こんな鈴凛が大好き










「鈴凛ちゃーん?」
 もう一度家の中に声をかけてみて白雪は首を傾げた。

 今日は日曜日、仲良しこよしの白雪と鈴凛は毎週この日、どちらかがもう一方の家に遊びに行くのである。
 今週は白雪が鈴凛の家を訪ねる番、こうして白雪は鈴凛の家を訪ねてきたのだが、どうした事か、いつまでも鈴凛が出てこない。

「鈴凛ちゃん……?」
 お弁当を収めたバスケットを抱えたまま呟いた白雪のところにある「匂い」が流れてきた。
「これは……!」
 それは玉葱の腐ったような独特の匂い。
「鈴凛ちゃん!」
 ガス漏れが起きた! 鈴凛のピンチと判断した白雪はバスケットを放り出して慌ててドアのノブに手をかける。開かない。
「…………!」
 どこか入れるところはないか、と見回した白雪の目に、窓の一つが半開きになっているのが見えた。
「鈴凛ちゃん! 今行くんですの!」
 窓が開いているとは無用心ではあるが今は好都合、白雪は窓まで走ると小さな体のバネを思い切り使って中に飛び込んだ。
「鈴凛ちゃん!」
 家の中に入った白雪は靴のままトントンと廊下を走る。鈴凛はどこだろう?
 いや、まずは危険なガスを外に逃がそう、自分がキッチンの傍にいる事に気がつき、白雪はガス漏れの元と思われるキッチンに向かった。
「ま、窓を開けるんですの!」
 叫んでキッチンに入った白雪を迎えたのは。
「白雪ちゃん?」
 変色した玉葱を持って途方に暮れた顔の鈴凛であった……。

「もうっ! 人騒がせですの!」
 土足であがって汚してしまった廊下を雑巾がけしている白雪はプンプンしている。
「ゴメン、白雪ちゃん……」
 白雪の隣で仲良く雑巾がけをしている鈴凛がしゅんとなる。
「ガラにもない事するんじゃなかったなあ……」

 鈴凛の話すところによると、たまには自分も料理を作って白雪をもてなそうと思い立ち、数日前からいろいろと材料を買い込んで準備していたものの、保存の仕方が悪く玉葱を腐らせてしまったらしい。その匂いを白雪がガス漏れと間違えて飛び込み、料理をする段になって腐った玉葱に気づいて立ち尽くしていた鈴凛とキッチンでご対面、と言う訳だ。

「姫に気を使う必要なんかないんですの!」
 一通り拭き終えて白雪が立ち上がった。
「あはは……」
 勢いよく立ち上がった白雪に身を竦ませ、鈴凛は苦い笑い声を上げた。
「本当に心配したんですの!」
「ゴメン……」
「鈴凛ちゃんに何かあったら、って心配したんですの!」
「ゴメン! 白雪ちゃん! だからそんな泣きそうな顔をしないで!」

「ああ……」
 テーブルの上でバスケットを開いて白雪は何とも言えない顔になる。先ほど玄関前で放り出したバスケットの中のお弁当はぐちゃぐちゃになっていた。ミニハンバーグのソースがポテトサラダに染み、チキンライスの中にフルーツが飛び込んでいる。
「こんなものを鈴凛ちゃんに食べてもらうわけにはいかないんですの……」
 白雪がしょげた顔になる。
「あはは!」
 鈴凛が笑ってバスケットを自分の手元に寄せた。
「白雪ちゃんが私のために作ってきてくれたんだもの」
 そう言ってスプーンをとると、チキンライスを一口食べる。
「うん! おいしい!」
 鈴凛は大袈裟に感激してみせる。もう一口、二口、と食べる。
「鈴凛ちゃん……」
 くすっと白雪から笑みがこぼれた。パクパクと美味しそうに食べる鈴凛を白雪は目を細めて見つめていた。

 鈴凛の食事が終わって、鈴凛の家でいつもそうしているように、メカを見せてもらう事になった。
「さ、白雪ちゃん」
 ナイトよろしく鈴凛は白雪の手をとって、「ラボ」と称する一室に招き入れる。
「鈴凛ちゃん、今日は何を見せてくれるんですの?」
 白雪はワクワクとした顔で鈴凛を見つめる。この部屋は白雪にとってのビックリ箱、鈴凛は白雪を楽しませてくれるマジシャン。鈴凛は白雪が尋ねるたびに、自作のちょっとしたメカを見せてくれる。さあ、今日は何を見せてくれるのだろう?
「ふふ、今日はね、すごく凝っているよ……」
 期待に満ちた白雪に、勿体ぶった顔を見せて鈴凛は言葉を切る。後ろ手に何かを隠し持って。
「じゃーん! お料理大好きな白雪ちゃんに、ケーキ型目覚まし時計でーす!」
 そう言って鈴凛は、手製の目覚まし時計、普通のものより一回りは大きく、本当にケーキの形をした目覚まし時計を出した。
「イヤーン
 白雪の顔が輝く。
 いつもいろいろなものを見せてくれるが、今日はここ最近のものの中でも特に手がこんでいた。料理好きな白雪のために、わざわざケーキ型のデザインにしたものを作ったらしい。
 いろいろな部品を集めて作ったのだろう、丁寧にイチゴの飾りまで乗ったケーキのスポンジの側面に、デジタル時計がのぞく。
 機能そのものとは直接関係のないケーキ部分の細工は、正直言って出来が良いとは言えないが、それでも鈴凛が一生懸命に工作をしているところを想像すると何か微笑ましい。
「これ、先月から白雪ちゃんのために作ったんだ!」
 鈴凛が得意そうにケーキ型目覚まし時計を差し出す。
「姫に……くれるんですの!?」
 こんな手間をかけた物を作って、それをくれるというのか、白雪は感激する。
「鈴凛ちゃん……ありがとうですの……」
 目をキラキラさせて、白雪は「プレゼント」を胸に抱いた。
「でさ、ちょっとデジタル時計の上にあるイチゴを押してみてよ」
「こうですの?」
 鈴凛に言われるままに白雪は押してみる。
『白雪ちゃん! お腹すいた!』
 鈴凛の声だ。
「鈴凛ちゃんったら……」
 白雪が可笑しそうに笑う。
「ま、こうやって私の声が白雪ちゃんを起こすってわけ!」
 少し照れたように鈴凛は鼻を擦る。
「鈴凛ちゃん……大事にしますの……」
 白雪はうっとりと時計を見つめていた。

 それから二人は座ってしばらくラボで語り合う。
 メカの事になると鈴凛の目は輝き、本当に楽しそうに話をする。料理の事にかけては詳しい白雪もこの手の事にかけてはほとんど何も知らず、技術的な話にまでなると鈴凛が何を言っているのかほとんどわからない。
 しかし、鈴凛がメカを弄るのが大好きで、楽しみを持って生き生きと生活しているのははっきりとわかる。
 メカの事にこうして子供のように目を輝かせる鈴凛が眩しい。白雪はこんな鈴凛が大好きだった。

「あ……、つい話が長くなっちゃったね」
 長い話がやっと一段落して、鈴凛が笑って立ち上がる。
「いえ、鈴凛ちゃんの話は楽しいですの
 話の中身こそよくはわからないが、メカの話をしている鈴凛の顔を見るのは本当に楽しい。白雪は笑顔でこたえる。
「何か飲む物を持って来るね」
 ゴメン、気が利かなくて、とばかりに舌を出して鈴凛はキッチンへと出た。
 白雪はひとり残される。

「本当にすごいんですの……」
 ひとりきりになって白雪はゆっくりとラボの中を見渡した。
 工具、何かの部品、作りかけのメカが雑に置かれている。メカの知識などない白雪には鈴凛が何をしようとしているのか、とんと見当がつかない。でも、ここは鈴凛にとっても「城」であり、自己実現の場所なのだ。白雪にとってのキッチンがそうであるように。
「?」
 白雪は部屋の片隅にシートを被せた何かがあるのを見つけた。何だろう、と関心が湧く。シートが形作るラインからするに、何か人形状のものの様だ。シートをめくって確かめてみたくなるが、うっかりと鈴凛の作業を台無しにしてもいけない。いろいろと想像をめぐらせながら、しばらく白雪はシートを被せた「何か」を見つめていた。

「お待たせ、白雪ちゃん」
 ウーロン茶のグラスを二つ持って鈴凛が戻って来た。
「鈴凛ちゃん……」
 白雪はグラスを受け取ると鈴凛に尋ねる。
「あれは……何ですの?」
 今まで見ていたものを指す。
「『あれ』?」
 鈴凛は白雪の指の先を見る。
「ああ、『あれ』ね……」
 自分のグラスを適当な場所に置くと、笑って鈴凛は問題の「何か」の傍に立つ。
「白雪ちゃんには特別に見せてあげるよ」 
 鈴凛は被せてあったシートを取り払った。
「え……?」
 白雪は目を疑った。シートの下からは鈴凛、いや、鈴凛の姿をした人形状の物が出てきたのだ。
「鈴凛ちゃん……?」
 困惑して白雪は鈴凛を見る。鈴凛は自分そっくりの人形を使ってどうしようと言うのか?
「『メカ鈴凛』を作っているんだ」
 鈴凛は短く言う。どこか照れくさそうに視線を逸らして。
「『メカ鈴凛』?」
 白雪が鸚鵡返しになる。
「うーん、何か変かも知れないけど……」
 恥ずかしそうな笑いの顔で鈴凛が頭を掻いてみせる。
「SFとかみたいなロボットとか興味があってさ、そういうの作ってみたくなってさ……、自分にそっくりなロボットとかいたら面白いなって思って……」
 恥ずかしさを誤魔化すように鈴凛は声を立てて笑う。
「う、動くんですの?」
 本当に鈴凛の発想は驚くばかりだ、白雪もメカ鈴凛の傍によって目をまん丸にして見つめる。
「いや、いろいろと難しい事があってさ、完成にはまだ程遠くて形を作っただけだけどね」
 鈴凛が白雪の肩に手を置く。
「でも、完成させるのは私の夢の一つ! いつか完成させるんだ!」
 そう言った鈴凛の顔は白雪が今日見た顔の中で一番輝いていた。
 白雪はこんな鈴凛の顔が大好きだった。
「鈴凛ちゃんならきっと出来るんですの! 姫は応援しているんですの!」
 白雪も顔を輝かせて言った。

 それに鈴凛も片目をつぶってこたえた。

「白雪ちゃん! ありがとう!」





 

 


あとがき

 白雪&鈴凛、いわゆる「しらりん」の百合ものの第2弾です。
 今度は白雪が鈴凛の家に遊びに行く話にしてみました。
 今回も、ほのぼのテイストで鈴凛と白雪を書いてみたのですがいかがでしょう?
 前回の「白雪の家での光景」もですが、「兄」がいない、白雪と鈴凛が毎週家を訪ねあう、と言う独自設定で書いています。
 


なりゅーの感想

高原さんのしらりんSS、今度は鈴凛の家に遊びに行った版でした。
今回も白雪と鈴凛のほんのりとしたやりとりで、
安易に恋愛に繋げようとするなりゅーとは違い、
上手く"ほどほど"の関係を描けているのが羨ましいほどです(苦笑

ガス漏れと勘違いし玉葱の腐ったような匂いがまさにそれだったことは、
なんだか個人的に気に入りました(笑
ぐしゃぐしゃになったバスケットの中身は……なんだか妙に実感できました(苦笑

メカ鈴凛をキャラクターと動かすのも良いですが、
やはり「鈴凛の夢の形」という風に使っても、それぞれ「良い味」が出ますね。

前回は白雪がリードする形の話でしたが、今回は逆に鈴凛がリードする形で、
前回と合わせると上手くバランスの取れた2作になっていると、
しみじみ実感できる作品だったかと思います。


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