幻想郷の遥か上空に存在する、幻想郷の中でもひときわ静かな場所。
 ここは幻想郷の生けとし生ける者が生を終えたときにやってくる冥界。
 その中で一番華やかで広〜いお屋敷である白玉楼では、ほうきを手に庭掃除を行う庭師の姿があった。


「よし、今日の庭掃除終了、っと」


 庭師の私は、動かしていたほうきを止めて一息。
 やっと今日の分の掃除を終えたのだと、ほうきを持ってない方の手で額の汗を拭った。


「休憩が終わったら夕方の鍛錬ですね」


 私の周りにふよふよ漂う霊魂……半身の「私」に向けて、この後の予定を確認するよう語りかけた。
 空を眺めると、そこには今更確認するまでもないくらい太陽しっかり輝いている。
 時刻はおそらく3時前後といったところ。
 時計はここにはないけれど、案外規則正しい生活を続けてる私の体内時計がそう告げているから、多分正解だ。
 冥界の地を照らすその眩しさに目が眩みながらも、手で影を作っては、燦然とした日輪を眺めた。

 冥界は死者の住まうところ、とはいえ現世と同じような平々凡々で穏やかな日々が今日も過ぎ去っていく。
 ここからしばらくの間は休憩を取り、その後は今「私」に言ったように夕方の剣の鍛錬の時間。
 私はまだまだ未熟なので、会得するまで剣の修行は欠かせない。
 まだ空に浮いている太陽、それが沈みきる前に私の夕方の鍛錬も始まる。
 そんな、いつも通りの私の日々。

 ……そこに少しだけ、寂しさを覚える。


 彼女が帰ってから10日の時が過ぎ去った。
 冥界の中でも一際賑やかな白玉楼が、更にほんの少しだけ賑やかになった日々。

 私にとって眩しくて、憧れた……まるで太陽のような彼女と過ごした日々が終わってから……。


「太陽、か……。ははっ……なんか矛盾してる」


 宵闇の妖怪が「太陽」になぞらえられてるなんて、きっと思いもしないのだろう。
 闇と光、相容れないふたつの同居。その皮肉めいた言い回しに、思わず笑ってしまう。
 彼女は嫌がるかもしれない……けれど彼女は私には眩しくて、温かで……やっぱり「太陽」こそ、なによりも彼女を指し示す言葉だと思う。
 彼女には、とても言えないけれど……思うだけなら、良いですよね?

 そんな彼女と過ごした2週間足らず……。
 まばたきみたいに過ぎ去った、けれど眩しかったあの日々の面影は、もう思い出の中にだけ……。
 いつの間にか、私の日々はいつも通りに戻っていた。
 それはそれで程々に充実していた生活を、なのに寂しく感じるのは……あの日々がもう、終わりを迎えたのだと、如実に伝わるから……。


「……大丈夫。また会えるから」


 寂しい気持ちを、そんな希望みたいな言葉で誤魔化した。
 いいや……私は信じている。
 寂しくないと言ったら嘘になるけど……再会を信じて交わしたあの言葉を……信じているから。

 胸に残る寂しさと期待を胸に浮かべたまま、私は屋敷に向かうべく、太陽に向けていた体をそのまま反転させて歩き出す。


「………………」


 ……つもりだったけど、進めようとしていた足は、思わず止まった。
 180°反対の空に移した視界に浮かぶ奇妙な光景を捉えて……思考までも止まった。
 意外と爽やかな表情浮かべているつもりだった私の顔は、その表情のままに冷や汗を流して硬直。
 胸の内では、あまりの不可解なそれに、直前の感慨なども全て吹き飛ばされてしまっていた。


「あ! 見つけた」


 私の視線の先、空に浮かんでいる「人間」が言う。
 そこに居るのは知り合いの巫女だった。
 紅を基準とした袖のない装束に、別途白色の袖を装着した、肩部の肌を露出しているというやや大胆な風貌。
 加えて、黒く長めの髪の頂点に大きく真っ赤なリボンを抱えた佇まい。
 その強い「紅白」という印象を与える外観が特徴的な、博麗神社の巫女、博麗霊夢さん。
 ちょっとした事情で知り合いになった彼女が、今日は珍しく冥界にまで訪ねにきてくれた模様。


「……な、」


 別に……彼女が冥界に来ること自体は、珍しいだけでなんてことはない。現世と冥界の境界は現在ゆるゆるなのだから。
 珍しいのは彼女と繋がっている物体だった。
 ……いや、"物体"なのかも怪しいよく分からないそれ。
 知り合いの訪問になにかしらの思うところもあるだろうが……私の興味は珍しい来客を通り越して、後ろの"なにか"へ一心に注がれる。

 霊夢さんの右手には1本の縄が握られていて。
 縄は後ろに伸びていて。
 その縄を辿っていくと……


「なんじゃぁこりゃぁーーっっ!?」


 そこには、縄を引く巫女よりも一回りも大きい、黒い謎の球体が繋がってました。






 

みょんミア

一、再会は巫女と共に







「ふー、見つけたわよ妖夢」


 まるで何事もないように私の前に着地する霊夢さん。
 縄で繋がっている黒い球体も、彼女についてくるようにふよふよ一緒に降りてくる。
 私は、久方ぶりに訪問してくれた客人への挨拶も忘れて、ただ「あぅあぅ」と言葉にならない声を上げてうろたえていた。

 なにあの黒い玉!?
 アレはなんなの!?
 ワ○ワン? 
 かの有名な任○堂さまのきのこ食って大きくなる赤い服とヒゲがトレードマークの配管工冒険シリーズ、
 その「3」にて初登場した、配管工(以下「マ○オ」という)へ噛み付くのが使命の、鎖に繋がれた鉄球生命体のアレなのか!?


「コレについてあなたに聞きたいことがあったのよ」


 コレ、と言って霊夢さん縄を引っ張ってみせる。
 風船のように霊夢さんの背後で浮いていた大きな黒いモノは引っ張られた力に逆らわずに、ゆっくりふよふよ、引かれた方向に進んだ。
 私に聞きたいと言われても、私は任○堂に勤めてる訳じゃないし、そうでもなくてもあんな黒くてでっかい球体に覚えなんてない!
 私が動揺して困惑してる間、引っ張られた黒い球体は引かれた勢いのまま、ゆっくりふよふよと地面に近づいていた。
 そのまま、地面とぶつかって……


「あ痛っ!?」


 地面にぶつかると共に、中から女の子の声が響いてきた。


「え……!?」


 それは……聞き覚えのある声だった。
 一瞬で、聞き間違えてしまいそうな、小さな悲鳴に……だけど私は確信めいた何かを抱いた。

 瞬間、覚えのないと思い込んでいたその黒い球体に、ひとつだけ心当たりを思い出す。
 そうだ、私は"それ"を遠目に見ていなかったから違う風に見えただけで、もしかしたら"それ"なんじゃ……。
 思うと、なぜだか胸が、ときめいた……。
 違うか……なぜか、なんて分かってる。
 そうなって欲しい期待が、私の胸をときめかせているんだ。


「コレなんだけどね、中に……って、妖夢? 聞いてる?」


 霊夢さんには悪かったけど……正直、この時の私に彼女の言葉は届いていない。
 意識は全て、その黒い球体に向けられていたから。

 まさか……期待に胸を躍らせながら、近づいてみる。
 と、その「闇」の中からもう一度、声が聞こえてきた。


「やだやだやだー! ほどいてー、ほーどーいーてー!」

「……っ!」


 間違いない……。
 思い出の中にしまわれつつあったその声が……。無邪気な、あの声が……。
 期待が確信に変わって……嬉しいという感情が、体の内側から溢れ出そうになる。
 こらえきれず、胸の内に渦巻いていた彼女の名前が、私の口をついて出た。


「まさか……ルーミアさん!?」

「え!?」


 私の問い掛けに、闇の中からハッとしたような声が響いて……途端、闇が掻き消え始めた。
 自らをその場に留めていた力を失ったのか、まるで霧が晴れるかのように闇が散っていった。
 黒しか存在しなかったその空間に光が差し込んで、中から別の黒い姿が覗き始める……。

 黒い衣服に、金色の髪。真っ赤な小さなリボン。
 なぜかは知らないが巫女が持つ縄に縛られ、ぺたんと地面に座り込んでいたその小さな体が、私の瞳に映り込む。
 もう間違いない、この姿を……この子を……ずっと私は、待ち望んでいたんだから!


「よーむちゃんっ!」


 顔いっぱいに喜びを浮かべた彼女が私の名前を口にして……感動で胸がいっぱいになりそうになる。

 私は……太陽と再会した。












「いーやーっ!? たいよぉー、まぶしーっっ!?」

「ああっ!? ルーミアさん大丈夫ですか!?」


 再会は1秒でグダグダになった。

 私の太陽は本家の太陽が大の苦手。
 現在時刻は3時前後……と予測。いずれにしろ太陽はまだ絶賛労働中。
 そんなだから突然闇を払ったせいで、彼女の苦手な日の光が彼女を襲っていた。


「あついー、まぶしー、目がー、目がー!?」

「すみませんルーミアさん、そのまま2秒だけ我慢しててください!」


 手に持っていたほうきを投げ捨て、腰の楼観剣に手を添えながら、
 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタよろしく光に目が眩んでじたばたもがくルーミアさんに早口で告げて踏み込み、私の体は彼女の横を通り過ぎた。
 愛刀の楼観剣の、ほんの少し鞘から覗かせていた刃を鞘に納める。
 チンッ……軽い音が鳴ったと共に、彼女の身を拘束していた縄が細かく刻まれ、地面に散った。


「おー、お見事」


 ぱちぱちぱちと、博麗の巫女から拍手と賛美が送られる。
 剣の腕を褒められるのは素直に嬉しいものだけど、堪能するのは後回し……今はルーミアさんの方が重要だ。
 縄だけ切るなんて芸当、闇に覆われて見えなくなったらできなかったとはいえ、私は彼女を余計に光の元に晒してしまったのだから。
 急いで安否を確認すべく、彼女の方を振り向くと……


「もう闇をまとっても大丈……」

「あーんっ! よーむちゃーんっ!」

「うわっ!?」


 途端、胸に飛び込んできた衝撃に不意を突かれ、私はしりもちをついてしまう。
 とっくに闇に覆われていると思ったその体が、彼女の姿そのままで私の方に飛び込んできたのだ。
 しりもちは別段痛くはなかったが……それよりも、涙をボロボロ流す彼女の表情を思い出して……
 視線を、私の体を抱く小さくて柔らかい感触のする方へ移した。

 と……ふと、なにも見えなくなる。
 気がつけば辺りは真っ暗で、私の目は完全に光を遮断されていた。
 突然視力を奪われた私だったが……別段驚きはしない。
 むしろ彼女がやっと自分の能力で闇を操り、苦手な日光から自らを守ったのだと理解して、安心した。

 見えない中、すんすんと静かに泣く声が耳に届く。
 視覚を封じられているせいだろう、残された感覚器官が鋭敏に働いていて、静かなはずの泣き声が、より鮮明に響く……。
 私は、闇に覆われる前の記憶を辿って、彼女の頭があっただろう位置に手を添え、そっと撫でてあげるのだった。


「なによ、あなたたち本当に知り合いだったの?」


 なにも見えない真っ暗な闇の中、私たちの他にもうひとり居たその人からの声だけが響く。
 声の主は、あの紅白が特徴な巫女だと分かるが、今の私の目には黒しか見えない。
 ルーミアさんの作り出す闇は強力で、何人も「見る」ということを拒まれるほど漆黒の闇。
 このままでは、声の主の姿を確認するなんてことは不可能。
 相手の顔も見ずに話をするなんて、礼儀としてはあまりよろしくない。


「すみませんルーミアさん。ちょっと、私の頭だけで良いので、出していただけますか?」


 言うと、調整してくれたのだろう。
 視界が開け、紅白が特徴の巫女装束が瞳に飛び込んできた。
 ルーミアさんにありがとうございますと告げてから、私はようやく冥界まで訪ねて下さった知人と向き合って言葉を交わした。


「霊夢さん、一体なぜ冥界に? いえ、それよりなんでルーミアさん縛られてたんですか!?」


 会話を始めるや否や、つい自身の疑問ばかりを霊夢さんにぶつけてしまった。
 先に質問をしていたのは霊夢さんの方だったのだが……どうにも自身の欲求に負けて、つい問い詰めてしまった。
 そんな私に、霊夢さんは特に文句を言うでもなく、腕を組みながら丁寧に私の問い掛けに答えてくださった。


「んー、実はね。現世でちょっとした異変が起こったから、ササッと片付けてやろうと神社を飛び出したのよ」


 異変が起これば神社を飛び出す。
 それは、この博麗霊夢にとってはよくあること。
 幻想郷で異変が起これば、彼女と、ご友人の魔女・霧雨魔理沙さんが、異変解決へ乗り出すのだ。
 たまに、吸血鬼の館のメイド長とかも出動する。
 かく言う白玉楼も、先日現世にご迷惑を掛けちゃったので殴り込みを仕掛けられたクチだ。


「そしたらステージ1でその黒尽くめに襲われてね」

「ステージ1って……その言い方はどうかと……」


 霊夢さんは、組んだ腕から利き手だけを解き人差し指だけをピンと伸ばして、私の方をお行儀悪くも指差してきた。
 もっとも、その人差し指の示す先は私ではなく、闇に隠れて今は見えない、今も私に抱きついて静かに泣いてる彼女にだろう……。


「それが今朝……まあ夜明け前のことね。まあ、襲われること自体は良いのよ。慣れてるから」


 懲らしめてやるだけよ。自信満々に付け加える巫女の表情は不敵だった。
 指差すのに使っていた利き手を、指を立てたまま肘から先だけ上にあげる。


「問題はその時の会話」

「会話?」

「その子ね、なんでも『今日はよーむちゃんに会いに行くから、お弁当になれー』、なんて言って私を襲ってきたの」

「え?」


 霊夢さんの言葉に、驚きが胸を支配した。
 お弁当というのは……先日の冥界での経験を踏まえた行動に違いない。
 なら彼女は、そうしてまで私に……私なんかに会いに来ようとしてくれて……?


「わざわざ……私に会いに……?」

「ひっく……」


 そして、驚き以上に……嬉しさが込み上げ、胸を満たした。

 私の体にすがりついて、まだ静かに泣き声を漏らすルーミアさん。
 目を向けてみるけど、まだそこは黒い闇に覆われていて、姿を確認することはできない。
 私は、彼女の頭に触れたままの手で、もう一度……そっと、撫でてあげるのだった。


「で、懲らしめた」

「懲らしめたのか!? なんてヤツだ!」


 ヒドイことをサラッと軽〜く口にした紅白の巫女に、激情を向けて抗議した。
 巫女はまあまあ話が逸れてる、なんて私を嗜めて会話を横道に逸れないように誘導。
 ルーミアさんを痛い目合わせたことは許せんが……まあ会話が進まないし、今は黙って聞きに徹しておきますよ。


「で、私の知る"よーむ"っていったらあなたしか居ない訳だけど……あんたたちどう考えたって繋がりなんてないじゃない?
 気になって真相を確かめに来たって訳ね。神社でちょっと問い詰めたんだけど、この子まともに答えようとしないし……」

「はあ、なるほど」


 なんとなく事の顛末が見えて納得。
 現世の妖怪と冥界の住人。確かに私たちなんて繋がりようもない。
 そもそもの始まりだってまったくの偶然だし。確かに説明が必要なのかもしれない。
 まあ、ルーミアさんがまともに答えなかったのは、もしかしたら負けたルーミアさんのちょっとした仕返しだったのかもしれない。
 そう思うと、ちょっとかわいい。


「ま、逃げようとするから縄で縛って、時間になるまで神社で監禁してきた訳だけど」

「手前ぇの血は何色だーーーッッ!?」


 霊夢さんのとても人間とは思えない非道っぷりに怒りが怒髪天を突いた。
 しかし霊夢さんは、「あんたねー、私は食われるところだったのよ?」とジト目で一蹴。
 まあ……聞けば確かにルーミアさんにも非はありますけど……。
 弱肉強食は現世の理。そう思えば、今生きているだけでも感謝ってところなんでしょうけど。なんか釈然としないです。


「まあ、良いですよ……。ってことは、じゃあ異変はもう片付けたんですか?」

「いや、こっちの方が気になったから放って来た」

「うぉいっ!?」


 やるなら責任持てよ!? と、生真面目よーむちゃんは思わずツッコミ入れてしまうのであった。
 まあ、冥界に住まう私たちには基本現世のことなんて管轄外だし、どうでもいいことかもしれないけど。


「良いのよ。幻想郷中の春が奪われたっ! ……って異変に比べたらぜ〜んぜん大したことない、ゲーム化しないような些細な異変なんだから」

「はいはい、すみませんでしたね、あン時は」

「ま、いいわ。じゃあ今度は私からの質問に答えて。あなたたち、どういう関係なの?」


 そうして、本来の彼女の用件に戻った。
 こっちのワガママを押したにもかかわらずご丁寧に答えてくださったのだ。
 ルーミアさんをボコッたことにはいささか頭に血が上るが、こちらも相応に返すのが義理というものだろう。


「えっと……それはまあ、ひょんなことから知り合いまして……」

「あ、待って」


 その時、聞いてきた霊夢さんの方から「待った」の声を掛けられる。
 何事かと疑問符を浮かべる私に、霊夢さんはちょっとやりにくそうな表情を浮かべながら再び私の方を指差す。


「……ごめん、その前にちょっと、それなんとかならない? ……なんか黒達磨相手だと話に集中できそうもない」

「あ、すいません」


 私は、自分が黒い球体から顔だけ出している状態で話していたことを忘れていた。












 結局、私はふたりを屋敷の中まで案内することにした。
 ヘンに外で話すより、落ち着いた場所で話をする方が良いと思ったからだ。
 事情はともかく、わざわざうちに訪ねてきた顔見知り。もてなさない訳にも行かないだろう。例え残虐非道の悪人でも。

 それに……外で話し続けるということは、それだけルーミアさんを太陽の下に置いておくことになる。
 闇のフィルターで身を守っているとはいえ、苦手なものに囲まれているという圧迫感はあまり居心地の良くないものだろう。
 時刻はそろそろ夕方とはいえ、日はまだ1時間近くは沈みそうにない。
 そんな長い時間日の光の下に置いておくよりは、彼女を屋内に保護してあげたい気持ちが強かった。


「おじゃましまーす」


 屋敷の玄関に着くと、霊夢さんが申し訳程度に挨拶をして屋敷に上がっていった。
 すると霊夢さんの声に反応して、ルーミアさんが闇の中から問い掛ける。


「え? お屋敷着いた?」

「あ、はい。着きましたよ」


 現在、ルーミアさんは私の左腕にぎゅーっとしがみついたままである。
 日の光から身を守るため、闇を解く訳にはいかないルーミアさん。
 そのため、彼女は現在視覚情報完全ゼロ状態。そんな彼女を屋敷まで案内するための対処である。
 ちなみに、その間私はずっと黒だるま状態でした。

 私は霊夢さんの後に続いて屋敷の中に入り、玄関の戸を閉めてから、腕にしがみつくルーミアさんにもう大丈夫と教えてあげた。


「ふぇー……」


 教えてあげるとすぐに、闇は先程と同じように霧散して晴れた。
 中から、小さな彼女の全身と、私の首から下が姿を現す。
 小さな体が、かわいらしく一息つく。
 そして、私の顔へ目を向けて、


「やっとよーむちゃんに会えた……」


 安堵に包まれた笑みを浮かべた。

 会う、という意味ではもう既にそれは果たしているのだが……彼女をしっかりと確認するという意味では……そうだ、やっと会えたんだ。
 ああ、私たちは今やっと、再会を果たしたんだな……。実感して、胸がまた、ときめく。


「あ、それより体、大丈夫ですか?」

「んー……ちょっとひりひりする……」

「一度永琳さんに見てもらいますか?」

「大丈夫だと思う……吸血鬼ほどじゃないし」

「そうですか……あ、大げさでしたか? すみません、ちょっと程度が分からないものですから……」

「あやまらなくていいよ。よーむちゃんの気持ち……えへへっ 嬉しい」

「いっそ、日光対策みたいなものを練ってもらいましょうか……?」

「そんなことできるの?」

「言うだけ言ってみる価値はあるかと。永琳さん天才ですから、案外やっちゃいます」

「そーなのかー」


 再会の余韻に浸りつつも、先程の事態について早速語らってしまう私。
 私もああ見えて、突然の事態にかなり動揺していたので、若干世話焼き気味になっているよう。
 そこに、別の声色が乱入してくる。


「……なんか、やたら仲良いわね」

「え?」


 霊夢さんだった。
 再会の喜びと彼女の体の心配で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
 無視されたのがしゃくだったのか、チクチクと刺さるような視線で私を責める。
 まあ、ルーミアさんとの再会は後で堪能するとして……今は珍しい客人の対応をせねば。


「あんたたち、ほんとどんな関係な訳? 大分前から付き合い深いの?」

「どんなって……」


 少女思考中。
 私とルーミアさんの関係って言ったら……そりゃキ


    ボッ!


 顔が燃えた。当然……アレ、を思い出したからである。
 霊夢さんからつい顔を逸らし、反射的に空いてる右手で口を覆った……。
 実はここ10日間、思い出してはこうやって口を押さえることを何回もやってたりする。


「……?」


 一方、霊夢さんは突然挙動不審になる私を眺め、不思議そうに首を傾げていた。
 もっとも、口を押さえた仕草の理由までは、多分……どころか絶対気づきやしないと思うけど……。
 とりあえず、中途半端なところで会話を途切れさせてはなにかしら不審がられてしまう。
 ばっくんばっくん言い始める心臓を押さえつけながら、私は頑張って向き直った。


「ま、まあ、そこはみょんなことから知り合いまして……」

「妖夢、なんか顔赤くない?」

「気のせいです! それで私たちの関係ですよね!」


 私は慌てて取り繕うと、無理矢理会話を進行させることで赤に染まった顔の理由誤魔化した。
 どうにも生理現象だけは抑えられるものではない……。もっと心を鍛える必要があるだろう……。

 さて……それはそれとして、なんて説明すべきか……。
 なるべく差し障りなく、簡単に、端的に……。
 頭の中でなんとか文章をまとめ終えると、私はひとつ咳払いをしてから、霊夢さんに答えた。


「木刀でぶん殴って、そのあと介護した関係です」

「は?」


 博麗の巫女は、とてもよく分からないといった表情を浮かべました。


「なにそれ……自分でケガさせておいて、介護したの? なんでそんな意味不明なこと?」

「と言われましても……案外事実ですし」

「もっと詳しく話せない?」

「えーっと……」


 正しい日本語って難しいな……。
 思いながら、再び少女思考中。っていうか日本語で良いのか幻想郷って。
 ええっと、詳しく……詳しく……。


「空から降ってきたので木刀でぶん殴って、介護したり、剣の腕を見せたり、道に迷ったりを経て仲良くなった仲です」

「余計分からんわ」


 紅白の巫女は更によく分からないといった表情を浮かべました。


「うーん、なんて説明すれば良いものやら……」

「……っていうか、いい加減離れたら? 暑くない?」

「うん?」


 霊夢さんは、私の腕にしがみつきっぱなしルーミアさんを指差して、指摘した。


「まさかあなたたち、案外怪しい関け……」

「なに、妖夢ー? お客様ー?」


 霊夢さんがなにかを言わんとしている最中、その言葉に割り込んで、別の声が挟まれた。
 全員の視線と興味が、突然出てきた声の方向に向かう。
 そこには、煌びやかな着物を着こなし、優雅な佇まいで現れたこの白玉楼の主、幽々子さまのお姿があった。


「あ、これはこれは博麗の巫女に……あら、わんこじゃないの? 久しぶり」

「わん!」


 幽々子さまは、10日経ってもルーミアさんを犬扱いしてた。











「なるほど、大体の事情は飲み込めたわ」


 湯のみ片手に、おまんじゅうを手に取りながら、霊夢さんは納得の表情を浮かべて言った。


「つまり空から降ってきたので木刀でぶん殴って、介護したり、剣の腕を見せたり、道に迷ったりを経て仲良くなった仲なのね」

「だからそう言ったのに……」


 現在私たちは白玉楼の客間に場所を移し、お茶請けを囲んで、霊夢さんの抱く疑問に納得のいく説明を終えた。
 玄関で話し込んでなんかないで、と幽々子さまがあの場を取り仕切って下さったので、
 私たちは幽々子さまを加えた4人で共々客間に移動することとなったのだ。
 丁度お客様をもてなそうとしていたのだし、私も休憩を取るタイミングだったので、このお茶会説明会は丁度良いといえば良かった。
 そうして客間にたちまちちょっとしたお茶会場ができあがったのである。
 ちなみに、お茶請けに出したのは冥界特産の冥界まんじゅう。原材料は決して聞いてはいけない。


「ま、大体納得したわ。人の巡り合わせなんてそんなものよね」


 霊夢さんは納得した様子で、手に取ったおまんじゅうを口に放り込む。
 少しばかり時間を取らせていただいたが、私の説明は十分に彼女に伝わったようだ。
 ……もちろん、説明には性的な部分を完全にディレクターズカットして行ったけど……。


「確かにそーだったわよねー……なんか大切なこと忘れてるんじゃないかしらー?」


 納得する巫女の横の席、私の向かいで、幽々子さまが小声でニヤニヤ囁いている……。
 あの時の当事者のひとりとして。また、あの時に起こったことを細部から恥部まで知りつくした者として。
 更に更にその時のトンでもなドッキリを仕掛けた張本人としては自らの偉業を評価されないのは不服とでも申すのでしょうか。このサディストめ。

 幸運だったのは、霊夢さんがその幽々子さまの釣りに気づかぬままでいる、ということだろう……。


「それに、分かったこともあるし……」


 霊夢さんは、幽々子さまの素振りにはなにも気づかぬまま、お盆の上の最後のおまんじゅうを取って、また口の中に放り込む。
 存分に味わい、ごくりと喉を鳴らして満足そうに飲み込むと、


「冥界のご飯はいくら食べても太らないってこと……おまんじゅうもっと頂戴!」


 みんな食べ物大好きだな。


「ご飯と言えば……」


 そしてご飯と言えばこの人を外せない。
 クィーン・オブ・ザ・食欲の二つ名を欲しいままにする我が主、幽々子さまが、高らかにご飯の話題に食いつく。
 (注:二つ名は今私が考えたものである)
 食欲の女王様は、愛用の扇子でルーミアさんを指すと、にこやかに微笑みを浮かべながらこう告げる。


「わんこ、良かったら今日夕飯食べていきなさいな」

「わん?」

「あなた、どうせ夜になんなきゃ冥界出て行くことできないんだし」

「ああ、確かに……日はまだ沈みそうにないですからね」


 幽々子さまの提案に、私も頷いて納得する。

 日の光があるうちは闇を展開しなくては移動できないルーミアさん。
 普段の、目的もなくふわふわふよふよ〜、で良いなら問題はないのだが、冥界にはルーミアさんの栄養になる食べ物はない。
 迷って現世に帰れなくでもなってしまったら、それこそ前みたいな空腹騒動を起こしてしまう。
 最低でも冥界から出られないのはマズい。
 結果、ルーミアさんは少なくとも日が沈むまでは動けないのだ。


「どうでしょう? まあ、お腹は膨れませんが、折角いらしたのですし」


 食事とは、本来の肉体の栄養だけでなく、団欒で楽しく食べる心の栄養もあると聞く。
 2週間足らずとはいえ、もう私たちは知らない仲ではない。
 あの時から、彼女はもう家族みたいなものになっているのだから。
 少なくとも、私には……。

 冥界の食事では心の方でしか彼女を満たすことはできないけれど、元々時間潰しが目的。
 折角なのだから、存分に彼女の心を満たしてあげたい。
 私としても……久しぶりに彼女と一緒に居れる時間は、嬉しかったから。


「お腹は膨れなくても……心は膨れるでしょう? うふふっ」


 幽々子さまの場合、明らかに私たちの関係を過大解釈した意図を含んだ物言いで言ってるんだろうけど。
 まあ……私としてもそのほうが嬉しいので、今はなにも言い返さずに黙っておく……。


「そう、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」


 そうして、博麗の巫女が答えた。


「え? 霊夢さんも食べていくんですか?」

「だって食べても太らないのよ? 家に帰ったらもう1回食べられるのよ?」


 なに言ってるんだこの人?


「あー、良いわよ。別に構わないわ」

「宜しいんですか?」


 そんな横暴な巫女の態度に、幽々子さまは快く了承の返事を返していた。
 食い扶持が減って一番困るのは幽々子さまだと思っていただけに、少し意外だった。


「ご飯……それは聖なる力。ご飯……それは未知への冒険。ご飯……そしてそれは勇気の証!」


 なんかまたやたら感慨深くよく分からないトリップしてるし……。

 どうやら幽々子さまにとって、ご飯を愛する人は競い合うライバルではなく、お仲間として迎え入れてくれるらしい……。
 「同胞」と書いて「とも」と読む、みたいな?
 まー、お陰でくいしんぼう同盟のルーミアさんのことも快く受け入れてくれるみたいだし、別に良いか……。


「それでルーミアさん、どういたします……?」


 肝心の彼女の回答がまだだったので、私は、期待を胸に抱きながら確認してみる。


「んー……ここのご飯はお腹膨れないけど……わたしもよーむちゃんと一緒に居たいし、お邪魔しちゃうね!」


 無邪気な笑顔をパッと輝かせて、彼女も嬉しそうに頷いた。
 私と一緒に居たいから……その言葉に、私の心臓はトクンと軽く跳ねた。
 思わず顔が緩んでいくのが分かる。やばい、嬉しい。


「あ! ところで、よーむちゃんっ。今日はお稽古するのっ? するのっ?」

「え?」


 意識が一瞬余所に飛びそうになっていた私に、ルーミアさんは唐突に思い出したかのように訪ねてきた。
 目を爛々とさせて、心ごと体も弾ませるルーミアさん。
 考えてみれば、予定ではこれから夕方の稽古が控えている。
 一緒に過ごした2週間足らず、いつも彼女が楽しみにしていたイベントのひとつだ。


「ああ、そういえばこれからでした。そうですね、折角ですし……見ていきますか?」

「うんっ!」


 また一度、満面の笑顔が咲いた。……ちょっとくらりと来た。

 今日の鍛錬の時間は……またあの時みたいに、太陽が沈み始める時間にずらそう。
 規則正しい生活を心がけてきた私としては、予定が崩れるのはあまり好ましくなかったはずなのだけど。
 だというのに……私は、あの時の日々が戻ってきたようで、胸が躍っていた。


「……ねぇ、幽々子。本当になにかあったの?」

「なぁに?」

「いや……なんかあのふたり……やたら親しいじゃない? 妖夢だってほら……なんか心なしか表情緩んでるし……」


 私たちは私たちで話が盛り上がっていると、脇で余ったおふたりが、私たちの様子を伺っている様子が、耳に届いた。


「うっふふ〜、それは……」

「べ、別に普通ですよ!!」


 幽々子さまに向けて語られていただろう言葉と知りつつ、私は横から割り込む。
 ……もちろん、幽々子さまに余計なことを言わせないためだ。


「ま、まあ……2週間色々ありましたからね。夕方の鍛錬を見せていた話はしましたよね?」

「聞いたけど……。それにしたってちょっと、親密過ぎない……?」

「確かに、結構なスピードで親密になったかもしれませんけど……仲良くなったら普通じゃないですか? 女同士ですし」


 ……まあ、女同士で普通"じゃないこと"までしちゃいましたけど……。


「んー、そういうものかしら?」


 私の言葉に、納得の行かないような素振りの霊夢さん。
 別にやましいことは一切全然全くまるっとないと言わんばかりに平然に私はいたって普通に答える。


「そういうものですみょ」

「"みょ"?!」


 噛んだ。


「くくくっ……」


 そして真相を知っている幽々子さまは、霊夢さんにバレない程度に小さく笑いをこらえていた。
 くっ……この黒幕め……! 誰のせいで普通じゃない関係にまでなったと思ってるんだ……!?


「いえ、やっぱりちょっとおかしいわ」


 しかし霊夢さんは、私の言い分に、一筋縄では納得はしてくれなかった。
 不服そうな面持ちで食い下がって、まるで裁判かなにかのように、自分に「おかしい」と言わしめる証拠を突きつけて始める。


「さっきだってその子、闇をまとうより先に……あなたに飛びついたじゃない」

「……あ、そういえば」


 私も霊夢さんは、まずルーミアさんを指差しながら、その指を「あなた」と言うタイミングに合わせ、私に突きつける。
 さっきから人に指を差すのは、それは大変お行儀の悪いことだけど、
 会話が途切れるので礼儀作法講座を行うのはこの際後回しにしてあげた。
 だって、霊夢さんの言う通り、私も、縛っていた縄を解いた後はその場で闇を纏うものだと思い込んでいたんだから。
 だから突然の私に飛びついてきたのには不意を突かれ、体重を受け止めきれずしりもちをついてしまった。


「んー、精神的なものでは? 突然、凶暴な誘拐犯に縄で縛られ、拉致監禁。
 挙句、訳も分からないまま目隠し状態で長距離移動させられれば、自分が外国で売られるとも思い込んで不安にもなります。
 そんな状態で知り合いが目の前に出てくれば、安心してまず人肌の方が恋しくなった、とか」

「言ってくれるわねこの半分幽霊。目隠しはこの子の自業自得だし」


 横では、幽々子さまが小声でひっそり嬉しそうに、私の「恋しく」をピックアップしてくすくす笑っておられた。
 霊夢さんには絶妙に気づかれておらず、私はガン無視した。


「ううん、そもそもの前提がおかしいじゃない! この子、お昼なのに闇を解いたのよ。あなたの声で!」

「あ!」


 そこを突かれて、とうとう私も否定しきれなくなる。
 考えてみたら、それはルーミアさんにとって大きいこと。
 実際、闇を解いてすぐは日光に晒されて大変もがき苦しんでいた。
 これが裁判なら、今の証拠品ひとつで、私はたちまち敗訴してしまうだろう。そのくらい大きな証拠。
 それは、よっぽど……私のことを……


「……っ!」


 思って、顔がまた熱くなりそうになる……。
 私はなにを考えているんだ……さすがにそれは自惚れが過ぎる。
 思いながら……あの時、別れる直前に言われた言葉を思い出して、


『わたし、よーむちゃんのこと好きなんだ』


 顔の熱が、ひどく加速していきそうだった。
 ああ、今は霊夢さんと話してる最中なんだ。顔を赤くしてしまっては、またヘンな風に食いつかれてしまうじゃないか。
 この心境を悟られてはまずいと、私は誤魔化すように話題を切り替えることにした。


「に、にしても詳しいですね! 霊夢さんはルーミアさんと知り合いなんですか?」

「んー、なに。紅霧異変を片付けた時に襲われてね、その時に知り合ったのよ。
 私、出会った相手のことは、あとでゆる〜くしっかり調べるようにしてるから。それで、ね」

「へーそーなのかー」


 この人にそんな甲斐性があったとは、思わず感心してしまう。
 基本神社でのんびりまったりがモットーなゆるゆる生活を送る彼女だ。
 その積極的な姿勢には、少し意外な一面を垣間見たと感じざるをえない。
 ちなみに、今の「そーなのかー」は私が言ったものである、かしこ。


「当然2次設定よ? ほぼ全員と面識ある私がキャラ同士の繋がり橋渡しする解説役やらなかったらいちいち面倒でしょ?」


 ……あ、左様でございますか。


「うーん、普通なのかしら?」


 腕を組んで頭を悩ませる博麗の巫女。
 まだスッキリとはいかないものの、これ以上の追求はしない程度に納得しかけている模様。
 考えてみたら、別に勝ち負けの問題でもないし、私は幽々子さまが余計なことを言うのを差し止められればそれで十分なんだし。
 なんとか危険地帯切り抜けられたと安堵し、ほっと胸を撫で下ろす。


「そりゃまー、よーむちゃんはルーミアちゃんのこと大好きだからねー」


 撫で下ろした胸がそのままリバース。危険はまだ去ってないぜベイビー!!

 ですよねー。この人が、西行寺幽々子ともあろうお方が、こんなに美味しいネタに食いつかない訳がないですよねー。
 ああもうほんと頭痛い……。
 私は、これ以上余計なことを言わせないよう、幽々子さまの方をキツイ目つきで向いて、目で訴え、る……、…………


    ピシッ!


 それを目にした瞬間、私の心はアイシクルフォールがルナティックレベルに達し、凍りついた。


「あ、ああああ……」

「ん? どうしたの妖夢?」


 あまりの動揺に、続いて吐き出そうとした私の言葉は、頭の中にあるもの含めて完全に死んだ。
 そりゃ幽々子さまは「死を操る程度の能力」を持っておられますけど、だからってこんな方法で死なすなんて、アンタは一体なんなんだーッ!?
 出てこない言葉を、それでも出そうと金魚のように口をパクパクさせてしまう。
 当然、私のうろたえる様子を見れば、霊夢さんも私の視線の先を気にかけてしまうだろう。
 しかしこの時の私は、他の情報など一切介入さないほど、意識はそれに集中していた。


「ふー、熱い熱い」


 幽々子さまは、そのお手に普段は愛用しているはずの扇子ではなく、代わりに紙状のものでその身を扇いでらした……。
 手のひら程度のサイズで、扇子と比べれば明らかに「扇ぐ」という行為に劣るその紙状のそれで……。
 その、私から見える反対の面には、きっと私の犯罪の瞬間が撮影されている……
 ポラロイドカメラで撮っただろうそのお写真で!!


「ちょぉまがーーーーーっっ?!?!?!」


 突然の出来事に、意味不明な言葉が飛び出る私は、ちゃぶ台越しに向かい側にいる幽々子さまに向かって跳びついた。


「きゃぁっ!?」


 そのまま主の襟首ガッシリ掴んで風神少女な鴉天狗もビックリな最速最高のスピードで襖をブチ破って、


    ドカァーーーンッッ!!


 重力に引かれるまま庭に落下。


    ズドォーーーンッッ!!


 慣性で前に進む私たちの体を、主人の体を地面で引き摺りる摩擦でブレーキかけて、


    ズザザザザザザッッッ……!!!


 私たちの体は次第に速度を緩めて、やがて止まり。
 前代未聞、「主をブレーキ代わりに使う庭師」、ここに完成。
 そうして私、たちまち主と庭でふたりきり。


    ふよふよふよ……


 遅れて私の半身も到着する。


「なによー、痛いわねー」

「ちょっ!? ま、があがががはがぎぎがごごご……」


 動揺いっぱい胸いっぱい。百面相に表情を歪める私に、砂埃まみれになりながらそれでも軽〜く、ゆる〜く訴える幽々子さま。
 さすが亡霊、「物理攻撃無効」なアビリティでもついてるのか、全然ヘッチャラ、 Chaチャ-La Headヘッ-Chaチャ-La
 もっとも、着衣は大変乱れて汚れて大変な損害をお与えになってしまいましたが、着こなすご本人はまるで応えていない。
 まあ、実害の有無に関わらずこんな超無礼な振る舞い、フツーなら腹ぁ斬るハメになりかねない訳だけど。

 そう思えば、私が仕える主人が幽々子さまのような基本ゆるゆるで良かったというかなんというか、


「良い訳ねぇぇぇぇえええええぇぇぇぇぇッッッ!!!」


 いや、もうね、幽々子さまじゃなかったらそもそも写真に撮られたような犯罪行為に至ってないから、私。
 全部この人のせいだから。うん。


「い、今の写真って……ま、まさか……」


 もう確信に近いくらいいやーな予感を過ぎらせつつも、蜘蛛の糸ほどか細い希望にすがりながら天国目指して、幽々子さまに改めて確認を取る。


「ん〜。お察しの通り、よーむちゃんの愛がルーミアちゃんに注がれた、しゅ・ん・か・ん

「やっぱりそれかぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁッッ!!!」


 蜘蛛の糸はぷっつん切れて、私は地獄の落ちた。こんにちは小町さん。こんにちはヤマザナドゥさん。


「うふっ こんなこともあろうかと、あの日からずっと、いつも持ち歩いてたの

「どんなこと考えてたんだぁぁぁあああぁぁーーーーっっ!!!?」

「そ・れ・はぁ……」

「ああいいです、言わなくても分かります。分かりますから、今すぐ寄こせ、すぐ寄こせ、そして破棄しろ、切り刻め、焼き払え、
 破れ、果てさせろ、破壊しろ、引き千切れ、捻じ切れ、握り潰せ、粉微塵になって死なせろ、一辺残らずその残骸を滅しろ」

「もー、妖夢ったらー。命令口調なんてどうしたの〜? まるで謀反じゃな〜い」


 仕える主人の襟首掴んで、ガクガク体を揺さ振りながら、ドスを聞かせた低い声で訴える。
 もう切羽詰って余裕もなにもあったもんじゃない私、こんぱくよーむはこんわくちゅう。
 そんな私の必死の訴えなんて、あなたはむしろ楽しそう。斬りてぇ。


「あ、写真ないわ。きっと今の弾みで客間に落として来たのね」

「○×▲◆#жσ\‡@煤i゜д・;)三.£$♪ゝ★◆―――ッッッ!?!?!?!」


 言葉にならない悲鳴が、冥界空に響き渡った。
 あ、小町さん、地獄のお役所ってどこですか? 住民票の移動に伴って転出届け提出したいんです。


「うっそー」


 大慌てで青ざめながら客間の方へ振り向く私の視界を、超軽いノリの幽々子さまは着物の袖に隠していた写真で塞いだ。
 それは間違いなく"それ"だった。
 近過ぎて映像を認識するのに時間が掛かったが、情報漏洩が発生してないことを理解し、一瞬ほっと安堵する。
 安堵も束の間、こんな写真存在してる時点で私のプライバシー常にルナティックレベルな訳で、
 そんな奇特な方向けの弾幕濃度を堪能できるほど私はマゾヒストじゃない。
 慌てて幽々子さまからぶん盗ろうとするも、写真は私の手をヒョイと逃れ、そのまま幽々子さまの袖にしまわれるのであった。


「安心なさい。こういうのは、ギリギリのところで見せないから楽しいのよ!」

「やめてください!? ほんっと気が気じゃないんですってッ!?」


 なんてサディスティック!
 この人、私のこんな気持ちを分かってて、分かった上で絶対引っ込める気ないよ。
 このままでは私は写真のことが気掛かってなにひとつまともに手がつけられないだろう。
 折角ルーミアさんに会えたのに、そんなのはあんまりだ。


「い、良いですか幽々子さま……。私、この後夕方の稽古に行ってきますが……」

「あらあら? こんな非常事態でもルーミアちゃんのためにサービスしちゃうのね。妬けちゃうわ

「ちゃかさんで最後まで聞いてくださいッッ!!」

「はいはい」

「もし……もしそれを見られるようなことがあれば……私は、許シマセンヨ……?」


 飄々と答える我が主人マイ・マスターに、はらわたが煮え滾るような憤怒を覚えながら、
 襟首掴んで思いっきり詰め寄って、メンチ切りながら強く訴えた。
 ちなみに2日後、一応この一連の無礼な振る舞いにしっかり反省して土下座して反省文の提出を行う生真面目よーむちゃんなのですが、
 今だけは忠誠心なんて言葉、なにそれ食べれるの? だった。
 っていうか、こっちの色んな体面が掛かってんだからもうこの際主従関係とか気にしてる場合じゃないよ。そもそもの原因この主人だし。


「許さない……って? どうする気〜?」

「え、それは……」


 怒りに身を任せつつも……冷静な部分ではちょっと困っていた。
 この人、大分前に死んで亡霊化しちゃってるから、「物理攻撃無効」のアビリティがついている。
 それはさっきの幽々子さまブレーキで証明済みだ。
 ゆえに、斬るだの潰すだの断つだの、剣術を扱う程度の能力しかない私にはできることで幽々子さまを抑止なんて、とてもできるもんじゃない。


「あ、じゃあご飯抜きです」

「絶対やんないからッ!!」












「ただいま」

「おかえり」


 風通しの良くなった客間に戻ったら、霊夢さんがお茶をすすりながらのほほんと迎え入れてくれた。












「わーい、お稽古お稽古〜。お稽古見れる〜。」


 日が傾いてきた来た頃、私とルーミアさんは客間から席を外し、いつもより遅めの夕方の稽古に向かった。
 霊夢さんは幽々子さまと客間でくつろいでいる。曰く、興味ないだそうだ。
 ……まあ、写真の件は、大丈夫だろう。
 あの人が、ごはんを裏切るなんてこと、うちの庭の西行妖が満開になったとしても起こりえないことだ。私はそう信じている。
 なんて絶大な信頼、その誉れを得られし彼の者の名は「食欲」。なんか悲しくなってきた。


「きょーはよーむちゃんのカ〜ッコ良いとこ見っれる〜♪ 見っれる〜♪」


 それより今はルーミアさんだ。私は気持ちを切り替える。
 彼女は私の目の前で、即席で作ってるだろう歌を歌いながら、両手を広げてぱたぱたと廊下をはしゃぐようにふらふら歩いてる。
 その様子を後ろから私は優しく見守りながらついていく。
 なんだかその無邪気な姿を見てて、微笑ましい気持ちが胸に溢れて……思わず顔が緩む。


「お日様は大変だったけど、よーむちゃんのお稽古見れるなら来た甲斐あったなー、えへへー

「ふふっ……そんなにはしゃぐとぶつかりますよ」


    ゴンッ!


「うん、ぶつけた……」


 うん、ルーミアさん柱にぶつかってた。


「うー……」

「大丈夫ですか?」


 私がぶつけた頭をなでてあげてると、少し目を潤ませていたルーミアさんの表情が次第に緩んでいく。
 その内、「えへー」なんて口にして小さく笑い出し始めた。
 まるで……別に幽々子さまのマネする訳じゃないんだけど、子犬みたいで……可愛い。


「えへへ……今日はよーむちゃんに会えて……嬉しい


 その気持ちは……私も一緒だった。
 だから、私も、その気持ちを彼女に伝える。


「ええ……! 私も、嬉しいですみょ」

「"みょ"!?」


 噛んだ。


「あ、すみません。ちょっと口が回らずみょんなことを言ってしまったみょん」

「"みょん"!?」


 ……あれ?


「どーしたの?」

「どう、って……別に……なんでもないです…………みょん……」


 あれ……? あれ……?


「えっ、と……」


 すぐに、なんでもない旨を伝えよう、そう返事を返そうとするのだけど。
 なぜか、言葉が上手く、出てこない。
 それどころか、妙に動悸が、早いような……?
 どっくんどっくん、体の内側から脈動する血液の音に、今更気づいた。
 私の内側で暴れ回って、止まらない。
 止まるどころか、次第に速まって、強まっていく……。

 え……? ひょっとして私……緊張、してる……?

 ルーミアさんと会ってからもう大分時間経ってるのに……なんで今更。
 やっとふたりきりになれたからだろうか……?


「……………………は?」


 "やっと"ふたりきりになれた……?

 自分が思い浮かべた言葉に、つい疑問符がついてしまった。
 だって……別にふたりきりじゃなくたって良いじゃない。
 そりゃ……やっとルーミアさんとの再会を堪能できるようになったタイミングだけど……。
 これじゃあまるで、お邪魔虫が居なくなって喜んでるみたいな……。
 まるで……

 恋するヲトメ……?


「いやいやいやいや、ないないないない」

「……?」


 ありえない結論に辿り着いた思考を、即座に否定。
 一方、私の脳内会議の様子など存じないルーミアさんは、
 顔の前で手をバタバタ往復させている私の姿を見て、頭にハテナマークを浮かべていた。

 そうだ、そんなことはない。
 私が彼女を好いているのは認める。
 前回公言しちゃったもん、「私はもう、あなたの眩しさに、焦がれてしまった」とか。今思うとクサいな、私。
 けどその気持ちって……そこでストップでしょ?
 だって私も彼女も、女なんだから。
 女同士が、恋するヲトメになんてなる訳ない。
 大体、そう意識すること自体がおかしい。
 そう、おかしな話で……。


「……っ」


 意識するようになったのは、間違いなく、前科があるせい、なんだけど……。

 また口を手で覆いながら、顔を赤らめてしまう。
 心の修行が足りてせいだろうか……?
 挙動不審な私を、ルーミアさんは不思議そうに眺めていた。


「どーしたの? お熱?」

「いえ、全然平熱です!!」


 私の方を、心配からジッと眺める無垢な表情と向き合う。

 幽々子さまなら間違いなく「ルーミアちゃんにお熱なのよ〜」とか言ってんだろーな、と思う私。
 まあ、お熱なのは否定しないけど……けど幽々子さまの言うような意図は、ない。
 まったく……あんなことがなかったら、私もこんな風にヘンなこと考えずに済んだものを……。

 その時、ふと……視線が、彼女の唇を捉えて……離せなく、なった。
 ……私が、触れた……くち、び……


    ボッ!!


 顔が焼け付いた。


「わ!? よーむちゃん真っ赤!?」

「なななななんでもないですっ!?!」


 あー……そういえば、私。ルーミアさんを軽くレイプしてからまともに向き合ったの、これが初めてじゃね!?

 そ、そうだ……前に別れる間際は、思いっきり謝罪して、和解して、そのままなだれ込むように別れちゃった訳で……。
 今日会った時も、なんだか慌しかったし、どちらかと言えば霊夢さんへの対応がメインで……。
 考えてみたらまともに向き合うのって、ここが初めてだ!?
 ま、まずい!? 気持ちの整理が……できてない……。


「あ、う、あ……」


 どうしよう……ふたりきりになったから、やたらと意識してしまう……。
 あ、そうか……多分、それだ。それで私、動揺してさっきから噛んでるんだ……。
 あ……あーあーあー! なんだ、そっかそっか! なら恋するヲトメなんかじゃないよ。
 うん、納得納得!
 …………納得したからこの現状どうするよっ!?


「どうしたのー?」

「いや、その……」


 ヘンに意識しちゃう気持ちが、向き合ったことで加速する。

 確かに、こんな風に硬直してしまうことは予測できてた。この10日間、何度も思い出し赤面をくり返してきたんだから。
 だから会ったらなにを話そうとか、どう対応しようとか、イメージトレーニングは行ってきたつもりだ。
 けど……想像の中で向き合うだけだった10日間と比べ、実際に生の彼女を前にすることは……当たり前だけど、まるで勝手が違っていた。
 考えてきた言葉、全部が、どっかに飛んでいって、私の10日間の努力は、無に還った。
 どうしよう……意識して……彼女と向き合うのが恥ずかしい。
 どうしようどうしよう……なにか当たり障りなく取り繕わなくちゃ、思うけど……頭の中になんにも言葉が出てこない。

 それはきっと、申し訳ない気持ちから……なんだろうか?
 けど彼女許してくれてるし、その気持ちを汲んであげなくては、それこそ申し訳が立たないだろうし……。


「いえ……やっぱり、なんでもなくないです」


 私は、ため息をひとつ吐いてから……観念した。
 切羽詰った頭の中からは、もう他のことなんてできてきそうもない。
 誤魔化すなんて無理だと悟り、私は正直に、彼女に話してしまった。


「その、私……眠ってるルーミアさんに……しちゃった、じゃないですか……。それ、やたら意識してます……」

「あー」


 具体的な単語は上げていない。けど、ルーミアさんも、なにを言わんとしているかしっかり伝わったよう。
 そして、にっこり「えへー」なんて笑って……って、それはどういう意味なの?
 思った瞬間だった。


「わたし、よーむちゃんのこと好きだよ」

「はぐぁッッ!?」


 破壊力抜群の一言が、最強の攻撃力を伴った笑顔と共に私の心臓を突き穿った。


「だから良いの

「良いって……」

「だって、好きな人に好きな気持ち伝えることだから


 それは、ごく単純で、なんら飾り気もない、シンプルな想いから紡がれていた。
 性別なんて意識してなくて、単純な「好きだから」だけで、彼女はあっさりとあの行為を受け入れていた。
 そういえば、彼女は先日別れる間際にも、そんなことを言っていたっけ……。


「ああ……」


 聞いていて、なんだか納得してしまった。

 彼女らしいと思った。
 彼女は、単純に自分を好いてくれた想いを伝えてくれた、そう考えている。
 そんだからこそ、いとも容易く受け入れられて……喜んでさえいるのだと。
 そんな無垢さが、本当に彼女らしいと思った。
 思って、より愛おしく感じた。
 ……や、別に性的な意味じゃないけどさ。


「そっか……」


 あのことは結局、私が硬く考えれば考えるほど、それは"私に"重くのしかかってくるだけ。
 私も、彼女が考えるみたいにゆるーく考えれば、きっとこの先も戸惑わずに付き合って行けるのだろう。
 彼女が気にしないと言っているんだから。そう、この話はもう終わり。そうだ、そう考えれば……。


「じゃあ行きましょう」

「うん!」


 私も彼女のことが好き。
 その事実は変わりない。
 アレは事故みたいなものだし……ちょっと行き過ぎてはいるけど、私の「好き」を伝えられた、そう考えれば良い。
 そう受け入れて、いつも通りの私で彼女と付き合っていけばいいんだから。
 私は、自分の中に渦巻いていた迷いはもう捨てて、


「今日はおみょいっきりカッコいいところを見せますみょ」

「"みょ"!?」


 盛大に噛んだ。











「よーむちゃん、今日もかっこ良かったよー」

「いえ、そんな……まだまだです」


 夕方の稽古を終え、幽々子さまたちがいる客間へ向けて廊下を再び歩く私たち。
 廊下を歩きながら、本日の稽古の様子を褒め称えるルーミアさんに対し、私は謙虚に答えていた。
 謙遜なんかじゃなく、本当に今日の稽古は集中力に欠けていた。


「そういえばさっきおっきい音鳴ったよねー? なんだんたんだろーね?」

「そうなんですか? すみません、ちょっと覚えがないです。……しゅ、集中していたので……」


 雑念に囚われて、他のことが全然意識に入って来ず、彼女が聞いたというおっきな音も、私には覚えがなかったくらいだ。
 私が雑念に……しかもルーミアさんに関する邪念だ。そんなことばかりに意識を振り回されてただなんて、悟られたくない。
 そんな些細な見栄が、私に思わずウソをつかせてしまう。
 ……ざ、雑念に集中していたって意味ではウソじゃないみょん!


「へー、集中してたんだー! よーむちゃんはやっぱりすごーい!」


 なんの疑いもない無邪気な憧れの眼差しが胸に痛い……。
 うう……ごめんなさい、やっぱ私ウソつきました。


「はぁ……」


 やはり、彼女が近くにいて緊張してたせいだろう。
 いつも通りに、とは思えど、やはりそうすぐには上手く行かない。
 しばらくはギクシャクするんだろうなぁ……。

 剣の修行は精神の修行……そう思うとやっぱり私はまだまだ修行不足。全然心が乱れてる。
 成果だけで言ったら、今日の鍛錬は全然身にはつかなかったと思う。
 修行中だけじゃない……さっきからずっと、幽々子さまにも霊夢さんにも、翻弄されっぱなしだ。
 自らの未熟さに、また更にため息がひとつこぼれた。

 ……けど。楽しかった。
 ずっと、彼女といられて。
 もう一度、彼女とあの時間を過ごせて……。
 その時間が、掛け替えなくて……。
 まあ……そんな日もアリ、かな……?


「さ、じゃあ、この後は夕飯ですからね」

「ごはんごはん〜♪」


 私が声を掛けると、ルーミアさんは嬉しそうに反応する。
 彼女も幽々子さまと同じで、なかなか食べ物が大好きっ子。
 お腹がいっぱいにならないというのはとっくに知っているはずなのに、それでも夕飯をとても楽しみそうにはしゃいでいた。


    ゴンッ!


「ぶつけた……」

「……気をつけてください」


 そんな感じで、幽々子さまと霊夢さんが居る客間に到着する。
 と、丁度良いタイミングで幽々子さまと鉢合わせした。
 ……なぜか客間からではなく、私たちと反対側の廊下からやってきて、丁度部屋の入口を挟む感じで向かい合った。

 不思議に思うが……ああ、なるほど。幽々子さまの出で立ちを見て疑問はすぐに氷解した。
 幽々子さまの服装は先程とは違い、卸したての新しい着物を召してらした。さっきが妖々夢verなら今は永夜抄verである。
 きっと先程ブレーキに使った時に着物をボロボロにしてしまったから、私たちが席を離れている間に着替えに行ったのだろう。

 ……ちょっと罪悪感が湧いてくる。私は主になんてことをしてしまったんだ……。
 ひとまず、その件について謝罪のひとつでもしなくては。
 思う私だったが……その前に私たちに気づいた幽々子さまが、こちらに駆け寄ってくる。
 襖のぶっ飛ばされた部屋の前を通り過ぎて、私たちに微笑みを向けてくると。


「あ、妖夢、ルーミアちゃん。お稽古終わったの?」

「…………」


 ……一瞬で、全身をいやな戦慄が塗り潰した。


「なにやったんですか……?」

「え? 一体何を?」


 即座に警戒態勢に入った私。
 幽々子さまはなんでもない風を装ってくるが……そりゃ警戒だってしたくなる……。
 だって思い返してみて欲しい。
 この人がルーミアさんを犬扱いしなかった時は、
 私をからかっている時か、私とルーミアさんの仲を(引っ掻き回す意味で)取り持ってる時だったじゃないかッ……!
 だから、絶対、普通でない状況が! その微笑みの奥に隠されている! 間違いない!
 これがいぢられキャラの勘というもの……積み重ねた経験から来る直感なのだ。こんな直感身につけたくなかったけど!


「えっと……今回はね、私も見せる気なんてなかったのよ。ほんと」

「…………」

「ただね……チラつかせていたら」

「……………………」

「思ってたよりも強引で……」

「………………………………」

「ごめんね」


 幽々子さまの謝罪の言葉に、全身に氷を突っ込まれたような悪寒が走る。
 居ても立っても居られず、目の前の主人を押し退けて、部屋の前まで駆け出した!
 先程襖をぶち破った時から、中の様子が丸々覗ける部屋を覗くと……そこは凄惨だった。


「…………」


 言葉に、詰まる。

 部屋の様子は、すっかり変わっていた。
 私が出る前に見た、ホコリひとつ落ちてないとお客様にも自慢できるほど整った部屋の姿はどこにもなく。
 まるで中で強力な爆発でも起こったかのように、めちゃくちゃで、所々焦げていて、ぶっ壊されている有様で……
 ああ、でもそこじゃない。私が言葉を詰まらせているのはそんな程度のことじゃあない!!


「ゆ、ゆ、こ、さ、ま……?」

「わ、わざとじゃないの! ギリギリズムを楽しみたかっただけで……」


 部屋の外と中の境界に佇みながら青ざめる私は、歯切れ悪く、幽々子さまの名前を呼んだ。
 幽々子さまも、あの何事も受け流してしまう普段の様子からは珍しく、ひどくうろたえた口調をしておられる。

 荒廃した部屋の中心で、傷ひとつなく姿勢の整った正座で座り込む霊夢さんは、その動きの全てを停止させた。
 顔を、ここぞとばかりに青ざめさせて。
 一枚の写真をジッと凝視したまま……。


「まさかスペルカードまで使うなんて思わないじゃない……! だから……」


 いやいやいやいや、まさかまさかまさかまさか、あれはあの写真じゃないよね? そうだよね? 西行妖満開になってないもんね。
 なのに幽々子さまったら、そのお顔を本当に、心の底から罪を詫びるような、切なる表情を浮かべて……


「お願い……ご飯抜かないで……」


 この期に及んでご飯のことばかり考えてる。


「あら、妖夢……いたの?」


 ようやっと霊夢さんが私に気づいたらしい。
 ゆっくりと、写真に向けていた顔を上げて。


    にこっ


 なんか、やたら清々しい顔で微笑まれた。
 逆に怖い。


「そう……あなたたち、そういう関係だったのね……ごめんね。私なんかが割り込んで」

「いえ……あの……」


 "そういう関係"ってなんですか? ワタシ、ゼンゼン、ワカリマセン。
 もう絶望的に薄れてる希望に、情けなくもすがりつきながら、まだバレてない前提を装って、霊夢さんに向き合った。
 恐る恐る、境界線から一歩、部屋に踏み入る。
 正座のまま、スッ、と、まるで私が近づいた分だけ、距離を取った。


「い、良いじゃない……別に私は、否定しないわよ」


 一体なにを否定しないんだか。わたしはぜんぜんさっぱりさっせません。
 まあなにに対してしてであろうと、そこまで拒絶しておいてその言い草はものすごく卑怯じゃない?
 特に「私は否定しない」なんて言うヤツは前提として否定的に見てるクセに、自分だけは悪者になるまいと取り繕うから余計卑怯だと思う。


「あの……話を……」


 なぜかわずかにうろたえた様子を浮かべる霊夢さんに、
 これまたなんでか分からないけどものすごくうろたえながら、私はさらに一歩、荒廃した部屋の中を足を進めた。
 まるでなにかを求めるように、宙を掴むような手を差し出して……。


「寄るなレズビアン! 私のこともそんないやらしい目で見てたのね!? いやぁぁあああっ!? 犯されるー!!」


 霊夢さんはぐっしゃぐしゃに顔を歪めながら私に酷い言葉を吐いて、おもっくそ後ろに飛びのいては体全体で私の存在を完全拒絶した。
 ……はい、もうだめ。認めます。



 ば   れ   た   。



「ああ、ああああああ……」

「ひぃぃぃいいいぃぃぃっっ!? こっち来んな! こっちくんなっ!! このヘンターーーーイッッ!!!」


 青ざめるふたつの顔が、荒廃した部屋の中向かい合う。
 片や自らの貞操を守るために、もう片方は……自身の尊厳が完全に底辺まで落ち込んだことを悟った絶望感から……。
 私は、巫女の心無い一言一言に胸の内を抉り貫かれ続ける苦痛を味わいながら、
 ただ言葉にならない嘆きの声を静かにあげるしかできないのだった……。
 あ、こんにちはヤマザナドゥさん、私今日から地獄に引っ越してきた魂魄です。あ、これ挨拶のサランラップです。


 白玉楼は今日も賑やかだった……。

















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