「交換条件」


わたくしがいつものように本を読んでいると、いきなりドアが開きました。
「ま〜り〜えちゃん!!」
この元気な声は四つ葉ちゃんですね。
四葉ちゃんは最近イギリスから帰ってきたばかり。まだ日本が珍しくて、楽しいことも沢山あるでしょうに.....なぜかわたくしのところにしょっちゅうお見舞いに来てくれます。
「鞠絵ちゃん、今日もみんなのことたくさんチェキしてきまシタ!
代わりに鞠絵ちゃんの小さい頃の話聞かせてクダサイ!」
四葉ちゃんはわたくしに昔の話をせがみます。
昔のわたくしの事、姉妹のこと、兄上さまの事。
いつも目を輝かせて聞いてくれます。
けれど......わたくしにはそれは不思議でなりません。
四葉ちゃんにはもっと楽しいことがあるはずなのに。
同情でしょうか?
四葉ちゃんには失礼と思うけれど、つい考えてしまいます。
「鞠絵ちゃん?
疲れちゃいましたか?
四葉、もっとお話聞きたいけど、鞠絵ちゃんが疲れちゃったならおいとましマス。」
わたくしったらぼーっとしていたみたい。
「いえ、大丈夫です。
小さい頃の可憐ちゃんの話の続きですね。」
こんなことを考えていたなんて、四葉ちゃんには知られたくないもの。
しばらく話して、今度は四葉ちゃんの番。
「それで、四葉、雛子ちゃんを尾行したんデス!
そうしたら......」
四葉ちゃんの話術は巧みです。
そう、わたくしよりずっと...... そして、いつも昔の話をするわたくしと、今の話を聞かせてくれる四葉ちゃん。
わたくしには過去しかないみたいで、その差が苦しくて、悲しくて。
だけど昔のこと、日本のことをまだ良く知らない四葉ちゃんなら一方的に「教えてもらう」んじゃなくてわたくしが「教えてあげる」こともできる。
そんなことを考えてしまうわたくしがとても嫌になりました。
「今日も鞠絵ちゃんのお話すごく面白かったデス!
またいろいろ教えてクダサイ!
四葉、みんなのことや日本のこともっともっとチェキしたいデスから。」
次に四葉ちゃんがくるのは来週の週末でしょうか。
最近はほとんど毎週こちらに来てくれています。
四葉ちゃんの笑顔にさらに申し訳なさが膨れ上って......
「また来て下さいね。」
言いながら頬に熱いものがつたうのを感じました。

どうしてこんなことを考えてしまうの?
どうして外国から来たばかりで不安な妹に対して優しい気持ちになれないの?

考えれば考えるほどわたくしの心の弱さが悔しくて。
気づいたらしゃくりあげていました。
その時、唐突にドアが開いて。
「忘れものしちゃったデス〜。
鞠絵ちゃん!
どうしたデスか?
どこか痛いデスか?」
四葉ちゃんが心配そうにわたくしの顔を覗き込んでいます。
「大丈夫です......
心配かけてごめんなさい。」
必死に取り繕って。
けれどごまかせなくて。
涙が止まらない。
「四葉、看護婦さん呼んでキマス!」
飛び出そうとする四葉ちゃんの袖をつかんで。
「違うの......
ごめんなさい。」
説明しなければ。
四葉ちゃんを心配させてしまう。
でもこんなこと言っていいの?
四葉ちゃんに嫌われてしまったら......
「とても失礼なことを考えてしまったの......
四葉ちゃん、ごめんなさい。
それでもよかったら......聞いてください。」
弱い心を強くするために。
少しだけ勇気を出しましょう。
この弱い心をさらけ出して、前に進みましょう。
嫌われても自業自得だもの......
「わたくし、四葉ちゃんなら教えてもらうだけじゃなくて、教えてあげられるんだって思ってしまって......
四葉ちゃんは日本に来たばかりで知らない事だらけで当たり前なのに......
ごめんなさい。
それにわたくし、昔のことしか話せない自分がいやで......
わたくしには過去しかないみたいで。」
そうしたら四葉ちゃんはちょっと顔をゆがめて。
「なあんだ。
四葉も同じデス。
四葉、みんなに日本のこと教えてもらうたび、寂しかったデス。
だって、四葉は教えてもらってばっかりで、みんな四葉のチェキしたことは知ってるんデス。
だけど、鞠絵ちゃんは違ったカラ......
四葉のチェキをいつも笑っていっぱい聞いてくれたカラ......
だから四葉は鞠絵ちゃんにいろいろ聞きに来たんデス。
過去しかないなんて絶対違いマス!
鞠絵ちゃんは今、四葉と一緒にいマス!
それに、みんなと一緒の過去って四葉にはないデスカラ...... 四葉だって鞠絵ちゃんのことちょっぴりうらやましかったんデス。」
気づけば四葉ちゃんの頬にも涙。
「ごめんなさい......
四葉ちゃんの気持ち、考えてなくて......」
「そんなことないデス!謝らないでクダサイ!
四葉、うれしいデス。
鞠絵ちゃんも四葉と同じってわかったカラ......
だから、泣かないでクダサイ。
四葉、鞠絵ちゃんの笑った顔が好きデス。
最初は鞠絵ちゃんなら教えてもらうだけじゃないって思って来てマシタ。
でも今は違いマス!
四葉、鞠絵ちゃんの笑った顔が大好きデス。
だから来週も来たいって思うんデス。
鞠絵ちゃんもいつか四葉に会えてうれしいって思ってくれたら四葉うれしいデス。」
四葉ちゃんの気持ちがうれしくて。
無理にでも笑おうと口をゆがめたけれどうまくいかなくて。
そうしたらスッと四葉ちゃんの手が伸びてきました。
「泣き止んでくれない鞠絵ちゃんにはこうしちゃいマス!」
口の端を引っ張りあげられて、思わず私も笑ってしまいました。
四葉ちゃんはイタズラっぽく笑って。

「鞠絵ちゃん、やっと笑ってくれマシタ。
四葉にはキスは挨拶はデスけど、今、鞠絵ちゃんにはシマセン。
鞠絵ちゃんに挨拶でキスしちゃうのはもったいないデスカラ......」

どうやらわたくしにも「未来」はあるみたい。
四葉ちゃんの笑顔の向こうに......
もうしばらく、交換条件でいましょう。
お互いの心の澱を交換しながら。
いつか交換するものがなくなった時、きっと次の関係に進めるから......


THE END
 


あとがき

誰かに何かしてもらうことは確かに嬉しいことです。
ですが、してもらう方ばかりが増えるとだんだんマイナスの感情もたまっていくものだと思います。
同じ悩みを抱えた二人が前を向こうとする話が書きたくて、この作品になりました。
なりゅーさん、私はシス百合執筆が初めてで、作品も短いのに掲載してくださってありがとうございました。


なりゅーの感想

朽葉さんから投稿SS、しかも初シス百合参戦作品という光栄な一品。
“ある意味”まりりん派のなりゅーには書けない「よつまり」で来るとは、ナイス・チャレンジャー!
そのチャレンジ精神にまずは拍手を送りたい!
もしこのカプがチャレンジ精神からではないのなら、それはそれで拍手を送りますが(笑

キャラクターの特徴もしっかり捉えられており、
「姉妹たちとの思い出」を媒体に「四葉だから」、「鞠絵だから」こそ生まれる独特ストーリーがしっかりと刻まれています!
鞠絵にきちんと「負の感情」を持たせていることが、個人的にはとても好感でした(爆
実際、「してもらうばかり」で負の感情が溜まるというのはありますから、
そういった暗いテーマを「陽」の方向に導いた展開は、一兄上様として鞠絵に相応しいストーリーだったと言わせていただきます!

ご本人は短いとお嘆きのようですが、短い中にも十分満たされた内容が確かに込められており、
無駄に長々と書き綴っちゃうなりゅーに比べて全然適量と思いますよ(苦笑
という訳で朽葉さん、良きストーリーを、どうもありがとうございました!!


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