それは春の幻想郷に起きた、小さな物語。
 ここで起こる異変に比べれば本当に小さく、些細な……。
 けれども、宵闇冠する幼い少女には、とても大きな物語。

 さくらさくら、春よ来い。
 宵闇よ、どうか桜を咲かせたまえ。






 

みょんミア

一、春の夕暮れは妖精のいたずらと共に







 春の陽気が満ち満ちている幻想郷の現世の空。
 時は既に夕刻を迎え、景色も赤から黒に変わろうとしている。
 陽の光はとうに今日の勤めを終え、休みに入ろうとしている。
 だのに、暖かみは衰えを知らず、薄暗い空あっても春のぬくもりは私を包んでくれていた。

 その空を、里で買い込んだ食材を詰め込んだ風呂敷を背負い、
 プラスその辺を走っていたのを仕留めたいのしし1頭縄で吊り下げるという、なんとも奇抜なファッションで、私は飛んでいた。
 それにしても大量に獲ってきたものだ。
 それでも幽々子さまのこと、このくらいないとあっという間に食べきってしまうだろう。ほんっとーに仕え甲斐がありますよ。


「ま、良い感じに汗もかいたし、戻ってからの温泉で汗を流すのもちょっと楽しみ」


 それにしても少し時間を掛け過ぎてしまったかもしれない……。
 本格的に暗くなる前に神社に辿り着きたいな、とおぼろげに思い浮かべながら、私は幽々子さまの待つ博麗神社へと飛んでいた。


 その日、私は幽々子さまと共に現世へと足を運んでいた。
 目的は昨年末博麗神社に沸いたという温泉である。

 先日、お仕事を本来の予定よりも1週間も早く切り上げた幽々子さまは、
 折角お時間ができたことだからと、この機会に予てより足を運びたいと御所望なされていた博麗神社の温泉に出向くことにした。
 私は、その護衛として付き添いである。
 ……正直、温泉は楽しみだったけど、あの脇巫女とは会いたくないのが本音……。
 ルーミアさんと知り合って以降、あの巫女が絡むと、私は心を抉られるような辛辣な目にばかり遭わされるから……。
 なので、あの巫女の元に行こうという話になって、私が顔をものっそい歪めたのは、まあ当然の反応なのである。

 しかし、私個人の好き嫌いを理由に、主である幽々子さまの護衛を拒否するなどと、そんなのは西行寺家に仕える魂魄家の名折れ!
 これも務めと諦めて、私はあの脇への非難を覚悟し、私は幽々子さまに付き添い温泉旅行へと発った。
 それに幽々子さまにはなにやらあの脇巫女に御用があったらしく、ついでにそれもこなすとかなんとか……。
 内容は私には教えてくれなかったが、まあ興味もないので、せいぜい私に迷惑のかからないことにして欲しい。


 そんな私が今はひとり、現世の空を大量の食糧を抱えて飛んでいるのは、
 巫女より「泊めてやるのは構わないけど、自分たちの飯くらい自分で用意しなさいよ」と言われたからなのである。
 神社は旅館ではないのだし、その主張ももっともと言えばもっとも。こっちだってそのくらいは考慮している。
 それに、幽々子さまは折角現世に訪れるのならと、現世の食材を食べる気満々。
 なので、幽々子さまにお仕えする私が、現世中を駆け巡り、いくつか食材を獲ってくることになったのだ。
 ……私としても、あの脇巫女と顔を合わせる時間が減るのは望ましいので、その口実ができて良かったのはここだけの話である……。

 今回は、前みたいにルーミアさんとすれ違うってことはない。
 ルーミアさんとの約束は2日後に取り付けてある。
 今日明日は泊まりで温泉を楽しみ、明後日はルーミアさんとの一時を満喫しよう、という日程なのである。
 まあ、幽々子さまは誘えるのなら誘いたいと仰っていたのだけど、所在の分からない彼女には、私たちの方から連絡する手段がない。
 私も幽々子さまも、非常に残念に思いながら、お誘いを断念したのであった。


 それにしても、今日の幻想郷は本当に暖かい。
 夕日がほとんど沈んだ今でも、春の暖気はまだ名残を残し、私を陽気な気持ちにしてくれる。
 こんなに陽気なら、そろそろ空を飛ぶ宝船なんかやってくるかもしれないね!


「……うん、なに考えてるんだろ私……?」


 良く分からない電波がビビッと頭の中を駆け巡って、よく分からないことを思い浮かべてしまったぞ。
 陽気に侵され過ぎた自分の電波っぷりに、少しだけ頭を抱えてしまう……。

 その時ふと、私の視界に、窓の少ない真っ赤な屋敷の姿が飛び込んできた。
 知り合い吸血鬼と、そのお付きのメイドが住まう悪魔の館……紅魔館。
 近くには常に霧を放つ湖が、薄っすらとその姿を覗かせている。
 その館の出で立ちは、否応なしに注目を集めるが……けれど、私の視線は、そこから少し逸れたところに注がれた。


「そういえば……」


 ふと、前日のことを思い出す。
 前回、ルーミアさんと共に現世の夜空を散歩した時のこと。
 特に決まった住まいを持たない彼女だけど、それでもお気に入りのポイントはあるみたいで、
 彼女はそのポイントを、散歩のついでに楽しそうに案内してくれた。
 その内のひとつが、紅魔館の近くにある霧の湖の、更にその脇にある森である。


「……もしかしたら、会えるかも?」


 春の陽気の影響は、こんなところにもあてられたのか、小さな期待が私の胸の中湧いてくる……。
 ……けどまあ、お気に入りといっても、居る可能性は相当低い。
 なんせ案内してくれた場所は10以上にも及んでいる。10から先は数えていない。
 単純計算でも当たる確率は1割以下、なんとも分の悪い賭け。
 それに他よりも居る頻度が高いってだけで、普段はあてもなくふわふわ漂ってることも考慮すれば、
 実際にお気に入りのどれかにいるのも、スズメの涙ほど極小の確率と分かる。


「ははっ……そうそう会えるものでもないって」


















「……ほら、会えなかった……」


 ……それでも来ちゃった私はそーとー彼女にゾッコンだとしっかり認識してます……はい。


「いーんだいーんだ、どうせ通り道にちょっと立ち寄っただけだもの。ちょっとばかし遠回りになっただけだもの。うーしくしく」


 ものの見事に外した賭けの結果に見え見えの強がりを口にする私。
 誰にも見られてないのに、唯一この場にいる私自身が強がりだって分かってるから、これはもうまったくもって無意味な発言なんだけど。
 ああ私って意地っ張り。


「そりゃそうですよねー……偶然彼女が居て、見つけた私の名前を呼んで駆け寄ってくれる、なんてそんな上手い展開ある訳……」

「あーんっ! よーむちゃーーんっ!」

「そうそう、丁度そんな感じで呼んでくれてね」


 ……って、


「ルーミアさんっ!?」


 声のした方向に、体躯全ての動きを総動員させ振り向く。
 その時の体のキレの良さは、普段振るう剣の、切っ先の走る速さよりも疾く、
 一秒、一瞬、刹那さえ惜しんで、雲耀の速さまで届く神速の振り向き!
 ……と思うくらい速かったみょん。ああ私ってゲンキン。


「……っ! 嘘……」


 居た。
 本当に、そこには彼女の姿があった。
 信じられなくて、自分の目を疑ったほど。
 凄まじい速さでの振り向いた時の遠心力が荷物に掛かってバランスを崩しそうになりながらも、視線はしっかりとその姿を捉える。
 黒い服に、小さな赤いリボンを携えた金髪。
 そして可愛らしい泣き顔で、氷の弾幕から逃げている彼女は紛れもなく……


「は?」


 おーけー、情報を整理しよう。
 とりあえずきゃわいいあの子はルーミアさんで間違いない。そこまでは良い。
 んじゃあその後ろ見てみよか。


「うりうりうりー!」

「ひーん、やだやだやだー! やめてー、やーめーてー!?」


 ルーミアさんよりも更に幼い少女の姿をした何者かが、ルーミアさんを追っかけ回している。
 青い髪に青い服、そして背中には氷塊のような羽が左右に3つずつある。
 放っている氷塊の弾幕からも察するに、恐らく氷の妖精の類と思われる。
 それが、妖精以上にかわいらしくて愛らしいルーミアさんを後ろっから追っかけまわして、一方的に弾幕を撒き散らせている……。


「へっへーん! 手も足も出ないってか? やっぱあたいったら最きょ―――」



    人符「現世斬」






    ドン!!






「大丈夫ですかルーミアさん?」

「ふぇ……?」


 ぶっとんでいく妖精の断末魔を背景に、私は楼観剣を片手だけで鞘に戻し、その手で弾幕に襲われていた彼女を抱き留めてあげた。
 荷物で片手が塞がってたので、一刀のみを使った現世斬だったけれど、あのちみっこをぶっ飛ばすには十分な威力を発揮してくれた。
 一方ルーミアさんは、状況についていけないのか、私の腕の中でポカンとした表情を浮かべていた。
 けれど、その表情も私の顔を見るなりすぐに、驚きのそれに変わった。


「えっ!? よーむちゃんっ!?」

「お久しぶりです。……って言ってもまだ数日も経ってないですけど」

「え? え? なんでここに?」

「あ、それはですね……」


 偶然通りがかった……というが正しい答えだけど。
 強がりでええかっこしいな私は、ちょっとだけ背伸びしたくて……ついこんな風に答えを返してしまう。


「言ったじゃないですか。……今度は私から会いに来る、って」


 いつか思い描いた、誓いなんて言うほど大層じゃない……それでも叶えたいと思った、単純な私の願い……。
 特定の場所に留まらない彼女に、私から会いに行くなんてできないだろうって、諦めていたけれど……
 例え偶然でも……私は、やっと果たせたから。
 そんな些細な願いを叶えられたことを、自分でも実感したくて……そう言葉にしていた……。


「よーむちゃん……」


 感激に目を見開いて、頬を朱に染める彼女。
 それは、沈みかけの夕焼けの色を映したのとは、きっと別の理由から……。

 ……あ、まずい。ちょっとクラっとキた。嬉しさのあまりまた腰抜けそう。


「えへへ……ありがと……


 本当に安心したように、柔らかい微笑みを浮かべて。
 彼女の方からも腕を回し、ぎゅっと、私の体を抱きしめてくれる……。

 まずいまずい、頭の中ぶっ飛びそ……。
 折角カッコついてるんだから、もうちょっと踏ん張れ私〜!


「あにすんだよっ!!」

「ひゃあっ!?」

「……おっと」


 と、こっちが再会とかほんのちょっとのやましい気持ちとか色々堪能してるところに、さっきぶっ飛ばした妖精が戻って来た。
 ルーミアさんは抱きついたまま私の体を軸に、妖精から隠れるように後ろに回り込んでしまう。
 背負った荷物の下に頭を潜り込ませたのか、季節の食材たっぷりの風呂敷がほんのちょっと軽くなった。

 にしても、一応幽霊10匹分の破壊力のある楼観剣で切ったはずなのに、ピンピンしてるとは……。踏み込みが足りなかったかな?
 邪魔されたことには腹が立ったが、とりあえず緩んだ私の気を引き締める役目を果たしてくれたことにはありがたいと思っておくけど。
 それはそれとして、このちみっこは一体何者なのだろうか?。


「それはこっちのセリフです。あなた、一体なんなんですか? なんでルーミアさんに弾幕を?」

「あたい?」


 私が尋ねると、小さな妖精はなぜか得意そうになって、ぺったんこの胸を張ってはこう答えた。


「あたいはチルノっ! 幻想郷最強の妖精よっ!」

「チルノ……? ああ、」

「おっ! 知ってるって顔だな。へへ〜ん、どうやらあたいの名前も、もうそこら中にまで広まってる感じ?」


 その名には、確かに覚えがある。
 得意気な氷の妖精に、私は微笑みを携えたまま……腰に掛けていた鞘から今一度楼観剣を抜いた……。


「なんでも……いつもルーミアさんをいじめる、不届き者の名でしたよね……」

「へ?」






    人符「現世斬」






    「アーッ!!」






 荷物いっぱいの風呂敷といのししとルーミアさんをまとわりつかせたまま、今一度楼観剣での一閃。
 問答無用で、ルーミアさんへのこれまでの狼藉をその身をもって償わせた。
 自称「幻想郷最強」が、叫び声を響かせ、虚しく空に消える……。


「だからなにすんだって!!」


 と思ったらまた復活してきた。
 ちっちゃいクセに頑丈だなぁ……。
 やっぱりちゃんと万全の体勢でぶち込まないと効果薄なのかな?


「なにって、ルーミアさんをいつもいじめる罰ですよ」

「いつもいじめるってなぁ……。あたいはただ、純粋にスペルカード戦をしようって言ってるだけ……、……ん?」


 私の言い分に反論があるみたいで訴えてくるのだが、しかし途中まで言ったところでその言葉が止まる。
 そして唐突に、チルノと言う名の不届き者は、無礼にも人に指をさしながら大声を上げ始めるのだった。


「あーッ! 思い出した!! お前、前にあたいの縄張りに勝手に入ってきた刀女じゃないかー!!」

「え?」

「ほら、前に花がいっぱい咲いた時があったろ! あン時あたいの縄張りの湖に突然やってきて、あたいのことボコってったじゃねーか!」


 ルーミアさんが知り合いなの? と後ろから小さく囁いて私に聞いてくる。
 妖精が言う「花がいっぱい咲いた時の異変」というのは……それはおそらく「六十年周期の大結界異変」のことを指しているのだろう。
 まあ早い話が花映塚だけど。
 そんで縄張りの湖っていうのは……まあ、あそこに見える霧の湖だね。
 そのことはすぐ理解できた。
 できてたけど……


「申し訳ないですが……覚えてないです」

「なにィっ!?」


 あの時は、心当たりを手当たり次第寄って、適当に弾幕勝負とかして来たからなぁ……。
 閻魔さまに怒られたのは覚えてるんだけど、それ以外は本当に「それ以外」以上の印象がない。
 うーん、本当に覚えてないな。湖……寄ったような寄ってないような……。


「ま、そんなことはどうでも良いです」

「良くないッ! ったく……そうか、お前がそいつの言ってた"よーむちゃん"だったとはな……」


 そいつ、と口にするのに合わせて、私の体に隠れるルーミアさんに目を向ける。
 ルーミアさんはおどおどと私の体を陰に、さらに引っこんでしまった。


「お前、そいつとどんな関係なんだよ?」

「え! どんな、って……」


 少女思考中。
 私とルーミアさんの関係って言ったら……そりゃキ


    ボフッ!


 顔面が沸騰した。
 目の前の氷の妖精からつい顔を逸らし、反射的に空いてる右手で口を覆った。
 っていうか前にも似たようなことやったな。成長しろよ私。
 氷の妖精はそんな私の姿を怪訝そうに眺めている。
 と、とりあえず何かしらの説明は必要だよなぁ。
 えーっと、えーっと……


「…………」


 私とルーミアさんの関係って…………結局なんだろ?

 前の時は確か……
 「空から降ってきたので木刀でぶん殴って、介護したり、剣の腕を見せたり、道に迷ったりを経て仲良くなった仲です」
 って説明したんだよなぁ……。
 うーん、正直ただそれだけの関係から随分と進展してるよね?
 あの後も何回か会ってるし、お泊りもしてるし。
 じゃあ、友達?
 …………。
 ……なんか違う気がする。
 っていうか、ルーミアさんの口から「ただのお友達でいましょ?」なんて言われるシーン想像して、今やたら悲しい絶望感に打ちひしがれたぞ私。
 そもそも、ただの友達は……き、キス……しないよね……?
 や、最近の風潮じゃあ、女の子同士冗談交じりにするくらいはあるかもしれないけど……!
 私たちの場合、冗談交じりでやってる風でもないし……。
 まあ、ファーストは……アレは……うん、幽々子さまのせいだし、例外にできるだろうけど……
 セカンドからはちょっと誤魔化せるもんじゃないぞ。双方納得して……な訳だし……。
 ……う、思い返したらなんか一気に恥ずかしくなってきた……。うれしいけれどはずかしい。
 じゃあ……恋人?
 ……あ、あほか?! なんでわざわざヘンタイさんカミングアウトなんかしなきゃならんのだと!?
 そもそも私たち……別に、恋人って訳じゃないし……。そりゃまあ……キスとか何回もしちゃってますけど……
 う、うーん……やっぱり恋人同士でもないのにキスとか、おかしいかな? おかしいよね……。やっぱ控えた方がいいのかな……?
 だ、第一、私なんかがルーミアさんの恋人なんて……恐れ多いというか……怖いというか……女の子なのに、そんな……。
 っていうか、私今そのことで現在絶賛お悩み中なんですってっ!?
 女同士で恋人だなんて、そんなジョウシキから外れちゃう自分が怖いよ!! だけど明らかに友情以上のこの感情!!
 恋愛? 友情? いったいなんなのこの気持ち? 私に聞くなよ、私が一番知りたいわっ!!
 といっても私が答え出すしかないんですよねそうですよね。
 そんな月のお姫様もびっくり仰天な難題を、長い人生の中であせらずじっくりゆっくり答えを出していこう考えていこうってこの間思い始めたまさに直後!
 なんでそれをこのちみっこに早々に答えを示せねばなるまいのかと!
 ああもう友達以上恋人未満で且つ恋愛感情とは別ベクトルな感情を抱く女の子同士の関係を形容する言葉ってなんかないの!?
 ああもうっ!
 あああもうっっ!!
 ああああああああもうッッ!!!!








    人鬼「未来永劫斬」






    「ウボァーッ!!」







 追い詰められた私の心は、永夜抄ン時に被弾時に自動発動する決死結界を展開。
 更に展開されるわずかな時間にボムを使用することで使えるラストスペルを発動。
 あんまり動揺し過ぎて「みょ来永劫みょん」とか噛んじゃってた気がするけど、そんなことは気にしないみょん。
 ともあれ、地獄から蘇ってきたようせいも、今度こそお空の彼方に飛んで行って……


「だから何すんだこの刀女ッ!?」


 またすぐ戻ってきた。
 ちっ、しぶとい……。
 耐久力だけなら幻想郷最強もあながち嘘でもないのか……?


「と、とにかく! 彼女は私の大切な人です。その彼女に手を出すというなら、私は許しませんみょっ!」

「みょ!?」


 とりあえず、「大切な人」という語彙をパッと閃いたので、そこで落ち着くことにした。
 結構動揺しててまた噛んだけど。


「大体、なぜ彼女をいじめるのですか?」

「うっさいなー! だからあたいは単純にスペルカード戦しようぜって言ってるだけ。そいつが弱いのが悪いんじゃん!」

「わたし勝てないからやだっていっつも言ってるじゃない!」


 私の後ろで隠れていたルーミアさんが、ここにきて強く反論した。
 けれども、それに小さな氷の妖精が睨みつけることで反撃。
 ルーミアさんは、再び「ひぅっ……!」なんて声を漏らして、怯えるように私の後ろに隠れてしまった。

 言うに事欠いてそのような暴言とは……。
 正直、その「力こそ正義」という暴論には虫唾が走る。
 が……事ここにおいては賛同してみせようではないか……。


「良いでしょう……なら、私が代りにお相手します」

「あんだって?」

「ルーミアさん、ちょっと荷物、お願いできますか?」

「え……? あ、うん……いいけど……」


 私は、後ろで隠れるルーミアさんに持っていた荷物をお願いする。
 食材でいっぱいの風呂敷と、いのししを吊っている縄を手渡して、
 そして、身軽になったところでルーミアさんに離れるように告げる。


「おい、お前今なんて……?」

「相手になる、と言ったんですよ。幻想郷最強さん」

「……へっ! 上等っ! こっちこそ望むとこっ! あん時の借り、ここで返させてもらうよっ!」


 肩を軽く回すなどして体をほぐす私に、氷の妖精は強気な発言を返してくる。
 私は、ルーミアさんが安全な距離まで離れたのを横目で確認したところで、楼観剣と白楼剣の2本の刀を抜いた。


「行っくぜぇっ!」


 私が剣を構えるのを確認し、氷精は気合十分の掛け声が響かせ、己の手を前に突き出す。
 突き出した手のひらには徐々に氷塊が集まり……それらが一気に、私に向けて放たれた!
 それが、弾幕ごっこの開始の合図となった!
 ……って、


「……薄っ」


















「ううう……ちくそー……」


 数分も経たない内に、妖精は私の力に屈服した。


「こんなものですか? 幻想郷最強さん」

「うぐっ……」


 ま、確かに、そこそこ速い氷の弾幕は初見の初心者さんにはちょいとばかしキツいかもしれない。
 が、私の相手ではなかった。
 幽々子さまの弾幕に比べれば、こんな弾幕濃度、木馬の艦長さんが「なにやってんの!」と左舷に怒るくらい全然事足りない。

 手合わせするまでもなくなんとなく分かっていたが、その実力からすれば最強の称号は明らかに分不相応。
 それと分かって、あえてそう呼ぶ自分を少し子供っぽいとは思ったけれど、相手はルーミアさんをいじめる小悪党。
 このくらいは仕返しさせてもらっても、バチは当たらないだろう。


「わぁーっ やっぱりよーむちゃんはかっこいー


 私たちの勝負を脇から見ていたルーミアさんは、私の勝利を大いに讃えて、
 両手に風呂敷といのししを吊った縄持ったまま、腕だけ使って抱きついてくる。
 ……照れる。すっごく照れる。
 ……っと、彼女の妖精のような愛らしさに陶酔する前に、やることが……。


「氷の妖精、これで思い知ったでしょう! 今後彼女に手を出すというなら、その時は私がお相手しますよ?」

「う……ちくっ、しょ……。お……覚えろよー!」


 まるでテンプレート染みた小悪党そのものの捨て台詞を吐いて、小さな氷精(笑)はどこかへ逃げ去ってしまった。
 ルーミアさんは、その敗走する情けない背中に向けて「べー」と舌を出して見送る。ちょっと可愛かった。

 氷精の小さな姿が、豆粒くらいに小さくなって……やがて見えなくなったところで、私はルーミアさんに向き合った。


「大丈夫ですよ、ルーミアさん……。もしまた同じようなことになっても、私があなたを守りますから……」

「よーむちゃん……」






 こうして、銀髪の王子様はお姫様への愛を誓い、お姫様を永久に守り続けることを誓うのでした。
 以来、ふたりは仲睦まじく……末永く、キモく幸せに暮らしていったのでした。めでたしめでたし。



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



「とでも思ってるんでしょう?」


 部屋に入るなり、紅白の巫女がおせんべいを片手に、丸出しの脇を携えながら、
 若干侮辱の入ったナレーションを口にして、私たちをとっても失礼に出迎えた。


「そりゃ、どっちかが男役にならなきゃいけないなら、私が男役になるんでしょうが……」

「わたしがおひめさま……えへー

「あんたら、照れる前にまず冷やかされてることにツッコミ入れなさいよ」


 ……う。しまった、つい……。
 まったく、骨の髄までレズビアンね。脇を丸出しにしながら、巫女は言う。
 霊夢さんの的確なツッコミに、照れて赤くなっていた顔を、恥ずかしさで更に赤く染め上げてしまう。
 ルーミアさんも同じように顔を赤くしてた……けど私みたいに恥ずかしくじゃなくて、「おひめさまえへー」とさっきからの継続で照れていた。


「ま、私はあえて妖夢の方をお姫様にして、"戦うお姫様、ルーミア王子を守る!"ってコンセプトの方が意外性があって面白いと思うけど」

「幽々子は幽々子でなに言ってんのよ……」


 巫女と共にちゃぶ台を囲んで、おせんべいを食べていた浴衣姿の幽々子さまは、相変わらず私の考えの及ばないことを考えているらしい……。
 大方ふたりで、私とルーミアさんと氷の妖精とのやり取りを話していたところに、丁度私たちがここにやってきた、というところだろう。

 そして、待ってたわ ―――と幽々子さまが言った声が私の耳に届く前に、
 隣に居たルーミアさんの湯上がりほくほくな体をぎゅーっと抱きしめ、頬ずりをすりすりと開始していた。


「ん〜、ルーミアちゃん、会えて嬉し〜♥♥

「幽々子さま。ルーミアさんの髪、これから拭くところなんで濡れますよ」

「うわっ、浴衣濡れちゃった!」


 と言ってルーミアさんを床に投げ捨てて、とてもえらいひと西行寺幽々子さまは、一妖怪への5度目になるという土下座をするのだった。


 氷の妖精を追っ払った後、私はルーミアさんに一緒に博麗神社に来ないかと誘ってみた。
 元々、彼女も誘えるなら誘いたいという方向でお話を進めていた温泉小旅行。
 せっかく出会えたこともあったし、ルーミアさんに確認してみたところ、「わたしもゆゆちゃんにも会いたーい♪」とすんなりと快諾。
 私は、ルーミアさんをつれて博麗神社まで戻って来たのだった。

 私たちが到着すると、一足先に温泉を堪能なさってた幽々子さまが、湯から上がったばかりの艶やかな姿で出迎えてくださった。
 幽々子さまは突然のサプライズゲストに大層驚き、それ以上に喜んでおられた。
 先日会えなかったこともあってか、溢れる感激が抑えきれなかったのだろう。
 会うなり今みたいに抱きついて頬ずりすりすりして、
 そしてルーミアさんの体が汚れていることに気づいて、ルーミアさんを地面に投げ捨てて4度目の土下座をなさっていた。
 湯上がり美人は、すぐさま土に汚れしまっていた。

 そんなこともあり、到着するなり私たちはすぐ温泉に入るよう幽々子さまに勧められる。
 ルーミアさんのお身体は、妖精とのやり取りで汚れていただけでなく、冷気を浴びたせいで少し冷えてしまってもいたから。
 また、私も食材集めで汗をかいていたし……なので、私とルーミアさんと一緒に温泉でひとっ風呂浴びてきた。
 それから幽々子さまと霊夢さんのおふたりが待つ部屋に向かい、今に至る。

 突発的な温泉小旅行は、急遽3人目のメンバーを加えた予定外の、それでいて理想通りの形に収まることとなった。
 私も、彼女との時間を多く堪能できる機会が得られて……嬉しかった。




「あ、ところで幽々子さま。ご用件の方はお済みになられたのですか?」


 厚手で大きめのサイズの手拭いで、ルーミアさんのまだ濡れている髪をわしわしと拭く私。
 ……まあ言っちゃえばバスタオルなんだけど、基本純和風な幻想郷でバスタオルって表現もどうかなって思いまして……。
 その手を動かしながら、私が里で買ってきた現世おせんべいをくわえる幽々子さまに訪ねた。


「え? 用件?」

「ほら、博麗の脇に用があるとか」


 私が聞くと、なにそれおいしいのと言わんばかりに首を傾げてしまわれる幽々子さま。
 ポカンとしながら、くわえているおせんべいをポリポリポリ……リズミカルに音を出して食べていく。
 脇で脇が脇ってなによ? とジト目でツッコミ入れてきてたけどそれは脇に流した。


「あー。……んー、そうよね。確か温泉に入ってる時まではなんかしようって思ってたんだけど……なんだっけ?」

「いや、私に聞かんで下さい。聞いてないんですから」

「んー……巫女さんには確かになにか用があったと思うんだけど……」


 私は、ある程度拭き終えたルーミアさんの髪から手拭いを離した。
 そこを見計らって、幽々子さまはルーミアさんに飛びついてくると。


「ルーミアちゃんに会えた嬉しさで忘れちゃった

「わふっ!?」


 再び思いっきり抱きしめて、ご自分の豊満な胸にルーミアさんの顔を埋めてしまった。
 用件なんてもうどうでもいい、そんな様子で、心底嬉しそうにルーミアさんに構いきりになる幽々子さま。


「ま、忘れちゃうってことは大したことないことよね〜」

「く、くるしいよゆゆちゃ〜ん」


 ま、確かにそうだ。忘れるってことは大したことないのだろう。
 私にとっても、ルーミアさんの参加はすごく嬉しいサプライズで……幽々子さまの喜ぶお気持ちは、幽々子さま以上に分かるつもりだから。
 これより"大したこと"なんて、きっとないんだから。


「あんたら、ほんとそいつのこと好きよねー」

「だって可愛いじゃない


 小さなルーミアさんの体をがっしり抱きしめ、すりすりぎゅーする幽々子さまは、臆面もなくそう答える。
 胸の中のルーミアさんは、ちょっと苦しそうに、それでもそんなにいやじゃない感じに、にこにこしながらもがいていた。


「そうみたいね……。片方に至っては、道を踏み外してレイプするくらいだから」


 脇が、私をからかう時の幽々子さまと同じニヤけ顔を浮かべながら、半開きの横目で眺めて来る。
 そりゃもう心底楽しそう。
 なにか言い返してもいいのだけど……正直、半分当たってるから、強く言い返せない。
 そんな弱り目な私に、脇さんからの更なる追い打ちの嫌味。


「一緒に風呂なんか入って、欲情なんかしてたんじゃないの? 浴場だけに〜」

「し・ま・せ・んっ! 相手は女の子ですよ。なんで女の体に欲情せにゃならんのですか?」


 相変わらずの人のこと、手入れのされてないささくれ立ったほうきの柄のようにトゲトゲ言葉でいぢくってくる博麗神社の脇巫女さん。
 おやじギャグまで絡めてからかってくるその態度に、私は至極真っ当な意見で返す。


「その女の子とキスして欲情してるのはどこの魂魄レズビアンさんですか?」


 そして至極真っ当じゃなかった自分を突き付けられて、愕然と床に突っ伏してしまうのだった。
 そうでした、私ルーミアさんとキスしてすっごく喜んでます。
 女の子同士でするなんて、そりゃヘンタイさんですもんね。ううう……。

 だ、大体……! 私だって……そこまでの関係を求めた訳じゃあないのに……。
 ただお互い「好きだよ」で「はい終わり」な清く正しい女同士の仲で十分だったのに……。
 なのに幽々子さまがヨケーなことするから……それで愛情表現のボーダーラインが跳ね上がっちゃって……。
 けど純なルーミアさんは、一線越えちゃったことに全然こだわらないし。……っていうか多分よく分かってないし。
 むしろそこまで至ったせいで、「そこまで」は達せる関係になっちゃって……。
 私は私で……まあ……。
 …………。
 ですよねー! 分かってるクセに受け入れてる私が一番フツーじゃないですよねー!


「……わ、分かりました……。もうしません……!」

「お」


 思い付いたままをそのまま口にしたように、ほとんど衝動的に言っていた。
 その私の発言に、霊夢さん(脇)も感心したように目をちょっとだけ見開いた。
 さっきまで半眼だったのが、今は4分の3瞼が開いた感じになってる。
 ただ……今の宣言は、脇巫女霊夢さんにのみ届くように、絶妙に音量を調節した。
 ルーミアさんに聞かれて、「もうキスしない」→「好きじゃなくなった」なんて誤解させるのは、本当ご勘弁願いたかったから……

 注意した甲斐あってから、幽々子さまは依然すりすりぎゅーに夢中で、他の声なんて耳に届いておらず、
 ルーミアさんも埋もれてて聞いてる余裕なんてなかったみたい。
 良かった……ほっと一安心。
 そんな風に絶妙に調整できたのも、それがただ反抗したいだけの、勢いのみで口にした訳じゃないから。


「へー、あなたもやっと脱・ヘンタイに勤しむことにしたのねー。感心感心」

「ええ、まあ……そんなところ、です……」


 さっき氷の妖精に突きつけられて思い返したけど……キスっていうのは、本来は恋人同士が行う行為……。
 やっぱり……女の子同士はそういうことはしないものだろう……当たり前の話だけど。
 同じ女として生を受けているにもかかわらず、私たちがそういう関係に至れたのは……言ってしまえば、奇跡に近いんだ。
 ……そう思えばこそ、数度も触れ合えただけ私は恵まれている。
 こんなにも想い想われたお互いの気持ちを伝え合えて……


「いや恵まれてるとか思ってる時点でだめだろ」

「うるさいな。人の心の声に答えないでください」

「じゃあ心の声漏らすんじゃないわよレズビアン」


 だってどう転んだって嬉しくしか感じられないんだものっ! ああもうルーミアさんかわいいなぁっ!


「ちなみに今のも声に出てるわよ魂魄レズビアンさん〜」


 ……おっけー、落ち着こう。とりあえずお口にチャックだ魂魄妖夢。

 別に、気持ち悪いからやめる訳じゃない……。
 私の心は、もうどうしようもないことに……ルーミアさんとのそれを嬉しいとしか思えないほど、彼女が好きなのだから。
 ただ、ああいう行為は恋人同士で行うものには変わりない……。
 だから、恋人でもない私が簡単に触れてしまっては良くないんじゃないか、って思って……。
 だから……私のこの気持ちがはっきり決まるまでは、控えようって……そう思っただけ。

 そのことについては……その内ルーミアさんにもしっかり話そう。いずれにしろ、もう宣言してしまったのだし。
 ヘンな誤解やすれ違いはしたくないから。その時までに、そうならない言葉をしっかり用意して……。


「ま、どこまで耐えられるか見せてもらうじゃないの、半人半霊半レズさん」


 なんか私に変な半分が増えた。


「で、話戻すけど……あんた、本当に解決したとでも思ってるの?」

「はい?」

「あいつよ、あいつ。チルノに愛しのルーミアがいじめられてた話」


 私の「しない宣言」に納得したのか、脇の霊夢さんは話題を切り換えた。
 けれどその話は……既に終わってるはずだと思ったけど……。


「ええ、まあ……」


 意図が掴めないまま、私は曖昧に答えを返した。
 あれだけ強く脅しておいたんだから。これに懲りて、あの氷精も手出しはしないだろう。
 そう思う私に、なぜか脇巫女の突き刺さるような視線が向けられる。


「なんですか? 私、なにか間違ったことをしたとでも?」


 少し、声色に不愉快な胸の内が出てしまったかもしれない。
 ルーミアさんを助けたことを、まるで間違ってることと言わんばかりに食いついてくる。
 それも、もう終わった話をわざわざ掘り返す形で……。その行動原理を理解できない。
 いつも私をからかってくるから、そのためただ難癖をつけたいだけ……とも思えない。

 個人的な好き嫌いで真偽を決めつけ、本質を見失うことは愚かなこと。
 お師匠様からもそう教わっているから、そうだけはならないよう注意したいけど……
 私は脇の巫女の真意を掴めなくて、結局疑うような目で見るしかなくなっていた。


「幽々子、あんたはどう思う?」

「んー……そうねぇ」


 巫女(脇)は、私の問いかけに返答を寄こさず、代わりにルーミアさんに構いきりだった幽々子さまへと言葉を向け。
 幽々子さまのお考えは、いつも私には及ばないところにある。
 けれど、そのお言葉はいつも正しい方向に導いてくださるのを、私は知っているから。
 私が見落としたなにかを、幽々子さまは見出してくださるのだろうか……?


「ま、ルーミアちゃんを助けたことは間違ってないと思うけどね」

「ですよね!」


 私の不手際をつつかれると覚悟していたが、幽々子さまは私の行為を肯定してくださった。
 なんだかんだでいつも最良の選択をなされる幽々子さまのお墨付きを頂けたのだ。ほら、やっぱり私は間違ってなんかいない。
 私はそれに得意になって、その顔で脇霊夢さんに目を向けた。
 一体どんな反応を見せるだろう? 恥ずかしながら、そんな大人気ない気持ちも含まれていたのは……はい、認めます。


「そ」


 肝心の相手は、ただ淡白に返事を返すだけだった。
 ちょっとした期待外れ。ささやかな仕返し心が、もうちょっと悔しがる姿を見せてもらえるのを期待してたから。
 ただそれ以上に……答えを見せて貰えないままの居心地の悪さが、私の中で残った……。


「ところでルーミアちゃん、明後日はうちに来るの?」

「うん 明後日はよーむちゃんに剣を教えてもらうからっ!」


 そうして、あの氷精の話はそれっきり、博麗神社にいる間はもう出てこなくなった。
 なんだか釈然としない終わり方。
 だったけれども、幽々子さまのお墨付きもあることに慢心して、そのことを深く考えはしなかった。
 博麗霊夢・脇の言葉を本当の意味で理解するのは、本当にすぐのことだった……。


















「ふぇ〜ん……」


 2日後の夕刻……。
 約束通り白玉楼まで遊びにきたルーミアさんは、涙交じりのぼろぼろの姿で、私の前に現れた……。


「ルーミアさん!?」

「ひっく……ひっ、く……」


 驚きを隠せない。
 いったい彼女の身になにが……?
 疑問に思う私が聞くよりも早く、彼女の姿が如実に物語っていた。
 よく見ると、ルーミアさんのスカートの端が……わずかに氷ついている……。


「……あの氷精ですか?」


 湧き上がりそうな怒りの感情を抑え込むように、静かに聞いた。
 ルーミアさんは止まらない涙を拭いながら……こくりと、頷く……。

 …………あの氷精めッッ……!!

 私は脇目も振らず、現世に向けて飛び立っていた。


「許せない……! 許せないっ……!!」


 大切な彼女を、2度も傷つけられて、頭に血が上っていた。
 いや2回だけじゃない、もう何度もいじめられているという話じゃないか……!
 その上懲らしめてやったというのに、また性懲りもなくっ……!
 しかも、まだ2日しか経ってないのにっ!
 忠告を忘れるにしても早すぎる……!
 つまりそれは……はじめから真面目になんて聞いていなかったと、そういう意味ではないか!?
 ふざけている……! やはりあの時、もっと思いっきり叩きのめしておくべきだった!!
 だったら言った通り、今一度切り伏せて思い知らせてやる!
 体と心と記憶に刻み込んで……! もう二度とルーミアさんに手出しなんかさせないっ……!!


「どこに行く気?」

「……!?」


 現世と冥界の境界にあたる巨大な門の前差し掛かった時、私の前に立ちはだる人影があった。
 大きな真っ赤なリボンに……あの丸出しの脇。
 見紛うことなんてない、博麗神社の巫女その人だ。


「どいてください博麗霊夢……私は……」


 なぜ彼女がここにいるか。そんなことはどうだって良かった。
 ただ私は、一刻も早くあの氷精を切り伏せに行かねばならないのだから!
 睨みを利かせ、道を譲るよう威嚇する。


「なにしに行く気?」

「なにって!? 決まってますっ! あの氷の妖精を今一度懲らしめに……!!」

「だーかーらっ、行ってどうするかって聞いてるの」

「どうって……ルーミアさんに二度と手出しをしないように言い聞かせるんです! これで!!」


 気だるそうに頭を掻く仕草で応える彼女に、鞘から長刀をひとつ引き抜いてみせた。
 妖怪が鍛えた剣、楼観剣。その白刃が、妖しく煌めく。


「まさか……邪魔しようだなんて思ってませんよね……? もしそうなら、あなたもこの剣の錆に……!」


 立ち塞がるなら、何人も容赦はしない。
 この人が例え無関係だとしても、私よりも数段上手だとしても!


「別に……邪魔なんてしないわよ。ただ、ならあなたはなぜ前回そうしなかったのかなって思ってね?」


 ……は?

 霊夢さんの言ってる意味が分からない。


「お言葉ですが霊夢さん……私は前回、確かにあの氷精を懲らしめましたよ……! そして二度と手を出すなと強く―――」

「あらあら……じゃあなんで、そんな意味もなかったことをもう一度しに行くのかしら?」

「え?」

「意味がない、って言ってるの。アイツが懲りたのは妖夢、あなたであってルーミアじゃない。保護者が居なけりゃ当然狙い放題よね……」


 意味がない、そう断じる霊夢さんに、氷精に向いていた怒りの矛先が移り変わりそうだった。
 無意味だって!? 私が、彼女のためにした行為が!?


「だったら……―――! ……ぐっ……」


 ―――ずっと一緒に居てやる!!

 ……言おうと思って、けれどその言葉は私の口を通して出ることはなかった。
 できないと分かっているから。
 私は、幽々子さまにお仕えする魂魄家の者。
 その責務を放って、ずっと彼女の側に居るだなんて、できやしない。

 本当はそうしたかった。
 ずっと彼女の側にいて、あの笑顔を、その輝きを守り続けてあげたかった……!
 けれどこれは、私ひとりの問題じゃあない。
 先代から引き継いだその使命を、私ひとりのワガママで裏切るなんてできない。


「だったら……なに?」

「……だったら! 今一度懲らしめるまでです!」


 私にできる精一杯。
 私が考えつく精一杯。


「言っとくけど、あいつバカよ? 1回や2回ぶっ飛ばされたからって、懲りるような性格してないわ」

「なら理解してもらうまでくり返すのみです!」


 それで、彼女を守ってあげられるなら、何度だってやってやる!
 大切だから!
 大好きだから!


「そ」


 短く、淡白な返事。
 さっきからひどく気だるそうに応対する姿が、真剣に向き合っている私を馬鹿にしているようで、いちいち癇に障る。
 私を逆撫でる態度のままで、博麗の巫女は……。


「ルーミアも災難ね。愛しの王子様直々に、あのバカ妖精が理解するまで、何度もいじめられなさいだなんて……」

「は……?」


 ……コイツはナニを言ってイるんダ……?

 そんなこと、私が願う訳ないじゃないか。
 私は彼女を助けようと思えど苦しめようだなんてこと。
 そうならないために今一度懲らしめて。
 そして、懲りないならその度に私が出ていって……

 その度に……ルーミアさんは、いじめられて……。


「…………、ぁ……」


 怒りに染め上げられていた頭から、急激に熱がひいた。

 博麗の言葉に、違いはない。
 理解するまで懲らしめるとは、つまりはそういうことじゃないか。
 何度も何度も、彼女の悲しむ顔をくり返して……。


「私は……、……私は……」


 なんて、浅はか。


「……っそぉ……、くっそぉぉっ!!」


 いつの間にか冷静さを取り戻した頭で見えたものは……無力で愚かな自分自身。
 むしろ、彼女を悲しませる選択を行おうとした愚かしさに自己嫌悪する。
 どうにもできないこの現状に、行き場を失った憤りは、声となって空しく響くだけ……。
 悔しい……ただ、悔しかった……。


「はいはい、ストップスト〜ップ。あんまりうちの庭師いじめないでくださる〜? 博麗の巫女さ〜ん」


 そこに、軽い口調で割り込んでくる声がひとつ。
 幽々子さまだった。
 いつの間にか私の後ろにふわりと浮いて、いつも通りの柔らかな表情で佇んでいる。
 霊夢さんは、両手を広げて肩をすくめるジェスチャーをして、やれやれと呟いていた。


「幽々子さま……私は……」

「ほんと、半人前ねぇ」

「切り伏せれば、懲りて解決だなんて……浅はかな考えで……」

「そっちじゃないわ」


 幽々子さまの柔らかだった瞳が、キツく細まった。
 普段の温和な雰囲気が、今は冥界の名家・白玉楼を背負うものの威厳を伴い、その圧力に気圧されそうになる。


「あなたが今すべきは、そのおバカな妖精ちゃんを懲らしめること? それとも……」


 身を竦める私に、幽々子さまはおもむろに愛用の扇子を後方へ指し示して……そこには、


「今も涙に暮れる彼女を、優しく慰めてあげること……?」


 涙を拭うルーミアさんの姿が……。


「あ……!」

「一体どっちが、あなたのすべきことなのかしら?」


 冷たい口調で紡がれる問い掛けは……なによりも、私の愚かしさを浮き彫りにした。

 なんて……未熟。
 何よりも、誰よりも彼女を大切だと吐いておいて……。
 私は、悲しみに暮れる彼女を、ひとり放っておいて……。
 私は……一体何をやっているんだっ……!?


「ルーミアさん……ごめんなさい……。ごめんなさい、私は……」

「よーむ、ちゃん……っく……わたし……ひ、っく……」


 ばかだ……私は……。
 私が、なによりも先にやるべきことは……氷の妖精を懲らしめることじゃない。
 彼女を……悲しみに暮れる私の大切な人を、慰めてやることだったじゃないか……。


「すみません、ルーミアさん……私……本当に、どうしようもないくらい、未熟者で……!」

「ふぇ……っく……、よーむ、ちゃ……」


 今更だって思いながら、まだ泣き止まない彼女を、そっと胸に納めた。
 抱きしめるその後ろから、いつもの優しい口調に戻った幽々子さまの言葉が耳に届く。


「妖夢、私はね……妖夢がルーミアちゃんを助けたところまでは正しいと思ってるわ……。
 けどね、それは根本的な解決じゃない……。だから、解決だなんて、思ってはなかった」


 ああ、今になって、博麗霊夢の言葉を理解した。
 安心するのはまだ早かった……。
 幽々子さまの言葉を信頼しきって……それに責任をなすりつけて寄りかかり、本質を見ようとしなかった。
 結局、お師匠様の教えも蔑にして、私自身、真剣に向き合うことを放棄していた。
 その未熟さに、我ながら情けなくて……ただ悔しかった……。


「よーむ、ちゃん……ひっく……わた、し……どう、したら……?」


 涙に暮れる彼女を胸に置きながら……どうすればいいのか、もう一度考えた。
 もう一度……今度こそ、真実を濁さないで、全てを見ろ。
 一体なんだ……私に本当にできることは……。
 私が、本当に彼女にしてあげられることは……。


「……勝ちましょう」

「ふぇ……?」


 私が勝っても意味がない。
 そんな当たり前のことに、ようやく分かった。
 なら……私が本当にできることは……。


「私が、あなたを勝利に導きますから!」


















「普段我感知せず、な博麗神社の巫女さんにしては……らしくないわねぇ」


 目の前でレズレズしてる半人半霊半レズとそのハニーのイチャつきぶりを、相っ変わらずキモく思いながら眺めていると……
 その蚊帳の外の私に、亡霊の姫・西行寺幽々子のヤツが話しかけてくる。


「ここでやっとかないと後々面倒だからよ……」


 向こうでは、既にふたりの世界が出来上がっている。
 まあ、余り者同士仲良くやっても良いでしょ。
 私は、幽々子のヤツの問いかけに答えてやることにする。


「偶然立ち会ったのよ。ルーミアのヤツがあのバカにいじめられてるところをね……。で、私がここまで連れて来た」

「そうなの? なら、ここでなんか待たずに一緒にくれば良かったのに」

「あの半人前が頭に血上らせて暴走するの目に見えてたからね……追うのもめんどうくさいから、ここで待ち伏せるためにひとりで行かせた」

「泣いてる子をひとりで行かせたの……? ……それ、ちょっとひどくない?」


 亡霊の姫君は、私のした行動を、薄情ねぇ。なんてのんびり返してた。
 見た目ではのんびり返すが……腹の内はどうだったのだろう? さすがに私でもこいつの腹の内は分からない。


「けど結果的に正しかったでしょ? あの半人前レズ速いから、引き離されると私追いつけないし。
 かといって現世に出られちゃ、そっちの展開の方が面倒になる。
 その前に止められる方法ってったら、ここで待ち伏せするくらいしかないのよ」


 分かってる。
 効率に優れるものが正しいとは限らない。
 けれど、感情を満たすものが正しいとも限らない。……あの半人前レズがやろうとしたようにね。
 結局、効率も感情も、その折り合いが重要になるもの。
 ま、私は私がめんどうくさくなければそれでいいのだけど……。


「それに……ルール違反のバカとっちめる役、代わりにやってくれそうなの見つけたしね」

「ルール違反?」

「スペルカードルールはね、本当は相手の提示した条件に納得いかなかったら断っても良いって決まりがあるの。
 それをあのバカ妖精、バカなのか、あそこで泣いてるレズ妖怪に勝負強要してるって話じゃない。立派なルール違反よ」

「ちょっと! ルーミアちゃんはかわいいんだから、百合妖怪と言いなさい! ぷんぷん!」

「……ンなのどっちも同じでしょ」


 スペルカードルールとは、人間、妖怪、幽霊、亡霊、神サマ、etc……と、
 個体差のあるありとあらゆる種族同士が、平等に決着をつけられる画期的な方法として提案されたもの。
 それを成立させるには、当然決まりごとというものが定められている。
 その中のひとつに「相手の提示する報酬が気に入らなければ断れる」という項目がしっかり設けている。
 にもかかわらず、話に聞く限りあのバカ妖精はそれを守っていないのだという。
 故意か、それともなにを勘違いしたのかは分からないけど……。
 そういう輩をなんとかするには、管理者もしくは提案者へと訴えるしかなくなるだろう。

 そんで、スペルカードルールを提案したのは私、博麗霊夢である。
 事実、提案者なんだからルールを守ってないヤツを何とかしてくれ、なんて駆け込まれるケースは数回あった。


「ま、多少ルールが違ってたって、さほど問題じゃないのよ。要はお互い納得できれば良い訳だし」

「適当ねぇ……」

「ある程度適当じゃなきゃ管理者なんてやってけないでしょ? ね、冥界の幽霊管理人さん?」


 当たり前の話、幻想郷中で大ブームを巻き起こしているスペルカード戦。
 全部が全部を厳密に管理なんて私ひとりでできるはずもなく、そりゃ寛容に見てる部分もある訳で……。
 なので、今回みたいに知ってか知らずか、「厳密に言えばルール違反」を行うヤツというのは結構いると思う。
 二次創作が厳密には著作権法違反にあたるけど原作者が黙認・容認してるから許されてるようなものね。
 それでも、本人たちの間で納得するなら問題はない……と私は考えている。


「けど、問題が起きたら……やっぱそれ相応の対処は取らなきゃいけない訳よ」

「ふふっ、ご苦労さまで」

「例えば……あの半人前レズのバックにいる亡霊のお姫さんが、そこに気づいて口添えでもしたら……
 絶対私になんとかしろって訴えに来るでしょ?」

「さっすが……分かってらっしゃる」


 幽々子のヤツは……否定するでもなく、静かに微笑んだ。その目は、笑ってはいない。
 やっぱり……ルーミアに激甘な亡霊の姫さんのことだ、今夜辺りスペルカードルールを全部見直すつもりだったのだろう。
 いや、もしかしたら……既に全てを暗記していて、ルーミアが泣き止むなり口添えしたかも……?
 危ない危ない……危うく本格的にめんどうくさくなるところだったわ……。

 実際、正式に訴えられると、形式がどうだ規律がこうだ、やれ改定だ、それ幻想郷中に告知だ……本気でめんどうくさい。
 常に真っ向勝負なあのレズビアンなら、そーいう余計な事やらかす可能性は相当高い。
 それを内輪で解決させられたのだから、めんどうくさい思いしてでも来たかいがあったというものだわ。


「今回はあんたらの範囲で解決してくれそうだからね。任せるわよ」

「随分とまあ投げやりねぇ」

「めんどくさいもの……」


 とりあえず、これだけやっておけば、私は最悪のめんどうくさい目に遭わなくて済むのは確定ね。
 私は内心ほっと胸を撫で下ろした。
 私の問題はここで終わり。
 後は……目の前で相変わらずレズレズ抱き合ってるあいつらの問題。……いい加減離れなさいよ。
 それと……私の横で、へらへら微笑んでる亡霊の姫さんの、ね……。


「…………」


 ……あんたは良いの?

 目の前のヘンタイカップルの仲を背中押しする、いっつもへらへらしてるこいつに聞こうと思ったけど……やめた。
 いずれにしろ、私の絡む問題じゃないから。
 それこそ本当に……めんどうくさい……。















更新履歴

H21・7/21:完成
H21・7/27:修正


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