四葉が行く!










「鈴凛ちゃん! 捕まえたデス!」

 公園で逃げる鈴凛に追いついて、四葉は抱きついた。
「あー! 残念!」
 鈴凛はぺロッと舌を出した。
「逃げ切れると思ったのに……」
「さあ、鈴凛ちゃん! この手帳にサインしてクダサイ
 四葉は懐から手帳を出して鈴凛の前に開く。ペンを差し出す。
「はいはい」
 鈴凛は笑って自分の名前を書いた。
「あ、もうこんなに捕まえたんだ……」
 手帳を眺めて鈴凛は感心したような声をあげた。
「千影ちゃん、衛ちゃん、鞠絵ちゃん、それから……、ええと、全部で……」
 得意そうに四葉は胸を張った。
「鈴凛ちゃんで8人目デス! あとひとりデス!」
 さらさらと風が吹き四葉の髪が軽く靡く、涼しくて過ごしやすい日だった。

 今日は土曜日、午前から姉妹でゲーム、電車に乗って少し離れた街までやって来て探検を兼ねた「鬼ごっこ」をしていた。数日前が四葉の誕生日でパーティを開いたのだが、そのもうひとつの「プレゼント」として、姉妹たちが特別に用意したものだ。
 年少の者に歩かせるのは辛かろう、という事で雛子と亞里亞は参加者から外されたものの、午前9時30分に駅前からあちこちに散って行った可憐、花穂、衛、咲耶、鞠絵、白雪、鈴凛、千影、春歌の9人を、午前10時から捜索開始し、午後4時までに全て捕まえる、という大掛かりなゲームは大詰めを迎えていた。
 今、鈴凛を捕まえた。これで9人の内の8人を捕まえた事になる。

「あとひとり!?」
 捕まった、という証明のサインをして手帳を返した鈴凛の目が丸くなる。
「ええっと、後残っているのは……」
「花穂ちゃんデス!」
 四葉がそっくり返る。
 そう、後は花穂ひとり。腕時計を見れば、やっと午後の1時を過ぎたばかり、あと3時間程の内に花穂を見つければ四葉の勝利、賞品として姉妹たちからの特別プレゼントがもらえるのだ。
「もうひと頑張りという訳ね」
 鈴凛がくすくすと笑った。
「ハイデス!」
 四葉が鼻息も荒くガッツポーズを取る。
「じゃ、私は駅前に戻っているから」
 捕まった者は、駅前に戻ってゲームの終わりまで待機するルールになっていた。鈴凛が手を振って歩き出す。
「クフフ……、四葉も花穂ちゃんを連れてすぐに戻りマス!」
 四葉は両手を振って鈴凛を見送った。

「さて……花穂ちゃんはどこに行ったデスか……?」
 鈴凛の去った公園の中で、四葉は行ったり来たりしながら考え込む。
 花穂はどこに行ったのか?
 四葉は頭を回転させる。
 この「鬼ごっこ」は、それぞれが自分、あるいは友人の家などに隠れたりすると言うような不正をしないように、姉妹にとってあまり馴染みの無い土地――行った事がない訳ではないが、さりとて歩きこんでいると言う訳でもない、と言えばわかるだろうか――が選ばれた。
 本人たちがそこまで考えていたのかは不明だが、あまり来た事のない街なら、迷子が怖くて遠くに逃げることが出来ない、という四葉にとっては探しやすい「縛り」が出来ているはずだ。駅から遠くには行っていまい。それと、花の好きな花穂だから、どこかで植物園など見つけたら、そこでずっと見物しているかもしれない。
 そんな事を思いつく。
「そうデスね、そのポイントを押さえて探してみまショウ……」
 四葉は周りをきょろきょろと見回した。
「その辺に街の案内図が無いデスかね……?」
 四葉は公園を出た。
「ムムム……」
 歩きながら四葉はなおも考え込む。
 いくらなんでも、花穂はそんなにわかりやすい逃げ方をするだろうか? 鞠絵を探して図書館に行ったら、目指すターゲットはいなくて、その代わりに衛を見つけたりしたのだ。かと言って、花穂が立ち寄りそうなところを覗きもせずに放っておく訳にも行かない。いや、花穂が植物園などに行ったとしてもいつまでも一箇所に留まるなどという事があるのだろうか。
 四葉の思考がぐちゃぐちゃして来る。
「……一旦、四葉も駅に戻る事にしマス!」
 気持ちを落ち着けに、また、この街の地図が見つからないという事もあって、四葉はまた駅前に戻る事にした。
 駅前には既に捕まった者が集まっている。案外、ゲームの進行の様子を見に、フラフラと戻って来ているかも知れない。
 そんな都合のいい事を考えながら四葉は駅の方へと歩いていった。

 戻ってみると、捕まった者は呑気なもので、人の行き交う賑やかな駅前商店街のあちこちでウインドウショッピングなどを楽しんでいた。
「四葉ちゃん!」
 衛がスポーツ用品店から出て来た。
「衛ちゃん!」
 捕まえるのに梃子摺ると思っていたが意外にも早いうちに捕まえてしまった少女に駆け寄る。
「戻って来た鈴凛ちゃんから聞いたけど……あとは花穂ちゃんだけなんだって?」
「そうデス……、花穂ちゃんを見かけませんデシタか?」
 正直に答えるとは思っていなかったが、一応聞いてみた。
「あははっ! それは言えないよ♪」
 案の定、衛は笑ってはぐらかした。
「そうデスか……」
 衛の顔を見て、四葉は静かに言った。

 花穂について、本当に衛は情報も持っていないようだ、四葉はそう判断した。
 もともと言葉での回答は期待していなかった。
 四葉が注意していたのは答える相手の顔色や声の調子で、今日は何度も駅前に戻っては、出会った姉妹にいろいろと質問をぶつけ、その反応から「情報」を得ていた。
 本人が自覚しているかどうかはわからないが、衛は思っている事が特に顔に出やすく、「情報源」としては実に役に立った。可憐、咲耶、春歌の「情報」など、衛に教えてもらった様なものだ。

「衛ちゃん、どうもデス……」
 衛からは情報が取れない、四葉は他の姉妹を探して当ってみる事にした。
 それから、商店街のあちこちで、千影、白雪、鞠絵に会うが。

「フフ……さあ……どうだろうね……?」
「ムフン ヒミツですの♪」
「わたくしは……わかりません……

 特に目ぼしい反応は得られなかった。3人とも本当に知らないようだった。

「ムムム……これは面白くなって来たデス!」
 こうなっては、純粋に花穂の性格から推理しての勝負だ。
 四葉に闘志が湧いて来る。
「花穂ちゃんはどこに行ったデスか……?」
 実に面白い、四葉の推理力が試されている。今日のゲームは「名探偵」を名乗る四葉への刺激的な最高のプレゼントだった。
「名探偵四葉の腕の見せ所デス!」
 四葉は張り切って歩き出した。駅には街の案内図があったはず、見に行こう。
 時刻は午後1時40分であった。

「時間切れデス……」
 何度目かに訪れたこの街の「都市植物園」で腕時計を見て、四葉は肩を落とした。時刻は午後4時、この植物園を中心にいくつかの公園を捜して回ったが、結局花穂は見つからなかった。四葉の負けだ。
「はあ……」
 ため息をつく。9人の内、8人は順調に捕まえただけに、最後のひとりを捕まえられなかった事が残念でならない。ゲームが終わるまでは気にならなかった疲労が、どっとのしかかって来た。
 時間が来たら四葉は駅前に戻る事になっていた。棒の様になった脚で四葉はトボトボと歩き出した。

 駅前に戻ると時刻は4時半を回ったところだった。
 捕まってしまえば気楽なもので、姉妹たちはガラス張り窓のファーストフードの中で仲良くお喋りをしていた。人数が多いから大きめのテーブルを二つも占領している。
「あ! 四葉ちゃん!」
 店の中に入ってきた四葉に、咲耶が呼びかける。
「四葉ちゃん、お疲れ様でした
 隣の可憐が柔らかく微笑む。
「時間切れで戻って来まシタ……」
 四葉は隣の春歌に勧められた椅子にどっかりと座り込んだ。
「四葉の負けデス……花穂ちゃんは見つけられませんデシタ……」
「でも……3時間でワタクシたち8人を捕まえたのですから、それだけでも大したものですわ
 単なる慰めでもないらしく、春歌の目には賞賛の光が宿っていた。
「ホント! 四葉ちゃんはすごいって! ねえ?」
 鈴凛が同意を求めるように一同を見回すと皆、うんうんと首を縦に振る。
「四葉ちゃん、何か飲む?」
 咲耶が財布を片手に席を立った。四葉のために何かドリンクを注文して来ようと言うのだろう。
「冷たいものなら何でもいいデス……」
 好意に甘える事にして四葉はボンヤリとガラス窓から外を眺めた。捕まえられなかった最後のひとりの事を考える。
「花穂ちゃんはどこに行ったのデスか……?」
 一体どうやって花穂は四葉から逃げ切ったのだろう? 見つけられなかったのだから四葉の推理の敗北だ。花穂はどこに逃げたのか? どこに隠れたのか? それが気になって仕方がなかった。
「早く戻って来て欲しいデス……」
 そして、どこに逃げたのか隠れたのか聞いてみたいものだ。
「ここで待っていればそのうち戻って来ると思うよ」
 四葉の呟きの表面だけ拾って衛が言った。
「四葉ちゃん、お待たせ」
 咲耶がドリンクのカップを持って戻って来た。
 それから9人でのお喋りが始まった。

 5時半になっても、花穂は駅前に戻って来なかった。
「花穂ちゃん、遅いわね……」
 腕時計を見て咲耶が言った。おかしい、どこまで逃げたのかは知らないが慣れない街、そんなに遠くには行っていないはず、そろそろ戻ってきて良い頃だ。他の姉妹たちもざわざわと騒ぎ出す。
「もう……5時半ですの……」
「いくらなんでも遅すぎます……」
 白雪と可憐が顔を見合わせる。
「誰か、花穂ちゃんに電話をかけてみてくれる?」
 咲耶が言った。
「あ……四葉がかけマス」
 四葉は携帯電話を出して、花穂の電話番号を呼び出してかけて、耳に当てた。
『お客様のおかけになった電話は現在……』
 味気の無い女声が、花穂の携帯電話が電源が入っていないか、「圏外」である事を告げる。
「ダメデス……、花穂ちゃん、電源を切っているみたいデス」
 四葉の顔を覗き込んでいる咲耶たちに首を振る。
 この街で電波の届かない場所があるとは考えにくい、花穂の電話は電源が切れているらしかった。
「ね、ねえ? 事故にあったとか、そんな事無いよね?」
 鈴凛が言って、しんとその場の空気が冷たくなった。9人、顔が青くなる。
「……ここを出ませんか?」
 鞠絵が言った。
 皆、黙って頷き、店を出た。

 9人は駅の「地図」の前に立った。咲耶を中心に「会議」が始まった。
「誰か! ゲームの途中で花穂ちゃんを見なかった!?」
 春歌が手を挙げた。
「ワタクシ……、四葉ちゃんに捕まる直前ですからお昼を過ぎた頃だと思うのですが、大きな消防署の前で歩いている花穂ちゃんを見かけました……」
「大きな消防署?」
 咲耶が地図を見た。
「恐らく……この街の本署ですね……」
 鞠絵も地図に目を走らせる。
「……少し遠いですね」
 見つけたらしい鞠絵が一点を指した。9人の視線がそこに注がれる。
「ここデスか……」
 四葉は唸る。
 花穂の脚でなかなか歩いたものだ、市街の北の外れの国道沿い、皮肉な事に、先ほど四葉が探した「都市植物園」からそう離れていなかった。
「他に、誰か花穂ちゃんを見かけなかった?」
 地図から振り返った咲耶が再び問う。今度は誰も手を挙げなかった。
「春歌ちゃんの情報しかない訳か……」
 独り言の様に呟いて、咲耶はもう一度地図を見た。
「お昼から場所も移っていると思いますし……」
 鞠絵が言葉を引き取る。皆の顔が険しくなった。
 花穂だってそれなりに動いているはずだ、お昼から、となれば花穂が存在しうる範囲はとんでもなく広くなる。探し出すのは至難の業だ。
 だが、探し出さなければならない。
「でも、花穂ちゃんを見つけ出さなければなりまセン!」
 四葉の言葉に全員が力強く頷く。
「花穂ちゃん救出作戦!」
 叫んで咲耶が皆の前に拳を突き出す。すぐにその意を読んで、可憐、衛、鞠絵、白雪、鈴凛、千影、春歌、そして四葉が手を重ねる。
「「「「「「「「「オー!」」」」」」」」」
 さすが長女の風格と言おうか、咲耶は見事に姉妹の心をまとめる。土曜で少ないとはいえ人の行き交う駅の改札口傍で、周囲の視線を物ともせずに9人は声をあげた。
「まずみんな! 携帯電話の電源を入れといて! 何かあったらこれで連絡!」
 手を解いた咲耶の指示に、姉妹は自分のものの電源を確認する。
「まず鞠絵ちゃん! 鞠絵ちゃんは駅前に残って! さっきのお店で待機してて!」
 咲耶は、出て来たばかりのファーストフード店を鞠絵に指した。
「え? ここに……?」
「もしかしたら、遅くなっているだけで花穂ちゃんはここに戻って来るかも知れないし……鞠絵ちゃんはここで花穂ちゃんを待っていて欲しいの!」
「は、はい!」
 鞠絵が頷く。道理に適った咲耶の判断だった。今こちらに向かっている途中かも知れないし、探しに出た一行と行き違いになる可能性もある。体が弱くて歩かせられない鞠絵を待機させておくのはそれなりに合理的な選択だと言えよう。
「それで、他のみんなは私と来て! まず消防署まで行って……、そこから手分けして花穂ちゃんを探すから!」
 姉妹は黙って頷いた。
「鞠絵ちゃん! よろしくデス!」
 鞠絵に送られて、咲耶や四葉たち8人は駅から北へと歩き始めた。

「ここデスね……」
「結構歩いたわね……」
 30分ほど歩いて、消防車が何台も収まったこの街の消防署の本署までやって来た。
 車がびゅんびゅんと走る広い国道沿い、姉妹は歩道から周囲を見回すが、花穂の姿は見えない。
 先行して消防署近辺で「聞き込み」をしていた衛と春歌も、特にこれといった情報を得る事は出来なかった。
「ここを中心に手分けして探すしかないわね……」
 咲耶が7人を見回した。幸いな事に、消防署の脇に、近辺の街路図があった。
「国道が東西に走って……北側が住宅街デスね……」
 8人で街路図を見る。しばらく咲耶が考え込む。
「ふたり一組にして、東西にそれぞれ一組、住宅街に一組、他に一組……」
 咲耶の頭の中で何かが回っているらしく、ぶつぶつと何か呟く。
「これで見る限り、住宅街は……建物が多くて見通しが悪いし……細い道が入り組んでいるから……かなり歩く事になりそうね……」
 消防署の背後に広がる一戸建て住宅の塊に目をやって、咲耶は顔をしかめた。日がもっとも長い時季で6時を過ぎてもまだ明るいものだが、それでも間もなく暗くなろう。
「そこは四葉が行きマス!」
 自分が主催したものではないとは言え、四葉のためのゲームで起きたトラブルだ、特にきつそうな住宅街の捜索に手を挙げて志願する。
 だがしかし。
「ねえ、みんなにはふたり一組で、聞き込みをしながら探してもらおうと思うんだけど……それでいい?」
 四葉の声など聞こえていないように咲耶が皆に言った。咲耶の提案に返事は無い、咲耶はそれを「異議なし」と解釈した。
「北に一組、東西にそれぞれ一組、他に一組。それで、まず特に歩きそうな北側の住宅街に行ってもらう組なんだけど……」
「四葉が行きマス!」
 ぴょこんと手を挙げた四葉、その顔の前に咲耶は無言で手を出して制する。
「誰が行く?」
 咲耶の呼びかけに、衛と春歌が手を挙げた。
「ボクが行くよ! 体力には自信があるし!」
「ワタクシも参ります!」
 咲耶が無表情に頷いた。
「衛ちゃん、春歌ちゃん、ありがとう」
 そしてまた姉妹の顔を見回す。
「北側の住宅街は、衛ちゃんと春歌ちゃんに行ってもらって……次はここから東西に向かう組だけど……」
「四葉も行きマス!」
 大袈裟なくらいにピョンピョン跳ねた四葉が、また咲耶に黙殺される。
「可憐ちゃん……可憐ちゃんは私と一緒に来てくれる?」
 咲耶は可憐を見つめる。
「は、はい!」
 可憐は一瞬戸惑いながらも力強く首を縦に振った。これで一組、と咲耶が小さく呟く。
「それで、反対方向は……」
「私が行く!」
「姫も行きますの!」
 鈴凛と白雪が手を挙げた。
「鈴凛ちゃん、白雪ちゃん、ありがとう」
 それから咲耶と鈴凛のジャンケンで、咲耶・可憐組が西方向、鈴凛・白雪組が東方向に行く事に決まった。
「よ、四葉は……どこを探せばいいデスか……?」
 仲間外れにされたような気がしておずおずと尋ねる四葉に、やっと咲耶が目を向けた。
「私の事も……忘れないで欲しいね……咲耶くん……」
 千影が囁くような声で自分の存在をアピールする。
「ゴメン、四葉ちゃん、千影ちゃん」
 大きな声で喋り続けて喉が痛くなったのか、ここで咲耶が少し咳き込んだ。
「それで、最後の一組になったふたりだけど、ふたりにはここの周りを調べて欲しいの」
 またひとつ、咳をして咲耶は続けた。
「千影ちゃんもあまり体力はないし……、今日は四葉ちゃんは私たちの中で一番歩いたと思うし……」
「そんな! 四葉に気を使う必要は……」
 咲耶は四葉の唇に指をそっと当て、言葉を遮った。春歌が咲耶に助け舟を出した。
「この近辺だって探さない訳には行きませんし……、しっかりと探そうと思えば、かなり歩くと思います」
 咲耶が四葉の耳元に口を寄せて小さく言う。
「四葉ちゃん……ゴメンね? 今日は四葉ちゃんのための『ゲーム』だったのに……こんな事になって……」
「咲耶ちゃん……」
 咲耶はすっと四葉から体を離すと、声を大きく張り上げた。
「それじゃ! 分担の決まったところで! 花穂ちゃん救出作戦開始! 連絡は携帯電話とメールで!」
 こうなると、もうその場の「勢い」だ。
「「「「「「「「「オー!」」」」」」」」」
 皆、大声で応えると、衛・春歌組は消防署の脇から北側の住宅街へと、咲耶・可憐組と鈴凛・白雪組は国道の歩道をそれぞれ西方向と東方向へと、散って行った。

「さて……四葉くん……私たちもそろそろ行こうか……」
「ハイデス!」
 6人はあっという間に走って行った、残った四葉・千影組も捜索を開始する事にした。
「しかし……探すと言ってもどこをどう探したら……」
 珍しく、千影の声に途方に暮れたようなものが篭っている。
「う〜ん……」
 四葉は唸って考え込む。確かにそうだ、闇雲に走り回るだけでは仕方あるまい、それなりの目星をつけた上で探さねば、時間と体力の浪費である。それに、四葉たちだってこの街の地理には詳しくない、ひとつ間違えば自分たちの方まで迷子になりかねない。自分たちが交番で道を聞いている間の抜けた姿を想像してしまって、あわてて首を振って打ち消そうとして。
「そうデス! 交番デス!」
 四葉は閃いた。
「交番? いくら警察でも迷子がどこにいるかは……」
「細かい話は後デス! まずはこの近くに交番がないか探すデス!」
 四葉は怪訝な顔の千影を引きずるようにして走り出した。

「なるほど……考えたね……」
 しばらく歩いて見つけた県道沿いの交番までやって来て、千影はやっと納得した。
「……それで、このコを探していマス……」
 幸いにも携帯電話に残っていた花穂の画像を、20代後半と思しき警官に見せる四葉。
「ああ……、うん、このコなら来たよ」
 警官が言う。読みは当った、と四葉と千影が顔を見合わせる。
「それは何時ごろデスか?」
「う〜ん、確か……、ああ、そうだ、5時半だったかな? 多分それくらいだと思う」
 警官は壁の味気の無い丸い時計を見上げる。
「そのコ、駅まで行きたいって言ってて、道を教えたんだけど……最初に教えた道はちょっとわかりにくそうだったから……、少し遠回りになるけどそこの県道沿いのわかりやすい道筋を地図を描いて教えてあげたんだよ」
 やっと得る事の出来た、花穂の新しい情報だった。
「ど、どんな地図を描いたデスか!? 四葉たちも追いかけマス!」
 身を乗り出すような四葉に気おされるような風で、警官は花穂に渡したと言う地図をメモ用紙にもう一度描いて差し出した。
「いや……女の子の足でもそんなにかからないで駅に着くと思うけど……、これでもわかりにくい地図だったかなあ……?」
 頭をポリポリと掻いた警官の言葉に、四葉と千影は苦笑いした。
 警官の地図を見ると、駅までの経路で曲がるのはたったの2回、あとは道なりに進むだけの単純なルートで、曲がる場所についてもわかりやすい「目印」が書いてある。この地図を見る限り、彼に責任があるわけではないだろう。
「ありがとうございまシタ!」
「どうも……探してみます……」
 四葉と珍しく敬語になった千影は、警官に頭を下げると、交番を出て歩き出した。

「これで追いかけて行けば……花穂くんに会える……そういう事だね……」
 地図を見ながら千影が言う。交番を出てしばらく歩いた交差点で地図の指示通り右折する。ガードレールで仕切られただけの狭い歩道を進んで行く。車が勢い良く脇を走り抜ける。
 四葉が立ち止まり、千影も止まる。
「案外、入れ違いで今頃駅に戻っているかもしれないデス」
 花穂が戻れば、駅前の鞠絵から知らせがあって良いはずだが、こちらから鞠絵に尋ねてみる事にして四葉は携帯電話を取り出した。

「鞠絵ちゃん……、そうデスか」
 四葉は電話を切った。力のない四葉の声からなんとなくわかっていたが、千影は一応聞いてみた。
「鞠絵くんは何て?」
「まだ、花穂ちゃんは駅前に戻っていないそうデス……」
 時刻は6時半を過ぎて7時に近づいていた、夏至を過ぎたばかりの日が長い時季でも、もう暗くなって来ている。
「この地図に沿って花穂くんを探して行くしかないね……」
「そうデスね……それと、咲耶ちゃんたちにも交番と地図の話はメールしておいた方がいいデスね……」
 地図によれば、先ほどの消防署から見て南東方向に伸びる県道――四葉たちの居るずっと先――を花穂は歩いている訳だ。咲耶・可憐組、衛・春歌組は見当違いの場所を探している事になる。また、国道を東に向かった鈴凛・白雪組は、今いる場所によっては、むしろ四葉たちより先に花穂を見つけてくれるかも知れない。
 四葉は携帯電話を操作して、自分たちが得た情報と地図の画像をメールで送信した。
 すぐに鈴凛から返信があった。都合の良い事に、鈴凛・白雪組は、東へ向かい、そこから南に捜索範囲を移したらしく、件のルートからはそう遠くないところにいるとの事で、直ちにその県道の方に向かうとの連絡だった。
 力強い援軍の知らせに、四葉と千影の顔も綻んだ。
「さあ! 四葉たちも急ぎまショウ!」
「ああ……」
 四葉と千影はまた歩き出した。



「ふえーん……」
 花穂はべそをかき始めた。空がゆっくりとだが確実に暗くなって行く。今日は午前からずっと歩き続けで足は疲労に軋む、ゆっくり、ゆっくりと休みながら歩いて行く。
 今、自分はどこにいるのだろう?

 今日は数日前に誕生日を迎えた四葉のために「ゲーム」、電車に乗ってやってきたこの街で、四葉は他の9人を捕まえる、9人の方は四葉から逃げるという大掛かりな鬼ごっこをしていた。
 花穂も、慣れない街で迷わないように太いわかりやすい道を伝って四葉から逃げ回りながら、せっかく来たのだから、とちょっとした観光気分で、街の「都市植物園」などを覗いたり、とそれなりに今日のイベントを楽しんでいたのだが……。
 ああ、思い出してみれば、あれが花穂の不運の始まりだ。
 2時少し前だろうか、「都市植物園」を出て、次はどこに行こうとウキウキしていた花穂は、迷わないように目印にしていた大きな消防署――植物園に来る途中で通った――へ向かっている途中で、ドジな事に野良犬の尻尾を踏んづけてしまったのだ。
 吠える野良犬、飛び上がる花穂。
 追う野良犬、逃げる花穂。
 道路の狭い、見通しの悪い住宅街に飛び込んで右に左に走るうちに、ようやくの事で野良犬を撒いて胸を撫で下ろした時には、自分がどこをどう逃げてきたのか、今どこにいるのか、わからなくなっていた。
 花穂は迷子になっていた。
 「都市植物園」までの楽しい気分は吹き飛んだ。もう、ゲームの事なんかどこかに飛んでいた。誰かに助けに来てもらおうと取り出した携帯電話は、うっかりして充電を忘れていて電池切れ、どうにもならなかった。
 花穂はずっと住宅街を彷徨い歩いた。どこか見覚えのある場所に出ないか、四葉が見つけてくれないか、花穂は歩き続ける。
 歩き続けるうちに、いつの間にかゲーム終了の4時も過ぎた。
 時間を過ぎても駅前に戻らなければ、姉妹たちも大騒ぎになるだろう、探しに来てくれるだろう。そう思いはしたが、不安な時はつい悪い事を考えてしまうものだ。皆、ドジな自分を見捨ててさっさと帰ってしまうのではないか。そんな不安が胸に湧いてきてどうしようもない。
 花穂は泣きそうになりがら歩いた。
 道をデタラメに彷徨いながら、幸運にも交番を見つけた時は、本当に感激したものだ。警官に地図――かなりわかりやすいルートをわかりやすく描いたものだ――を貰った時は、やっと駅前に戻れる、と警官に何度も何度も頭を下げた。
 交番を出て県道沿いに歩き、やがてさしかかった交差点を右折。それから疲れた脚なのでゆっくりではあるが、道なりに少しずつあるいて行った。駅へ、駅へ、と。
 それなのに、何という事か。転ぶ事の多い花穂は、特に障害物のあるわけでもない歩道で転んでしまい、さらに悪い事に風が吹いてきてしまった。
 転んだ拍子に手から離れた地図は風に舞って、空の向こうに消えてしまった。
 今更戻って地図を書き直してもらうには遠すぎ――それにどこで左折すれば交番に戻れるかも思い出せない――花穂は自分が見た地図の記憶を頼りに前に歩き続けるしかなかった。

「……いくつ目の交差点で曲がるんだっけ?」
 確か、駅までは2回曲がるだけでよかったはずだ。もう既に1回曲がって、今歩いている道のどこかでもう1回曲がらなければいけない。しかし、いくつ目の交差点で、どの方向に曲がるのか、地図をなくしてしまった花穂にはわからなくなってしまっていた。
 暗さを増す空の下、街灯の照らし始めた県道を道なりに歩くうちに、郵便局――土曜の事で閉まっているが――を通り過ぎた。
「……郵便局?」
 立ち止まって郵便局を振り向いた。警官は曲がる交差点の目印として、郵便局がどうとか言っていた気がする。
「多分、ここで……」
 そう言って前方に視線を移した花穂は絶句した。こんな交差点もあるのだ。
「1、2、3……ええっ!?」
 その交差点は2車線の太い道から、自動車1台の通行がせいぜいの細い道まで、花穂が歩いてきた道まで含めれば合計7本の道路が交わる七差路であった。
「え、えっと……」
 花穂は七差路まで来て信号の柱の下で立ち尽くし、6本の道を見つめる。
 さあ、花穂はどの道を進んで行けば良いのだろう? 行き来する自動車を見ながら考える。
「……決めた!」
 5分ほど考えて花穂は叫んだ。花穂は左から2番目の道を選んだ。別に根拠があって選んだ訳ではない、しかし、心細くなっていた花穂には、その道は街灯が明るすぎた。
 花穂は横断歩道を渡ると、選んだ道を歩き始めた。

 ああ、何という事か。せめてあと3分、その場所で悩んでいれば良かったのに。

「花穂ちゃーん!」
「どこですのー!」
 花穂の後を追いかけて、同じ県道を走って来た鈴凛と白雪が七差路に飛び込んで来た。ふたりで七差路のそこここに視線を向ける。
「いないんですの……」
「もっと先に行っているのかな……?」
 花穂の姿を認める事が出来なかった鈴凛と白雪は、携帯電話に届いた、四葉から送られた地図の画像を見る。
「花穂ちゃんはこっちみたいね」
 鈴凛は七差路の内のひとつの道路を指した。
「追いかけるですの!」
 もうひと頑張り、と白雪が腕を振り上げる。
「花穂ちゃーん!」
「どこですのー!?」
 花穂が地図をなくしたと知らないふたりは、信号が変わると横断歩道を渡り、右から2番目の「正解」の道へと走って行った。



「鈴凛くんたちが……花穂くんを見つけてくればいいが……」
 脇道から視線を戻すと千影はぽつりと言った。花穂が迷い込む可能性を考え、後を行っている組の役目、と四葉と千影は通る道筋で何度も脇道を覗き込んでいる。
「心配ないデス! 鈴凛ちゃんたちは今頃花穂ちゃんに追いついていマス!」
 四葉が言ったその時、軽快なメールの着信音が鳴った。
「噂をすれば鈴凛ちゃんデス! きっと花穂ちゃんを……」
 笑って携帯電話のメールを開いた四葉はそのまま固まった。
「どうだい……?」
 千影が四葉を気遣うようにそっと尋ねた。
「鈴凛ちゃんたちは、駅まで戻ったそうデス……」
 四葉は携帯電話をしまうと肩を落とした。
「それでも、花穂ちゃんが見つからなくて……もう一度、道を戻って探し直すそうデス……」
 千影は空を憂鬱そうに見上げた。
「……鈴凛くんと白雪くん、どこで出会うかな……」

 郵便局を過ぎた七差路まで来て、鈴凛・白雪組と合流した。
「四葉ちゃーん! 千影ちゃーん!」
 白雪を従えた鈴凛が横断歩道をこちらへと渡って来る。
「鈴凛ちゃん! 白雪ちゃん!」
 慣れない土地で寂しく歩き回ったせいか、消防署前で別れて大して時間は過ぎていないのに、現われたふたりの顔に妙な懐かしさを感じてしまう。
「四葉ちゃん! 花穂ちゃんは見つかった!?」
「ダメデス! 鈴凛ちゃんのほうもデスか!?」
「ごめんなさいですの……」
「いや……白雪くんが謝る様なものでもない……」
 4人になって、少し賑やかになったところで、とりあえず、通行人の邪魔にならないよう歩道の隅によって、その場にいる4人でミニ会議を開く事にした。
「それにしても……花穂ちゃんはどこに行ったの……?」
「地図に沿って探しても、見つからなかったんですの……」
 鈴凛と白雪がしょげた顔を見せた。
「……となると、花穂ちゃんはどこかで道を間違えたとしか思えないデスね……」
「しかし……、いくらなんでもこの地図で道を間違うとは思えない……」
 四葉の発言と、それに対する千影の指摘、それっきり発言が途切れる。しばらく4人で腕組みをする。
 四葉の頭に閃くものがあった。
「花穂ちゃんの事デスから……、どこかで地図を落としたという事はないデスかね?」
「「「あ」」」
 四葉の言葉に、他の3人があんぐりと口を開けた。
「交番から駅まで、曲がるのは2回だけデス。交番から少し歩いて1回、そしてここで1回、それ以外は道に沿って歩くだけデス。地図を持っていれば、千影ちゃんの言うとおり、いくらなんでも迷うとは思えないデス」
 確かにそうだ、千影も鈴凛も白雪も四葉の説明に納得する。
「しかし……地図をなくしたとすれば……花穂くんはどこに……?」
 花穂が地図をなくした、と言う事がわかっても、花穂が地図に示されたルートの上にはいないという事がわかっただけ、ルートにいない分花穂を探すのが一層難しくなったと言う事実を確認しただけだ。
「ムムム……」
 顎に手を当てて四葉はしばらく考える。花穂はどこにいるのか? 地図をなくした花穂はどこに行ったのか? 地図をなくした花穂はどこで道を間違えたのか? そもそも花穂はどこで地図をなくしたのか?
「…………!」
 四葉の頭を打つものがあった。
「花穂ちゃんは……きっと、1回目に曲がった交差点からこちらを目指して、しばらく歩いたところで地図を落としたに違いありまセン!」
 3人の視線が四葉に注がれる。
「最初の右折までに落としたならば、交番はすぐそこデスから、戻ってもう一回地図を描いてもらうくらいの事はしたと思いマスし、ここを正しく曲がってから落としても、後はまっすぐ歩くだけで、問題なく駅に到着デス!」
 千影、鈴凛、白雪が顔を見合わせた。
「という事は、花穂くんは……最初の右折を過ぎて……」
「交番に戻れないくらい歩いたところで地図をなくして……」
「ここで道を間違えたんですの!」
 四葉は頷いて肯定した。
「だとすれば……、花穂くんはどの道を?」
「七差路から、花穂ちゃんが来た道と『正解』を除けば5本……」
「4人で手分けしても探せない道があるんですの……」
 渋面になる3人に、5本の道を全て見渡した四葉はにっこりと笑った。

「花穂ちゃんは、きっとこの道を行ったと思いマス!」



「みんな……もう帰っちゃったかなあ……?」
 花穂はぐすぐすと鼻を鳴らす。
 交番で聞いた話では、2回目に曲がれば、もうすぐに駅に着くような様子だった。
 それなのにどうしたことか、歩いても歩いても駅らしいものは見えない。
 それどころか道は市街地を外れ、寂しい方向――花穂は知らなかったが遠くの街へと続く道、駅とは見当違いの方向――へと向かっていた。
「…………」
 脚が痛い。もう、歩みはのろのろとしたものだ。花穂は苦痛に顔を歪める。
 空は完全な夜のものになりつつあり、車ばかり走る太い道路の歩道を、花穂はひとり歩く。
 やはり道を間違えてしまったのだろうか? 今からでも戻って、もう一度道を選び直すべきなのだろうか? それとももうすぐ駅が見える事を信じて歩き続けるべきなのだろうか?
 痛む脚を止めて、花穂は前と、それから後ろを見た。
「うん!」
 もう少し歩いてみよう。辿り着けないのはゆっくりと歩いているから、そう考えて花穂は前に歩き始めた。

 その時だった。

「花穂ちゃーん!」
 聞き覚えのある声が、自分の名を呼んで後ろから追いかけて来る。
「えっ!?」
 振り向くと、四葉が笑顔で走って来るところだった。
「四葉ちゃん!?」
 いや、四葉だけではない、その後ろには鈴凛、白雪、千影が続いている。
「ああ……」
 心細さに囚われていた花穂は、安心と感動に緊張が緩んでへなへなと崩れそうになる。
 しかし、ここで座り込むわけには行かない。花穂は足を踏ん張って、四葉たちに向かって自分も走り出した。

「みんなー!」



「そっかあ……、花穂、あそこで間違えたんだ……」
 ガタンガタンと帰りの電車に揺すられながら花穂は言った。
「こんなドジな花穂だけど、見捨てないで……?」
 土曜の夜で空いているのが幸いである、散々歩いてくたくたになって、女の子らしくも無くだらしなくシートにもたれかかっている姉妹たちを、花穂は申し訳なさそうに見つめた。
「ホントに……ごめんなさいっ!」
 花穂の謝罪に、可憐も衛も咲耶も鞠絵も白雪も鈴凛も千影も春歌も、そして隣の四葉も力のない笑顔で返すのみだった。
「せめて携帯電話にちゃんと充電していてくれれば……」
 誰かがポツリと言って花穂は気まずそうに首をすくめた。
「でも、花穂ちゃんが無事で何よりデス!」
 その場をとりなすように、今日、最も歩いたであろう四葉が元気に笑った。
「四葉ちゃん……、今日は四葉ちゃんのための日だったのに……」
「気にしないでクダサイ! 花穂ちゃん! 花穂ちゃんを探すのは四葉にとっては最高の『ゲーム』デシタ!」
 四葉は陽気に花穂の肩を叩く。
「四葉ちゃん……」
 花穂は小さく笑った。
「ところで……あのいっぱい道がある交差点で、どうして花穂があの道を選んだってわかったの? 四葉ちゃん?」
 不思議そうに花穂が首を傾げた。
 その質問に、四葉はよく聞いてくれた、とばかりに片目を瞑った。
「あの道が一番明るかったからデス!」
 指を振って四葉は続ける。
「きっとひとりで心細くなっている花穂ちゃんは、明るい道が暖かく見えたはずデス、そう四葉は睨んであの道を追いかけたら正解デシタ!」
 花穂は驚きに空いた口が塞がらなかった。まさに四葉の読み通りだった。
「四葉ちゃん……すごい……」
 なかなかに鋭い四葉の読み、花穂は感心してしまった。
「フフ……、今日の一番の功労者は四葉くんだね……」
 四葉の反対側の隣に座っていた千影が笑う。
「今日の四葉くんは冴えていて……四葉くんがいなければどうなっていた事か……」
「いつもは四葉が冴えていないみたいデス!」
 四葉の抗議に、どっと笑いが広がる。やっといつもの姉妹の陽気さが戻った。
 土曜日の夜、こんな騒ぎに顔をしかめるほどの乗客が他に乗っていないのが幸いであった。

 電車は姉妹の住む街に着いた。
「さ、みんな降りるわよ」
 咲耶の号令の下、重くなった体を座席から引きずって電車から降ろす姉妹たち。
 ぞろぞろと駅の構内を歩く。
「あー、やっと帰ってきたデス!」
 改札口を出て、四葉は大きく伸びをした。他の者もそれぞれに体を伸ばしてリラックスする。
「みんな、家に帰るまでが遠足! 帰るまでが『ゲーム』! さあ家までもう少し!」
 咲耶が冗談めかして姉妹を励まして駅前のロータリーを歩かせる。
「チェキ!?」
 平気なようでいて、やはり歩きっぱなしでかなりこたえていたのだろう、一歩足を踏み出した四葉が体のバランスを失って前につんのめった。
「危ない!」
 慌てて前の春歌が抱きとめた。
「四葉ちゃん!?」
 花穂が四葉のところに駆けて来た。
「四葉ちゃん! しっかり!」
「し、心配はご無用デス!」
 花穂が肩を貸す形で、どう見ても心配が要らないように見えない四葉を春歌から受け取った。
「花穂のために走り回ってくれたお礼に……、花穂が……」
 肩を貸して四葉の家まで送って行こうというのだろうか? しかし、花穂だって今日はかなり歩いていた。
「きゃっ!?」
「チェキ!?」
 四葉に肩を貸したまま、花穂も足を縺れさせる。
「「危ない!」」
 春歌と衛が、四葉と花穂を抱き止めた。
「ふたりとも平気なようには見えないわね」
 傍で見ていた咲耶が苦笑いして自分の財布を出した。
「四葉ちゃん、花穂ちゃん、お金は私が出すから今夜はタクシーで帰らない?」
 そう言って傍のタクシー乗り場を指す。
「四葉の事なら心配いりまセン!」
「ええっ! 花穂、タクシーでなんて……」
 それぞれ春歌と衛の胸の中で、辞退の意思を表明するが。
「春歌ちゃん、衛ちゃん、ふたりをそこのタクシーに押し込んで」
 咲耶の言葉に春歌と衛がにっと笑った。
「承知しましたわ
「うん、わかった!」
 さらに。
「私も……手を貸そう……」
「わたくし、こう見えても結構力持ちなんですよ
「可憐も手伝います」
「私も! あ、花穂ちゃんの足持って」
「了解ですの
 千影、鞠絵、可憐、鈴凛、白雪まで加勢に入る。
 こうなっては四葉と花穂は黙ってタクシーに放り込まれるしかなかった。

「それじゃ、運転手さん、このふたりをお願いします」
 咲耶が運転手に額の大きい紙幣を手渡して言った。
「結局、乗せられてしまったデス……」
「うん……」
 座席で四葉と花穂は顔を見合わせる。
 そしてすぐに笑った。
「でも、せっかくのご好意デス! ここは甘えさせてもらうデス!」
「うん! 四葉ちゃん!」
 ドアが閉まった。

「それじゃ、四葉ちゃん! 花穂ちゃん! また明日!」
 姉妹たちに見送られて、四葉と花穂を乗せたタクシーは走り出した。

「またデス!」
「またねー!」
 四葉と花穂は窓から姉妹たちに手を振る。

 四葉と花穂を乗せたタクシーは夜の市街を走る。

「くう……花穂ちゃん……」
「四葉ちゃん……すう……」
 いつの間にか、四葉と花穂はすやすやと寝息を立てていた。
 少し歳の行ったタクシーの運転手は、バックミラーに映る後部座席のふたりの可愛らしい寝顔に、顔を緩ませる。
 ただ、目的地は近いのですぐに起こさなければならないのが残念であった。






 

 


あとがき

 四葉の誕生日にアップするはずが自分のホームページでは一日遅れた四葉ものです。 (^^;
 「よつりん」「まもかほ」と言う王道カップリングを置いて私は「よつかほ」など始めたのですが、
 今回も四葉、それと後半まで出番がないのでが、花穂をメインにして書いてみました。
 


なりゅーの感想

高原さんのよつかほ第2弾!
いや、素直に「面白い」の一言をお送りしたい作品でした!

花穂が戻ってこないことが分かった、シリアスに変わる瞬間の……「温度差」、って言うんでしょうか?
今までのほのぼのとした空気がガラリと変わるシーン描写は見事だと思いました。
この後どうなるのかって、そこから話にグッと引き込まれてしまいました(笑

花穂らしいドジや肝心なところでツイていない点も健在で、
そこから「事件」にまで発展してしまうところは、上手にキャラを生かしている印象を受けました。
この「ゲーム」は、本当に四葉のためのプレゼントだと思いましたね。
最後の花穂に対する見事な名推理、「ゲーム」の結果は四葉の逆転勝ちでしょう。

他にも咲耶が咳き込むシーンや珍しく敬語になる千影など、細かいところで描写が上手いと感じましたね。
オチの残念そうな運転手は良い味出しています(笑
全体的に見所ばかりだった印象の受ける作品を、どうもありがとうございました!


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