「いただきます」「ごちそうさま」
 さわやかなごはんの挨拶が、澄みきった夜空にこだまする。
 閻魔様に転生や成仏を命じられた幽霊たちが、今日も生前の罪を洗い流した無垢な姿へと浄化され、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包んでいたのは、白い色の死装束。
 着物の裾は乱さないように、頭の白い三角の布は翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
 もちろん、ご飯が早く食べたくて走り抜けるなどといった、はしたない亡霊など存在していようはずもない。
 だってほとんど霊魂(=「気」の塊)になっちゃってるもの。

 白玉楼。第百十九季の春に初登場のこの屋敷は、冥界に駐留する幽霊たちを、管理するお嬢さまのお屋敷である。
 冥界下。日本屋敷の面影を未だに残している桜の多いこの屋敷で、お嬢様に見守られ、朝から晩まで霊魂たちが冥界を賑わす死者の園。

 時代は移り変わり、「東方○○○」の後ろ3文字が妖々夢から4回も改まった地霊殿後の今日でさえ、
 (萃夢想、文花帖、緋想天は○.5扱いなので数に含めてはいない)
 ご主人様の「死を操る程度の能力」に掛かって死ねば成仏できずに冥界を賑わす、という仕組みが未だ残っている賑やかなお屋敷である。

 私―――、西行寺幽々子はそんなお屋敷の女主人である。
 ハッキリ言ってえらい。
 すっごくえらい!
 私の持つ能力を見込み、地獄の閻魔様が直々に冥界の霊魂の管理を任せてくれたほどなのです。

 例えば……満開の桜を前に花見を行う際、他の下賎な何者をも差し置いて絶好の位置を陣取りながら、
 引き連れた少数の護衛兵のみで独占し、更に部下たちにさえ桜の恩恵を享受することを禁じさせ、常に我が前に平伏させる。
 唯一自分だけが豪勢な料理を味わい、貴重な銘酒を嗜み、絶景の桜を味わう……そんな贅沢さえ許される絶対的な立場に、私は居る。

 したがって、どこぞの貧乏神社の脇出し巫女よりも、
 どこぞの黒い泥棒魔法使いよりも、
 どこぞの吸血鬼の忠犬メイド長よりも、
 断然強いしえらいのである。
 スペルカード戦という幻想郷独特かつトレンディなルールで戦ってなかったら絶対勝ってた、間違いない。

 だから当然……いっつもふわふわふよふよ漂う生活を楽しむ宵闇の妖怪よりも、やっぱり断然えらいのである。
 そんな私は今、


「ごめんなさいっ!」


 目の前にちょこんと正座で座るその宵闇の妖怪に、2度目の土下座をして差し上げるのであった。






 

みょんミア

西行寺幽々子はお困りに








 その日、私はある重大な任を妖夢に命じた。
 あるものを完成させるため、必要な材料を全て集めよと。
 しかし、完成に必要なものは幻想郷中の各地、ありとあらゆる場所に散らばっていて、
 妖夢には冥界中だけでなく、現世に及ぶまで駆け巡ることを強いることとなる……。

 大変なことだとは分かっていた。しかしそれでも……私は妖夢にその命を下した。
 どうしても……「冥顕全席」を完成させなくてはならなかったから。
 その熱を例えるなら、どんな春になっても決して咲くことのなかった我が家の妖怪桜「西行妖」の満開を望んだ時と同じくらいに匹敵する。
 それを完成させることは、私に架せられた重大な使命……天命であるとさえ信じて疑わなかったから……。

 「冥顕全席」。
 それは……冥界のごはんと現世のごはん、それぞれ各名所の名物・珍味から選りすぐったメニューを取り揃え、
 宴席にて数日間かけて100種類を超える料理を食べる、宴会様式の冥界と現世のコラボレーション料理なのだーッ!(どどーん!)←SE


 事の起こりは昨日。前々から読み進めていた「冥界道中膝栗毛」という書を読み終えたことに端を発する。
 「冥界道中膝栗毛」は、冥界の各所を巡り歩いたとある亡霊が、その道中の出来事を記した道中記である。
 ただ、作者の亡霊はなかなかの食通で、書の中では訪れた冥界各地の名物・珍味など様々なごはんを紹介してくれた。
 じゃなきゃ私はこの本読んでない。世界の合言葉はごはん!

 書の最後に、筆者は紹介した冥界各所の名物・珍味を全ての一緒くたにまとめた料理を……否、冥界だけではない、
 筆者が生前に食べた幻想郷中の名物・珍味をもまとめた、究極のごはんレシピを記していたの!
 「冥顕全席」、まさにその名の示すとおり冥界と顕界(現世のこと)の料理の集大成!!

 筆者は、その偉大なるレシピを「私の妄想」と記し筆を終えていた。
 死んだ者が現世に舞い戻るなどできず……ゆえに冥界と現世の食材を揃えることで叶う冥顕全席の実現は不可能。
 叶わないからこそ、最後のお遊び程度で入れたオマケだったという……。
 ……もっとも、それもつい最近までの話!

 そう! 今や冥界と現世の境界はゆるゆるになってるのよ!
 幽霊だって結構現世に行っちゃう昨今!
 そのタイミングで偶然にも私がこのレシピを見つけた……この偶然を運命と言わずしてなんというの!?
 天が、私に食せと、そう天啓を下したと確信した! 勘違いでもこの際関係ねぇ! だって食べたかったんだもん
 なのでその日の夕ごはんの内に、私は妖夢に材料を調達するようお願いした。


 結果……さっきも言ったけど、妖夢には大変な労力を強いることとなった。
 そりゃそうよね……冥界と現世の両方で、100種にも及ぶ名所から食材をかき集めてくるんだから……。
 ……なのに妖夢は、いやな顔ひとつ浮かべずに、その明らかに大変だろう任をふたつ返事で引き受けてくれた。
 普段なら「またごはんですかこのくいしんぼうめ」と明らかに言いたげな呆れた瞳で私のことを眺めるけど(眺めたところでやらせるけど)、
 今回はそんな素振り微塵も浮かびもせず、快く了承されたのだった。

 その肩透かしをさすがに不思議を感じて、聞いてみた。
 そしたらあの子……


『予感がするんです……。お仕事頑張ったら、明日にでもご褒美にまた彼女に会えるんじゃないかなって……そんな予感』


 なんて、照れながら笑っていた。

 根拠の理由は簡単。おみくじで大吉が出て「待ち人、もうすぐ来たる」、「仕事に励めば願いは叶う」と出たから、らしい。
 それだけじゃない。あと茶柱が立ったとか。
 ついでに卵を割ったら黄身が2個出てきたとか。
 庭掃除の時、幸運のクローバーを見つけたとか。
 物置の掃除をしたら幸運のツボが見つかったとか。
 etc……。
 ……なんて単純な。
 そして幸運のツボは全くのデマ。だって私が妖夢からかうのに用意した幾百の伏線のひとつだったから。

 あ、あと昨日永遠亭に行った時、幸運うさぎに会ってきたとも言っていたっけ……。
 ……ああ、あのうさぎの能力ならありえるわね。確か「人間を幸運にする程度の能力」だっけ?
 あの子も半分は人間だし、半分はその恩恵に預かれるはず。
 というか、私も含め幽霊・亡霊になる前は人間なんだし。
 そう考えれば、幽霊も元人間=幸運にされる対象に該当されるはずだから、半人半霊はしっかり幸運に巡り合えるはずよね。
 よし、今度元人間(現亡霊)の私も試してみよう、おいしいものいっぱい食べれるゾ


 そういった訳で、妖夢は保証もなにもないただの予感を真っ直ぐに信じ、今朝から一生懸命材料を集めに幻想郷中を駆け回っている。
 明日にでも訪れる気がする、大好きなあの子を迎え入れるため……。
 絶対に明日の夜までに食材を集め終える、心に決めて……小さな予感を、ただ純粋に信じて……。












 で、


「えへー


 その「大好きなあの子」が、予想よりも1日早く目の前にいることに、西行寺幽々子は大変困っております。


「……なんで今日来ちゃったの?」

「よーむちゃんに会いたかったからです!」


 冥界の日がすっかり沈みきり、闇が景色を支配して、夜と呼ばれる相応しい時を迎えた頃、
 私はちょっと前に夕ごはんをいっぱい食べたおなかを抱えながら、客間でちょこんとお行儀良く正座をしている少女と向かい合っていた。
 妖夢の大好きな待ち人、宵闇の妖怪ルーミアちゃんその人である。
 まだちょっと幼さの残る少女は、まるで「この問題分かる人」と言った先生に挙手して答える低学年の生徒ように元気良く答えてた。
 普段敬語も礼儀も気をつかうような子でもないのに、妙に礼儀正しく対応できてるのは、うちで過ごした2週間で仕込んだ教育の賜物か。
 ……それとも、私が相手だから、かしら? 初対面の時権力で圧迫したし。


「いやー……なんで、って、そこ聞いてる訳じゃなくて……」

「わん?」


 求めたものとはちょっと違う返答に頭を抱える私に、ルーミアちゃんはよく分からないといった感じで首を傾げる。
 いつもはしている犬扱いは今日まだしていないのに、返事は「わん」だった。

 ……失敗した。
 まさか妖夢と入れ違えでルーミアちゃんがうちに来ちゃうなんて……。
 心の中で、激しく後悔の念を浮かべる。

 ハッキリ言って、「冥顕全席」と「ルーミアちゃんを前にした妖夢」だったら、後者の方が断然オイシイのだ。ネタ的に。
 だってあの生真面目妖夢が、ルーミアちゃんの前では顔中ゆるゆるにして……くくくっ、思い出しても私の顔の方が緩んじゃう。

 それだけに惜しい! 本っ当〜〜〜に惜しい!!
 よーむちゃん、あなたの予感バッチリ当たりましたよ!
 おみくじもジャストミートに待ち人すぐ来ちゃったわよ!
 だけど早いのっ! はーやーいーのーっ!
 あと1日ズレたら完璧だったじゃない!!
 すっごくドラマティック&ロマンティックだったじゃない!!
 なのになんでここまで来てタイミングずれてるのよ!? ダメじゃん!! 全ッ然ッダメダメじゃん!!

 はぁ……どーにも妖夢ったら、ドラマティックとかロマンティックとかに縁がないのよねー……この間もムード台無しにしてたし。
 出かける前、「案外現世の食材を調達してる時に会えるかもしれませんしね」なんて、「幸運」をそういう方向にも期待していたけど、
 肝心のお相手が冥界に来てしまった以上、その芽だって完全に摘まれてしまっている。
 だから妖夢もわざわざ"夜を挟んで"現世の食材を調達しに行ったのに。
 あの妖夢が……。

 だってのに、私が頼んだタイミングで見事にブッキングするなんて、もーあまりの縁のなさに、自分のことでもないのに頭を抱えてしまいます。


「えーっと、とにかく……」

「……?」


 目の前のまだ幼さの残る少女は、苦悩する私の様子を不思議そうに眺めている。
 今も妖夢との再会できる楽しみをその胸に抱いたまま。
 その機会を奪った……私を前にして。


「ごめんなさいっ!」


 そうして、今に至る。












「ふぇ? はぇ? ほぇ?」


 冥界の管理職やってるえらい人にお詫びの土下座をされて、たかだか一妖怪の少女は困惑の声をあげていた。
 顔を伏せているから、今ルーミアちゃんがどんな顔しているのか確認は取れないけど、
 なにに対しての謝罪かを告げぬままの土下座をしたので、彼女の頭の上にはハテナマークが3つくらい浮かびながら、
 おろおろした顔を浮かべているだろうことは容易に想像がついた。

 確かに、言ってしまえば今回のことはタイミングが悪かっただけで、誰が悪いというものではない。
 けれど、昨日の内に私が食べたいなどと言わなければ、こんな行き違いは起こらずに済んだのだ。

 私は、非っっっ常〜〜〜〜伝えにくい事実を伝えるべく、覚悟を決めて土下座の姿勢から顔を上げた。
 大丈夫。長年管理職やってりゃ、こういう自分に非がない時でも頭を下げるなんてこと何度もあったわ。
 だから慣れっこ。

 けれど顔を上げきれず、わずかに視線を伏せたままになってしまう。
 黒いスカートの越しの揃えた膝と、そこに乗っかっている小さな手が私の目に映っていた。


「私、妖夢にね……ちょっと重要な仕事を頼んじゃって……妖夢、今日は帰って来れないの」


 重要なのは本当のことだ。(断言)


「……え?」


 小さな声が漏れた。
 恐る恐る、下を向けていた視線をゆっくりと上げていく。
 膝を覆ったスカートから黒いベストへ視線が移り、そのまま胸元にある小さなボンボンついた短い紅いタイへ。
 タイの結び目と白いブラウスの襟へ、そしてその上の幼さの残る顔へと順に映像が切り替わり……

 ……ああ。本当に……この子は素直で、直に感情を表に出してくれる。


「そうなの……?」


 土下座する直前までは確かに爛々と輝いていた笑顔が、凍りついているのを実感した。


「本当にごめんなさい……」


 少女の顔を見届けて……もう一度謝罪をくり返してしまった。
 胸が痛みに耐えかねて、その痛みを少しでも和らげたくて。
 こんなこと、仕事では慣れっこだった。
 ……仕事ではなくプライベートで、好意を寄せている相手にそれをするってのが……なかなかなかっただけ……。


「ううん、わたしがツイてなかっただけだよね、あははー」


 私の謝罪が、思わず場の空気まで重くしてしまったのだろう。
 彼女はそんな重苦しさを察し、解きほぐすつもりで、なんでもないと明るくおどけて応える。
 ……けど止めて欲しい。
 作り笑いって言うのは、私くらい演技が手馴れるようになってから実践で使うもの。
 そんなボロボロな作り笑い見せられると、こっちの方が辛くなるから……。


 運というものは、得てしてタイミングというものも含まれる。
 同じ「当たり」でも、来て欲しいタイミングに来るか、来ないかで、幸運も不運もあっという間に逆転するもの。

 例えば、誰がお土産でおまんじゅうをくれたとして、絶対的な主観として「貰えた」ならばツイているはず。
 ……けど、その前にもうおやつをおなかいっぱい食べていたとしたら……どう?
 お土産を持ったお客様が突然来る前に、おまんじゅうと同じ甘味物を既に飽きるほど平らげていて……
 更に頂いたおまんじゅうの賞味期限が今日までときたら?
 どんなに「当たり」が来ても、タイミングがずれたらそれは「幸運」ではない。
 むしろ「当たらなければ良かった」という悔しさだけを残す、「不運」へと変わる。

 そういう意味で、この「幸運」はどうしようもなく「不運」……。
 私は、妖夢に期待させたおみくじや、茶柱や卵、クローバーに、あと永遠亭のうさぎに、
 逆恨みであろうとも負の感情を抱かずにはいられなかった……。


「妖夢に会えないんじゃ仕方ないしね……今日はもう帰りなさい」

「やだ」


 即答だった。


「……え?」


 私は至極当たり前のことを提案したつもりだった。
 けれど目の前の妖怪は、それを強く、即座に跳ね返した。
 あまりにも想定外の不意打ちパンチに、私は小さく声を漏らして、一瞬固まってしまう。


「お腹、空くわよ……?」


 冥界の食事は、生者には栄養にならない。
 それさえなければ、私だって明日までこの子をここに引き止めている。
 妖夢が大切に想ってる相手なんだから。そうでもなくも、私にとって大切な客人でもある。
 たった1日あれば、ふたりはまた再会できるのだから、主である私が、直々にこの白玉楼に留まることを許す。
 けどだめなのよ……。

 そんな大切な相手なら尚更…………ごはんを抜くなんて目に遭わせられる訳ない!!(どどどーん!
 だってご飯を抜くなんてそんなの拷問! 幽々子は耐え切れません!! うー考えたくない考えたくない……。

 そしてこの子は、私と「くいしんぼう同盟」を組んでもいいくらいにごはんを愛してる! ……と私は踏んでいる。
 食に対する情熱は恐らく私と同等ぐらい。凌がれてるとは思わないけど。
 そのくらい、ごはんが大好きな子だ。
 そんな子が、


「がまんする」


 言って、またも強く、私の言葉を跳ね除けた。


「だってよーむちゃんに会いたいんだもん……!」


 膝に乗っけた手をぎゅっと握り締め、歯を食いしばり、じっとなにかに耐えるように……小さな少女は口にした。
 ……なんて健気だろう。
 私と同じくらいごはんを大切にしているだろう子が……そのごはんを抜いても会いたいと言うのだ……。


「夜は長いわよ?」

「がまんする……」

「明日のお昼か……もしかしたら夕方まで掛かるかもしれないわよ?」

「がまんする……!」


 同じ言葉だけがくり返し返ってくる。けれど意志だけは強くなるのがヒシヒシ伝わる。
 目をわずかに潤ませてさえいるその姿を前に……私は観念するようにひとつ、大きく息を吐いた。
 聞き分けのない子どもに頭を痛めるような苦悩の気持ち、ではなく……健気過ぎる少女の気持ちが痛いほど伝わってきて。
 敵わないと思い知らされて。


「本当に妖夢のこと好きなのね……」

「はぇ?」


 重苦しい気持ちでいっぱいのはずなのに……迂闊にも、顔が緩んでしまった。
 「大好きなあの子」に、こんなにも想われてる妖夢に、ほんのちょっぴり妬けてしまう。


「妖夢のこと、好き?」


 私の表情は、いつの間にか穏やかな微笑みに変わっていた。
 そうして、野暮なことをつい問い掛けてしまった。
 その、分かりきっている答えを期待して。


「うん!」


 さっきまで泣きそうだった顔が、笑顔で頷く。
 辺りを包んでいた圧迫するような空気さえ、その笑顔の前に穏やかなものに変わっていく。
 その仕草だけで伝わってしまう、彼女が……ルーミアという少女が、どれだけ妖夢を想っているか。


「どのくらい?」

「好きー!」

「具体的に……」

「大好きー!!」


 ……これで会話が成立すれば文句はないのだけど。


「ええっと……例えばどんなところが好きなのかなー? って、幽々ちゃん聞きたいんだけどー」


 少し困りながらも、笑顔を取り繕いつつ、ちょっと詳しくして聞き直してみる。
 すると今度は私の意図が通じたみたいで、しっかり答えてくれた。ちょっと安心した。


「えっと……カッコいいところと優しいところ! それからすっごく頼りになるところ!」

「へぇ、カッコ良いで頼りになる、か……」


 ルーミアちゃんは、直前の涙を溜めるほどの切なさなど忘れてしまったかのように、目を再び輝かせて、嬉しそうに口にした。
 カッコいい妖夢の姿を思い浮かべたり、褒めて貰えたり……それだけできっと、ルーミアちゃんは嬉しい気持ちに浸れるんだろう。
 それほど、妖夢が好きなのね……。

 けれど私は……その答えを聞いて、正直、ちょっと笑いが込み上げてきそうになっていた。
 だってあの妖夢を、ルーミアちゃんは本気でそう思い込んでいるんだもの。

 確かに妖夢は剣の腕は立つけど……まだまだ半人前で、中身は頼りないお子ちゃま。
 頭が固くて思い込みが激しくて、いっつも必死な割に空回りの墓穴堀まくり、半分幽霊のクセに暗いのや怖い話が苦手で、
 からかったらすぐに動揺するし、意地っ張りで頑固だから隠そうとするけど、
 その時は"みょ"とか"みょん"とか噛み噛みになっての「みょん語」(←幽々子作の造語)が出てきて動揺バレバレ。

 私から見れば、カッコ良いもすっごく頼りになるのカケラもないそんな妖夢にだ、ルーミアちゃんはなんら疑いも持たずに尊敬の眼差しを向けている。
 妖夢のヤツめ……普段頼られ慣れてないからって、ルーミアちゃんの前では背伸びしたいのねぇ……。
 一体どれだけ自分を偽ってきたのかしら?
 これはもうルーミアちゃんが詐欺にあってるとしか思えない。
 今度閻魔様に詐欺罪で裁いてもらうよう告訴しなきゃいけないわね。

 だけど、目の前の子が本当に目を輝かせる姿を目にしてしまっては……さすがに夢を壊すわけにもいかないと、笑いは頑張って堪えた。
 ……ま、優しいのは本当だしね。

 ただ……笑いを堪えた代わりに、反面、思い浮かべた妖夢の強がる姿にからかいたい衝動は抑えきなくなった。


「すごいわねぇ、愛のパワーって  あの子も暗いの苦手なクセに、ルーミアちゃんのために夜出歩くようになっちゃうんだから」

「え……?」


 そして抑えきれず、口からとうとうからかう言葉がこぼれてしまった。

 妖夢がこの場にいたら、茶化すように付け加えた「愛」という単語に絶対ツッコミを入れてる。
 そう分かっていて、あえて誇張したんだけどね

 ルーミアちゃんは暗いところは大好き、明るいところは大の苦手な宵闇の妖怪ちゃん。
 そんな基本暗闇の中でしか活動しないルーミアちゃんのお世話のため、妖夢は何度も苦手な暗闇の中にGOしてた。
 今回の食材集めだって、夜通し動くなんてこと、今までの妖夢だったら絶対に嫌がっていた。
 苦笑いを浮かべながら「残りは明日の朝からで良いですかー?」って口にする軟弱な顔が鮮明に浮かぶ。
 それがルーミアちゃんに会えるかも、ってだけで苦手だった暗闇をひとりちょうちん片手にノリ気だ。

 ……それでも苦手をも克服するなんて、それはすごいエネルギー。
 妖夢が、どれだけルーミアちゃんに惚れちゃったのか、よく分かる……。


 ルーミアちゃんがうちに寝泊りした2週間の間……妖夢は日ごとにこの子に惹かれていった。
 その様子は、毎日眺めていた私がよく知っている。
 毎日ルーミアさんがどうとか気に留めてたし、彼女のために規則正しかった生活まで変えてしまったんだから。
 それだけなら、生真面目な妖夢のこと、世話役に任命した責任感で説明はついたかもしれない。
 けれど、いつもキリッと表情を固めていたあの子の表情が緩むようになっていたのだけは、さすがに誤魔化しようがない。
 本人は無自覚だったかもしれないけど、傍から見ればゾッコンだったのは明らか。
 それは先日、まだなにも知らない第三者の紅白の巫女も見事に察してくれた。きっと私の勘が鋭いだけ、ということでもないと思う。

 そんななので、幽々子さまはからかうついでに、ちょっとしたドッキリを仕組んじゃったのも今は懐かしい話。
 ルーミアちゃんが倒れて、「なんでもする」と口にして私にすがりついた妖夢を見た時、
 妖夢に顔が見えないのを良い事に……口が耳元まで裂けてるんじゃないかってくらい、
 その極上のネタにニヤけ顔を浮かべてしまったくらいだもの。

 けどまさか……それがここまで予想を超えちゃってくれるとは、さすがに思わなかったけど……。


「よーむちゃん、暗いトコ苦手なの……?」

「……え? ええ、あの子暗いの苦手だけど……」


 妖夢の些細な見栄っ張りを微笑ましく思っていると、ふと、目の前で喜んでいたはずの顔が固まっていることに気づいた。
 不思議に思って眺める私は、彼女が呟きを返してくれるまで、その解を得られなかった。


「そんなこと、わたし知らなかった……」

「あ……!」


 ああ、話してなかったんだ。
 自分が調子に乗って失言を口にしたことに気づかされる。


「あちゃぁ……」


 考えてみたらそれは当たり前か……。
 ルーミアちゃんの前ではカッコつけたがってる妖夢だ。
 強がって教えてないのはゆうに予想ができたことじゃあないか。
 らしくなく、迂闊だった……。
 片手で頭を抱える。頭に被ってた頭巾が、ぽふんと軽い音を出した気がした。

 自分が好きな暗闇が、大好きな妖夢の苦手だと知ってしまったからか……。
 知らずに苦手な暗闇につき合わせていやな思いをさせてしまったと胸を痛めているのか……。
 元気を取り戻していたルーミアちゃんの顔は、再びちょっと落ち込みブルーな姿に戻って、しゅん……と縮こまってしまった。

 悪いことをしてしまったわ……。
 このままでは、私のせいでふたりの関係にぎこちない亀裂を入れてしまいかねない……。


「大丈〜夫っ!」

「ふぇ?」


 落ち込むルーミアちゃんに、私はそんなの取り越し苦労だと言わんばかりに明るく口にする。
 そ知らぬ顔で、失敗したなどという素振りは慣れた感じで完全に隠して。

 確かに、私はいつも妖夢をからかってはいるけど……それにだって美学がある。
 一方的に評判を落とすんじゃない。フェアな条件で相手を前にして、反応を見ながらからかうから面白いのよ。
 ワンサイドゲームな陰口ほど面白くないものもないわ。
 そんなの、私の美学が許さない。
 ゆえに、先日巫女に写真を奪われたのは幽々子さまどうしようもなく屈辱なのよ!
 ……まあ、写真のことについては改めて謝らないとねー……あははー。

 だからこそ、ここは白玉楼当主の名の恥じぬよう、責任を持ってフォローをさせて頂くわ!


「だって、苦手だって気づかないほど平然としてたんでしょ? それは平気だったからに決まってるじゃない」

「え? えと……でも妖夢ちゃん、暗いの苦手だって……」

「ルーミアちゃんと出かける時は、あの子暗いの全然平気だから」

「な、なんで……?」


 よく分からないという感じに頭を悩ませる少女に、「そんなことも気づかないの?」なんて当たり前の一般常識を教えるような素振りで、


「だって、極上の明かりが側にあるんだもの


 絶対の自信を持った言い草のまま、手に持っていた愛用の扇子で、あの妖夢が「太陽」とまで比喩した少女を指した。
 もっとも……当のご本人は、その意味を良く分かってない感じに首を傾げていたけどね。


「分かり易く言うと、妖夢もあなたが大好きだってこと


 いつもの私なら、この意味ありげな物言いで終わらせるところだけど、今回は私自身の尻拭い。
 私は、ルーミアちゃんに直球で伝わるよう、分かり易く翻訳してあげるのだった。

 ここまで直球で投げれば、さすがにルーミアちゃんでも意味を理解しない道理はない。
 不意打ちパンチとしては申し分ないほどクリーンヒットしたみたいで、
 柔らかそうなほっぺたをちょっぴり赤らめながら、照れた表情で嬉しそうに言葉を失っていた。

 そこに、私の悪いクセ……だとは思ってないけど、またも余計な一言を付け加えてしまう……。


「だって、あの妖夢がキスしちゃうくらいなんだものねー


 私は、大好物を前にした子どものように、それこそ「にぱー 」っという擬音が出そうなほど表情をゆるゆるに緩めて言う。
 心底愉快そうな笑みを浮かべながら、重〜いヘビー級のボディブローような発言をダイレクトに抉り込み!
 いつもの妖夢をからかう体で、それをつい、ルーミアちゃんにも向けてやってしまった。


「えへー


 けれど、ルーミアちゃんは……私の意図とは反対に、更に嬉しそうに表情を緩めた。
 ただ嬉しかっただけじゃなく、よっぽど嬉しかったのか、溜まった嬉しさを全て弾けさせたみたいに、ぱぁっとにこやかに……
 妖夢の言葉を借りるなら、太陽のような笑顔を、私に返してくれた……。

 ……冗談は通じてない、か……。

 ルーミアちゃんは皮肉めいた私の言い回しなど一切気にも留めず、ただ純粋に喜びを浮かべるだけ。
 妖夢が根本的な問題だと指摘したそれを、まるで意に介していない。

 その姿に……つい、聞き返してしまった。


「……ルーミアちゃんは、平気なの?」


 ここまでの"平然とした態度"を完全に覆す一言。
 私の表情からは、先程まで浮かべていた子どものような満面の笑みは失せていた。
 これがキツネやタヌキの化かし合い合戦なら、私の態度は敗北宣言にも等しい。
 敗北というなら……確かに、それでも聞きたい衝動に、私は負けたのだ。

 私の質問の意図が良く掴めないと、ルーミアちゃんは首を傾げて、その疑問に思う心象を仕草で示していた。
 むしろ、一体なにが問題なの? きょとんとした顔は、言葉を介さずに私に訴えかけていた。


「妖夢とキスしちゃったことよ」

「ゆゆこさまがやらせたのにー?」


 ピュアというは、たまにトンでもなく最強の矛になるんだなと思った。


「他人が百合に落ちる分には良いのよ、おもしろいから」


 純心という最強の矛を向けられるも、私は焦る素振りなど一切見せずに、さもなんでもない事のように切り返した。
 「た、他人が〜」という風に言いよどむこともなければ、妖夢みたいに「みょん語」が出てくることも、一切なし。
 こちとら亡霊やって1000年近く、更には冥界の管理職なのですよ? 百戦錬磨のお嬢様をお舐めになさんな。

 大体満更ウソじゃない。私自身はそのケはないけど、私が関わらない分には好きなのだ、面白いから。
 実際、私は親友が外の世界で手に入れたという「どうじんし」を勧められ、おにゃのこ同士のいちゃいちゃを楽しませて頂いているクチだし。
 でなきゃ「百合」という表現を幾度も口走ってはないでしょう。こぉいうのは分かるからこそ出る隠語なのよ。


(……まー、だからって、)


 さすがに……妖夢が本当に女の園にまで落ちるとは、完全に予想外だったのよね……。


 妖夢が、ルーミアちゃんに惹かれているのは一目瞭然だった。
 だからその「好き」をヘンに意識させて、好きの境界線ボーダー・オブ・ライク上でヤキモキする妖夢をつつければ十分だった。
 妖夢は堅い子だから、ちょっと余計に過剰に背中を押しすぎて崖から転落させる程度に行き過ぎた関係を既成事実としてでも存在すれば、
 勝手にひとりでヤキモキしてくれると踏んだから。

 だから妖夢が……自分からルーミアちゃんにキスしてたのを見た時、本当に驚いた。
 私がハメた方じゃない。博麗神社の巫女と一緒に見届けた、妖夢とルーミアちゃんの逃避行、その結末の方。
 巫女の勘に従い、逃亡した妖夢たちに追いついた私たちは、お互い真剣に向き合っているふたりに気づかれないよう様子を伺った。
 一体なにしてるんだろう……そう思うや否な、いきなりちゅーし出すんだもの……。あれにはさすがに驚いたわよ……。

 妖夢が誰よりも堅い子なのは一緒に過ごしている私がよく知っているつもり。
 純和風の私より古風でお堅い。ついでに頭も固い。
 あの堅さはきっとおじいちゃん譲りの堅さ。相当頑固。
 だからあの子が決められたルールを破るなんてことそうそうしやしないし、ひとたび破れば雨が降ること請け合い。
 そんな妖夢が……一般常識で教えられるルールを、自ら破ったのだから。

 妖夢は、私が考えてる以上にルーミアちゃんに惹かれていた。
 分かってしまった……。

 妖夢をそっち方面に誘った手前、その動揺は完全に隠蔽してる。
 この幽々子さま1000年の歴史をもってすれば、そのくらいの演技は朝ごはん前。
 ……それでも私は、ちょっとからかう程度のドッキリで、ここまで突き落としてしまった責任をわずかに覚えずにはいられない……。

 なら……それを向けられるルーミアちゃんはどうなの……?
 それが、気になった。


「やっぱりおかしいのかな?」


 私が聞き返したせいだろう。
 ルーミアちゃんも、なんとなくは理解している、自分が"普通ではない"ということを、ほんの少し意識し始めてしまったようだ。
 それでも、妖夢が考えるような重い感じはなく、本当に軽くだったけれど。


「この間もれいむに散々ヘンタイとかおかしいとか"れずびあん"とかいわれたけど」

「言われてたのっ!?」


 ……ああ、前回お持ち帰りされた後、あの巫女からそんな虐待が行われてたのね……。
 そして"れずびあん"と平仮名で口にしているのはきっとよく分かってないからね。
 いいのよー、ルーミアちゃんはそのピュアなままで居てねー。


「まあ、一般的にはねー」


 今更一般論を説くのもどうかな……と思いながらも、とりあえず聞かれたことに模範回答を返す。
 幻想郷には色んな意味で"普通ではない"妖怪や神様なんかがゴロゴロ居る。
 そんな中、女の子を好きになっちゃった妖怪ひとつ出たって、本当に"今更"だろうに。
 大体……"アイツ"よりはマシだ……。

 私の言葉に、ルーミアちゃんは口癖の「そーなのかー」とお返事。
 彼女に会ったのならなんとなく一度は聞いておきたい一言だったので、なんとなく妙な達成感を抱く。


「んー、みんなが大切にしてるってのは聞いてたけど……別にわたし、そんなに意識してなかったし……」


 だって人間ごはん食べる時は、全身にちゅーするようなものだし。
 食人の彼女が、先日私が言った言葉をあっさりと肯定してくれた。
 なるほど……聞く限りで判断するなら、ルーミアちゃんはキスを「知識として知っていた」ぐらいというところかしら?
 だからルーミアちゃん本人も、元々はまるで意識していなかった、と……。


「けど、妖夢にされてから、意識するようになっちゃった……って言ってたわよね?」

「うん……。だって好き、って気持ちを伝えるものなんでしょ? だから、それはちょっと……えへへ……


 ルーミアちゃんは、柔らかそうなほっぺたをほんのり赤くし、照れた笑いを浮かべてから……「嬉しかったから」と口にした。


「そっか……」


 なるほどね……。
 ルーミアちゃんの答えを聞いて、私は心の中で納得した。

 ルーミアちゃんにとってのキスは、「好き」より「更に上の好き」という意味に書き換えられてる。
 それは当たり前のことだけど、同時に若干間違っている。
 だって彼女には「好き」が1種類しかないからだ。

 だから結局は、大好きなよーむちゃんに「すごく好き」だと言われて、ただ純粋に喜んでいるに過ぎない。
 本当にピュア。
 キスに含まれる本当の意味も分かってないで、純粋に喜んでいるなんて。
 妖夢からこの子が性別を意識してない、と聞いてはいたけど……どうやら妖夢の言い訳じゃなく、本当のことみたいね……。


 そんなお子ちゃまなルーミアちゃんに、「好きには2種類あるのよ」なんて、またも模範解答を返しても良かった。
 けれどその言葉を、私は引っ込めた。
 ルーミアちゃんはピュアさがウリなんだし……私は今の答えで十分満足したから。

 十分満足したけど……。
 私が返事を返さなかったからだろう、ルーミアちゃんは会話が続いていると思って……トンでもない言葉を口にしてきてしまった。


「だからわたし、別にゆゆこさまにしても良かったよ」

「ぶっ!?」


 吹いた。
 さすがにこの発言には幽々ちゃん吹き出しました。


「ななななにを……!?」

「だってわたし、ゆゆこさまのことも好きだもん」

「ぅえっ!?」


 別になんでもないことのように、身分の差の大きい相手に唐突なプロポーズをする宵闇の少女。
 完全に予想外の発言に……一体いつぐらいぶりかしら、隠せない程の同様を表に出してうろたえるなんて。

 まさか、私の唇まで狙われちゃうとは……さすがにこれには幽々ちゃん1000年の亡霊生活で培ったポーカーフェイスも打ち破られました。
 普段は惑わす側の私が、この時ばかりは逆に惑わされる。
 クセモノの扱いには慣れているけど、どうにもこの子みたいにド直球な返しをされてしまうのは、まだまだ慣れていないらしい。

 この子、本当に性別なんてどうでも良いのね……。
 言い分から察するに……ルーミアちゃんは、レベル的に握手とかハグ程度の価値観なんだろうなぁ。
 妖夢にとってはどうやってもキスは「キス」であって……その意識の差に、なんとなく妖夢を少し気の毒にさえ思った。
 ま、妖夢との価値観の違いは、それはそれでネタ的においしいけど……。


「でもごめんね」

「え?」


 私が頭の中で、ルーミアちゃんの価値観を、自分自身が納得が行くように勝手に分析していると……唐突に、彼女は謝る。
 謝って、彼女は「私としても良"かった"」と、過去の物事として紡いだ理由を告げる。


「だって、よーむちゃんにされちゃってからは特別なことだって意識しちゃうようになっちゃったんだもん……


 それは、ただ真っ直ぐに、臆面も後ろめたさもなにもなく告げられた。


「…………」


 ……思い知らされる。
 私は、彼女を過小評価していた、と。

 私が、一流料理人のメイディッシュと思い頂いた料理こたえは、ただの見習い料理人の作った前菜でしかなく。
 なのに私は、勝手な解釈でその程度の料理こたえに通ぶった舌鼓を打って、満足して……驕って……。
 その程度の舌を持つ私が、本物のメインディッシュを見せ付けられは……最早押し黙るしかなかった。


「ふふっ……いらないわよ。私、自分が百合っ子になる気はないし……妖夢に悪いからね」


 ルーミアちゃんは、確かに知識として知っていた程度だったけど。
 なんだ……今はもう、その意味を十分に理解しているじゃないの。
 理解した上で……受け入れたんだ。
 それに、されてから特別なことだって意識したってことは……それだけ妖夢がこの子の「特別」だったってこと。

 あーあ、してやられちゃったかな?
 別に勝負していた訳じゃないけれど……久々の敗北感だった。
 けれど私は、それに気持ち良ささえ覚えている……。この子、本当に面白いんだもの。


 まったく……妖夢が今のルーミアちゃんの言葉を聞いたら、どれだけ顔を赤らめていたことやら。
 こんなにからかうネタが発掘できたってのに、今この場に居ないのが本当に惜しい。

 妖夢のヤツ、なんて幸せモノなんだろうか。
 こんなに可愛い子に好かれて、想われて……究極の両想いじゃない。
 もうどうしようもないくらい、背中がむずがゆい。


 やっぱり私は……妖夢とこの子の仲を応援したい。
 ……といっても、百合に発展するかただの仲良しで終わるかは本人達に任せるけど。
 だってあんなに嬉しそうな妖夢を見てると……月並みの言葉になってしまうけど、私まで嬉しくなるから。

 私ではダメだから。
 どんなに私が望んでも、妖夢は私を隣に置くことはないと思う。
 真面目なあの子は、「仕えるべき主」という境界の向こうの私に対し、どうしてもその責任感を拭いきることは難しい。
 私では、妖夢を上から見下すことしかできない。
 だから、並んで妖夢を照らしてあげられる、この宵闇の太陽が必要だから。


 ま、こうなりゃトコトンね!
 よろしい! 主様は一肌脱いであげましょ!
 そのお支払いは、からかわれる妖夢の反応を楽しむことで精算させて頂くから。

 私は、ルーミアちゃんの示してくれたメインディッシュこたえに、 自分が想定していた以上の味わいを得られて、もうおなかいっぱいだった。
 だって予定外に……私が欲しかった言葉まで、彼女はごちそうしてくれたのだから……。












「やっぱりあなた、一度帰りなさい」

「え……?」


 それはなんら脈絡もなく告げられた。
 脇道に逸れた余談に、一通り満足のいく回答を得られ、会話に区切りがついたから、私が本来の話に戻したのだ。

 そしてその一言は……絶対の意志を以って、私の口が言い切った。
 名家を預かる者としての威厳を滲み出した、逆らうなどという暴挙を許さない一言。
 相手との実力差が直に生死に関わる妖怪ならではの本能が、その圧倒的威圧感を察知したのだろう。
 先程即答で返した強い意思は、今度はなにも言い返せずに押し黙っていた。

 今まで楽しい話題で盛り上がっていたところを、一気に奈落の底まで叩き落されたルーミアちゃん。
 納得できず、更には言い返すこともできないこの状況……まだ幼さの残る少女には、ただ落ち込むことしかできない……。
 そんな彼女に向けて、私は更に言葉を重ねた。


「それで……お弁当確保したら、もう1回来なさい」

「……え!?」


 短い一言が返ってくる。
 ひとつ前と同じ一文字なのに、声のイントネーションは変わっていて、意図する意味もまた別のものに変わっていた。
 悲しさと落胆を色濃く浮かべたものが……意味は良く分かってない、けれど、期待に胸を膨らませるようなそれに。


「えーっと、晩ごはんは食べてきてるのよね? なら明日の朝と……一応お昼の分もかしら?」


 何食わぬ顔で一方的に話を進める私を、ルーミアちゃんはまだよく分かってない感じに困惑中。
 目を点にして可愛く「え? えっ? え!?」と、さっきからと同じたった一文字を器用にも様々なバリエーションでくり返しているばかり。
 ああダメ……妖夢ならこのまま放置プレイに持って行って楽しむところだけど、
 ルーミアちゃんみたいに純で可愛い子にはさすがにそれは気が咎めるわ。


「だから〜、こんなに妖夢に会いたがってるルーミアちゃんを、今更追い返せる訳ないでしょ?」

「それじゃあ……!」

「そ。お弁当だけ確保したら、今夜はうちに泊まって、妖夢のこと待ちましょ。
 多分明日のお昼頃には帰ってくるから……その時、妖夢を迎え入れるのよ、ふたりで」

「うん!」


 太陽は、もう一度白玉楼を照らしはじめる。
 落ち込んだり喜んだり、何度もコロコロ表情を変えるルーミアちゃん。
 本当にこの子は素直で可愛い……妖夢が女の園に落ちるのがほんの少し理解できそうだわ。


「そうだ、明日はごはんパーティーやるから、ルーミアちゃんも一緒にどう?」


 不意に思いついて、私はルーミアちゃんを明日の晩ごはんに誘ってみることにした。
 妖夢が帰ってきたらあとは作るだけ、ならルーミアちゃんもそのまま参加という流れでも全然問題ないのだ。
 それに……よくよく考えてみれば、冥顕全席には現世の食材も使われている。ルーミアちゃんもお腹を膨らませるじゃないの。
 今日1日さえ乗り切れば、問題となっていたごはんの都合はなくなる。
 なら、彼女を引き止めない理由はない。


「ぱーてぃ?」

「そ」


 私はルーミアちゃんに、私が妖夢頼んだお仕事の内容を詳しく話した。
 説明を終えると、ルーミアちゃんはコメントをひとつ。


「それは重要なお仕事だねっ!」


 やっぱりこの子は分かってくれたー。世界の合言葉はごはーん!


「じゃあしばらくよーむちゃんと居れるの!?」

「あ、そうね。そういうことになるのかしら?」


 冥顕全席は、数日掛けて食べるものと記されていた……。
 まあそれも亡霊が普通に食べる前提での話だから、ルーミアちゃんの栄養になる現世の食材だけで考えた場合は更に半分かしら?
 けれど、全てを彼女に食させる訳でもない。私も現世の味を少しは堪能したい。
 というか、一口だけでも全品に手をつけるつもり。これだけは譲れないわ。
 そして、妖夢が用意しているだろう食材はきっと私ひとり分を想定してると思う……
 プラスくいしんぼう同盟の食欲も計算に含めれば、さすがに数日フルに、という訳にはいかないのだけど……。
 まあ、それでも……3〜4食分はもつだろうから……うん、更に1日は一緒に居られるはず。


「ええ、多分行けるわ」


 私が肯定を返すと、ルーミアちゃんは顔一面に笑みを浮かべて、そのまま……


「ありがとー! ゆゆこさまーっ!」

「きゃ!?」


 とうとう嬉しさが臨界点を突破したのか、ルーミアちゃんは器用にも正座の姿勢から私に飛びついて、抱きついてきた。
 突然の体当たりに、私の体は対応しきれず、押し倒されてしまった。
 ゴカンッ、と後頭部を激しくぶったけど、私はもう亡霊なので致命傷にはならなかった。


「もー、しょうのない子ねー」

「えへへー


 小さくて柔らかい感触に包まれながら、顔を緩めてしまう。
 これはこれで悪くはないけど……あー、妖夢に悪い気がする。
 きっと妻子持ちの課長に抱きしめられるOLのと同じ心境ね。ルーミアちゃん、無邪気さは時には罪になるのよ。

 あと後頭部をズキズキと痛みが駆け巡る。亡霊の私に物理攻撃は効かないけど、痛いのは痛い。
 私が死んでなかったら死んでいたかもしれない。ルーミアちゃん、無邪気さは本当に罪になるわよー。


「あ、そうだわ」


 もうひとつ思い立つことがあって、私は体を起こすと、ひとまず引っ付いてたルーミアちゃんを引き剥がした。
 ルーミアちゃんの肩に手を添えて向かい合う体勢になる。私が妖夢だったらこのままキスに持って行ける体勢だ。
 大丈夫、ルーミアちゃんは可愛いけど私はそのケないから。横取りしないから。
 そして私は、自らの唇でルーミアちゃんにキスをする代わりに、一言だけの短い言葉を紡いだ。


「ちゃん付けでいいわ」

「ふぇ?」

「だから私のこと、幽々子"さま"って様付けしなくて良いって言ってるの。呼び捨てでもいいわ、博麗の巫女呼んでたみたいに」


 それはずっと私が気に掛けていたこと。
 もしかしたら、ずっと告げずに終わったかもしれない……ほんの小さな、私の願い。
 告げようと決めたきっかけは……彼女がさっき私に投げ掛けてくれた言葉があったから……。


「えっと……えっと……」


 私の言葉に、ルーミアちゃんは軽く混乱中。
 それもそうよね……。ハッキリと言った訳ではないけど、様付けさせたのは私の意思。
 にもかかわらず、私がそれを覆している。
 まー、えらい人ほど発言をよく覆すものだけど、そんなオトナの黒い部分、純真無垢なこの子がすぐに理解できるでもないでしょうし。

 だから、説明してあげなくてはいけないのよね。
 なぁんて、世話焼きお姉さんみたいなことを考えながら、穏やかな表情を向けて、私は最初の句をこう紡いだ。


「私もね……ルーミアちゃんのこと、好きよ」


 もちろん"あっち"の意味ではない。
 誤解のないように「まー、さすがにちゅーは勘弁だけどね」なんて、笑いながら付け足した。

 実際、私もこの子を気に入っている。
 2週間一緒に寝食を共にした仲。
 妖夢がこの子の相手してる横で、素直なところやコロコロ変わる表情を眺めては、私もその様子を楽しんでいた。
 犬扱いもしてたけど……それは可愛さの裏返し。
 だって可愛いじゃない。子犬みたいで
 同じ犬でも某悪魔の犬の某メイド長とはえらい違いよ。


「けど……様付けさせてたら、なんか距離感じちゃうじゃない?」


 そんな相手に……壁を持って付き合われる様付けの敬称に……ちょっと、居心地が悪くなった。

 それは身勝手な願望。
 だって……距離を取っていたのは私の方だから。
 私が……白玉楼の主だから……。


 私には、白玉楼当主として舐められてはいけない。そんな体裁や責任があった。
 当主や管理職なんて、半分は威厳や体裁でできてるようなもの。
 それが見知らぬたかが一妖怪に同列に見られることなど、私の背負った全ての価値を貶めるに値する。
 背負うものがあるからこそ、私は溝を作らねばならなかった。
 だから……彼女を世話した2週間、私はルーミアちゃんを妖夢に……部下に任せ、私自身は距離を取って付き合った。


 なのにこの子は……私を好きだと言ってくれた。


 彼女が嘘をつけない性格だからこそ、その言葉は真に私の心を貫いた。

 さっき言葉で聞かされて……不意に、目から熱いものが込み上げそうになった。
 けどガマンしてしまった。
 理由なんて……つい……だなんてそんな程度。
 ……ダメね、私も結構意地っ張り。妖夢のこと強く言えないじゃない……。

 認める……彼女はもう、私にとっても大切な存在。
 時間を重ね、言葉を重ね、心を重ねて……いつの間にか妖夢と同じ、私の傍に存在している。
 ふふっ……ここは「妖夢の隣」って言ってあげた方良いかしら?
 もう、威厳をかざし、体面を取り繕う溝を挟む必要はない……私にとっても「特別」なの。


「ねえ、ルーミアちゃん。ルーミアちゃんは……もうただの他人なんかじゃない。私は勝手にそう思ってるけど……違う?」


 私の友達……ううん、妹ね。
 私がその位置に置きたいの。

 ……なによ、良いじゃない。
 そりゃこちとら1000年亡霊として生きて(?)ますけど、見た目そんな年の差ないんだから「娘」じゃなくて「妹」でいいでしょー?

 だから自ら開いた距離をゼロにしたい……。許されるのなら。


 確認するように、目の前の少女に問い掛ける。
 簡単に口にして、それは闇の中手探りで先に進むような怯えを孕んでいた。
 顔には一切浮かべないけど……心の中は、少しだけ、怖かった。

 彼女もまた、私と同じよう簡単な口ぶりで答えた。
 私の演技とは違う、純粋なそのままの気持ちをぶつけてきて。


「違わないよっ!」

「でしょー?」


 ……ありがとう。

 仮面の笑顔の張り付いた表情で、すごく軽く返した言葉の裏には、溢れ出そうな感謝と感激を秘めていた。
 言葉には出さなかったのは……きっと、本心を隠してしまうクセのようなものを、また"つい"出しちゃったからだったんだろう。
 言えば良かったと、わずかに悔しい思いをした。

 私が怯えた闇の中で、闇の中を好み自由に飛び交う少女は、私の手を取ってくれたのだから……。


「だ・か・ら、手始めに呼び方を親しみ溢れるものにしてみようかなー、ってね

「おーそーなのかー」

「私のこと、呼び捨てでもちゃん付けでも……まあ好きに呼んで。
 私ももうルーミアちゃんのこと"わんこ"って呼ばないで、"ルーミアちゃん"って呼ぶことにするし」


 正直、「わんこ」って呼び方は気に入っていたんだけどね……。
 子犬みたいに可愛いこの子を形容するのに丁度良かったから。
 けど、動物に形容するのはちょっと敬意がないように思える。なによりあの吸血鬼の下僕と同系列の扱い。それはちょっと失礼だし。


「ま、新しい呼び方で親睦深めて、よろしくやってきましょ?」

「うん! 分かったー」


 目の前の少女は、その提案に目をキラキラさせて、大きく頷いた。
 そうして、彼女にちょっとだけ残っていた緊張が……完全に消えていた。

 その姿に……思わず目を見開いて、言葉を失った。
 態度に出たのは一瞬だけ……けれど、私の体はその一瞬、クセにも等しい飄々と受け流す態度を崩されて、本心を表に出していた……。

 そうして、彼女は私に対する敬意を捨てて……純粋な気持ちで、新たな呼び名で私を呼んでくれた。


「ありがとー、ゆゆちゃん!」

「ぶっ!?」


 ……ゆ・ゆ・ちゃ・ん……?

 二度目の吹き出し。
 まさか、そう来るとは……意表を突かれた。
 そりゃさっき私自身でそう口にしたけど……え、それピックアップしちゃったの!?

 そして西行寺幽々子は再びお困りになる。
 だって、彼女の一番のお気に入りの妖夢が「よーむちゃん」と……若干音は変わってるが、ほとんどそのままで。
 対して私は「ゆゆちゃん」、幽々子から"子"の字が短縮。
 短縮された一文字分、なんとなく私の方がルーミアちゃんと親しいような、そんな印象を覚えちゃう。
 幽々子、と呼び捨てにされる方がまだ余所余所しさを孕んでいたような……私だけかしら?

 そして考えてみたら……妖夢ったら、ルーミアちゃんと関係は相当進んでいるけど、未だに「ルーミアさん」とお堅く呼んでいる。
 ほら、総合的に「ルーミアちゃん」「ゆゆちゃん」と呼び合う私たちの方が親密に見えるではないか!?
 それはルーミアちゃんのことが好き好き大好きな妖夢に申し訳ないような気がして……


 …………それはそれで面白いか!


「おっけー! ゆゆちゃん採用ーー!!」


 私の方が一歩前に進んで嫉妬する妖夢を見るのが面白い。
 結論が出たので、私は親指を立てた手をルーミアちゃんに向けて差し出すのだった。






 この子は……本当に面白い。
 終始軽い体で対応していた私が……まさか、心の内では身動きひとつ取れない程の激しい驚きと感動に包まれていたなんて、
 ピュアなこの子は気づいてやしないと思うけど……。
 まともに向き合ったのはきっと今日が初めてだけど……妖夢が惚れたのが良く分かる。

 なんと言おうと私はやっぱりえらい訳で……良いと言ったところで、私を隣に置くことなんてできやしない。
 妖夢なんてまさにそうなのだ。
 立場だけではない……私の持つ能力も相まって、私を知る者の大半は恐れを抱き畏怖する。

 なのにこの子は……その威光ヨケイナモノを完全に殺してしまった。
 私が「良い」と言った、ただそれだけの理由で……。
 漆黒の彼女が持つ、完全なる白染めの無垢さ。
 それは、私が与えられるどんな「死」よりも、なんて素晴らしい「死」を与えてくれたのだろう。
 私はもう一度……敵わない。そう実感する……。

 そりゃそうか……あの妖夢が、キスまでしちゃうくらいだもん。






「じゃあまあ、とっととお弁当取ってきなさいな」


 打ち震える心を、変わらぬ軽い態度で隠したまま、ルーミアちゃんとのやりとりを再開。
 やっぱり私は意地っ張り。分かってるけど、なかなか直らない。
 私は愛用の扇子で襖の方を指し、ルーミアちゃんを誘導する。


「うんー!」


 ルーミアちゃんは元気良く返事をして立ち上がり、ぱたぱたと歩いて部屋を出ようとする。
 きっと嬉しい方向に話が進んで嬉しいから。
 その様子が、子犬みたいに可愛くて……もう一度"わんこ"と呼びたくなる衝動に駆られた。


    ゴンッ。


「…………」


 そしてわんこはふらふら歩いたと思ったら襖の横の柱に頭をぶつけていた。


「足しびれた……」


 座り込んで右手でぶつけた頭を、左手で足をさすりながらのルーミアちゃんの背中を、微笑ましくも苦笑いを浮かべながら眺めた。
 慣れない正座なんかするから……。
 まあ、次からは、足を崩させて座らせてあげられる。
 そこに少し、安堵を覚える。
 ……あ、次と言わず、今夜からか。
 だって彼女はまたしばらく白玉楼に居られるのだから。

 そして妖夢も、明日は帰ってきたら幸せいっぱいな時間が過ごせる、か……。
 ふー、幽々子さま頑張りましたよー。


「……って、」


 ……なによなによ。
 考えてみたら妖夢にとっては大好きなルーミアちゃんにお出迎えされる「いいこと」があって、
 しかもルーミアちゃんも偶然お泊まりが出来る状況がお膳立てされて、しっかり妖夢の幸運が叶ってるじゃないの?

 ロマンティックに縁のない妖夢だと哀れんでいたのに、フタを開けてみたら予感以上のロマンス。
 その裏で、ご主人サマの私がどれだけ舞台作りに苦労してたんだか……。

 この私が踏み台にされちゃうとは……ちょっと不服。
 ……よし! この悔しさは、帰ってきた妖夢をからかうことで発散しよう。
 まず「ゆゆちゃん」を前面に持ってきて嫉妬させて、それだけじゃちょっと物足りないからあと一押しなにか……あ!


「待って、ルーミアちゃん」

「ふぇ?」


 ある閃きが、頭を過ぎって、私はその小さな後姿を引き止めた。

 そっか、そうすれば2度おいしいじゃない!

 自分の才能がこれほど恐ろしいと思ったことはない……と自己陶酔するほどのことでもないけど、
 それでも一挙両得なナイスアイディアに、思い立ったがハッピーデーと即実行に移す。
 ぺたんと床に座り込んで、足の痺れが取れるのを待っていたルーミアちゃんは、私の方に涙の滲んだ目を振り向かせる。
 私は、その様子を見届けるなり優雅に立ち上がって、


「一緒に行きましょ」

「……ほぇ?」


 えらい私は、またも発言を覆した。
 やっぱり対応しきれないルーミアちゃんは、今日何度目になるか分からない困惑の表情を、再び可愛らしく浮かべるのだった。
 そこに私は、片目を瞑ってウインクひとつ送ってみせる。


「可愛い妹の世話くらい、お姉ちゃんにさせてよね


 口元に、開いた扇子を当てて、弾む声色で言う。

 妖夢が帰ってきたら、ルーミアちゃんが妖夢にべったりなのは目に見えてる。
 なら、それまでの間は私がルーミアちゃんを独占させてもらおう。
 2週間、ツマラナイ威厳のために遠巻きに置いて損した分を、「ゆゆちゃん」は取り戻させてもらう。
 そのくらいは良いでしょ? 私にも、ルーミアちゃんたいようの明かりを分けてくれたって。

 それで仲良くなった姿を見せてやれば、きっと妖夢はもっと嫉妬する。
 そして、私の欲しかったものも手に入って……。


「わたし、ゆゆちゃんとは血縁関係ないよ?」

「あー、ものの例えだから」


 この子本当にピュア。ピュアさは時に毒にもなるよ。


「それとも私と一緒にお散歩はイヤ? ゆゆちゃんはいっぱいお話したかったのにー」

「ううん、そんなことないよー」

「じゃ、決まりね


 例えば……満開の桜を前に花見を行う際、他の下賎な何者をも差し置いて絶好の位置を陣取りながら、
 引き連れた少数の護衛兵のみで独占し、更に部下たちにさえ桜の恩恵を享受することを禁じさせ、常に我が前に平伏させる。
 唯一自分だけが豪勢な料理を味わい、貴重な銘酒を嗜み、絶景の桜を味わう……そんな贅沢さえ許される絶対的な立場に、私は居る。

 けれど、私は……ただひとり絶景の桜を独りで眺めるよりも、小さな桜を誰かと一緒に囲む方がいい。
 ひとりで豪華な重箱をつつくよりも、みんなで持ち寄ったお弁当をつつく。
 その方が楽しくて、いっぱい食べれるのだ。

 だって私は味より量派。
 孤高の勝利者であるよりも、大勢で慰めあえる敗北者の方が、きっと良い。

 だから……私が大切に想う相手に、相手を畏怖する威厳やカリスマ性なんて、邪魔なだけ。
 くいしんぼうで、天然ボケで、すぐ土下座して、威厳なんてカケラもない……みんなが話しやすい「ゆゆちゃん」が良い。
 こんな死を操れてしまうのろわれた私を囲んでくれる誰かが傍にいる方が……楽しくて、美味しいんだから。

 まー、それでも……その威厳もカリスマも持ってないといけないのが管理職の辛いところ。
 だから、久しく現れた私の隣に立ってくれる存在に……おいしい思いをさせてもらうから。
 で……今日の貸しはチャラにしてあげる……


「さあ、ルーミアちゃん!」


 私は、ルーミアちゃんがまだぎこちなくも立ち上がったのを見て、元気の良い声を上げた。
 そうして、手に持った扇子を広げ、威勢よく一言。


「狩りに行くわよ!!」

「おー!」














あとがき

やっと分割しないサイズに書けたよ! それでも長いよ、「みょんミア!」第3弾です!
3話目にして主人公不在とか、正直どうなんでしょう!(笑

なにが書きたかったかと言えば、「すれ違い」と「ゆゆちゃん」をテーマに置いて書きました。
外伝としても良かったのですが、「ゆゆちゃん」への変更は最初から考えていたことで、
今後に十分響く設定なので、外伝扱いではなく正規の位置付けとしました。

幽々子さま視点で描きましたが、幽々子さまは基本腹の内を見せないキャラ。
なので、その腹の内が見える一人称モノの難易度の高さは計り知れない……と執筆中に気づきまして、
もうどこにも粗がないことを祈るばかりです(苦笑

作風としては第三者視点の百合ですが、出来上がってみるとメインタイトルに反して「幽々子→ルーミア」な作品になってしまいました。
それはそれでまたありえないマイナーなカップリングになってしまいまして、もう市場の需要なんて完全無視ですね私(爆

ところで、結局この話は「幽々子さまがふたりを応援する話」なのか「幽々子さま自身が救われる話」なのか、
書いてて微妙に需要の方向が分からなくなってきました!(マテ
まあ、言っちゃえば両方したかったのだけど……とりあえず倒れるなら前向きの精神で書ききってみました!

……考えてみたらコレすごいチャレンジ作品だなぁ(汗
願わくば楽しんでくれる方が出ることを祈るばかりです……。


更新履歴

H21・5/16:完成


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