「いただきます」「ごちそうさま」
さわやかなごはんの挨拶が、澄みきった夜空にこだまする。
閻魔様に転生や成仏を命じられた幽霊たちが、今日も生前の罪を洗い流した無垢な姿へと浄化され、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包んでいたのは、白い色の死装束。
着物の裾は乱さないように、頭の白い三角の布は翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、ご飯が早く食べたくて走り抜けるなどといった、はしたない亡霊など存在していようはずもない。
だってほとんど霊魂(=「気」の塊)になっちゃってるもの。
白玉楼。第百十九季の春に初登場のこの屋敷は、冥界に駐留する幽霊たちを、管理するお嬢さまのお屋敷である。
冥界下。日本屋敷の面影を未だに残している桜の多いこの屋敷で、お嬢様に見守られ、朝から晩まで霊魂たちが冥界を賑わす死者の園。
時代は移り変わり、「東方○○○」の後ろ3文字が妖々夢から4回も改まった地霊殿後の今日でさえ、
(萃夢想、文花帖、緋想天は○.5扱いなので数に含めてはいない)
ご主人様の「死を操る程度の能力」に掛かって死ねば成仏できずに冥界を賑わす、という仕組みが未だ残っている賑やかなお屋敷である。
前回と同じ出だしで、「あれ? 間違ってページ開けちゃったかな?」とか思わせたかもしれないけれど、
リスペクト元の「マリア○がみてる」の冒頭はいつも恒例にやってるんだから、
リスペクトする以上は完全にコピー&ペーストで私もくり返すべきだと思う。
逆に気づいていた読者の皆さまには「いや、ちょっとは違う文かもしれない」と期待させて、
読んでみたら「なんだよ結局おんなじかよ」という声が聞こえそうだけど、ゆゆちゃんは気にしない気にしない。ぜ〜んぜん気にしな〜い。
などとメタなモノローグはさて置き、私―――、西行寺幽々子は、夕日の光が差し込む屋敷の縁側廊下を、おまんじゅう片手に足を進める。
歩きながら食べるなんてのは言わずもがな、仮にもお嬢様やっている私にはちょっぴりお行儀悪い行為。
というか、お嬢様じゃなくてもNGね。
分かっているけど、お仕事をこなしてたせいで、楽しみにしていた3時のおやつを取り損ねちゃった……。
だからこの反社会的行為は、それ程の忙しさを私に強要するお仕事に対する八つ当たりだったりする。
それに八つ当たり以上に……少しでも時間が惜しい、という気持ちがあったしね……。
「はぁ〜……」
少し遅めの3時のおやつを一口、口に含んで飲み込んで、それからひとつ息を吐く。
「ふ〜」と一息つくようにではなく、「はぁ〜」というため息。同じ一息でも、意味合いは真逆。
私にとって食べてる時は至福の時、それが仕事に一区切りをつけた直後ならば、達成感も相まって尚のこと。
にもかかわらず、口をついて出たのは「はぁ〜」というため息の方。
それもそのはず、なんせ幽霊管理のお仕事が明日から少しばかり忙しくなりそうなんだから……。
仕事に区切りを迎えたことより、これから先訪れる気苦労にばかり気が行って、今日の達成感なんて堪能できない。
落ち込んだ気持ちを慰めるように、また一口、おまんじゅうを口に含んだ。
良いことと悪いことが同じ割合で起こる、とはよく言うけれども。
……なら、明日からの「悪いこと」は、今日までの「良いこと」の帳尻合わせなのかしら?
そんなことをおぼろげに思い浮かべながら、おまんじゅうを更に一口。
口いっぱいに広がったあんこの甘い味わいが、落ち込んだ私の気持ちを少しは労ってくれた。
それでも、この暗く沈んだ私の気持ちを振り払うにはまだまだ足りない……。
「ま、悩んでも仕方ないわよね」
心境的には、良いことが後に来てくれた方が好ましいけれど、3日前の夜からの「良いこと」は私にとって群を抜いて「良いこと」だった。
明日からの激務でその支払いで済むというのなら……そうね、その程度、安いこと。
むしろ明日からと言うのは逆に都合が良かったかもしれない。
彼女 は今夜には帰ってしまうのだから、今日の間は存分に彼女 を満喫できる。
まだ訪れてないいやなことに頭を悩ませるより、今ある「良いこと」で明日への英気を養うのが賢い生き方と言うもの。まあ、もう死んでるけど。
「そうよね。暗く沈んだなら……我が家の太陽ちゃんに照らしてもらうのが一番よね♥」
最初のおまんじゅうの最後の一口を口の中に放り込んで、私はルーミアちゃんが居るであろう庭へと、弾む足取りで向かうのだった。
みょんミア!4
剣の道は心のために!
時刻は夕刻。
この時間はいつも、うちのしがない庭師・魂魄妖夢の夕方の剣の鍛練の時間。
いまだ未熟な己の腕を上げるため、日々朝夕と、絶やすことなく決まった時刻に行なわれている。
……おっと、ちょっと修正ね。
だって本来なら、今はもう夕方の鍛錬を切り上げているはずの時間。
けど今だけは例外。
3日前からルーミアちゃんがうちにお泊まりしているからね。
妖夢の夕方の稽古は、宵闇の妖怪・ルーミアちゃんが楽しみにしている時間でもある。
剣を振るう"大好きなよーむちゃん"のカッコイイ姿を見るのが、彼女のささやかな楽しみ。
けれど太陽の光が苦手な宵闇の妖怪には、いつも通りの時間では太陽の光が強く、彼女には少し辛い。
だからルーミアちゃんがお泊まりしている間だけは、あの几帳面な妖夢が、日の光が弱まる時間に稽古を遅らせて行う。
それは私たちが彼女と出会って、うちでお世話してた時からの新しい習慣。
「ほんっと、らぶらぶなんだから〜♥」
この場に居ないふたりを冷やかすように口にして、その口にふたつ目のおまんじゅうを含ませる。
妖夢もルーミアちゃんも、お互いがお互いに惹かれあっている。
妖夢はルーミアちゃんの無邪気で明るくて可愛いところに惹かれて。
ルーミアちゃんもまた、妖夢のことをカッコ良くて優しくて頼りになると騙され……じゃなくて、本当に憧れていて。
お互いをとても大切に……掛け替えのない存在と思っている。
出会ってまだ間もないというのに、ふたりの関係は素晴らしい進度を迎えて。どこまでかって言うと……むふふふ……♥
「あの妖夢が落とされちゃったんだからねー」
ニヤニヤ笑いを浮かべて、おまんじゅうを更にぱくり。
あのお堅い妖夢がそこまで思い入れるなんて、出会った当初は思いもしなかった。
けれど今、妖夢はルーミアちゃんにゾッコンで、
「闇を操る程度の能力」を持ってるルーミアちゃんを、むしろ逆の正反対の「太陽」とさえ称しているほど。
宵闇の彼女に、まるで皮肉めいた言い回し。
「けど……本当に太陽みたいだからね……」
困ったことに、それが本当に相応しい表現だから、笑ってしまう。
私も、3日前から彼女の眩しさを堪能して……ああ、本当だったんだな、まんまと納得してしまった。
まあ、本物の太陽が苦手な太陽ちゃん本人には、ナイショの話なんだけどね。
自分が苦手なものに当てはめられるなんて、あんまりいい気分じゃないだろうし。
庭ではきっと、そんな想い想われなふたりのラブラブ空間がくり広げられているはず。
ふたりきりの幸せな時間を邪魔するようで悪いかもしれないけど、
私だって妖夢ほどではないにしろ、ルーミアちゃんのことをすごく気に入っている。
なのに、ようやく堪能できた彼女の眩しさも、仕事のせいでなかなかお相手して上げられなくて物足りない。
それに、今回のお泊りのお膳立てに、ゆゆちゃんは縁の下で多分に協力したのです。
彼女を満喫できないまま迎えた最終日、今日くらい疲れきった私の心を潤すのに分けてくれたって、バチは当たらないと思うわ。
ふたつ目のおまんじゅう、最後の一口に含んだところで、廊下の突き当りの曲がり角が見えてきた。
あそこを曲がれば、妖夢がいつも稽古をしている庭が広がっている。
口の中のあんこの甘味を丹念に味わいながら、もうすぐ味わえる宵闇の太陽からの恩恵を期待して、胸弾ませた。
「えいっ! え〜いっ!」
「あ、やってるやってる」
近づくにつれて、可愛らしい掛け声が耳に届いてきた。
思った通り、妖夢は稽古中のよう……
「……って、なんか妖夢にしては掛け声が可愛らしいような……?」
わずかに覚えた違和感。
不思議に思いながらも、私は思考することなく廊下の曲がり角を曲がった。
曲がって、剣を振るう妖夢と、その姿をキラキラさせたお目めで眺めているルーミアちゃんの姿が目に映ると、そう期待していた。
「え〜いっ! やぁ〜っ!」
「…………はい?」
普段、あまり動揺というものを浮かべない私が、その映像を目に捉えた時、思わずとぼけた声をこぼした。
それは宵闇の少女に私の唇を狙われていた事実を知った時以来。……まあ、3日前の話なんだけど。
庭には、妖夢もルーミアちゃんもいた。
確かに居た。
居たけど……、……えーっと……。……ごめん、これちょっと一言じゃ説明しにくい。
まず……妖夢は庭に居るけど、剣を振るってはいなかった。
それどころか、いつも夕方は真剣を振るっていると話に聞いていたのに、今は本来必要ないはずの木刀を片手に携えている。
けど持っているだけ、妖夢は木刀さえも振るっていない。
その妖夢の横顔が眺める先に……先程からの可愛らしい掛け声を上げ続ける小さな背中が目に入る。
小さな背中は……なぜか笠地蔵のようなかぶり笠を頭に乗せて、一生懸命木刀を振り続けていた。
笠の下から覗く金髪の後ろ髪に、簡素な黒い服を着こなす背中。
木刀を振るう少女は、間違いなくルーミアちゃんだろう。
むしろ"間違い"と思えたのは……"まだ太陽の影響下のある庭"に、その姿があるということ。
「……どゆこと?」
ルーミアちゃんの頭の笠も気になったけど、それ以上に日の光の差す庭のど真ん中に居るという事実が私を混乱させる。
前述の通り、ルーミアちゃんは宵闇の妖怪。
明るいところは大の苦手。
日の光の下に晒されると、お肌は荒れて髪はカサカサになってなにも考えられなく、と世間話の折り本人から聞いた。
日の下では、目の前で少年少女に「「バルス!」」と唱えられた王様(なり損ない)のごとく「目がー、目がー!」と眩しさに悶えるような女の子。
よしんば笠が日光対策だとしても、彼女の日光への拒否反応は、たかがその程度で克服できるほど些細な問題じゃあない。
なのに……
「あれは……どう見てもルーミアちゃん……よね……?」
予想とは違い、まるで理解に苦しい映像を目の当たりにして、私は縁側廊下を曲がったところでその動きを停止させてしまった。
あまりに呆気に取られてしまい、実はまだ手に持っていた3つ目と4つ目のおまんじゅうをポロリ手から落としてしまった。
落として、危ない! 思い、ラスト2個のおまんじゅうが廊下に落ちてダメになる前に慌ててキャッチ。
片手で流れるようにトォリャアッッ!! 受け止めた2個ともを口元まで運んで中に放り込んで租借してもしゃもしゃ、ごっくん。ああおいしい。
……いやいや、今はおまんじゅうなんかどうでも良くて。
「え〜いっ! え〜……あ! ゆゆちゃん!」
と、今の弾みで庭で木刀を振るっていたルーミアちゃんが私の気配に気づいたらしい。
おまんじゅうキャッチの際のトォリャアッッ!! と幽雅に気合入れたのが聞こえたのか。
それともおまんじゅうを噛んだ時、裂けた皮から溢れ出たあんこの芳醇な香りを、妖怪の発達した嗅覚が捉えたのか。
……多分後者。くいしんぼう同盟仲間としての勘がそう告げる。
「ゆゆちゃーん、おつかれさまー!」
困惑する私の気持ちなど知らず、無邪気な少女は労いの言葉を投げ掛けながら、私の元にぱたぱた歩み寄ってきた。
ちょうど庭と縁側の境界線を挟んで、庭には彼女、縁側に私、という形で向かい合う。
私より一回りか二回り小さい少女の頭は、縁側の高さの分だけ更に低い位置来ていて、私は彼女の頭の笠を見下ろす形になる。
「えへー♥」
「…………」
絶句。
元々黙っていたけど、更に言葉を失った、という意味で受け取ってもらいたいわ。
駆け寄るなり、私の顔を見上げてスマイルをサービスしてくれた彼女。
しかし残念なことに彼女の眩しい笑顔は……本来の、眩しさを遮るという役割をしっかり果たしている黒いメガネ、
俗に言うサングラスというものにより、内側からの眩しさを遮られてしまっていた。
なしてじゃ?
まったくもって不可解。
まあ、幻想郷にサングラスなんて洋式なものがある事実もきっと疑問点だろうけど、
うちにポラロイドカメラがあるんだから、色眼鏡のひとつやふたつ今更だと思うのでその辺の疑問はどうでも良い。
それよりも、洋風なパツキンガールな彼女に笠は似合わないし、まだ幼さの残る面影にサングラスのクールなアクセントも合わない。
ついでに片手には木刀……一体こんなチグハグコーディネートに仕立てたのは誰だ、女将を呼べ!!
やっぱり日光対策? けど……だからその程度で克服できるものじゃないんだってば!
「幽々子さま、お疲れさまです。お仕事の方はもうお済みになられたのですか?」
「……ええ、まあ……一区切りは……」
ルーミアちゃんの後について、妖夢も私の元に歩み寄っていたらしい。
気がつけば、妖夢はルーミアちゃんの後ろ1〜2mほど位置に立っていた。
丁度、妖夢と私で、ルーミアちゃんを挟む形になっている。
私は妖夢に返事を返すと、すかさず愛用している扇子でルーミアちゃんを指して。
「えーっと……これは一体どういう状況?」
正直、疑問に思う情報量が多過ぎて、どれから処理していいのか幽々子はお困りになった。
まず第一に、庭で木刀振り回してなにしてるのってこと。……まあ、これは大方予想がつく。
次、このサングラス笠地蔵という前衛的なファッション。これは日光対策以上の予想が出て来ない。
そして、一番納得が行かないのが……若干の対策があろうとも、この子が日の光の下平然と佇んでいるという事実。
大体予想がついている項目もしっかり確認を取りたいのが人情というもので。
情報がいっぱい過ぎて、まずなにから反応していいか困ってしまう。
私の困惑を見越したように、妖夢は「どれから聞きます?」なんて選択権を託してくれた。
「んじゃあまず太陽を克服したところから。他はともかくこれだけは予想がつけられないわ」
「了解しました」
妖夢は答えると、服のポケットから手のひら大の丸くて平べったいケースを取り出した。
そしてフタを捻り、開けて、中身を私に見せる。
中には、乳白色をしたクリーム状のものが入っていた。
「……これは?」
「永琳さん特製・日焼け止めクリームです」
「日焼け止めクリーム……? ……ああ! なるほどね」
「ご理解が早くて助かります」
それだけ聞いて、私は納得の表情を浮かべ、扇子を持ったままの手で反対の手のひらをぽんと叩いた。
つまりは、永遠亭の天才・永琳氏の手により作られたこのお薬の効能により、ルーミアちゃんは苦手とする太陽の光を遮断することに成功。
その身に太陽の光の影響を受け付けることはなくなり……ルーミアちゃんは今や太陽を克服した究極完全体へと進化したのだァー!
「ってところでしょ?」
「さすが幽々子さまです。……けど"したのだァー!"とかはしたないですよ」
私が確認するように聞くと、妖夢はさほど驚く様子ではなかったものの、感心の声をひとつ。
小うるさい一言が付け加えられていたけど、私は完全スルーする。
私の右から左への受け流しを、短くはない付き合いより察したのだろう、
妖夢は少しばかしやれやれというような表情を浮かべつつも、話を先に進めてくれた。
「前回ルーミアさんが来た時、太陽の光で大変な目に遭ったので、永琳さんに相談してみたんです」
「ああ、博麗の巫女が来た時のね」
「そしたら……永琳さん、本当に作ってくださって……」
「あらら、本当に作っちゃったのねぇ。さすが天才」
「ええ、完成したって連絡が来たので、4日前に貰ってきました」
「あ! 永遠亭行ったのってその用件だったのね!」
再び同じように手のひらぽんと叩く。
そういえばルーミアちゃんが来る前日、妖夢は永遠亭に出向いていた。
別に病気でもないのに、一体なんの用件で行ったと思ったら、そういうことだったとはね……。
そこで、出会えば幸運を分けて貰えるというシアワセうさぎに出会い、幸運を分けて貰って―――
「―――翌日、大好きなルーミアちゃんにお出迎えされると言うシアワセに出会えた妖夢であった」
「……やめてください、恥ずかしいモノローグ声に出して言うの」
「あら、ごめんなさい。つい♥」
わざとで♥
「あははー、わざとですか。そうですか。そこまで声に出して言わないでくださいよコンチクショー」
泣きながら、主に対してなってない口の聞き方で愚痴る妖夢。
主に対して無礼な口の利き方ではあるものの、それはそれで面白いので私は一向に構わんッッ♥
「にしても……ルーミアちゃん、ですか……」
ふと、妖夢が引っ掛かったように、小さく呟く。
「んー、なぁに? なにか言った、妖夢ぅ?」
「いえ、なんでもないです」
妖夢はなんでもない風を装って返事を返す。
私はその様子に「ふぅん」なんて軽〜くニヤけ顔を浮かべた。
それだけで、特に絡むようなことはしなかったけど。
「それにしても、ルーミアちゃんの苦手をいともあっさり解決しちゃうとは……さすが天才ね」
もうあの人にできないことはなにもないんじゃないかと思わされる。
正直、蓬莱人は苦手だけど、便利で頼もしいという点で私も永琳氏に一目置いている。
やっぱりうちで雇いたい人材だわ。「殺してでも うちでやとう」という選択肢を選べないのが本当に残念。
まあ、それやったら妖夢が「な なにをする ゆゆこさまー!」と慌てそう。
いやいや、むしろえーりん氏なら戦闘開幕直後の吹雪のような弾幕で返り討ちにしてくるかしら?
おっと、話が逸れすぎちゃった。閑話休題、閑話休題。
「じゃあルーミアちゃんはもう太陽の下でも平気なのね?」
「ところが、そう上手い話はないようで……。このクリームはまだ未完成の試作品なのですよ……」
妖夢がいうには、仮にもお薬である以上、あまり強力な効果にすると逆に体に害を引き起こしたりしてしまう可能性があるとのこと。
そのため、この日焼け止めクリームは、比較的万人向け仕様に効果を抑えた程度の能力しかないそうな。
かといって、薬も効果が弱過ぎれば効果が出ないのも事実。
実際、昨日も使ってみたそうだけど、カンカン照りの真昼の快晴の空の下では効果が出なかったとのこと。
ルーミアちゃんは「うん、ひりひりした……」と悲しそうに付け加えてくれた。可愛い。
また、妖怪ごとに体質はかなり異なるため、適当に作ってしまっては思わぬ副作用を引き起こしてしまいかねない。
だから試しに使い続け、データを取りながら、ルーミアちゃんのお肌に合わせて薬を調整する必要があるという。
本当の意味での完成にはまだまだテストをくり返さなければ到達できないとのこと……。
なるほど、おいしい話は早々転がってないということね。
「今のところは、体に害は出てません。あと、今みたいに日光が弱まっているレベルなら対応できるみたいです」
「ほうほう」
妖夢が夕焼け空を指差しながら言う。
傾いてるとはいえ、まだ日の光が残っている赤の空。
その弱まった陽光の中でも日陰に入って過ごしていたルーミアちゃんが、「うん、今はへいきー」と可愛らしく答えてくれた。
「あと、お肌用のクリームなので、髪の毛や目には使用することができません」
「あ、なるほど。じゃあやっぱりこの奇抜なファッションはそういう理由で」
「さすが、幽々子さまは察しが早くて素晴らしいです」
ルーミアちゃんの奇抜なファッションの方へ目を向ける。
ルーミアちゃんは、また「えへー♥」っと笑いを浮かべて、私に投げかけてくれた。
目元はサングラスでよく見えなかったけど、それでも嬉しそうだってことは声で十分伝わってくる。
日光対策……というのは大方予想がついていたけど、クリームの補助というのなら納得できる。
期せずして、この奇妙なファッションの理由も解決できて、手間も省けてご満悦。
「で、実験がてら剣術を教えていたんです。……あ、剣術の話は日焼けクリームとはまた別の話になるんですが……」
「そっちも大体予想できるわ。カッコイイよーむちゃんに憧れて、教えて欲しいってせがまれたってところ?」
丁度話が出てきたので、私は最後の疑問について確認してみることにする。
手間を省く意味も込めて、遠からず当っているだろう私の予想を提示する形で話を進めてみた。
すると、やはり思った通りだったらしい。妖夢は照れながら「……さすが幽々子さまです」と、ほっぺたを軽く掻きながら答える。
「その……いつも見せていたら、自分でもやりたくなったみたいで……」
「きっと『わたしもよーむちゃんみたいにカッコよくなれるのかな!?』とかキラキラ笑顔で言われたってところね」
「……ええ、まあ……」
「それで『わ、私がカッコ良いかは分かりませんが……その気があるなら、喜んで教えます……けど……』なんて、
今みたいに照れながら言葉につまりながら言ったのかしら?」
「…………」
「その時妖夢は恥ずかしさからルーミアちゃんから顔を背けながら、『幽々子さまもこれだけやる気があれば……』と小さく愚痴る。
別のことを考えることで心の熱を少しでも冷まそうと考えたけれど、そんなのルーミアちゃんは気づいていない」
「………………」
「ルーミアちゃんはルーミアちゃんで純粋に、マイペースに喜んだ。
満面の笑顔を向けて、『わぁー、ありがとーよーむちゃん♥ 大好き♥』と、嬉しさのあまり妖夢に抱きついてきた」
「……………………」
「『大好き』。その言葉に、妖夢の熱は一気に沸点まで達する。
それだけでも心臓は破裂寸前なのに、更にはルーミアちゃんとの直接接触のお陰で動悸は更に激しさを増していた。
彼女の体温に包まれて、頭の中が真っ白になり、全く動けなくなってしまう妖夢」
「………………………………」
「真横にある大好きな彼女の顔……軽く触れ合う耳同士が、妖夢の熱を更に上げる。
鼻孔に届く彼女独特のにおいが、妖夢の心を更に乱す。触れ合う肌から伝わる体温が、鼓動が……全てが妖夢を蠱惑的に誘惑する。
麻薬のような陶酔に陥る妖夢……最早なにも考えることなど出来ない」
「…………………………………………」
「ルーミアちゃんは突然顔を後ろに引いて『わたしがんばるよ!』、妖夢の顔をジッと見つめた。
無垢な瞳が……大好きな彼女の顔が、至近距離に存在することに妖夢の紅潮はピークに達する。
もう耐え切れない、思う妖夢に対し、無邪気な彼女はただ純粋に、思ったことを口にした……。
『がんばってよーむちゃんみたいにカッコよくなるから……』。その一言がトドメとなり、妖夢は顔から煙を出してその場に崩れ落ちて―――」
「見てたんですかッ!?」
「あら、当ってたの?」
私が当てずっぽうに言った妄想に、妖夢が真っ赤にした顔を手で覆ってモジモジ悶えていた。面白い。
「ま、おっけーよ。ゆゆちゃん把握したわ」
ひとまず抱えていた疑問の全てに解答を得られた。最後の方はトントン拍子に進んでくれたし、ゆゆちゃんは大満足。
満足げに笑みを浮かべながら、親指をビッと立てた手を妖夢に差し出した。
その時、何気なく口にした単語に妖夢は反応して……真っ赤になっていた顔が、不意にしれっとした無表情なそれに戻る。
「……ゆゆちゃん、ですか」
無表情……というよりは、少々不愉快そう? 妖夢の眉毛が、ほんのわずかピクリと動いてた。
私はまたも「なぁに?」と、そ知らぬ顔で問い返すが、
「いえ、分かってくださったならそれで」
妖夢は淡白に言って、バレバレのその心境を誤魔化すのであった。
「まあ、事情は把握したけど、また新たに疑問はあるわね」
私は微笑みながら、妖夢のその隠したがっている気持ちを汲んで、新たに話題を提示。
安堵からか、それとも私の手のひらの上で踊らされているのを承知の諦めからか、妖夢はいつも通りの表情に戻して聞き返した。
「と言いますと?」
「だってそんな不安の残る日焼け止め程度じゃ、ゆっくり教えられないんじゃないの?
うち、道場あるんだから、そっちでゆっくり教えれば良いじゃない」
妖夢はいつも庭で稽古をするから誤解されてるかもしれないけど、ここ白玉楼にも稽古用の道場はある。
でっかい日本屋敷なら道場くらいはあるだろうという作者の思い込みからである。深くは考えてはいけないわ。
妖夢は「地面を踏みしめている方が実戦の感覚に近いから」と言って、好んで庭での稽古を行っている。
なので、うちの道場の出番なんて雨の日くらいなのだ。
逆に言えば、「雨の日」という立派な出番が待ち構えている、とも言い換えられるわね。
「日焼け止めクリームはまた別に試せば良いじゃない。そんな焦って一緒に試す必要もないと思うんだけどねー」
「ええ、私も無理しなくても良いって言ったんですが……」
私の抱いた疑問に、妖夢は同意の言葉を投げ返してくれた。
どうにもそこは、妖夢にとっても疑問に思うことだったみたい。
「昨日の昼も、同じように試しながら剣を教えてみたんですよ」
「あ、さっき言ってたひりひりした?」
「そうです。数分も経たない内に日の光にやられて、結局、昨日は道場の方に移りました」
その時間帯、私は仕事をしていたのでふたりがどうなってたかは知らない。
ルーミアちゃんが寝てたか、起きてて屋内でラブラブ中だったか、どっちかだとは思ったけど、そんな展開になってたのねぇ。
「だから今日も無理しないで道場の方で教えようかと思ってたのですが……
日の光が少ないなら平気かも知れないですね、って私が言ったら、ルーミアさんがどうしても試したいって……」
「ルーミアちゃんが言ったの?」
「ええ」
妖夢は心配そうな、不思議そうな、そのふたつの感情を同時に浮かべるみたいな顔をしていた。
うーん……確かに、そのことについては私も少し不思議。
どうしてかしらと思い、同じように頭を捻ってみる。
「……だって、よーむちゃんが暗い中でがんばってくれたんだもん」
「え?」
すると、私の中から仮の答えのひとつも出てこないうちに……可愛らしい声が、近くの私にだけ聞こえる大きさで……答えをくれた。
「よーむちゃん、暗いの苦手なのにわたしのためにがんばってくれたから……。わたしも明るいところがんばろうと思ったの……」
「……!」
ぽそぽそと、私にだけ聞こえる声で、内緒の話をするように囁き、少女は告げた。
サングラス越しの瞳が、「ないしょだよ?」そう訴えるように、にっこり微笑む。
ああ……この子は、私がうっかりばらしてしまった妖夢のやせ我慢を気にして……自分も頑張ろうって、そう思ったんだ……。
なんて健気だろう……。
この子の純粋な想いと、強さが、ヒシヒシと伝わってくる。
その健気さを愛おしく思い、私は思わず抱きしめてしまいたい衝動に駆られてそうになる……。
「あーんっ♥ もうルーミアちゃんったら可愛いーーっ♥♥」
「ひゃーっ!?」
っていうか、耐え切れなくて抱きしめちゃった♥
「……突然なにやってるんですか?」
靴も履かず縁側から降りて、ルーミアちゃんをぬいぐるみのように抱きしめた私。
それを見た妖夢が、不機嫌そうにジト目を浮かべていた。
ルーミアちゃんの健気発言は聞こえていなかっただろうから、私がまた脈絡のない突発的な行動を取ったと思い込んでいる。
私としても、今の健気さを妖夢に聞かせてあげたいところではあったけど……それでは逆にルーミアちゃんの健気さを潰してしまい本末転倒。
「んー、ルーミアちゃんの可愛さについ、ね♥」
こんなにも妖夢を想っているルーミアちゃんの気持ちを教えてあげられないこと、むしろ惜しく思うけれど、
私にできる最良のことは、本当の理由を濁すことだけ……。
だからいたずらっぽく微笑みながら返した。
それに、この子の可愛さについ抱きしめちゃったのは本当のことだし♥
「く、くるしいよぉ〜」
「私は気持ち良いわよ〜♥ ん〜、ぷにぷにしてる〜♥」
私の胸に顔を埋められるルーミアちゃんは、困ったように訴えかけていたけど、そんなにいやそうじゃない感じだった。
「……私がいない間に随分と仲良くなったみたいで……」
妖夢の、明らかに不機嫌そうな声色が、低く響いた。
「なぁに、妖夢ぅ? 嫉妬〜?」
「別に……」
「も〜。どうしようもないくらいルーミアちゃんのことが好きなんだから、意地張らなくて良いのに〜」
「別に……」
ぶっきらぼうに、不機嫌そうな顔に更に磨きをかけたジト目で睨みつけてくる妖夢。
そして感情のこもらない投げやりな言葉をくり返すだけ。
「良いんじゃないでしょうか? おふたりが仲良くなって。べーつーにー、私には関係ないことですから!」
「そーおー? だったら……えーい♥」
その嫉妬するも姿は、それはそれで見ごたえがあって、もっともっと見たくなってしまう。
私は更に見せつけるようにルーミアちゃんをぎゅーっと抱きしめ、あまつさえ頬ずりをすりすりするのだった。
でもね妖夢……私が抱きしめちゃった理由は……妖夢がどれだけルーミアちゃんに想われてるか、分かっちゃったからなのよ?
嫉妬なら……むしろ私がしちゃってる。
……あ、そっか。
なんだ……じゃあ私、妖夢に嫉妬したから、見せつけちゃってるのね……♥
「あ。あんまりべたべたすると日焼けクリームでべたべたしますよ」
「うわっ! 着物べたべたしてるっ!」
そしてルーミアちゃんをつい放り投げてしまい、地面に叩きつけてしまったとてもえらいひと西行寺幽々子は3度目の土下座をするのだった。
「はいはい、おふたりは仲良くなりましたね! いつの間にか新しい呼び方で呼び合ってるくらいですし!」
言葉の尻を強めて、呆れたように吐き捨てて、妖夢はやっと、さっきから引っ掛かっていた不満をここでぶつけてくる。
さっきから全然バレてたその嫉妬心を、とうとうガマンできなくなったみたい。
バレバレだったんだからもっと早くに言えば良いのに、ほんと意地っ張り。
ちなみに、妖夢は私が「ルーミアちゃん」と呼ぶ時はなにか企んでるものと思っていたらしく、
このお泊りの間から私が「ルーミアちゃん」と呼ぶ姿を見ては、なにか企んでるんじゃないかと疑いの眼差しで警戒し続けた。
……別に意識してなかったけど、そうだったのかしら?
まあ、その疑念に満ちて、怯えて竦んでモ○ルスーツの性能を生かせぬまま死んで行きそうな妖夢の姿は楽しかったけど、
さすがにずっと呼び続けてたら、もうなにも企んでないと理解し、疑いの眼差しで眺めることはなくなってしまった。ちょっと残念。
「そりゃねー、妖夢がいない間、ねっとり語り合ってましたから〜」
私は、嫉妬パワー全開な妖夢にダメ押しするように、立ち上がったルーミアちゃんの体を、後ろから再びを抱きしめる。
まるで子どもが大切なぬいぐるみでも抱きしめるみたいな形。
今度は触れている部分は衣服越しなのでべたべたしない。イッツ・パーフェクトポジション!
またも密着する私たちを見て、妖夢の嫉妬ボルテージは更に上昇しているだろう。顔がピクピク引きつり始めている。
「ねー、ルーミアちゃ〜ん♥」
そしてトドメ。私たちの仲良し度を妖夢に教えてあげようと、ルーミアちゃんに同意を求めた。
私としては、「ねー、ゆゆちゃ〜ん♥」と返して貰えるのがベストアンサーだったけど……
「あ……えと……」
ルーミアちゃんは、私と妖夢の顔を見比べて、返事に困っているご様子だった……。
「…………。そっか……」
そこで、私の思惑は頓挫する。
理由は……分かりきっていたこと。
私は、ここが引き際だと、常にニヤけさせていた表情を、ちょっぴり真面目なそれに戻した。
「ごめんなさい、ちょっとからかい過ぎちゃったかしら」
あまりに妖夢が不機嫌になるものだから、つい調子に乗っちゃった。
本人は気づいてるか分からないけど……ルーミアちゃんのことになると、随分ムキになってしまう。
けど……ねぇ妖夢、気づいてる? あなた……私にそこまで露骨に不機嫌な姿、見せたことないのよ?
その不機嫌さが、むしろ妖夢のルーミアちゃん好き好き度を現しているようで……それだけ妖夢の想いに触れられるみたいで、嬉しくて。
だから、もっともっと不機嫌にさせたくなっちゃった……。
けど、それもおしまい。
「へ……? うわっ?!」
名残惜しくも、私はルーミアちゃんの体を抱いていた腕を解いた。
突然拘束が解かれて不思議そうに思うルーミアちゃんの背中を、そっと押して……妖夢に返してあげた。
「わわっ?! ……っと!」
突然飛び込んできたルーミアちゃんの体を、妖夢はしっかりその胸で受け止めて、抱き留める。
「ナイスキャッチ」
「あッ!?!?」
抱き留めて……自分が"ルーミアちゃんを抱きしめてしまった"という事実に気づいて、顔を一気に真っ赤にさせてしまう。
ストイックな妖夢のこと、直接相手に触れるだなんて恐れ多いみたいで……それが、大好きな相手なら尚更。
「ゆゆゆゆこさまっっ!? ここここれはっっ……?!?!?!」
「ルーミアちゃんは私よりやっぱり妖夢の方が大事だって。だから返してあげる」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!?!??」
私が余計な一言をつけると、妖夢は紅く染まった顔を一気に燃え上がらせた。
ルーミアちゃんは……結局、妖夢を困らせようとする一言を言えずじまいだった。
実はひっそり打ち合わせていたって言うのにね……。
けど、妖夢が困ってる姿を見て、ルーミアちゃんは私に合わせるなんてできなくなってしまった。
ルーミアちゃんには、妖夢の方が大切だから……。
たった一言言えなかっただけ……それは、小さなことだけど、絶対的で……だから、妖夢をからかうのはそこでおしまい……。
妖夢の胸の中のルーミアちゃんは、大好きなよーむちゃんに抱きしめられて、頬がほんのり赤くなってる。
けれどすごく嬉しそうに、微笑んでいる。
やっぱり、ルーミアちゃんの居場所はそこなのね。
分かっていたことだけど、改めて突きつけられると悔しいような、嬉しいような。複雑な気持ち。
「大丈夫よ、ルーミアちゃんのことは確かに好きよ。だけど妖夢みたいにキスとかしたいとは思わないし」
「んなっっ!? わっ、私だってそこまでするつもりはッ……!? ……ぅぅ……」
「分かってる分かってる」
真っ赤な顔を、更に紅く染めて言葉に詰まる妖夢。
本当は、つつけばボロを出しまくる妖夢が見れる極上のネタだったんだけど……ここまでからかい過ぎたし、今は見逃してあげる。
「だから、私はふたりのお姉さんで居られれば良いから」
「おねえちゃん?」
「そ」
ルーミアちゃんの明かりは私には強すぎるし。私の立場は妖夢には重過ぎるから。
私には、どちらも丁度良い立ち位置に立つことはできない。
ふたりはもう、お互いに相応しいものを手に入れてるんだから。
だから私は、ふたりが生み出すものを側で見ていられれば、それで十分……。
だから……私はふたりを支える「姉」で良い。
ふたりを見守れる存在が良い。
だから……
「だから私の夢は私と妖夢とルーミアちゃんで仲良し3姉妹の"さいぎょうじけ"の結成なんだから!」
「は?」
握り拳をグッと握って、私は高らかに我が野望を宣言した!
瞬間、これまでなんか良い感じだった雰囲気が一気に弾け飛んで色々ダメにした気がしたけど、
ゆゆちゃんは気にしない気にしない。ぜ〜んぜん気にしな〜い。
「ゆゆこさま、なんですかそれは?」
「その物語は西行寺家3姉妹の平凡な日常をたんたんと描くものです。過度な期待はしないでください!」
「いや、意味分かんないです!?」
「や、だから私と妖夢とルーミアちゃんで3姉妹設定。私たち、丁度学校ひとつ離れてる感じに(見た目)年齢が並んでるんだし」
実年齢はともかく、見た目だけなら私は大学生、妖夢は高校生でルーミアちゃんは中学生って所、と私は見てる。
学校ひとつずつ下で、なんか仲良し3姉妹としてはベターな感じじゃない♥
「あー……3姉妹設定って、私たち名字違うでしょ」
そこを、妖夢の無粋なツッコミで濁された。
「もー、堅いわねぇ。ルーミアちゃんとおんなじようなこと言うんじゃないわよ〜」
「いや、私も"お姉ちゃん"まで許容しますよ。けど"さいぎょうじけ"だと名字で名乗ってますんで。
私は西行寺じゃなくて魂魄ですし、ルーミアさんは……えーっと、ルーミアさんは?」
「ルーミアです!」
まだちょっと幼さの残る少女は、まるで「この問題分かる人」と言った先生に挙手して答える低学年の生徒ように元気良く答えた。
「あの、フルネームで……」
「ルーミアです!」
「「…………」」
「ルーミアです!」
「……そっか、この子妖怪だから、特に名字とかないのね……」
「ついでにお家もないです!」
「いえ、そこまで言わなくてもいいです……」
ルーミアちゃんの元気なお返事に、妖夢は悲しい気持ちに満たされているように、頭を抱えながら言った。
「ならルーミアちゃん、うちに養子になりましょ! そしたら名字もお家も手に入るわ!
妖夢は住み込みで働いてるから、もう西行寺家の一員みたいなものだし、これで"さいぎょうじけ"成立!」
「たかが一ネタのために他人の人生弄ばんでください」
「幸せを〜掲〜げ〜て〜〜♪ ドキドキた〜のしんじゃお〜〜〜♪」
「いや、経験値上昇させる気満々で歌ってないで聞いてくださいって!?」
「S・A・I・G・Y・O・J・I♪ れっつごー♪ S・A・I・G・Y・O・J・I♪ れっつごー♪」
「とまれゆゆこさまーーーッッ!?」
少女熱唱中。TVサイズVerの1分半歌うつもりで、私は「さいぎょうじけ」のOPを歌い始めた。
だいじょうぶ、暗記してる!
本当は3人でパート分けして歌いたいところだけど、打ち合わせしてないので仕方ない。
だいじょうぶ、3人分ひとりでがんばる!
「あーもー……幽々子さまは今日も絶好調みたいで。ほんと、好き放題やってくれますねぇー」
私が歌っている横で、妖夢が遠い目で頭を抱えた。
折角良い感じにまとまっていたのに、なんかもー台無しだ。……とか思ってそう。
私は一度歌うのを止めて、
「良いじゃないの〜。しばらく会えないんだから〜」
「え……?」
「ふぇ……?」
何気なく返した。
軽く、本当に何気なく。
なのに、妖夢とルーミアちゃんの声色が変わった。
私は、つい、ふたりがまだ知らないことなど忘れて……それを当たり前のように返してしまったと気づく。
「そっか……教えとかなくちゃね。あんまり良くない話よ」
私は宜しくない話を思い出して、少し残念な気持ちに浸る。
どこかのタイミングで話すつもりでもあったし、口にしてしまったことだし……今が言い時ね。
私は、これまでのおどけた体から、少し真面目さを取り戻した面持ちに切り替えて、ふたりに向き合った。
「さっきね、閻魔様から連絡があってね……幻想郷か、外の世界か……いずれにしろ結構な死者が出たみたいなの。
その管理でちょっと忙しくなりそう……。
霊魂たち、今地獄で裁判を受けているところだけど……もうすぐ冥界にドッと霊魂が溢れかえるわ。
私ひとりじゃ捌ききれないから……妖夢、あなたにも色々手伝って貰うことになる」
「そう、ですか……」
妖夢が、少し苦い表情を浮かべながら答えた。
仕事を手伝ってもらうということは……当然、しばらくルーミアちゃんのお相手なんてできなくなるということ。
これは仕方のないこと……。仕事が入ったのなら、そこに私情を挟む訳にもいかない、分かっている。
分かっているけど……分かったからと言って、納得できるかといえば、そうではないというだけの話。
「じゃあ……しばらく会えなくなるの……?」
次いで、ルーミアちゃんがよく分かってないといったよう表情を向けて、静かに問いかけた。
違うわね……。
分かってないというより……分かっているんだけど、認めたくない。そんな感じ……。
「そうなりますね」
「そっか……」
私に代わり、妖夢が答えた。とても残念そうに。
妖夢の答えに、ルーミアちゃんは静かに短く、答えを返した。
その姿は、目に見えてしょんぼりとしたものに変わってしまう。
折角和やかに温まった空気が、急に冷たくなる感覚に襲われる。
多分、温かさの中心だった太陽が、その明かりを失ってしまったから……。
まだまだお子ちゃまな心を持ったこの子に、オトナの仕事やオトナの事情を理解しろというのは酷なことだと思っていた。
だから、これを伝えれば彼女が心底残念に思うのは予想がついていた……。
妖夢の目が、どうして今そんな話をしたのだ、そう私に訴えていた。
そのくらいのこと、私が分からないはずないだろう。
仕事のことは仕方ないことだって分かっている、けど……せめてこの幸せな時間を邪魔しないで欲しかった。
そんな……憎悪とも錯覚しそうな暗い感情を、私に。
妖夢はそれだけ、彼女が大切だから……。
「今の内に伝えておかないと、また今回みたいに行き違いが起こるでしょ?」
それでいい。
この子は……妖夢は、他人の顔色伺って自分の気持ちを抑える節があるから……少しくらいワガママを見せてくれた方が、私も嬉しいから。
妖夢は、私の言葉になにか気づいたように、負の感情が滲んでいた表情をハッとさせる。
そしてすぐに、自分が償いきれない大罪を犯したかのような申し訳なさを浮かべた表情に変える。
きっと心の中で、器量の狭い自分がいかに未熟だったと反省してる。ほんと生真面目。
「ふふっ……お姉ちゃんは、可愛い妹たちのために貧乏くじを請け負う存在で居てあげますから、ね♥」
私は微笑みを浮かべ、優しく言った。
お姉ちゃん宣言をした今だからこそ、私はこの役目を請け負った。それで本望……。
すると、苦い顔を浮かべる妖夢のその胸の中、ルーミアちゃんが私の方に振り向いて一言投げ掛けてくれる。
「そっか……ありがと、ゆゆちゃん」
その言葉だけで、十分。
お姉ちゃんは、妹たちに幸せになってもらえればそれで十分……、だったのに……
「でも、だめだよ。ゆゆちゃんも楽しくならなきゃ」
「え……?」
この太陽ちゃんは……いつも、私が欲しかった以上をくれる。
「その通りです」
もうひとりの妹も、渋くさせていた表情をいつの間にか戻していて、一番下の妹の後について言葉を紡いだ。
「幽々子さまの夢が仲良し3姉妹設定なら……幽々子さまご本人もお幸せにならないと叶いません!」
今までの頼りない様子からは比べ物にならないくらい、強い姿で。
「あはっ……こりゃ妹たちに1本取られちゃったかしら……?」
やっぱり……ヘンに上から目線だとダメね。
意外なものを見落としちゃう。
私の妹たちは、私が思うよりずっと頼もしい存在で……その優しさに、改めて胸を暖かにするのだった。
「え〜いっ! やぁ〜っ!」
話にひと段落着いたところで、ルーミアちゃんは剣のお稽古を再開した。
私も、妖夢とルーミアちゃんとの時間を堪能したくて、訓練にお付き合いさせてもらうことにした。
「え? じゃあ一緒に訓練受けてくれるんですか!?」
私も、妖夢とルーミアちゃんとの時間を堪能したくて、訓練にお付き合いさせてもらうことにしたその様子を眺めることにした。
「そうですよね、幽々子さまですもんね、ちくそー」
妖夢が、またも悔しそうに涙していた。
けれど、私が木刀を手に取らないことなど既に分かっていたみたいで、それ以上追求することはなかった。
なかったけど心底残念そうだった。
そもそも私の靴は玄関に置きっぱなし。木刀だって、今この場には妖夢とルーミアちゃんが持ってる2本しかない。
そりゃどっちも取りに行けば問題はないだろうけど、今夜にでも帰っちゃうルーミアちゃんとの時間は貴重で、
私には取りにいくほんのわずかの時間だって惜しいんだから!
「え〜いっ! たぁ〜っ!」
夕暮れの空の下、ルーミアちゃんの掛け声だけが響いていた。
私たちは並んで、我らがアイドル・ルーミアちゃんの奮闘ぶりを眺める。
私は廊下の縁側に腰を下ろして、妖夢はそのすぐ横、縁側の真ん前の土に足を据えて立っている。
いつもは屋敷の日陰に入っているのはルーミアちゃんの方なのに、今日はルーミアちゃんだけが日の光の下で剣を振るっている。
ちょっと不思議な気持ちだった。
「どう? 妖夢から見てルーミアちゃんって、スジは良いの?」
「え?」
なんとく聞いてみたくなった。
聞けば、お稽古は昨日からはじめていたみたいだし、これまで見てきた中に、なにか目に留まるものはあるかなと思って。
妖夢は私の問い掛けに……軽く目を逸らしながら、少し苦そうな口調で、
「……まあ、普通?」
……とだけ答えた。
煮え切らない返事に、私はちょっと釈然としない。
そのまま視線を妖夢から庭で木刀を振るうルーミアちゃんに向けた。
「はぁ〜っ! たぁ〜っ!」
振り下ろす一閃は、へなへな〜、っとキレがない。
掛け声も、相手を和ませる可愛らしいものだった。
「……才能、ないのねぇ」
「いやいや、初めたてなんてこんなもんですよ!?」
妖夢がだいすきなルーミアちゃんをいっしょうけんめいフォローしてた。
「さっすが、よーむちゃんは大好きなルーミアちゃんの味方ね〜」なんて、いつも通りからかうネタとして絡んでみる。
私は照れて慌てる妖夢を期待したけど、妖夢はその期待に沿わずに、少しだけ顔を引きつらせた。
そして、お説教染みた言い方で、まるで教えを説くように語り始める。
「幽々子さま。勘違いしないで欲しいのですが……剣の道にあるのはいかに修練を積み重ねたか。それだけです」
「そうなの?」
「そうです! 剣の道は、鍛錬を重ねた分だけ強くなるもの! その努力は決して嘘を吐きません!
才能なんてものは……まあ、ある人にはあるとは認めますが……そんなもので身についた技などたかが知れています。
なぜだか分かりますか?」
あ。まずっ……。
「剣により磨くのは力の強さではなく、心の力……すなわち精神性です。
才能なんてもので楽して身についてしまっては、本来得るべき精神性は得られずじまい。
だから、才能で強くなれるのはある程度まで。そういう人は必ず壁に当たります、挫折します。
単純な力の強さなんてたかが知れていますよ。そこより先に至るには、やはり積み重ねた中で得たものにこそ……―――」
思った時には遅く、妖夢のトークが暴走を開始。
まるで先生のお説教みたいに長々クドクド。
別に妖夢は喋りたがりと言う訳ではないけれど……この子は頼られることが少なく、普段人の上に立って誰かを導くなんてこと滅多にない。
私がサボるからだ。
だからこうやって、誰かに自分の知っている知識を教える立場に立てるっていうのが、きっと嬉しくて仕方がないんでしょう。
溜まっていた欲求が爆発でもしてしまったかのように、妖夢は「剣の道」について深く深く語り続けた。
そりゃあもう、明日から冥界にやってくるだろう霊魂たちのように、いっぱい。
なので途中から聞き流した。具体的には「あ。まずっ……」の後ぜんぶ。
「あ、でも……幽々子さまよりは才能はありますね」
「あんですと?」
……聞き流していた幽々子さまでしたが、その一言だけは聞き流せずに耳に引っ掛かった。
妖夢には珍しい皮肉っぽい口調。
普段反抗なんて知らないこの子だから、それにはとても意表を突かれた。
横目で見てみると、妖夢はふふん、と得意そうに私を眺めている。
ほんと変わってくれちゃって、幽々子おねーちゃん嬉しくなっちゃうわ。
「あらあら、庭師風情が言ってくれるわねぇ。私が剣を手に取ったところ見たことないクセに」
「自分でサボりまくってたて認めるんですね。それはそれですごく悲しいですよ」
私は優雅な微笑を携えたまま妖夢に向き合い、今の無礼をなかったことにしてあげる。そんな体で穏やかに聞き返す。
別に皮肉を入れたつもりはなかったのだけど、妖夢の得意そうな顔は悲しそうな表情に変わって落ち込んでた。
けれどそのネガティブな顔は、またすぐに得意気に作り直して、「だからですよ」と口にする。
「今言いましたよね? 剣の真の才とは、心の強さであると」
いや、聞いてなかった。
「ゆえに、まったく剣をお手に取らない幽々子さまより、自らやる気を示したルーミアさんの方が才能がある、ってことです。
しかも、わざわざ苦手な太陽克服しようとしてまで剣を手に取ったんですからね!」
「ほほ〜ぅ」
口にする妖夢は、なにか嬉しそうに胸を張って言う。
大好きなルーミアちゃんを讃えられえて、その意味でもちょっと悦に浸っている感があった……。
そりゃ……ルーミアちゃんが剣をはじめたのは興味本位や、大好きなよーむちゃんに対する憧れからだったかもしれないけど……。
苦手な太陽克服しようとまでがんばろうとしたのは、私(のうっかりミス)のお陰じゃないのさ。
自分が守られている側だなんて知らずに、よくもまあいけしゃあしゃあと。
さすがにこれにはゆゆちゃんもちょっとカチン。
しかし、しゃくに障った様子などはいつも通り隠したまま、私は軽〜く「そ。」と短い返事だけを返して。
「分かったわ」
そしておもむろに立ち上がり、私は、靴も履かないまま庭の地面を踏みしめた。
「幽々子さま?」
私の唐突なお行儀の悪さに、妖夢が不思議そうに名を呼んだ。
けれど私は妖夢のことなど気にもかけず、庭の中央に向けて足を進める。
そして、可愛らしいお声でへなへな木刀を振るうルーミアちゃんのところへと歩み寄ると。
「ルーミアちゃん、ちょっと良い?」
「ふぇ?」
「木刀、貸してくれるかしら?」
「……? うん……」
「なにィッ!?」
そして私はルーミアちゃんの素振りを中断させて、持っている木刀を渡すよう求める。
ルーミアちゃんはなんだか分からないという感じだったけど、とりあえず木刀を私に差し出してくれた。
妖夢は……なんか物凄く驚きの声を上げていた……。
「お……おお……はじめて……、はじめて幽々子さまが……
華胥の夢の蝶のごとく常に幽雅な微笑を絶やさないでのらりくらり逃げていた幽々子さまが、初めて木刀をお手に取られた!!」
ルーミアちゃんに木刀を手渡して貰う姿を見届けるなり、妖夢はなんか身を震わせて激しく感動してる……。
その内、目から感動の涙を流し始めて……って大げさよー。
「きっと秘宝『ウッドソード・オブ・ユユコ』も、本来の持ち主の手に渡り喜んで居られます……ううう……」
「なによその名前は?」
余談だけど、なんでもルーミアちゃんが持っていた木刀というのは、物置にあった私用の木刀だったらしい。
あ、ほんとだ、柄に私の名前書いてる。
「私、嬉しゅうございますっ! とうとう幽々子さまも剣の修行を始める気になってくれたんですねっ……!」
苦節ほにゃらら年、仕えてから初めて私が木刀を手に取ったことに、大げさすぎるくらい涙する妖夢。
自分の説得が効いて、やっと私がやる気になってくれた! ……妖夢が思い浮かべたストーリーなんてきっとそんなところね。
けど残念。西行寺幽々子さまは、そんな簡単には篭絡されませんわ。
「この魂魄妖夢! 幽々子さまの指南役として喜んで剣の稽古を――」
「さ、掛かってきなさいな」
「――つけさせ……へ?」
私は、木刀の切っ先を妖夢に突きつけて、それを言った。
感激から一転、呆気に取られる妖夢。
とぼけた表情で固まって、一体何が起こっているのか上手く理解できてないみたい。
私はにっこり微笑みを切っ先向けながら、今一度言い直す。
「だ・か・ら……勝負しましょ?」
再び、妖夢にこれ以上ない程の挑戦状を叩きつけた。
その瞬間、妖夢もルーミアちゃんも、全ての動きを失ってしまった。
一瞬、某吸血鬼の某メイド長でもないのに辺りの時間が止めてしまったような、そんな錯覚にとらわれる。
「…………えと、……いやー、さすがに私と幽々子さまじゃあ……勝負にならないかと……」
妖夢は困ったように、歯切れの悪い返事を返した。
ルーミアちゃんも、発言こそなかったものの、オロオロと可愛くまごついていた。可愛い。
多分、「発言しなかった」ではなく「できなかった」なんでしょうね。
「あらあら、随分と強気ねうちの庭師は。頼もしいことで」
「い、いえ!? 確かに幽々子さまのお力がすごいものだとは私も存じておりますが……!」
妖夢が慌てて取り繕う。
私は、生きている者が相手なら、瞬きひとつする間に簡単に絶命させられる能力 を持つ。
それ程の圧倒的な力の差……それは妖夢だってよく知っている。
だから決して、私の実力を侮ることはしない。
「ですが、こと剣術に関しては……言っちゃ悪いですが、経験に差が大きすぎるかと……」
「ふぅん……この西行寺幽々子も、舐められたものね……」
妖しく目を細めて、含みを持たせた言い方で言う。
妖夢の口から、「え?」驚いたように声を漏らす。
切っ先を突きつけたまま、我が実力を見くびる庭師風情に、不敵に笑みながら……それでいて優雅に、言葉を紡いでいく。
「妖夢……確かに私、あなたの前じゃあ一度も剣を手に取らなかったわ……」
「そうですね、改めて突きつけられて悲しくなりました」
「けどね……私が、妖忌にもお世話になってたってこと、忘れてない?」
「お師匠様から?」
私の言葉に、なにかに気づいたようにハッとする妖夢。
過去300年間、自分の立ち位置にいた先代の庭師の面影が、彼女の脳裏に蘇ったのだろう。
「よーき?」
そして、新出単語に首を傾げるルーミアちゃん。可愛い。
「あ、私の祖父です。そして、私の剣の師匠でもあります」
「よーむちゃんのおじーちゃん!?」
妖夢は、なにも知らないルーミアちゃんに説明してあげてる。
妖夢の祖父、ということにルーミアちゃんは大きくリアクションを取って驚いていた。
「じゃあ強いの!?」
「強いです」
「そーなのかー!」
感心したように、いつもの口癖が庭に響いた。
やっぱりその一言はルーミアちゃんのトレードマークみたいなもの。会った日には一度は是非聞いておきたい。
さて、閑話休題パート2。
「妖夢……私の言いたいこと、分かるわね……?」
ルーミアちゃんに向かい合う妖夢に声を掛け、再び私の方へと意識を戻させた。
私の言葉と、浮かべた真剣な表情に、妖夢は渋い顔をして思い悩んでいるよう……。
少しの間、深く思考を重ねる妖夢。
私も、彼女の思考がまとまるのを待った。
「……分かりました」
そうして、それなりに時間を掛け悩んだ末に……妖夢は答え、私に応えた。
妖夢はわずかに庭に足を進めると、私との距離を数メートルも保ったその場所で、持っていた木刀で構えを取った。
魂魄流の構え……ただ、いつも妖夢が行っている二刀流ではなく、一刀流の型で。
妖夢の手にある木刀は1本なのだから、必然そうなるであろう。
「ルーミアちゃん……ちょっと、離れてて……」
「あ、うん……!」
私は、妖夢が構えを取るのを見届けると、側に居たルーミアちゃんにそれだけ告げる。
ルーミアちゃんは私の言いつけを素直に守り、両手を広げながら10mほどの距離をてこてこ歩いて取った。
横目で歩く彼女を見送り終えると、安心して、今度は私が木剣を構えた。
右手を柄の先に持ち直し、左手を柄の端に持っていき、自身の正中線に剣を重ねるように構える。
剣術の基本の構え、中段の構え。
双方が同時に構えを取るなり、庭の空気がピリピリと張り詰めたものに変わった。
妖夢と私の間にはなにひとつ遮るものはなく、ただ互いの姿が見通せていた。
主従の関係であった私たちが、木刀とはいえ、こうして真剣に刃を向かい合わせる時が来るだろうと、誰が予想したか……。
遠くのルーミアちゃんが……完全に静止した私たちの様子を、緊張しながらもなにを期待するような眼差しで眺めていた。
風の音だけが静かに……大きく……耳に響いてくる。
「参りますっ!」
妖夢の声が合図になった。
声とともに、妖夢が踏み込む。
ダンッ、と地面を響かせて、彼女の体は私の方へ一直線、放たれた矢のように距離を詰める……!
「はあああああぁぁぁぁぁああああっっっ!!」
妖夢の気合の声が風の音を打ち消し、庭中に響き渡る。
けれど……側で妖夢を見てきた私は意図せず理解した。
その踏み込みが、いつもに比べてわずかにキレが鈍っていることを。
馴れた二刀の剣技でなく、不慣れな一刀による技だから?
違う、この子が優しく、そして忠誠心に溢れる子だから。
私の実力が自身が見積もったそれよりも低かった時……主である私を傷つけてしまう。そう心配して。
そしてこれは、真剣試合ではないたかが訓練。
だから手心を加えてしまったのだろう……。きっと、意識的ではなく、無意識に……。
やはりこの子は半人前。
そんなもの……時と場合によっては、侮辱にしかならないことを理解していないのだからっ……!
私は、普段は緩めている目尻を鋭く据え、高速に迫り来る妖夢の躯体を刮目する。
そして、手に添えた得物を掲げ……―――!
死符「ギャストリドリーム」
どかーーーーんっっ!!
おお〜〜〜っと! 妖夢くんふっとばされたァ〜〜!!
「ひゃぁーっ!? よーむちゃーーーんっ!?」
私は手に添えたスペルカード を掲げると、術の名を宣言。
聖闘士○矢、リン○にかけろで有名な車○正美先生の作品の主人公のように、技名を叫びながら符を握りしめた拳を思いっきり振り抜いて、
死の蝶を象った霊力を四方八方へと撒き散らすと、それに触れた妖夢の体はそりゃあもう派手に吹っ飛んだ。
これが漫画ならこのシーンは2ページ見開き、墨を飛び散らせたような迫力ある黒い吹き出しに「ギャストリドリィィィームッッ!!」とかあって、
妖夢は左上の方にぶっ飛んだ格好で写っていて、効果音はでかでかと「BAKCOOON!!」、そしてきっと私の眉毛は太くなっている。
空を飛ぶ妖夢の姿を、ルーミアちゃんが大そう焦った可愛らしいお顔で見送っている。
ちなみに私は「剣術でお相手する」とは一言も言っていない。
死符「ギャストリドリーム」……死の蝶を全方位に撒き散らし、相手の生命力を奪う私の得意な術のひとつ。
だからイメージとしては蝶に触れた相手の生命力を奪って干乾びさせたり、枯れさせたりと、相手を静かに死に誘うイメージと思われ。
けど萃夢想や緋想天(格ゲー)じゃ相手も普通にぶっ飛んでいたし、
妖夢の半分生きてる部分を死なせちゃうのもいやなので、みんなはゆゆちゃんが調整したのだと解釈しよう。そうしよう。
あとついでに、いまだかつてこんなポーズでギャストリドリームを放ったことは一度もないけど、まあノリでやっちゃった、えへっ♥
妖夢の体は空を飛び、その内どーん! その辺の桜の木にぶつかり、ずどーんッ! 大きな音を立てて落下した。
「よーむちゃん大丈夫っ!?」
地面で軽く痙攣して横たわる妖夢の元へ、ルーミアちゃんはトタトタと拙い足取りで慌てて近づいていく。
「分かったでしょ……私に剣術なんて必要ないってことが!!」
「そういう意味じゃないって言ってるんでしょうがぁぁああああッッ!!!」
私の言葉に反応して、妖夢はすぐさま地面からリザレクション。さすが、日ごろ鍛えている賜物、頑丈ね。
妖夢は割れた額から血をだらだら流しながら、駆け寄るルーミアちゃんが駆け寄りきる前にダッシュで私の元へと怒鳴って寄ってきた。
「えー、だって私、今でも十分強いじゃな〜い」
「強いとか弱いとかじゃなく心の修行です! こ・こ・ろ・の・しゅ・ぎょ・うっ!
幽々子さまはお師匠様からなに学んだんですかっっ!? なにが『私の言いたいこと、分かるわね……?』なんですかーーーっっ!?」
「んー。妖忌の時代からのらりくらりと相手を翻弄するあのテこのテ? なんだぁ伝わってなかったのね♥」
「あぁ〜……さっき一生懸命剣術は心だ、って話して聞かせたばっかりなのに〜!」
「あ、多分そこ聞き流したところだわ」
「ぎゃっふん!」
妖夢は、自分の先代である祖父に向けて、心中察します……と、血塗れの頭を抱えて呟いた。
先代の気苦労を労うその言葉は、祖父にだけ向けたものではない……現在の自分自身への気苦労に当てはめているとさえ思えた。
思えたけど、だが私は謝らない!
「うぅ……」
「だ、大丈夫!? ……わっ、と」
今の怒声に傷が障ったのか、妖夢は軽くふらついた。
そこに妖夢に置いて来られたルーミアちゃんが今度こそ追いついて、妖夢の体を支えようと手を伸ばす。
けれど支えるのが少しだけ間に合わず、ルーミアちゃんのお陰で減速はしたものの、妖夢の体はペタンと地面に座り込んでしまう。
「大丈夫です、このくらい……」
「そ、そお……?」
妖夢はルーミアちゃんにと返していたけど、額から血をだらだら流す姿を見ては、説得力のカケラも無い。
ルーミアちゃんも妖夢の言葉を信じきれずに、血だらけになった妖夢の頭を、ジッと眺めていた。
眺めていて……あれ? なんか前にも似たようなことがあったような……。
「あ」
思い出した。
私はあの時の構図と似ているこのシーンを見て、ついいたずらっぽく余計なことを口にするのだった。
「なぁに? あの時はほっぺだったけど、今度は妖夢のおでこにちゅーしてくれるのかしら?」
「んなっ?!」
「ふぇっ!?」
その一言に、ふたりは過剰に反応を見せた。
妖夢は、情けない自分の姿を思い返してか、血で真っ赤な顔を更に紅く紅潮させていく。
ルーミアちゃんもルーミアちゃんで恥ずかしく思うところがあるのか、同様に動揺してた。
「なななななななななにをををを……!?!?」
「なぁに〜? ふたりの関係のはじまりでしょ?」
「そーですね。勘違いした幽々子さまが余計にかき乱してくれやがりましたきっかけですねー」
満更勘違いでああいう仕込みをした訳でもないけど……妖夢はそう思い込んでるみたいで、そんな憎まれ口で返してくる。
まあその辺別にどうでもいいことだし、なので放っておくけど。
「だ、大丈夫だよ! 今はおなかいっぱいだから……!」
一方ルーミアちゃんはルーミアちゃんで慌てながら、もうしないと決意表明を返してくれた。
あの時はつい、魔が差しちゃっただけだから。
そんな風に言い訳してる子どもっぽい姿が、ちょっと可愛い。やっぱり可愛い。
「そ……」
本当はこのまま「もう唇まで重ねてるんだから大したことじゃないじゃない♥」と言って、
かつレイプ現行犯の証拠写真を提示したいところだったけど、
その私の思考を読んだ妖夢の殺気が尋常じゃなかったのと、写真を持っていなかったこともあり、やめておいた。
「私はてっきり、『よーむちゃんだけ特別な味がして美味しいの……』とかいちゃいちゃいしてくれるのを期待したんだけど♥」
「ぶふーーーッッ!?」
だから、妖夢が読んでない方のネタでいぢくることにした。
この西行寺幽々子を舐めなさんな。
「どうなの? ルーミアちゃんみたいな妖怪の感覚だと、特別な妖夢 の味って、味わいたいと思うものなのかしら?」
私もルーミアちゃんも、同じくいしんぼう同盟仲間だけど、食人な彼女の感覚をイマイチ理解できてない部分がある。
私は一通りのものは食べるけど、基本人肉は食べない。これでも元人間なんだから、食べると言っても人間の食べれる範囲で限定される。
一方、ルーミアちゃんは食人妖怪。妖夢も半分は人間なのだから、実質彼女の食料に分類される。
したがって、人肉なんて食べたいとは思わない私は、その点において彼女の価値観を把握することができない。
だからほら、吸血鬼が「君の血液は特別な芳醇さを醸し出すのさ、ベイビー」とか言う感じのを期待しているというか……あると思います。
「えっと……わたし、別にそんなこと考えたことないし……。
それに、前によーむちゃん食べた時は、ちょっとだったから味なんて分からなかったし……」
ルーミアちゃんは、少し困りながら私の問いかけに答える。
困り顔も可愛い。食べちゃいたいくらい。
もちろん比喩よ? いくら私がくいしんぼうキャラだって、妖怪を食する嗜好はないから。
……ちょっ、本気にしないでよ!? たった今人間の食べれる範囲限定って言ったばかりよ?!
まったく……夜雀ならともかく。
「あの……」
その時、ふと妖夢が割り込むように声を挟んだ。
血塗れの顔がさっきよりも赤く見えたのは、一瞬気のせいだと思ったけれど……すぐ、そうでないことを確信した。
「もったいないですし……。よ、よろしかったら……試して、みます……?」
「ふぇっ?!」
意外なことに、私の冗談を一番に採用したのは妖夢の方だった!
額の出血箇所を指差して、照れながらルーミアちゃんに提案……。
妖夢のヤツ……自分が「ルーミアちゃんの特別」という言葉に反応して、興味が湧いたのかしら?
それとも……ただ単に、キスして貰うのが目的?
普段ストイックな生活を送っているから、このテのことに興味は津々なのね。このムッツリめ。
「……良いの?」
ルーミアちゃんも、驚いたように、おずおずと静かに聞き返した。
まるで、なにか期待しているような眼差し。その期待が、はち切れそうなもどかしさを伴っている様子。
ルーミアちゃん自身……妖夢の……大好きなよーむちゃんの味を、改めて確認したいかのよう……。
「も、もったいないですし!」
妖夢は再び、言い訳じみた言葉をくり返し重ねて言った。
「もー、言い訳なんかしないで素直にキスして欲しいって言えばいいのにー。でこちゅーどころかもう口と口で―――」
「黙れ亡霊」
妖夢におこられた。
「うん、じゃあ……よーむちゃんの味、味わっちゃうね……!」
「がはッッ!?」
ルーミアちゃんが頷くと、妖夢のダメージが増加した。
別に他意もない言葉通りの言葉に妙なニュアンスで受け取ったのだろうか、妖夢の額の出血量が著しく増量してた。
まったく、このムッツリは、一体どんなニュアンスで受け取ったのかしら?
そしてルーミアちゃん、ピュアさは凶器になるんだからね。よく覚えておきなさい。
「じゃあ……い、いくよ……!」
ルーミアちゃんは、一度妖夢の前に回り込んで……そっと、妖夢の肩に手を添えた。
膝を曲げて、地面に腰を下ろしている妖夢の頭の高さに、自分の顔の高さを合わせる。
丁度向かい合う形になって妖夢の顔を見つめると……頬を染めて、一度ゴクリと喉を鳴らした。
美味しいものを前にして喉を鳴らした感じじゃなくて……すごく、緊張してる様子だった。
妖夢は、恥ずかしさに耐え切れなくなったようで、ルーミアちゃんから視線を外した。
妖夢の頬の赤さは、出血のせいだけではないと断言できる。
「いただき、ます……」
静かに告げた小さな唇が、ゆっくり、妖夢の額に近づいていく。
おずおずと、ぎこちない様子で……その初々しさが、見ていて愛らしい。
その様子を遠くから眺める私も、この時ばかりは言葉を失ってしまう……。
そして……
がぱっ……
「…………は?」
そしてルーミアちゃんはちっちゃなお口を、まるでワニか何かの肉食猛獣のようにでっかく開けて、
がぷっ……
妖夢の頭半分を丸ごと覆う形でかぶりついた。
「…………」
「…………」
ちゅー、ちゅー、ちゅー。
……なに、このギャグ描写?
むしろ猟奇シーン?
私はてっきり、少女マンガさながらの、ほのぼのふわふわで、毛玉っぽいトーンが回りに浮かぶ、
ラブラブ乙女チック空間が広がると思っていたのに……期待した結果がこれだよ!
そして忘れてはいけない、この子は今、笠にサングラスと言う奇抜なファッションをしているのだ!
ああ、もうだめ、耐え切れない!
ここまでのロマンス溢れるやり取りの最中、私は脳内フィルターでなんとかサングラス笠地蔵装備外して眺めてきたけど、
このギャグ描写に至って、とうとう脳の負荷が耐え切れずフィルターが外れた。
シュール!
まさにシュール!
ああああっ……!? 妖夢の見えてる残り下の半分の顔がげんなりしている!
私とおんなじがっかりな気持ちになっているになってるのが、見えてる顔半分から如実に伝わる!?
「でぃ……ディープなでこちゅーよ! これは!!」
「…………」
がんばってフォローしてみたけど妖夢は黙ったままなにも答えてくれない。
だけど見えてる下半分の表情が、フォローなんかされると余計惨めに感じます、なんて私に訴えかけていた。
ごめんなさい。
「ぷはーっ……!」
しばらくして、ギャグシーンを終えたルーミアちゃんは、かぶりついた妖夢の頭から口を離した。
妖夢の頭は、上半分がなくなってるというホラー映画真っ青な残虐シーンはなかったけど、ただ頭が唾液でべったり。
くわえられていた境目の部分、丁度妖夢の目と鼻の間の高さには、頭部を横一直線に一周する形でキスマークが走っていた。
マークって言うより最早アザ。
私、頭のど真ん中に、赤道みたいにライン引きされたキスマークなんて、はじめて見たわ……。
「ど……どうだった? 妖夢の味は?」
必至で場の雰囲気を取り繕おうと、私は聞いてみる。
折角お膳立てしてあげたつもりだったのに、ここまでの期待ハズレはさすがに想定の範囲外で、
この西行寺幽々子ともあろうものが、珍しくどもってしまった。
それほどこの子は読めない!
け、けど大丈夫!
さっきまで食人妖怪のように大きく広がっていたお口も、元のちっちゃな可愛らしいお口に戻っているし。
笠とサングラスは、また脳内フィルターで外して妄想すればいいわ!
ほら、心と心が通じ合ってる時って、なぜか不思議空間で裸で漂う演出があるじゃない! ガ○ダムとかで!! そんな感じでイメージして!!
そんできっとここからはルーミアちゃんが顔を赤らめて口に手を添えながらモジモジして「ん……よーむちゃんの味……した……」と言って、
百合シーン大好きな読者のみなさまに芳しい百合色の妄想を掻き立てさせてくれると、西行寺のゆゆちゃんは信じてる!
さぁ! ロマンティックに!
カモン、ロマンス!!
GO、ルーミアちゃんっっ!!
「……うす味」
……信じた期待は裏切られて、それは淡白に言い放たれた。
薄いのかよ!!!
心の中で私は、ちゃぶ台をひっくり返しながら言った。
あー、妖夢って人間の部分は半分だけだものねー。その分味が薄かったのかしらー?
ルーミアちゃんの発言に、試食されたご本人が若干ショックを受けている様子だった。
私もショックだった。
「あ! でも独特の風味があって、他にはない美味しさがあるってことよね?!」
「お肉はもっとこってり味が濃いほうが、わたし好き」
ずばーん。
無垢な少女は、妖夢の必殺・未来永劫断も真っ青な勢いで私のフォローをバッサリ真っ二つ。
妖夢もショックのあまり、背景に闇を操ってるかのような重苦しい空気を背負ってしまった。
いつの間にお互いの得意技を身につけてたんだろう。本当に愛し合っているのね、その愛でお互いを傷つけ合わないで!!
「あんまりおいしくない」
もう十分追い詰められた妖夢に、更なる追い討ちの言葉が放たれる。私泣きたい。
もうやめてルーミアちゃん! 妖夢のライフポイントはゼロよ!!
「だからよかった」
「「え?」」
そこまで貶しておきながら……彼女は不意に、満面の笑みを浮かべた。
「だって大好きなよーむちゃんのこと、食べたいなんて思わなくて済むんだもん♥」
その一言で……真冬のような寒さを携えていた空間が、一気に春を取り戻した。
妖夢の、血の拭われたはずの顔も、真っ赤に染まっている。
「そっ、か……」
私は、その一言を言うので精一杯だった……。
……本当に、読めない子。
私は……改めて、この「闇を操る程度の能力」を持つ宵闇の妖怪に、心の内で感嘆の声を上げる。
だって、どんなに暗いムードになったって、無垢な心はその闇を操り、場をたちまち明るくロマンティックに変えちゃうんだから……。
「じゃあルーミアちゃん、練習続けてて……。私は、妖夢を介抱してくるから」
「え? じゃあわたしも……」
「んー、大丈夫大丈夫。包帯巻いたらすぐ戻ってくるから。ゆゆちゃんにお任せよ♥」
私は、手に持っていた木刀をルーミアちゃんに手渡すと、お稽古の再開を促した。
やや強引に、押さえ込むようにルーミアちゃんの言葉を遮る。
ルーミアちゃんはちょっと納得の行ってないようだったけど、私のペースに乗せられて、結局は大人しく稽古を再開した。
私は妖夢に肩を貸して体を起こしてあげると、傷を手当てするため、屋敷の中へ歩みを進めた。
玄関から靴を持ってくる時間を惜しんでまで欲した彼女の時間を手放して……。
そう、本当ならルーミアちゃんの希望した通り、ルーミアちゃんも一緒について来てくれるのが私のベターなんだけど……。
……だって、これは仕方ないわよね?
「今、距離取って頭冷やさせなきゃ……この子、出血で死んじゃうじゃない……」
妖夢の動悸を激しくさせている原因ちゃんには聞こえないように、ボソリと独り言を呟いた。
その至近距離独り言すら耳に届かない程紅潮して固まった妖夢の頭からは、激しくなった動悸で、トンでもない速度で血が噴き出していた。
「それじゃあね、よーむちゃん、ゆゆちゃん。」
夜、みんなで夕ごはんを食べ終えると、とうとうルーミアちゃんとのお別れの時間がやって来る。
太陽は沈みきり、宵闇の少女が自由に飛びまわれる暗さに世界は覆われている。
名残惜しいけど、楽しかった3日間のお泊りはもうおしまい。
けど大丈夫、ルーミアちゃんはまた来てくれるから、これが最後って訳じゃない。
現在、玄関で私は妖夢と並んで、彼女をお見送り中。
当たり前だけど、ルーミアちゃんはあの奇抜なサングラス笠地蔵ファッションを取り払い、元の可愛らしい姿に戻っている。
別れの間際ぐらいしっかりキメられて、ゆゆちゃんとしても一安心。
ただひとつだけ、木刀を所持しているという点だけは、さっきと同じだったけどね。
「ふふっ、今回は私もいっぱいお話できて楽しかったわ。またいっぱいお喋りしましょ」
「うん!」
「次は……そうね、2週間! 2週間でお仕事全部終わらせちゃうから、その時にでもまた来きなさいな」
私は指をVサインのように2本立てて、ルーミアちゃんに突きつけてみせる。
ルーミアちゃんは、私の宣言を頼もしく感じたのか、感心したように目を輝かせて、もう一度大きく「うん!」と頷いてくれた。
「それからよーむちゃんも……」
ルーミアちゃんは、今度は視線を隣の妖夢に移す。
見詰め合うふたり。
明らかに、私に向けていた瞳と質が違っていて……ちょっと残念だけど、それでいて心が温まるようで、
「いえ……。私も……出迎えてもらえて、嬉しかったです……」
「えへへ……♥」
背中かゆい。
「ところで……木刀、ほんとうに貰っちゃって良かったのかな?」
ルーミアちゃんが練習の時から使っていた木刀は、今はひもで縛って、彼女の背中につけている。
強さとは努力の数にイコールする、と豪語する妖夢の方針上、会えない間の練習用の木刀は必然必要となる。
だから、木刀を彼女に差し上げることにしたのだ。元々私のものなんだし、その私が許可したなら問題はないでしょ。
「ふふっ、良いのよ、どうせ使ってなかったし」
「あははー、使えよこのくいしんぼう主人め」
妖夢が笑顔で辛辣な言葉を吐くけど、聞き逃したことにする。
「それとこれを……」
「これは?」
妖夢はルーミアちゃんのちっちゃなお手てに、巻物をひとつ手渡した。
「練習のメニューと、構えのコツなど、昨日今日で教えたことが書いてあります。分からなくなったら見直してください」
「わぁ! ありがとー」
受け取ったルーミアちゃんは、にっこりと満面の笑み浮かべる。
ちょっとツボった。
けど妖夢はもっとツボってた。顔を真っ赤にして悶えそうになっていた。
落ち着きなさ〜い、また出血激しくなるわよ〜。
「あれ? けど妖夢、指南書なんてあったかしら?」
私はふと気づいて、問い掛けた。
妖忌がそんなもの残していた記憶はないし、彼の方針を考えれば、書など通さず全て体で覚えさせそうだっただから。
それとも、私が知らないだけで、実は作っていたのかしら?
「え? ないですよ? お師匠様がそんな気の利いたもの残しておく訳ないじゃないですか。
だからルーミアさんが寝てる内に簡単に私が作っておいたんですよ」
しれっと、まるでなんでもないことのように妖夢は言った。
……ってことはつまり、
「妖夢の手作りっ!?」
「よーむちゃんのてづくりっ!?」
「え? え、ええ……そうですが……」
「手作りのプレゼントっ!?」
「そーなのかー!?」
「特別なプレゼントっっ!!」
「わー! そーなのかー!!!」
「初めてのプレゼントが手作りッッ!!」
「えへー♥ そーなのかー♥♥」
「強調しないでください! 連呼しないでください! 恥ずかしいですっ!!」
そうして、宵闇の太陽は、この白玉楼に短い春を与えて、また闇に消えていった。
ほんのちょっとの間だったけど、極上の「良いこと」だったと断言できる。
明日からまた忙しくなるけど……今日までの恩恵に報いて、やってやろうじゃないのさ。気合が漲る。
正直、どのくらいの仕事の量が来るのかまだ分からないけど……約束しちゃったし、なんとしても2週間で終わらせなくちゃね。
「ふぅ……予定、変更かしらねー……」
「予定? 明日からのことですか?」
「ま、私の夢は放っておけば叶うみたいし、ひとまず安心かしら?」
「はい?」
両手を広げながら、夜の闇に霞んでいく小さな背中を眺めながら、ぽつり独り言。
「まー、ちょっと考えてたのと違う形になっちゃうけど、それもしょうがないわよねー」
「あの、幽々子さま? 一体なにを仰って……?」
「ルーミアちゃんを養子に取るの、悪くないと思ったんだけど」
「って、養子計画まだ諦めてなかったんですか……」
このふたりが今後どうなるのか……私はふたりに選ばせるつもりだった。
どっちにしたって、ルーミアちゃんは私の妹ポジションに落ち着いてくれそうだし。
選んだ関係を、軽くからかいながらも応援するつもりだった。
「うん、妖夢がもう一員なら、魂魄でも大丈夫よね」
「あの、幽々子さま……頼むから私にも分かる言い方でお願いします……」
「ん? 別に独り言よ、独り言。楽しみだな〜、って」
「はあ……? 一体何が楽しみだって言うんですか……?」
「なにって……」
けど……こりゃ選ぶまでもなく決まりかしら?
だって無理でしょ……?
妖夢、あなた確実に……あの太陽ちゃんに焼き尽くされるから。
「魂魄ルーミア」
私は、"さいぎょうじけ"の結成が叶う日を夢見ながら、きっと未来そうなるであろう名字を手に入れた彼女の名前を告げると、
未熟な妖夢は再び盛大に噴き出して、激しくなった動悸が、彼女の額に巻かれた包帯をまた血で滲ませるのだった。
あとがき
おかしい……最初はギャストリでドーンする幽々子さまを書こうとしただけなのに、
なぜこんなにボリュームが膨れ上がってしまったのだろう……?(ぇ
そんな訳で「みょんミア!」シリーズ第4弾です。えー、なんなんでしょうこの話は……?(ぇー
「みょんミア!」と銘打っておきながら、百合っぽくなく、甘くもない、むしろみょんミアでもない、幽々子さま主役のギャグSS。
なんかもうギャグに走り過ぎました。素晴らしき詐欺ですね、ごめんなさい(笑
もう「みょんミア!」シリーズの主役はゆゆちゃんじゃないかと思う出張りっぷりに、作者本人が頭を悩ませています。
長期プランで連載考えるからこんな日常パートみたいな作品が出来上がってしまいました……。
けど、「不完全燃焼は体に毒」とのアドバイスを頂きまして、もう作りきってから悩むことにしました。
まあ、日常パートはもうちょっとみょんミアのラブラブの土台練ってからやればよかったかなと思わなくもないのですが、
ただ、ルーミアの剣術設定付加と、永琳さん特製・日焼け止めクリームは時間経過がキモとなるので、
早い内にやっておきたかったというのがありましたので。
まあ色々と思うところはありますが、それでも精一杯盛り込んだ妖夢とルーミアのラブラブさを、
第三者視点からのみょんミアとして堪能してくれる、上級読者様の方が居てくだされば超・幸いです(笑
ところで、今回書いていて気づきました、きっと「みょんミア!」シリーズのテーマって「台無し」だと思うんだ!(爆
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