「ではこれより! あの憎き氷の妖精・チルノ対策会議を行いますっ!!」
翌朝、私は白玉楼の道場にて高らかに宣言した。
幽々子さまがどこからか手に入れたホワイトボードに、でかでかと「打倒! チルノ!」の文字を書き殴り、道場の床に座る3人の姿を見回す。
目の前では、ちょっと緊張気味の姿のルーミアさんが、慣れない正座をしてちょこんとお座り。
その後ろでは、いつもながらの微笑みを絶やさない幽々子さまと、いかにも面倒くさそうな博麗の巫女の姿がある。
「妖夢ったらノリノリねぇ〜。さっすが、ルーミアちゃんが絡むとご執心♥」
「なんで私まで巻き込まれてるのよ……」
後ろのおふたりが小さい声で話をするのが聞こえる。
まあ、学び舎の授業とか軍人の会議とは違うので、別に私語は慎まなくてもいいんだけど……。
私にとっては至極重要問題であるので、正直真面目に取り組んで欲しい……。特に面倒くさそうな脇は。
「良いじゃない。乗り掛かった船よ」
「乗りたくないから来たってのに……」
「あ、冥界桜もち食べる? 今時期だから美味しいわよ。現世の人にはノンカロリーで、あるだけ食べ放題!」
「仕方ないわね。この博麗霊夢が手伝ってあげるわ」
向こうは向こうでなんか話がまとまったようだった。
みょんミア!6
二、春の朝方は博く麗らかに
「もっしゃもっしゃ……で、何をどうするっての?」
桜もちを口に含みながら、お行儀悪く問い掛けてくる霊夢さん。
とりあえず口にものが入ってる状態で喋るのは控えて欲しい。
まあ、そっちを注意するのは後回しにして……私は拳を掲げて、強く言った。
「特訓です!」
「特訓〜?」
「そうです! ルーミアさんを勝利に導くため、徹底的な特訓を行います!」
私は、ホワイトボードに書き殴った文字を再び強調するように、ボードを手のひらで叩いてみせる。
私が考えたこと……。
私がチルノを懲らしめてもなにも変わりはしない……。
ならば……私ではなく、彼女自身が抑止力となれば良い。
ルーミアさん自身が、チルノを打ち倒す存在となる!
いつもいじめられているルーミアさんが、一方的な獲物ではないとその身をもって証明することで、今までのパワーバランスを崩すのだ!
そのための勝利の力を、怨敵を乗り越えられる力を、手に入れるために助力することこそが、私にできること。
そう私は悟ったから……。
昨日あの後、幽々子さまの許しを得て、涙に暮れるルーミアさんをお泊まりさせてあげた。
落ち込んだルーミアさんをひとりにするなんてこと、私も幽々子さまも、とてもじゃないけどできなかった。
けれどそれだけじゃなく、この特訓を思いついたため、私は彼女を白玉楼に引き留めたのだった。
……ついでに博麗神社の脇さんもお泊まりさせたけど。
昨日の調子では、またあのチルノがルーミアさんの前に立ちはだかるのは目に見えていた。
だから、その時にこそ、パワーアップしたルーミアさんの力を見せつける!
ただ……その"次"がいつ起こるか分からない以上、特訓は少しでも早く行う必要に迫られていた。
ルーミアさんと霊夢さん、おふたりのお食事については問題はなかった。
昨日はルーミアさんが来るのが分かっていたので、私はルーミアさんに夕食をご馳走してあげようといのししを獲っていたし。
また、幽々子さまも一緒に現世のお肉を食べたいご所望なされていたので、獲ってくる量もちょっと多めだったのだ。
幽々子さまには申し訳ないけれど、その分をお泊まりするおふたりに振る舞うことで、ふたり分の朝食まで余裕で賄うことができた。
……ふたり分の朝食まで賄えるくらいに食うつもりだった幽々子さまって……。
そして翌日の今日、朝ごはんをみんなで食べた後、私は皆を引き連れ白玉楼の離れにある道場までやってきた。
先ほど延べた通り、ルーミアさんを勝利に導くための、打倒チルノ作戦会議を行うために!
こういうのは勢いが大切だろう。
そう思い、私は皆に気合を入れるつもりで拳を振り上げ、言った!
「打倒、チルノ! おー!!」
「おー!」
……と、「おー!」とか掛け声上げてみるが、ノリ良く返してくれた声は幽々子さまのものひとつだけだった。
「あれ……? えっと……おふたりとも……?」
まあ霊夢さんがやらないのは分かりきってたから良いとして……ルーミアさんが乗って来ないのは、少しだけ予想外だった。
肝心の主役である彼女なら、きっと乗ってくれると思っていたのだけれども……。
「……無理だよ……。わたしじゃ……」
その口から返って来たのは、弱気な一言だった。
表情はしゅんとして……暗く浮かないものとなっている……。
「ルーミアさん……」
やはり、いじめられ続けたことで、苦手意識が植え付けられてしまったのだろうか……?
宵闇の二つ名を冠するにはふさわしくなかった、あの太陽のような明るい姿は、今はどこかに消えてしまっている。
不意に窓から覗く外の曇り空が、まるで、太陽みたいな彼女の明るさを、悲しみという雲で覆い隠してしまったとを揶揄しているかのよう……。
「あーあ、こりゃ勝てない訳ね」
その様子を見て、霊夢さんが遠慮もなしに言う。
弱っている彼女に追い打ちを掛けるようで、ほんの少し私の気に障った。けれど―――
「戦う前に心が折れてるもの。あんた、いじめられてる時って反撃のひとつでもした?」
「…………」
問い掛ける霊夢さんに、ルーミアさんは顔も向けず、返事を返すこともなく、ただ俯くのみ。
けれどそれは、霊夢さんのお言葉を暗に肯定してしまったのと同意義……。
言われてみれば……この間追い詰められてるルーミアさんも、一方的に弾幕を受けてるだけで、反撃のひとつも返していなかった。
「はじめから諦めてたんじゃ、勝負にすらならないっての」
「でも……でも……」
無理だ、と言いたげな瞳を……誰に向けるでもなく、下に向けたまま。
ルーミアさんの口からは、続く言葉が出てこない。
―――私は、全面的にルーミアさんの味方で在るつもりだけれども……今だけは、霊夢さんに納得せざるを得ない。
だから、弱気な態度しか取れずにいるルーミアさんに私は言う。
「ルーミアさん、お願いです。勇気を出してください……!」
ここで奮起しなければ、状況は変わらない。
この悪い流れを変えるためにも、そのためにもここで勇気を振り絞って欲しい……。
「ここで頑張らないと……」
「だめだめ。だめよ妖夢〜」
もう一度背中を押そうとする私だったが……そこを軽い口調と、ペチリと頭に響いた軽い衝撃により差し止められる。
目を向けると、私の横に幽々子さまのお姿があった。
ルーミアさんの後ろに待機していたはずなのに、いつの間にか私の横に回りこんでいたらしい。
閉じた扇子で軽くぽんと私の頭を叩いて、先ほど私の頭に響いた軽い衝撃を、もう一度お与えになる。
まるで、私のいたらぬ点をたしなめるように。
「出せって言われて出せたら、世の中にいじめられっ子は存在しな〜いのっ。
できる人の一歩は、できない人の何倍も長いのよ? 無責任に頑張れって言うものじゃないわ」
「あ……す、すみません……」
言われてもっともだと思い、口をつぐんだ。
幽々子さまの見解は、いつも言い方は軽いがその中身は洗練された重みが確かに存在する。
浅はかな私からすれば、常に学ぶところの多いものばかり。
しかし……だからと言ってどうすれば……?
自ら答えを導き出せない未熟な私に、幽々子さまは「こういう時は……」と私に呟いてから、ルーミアさんに向き合った。
「ルーミアちゃん。もし勝てたら、妖夢がなんでもお願い聞いてくれるわよ?」
「……!」
あ、ルーミアさんの体がピクッて反応した。
暗かった表情も心なしか明るくなって、元気のなかった目元がぱちりと見開かれてる。
「……って、なに勝手に決めてるんですか……?」
いくら私がルーミアさんにお熱なのを知ってるとは言え、勝手に私を行使されたことに若干の不満を覚え、ジト目で幽々子さまを見つめる。
ほら、著作権じゃないけど……なんていうか、人のモノ勝手に使われた気分。モノっていうか、私自身なんだけど。
納得いかない気持ちを分かりやすく顔に浮かべる私に、
幽々子さまは、ルーミアさんに方向に声が漏れてしまわないよう愛用の扇子を私の耳に添えて、私にだけ聞こえるように説明し始める。
「まあまあ……こういうのは本人にやる気がなきゃ意味無いの……。
で、手っ取り早くやる気を出すって言ったら……ま、なにかしらのご褒美よねー……。
本当はエサで釣るようなマネ、クセになると厄介だからしたくないんだけど……今は仕方ないでしょ?」
ぽそりぽそりと小声で話す幽々子さまの吐息が、微かに耳に吹きかかって、少しこそばゆかった。
……が、なるほど……確かに、幽々子さまの言う通りかもしれない……。
だって……気がつけばルーミアさんは顔を上げて、期待溢れる眼差しを私に向けていた。
なんて言うか……しっぽが生えてたら子犬みたいにぶんぶん振っているような、そんな期待にあふれる目をしてる……。
……わんこルーミアさんの復活 。ちょっとかわいい。
あ、だけど耳はピンと立ってなさそう。ルーミアさんはたれ耳わんこのイメージがする。……ってなにを考えてるんだ私は?
「まあ……そのくらいなら別に構いませんよ」
「ほんと!」
ルーミアさんの期待に満ちた瞳を前に、私はそれに応える返事を返した。
さっきまでの落ち込むムードだった表情は、一瞬で弾けるような笑顔に変わって、いつものルーミアさんに以上に明るい様子に戻ってくれた。
ま、頑張る彼女に私からなにかしらのご褒美をあげたい気持ちもあったし、それが公約という形に変わっただけのこと。
勝手に話を決められたことはどうかと思っただけで、お願いを聞く分には問題はない。むしろ賛成なくらい。
それに、きっとピュアなルーミアさんのこと、お願い事だって無邪気で軽いものに決まっている。
……あ、人間食べたいだったらどうしよう?
…………その時は、諦めて獲って来よう。というか、目の前にちょうど良い獲物がいるし。Nice WAKI.
「えっと、えっと……じゃあ……!」
ルーミアさんは、さっきまでの暗く浮かなかった瞳を、期待で爛々とさせたそれに変えて色々思考していた。
突然振られてすぐには思いつかないのか、それともお願いしたいことがいっぱいあるのか。
無邪気な彼女の姿はいつ見ても心が温まる……。
その内、「あっ!」と大きく声をあげて、表情を輝かせた。
どうやらお願いすることが決まったよう……。
「なにか、決まりましたか?」
「うん! わたし、よーむちゃんをレイプしたい!」
…………………………………………………………は?
「「「なッ、なんだってぇぇぇぇえええぇぇぇっっっ!?」」」
人類は滅亡する! みたいなことを言われた勢いで、3人が声を揃えて驚いた。
というか驚くだろう! 驚かない訳がない! 驚けば! 驚く時! 驚ろろろぉぉぉ!
……え? ま、ままままま、待って待って?!
るるるるルーミアさん、あなた今なんと仰ったかな? かな?
……え? れい……れい、ぷ……え? え゛え゛ッッ!?
「ちょっちょっちょっちょっちょ!? まままままま!??!」
「る、ルーミアちゃん……大胆……」
「ま、まさか……あんたら、そこまで……」
目を白黒させて狼狽する私。
顔を真っ赤にして幽々子さま。
青ざめた顔を引きつらせる博麗の巫女。
ルーミアさんの核爆弾発言に、三者三様の反応をみせる。
一方、ニュークリアフュージョンを引き起こした冥界の太陽さんご本人は、いたってへーぜんのほほんと日和ったものだった。
ままま待って待って待ってまって!? これはなんかの間違いですよね!?
だってルーミアさんがそんないかがわしいこと……そ、それって! それって性的な意味でですか!?
私、あなたとフュージョンするんですか!?
待って!? 私この気持ち恋心なんて認めるのまだ怖いよ、怖いのよっ!?
なのに恋心かどうかから一足飛びというか八艘飛びというか、清水の舞台からフライアウェイ!?
ルーミアさんは良いの!? 私で!? 私なんかで!? わたしおんなのこだよ!?
一時の感情のもりあがりでおんなのこのたいせつささげしちゃうなんて、そんなのだめです、だめですよ!?
もっとじっくりゆっくり時間かけて考えましょうよ!? ゆっくりしていってね! ね! ね?!
「で、具体的にはあの半人前となにをどうちょめちょめする気……?」
「ってなに聞いてやがんだそこの脇ーーーっ?!」
興味津々にルーミアさんに質問する博麗脇夢。
この人なに率先して聞いてんだよっっ!?
普段その手の話題を一番嫌悪しているクセに!
ってかさっきも思いっきり引いていたクセに!!
「えー、だって女同士ってどうやるか私知らないもの」
うっさいな、私だって知らないよ。むしろ教えてくれよ。
……いやいやいやいや!? 違う違うって!?
私に、その……ちょめちょめする気ないから!
恋だと受け入れられないからまだいいから!!
「で、まずどうやってあのかっこいいよーむちゃんとやらを凌辱してくれるかしら?」
構わず、差し入った話を続ける博麗の巫女。
普段気だるそうに半開きにしてる目が、期待に見開いてランランと輝いている。手前ぇこんな時ばっか。
「いやー、聞かないでー! 私の中のピュアなルーミアちゃんを、これ以上汚さないでーっ!!」
一方、ご自分の中のピュアなルーミアさんの偶像が崩壊寸前で悶える幽々子さま。
「そんなルーミアちゃんなんてっ……! そんなルーミアちゃんなんてぇぇぇ…………、…………ありかな?」
ちくしょう、他人事だと思って……。
「えっとね……よーむちゃんのおくちに……ちゅーするの♥」
「うんうんそれで!」
ぎゃああああああぁぁああぁぁぁっっっ!? ルーミアさんとうとう話し出したーーー!?
あああ、けどルーミアさんの考えるレイプって聞きたいような……聞くの怖いような……。
止めなきゃと思いつつ、なぜか止めに入れない私。
ちくしょう、動け! 動けよ私!!
今動かなきゃ、あの純粋に「えへー♥」と微笑みを向けてくれたルーミアさんに、二度と会えなくなっちゃうかもしれない執念場だぞっ!!
なのにどうして動けない!? なんで硬直しちゃってるの!?
ああ、聞きたいような聞きたくないような、あああああああ……
そうこうオタオタしている内に、ルーミアさんの無垢な唇から色欲に塗れた淫猥な言葉の数々が紡がれ始め……
「え? それでおわりだよ」
「…………は?」
……それは誰のものだったのか、とぼけた一言がこぼれおちた。
「えっと……だから、よーむちゃんにちゅーして……うん、それでいいよ。えへへー♥」
と、満面の笑みを浮かべて、彼女はとても満足そうに、自分の希望する"お願い事"を話し終えた。
想像していたよりも、圧倒的に短い内容で終わって。それこそ、一呼吸も終えぬほんの束の間に。
ただ……言い終えた言葉の意図は、彼女以外の誰もが、上手く理解できずにいた。
麻のように乱れに乱れた場の空気は……いつの間にか、普段の冥界のあるべき姿らしい静けさを取り戻していた……。
「……たったそれだけ?」
とりあえず、博麗の巫女がそう問い掛けてた。
すると、ルーミアさんは胸を張って、ほんのちょっと顔を赤く染めながらも、それでも誇らしげに。
「ただのキスじゃないんだよっ! おくちだよっ!」
「う、うん……まあ、すごいっちゃーすごいわね……」
「しかも女の子同士は普通しないんだよ! なのにしちゃうんだよ!!」
「そ、そうね……普通はしないわね……」
ルーミアさん、しないのはヘンタイさんになるからであって、別にすごいからじゃないんですよ。
絶対意味よく分かってないよね。勘違いしてるよね。
ほら、そのテの話にめっちゃ抵抗持ってる博麗さんの顔、めっちゃ引きつってるじゃん。
「あー……、んと……。ルーミア、あんたレイプってどういうことだか分かってる? それで終わりなわけないでしょ?」
「え……レイプって、おくちにちゅーすることじゃないの?」
「……え?」
ルーミアさんの発言に、場は再び沈黙に包まれる。
いつも静寂を携えた冥界は、普段あるべき姿以上に、静かな姿を見せていた……。
「……ああ、なるほど」
数秒掛けて、その静けさを破ったのは幽々子さまのそのお言葉。
それを皮切りに、続いて紡がれる言葉により、誰もが行き詰ったこの謎の解答編がスタートした。
「私たち……妖夢がルーミアちゃんの唇を奪ったこと、レイプレイプって言ってたじゃない」
「……あ゛」
「多分……それで、勘違いしちゃったのね……」
そ、そういえば……。
私とルーミアさんのファーストキスを、そりゃあもう見事に激写なされた写真を霊夢さんに見られた、私のトラウマ。
思い出したくもないけれど、よくよく思い出してみれば確かに……その前後で私たちは口々に「レイプ」「レイプ」と口走っていた気がする。
というか、つい3日前、ここにいる脇巫女もそう言ってたような……。
つまりルーミアさんは……私たちが「レイプ」とものの例えで言っていたのを、意味を履き違えて覚えてしまった、と……
「なんだ……。そういうことか……」
真実を知って、私は、安堵にほっと胸をなでおろした。
「えと……わたし、なにか間違ってたかな?」
「ん〜、良いのよ〜。ルーミアちゃんが変わらずぴゅあ〜な子だって分かって、ゆゆちゃんはむしろご満悦だから〜♥」
とりあえず鼻血を拭って下さい幽々子さま。
なんだ……じゃあルーミアさんは、ご褒美に私にキスして欲しいってだけで、別にそこから先のステップアップなんて眼中になかったんだ。
それどころか、多分、その"ステップアップ"すら知らないんだろう。
ルーミアさんはやっぱり、私が考えてる通りに無垢で無邪気なままで……。
それを知って、なんだか本当に安心した。
一時はどうなる事かと思ったけど、そっか……キスなら安心……
「……な訳ないじゃんッッ?!」
想定してる事態から相対的に軽くなったから惑わされちゃったけど、それって全然軽くない!
そうだよ、おくちにちゅーってすごいことなんだよ! しかも女の子同士は普通しないんだよ! なのにしちゃうんだよ!!
ルーミアさんが大正解じゃん!!
そりゃ何回かしちゃった仲だから、ほんのちょっぴり軽く感じちゃってる節はあるけど……だからと言ってキスの意味が軽くなる訳じゃない!
キスしただけで頭の中真っ白になっちゃって腰抜かすよーむちゃんはもうドッキドキですよっ!?
っていうか、一昨日もうしないでおこうって宣言したばっかりなのに、このタイミングでご褒美にちゅーですか!?
ど、どうしよう……・どうしたら……私この場合どうしたらいいの〜!?
「ちなみにレイプって言うのはキスすることだけじゃなくて、もっと性的な行為を強要することで……」
「そこの脇ッッ! 余計な知識を教え込むなぁぁぁぁああああぁぁぁぁッッ!!」
「……まー、ルーミアさんがやる気を出してくれたみたいなので、本題に戻りたいと思います」
盛大に横道に逸れて、逸れまくって、ロケット噴射で上昇し、月まで届いた話題をなんとか本筋に戻して、私は話し合いを進めることにする。
ああもう、スクロールバーを見てみたらもう半分近く話してるよ!? まだ本題始まってすらいないのに!
ちなみに、ルーミアさんは「レイプ」の意味を、
『よく分からないけど、好きな人に好きって気持ちを伝えるのを、もっと具体的にがんばることなんだね!』
と納得していた。
別のところで話題に出たら非常に誤解を招きそうな解釈だったけど、
幽々子さまの「かわいいからジャスティス!!」の一声でそのままにすることになった。
いくら主人の意向とはいえそれで良しとはもちろん思ってなかったんだけど、
これ以上話を本筋から逸らしたくなかったので、今は素直に従うことにした。
ま……この件が終わったらひっそり修正しておこ……。
「で、特訓は良いとして、なにする気? 筋トレ? 鉄下駄?
今からトレーニングなんかしたって、そう簡単に身に付くモンでもないでしょ?」
「それはまあ……存じてます」
強さとは、日々の積み重ねにより培われるもの。そう私は信じている。
やらなければ、いつまで経っても同じところで足踏み。
……とはいえ、今回はそれまでにチルノの不届き者が手を出さないかがネックである。
その辺の地道な基礎作りはもちろん行っていくつもりだが、活かせるかは微妙である。
「ですので、そういった基礎訓練はおまけです。メインは対策案を練り、それに関する項目を集中的に練習、という方向性です」
例えば……実際に手合わせした私の意見を言わせてもらえば、チルノの弾幕は、比較的弾速が速い方だった。
なので、不意打ちの速い弾幕に対する避け方を練習する。
他にも、チルノの扱うスペルカードの特徴を把握し、そのパターンやクセを覚えたり、など。
「地味ねぇ」
「ですが、確実です!」
私が強気に言うと、ルーミアさんは「おおー!」と感嘆の声を上げて応える。
あんなに弱気に圧されて気乗りしなかったルーミアさんも、今ではすっかり乗り気になっているよう。
よっぽどご褒美が効いているのだろうか……?
う、う〜ん……ほんとどうしよう、こんなに期待してるなんて……。困ったぞ……。
私だっていやな訳じゃないけど……っていうかどっちかっていうと大歓迎なんだけど……。
こんなことなら「しない宣言」するんじゃなかったかなぁ……?
と、とりあえず、考えるのは後にして、今は今やるべきことに集中しよう……。
私は、雑念を無理矢理払うように咳払いをひとつしてから、多少強引にでも話を先に進めた。
「ごほんっ……! で、ではまず……敵を知り己を知れば百戦危うからずと言いますし。お互いの情報でもまとめてみましょう。
んじゃあ霊夢さん、情報提供をお願いします」
「は? なんで私?」
「一度会った相手のことは後でゆる〜く調べてるんでしょ。その二次設定やっと生かしてくださいよ」
唐突に話を振られて、明らかにいやそうな顔を浮かべる霊夢さんに、こっちも負けじと不服そうに理由を返す。
私だって、いっつもばかにするあなたなんかに頼りたくなんかないですよ。
けど、ここは霊夢さんこそが適役。今はワラにもすがりたい状態なのだから、四の五の言いはしない。
「なるほど、それで私が呼ばれてる訳ね……。ま、良いわ」
そこそこ納得した様子で、エサにつかった冥界桜もちをまた一口。道場に、食べカスがぽろぽろ落ちていく……。
一体誰が掃除すると思ってるんだか……ああ! ごはん粒とかあんことか、ついたら綺麗にするの大変なのに……!
ま、まあ……ここは我慢だ我慢……。重要な情報を提供してもらうんだから、このくらいの傍若無人さ寛容に受け入れねば……。
「まず、あいつの名前はチルノ。氷の妖精ね。ま、予想通り熱に弱いわ。ついでに頭も弱い。
氷の妖精だけあって冬には力が最大限強くなるわ。今は春だから、そこそこ弱まってると思うけどね。
で、特徴はバカ。あと、スペルカードは……」
「わっ!? ちょっ……待ってください……!?」
霊夢さんは、やる気ない態度とは裏腹に、濃厚に説明を開始してくださった。
予想以上の情報量に、私もホワイトボードにメモが追い付かず、何回か言い直してもらう始末。
むぅ、本当に役に立っちゃったよ。思惑通りだけど、この脇巫女に活躍されるのちょっと悔しいな。
「よし……大体まとまりましたね」
一通り、ホワイトボードを埋め尽くし、腕を組んで眺める。
まあ憎きチルノの情報はこのくらいあれば十分だろう。
「では、次はルーミアさんについて情報を整理してみましょうか。見直してみると、案外活かせる能力とか見つかるかもしれませんし」
ホワイトボードの板面を回転させながら、司会進行を続ける。
引っくり返ったホワイトボードは、つい先程までの文字の羅列でいっぱいだった姿から打って変った、まだ何も記入されてない真っ白な裏側スペースが姿を現した。
「それでついでに愛しのルーミアについての情報を漁るって腹ね」
「も〜、妖夢ったら〜、素直じゃないんだから〜」
「なっ?! わ、私はそんなヨコシマな気持ちじゃ……」
……それもありかな?
「そ、そんなことはともかく! 霊夢さん、続きお願いします……」
「はいはい。じゃ、解説始めるわよ。準備良いかしら?」
「はい」
私は黒マーカー構え、真っ白なホワイトボードに向き合った。
なんだかんだで、この人の情報は多くて、参考になるものばかり。それは今のチルノ情報で証明された。
あてにして、間違いはない。悔しくはあるけど……。
そんな大人気ない嫉妬心が、今度は書き遅れないように、なんて対抗意識を私の中静かにちょっぴり燃え上がらせていた。
「宵闇の妖怪・ルーミア。特徴は、」
霊夢さんは先ほどと同じように解説を始
「レズビアン」
あてにした私がバカだった。
「ついでに半人半霊の庭師・魂魄妖夢。特徴、レズ……」
「言いたいこと分かりますから改めて言わないでください」
「ねーねー。ところで"れずびあん"ってなーに?」
順調に思えた情報の書き出し作業だったが、霊夢さんのいつものいぢめと、
ルーミアさんのホワイトボードのような真っ白過ぎる発言で、再び小休止を挟むのだった……。
「……で、あんたらもご存じのとおり、こいつには闇を操る能力があるわね」
「はい、存じてます」
「それ以外だと……妖力を操って色々弾幕出すわよね。レーザーとか」
「うん」
私がホワイトボード上にマーカーを走らせる後ろで、試しに手のひらからレーザーを放ってみせるルーミアさん。
文字を書き終え振り向いてみると、幽々子さまのお顔がほんのちょっと焦げてた。
とまあ、なんだかんだで霊夢さんの説明はその後も続けて頂いた。
最初に茶々が入ったものの、それ以降は比較的真面目な解説が続いて、ホワイトボードは裏面同様黒い文字がいっぱい羅列されていく。
ちなみに、ルーミアさんは「レズビアン」について、
『女の人のことがすごく好きな女の子のことなんだね!!』
と、また他の人が聞いたら誤解を招きそうな理解の仕方をして、幽々子さまが萌え萌えきゅ〜ん♥ と涎と鼻血を垂らしていた。
……なんか幽々子さまの方がルーミアさんを好きみたいで、ちょっと悔しい。私なんかキスまで済ませた仲なのに……。
私も萌え萌えきゅ〜ん♥ とかした方がいいのかな?
「以上よ」
「はい、ありがとうございました」
とりあえず一通りの情報ホワイトボードに書き終える作業は終わりをやっと迎えた。
随分な量を書いたものだ。
書いた私も大変だったが、それをきちんと説明してくださった霊夢さんも大したもの……純粋に、感謝の意を表したい。
そして、一通りの説明を終えた霊夢さんは、総括のようにこう言った。
「ま……私が相手した経験談から言わせてもらえば、ルーミアの実力はあのバカより少し劣るのよね。1面ボスと2面ボスの差よ」
またメタな発言をする……。
まあしかし……それはしっかりと、ルーミアさんとあの氷精との間にある実力の差を示していた。
ハッキリとそう断じられて、ルーミアさんは居心地悪そうに「ううう……」と唸っていた。
「大体、あんたの弾幕味気がないのよ。勝ちたいなら、新しくスペルカードでも作るべきじゃない?」
「新しいスペルカード? なるほど」
霊夢さんの何気ない一言だったが、それは名案だと私は頷いた。
避け方やパターンを覚えるといった防御だけでなく、有効な攻撃手段を準備するのも対策案としては必要か。
そう思い私が納得していると、ルーミアさんは唐突に、霊夢さんに手のひらを広げて差し出して言った。
「じゃあれいむ、"むそーふーいん"のカード、ちょーだいっ」
「は?」
霊符「夢想封印」……霊夢さんの得意とする、強力なスペルカード。
それを扱うことができれば、チルノへの対抗策としては確かに申し分はない。それが使えるのなら……。
手を差し出すルーミアさんを前に、霊夢さんは不意を突かれた様子で目が点になっていた。
それもそのはず、か……。
「スペルカードくれたらそれでわたしにも使えるんだよね、むそーふーいん」
「あ……そっか。あんたそっから勘違いしてるのね?」
「ふぇ?」
「別にあげたからって、使えるようになるわけじゃないのよ?」
霊夢さんは、ルーミアさんの言葉から察することがあったらしく、
彼女の勘違いを正してあげようと、まるで学校の先生が生徒を諭すように、優しく説明を始めた。
……私に対してはいっつも厳しいっていうか、えげつなくつついてくるのに……。
なんか理不尽というか……ルーミアさんがあの被害に遭うくらいなら私ひとりで済んで良かったというか……。
というか私ゃそんなにいじられキャラが身に染み込んでるんですね、そうですね、ちくそー。
さて、ここでスペルカードについて軽く説明する必要があると思われる。
まず、幻想郷では、争いごとを公平に解決するための手段である「スペルカードルール」というものが存在している。
ザックリ説明すると、相対する者同士が、お互いの得意技を"魅せ"あうことで勝敗を決するというもの。
自分の得意技を魅せる前には必ず技の名を記した札を提示し、その名を宣言。
そして相手の得意技を打ち破った時、打ち破った証明としてその札を手に入れることができる。それが「スペルカード」である。
なぜそんなことをするといえば……これは「弾幕ごっこ」。あくまでお遊びであり、「強さ」ではなく「美しさ」を競う遊戯だからである。
ゆえに、不意打ちは厳禁、絶対回避不能な弾幕を放つのもルール違反。いかに美しく、弾幕で相手を制するか。
戦いでありながらも美学と趣に重きをおいた、幻想郷ならではの決闘法である。
弾幕で演武を行っているものと考えてもらって差支えはないだろう。
ちなみにスペルカードを提示し、技名を宣言することを「カード宣言」、その上で得意技を放つことを「カードアタック」という。
したがって、スペルカード自体には、なにかの力があるわけでなく、言ってしまえばただの紙切れなのである。
技の前に提示するため、今のルーミアさんのように札自身に力がある誤解を招くこともあるけれど、提示するのは単なるルール。
弾幕は、純粋に本人たちの能力で放たれているのだ。
一部の強力な妖怪、神様……また、幽々子さまも含めた強力な力を持つお方については、
ルールに則るため、相当手加減をし、言葉通り「遊んでいる」ものと思われる。
まあ、私みたいな半人前は、結構全力で望んでるんだけどね……。
もっとも、ルーミアさんの言うような、カードに霊力を蓄えて放つタイプもないとは言い切れない。
私はまだ確認をしたことはないけれど、特殊な力を封じた札というのも十分あり得るから。
「……って訳で、渡したからって使えるようになるもんじゃないの? 分かった?」
とまあ、そんな感じで、霊夢さんは、札を渡したからといって夢想封印が使えるようになる訳でないと、一通りルーミアさんに説明し終える。
つまり……夢想封印も、この巫女の純粋な力なのである。
腐っても博麗の巫女。普段の怠惰な態度からは信じがたいが、この人は紛れもなく凄まじい力を秘めている。
なんせ冥界と現世の境界を分かつ幽明結界を、触っただけで消しちゃったんだから……。
お陰で冥界と現世は今でも境界が曖昧になってしまった。……ま、そのお陰で、ルーミアさんと会えたんだから……ちょっとは感謝だけど……。
「あんた、自分でもスペルカード使ってて気づかなかったの?」
「そんなのしってるよ!」
ややバカにするように付け加えた霊夢さんに対して、ルーミアさんは反感するように返した。
頬を膨らませムキになる姿も、それはそれは可愛らしかった。
「じゃなかったらわたし、よーむちゃんからカード貰ってるもんっ……」
と唇を尖らせて言うルーミアさんに……私の顔がめっちゃ赤くなった……。
もちろん、巫女がおーおー見せつけてくれるわねぇ、なんて嫌そうな顔して冷やかしてきたけど……。
……今は別にいいや、嬉しい気持ちの方が上だったから……。
「じゃあなんで私にはカード寄こせなんて言うのよ?」
「ん。チルノちゃんが、『博麗の巫女はスペルカードが強いだけなんだ。"むそーふーいん"のカードがあればあたいだって勝てる』って言ってた」
「おーけー、なんとしてもそのバカ仕留めなさいよ、ルーミア」
普段何者に対しても平等に見る博麗の巫女が、この時ばかりはルーミアさんの肩を持った。
「けどまあ……カードって訳じゃないですけど、道具に頼るってのも方法のひとつですよね?」
ふたりのやり取りに一段落ついたのを見計らい、私が横から加わる。
何かしらの強力な力の込められた道具。
道具自体に力がこもっているため、それを持つ者に絶大な力を与える。俗に言う魔具。
それを扱うことで、強力な弾幕を放つのも、方法のひとつだ。
「それもそうね。道具の使用は全然ルール内だし。ま、あんたの2本の刀が良い例よね」
「私の場合は、剣自体の力っていうより、技によるものが大半を占めてますけどね。
けど、道具の力それ自体を弾幕に利用してる人も居ますから。極論、スペルカード名に道具の名前そのままって人もいますし」
「ああ、あの永遠亭の月のお姫さんとかね」
霊夢さんがおっしゃった月のお姫様とは、輝夜さんのことだ。
いつもお世話になっている永琳さんが仕える、元・月のお姫様、蓬莱山輝夜さん。
彼女は珍品コレクターで、とても強力な力を持つ道具をいくつも持っている。
実際、前に弾幕勝負をした時も、それで強力な弾幕を放っていた。
輝夜さんのように、道具を使って弾幕勝負を行う方もいる。
ちなみに道具の名前そのままをスペルカードの名前にしていたのも彼女である。
「ねーねー。だったら、こんなのもいいの?」
「ん?」
ふと、ルーミアさんがなにかを閃いたらしく、私に問い掛けてくる。
そして。
「えっとね、」
秘宝「ウッドソード・オブ・ユユコ」
「ごめんなさいルーミア様、それだけは勘弁してください! 私超恥ずかしい!!」
先日、私が物置から発掘した秘宝を掲げて、なぜか誇らしくカード宣言するルーミアさんに、幽々子さまが土下座して懇願してた。
幽々子さまの先日のお言葉が確かなら、これにて6回目の土下座になります。
「まあ……ありと言えばありなのですが……。それは特別な力が込められた訳でもないただの木刀ですので……」
「ゆゆちゃんから気持ちがたっぷりこもってます!」
「あらあら、それは心強いわ。ねー、亡霊の姫さん」
「恥ずかしいから! そう言ってくれるとゆゆちゃんお姉ちゃんすっごくうれしーけど、すっごくこっ恥ずかしいから!!」
頼もしく木刀を掲げるルーミアさんに、幽々子さまは普段は絶対崩したりなんかしない表情を真っ赤っかにして慌てふためいておられてた。
すごい……あの幽々子さまが手玉に取られてる……。恐るべし、ルーミアさんのピュアパワー……!
「まあ、魔具なら、強力そうなの持ってそうな奴ならゴロゴロいるから、誰かに貸してもらうってのもアリだとは思うわ」
霊夢さんは、赤面する顔を両手で覆って道場の隅でぷるぷる震えている幽々子さまに構わず話を進めてた。
無重力の巫女は本当になにものにも縛られないなぁ。
「けどねー、あんまり強力過ぎたら使い手の魔力、霊力もかなりのものを要求されるわよ?
それに絶対回避不能な弾幕はルール違反。強力なのは良いけど、扱い切れなくて誰にも避けられない弾幕放ったら反則になるわよ?」
「う……そーなのかー……?」
「あと、強い魔具なんて大抵は強力なほどレアな訳だし、そんな貴重なモン簡単に貸してくれるヤツなんて、そうそう居ないでしょ?」
「そ、そーなのかー……」
「そーなのでーす」
ルーミアさんの言い回しをマネするようにして、両手を広げて答える霊夢さん。言い回しはちょっと癪だったけど、おっしゃる通りだ……。
例えば、輝夜さんから借りるのは良いけど、そんな貴重品をホイホイ貸してくれるかも妖しいし……なにより壊しでもしたら大問題だ。
永琳さんから口添えして貰えばあるいは……だけど、永琳さんには日焼け止めクリームのこともある。
これ以上お世話になるのは申し訳が立たない。できれば、その辺には頼りたくないのが本音かな……。
「よし! じゃあゆゆちゃんお姉ちゃん、ルーミアちゃんのために物置から宝探ししてこようかしら!
きっといわくつきのものがごろごろ転がってるんじゃないかしら?」
「やめてください。いわくつきのものなんて渡すのなんて」
すると、さっきまで部屋の隅で羞恥心にぷるぷる震えていた幽々子さまが、
直前の態度とは打って変わり過ぎなほど弾む声で、不吉なことを口にする。
っていうか、死者の園で取れた時点でいわくつきっちゃーいわくつきですけど。
それにそもそも、現在物置はトラップ満載の危険地帯である。
あと亡霊が出ます。姿を消して覗きを行い、仲睦まじいという理由で女の子同士だってのにちゅーさせちゃう呪いを仕掛けてくる亡霊が。
その呪いのせいで、私は半人半霊半レズの身となってしまった。
「やっぱ一番切実なのは、あんた自身ができるスペルカードでも作るしかないんじゃない?」
結局、そこに行きつくのか……。
と言っても、ろくに考えずに魔具に話を移しちゃったし……もう一度そこから考え直すのもありかも知れない。
「ですね、ルーミアさんも妖術を扱えるようですし、なにか新しい術法でも覚えられれば……」
「よーむちゃん、ゆゆちゃん……なんかひっさつわざない?」
その時……冥界の天地を揺るがす、大変なことが起こった……!
ルーミアさんが……可愛いお顔で上目遣いでねだるように聞いてきてしまったのだ!
その愛らしい姿に「きゅん♥」として、私は頭が真っ白になり、世界が傾きそうになる。
そして横では幽々子さまは「ゆゆちゃんずきゅーーーんっっ!!!」とかやばいくらいのけ反ってた。
……負けないようにした方がいいのかな?
「んー、教えてあげたいのは山々なんだけどねー。私の使う術って、多分そう簡単にできるものじゃないから……」
「そーなの?」
やばいくらいのけ反ってたクセに、すぐさま体勢を立て直して、何食わぬ顔で真面目にお答えする幽々子さま。
やっぱりこの人すげぇな。さすがだよ主様。
「ええ。弾幕として使用するなら大分練習が必要になるかも……」
そうなのだ、この人は冥界の管理を任されるほど霊力に長けている。
ついでに1000年以上亡霊として生きて(?)いるので、そのお手前たるや、熟練の技前がしかと根付いている。
私が常々思い浮かべてる「積み重ね=実力」から考えても、追いつくなら単純計算1000年は必要な理屈になる。
そんな熟に熟した達人の技なんて、やろうとしても実戦で使えるのは相当先になる。
なるべく短い期間で、が好ましい現状においては、例え幽々子さまであっても無理があった。
「うー……じゃあよーむちゃんは?」
ルーミアさんは、普段自分には甘々な幽々子さまが、それでも教えられないと言う意味を理解してか、私の方に目を向けてきた。かわいい。
私が、そんなルーミアさんを無碍にできないのは……はい、もう当然のことです。
なんとかその期待に応えようと、素晴らしい回答を模索するが……
「うーん、ルーミアさん妖術は使えるみたいですし……私程度でも使える術なら、ちょっと練習すれば使うくらいはできると思います……。
私、そんなに術とか得意じゃないですから……。
けど、そんな程度の術で、果たして勝てるのかと言われると……ちょっと自信ないです」
「うー」
応えたい気持ちはあるのだが、いかんせんそれに相応しい解が出てこない。
私の場合、努力の方向を大半剣術に向けて今日まで過ごして来た訳だから、言い換えれば術はそんなに重点を置いて修行してる訳じゃない。
まあ、例外的に、半霊の「私」を使った術など扱ったりするので、術を全く使わない訳じゃないけど。
それでも、やっぱり努力の方向は剣術に傾けてきているので、術はそこそこにしか扱えない。
慣れている半霊に絡んだ術は、半人半霊という種にのみ扱えるう、ある意味で「才」が必須となってしまう。
教えられるものとなると、やっぱり大したことのないものに限ってしまう。
教えたいのは山々だけれども、肝心の私側に、そのストックがそんなにないのだ。
私も幽々子さまも、悔しいがお手上げ状態……。
「なにを言ってるの妖夢、あなたには立派に教えられる術があるじゃない」
「幽々子さま?」
と思っていたのだけれども、幽々子さまがみょんなことをおっしゃり始めた。
そして得意そうにウインクひとつして、
「剣術よ、剣"術"♥ 最近教えてるんでしょ?」
まあなんと、"術"にかけて上手いことをおっしゃる。
それは確かに名案だ! ……と、言いたい気持ちは満載だったのだけど……実は、その辺は私も考えなかった訳じゃない。
なんせ私が教えられる中で最も得意とする分野なのだから。
けれどもそれをあえて出さなかったのには理由があってのこと……。
だが……
「やっぱ特訓と言えば、新必殺技体得が定石よねっ! もしくは奥義の伝授とか!」
まずいことに、幽々子さまにはご友人から頂いたマンガの影響が激しく出ておられた。
これはまずい。幽々子さまの気持ちがヘンに盛り上がってて、話がおかしな方向に進んでしまうフラグが立っている。
この間もなんか庭で「か〜め〜は〜め〜……」とか言ってなんか気の塊を相手にぶつける技練習してたの、私知ってるんですからね!
……まあ、ちゃんとビーム出てきてたけど。
「そーなのかー!」
ああもう、ルーミアさんピュアなんだから乗っちゃったじゃないですか。
ちょっとこの話の流れは私的にはNG。早くなんとかせねば……!
ヘンに盛り上がる前に差し止めようと思った……が、一歩遅かった。
「合わせ技とかどう? ルーミアちゃんの術・ナイトバードと、妖夢に教わった剣術を交えてパワーアップ!」
「おー!」
名づけて"夜剣「夜鳥剣‐ナイトバードソード-」"とか、などと早速新技の名前まで得意げに口になさる幽々子さま。
そして、とっても影響されやすいお年頃のルーミアさんもそれに乗せられて、私が止めるのも間に合わずに、幽々子さまの木刀を、
「えーいっ、ナイトバードソード!」
と片手で大振り。
すっぽーん!
すっぽぬけた。
「おふたりとも……技というものは基本ができて初めて扱える、いわば応用なんですよ……?
ルーミアさんが剣術はじめた半月やそこらで、そんなすぐに実戦で使える訳では……」
「うん……ゆゆちゃん理解した……」
私が剣による新技にNGを出した理由が、これ。
あらゆる物事の応用は、全ては基本ができてこそ活きるもの。
けれどルーミアさんには、まだまだ圧倒的に経験値が足りない。
正直、技なんてまだまだ早いのだ。
幽々子さまも、そのことを、すっぽぬけた木刀を顔面に埋めながらしみじみ実感しておられていた。
「ルーミアさんも……とりあえず剣を振るう時は両手でしっかり持って扱ってください。
私みたいに片手ずつで扱うのは、もうちょっと慣れてから……」
「うー……」
新技の失敗、そしておあずけダブルパンチに、ルーミアさんの表情は悔しいようなガッカリするようなそれに変わり、悲しそうに小さく唸った。
ルーミアさんがわんこだったら、きっと耳もしっぽももれなく垂れ下がってしまった感じ。
まあ、わんこルーミアさんの耳は元々たれ耳だけど。……って、それは妄想の話だろ私。
「まあ、両手でしっかり握っていればすっぽ抜けるなんてことありませんから、今の夜鳥剣だって扱えるんじゃないでしょうか?」
「ふぇ?」
「合わせ技については、もうちょっとちゃんと練習してみましょう? 本格的に使うのは、それからです」
「ほんと!」
ああ、自分は甘いんだなぁ……。
悲しみに暮れるルーミアさんを見かねて、ついそんなこと口に出してしまった自分を見て、心底感じてしまう。
本当は、もっと基本ができてからの方が良いんだけど……こういうところでモチベーションを稼ぐのも、教えるコツのひとつだろう。
まあ、ただの言い訳だけど……。それでも、こんなに嬉しそうなルーミアさんの表情を拝めたから、なんか良いやって思ってしまう。
「その代わり、次で使い物になるなんて期待しないで下さいよ」
「えへー♥ よーむちゃんとわたしの合わせ技ー♥」
ここだけはしっかり自覚して貰わないといけない注意事項なのだけど……ルーミアさんはトリップしてて、あまり聞いていなかった。
まあ……今は喜ばせておきたかった……。私も、ルーミアさんとの合わせ技なんてできたら……正直、すごく嬉しいし……。
本当、私はまだまだ修行が足りないなぁ……。
「それで……どうするの?」
顔から、元々は自分のものだった木刀を引き抜きながら、幽々子さまは問う。
「どう、って……」
「「「「うーん……」」」」
そうして4人、声を揃えて頭を抱えた。
新たなスペルカード、強力な魔具、新しい術、あとついでに剣術……大まかな方法は見い出せたが、具体的に何をするかまでは出て来ない。
どれも決定打に欠けている。
私は、なにか閃きが欲しいと、ついさっき書きだしたデータを見直すため、再びホワイトボードを眺める。
幽々子さまも同じようにホワイトボードに目を向けて、ひっくり返すのも面倒と、前と後ろを行ったり来たりぐるぐる回っていた。
ルーミアさんは、目を瞑って頭を変えながらうーんうーんと唸っている。
霊夢さんも、桜もちをまたひとつ口にくわえて「なんかないかしらねー」と、不真面目ながらもそこそこには知恵を絞っててくれていた。
「……ん?」
そこで、私の脳裏に、あることが閃く。
「そうだ! あれなら!」
彼女の特性がこれで……
それで、あれができるなら……
うん! 多分きっと、上手くいく……!
「なになにっ、よーむちゃんなんか思いついたのっ!」
「ええ!」
ルーミアさんも幽々子さまも……あとついでに脇からも、その注目が私に集まる。
その期待の入り混じった視線に、私は胸を張った。
大切な彼女に、他でもない私が伝えられるということに、誇らしげに思いながら。
「秘策の伝授です!」
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