目薬
 


わたくしの朝は検温から始まります。
熱がないとホッとするけれど......
けれど、そうでない日の方が多くて......
今日も7度4分。
「今日は部屋で安静にしていましょうね。」
「はい......」
今日は鈴凛ちゃんが来てくれる日なのに。
心配かけたくないのに......
ミカエルの心配そうな顔を見て、また悲しくなって。
どうしてわたくしは一番笑いたい日に笑えないのでしょう。

朝ごはんを食べて、お薬を飲みます。
お薬の量に溜息をついて。
このお薬の量がわたくしとみんなを隔てている壁に思えて。
病気を治すためのお薬だとわかっているのに......
頭でわかっていても気持ちが追い付かなくて。
お薬を飲むところは鈴凛ちゃんにも見られたくない。
せめて鈴凛ちゃんの前では笑っていたいから。

鈴凛ちゃんをベッドに横になって待ちます。
今日は学校は入試だから休みだとか。
世間ではわたくしと同じ年の子供たちが受験勉強に励んでいるのに......
わたくしは試験もなく院内学級に入って、調子がいい時だけしか授業も受けられなくて。
受験は楽しいイベントではないけれど、それでも療養所では経験できないことだからうらやましくて。
鈴凛ちゃんはエスカレーターで内部進学を決めているから、受験はしない。
わたくしが受験に憧れている、なんて言ったらどんな顔をされるのでしょうか。
呆れられるでしょうか......
それとも寂しそうな顔で微笑むのでしょうか。
わたくしが「あれがしたい」と言う度に鈴凛ちゃんにさせてしまう、悲しい顔。
わたくしのわがままで困らせてしまう時の顔。
鈴凛ちゃんは正直だから、そんな時にも嘘がつけなくて......
まっすぐにわたくしの言葉を受け止めてくれる。

「せめて、高等部だけでも鈴凛ちゃんと一緒にもう一度通いたかったな......」
わたくしが若草学園に通っていたのはわずか2年。
その後は病気のためにこの療養所で暮らしているから......
せめて籍だけでも残しておきたかったけれど。
でもそれでは院内学級に通うことができないから、と転校の手続きをして。
その時みんなとの間に残った最後のつながりを断ち切られた気がして泣きました。
本当に細い細いつながりだけれど、わたくしにはとても大切なものに思えて。

若草学園に入ったばかりの頃、中等部の球技大会を見に行きました。
テニスのスコートがとても可愛くて、うらやましくて。
わたくしもやってみたい、一緒に見に行った鈴凛ちゃんにそう言いました。
そうしたら、鈴凛ちゃんは「中等部に上がったら一緒にダブルスやろうよ」と言ってくれて......
すごく嬉しかった。
その約束はまだ果たせていないけれど......
それでも鈴凛ちゃんはダブルスの場所はわたくしのために空けてくれている。
今年の球技大会でテニスに出ることになった鈴凛ちゃんが、クラスメートとも姉妹ともペアを組まなかったと聞いて、申し訳ないのに嬉しかった。
メカ鈴凛ちゃんと球技大会に出るなんて、たくさんの壁があったはずなのに。
でもそんな苦労は一言も言わない鈴凛ちゃん。
ただ一言、「約束したから、待ってる」と言ってくれて。
その言葉がすごくうれしかった。

入試休みの日は平日で、だからどこに行ってもすいていて。
だから入試休みに遊園地に行ったこともありました。
鈴凛ちゃんと衛ちゃんと、まだ幼稚部だった白雪ちゃんと。
お母様に連れられて、平日の遊園地へ。
メリーゴーランドはいつもは乗れない馬車を独占できて。
衛ちゃんが次々と走って行ってしまうのを追いかけて。
あの頃は衛ちゃんと一緒に走り回っていたのに......
今ではそんな日々があったことが嘘のよう。

こうしてベッドで考えていると、考えは悪い方へ悪い方へしかいかないのね。
一人でいるとどんどん気持ちが暗くなっていく。
鈴凛ちゃんがいてくれたら......
こんな気持ちも吹き飛ばしてくれるのに。
鈴凛ちゃんはわたくしの太陽。
いつも輝いていて暖かくてわたくしに力をくれる。
早く来てくれないかな......
電車で二時間以上かかるのだから、そんなに早くつくわけないのはわかっているけれど。
早く会いたい。
声が聞きたい。
一人の時間がさみしくて。
鈴凛ちゃんに会ったら何を話しましょうか。
昔の思い出話ばかりじゃなくて。

時計が動くのがすごく遅く感じて。
ベッドの中で待っているといつも以上に長く感じます。
今日はいいお天気。
本当だったら外でお出迎えして、そのままお散歩に行って......
けれど、それは無理なこと。
今日は熱が出てしまったから。
どうして、こんな日に......
また考えがそこに行ってしまう。
喉の奥がジーンと熱くなって。
涙がこぼれて。

「ガチャリ」
「鞠絵ちゃん、来たよ〜。」
「あ、鈴凛ちゃん、いらっしゃい。」
涙を隠さなきゃ。
「あ、鞠絵ちゃん、泣いてたでしょ?」
「いえ、泣いてなんか......
ええと、これは目薬です。」
「メガネかけたまま目薬差したの?」
「あっ。
もう、鈴凛ちゃんの意地悪。」
「アタシが笑わせてあげる。
だから泣いてること、隠さないで。」



The End

 


あとがき

勢いは大切ですね。
勢いがなければこの作品は完成しなかったと思います。
「元気だったころ」に関していくつか追加設定をしているので、そこを気に入っていただけるかが分かれ目かな.......


なりゅーの感想

上手すぎるだろこれ!?
と、つい叫んでしまった朽葉さんからの投稿SSです。

なにがすごいかって、一言雑記のweb拍手のやりとりで出た些細なネタが、
ここまでの完成度を持って具現化したということにです!
正直、なりゅーも無責任に「任せた!」なんて振って、
それで終わるような「ネタ」程度のつもりだったのにまさか本当に完成させるとは……。
朽葉さん、アンタスゲェよ……感動したよ……。
勢いって本当に重要ですね……思いつくだけなら結構できるものですが、形として「完成」したからこそ尊敬に値します。

また勢いだけでなく、高い完成度にも注目です。
鞠絵生活環境や、鞠絵の持つ「負」の面がしっかり捕らえられている部分は秀逸。
もうね、こっちまで切ないよ! 悲しいよ!
また、ギャグ展開を予想していただけに、ここまで丁寧なシリアスっぽさを持たせたのは、感服せざるを得ないです。
そこまで背景描写を書き連ねて、結末までの説得力を持たせているところに、またも感動を覚えます。

発端が発端だけに、ここまで磨き上げられた内容になるなんてものすごい驚きでした!
言葉が生み出す想像力が無限大だと、思い知ります。
それにしてもこのまりりん、なりゅーが描くよりもイチャイチャラブラブです(笑

朽葉さん、なりゅーの無茶振りに応えただけでなく、ここまでの完成度の高い作品を、どうもありがとうございました!!


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