」

「一緒に来る途中ね……あのバカに会ったの」

「……っ!?」

「今、ルーミアのヤツは……この1週間の特訓の成果を見せているところよ」






 

みょんミア

三、春の夜は妖しき夢に







 まだ太陽が半分だけ顔を覗いている夕暮れの空で、私よりも小さな女の子の姿をした妖精が、腕を組んでいばる感じに浮かんでいる。
 ちょっとだけ薄暗くて、けどわたしの目にはまだまだ眩しい太陽の光の下、私は、向かい合うその子の名前を呟いた。


「チルノちゃん……」


 運がわるかったのかな……? れいむと一緒にゆゆちゃんのお屋敷に向かう途中……とうとう、はち合わせちゃった……。
 チルノちゃんがよくいる霧の湖を避けて、近くのお山を回り込んで飛んでたのに……たまたまチルノちゃんもこっちまで遠出してたなんて……。


「へっ……! 今日は守ってもらわなくて良かったのかよ? 博麗ンところの巫女だろ? 頼もしかったじゃねーか」


 チルノちゃんがわたしに言う。
 この間、よーむちゃんに守ってもらったわたしが、今日はれいむをひとりで先にゆゆちゃんのお屋敷に行かせたから。

 れいむは、確かに強いよ……。守ってもらえたら、どれだけ心強いか……この1週間ですっごく実感した。
 ……弾幕避け修行の時なんかどれだけ鬼畜だったか……うー、おもいだしたくない……。


「けど……それじゃあ意味ないから」


 まだ眩しくて見にくいチルノちゃんのお顔の、まゆ毛が不思議そうにひそめていた。
 いつもはおびえて逃げ惑うだけのわたしが、今はそうしない……。
 守ってくれる誰かもどこかにやって、ひとりここに残って……いつもと違うわたしに、驚きを顔に出さない程度に戸惑ってるみたい。


「いつもみたいに、勝てないからいやだよ〜、っていうんじゃないのか?」

「うん、そうだね……」


 わたしは、ゆゆちゃんの木刀を抜き取って、チルノちゃんに突きつける風に構えを取る。
 そして、ちょっとだけ勇気を振り絞って……言ってやった……!


「勝てるから、いやじゃないだけだよ」


 わたしの強気な発言に、チルノちゃんは、怒るよりも先に意外そうに、ぽかんとした顔になっちゃった。
 けど、その顔はすぐに不敵に笑う感じに変わって。


「へー、お前もやっとやる気になったってか……」


 勇気を出して口にしたから威張りも、チルノちゃんには全然効いてないみたいで……
 わたしの強気をはね返しちゃうその態度に、むしろこっちが動揺しちゃいそう……。

 本当は……少しだけ怖い……。
 またいじめられるって思ったら……。
 なのにこんな生意気なことを言っちゃったら……いつもよりもっとひどい目にあわされちゃうんじゃないかって……。
 がんばって取り繕った強気のメッキが、チルノちゃんの自信満々な態度にはがれ落ちちゃいそう……。
 心臓が、ドキドキしている……。よーむちゃんと一緒にいる時とは違う、あんまり嬉しくない方のドキドキ……。
 それでも……がんばる……。がんばらなきゃ……!
 だってみんながわたしのためにがんばってくれたんだから……!


「わたし、勝つから……」

「上等!!」


 風が吹いた。
 少しだけ、肌寒いかな、と思った……。


















「タイミング、悪かったわね」


 霊夢さんの静かな声が、白玉楼の客間に響き渡った。
 私と幽々子さまの視線が、同時に声の主に向かう。
 霊夢さんはお茶を一啜りして一息……それから、言葉の続きを紡いだ。


「今日、思いっきり特訓つけるつもりだったんでしょ? その前にやってくるなんて」

「あら、ある意味良かったじゃない。万全の体調で臨めたんだから」


 霊夢さんの一言に、幽々子さまがいつもの微笑みを携えたお顔でお答えになった。
 霊夢さんは、「……ま、そういう見方もあるわね」なんて静かに答えて、もう一度お茶を一啜りする。
 ちゃぶ台の中心に置かれたお皿、最後の桜もちに幽々子さまの白い手が伸びて、その瑞々しい唇の中に消えていった。
 お茶請けがなくなる。
 そして、言葉さえなくなる。
 沈黙が、数秒だけ続いた……。
 それを、特に深い意味もなく破ったのは、私の言葉だった。


「桜もち、追加いりますか?」

「行かなくていいの?」


 気だるそうな視線が、私に突き刺さった。
 ようやく口にした私の第一声が、のんびりとお茶請けの準備を行おうとするだけだったのが、この脇巫女的にはしゃくだったのだろうか?
 まるで空気の読めてないヤツだと責めるような、そんな視線だけで見つめ続ける。
 その瞳に反発するでもなく、かといって受け入れるでもない、まるでしなやかに揺れる柳のような態度のままで答えた。


「行ってなにができるって言うんですか?」


 これは彼女の戦い。
 私が勝っても意味がない。そう言ったのは他ならぬ霊夢さんだろうに。


「見届けるくらいはできるでしょ? 愛するハニーの特訓の成果をね」

「必要ないですよ」


 先ほどと同じ声色のまま、焦りも不安も浮かべない、まるで、なんでもない日常の会話のように口にした。


「確かに、もう少し時間は欲しかったですが……。あんなに努力したんです……。ルーミアさん、勝ちますから」


 私はただ……陳腐な言葉になるけれども、信じていたから。


「さて、と……じゃあ私、追加の桜もち持ってきますね」

「あんたってさ、多分人間の一生分くらいは既に生きてるわよね?」

「ん?」


 立ち上がり、台所に向かおうとする私に、霊夢さんは顔も向けずに聞いてきた。
 私は霊夢さんの方に顔を向けて、問い掛けの答えを返す。


「まあ半分死んでるようなものですけど……そうですね、60年なんて軽く」

「青いわね……」


 言って、霊夢さんはお茶をまたも一啜り。
 それで湯飲みの中が空っぽになったらしく、霊夢さんは無言で、急須から追加のお茶を注いでいた。

 彼女は……博麗神社の巫女は……努力が必ず報われるものとは信じていない……。
 いつかどこかで、誰かに聞いた気がした。
 だから、私の陳腐な綺麗事に青臭さを感じるのだろう。
 それを知っていたから、私は特にムキになることもなく、その言葉を聞き留めるだけに終える。
 なにも言わず、ただ追加の桜もちを取りに向かう。


「その短い寿命の3分の1も生きてないあなたがなに言ってんだか」


 代わりに幽々子さまの優雅な微笑みが、博麗の巫女に返されるのだった。


















「いっくぜぇーっ、赤リボンっっ!」


 弾幕戦が始まった……!
 先に攻撃を仕掛けてきたのはチルノちゃんの方。手のひらに集めた氷の塊を、わたしに向けていっぱい散らすように放ってくる。
 素早くて、だんだんと広い範囲に広がるように飛び散っていくく氷の弾幕。

 ―――……来た!? けど、落ち着いて……。

 わたしは慌てちゃいそうな心に言い聞かせて、素早く、氷のつぶてが広がる範囲よりも大きく回り込むよう動いた。


「まだまだぁッ!!」


 避けたところに2発目、3発目と同じように放たれる氷のつぶて。
 大丈夫……チルノちゃんの通常弾幕は速いけど、濃度はそんなんでもない。
 特訓の時に聞いていた通り……!
 そして、その弾幕の対処方法も……!
 落ち着いて……練習した通りに……


「たぁー!」


 声をあげて、わたしはチルノちゃんの弾幕を避け切る。
 ほんとだ、避け方が分かってれば大したことないかも……。
 弾幕を潜り抜け、そして一気に距離を詰める。


「なにっ!?」


 上手くいった!
 チルノちゃんの自信満々だったお顔が、びっくりのお顔に変わるのを間近で捉える。
 そのまま持っていた木刀を両手でしっかり握って、よーむちゃんから教わった剣術を思いっきりぶつける!


「えーいっ!」

「うおっとッ!?」


 木刀はぶぅんと大きな音を出して空振り。
 ……外れちゃった。チルノちゃんちっちゃくてすばしっこいから、当てにくい……。

 けどまだまだ!
 私は続けて弾幕を放つために手に妖力を集める。
 それにチルノちゃんはまだ気づいていない……。そして……発射!!


「もっかい、えーいっ!!」

「なにっ!? ぅお!? おっ!?」


 妖力をレーザーに変えて、至近距離で発射する!
 ……けど、チャージの時間や音で気づかれちゃったみたいで……チルノちゃんは発射の瞬間、横に大きく動いちゃったから外れちゃった……。むぅ……。


「あ、あっぶねー……」


 わたしの一連の攻撃を避けきって、チルノちゃんは用心のためか距離を開いた。
 ある程度離れてからわたしの方を向いて、それからすっごく不機嫌な顔で睨みつけて、


「くっ、そ……卑怯だぞ赤リボンっ! 闇に姿を隠すなんてーっ! なにやってくるか分かんないじゃないのさっ!」



 闇を纏いながら戦うわたしに、チルノちゃんは文句をぶつける。
 もちろん、闇の濃度はいつもより下げている。わたしが見えなくなっちゃうから。
 まだ太陽は沈んでないし……わたしはこれでもちょっと眩しくらいなんだけど……
 少なくともチルノちゃんからは、わたしの姿は全くなにも見えないみたい。


「ひきょうじゃないもん! わたしの能力だもん!」

「うっさいっ! この黒ボールっ!!」


 チルノちゃんはひきょうだっていうけど、これは全然ルールで認められてるんだもん!
 スペルカードルールをれいむから聞いて、ちゃんと確認したんだよ!
 自分たちが使える能力をつかって弾幕をぶつけ合うのがスペルカード戦だ、って!
 時間止めたり、式神を操ったり、永遠を操ったり、神経毒出してのろのろにさせたり、増えたり、もう好きにやりなさいって言ってたんだよ!

 だから、闇をまとうくらい良いじゃない! っていうかまだ眩しいんだもんっ!
 それにそれに……これはよーむちゃんが教えてくれた秘策なんだから!



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



『戦闘中は常に闇を纏っていてください』

『え、なんで?』

『戦いとは、相手のわずかな挙動から行動を読み取り、その先を、裏を読むものです。
 ですがルーミアさんの能力なら、それを隠すことができるじゃないですか』

『おー、そーなのかー!』

『次に何をするか相手に読み取らせない、これは戦いの中ではすごく重要なことです。特に白兵戦なんかだと効果的です』




 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



「しまっ……!?」


 もう一度、チルノちゃんの弾幕を掻い潜って距離を詰めることに成功っ。
 チルノちゃんからは、闇をまとっているわたしがなにをしているかはやっぱり見えないみたい。

 木刀で攻撃してくるの?
 それとも弾幕で攻撃してくるの?
 どっちに合わせて動けばいいか悩んで、結局どっちにも動けずにいる感じ。

 ここがチャンス……!
 そう思って、わたしはさっきから片方の手を空けて一枚のカードを取り出してた。
 カードアタックの大技をチルノちゃんにおみまいしちゃうんだ!

 カードアタックは強力だけど、不意打ちはルール違反になっちゃう……。
 折角のチルノちゃんをおろおろさせているのが意味なくなっちゃうかもだけど、これも重要な"ふくせん"!
 ここですっごい技を見せつけると、えーっと……なんかあとあとの戦況を左右する作戦だ、ってゆゆちゃんに教えて貰った!
 だからわたしはカード宣言をして、チルノちゃんに挑む!


「行くよ! チルノちゃん!!」

「……っ!?」


















    秘宝「ウッドソード・オブ・ユユコ」


















    ピシッ……!


「あ……」


 追加の桜もちをちゃぶ台の上に並べるなり、唐突に、幽々子さまの湯飲みにひびが入った。
 ひび割れたところからお茶が染み出し、ちゃぶ台の上に流れていく。
 私は慌てて湯飲みを、ちゃぶ台の足にどかせておいたお盆の上に移し、用意していた手ぬぐいと持ち替えた。


「不吉ね……」


 お茶を拭く私の姿を眺めながら霊夢さんが呟く。
 確かに……湯飲みが割れるなんて、縁起の良いことじゃない。


「私……すっごくいやな予感がする……」


 持ち主であった幽々子さまのお顔を伺う。
 心なしか、その顔色は優れないよう……。


「まさか……ルーミアさんの身に良くないことが……?」


 これは……その予兆だというのだろうか……?


「……ううん、多分そんなんじゃないと思う……」


 私たちの不吉な胸騒ぎを幽々子さまご本人は否定なさる……。
 けれど、その顔色は極めて悪く……とても「はい、そうですか」なんて安易に信用できるような雰囲気ではない。


「ルーミア様、マジでお願いします……。あの技だけは、あの技だけは使わないでいてください……!
 カード取られたらどうするのよ……私恥ずかしいから……ううう……」


 その上、あの幽々子さまが祈るように、必死でなにかを呟いてさえいるではないか……。
 幽々子さまにしてはらしくなく取り乱す程の、胸騒ぎ……。
 
 祈るような幽々子さまの姿に、私の胸にも不安が募っていく……。
 幽々子さまのお言葉は小さくて、なにを呟いているかはよく聞こえなかったけれど……
 きっと、ルーミアさんの無事を祈っているに違いない……。そのことだけは、分かっていた。

 ……だから私も……不安になんか負けたりせずに……私が信じるものを、ただ信じようと、決めた……。


「大丈夫ですよ……。ルーミアさん、あんなに頑張ってたんですから」

「いや、問題そっちじゃないからっ!」


















「ゆゆちゃんごめ〜んっ!」


 氷の弾幕から逃げ回りながら、お空の上にいるゆゆちゃんに向けて、大きな声でごめんなさいをした。
 その後ろから、すっごくご機嫌そうにチルノちゃんが追っかけてきている。


「へっへっへっ、大したことないなぁ〜。お前、ちゃんとさっきのカード寄越しなよっ!」

「お、終わったらちゃんと渡すよ〜」


 ごめんねゆゆちゃん。折角ゆゆちゃんの木刀でがんばったのに……チルノちゃんにまんまとカード取られちゃいました……。
 だってチルノちゃん、ずっと木刀の届かないところに逃げちゃうんだもんっ!

 わたしがカード宣言をした後、わたしはよーむちゃんから教えてもらった剣術で、思いっきりゆゆちゃんの木刀を振り回したの。
 最初の1回目をチルノちゃんに間一髪避けられちゃって、
 それからチルノちゃんは木刀の攻撃に用心して距離をとって……それが、"うんのつき"だったの……。

 わたしが木刀をもう1回ぶつけに行こうと近寄ると、チルノちゃんはおんなじように距離を取って逃げて。
 また近づいたら、逃げられて。
 近づいて、逃げられて……。
 そうやっている内に……チルノちゃんに、近づかなきゃ当たらないってことに気づかれちゃいました……。

 途中で弾幕を放てば良かったかもしれないけれど……けどわたし、カード宣言しちゃったんだもん……。
 わたし、あのカードアタックはゆゆちゃんの木刀でぽかぽか叩くことしか考えてなかったから、弾幕は用意してなくて……
 そうやって離れたチルノちゃんから弾幕を浴びせられてる内に、わたしとうとう一回撃墜されちゃった……。
 ……取られちゃったことゆゆちゃんには黙っておこう。怒られちゃうし……。


「どっちの攻撃してくるか分かんないのは確かに厄介だけど……そんなん近づかなきゃいいだけじゃん。あたいって天才♪」

「……、むぅ〜……」


 それから先は、もうさんざん。
 距離をとれば木刀はもう当たらないってことにも気づかれちゃって、
 わたしが近づこうとすると、チルノちゃんはすぐに距離を離すようになっちゃった。

 今では立場が逆転。
 さっきまでわたしがイケイケで押していたのに、今じゃチルノちゃんの方がイケイケで押してきてる。
 わたしはもう、さっきからずっとチルノちゃんの弾幕を逃げ続けることに一生懸命で。逃げ回って、幻想郷中を駆け巡っているの。
 チルノちゃんがよくいる湖の上とか、その近くの妖怪の山の上とか、人間の里の上とか……
 あとえーりんさんのおうちに向かう途中の竹林の入り口も通ったよ。
 あ、この森暗くて良いかも。今度お気に入りの場所に追加しようかな〜。


「どうしたどうした〜! 最初の勢いはどこに行ったんだ〜?」

「って、きゃー!? そんなこと考えてる場合じゃなかったーーー!!」


 うぅ〜……悔しいけど、チルノちゃん動きは速いし弾も速いし……。わたしは避けるので精一杯……。
 これじゃあ、いつもとおんなじ展開……で、でも、ただ逃げ回ってるだけじゃないんだから! ちゃんとチャンスを待ってるんだから!

 チルノちゃんのふつうの弾幕は、やっぱり濃度は薄い方だからまだ避けられる。
 これがスペルカードだったら、ちょっとキツいかもだけど……。
 大丈夫! 足を止めないで宣言聞かないようにすれば出せないからねっ!

 ……けど、逃げ回ってるだけじゃあちょっと焦っちゃうなぁ……。
 なんとかしたいけど……足を止めたらちょっと危ないし……。

 近づいて叩けないなら、木刀持ってるのもあんまり使い道ないし。
 そりゃあ、よーむちゃんみたいに剣を振るって弾幕を出す方法は教えてもらったけど……。今のわたし……それできないし……。
 やっぱり、今は逃げ回ってチャンスを待つしか……


「おーおー、威勢が良かったクセに逃げ回ってばっかかよ! なっさけないのっ!」


     ……むかっ……!


「なーんだ、最初はいきなり黒ボールになるから驚いたけど、これじゃあいつもと変わんねーじゃん。あーあ、びっくりして損した」


    ……むかむかっ……!


「やーいやーい! 黒ボール! 臆病黒ボール! あんたなんか正露丸と一緒に歯に詰められちゃえばいいのよ〜」


    ……むかむかむかっ……!


「臆病なんかじゃないもんっ! 作戦だもんっ!!」


 好き勝手言ってくるチルノちゃんに、わたし、頭にきちゃって……つい足を止めて言い返したの。


「や〜っと、足を止めたなぁ〜」

「ふぇ……?」


 自分でも反省。
 チルノちゃんはにや〜っと笑った表情を浮かべて、一枚のカードを取り出して……あっ! って思った時にはもう、カード宣言されちゃいました。


「くらえっ! "氷符『アイシクルフォール』"ッ!!」

「ひゃー!?」


















「小さい頃……お師匠様の弾幕が、乗り越えられなかったんです」


 静かなままの客間で、その静寂を打ち破るように私の口から言葉が出る。
 なにひとつ会話がなく、それもまた良いかなと思っていたけれど、かなり長い時間そうやって過ごしていると、
 さすがに少しだけ居たたまれなくなったからだろうか、そんな風に話を切り出していた。
 お茶を啜りながらの霊夢さん、桜もちをまたひとつ口に運ぶ幽々子さま。おふたりの視線が、私の方へ注がれる。


「私その頃スペルカードルール提示してなかったわよ?」

「弾幕戦くらいン百年も前からやってるでしょ。ブームに合わせただけであんな洗礼された弾幕放てますか?」

「あー、はいはい、分かった分かった。で、あんたのお師匠様の弾幕がどうしたって?」


 霊夢さんの無粋なツッコミに、ついムキになって返してしまう私。
 話の腰を折られたようで居心地が悪かったのもあるけど……とりあえずこの脇になにか言われるのだけは妙にしゃくなのだ。


「はい。修行の一環として始めたんですが……最初、何回やっても乗り越えらなかったんです」


 私は居直って、話の続きを始めた。
 霊夢さんも、最初こそ茶々を入れたものの、飲みかけのお茶をちゃぶ台の上に置き、私に目を向けてくる。
 しっかりと話に集中する意を態度で示してくれたので、安心して続きを語ることができた。


「それでも何回も練習して、諦めないで何回も、何回も練習を積み重ねたんです……。
 そんなある日……その日もお師匠様に同じ弾幕を放ってもらったのですが……いつもと違う感覚があって……。
 気づいたら、突破することができました」

「そりゃおめでとう」

「問題はその後です」


 軽〜く祝辞を送ってから一度置いた湯飲みに口をつけようとする霊夢さんだったが、
 私の話が終わってないのを知ってか、湯飲みを持つ手が止まった。
 湯飲みに口をつけたままの姿勢で、霊夢さんは目だけをこちらに向けてその動きを止めていた。
 お行儀云々については考えると確かにアレだが……ちょっと不意打ち気味の私も悪いだろうと、ちと反省……。
 まあ、話をするには別に差し支えはないと、構わず続きを話すことにする。


「その後も、修行ということで同じ弾幕を放って貰ったのですが……
 今まで何回やっても上手く潜り抜けられなかった弾幕が……その後、不思議なことに簡単に潜り抜けられるようになってたんですよ」


 霊夢さんは、中のお茶を飲まないまま湯飲みから口を離し、再び私に向き合った。
 お茶よりも私の話に耳を傾ける方が価値があると判断してくださったという意味だろう。


「ヘンな話ですよね。1回成功させる前と後とで、私の身体能力はそんなに成長してる訳ないのに」


 あれは不思議な体験だった。
 あんなに無理だと思っていた弾幕が、1回潜り抜けられたそのすぐ後では、幾度も成功してしまった。
 幼い頃、それがすごく印象的だったのを今でも覚えている。


「自信を持つ、っていうのはそういうことなんだと思います」


 気持ちで負けては、勝てるものも勝てなくなる。
 よく言う言葉だけれども、それは本当のことだからこそ、よく使われるのではないだろうか。


「できるまでの私は、突破できるだけの力があるくせに、自分を信じなかった……心が劣っていたから、力を発揮できなかった。
 だから、それと同じで、ルーミアさんにも勝てるって自信を持って欲しかった。
 そうすれば……戦う前から心が折れることも、力を発揮できなくなるなんてこともなくなると思ってたので」


 できないと思い込むことこそが……私が、お師匠様の弾幕を突破できなかった大きな要因。
 だから、自信は必要なんだ。


「なるほど……それで、『勝ちましょう』に繋がるのね……」


 彼女の苦手意識は、「チルノ」という存在そのものにある。
 実際の実力では、特訓での私たちの弾幕の方が幾分も強力だったろう。
 けれど、チルノに対しての苦手意識の克服は……やはり、チルノ自身に打ち勝つことでしか得られない……。
 チルノを乗り越えられなくては、チルノのいじめに対して屈しない自信を持てないから。

 霊夢さんは、私が言いたかったことは伝え終わったのだと理解してか、飲みかけだったお茶を今度こそ飲み干した。
 飲んで、「ぬるい……」と一言、ごちていた。


















「くらえっ! "氷符『アイシクルフォール』"ッ!!」


 来ちゃったぁ〜!? チルノちゃんのカードアタックぅ〜〜っ!?

 チルノちゃんが宣言を終えると、チルノちゃんを中心に、氷の弾が横一列にずらーっと並ぶ。
 そして、横に並んだ氷の弾は、足を止めたわたしに向かって一斉に飛んできた。


「ひゃー!?」



 カードアタックは、さっきみたいな適当にばらまく弾幕とは違って規則的。
 その分避けるのに頭と冷静さが必要になる。
 チルノちゃんの放った氷につぶては、わたしの右と左から挟み込むように、同時に迫ってくる……。

 迫る氷の塊を前に冷静さを失いそうになる。
 だっ、だめだよ……! 落ち着いて……落ち着かなくちゃ……!


「うりうりうりー!! 今日のあたいはゼッコーチョーッッ!!」

「あーんっ! 当たっちゃう、当たっちゃ、う……え?」


 ―――……違う。


「へっへーん! 今日はなんか調子がいいわね♪ 気温が低いからかしら〜♪」


 わたし、今まで1回もカード取れたことなくて……だからカードアタックが来るたび、ちょっとびくびくしてた……。
 だから、もし出されちゃったらどうしようって……ずっと思ってた……。


「同じじゃない……」

「やっぱあたいったら最きょ……うん?」


 わたしの左右から迫ってくる氷の弾幕。
 けど、それって……こんなにスカスカだったっけ?

 チルノちゃんのアイシクルフォールは、通常弾幕と違ってスピードは遅い方。
 だからよく見て、動きを予測することは、とっても簡単で……見るべき弾の数だって、そんなに多くない。
 こんなの……特訓の時に見たよーむちゃんの鬼畜通常弾幕にくらべたら、全然スキマも広いし、全然のろのろじゃない!


「同じじゃないよっ!」


 慌てそうになった心に冷静さを取り戻して、わたしは氷の弾をよく見る。
 両側からの弾は、いっぺんにかわそうとすると大変だけど、片っぽずつかわしていけば良いって聞いたんだから……! えーいっ!


「なに!?」


 できた!
 わたしは、まず右側からやってくる氷の弾幕に向かって、そのスキマをぬって弾幕を潜り抜ける。
 そして時間差で追いついてきた反対側からの弾幕もひょいと潜り抜けると……もうわたしに向かってくる弾幕は無かった。

 やったっ……!  今まで全然避けれる気がしなかったけど、はじめて避けられた!
 そのはじめての感動が、胸からあふれ出そう。
 よーむちゃんたちがつけてくれた特訓のお陰かな? ……あのひどい弾幕に比べたら全然大したことないもん……。

 でも、油断しちゃだめだよ。
 顔がほころびそうになる自分に言い聞かせた。
 喜ぶのは、勝ってから。よーむちゃんが油断は大敵だって教えてくれたから!


「いっけー!!」


 わたしは、木刀を持っていた右手を空けて、そこに溜めれるだけ弾幕を溜めると、チルノちゃんに向けて一気に放った!


「う、うわあぁぁぁあああぁぁっっっ!?」


 チルノちゃんはわたしの一点に集中させた弾幕をまともに全部浴びる。
 このカードアタックで決着がつくと思っていたのに、わたしがそれを避けたことに動揺したせいで反応するのが遅れたみたい。
 弾幕戦は冷静さを保つこと。それが思いっきり反映されたんだと思う。
 チルノちゃんはわたしの弾幕を思いっきり浴びると、そのまま……情けない声を上げて、落ちていっちゃった。

 やった……?
 わたし……勝てたのかな……?


「……ちくっそーっ! まだ終わってたまるかーっ!!」

「わっ!?」


 けど、すぐにチルノちゃんは立ち直って、わたしの前にでてきたの。
 撃墜したものの、チルノちゃんのガッツはまだまだ残ってるみたい。
 スペルカード戦はまだまだ続行。むー、そう簡単には終われないかー……。
 それでも……。


「えへへっ……!」

「なんだよ! なに笑ってんだよ!」


 わたしは、もうこらえきれなくなって、笑いをこぼしちゃった。


「んー。チルノちゃん大したことないなぁ。ちゃんと今のカードちょーだいね

「うっ……」


 それは、ちょっとしたお返しのつもりと、初めて突破できた嬉しさが言わせた、チルノちゃんのさっきの言葉のマネ。

 だってわたし、チルノちゃんの弾幕を潜り抜けて撃墜までしちゃったんだよ?
 これって……立派なスペルカードゲットだよね?
 わたしの……はじめてのカードゲット……。


「お、終わったらちゃんと渡してやるよ! まだ勝負は終わってないんだからなっ!」

「わかってる」


 わかってるなんて言いながら、わたしの顔は勝負の最中だって忘れたみたいににやけちゃってた。
 油断しちゃだめって思いながらも、顔がきりりとした表情に戻ってくれない。
 なんだろう……? 弾幕戦って……こんなに楽しかったっけ?
 わたしの胸に、ふしぎな気持ちが湧きあがってくる……。


「お前の方こそ! さっきのカード寄越せよ! 秘宝なんとかソードなんとかって、アレ!」


 ゆゆちゃんにごめんなさいわすれてた。


「お、終わったら渡すよ〜……」


 ヘンなの……あんなにいやだったのに、今はちょっと、楽しいかも……?
 ふしぎな気持ち……あんなに怖かったのに……。
 勝てないって思ってたのに……。
 今はちょっと、勝てそうな気がするから……?
 ううん……わたし、きっと勝てるよ。
 みんなが、よーむちゃんががんばってくれたから……。


「へっ! じゃあとっとと手渡せるように、終わらせてやんよっ!」

「こっちだって、負けないんだからっ……!」


 そして油断しちゃダメ……。
 ようやく顔のにやにやが戻ってくれて、気持ちを引き締めた。
 まだまだ、勝負はこれからなんだから!




















「そっか、妖夢はそう思ってたんだ」

「幽々子さま?」


 私と霊夢さんの会話を聞いていた幽々子さまが、濡らした手拭いで白く細い指を拭きながら、会話に参加なされる。
 私は、「と言いますと?」と聞いて、幽々子さまのお言葉を促した。


「私ね……、正直、ルーミアちゃんは勝てなくても良いと思ってた」

「え?」


 意外な言葉が返された……。
 それは……ルーミアさんだけではない、特訓を発起した私や、それに協力した霊夢さん、幽々子さま自らまでも否定しかねない一言。
 それでも、幽々子さまのお考えには必ずなんらかの意図があるのだと信じ、お言葉の真意に、私は心して耳を傾けた。


「今回の件ってね……結局、ルーミアちゃんが無抵抗のままだって言うのが引っかかったのよね……。
 妖精なんて大した力を持ってる訳じゃないし、頑張れば勝てるはず……なのに、ルーミアちゃんは、逃げ続けていた」


 幽々子さまのおっしゃる通りである。
 この幻想郷では、妖精は決して力の強い存在じゃない。
 チルノが、特別ちょっとは強いというのは手合わせした限りでも理解したが……それでも、妖精の中という範囲だろう感じた。
 私や幽々子さまの方が、まだまだ断然強い。事実、私には全然歯が立たなかったのだから。


「だから、ルーミアちゃんはね、自分自身のイメージに負けちゃってたんだと思ったの」

「イメージ……ですか?」

「ええ」


 その辺は、妖夢の考えに被るんだけどね。と付け足しながら指を拭いた手ぬぐいをお盆の上に戻した。
 綺麗に拭われた白く美しい指が露わとなり、そのなんでもない仕草ひとつが、とても雅だと感じさせられた。


「頭っから勝てないと思っていた。思い込んでいたから……戦おうだなんて気持ち、初めから持たなくなっちゃった。
 けれど一方的に攻撃だけはされ続ける。戦ってる訳じゃないけど……負け続ける自分、弱い自分がどんどん植え付け続けて……。
 そういうのがくり返されて……実際の実力よりも強く、恐ろしいものに映るようになっちゃったんじゃないか、って……。
 苦手意識って、そうやって身についていくものじゃない」

「確かに……」


 私が言う自信の大切さとは、逆方向からのアプローチだろう。
 私の考えでは、自信がないから戦いに力を発揮できない。
 けれど幽々子さまのお考えでは、自信がないからこそ、戦うことすら拒否してしまう、と。


「だから……1回で良いから、自分で立ち向かってくれれば良いと思ったの。
 気持ちっていうのは面白いものでね、1回やっちゃえば、2回目3回目って結構軽く感じるじゃない……ね

「……ああ」


 ……ものすごく身に覚えがあった。
 私とルーミアさんの関係って、まさにそんな感じで……初めてのアレがきっかけで、こんなに行き過ぎてしまったのだし……。
 言葉の尻の「ね」が、もう間違いなくそれを示しているのだと痛いほど実感して、私は恥ずかしさに身をよじるのだった。


「それに、1回戦っちゃえば、イメージとの違いに気づけるじゃない。
 自分が怯えていた相手が、な〜んだ大したことないんだ、って分かればね」

「大したことあった場合はどうするのよ?」


 お気楽に口にする幽々子さまに、霊夢さんが鋭くツッコミを入れる。
 妖精は、確かにそんなに強靭な存在じゃないけれど、未熟なルーミアさんには大きな壁になるのは間違いなくて、
 事実、ルーミアさんの心には大きな恐怖として君臨しているみたい。


「その時はその時よ。悔しい思いしてもう1回立ち向かえば良いわ」

「えー!?」

「うわっ、薄情ねぇ……」


 投げっぱなしの解答が幽々子さまから告げられ、私と霊夢さんのが超珍しく一致した。
 ここまでの真面目な流れからこの切り返しに、思わず脱力を覚え……ついでに霊夢さんと気が合ったことによる居心地の悪さも感じていた。
 だけど、そう思う私たちに、幽々子さまの表情は真面目なままで……。


「ルーミアちゃんの中にはね……悔しいって思う感情、無くなってるのよ……」

「……え?」


 一見、薄情とも取れた、幽々子さまのお言葉。
 薄いなんてとんでもない……とても深い意味と情が、そこには含まれていたのだから。


「ルーミアちゃんはもう、負けることが普通だってなっていた……。だからいじめられても悔しいなんて、思わなくなっちゃったのよね。
 悲しい、苦しい……でもこれで普通なんだ、って……。だから逃げるのが一番良いんだ、って……」


 もちろん、実際にそう思い浮かべていた訳ではないだろう。
 けれど、無意識に感じていた彼女の気持ちを言葉にするなら、きっとそうなるのだろう。
 だから……立ち向かうことさえ……諦めてしまった。


「悔しいって思うことは、必要な感情よ。……あんまり気持ちの良いものじゃないけれどね」

「…………。ええもうそれはよ〜く存じております」


 ふと、「悔しい」に関わる記憶を、胸の中から思い当たる節を思い返してみた。
 ちょっと触っただけでうちの物置の埃のごとく頭ン中からわんさか大量に湧いてきた。
 その苦汁をよ〜く味わってるからこそ、悔しさを味わいたくない気持ちは痛いほど理解できる。
 特に最近になるとこの目の前に居る脇丸出しの人に散々飲まされまくって、もう喉が爛れてきた。
 ちくしょう、いつか覚えてろよ。


「でも……悔しいと思うからこそ、成長するんじゃない?」

「……です」


 悔しさは、強くなるためのバネとなる。
 負の感情というのは間違った方向に走ってしまいがちだけど……正しい方向に使えれば、それは自らを磨く立派なエネルギーだ。
 だから、成長しようと克己する力に変えられれば、今よりも強くなれる。

 私が……お師匠様の弾幕を潜り抜けられたのも、言ってしまえば「悔しさ」の賜物……。
 抜けられない自分に満足すれば……私のこの思い出も、違う形となって残っていただろう……。
 苦く、悲しい味のする思い出に……。

 けれど、ルーミアさんは……逃げ続けることに満足してしまった……。


「今回のことだけならまだ良い……けど、全ての物事から逃げるようになってしまったら?
 守られるだけの自分に満足してしまったら? ……私は、そんなのいやだから……」


 1週間前、打倒チルノに燃える私に、自分では無理だとやる前から諦めていたルーミアさんの姿を思い出す。
 彼女の中から明るさが消えた、悲しい表情……。
 ああ、確かにそれはいやだな。


「悔しいと思わなかったらどうするのよ?」

「それはないと思うわ」


 霊夢さんから、またも鋭いツッコミが入る。
 が、幽々子さまは特に明確な理由も示さず、それだけ言って、含むように微笑むだけ。
 なぜか、その微笑みを私の方に向けてきて……。
 意図はやっぱり掴めないんだけど……その笑みが、優雅でたおやかだというのに、自信に満ち満ちているのを、私は感じ取っていた。


「だから妖夢、その時はお願いするわね。あなたが一番、ルーミアちゃんを励ますのに相応しい相手だから」


 その時……と言うのは、ルーミアさんが負けて戻ってきた時のことを言ったのだろう。
 言われるまでもない。
 失意のルーミアさんを、励ますのは、誰に頼まれなくとも、私は絶対にやってみせる。
 私の器ごときで、失意の彼女を励ませるか、己が未熟さに不安を覚える自分も居る。
 今回のこと始まりにだって、間違った解決方法を取ろうとしたのを、忘れた訳じゃない。
 それでも……他の誰にも、幽々子さまにだって、その役目を譲りたくはないと願ってしまう自分がいる。

 けれど……


「必要ないですよ」


 霊夢さんに向けて答えた時と同じ口調で、幽々子さまにもその言葉を返した。
 負けて悔しむ彼女を励ます必要なんてない……。
 だって……私は、彼女の勝利を信じているから……。


 それにしても、さすがは幽々子さま。
 勝利という対価を得て、初めて成立する私なんかの考えよりも確実で効果的に、今回の解決策を見い出しているではないか。
 なんだ、じゃあもう今回の件は解決してるじゃあないか。
 だってルーミアさんはもう、苦手チルノに立ち向かっているんだから。

 幽々子さまはもう、この件が解決したも同然なのを知っていたのだ……。
 だから、幽々子さまはすごい。


「だから、妖夢はすごい」

「……え?」


 私の心の声と、幽々子さまのお言葉が重なる。
 ただその主語だけが、不協和音となって響いた。


「結局ね……私……ルーミアちゃんの勝利を信じていないのよ」


 続く言葉は、とても寂しそうに紡がれた。
 そうだ……幽々子さまは、ルーミアさんが負ける前提で話を進めておられる……。
 表情はいつも通りの穏やかな微笑みで、だけど、悲しみの色を帯びた心の色が、こんな私にも垣間見えるようだった。


「けど妖夢……あなたは、彼女の勝利を信じている……。本当に、心の底からね」

「青いだけよ」


 私を羨むように語る幽々子さまに被せるように、霊夢さんは先ほど私に言ったのと同じ言葉を使って茶々を入れた。
 けれど、そんな霊夢さんの妨害行為にも、幽々子さまは表情をお崩しにならず、微笑みを携えたまま答えた。


「そうかもね……でも、私にはないわ」


 からかう体でもない。
 おだてる風でもない。


「未熟なだけであろうとも、真っ直ぐに信じられる心……私にはないから……。だから妖夢、あなたはいつまでも、そのまま真っ直ぐでいてね」


 ただ静かに、真剣に……幽かに、優雅に、お言葉を紡いで、私に期待を寄せてくださるのだった……。


「それって、成長してないってことじゃないの?」

「そのままで居ながら成長しなさいって意味よ

「んな無茶苦茶な……」


 まったく……。
 相変わらず幽々子さまは、多分ものすごく難しいことを、簡単に、アッサリ要求なさる……。






















「いー加減姿を現せよ! もう真っ暗だろ!」


 ルーミアとチルノの弾幕の応酬は続いた。
 勝負が始まったのは、日がまだ沈みきる前から。今ではすっかり日も沈み、辺りは夜の色に染まっていた。
 それだけ長い時間、ふたりは幻想郷中を駆け巡り、互いの弾幕を放ち合っていた。


「えー、だって作戦がー」

「作戦なんて関係ないんだよ! あたいが見えないんだよ!」

「えー。じゃああとちょっとー」


 ……いいや、少しだけ語弊があるのかもしれない。
 戦況は……ルーミアの防戦一方の展開だったのだから。
 チルノは、結局ルーミアから距離を取り続け、弾幕も放ち、近づく隙を与えない。距離を取られてからずっと、ルーミアは木刀を使えずにいた。
 多少弾幕で返しはするも、それも目立った成果は挙げられずにいた……。


「……はぁ……、……はぁ……」


 それでも、宵闇の少女にとっては、ここまで戦えたことが快挙。……そして、限界であった。
 ルーミアは精神的な面ではまだ未熟。
 肉体的な強靭さより、精神的な強さを競い合うスペルカード戦においては、未成熟な心はそろそろ押し潰されそうになっていた。

 一方、氷の妖精はまだまだ顕在。
 チルノもまた、ルーミアの弾幕を何度も受けている。
 体力的には同じくらいの消耗だったが、自分の方がルーミアより強いという絶対的な自信が、精神的な優位を保っていたから。


「おっ! やっとへばってきたか。じゃあ姿なんて表さなくて良いや。そのまま降参しちまえよ〜」

「へ、へばってないもんっ!」


 強がりを口にしながらも、ルーミア自身、自分の限界を自覚していた。
 このままではこちらが先に根尽きてしまう……
 なら……ここで一発大きく攻めて、一気に決めなくては……!
 一発で相手を戦況ひっくり返す大技で……。

 ルーミアは気力を振り絞り、宣言と共に剣を振るった!
 大切なあの人から教わった、あの技で……!


「行くよ! 夜剣、ナイ……」


    ツルッ……! スポッ!


「すっぽぬけちゃったー!?」












    夜剣「すっぽぬけちゃったー!?」












「あははっ! ばっかでー!」


    ごんっ


 すっぽ抜けた木刀は、笑うチルノの顔面にめり込んだ。






    Spell Bonus Failed






「……ぷっ」


 ルーミアは、その姿を見て思わず吹き出してしまう。
 それは、氷の妖精の怒りに油を注いだ。


「てっ、めぇっ……! よくもやってくれたなこンの正露丸ーっ!」

「あははっ……! ははっ、はははっ……あはっ!」


 顔にめり込んだ木刀を引き抜きながら、氷精は叫んだ。
 既に攻めきれないことに覚えていた苛立ちが、今笑われたことで、ついに火がついた。

 だが、その様子を目の当たりにしてもルーミアに怯える様子はなく、ただのんびりと笑い続けていた。
 先ほどのスペルカードゲットもあってか、チルノに対する苦手意識が大分薄れていたのだろう。
 その姿が、余計にチルノの神経を逆なでた。もっとも、実際には闇に隠れたその姿は見えない。
 だが、そのせいでより自分を蔑むイメージを想像したチルノは、とうとう怒りを頂点に達せさせる。
 その感情にて、自分自身を溶かしてしまうくらいに、怒りの炎を燃え上らせた。


「ははっ……! はぁ……ごめんごめん。それよりそれちゃんと返してよー。ゆゆちゃんからもらった大切な木刀なんだからー」

「あん?」


 心底不機嫌な表情を浮かべるチルノだったが、ルーミアの言葉を聞き、今顔から引き抜いたばかりの木刀に目をやった。
 どうやらこれは、あの赤リボンの大切なものらしい……。
 ふと、妖精ならでは悪知恵が働き、チルノは歪めていた顔の口元を軽く上げて、その木刀をしっかり握り直した。


「へっ! あとでなんて言わずに、今返してやるよ……あんたの頭にぶつけてなー!」


 今まで一定の間合いを取っていたチルノが、ここに来て一気に距離を詰める!
 頭に血が上っていたこともある。
 だが、一番の理由は、ルーミアが木刀を手放したことで間合いを取る必要が無くなった判断したからだった。
 小柄なだけあって、その接近は速い。氷精の体は、あっという間に黒い球体の眼前にまで迫った。


「アンタなんかその正露丸ごと真っ二つにぶっ叩いてやるっっ!」


 木刀を、上から一振り。
 ぶぅん! と、荒々しく風を切る音が響いた。
 闇を作り出している術者にその一振りは当たることなく、木刀は、ただ黒の中を通り抜けただけに終わった。
 それどころか剣の扱いに慣れてないその無造作な一閃に振り回され、小柄な体は大きくバランスを崩してしまう始末。


「ぅおっ?! ……とっ!?」


 なかなか思うようにならないことに苛立ちがさらに募る。
 一刻も早くコイツをぶち込んでやらないと気が済まないと、崩したバランスなどお構いなしに、木刀をもう一度振り回そうとした。


 その時、……氷の妖精はぞくりとした。


「……っ!!」


 なにか、得体の知れない嫌な悪寒……。

 ……その表現は、少し間違っているかもしれない。
 なぜなら、彼女の身が感じたものは、身の毛もよだつ寒気でもなく……"暖かなぬくもり"だったのだから。


「もう準備……終わったよ……」


 瞬間、目の前の闇が晴れ始める。
 ルーミアが、この戦いが始まった時からずっと発動させていた自らの能力を、ここにきてようやく解除したのだ。

 もう、十分だと判断したから。
 まだきちんと扱えない、スペルカードも作っていない未完成の剣技で隙を誘い、叩きこむつもりだった本命の大技、その準備が……!

 闇の中から、少女がやっと姿を現して……氷精の感じた悪寒ぬくもりの答えが導き出される。


「な……んだよ、それ……?」


 崩れた体勢のまま、"それ"を眺め……氷精は思わず息を飲んだ。
 答えを目の当たりにしても……小さな氷精は、その疑問を氷解させることをすぐにはできずにいた。

 現れた宵闇の少女の右手には、一枚のスペルカードを構えていた。
 もちろんカード自体に特別な力などない。
 ただ、彼女がこれから使う技の名が書かれた紙切れである。

 氷精が恐れたのは、むしろ少女の左手……そこに集まる不可思議な力の塊。
 暖かみを帯びたそれは、まるで桜の花びらようだった。
 桜の花びらを象ったなにかの力が、大量に、宵闇の少女の手の中集まっている……。


「行くよ、チルノちゃんっ!! これがわたしの新ひっさつわざ!!」


 それは「春」。
 彼女が幻想郷中を駆け巡っている間、ずっと集め続けていた「春度」。
 それが今、少女の左手の中、数え切れぬほどの桜の花びらの形を成して集まっていた……!












 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



「おー!」


 試しにルーミアさんにその術を見せてあげると、ルーミアさんは感心したように目を輝かせて、それを眺めていた。
 私の手のひらに集まる、桜の花びらを模したある力の塊。
 彼女だけではなく、幽々子さまと霊夢さんの視線も、そこに集まる。


「……とまあ、こんな感じです」


 私の手のひらには今、白玉楼の道場中の「春」が集まっていた。
 かつて、私が幻想郷中の春を集めた時に使っていた術だ。
 あんまり術を練習してない私にも扱える、簡単な術。そんなに難しい術じゃない。
 ルーミアさんも普段から妖術を扱えるみたいだし、この程度の術なら、教えたらすぐにでも扱えるだろう。


「寒ッ!? ちょっと、早く戻しなさいよ、寒いじゃないの!」

「うるさいですね。だったらその丸出しの脇をしまえば良いじゃないですか」


 道場中の春を集めたことで、辺りの春度の下がり、それに伴って気温下がったことに文句をつけてくる霊夢さん。
 返しの文句を一つ吐き捨てて、私は再びルーミアさんに向かい合う。


「これが……新ひっさつわざ?」

「はい。これを弾幕として放つのです」

「……?」


 秘策と称して、私が提案した春集め術法について、いまいちピンと来ない感じで首を傾げるルーミアさん。
 そこを、幽々子さまがいつも通りの理解の速さで私の考えを読み取り、補足してくださった。


「なるほどねー。相手は氷の妖精、春には弱い。だから春度を集めて、直接ぶつけちゃおうってことね」

「おおー! そーなのかー!」


 意図をようやっと理解し、ルーミアさんは弾けるような感嘆の表情を浮かべるのだった。

 そう、チルノの特性は熱や暖気……そして「春」に弱いこと。
 では、高濃度の春度をぶつけられることには弱いはず!
 あとはルーミアさんがこの術を扱えれば、それは強力な武器となってくれるはず!

 私がルーミアさんに伝えられて、短い時間でもそれなりに使いこなせて、更には氷の妖精には効果覿面ときたもんだ。
 これ以上の秘策は、そうはないだろう。
 それを証明するみたいに、ルーミアさんも幽々子さまも、私の秘策に諸手を挙げて感心くださった。
 しかし、ただひとり、霊夢さんだけは、難しい顔を浮かべるのみに留まっている。


「発想自体は悪くないかもしれないけど……それって大丈夫なの?」

「まあ、いくつか問題はありますよね……」


 さすが、勘が働くだけあるというか……おっしゃる通り、一筋縄ではいかないのが痛いところである。
 まずは、春度の収集範囲の問題。
 さほど練習しないでも春を集めることだけなら可能。
 だけれども集められる射程距離ってのは、やっぱり技量に比例する……。
 もうちょっと本格的に練習すれば速く、広い範囲の春を集めることもできるかもしれない。
 けれど練習なしとか、使いたてほやほやなら、せいぜい数メートルの春を集められていいとこ……事実、私がそうだったのだから……。


「けど妖夢は、結局幻想郷中の春を集めちゃったのよね」

「射程距離の短さは、幻想郷中を駆け巡ることで補って集めました!」

「……すさまじく力技ね……」


 脇に佇む脇の巫女が呆れたように口にする。
 けれどルーミアさんはすごーいとほめてくれた。それで十分だった。ああ顔緩みそう。


「まあ、ある程度は集めなきゃ使い物にならないのは事実ですし……その辺はちょっと工夫が必要になります」

「工夫?」

「逃げ回ってください。なるべく広い範囲を飛び回って、幻想郷中から春をかき集めるのです!」

「……結局力技なのね……」


 霊夢さんの呆れが、顔から体全体にまで広がってがっくりと肩を落としていた。


「普段術とか使わない私が使ってこれですよ?
 普段から術とか使ってるルーミアさんなら練習すれば私より上手く使えるんじゃないですか?
 それに、別に幻想郷中の春を集める必要もないです。倒すのに十分な量だけ集まれば良いんですっ!」

「あー、分かった分かった」


 ムキになって、手のひらの春度霊夢さんに突きつけて反論。
 うーん、どうにもこの博麗の脇には負けたくないと張り合ってしまうなぁ……。
 そんな大人気ない私に、霊夢さんはいつもと変わらぬ気だるそうな態度のままだった。


「ま、時間かけて集めるのは良いけど、あっちだって黙っちゃいないわよ?
 弾幕は仕掛けるでしょうし、なにより自分が苦手な春を集めてるなんて知ったら、当然警戒するでしょうね」

「ですから、戦闘中は常に闇を纏っていてください」

「え、なんで?」


 そこは、ちゃあんと考えているしている。
 私は待ってましたとばかりに、私の考えていることの説明を始めた。
 脇よりも自分の方が上だと突きつけれるみたいで、ちょっと優越感。


「戦いとは、相手のわずかな挙動から行動を読み取り、その先を、裏を読むものです。
 ですがルーミアさんの能力なら、それを隠すことができるじゃないですか」

「おー、そーなのかー!」

「次に何をするか相手に読み取らせない、これは戦いの中ではすごく重要なことです。特に白兵戦なんかだと効果的です」

「まさか相手の子も、苦手な春を集めてて、それを弾幕にする、なんて思いもしないでしょうからね」


 察しの早い幽々子さまは、またも私の考えを先読みし、説明を補足くださった。
 私の提案する作戦に、幽々子さまも「妖夢にしては考えてるじゃない」と太鼓判を押してくださった。
 どうだ霊夢さん。参ったか……!
 だが霊夢さんは、特に悔しがるでもなく、反撃の一手を打ってくる。
 ……いや、別に対決してる訳じゃないんだけど、張り合いついでになんとなく。


「っていっても、近づかれたら一発でバレるわよ?」


 一方霊夢さんは、私が突きつけた春度に手をかざして、ほくほくと暖を取っていた……。
 まるで、たき火で暖を取ってるような図。
 暖まりたいなら、まず最初にその丸出しの脇をしまえば良いのに……。


「それは……うーん、どうしましょ?」


 良い感じに霊夢さんを圧倒していた(つもりになっていた)けど、ここにきて私は失速。
 幽々子さまも春で暖を取りながら、私のツメの甘さに指摘をしてくる。


「だからダメねぇ、妖夢は。相変わらずツメが甘いのね」

「あはは……返す言葉もございません……」


 その辺はまた後日にでも考えようと思ってたことなので……あいにく今は良い案がない……。
 ぐぅ……で、でもドローですからね、霊夢さん!


「だったら近寄って貰わなければいいのよ」


 ……と、幽々子さまはさすが幽々子さまで、ただ批難するだけでは留めずに、ちゃんとその穴を埋めるための案を提示してくださった。


「……って、どうやって? それが重要なんでしょう」

「まず最初に木刀メインで攻撃するのよ。で、接近戦は危険だって思わせれば、相手だって距離を取るでしょ?」

「おー! そーなのかー!」

「警戒させたら、相手は距離を取るような戦略を取ってくると思うわ。そこが狙い目
 そうなったらすぐに春を集め始めるのよ。あとは防戦一方と思わせておいて逃げ回れば、妖夢の作戦も実行できるでしょ?」

「「おおー!」」


 私とルーミアさん、声を合わせて感嘆の声を上げた。
 なるほど、さすがは幽々子さま、相手を貶めることに関しては素晴らしく頭の回りが速い。
 それがそのうち自分の身にも向けられると思うと、うかうか油断もしてらんねぇなぁ。


「いーい、ルーミアちゃん。木刀で攻撃するんだって、できるだけ強く派手にアピールしてね。それで、秘策の伏線を張っておくのよ」

「ふくせん?」

「まあ、あとあとの戦況を左右する作戦って思ってくれれば良いわ」

「そーなのかー!」

「ちなみにポイントは、木刀を警戒し始めて距離を取られちゃったら、ちょっと悔しそうに『むー』とか唸ること。
 悔しがってるフリでもすれば、相手は勝手に距離を取るのが安全だって思い込むしね」

「むー、ってうなる……かー……」

「まあ、素直なルーミアちゃんの場合、すぐに顔に出ちゃおうかもしれないけど……どっちにしろ闇を纏うんですもの、それも隠せちゃうわ」


 そして幽々子さまはピュアなルーミアさんに悪女講座を講義なさる。
 作戦としては申し分ない策が次々に練られていくが……ルーミアさんの純粋な白さにちょっとした黒が混じるようで、
 私はひっそり顔を歪めるのだった……。


「あと絶対に"秘宝『ウッドソード・オブ・ユユコ』"は使わないでね!」

「……むー、ってうなる……むー、ってうなる……」

「お返事はっ!?」

「……むー、ってうなる……むー、ってうなる……」


 笑顔で念入りにその留意点を告げる幽々子さまだったが、ルーミアさんは教わったコツを反芻していて、心ここにあらずな模様。
 そのことに無茶苦茶うろたえていた。
 あの幽々子さま相手に……ルーミアさんって本当にすごいなぁ……。


「ま、とりあえず細かいところはおいおい考えるとして、この作戦で決定ということで。
 ルーミアさんにはあとで春を集めるやり方を教えます。毎日反復練習すれば、数日でものになるんじゃないでしょうか?」

「そうね。この術をルーミアちゃんの新しいスペルカードにするため、みんなで素敵な弾幕考えましょっ!」

「おおー!」


 ひとまずの決定に、話し合いを締め括ろうと私は音頭を取る。
 幽々子さまもノリノリで賛同し、ルーミアさんは感心した声をあげていた。
 ……ただ、結局お返事をしなかったルーミアさんに、
 幽々子さまは一抹の不安を拭えずにいるんだろうなぁ、っていうのがなんとなく伺えたけど……。
 そして霊夢さんも、


「やーよ、その辺はあんたら3人でなんとかしなさいよ。めんどうくさい」

「ええー!」


 ……まあいいよ、あなたにはそんなに期待してなかったから。


「じゃ、まあ、とりあえず今はこのくらいで……」

「ちょっと待って! その前に、最重要項目を決めなくちゃ!」

「さいじゅうようこうもく?」


 話を切り上げようとしたところで、ふと、幽々子さまが会話の幕を引くのを引き留める。
 首をかしげるルーミアさん。同様に、私も霊夢さんも何事かと疑問符を頭の上に浮かべる。
 全員の視線を集めて、幽々子さま得意げにその豊満な胸を張って、おっしゃった。


「名前よ、な・ま・え

「名前、ですか……?」

「そ


 なんだそんなことか……。と脱力しそうになるが、まあ重要と言えば重要か……。

 スペルカードルールとは、前述したとおり「強さ」ではなく「美しさ」を重視するもの。
 その「美しさ」には、スペルカードの「名前」も重要な位置づけとなっており、スペルカード戦は別名「命名決闘法」と呼ばれる程でもある。
 実際、弾幕戦で誰かしらと再戦する時、例え似たような技でも、新しい名前のカードアタックを仕掛けてくる事がほとんど。
 名前も「美しさ」の対象となるのだろう。
 そういった事情のため、名前はつけ放題だし、無限に増やそうと思えば増やし放題なのだ。

 まあ今回は、私にとって勝つ方が重要だと思ってたので……この際名前なんてどうでもいいと思ってたのだけれど……。
 そんなこと言ったら、だから妖夢は趣きが足りないのよ、なんて幽々子さまに言われるんだろうな、とかおぼろげに考えていた。


「まあ、重要っちゃー重要ですが、そんな簡単に良いものが―――」

「実はゆゆちゃん、早速良いもの思いつきました〜」


 私が言い切る前に幽々子さまは得意気に台詞を被せた。
 ああなるほど、だからわざわざ引き留めてまで名前の話題にまで引っ張ったのですね。一体どんな名を閃いたのやら……?
 とりあえず幽々子さまの案とやらを伺うため、ホワイトボードの方に歩み寄る幽々子さまの様子を黙って見ることにする。
 幽々子さまはホワイトボード消しを手に取り、ボードの文字をサササッと消し始めて……ああ、まだメモってないのに……。
 そして黒のマーカーを手に取って、まっさらとなったホワイトボードにサラサラっと大きく文字を綴って行った。
 その手が止まるのを見計らい、私たち3人はボードに書き込まれた幽々子さまの美しい文字に一斉に注目した。


「「「…………」」」


 そして全員が、固まった……。


「どう? 良い名前でしょ?」

「……あの……」


 うきうきランランな表情の幽々子さまに、一番最初にリアクションを返したのは、苦虫を噛み潰したような顔を少し赤く染めた、私だった……。


「あら、なに? 不満?」

「いや、悪くはないと思うんですけど……ちょっとこれは……。恥ずかしいというか……、……その…………私が」



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・












「行くよ! チルノちゃん!! わたしの新ひっさつわざ!!」

「ッ!!?」


 これがよーむちゃんが考えてくれた秘策!
 よーむちゃんがわたしに教えてくれた新ひっさつわざ!
 一生懸命逃げ回って、幻想郷中から集めた春度。それを一気に放つ、わたしの新しいスペルカード。

 わたしは、宣言する……!
 右手のカードに書かれたその名前を……!
 これで決着をつけるんだ、って……その思いを込めて、おっきな声で、はっきりと……!


















    春符「春夜妖夢」












 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



「"春の夜の、妖しき夢"という意味よ? ダメかしら?」


 幽々子さまは自らホワイトボードに書き込んだ4文字の漢字をマーカーで指して、私にその是非を問いかけてきた。


「ルーミアちゃんは闇を操る妖怪だから、まず"夜"という言葉を比喩として置いた訳ね。そしてその彼女が春を操る。
 常に変わらず享受できる春が操られる不可思議な現象を、まるで春の夜に見た夢のよう、と例えて名付けたのだけど……」

「いやー……まあ意味は、さすが幽々子さまと幽雅さを遺憾なくふんだんに含まれておられるとは思うんですが……」


 そして、渋る私にその名の由来を解説し始める。当然、私が気にしている部分の解説は省いていた。
 私が渋った理由なんて、絶対に把握しているクセに……。あー、あー、皆まで言うな。言わなくたって分かってるんでしょ。
 だがしかしっ……! 言わなきゃこの人は絶対にそこに反応を示さないだろう。
 私が口にしたくないのを知ってて、あえて言わそうとするんだからっ……!
 ふと横目で霊夢さんに目を向けてみる。……ああ、私の方を見てニヤニヤしてらぁ。
 ほら! もう身近な人にだって丸分かりじゃあないですか……! ……あ、ルーミアさんだけよく分からない感じでぽへーんとしてるけど。

 分かりました! 分かりましたよっ! 言やあいいんでしょ! 言えばっ!!
 照れくさいような居心地の悪いような表情を浮かべながら、
 幽々子さまがホワイトボードにお書きになられた新技名候補の、その最後の2文字を指さして、言った。


「私の名前、入ってるじゃ……ないですか……」

「そりゃあ妖夢とルーミアちゃんの合作なんだから、そういう意味合いも掛けて名付けたに決まってるじゃない

「あー、やっぱり」

「"夜"はルーミアちゃんを意味し、"妖夢"はそのまま妖夢のこと。そして"春"は……ふたりに芽生えた愛を例えたものよ〜


 表面的に取り繕った由来の裏に隠された真意を、うきうきと話す幽々子さま。
 狙ってですか、狙ってですよね。さすが幽々子さまですね。こんな時にもよく頭がお回りになる、ちくそー。
 いいですよいちいち言わなくて、どうせそんなことだろうと分かってましたから!
 どうあがいたって行き着く先はどうせ「らぶらぶあたっく」なんでしょ? あー、はずかしっ!


「符のところ何符にしようかしらね……? "愛符"ってのはどう?」

「"恋符"だと、魔理沙のアレと被るしね」


 ほらやっぱり。ふたりとも他人事だと思って好き勝手言い放題だ。


「んもうっ! それじゃあだめよ博麗の巫女さんっ。愛だと色々意味があるから良いのっ。イコール恋だなんて言わないところが面白いんじゃない」

「あー、臆病な私にお気遣いありがとうございます、ちくしょう」

「いっそ"変符"で良いんじゃない。ヘンタイだし」

「もう黙れ脇」


 まずいなぁ……言葉自体は悪いとは思わんけど……大々的に主張する裏の意味(むしろメイン)が恥ずかしすぎる。
 自分が大好きな彼女とらぶらぶだ、とスペルカードで主張されて、恥ずかしくない訳がない。
 ……いやじゃない、かもしれないけど……それ以上に恥ずかしさが半端ないことになってます。

 そんな私の羞恥心を存分に理解しながら、すっかりノリノリの幽々子さまーズ。
 口の上手いおふたりのことだ、このままじゃ、この今にも身をよじらせて悶えそうなこっ恥ずかしい名前に決定させられてしまう。

 できるか!? そんなペアルック着て街中歩くバカップルじゃあるまいしっ!!
 ちくしょうちくしょう、そのクセ自分は「ウッドソード・オブ・ユユコ」なんてつけられるの超恥ずかしいとか言ってたじゃないですか……!
 もーいいや、あとでこっそりルーミアさんに「つかっちゃえっ☆」って口添えしといてやるんだ。
 それはそれとして、早くなにか良い代案を出さなければ……。なにか、代わりの案を……


「あの……! この名前じゃ……だめかな?」

「え?」


 別案をなんとしても捻り出そうと頭をフル回転させていると、幽々子さまーズのものではない小さな声がひとつ。
 使い手となるルーミアさんご本人の声。
 少しおずおずとした態度で、それでもなにかに期待するように、ほんのり赤くなった頬を私に向けて……。


「だって……わたしとよーむちゃんで作ったひっさつわざで……。
 名前にも、そういう意味が含まれてるなんて……えへへ…… 記念のしょーこっ


 ルーミアさんは、ほんのり頬を染めては、えへーっと笑って……本当に嬉しそうに、ただ純粋に喜んでいるのが伝わる。
 ……本当、あなたは純粋すぎます。
 普通こんな名前つけるなんて、恥ずかしくできやしない。
 なのに、記念とかふたりの合作とか、その記念になることをただ喜んでる。

 ルーミアさん、これみんなに見られるんですよ? 使う時宣言するんですよ?
 ペアルックで里中歩くようなものじゃないですか。そりゃ私たち服装似てるけれども!
 そんな恥ずかしいマネ……できる訳……。
 そりゃ合作だって、思い出にしたいだなんて言いますが……そんなの、恥ずかしくて……………………あーっ! もうっ!?


「……わ……分かりました……! ルーミアさんが気に入ったというなら……それで……!」

「ほんとっ!」


 私はたった今、ペアルックを着て大衆の前を歩くカップルの気持ちをひどく理解してしまった。

 もう照れくさくなって……どころじゃない。
 無茶苦茶恥ずかしくて、顔を、焼きを入れて鍛えてる最中の刀のように凄まじく真っ赤にしてしまう。
 だ、大丈夫。これは偶然私の名前が入っただけだから! これは偶然私の名前が入っただけなのよ……!
 もうそんな焼け石に水なことを自己暗示のように脳内でくり返した。


「ひゅーひゅー。この〜、熱いわね〜、レズビアンカップル〜」

「ふふふっ、よーむちゃんもルーミアちゃんもらっぶらぶね〜 あ、もちろん性的な意味かどうかはぼかしておくけど」


 幽々子さまーズからの追い打ちは、わたしの自己暗示をいともたやすくぶっ壊してくれます。手前ぇら覚えておけ。

 あああ……もーだめ、はずかしい。
 これ以上なにかあったら、私倒れ


「わぁー よーむちゃんありがとー! だいすきー♥♥


    ……プツッ……!


 私が記憶にあるのは、ここまで。


    ボッ! ……ばたんっ


「あっ!? 妖夢ったら照れ度マックスで腰抜かして気失っちゃったー!」


 ただでさえ恥ずかしさが頂点に達しようとしている私に、ルーミアさんが抱きついてきて、
 その直接的な接触で私の恥じらい乙女ゲージは臨界点を簡単に限界突破。
 もはや耐え切ることなんてできやせず、頭の中が真っ白になり、私は意識を保てなくなりました……。

 結局、お昼ごはんが始まる直前に幽々子さまに起こして貰うまで、私は気を失ってしまった……。



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・












「はっ……はぁ……はぁ……ぁ……」


 どうなったの?

 状況がぜんぜん分からなくて辺りを見回した。
 春を弾幕にして……それから……なにが起こったかさっぱり分かんない。

 カード宣言した後、わたしはただやみくもに春をはじけさせただけ。
 あの新ひっさつわざは、習ってからまだ1週間くらいで、練習したのもどれだけ早く広く集めかってことばっかり。
 弾幕として飛ばす方は、今日のお泊まり特訓で話し合って決めるつもりだったから、特別な技術なんて用意できてない。
 だからただ辺り一面に全力で撒き散らせただけ。

 あの時、チルノちゃんはバランスを崩していたし……多分逃げ切れずに巻き込めたと思う……。
 けど……ほんとうに、効いたのかな……?
 よく分からない……。


「う、うう……。よくも……やってくれたな……」

「チルノちゃんっ!?」


 すると、チルノちゃんは、また私の前に立ちふさがってきたの。
 ふらふらしてるけど……それでも、わたしの前に戻ってきて……。まだ、たたかえるっていうの……?
 わたし……もう、今ので……へろへろ、なんだよ……?

 もう……わたしの手元に、集めた春はない……。
 もう一回集めれば使えるかもしれないけど……ばれちゃったし、また闇をまとって集めても、絶対警戒される。
 それに……わたしも、もう……そんなに、もたない……。


「今の、なんだよ……?」

「ふぇッ!? ……え、えっと……は、春っ!」


 ぐったりした感じのまま、チルノちゃんはわたしに聞いてきた。
 わたしは、突然聞かれたからびっくりして、そのまま素直に答えちゃう。
 声がちょっと裏返っちゃった……。


「へっ……。そりゃ、あたいもこんなになる訳か……」


 チルノちゃんは、なにか納得したように


「木刀ぶん投げて、あたいを近寄らせたのも作戦だった、てのか……」


 ううん、それは本当にすっぽぬけちゃっただけ……。
 片手、春を集めててふさがってたから……。
 よーむちゃんの言いつけ守って両手で振るえばすっぽぬけなかったと思うけど……。
 なんかすごい技で隙作っちゃおー、なんて焦っちゃったからああなっちゃったんだし……ご利用は計画的に、だね……。


「お前、やるじゃねーか……」

「あ、ありがと……」

「けどあたいはなぁ……お前なんかより全然強いんだからな……」


 ふらふらなまま……けれど強気に笑って、チルノちゃんは言った。

 そんな……あれだけ頑張ったのに……。チルノちゃんは……まだまだ、戦えるっていうの……?
 わたしは……もう、だめだよ……。
 もうへろへろで……力なんか残ってないんだよ……?

 ……けど、精一杯やって、いっぱんがんばったんだから……良いよね?
 わたし、そんなに強くないもの……
 協力してくれたゆゆちゃんたちにはごめんなさいだけど……。
 よーむちゃんからごほうびを貰えないのは残念だけど……。


「…………っ」


 ……やっぱり、くやしいよ……。

 あんなにがんばったのに……。
 みんな手伝ってくれたのに……。

 今はもうだめでも……次やる時は、絶対……絶対に、


「だから……次は負けないんだからな……!」


 絶対に勝って……―――


「……え?」


 チルノちゃんが最後に言った言葉の意味がすぐには分からなかった。
 聞き返そうとしたけれど、チルノちゃんの小さな体は……そのまま、わたしの前から消えていて。
 そのちっちゃな体は、ひゅーんと下の方に落ちて行って……。


「え? え? え?」


 その場には、わたしだけが残っていたの……。


「え……と……」


 ……勝っ、た?

 ひょっとして……ひょっとして!?


「勝った……! わたし、チルノちゃんに勝っちゃった!?」


 勝った!
 はじめて勝った!
 チルノちゃんに、はじめて勝てた!


「やった……やった! やったよ、よーむちゃん!!」


 なんだか、目の奥が熱いよ……。
 って思ったら、涙が溢れていた。

 体はへろへろで。
 頭もふらふらで。
 だけど嬉しくて。
 はじめての感動に、うれしいのに涙が出てきちゃう。
 よーむちゃんもわたしのこと好きだって、そう言ってくれたあの時みたいに……嬉しい涙が止まらない。

 すごい……すごいよ……。
 ありがとう。みんなのお陰だよ……。
 わたしひとりじゃ無理だった……。
 みんなが……よーむちゃんがわたしを引っ張ってくれなかったら……わたし、絶対ひとりで泣いてるまんまだった……。
 あ……今も泣いちゃってるか……えへへっ。
 ……でも、涙の意味は、全然違っていたよ……。


 空を見上げて、みんなの居る"はくぎょくろう"に体を向ける。
 早く行って、教えてあげたい。
 みんなのお陰で勝てたってことを。この嬉しい気持ちを。

 早く、みんなに報告に行こう。
 よーむちゃんに、ゆゆちゃんに、それから……って、


「あーん! わたしの木刀返してー!」


 わたしは、慌てて体を反対方向に向けて、落ちて行ったチルノちゃんを追っかけて、下に飛んでった。


















「ねぇ……あんたが教えた、恋人の名前入りらぶらぶアタックだけど」

「なんですか。ケンカ売るのか質問するのか、どっちかにしてくださいよ」


 一度夕食の下ごしらえの準備を手伝いに部屋を出て行った私が、部屋に戻ってくるなり霊夢さんがケンカ吹っかけてきた。


「ルーミアは"新必殺技"って喜んでたアレよ、アレ」

「ああ、アレですか……」


 お互いはっきりと名前で呼ばなかったが、なんのことを言いたいのかは伝わってるので、そのまま会話を進める。
 こちとら自分の名前入りの技なんて口にするのも耳で聞くのも恥ずかしいので、"アレ"とぼやかしてくれる方が助かった。


「アレってさ……」


 と、そこまで前振って、霊夢さんはそこより先を言っても良いものかどうか言い淀んだ。
 少し複雑な表情のまま押し黙って数秒……やっぱり言うことを選んだらしく、続きを紡いだ。


「……正直攻撃力ってないわよね?」


 春符「春夜妖夢」。
 辺りの春を手の中に集め、一面にその春度を弾けさせる弾幕。
 その春を浴びた相手は、暖かくなる。


「ええ、そうですね」


 つまり攻撃力はゼロである。


「氷の妖精くらいにしか効果が出ません。あとはすごく満開にさせます」

「それ、なんか意味あるの……?」

「安全で良いじゃないですか」


 別に、私はルーミアさんに強くなって欲しいとは思うけど、乱暴になって欲しいとは思ってないし。
 剣術を教えているのだって、むしろ心の修行のつもりで教えている。
 平和で良いに越したことはない。


「せっかく覚えたのに、今回限りの使い捨てって知ったら、あいつ悲しむんじゃないの?」

「まあまあ、スペルカード戦ってのは美しさを競うものでしょ〜?
 攻撃力なくても、精神的に相手を屈服させれば良い訳だし、問題はないんじゃないかしら? ね、提案者さん」


 霊夢さんのツッコミに、割り込んできた幽々子さまが代わりに返事を返した。
 さすがは言葉のマジシャン、霊夢さんのツッコミを見事言い包めてしまいかねないほど、説得力のあるお言葉を用意しておられた。
 幽々子さまのお言葉に、霊夢さんは……まあどうでもいいか、と適当な態度で返していた。


「そ・れ・に……ちゃんとスペルカードの効果は、しっかり出てるじゃない」

「「……?」」


 とてもご機嫌に、更に言葉を重ねる幽々子さま。
 しかし、私たちふたりはその意味が分からず首を傾げる。
 そこを、幽々子さまは待ってましたとばかりに、心底嬉し楽しそうに解説を始めた。


「だから〜、"妖しい夢ちゃん"と"夜ちゃん"に、ちゃあんと"春"が巡って来るって効〜果


 訂正、冷やかしを始めた……。

 結局、"愛符"、"変符"と色々(勝手に)案を出された符名の部分は、"春符"と名付けられたものの、
 「春を操る術だから」……なんて一筋縄な意味じゃあ当然ない。いや、「表の意味」なら、そうなのだけど。
 今おっしゃられた通り、私とルーミアさんとの関係に「春が巡ってくる」という……要するに結局「らぶらぶだ」という隠語をつけられてしまった。
 その決定に、まあ隠せるだけまだマシか……と、渋々自己暗示で乗り切ることにした……。

 幽々子さまの冷やかし発言に、霊夢さんは「ああ」と納得したように呟いて、私の方をいやらしい目つきで見つめてくる。
 私は、照れくさくなって、結局ふたりから赤くなった顔を背けるのだった。
 と、その時、


「よーむちゃ〜〜〜ん!」

「……!」


 無邪気な声が、屋敷の外より聞こえてきた。
 弾む口調で私の名前を呼ぶ、彼女の声。
 私は、その姿をいち早く確認したくて、部屋を出たところにある縁側に足を進めた。


「勝ったー! わたし勝てたんだよー! みんなのお陰ー!!」

「……!」


 それは、凱旋を謳う歓喜の声。

 そっか……ルーミアさん……勝てたんですね……。
 私の胸の内、嬉しさがこみ上げてくる。
 信じていた……。
 けれど、ちゃんと叶ってくれたことに、溢れてしまいそうなくらい、胸が嬉しさで満たされる。


「あら、ルーミアちゃん、本当に勝っちゃったのね」

「ええ……!」

「そっ、か……。賭けは私の負けね……」


 いまだ彼女の姿が見えない真っ暗な夜空を見上げる私の後ろに、同じ理由で縁側までやってきた幽々子さまがおいでになられる。
 喜びに浸る声とは反対の方向から、聞こえる悲しそうな呟き。

 結局……幽々子さまは、ルーミアさんの勝ちを信じてあげることはできなかった。 
 願っていたのに……信じなかった。

 けどそんな訳ない。幽々子さまだって、心のどこかでは絶対信じていたはずだ。
 あんなにルーミアさんを想っているお姉ちゃんが、それを微塵も考えない道理なんて、ある訳がない。
 それに……幽々子さまは勘違いなさっている。


「なにを言っているんですか、幽々子さま? ちゃんと幽々子さまの思惑通りですよ」

「……? 妖夢?」

「だって……」


 だって―――彼女の元には、確かに「勝利」と言う「春」が訪れたのだから。


「……ふふっ。妖夢も、口が上手くなったわね……」

「ありがとうございます」


 これでも幽々子さまにいじられ続けて幾星霜、お陰様でこのくらいの言葉遊びくらいはできるようになりました。
 それを、あなたへの恩として返すのは当然の義理ですとも。

 私が言うと、幽々子さまは悲しそうだった声色を、いつもの楽しそうなそれにお戻しになられた。
 そこでやっと主の表情に目を向けた。
 そのお顔は、いつもののほほんとした表情で……きっと、さっきまで浮かべていたであろう寂しそうな表情はその残滓も残っていなかった。
 相変わらず、幽々子さまの心の内は読めないけれど……今だけははっきり、嬉しいって、分かる気がした……。


「さっ、てと……。じゃあ今日の夕食はルーミアちゃんの凱旋祝いパーティね お酒準備しなきゃ」


 そう言って、幽々子さまは屋内へと振り返り歩みを進め始める。


「あれ? お迎え、しなくて良いんですか?」

「ん〜。それは、妖夢じゃなきゃ務まらない役目よ……。私がいたってアウトオブ眼中なのは目に見えてるもの。
 だから……ちゃんと抱きしめてあげなさい……。私の分までね」


 振り向かないまま、ちょっぴり残念そうな声色で、屋敷の中へと消え入りながら私にルーミアさんを託す幽々子さま。
 その様子を、私は申し訳なく思うも……同時に幽々子さまのご好意をありがたく享受する。
 それがきっと、幽々子お姉ちゃんが一番喜ぶことなのだろうと理解した。

 ……と、一度は屋敷の奥へ消えた幽々子さまだったが、なにかを思い出したように襖から顔だけ覗かせ、唇に人差し指を添えて一言……。


「あとでちゃあんと、ご褒美のちゅーしてあげなさいよ

「……あ゛」


 ……そういえば、そんな約束……してましたね……。


「〜〜〜〜〜っ……!」


 思い出して、顔が真っ赤になる私。
 BGMで聞こえ続けるルーミアさんの嬉しそうな声が、より一層のプレッシャーを私に与えた……。
 そこに、いつの間にか幽々子さまと入れ違いに私の横に佇んでいた霊夢さんが呆れたように言ってきた。


「なによ? 今更思い出したって感じの反応ね。まさか、そんな重要なこと忘れてたの?」

「いや、だって……」


 今日はルーミアさんの勝利ばかりを祈ってて、実はその後のことをすっかり忘れてた……。
 ……というか、「考えないようにしてきた」というのが、臆病な私の正しい答えだったりするけど……。

 そんな私に向け、博麗の巫女はなにか楽しそうにいやらしい笑いを浮かべていた。


「で、魂魄妖夢さんは、一体この後どうするおつもりなのかしら?」

「む……」


 ここ最近ずっと付属させていた頭に「レ」のつく差別用語を外して、私のことを呼称する霊夢さん。
 ……まるで、私がフツウに戻れるかどうかを試しているような言い回し……。
 ご褒美と、先日の宣言との間で揺れ動く私が、一体どんな結論を出すか、それを推し量っているのは一目瞭然だった……。

 そりゃ……いくらご褒美とはいえ、やっぱり女の子同士でそういうことするって、マズいですよね……。
 先日、もうしないって宣言したばっかりだし……。
 頑張ったルーミアさんには申し訳ないけれど……ここはやっぱり……。


「霊夢さん……」

「なに?」

「……やっぱり、私……。…………」


 そこで、次の言葉を言い淀んでしまう。
 ほんの少し躊躇して……それから、言葉の代わりに、大きくため息をひとつ吐いた。
 吐いて、観念するように、私はこう口にした。


「……今夜だけ、またレズビアンって呼んでください」


 霊夢さんは両手を広げ、やっぱりというような呆れた溜息をひとつ返した。
 ヘタレな私が、宣言を反故にすることなど、とっくに見通していたようだ。
 だって、あんなに頑張ったご褒美なんだもの、それくらい大切なものでなきゃ、釣り合わないよね……?

 ……ああもう、そんなの言い訳。
 結局……私は、ルーミアさんとのそれを拒否するだなんてできないだけ。
 そんな自分の気持ちに、もう観念するしかなかった……。


「で、でも明日から! 明日からは控えますからね!」

「明日からなんて言うヤツは、結局ずるずるやめられないヘタレなのよねー」

「ちゃ、ちゃんと控えますから! ……私からは、ですけど……」

「今なんか逃げ道作らなかった?」


 霊夢さんの言葉を聞き届ける前に、逃げるように縁側から飛び立った私。
 けど言葉に窮してその場を離れた訳じゃなくて。
 もう、夜の暗闇の中でも彼女の眩しい笑顔が私の目にも捉えられる程、彼女が近くに居たことに、もう我慢できなくなっただけ。
 幽々子さまに言われたからじゃなく……私自身がそうしたくて、彼女を抱きしめに向かうのだった。


「よーむちゃーーーん! わたし、勝てたんだよーーー!」

「おめでとうございます!」


 しばらくは、自分自身を律する意味でも、お預けとなってしまうだろう。
 もしかしたら……もう二度とないのかもしれない。
 けれど……だからこそ、今日のご褒美をしっかり心に刻みつけておこう……。
 彼女が成長した証としても……。その思い出としても……。

 同じ性を受けた私たちに、本来ならありえなかったその奇跡に胸を高鳴らせながら……私は、胸に飛び込む彼女を優しく抱きとめるのだった。


















 それは春の幻想郷に起きた、小さな物語。
 ここで起こる異変に比べれば本当に小さく、些細な……。
 けれども、宵闇冠する幼い少女には、とても大きな物語。

 さくらさくら、春を祝おう。
 宵闇の太陽が咲かせた、笑顔の桜で。















あとがき

「みょんミア!」シリーズ第6弾「vsチルノ編」! 長丁場になると思ったら本当に長くなった!
ここまでお付き合いくださりありがとうございますと言わざるを得ない!

まず聞きたいですが……サブタイトルで「秘策」のネタバレしなかった!?(苦笑
いやー、正直相当ネタバレギリギリなサブタイトルつけたと冷や冷やしておりまして……。
とはいえ、他に「これだ!」と思うのも思いつかなかったので、
そもそも三のサブタイトルの真意をごまかすために、全部のサブタイトルに法則性を持たせるというミスディレクション誘ったくらいですから!(爆
や、満更ミスディレクションって訳でもないんですけどね。

とりあえず今回、スペルカード戦をメインに執筆してみましたが……ぶっちゃけ大変でした……。
もう情報収集から公式文献漁ったりなにしたり……。
どういう形であれ、東方を扱うなら避けては通れない項目なので、多少の誤魔化しも含みつつチャレンジしてみた次第です(苦笑
これで良いのか、不安に思うところでありますが、なんでもいいかた楽しんで頂ければ幸いと言うことで。

今まで特に決めてなかった時系列についてですが、とりあえず今回で「春」に決めました。
決めたけど、なんか自分の首絞める展開になりそうだなぁ、と思ってます……。
その場合はもう「サ○エさん形式」にして時間経過を「なかったことにしてやる!」って言うかもしれませんが(笑

さて、「みょんミア!」シリーズはこれにて第1部完となります。
まあ続ける気満々ですし、新展開もなにもいつも通り続けるだけなので特に部分けに意味はないですが(爆
個人的にはそういう位置づけで書いたつもりです。
なので、第1部完結に相応しい盛り上がりと面白さを感じて頂ければ、幸いです。
 


更新履歴

H21・8/13:完成


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