現世の夜空、そこに重なるふたつの影と人魂ひとつが、月明かりの下ゆっくりと漂っていた。
 目的地なんかないまま、夜空を気ままに……。

 散歩の間、ルーミアさんはずっと私の左腕にしがみついていた。
 丁度、冥界の空を一緒に散歩した時と同じように。
 まあ、動きにくくはあるけれど……彼女のぬくもりが伝わってきて……私も満更いやじゃなかったりする。

 その体勢のまま、何気ない会話を交わしてふたりきりの時間を楽しんだ。
 本当に何気ない、些細な会話を……


「それでね、チルノちゃんっていう、わたしをよくいぢめる妖精さんがいて……
 わたし、勝てないからイヤだって言うのに、無理矢理スペルカード戦に持ち込まれるの……」

「それはひどいですね。今度斬り殺しますね」

「こ、ころさなくていいよ……」


 ほんとうに何気ない些細な会話を交わしました。(断言)






 

みょんミア

三、やり直しはロマンティックに







「あはは、なんかわたしばっかり喋ってるね。よーむちゃんは? なにかお話してくれることとかある?」

「私ですか?」


 しばらく会話を交わしていると、ルーミアさんの方からそんな風に話を切り出された。
 そういえば……ここまでの話題は、主にルーミアさんから切り出されたものばかりで、私から持ちかけたものはなかったかも?
 きっと、自分ばかりが話したいことを話しているのが申し訳なく思ったのだろう。

 と言われても……少し、戸惑ってしまう。
 私は自分のことを話すのはどうにも苦手だし……だから別に、話を聞いてるだけでも十分満足していた。
 彼女のことが分かって、分かるたびに嬉しくなって行く自分がそこにいて……。
 んー。けどそれって……逆にルーミアさんも私のことを聞きたい、ってことなんだろうか?
 なら、彼女の期待に応えない訳にも行かないだろう……。
 けど、別に私から言いたいことなんて……あ、ひとつだけあった。


「質問の意図とはちょっと違ってしまいますけど、ルーミアさんに聞きたいことがあります」

「ん! なにっ、なにっ?」


 ルーミアさんは、私がなにを話してくれるんだろう、そんな期待を抱いてか、目をキラキラさせていた。
 私は、その期待の眼差しに……ほんのちょっぴりだけ幽々子さまみたいな企みを抱いて、それを尋ねた。


「ルーミアさんのお家の話とか、聞きたいです」

「え? どうして?」


 首を傾げるルーミアさん。
 答えようとする一瞬にできた短い間、私は、さっき幽々子さまと霊夢さんに言われたことを思い出していた。
 見せるつもりはないけれど、見せられるなら「これが私の本気だぞ!」、胸を張って言ってやる。
 そんな些細な意気込みを胸に秘めて、少しだけ頬を赤らめながら……言う。


「今度は、私から会いに行くから……」

「あ……」


 私の聞きたいこと、それは……あの時の誓いを果たすためのもの。
 誓い、なんて大したものじゃないか……単純な、私が叶えたい小さな願い。

 この10日間、実は2、3度彼女に会いに行ってみようと思うことはあった。
 ……のだけど、あいにく私は彼女の住処が分からなかった。
 幻想郷は閉じた世界とはいえ、ひとりで探すには広いし、私だって庭師の仕事がある。
 闇雲に探すなんてのはあまり賢いことじゃなかった。
 ……もっとも、もう少し経ったら、私は闇雲に探し始めただろうけど。

 ムードを大切にしろ、と散々罵ってきたふたりは居ないけれど、
 その当て付けとばかりに、私なりにできる限りムードを盛り上げるやり方を演出してみた。
 どうだ参ったか! 言う相手は居ないけど、少し誇らしげ。
 ほんの少しだけ火照る顔を抱えながら、私は彼女の言葉を待つ……。


「……わたし、お家ないの……」


 ガクッとムードが台無しになった。


「だってわたし……休む時以外は一日中ふらふらふわふわ飛んでれば良かったから……別に必要なくて……」


 そっかー、妖怪ですもんねー。


「あー、どうして私はこういうムードとか台無しにしてしまうんだろうかー?」


 空いてる右手で頭を抱えて、自分のダメダメさ加減にちょっぴり自己嫌悪。
 結構頑張って格好つけたつもりだったけど、どうにも私はロマンティックとかドラマティックというヤツに縁がないらしい。
 だってこれ、「私から会いに行こう!」全否定じゃん。あんなにカッコつけたのにもうどうしようもないよ。
 ああ、幽々子さまと脇巫女に見せてなくて良かった……。


「本当、ダメですね私って。色々台無しにして……」

「ああ……ゆゆこさまに騙されたって……」

「え……」


 その瞬間……私は、またひとつ、何かを台無しにした……そう気づかされる。
 ここまでの温かな時間が、急に崩れたような……そんな冷たさに囚われた。

 不意に、思い出した。
 会話の流れの中に埋れて消えた、小さなわだかまり。
 多分、私だけが聞き取った……寂しそうな……彼女の言霊……。

 空を漂っていた影は、いつしか中空に静止して……弾んでいた心までも、止められていた。
 何気なく繰り広げられていた閑談も止まり、風の音だけが、静かに……重く、響き渡っていた……。


「ううん、わたしは別に良いから」


 彼女は、私に笑顔を向けて、そう言った。
 けど、そこには……いつもの眩しさはなくて……。
 演技なんて知らない、無垢な彼女だったからこそ……そのツクリモノが分かってしまった。


「すみません……」

「もー、だから気にしないでって。わたしは別に良って言ってるじゃないっ」


 つい、口から飛び出た、謝罪の言葉……。
 彼女はそれに、ぎこちない笑顔で向き合い続ける。
 確かに、私は彼女のそれを台無しにしてしまったけれど……違う……。


「……よーむちゃんは、いやだったかも……しれないけど……」


 謝ったのは、奪ったことじゃなく……裏切ったこと。


 私は多分、彼女を裏切った。
 何気ない言葉で、些細な体裁を取り繕うために。
 私にならあげても良い……そう言った彼女の気持ちを。

 無理矢理笑顔で取り繕いながら、気にしない素振りをする彼女を前にして、胸を締め付けられる息苦しさを覚えずには居られない。
 この気持ちは……なんなんだろう?
 悔しいのか、悲しいのか……とにかく、苦しい……。


 私が欲しかったものはなんだ? 守りたかったものはなんだ?
 自分に問い掛けた。

 ばかにされたくなくて。
 自分がオカシクナイと見せつけることが、そんなに重要だったのか?
 小さな自尊心が、そんなに大事だったのか?
 彼女の心を、笑顔を差し置いてまで……たかがそんなもののためにっ……!


「……だったら、やり直しましょう」

「え?」


 気づいた時、それは自然に零れ落ちていた。


 言って、ハッとなる。
 私はなんてとんでもないことを口にしてしまったのだろう……。
 さっき幽々子さまと霊夢さんに持て囃された言葉が、頭の中に引っ掛かっていたとでも言うのか?
 ルーミアさんも、事態を把握できずきょとんとした顔を向けて来るばかり。
 それもそうだろう……だって、言った私が誰よりも驚いていたんだから。


「え……どういう……?」

「いや、その……」


 固まってしまった空気を感じ取って、何か言葉を掛けなくては……焦り出す。
 けれど、言った言葉の意図が自分でも分からなかった。
 分からないから、次に口にする言葉が見つからない。
 分からないけど、でも沈黙に耐え切れなかった私は、思いつく言葉を取り繕って、彼女に告げる。


「あの……大切なものじゃないですか。ああいうの」


 そうだ……これは、裏切った彼女に対する罪滅ぼしであって、別にやましい気持ちなんかじゃない。
 私は、彼女にとって頼れる存在であるべきだから、裏切った彼女の信頼を取り戻さなくては。


「……だから、台無しにしてしまって申し訳なく思っ」


 ―――違う。


「……っ」


 彼女の、晴れない顔色を伺いながら、違和感を覚えて、口にする言葉を止めた。


「無理、しなくていいよ……」


 帰ってきたのは、気づかう彼女の言葉。
 それが、妙に胸を、抉った……。
 顔が少し俯き、夜の闇も相まって……表情はよく確認できない。
 見るのも、怖い。
 だって……裏切った私を許して欲しくて口にしただろうその言葉こそ、彼女の傷を更に抉っている。

 私の左腕にしがみついていた感触は、いつの間にかなくなっている。
 彼女の腕は力なくほどけて、私から離れていた。
 それが、別の距離をも現しているようで……言い知れない不安に襲われる。


「別に……一度してしまったものをやり直すだけですから、女同士ったって……」


 私だって彼女のことが嫌いじゃないなら別に、そのくらいは……平気


 ―――違う!!


 ああ違う! 違う! 違う違う!!
 ダメだダメだ、思い浮かぶ言葉全部、吐いた自分自身で虫唾が走る。
 なんで?
 分かってる、そんなの私の本心じゃないからだ!
 彼女を裏切ってまで体裁を取り繕うとする私を、私自身が吐き気を催すほど嫌っている。
 じゃあ、私の本心は……?

 とうとう、なにも言葉にしなくなった彼女を前にして、重苦しい空気が、私の身にのしかかる。
 いつも素直に、自分自身をぶつけてくれた彼女。
 なのに私は……言い訳ばかりで取り繕って……。
 ちっぽけな自尊心ばかりを気にかけて。
 人の顔色ばっかり伺って。
 ウソまでついて。


「ああっ、もうっ! ……すみません、全部言い訳です。私はただ……」


 今になって気づいた。
 やっと分かった。
 なんであんな、ばかみたいなこと口にしたのか。
 分かったよ、ああ分かった。理解したよ、自分の気持ちが。
 そんでこんな恥ずかしい言葉を言えと、そう言うんだな魂魄妖夢!
 言ってやるよ!
 恥も外聞も体裁も、なにもかも投げ捨てて、言ってやる! ああ言ってやるさっ!
 もう、彼女を悲しませたくない……
 ああ違う違う! 私自身が後悔したくないならっ!!

 取り繕っていた全てを取り払って、本心だけを向き出せ。
 それはいつも彼女が私にしていたことじゃあないか。
 いつも素直な彼女に近づけるよう、私も素直な気持ちを向けて。
 彼女と正面から向き合って……!
 私は……!!


「私が……やり直したいだけです」

「え?」


 ……言って、しまった。
 思い切って……とは言えない、搾り出すような……。
 それでも、素直で単純な本心を、私もぶつけられた……。


「わたし、女の子だよ……?」

「知ってます」


 顔を上げた彼女は、戸惑う表情を私に向けて私を眺める。
 自分の想像する私とずれた私がそこに在って、なにがなんだかまるで想像もつかなくて、困惑してるよう。
 それもそうだ、私自身、こんな事を面と向かって言うなんて、想像もしなかった。


「よーむちゃんは気にする方じゃないの?」

「そうです。気にしてます。……だから」


 もうこの際だ……とことんまで、私は全てをさらけ出してやる。


「だからちゃんと……あなたが好きだと伝えたいんです」


 世界から、音が消えた。
 そんな幻想に囚われる。

 目が、合わせられなかった……。
 ルーミアさんも、固まってしまっていた。
 熱に浮かされ、普段の私なら絶対言えないような、恥ずかしい台詞。
 熱は止まらない……私の口からも恥ずかしい言葉が、歯止めを忘れたかのように、止まらなかった。


「だって、好きな気持ち……伝える行為なのに……強制されたみたいで……」


 それは、彼女を好きなことが、まるでウソだったと口にしたような、居心地の悪さ。


「だからあんな……強制される形じゃなくて……自分の意志で……やりたくて……」


 顔の熱さが、尋常じゃない熱量なのが分かる。
 私の感情も止まらない。
 決壊したダムから溢れ出る鉄砲水のように、留まることを知らず、溢れ出る。


「それで、私は……」

「ほんと?」


 そこに、小さな声が割り込んだ。
 期待を含んだような、本当に小さな囁き。
 今度は逃がさない。
 私は、溢れ出る自分の言葉を止めてでも、今度こそ彼女の言葉を、姿を、しっかりと捉える。
 彼女のきょとんとした顔が赤らんでいく、まるで信じられないものでも見たかのように目を見開いている。
 夜の闇に覆われたこの状況においても、私の瞳はその姿を克明に捉えていた。
 けれど、ほんのわずかな違和感……まるで彼女は、私の言い訳じみた言葉には目も向けて居ないような……そんな感じがする。


「ほんとうによーむちゃんも、私のこと好きなの?」

「え?」

「……嬉しい」


 涙を流して……喜んでいた。
 ただ……私が、あなたを好きだと伝えたことが。


 ああ……なんてこと……。そういう、カラクリだったのか。
 全てを理解して、私はなんてばかだったんだ、自嘲する。

 私はまだ……彼女に「好き」だと伝えていないじゃないか。
 何度も、私が彼女に惹かれている、思ったけれど……それを言葉にして伝えていない。

 だから彼女は、自分を好いてくれた私の気持ちを……あのキスから受け取って、喜んで。
 だから、唯一そう伝えたあの時のキスを否定されて……一方通行な自分の想いに不安を覚えて……。
 全ては、自己完結で終わらせていたことにも気づかなかった、半人前な私のせい。


「好きです」


 ごめんなさい、大好きです。


「好きです。好きです!」


 今まで伝え損ねていた気持ちが、私の胸から溢れて、私の口から零れ落ちる。


「好きです。好きです。好き、好きです!」

「うん……うん!」

「好き! 好きです、好きです! 好きです!!」


 こんなに溜まっていたんだ、自分でも驚くくらいに、それは止め処なく流れ出る。
 彼女に不安にさせた分を取り戻すよう、それすら塗りつぶすくらいぶつける。
 不安にさせてごめんなさい。けど、謝る暇があるなら、その分、何度も「好き」と自分の気持ちを吐き出した。


「好きです。私はあなたが好き。魂魄妖夢はルーミアさんのことが好きです! 好きで好きで仕方がないです!」


 心に宿る確かな気持ちを、彼女のように素直な気持ちで吐き出す。
 止まらない。
 心のダムが抑えていた「好き」が、空になるまで、言葉になって流れ出る。


「あなたが、大好きです!」

「うんっ!」


 私が大好きなあなたは、私の「好き」に嬉しそうに頷いて。
 まるで、夢が叶ったかのように、目を潤ませて……あなたは喜びを噛み締めていて。
 闇に消えた輝きが蘇って……あなたはまた、太陽に戻っていた。












「じゃあ私は……そういう意味で、あなたのことが好きなんでしょうか……?」

「……え?」


 それまで、だった。
 鉄砲水のような爆発的な勢いを伴った感情の激流が……止まった。
 私にしか答えの出せない疑問を、答えられるはずもない彼女に問い掛けて……私は再び、全てを台無しにした。


「あははっ……私、なに言ってるんでしょう、ほんと……。
 私たち……女の子同士……なのに……。もう一度……キスしよう、だなんて……」


 怖い……。

 女同士はいけなくて。
 恋愛感情なんか抱く訳なくて。
 キスは恋愛感情から来るもので。
 普通は気持ち悪く思うはずで。
 だからそれはオカシイのだと。
 それがジョウシキで、アタリマエ。

 魂魄妖夢が今日まで構築した「個」は、その枠から外れる恐怖に……打ち勝つことはできなかった……。

 今日まで律を守ることに何の疑いも持たず、正しいと信じ込んで生きてきた……。
 だから……私の「好き」が、異質なそれと混合されることが怖くて、無意識に「好き」と口にするのを避けていた。
 なのに今は私は、そのオカシイことを望んでいる……。
 それが、怖い。
 律から外れる自分が……怖い。


「あなたのこと、好きです。……けど、じゃあこの気持ちは……そういう意味、なんでしょうか……?」


 彼女のことは好きだ。
 間違いなく、私は彼女に惹かれている。
 けど今、キスしたいって望むことは……つまり私はそういう意味で"好き"なの?
 分からない。
 この気持ちが……"友"なのか"愛"なのか、自分でもよく分からない。

 だってッ……本当なら私は、そこまで彼女に触れることなんてなかった!
 出会って、互いに魅かれあって……それでも、その一線を越えるなんてことないはずだった!!
 なのにあんな……幽々子さまに騙されて、して……しまって……。


「好きだけど……私たちは女同士で……だからそれはおかしくて……」


 そうだ、幽々子さまのせいだ!
 全部! 全部全部!! 幽々子さまが余計なことをして、かき乱したせいで……!


「でも私は……あなたが好きで……やり直したくて……ああもうっ! 自分でもなんかよく分からない!」


 そしてそんな、人のせいにしかできない自分に嫌気が差す!!
 頭の中が、またぐしゃぐしゃだ。
 落ち着けやしない心を掻き毟れないもどかしさに代償行為を求めるように、右手で髪を掻き揚げ、ぐしゃぐしゃにかき乱した。

 一度超えてしまった好きの境界線ボーダー・オブ・ライクは、触れ合う前の、単なる「好き」に戻ることを私に許してくれない。
 選べと、私の中の何かが訴えかけてくる。
 分からないよ、選べないよ、こわいよ。
 好きなのに。
 お互いこんなに好きなのに、どうしてこんなに苦しまなきゃならないの。


「どっちだっていいよ……」

「……え?」


 小さく……私が一度だけ触れてしまったその唇が、そっと、儚く消え入りそうな小さな声で告げていた。
 それでも私は、その言葉を聞き逃したりはしない。

 しよ。

 短く、一言だけ……。


「だって、好きな人とすることだもん……ね」


 とても簡単に、それは紡がれた。
 単純で、無邪気で、素直な感情で……そこには、ただ純粋な「好き」だけがあって。
 シンプルだからこそ、それは強く、穢れなく、あなたの中に在った。
 あなたはいつもそうだった……。
 私みたいな分け隔てを作っていない、だから純粋に……女の私さえも受け入れた。

 難しく考える必要なんてない。
 頭の中をぐしゃぐしゃにした私に……その無垢な笑顔が、私にそう語りかけてくる。
 その輝きは魔法に変わり……私の中で訴える"何か"すら、掻き消えて……。

 そんなだから……やっぱり、私には彼女は眩しすぎるんだ……。


 胸が、鼓動が……速まる、止まらない……。
 爆発、しそうだ。
 心がもう、次に自分がどうするのかを、決めてしまったから……。


「月の下で交わすキス、なんて……きっと、ロマンティックですよね……」


 月が、私たちを照らしていた。
 その輝き下、交わす口づけは……それはきっと、すごくロマンティックなんだろう。
 満月ならもっとムードも出ただろうけど……あいにくと今夜は半月。
 私と同じ、半分だけの中途半端な存在。


「私は、お月様ない方がいいな……暗い方が、好きだから」

「あ……そうでしたね……」


 価値観の違いに、またも失敗したと思った。
 けどそれも、彼女の無垢な魔法に、あっという間に明るい色に染め上げられる。


「だから、私が欲しい真っ暗と、よーむちゃんが欲しいお月様と……半分半分って考えよ? そしたらきっと……」

「そっか……そう考えると……きっとロマンティック、ですね……」


 本当に不思議な彼女……。
 宵闇の彼女が、私の中を光で満たすだなんて……皮肉すぎて……むしろ清々しい。


 彼女の頬に掛かる金色の髪を、そっと手の甲で避けて、その柔らかな頬に手が触れる。


 結局、私が彼女をどう好きか……よく分からないままだけど。
 分かったんだ……それでいいって。


 頬を触れた手で彼女の顔をほんの少し持ち上げて、私の顔を向くように導いて。


 私がやり直したいと望んで。
 それがもう答えで……。
 彼女がそれを受け入れてくれたんだから……。
 もう、十分なんだ、って……。


 彼女は無垢な心ごと、ほんの少し上気する顔を私に向けたまま……目を瞑った。


 もう、小難しいことは考えない……少なくとも今だけは。
 折角なんだ……思いっきりロマンティックに、して、しまおう……。


 頬を触れた手が、肩に伸びて……もう片方の手も、反対側の彼女の肩に添えて。

 添えた手を、そっと、引き寄せる。
 彼女の体は抵抗なんてしないで、むしろ受け入れるように……体ごと、私に近づいて……
 私は……近づく彼女の顔に、ゆっくりと自分からも顔を近づけて。
 私も、目を瞑って……


「んっ……」


 唇に……柔らかい、彼女の温もりが、伝わってきた……。

 頭の中が、また、真っ白になりそうになる。
 脳髄が痺れそう。
 けど、意識が飛びそうになるほどの暴れまわる血液の脈動に負けないよう、私は、私の中に彼女を刻み込む。

 触れた唇から、肩を抱く手から、耳から、鼻から……。
 目は瞑っているから……それ以外から伝わるもの全て……。
 彼女の感触、彼女の体温、音、匂い……全てを……全部、全部……今この瞬間を、丸ごと胸に刻み込む……。

 私、今……あなたとキスをしているんだ……。

 ぐしゃぐしゃになりそうな頭の中、不意に実感した、単純なその事実。
 私は震えそうなほど、酔いしれて。
 もう、女同士だなんてこと、どこかに置き忘れて……。
 全てを台無しにするくらいに怖かったなにかも、どこかに消えて……。
 彼女のことが……好きだから。


 そうやって、半分だけの月の下、ふたつの影は重なったまま。
 ずっと。
 そう、長い……長い間……。

 ずっと……。


「…………」


 ずっと……。


「…………」


 …………。


「……………………」


 …………えっと。


「…………………………………………」


 キスって……どのタイミングで顔離せば良いの?


「………………………………………………………………(汗)」


 私の顔を冷や汗が伝った。
 それも一筋なんかじゃなく、尋常じゃない量がダラダラダラと。

 ……あ、あれ……? 私、前回どうしたんだっけ!? どうやって切り上げたっけ!?
 前回は……ああ、カメラだ。カメラの音と、あとお腹の音で中断したんだよ!
 そういやそうだよ、私あん時もいつやめて良いか分かんなくて……結局音が鳴るまで止めなかったじゃない!!

 やばいやばい、することばっか考えてて最中のことなんてすっかり忘れてた!!
 っていうか最近までちゅーとかその手の色恋沙汰が一切なかった生真面目よーむちゃんですよ!?
 分かる訳ないじゃないですか!
 え? じゃあなに? なんの知識もなくコレ乗り切らなきゃいけないの!? そんな殺生な!!
 あああああ、誰か教えて!? こんな時どうすれば良いのー!?
 助けて!? 助けてえーりん!! ……って見せられるか、こんなヘンタイさんいらっしゃいなシーン!!

 顔は熱いのに、頭の中は冷えてきて、ひょっとしたら顔を赤らめながら青ざめるという素晴らしい状態な私。
 唇は未だに彼女と重なっているけど、あまりのテンパり具合にもう堪能するとかそんな余裕はなくなってしまった。
 まずいまずい。もう私、ロマンティックなんてクソくらえな状態じゃない!?

 戸惑う心を処理しきれず、堪能ではなく硬直という類で全く身動きの取れない私は心ン中でHELP ME! を連呼。
 にっちもさっちもいかず、切羽詰ってつい瞑っていた目を開ける。


「……〜〜〜〜〜っ!」


 すると、目には想像とは少し違ったものが映った。
 映ったのは、顔を真っ赤にしかめたルーミアさんの顔。
 目をギューっと思いっきり瞑って、照れてる訳ではなくまるで我慢して踏ん張ってるように真っ赤にしてて……
 ハッキリ言って……かわいくない。
 あ、いや、コレはコレでかわいいのだけど、場にそぐわないと言う意味で。
 なにか辛そうで……それから、


   ブフーーーーッッ!?


「…………」


 ……盛大に、ルーミアさんに噴き出された。


「ぷはーっ?! ……はぁっ! ……はぁっ。……はぁ……」


 弾みで私たちの顔は離れ、ルーミアさんが思いっきり息をする。
 口がついたまま噴き出されたので、私の顔面はちょっと大変なことになっていた。
 ルーミアさんは私の惨状に気づいたようで、ハッとした表情を浮かべて、申し訳なさそうに。


「ご、ごめん、よーむちゃんっ……!? 苦しくてわたし、つい……」


 どうやら……鼻で息をできることも忘れて、ずっと息を止めていたらしい。
 苦しくて、こらえきれずにとうとう肺に溜まった空気を私にぶちまけてしまったようで……。


「…………だ、」


 台無しだ……。


「ごめんなさいっっっ!! やり直すとかいったクセに結局グッダグダになってしまいましたぁぁぁああああぁぁっっ!!」

「わわわっ!? わたしもうまくできなくてごめんね!? 唾とかぶっかけちゃってごめんね!?」


 空中で、私は土下座した。ルーミアさんは本日2度目の土下座を受け取ることとなる。
 前回みたいに地面に頭を埋めるつもりで勢い良く土下座したが、あいにくここは空中。
 勢い余って4分の1ほど回転。頭が地面の方を向いて、ルーミアさんには背中が向いている形だ。
 ある意味、地面というボーダーラインを超えた「土下」より更に下の土下座。
 土下座を超えた土下座とも取れるが、これはこれで逆に失礼なんじゃないの?

 正直、顔面の惨状なんて今はどうでもいいくらい、私は自分自身にめちゃくちゃ失望してた。
 どうしても、私はロマンティックとはかけ離れてしまうらしい。
 ううう……貴重な1回を使わせていただいたというのに、なんと言う体たらく……。
 また腹を切りたくなってきた。


「けど……ロマンティックとか、なんかどうでもいいや」

「え?」


 ルーミアさんの言葉を耳にして、私は真下を向いた土下座の姿勢から顔を上げた。
 空中での体の体勢を操作して、もう一度彼女に向き合う形に戻す。
 そして彼女は唱えた。

 それは無垢なる心が生み出す力……。
 あんなにも台無しになっていたムードだというのに。
 彼女はもう一度……魔法を使った。


「よーむちゃんの好きって気持ち……分かったから……。すっごく、嬉しい

「あ……」


 彼女が、言葉通り本当に嬉しそうに、顔中に幸せを集めたような微笑を浮かべて、言った。

 そっか……そうなんだ……。
 一番大事なものが、気持ちは……伝わったんだ。

 それはきっと、ロマンティックにするとか、そんなことよりもずっと、大切なこと。
 だったら全然台無しなんかじゃない。
 あんなにも台無しだった雰囲気を、あなたはあっという間に元に戻してしまった……。

 足りないなんてことはない……今まで不安にさせてしまった分、取り戻したいから……。


「……はい、好きです」


 もう一度、あなたに本心を伝えます。












「見た? あのお堅い妖夢が、とうとう本格的に女の園に転落したわ……」

「本当ね……私、ああいうの始めて見たわ。うえー、よく女同士でできるわね」

「あー、もうっ。暗くてカメラ使えないじゃないの」


 ふと、聞き覚えのある、ものっすごく聞きたくなかった声×2が耳に届く。
 素晴らしく爽やかな表情だと自分では思ってたその顔を硬直させて、
 ギリギリギリ……錆びた取っ手を捻るようなそんな滑りの悪さを伴い、無言でその方向へ首を向けた。


「あ、見つかった」

「はろ〜、よ〜むちゃ〜ん」


 視線の先には、幽々子さまと巫女幽々子さまのおふたりが、な〜んの悪気もなく私たちに手を振っていた。
 どうやら片割れが不慮の事故で亡くなるという事態にはならずに済んだよう。ちっ……残念。


「よーむぅ、ダメじゃないの。キスのときに噴き出すとか。ムード台無し」

「そうね。表情も最低。最初は良かったけど、時間が経つにつれてふたりともなに顔芸なんて披露してるんだか」


 罪悪感を抱くどころか、私たちのいっしょうけんめいがんばった結果に向けて、口々に批評をしてくる始末。
 うん、今結構綺麗にまとまったよね? 台無しにしたの誰かな? かな?
 それにそんなこと言ったら覗きって人間として褒められたもんじゃない行為をするあんたらの方が批判されるべき存在だと思うんだけどな。
 というか、最低でもキスシーンの最初から見ていたんですね、そうですね。


「なぜここに?」

「私、異変には勘が働く方なのよ。……そう、異"変"には、ね……」


 素朴な短い質問に、博麗の巫女が含んだ言い方で得意気に答えた。
 激情をもって反応することを期待されていたのだろうが、けれども私はその期待に沿うことなく、いたって静かに対応する。


「分かりました。……それが、遺言なんですね」

「……うん?」


 私は、静かに鞘から楼観剣と白楼剣を抜き去ると、にっこりと微笑を浮かべながら言った。


「クタバレ、このクソ主人と脇」

「「わー!? 妖夢がキレたーーーッ!?」」


 BGMが「広有射怪鳥事 〜 Till When?」に切り替わった。












「えへへー じゃあねー、また行くからー」

「ええ、またいらっしゃい。今度ももてなして上げるから」

「また来るわ。面白いから」


 一通り幽々子さまと霊夢さんに弾幕を散らせた後、私たちはそのままなにもない空の上で解散となった。
 結構頑張ったけど、獄界剣「二百由旬の一閃」も蓄趣剣「無為無策の冥罰」も人界剣「悟入幻想」も天上剣「天人の五衰」も、
 全部霊夢さんにスペルカードを修得された。やはり慣れていらっしゃる。
 そんな残念な結果だったものの、後ろで眺めるルーミアさんに「カッコイイー」とか「がんばれー」とか応援してもらえたので、それは良かった。
 ちなみに幽々子さまは3回撃墜した。2日後、ブレーキに使ったことと一緒に謝った。


「じゃあねー。よーむちゃーんっ ゆゆこさまー」


 ルーミアさんは別れの間際もずっと、満面の笑みを浮かべていた。
 その顔は、ほんの少しだけ頬を赤に染めていた……あえてなにが嬉しいかは問うまい。ただ、私も嬉しかった。


「じゃ、また会いましょう。半人半霊完全変態の魂魄さん」


 一方、ルーミアさんを、まるで子犬のように丸出しの脇に抱える巫女は、無表情で嫌味を吐いて来た。
 心の中でもう来んな、吐き捨てた。


「またねー


 冥界の偉い人は、威厳なんてまるでナシに、可愛らしく手を振っておふたりを見送った。
 私も、脇に抱えられながら手を振る彼女に応えるよう手を振った。断じて私のハートをメッタクソに踏み躙った巫女の方には向けていない。

 というか、なんでルーミアさんはモノみたいに抱えられてるんだろう。
 霊夢さんはアレがどんな感じだったかえらく気にしていたし……もしかしたら獲れたて新鮮な情報でも尋問する気なのか。
 私もきっと、幽々子さまに尋問されるんだろうか。覚悟しておいた方が良いのかもしれない。
 そしてあんなにも凶暴に暴れた後なのに、まるで何事もないかのように別れるなんてなんて図太いんだあの脇は。


 そうして、急な来客への応対は、終わりを迎えた。

 結局、現世でのルーミアさんの居場所は分からないままなので、まだ私の方から会いに行くことはできないのだけど……大丈夫。
 あの時、「またね」と言った彼女の言葉が今日叶ったのだから。
 だからもう一度叶う……何度でも、叶ってくれる。そう信じられる。


「じゃあ、帰りましょうか」


 私は、後ろに立つ幽々子さまに顔も向けずに告げた。
 やや淡白な口調だったかもしれない。
 それを受けた幽々子さまは……やれやれ、という感情を含んだため息をひとつ吐いた。


「もつの?」


 不意に、幽々子さまは短くそう問い掛けられる。
 私は、その質問に、なにひとつ言葉を返さない……。


「……まったく。どれだけの付き合いになると思ってるんだか……」


 突然、幽々子さまは私の両脇の下に腕を通して、胸の前で腕を交差させて組み始める。
 丁度、私を抱きかかえる形になった。
 そして、一言。


「支えておいてあげるから。無理するんじゃないのっ」


 ……敵わないな……。

 つくづく思わされた。


「ほらっ。ほっぺにちゅーされて崩れ落ちるようなよーむちゃんなんだからっ!」

「なら……お言葉に……甘えさせ……もらい、ま……」


 そこが、限界だった。


「おっと……!?」


 瞬間、私の体は一切の力を失って、重力に逆らうこともできずに崩れ落ちた。
 両腕に私の全体重が掛かり、幽々子さまは少しだけ慌てた声を出す。
 けれど構えていたお陰か、ほんの少し高度を下げるだけで済み、私たちの体はすぐに空に留まることができた。


「幽々子、さま……わたし、わたっ……わたしっ……!」


 もしも幽々子さまが支えてくださらなかったら、私の体は、遥か下の地面まで落下していたに違いない。
 私はもう、自分の体を支えることなど不可能なくらい、熱に浮かされて、体に力が入らなくなっているんだから。


「……し、ちゃい……ました……」


 言葉が上手く紡げない。
 頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「自分から……自分の意志、で……」


 顔があつい、こげる。
 心臓が、ばくはつする。


「……キス、を……」


 私の体は、ルーミアさんにほっぺにされて、崩れ落ちた時みたいに……完全に力が入らない状態になっていた。
 けど、あの時なんかとは比べ物にならない。

 あの時は、事故みたいなものだった。
 されたものだった。
 ほっぺだった。
 けど今度のは……事故とか、騙されただとか、まだほっぺただから、とか……そんな言い訳も逃げ道も、ない。

 今日私は、紛れもなく……自分の意志で、女の子とのキスを……唇を……受け入れてしまったんだ。
 思うと、もうだめ。
 頭が熱にやられて……耐え切れなかった。
 自ら受け入れたそれは、私の心を、歩くことすらままならないほど泥酔させる。
 衝撃的だった。
 自分からする……受け入れる、ってことが……これほど強烈だっただなんて……思いもしなかった。


「そーねー、してたわねー」


 激しく動揺を浮かべる私とは対称的に、幽々子さまはいたって軽く答える。
 その温度差に、いつもなら思うところもあったのだろう……。
 けど、この時の私はもう、他のことなんて考えられないくらい、唇に残る感触にやられていた。

 した直後……あんなだったから、少しは気が紛れた。
 けど、そんなドーピングめいたことも、長くは続かない。
 怒りの対象だった霊夢さんが消えて、一通り弾幕を散らせて、落ち着いてみると……
 心の中でだんだんと、ルーミアさんの感触が膨れ上がってきて……。
 だから、その湧き上がる感情に振り回されないよう、自分を保つため感情を押さえ込んだ。
 そのせいで余計なことは言えず、やや淡白にさえなってしまったかもしれない。
 それはちょっとした意地のようなもの……白玉楼に着くまでなんとか誤魔化して、ひとりになるまで耐えよう……
 思ってたけど……こんなの無理だ。
 幽々子さまは気を使って下さなかったら、私は幽明結界に到達する前に、暴れる心に負けて、地面に真っ逆さまだった……。


「ったく、思ったよりも早く転げ落ちちゃって。
 もう少し、受け入れたい、でも受け入れられない……! ってところでヤキモキしてるところをつつきたかったのに〜」


 幽々子さまは、愚痴りながらも私の体を支えたまま、白玉楼までの空を飛んでくださった。
 力仕事は苦手なはずで、お腹も空かせてるからあまり動きたくないはず……。
 それでも、まったく動けなくなってしまった私のことを分かって、その役目を買って出てくださったのだ。

 この方は、いつも私をからかって、なんでも分かっているような素振りで……でも本当に分かっていて。
 そのくせ、本当に大切なものは、いつも守ってくださる……。
 一体、このお方は何枚上手なんだろう……?


「どうだった?」

「やわらかかったです……。あたたかかったです……」


 幽々子さまに聞かれて、つい、思ったままそのままに答えてしまった。
 言葉にするとそうなのだけど、そのさじ加減を伝える言葉が出てこない。


「すみません……ぜんぜんわかんない、ですよね……」

「そうね、全ッ然分っかんないわ。ふふっ」


 冷静に考えられたなら、どうして自分が謝ってるんだろう、気づいたんだと思う。
 そもそも、普段の私ならそんなの恥ずかしいと答えたりしなかっただろう。
 それだけに、この時の自分がどれほど参っていたかよく分かる。


「けど……いやってくらい分かるものもあるわ」


 笑いながら、幽々子さまは私の腑抜けた様子を眺めおられた。
 けどばかにするでもない、からかうでもない。穏やかな感じ。
 絶対からかわれる、思っていたのに……この人はいつも私を裏切る。


「まったく……そんなに幸せそうにされちゃ、からかうにからかえないでしょうが」


 幸せそう?

 ああ、言われて気づいた。
 そうか……私、嬉しいんだ。


「あは、は……わた、し……。やっぱヘン、なっちゃった……みたいです……」


 どうしよう……。
 私、女の子とキスして、喜んでるんだ。


「わたし、……おんなのこが好きじゃない……なんて……もう否定、でき……ない」


 ははっ……もうダメ。私、正真正銘ヘンタイさんの仲間入りだ。
 ルーミアさんのことがもう、頭から離れない


「なに? 妖夢、女の子が好きになっちゃったの?」

「……はぇ……?」


 すると、幽々子さまはまるで意外なことでも耳にしたかのように聞き返してきた。
 私とルーミアさんの決定的シーンをしっかりと目撃しているというのに、どうして今更?


「だって……わたし……よろこんで……しあわせそうで……ですよ……」

「女の子なら誰でも良ーい? 誰でも嬉しい?」

「ふぇ……?」


 上手く回らない頭でまたも気の抜けた返事を返す。
 幽々子さまはまだまだね、なんて今にも言いそうな口ぶりで、私をたしなめてくださる。


「……違うでしょ? 妖夢は、ルーミアちゃんが好きなんでしょ」

「それ、は……」


 ああ、そうだ。
 女の子とキスして喜んでいるんじゃない……。
 あの子とだから、私、こんなにも幸せに……。


「女の子が好きなのと、特別な誰かが女の子なのは違うわ。分かる?」

「……そう、ですね……」

「本当、半人前の解釈ね」

「です、ね……」


 口にする幽々子さまの物言いには、嫌味な含みなどどこにもなく……まるで母親みたいな包容力を感じさせられる。

 本当にタチが悪い。
 いつもは私を散々からかうのに……こういう時は本当に頼りになるのだから。
 だからこそ……この方には仕える価値があるのだと、改めて思ってしまう。


「今夜、寝れそう?」

「むりです……ぜったい……ねむれ、ません……」


 結局、私はその日は眠れず、翌日も、今日のことが頭を巡って、ろくに動けるようになるのは更にその翌日のことだった。


「そ。じゃあ良いわ。明日は仕事休みなさい」

「すみません……」


 彼女のこと、どっちの「好き」かも……結局、分からないまま。
 この気持ちに答えを出す日が来るんだろうか?


「良いのよ。また明日から思いっきりからかわせてもらうから」


 いや……出さなくても良いや。
 だって、結局どっちにしたって、「好き」ってことは変わらないんだから……。


「だから今は、存分に幸せに浸ってなさいな」


 その曖昧な「好き」なままで、続いて行けばいい。
 彼女の魔法が、私を解放してくれたから。

 夜空に浮かぶ半分だけの月を眺めて、半人半霊中途半端な私は……そんな曖昧で中途半端な関係も悪くない。
 きっと初めて、そう思うのだった……。















あとがき

続きました、東方SSシリーズ。妖夢×ルーミアの無茶カプ「みょんミア! 2」です。しかもまた前回と同じくらいの文量です。
どんだけ自分が東方にハマったのか分かるだけに、シスプリ分を楽しみにされてる方には申し訳ない気持ちもあったり(苦笑
そう思いつつ楽しんでやるのが創作なので、書く時はメリハリつけて集中して創りましたが(笑

今回は「続き」、なので「続き」の良さをとことん追求しました。
「0から1」には「新鮮さ」という魅力がありますが、「1から2」へは「発展途上」というウリが存在すると思う次第です。
例えば、私的に最近「ファーストキスよりセカンドキスの方が見せ場じゃないか?」とか思っているのですよ。
ファーストの事後だという事実と、それを踏まえた上での次のステップに進むまでのもどかしさ……。
けど、そこに注目する人ってあまり居ない訳で……だから書いた!(爆
なので、この際思いっきりセカンドの魅力を描かせてもらいました。
普段描けない分、ダムが決壊するような勢いで思いっきり書き殴ってしまった感じです(笑

また、折角なので予てより書きたいと思ってた「台無し」を書かせてもらいました(ぇ
物事っていうのは、全部が全部成功する訳じゃない、たまには失敗もある。むしろ初々しくて良いじゃないですか!
その自然さこそリアリティ。けど、そこに注目する人って略……だから書いた!(爆
みょんミアはヘンにカッコつけない、自然体の曖昧ラブラブを目指しているので丁度良かったです。

ところで、初期プロットではキレた妖夢が霊夢たちを追い回しながらモノローグで綺麗に〆る……というプロットのため、
正直最後の段落を書くかどうか決めかねてました。
キスして、綺麗に〆て、「めでたしめでたし。」……っていうのはよくあるパターンなので、それもありだったと思います。
けれど実際問題読み手が見たいのは、行為のシーンより、「直前直後の感情の動き」だと思うのですよ。
というか、わたしゃそこが見たい!! ……だから書いた!!(爆
まあメインヒロインの退場後なので良いトコ全部幽々ちゃんが取ってった気がするけど(苦笑
けど自分が書きたいものを書けたのでそこは満足ですし、同じモノを堪能できる誰かが堪能できれば幸いです。

余談ですが、セカンドは本当は満月の下を予定していました。
ですが、前回からの月の周期を考えると、満月のタイミングが3日後だったのです。
……「短い!」と思ったので、その周期に合わせて10日後の話にした次第です。(初期は1週間後)
なのでルーミアさんの「ロマンティック論」は苦し紛れです。あしからず(笑

今回も長いので前回と同じく3分割しましたが、今後続いたとしても別に3分割ルールで行く訳じゃないです。単なる偶然です。
それにしても霊夢のキャラがなんかヘンな方向に走ってしまったかもしれない(苦笑


更新履歴

H21・5/1:完成


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