……その日の夕食は、私の人生で最も重い気持ちで臨むことになった。
荒廃した客間から場所を変え、私たちは別の客間にて食事を囲むことになった。
まだ準備中の食卓では、幽々子さまが霊夢さんにやたらご機嫌に話をしていた。
「ってことで、あのふたりは2週間ずっとラブラブだったのよ〜」
「へー、私、そういうのはじめて見た。やっぱり半分幽霊だとなにか求めるものとか違うのかしら?」
……私の話題で!
「で、あの半分幽霊は自分の欲望に負けて愛しのルーミアの寝込みを襲ってしまった、と……」
「そうなのよ……。妖夢ったら、抑え切れなかったのね……」
まだ未完成の食卓で、幽々子さまは手八丁口八丁に誤解を広げている。
ウソつくな黒幕。
……と、言いたいことは山ほどあったけど、食卓の準備をしている私は、今は耳に挟む言葉に一向に無視を決め込んで料理を運んでいた。
そう、今は。
「あなたも災難だったわよねー。よりにもよって同じ女に惚れられて、あまつさえ襲われるだなんて」
と、もうひとりの主人公、ルーミアさんにも矛先は向けられる。
どうにも位置づけは「被害者」ということで落ち着いているらしい。
……まあ、満更間違ってないけどね。どーせ私から襲いましたよーだ。
幽々子さま的には、私ひとりがからかいポジションに納まるのが丁度良いのだろう。
いい迷惑だけど、彼女に迷惑が掛からないだけマシだとも思えた。
そうだ、あんな……あんな汚いものでも見下すかのような差別扱い受けるのは私だけで十分だ、ぐすん。
「えへー♥」
そしてルーミアさんはルーミアさんで、哀れみの言葉に笑って応対してたりする。
霊夢さんは、「なんでそこで笑うのよ」的な疑問符を頭に浮かべていた。
さぁどうしよう、幽々子さまがマスコミがごとく面白おかしく捏造した情報が、我が家の食卓で盛大に広まっている。
……まあ、その辺は覚悟していたこと。後で全てに対応してやるつもりだ。
今口を出したところで食卓につく頃にはまた新たな捏造ができてるはず。
そんなんでいちいち食卓の準備を止めていたらキリがない。
なら、とっとと終わらせて、落ち着いた状態で誤解を解いてやろう。そう思って、私は食卓の準備をそつなくこなしていた。
……って、
「なんで一緒にメシ食う体勢万全なんですか博麗の巫女っ!? あの流れだったら私のこと気持ち悪がって帰るんじゃないですか!?」
料理を運んだお盆を食卓にガッシャンッ、叩きつけながら言う。
お椀の煮物の汁が少しだけこぼれ、お盆に染みが点々とついた。
私がルーミアさんを襲っているという、あの決定的瞬間を激写した写真を見た霊夢さんは、
そりゃあもうエクストラモードもビックリなくらいキッツイ差別用語の弾幕で私の心をめったくそに撃墜しまくった訳で。
なのになんでこの人今この場に居るのかと!? なして今か今かと夕飯待ち望んでるのかと!?
襲うなって言ってましたよね! 近寄るなって言いましたよね?
なんで虎穴に居っぱなしなんですかこの紅白はっ!? ……いや、襲わんけどさ!
「やー、私もね、逃げ帰ろうかと思ったんだけどね……でも気づいたの」
霊夢さんは、まるで仏か何かのような、とても清々しく悟りきった澄んだお顔で、言った。
「あなたをからかう方が面白いってことに……!」
「幽々子さまが増えたー!?」
みょんミア!2
二、今夜の白玉楼は手のつけられないことに
「敬愛する主人と惚れた相手……ふふ〜ん、両手に花じゃないの♥」
一通り食卓の準備を終えて、私も卓の前に着席するや否や、霊夢さんがニヤた表情を浮かべながら嫌味を言ってきやがりました。
現在、座席はお茶会の時と配置を変え、私の両隣に幽々子さまとルーミアさん、対面に霊夢さん、という配置になっている。
「だからですねぇ……」
私が、その嫌味に物言いたげに身を乗り出すと、
スッ……
霊夢さんはその分だけ後ろに下がり、距離を取る。
……そう、この配置は、ヘンタイの烙印を押した私と極力距離を取りたいという、霊夢さんの差別的な思惑が色濃く出ている布陣なのだ!
でもそういうのはもうちょっとさり気なくやってよね。私が隣に着席する直前、幽々子さまに席変わってとか言い出して、結構傷ついたよ私。
本当に最悪だ……。
私がルーミアさんに……同じ女性相手に"あんなこと"したって……誰にも知られたくなかったことが……
というか、仮に普通に男性相手のそれだって決して見せ付けたいとは思わないだろうに、なんでよりによってばれてしまったんだろう……。
「ところで妖夢、私のご飯来てないんだけど?」
そうだこの人のせいだった。
幽々子さまは、自分の前だけなにも並べられていない食卓を前に、のほほんと首を傾げておられてた。
「抜きって言いましたよね?」
「ヒドイ!!? 妖夢が鬼だ!!」
「どっちが鬼ですか!? 私はもっと大切なものメッタクソに踏みにじられたんですよ!? うわーんっ!!」
普段は心を乱さないよう、剣の鍛錬にて精神的な修行も積んでいるつもりだったけど、
本日、未熟な私はまだまだその器でないことは十分に実感していたが……今回のことはさすがに許容範囲を倍以上オーバー。
例え精神的に成熟しようとも、感情の波は抑えきれずに、今みたいに滝のような涙を流していただろう。
そんな私を幽々子さまが、おーよしよし、なんて優しくなだめてくださる……。
けど原因作ったのこのサディスティック主人なんで、逆に逆なでするだけだと思うんだけどな。
「大体あなた、異変はどうしたんですか!? 博麗神社の巫女さんよぉッ!?」
「うん?」
未解決のまま放り出してここまで来た、と霊夢さんは仰っていた。
それを解決するのがこの人の仕事なら、こんなところでのんびりしている暇はないだろうに。
ああもうそんな体裁なんて取り繕わないよ、なんでもいいからもう帰ってくれ。
「んー、どうせゲーム化しない程度のちっちゃい異変よ。大したことないわ。まあ、どうせ魔理沙辺りが解決してるでしょ」
「あんたやりたい放題だな……」
「それに……異変ならあったじゃない……」
「はい?」
「女の子が女の子を好きになるって……立派な"変"が、ね」
「すみません、今すぐ斬って良いですか」
「いただきます」
「いただきまーす♥」
「……いただきます」
食卓の準備が整った、ということで、私たちは一同挨拶をして食事に取り掛かる。
ルーミアさんと霊夢さんが手を合わせて、元気良くいただきますを口にする。
私も、物憂げながらも挨拶はしっかりして、食事を始めた。
「いただけません!」
ついでに、幽々子さまが悲しそうに後について言っていた。
「にしたって妖夢、ダメじゃない〜、キスの時は目瞑んなきゃ」
「ぶっ―――!?」
ルーミアさんが我先にとおかずに手を伸ばす横で、霊夢さんが会話のおかずとなる写真を取り出して私に言った。
この人早速かよ。早速私のことからかいにきたよ。
食事に手をつける前に飛び出した幽々子さま2号の先制パンチに、思わず噴き出してしまう。
「そりゃあなたは出来心で欲情して一方的な想いを焦って伝えたくてつい襲っちゃったかもしれないけど……
にしたってムードってものがあるでしょ?」
覚悟はしていたけど、これまた随分と歪曲して伝わってる模様で。
普段はそれなりに楽しみにしている食事の時間も、今日は満足に喉を通りそうもなかった。
視界の端では、ルーミアさんがつるりとおはしからお芋を落とし、「うー……」なんて苦戦していた。
「そーよ、ロマンティックにやんなきゃダメじゃない。乙女の純情よ?」
隣の席で、ちゃぶ台の上にぐでー、と上半身を横たわらせるガッカリ幽々ちゃん〔白玉楼土産・マスコットキーホルダーB:定価525円(税込)〕
……失礼、幽々子さまが便乗してくる。
っていうか現在幽々子さま的に究極にも値する拷問(ごはん抜き)の真っ最中だというのに、その最中において反省の色が見えないのはどうなの?
喉元過ぎればなんとやら……とは言うけど、喉元過ぎてないでしょ? 現在喉焼かれてる最中じゃない。図太いよ。ふとましいよ。
視界の端では、ルーミアさんがつるりとおはしからにんじんを落とし、「ううー……」なんて苦戦していた。
「幽々子の言う通り。襲うにしたって、ムードは大切にしなきゃ」
「襲ってません!!」
私頑張って演出してたんだと思ったんだけどな、少なくともカメラのシャッター音が鳴るまでは。
視界の端では、ルーミアさんがつるりとおはしからえんどう豆を落とし、
それが自分の目の前に落ちて来たもんだから、幽々子さまは「うー……」なんてモノ欲しそうに眺めていた。
さて、思った通りというか、定石通りというか、食事が始まるなり私をいぢくる向きに空気が流れている。
先制パンチが想像以上に電光石火でビックリしたけど……とはいえ、これは十分予想していたこと。
むしろこっちは十分な臨戦態勢を既に取っていて、反撃に持って行くには丁度良いくらいだ。
幽々子さまが好き勝手かき乱しただろう幻想の私。
ヘンに誤解されるのも本意ではないし、これ以上汚物扱いされるのは正直精神的にキツい。
あんな冷たい目で眺め続けられたら、居た堪れないっての。
その誤解、解くなら今だろうと見計らい、私は強く霊夢さんに訴えかけた。
「私が席につく前になに聞いてたかは知らないですが……どーせ幽々子さまはかき乱すようなデマでも喋ってたんでしょ?」
「デマ……って、ここに証拠もあるのに?」
「……うっ。……まあ、それは事実です。……はいはい、認めます……私はルーミアさんにそういうことしました!
けど、幽々子さまが仰ることには多分どころか絶対誤解が含まれているんです。間違いなく!」
「なによ、どう誤解だって言うの?」
「だからそれをこれから説明してやりますよ! 一から全部!!」
「あ、幽々子、醤油とって」
「聞けやっ!?」
巫女にとっては話のネタのひとつだからだろう、イマイチ真剣に取り合ってくれない。
むしろ「私がヘンタイ」という結論で話が完結しているとも言える。
だが、これは私にとって自身の尊厳が賭かっている。
これは誇りを守るための戦いでもあるのだ。
翻弄されてなるものかと、やや強引にでも事の顛末を話し始め……
「調味料はごはんには入んないよね……食べても良いよね……」
「そして醤油そのままダイレクトに飲もうとするな幽々子さまーーーっ!?」
「……という訳です!」
証拠品を突きつける弁護士のように、これが証拠だ! と、言わんばかりにダンッ、とちゃぶ台に手を突いて話を締めくくる。
そうして、私は全ての説明を終えた。
あの2週間に起こったことを……先程霊夢さんに話した「ルーミアさんとの経緯」について、ディレクターズカットした「性的な部分」を全て!
もうバレてしまったんだから、今更隠したってどうしようもない。むしろ誤解されて勝手に悪い方に勘違いされる方が気分が悪い。
ならば、背に腹は変えられない……と私は根本から全てイメージを構築し直すこと選んだ。
そうすれば、いかに幽々子さまの手腕といえど誤解させようもない。
ああそうさ、聞かせたくなかった恥部まで存分に聞かせてやったよ、うわーん!!
「分かりましたね……? 私は幽々子さまに騙されて、その写真に写っているようなことをやったんです!
さすがに命の危機ってなったら、そりゃ誰だってするでしょうに。アレは私の意志じゃないです!」
以上、証明終了。
真っ赤な顔を携えながらとはいえ、私は会心の一手を打った。
それは同時に我が身を切り裂く諸刃の剣なんだけど……成果はあるはず。
食卓の準備中、ずっと考えていた私の渾身の説明を受けた霊夢さんは、
「そうなんだ」
言いながら、私との距離をまたひとつ大きく取った。
「分かってないですね」
一生懸命頑張ったのに、その成果が報われないというのは仕方なくとも悲しくなるもので、今の私はまさにそれです。
ここまで一生懸命説明した私のどこに、至らぬ部分があったのでしょうか?
そんな私の不満が通じたのか、霊夢さんは不服そうな私に「そりゃあね……」なんて呟いて、
「だってあなた……満更でもないじゃない」
「へ?」
巫女の言葉に……今まで強気に攻めていた勢いが、完全に止められた。
満更じゃない……って、それじゃあまるで、私が「女の子が好き」みたいな……。
「な、なにをばかなことを……!?」
「いや、今日の様子見てたら誰だってそう思うわよ……。やたら仲良いし、べたべたくっついてるし」
「そ、それは……別に、普通のことじゃ……」
「じゃないわよ。っていうか私には怪しい関係に見えたわ。
口では否定しても体は素直、ってヤツ? 良かったわねー、愛する彼女とキスできて」
「ち、違っ……!? 別に私、女色家とか、そんなんじゃ……!!」
突然の切り返しは、ものの見事に痛恨の一手となり、私の身に深く突き刺さっていた。
だって……程度は霊夢さんの言うようなほどでないにしろ……私が彼女に惹かれてるのは事実……。
だから、その言葉を否定しきれない……だからこそ、私は言葉に詰まってしまった。
そして反論ができないから……私の立場は、あっという間に、劣勢に押し返されてしまう。
マズいマズい、やっと押し返してきと思ったのに、逆に窮地に追い込まれるなんて。
ここで言い淀んでしまえば、身を削る努力が水の泡……私は見事ヘンタイさんの仲間入りだ。
そんなのはいやだ。
私は、自分の体裁を守ることだけを一心に考えて、強く言い返した。
「あんな目に遭って、こっちはいい迷惑なんですよ!!」
これ以上、ヘンタイの烙印を押されてなるものかと、切羽詰りながら出た言葉だった。
だから、他のことなんてまるで考えてなかった。
「……そう、だったんだ……」
「え……?」
ここまでの喧騒とは異質な、寂しそうな言霊……。多分、私だけが聞き取った……小さな一言。
幽々子さまや霊夢さんにばかり気を取られていて……食事に夢中になっていた彼女が、今どんな表情をしていたか、私は知らなくて。
気になって、彼女の方を見ようするけど。
「お願いだから私のこと襲わないでよ。このレズビアン」
「だー!! 襲いませんッッ!! 仮に女好きだったとして、こっちにだって選ぶ権利があります。自惚れんな!!」
けれど、霊夢さんのヒドい拒絶具合に頭に血が上って、結局私はそれを確認することはなくて。
「もー、妖夢は堅いわねー。やれ女同士だなんだ。気にし過ぎっ」
そして会話は次のステージに続いてく。
今まで傍観に徹していた幽々子さまだった、私たちのやりとりの隙間に上手く割り込んで、その主導権を握った。
例え気になった話題があっても、話のタイミングを合わせて取ったもの勝ち。会話ってそんなもんだ。
結局、その寂しそうな言霊は……会話という川の流れに埋れて、儚く、泡と消えた……。
「そう、幽々子の言うとおりよ。昨今女同士なんて珍しくないって」
「悪ぅございましたね、お堅い性分で」
霊夢さんも、幽々子さまのフォローを入れるように会話に乗ってくる。
あそこまで私を否定しておいて、今更その台詞はないだろうに。
けれど、どう言われようと、私はこういう風に育ってしまったのだ。
これが今日まで構成してきた私という「個」なので、否定されたところでどうしようもない。
「まあ、だから女の子に捧げさせたんだけど♥」
「あんたタチ悪いな」
それよりあなたのサディスティックな「個」を更生したい。
「じゃあそこまで仰るならおふたりとも、今ここでぶっちゅーとやってみせやがれ」
「「えー、なんで女同士でしなきゃならないのよ、気持ち悪い」」
「あんたらタチ悪いな」
ほらみろ、声を揃えて自分らの発言を全否定しやがった。
なんてやりたい放題だ幽々子ーズ。
「昨今珍しくないだけで、私たちに強制するなって言ってるの。
ねぇ妖夢、分かってるの? ファーストキスってのは、女の子にとって大切なものなのよ? そんな適当な気持ちでやるものじゃないの……」
「そう、乙女の純情よ! そんな無理矢理だなんて、幽々ちゃんも怒りますよ! ぷんぷん!!」
「その大切なモン無駄に消費させられたから言ってるんですよ」
とても真剣なお顔で、諭すように語るおふたりの言葉を、なに調子良いコト抜かしてんだコイツら、と言わんばかりの冷たい対応で切り返す。
ちなみに幽々子さまは空腹のあまりキャラが若干おかしくなり始めてきていた。
「あー、もうっ。否定したり肯定したり、言ってることメチャクチャじゃないですか……。一体私にどうしろと……?」
「「そんなのあなたをからかう方に言ってるに決まってるじゃない」」
「あんたらマジでタチ悪いな」
声を揃えて、まるで人の所業とは思えない酷いことを平然と言うサディスティック幽々ちゃんズ。
私のやさぐれた態度もおふたりには、のれんに腕押し。糠に釘。幽々子さまにごはんに関わらない話題。etc……。
正直、自分が間違ってるとは絶対思えないけど、相手は幽々子さまだ。
掴みどころのない様子で相手を翻弄しては、受け流し、気づけばこの方の思うままに。
ヘタすりゃ白だって黒にしてしまう。そういうお人だ、幽々子さまって。それがふたりだ、どんだけルナティック?
ここは、旗色が悪くなる前に、強くガツンと叩く必要がある。私は、ここで少し強く幽々子さま(本家)に反論してみる。
「なら、お堅い性分として一言言わせて貰いますけど。ルーミアさんだって女の子ですよ!
自分が被害に遭わなきゃ誰犠牲にしたって良いっていうんですか!?」
「私だってそこまで外道じゃないって。そのくらい考えてるわよー」
幽々子さまは別に動揺することなく平然として受け答える。
おはしを、先生や講師の持つ指差し棒のように縦に構えて、なにやら授業でも始めるみたいだった。
では聞かせていただきましょう、その高尚なお考えやらを。
私は姿勢を正して、幽々子先生の授業に向き合った。
「いーい? 相手は妖怪よ、しかも食人の」
「はぁ……それがなにか関係あるんですか?」
「食べる時、全身にくまなく口づけするのよ?」
「…………」
……いや、まあ確かに……言っちゃえばそれはそうなんだけど……。
さすが幽々子さまというか、着眼点がえげつない。それでいて的確……なのか?
ルーミアさんが食人主義ということは否定しようもなく事実。
可愛い少女の姿でも彼女は妖怪だし、初めて会った時も、食べたいもの何かって聞いたら人肉って元気に答えてくれた。
そんな食人妖怪だ、食べる時はその部分に唇を当てる……つまりキスをしなければならないと言いたいのだろう。
そしてその部分からかじりとられていく訳だけど。
「だ・か・ら、別にキスくらい特別じゃないでしょ。食べる時に唇噛んだらそれってキスじゃない?」
「それ、牛タン食いながらディープキスって言うようなもん、って言いたいんですか?」
「その通り!!」
幽々子さまは、手に持ったおはしを指示棒代わりに扱い、よくできましたとばかりに私に向けて、満足そうに私を牛タンだと断じた。
あと差し箸ってお行儀悪いですよ、白玉楼の主様。
つまるところ、ルーミアさんから見たら私は食材、か……。
ほっぺくらいなら普通にしちゃうのは、私自ら身をもって体験した訳で……まずいな、一理あるや。
そう考えると……ああ、なるほど。彼女の、あの行為に性別を意識しない軽さっていうのは、そこから来てるのかもしれない。
思うと、納得はできるかもしれない。……半分。
「……それ言っちゃうと、幽々子さまが私たちの関係誤解して一肌脱ぐのはおかしくないですか?」
「なにがー?」
「や、なにがって……ほら、ほっぺにちゅーする様子覗いて……それで私たちの関係誤解したんでしょ?」
幽々子さまの「考えている」の、対応されていない部分を問いただしてみた。
現に私は彼女を食材と見れてないし、あの行為も"行為"としてしか受け取れなくて今大変な目に遭っている。
「え? だって妖夢はもうルーミアちゃんにゾッコンラブなんでしょ?」
「……いえ、ですから女同士……」
「その禁忌と常識の狭間、"好きの境界線 "でヤキモキする妖夢が楽しいんじゃない♥ 幽雅に咲かせ、百合の花!」
ああ、つまり私は大切で乙女の純情なファーストを女の子捧げちゃったことを一生気にして生きろと、そういういぢめですね。
自分の持ちBGM「幽雅に咲かせ、墨染の桜 〜 Border of Life」をもじってまでネタに走るなんて、なんて素晴らしい「からかい魂」の持ち主だ。
一体どのタイミングで鳴らせばいいんだよ「幽雅に咲かせ、百合の花 〜 Border of Like」。
そしてその思惑通りヤキモキしてましたよ。現に今もヤキモキしてますよ。どこまで上手なんだ、この人ほんと素晴らしい策士だよ。ちくそー!
「ね? わんこ。特別なんかじゃないわよねー?」
「ふぇ?」
幽々子さまが、改めて確認するようにルーミアさんに訪ねる。
今までお食事に夢中で、会話から外れていたルーミアさんもここに来てようやく参戦。
私も霊夢さんも、彼女の方に視線を向けて、注目が彼女に集まった。
突然話を振られて不意を突かれたルーミアさんは、とぼけたお顔でおはしをくわえ、きょとんとしていた。
やっと見れた彼女の表情は……別になんでもない、いつも通りの表情に見えた……。
「うわっ……」
注目が彼女に集まると、霊夢さんが短く小さい悲鳴を漏らしていた。
ルーミアさんから視線を下にやると、そこは散々落としただろうおかずの汚れでひどい有様だったからだ。
……今更な余談だけど、ルーミアさんはおはしの使い方にはまだ慣れていない。
彼女、かわいい顔して捕獲→実食という肉食動物なサバイバー生活をくり返しているため、実は最初はおはしが使えなかったのだ。
描写は省いたが、私たちと過ごし始めた時……永琳さんの診察直後とか、手掴みでものを食べていた。
仮にも白玉楼に住まう以上、そのくらいの礼節は身につけてもらわなくては白玉楼の沽券に関わる。
ということで、私たちと過ごした2週間の間に私がおはしの使い方を教え、多少は覚えてもらった次第である。
最初は「えーめんどくさーい」と拒否されたけど、幽々子さまが権力で脅した。
問題は、今のその白玉楼の沽券が主自らの手で崩壊させられてるってとこなんだけど。ちゃぶ台にぐでーはあんまりお行儀良くないですよー。
おっと、話題が逸れてしまった。
「まあ、今そんな感じになってるんだけど」
「そーなのかー」
そんな余談の間に、私たちの会話を聞いてなかったルーミアさんに幽々子さまが顛末を軽く説明し終えていた。
ルーミアさんも、私たちと同じところまで追いついたところで、幽々子さまは改めて同じ質問を投げ掛けた。
「うーん。そうかも?」
「でしょー」
ルーミアさんは、別段否定するでもなく、軽く返事を返してた。
やっぱり、私が思うほど重くは考えていない模様……。
さっき、夕方の鍛錬前も、「好きだから」って……むしろ喜んでいる風でさえあったし……。
私があの行為をルナティックレベルに考えているなら、きっと彼女はノーマルかイージーレベルなくらい、ゆる〜く考えてるんだろ。
実際……軽く考えててもらってる方が幾分か気が楽になる。
許してもらったとはいえ……私だって無断で奪っちゃった罪悪感はあるのだから。
「でも……口に、されちゃうのは、特別だったみたい……。意識したの……よーむちゃんのが、はじめてだったから……」
「ねー、妖夢ぅ。口にされるのだけは特別だったてさー」
口 は 特別 です。
「ごめんなさいっっっっ!!!!?!?!」
「ひゃぇっ?!」
どんがらがっしゃん。食卓の上の食器や食べかけのおかずが宙を舞い、代わりに食卓の上には幽々子さまの華奢なお体が顕現なされた。
そして、ちゃぶ台の上の幽々子さまは、対面に座っていたルーミアさん向けて深く深く土下座をなさった。
「うおー?! 冥界の偉い人が土下座したーーーー!?」
「す、すみません、ルーミア様……ワタクシ調子に乗りました……。
てっきり軽く考えてるものとばかり思い込んで……私はあなた様の大切なものを汚してしまいました……」
「気にしない」という前提条件が覆され、計算が完全に狂った幽々子さまは、己の非を素直に認めて、深い謝罪を行っていた。
自分の額にルーミアさんがこぼしたおかずの汚れがつくのも厭わず、食卓に頭を擦り付ける。
なんだかんだでこの人は筋を通す。
通して人を騙すからいつもタチ悪いんだけど……今回ばかりはいつもの飄々とした様子で捌ききれなかったようだ。
策士が策を外したらこんな感じになるんだ……なんて、ちゃぶ台に頭を擦りつけての謝罪する幽々子さまを眺めながら思ってた。
「す、すごい図ね……仮にもラスボスが、その一作品前の1面ボスに頭下げてるわ」
「まあ、普段なら幽々子さまの面目が潰れるようなこと私がさせないんですが……今回は明らかに謝って欲しいので、いいぞもっとやれ、ですが」
悪いことをしたら謝りなさいっておかあさんがいっていた。と、目の前にくり広げられる情景に、そんなの当たり前の教育理念を頭の中思い描く。
当たり前だが、それが冥界のトップクラスな偉い人なんで、物々しく見えるんだろう。
相応の立場には相応の責任が伴うものだ。
まあ、いつも甘い汁を吸ってたんだし、たまにはこういう展開もあっても良いと思う。(by 被害者代表:魂魄妖夢)
それにしても、ノリツッコミならぬノリ土下座のやり方が私と一緒だった。私たちって似た者の主従なんだろうか?
「ルーミア様すみません! 犬呼ばわりなんて、本当に申し訳ありませんでした!
どうか、どうか私を犬と呼んでください!! 悪魔の館のメイド長と同じ扱いをしてください!!」
「え? え? え?」
幽々子さまに土下座されて戸惑うルーミアさん。
むしろなぜ自分が謝罪されているかよく分かっていないような、そんな感じ。
それにしても幽々子さま、自分のご飯がないからって、中に入ったおかずごと食器をぶちまけるなんて本当にゲンキンだ。
自分の分があったら、絶対避難させてから「ごめんなさいっっっっ!!!!?!?!」ってなっただろうと確信が持てる。
そしてぶち撒けたこれ片付けるの誰だと思ってるんだよ。
畳には煮物の染みがどんどん染み込んでってた。
「い、いいよ……あやまらないでよ」
「無理! 無理ッス!! ルーミア様ごめんなさい!!」
ルーミアさんはやっと対応できるようになったみたいで、頭を擦り付ける幽々子さまに、優しい言葉を返していた。
けれど、幽々子さま会わせる顔がないのか、彼女の言葉を受け入れようとはしない。
幽々子さまのこんな姿拝めるなんて、うちの庭の西行妖が満開するくらい稀少なお姿だ。
それを具現化したルーミアさんはすごい。自慢しても良いよ。私が許す。
一方私は、ぶち撒けた煮物とルーミアさんのこぼして汚したちゃぶ台の汚れが、幽々子さまの上物そうなお着物に染み付いているのを見て、
着物洗うのって大変なんだろうな、とかおぼろげに考えていた。そもそもこれ本日2着目の着物なのにね。
そんな、下克上万歳な白玉楼の食卓事情……だが、事態はルーミアさんの少し照れくさそうに答えた一言で、一変した。
「わたし……よーむちゃんなら……良い、から……」
ピシリッ!
その一言で、暖かかった団欒が、一瞬で凍りつく。
……いや、厳密には半分が、だった。
実は、私はその言葉にほんのり胸を温めてしまったクチで、事態の把握が数瞬遅れてた。
言った本人も、頬をほんのり赤に染めており……照れくさそうに、けれど少しだけ微笑んでいた。
じゃあ残りのふたりはというと……まず霊夢さん。
まるで理解できない異文化に触れ合ったみたいに顔をヘンな風に固めて、パーフェクトフリーズしてた。
そして、幽々子さま。
「うっふっふっふっふ〜↑」
段々とトーンを高くしていく心底嬉しそうなニヤけ笑いを、顔を覆った腕で隠しながら浮かべ始める。
あ、まずっ……。いぢられ役の勘が察する。
「ちょっと聞きました奥さん!? この子……目覚めちゃってますわよ!」
「びっくりだわさ」
ようやく顔を上げた幽々子さまは、まるでルーミアさんのように満面の笑みを浮かべて巫女幽々子さまと揚々と語らい始めた。
その姿を見て、勘が確信に変わる……下克上は失敗したのだ、と……。
再び天下を取り戻した幽々子将軍を前に、短い天下をもう少し堪能しておくんだったと、敗戦の将となった私は思った。
人生で最も重い気持ちで臨んだ食事を終えた後は、食後の一服として茶菓子を囲むことになった。
私は半身の「私」と共にひとり席を外し、お台所でお茶と冥界羊羹の準備をしていた。
これには幽々子さまの参加も許したので、幽々子さまはムチャクチャ喜んでいた。
「まー、なんだかんだで言う通りにして下さった訳だし……」
食事の最中は、拷問に反発するように終始スネてはいたが……幽々子さまはお仕置きを最後まで受け入れてくださった。
立場はどう考えても私よりも上で、むしろ白玉楼内では実質「俺がルールだ!」とも言える最高権力者だ。
私の言葉も戯言と軽くあしらってしまえば、大好きなお食事にありつけただろうに……けれどあの人はそうしなかった。
普段はゆるゆる飄々好き勝手放題、掴み所のない軟体動物な性格を表立たせているクセに、やることにはしっかりスジを通す。
だからあの人は主たる器があるのだろうし……私も、あの人について行こう、そう思えるのだ。
「よし、お茶の準備完了。じゃあ行きましょうか」
私はお茶請けの準備を終えると、応えるようにふよふよ体を動かす「私」を確認してから、
3人の……特に幽々子さまの待つ食卓へ足を進めるのだった。
お盆を運び、襖の前に着く。
すると、襖越しにとても楽しそうに語らう声が聞こえた。
まるでお泊り会かなにかのようだ。
「それでどんな感じだったの? 聞かせて聞かせて」
「そうよね。私も聞きたーい。わんこったら聞き出す前に帰っちゃったし」
襖を開けると、皆で囲んだ食卓ではルーミアさんそ中心に会話の花が咲いていた。
よっぽど興味津々なのだろう。私が入ってきたことにも気に留めず、会話を続行している。
「やっぱり甘いの? レモン味? こんにゃく味?」
「えっと、えっと……」
やはりみんな年頃の女の子なんだろう。
さっきまで明らかに引いていた霊夢さんも、今ではミーハー気分にルーミアさんを質問攻め。
それにしてもこんにゃく味ってなんだ?
「実は……覚えてないんだ、えへへー♥」
「えー、なによそれー」
「もー、期待させといてそれー? わんこったらあんまりじゃないの?」
ルーミアさんもルーミアさんで、別段いやな顔をする訳でもなく、照れくさそうに頭を掻きながらおふたりに対応していた。
彼女は、私が気にするほど性別を意識していない。
だからだろう……むしろ顔をほんのり赤らめて、嬉しそうに微笑んでさえいる。
まあ、実年齢で見ると「年頃」とは違うんだろうけれども、妖怪や亡霊っていうのは、基本見た目通りの精神年齢が反映されるもの。
そんな訳で、実年齢で言ったら相当な幽々子さまも、その手の話題に興味津々である。
そこに居られる幽々子さまは、課せられた冥界の管理者という重い肩書きもない、ひとりの女の子になっていて……。
なんだか、そんな幽々子さまが微笑ましく思えた。
けど、話題が私の恥ずかしい話だけに素直に喜べない。
ちなみに幽々子さまが散らかしたおかずは全部私が片付けた。
一応、白玉楼には召使いの亡霊・霊魂は居るのだが……今盛り上がってる話題を、私が、誰にも聞かせたくなかったからだ。
聞かせられるかこんな私の赤裸々な話……!
だから誰も客間に入れないようにするためには……私が片付けるしかなかったのだ……!
「されちゃった……って言うのは、覚えているんだけど……突然で……。
わたし、ふらふらだったし……感触とか、全然……考えてる余裕なくて……」
「ちょっとー、レイプ犯ー」
「レイプ犯言うな」
羊羹を並べた皿を食卓の中心に置いて、私も着席する。
食事の時と同じく、霊夢さんを向かいに、両脇に幽々子さまとルーミアさんという配置で。
座るや否や、とても失礼な二つ名で呼ばれ、早速会話に引き込まれる。
っていうか私とルーミアさんで随分態度違うな、どうして……ああ、今更問うまい、どーせ私はいぢられキャラですよー。
「これじゃあ面白くないわね……。妖夢、代わりにあなたが答えなさい」
「ええっ!?」
愛用してる扇子で私を指しながら、幽々子さまはもう片方の手で皿の羊羹を鷲掴みして全部口ン中に放り込んだ。
用意した羊羹は、入場と同時に神速をもって全て退場。
私がお盆から手を放し、着席する膝を畳につけるまでの一瞬の間の出来事だった。
「もっしゃもっしゃ……だってルーミアちゃんが分からないっていうんだもの。
もっちゃもっちゃ……だったらもうあなたしか分かる人……ゴクッ……居ないじゃない」
「口に物を入れたまま喋らんでください、行儀悪い」
「今は礼儀作法なんてのはどうでも良いの!」
「良くないですって!」
指についた羊羹のカスをペロリと舐める冥界名家の私の主人に、基本的な礼儀作法というものを指摘する。
この姿を見て、この人が冥界の管理任されてるなんて誰が信じるんだろうな。素敵なカリスマ性の持ち主だよほんと。
「別に幽々子の行儀なんて興味ないわ。良いから答えなさい、レイプ犯」
「だからレイプ犯言うな」
「で、どうだったの、妖夢ぅ〜?」
「ど、どうって……」
突然振られて言葉が詰まってしまう。
私の困ってる様子を見て、詰問を引っ込めてくれるのをほんの少し期待するも、このサディスティック一族がそれを逃がすはずがない。
……いや、そんな打算なんかじゃあないか。
ただ純粋に、興味に溢れているのだろう。
向けられる視線は、私をいじめようとするものではなく、期待に溢れたものなのだから。
私は、向けられる幽々子さまと幽々子さま(ver.脇)の視線に押され、結局答えるしかなくなった。……のだが、
「……私も、よく、覚えてません」
あの時は必死だったから、感触だとか、どんな気持ちだったとか……全然分からない。
当たっていた余韻みたいのは残ってたんだけど……最中の時はほんと、頭の中が真っ白だったから……。
「なによー、面白くないわねー。なんのためにキスしたのよ」
人命救助のためですよ。詐欺だったけど。
「そうだそうだー、どんなだったか聞かせろー。ご主人様の命令だぞー!」
第三者なおふたりは、好き勝手言い放題だった。
さっきまで土下座して平伏していた幽々子さまも、罪悪感なんて良い感じにゴミ箱ポイポイのポイしてる。
ああ、平伏す幽々子さま、儚い幻想の時だったなぁ……。
あと羊羹だけじゃ全然空腹が満たせないのか、やっぱり性格が若干おかしくなってる。
「どんなに言われたところで、覚えてないモンは覚えてないんです。諦めてください」
「じゃあやり直しなさい」
………………………………。
「はい?」
なんだか霊夢さんの口からトンでもない台詞が飛び出してきた……気がした。
うん、そうだよね、気のせいだよね。そんな台詞出てない出てない。
……とばかりに聞き流そうかと思っていたが、そうは問屋が卸してくれない。
「……あー。私、羊羹補充して来ま……」
「そうよやり直しなさい!」
霊夢さんの放ったトンでも発言に、幽々子さまもが便乗なされたからだ。
「え? いや……」
「「やり直せ! やり直せ! やり直せ!」」
戸惑う私を余所に、幽々子さまと脇は、とうとう手拍子をしながら「やり直せコール」を始める。
まるで飲み会のコールかなんかだ。
ちょっとまって、なにこの空気!?
「「やっり直せっ! やっり直せっ! やっり直せっ!」」
「その……まず話を……」
「「やっり直せっ! やっり直せっ! やっり直せっ!」」
「む……」
「「やっり直せっ! やっり直せっ! やっり直せっ!」」
私は……
「無理ですッッ?!!?」
居た堪れなくなり、逃げた。
「ひゃぁっ!?」
この場に、ルーミアさんひとり残す訳にも行かないと、ルーミアさんの手を取って。
ドカーンッ、私の体はアクションスターがガラス窓をぶち破る姿よろしく、再び襖を突き破った。
「あ!? 逃げた!!」
「ちぃっ! 追うわよ、幽々子!!」
外に出れば、辺りは黒に染まっていた。
太陽は沈みきっており、空には下弦の半月が輝いている。
時はもう夜……よし、これならルーミアさんも安心して空を飛べる!
確認してから、私は彼女に「すみません」と一言断って腰に手を回し、荷物か何かでも持ち運ぶように脇に抱えて、
ドラ○ンボールも真っ青な勢いで縁から思いっきり空へ飛んだ。効果音で言ったら「ドヒューンッ!」って感じだ。
「待ちなさい! ふたりきりでラブラブちゅっちゅっしようだなんて、そうは行かないわよ! 見せろ!!」
霊夢さんがなにやら誤解した発言を後ろから放っている。
そのツッコミどころ満載で今すぐにでも修正したい発言に、私は無視を決め込む。
構ったら負けだと思う。そのツッコミで足を止める作戦なのかもしれないし。
迷うな、今は逃げ延びることだけ考えろっ!!
「待てー! この半分幽霊―!!」
白玉楼から、高速で脱出する私。それを追って、幽々子さまも霊夢さんも屋敷を飛び出した。
だが、永夜抄において、移動速度(単独キャラ・高速移動時)は幽々子さまと霊夢さん共に★★★★だ。
★★★★★★の私に追いつけるはずもない!
「助けて霊夢パンマン! 私お腹空いた!! 動けない!!」
「我慢しろ!!」
あ、しかもなんか幽々子さま足手まといになってる。
"レイムパンマン"ってなんだかよー分からんがこれはチャンスと、私はルーミアさんを脇に抱えたまま全速前進!
半霊の「私」の方も、若干遅れてはいるもののしっかりついて来ている。
私たちはそのままの速度を保って一気に白玉楼から離れた。
「待ちなさーい!」
「お腹空いたー!!」
依然後ろから、おふたりの何か叫ぶ声が聞こえる。
しかしそれも長くは続かない。
「…………!」
「…………!!」
やがて、鳴り続けてたやかましいそれも、次第に小さくなり、その内聞こえなくなった。
振り向いて後ろを確認すると、おふたりの姿は夜の闇に隠れて見えなくなっていた……。
どうやら、振り切るのには成功したみたいだ……。
それでも私は油断せずに、速度を緩めず、夜空を切り裂いて飛び続けた。
「ぎゃーーーっ!? 春の亡霊に食われるー!?」
……なんか霊夢さんの一際大きな声が聞こえた気がするけど、振り切ったんだからきっとそれは空耳だった。
さて、どうするか……。
当然、引き返すわけにも行かないし。
私もの方もほとぼりが冷めるまで白玉楼に帰れる雰囲気でもない。
頭を悩ませていると……余裕ができたからだろう、当たり前のことに、不意に気づく。
「そっか……もう、そんな時間か」
時刻はもう夜。空にはすっかり月が輝いていた。
半分だけの姿で地上を照らす、下弦の半月……。
月は輝き、太陽はどこにも見当たらない……宵闇の妖怪の時間。
彼女を引き止めておく理由は、もうない。
「ちょっと帰りにくい雰囲気ですからね……このまま現世まで送りますよ」
「え……!? あ、うん……」
私は仕方なく、今日はここで解散することを決断する。
「まったく……」
折角の再会だったのに、霊夢さんと幽々子さまのせいで、台無しだ……。
心の中でひとりごちた。
「…………」
台無し、か……。
確かに……台無しにしてしまったんだな。
彼女の色んなものを。
再会の余韻も……
初めての感動さえ……。
「ふぅー……ここまで来れば、もう大丈夫ですね……」
しばらく空を飛び続けて、冥界と現世の境界線、幽明結界に到着する。
念のため振り向いて後ろを確認してみる……幽々子さまーズの姿がなくて、安堵のため息がこぼれる。
もしかしたら幽々子さまーズは今ソロ活動になっちゃってるかもしれないけど。
そうして、幽明結界を越えて、私たちは現世側の空へとやってきた。
「ここからならもうひとりで帰れますね?」
「うん……」
口にするルーミアさんは、どこか寂しそうな様子を浮かべていた……。
そして、小さく呟く……。
「残念だなー……折角よーむちゃんに会えたのに……」
「…………」
その気持ちは、私にも痛いほど分かった。
やっと再会できたってのに……出だしからなし崩しだし、終わり方だってこんな……。
第一、霊夢さんへの対応で手一杯で、あまりルーミアさんに構ってあげられなかった気さえする。
私だって、もう少しルーミアさんと一緒に居たい。
離れたくなかった。
別れたくなくて。
「なら少し、一緒に現世側の夜空を散歩しましょう」
「え?」
そんな提案が、口をついて出た。
「私も……ルーミアさんと、もっと一緒に居たいから」
頬をかきながら……照れくさそうに、付け足した。
どうにも、ふたりきりになるとダメだ。私は熱に浮かされてしまうようだ……。
恥ずかしがりながら、横目で彼女の顔を伺う。
ルーミアさんのまだ幼さの残るその顔に、薄暗い闇夜の中にあっても眩しいと感じるくらいの笑顔が一面広がっていて。
「うんっ!」
私の左腕に、強く抱きついてくるのだった。
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