RUN








 
 あれはずーっと昔、ボクがまだ小学校に上がるくらいの頃のこと。
 その頃ボクにはいつも一緒に遊んでくれるお姉さんがいたんだ。

 名前は、春歌ちゃん。

 普段はおしとやかで、よく「可愛い」とか「きれい」とか言われてた。
 だけど、実は女の子なのに同い年の男の子に負けないくらい運動神経がよくて……
 春歌ちゃんもホントはお部屋の中でやるような遊びより外で動き回る遊びのほうが好きだったんじゃないかな?

 だってね?ボクは女の子がよくやる遊びには興味なくて、よく外で遊んでたんだけど「衛ちゃんは女だから」って言われて相手にしてもらえなかったりしたんだ。そんな時、春歌ちゃんのところに行くと、いつでもボクのことを慰めて……そしてボクのやりたいように一緒に遊んでくれた。その時の春歌ちゃんの顔が、友達と遊んでるときより少しだけ楽しそうに見えたんだ。
 

 もちろん、ボクの気のせいかもしれないけど……でも、あの時の春歌ちゃんは、確かに笑ってくれたから、あの笑顔は……本物だと思う。


 春歌ちゃんと遊んでるときはボクも当然楽しかったけど、実はそれが原因で悲しい気持ちになったこともあるんだ。

 あ、べつに春歌ちゃんが悪いんじゃないよ。ただ、ボクが勝手に悩んでただけだから。
 ……春歌ちゃんって、運動神経いいし、ボクより年上だから、かけっことかするとどうしてもボクが負けちゃうんだ。
 
 自分が勝ってばかりじゃ悪いって思って気遣ってくれたのかな?春歌ちゃんはたまに、手加減してボクも勝てるようにしてくれた。
 ボクはそれが悔しくって……春歌ちゃんには手加減なんかしないで、全力で走って欲しかった。
 スポーツは全力でやるから楽しいんだ、とか。
 手加減するなんて失礼だよ、とか。 
 そういう理由も今なら思いつくけど、昔のボクはそんなことが嫌で悔しがってたんじゃない。
 ボクが全力で、自分の全部を出し切ってるのに、春歌ちゃんは手加減してる。
 
 まるで、春歌ちゃんが自分の事をボクに知られないように隠してるみたい。

 今思うと、バカだったなーって思うよ。春歌ちゃんはボクに気を使ってくれただけ。それは春歌ちゃんが優しいだけで、ボクが考えたような意味は一つもなかったんだから。
 だけどその頃のボクはそんなことには全然気づかなくて、しかも思い込みが強かったから――これは今もかな?――ボクがもっと速く走れるようになって、春歌ちゃんに追いつけば春歌ちゃんもきっと全力でボクに向き合ってくれる――そう思ったんだ。
 

 
 それからだったなぁ。ボクが春歌ちゃんに追いつくことを目標にして走り始めたのは。


 元々、走るのは好きだったから、ちょっと背伸びして専門的なことやってみるのもおもしろかったし、毎日決めた分だけ走るのも苦にならなかった。
 
 春歌ちゃんには内緒で、なんて考えてやってたんだけど、ばれてたかなぁ……今度訊いてみよっと。

 そうやって頑張ってたんだけど、春歌ちゃんには全然追いつけなくて……
 何でだろう?運動神経がいいとか歳の差とか……そういうのなのかな?それとも春歌ちゃんがすごいだけ?
 

 何度か……ううん、何度も勝てないって思った。そのたびに諦めようって思った。
 でも、なんだかここで追いかけるのをやめちゃったら、春歌ちゃんは絶対ボクの事を見てくれない気がしたんだ。
 そんなのはやだ。春歌ちゃんには、絶対ボクのことをまっすぐに見て欲しい。
 だったら、ここでやめるわけにはいかない。
 自分にそう言い聞かせて、走り続けた。いつかはきっと追いつけるって信じて。


 

 



 それなのに……
 
 突然だった。
 
 どんな事情があったかは、分からない。
 
 春歌ちゃんが、ドイツにいるお祖母さんのところに行くことになった。
 お母さんとお父さんからそれを知らされたときは、よく分からなかった。
 その後、ボクたちが一緒に使ってた部屋で春歌ちゃんが「わたし……衛ちゃんとお別れしたくないよ……」って、泣きそうな声で言って、そのとき初めて会えなくなることを実感した。
 
 春歌ちゃん言葉を聞いたらボクまで悲しくなっちゃって、春歌ちゃんに抱きついてわんわん泣いた。
 今思い返しても恥ずかしいくらいに、泣いてた。

 春歌ちゃんは何も言わずにボクの頭をなでてくれた。ホントは自分も同じくらい悲しかったはずなのに。
 
 「行かないでよ……」
 
 その一言を何回も何回も何回も繰り返して、春歌ちゃんやお母さんを困らせた。
 どうにもならないことだって頭で分かってても、心では納得できなかった。



 ずっと春歌ちゃんに追いつくことを目指して頑張ってきたのに、その春歌ちゃんがいなくなっちゃうなんて、あんまりだと思った。
 まだ、ボクは春歌ちゃんに一度も勝ってないのに……
 まだ、全然春歌ちゃんに追いつけてないのに……
 このまま春歌ちゃんを振り向かせる前にお別れするのが嫌だった。
 

 くじけそうになるたびに感じた、春歌ちゃんがいなくなるような、喪失感に見たいなあの感覚。
 それが、今まで感じたことないくらいの重さでのしかかってきた。
 


 ボクは気づいてなかったんだ。いつの間にか、"ボク"の中心に春歌ちゃんがいたっていうことに。




 春歌ちゃんが出発する前の日の夜。
 
 いつもと同じようにボクたちはボクたちの部屋で、それぞれの布団に入って眠ろうとしてた。
 こうやって二人で同じ部屋に寝るのも今夜が最後……それを考えると、泣き出しちゃう気がして、できるだけ考えないようにしてた。
 でも、春歌ちゃんの顔を見たらきっとそう考えちゃう。

 だからボクは部屋に入るとすぐに布団をかぶって眠ろうとした。実際は全然眠れなかったんだけどね。
 しばらくは春歌ちゃんも電気をつけて何かやってたみたいだったけど――多分次の日の手荷物を確認してたんだと思う――しばらくするとそれも終わって、電気を消した。


 すぐに寝るんだと思ったけど、春歌ちゃんが布団に入ったような気配がなかった。
 変だなって思って、ちょっとだけ……目立たないくらいに頭を動かしてそっちを見たんだ。
 そしたら、やっぱり春歌ちゃんは寝てなかった。それどころか、ボクが起きてるのが分かったみたいで、話しかけてきた。

 「衛ちゃん……起きてますか?」
 「……」
 「わたしも一緒に寝ても、いいですか?」
 「……いいよ」
 
 そう言って、春歌ちゃんがボクの布団に入ってきた。今までもこうやって寝たことはあったけど、その時は特別だった。
 
 「衛ちゃん」
 「なに?」
 「わたしのこと、忘れないでね……」

 春歌ちゃんの声は、なんだかとても悲しそうで、ドイツに行くことをお母さん達から聞かされたときより、もっと……今にも泣き出しそうなくらい震えてた。
 こんなに弱気な春歌ちゃんは、見たことなかった。
 
 なんでもできて、優しくて、いつでもボクの手を引いてボクの一歩先を歩いてる、ボクの自慢のお姉さんで、ボクの目指してる目標。
 それが、ボクのなかの春歌ちゃんのイメージだったのに、その時ボクの目の前にいる春歌ちゃんはすごく弱弱しくて……消えてなくなっちゃいそうなくらい儚かった。


 春歌ちゃん言葉で、ボクまで悲しくなってきたけど、ここで泣いちゃいけない気がして、ボクは必死に涙をこらえながら春歌ちゃんに答えた。

 「忘れないよ、絶対。だから、春歌ちゃんも、ボクのこと忘れないでね」
 「うん……」
 「今度会うときまで……絶対だよ」
 「うん……」

 その後、もう少し何か話したと思うんだけど、覚えてない。
 だけど、それで少しだけ春歌ちゃんも楽になったみたいだったから、よかったかな。
 

 しばらくすると、春歌ちゃんは眠っちゃった。
 なんだか、ボクが春歌ちゃんのお姉さんになった気分だったなぁ。
 


 そして……このとき、決めたんだ。もっと強くなるって。
 春歌ちゃんに追いついて、一緒に歩いて、春歌ちゃんがつらい時には守ってあげられるくらいに強くなるって。











 そして、次の日。
 お別れは思ったよりあっさりと、二人とも涙ぐんでたけど、大泣きすることはなかった。
 もっとも、二人して意地張って泣き顔見せないようにしてただけかもしれないけど。
 









 春歌ちゃんがいなくなってからも、ボクは目標をなくしたりはしなかった。
 目標はちょっと変わったけど、確かにボクの中にあったから。
 たまに春歌ちゃんから手紙が来ると、ものすごく喜んで、急いで返事を書いてたなぁ。








 お別れしてから、何年か経って、春歌ちゃんは日本に戻ってきた。
 
 
 なんでも、向こうでお祖母さんに憧れて色んなお稽古を頑張ってきたんだって。
 最初見たときは誰だかわからなかったくらいだよ。和服着てるし。昔よりもっと美人になってるし。なぜか妄想癖もできてた。
 再会して最初に言われたのが
  
 「これからも昔みたいに……ワタクシが衛ちゃんをお守りいたします」

 だったのはちょっと複雑な気分だったけど。



 それからは……ほんとに昔みたいに一緒にいた。
 ボクだって春歌ちゃんがいない間頑張ってたんだって所を見せたかったしね。
 
 春歌ちゃんは相変わらずなんでもできてちょっと自信なくなったりもしたけどそれでも、なんていうか、うん、楽しかった。
 追いつくとか、振り向かせるとかそういうのがどうでも良くなるくらい、二人でいるのが楽しかった。
 それでいつの間にか……えっと……そ、そういう関係に……なってた。
 

 悪い気はしないんだけどね……小さい頃から、ずっと春歌ちゃんのことばっかり見てきたし。
 だけど、仲良くなると段々昔みたいに春歌ちゃんに子ども扱いされちゃうのがなぁ……
 
 やっぱりもっと頑張って、春歌ちゃんに一人前に見てもらわないとね。
 

 もうボクは春歌ちゃんの"妹"じゃなく"恋人"なんだから。















 


作者のあとがき

はるまも祭にあわせてSSのテーマとかお題とかをリクエストしたときになりゅー様からいただいた「想いのきっかけ」というリクエストから生まれた作品です。
作品としては(瑯にしては)よくできたんですがこんな感じの話でよかったのかと。
私としては初の一姉一妹制です。分かりづらかったらすみません。
雰囲気としては趣味全開で書きました。これでどうだ!?ってノリで(ぇー
まあ真面目に言うと春歌を兄に近い位置づけにしたわけですね。ハイ。
その上で春歌の強い部分と弱い部分、その両方を知って衛がどういう想いを持つかを書こうとしたわけですよ。
ところで、衛視点で書きましたが、春歌視点も見たいという人はいたりしますかいませんかそうですか。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


なりゅーの感想

瑯さんの方で行なわれたはるまも祭りの方に、リク承るとあったので試しにリクってみたら、
わざわざ投稿までしてくださったと言うありがたい作品です。

瑯さん推奨のはるまもカプのイメージがしっかりと滲み出ている一本。
もう全然こんな感じでOKですっ!(笑
実は、なりゅーが考えた場合にイメージするはるまもとかなり印象が重なり、
とっても納得、共感のできる「ルーツ」でした!

その中にも、「全力の相手に勝ちたい」という衛らしさも、幼いながらにしっかり生きている所や、
文面も、ちゃんと「衛の口調」らしい一人称で、キャラクターをしっかり見てくれている印象も見受けられますね。
大和撫子となる前の春歌の自称が「わたし」なのも、細かい芸が上手く施されている感があります。
最後の「えっと……そ、そういう関係に……なってた。」の、照れ具合が個人的にお気に入りました(笑

瑯さん、ふたりの「きっかけ」、どうもありがとうございました!
これを見てもっとはるまも分が欲しいと思った片は、是非瑯さんのサイトの方にお邪魔してみてください(笑


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