白雪と帰ろう!
「降って来たんですの……」
白雪が駅の改札口を出ると雨がざあざあと降り始めた。
黒い雲で暗くなっていく空を電車の窓から見上げて、せめて帰り着くまで、と念じていたが、その願いは届かなかったようだ。
白雪は駅の改札口の前で佇む。どうもしばらく雨はやむ気配が無い。
傘を持ってきていなかった白雪は、空を見上げたまま立ち尽くす。
「誰か来てくれると助かるんですの……」
今日の出かけ先と、帰着の大体の予定時刻は姉妹に伝えておいた。もしかしたら誰か気を利かせて迎えに来てくれるかもしれない。
ふとそんな事を期待した。が。
「でも来たら来たで……」
想像して白雪はぶるっと体を震わせた。
姉妹達は白雪を大事にしてくれる、本当にこんな日は誰かが迎えに来てくれるかも知れない。
「そうしたら大変な事になるんですの……」
頭の中に姉妹達の顔が浮かんだ。
白雪の姉妹達は白雪を大事にしてくれる。
白雪の姉妹達は、本当に白雪を可愛がってくれる。
それはもう、しつこすぎる程に。
もう、誰かが何かと理由をくっつけて白雪のところにやって来て、人形でも扱うように、ベタベタと。
姉妹、同性、という禁断の道を踏み外して。
「うう……」
一瞬、あの姉妹の恐ろしさを忘れて、誰か迎えに来てくれたら、などとおぞましい事を考えてしまって、白雪は寒気がしてきた。
姉妹によっては、借りを作ってしまうと、帰ってから何を要求されるかわからない。
相手によっては白雪の貞操の危機である。
「とにかくこの雨では歩けないんですの……」
駅の構内で、白雪はどの位そうしていたであろうか。
「入っていきませんか……」
慎ましやかな声と共に、すっと横から傘が差し出された。
「鞠絵ちゃん!」
びっくりして横を向いてみると鞠絵が静かな笑顔で立っていた。
「白雪ちゃん、一緒に入っていきませんか?」
にっこりと鞠絵が、自分の傘を引いて柄に持ち帰る。
「ひょっとして、しばらく姫を見ていたんですの?」
ぴん、と来て白雪がつっこむ。
「白雪ちゃんは鋭いですね……」
笑顔のまま、鞠絵の眉が微かに寄る。
「そろそろ帰る頃と思って迎えに来て、少し、可愛い後姿を眺めていました」
涼やかに言って鞠絵は傘を開いた。
「もうっ 鞠絵ちゃんったら……」
ああ、鞠絵が迎えに来てくれた。
姉妹の中でも世間の常識に近い鞠絵なら、安心できるかも知れない。
くす、と笑って白雪は小さく頭を下げる。
「ありがたくお世話になるんですの、鞠絵ちゃん」
本当にありがたい。小さな傘の中、白雪は鞠絵の傘の中に入る。
「もう少し、中に。白雪ちゃんが濡れてしまいます……」
鞠絵がそっと白雪の肩を抱いて、自分の体に近づけた。
「ま、鞠絵ちゃん……これでは歩けないんですの……」
「傘を忘れた白雪ちゃんと相合い傘で帰れるなんてシチュエーションは、滅多にありませんから♥」
やっぱりタダではない。傘に入れてゆく代金、とばかりに万力のような力で鞠絵に抱きしめられてしまった。鞠絵の腕の中で、胸に顔を押し付けられて白雪はじたばたともがく。
その時であった。
「びょ、病弱メガネっ子と思っていたら……、油断しましたわ……」
駅前のロッカーの後ろから桜色の襦袢、藍色の袴という装いの、よく見知った姉妹が腹を押さえながら出てきた。手の傘を杖にして一歩、進む。
「春歌ちゃん、どうしたんですの!?」
白雪は鞠絵を振り切って慌てて苦しそうな春歌の傍に駆け寄ろうとした。が。
「少し力が弱すぎたようですね、春歌ちゃん」
鞠絵に後ろから肩を掴まれる。くいっと直したメガネがきらりと光った。
「ま、鞠絵ちゃん!?」
何か鞠絵の周りに冷ややかな空気が漂う、これは鞠絵の戦闘モードだ。気がついて白雪は固まるが、春歌と鞠絵はそんな彼女を待ってはくれない。
「さ、先ほどは油断しましたが……白雪ちゃんは渡しません」
けほけほと咳をしながら春歌が鞠絵を鋭く見据える。
「白雪ちゃんと帰っていいのはワタクシだけですわ! こ、これから白雪ちゃんはワタクシと一つの傘で一緒に帰って……、そして……、ポポポ♥」
恐ろしい気迫に満ちた顔から器用に表情を変え、顔を赤く染めて体をくねらせる。
「は、春歌ちゃん……」
恐らく春歌も白雪を迎えに来て、そこで鞠絵とぶつかってしまったのだろう。傘が一本、と言うのはやはり春歌も相合い傘で一緒に帰ろうという魂胆で……。
「春歌ちゃん……、姫をどうするつもりですの……?」
妄想モードに入りかけた春歌を一応引き戻してやる。
「あ……」
正気に引き戻された春歌が、きっと鞠絵を睨む。
「と、とにかく白雪ちゃん! 早くそのメガネから離れてください! 危険ですわ! 先ほど特殊警棒で……」
春歌はたまたま壁に立てかけてあったモップを構えた。
「勘違い大和撫子の分際で、白雪ちゃんと相合い傘で帰ろうなど……」
ぎりっと奥歯をかんで鞠絵がゆらりと春歌に近づく。
「鞠絵ちゃん? 春歌ちゃん?」
ああ、迎えに来るのが一人だけだったならどんなに良かった事か。
どうやら白雪と「相会い傘で帰る権利」を賭けての勝負が始まるようだ。凄まじい火花が春歌と鞠絵の間に散りだす。白雪はすっかり泡を食ってふたりの顔を交互に見つめる。
と次の瞬間!
「ヤアッ!」
裂帛の気合で春歌がモップを突き出した。
「くっ!」
鞠絵が辛うじてかわして相手の懐に入って何かを春歌の顔の前に突き出す。
「はっ!」
春歌が袖で自分の口と鼻を塞いで後ろに飛ぶ。
「ちっ!」
一瞬遅れて鞠絵の持っている物から霧状の何かが噴出す。
「モップを薙刀の代わりにするとは……」
「今度は催涙スプレーですか……」
再び間合いが出来て、構えなおした鞠絵と春歌が睨み合う。
「イヤーン!」
何で白雪との「相合い傘」を賭けてこんな勝負が出来ると言うのか。突然に始まった鞠絵と春歌のバトルに、白雪は悲鳴を上げる。
ぞろぞろと野次馬が集まってきた。
「やめるんですのー!」
白雪の叫びなんか届いていない、春歌と鞠絵は、間合いをゆっくりと、しかし確実に詰めて行く。
「白雪ちゃん!」
出来てきた人ごみの中からにゅっと腕が伸びた。あっと叫ぶヒマも無く白雪を後ろから抱きしめて人ごみの中に引き込む。
「四葉ちゃん!?」
自分を抱きしめた者を振り向くと、そこには八重歯を覗かせた四葉の笑顔があった。
「クフフ、あのふたりには置いていかれましたが……、『漁夫の利』とはこの事デス……」
白雪を抱きしめたまま、四葉が含み笑いになっている。四葉の手にはやはり傘が一本。
「よ、四葉ちゃん! 鞠絵ちゃんと春歌ちゃんがケンカを始めたんですの! 早く止めないといけないんですの!」
慌てて四葉の腕を振り解こうとするが、四葉は一層きつく白雪を抱きしめる。
「クフフ……、あのふたりなら心配いらないのデス。ケンカするほど仲がいいといいますカラ……、そのままにしておきまショウ! その間に四葉と白雪ちゃんは……♥」
器用にも片手で白雪を抱きしめたまま、四葉はもう一方の手で、傘を開いた。
「さあ! 白雪ちゃん! 傘がないのでショウ? あのふたりは放っておいて、四葉と一緒に帰るのデス!」
「ほ、放っておくんですの!?」
白雪が叫ぶがそんな四葉は取り合わない。強引に四葉が歩き出して白雪を人ごみの後ろにずるずると引きずり出した。
「さあ! 帰るのデス!」
ああ! 四葉は白雪と帰れれば後はどうでもいいのか!
「やあ!」
「えい!」
にらみ合っていた春歌と鞠絵がまた動き出したらしい、人ごみの中から恐ろしい声がする。
「は、早く、春歌ちゃんと鞠絵ちゃんを止めるんですの!」
「拳で語り合ってきっとあのふたりの絆は強まるのデス!」
「少年マンガの読みすぎですのー! それに武器を使っているんですのー!」
白雪が人ごみの中に駆け込もうとするが、四葉が離してくれない、ずるずると引きずられる。
「さあ! 他の誰かが来る前に帰りまショウ! そして、四葉と白雪ちゃんもクフフ……、家でチェキしあって愛を確かめ合うのデス!」
鳥肌が立つ、自分の身の心配をした方がいいかも知れない。
「よ、四葉ちゃん、何を言っているんですのー!?」
とその時!
「いやー、やられたわ……」
傘を差して駅に走り込んできた者があった。駅に入ると、その者はすぐに四葉と白雪の姿を認め、怒りに沈んだ声とともにその前に立ち塞がる。
「鈴凛ちゃん!」
鈴凛だった。白雪は叫ぶ。
「ああ、四葉ちゃん……、まさか白雪ちゃんの帰りの時間、デタラメ教えてくれるとは思わなかったわ……」
鈴凛が傘を畳んですごむ。
「騙される方が悪いのデス! これも作戦のうちデス! 白雪ちゃんと帰るのは四葉デス!」
渡さない、と四葉がぎゅっと白雪を抱きしめる。
「白雪ちゃん、少しだけ我慢してね、このチェキ女畳んだら一緒に帰ろ」
鈴凛が爽やかな笑顔を白雪に向ける。
「畳まれるのはそっちの方デス! 白雪ちゃんは四葉と帰るのデス!」
四葉が白雪をぎゅっと抱きしめて叫ぶ。
四葉と鈴凛の間に殺気が飛び交う。
「四葉ちゃーん! 鈴凛ちゃーん!」
鞠絵と春歌だけでなくもう一組、自分を巡ってのにらみ合いが始まった。ヤンキーのケンカのように顔を近づけてガンを飛ばしあう四葉と鈴凛に、白雪はパニックになる。
「ひ、姫の事でケンカしないで欲しいんですのー!」
別に悲劇のヒロインを気取っての台詞ではない。
四葉と鈴凛の周りにも野次馬が集まってきて恥ずかしい、勝手に白雪をかけて戦われて鬱陶しい、それでも自分の事で怪我されたら寝覚めが悪い、向こうの鞠絵と春歌も心配だ、極めて現実的な心情からの悲鳴である。
だが、そんな事を聞いてくれる様な四葉と鈴凛ではなかった。
「このチェキ女……、一回、ボコボコにしておかないとね……」
傘を放り投げ、どこからかスパナを出して鈴凛が構える。
「それはこちらの台詞デス! このメカオタク!」
やっと白雪を離して、四葉も傘を投げ、ふところから大きな虫眼鏡――しかも二刀流――を出して構える。
ふたり、対峙する。
「四葉ちゃん! 鈴凛ちゃん! やめるんですのー!」
白雪が叫ぶ。
が、かえってこれが引き金になってしまった、四葉と鈴凛が殴り合いをはじめた!
「覚悟デス!」
「こん畜生!」
虫眼鏡とスパナが激突する。
「あ、ああ……」
白雪はオロオロとふたりのバトルを見つめる。
四葉と鈴凛がポカポカと殴り合っている。春歌と鞠絵に比べれば随分と平和だが、それでも放っては置けない。
「や、やめるんですのー!」
「白雪くん!」
また、人ごみの中から腕が伸びて、白雪は野次馬の間に引きずり込まれた。
「千影ちゃん!?」
自分を抱きしめた者を見て、白雪は声をあげる。千影だった。やっぱり千影も手に傘が一本。
「ちょ、丁度いいところに来たんですの、四葉ちゃんと鈴凛ちゃんがケンカを……」
だが、やっぱり千影も白雪の言葉なんか聞いちゃいない。
「フフ……4人に出し抜かれて……どうなるかと思ったけれども……こうして巡りあえるとは……運命だね……」
ぶっとんだ事を言って千影は艶かしく目を細めると、白雪の頬をそっと撫でる。
「な、何を言っているんですの!? 千影ちゃん!」
千影の目つきが完全にまずい、ぞわぞわと鳥肌が立つ。
「そんな事より、早く四葉ちゃんと鈴凛ちゃんを……」
その口をそっと千影は手で塞ぐ。
「ケンカするほど仲がいいというじゃないか……拳で語り合ってあのふたりは……絆を深めるだろう……」
「その台詞は千影ちゃんのキャラクターじゃないんですのー!」
先ほどの四葉と似たような台詞を吐いた千影に、白雪は必死で突っ込むが、そこでどうとかなる千影ではない。
「それより……フフ……白雪くん……これから私と白雪くんも相合い傘で絆……」
その瞬間であった。
「へぶおっ!!」
千影が間抜けな声をあげて横に飛んでいく。
「千影ちゃん! 何やっているのよ!」
上段回し蹴りを放った姿勢で咲耶が呆れたように叫ぶ。
「さ、咲耶ちゃん……助かったんですの……」
ああ、この頼りになる咲耶が千影の頭を蹴飛ばして助けてくれたらしい。白雪はほっとして自分に向き直った咲耶を見つめるが。
「白雪ちゃん……、大丈夫だった……?」
傘を片手に、色気づいたきらきらと輝く瞳の咲耶がにじり寄って来る。危険を感じて白雪はまた叫ぶ。
「咲耶ちゃんもーっ!?」
慌てて後ろに飛ぼうとするが咲耶の方が一瞬早い。
「白雪ちゃん……もう……可愛いんだから……♥ ああん♥ 食べちゃいたい、って言うかいただきまーす♥」
白雪の腕を掴んで強引に胸の中に抱き寄せる。
「は、放すんですのー!」
胸の中に抱きしめられて白雪はじたばたともがくが、幸いにそんなに長くは続かなかった。
「咲耶くん……やってくれるね……」
どす黒い憤怒のオーラを纏った千影が、咲耶の背後からがっしりと肩を掴んだからである。よく見ると千影の鼻の下に血の筋が一条。
「しぶといわね……」
咲耶が軽く舌打ちして千影を振り向く。
「白雪ちゃん、少し待っていてね」
ウインクして咲耶は白雪をやっと離した、肩の千影の手をパンと払う。
「ま、待つって何をするんですの!?」
白雪の問いは完全スルー。
「このネク○オカ○ト女! 白雪ちゃんと同じ傘で帰ろうなんて100年早いのよ! さあ! かかってらっしゃい!」
咲耶が千影に構え。
「言ってくれるね……咲耶くん……。白雪くんは誰にも……渡さない……!」
千影が飛んだ!
「い、いやー!」
白雪は悲鳴を上げる。
これで3組目の姉妹のバトルだ。
「せいっ! やあっ!」
「咲耶くん! まだまだ!」
気合とともに激しい打撃で押す咲耶、力では劣りつつも華麗な身のかわしを使って戦う千影、意外にもいい勝負で、激しい戦闘が白雪の眼前で繰り広げられる。
「やめるんですのー!」
恥ずかしい事にこちらにも野次馬が集まって来た。何とかやめさせようと白雪がふたりの間に割り込もうとするが。
「…………!?」
がしりと体が誰かに掴まれる。今度は誰か? 白雪が振り返ってみると。
「衛ちゃん! 花穂ちゃん!」
衛と花穂が白雪の体を抱きしめていた。
「白雪ちゃん! 傘がないんでしょ? ボクたちと帰ろうよ!」
「花穂、雨が降って急いで白雪ちゃんを迎えに来たんだぁ」
衛と花穂がにっこり笑って白雪を抱き寄せる。
また面倒くさい事に、白雪との相合い傘狙いがふたり……。
「い、今はそれどころじゃないんですの! 春歌ちゃんと鞠絵ちゃん、四葉ちゃんと鈴凛ちゃん、千影ちゃんと咲耶ちゃんが……」
駅前のあちこちでバトルしている3組を指して、言葉を進めて白雪ははっとした。
「まさか……衛ちゃんと……花穂ちゃんも……」
今までの流れ、パターンからすると、衛と花穂もバトルを始めかねない。嫌な想像をしてしまって白雪ははっと息を呑む。
「やだなぁ、白雪ちゃん! ボク、花穂ちゃんとケンカなんかしないよ!」
「花穂、衛ちゃんが大好きだもん♥」
衛と花穂は笑って顔を見合わせる。
「よかったんですの……」
考えすぎだったか、白雪はほっと安心の息をつく。とりあえず4組目のバトルの心配はしなくて良さそうだ。
「それじゃ、みんながケンカをしているから……」
とりあえず止めるのを手伝って欲しいんですの、と最後まで白雪はいう事ができなかった。
「白雪ちゃんの事で、花穂と」
「ボクはケンカなんてしないよー」
花穂と衛が白雪をぎゅっと抱きしめる。
「白雪ちゃんは、花穂と」
「ボクで仲良く可愛がるからさ!」
花穂と衛は傘を一本、ポンとさした。
「「3人で仲良く帰ろう♥」」
「イヤーン! 姫にはまともな姉妹はいないんですのー!?」
目を輝かせて白雪の体を撫で回し始めたふたりに、ぞわわわと寒気がする。
もう、めちゃくちゃだ、自分の身の回りにはこんな人間しかいないのか。
白雪はパニックになって喚く。
「あんまりですのー!」
「「白雪ちゃん!?」」
ふたりの腕を振り解いて白雪は雨の降る駅前のロータリーに駆ける。
雨に濡れてしまうが、もうそんな事は構っていられない。
ケンカをしている3組を放置する事になるが、もうそれもどうでも良くなって来た。
「「白雪ちゃん!」」
花穂と衛が追いかけてくる。
「イヤーン! 来ないでー!」
白雪は走る。
その時であった!
「白雪ちゃん! 伏せて!」
鋭い少女の叫びに反射的に白雪は身を屈める。
「えーい!」
白雪の頭の上を黄色い何かが飛んで通り過ぎる。
「きゃっ!?」
「うわっ!」
飛んだ何かが後ろの花穂と衛に飛び込んだらしい。ふたりの悲鳴とどうと倒れる音がする。
「な、何が起きたんですの!?」
白雪が驚いて後ろを見ると。
「ヒナみさいるー! えいえいおー!」
黄色いレインコートの雛子が、花穂と衛を敷いて元気に決めポーズを取っていた。
「雛子ちゃん!?」
飛んで行ったのは雛子か。
「大丈夫だった? 白雪ちゃん」
反対側からの声に視線を向けると。
「可憐ちゃん!?」
傘をさした可憐がにっこり笑って立っていた。
「ふふ……、こんな事もあろうかと可憐と雛子ちゃんで必殺技の練習をしていたんです」
可憐が笑顔を崩さず、白雪の肩にそっと手を置く。
「可憐ちゃん……雛子ちゃん……」
雛子を花穂と衛に投げたらしい、いろいろな意味でやりすぎの気がしなくも無いが、ここはお礼を言っておくべきなのだろうか、そんな事を考えて白雪が目を白黒させていると。
「くしししし、邪魔者は消えたよ!」
雛子がとてとてと寄って来てぴったりと白雪に体を添わせ。
「花穂ちゃんも衛ちゃんも身の程知らずの事をするから……。ふふふ……、白雪ちゃん、可憐たちと一緒に帰りましょう!」
倒れた花穂と衛に目もくれずに、可憐は傘に白雪を入れる。
――このふたりもダメですの……。
白雪の心の中で何かがはじける。
「姫はまともな姉妹が欲しいんですのーっ!」
「「白雪ちゃん!?」」
可憐と雛子を後方に置いて行って、白雪は走る、走る。
雨の中を猛スピードで走る。
自分が何でこんな目にあわなければならないのか?
何でこんな「壊れた」姉妹達に迫られなければならないのか?
「イヤーン!」
泣きながら白雪は走る、走る。
「「白雪ちゃーん!」」
後ろから声が追って来る。
「!」
振り向くと、思った通り可憐と雛子が追って来ている。
「いやー来ないでですのー!」
白雪は金切り声とともに走る。
「「「「白雪ちゃーん!」」」」
後ろから声が追って来る。人数が増えているような気がする。
「!」
恐々と振り向くと、可憐と雛子に加えて、「ヒナみさいる」から立ち上がったらしい花穂と衛が追って来ている。
「増えているんですのーっ!」
増えるワカメもびっくりだ、白雪はダッシュを加速させる。
「「「「「「白雪ちゃーん!」」」」」くーん!」
後ろから声が追って来る。また人数が増えている。
「!」
恐る恐る振り向くと、可憐と雛子と花穂と衛に加えて、白雪の逃走を敏感に察したらしい咲耶と千影が追って来ている。
「もうイヤですのーっ!」
可憐、雛子から6人になって人数3倍! 速度3倍でないのがせめても救いか! 白雪のスピードが1、5倍位になる。
「「「「「「「「白雪ちゃーん!」」」」」」」くーん!」
後ろから声が追って来る。またまた人数が増えている。
「!」
恐怖にかられて振り向くと、可憐と雛子と花穂と衛と咲耶と千影に加えて、白雪がいなくなったと気づいたらしい四葉と鈴凛が追って来ている。
「姫が何をしたんですのー!?」
ああ! 8人! 逃げる白雪も含めれば野球チームの結成だ! 白雪は俊足盗塁王の走りになる。
「「「「「「「「「「白雪ちゃーん!」」」」」」」」」くーん!」
後ろから声が追って来る。またまたまた人数が増えている。
「!」
恐怖にかられて振り向くと、可憐と雛子と花穂と衛と咲耶と千影と四葉と鈴凛に加えて、駅構内に白雪の姿がない事に驚いたらしい鞠絵と春歌が追って来ている。
「10人揃っているんですのー!」
結局、駅に来た姉妹オールキャスト! 豪華な顔ぶれだ! 白雪も持てる限りの力で疾走する。
「イヤーン!」
逃げる白雪。
「「「「「「「「「「待ってー!」」」」」」」」」」
追う10人。
11人で、走る走る。
小ぶりになって来た雨の中、駅前商店街の歩道を走る走る。
「白雪様! こちらです!」
その声にはっとして白雪が走って行く前を見ると。
「じいやさん!?」
亞里亞付のメイドであるじいやさんが、歩道に止めた車――車に詳しくない白雪には名前はわからないが黒くて大きな高そうな車――のドアを開いて手を振って立っていた。
「早く! こちらに!」
地獄に仏、なぜじいやさんが来ているのかは良くわからないが、とにかく助かった!
「お世話になるんですの!」
叫んで、白雪は車の中に飛び込んだ!
後部座席に乗ると、ばたんとドアを閉める。
「出してください!」
急いでじいやさんも車の助手席に乗り込んで運転手に声をかける。
ブウウウウウウ……。
乱暴なアクセルとハンドル捌きで車は走り出した。
追ってきた10人の姉妹を後方に置き去りにして……。
「はあ……助かったんですの……」
後ろの窓から、どんどん10人の姿が小さくなって行くのを見て、やっと白雪はほっと一息ついた。
「亞里亞……白雪ちゃんをお迎えに来ました……」
白雪にそっとタオルが差し出された。
「あ、亞里亞ちゃん……」
10人から逃げる事に夢中だった白雪は、やっと隣に亞里亞がいる事に気がついた。
「亞里亞ちゃん、ありがとう……」
にっこりと笑う亞里亞からタオルを受け取ると、雨と汗で濡れた髪と体をそっと拭う。ああ、なんて亞里亞の笑顔の無邪気なことか、他の10人とは全く比べ物にならない。
「姫には亞里亞ちゃんだけですの……」
「白雪様、災難でしたね」
助手席からじいやさんが苦笑い気味に声をかけて来る。
「本当に助かったんですの……」
いや、言葉のあやでなく、本当に助かった、あのまま10人に捕まっていたらどうなっていた事か。
隣でにこにこしている亞里亞の顔に心を和ませながら、白雪は胸を撫で下ろす。じいやさんに何度も礼を言う。
「雨が降って……亞里亞様が白雪様を駅までお迎えにとおっしゃいまして、こうしてお迎えに上がったのですが……、何があったのですか? 白雪様」
じいやさんが前を向いたまま尋ねる。
「鞠絵ちゃん達が傘を持って姫を駅まで迎えに来て……、みんな誰が姫と一緒に帰るか、ってケンカになったんですの、それで最後には姫がみんなに追いかけられる事になって……」
亞里亞がそっと白雪に体を預けた。白雪は微笑んで亞里亞の頭を撫でる。
「その様な事が……、でも、白雪様、ご姉妹にそれだけ愛されているという事ではありませんか? 幸せな事です……」
じいやさんが、言った。
「でも、あれはちょっとおかしいんですの」
こちらの事情も知らずにとちょっと膨れて、それから窓の外に目をやって、白雪は景色もおかしい事に気がついた。
「……この車はどこに向かっているんですの?」
明らかに自分の家とは方向が違う。
白雪はじいやさんの後頭部を見つめる。しかし、じいやさんは無言。
「あ、亞里亞ちゃん?」
急に嫌な予感がして、隣の亞里亞を見つめる。しかし、亞里亞は笑ったままでやはり無言である。
「う、運転手さん?」
藁にもすがる思いでハンドルを握る男に声をかける。しかし、運転手は無表情な横顔を見せるだけ。
「もう少し、スピードを上げてください」
ぽつりとじいやさんが言った。運転手は黙ってアクセルを踏み込む。
車が加速する。
「白雪ちゃん……」
亞里亞が白雪に甘えるように体を摺り寄せてきた。
やっと白雪は気がついた。
自分は助かってなどいない事に。
「おーろーすーんーでーすーのー!」
白雪の悲痛な絶叫を乗せて、車は走る、走る。
いつの間にか雨は止んでいた。
虹のかかる爽やかな雨上がりの青空の下、車は道路の向こうへと走るのであった。
あとがき
どうも、突然思いついた白雪総受け百合系ギャグです。
さて、この後、白雪はどうなったのでしょうか? (笑)
白雪を除く11人の兄、姉の皆様、11人のキャラクターがぶっ壊れていますが、海のような広い心でお許し下さい。
12人全員出すのは大変で、あまり台詞のない妹もいますが、バカネタとしてお楽しみいただければ幸いです。
ではでは。
なりゅーの感想
こんな優遇されてる白雪なんて見たことない!!(爆
素敵です、素敵過ぎます!
ここまで優遇の白雪は、未だかつて見たことありません!
いや、総受けの難点であると思われる全員登場も見事こなされ、
その上で内容のバランスもしっかりと取った上でまとめられている面白い作品でした!
それを見せて頂いた高原さんにはもう感謝です!(嬉
一方的な1対1だけじゃなくてチーム戦も用意してあるところなど、丁度良い按配に変化球が効いてます(笑
まあ、千影が女の子としては酷い扱いを受けてますが……ごめんなさい、面白かったです(苦笑
壊れっぽい作品なのに、壊れずに現実的な範囲内で構成されいるところとかもうが素敵です!
壊さずにここまで作れるものなんだと、感心してしまいました(笑
総受け・攻めが苦手ななりゅーとしても、参考になる逸品でした!
増えるワカメもびっくりだ!(←気に入った
高原さん、こんな素敵なSSを、本当にどうもありがとうございました!!
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