みょんミア

三、さよならは言えずに……








 廊下で横たわるルーミアさんを急いで部屋まで運び布団に寝かせた。
 私の悲鳴のような叫びに、幽々子さまが駆けつけてくださったので、私はルーミアさんを幽々子さまに任せ、
 水の入った桶や手ぬぐい、薬箱……思いつく限りの必要そうなものをかき集めるべく家中を駆け回った。
 黙っていられなかった。
 一通りのものを用意してからやっと、永琳さんを呼べば良いことに気づく。
 真っ先にそうすべきだったんだろうけど……慌てふためく私は、そのことに頭が回らないほど切羽詰っていた。
 けれど……幽々子さまは「これは彼女の領分じゃない……」、そう言って、永琳さんを呼ぶのを控えてしまった……。


「…………」

「…………」


 その部屋には、言葉がなかった。
 私の隣には幽々子さまが座り、目の前には……布団で横たわるルーミアさんの姿があった。
 3人の、それぞれ種族も違う者が存在するというのに……誰ひとり、なにひとつ、音などなかった……。

 布団の中で眠る彼女を前にして……私はただ黙って、彼女を眺める……。
 眠っている……なのだろうか……?
 寝息ひとつ立てずに横たわる彼女の姿は、「眠り」と確信が持てないほどに、弱々しい……。
 そんな場所で、私はただ……幽々子さまに言われた言葉の意味を考えていた……。

 彼女の……永琳さんの領分ではない、ということは……
 それは我々の……冥界に住まう我々の領分ということなのだろうか……?
 ならば冥界の領分とはすなわち……「死」についてに、他ならない……。


『冥界は死者の住まうところよ。妖怪とはいえ生者が、こんなに長い間過ごすなんてどうなのかしら?』


 そう呟いた、幽々子さまの言葉が蘇る。
 つまりルーミアさんは……冥界に長く居過ぎたせいで、その体を「死」に染められた……とでもいうのだろうか?
 分からない。
 こんなことなかったし。
 本来なら、起こるはずもない。
 なのに私は……


「私の……私のせいだ……」


 私が、彼女を引き止めていたから……。


 彼女の傷は……もうほとんど治っている。
 事実、一昨日の夜は体になんの差し支えもなく能力を使えた。
 彼女だって妖怪なのだから、もう完治していたのかもしれない。
 なのに私は……もっともらしい言葉で誤魔化して……それを受け入れなかった。
 なぜか……?
 単純な話……私が彼女から離れたくなかっただけ。
 だって彼女はが冥界を出て行けば……もう二度と、会えなくなるから……。

 ばかだった……。
 そんな自分のわがままで、生者を冥界に引き止めておくだなんて……。

 完治などといわず、ある程度まで傷が治ったのなら、早々に冥界を出て行かせるべきだったのだ。
 だって彼女は生きていて……ここは死者の住まう所だから。
 「生」と「死」に引かれた絶対境界線。
 その摂理を、私は自身のエゴで軽々しく考えて、破って……その有様が……これなのか……?


「幽々子さま……彼女は……ルーミアさんの様子は……!?」


 私はとうとう沈黙に耐え切れず、幽々子さまに食い入るように問い詰めた。
 幽々子さまは彼女の様子を診て下さった。そして、永琳さんを呼ぶ必要はないとまで断じたのだ。
 確実に、なにかを知ってるのは間違いなかった……。
 幽々子さまは、それを私に話していいものか迷ったのか……すぐには返事を返さなかった。
 やがて、話すべきだと判断したのか、私に告げる。


「生きる力……生命エネルギーが、不足しているわ……」

「そう……ですか……」


 それは、この冥界の空気が、彼女を「死」に染めたから。
 そういう意味なのだろう……。

 生きながら、死に染められる。
 それは一体どのような感覚なのだろう?
 どうすれば良いのかも……どうなるのかも。
 前例のない事象に、私はただ戸惑うしかできない。
 いや、ひとつだけ確定している。
 「死に染められる」とは……すなわち死に近づくということ。
 なら、彼女の終着点は……きっと……。
 それだけは、いやだ……!


「そうだ……今から現世に帰せば、なんとかなりませんか……!?」


 分からないなら分からないなりに、抗おうとする。
 冥界の空気で「死」という毒素に染められたなら、現世に返せば浄化できるのでは。
 そうすがった私のか細い希望を、幽々子さまの残酷な言葉が断ち切る……。


「そんなことしたって意味ないわ……帰した所で、衰弱しきった体が治る訳じゃないのよ……」


 あっさりと跳ね除けられた私の希望。
 そのことに、身勝手にいらだちが沸き立つ。
 だが幽々子さまが悪い訳ではない。
 幽々子さまのお言葉だって、苦々しく紡がれていた。

 ああ、だからこれは、起こるべくことが単に起こっただけのこと。
 分かっている……。
 だから、いらだちの矛先も、責任も……すべて私自身に向けられるんだ。


「私の、責任だ……」

「違う……あなただけのせいじゃ……」

「違わない! だって私は……少しでも長く彼女と居たいからって……彼女を死に染めてしまったからっ!!」


 掛け替えがなかった……。
 この2週間足らず……毎日が特別だった。

 なにが「私がぶちのめした手前、そう簡単に追い出すこともできない」だって……?
 違う、単純に私が……あの無邪気な笑顔と離れたくなかっただけなんだ。
 引き止めていたのは、罪悪感からじゃなく、私自身が求めていたから。
 もっともらしいことを言って、自分の気持ちまで騙して……

 あの無邪気な笑顔も。
 私を頼ってくれた羨望の眼差しも。
 私に懐いてくれた無垢な姿も。
 何もかもが愛おしくて……手放したくなくて……。
 結局、今、全てを失おうとしている……。

 冥界と現世に住む者として……「さよなら」は、いつか言わなくちゃいけなかった……。
 なのにその別れが……こんな形だなんて……。


「お願いです……。私は……私はなんでもしますから! だか、ら……」


 だから彼女を、助けてください。
 心の底から搾り出すような懇願をして、幽々子さまにすがりつく。
 すがったまま、私は膝から崩れ落ちた。


「なんでも……ね」


 崩れ落ちた私の頭を、幽々子さまは優しく撫でてくださった。
 そして、言う。


「だったら妖夢……あなた、彼女にキスできる?」


 …………………………………………。


「はぁッ!?」


 場にまるでそぐわない発言を耳にして、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
 幽々子さま、この非常時に一体なにをふざけておられるのか!?
 いつも私をからかうことを日課としているのは知っているが、今回ばかりはさすがに冗談の通じるような空気ではない。
 主従関係なんて無視して、私もさすが怒りを荒げそうになった。
 様々な憤りの言葉が頭の中に出て来て、そのどれかをいち早く吐き捨てたい衝動に駆られたのだが……
 その文句のひとつ言わせぬまま、幽々子さまは言う。


「私は真剣よ」


 静かだが……えも言えぬ迫力を伴って……。
 幽々子さまの表情は、言葉通り、真剣そのもので……私の憤りもなにもかもを塞き止めてしまう。


「妖夢、あなた自分が半分だけ生きてる存在だって、覚えてる?」

「え、ええ……」


 幽々子さまの意図が掴めないまま、私はその問いに答える。
 半人半霊。ゆえに半分死んで、半分生きてる。死んでも生きても居ない。
 冥界に住みながら、「死」に染められる影響を受けていない存在。
 それが一体……?


「もっと言うわ……。今、この冥界に生きている存在は、彼女を除けば……あなたしかいない」

「はい……」

「そして……魔術的な、生命エネルギーを受け渡す方法って、いくつかあるの、知ってるわよね……?」

「…………」

「私の言いたいこと、分かるわね……?」


 幽々子さまは、それ以上何も言わなかった。
 私も、なにも言わなかった……。
 ……言えなかった。
 それでも、そこまで言われれば、私がなにを求められているのか、分かる。
 けれど、だからってそんなこと……。

 幽々子さまは、私にとても簡単で、とても難しいことを要求するのだった……。


「とりあえず、考えておいて」

「…………」


 なにも言えないままの私に、幽々子さまは「しばらく彼女をお願い……」とだけ告げて、部屋を出て行かれてしまった……。

 ひとり、彼女の前に残された私。
 私は、身動きを取ることすらままならない重苦しく、静かな時間の中に放り出される。
 長い……本当に長く感じた……。
 その間、私の頭の中で……彼女と過ごした時が、フラッシュバックしていた。




『冥界にもお日様があるんだね……』


 純粋で、素直で……。


『そんなことないよ! よーむちゃんはすっごい頼りになるよ!』


 こんな私を頼りにしてくれて。


『ねぇ、また見に来ても良いかな?』


 こんな私を慕ってくれて。


『お散歩っ、夜のお散歩っ』


 ころころ変わる表情が楽しくて、嬉しくて。


『ぎゅーっ!』


 無邪気な姿が、誰よりも眩しく映った。


『誰かと一緒に飛ぶなんてこと、なかったから……ちょっと嬉しい』


 今だから分かる……こんなになってからやっと分かった。


『……むずかしいです』


 私は……彼女の無垢な眩しさに、酔っていた。


『さっすがよーむちゃん! たよりになるーっ』


 皮肉な話だ……宵闇の彼女に、私は……眩しさを覚えていた。


『いーのっ、わたしが頼れるって思うんだからっ』


 本当に……この2週間足らずは……本当に、輝いていた。
 なんの疑問も抱かずただ過ぎていく、それなりに充実していた日々。
 そう思っていた毎日の中、舞い降りた宵闇の少女が……それほど眩しい日々をもたらしてくれたんだ……。



 記憶が、今に回帰する。
 目の前の彼女は……思い出の面影などないほど、変わり果てた静かな姿で横たわっている。


「よーむ……ちゃ……」


 不意に、唇がかすかに動いて……私の名前を紡ぐ。
 私の夢を、見ているのだろうか……?
 私は……彼女の前では、彼女が尊敬できる私であろうと背伸びしてきて。
 本当の私は……本当に半人前で、彼女が思うほどできた存在じゃない。
 ただ、彼女が素直に私を頼ってくれて、懐いてくれて……それが嬉しくて……。
 ずっと背伸びをしてきただけ……。

 私の視線は……私の名前を紡がれた時からずっと、彼女の唇から外せないでいた……。


「ははっ……私と彼女は、女同士じゃないか……」


 自嘲気味な笑いがこぼれた。
 助ける方法はとても単純だ……。
 ただそれに、性的な意味がなければ、の話。
 命が掛かっているこんな状況になってるのに、私は……。


「こんなんだから……真面目過ぎるとからかわれるんでしょうね……」


 なんでもする、言っておいてなんてザマ。
 けど気持ち悪いだとか、そんな話じゃない。
 あの無邪気な眩しさを……裏切るのが怖かっただけ。
 無垢な笑顔を汚すことが……一生を掛けても償いきれない大罪を背負うように思えるほど、尊く、重くて感じて……。




 ……その罪を背負ってでもあなたを助けたかったのは、私のエゴでいい……。




 ためらわず……彼女の唇に、自身のそれを重ねていた……。
 顔が、熱かった……。
 胸が……激しく脈動する……。
 止まらない。
 宵闇の彼女に触れながら……意識が虚ろで、ただ真っ白な光に包まれる。
 そんな幻想に囚われていた。


「ん……」


 重なる唇の、その片方から、声が漏れる。
 私のものではない……彼女の、声。
 なによりも近く存在する彼女の瞼が……ほんのわずか、動いて……薄っすらと開いた……ような、気がした……。

 気づかれて……しまった……?
 こんな事をしたと知れば、彼女はどう思うだろうか……?
 幻滅する?
 気持ち悪いと思うのだろうか……。
 今までの偶像が崩壊して……嫌うかもしれない……。

 ああ、それでいい。それでもいい。
 存分に怒って。
 存分に嫌って。

 だってそれは……あなたが、あなたであるからできること。
 あなたが消えてしまうくらいなら……嫌われてしまう方が、ましだから。

 だから、目を覚まして……私を嫌って、ください……。






 静かだった……。
 白玉楼はいつものように、ただ静寂に包まれて……。
 触れ合うそれから伝わる温かさだけが、全てのようで……。
 私の中で響く鼓動だけが、届いて。


    かしゃっ


 カメラのシャッター音のような、鋭く短い音が響いて……。

 …………。

 ……はい?


    ぐきゅるるるる……


 続いて、盛大な腹の虫の音が近くから鳴り響き…………え? ……え?

 …………………………。

 えーっと……。


 ひとまず、ゆっくりと顔を離した。
 そして…………今起こった一通りの現象について思考。

 結論、悪い予感しか思い浮かばない……。
 熱かった顔は、今では血の気が引いて、ものっすごく冷えている。
 だけど私の中で響く鼓動はむしろ加速している……意味合いが別のものに変わってるけど。


「いやいやまさかそんな。この最悪の部類に入る悪い予感が、まさかまさか当たってしまっているだなんてそんなこと……」


 ないだろう。と確認すべく、ひとまずシャッター音の鳴った方を振り向いた。


「いやー、ええもん見させてもらいましたよ、よーむちゃん


 薄っすら開いたふすまの間から、今までで最大級のニヤけ顔を浮かべた幽々子さまのお姿が覗いていた……。


    ……ピシッッ!


 この瞬間、私の体は氷の妖精にスペルカードも使われてないのにパーフェクトフリーズした。精神的に。
 ……それだけならまだ良かった、
 凍って完全停止したにもかかわらず、更に追い討ちを掛けるような絶対零度の悪寒が走った。
 見つけてしまった。見つけたくなんてなかった!
 幽々子さまが今、手に持っているものなんてっ!!


「お、お、お……おぜうさま……その手に持っているものは、一体……?」

「ポラロイドカメラ」


    ガシャーーーンッッ、ガラガラガラ……


 凍った私は絶対零度を超えた冷気でついに砕けた。精神的に。そりゃあもう木っ端微塵に。
 ゆ、幽々子さまっ……それで一体ナニを……ナニをしたのか、と……あ、ああああ!? きききき、聞きたくないっ!? 聞きたくないッッ!!?

 血の気が、一気に引く。もっと引く!
 生きた心地がしなかった。半分死んでるけど。
 幻想郷にそんなもんがなんであるのかとか、そんな疑問だもう今更どうでもいい!
 とても恐ろしい想像はまだまだ歯止めが利かなくて……正直考えるのも恐ろしい。
 そんな私の今世紀最大の動揺などまるで無関係と言わんばかりに、幽々子さまは手に持った扇子を広げ、突拍子もなく一言。


「さあ、妖夢。狩りに行くわよ!」












「幽々子さまっ! 説明してくださいっ!!」


 突拍子のない提案をし、私を連れて屋敷を飛び出した幽々子さま。
 突然「狩りに行く」だなんて、それだけでも意味が分からないのに、なぜか幽明結界を越えて現世に向かっているではないか。
 もうまるで意味が分からない。
 幽々子さまは普段から掴みどころのないお方だから、このくらい「唐突」は別に慣れているつもりだった。
 それに基本、私には預かり知れない考えあっての行動だから、こんな状況でも素直についてきた。

 にしたって今回、不可解な事情が多すぎる!
 さすがに私も今度こそは容量オーバーだ。
 もー我慢できない!
 全ての物事に、納得のできる理由を聞かせてください!

 余裕なく急く私は、主に対しつい強い口調になってしまう。
 そんな私とは正反対に、幽々子さまはのんびりゆったりしれっと聞き返してくる。


「説明って、なにを?」

「なにって……ええっと、」


 ……言われて迷う。
 正直、訳の分からないことだらけだ。
 自分でも状況がまとめられてないし……なにから聞いていいものやら。
 ぶっちゃけ、最悪の部類に入るいやな予感なんかマジで聞きたくない……。


「ではまず……ルーミアさんが倒れてしまったその原因について……私の考えを聞いていただけますか?」


 少し考えて、私はまずはそう切り出してみる。
 まずは質問の量を減らす意味でも、私自身に確信の持てる答えのあるそこから攻めてみた。
 ……それに、最悪の部類に入るいやな予感について聞いたら、私は二度と平常心に戻れそうもなかったし……。


「了解、どうぞ」


 幽々子さま促されたので、私は「では」と前フリをしてから咳をひとつして、単刀直入に言った。


「ひょっとして……単なる空腹?」

「Yes!」


 がくり。
 親指をグッと立てて、私に向け誇らしげに極短に答える幽々子さまを見て、私は空中でバランスを崩してしまう。
 危うく重力に引っ張られて落ちそうになった……まだ地上まで相当距離があったので、すぐに空中で体勢を立て直したが。


「なんでそんなくだらない理由で……」

「妖夢! 空腹を馬鹿にするんじゃないわよっ!」


 空中でうなだれる私に、幽々子さまはまるで怖い学校の先生みたいに私を叱りつけた。
 本当にごはん一筋だよこの主人。
 まあ……食事は直接生命に関わる以上、幽々子さまの言いたいことも分かる……幽々子さまは死んでるけど。
 分かるけど……。


「けどルーミアさん、しっかり食事を取っていたじゃないですか? しかも幽々子さまと同程度に。幽々子さまと同程度に!!」

「なんで2回も私と同じくらいって強調するのよ〜?」

「大切なことなので」


 そうなのだ、彼女はしっかりと食事を取っていた。そこが解せない。
 仮にもお客様なのだから、お食事を欠かすようなそんな無礼なマネ、冥界でも名家の白玉楼がしようはずもない。
 冥界特産の美味しいお料理を、そりゃもう幽々子さまが食材の残りを真剣に悩むくらいにおもてなしした!
 遭難したとか路頭に迷ったとか、そういう事情での空腹ではない。
 だから私はイマイチくだらなく感じるのだ!
 そしてそんなくだらない理由で、あんなにドラマティック空間をくり広げた私って一体……。


「さぁて、学の足りないよーむちゃんにちょっとしたお勉強、教えちゃおうかしら


 すると、幽々子さまは私の質問とはかけ離れた話始めようとする。
 会話の基本は相手の質問に答えることだというのに、この人は……。
 余裕のない私は主に対して多少のイラ立ちを覚えるのだが、幽々子先生はいいから聞いて、と私を嗜める。
 この方のこういう突拍子もないところは毎度のことなので、私は気の抜けたように観念。
 ひとまず幽々子さまのお言葉に耳を傾けることにする


「いーい? 私たちの居るのは冥界、死者の国。幽霊、霊魂の集まるところね。そこは分かる?」

「はい、分かります」

「じゃあ幻想郷での幽霊の概念は?」

「えっと……」


 幻想郷での「幽霊」の概念とは、生物・無生物あらゆるものに宿っている「気」の塊のこと。
 幽々子さまみたいに「亡霊」にならない限り、死ねば結局その「気」の塊になってしまう。
 それくらいはさすがに分かっていたので、私はそう答えを返した。


「おっけ〜。じゃあ極論、生者と死者違いは、物質か気……つまりエネルギー体か、ってことよね?」

「ええ、まあ……」

「だったら……冥界で取れる食事なんて、結局"幽霊の栄養"だけなのよ」

「ええっと、つまり……」


 幽々子さまの言ってることをがんばってまとめてみよう。

 まず、生者の体を作ってるのは有機的な……まあ、"生きた体"だ。そのまんまだけど。
 で、その"生きた体"を維持するには同じ有機物……"物質的な栄養"が必要になる。と考えればいいのか?

 そして反対に、霊体を構成するのは「気」の塊。
 だから"「気」の体"を維持する"幽霊の栄養"を必要とする。

 でもって、死者の住まう冥界では、基本幽霊しか来ないから……そこで取れるものは全て"幽霊の栄養"で。
 "幽霊の栄養"は物理的ではないため、"生きた体"にとってはなんの栄養にもなっていないと……。


「要約しますと、生きてるルーミアさんは、霊体ばっかり食べていたから、いくら食べても体に栄養が得られなかった。
 ……と、そういうことなのですね?」

「そ。特に昨日の朝帰りが利いたのね。エネルギー補給はほとんどゼロ。なのに空っぽの状態で更に一晩中徘徊したんだから」


 と、得意気に話す幽々子さま。
 そういえば……思い返せばルーミアさんはやたらお腹を鳴らせていたけど……これは、そういう意味だったから?
 不意に空を見上げてみた。
 ルーミアさんが来た日には三日月だった月が、10日ちょっとを経て今は十三夜月になっていた。
 ああ、永琳さんが言っていた特製の妖怪点滴が大丈夫じゃなくなるタイミングだということを思い出した。


「けど私は無事ですよ? 今の理屈からいきますと、人間側の私の体は満たされないのでは……?」

「あなた半分霊じゃない。だから霊体食べてるだけでも満たされたんじゃないの?」

「しかしですねぇ……」


 釈然としない私はやや未練がましく食いつく。
 幽々子さまはそんな私を見かねてか、手のひらを私にかざし、一度私の言葉を差し止めた。


「……妖夢、ひとつだけあなたに言っておくことがあるわ」


 そして、高らかに宣言した!












 細かいことは私も知らん!!












 えー。






「こういうのは、公式で設定されてない設定なんだから、そういうものだと受け取っておくのよ」


 再び、えー。
 今回の物語の中核なすクセになんて横暴だー。
 本当、色々適当だよ、二次の幻想郷は。
 これ公式で言及されたらどうするんだよ。


「……あれ? だったら冥界の食材って……霊魂だけになるんじゃ……? じゃあルーミアさんにおもてなしした肉料……」

「妖夢!」


 私の迂闊な呟きに、幽々子さまは私の名前だけを呼んで発言を差し止めた。
 見ると、幽々子さまはとても神々しくも優しい笑顔を浮かべておられて……。


「幽明結界が閉じてて現世に行き来できない時でも、私は魚類肉類野菜類お団子おせんべい羊羹いっぱい食べてた。それでいいでしょ?」


 ……これ以上の言及を許さない、話を打ち切る威圧感をもって、仰った……。
 なるほど、そこは二次創作の禁忌なのですね。分かりました。もう触れません。怖いから。


「で、話し戻すけど妖夢。じゃああなた、あのわんこ倒れた理由はなんだと思ったの?」


 幽々子先生は冥界栄養学の抗議を終えると、すぐさま、今度は私に質問を返した。(※直前の会話はなかったことにする)
 ルーミアさんはいまだに犬扱いだったけど。


「ええっと……生者である彼女が、冥界の空気に馴染み過ぎて、"死"が彼女を染めた。
 だから、幽々子さまの仰った通りに生命エネルギーが足りなくなった……かと」

「なにそれ? なんでそんな面倒くさいことになってるの?」


 バカにするように言いつつ、幽々子さまの声はウキウキするように弾んでいた。
 ああ、いやだ。これ以上聞きたくない……。
 だってこの声色は……私をいぢくる企みが大成功してる時の声色なんだもの……!!


「全〜然違うわね、妖夢ぅ〜。ごはんを食べてないから体のお肉を構成する生命エネルギーが不足したのよ〜」

「だから……現世に帰しただけじゃダメ、なのですか……?」

「そりゃ帰すだけじゃダメよ、ちゃんとごはんを食べさせなきゃ」

「生者があまり冥界に居過ぎると、なにか不具合が生じるかも、って話は……?」

「それはやったことないから私は知らない。まー、関係ないんじゃない? 昨日調べたけどどこにも載ってなかったし」


 と、軽く言っちゃう幽々子さま。
 なんだったんだほんと、今までのやりとりって……。
 真剣になった分だけ、ばからしく感じさえもする。
 ……けど、まあ……ひとまず、私だって確実に分かることがあった。
 それは、ルーミアさんを助けられる、ということ。


「なるほど。それで"生きた食料"を調達しに、現世まで狩りに来たのですね」

「その通り」


 今はそれが分かっただけも十分だ。
 幽々子さまは、よくできましたと言わんばかりに拍手を送ってくれた。
 とりあえず、幽々子さまの「狩り発言」の理由も回答も得られたし、まずは良しとしよう。
 私は、非常に納得の行った表情を満面に浮かべ―――


「―――る訳ないでしょうがぁぁぁぁあああああぁぁぁァァーーーーーっっっ!!?!」


 とうとうキレた。


「現世の食材食べさせなきゃダメって知ってたんなら先にそれ言ってくださいよ!! 言ってくれればやりましたよ、私!!」

「私も知ったの昨日の夜だったのよ……。
 冥界に長く居たらどうなっちゃうのか、ってこと、自分で言って気になったからに調べてたら偶然載ってただけだし。
 教えようとしたら妖夢は朝帰りの疲れでグロッキーだし。今日は今日で仕事も溜まってたから、話すタイミングなんてなかったでしょ?」

「だったら倒れてるの発見した時に言ってくれれば良いじゃいですか!!
 なに『これは彼女の領分じゃないわ……』、とか思わせぶりなこと言って!!」

「こっちのおもてなしが失敗して客人が空腹なのよ? そんな白玉楼の恥、余所の人に知られる訳には行かないでしょう」

「っていうかそもそも、どうしてこんないたずら仕組んだんですか!? だから私は……私は―――……っ!?」


 そこで、自分の"してしまったこと"を思い出し、言葉が詰まった。
 思わず、感触の残る"それ"を手のひらで覆った。
 彼女の……ルーミアさんの顔が、頭にチラつく……。
 顔が熱くなって……思考が、止まる。
 そんな、激しく動揺を浮かべる私を見て幽々子さまは、


「やっぱり、ね」

「……へ?」


 なにか納得したご様子で、笑みを浮かべていた。


「そこは私なりの考えがあるのよ」


 最後にまた謎の言葉を残して翻弄してくる始末。
 首を傾げるしかない私だったが、幽々子さまはその疑問にはすぐには答えてくれない。
 話は後で、と言うなり、手に持っていた扇子で地面を指した。


「いたわ。さぁ、妖夢、あれ狩っちゃって」


 気がつけば、いつの間にか地上は目の前。
 そこを、丁度いい大きさの、"生きた"いのししが走っていた。












「さすが妖夢ね。あっという間にいのしし2頭捕まえちゃうなんて」


 いのししを捕らえ、冥界に帰還すべく上空高くを目指す私たち。
 荷物運びなどという雑務、さすがに仕える主にさせる訳は行かないので、2頭とも私が運んでいる。
 1頭は背中に背負い、縄で固定。
 もう1頭は4本の足をまとめて縛り、その縄の部分を両手で引き上げる形でだ。

 魂魄流半人前の私でも、野生いのしし程度なら別に苦もなく打ち倒せる。
 正直、冥界の住人の私たちが無闇に生きてる者に関与し、かつ命を奪うのはどうかとも思った。
 まあ、今回はルーミアさんという生者と、私たちの責任による不慮の空腹という特殊な事例なので、
 埋め合わせとして我々が生存競争に代理参戦したと考え、彼らにはおいしく犠牲になっていただいくことにする。
 ……だけど、いくらルーミアさんが食べる人でも、1頭で十分だったのでは?


「あ、もう1頭は私の分」


 生存競争関わんなよ、冥界のえらい人!?
 そしてこの人"物理的な栄養"とか"幽霊の栄養"とかお構いなしだ。

 ……さて。
 いのししは確保したし、これでルーミアさんの問題は解決する。
 そう……たったこれだけで……解決するのだ。


「…………」


 この時、私の中で解消されずにいたいやな予感が……再び駆け巡っていた……。
 ああ……正直、聞きたくはない。
 聞きたくはないが……ルーミアさんを巻き込んでしまっている以上、無視する訳にもいかないだろう……。
 私は覚悟を決めて、目の前の主に語りかけた。


「あの……幽々子さま」

「なに? また質問?」

「え、ええ……」


 歯切れ悪く答える。
 だが私のその歯切れの悪さが、幽々子さまに質問の内容を悟らせたのか、とてもご機嫌なお顔を浮かべていた。


「あの、幽々子さま……幽々子さまは私に……き……き……」


 私が今回犯した最大最強最悪の勘違い……。
 その単語が、どうしても言えず、遠まわしに訪ねるしかできなかった


「あ……アレが、できるか……なんて、私に聞いたじゃないですか……?」

「アレって〜?」


 ……分かってるクセに!
 絶対分かってるクセに!!
 私に言わせようとして気づかないフリを続けるよ! ひどいよこのお嬢様!!


「だ、だから……! あの……生命エネルギーの受け渡し!!」


 そして結局言えない私臆病者。


「キスのこと?」

「ブフッ!?」


 そんでもってサラッとブロックワードが飛び出して、顔が爆発しそうになった。


「あ、あれは……一体どういう意味……ですか……?」


 しかし疑問解決のため、爆発しそうな顔と頭を一生懸命押さえつけて、がんばって聞いた。ああ良くやった魂魄妖夢……!
 私が歯切れ悪くするのに対し、幽々子さまはまたもサラリと、


「単純に私が聞きたかっただけ


 恐ろしいことを仰ってくれた。
 屋敷を出る前から渦巻いていたイヤな予感が、ここまでくれば確信に変わる……。
 だって、受け答えする幽々子さまのお顔は、死んでるクセにものすごく生き生きしてらしたから……。


「いやー、妖夢がどのくらいルーミアちゃんのこと想ってるのかなー、って。その尺度に?」

「だ……だったらなんであのタイミングでそんなこと聞くのですか!? 脈絡完全ゼロじゃないですか!?
 しかもその後、『私の言いたいこと、分かるわね……』とか続けてー!?
 あの流れでそう言われたら……だから、だから私……!? あああああ……」


 そう、生命エネルギーの受け渡しがどうとか、もっともらしい前振りがなければ、私だって勘違いを確信に変えなかった!
 話を聞く限り、そんなことを言う脈絡がないじゃないですか!?

 むしろ言われたから、その方向で完全に納得しちゃった訳で……。
 あの話の流れであんなこと言われたら……。
 あんな真剣な顔で言われたら……。


「うん、妖夢なら勘違いしてくれると思ったの なんだぁ伝わってなかったのね♥♥


 ……当たって欲しくなかった……いやな予感が。
 一連の騒動が、幽々子さまの盛大なドッキリ計画が組み込まれていたという予感が……大的中してしまった……!
 なんてことだ……あの時のこの人の顔は……静かだがえも言えぬ迫力を伴った真剣なお顔は……
 私を騙せるかどうかで、ものすごく真剣になってただけなのかーーー!?!!!


「だ、だましましたね……?」

「え? 私、どこかウソ言った?」

「う……」


 すごくウキウキしながら、ルーミアさん顔負けの爛々とした表情のお嬢様に、私はぐうの音も出せずに黙り込んでしまう。
 ……どうしよう。
 ここまでのやりとり、考えてみたら……非常に騙す気満々な歪曲表現だらけだったけれど、幽々子さま少しもウソ言ってないや……!


「気づいた、妖夢? 私はね……仮に悪意はあっても非はないのよっ!!」

「この人最悪だー!!」

「なにより、このくらい派手に妖夢騙せるなんて滅多にないしー」

「騙すとか非認めたしー!?」


 私なんかより一枚、二枚なんかじゃ済まない、八枚ぐらい上手の主人に、ぐうの音も出なくなってしまう。
 全ては完全包囲済み。だから、私がどんなに攻めようと、幽々子さまの仕掛けた手札に、質も数も到底及ばない。
 私は、口にこそ出さなかったが、心の中で完全敗北を喫したと、心底思い知るのであった……。


「……普通怒ると思うけどなぁ……ほんっと、生真面目なんだから。
 ま、だからからかいがいがあるんだけどね……ふふっ」

「はい? なにか?」

「なんでもない。それより逆に聞くけど……
 魔術的な知識も方法も知らないクセに、オートで取り交わしできるなんて、そんな都合の良い話あるとでも思ってたの?」

「えっ!? それは……」


 ……言われてみればそうだ。
 口移しによる生命エネルギーの受け渡し……なんて、よく聞く方法だからそのまま信じ込んじゃったけど、
 私は魔術的なことは詳しく学んでいない。
 方法も知らずに勝手にしちゃった訳で……いわば、人工呼吸で鼻摘まなかったり気道を確保しなかったりするような……。
 それどころか、私の場合は「息を吐いて相手に吹き込む」という行為も行ってないことになる……。
 ってことは、つまり……。


「うん、妖夢はルーミアちゃんにただキスしただけ。それ以上の意味もそれ以外の意味もな〜い」

「うわぁぁああああぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁッッ!?!!!!」


 心底楽しそうに、残酷なことを仰る幽々子さま。
 夜空に、私の悲鳴が高らかに響き渡った。
 弾みで、手に持ってる方のいのししを落としてしまい、幽々子さまは当然過剰反応を示した。
 慌てて私は落としたいのししに向かって、空中でキャッチに成功。
 地上からはもう大分飛び立っていたので、わざわざ地上まで戻らずに済んで良かった。
 っていうか1頭あれば十分だったことを思い出したので、仕返しついでにこのまま落としてしまえば良かったかもしれない。
 しかし、生存競争での犠牲になってもらった手前なので、やっぱり回収できて良かった。
 そうなると、ヒドい目に遭った私だけが気が済まない訳で、幽々子さまに追いつくなり、文句のひとつでも言わせて貰った。


「ひどいです……おじょうさまはおにです、きちくです……」

「いいえ、亡霊です」


 そうでしたね。


「大体、ルーミアさんは倒れて大変なことになってたんですよ……?
 なにそんないたずらのダシに使ってるんですか……不謹慎ですよ」

「えー、だって私、分かってたもの。妖夢が家中ドタバタ駆け回ってる時、あの子の可愛いお腹の虫が鳴いてたから」

「ドッキリにしたって……私だけならともかく、ルーミアさんまで巻き込んで……」

「言ったでしょ、考えがあった、って」


 満更悪意でもないのよ、なんて付け足して微笑む幽々子さま。
 それはいつものニヤニヤではなく、自然な優しい感じでだ。
 そういえば……いのししを狩る前、そんなことを言って会話が途切れていたのを思い出す。
 幽々子さまの考えとは一体……疑問に思いながら、私は幽々子さまの言葉を待った。


「あんなにラブラブなよーむちゃんとルーミアちゃんなんだもの。
 ほっぺにちゅーだけだなんて、可哀想かな〜、なんて思って、ね


 はあそうですか、そんなの余計なお世話だし。
 ルーミアさんが私のほっぺにちゅーとかしようが、そんなの幽々子さまには関係……


「なっ!? しっ、知ってたんですかっ!?」


 幽々子さまの口から、あり得ない言葉が飛び出し、思わず動揺してしまう。
 だってあり得ない!
 彼女が来た翌日にあった「ほっぺにちゅー事件」のことは私とルーミアさんしか知らないはず!


「見てたからね〜」

「見てたっ!? そんなバカな!? だってあの時幽々子さまはいなかったじゃないですか!?」


 あの日、幽々子さまは現場に来ていない!
 来ないように、来たら問答無用で剣の稽古するよう脅しをかけておいたのだから。
 なのになぜ幽々子さまは、あのことをご存知なのか?!


「あ、反魂蝶使って消えてたから」


 サラッとなんかすごいことを言ってのける。
 どうしてこの人重要なことこんなにもサラッと言えるんだろう、ほんと大物だよ。いや実際幽霊管理任されるほど大物だけど。


 幽々子さまのラストスペル「反魂蝶」。
 見たままを簡単に言うなら、幽々子さまが戦闘不能に陥った際に蘇り(厳密には違うのだが)の戦闘を続行するというスペルカード、
 とでも言うのだろうか?
 ちなみにその間、お嬢様の姿は消えていて、攻撃当てようがないから弾幕から延々と逃げるしかないという最終最後の凶悪な難関。
 これで「ぴちゅーん」した妖々夢プレイヤーも多いに違いない。
 つまり、その「消える」を今回、稽古しないで覗く方法として応用した、ということなんだろう。最低だこの人。


「けど反魂蝶って、その前に幽々子さまが戦闘不能に陥らないと発動しないものだったのでは……!?」

「物置」


 ……あー。
 そうだよ。あの日、幽々子さまが物置をいじくって雪崩起こしてましたね。あの時に発動したのかっ!?!
 なんて伏線だ。最悪じゃねぇか。

 いや……そもそも反魂蝶は攻撃を受けなくても発動できるものなのかもしれない……。
 この飄々とした大物のこと、真相など私ごときが計り知れるものでもない。全ては幽々さまのみぞ知る……。


「大体甘いわよ。どうして妖夢の練習見てない私が、妖夢の練習終わったタイミング見計らって絆創膏貼りに行けるの?」

「……はッ?!」


 言われて、思い出す。
 物置で潰された日……幽々子さまが、やけにタイミング良く私に絆創膏を貼りに来てくれてたことを。
 つまり……終わったタイミングを知って、かつ私の行き先を知っていたからに違いない……。


「あそこで違和感覚えないから、あなたは半人前なのよ。
 ……ああ、大好きなルーミアちゃんにちゅーされちゃってて、頭に血が回ってなかったからかしら?
 いやー、あの時の真っ赤になって腰抜かしちゃう妖夢なんて、本当、傑作だったわ、ぷっくっくっ」

「ああああ、いわないで、いわないでー!? あああー!!?」


 開いた扇子を口元に当て、笑いを浮かべる幽々子さま。本当に心底楽しそう。
 最悪だ……。
 よりにもよって誰にも見られたくないあのシーンを……一番見られてはいけない人に見られていたなんて……やめてやめて、あ、ああー!


「で、なんだぁ。ふたりってそんな関係? って思って、私が一肌脱いであげたのよ〜」


 揚々と話す幽々子さま、だったが……
 ……え゛……ちょっとまって。
 じゃあ? 幽々子さまの仰る「考え」って……私とルーミアさんくっつけるためってこと……?
 あの、ほっぺにアレで……そう、"勘違い"して……?


「ああああ……幽々子さま違うんです。違うんです幽々子さま。
 アレは幽々子さまの考えるような性的な意味でなくて、幽々子さまの大好きなお食事的な意味でして……」

「なによ、照れなくていいじゃない」


 幽々子さまのニヤニヤが、すごいことになっていた……。
 もう勘弁してください、許してください。
 そんな私の願いなど届かず……いや、むしろ私をからかうことに心血を注ぐ幽々子さまだからこそ、逃さず的確に抉って……
 私の心に最後のトドメをぶち込んでくる……!


「もうほっぺくらいなんて大したことないでしょ? ほぉらっ


 幽々子さまは、もう満面に歪む、今までで最大級のニヤけ顔で……一枚の紙のようなものを私にチラつかせて見せた。
 いやな戦慄が走った……が、状況は私に退避を許してくれはしない。
 自分がどう動くかの決定権も与えられぬまま、状況をただ受け入れるだけの、哀れな生贄だった……。
 私は、見たくもないその紙のようなものに写った映像を、月のわずかな明かりしかない夜空の中でありながら、しっかり見てしまうのだった。


「おめでとう、ファーストキッス


 先程、幽々子さまがカメラで撮影なされた……私がルーミアさんを襲っている写真。
 あっははー、さっすがポラロイド、もう映ってらぁ。さん、はい。


「――――――――――――――――――――ッッッッ!??!?!?!!?!?」


 真っ赤になった私の、声にならない悲鳴が、幻想郷の夜空を切り裂いた。

 静かな月の夜だった。
 十三夜月が、静かな夜空を照らし、私の悲鳴だけが遠くに響いて……。
 いのししがまた、空を落ちていく……。

 気がつけば目の前には、冥界への大きな門が聳え立っている。
 ああ、白玉楼はもうすぐだみょん……。












 翌朝……。
 私は日課の朝の鍛錬を行うため、木刀を片手にいつもの庭に来ていた……。


「……………………ねむっ」


 目の下にクマと、相当の眠気、そしてまだ日も昇り始めてない空の闇を背負って……。

 朝と言えるかどうかも妖しい、草木もまだまだ絶賛睡眠中の暗〜い時間帯。
 当然太陽の光は、まだ出ていない……夜明けまでは、まだもうちょっと時間があった。
 だったらまだ寝ていればいいのだろうけど……全然眠れないんだからどうしようもない。
 だって、あの事が……あの事が頭から離れなくて……


「……っ!?」


 また思い出し、思わず唇を手で押さえた。
 昨日……禁忌の一線を越えてしまった、私自身のそれを覆い隠す……。
 目を瞑れば、間近で見たルーミアさんの顔がチラついて……。
 目を開けていれば、唇に感触が蘇るみたいで……。
 ものすごく……恥ずかしい……
 顔から、火が出そう……。


「う……うわぁぁああああああぁぁぁぁあああっっ!?!?」


 邪念を振り払うように、手に取った木刀を一心不乱に振るった。
 だがだめだ、ルーミアさんの顔が頭から離れない!
 全然離れない!!
 ぎゃーーっっ?!?!



 昨日、生きたいのししを白玉楼に持ち帰った後、すぐに召使い幽霊に盛大に料理してもらいルーミアさんに提供した。
 話に聞いた限りだと、ルーミアさんは盛大に平らげたらしい。
 私は……見ていないから知らない。


『あ、あ、あんなことしておいて会える訳ないじゃないですかー!?」


 と言って、帰ってすぐ部屋に逃げこもってしまったからだ……。
 だってアレが……彼女を助けるための行為なら……それが免罪符とでもいうのか、少なくとも私の心を納得させてくれた……。
 けど、別にそんなことしなくても……彼女は助けられて……。
 幽々子さまの狡猾な罠と盛大な勘違いのせいで……私……して……しまって……。
 だから……あの行為に……なにかのため、とか……仕方なかった、とか……そんな逃げ道……どこにもなくて……。
 私はただ、ルーミアさんと……キス……しただけで……。


「ああああああぁぁぁぁあアアぁぁぁァぁああああああああアッッッっっ!?」


 ずっとそのことが頭に巡って……お陰で昨日は一睡もできなかった。
 それに……ルーミアさん気づいてたんじゃないか、って思ったら、不安でまた寝れなくなった。
 嫌ってくれて構わない、とは思ったけれど……それは「引き換えに彼女が助かるなら」という意味で。
 けれど、真実あの行為には命を助けるなんて大義名分がなかったのだから、もうレイプ以上の意味がない訳で……。
 そんな感じで興奮とか不安とか、なんかもう色々のせいで、私の精神状況はめちゃくちゃだった。

 黙っていても寝れない落ち着かない。
 むしろ黙っていると私の犯罪を思い出す。
 もうこの際どんな手段でも構わないからこの雑念を払おうとして、まだ太陽は出てない庭に出てちょっと早い朝の稽古を始めたのだ。
 ちなみに、心も型もメチャクチャで適当に振り回してる木刀は、絶対成果は身につかないと思う。


「よーむちゃんっ」


 その時、ふと、弾む声が後ろから耳に届いた。
 不意打ちで、つい振り向いてしまった。
 が、この声と口調は……一番聞きたくて、そんでもって今一番聞きたくなかったそれだった。
 しまった!? ……そう思った時にはもう私の体は動きを止められなくて。
 結局、夜明け前の暗い景色の中、薄ぼんやりと彼女の姿が、私の瞳に映っていた。


「あ……」


 彼女の元気な姿を見た瞬間だった……。
 一目でも目にしたら、どうやっても普通でいられないだろう。
 そう思っていたのに……ざわめき立つ気持ちが、全て、止まっていた……。
 そして……罪悪感より、恥ずかしさよりなによりも……安堵が、私の胸を満たす……。


「ルーミアさん……良かった……。元気になられたんですね」


 自分でも、ビックリするくらい普通に話していた。
 ……嬉しかった。
 あんなにも弱々しかった彼女が……こうして元気な姿を取り戻してくれたことが。
 直前まで渦巻いていたぐしゃぐしゃな葛藤もなにもかもなくなって……。
 本当に……良かったって……思えて……。


「わっ!? どうしたのよーむちゃん、突然泣いちゃって!?」

「い、いえ……すみません……。ルーミアさん、元気になって良かった……って……」


 涙が、零れ落ちた。
 やっぱり普通じゃいられなかった……。良かった……。嬉しかった。
 突然泣いてしまって驚かせてしまったみたいで、慌てて彼女は駆け寄ってくる。
 だけど、流れる涙は止められらなくて……。
 けど、顔は、自然と緩んでいた。


「ごめんね、心配させちゃって……」

「いいんです。私も、ご迷惑しか掛けられなくて……」

「ゆゆこさまからお話聞いたよ。わたしのために、わざわざいのしし用意してくれたんだって?」

「いえ、私も、色々と学が足りなかったのが悪いのですから」


 やー、本当に冥界のこと知らなくて心底後悔しましたよ。こんちくしょう。


「よーむちゃんが昨日頑張ってくれたのも知ってるよ。
 ……って言ってもわたし、昨日はフラフラで、いのしし食べる前のことは全然覚えてないんだけどね……」

「え?」


 てへへ、と頭を掻きながら、軽く申し訳なさそうな仕草をするルーミアさん。
 だけどちょっと待って。
 今……昨日のことは覚えてない? そう言いましたか?
 ……ということは、私がやってしまったアレも知らない?


「そ、そうでしたか!」


 さっきとは別に意味で、安心で胸を撫で下ろした。
 あんなことバレたらそれこそショックで避けられると思ってたけど……なるほど、ルーミアさん気づいてないんだ!
 見たところ、彼女は本当に普通だし……とても「あんなこと」をしてしまった相手を前にしての態度とは思えない。
 だから平然として私に近寄ってこれたのか。
 そっかそっか、それは良かった。


「あ、だけど……よーむちゃんがキスしてくれたのは、覚えてるから……」

「そうですか、私がキスしたのは覚えていま」


 妖夢ちゃんが  キス  したのは、 覚えて います。


「ごぉぉぉおおおぉめんなさぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁいっっっっ!!!!!!!」

「ひゃぁーーーっっ!?」


 すかさずその場で土下座した。
 頭突きで地面がドカーーンッて破裂して、土片を舞わせる。
 爆心地には私の額の形の穴ができあがってて、そこに私の額はすっぽり収まっていた。
 わずかの土片がぱらぱらとルーミアさんを襲い、驚かせてしまった。


 も……もう……だめだ……。
 一番決定的な、一番知られてはいけないことが、一番知られてはいけない人にしっかりメモリーされておられました。
 ごめん、もうほんとムリ。さすがにもう逃げられない……。
 もう、謝るしか……できない……。


「え? え? え? ちょ、ちょっと顔上げて、よーむちゃんっ……!?」

「いえ、できません! だってあんなマネ……」


 彼女の戸惑う声が聞こえる。
 だが私は顔を上げない。上げることなどできない! 会わせる顔が……ないのだから。
 そもそも、彼女と出会ってから私がやったことを思い返してみよう。

 脳天に木刀ぶちかました。

 夜道で遭難しかける。

 空腹でへろへろにさせてしまう。

 軽くレイプ罪。

 ……うっわー、我ながらろくでもねー……。


「もーわたしゃ腹ぁ切ります! 腹ぁ切ってお詫びしますからっ!」


 なんかもう土下座じゃ足りなくなって、顔を地面から上げるなり手に持っていた得物を自分の腹目掛けて思い切り突き立てた。
 木刀の先端がみぞおちを捕らえた。


「げふっっ!!?」

「よーむちゃんっ?!」


 醜い声を上げて、思わず悶絶。
 苦痛に顔を歪めながら、地面に転がる自分の体で庭掃除。


「おごげごぐごごごご……」

「だ、大丈夫……!?」

「は、はい……大丈夫です……、……大丈夫じゃだめなんだよ魂魄妖夢ぅぅぅぅうううぅぅぅっっっ!!」

「ひゃぁーーー!?」


 再び木刀で自尽にチャレンジ。
 ルーミアさんは暴れまくる私に驚いていたが、その内止めようと、懸命に絡まってきた。
 小さくて軽い彼女の体を跳ね除けるのは簡単だったが、彼女を傷つけたくなくて、身動きが取れなくなる。
 そういう意味で、力はなくともルーミアさんの絡みつきは効果大だった。
 しかし、私は私を許せない!


「止めないでください! あなたを傷つけた償い、命をもってしても足りるとか、もうそんな次元じゃ考えられないんです!!」

「やめてやめてやめて!?」

「だって覚えてるんでしょ!? 気持ち悪かったんでしょ!! すんません、ほんっとすんませんっ!! 謝るから、平伏してでも謝るから!!」

「全然いやじゃないよ、いやじゃないから!」

「そうでしょう! いやだったんですよね! だから私なんて零人全霊になってしまえば良いんです!! 死んで償えば……」


 ……あれ?


「……えっと、」


 今ルーミアさんは、私にとって非っ常〜〜〜に都合の良いことを言ってくださったような気がしたのですが……?
 そんなばかな! これまで私にとって最悪の方向にしか進まなかったんだから、もう騙されないぞ。
 幽々子さまの恐ろしい手腕でからかわれ続けイタい目遭ってきた私だ!
 また信じたって裏切られるのがオチに決まってる!
 だから、


「いやじゃ……なかったんですか?」


 だから……今度こそ、信じても、良いんでしょうか?


「え? ……うん。別に……いやじゃなかったよ」


 きょとんとした顔で、信じられない一言をサラリと口にする、ルーミアさん。
 頬が、ちょっとだけ、赤に染まってはいたけれど……。それって、どういういみ……?


「だって……女ですよ? 私……」

「……そうだよね」


 もっともな部分を突きつけて、聞いてみる。
 これで、絶対に否定されるだろう。そう思い込んでいたのに。


「やっぱり……いやじゃなかった、かな? 驚いたけど」


 どうして私の考えは、いつも現実と噛み合わないんだろう?
 良い意味にも………………悪い意味にも。


「なんでだろう……?」


 呟いてから、ルーミアさんは少し考える素振りをして……そして、なにかを納得したような顔で、頷き始める。


「そうだよね……。そうだよ」


 それから、顔を私の方を向いて、


「わたし、よーむちゃんのこと好きなんだ」


 反則級の笑顔で、面と向かって直球な言葉を贈ってくれた。


「だってよーむちゃんは、ここに来ていつも一緒に居てくれて。わたし、楽しかったし。カッコいいし……。
 ずっと、ひとりでふわふわ飛んでたけど……ふたりで飛ぶのも良いなって、教えて貰って……」


 そこには……後ろめたさも、わだかまりも、なにもない。
 本当に素直な気持ちだけがただあって。


「えへへ……だったら良いや。わたし、よーむちゃんのこと好きだから……あげちゃう


 顔が、頭が、心臓が……沸騰する。
 すごく、眩暈を起こしそうなほど……眩しい笑顔……。
 本当に皮肉な話。
 私は、宵闇の彼女に、眩しさを感じている。

 私はもう、あなたの眩しさに、焦がれてしまった。



「わたし、帰るね」


 一言。
 眩しさに酔いしれ私に、まるでなんでもないことのように微笑みながら、彼女は告げた。


「え?」

「ごはんないから、居続けるとまた倒れちゃうし……ずっと居続ける訳にもいかないから」


 両手を広げてくるり、踊るように回って……そのままふわり、彼女の背中が空に浮く。
 まだ日の光も差し込まない薄暗い空に、小さな背中が吸い込まれていく。
 彼女の言葉の意味をやっと理解して……いつか訪れるはずだった別れの時が、今訪れたのだとやっと気づく。
 そして……最後の一言を言いそびれてしまったことを、悔やんだ。


「あ……のっ……」


 今更、なんの言葉も出せなかった。
 なにを言って良いのか、頭に思い浮かばなかったから。
 ずっと、覚悟を決めなくちゃ、思っていた「さよなら」が……頭の中に出てこない。

 何度も思い返した、「生」と「死」の境界線。
 冥界を出て行けば、彼女とはもう……。

 その最後に、なにひとつ言えないだなんて……。
 私は半人前で未熟者でダメダメで、だけど……
 一番逃がしてはいけないタイミングまで逃すほど愚かだったなんて……心底自分に嫌気が差す。
 ただ一言、「さよなら」と、その一言がいえないなんて……。

 小さくなる彼女の背中を眺めながら、最後の最後、後悔の色に染まる私の心。
 直前までの幸福感が……全て悔いに変わったような……そんな絶望感。
 ……不意に、空に浮かぶ小さな背中が振り向いて……私に告げた。


「またね」


 それは……再会を約束した言葉。


「あ……」


 なんだ……私はまた、ひとりで勝手に思い込んで、勘違いしていたんだ……。
 彼女にもう会えないだなんて……そんなこと、ないじゃない。
 だって……出て行ったからといって、もう会えない訳じゃない……。
 「さよなら」は、言いそびれて本当に良かった。

 私は半分生きてるんだから……ここで会えないのなら……私から、会いに行こう。


 私は空高くいるあの子に届くように声を上げる。
 この白玉楼全体に響き渡るくらい大きく。
 誓い……なんて大そうなものじゃない。
 単純な、彼女がいつも示してくれたくらい単純な、私の気持ちを。
 声を張り上げて、言った。


「ええっ! また会いましょう!」















あとがき

とうとう……やってしまった。
今までシスプリ1本で書き続けてきたなりゅーが、ある意味タブーのようの感じていたシスプリ以外のSS。

えー、某氏の「やれよー」と言うプッシュと、まりりんを布教しはじめた時のあの「あり得なさ」の開拓に対するゾクゾク感に押され、
ついに「東方Project」の妖夢×ルーミアという無謀な挑戦に手を出してしまいました……!
まあ、「タブー」とか言いつつ、実は相当軽い気持ちで書いてしまったり。
なんとなくやりたいからやった、創作なんてそんなもで十分だと思う。

さて、妖夢とルーミアという、原作での絡みどころか、誰も想像しないカップリングでの執筆ですが、
はっきり言おう、「このふたりが好き、だから絡んで欲しかった」、「あり得ないと言われた、だからやった」以上(ぇー
メインタイトルですが、まんまです。
なんかカップリングの呼称として使ってたのですが、語呂が気に入りましたし、
小細工する必要もないと思ったので、いっそそのままメインタイトルにしました(爆

ふとしたきっかけで妄想してみたところ止まらなくなり、
東方2次創作事情はサッパリ分からないクセに、身内の話だけ聞いて暴走してしまいました。
書いてみたら書いてみたで、なんかもう今までで最大級の量に膨れ上がると言う有様。
自分、よっぽど「あり得ない」ものが好きなんだと思いました。(笑
新しいものを布教するには膨大なエネルギーが必要ということの証明なんでしょうかね?
長々するのも考え物なので3つに分けましたが、そのせいで幽々子さまの方が出番や絡みが多い気がするのがよく分かってしまった(苦笑
けどまあ……肝心なところはメインヒロインにもって行かせているので、それで良いことにします。

東方は創作の余地が広いと言いますが……一応原作順守主義なので、いかにシスプリが楽だったか思い知らされました(苦笑
実は、執筆開始時、読んだ東方SSがほとんどゼロという無謀な状態からのスタートです。
そのため、ルーミアは結構自分のイメージで書いたので、ひょっとしたら原作とかと大分かけ離れているかもしれません。
若干純粋無垢な無邪気さ出すため子どもっぽく仕立て、自称とか呼称の仕方とか手ぇ加えました。
それでも自分のイメージする「妖夢らしさ」も「ルーミアらしさ」も存分に出したつもりです。

今までシスプリ1本でやって来ただけに、この東方創作進出がどう出るか、地味に不安だったりしますが……
それでも、妖夢×ルーミアで新たな歴史を刻めることを願っています。(←地味に野望のスケールでかい?)
最後に……もう誤魔化さない、東方って面白いわ!(笑


更新履歴

H21・4/4:完成


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