あんちゃんとケンカした。
あたしは家出中。テント生活4日目の夜。
湖畔の自然公園で、今夜もあたしはドラム缶風呂を焚く。
一応あたしも思春期の少女ですけどね、入りますよ、ドラム缶風呂。
「ワイルドだからな」
肩までお湯に浸かり、冬の星空を眺めながら思う。
「昔は良かったなあ……」
あ、昔つっても一年前限定。
ゴージャスな邸宅に居候して、あたしは夢のような毎日を過ごしてた。
しかもやたら可愛い12人姉妹に囲まれて、ね。
ありえないぐらい、幸せだった。
もうハーレム状態ッスよ! たまらんですよこりゃ。
平静を装いながら衝動を押し込めるのに、あの一年どれだけ必死だったことか!
ええ、あたしも一応女ですよ?
けどさー、あんな美人姉妹に囲まれてたら欲情も沸き起こるってもんでしょ? むらむらと!
そういうキモチいいツボを遠慮なく突いてきやがるんだあいつら!一つ屋根の下12人もの美少女がひしめく様は壮観だった。
つーか、まず空気が違うね。
プロミストアイランド自体、非日常な土地だけど、あの家はさらに別格。
あの甘むぁったるい空間で一日過ごせば、脳まで色香に溶かされること必至ですぜ旦那。
特に春歌ちゃんとかフェロモン体質だし。
あたしもヤバかったって! 気ィ抜いたら抱きしめちゃいそうだったって!実際、スキンシップには事欠かなかったさ。風呂だってよく一緒に入ったさ。
手の届く範囲にぴっちぴちの女体がいっぱいよ?
これがパラダイスじゃなくて何だっつーのよ!?湯上りに「わーい!」って全裸で走り回る雛子ちゃんを捕まえて、バスタオルで身体を拭いてやったことも覚えてる。
背後からいきなり咲耶ちゃんに胸揉まれて、サイズを言い当てられたことも覚えてる。
衛ちゃんのひきしまった長い脚に、のぼせるまで見とれたこともあったし。
可憐ちゃんが繊細な指でハープでも弾くように髪を洗う様なんて、ため息出るぐらいキレイだった。
鞠絵ちゃん、細っそい身体してるんだわ……流線型で、すごく白くて、どっかの妖精さんかよ!
白雪ちゃんは小っちゃいくせにけっこうなボディーをもってらっしゃる! 起伏に富んでらっしゃる!
亞里亞ちゃんを膝の上に抱いて洗ってやったときなんて、もうマジ、興奮で死にかけました。うおー! どいつもこいつも可愛いくせに艶めかしいやつらよ!
あたしの本心を知ってか知らずか、容赦なく誘惑しおって!「しまいにゃ襲うぞ!」とか、叫びたくても叫べないのよー!
いやあ、辛かったわ。
思えば航あんちゃん、よく今でもあの生活に耐えてるよねえ。
もしかしてウチのあんちゃんと同類!?……まさかね。あんなご家庭じゃ、健全な青少年がギラギラしない方が無理だね!
花穂ちゃんなんて、黙っても向こうからパンツ見せてくるというのに。
あたしにゃー無理だわ。自信ないわ。スケベでごめん。そういや、千影ちゃんだけは一緒に風呂入ってくれなかったのが心残りだな。
気にすることないのにな、胸無いのなんて。
とにかく、ウエルカムハウスでの一年間は幸せすぎた。
興奮した。ドキドキした。(あたしがエロいだけですか!?)でもやっぱ、心のどこかで疲れてた。
「場違いだな」って思ってた。
なんつーか、「心休まる場所」ではあったけど、「長くは居られない」って気がしてたのよ。
常に。
幸せを感じる、そのたびに。まあ、そりゃ当然か。
あたし自身、海神家にはスパイとして潜入したんだし。(横暴なあんちゃんの命令でね)
つっても、身内でないことはとっくにバレてたけど。
最後まで気付かなかったのは、航あんちゃんと、四葉ちゃんだけ。
(四葉ちゃんすげー口惜しがってたなあ。でもあの子、ああいう時が一番いい顔してると思うな)つまり、皆はあたしを海神家の人間じゃないと知った上で、家族のように接してくれた。
……今思い出しても、ちょっと泣けるよね。
だってあたし、家族の愛情に餓えてるんだよ?
そんな、ちょっとだけ後ろめたい幸せの中でも、
なぜかあの子だけは特別。鈴凛ちゃんのことだけは、特別な思い出として残ってる。
姉妹の中でも、鈴凛ちゃんとは特に仲良かったなぁ。
よく一緒に遊んだし、悪だくみもした。
夏祭りには一緒にサギまがいの出店もやった。
あたしはよく、趣味で集めたガラクタの中から発明の材料を提供した。
必要とあらば、あたしがスクラップ置き場から鉄材とか拾ってきてやったさ。(山田もこき使って)
そんな日は、あたしが汚れて帰るから、鈴凛ちゃんと一緒に風呂に入るんだ。(山田を追い返して)咲耶ちゃんとかに比べたら正直、ドキドキしなかったよ。
いや、色気がないってわけじゃないよ? 決して!
あたしの方が身長高いけど、胸は少し負けちゃいますから。発育良好ですから。つまり、友達として一番うちとけられる相手だった。
あたしが最も自然体で付き合える女の子だった。
よく冗談も言ったし、
本音でおしゃべりできたし、
鈴凛ちゃんのさっぱりした性格が、あたしをとても素直にしてくれた。あの子の前でなら、いちばん無理のない自分でいられる。
だから、あたしは鈴凛ちゃんのそばで心安らいだ。
もともと性格が合うんだよね。
言っちゃ悪いけど、お互い女らしさに欠けるし。
(でも、あたしほどオヤジくさいキャラじゃないからね? 本人の名誉のために、これだけは)他にも、あの子とは何か特別な親近感を感じてた。共通項があると思ってた。
あの子の、活き活きとしたところが好きだ。
愛嬌をふりまきつつ、ズル賢いところも大好きだ。
機械作りにとことん打ち込んでる姿とか、かっこいいと思う。
「よっ、男前!」って褒めたら、「ひでー!」って笑われた。
去年のクリスマスに、プレゼント交換で鈴凛ちゃんの目覚まし時計が当たった時は、めちゃくちゃ嬉しかった。これから先も、鈴凛ちゃんだけはずっとそばにいてほしい。
天真爛漫な笑顔を、あたしに見せてほしい。「あ、やべ……」
一緒に暮らさなくなってずいぶん経つけど、
まいった。
あたし、まだあの子に惚れちゃってるんだわ。
そんな妄想にのぼせていたせいか、ドラム缶風呂が冷めるのにも気付かなかった。
翌朝、あたしは風邪ひいてた。
まぶしくて
自分で言うのもなんだけど、あたしって苦労人だ。
炊事洗濯は全部あたしの仕事だし、バイトで生活費も稼いでる。
ロクデナシのあんちゃんも養わなきゃいけないし。
(もっとも、今はその根性を叩き直すべく家に置き去りにしてるけど)歳の割には自立してる方だと思う。
けどさ、
その自信は、ちょっとしたことで寂しさに変わるんだ。海神家の当番表が懐かしいなあ。
去年まではあたしの名前もそこにあった。お互いが気持ちいい程度に依存しあう関係。
そういうのって素敵だと思う。
今でも、うらやましい。その気になれば、あのまま海神兄妹と一緒に暮らすこともできただろうけどさ。
結局あたしは、一年でウエルカムハウスを卒業した。理由は3つ。
ひとつが、うちのロクデナシ。
あのバカ、勉強もスポーツもできて、顔もそこそこ美形なくせして、生活力がまるでゼロ。
将来はホストでもやってヒモ暮らしかと思いきや、真性のホモときたもんだ。
悲しいかな、そんな奴でも実の兄。一人にはさせておけないよ。
あいつごとウエルカムハウスにご厄介になったら、航あんちゃんの貞操がヤバいしね。もうひとつは、あたし自身のケジメ。
ずっと航あんちゃんを騙してきたわけだし。
親類でもない、ただのよそ者なんだから、これ以上ご厄介にはなれません。あとひとつは
……言葉にしにくいなぁ。
何て言うか、その……自分のため。
とにかく、あんなに幸せが満ちている場所に、長居しちゃいけない気がしたんだ。
ま、そういうわけで、
本性ズボラなあたしでも、それなりに忙しく生活してるんですよ?
(だから学業はこの際ほっといて)忙しいから、ヒマがないから、自分は恋愛から遠いところで生きてると思ったさ。
実際、そーいうの全く興味なかったし。
これまでに、かっこいいと思う男にも出会ったことないし。
かっこ悪い男の代表格がウチに住んでるし。とにかく、これまであたし恋とは無縁だった。
そう。
恋愛経験がないからさぁ……
鈴凛ちゃんに対する感情も、まさか恋だなんて思わなかったんだ。
でも、6日前のこと。
同じクラスの春歌ちゃんから、鈴凛ちゃんが留学するって話を聞いた。うん、すぐ本人に聞いて確かめたさ。
本当だった。
ロボット工学を修めに、春からアメリカ留学するんだって。あたしはその時、どうしたっけ?
鈴凛ちゃんの両肩を叩いて、笑顔で励ましの言葉でもかけたんだろうな。
でも、覚えてないや。
心の中では、鈴凛ちゃんを直視できなかったから。それ聞いたとき、ようやく分かったんだよ。
鈴凛ちゃんにだけ感じてた、特別な共通項。
「鈴凛ちゃんはあたしと同じで、いつかウエルカムハウスを出て行くつもりだったんだ」
でもね、すごいよ。
あたしが知る限り、姉妹の中では鈴凛ちゃんだけだよ。
航あんちゃんと別れてでも、将来の夢を優先させたのは。満ち足りた幸せの中にいて、よく自分を押し進められると思う。
あたしもウエルカムハウスを後にしたけど、
その先に特別な目標があるわけでもないし……自由人を気取ってはいるけど、単に行き先を考えてないだけ。
自立したつもりでいるけど、そこから前に進むことは始めていない。あたしとは違う。
その差がとても決定的なものに感じられた。
「負けたよ、鈴凛ちゃん」
自由人って、きっとあんたみたいな人を言うんだ。
今のあたしには鈴凛ちゃんがまぶしい。まぶしいよ……
その日の夕方、
あたしはガラにもなく、材料集めに通ったスクラップ置き場でボーッとしてた。
春にはお別れと知ってから、余計に恋しくて、
恋しくて、
たまらなくて、ちょっと泣いた……かな……?
あ、そっか!
だから簡単に見破られたんだ。
よりによってウチの変態に!あの晩、いつもカッコつけてるあんちゃんが、珍しくマジな顔で言った。
「眞深……兄としてこれだけは言っておく!」
「何よ?」
「同性を愛してしまったからって、自分を恥じることはないからな!」
「うっせ、この変態!!!」ムキになっちゃったあたし。
肯定してるようなもんじゃん?
そう、ケンカの本当の原因はそれ。
あたしが図星を指されたから。
カレーのリンゴをどう切るかなんて、気まずさに耐えかねたあたしが逃げ出す、いいきっかけ。
そして今日は、テント生活5日目の朝。
珍しくカゼ気味だけど、ちょっとムリしてでもあたしは登校した。
あはは、迷惑なヤツでしょ?
でも、あのまま寝て過ごしたら、あたしの心はキレイな思い出につぶされる。…………
……
……って、ハァ!?らしくもない!!
おいおい眞深、なに臆病になっちゃってんの?
鈴凛ちゃんは鈴凛ちゃん、あたしはあたし。
これからも友達なのは変わりないし。おう! これが空元気なもんか。
あたしも力の及ぶ限り、好き勝手に生きてやるさ。
「ワイルドだからな」
鈴凛ちゃんはきっと、誰のものにもならない。
あの子の自由さには、誰もかなわない。
ウエルカムハウスの甘い生活もかなわなかった。
あたしも、かなわなかった。
(告白すらしてないけどさ!)鈴凛ちゃんを繋ぎ止められるものなんて、たぶん、どこにもない。
……失恋ってしたことないけど、こんな感じなのかな。
でも、鈴凛ちゃんは相変わらず人気者。
男女を問わず、友達が多い。
芸能人の話題とか持ち合わせていなくても、外向的なキャラだけで誰とでも親しく話してる。
女子の間でモテるのはもちろん、
男子のエロ話にもいつの間にか自然に溶け込んでるし。まー、そこらへんはあたしにも当てはまるけど。
こういう自由さに加えて、鈴凛ちゃんが持ってる「強さ」に、あたしは憧れてるんだな。たぶんあの子、心の中にやましい部分が一つもないんだろう。
だけど、安易にうらやましがっちゃいけないよね。
それってきっと、すごく努力を必要とすることだから。
「とりあえずあたしも……夢の一つでも持つか!」
ところで今日、クラスの男子が話してた。
何でも、安岡が鈴凛ちゃんに告白するんだとか。
安岡ヤスオミ。名簿順があたしのひとつ前。
あいつを含む男子グループ、遊び友達としては鈴凛ちゃんとけっこう仲良いんだけどね。正式につきあってくれとなると……たぶんあいつ、玉砕だろうなぁ。
あたしが不安に思うまでもなし、男らしく散ってきな、安岡。
どんなフラれ方するのか分からないけど、鈴凛ちゃんはきっとあんたを傷つけないさ。
そしたらきっと思い知るよ。
鈴凛ちゃんが、どれだけでかいスケールで人生を楽しんでるか。
午後の授業から安岡の姿が消えた。
下校時刻になってようやく、雪ダルマの中から半裸で発見された。凍死寸前だった。
その胸には、こんな張り紙がしてあったとか。『お姉様にまとわりつく害虫排除! K』
K? あー、あの子か。
あれはあれで問題あるよなあ。鈴凛ちゃんが渡米したら、どうなっちゃうやら。Kちゃんよ、女同士がどうこうって問題じゃなくてさ。
天真爛漫なあの笑顔は、誰にも独り占めできないさ。あたしは友達でいられるだけで幸せだし、誇りに思えるよ?
うん、そうでなきゃ……あたし、情けなさすぎる。
翌日、カゼをこじらせた安岡が学校休んだせいで、
あたしが日直を代理することになったけど、それはまた別の話。
4月。
青く晴れた空の先に、鈴凛ちゃんの乗った飛行機がついに見えなくなった。そういや鈴凛ちゃんて色んな機械を作るけど、
特に思い入れあったのが、やっぱり飛行機だったみたい。何にも進路を妨げられず、いちばん遠くを見渡せる乗り物。
ほんと、そっくりだなあ。鈴凛ちゃんの生き方に。
……え?
はいはい、もういいかげん認めますって!「あたし、鈴凛ちゃんに恋してました」
おわり。
あとがき
初めての方、はじめまして。熊谷はさみです。
シスプリSS作家としてはもう古参になっちゃうんでしょうが、百合メインで書いたのはこれが初でした。
一応、本職はギャグSS作家のはずです。(最近はそれすら危ういけど)
百合作家の皆さんがマイナーカプで盛り上がってるとこへ、眞深がいないのはちと寂しいな……と思って書きました。
不純な動機でごめんなさい。かえって眞深の存在を浮かせちゃったような気が。
それと、たまには燦緒に兄貴らしいセリフ言わせたくて。(これこそ不純)
……お気づきの方がいてくれると嬉しいですが、実はこのSS、ある長編に続いてます。同性異性に関わらず、恋心を文章にするのって、すごく難しいことを思い知りました。
にしても、こんな武骨な百合でホントごめんなさいです。百合SSってもっとフワフワしてるものじゃないのか!?
どうか眞深のせいだと思わないで下さい。作者の力量です。
あと序盤が節操なくエロいのはすみません。でも私、眞深は妹達のことああいう目で見てると思いますから、絶対!
なりゅーの感想
我が尊敬する非百合系シスプリSS作家の熊谷はさみさんから、
なんとなりゅーの誕生日プレゼントとして、奇跡のようなシス百合投稿作品を頂きました!
熊谷さんほどの書き手からのこのプレゼントは、これ以上ない誕生日プレゼントですよ!
しかも、需要のない眞深と来れば、もう大歓迎! 不純な動機上等です(爆
眞深はアニメ(第一期)のオリジナルキャラクターなので(まあ公式といえば公式でもありますが)、
だからこそ作品として出来上がったことを祝福したい。
それがこんな素晴らしいSSなら、至れり尽くせりですよ!
やっぱり熊谷さんです。
元々あるなりゅーとは方向性の違った発想力、またギャグにかける心意気と、
キャラクターを良く観察し具象できる実力、それらが全て遺憾なく発揮されていました。
節操なくえろいのも、"ネタ"と"キャラ"の両方として十分確立していて、良い「味」となっています。
安岡くんとKちゃんも同じく好きです(爆
普段百合を書かない人だけに、だからこそ真面目に百合に取り組めている印象も受けました。
慣れない道のりを手探りで歩いたのでしょうけれど、
でも苦労して手作りされたものだからこそ、その武骨さを何よりも愛せます。
武骨な百合も百合ですよ(笑
正直、なりゅーには武骨かどうかはよく分かりませんけど、
でも武骨だからこそ、こんな百合……いえ、こんな"恋"が好きです!!
そもそも、こんな「シリアス未満、恋愛未満」のフワフワした状態だからこそ、
良い百合として味が引き出されているじゃないですか?(笑
無理もなく、違和感もなく、上手な形で自然に百合を成立させている。
少なくとも、なりゅーはそう思います!
そもそも、眞深ならかえって武骨で良いんじゃないですかね?(笑
最後の台詞は極めつけです。
熊谷さんらしさと、眞深らしさ、そして物語全体を完成へと導く言葉です。
どんなシス百合よりも百合らしい、素敵に感じたSS……。
熊谷さん、素敵なバースデープレゼント、本当にどうもありがとうございました!!
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