機械人形の見届けた一つの愛








機械人形に愛や恋などは理解出来ない、知識以上では解る事が出来ない。なぜなら機械には心がないから。

だが、知識だけでの理解だけ故に様々な愛の形がある事を客観的に理解する事は出来る。

機械人形には様々な形の愛を持つ人間の心情を察する事は出来ない。なぜなら機械には心がないから。

しかし、心がないので冷静にそのような愛を見届ける事は出来るであろう。












外は朝から灰色の曇り空で、天気予報でも降水確率は決して低くはなかった。案の定、昼頃からは雨が降り出してきた。

その日、私はマスターのラボ内で室内整理に勤しんでいた。

私の製作者で私のマスターである鈴凛は、その日は姉妹である鞠絵様の療養所へとお見舞いに赴いていた。私はその時に留守を任されただ

けでなく、マスターが日頃から散らかしている発明品やそのパーツの片付けをする事になっていたのだった。

別に断る理由もあるわけでもないし、マスターも申し訳なさそうに頭を下げて「お願いメカ鈴凛」と命令ではなくお願いをされたのでは

引き受けざる終えないだろう。それこそ私の役目なのだから。

ラボ内の片付けを終え、窓の外を見る。雨は止む気配はまったくなく降り始めの頃よりも激しさを増していた。

このような天候ではマスターは簡単には戻ってはこないであろう。私はそう判断していた。

なぜならば、マスターは朝から曇り空でしかも予報も決して軽視してはならない降水確率だったにも関らず、傘はおろか折り畳み傘すら

持っていかずに外出していったのだ。まったく、「天気予報なんてハズレばっかりでアテにはならない」などとはどういう根拠で言うのだ

ろうか。

まぁ、土砂降りになったところで鞠絵様のご好意で雨宿りしているか傘を貸して貰えるかなどして対処しているだろう。しかし少し予定よ

りも遅く帰ってくるのは確実であろうが。

私はラボの整理状態を再確認し、自邸へと戻ろうとした。少し遅くなるにしろ夕食の準備はしていなければなるまい。

私が今晩の夕食は何のメニューにしようかデータ検索をしながらラボの出入り口のドアノブに手をかけた時であった。ラボのドアが独りで

に開かれたのだ。

ラボは自動ドアではないし、風はそれ程強く吹き付けているわけでもない。ましてや怪奇現象まど機械である私にとってはナンセンスな事

である。

導き出される結論は一つである。そう、我がマスターの帰宅だ。私の予想よりも早く帰ってこられたのだ。

「マスター、おかえりなさい。外は雨が降ってましたが大丈夫でしたか?」

私はそう言って半開きのドアを開けてマスターを出迎える筈であった。だが、それを果たす事は出来なかった。

なぜならドアの前で佇んでいたのはマスターではなく、療養所に居る筈の鞠絵様だったのだ。息を切らせて、傘を差さずに着たのか、三つ

編みをしている髪や知的さを醸す眼鏡や服は川にでも飛び込んだかのようにずぶ濡れであった。そして、眼差しには切羽詰ったような、

苦痛を堪えるかのような、不安に満ちた光があった。

「鞠絵様・・・?」

私は不測の事態に軽く目を見開いた。今の私は人間でいう『驚き』という状態であろう。

次に私は不審を覚えた。何故鞠絵様がマスターよりも先にココに来れたのだろうか、何故鞠絵様は病気の身なのに傘も差さずにここまで

来たのだろうか、そもそも何故鞠絵様はココに来たのだろうか。

「メカ鈴凛ちゃん・・・・・・」

鞠絵様が口を開いた。弱々しく、絞り出すかのような声音であった。

「鈴凛ちゃんは・・・・・・帰ってますか?」

私の疑問は鞠絵様の言葉で解消された。そうか、鞠絵様はマスターに会いに来る為に雨の中ココまで来たのか。

しかし解消されたのはココに来た理由のみで他の疑問は解消されていない。しかも鞠絵様の言葉により新たな疑問が浮かんだ。

マスターは自宅に戻らずに今はどこで何をしているのだろうか。

私の電子頭脳がこの疑問について様々な考えを弾き出そうとしているが、まったく解答が出ない。鞠絵様に色々と情報を提供してもらわな

いといけないようだ。いや、その前に私はやらなくてはいけない事があるではないか。

「・・・話は後です。鞠絵様は不完全な体調で雨に長く打たれてしまってます。直ぐに然るべき処置を施しますのでお入りください」

私はそう言ってずぶ濡れになった鞠絵様を急いで自宅へと招き入れた。

鞠絵様は生気が失せた顔で私に引っ張られていった。











「体温38・3℃。常人でもこの熱での活動は危険です。しかも鞠絵様は元来病人の身、少しはご自分の体調を考えて行動なされてくださ

い」

私はベットで横になっている鞠絵様にそう説いた。人間であるなら呆れ混じり、怒り混じり、嫌味や皮肉、心配そうにと何かしらの感情を

込めて言うに違いないが、生憎と私は機械の身である。淡々と事実を述べるだけだ。

自宅へと鞠絵様を収容した後、私は鞠絵様をマスターのベットへと連れて行き、濡れた髪や身体を拭いて、服を着替えさせて(マスターの

厚手の服を拝借)、室内の暖房をフル作動させて鞠絵様をベットに寝かせた。念の為に薬箱から解熱剤、風邪薬の類を取り出す。気休めに

しかならないと思うがないよりはマシな処置であろう。その後鞠絵様の療養所へ連絡を入れて一泊だけの外出許可を取り付けた。

現在考え付く限りのやれる事をこなした私は鞠絵様に体温計で熱を測ってもらい今に至る。

「ホットミルクをお持ちしました。ハチミツで甘くしてますので温かい内にお飲みください」

私は鞠絵様を起こして、まだ幾分か冷えている両手にホットミルクの入ったマグカップを手渡す。

「ありがとうございます・・・・・・」

鞠絵様は私に礼を述べてマグカップを受け取った。ミルクの温かさ、ハチミツの甘い匂いが五感に伝わってきたのだろう、幾分か落ち着き

を取り戻したようだ。しかし、まだ表情は晴れる事はなかった。

私はベットの隣に置いてある簡易椅子に腰掛けてマグカップの縁に口づける鞠絵様の横顔を見た。思いつめたような憔悴した顔をしていた

。何か悔恨を抱えたかのような顔。その顔を形成する原因は幾ら人の心情をデータでしか理解出来ない私にも察する事が出来る。マスター

と何かあったのだろう、それもかなり深刻な。

「鞠絵様、一息吐いた所でお話があります」

私がそう言うと、鞠絵様は私が何を言おうとしてるのか察したのか、軽く顔を強張らせた。それを直視しつつ私は言葉を続ける。

「・・・マスターと何かあったのですか?貴女がココに来たのも、マスターが今だ連絡もせずに帰宅してない理由も貴女は話せる筈です。

差支えがない限りでいいですからお話願えないでしょうか?」

私が眉一つ動かさずに淡々と話しているのを、鞠絵様はさらに強張った顔で見ていた。眦が裂けんばかりに目を見開いて、唇は震え、マグ

カップを握り締めている手は寒くも無いのに震えてカップ内に残るミルクを揺らがせていた。

傷口に塩を擦り付けるかのような行為だと思わないワケではないが、マスターや鞠絵様は私の大切な方だ。見過ごすワケにはいかない。

しばらく沈黙が続いた。聞こえてくるのは外からの雨の音だけだ。

やがて、鞠絵様が息を軽く吐いて私の方をみた。

「メカ鈴凛ちゃんは・・・同性を愛する事についてどう思いますか?」

口を開いた鞠絵様は、私の質問に対する返答どころか逆に私に質問してきたのだ。私は訝しげに首を傾げたが、コレも何か情報の糸口にな

るであろうと判断し、膨大なデータから幾つかの情報を検索してそれを自分なりに言語として構築した。

「・・・・・・見解を申しますと、同性愛とは非生産的で異性を愛する風潮の元では禁忌の一つとして忌まれています。昔はそれ程奇異な

事ではありませんでしたが、現代では未だに偏見が蔓延っていて世間的に認知されにくいのが現状です。・・・・・・申し訳ありません、

鞠絵様は私がどう思っているのかをお聞きしたいと考えておられたでしょうが、私は人間でなく機械の身故、一般的な見解を述べる事しか

出来ません」

私がそう言って頭を下げると、鞠絵様は「いいんです、ごめんなさい」と言って私に謝った。

そして、再び重い沈黙が私と鞠絵様の間に流れた。しばらくして、鞠絵様がマグカップをベットの隣の簡易テーブルへと静かに置いた。

「今日、鈴凛ちゃんにキスをしたんです」

鞠絵様がポツリと呟いた。鞠絵様の言葉を私は不思議に思った。キス程度ならば西洋などではスキンシップの一種として存在するのでそれ

程珍しい事ではないと私は思うのだが。

そう鞠絵様に言うと、鞠絵様は静かに首を横に振った。

「家族としても、まじてや友人としてものキスではありません。一人の愛すべき人としてキスをしました。それで、告白もしました。貴女

を愛しているのですと・・・・・・」

「・・・・・・」

私は何も言えずに沈黙をしているが、鞠絵様の胸の内の告白はまだ続いた。

「確かに、世間ではまだまだ認知されるには程遠い愛です。それに、わたくし自身大切な家族に対してそんな感情を抱いてる事に自己嫌悪

が拭いきれてないんです」

「ご自分でも否定的な心情を抱えているのに何故口づけをして告白などを?そのような成功率の少ない事をなさると今までの関係が崩壊す

るのは一目瞭然だというのに」

私がそう言うと、鞠絵様は苦痛を堪えるような顔を手を組んで己の額に当てて隠した。

「わたくしだって、そんな事をする訳ではなかったんです。こんな危険で不埒な想い、押し殺せるものなら押し殺したかった。けど・・・

間近で鈴凛ちゃんの顔を見たら何も後先考えられずになったんです・・・!」

組んだ拳が小刻みに震えている。その手は強く握り締めているのだろう、血の気が引いて白かった。これを見ただけで鞠絵様が胸中に渦巻

く激情を堪えているのを察する事が出来よう。

「こんな想い、なんでわたくしは持ってしまったんだろう・・・・・・わたくしは・・・こんなイケナイ感情を何もしらない鈴凛ちゃんに

ぶつけて、汚してしまった。なんで・・・わたくしはこんな感情を!」

「嫌悪感は薄まりませんか?」

「・・・・・・」

無言の肯定。鞠絵様は唇を噛み締めて俯き、そのまま再三の沈黙に入った。

私は手に顎を添えて考えた。このままではラチがあかない、ここは事態が悪化する可能性があるかもしれないが強引にでもマスターを鞠絵

様の前に連れて行かなければなるまい。とにかく私に心情を告白するよりか本人に言った方が良いような気がするし。

「少し外出してきます」

そう言って、私は椅子から立ち上がった。鞠絵様は私の言葉に答えずに沈黙を続けている。私は小さく溜息を吐き、鞠絵様を見下ろした。

「外出の目的は、マスターを迎えに行く事です」

鞠絵様の肩が大きく揺れた。それを一瞥して私はドアへと向かった。歩きながら鞠絵様の方を振り向かずに私は話を続ける。

「捜索にはしばらく時間が掛かるでしょう。ですのでその間にご自分のお気持ちの整理をしていてください」

私は鞠絵様の返事を特に期待していなかったので、言うだけ言って部屋から出て行こうとした。出て行こうとしたが、出て行く前にもう

一言だけ言っていかなければならない事があったので肩越しに鞠絵様を見た。

「それと・・・鞠絵様が嫌悪されてるご自分の想いは・・・・・・本当に汚く侮蔑すべきモノだとお考えですか?マスターへの想いは嫌悪

すべき悪感情ですか?」

「違う!」

私の言葉に、今まで顔を蹲らせていた鞠絵様が顔を上げて必死な表情で私の方を向いた。

「わたくしの想いはそんなものなんかじゃ・・・!」

「それがお解りならば迷う必要はないでしょう」

私は鞠絵様を宥める意味で鞠絵様の言葉を遮った。

「世間が示す価値観など曖昧なモノです。昔は普通に存在した同性愛が現代では忌み嫌われる存在になった事でもそれは証明されてますし

、重要なのは他人の目よりもご自分のお心ですよ・・・・・・機械の私が心云々とは片腹痛い話ですがね」

と言って私は部屋を出て行った。出て行く間際もう一度だけ鞠絵様を肩越しに見てみると、鞠絵様は真剣な顔をして物思いに耽っていた。












マスター捜索にはさほど時間は要しなかった。しかしこれは私が別に高性能だったワケではない。

マスターは自分の身にもしもの事があったときの為に高性能の発信機を携帯していて、私の内部にはソレを探知する装置を搭載されている

。半径10km以内まで探知可能な代物だ。しかもマスターの足と財布ではそれほど遠くにはいけない事も解っている。

マスターが居たのは自宅と駅の中間にある公園であった。私はそこのベンチにて雨に打たれて座っているマスターを発見した。

「マスター、このような所に居られましたか」

私が声を掛けると、マスターはゆっくりと顔を上げて私を見上げた。その目は虚ろで、まるで生気というものが感じられなかった。家に来

たときの鞠絵様のようだった。

「マスター、お風邪を引きますよ。さぁ、私の傘にお入りください。そして家に帰りましょう」

私が傘を差し出すも、マスターは力なく首を振り拒否した。腕を取って立ち上がらせようとするがマスターは立ち上がる意思がないのか腕

が空しく吊り上るだけであった。私は仕方なく手を離し、マスターの正面に来てマスターの顔を覗きこむように屈みこんだ。

「自宅に鞠絵様が来ているのです。早くお戻りにになられてください」

鞠絵様の名前に反応したのか、マスターは眉根を寄せて唇を噛んだ。

「マスター」

「・・・・・・嫌、だったらもっと帰りたくなくなった」

「鞠絵様が同性愛者で近親相姦願望者ですからか?」

私はそれ程気の聞いた台詞が言えるわけじゃないのでミもフタもないような言い方をした。私の言葉に、マスターは目を見開いた。

「鞠絵ちゃんから事情聞いたの?」

「細かな経緯は聞きませんでしたが、大まかな所は私が強く希望したのでお話してくれました」

鞠絵様がベラベラとしゃべったとマスターが思わない様に私が希望して仕方なく話したと言う事にした。

マスターは雨に濡れて張り付いた前髪を掻き揚げながら息を吐いた。雨で肌寒くなったからか、マスターの吐く息は薄っすらと白色であっ

た。

「だったら私が鞠絵ちゃんにキスされて告白された事は知ってるよね?・・・・・・あの後、私・・・怖くなって走って出て行ったんだ」

「鞠絵様に対して言い知れぬ嫌悪感が湧いたのですか?」

私でなくとも誰もが考える逃走理由であろう。しかし、マスターの返答は私の導き出した解答とは正反対のモノであったのだ。

「違う・・・好きだから、逃げたんだ」

マスターの返答は私にとっては解せないものだった。好きだから逃げた?何故なんだろうか?好きならば逃げる必要もないだろうに。

私はマスターに己の疑問をぶつけてみた。私の言い分に、マスターは力なく笑った。

「メカ鈴凛。私と鞠絵ちゃんは同性だよ?だから怖いんじゃない」

「仰る事が要領を得ていません。もう少し解りやすくご説明願いたいのですが」

私はじっとマスターの憂いた顔を見つめた。マスターは私の無言の圧力に耐えかねたのか再び大きく息を吐いた。

「・・・・・・ホントはね、私は鞠絵ちゃんが大好きだったの。家族でもなく友人でもなく・・・一人の愛する対象として好きだったの。

でも、私は臆病で小心者だから最初はこの感情に嫌悪してた。なんで、こんな感情持っちゃったんだろうって」

「・・・・・・」

「だから私はこんな感情は間違ってる、きっと精神的に疲れてるだけだとかなんて理由付けて目を逸らしてた。きっといつかはこんな感情

なんて消えていって、また鞠絵ちゃんといつもの関係に戻れるだろうって。でも、鞠絵ちゃんがあんな事したから・・・・・・自分の感情

が変な方向に走り出しそうで怖かった。自分と鞠絵ちゃんが気持ちが一緒だっていう事に嬉しさも感じたけど同じ強さで怖さも覚えた。い

つか鞠絵ちゃんはこんな想いを抱いて後悔する、気の迷いだったと思って傷ついてしまう。私は鞠絵ちゃんがこんな感情の為に傷つくのが

嫌だった。だから、私がいなくなれば鞠絵ちゃんは苦しまずに済むと思ったから・・・・・・」

「だから、逃げるように去ってきたというわけですね」

マスターは小さく頷いた。絶望的なまでに落ち込んだマスター見つつ私は思わざるえない。

マスターも鞠絵様も自分の中に新たに芽生えた感情に嫌悪感を覚えている。嫌悪感を覚える理由は同性で肉親という二重の禁忌を犯すから

だけではなく、相手の事を思いやってるからこそだろう。大切な人だから自分のこんな感情で穢したくない、傷つけたくない、悲しませた

くない。相手を害してしまう恐怖が自分への嫌悪へと発展しているのだ。互いに無自覚に相思相愛だから始末に終えない。

このような場合に対しての対処法は私のデータ内には存在しない。ただ解ってるのは私に想いをぶつけても時間の無駄だという事である。

そしてこのような場合は強引にでも二人を対面させて気の済むまで告白をさせる事だ。

私はそのような結論に達して一人頷いた。そうと決まれば善は急げだ。私は立ち上がり、再びマスターの腕を取って引っ張った。

「マスターの言い分は解りました。しかしだからと言ってこの雨の中貴女を放置するわけにはいきませんよ」

「放しなさいよ・・・鞠絵ちゃんが帰るまで私帰らないよ。あんな別れ方してどの面下げて鞠絵ちゃんに会えっていうの?」

マスターは吐き捨てるように言って私の手を振り払った。私は『呆れた』という感情を表すように肩を竦めた。

「マスターの行為は子供の一時凌ぎです。遅かれ早かれいつかは答えを出さなければいけない問題です。‘いつか”が‘今に”なるだけで

すのに、何故故お逃げになられるのですか?」

「解ってるわよ!心のない機械の貴女なんかよりもそんな事解ってるわよ!!でもしょうがないじゃない、鞠絵ちゃんの想いを受け止める

自信なんてないんだから!!」

驚くべき変化の早さだった。私が指摘をするや否やマスターはベンチから立ち上がり私の胸倉を掴んで私に苛立ちの表情を向けていたのだ

った。私はマスターに詰め寄られながら手に力を込めたので辛うじて傘を落とさずに済んだ。

険しい表情をしていたマスターだったが、直ぐに手を離して気まずそうにして私を窺い見た。

「あっ・・・ご、ごめん。そ、その・・・・・・なんかヒドイ事言っちゃって・・・・・・」

先程の心のない機械云々の発言の事をマスターは言っていた。別に謝る程ではないと私は思う。なにせ心がないのも事実だし、機械という

のも事実である。こういうとき人間ならば苦笑する所だろうが、生憎と私は『笑う』という機能はまだ備わっていない。なので。

「マスター、御気になさらずに。私は別に気にはしておりませんので。それよりも、少しは怒鳴って苛立ちは解消されましたか?」

マスターにいつも通り淡々と接してでしかマスターを安堵させるしかあるまい。

私のいつもと変わらぬ調子に、マスターは小さく安堵の溜息を吐いた。だがすぐに先程のような苦しげな顔に戻ってしまう。

「ホントごめん。やっぱりまだ・・・・・・」

「そうですか。なら、実力行使をさせていただきます。ご無礼をお許しください」

私は先にマスターに謝罪して、何事か理解出来てないマスターを尻目にマスターの背と膝の裏に腕を回して抱き上げた。俗に言う『お姫様

抱っこ』である。

「め、メカ鈴凛!?何するのよ!?降ろしなさいよ!!」

「暴れないでください。傘が落ちてしまいますよ」

口ではそう言っても実際の所機械の私と人間の女性であるマスターでは力の差は歴然でありそんな心配はないのだが、あまりにも暴れるの

で言わずにはいられなかったのだ。

「貴女を抱えて家に帰宅するまで2、30分は掛かります。その間にご自分のお気持ちを整理してください」

「だから私は・・・!」

「私に言っても仕方がないでしょう。言いたい事は鞠絵様に言われてください、先程のように」

「そんな事を簡単に言われても・・・・・・」

マスターはブツブツと言っていたが私は無視して歩き出す事に決めた。

マスターは私に抱き上げられてる事に羞恥を覚えてるらしいが、幸いにも大雨でしかも辺りも夜に染まろうとしている為に人通りは少ない

。もし人に出会っても同じ顔なので双子の姉妹の片割れが足を負傷してもう片方に運ばれてるとでも思うことだろう。

というわけで、私はマスターを抱きかかえた状態で鞠絵様が待っている自宅へと帰還を開始した。

いまだ雨は止むどころか弱まる気配も見せずに振り続けている。

「マスター」

「何よ」

私が呼ぶと私の耳元に不機嫌そうな声が返ってきた。鞠絵様との事、自分の心情、今のこの状況と色々と考えているのだろう。声の割には

顔は真剣そのものであった。家を出てくる前に見た鞠絵様と同じ顔をしてると言ったらどんな反応をするのだろうかと考えたのは人間でい

う『好奇心』というモノの表れだろう。だが口に出したのは別の事であった。

「マスターのお気持ちを整理する為の情報を一つ提供します」

「情報?」

「鞠絵様、傘も差さずにこの大雨の中療養所からココまで来られたのです」

私がそう言うと、マスターは驚きに目を見開いた。反射的に私の服を掴む力が増した。

「嘘・・・鞠絵ちゃん、今日会った時に少し体調が悪いって言ってたのに」

「ですから今は高熱を出されてマスターのベットでお休みになられてます」

「どうしてそれを早く言わないのよ!?」

マスターが咎めるような目つきで私を咎めた。私はそれを見て「これが理不尽というものか?」と頭の中で解析を試みようとした。

まぁ私の解析は後回しにして、何か言っておかないとマスターから罵声の一つでも飛びかねない。

「あの時言った所で貴女が即座に帰ろうなどと仰るとは到底思えませんでしたから」

「・・・・・・」

しれっと言う私にマスターは顔を引き攣らせて絶句した。私のデータでは大抵の人間はこういう時は心の中で「この野郎」とかと毒づいて

るモノだ。マスターも例外ではあるまい。

それからしばらく沈黙が続いたとき、私は胸にしがみ付いているマスターに問いかけた。

「如何なさいますか?早くご帰宅なさりたいになら歩行速度を速めますが」

「・・・・・・決まってるでしょう。早く帰りなさいよ」

「整理出来たのですか?」

マスターは私を見上げて頷いた。その瞳には先程まであった迷いも懊悩もない。

「では、振り落とされないように捕まっててくださいよ」

私はそう言うと、服の裾が雨水や泥で汚れる事も厭わずに走り出した。

一つの愛の誕生を見届ける為に。












帰宅して直ぐにマスターは私から降りて鞠絵様が居られる自室へと足を運んだ。

「マスター、タオルでお拭きになってからでも」

「そんなのは後よ」

マスターの後を追うように私もついて行く。そして、自室のドア前に辿り着いた。

「この中に鞠絵様がいらっしゃいます」

「・・・・・・そう」

マスターはドアノブに手をかけた。傍目から見ててかなり緊張してる面持ちである。やはり決意したとはいえ、いざ前にすると緊張するも

のらしい人間というのは。

私はマスターの肩を軽く叩いた。

「もう少し落ち着いて自信を持ってお入りください。そして告白してください。貴女と鞠絵様は両思いである事は確かなのですから」

「んな事言ったって・・・・・・」

「鞠絵様も今は同じお気持ちでいらしていることでしょう。何も貴女だけではないのです不安になっているのは」

マスターは神妙な顔をして頷いた。

私が出来るのはここまでだ。後はマスターと鞠絵様の心次第。

マスターの後姿を、私は祈るように見つめた。








ノブを回す。ドアが開く。

                        二人の道は決して楽ではない、荊の道も同様だ。傷つかずにはいられない。

足を踏み入れ、挑むように中へと入っていく。

                        時に苦しい思いをするかもしれない、心無い世間の言葉に傷つくかもしれない。

「鞠絵ちゃん・・・・・・」

鼓動が早鐘を打つ。期待と不安と愛しさに。

「鈴凛ちゃん?」

                        機械の私に出来る事、それは99・9%が二人を否定しても0・01%の肯定者となる事。


「私、話したい事があるの」

「わたくしもお話したい事があります」

                      人ではない私が二人にどこまで何をしてやれるか解らない。けれど絶対に出来る事は存在する。


「ずっとこの想いに嫌悪を抱いて否定しようとしてたけど」

「この想いが過ちかもしれないと悩みましたけど」

                                    それは二人の愛の誕生と行く末を見守り見届ける事。


「「けれど自分を偽る事が出来なかった」」

                      神様、存在するのならばこの二人を祝福してください。禁じられた事だろうとこの愛には不純物は混じっていない。

「鞠絵ちゃん。私、貴女の事を」

「鈴凛ちゃん。わたくし貴女の事を」

                              そして感謝します、機械の身である私が一つの愛の誕生に立ち会えた事を。







                        「「愛しています」」





                       冷たい雨の中、一つの愛が誕生した。

                      彼女らに永久の幸せが舞い降りるように。

                      私は祈るように天を仰いだ。

                      心無き機械の祈りが届くように。








作者のあとがき

なりゅー様のリクのまりりんSS如何でしたか?というかメカ鈴凛が大活躍なお話になってしまいました。まりりんがお蔭で存在薄い

ような気がしてなりません(汗)というか私の書くメカ鈴凛は凄いポジティブな性格してるなぁ。全然機械の自分に悩んでないし寧ろ「何

を今更」な雰囲気と態度しちゃってるし(滝汗)

で、今回ですが、リクエスト内容は「同性に対して恋愛感情を抱いてしまった事に嫌悪感を抱き、そのことに苦悩。それでも最後は片方が

告白、実は両想いだった。な話のまりりん」でしたが、最初半分と最後の実は両想いはなんとかクリアしたっぽいですが、『片方が告白』

という点だけは出来なかったような・・・すみません、なりゅー様(汗)

こんな問題だらけのまりりんSSでしたが、楽しんで頂けたら幸いです。それでは。


なりゅーの感想

ただ一言で言うのなら、「めちゃくちゃ良かったっ!!」です。
なりゅーはこの手の話が大好きなので・・・。

まりりんの影が薄い?
いえいえ、寧ろ引き立って見えましたよ。
第三者視点でしたが、これは紛れも無くまりりん話です。

最初、鞠絵が来た時、「鈴凛とキスしてしまったから」だったら、と予想・・・いえ、願望を抱きましたが、
まさにその通りの展開で無茶苦茶嬉しかったです。
他にも、抑えていた感情が些細なきっかけで出てしまったこととか、
自分が鞠絵の想いに応えることに怯える鈴凛とか、
悪天候の中鈴凛の家まで来たにもかかわらず鞠絵の体調が悪い方だったとか、
所々がなりゅーにヒットするストーリー展開で、もうラストまで、ずっと話に引き込まれっぱなしでした。

直月さんの書かれるメカ鈴凛は、機械である自分に悩まない上に、「何を今更」な雰囲気と態度ですが、
なりゅーは、寧ろその方が機械である事に悩むことよりも機械らしいと思います。
残酷な言い方をすると、そのことに気づくことすら出来ないでしょうから(えー)
まぁ、例え心があったとしても、それが良いことか悪いことかは本人に依存しますけどね(ええー)
案外、悩まないのが普通なのかもしれませんね(笑)

リクエスト内容の『片方が告白』と言うのは、
最後に告白して終わってくれれば良かったので、別に片方でなくてもいいんですよね(笑)
そうなると、なりゅーの要求に全て応えてくださったことと変わりませんので、
なりゅーから見れば、この話のリクエスト内容は全てクリアされています。

直月さん、なりゅーのリクエストにこんなに素晴らしい作品を作ってくださって、本当にありがとうございました。


 

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